石じじいの話です。

じじいが子どもの頃、山で不思議な呼び声を聞いたそうです。
一人遊びで山を歩いていたときに、「おーい、おーい」とかなり大きな呼び声がしたそうです。
だれかいるのかとあたりを見渡してもだれもいない。
山で作業をしている人だろう、と思って歩き始めると、また、「おーい、おーい」。
見渡すと誰もいない。
それから、歩いて行くと、なんども「おーい、おーい」と。
樹木がすくなく開けた場所に出たときに、空を見ると真っ青な空に真っ白な入道雲(積乱雲)がもくもくと立ちのぼっていました。
よく見ると、その雲のくっきりとした「稜線」の上に「人」が立っていて手を振っていたそうです。
その「人」は小さく見えたそうですが、実際はかなり大きなものだったのでしょう。
どうも、その雲の上に立つ「人」が「おーい、おーい」と呼んでいるようだったと。
こどもだったじじいは、その人物に向かって、同じように「おーい、おーい」と呼び返しました。
すると、その雲の上の人物は、さらに「おーい、おーい」と叫んで、「わー、はっ、はっ、はっ!」と笑い、その後沈黙したそうです。
相変わらずその人物は湧き上がる雲の上に立っていました。
すぐにと、あたりが暗くなり、激しい夕立に襲われたそうです。
じじいはびしょ濡れになりましたが、まあ、田舎ではよくあることです。
雨の後、雲にその人物は見かけられなかったそうです。
その雲の人を見たのは、それ一回きりだったということです。

『あれはなんやったんかのう?声は男の人のもんやったがのう。雷神様かのう。それにしては人なつっこかったね。』

妖怪に「やろか水」というのがあるそうです。山の上から「やろか、やろか」という声がする。村人が、「やるなら、よこせ!」と呼び返すと、鉄砲水が襲ってくる:という。
山の怪には答えるな、かかわりあうな、ということでしょう。