【戦国・前世】415総合51
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〜あらすじ〜
夢で見ていた話を投下してくれていたレス番415・・・
まったり415を待つスレとして発生したこのスレですが、
突如として現れた前世お市を名乗る女とそれに憑いている自称織田信長の霊!
415を取り込むべき所属団体と共にスレに殴り込み!
ついでに恐ろしげな予言を残し消えたかに見えたお市だった。
その間もスレはお市による自演嵐に見舞われたが、415スレも元に戻り、平和が戻ったように見えた。
しかし自己サイトを引ひっさげお市が宣伝に再度現れお市自演で荒れたスレだったが、
飯サイトにはだれも興味を持たずスルーされた。
焦ったお市は燃料投下とばかり煽り、ついには裁判ネタまで出して頑張ったがスルーされまたまた逃亡w
再度サイトを宣伝に来ていたがスレ住民に完全スルーされていたのに、何を考えているのか呟きにあらわれた!
しかし満足なレス一つできずに散り、やはり意味不明な人だったがスレ住人は気にもとめなかった。
その後は謎の従妹やコテのお市情報があったがすぐに話題はかわり、
現在のスレは前世話や雑談をしつつ415を待つスレになっている。 スレ潰そうとしたり
前世話題で逆ギレしちゃう人、人が避けたがる話題を好む人は来ないでください。
前スレ
【戦国・前世】415総合50
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/occult/1559548985/ >>567
東京も朝方まで大雨でしたが、
水神様が汚れ(穢れ)を洗い流してくださったのだと思っています
(*^-^*) >>568
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/ し─J
そうだったんですか?
太田田根子命は
三輪氏とか鴨氏の遠祖
ですよね _
/;;;人
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/;;ノ´・ω・)ゞ
/////yミミ
し─J
大田田根子命は
大物主命の子と
一般的にはされているようですが >>570-571
『日本書紀』では短いんですが、
『古事記』では大物主命から大田田根子命に至るまでが長いんです。
玄孫ぐらいになります。
大物主命-クシミカタノ命-イヒカタスミノ命-タケミカヅチ命-大田田根子命
となっています。
なお、大物主命の后、つまり大田田根子命の高祖母がイクタマヨリビメ命
となっています。
大物主命のあとが
「カタ カタ」 と来るので
事代主命(八尋熊和邇命)系
というのは分かるんですけどね(カタ=コト)。
これは『日本書紀』も同じですし。 >>572
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く. ヽ¶/ρ━
. し─J
タケミカヅチ命の父神は
イヒカタスミ命の他に
カグツチ命、イツノヲハバリ命、
ヒノハヤヒ命がいるみたいですね
どれが本当なんだろう・・・ >>573
異名同体なのか、
同名別体なのか…
でも、
「大田田根子命の父君」
では、時代が新し過ぎるとは思います。 >>573
「イツノヲハバリ」(伊都之尾羽張)
からは、やはり
「和邇・息長から尾張への分岐」
を伺わせますよね。
あと、
「カグツチ」からは
>>230>>233>>555等で述べましたように、
日本土着氏族と、北方渡来系とのコラボレーションを感じさせます。
また>>397でも、
北辰妙見神祭祀氏族とタケミカヅチ命との親和性について述べましたが、
これともリンクして来るように感じます。 >>575補足
> 「イツノヲハバリ」(伊都之尾羽張)
>からは、やはり
「和邇・息長から尾張への分岐」
>を伺わせ
ることのメタファーこそが、
「神武」天皇の大和東征時における、
タケミカヅチ命(和邇・息長氏)から、
高倉下命(尾張氏)への、
「剣の下賜」
にあるのだと私は考えています。
製鉄氏族である和邇・息長氏(久米族=伊都族)から、
「伊都之尾羽張」として製剣(刀鍛冶)氏族に特化する形で尾張氏が別れたことから、
本来、和邇・息長氏のレガリアであった
剣の、
尾張氏への譲渡
です。 で、その、
さんざん言って来た、
「日本土着氏族と、
(その日本土着氏族に降伏し服属した)北方渡来系氏族との融合・コラボ)
なんですが、
高倉下命
のお名前自体に実はそれを感じさせるものがあるのです。
高倉下の「高倉」は、
重箱読みをすれば
コウクラ
となりますし、
さらに、
高倉下命の別名は、
手栗彦(タグリヒコ)命なんですが、
「タグリ」
といえばこれはもう
韃靼・アルタイ人の神である
テングリ/テングリ
(=天空)
を彷彿としないわけには行かないものがあり… >>577
テングリ/テングリ
↓
テングリ/テンゲリ >>577
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ヽ  ̄ ̄/
/ し─J
高倉下命は
ハーフみたいな感じですかね
コウクラって高句麗のことですか? >>579
そんな匂いが私には…します。
今まで述べて来た、
蹈鞴(たたら)の誕生の経緯や、
さらに
高倉神社は全国に多く点在しますが、それらの存在、特に相模のそれは高句麗系なんて説も聞きますし、
また、あの長い来歴を誇る日本海側の尾張氏同族神官家のご当主の方のお顔立ちとか見るともうモロで…
>ハーフ
つまり、
建御名方命とおなじですね。
また、阿倍氏という氏族の誕生ともパラレルの関係にあると思います。
そういう意味でも
その両方を包含してるっぽい彌彦様って
凄いものを感じます。 そういえばついさっき巫さんから連絡がありました。
石見一宮・物部神社にご挨拶されたそうです。
高倉下様のご兄弟様(異母兄弟)が主祭神の神社ですので、
ちょっとシンクロに驚きました。 ミカシギヤ姫様にしても、まつろわぬ系部族につらなる姫君様だからなあ…
もっとも、こちらは日本土着の、大和の先住民の方ですが。 安日彦と長脛彦が「兄弟」なんてことにされているのも
この脈絡で考えると
なんだかパラレルしちゃってるなぁ・・ >>581
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し─J
わしもさっき
物部神社のことを
考えていました >>584
おお!やっぱりなんらかのお導きなんでしょうねo(^-^)o! ■■■
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. し─J
高倉神社なら
福島の大内宿の神社なら
参ったことがあります
ただ、御祭神は高倉下命ではなくて
高倉宮以仁親王なんだよなぁ・・・
祟り神ってことかなぁ・・・ ∠. ̄~\×
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潜行伝説が元となって
神社が建立されたのでしょうから
祟り神にはならないのかな・・・ >>586
今でも天皇祭祀における怨霊鎮魂の最重要人物となっている
崇徳院に比べれば…
でもわたしはそんな崇徳院が実は大好きなんですが。
以仁王って
宇治とか、三井寺とか興福寺とか
何気にキーワードが多重に被っていて不思議に思います。 >>588
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し─J
崇徳院って讃岐に流されて
金刀比羅宮で相殿として
お祀りされていますが、
讃岐に流されたって
なんか意味あるんですかね?
わし、金刀比羅宮に行ったことがあるので
崇徳院を参ったことになるのかなぁ・・・
当時、崇徳院の存在も知りませんでしたが・・・
ちゃんとお参りしたかも覚えてない >>581
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. し─J
鎮魂祭は旧事記によれば
宇摩志麻遅命が始めたことと
されていますが、
彌彦神社でも行うことになったのは
宇摩志麻遅命の全妹(或いは全姉)と思われる
ウマシホヤ命と伊夜比古大神が
夫婦となったからでしょうかねぇ?
でも、彌彦神社の鎮魂法は
中臣式だからそれとは関係なく、
中臣氏が関与したことなんでしょうかね ∠. ̄~\×
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/ し─J
彌彦神社って
江戸時代に松平忠輝が
社領五百石を寄せてるんですね
社領五百石と言われても
ピンときませんが(笑)
なんか、この前調べた
五郎八姫とつながった(笑) >>589
何故か好きなんです。
西行法師がお慰めに行かれたからかな?
瀬をはやみ
の御歌もたまらなく心を打ちます。
>>590
>伊夜比古大神
とは、天香山命のことですよね?
近親者とのご結婚は
「血の固め」でしょうかね?
霊能・霊術的なこととも関係ありそうに感じます。
鎮魂祭が中臣氏流であることには私はそれほど矛盾は感じません。
両氏族には
天児屋鉄山=物部連
以来の、厚い結束があります。
幾重にも婚姻関係によっても結ばれていることでしょう(アメノイツタネ、タケイナタネの「タネ」が、中臣(天種子)から来ているような気がするのです)。
>>591
忠輝公って父・家康公から疎まれ、
結城秀康死後は、5人の存命の男兄弟の中で唯一、徳川姓を名乗ることも許されず、
最後には家康から勘当/改易に処せられましたが、
相当ヤバい気性の持ち主だったんでしょうかね? 結城/徳川松平/五郎八=伊達
つながりで言えば、
下総の結城氏は男子が絶え、徳川家から秀康を婿養子にもらい受けましたが、その秀康系は越前松平家となったために、
名門・下総結城氏は断絶しました(越前に転封した結城松平家によって、結城氏の祭祀は継続されたとも聞きますが)。
秀郷流藤原氏の者としては悲しい思いです。
しかしながら、同族の陸奥白川結城氏は残っており、
江戸時代には伊達家の門閥として、その命脈をつなぎました。 >>591
>社領五百石
って相当すごいですよ。
こっちでは、武蔵総社と、あと一座、どこだったっけか?
山王日枝神社かな?
五百石なんてその二座ぐらいしか無かったと思います。
徳川家は神社神道を嫌いましたので、それまで広大な社領を持っていた神道勢力の力を削ぎましたからね。
武蔵総社の場合、膨大な数の神職家がいたのに、五百石のほとんどを宮司家が持って行ってしまい、他の神職たちは赤貧洗うが如き状態であった
なんて話も聞きます。 >>592
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/////yミミ
し─J
松平忠輝は色んな説があるみたいですね
粗暴な面もあり、文化人でもあったとか
なんだかよくわからない人です
まぁ、おそらく面倒くさい人だったんでしょう(笑) ■■■
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母親の茶阿局って人の
人生も面白いなぁ >>594
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神社神道と言っても
当時は神仏習合で
おそらく仏教色が強かったですよね? _
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/////yミミ
し─J
松平忠輝、
なんやかんやで
92歳まで生きてるのが凄い(笑) >>595
たしかに色んな説がありますね。
その中の一説に、
長男・信康に似ていて、ことあるごとにその挙動が信康を彷彿とさせたから、
というのがあって、わたしはこれ、「有り得るな!」
とも思っています。
>>597
それは私にもよく分からないんです。
室町以前から続いていた「神仏習合」なのか、
江戸時代になって新たに発生したものなのか?
いずれにせよ、江戸幕府は庶民が神道を崇敬することを極めて限定し、
庶民が神社を建立することを許さず、
そんな中、例外的に建立を許したのが弁財天の天部系神社と、
稲荷神社のみでした。 >>599
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. し─J
容姿が醜かったという説もありますが、
肖像画を見た限りでは
普通な感じがします
乃可勢という凄い笛が
なぜ松平忠輝に継承されたのか、
不思議な感じもします >>589
しかし、金刀比羅さんに行かれたとは羨ましい!
崇徳院が何故讃岐に流されたのかは私も分からないです。
ただ、長宗我部氏初代である東国秦氏の
秦義俊が、崇徳院に与するために、本領の信濃国更科郡桑原郷を出立し、四国に入った
という逸話に惹かれます。
教会の友人はその秦義俊の子孫(吉良左京進・長宗我部親貞(=長宗我部元親の同母弟)直系子孫)ですので、色々と興味深い話も聞かせてくれました。 >>600
むかし、山岡宗八の小説のマンガ版で読んだことを思い出しました(笑)
その笛のお話 >>601
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/ し─J
長い石段を登ったことしか
憶えてないんですよね〜 >>603
長い石段はキツいですよね。
わたしも鎌倉五山のどっかに詣でた時に死ぬ思いをしました。
中年以上の方が、多く、途中の階段でへたり込んで座ってしまっていました。
わたしは根性で登りきりましたけど、今はたぶん無理です。 >>489自己レス
佐美長神社の
「穂落とし伝承」が
鶴にちなむものでした。
真名鶴に化身した
穂落とし様(大歳様)が稲穂を落とされ、
そこが神社になったという伝承です。
やはり
「和邇つながり」
でした(^-^) >>605
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/////yミミ
し─J
左美長神社の存在は
初めて知りました ■■■
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. し─J
悠仁親王殿下の
お妃が芸能人という
可能性ってありえますかねぇ? 『記紀』の表記より、
『先代旧事本紀』や命を祀る神社での表記である
大直禰子
の方がわたしにはピタッと来ますね。
読みは
おほのたたのねこ
「直」は、
神官家や国造家に付与される姓(カバネ)なのでピッタリなのです。
「たた」は、
のちには「あたい」と、読みが変わったという推論はどうでしょうか。 >>606
志摩国の古社です。
七本鮫伝承を持つ
同国一宮の伊佐波神社と関連があり、
佐美長神社自体も
佐美=鮫
長=龍蛇
と解せます。
この両神社の御鎮座する地・磯部とその界隈が、
元伊勢伝承において大変に重要な地であるようですね。
ちなみに、
伊佐波神社旧社家である磯部氏の別れが
外宮の度会氏であるということです。 >>610
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/ し─J
お妃に芦田愛菜さんを推している
ブログがあったので聞いてみました
わし的には芦田愛菜さんなら
たしかにいいかなぁと思ったんですが >>572
で、『日本書紀』と『古事記』では
大物主命から大田田根子命にいたる世代に三世もの隔たりがあることを書きましたが、
これが『先代旧事本紀』になると
さらに三代の方がお加わりになり、
大田田根子命(大直禰子命)は、
大物主命の、実に
仍孫(じょうそん=七代あと)ということになっています。
ヤマトタケル様の母系系譜も、記紀は風土記よりも短いですし、
ウカミタマ様とその弟君・大歳様のご系譜も、『倭姫命世紀』にくらべ、
『記紀』ではやはり
「おいおい!」
というぐらいに短いです。
『記紀』は、神代・古代の膨大な量の事跡をあまねく記さねばならなかったので、
系譜に関しては省略が多い、
と解せざるを得ないところがあります。 >>612
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/////yミミ
し─J
先代旧事本紀だと
大直禰子命の父神は
タケミカヅチ命ではないのですか? >>612
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. し─J
倭姫命世紀は読んだことないんだよなぁ
すごくおもしろそうですが >>613
あ!それまだ調べていませんでした(;^-^)… >>614
わたしも、ネットで要所要所の抜き取りだけです というより、
調べものをしていたら倭姫命世紀にヒットして、そこだけ掘り下げる
ということをなんどか重複して来ました。
「重複」が多い、
ということは大事なことである
ということだと思いますので。 >>613
建飯賀田須命
という御方が父君となっています。
事代主ー天日方奇日方ー建飯勝ー建甕尻ー豊御気主ー大御気主ー建飯賀田須ーオオタタネコ
↑の事代主命が本当の「初代」
なのでしょう。
大物主さんは蛇さんですので。 >>618
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/ し─J
建甕尻が
タケミカヅチ命に
近い名ですね >>619
はい。
ですから『古事記』の方の「誤記」を疑っています _
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/////yミミ
し─J
大直禰子命は出雲の神門臣の娘の
美気姫と結婚して大御気持命を
授かったとのことですが、
神門臣ってたしかイセツヒコ命と
関係が深いですよね >>620
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. し─J
なるほど、誤記ですか きのうは
尾張高倉下命のくだりをレスし終わったあと、
あんなこと書かなければ良かった
という想いになり激しく後悔しました。
案の定、そのあと、具合が良くなくなり、頭がガンガン痛んで来ました。
幸い、
1日寝たら治りましたが。 >>623
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/ し─J
高倉下命と
半島系の関連のところですか? >>621
わたし、神門とか、佐草とか、向とか、
そのへん、さっぱり掘り下げようという気力が湧いて来ないのです。
ネットでググっても、
頭の痛くなるサイトばかりですし。 >>626
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/////yミミ
し─J
その辺、ググってると
竹内文書とか出てきますしね(笑) 教会に、神門の方で元は神道の神官家だった
というご高齢の方がいました。
あと、わんこが赤ん坊だった頃に佐草先生という獣医さんに何度かかかりました。
有名な獣医さんで、『ペットポチたま』とかの監修もされている方でしたけど。 >>625
はい。
ちょっと不遜に突っ込み過ぎた
と激しく後悔の念が沸き起こって来ました。 >>627
キヅキ様より(=出雲国造家より)古い氏族とかで、
スサ様やアマノホヒ様は出雲ではあとから来た実は「よそ者」で、
ゆえに出雲では、いまだにスサ様やそのご連枝様に対して良くない感情を抱いている地域がある
と聞きます。
これは由々しき仕儀だな
と。
出雲に、ウル様のご子孫が制圧に行かれる前の同国がどのような状態であったのか
ということを考えると。
司馬遼太郎さんのサンケイ新聞記者時代の上司だった方の実家の神社のことなども、同種のことであると思います。 ■■■
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. し─J
竹田恒泰氏の富山での
講演が妨害予告で中止かぁ
酷いな、反日勢力 「玉依姫命をお祀りしている八幡神社でお祓いをしてもらえば大丈夫」
すんごい示唆的! >>632
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/ し─J
前田氏の刀剣のことでしたっけ?
やっぱ、玉依姫命が
お祀りされているかどうかが
重要なんですな
祀ってない八幡社は
なぜ祀ってないのかな・・・ つまり、
玉依姫命
とは、穢れや邪念を祓ってくれるお役目を持つ神
ということではないか!
もうお一柱、これとおなじことを言われている女神様がいる >>634
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/////yミミ
し─J
祓戸の神様ですか? 思えば
ウル様に始まった旅だったんだなぁ…
ウル様に始まって、ウル様に帰る
ということか・・・ パルco-opシステムの追加注文をしてきました。
カタログに正月飾りの大特集としてかなりのページが割かれていますが、
正月飾り
って越後産が多いんですね。
驚きました。 >>639
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. し─J
そうなんですか?
藁とか使ってるんでしょうか? ∠. ̄~\×
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/ し─J
うちもしめ縄は
そういえば新潟県産だなぁ
てか、どこでも
たいてい地元産なのかなぁ? >>640
写真で見る限りでは、
藁や紙や稲穂なんかが使われているように見えます。
越後のはみんな
魚沼飾り
となっています。
カタログにはその越後を含めた日本産と、
支那産、あとベトナム産なんかも売っていますが、
間違っても支那産は買わないようにし!
必ず日本産を買わないと! >>641
米どころでないところでは、需要分を賄えないので、
越後のような穀倉地帯からのものが全国どこでも多くなるのではないでしょうか _
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/////yミミ
し─J
神社の注連縄は
お祭りの時に
年配の人たちが作るんですが
あれを若者が受け継いでいくのは
難しいだろうなぁ・・・
作れる人がいなくなったら
どうするんだろう・・・
神楽舞も若い人が入らないし、
わしんとこみたいな
小さなお祭りはどうなってまうんやろう >>642
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. し─J
ググってみたらたしかに
魚沼産が多く売られてますね
米が有名だから
藁も売れるんでしょうかね >>641
そうだ!
穀倉地帯であることに加えて
神社の数が一番多いんでしたね!
だからではないでしょうか? >>646
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/ し─J
なるほど!
それで職人も多いのかも
しれませんね _
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し─J
神社の注連縄は
とても綺麗でしっかりした
作りなのでプロが作ったのを
買ってるものと勝手に思ってましたが
地域の年寄りたちが作っていることを
この前のお祭りで初めて知りました >>644
たいてい、
神社の氏子地域の氏子さんですよね。
過疎化や高齢化が進むと確かに苦しくなりますよね。
本来は、その土地の求心力であるのに。
ちなみに、神棚用の注連縄もパルco-opシステムのカタログに載っていたので、
「お!買おうかな!」
と思ったのですが、
サイズ(寸法)が大きすぎて神棚のサイズに全然合わないのでやめにしました。
神棚の注連縄、
欲しいんだけどなあ… >>649
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. し─J
わしはいつも野菜直売所で
買ってます
スーパーにも売ってますよ
東京ではどうなのか
わかりませんが・・・ >>650
スーパーとかだと支那産が多いので怖いです。
武蔵総社の門前町も意外にも神具店ってありませんし、難儀して困ったもんです。
昔住んでいた、川崎市幸区の、古墳の上に御鎮座している
ツキサカキイツノミタマアマサカルムカツヒメ様を祀る神社が氏神地域の街では、神具店があり、そこで神棚を勝ったんですが、
数年前に、懐かしさもあってサイクリングロードを駆って行ってみたら、見事に消滅していました。
その他、思い出のお寿司屋さんとか果物屋さんとかみんな無くなっていて、商店街はゴーストタウン化していました。
寂しかったですね・・・
その神社と同じお山にある小さな動物園だけは、わたしの住んでいた頃よりも激込みになっていましたが…
その動物園は入園無料なので、こんなご時世ゆえ激込みになっているのでしょう >>651
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/ し─J
そうですか
こっちだとスーパーやホームセンターでも
国産のものが売っていたような気がします
楽天でも売ってますけど
丁度良いサイズのものがありますかねぇ
楽天のものは高いのが多いなぁ・・・ >>652
お榊が、前はスーパーで5百円ぐらいしたんです。
でもある時行ってみたら2百円ぐらいになっていて、それで最初は喜び勇んで買おう!と思ったんですが、待てよ!と思い、産地表示を目を凝らして見てみたら
中国産
となっていました。
いらい、スーパーやホムセンでは買うまい
と思うようになりました。
もっとも、わたしの家の神棚は、その「榊事件」の起こった一年ぐらい前に、
そのスーパーと同じモールの中にあるホムセンで買いましたが(笑) >>653自己レス
まあその神棚の時も、
神棚が結構大きいわりには安いので
「もしや!」
とは思ったし今も思っているんですが。
>>651で書いた神具店は、三社式では一番小さくて安いのを買ったんですが、それでも3万近くした覚えがあります。
数年前にホムセンで買ったのは大きさがその倍ぐらいあるのに、値段は3分の1近くでしたからね。 >>654
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し─J
神棚は産地の表記とか
あまりないですから危険ですね
うちの神棚は家を新築した時からのもので
これもどこ産かわからない(笑)
子供の時でしたし・・・
見た感じ、安っぽいしなぁ(笑)
弥彦のとある古民家改造カフェの
神棚は店の柱と同じ漆黒で
かっこよかったなぁ・・・
ああいう神棚欲しいなぁ(笑) >>655
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し─J
漆黒よりは
もうちょっと淡い色だったかな >>655
うちは転勤、また転勤で住居が変わるたびにせっかくあった色々なものが無くなったり処分したりするので、そのたびに買い足さなくてはならないことの連続でした。
それでせっかく買った>>651で書いた、小さいながらも重厚な趣のあった神棚も、どこへやったのか紛失してしまいました(怒)
また、
マンションとかだとそもそも神棚を祀るようには出来ていないし…
いまの我が家の、数年前にホムセンで買った神棚は、上述したように「怪しさ」満点なんですが、
大國魂神社のご祈祷の種類に「神棚入魂」というのがあり、万一支那産だったとしてもそのご祈祷をやってもらえばいいか!
と思いそのつもりで買ったんです。
でも、ご承知のように、氏神様でのあらざる問題が起こってしまってからは、
なんだか気が抜けてしまってどうでもよくなってしまい、
結局ご祈祷を受けるに至っていません。 >>657
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. し─J
神奈川の人と静岡の人に
家に神棚があると言ったら
驚かれたことがあります
こっちは田舎だからなのか
たぶん、大抵の家にあると
思うのですが・・・
神棚に魂入れってありますよね
うちはしたのかわかりませんが、
新築の時に神主さんに来てもらったし
してもらってるのかな・・・ ∠. ̄~\×
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うちの神棚、作りも
粗悪な感じがします(笑)
ちゃんと日本の木を使った
日本の職人が作った
神棚が欲しいなぁ・・・ >>658
やはり新潟は神社の数が日本一多いから
神棚を祀る文化も盤石に根付いているのではないでしょうか。
もいんさんのいろいろなお話を聞いていると、まったく羨ましい限りです。 >>658
うちは日本神道が家の宗旨のくせに一回も家に神主さんに来てもらったりとか、そういうのやってません。
母の家や「おじいちゃん」の家は
宗旨は仏教なのに毎年神主さんに来てもらって
お家安泰のお祓いをしていただいているのに…
たとえ転勤族だったから、とか言われても腹が立って仕方がありません。 >>660
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/////yミミ
し─J
わしが神棚は家に
普通にあるものだと思っているだけで
実際には他所のうちのことは知らないんですよね
でも、わしのうちでもあるくらいだから
やはり大抵の家にはあるのかな・・・
新潟でも都市部では
ないところも多いかもしれませんが・・・
逆に飲食店や企業などは大抵あるものでしょうか? >>661
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うちは伝統とか
ぜんぜん重んじない家ですよ
ひいじいちゃんが菓子を作って
売っていたので
うちは屋号では呼ばれず、
親は屋号を忘れてしまったと言っています
墓にも家紋も入れなかったので
家紋すらわかりません
非常に腹立たしい限りです
神棚はあってもわしが祀るまでは
ただお札をのっけていただけです
注連縄などは神棚の屋根にのっけていました ∠. ̄~\×
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仏壇は毎日ご飯を
上げてるんですけどね
神棚の方は
作法をぜんぜん知らないようです >>662
お店やデパートや会社はまずありますよね。
これは結構信頼のおけるところで聞いた話ですけど
お店を開きたい、
とか事業を起こしたい、
という人がその融資を銀行にお願いした場合、
視察に来た銀行員がまず見るのが、
そのお店なり事業所なり会社なりに
神棚が置いてあるかどうかを見るそうです。
神棚をきちんと置いてお祀りしている会社は、そうでないところに比べて、間違ったことをやったり、会社が潰れたりする確率がずっと低いのだそうです。
日本最大の企業である三菱なんかも、
グループを挙げて、社長・重役以下が
土佐稲荷神社に詣でますからね。 _
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/////yミミ
し─J
新潟でも核家族化した家は
神棚を置いている家は
少ないんじゃないかと思っています >>665
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そうなんですね
銀行員もそういうところを
見ているんですね
でも、わしの親がやっている
会社には神棚ないんだよな(笑)
昔は新年会で彌彦神社に
行っていましたけど、
最近はたぶん行っていないと思います
そのせいか、
仕事が無くて潰れそうですが(笑) >>667
銀行員って論理的思考の権化のように一見思えますけど、
件の話は分かる気がします。
三菱も銀行を持っていますしね。
土佐稲荷神社は三菱グループの創始者である岩崎弥太郎が、故郷の土佐から大阪に勧請した神社です。
余談ですが、青山繁晴さんが評論家から参議院に打って出るとき、
その激励会が開かれたのもこの土佐稲荷神社です。
巫さんは雅楽の龍笛を吹かれるのですが、それを行うのもこの土佐稲荷神社で奉納されます。 >>668
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/ し─J
巫さんと青山さんは
色々と接点がありますね
土佐稲荷神社を調べたら
伏見稲荷大社からの勧請とも
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