しかし次郎右衛門
「よろしい、では今宵のもてなしに、銀河の鮎を獲ってくるとしよう。」

そう言うと下僕を呼び、細引縄を幾筋も持ってこさせ、その縄をみな結びつけると
庭に降り、繋ぎ合わせた細引縄の端を取って空に向かって投げ上げた。
するとその縄、不思議なことに竿のように立ち、どんどんと空へ上っていった。
次郎右衛門はその縄の末に取り付き、共に空へと上がった。

友人たちは、あまりに奇異の事に驚いて空を見上げたが、空高くに上にあがったせいか
次郎右衛門の姿も良く見えなかった。
そのうちしばらくするとだんだんと降りてきて、その姿がわかるほどになった。
そして地上に降りると、袂から、生きた見事な鮎を2,30も取り出し。これを料理して友人達に
饗応した。

このような不思議なことが度々あったので、主君、村上頼勝も「彼の幻術を見物したい」と、
次郎右衛門を御前に呼び出した。
そこで次郎右衛門、「失礼いたす」と立ち上がり、鼻紙を取り出すとそれを裂き、
大豆ほどの大きさにしたものを柱に貼り付けて、また元の座に戻った。

しかし何が起きるというわけでもなく、頼勝はじめこの座にいた者達も、「なあんだ」と
少々残念な面持ち。
ところがしばらくして、柱に貼った鼻紙から、少しばかり水が染み出していることに
皆が気づいた。

村上頼勝をはじめ近習の者達、「何事か仕掛けやあらん」と、目を離さずそれを見つめていたが、
徐々に鼻紙より出る水量は増え、しまいには滝のように噴出し、その座はことごとく水に浸かった。
頼勝もこれにはたまらず叫ぶ
「もうよい!術を止めよ!」
即座に次郎右衛門すくりと座を立ち、柱の鼻紙をはがすとその瞬間、水は消え去った。
その座も、元の乾いたままであった、とのことである。

主君も狼狽させた、相部次郎右衛門の幻術、のお話。