昔「威嚇する猫を飼って1ヶ月が過ぎた」を建てた
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洗濯ネットに入れる事はおろか、抱っこさえ出来ないのに
連れて行けたとしても薬を服用出来るのか?
バカな俺はこんなことを考えてしまった。 嫁に
「猫は病院に連れて行けるようになったら連れて行こう」
と。 それから3,4ヶ月くらいだっと思う。
時々血を吐いていた猫は血を吐かなくなった。 俺と嫁は安心した。
今となっては安心してしてしまった。 猫の様子はあまり異常は見られなかった。
変わらずカリカリは食べていて、排便も問題は見られなかった。 それから暫くすると、猫は食べ物好みが変わって来た。 今までも、それまで食べていたカリカリを突然食べなくなる事はあった。
その場合は別のカリカリに変えると、また食べるようになっていた。 でも今回は、変えても数日したらすぐに食べなくなる事を繰り返し始めた。 それでもまったく食べないという事はなく
カリカリからウエットフードに変えたら
また食べるようになった。 この頃、猫はおしっこの量が凄く増えた。
普段の3,4倍くらいに。 あれだけ大好物だったかつおぶしを猫が食べなかった。 俺は限界に近づいたと感じた。
いくらバカな俺でも。 あれだけ洗濯ネットに入れる事はおろか
抱っこも出来なかった猫が
簡単に抱っこして洗濯ネットに入れる事が出来た。 血液検査とCTの結果から獣医さんは
「腸がとても荒れている。
これ以上の検査は開いてる中を見ないと分からない。
今は衰弱がとても酷いので、腸炎を抑える薬を飲ませて様子見しましょう」
と言われた。 生理食塩水のような液体を注射してもらい
猫を連れて帰ってきた。 俺が身体を押さえつけて、よめが口を開けさせて
薬を飲ませた。
猫はニャーと僅かに漏れる声を上げながら
必死に抵抗した。 この日から毎日、朝と夜に生理食塩水の注射と
4種類の薬の服用が始まった。 獣医さんから
「注射はご自宅でしてあげる方が良いですよ」
と言われた為、やり方を嫁と一緒に教わって帰った。 猫は明らかに弱っていた。
殆ど動く事がなくじっとしていた。 俺は猫が食べれそうな色々なフードを買ってきた。
ちゅーるーだったり、スープ的なものだったり。 色々と猫にあげてみると、固形物よりもスープ的なフードの方が舐めてくれた。 それだけでは明らかに栄養不足なのが分かったので
獣医さんから強制給餌のやり方を教わり実践した。 その日も朝と夜の注射と強制給餌、と言っても殆ど食べさせてあげられなかったが、
薬を服用させた。 猫は俺の膝の上でぐったりしていた。
見られなかった少しも身動きもせず。 とめどなく涙か溢れてきて
膝の上にいる猫の姿が見えなくなった 溢れてくる涙を何度も手で拭っても
すぐに目の前が見えなくなった。 俺は何も出来ず、ただただ泣くことしか出来なかった。 次の日も2回の注射をした。
せめて水分だけでも取らせてあげたかった。 俺はまた泣きながら猫を優しく撫でていた。
何度も猫に謝りながら。 実の両親が亡くなる時にも泣かなかったのに
今日も泣いていた。
この数日間、数えきれないぐらい泣いた。 俺がいくら泣いても猫の苦しみが取れる訳でもないのに。 今まで猫砂で用を足していたのに
もう猫砂まで歩いていけなくなっていた。 オシッコを済ますと、猫はコタツの向こう側まで歩いて行き、
そして俺の顔を見ながら何度も瞬きをした。 その姿は、猫砂で用を足せなかった自分自身へのショックなのか
俺に対して猫砂で用を足せなかった謝罪のように思えた。 俺は猫の側に行って優しく頭を撫でながら
「お前は何も悪くないよ」
と泣きながら声をかけた。 もう、猫砂まで歩けなくなってしまった。
もうダメだ。
信じたくないけれど確実にお別れが近い事が分かった。 猫はリビングから和室に行くと、そこで倒れた。
猫あるあるの突然にゴロンとするのではない。
明らかに力尽きて倒れた。 俺は猫を抱き上げようとした。
猫は首がすわっていなかった。 俺は優しく頭も持ちながら、猫を抱き抱えて
ソファーまで連れて行った。 猫が寒くないようにソファーの上にタオルを敷いて
その上に猫をねかせて、上からタオルケットを掛けた。 猫は目を閉じていて、少しだけ口を開けていた。
僅かにお腹が上下に動いていて、かすかに呼吸をしている事が分かった。 少しすると、猫は水のような便をした。
酷い下痢をしていた。
もう身体中の力が抜けてしまったのだろう。 嫁に
「もう明日の朝まではもたないと思う」
と伝えた。 俺と嫁は猫の側にいて、ただ猫を見守る事しか出来なかった。 それから2時間くらい経過しただろうか。
横たわっていた猫は突然、両前足で自転車の
ペダルを漕ぐように動かし始めた。 それから少ししたら、今度は逆エビゾリのように身体を何度かそらした。 元の姿ではなかった。
猫は天国に旅立ってしまった。 俺のあと10年、20歳まで長生きして欲しいという願いは
俺の愚かな選択で摘み取ってしまった。 すまない。
今日の報告はここまでにしておくよ。
ハッピーエンドを期待していた人がいたら
申し訳ない。
多分、明日で完結させられると思う。
もし何か質問があれば、完結後に受け付けるよ。
今日も駄文に付き合ってくれてありがとう。 申し訳ない。
誰も望んでいないエンディングになってしまったので
報告を止めようと思う。
これは創作でも余計な脚色もしていないつもり。
ただ事実を報告したつもりだったけど
不快な思いをさせてしまった人にはお詫びします。 ちょまって!
犬猫板にあると思ってずっと更新待ってたらまさかのペット板だった
ウチには今3か月の子猫が3匹いるからその子たちを思うと涙でぐちゃぐちゃになってしまったけどいつかはそんな日も来るわけで
ぜひ続きお願いします ハッピーエンドを期待した人にショックを与えるつもりはなかった。
不快に感じさせてしまった人には申し訳ない。 このまま途中で止めてしまうと、誤解を与えたままになってしまうと思ったので
最後まで報告させてもらおうと思う。
今日が最後です。 以前スリスリ甘えていた猫は、すっかり姿が変わってしまった。
衰弱してとても小さい姿になっていた。 3.6kg程度あった体重は2.2kgにまで痩せていた。 この数日間、苦しそうにしていた猫は少し安らかな姿に見えた。 苦しみから開放された猫に、俺は気持ちが少し救われていた。 辛そうに時々アウアウ鳴いている猫に、何も出来なず泣いてばかりいた俺は
もう苦しまなくて済む猫の姿に気持ちが救われていた。 この1週間、俺たち夫婦は猫の看病に付き添っていたため
嫁に今日はもう寝るように伝えた。 俺と猫だけになったリビングは、テレビから小さな音だけが響いていた。 俺は猫を撫でながら、これまでのことを振り返っていた。 初めて家に来た日のこと。
ずっと威嚇され続けて、なかなか懐いてくれなかったこと。 威嚇するのが止まったけれど、全然触れない日々が続いたこと。
少しずつ近づいてきて、俺たち夫婦に興味を持ち始めたこと。 初めて触れるようになった日のこと。
初めて手から食物を食べてくれるようになった日のこと。 初めて膝の上に乗ってくれるようになった日のこと。
一緒に沢山遊んだ日々のことを。 そして苦しんでいるにも関わらず何も助けてあげられなかったこと。 溢れる涙を手で拭いながら、もう眠りから永遠に覚めない猫を
優しく、そしてゆっくりと何度も撫でながら、沢山の思い出を振り返っていた。 俺はボランティアさんにメールで最後の経過報告をした。 メールには俺の家族として迎えられた猫が幸せだったと書かれていた。
ボランティアさんからのメールを読むのは心が痛んだ。 俺は、ボランティアさんに猫が助からなかったのは、俺が見殺しにしたからだと伝えられていなかった。 この家で嫁と二人だけの夜を過ごすのは10年ぶりだった。 翌朝、猫が生きている間は縁起が悪かったので調べていなかったペットの葬儀について調べた。 比較的近所のペット専門の葬儀場に電話で予約をした。
俺は猫の個別葬をお願いした。 近所のホームセンターでダンボールを買ってきて、中にタオルケットを敷いて猫をゆっくりと寝かせ、
身体を保冷剤で囲った。 まだ保冷剤で囲んだばかりなのに、猫の身体はとても冷たかった。 猫と過ごした最後の一日をどうやって過ごしたのかあまり記憶が無い。
気づけばもう夜になっていた。 今まで笑って見ていたテレビ番組が、とても空虚なものに映っていた。 願掛けのため控えていたお酒を飲みながら、猫と二人だけの最後の夜を過ごした。 朝を迎え、俺は嫁と一緒に猫を葬儀場に連れて行った。
葬儀場には、別の家族が先にお別れをしている姿があった。 受付の人に伝え、猫の葬儀の準備をすすめてもらった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています