今から約30年前、宮ヶ瀬の虹の大橋での恐怖
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今日、たまたまYou Tubeで見付けた虹の大橋の動画で思い出したので、当時の恐怖体験を誰かに聞いて貰えればとスレ立てしてみた。
スペック
神奈川県産まれ
幼少のときから霊感は少しある
中肉中背で基本は力使う仕事の男
他にスペック聞きたいことがあれば話せる範囲で話す
何故、スレを立てたかは色々疑問が残ってるから。
文才は無いし、突発的に書きたくなったので書き溜めていないことを考慮して聞いて頂きたい。
因みにガチな話しなので、安易にそのような場所へ行かないよう、お願いします。 誰かの声で目が覚めて起きたんだけど、局地的な豪雨、水害に気をつけてください。
大切なものを2階へ上げるなど、雷が鳴ったらして下さい。
ひとに被害はありません。
おやすみなさい。 若くして亡くなった先輩は何故、亡くなったんだろう、何故その母親と巡りあわされたんだろうと、不思議だった。
でも思い出を、一緒に過ごしてたバイクの合宿を思いだし、その母親にその時のことを話すと、
母親 「これ、貰ってくれる?」
俺 「あっ、えっと、はい。」
俺は靴を貰った。ピカピカに磨き上げられた革靴だった。
先輩の靴だった。 俺は、翌日になって複雑な思いでその靴を履いてみた。
ぶかぶか、俺の足は26.5で先輩の靴は28だった。
履くことがないというか、履けない靴だけど大切にしてた。
それから半年くらいたった頃に、俺は独立した。
個人事業だけど、それなりに収入はあった。
今では俺にとって恥ずかしいことで、ランドマークタワーに泊まったり、今もあるか知らないけど、ランドマークタワーの最上階にはよく行ってた。
調べようとも思わないし、行かないけどシリウスというバーが好きだった。 かいかを見下ろせる、まるで自分が天界に登ってるような気分だった。
ドレスコードでボディーチェックのバー、数年前には朝食ブッフェとかやってたのは知ってる。
俺はランドマークタワーから見下ろしたとき、何かが違うと思うようになった。
今は知らないけど、観光客が上がれる展望台は69階、
俺は展望台には行ったことが無い、70階しか。 人より上に居ることが絶対だと思ってた。
最上階ガラス張りで横浜の町並みを全て見下ろせ、当時有名なピアニストの生演奏、周りを見渡すと政界人や、芸能人な多々居た。
でも、俺は間違いに気付いた。
帰りの廊下、最上階の廊下、そこの端っこにうずくまった小学生4年生くらいの女の子をみた。
女の子の周りを見渡しても両親らしき人は見当たらない。
俺は声をかけた。 泣いてた、
声にならない声で俺に言った。
少女 「おとうさんが‥」
俺 「迷子なの?、おとうさん探しに行ってくるから大丈夫だよ」
少女 「ありがとう」
俺は、バーに慌てて戻りバーの店員に少女の話しをした。
70階に上がるとエレベーターから直線の廊下があったのは覚えてるのとシリウス以外の店員は夜間閉まっていたと思う。
そして
俺 「あの子」
振り向き指を指したら、その子は居なかった、店の入口から真っ直ぐ見えるエレベーターも、70階から、動いてなかった。
店員は下までお送りしますと、笑顔でエレベーターに一緒に乗ってくれた。
店員 「みえたんですか?」 俺 「見えたも何も、お父さん探してるって言ってたけど、」
店員 「数日前、同じような体験をしたお客様がおりまして、」
俺 「えっ?」
店員 「私も、不思議な体験しまして、お店の中では無いのですけど、廊下とエレベーターで‥」
俺は階下に降りるエレベーターの中でいろんな話しを聞いた。
もうここには行けないなと、その日から俺は思うようになった。
ランドマークタワーは俺にとって素晴らしい場所だったけど、悲しみある場所となった。 今はもう横浜から離れて長いからどうなってるか、わからない。
でも当時の店員の話しを聞いて、辻褄が合うことを知るようになる。
それは工事の最中に○者が出てること。
工事に携わる人々がまるで奴隷のように働かされてたこと。
今もかな 俺は数年経って、より真相を知りたくなった。
500まで行ったので、俺が知ったことを本気で話す。
建築、建設、土木、製造業、飲食業、サービス業、それを経て現在に至った経緯をね。
見てくれてありがとう。おやすみなさい。 今日もお話ありがとう
神奈川は不思議なスポット多いよね
おやすみ 寝ようと思ったけどもう少し書く。高校生のときに担任だった先生。
数学の先生だった。東大卒なんだよって先生が話し始めた授業中
先生 「東工大卒なんだけどね」
俺も含めて周りも「は?」東工大って東大じゃないじゃん。
そう、その当時は東京大学と東工大は、差別される時代だった。
でも今は違うと思う。 >>501
そうなんだ。もし江ノ島へ行く機会があったら、自分の優しさが最大と思って龍神さんに会って下さい。ありがとう。 東大に合格したひとは毎年いる。けど人々のことや自然のことを総合的に判断できる卒業者は、悲しいながら少ないと思う。
過去の歴史や統計、俺はそんなもんって何なんなかなって思ってた。
俺がその高校を卒業して二十歳になって間もないころ、その数学の先生は亡くなった。
東工大卒の先生は、山登りが好きで自分の死はそこで終わらせるってたとおりに。
でも、それは違った。
先生は中国の山登りに行くため、川を地元の船で渡ってた。
沈没した。
詳しい状況はニュースにもなってない。なんせ中国はあんまニュースにしないからかな、 中学生くらいから、数学を好きになってたから、
その数学の先生との会話は一生忘れない。
俺が高校の授業をエスケープ、休んだ次の日。
名指しされて
先生 「〇〇くん昨日はどうしてたの?」
俺 「すげー天気良かったから、江ノ島の海に行ってたけど」
俺は、まぁ普通に怒られると思ってた。でも
先生 「そうだね!昨日みたいに天気がいい江ノ島は最高だよね!」
そんな先生だった。
それから普通に授業が始まったことに、なんとも言えない気分になった >>505
え?これなんの話?題名とどう関係あんの?
それとも>>1の不思議体験の物語羅列してるだけ? 1が自分の体験を書きたいように書いてるスレだよ
たしかにスレタイと雰囲気違うから初めて見る人はビックリしそう >>506
不思議体験の始まりが、現在も宮ヶ瀬の体験と繋がってると思うんだ。 >>507
みんなに、書き方とか訂正してもらって、自分でも読み返せるようになれた。
ありがとう。 先生のあのときの言葉、就職活動のとき、一生懸命にしてくれたのを一生忘れない。
俺は仕事でも使える数学の魅力にはまっていった。
0でも1でもない世界があることを、その先生が今でも教えてくれてくれているような気がする。
答えが見えない数式をその先生はきっと解いたんだと今は思う。
当時、もう一人電子系の先生も同じことを言ってたから。
その先生は、電磁波って言ったら見ててくれてるひとに、わかりやすいかな、あらゆる機器を使って心霊現象や地球外生命体について研究し、一部の生徒にデータを見せてくれてた。
もちろん一部の生徒ってのは、俺みたいな生徒。
高校2年生の初夏だと思う。その先生と渡り廊下ですれ違った。
電子先生 「みえる?」
俺 「え?」
先生が指を指した窓越しの中庭には大きな木がある。
俺 「女のひと‥」
木のたもとに女のひとというか、若い女性が立ってるのが見えた。 電子先生 「あのこ、ずっとあそこにいるんだ。」
後に聞いた話しなんだけど、その先生はあらゆる電子機器をもちいて、その木の下に佇む女の子の真相を研究してたらしい。
俺 「あのこ、なんなんすか?」
電子先生 「詳しくはわからないけど、ベトナム戦争に関係があるんだろうな。」
俺は、はっとした。学校でも教わらない話しを思い出したから。 俺は、子供の頃からいろんなひとに話しかける人間だった。
思い出したのは、その学校に通いはじめて間もないときのこと、通学途中に地元の老人から聞かされた内容。
老人 「ここ変な臭いずっと残ってるんだ、大丈夫か?〇〇高校もだろ?」
俺 「いえ、とくに」
俺はその意味が廊下ですれ違い指指した先生の言葉と老人の話しで合致した。 老人 「この辺は昔、野原でね米軍がベトナム戦争で戦士した兵士を火葬してたんだ。」
俺 「何で、ここで?」
老人 「輸送費用とかの問題かもしれんけど、とにかく煙があがるのが見えると、みんな窓を閉めた、それでも、ものすごい臭いでな、今もその臭いは残って鼻について離れないんだ。」
まだその当時を知っているひとはもうかなり高齢だけど居ると思う。
相模大野駅周辺 俺は、電子先生が指摘した話しの中で、木の下に居るのは日本人ではないなと感じてた。
それは老人が話してくれた内容と、辻褄があったから。
老人 「煙があがらない日でも、風向きによって、腐敗臭が酷かった、」
俺 「火葬されてないひと?」
老人 「わからんけど、土葬された人も多くいたらしい、」
なんらかの理由でベトナムの女性が米軍に相模原へ連れられてきた話しを聞いたけど、本当かどうかは定かではない。
ただ、学校の中庭の木の下に佇む女性はベトナムの女性だと感じた。
電子先生 「電子データ見るか?」
俺 「え、俺はいいっす、」
今、思えば電子先生の心霊データを見ておけばよかったと、後悔してる。
続きはまた、おやすみなさい。 >>516
最後に、纏めるつもりなんだ、分かりづらくてごめん。
おやすみなさい。 >>519
きっと最後は無いと思う。物語のように思えるかもしれないけど、違うんだ。
実体験なんだ、今も今日も。
見てくれてありがとう。 俺は、初代ファミコン世代でC言語を電子先生から学んでた。
C言語ってのは、当時のコンピューターの世界で、マリオやルイージを動かすプログラム。
PC98とか持ってる友達が、うらやましかった。
安くても30万くらいだった。
現在では相当なスペックの高いゲーミングPCが買える金額。
今、PCを司る言語はいろいろ代わっている。
これは言ってもいいのか、言わないほうがいいのか、迷ったけど話す。 >>520
永遠に話が纏められることはないということ? アナログデータ、デジタルデータには到底及ばない技術がすでにある。
幽霊なんて簡単に見れる技術、今も昔の教祖も霊能者とされてる人々がとかが辛い修行を行って悟ったことが誰でも知れるようになる。
人類は5億人にする。
ジョージアガイドストーンに書かれてる意味、納得できる。
なら人類は、俺は、何処に行けばいいのか、宮ヶ瀬からずっと憑いてきてるひとに聞いた。
みんな口を揃えて、
「地球外には行かないで、地球外には行かないで、」
そう繰り返してた。 >>522
たぶんだけど、想像を絶する話しだし、終わりは無いのかもしれない、
でも俺と同じ経験とか考察とかして自分って何なのかっわかってくれたら嬉しい。
レスありがとう。 その言葉の意味は今でも半信半疑。
ただ思いあたることはある。
一旦レス止めます。今日また続き書けなかったら、おやすみなさい。 >>525
ごめんなさい、予告もなにも現在進行系なので。 今書いているのは昔の話なのに
現在進行形とはどういうこと 俺は、あのときの宮ヶ瀬から憑いてきてくれた霊に感謝してる。
最初は7人居たけど今は3人。
その残った3人は優しい気持ちをもってくれて俺と一緒に居る。
全て男性。 >>528
昔から今現在も繋がるのさ、完結とか無いかもしれないから、不快に思わせてたらごめんなさい。 >>531
あのね、知りたいのはわかるけど、世界中に発信される掲示板なんだ、言えないこともたくさんある。
もし個人的に悩みあるなら捨てアドで俺にアクセス試みてほしい。 多分だけどスレ主は
30年前から今に至るまで現在進行形で起こっている出来事について語っている
時系列順や完結にまとめるのは苦手
なんだと思う
そういうのが苦手だとわかった上で読めばのんびり構えられるし
ID:XbgSCXOw0みたいな本筋と無関係なレスへの返信で話が度々中断するのも避けられるのではないかな >>535
ほんと理解してくれてありがとう。
時間の概念から遠ざかってから過去も現在も未来も同じく思えて、書いてることが、今の俺には、今さっきの出来事なんだ。
時系列って何なのか混乱してる。
ありがとう。貴方には強いオーラを感じます。
ありがとう。 宮ヶ瀬から俺に憑いてきて、今一緒に居るのは自然が大好きでさ。
俺は仲良くしてる。
旅をしてたときに憑いてきたそれ以外の霊も居る。
まぁアタマおかしいと思われるから普段はこんな話ししないんだけどね。
今は北海道に居る。その話しをしたい。 >>536
自分に都合いいレスには美輪明宏みたいな好意的な意見述べてて草 >>514
いや、何これ?
ベトナム戦争で戦士した米兵を日本に埋葬するなんて事ある?無いよね。何の話してんの?夢の話?いい加減な話するなよ。
それとも>>1はアメリカ人なん?アメリカの話?それともベトナム人でベトナムでの話? >>537
ねえ。ベトナム戦争で戦士した米兵を関係ない離れた日本に埋葬する意味ってあるの?
ベトナム戦争で戦士した米兵を埋葬したソースってどこにあるの? >>540
米兵は火葬、ベトナムのひとは土葬。
見てくれてありがとう。 >>538
都合とかではないよ。
見てくれてありがとう。 >>541
え。母国帰らないで敵国ならまだ分からなくもないが、関係のない日本に埋める理由が分からないんだが。
じゃあ家族は関係のない日本にわざわざ墓参りに来るわけ?そんな馬鹿な。 >>543
輸送の関係だと思う。遺骨にして米国、家族のもとへ返す為に。 >>544
確かにいろいろ疑問が湧いてくるのはわかる。
神奈川県に行ってみてくれれば、事細かく解る。
行けないのであれば、アメリカ国防総省のHPにも記載されてる。
自分で疑問に思ったら、ひとを疑う前に調べて。
レスありがとう。 続き書ける状況じゃないね、今日は寝ます。
おやすみなさい。 あと、○ねとか他のスレで書くのはやめてほしい。
おやすみなさい。 >>545
いやいや。なら何でベトナム兵は土葬してるの?こっちも火葬じゃなきゃおかしくないか?
てかベトナム兵が日本に埋葬される謂れが分からんのだが。 >>549
ベトナム兵士じゃない。もう貴方には返レスするの最後にする。
おやすみなさい。良い明日を。 ベトナム戦争で遺体処理班が活躍(1965)
この年、アメリカは多くの軍隊をベトナムに送り、その数19万人に達した。アメリカ政府は戦死者の本国送還に力を入れ、発見された遺体のほとんどが国内に戻った。その期間はほとんどが死後10日以内に行なわれた。陸軍は国内の葬儀社と契約を結び、遺体処置その他の準備に協力を要請した。
こう書いてあるよ。何処に火葬したなんてあるの?
541 ◆dXcfrJBpgk sage 2021/11/08(月) 23:25:03.94 ID:Tl7FcPpG0
>>540
米兵は火葬、ベトナムのひとは土葬。
見てくれてありがとう。
↑
自分で書いてるじゃん 気になることがあるからって1に何度もソース求めてたら話進まないよね
でも病名で煽るのもよくないよ
まったりいこうぜ 相模原米陸軍病院があってベトナム戦争当時戦地での負傷者をここにヘリで搬送して治療していたというのは事実なので、治療虚しく亡くなった方もそれなりにいたんじゃないかな
亡くなった方を国に返すのに火葬した可能性は否定できないと思うよ
論点そこじゃないと思うけど、やたらムキになってる人いるので一応。 鳥居原は駐車場は良い。
だが、売店がそうか学会でキモイ件 >>553
ありがとう。オカスレだから信じるか信じないかは勝手だと思う。俺の体験談を楽しみにしてくれてるひとがいる事に日々感謝します。 >>554
まさに、そのとおりで当時医療関係者が足りなくて、病院には日本人医療関係者も多く勤務してたとその老人から聞いた。
ヘリで運ばれてきても、ほとんどの米国人は助からなかったと。
だから、老人はヘリが降りると窓を閉める習慣になってたって言ってたのを思い出した。
ありがとう。 >>555
wって笑いに変えてくれてるんだよね。
笑顔のひとやお笑い芸人は好きです。
見てくれてありがとう。 ここ数日、仕事が忙しくて辺レスしかできなくてごめんなさい。
明日は休みになったので、時間ある限り続き書きます。
おやすみなさい。 >>556
見逃してた、ごめんなさい。鳥井原って仙台のかな? >>537
やっぱり寝れなくなったので続きを眠くなるまで書くね。
ちょっと酔っ払ってるから、意味不明になったらごめんなさい。
関東から北海道へ来たのは三度目で今は道内の古民家に居る。
前にも少し書いたけど俺は、180度人生が変わった瞬間があった。
それまでデジタルが進む世の中に賛同してた人間だったから。
でも今まで知り合ったアナログ人間のことも本当に理解してみたいと思ったから。
自然のことを学んでみたくなって飛び出した。
バイクに産まれて一度も張ったこともない安いテントを積んで。 安いバイクと安いテント、それでも自然と触れ合うことが好きになっていった。
旅の不思議な話しは長くなるので、去年までの北海道の話しをするね。
北海道には良い人はたくさん居るんだけど詐欺師まがいってか、ひとを利用する、そんなひとたちが俺の周りに近寄ってきた。
そのひとたちを俺は信じてた。
けど違った。 最初はそのひとたちと何か事業でもやろうと盛り上がってた。
その中の一人が一番乗り気になって、毎日のように話しをしてた。
いつの間にかメンバーが増えてた。
そのメンバーでバーベキューをしたり、いろんな事業の話しをしたりした。
読んでくれてるみんなの、ご存知の通り呑むの好きな俺なのでそのときは、楽しかった。
ある日。 突然連絡があり、事業に乗り気だった男が20代後半くらいの女性を連れてうちに来た。
挨拶するその女性を見た瞬間背筋が凍った。
ものすごいバケモノ。
当時、その女性に失礼かもしれないけど、この世のものでないものが憑いてるのが顔に出てた。
頭や顔からミミズの太いのが生えてて、全身がグニャグニャしてた。
俺は、二人に帰って貰うように玄関先で促したが、助けてほしいと。 その男は、何やら荷物を広げて見せた。
神事ごとに使う道具だった。
古民家で一緒に暮らす同居人は怒ってた。
同居人 「なんなのよ!」
俺は玄関から静かに出て庭に出た。
俺 「しかたないな、怒られたから、庭でやろう。」
俺は庭で薪をおこした。炎があがると男は神事に使う道具を並べ始めた。 女性 「なんなのこのひと」
男 「大丈夫、助けてくれるひとだから。」
男はそう言って女性の両手の手を繋ぐと俯き、なにやらブツブツ始めた。
俺は黙って薪を焚べながら二人の様子をうかがってた。
男 「やばい、」
俺は最初からわかってた。バケモノをとれる人間なんて居ないと思ってたから。
男 「‥‥、」
俺は炎が高く上がるように針葉樹を焚べて、氏神様と龍神様に祝詞をあげた。 祝詞をあげて突風が吹いた瞬間、二人とも脱力したようになった。
バケモノ顔だった女性の顔は普通に戻ってた。
男の腹に数匹のミミズが蠢いてた、でもその女性に憑いてるバケモノじゃないところから来たミミズ。
男本人は気付いてなかったと思う。その後どうなるかを。
俺はバケモノを連れて行ってくたれ見えない神々に感謝しつつ、火を消し二人を返した。
人間では本物のバケモノはとり払えない。
二人が帰ったのは深夜
玄関から入ると同居人はまだ怒ってた。
俺はヘトヘトで布団に潜り込み無言で寝た。
朝6時俺の携帯が鳴った。 いつも見てくれてるみんなありがとう。
寝ます。おやすみなさい。 >>556 そうか占有は売店だけじゃない。
公園整備業者、トイレ清掃業者、警備員、ごみ回収業者、物品搬入業者も占有している。
公園建設、管理、維持には、税金公金が投入されている。
それらすべての利権を占有しているのだ。
反日カルト学会が。 売ってる品物は、
・野菜は欧米で禁止されてる劇薬農薬まみれ
・惣菜、加工品も食品添加物、発がん性物質まみれ
・飲料、お菓子、その他も食品添加物、発がん性物質まみれ
すべて、食品表示法違反の疑い
ちなみに道の駅清川、同志も。
道の駅は国土交通省管轄で歴代大臣はそうかこうめい。
国民の税金が原資の道の駅を不法占有している。
1999年から全国の地域自治会役員PTA役員その他自治役員を占有しているように。
住民組織にぎれ で検索
やりすぎ防犯パトロール で検索
自治会トラブル、PTAトラブル で検索 >>556
ごめんなさい。鳥井原園地って近年出来てたんだね、しばらく関東には戻ってなかったから知らなかった。
見てくれてありがとう。 >>571
なんだか、利権が渦巻く場所なんだね。
見てくれてありがとう。 >>572
食品がそれなら怖いね、清川村にもそんな歴史あったんだ、知らなかった。
また知ってることあったら教えて下さい。
ありがとう。 >>573
その一言で続きを凄く語りたくなります。
ほんとありがとう。 朝6時の着信で目覚め電話に出ると、女性を連れてきた男からだった。
男 「おはよう、昨日はありがとう。」
俺 「彼女は大丈夫だったんか?」
男 「今、電話代わる」
女性 「ありがとうございました!ずっと連絡が取れなくなってた彼氏から、さっき電話があったんです!」
俺は何のことかその女性に詳しく聞いた。
彼女いわく一年前まで同棲してた彼氏が帰らず、連絡しても携帯が繋がらない状況だったと。
その彼氏から電話がかかってきて、ひたすら謝ってきて戻るからと。
俺は内心、その彼氏は逮捕でもされてたんじゃないかと思ってる。 それと、彼女を連れてきた男性にも疑問が湧いた。
俺 「そっか、良かったね。電話代わって貰える?」
女性 「あっ、はい!いつかお礼をしたいと思ってます。本当にありがとうございました!」
女性の元気な声に安堵と疲れを感じながら、電話を代わった男性に聞いた。
男性 「もしもし。こんなことってあるんだね。」
俺 「てか、あれから彼女とどこに居たんだよ。」
男性 「話し聞いてほしいからってホテルとって一緒に居たよ」
俺の疑問符は後に解ることとなる。 俺 「ふぅん、そうなんだ。まあ結果良かったなら俺は疲れすぎたから二度寝する。」
男性 「ん、ごめん朝早くに電話して。おやすみ。」
俺 「おやすみ。」
正直、昨晩の出来事は人生の中で最も疲れた。
二度寝して目が覚めたのは日が暮れる頃だった。
目が覚めて、窓の外を見ると土砂降りの雨が降ってた。
かなり寝たはずなのに、スッキリしないので、同居人と外食しに出かけた。 ラーメン屋に入り、昨日の話しをすると
同居人 「寝てるとき、大声で怒鳴ったり、誰かと会話したりしてたよ。」
俺 「ごめん。」
同居人 「もうあんな知らない人を連れてきたり、相手したりしないでね、」
俺は、あんな身を削るようなことを二度としたくないと思ったし、しないことを同居人に誓った。
それから数ヶ月後 事業に向けて動き出し始めてたときだった。
その時の男性と車の中で、話しをしてた。
男性 「あのさ来週、内地から知り合いの子が来るんだけど、泊めてやってくれない?」
俺 「は?、何言ってんの?」
男性 「この子なんだけどさ」
スマホの画面を見せられ俺は秒で目を反らした。
首というか、顔が三つあるバケモノ、
俺 「おまえ、なんなんだよ、バケモノ泊めてくれって、知らねぇよ、てめぇでなんとかしろ!」
さすがに俺は叱咤した。 俺は更にその男性に強い口調で言うと、男性は諦めた。
俺は、バケモノ払いの力なんて持ってない。ただ、氏神様や龍神様、八百万百の神々に日々感謝しているだけ。
俺はその男性と決別した。
その後男性はバケモノを呼んでどうなったかは皆さんもわかると思う。
その詳細を話すと新規事業に関係してた人たちに迷惑をかけてしまうので、これ以上は語らない。
ただ言えるのはバケモノに彼はなってしまった。 人間って、ひと其々いろんな欲があると思う。
俺は関東にいたとき、欲望の塊だったことを今でも思いだす。
今でも少なからず欲は残ってる。
でも、一番怖ろしいのは性欲の塊になってしまうことだと思ってる。
性欲ばかり満たそうとすればするほど、バケモノが憑く確率は俺が見てきた経験上かなり高かった。
今現在、北海道に居て旭川のいじめ事件の報道や真相を追ってるYouTuberの行動を見ると、涙が止まらなくなる。
性欲バケモノのかたまりがもうすぐ消えることを願う。 旅をしていたとき岩手県での話しをしたいと思う。
神奈川県を出発して東北地方へ海岸線に沿ってバイクを走らせると。
3.11の被害はものすごく、目に焼きついて離れない。
走りながら、家が無くなって基礎コンクリートだけになった住宅密集地を見回すと、多くの亡くなった方々が彷徨ってるのが視えた。
俺は岩手県に入り、SNSで知り合った人に電話をした。
SNS 「いまどこにいる?」
俺 「道の駅やまだ」
SNS 「すぐ近くだから行く」
俺は道の駅のベンチに座って待ってると、20代前半くらいの男性が話しかけてきた。
話しを聞くと千葉県からバイクで東北が現在どうなってるか見にきたと話してくれた。
俺 「なら今から地元の人と待ち合わせてて、もうすぐ来るから話し聞いてみな。」
程なくしてSNSの知り合い初対面した。
3人挨拶を交わしベンチに座った。
いろんな話しを聞いた、震災当時のこと、亡くなったかたのこと。
一番驚いたのは報道でもあったように、激しい揺れで一旦避難したのに自宅へ戻り津波にのまれたひとたちが多かったこと。 SNSのひとの同級生も、同じように亡くなったと聞いた。
SNS 「今日、花束手向けに行きたいと思ってたから一緒に行く?」
俺 「もちろん。」
20代 「いきたいです!」
先導する車の後ろにバイク二台連なり到着した場所は、まるで爆撃で消滅したような住宅街だった。
周囲には重機の音が響き渡ってた。
SNS 「仲良かったんだけどね」
そう言って花束を手向けると雨が降り出した。
俺と20代と二人で買った小さな花束を手向けると、雨は強くなった。
SNS 「車に乗って」
俺達二人は後部座席に雨宿りさせて貰った。
やがて土砂降りになり、手向けた花束が散るように突風に飛ばされ視界から消えた。
SNS 「あのこさ、わかってるから大丈夫だよ。」
車内で陽気と言うか、のんきな口調で亡くなった友達の話しをするSNSに驚いてた、今になって解る。
ほんとうの親友だったんだなってことを。 そこで話すか迷ったけど、豪雨のときに俺が視えたこと、聴こえたことは二人に話さなかった。
安心して寝る場所を確保するのが旅人。
道の駅の支配人さんに旅の事情を話すと笑顔で了承してくれた。
俺 「駐車場のはしっこでいいので、テント張らせて貰えないですか、」
支配人 「いいよ」
俺はソロテントを張り、知り合った20代の彼と少し出来事というか、不思議な体験を話し、スケジュールを決めて旅をしてる彼と再会の約束をし見送った。
夜空は晴れて星空になってた。
テントに入り寝袋に包まると直ぐに眠った。
夜中に何か声が聴こえて目が覚めた。
「あっち」
今日はここまでにします。
見てくれてありがとう。
おやすみなさい。 >>572 安いのは、欧米で禁止されてる農薬劇薬を使用しているからなんだね。
そうやって反日カルトは、日本人に農薬劇薬野菜を販売して金儲けしているんだね。
まさに、脳異常者、精神異常者、人格異常者、反日カルト信者の所業だね。 やっと追いついたー、継続力凄いね、ここまで凄いとは
ちょっと気になるんだけど、北海道でのバケモノくんだりの話(最近ってことかな)、その化け物ってまあ都会で歩いていればしょっちゅうお目にかかったりするのかな?
まぁ普通の人には普通に見えるんだろうけど、そこんとこどうなのよ〜 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています