応援団って必要なくね?
どのスポーツや運動会でも応援団っていらなくね?
別に応援で選手が強くなるわけねぇのに(笑)運動会の応援団が一番むかつく。
いつも授業の邪魔ばっかしてるDQNが調子乗りやがって。同意の方かたりましょう それに反抗すると、恩知らずの汚名をかぶせられる。
卒業証書で恩をかぶせるわけだ。
応援団リーダーを誰がやるかクラスがもめずにすんなりきたのは、誰のおかげだとおもってる? 卒業証書は届きましたが、粉々に破いて捨てました。
当時の大検を受け直しました。 もうすぐ30年にもなる話だがな。
殺せるなら、当時の1年時の担任のこと殺してやりたい。
しかし、あんなつまらん者殺して刑罰通受けるのも馬鹿馬鹿しい。
だから、俺の目の黒いうちは言ってやる。 ヤ○モ○は、2年時・3年時の時の担任で、応援団リーダー選定には何ら関わりがないんだ。
にもかかわらず、当時の職員室は、ヤ○モ○のことを、私立校に追い出した。
一番悪いのは、1年時の担任・副担任の「○条節○」と「○葉○紀」だ。
こいつらは殺したいほど憎い。というより、ぶっ殺してやりたい。
30年越しの恨み、覚悟してろよ。 殺害予告ですか?
通報されますよ。
少なくとも、当時の関係者にはわかる伏字の付け方ですね。 >>260
30年も前の話なら、もう定年退職されてるんじゃないんですか? ワタミ渡辺議員「徴兵制で甘えん坊の“男の子をたくましく成長させましょう」
http://maguro.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1395080192/
これ見ると、応援団に関しても、どうも故意にやってるっぽいことがうかがえる。 たぶん、いじめなんかも、たくましく育てることの一環としてみているね。 そこまで言うってのは、よほどトラウマになってるんだね。 学校関係の場合余分な経費がかかるなら必要ないなー
興味も関係もない人間からしたら只カンパ喰らってる感覚でしかないと思う
どんくらい金かかるか知らんけど だから、応援という行為を考えた場合、応援したい者が応援団を形成すればいいだけの話じゃないか。
リーダーについても同じ。
それじゃぁ、応援団やる生徒がいなくなるというのが学校や教師側の言い分なんだろうけどさ。 昔と違って、今の高校は、無理やり応援団に入れるようなことはしないんじゃないか。
ただ、担任のやり方にもよるね。 生徒から恨みを買うようなやり方をする教師は許せない。 自分達が恨みを買うようなマネをしていながら、「人を恨むなよ」と諭すアホ教師達。 >>273
あそこはNo.1スクールからして、応援団やら裸行列やら強制だからな。 今年も何も知らずに入学して、応援団に放り込まれた生徒がいるんだろうなぁ。 まぁ応援団やるのは勝手だが、3年後に引退したとき、俺の高校時代は何だったんだと後悔しなければいい。 そういう意味では、応援団に放り込まれたら、3年やるんだと腹をくくってしまうのもいいかもね。
留年狙うやつもいると思うが、応援団リーダーは、試験で白紙答案出しても自動的に進級・卒業するので無理だ。
生徒手帳の校則に書いてあるとおり、赤点は40点以下、平常点は30点まで。
つまり、差し引き10点は試験で取らなければならない。
しかし、応援団リーダーの場合は、白紙答案出し続けても、自動的に進級・卒業となる。
学校からして、校則をやぶりやがるんだ。 たとえ厳しくとも、このこと自体が成長の機会を奪ってたとしたら、「甘やかし」にならないか?
心理的虐待でも、成長の機会を奪えば甘やかしになる。
周りは、「甘やかされて育った」と非難するが、当の本人は苦しい思いでしかないから困惑する。 大事なのは、生活していく上で、「こういうことができるようになった」「ああいうことができるようになった」という喜びだと思います。
応援団のような外部から押し付けられるものも、考え方を替えれば、十分材料にはなりうる。
しかし、まず、出来る喜びを感じなければ、いくら外部から押し付けても被害者感情のようなものから逃げ出せない者もいるのではないかと思います。
元をたどっていけば親の育て方に行き着くわけですが、拙い親の下にうまれたとしても、出来る喜びの積み重ねの重要性に気づけるようにすべきだとおもいます。
もちろん、学校では様々な形で課題や試錬がよういされていますが、ただそれを克服することだけを目的にしてしまい、生きる喜びを見いだせないでいる者もいるのではないかと思います。
まず、生徒のそれぞれの「自分」というものがあっての課題克服だと思いますので、まず自分の確立が第一だと思います。
課題に翻弄されすぎることのないようにすることも大事だと思います。 >>279
それは義務教育までにやっておくことだと思う。
高校に入れば3年後にはもう社会人(学生も学生という社会人)なのだから、世の中の厳しいところを教えなきゃならん。 >>280
それはそうなら理想だが、現実的には、親の養育方針とかで、高校が唯一の自己形成のチャンスになってしまってる者もいる。
高校生にもなったら、自分の課題は自分で見定めて動くのがいいのではないか。 >高校生にもなったら、自分の課題は自分で見定めて動くのがいいのではないか。
それができる者とできない者が、これまたいるわけだよ。 入学して最初の登校日で、応援団リーダー決めるんですぜ。
まだ、学校内の右も左もわからない状況で、リーダー押し付けられて、部活は諦めろと言われる。
他の一般生は「部活で頑張りたい」で通っているのに、応援団リーダーなる者には人権はないのか。 昔、応援団について社会に訴えていたころ、「自衛隊」を引き合いに反論してくる人がいた。
国を守るために、最悪の場合命の危険も顧みないで戦わなければならない彼らの足元にも及ばない存在の私だ。
でも、大事なのは、何をもって、彼らが自衛隊を志望したか。
その心を育てることが大事なんだと思うんです。
これは無理やり放り込んでできることではないと思います。
やはり、自分の選んだ道を歩んできて導き出した結果としての自衛隊志望だと思うんです。
自衛隊だけではありません。警察官にも消防官にも言えることだと思います。
彼らがもし、誰かに強制されて、嫌々職務に就いていたとしたら、どうでしょう。
応援団でも同じことが起きています。
応援団活動を積極的に推奨している某I県の県立高校では、県内No1の高校が応援団や裸参りが長年の伝統になっていて、生徒は必ずやらなければならないそうです。
そこで、応援団活動をしたくない生徒は、No1校に入れる偏差値を出していても、No2の高校を志望するんだそうです。
強制を廃止したら、応援団やる生徒がいなくなってしまう。応援団が潰れる、という人もいます。
そう言う彼らは、部活である程度の成績を残していたり、女子生徒だったり、応援団に入る可能性が少ない人々なんです。
そこまで言うなら、彼らが応援団やったらいいじゃないかと思うのですが、そういう段階に話が進むと、そそくさと逃げてしまいます。
「伝統の応援団」とよく言われますが、裏ではそういうことになっています。 自分がやりたいことをやりたいのは、みな同じなんですよ。
それを、特定の(気の優しそうな)生徒に押しつけ、部活も取り上げる。
毎日、先輩の怒号が響く練習で、心が滅入っていき、うつ病になったりや自殺をする者も出てくる。
それでも、県教委は、応援団の強制を推進しますか? 同じ1年生のクラスでも、担任によって状況が異なるようです。
「応援団やりたい人がやれ〜」と、特定の生徒に白羽の矢が当たらない配慮をしている担任もいます。
一方、記名投票でターゲットを絞っていく担任もいます。
この記名投票というのが曲者で、大抵の生徒は他の特定の生徒の名前を書きます。
これが罠で、自分への投票が多かった場合、「お前だって他の生徒の名前を書いてるじゃないか」ということで反論できなくなってしまいます。
この場合の正解は、誰の名前も書かないこと。
そういう汚い手段に出る担任もいるから注意が必要です。 親などから精神的虐待を受けて育ってきた者は、応援団の先輩方の怒号に耐えていけない。
親に虐待されたトラウマが復活するわけだ。
しかも、辞めればクラスの誰かが代わりに出なければならない。
他人の高校生活をぶっ潰してまで、よく自分のやりたいことをできるもんだと思う。
スクールカウンセラーは、常連生徒に占領されているし、もともと学校に対抗するものではないから頼るのは考えものだ・ うわじゃ、静岡でも、応援団推進教育が始まるようだ。
すべての生徒が納得してやるようでなければ、犠牲者を出すことになる。 宮台とかがさぁ、高校時代授業抜けて映画見に行ったとかいう話聞くと、腹立つんだよね。
こっちは応援団に縛られっぱなし。 応援したいと思う者は、2年生でも3年生でもいいじゃないかという人がいる。
しかし、応援団というのは年功序列なんだよね。
最終的に3年になって応援団の伝統を守り続けるために、1年生の時から積み上げていかなければならないことがいっぱいある。
2年生や3年生が途中から入ってくるということは、下積みがない上級生が入ってくることになる。
これは、応援団内の秩序を壊すことになる。 負荷をかけてそれを乗り越えさせても、必ずしも自信がつくとは限らないというのを俺は実証した。 生徒が負荷を乗り越えることに依存してるから、潰れた時の対処ができないのら。 人間はひとりひとり違うから、平等な負荷をかけたとしても、結果が異なることはあるよね。
もし、それが、ある団員にとって、身が破綻するほどのものだったとしても、同じ負荷をかけられた他の団員が健康だから学校には責任がないんだというのが学校の言い分なんだよね。
実際は、みんなが嫌がる役だから、波風を立てたくないというのが本音だろうけどね。 俺を苦しめた高校が創立何十周年記念だかで、卒業生名簿を作ってるらしい。
いろんな意味で楽しみにしている。 「これ以上頑張ったら身が破綻する」という限界を学んでおくべきだそうです。
でも、代わりの生徒におっかぶせて、応援団辞めて涼しい顔して部活に行くことはできなかった。
破綻するの分かってても、やらざるを得なかったんだ。 だから、他の団員はなんともなかったんだろ?
お前さんが弱かっただけ。 >「これ以上頑張ったら身が破綻する」という限界を学んでおくべき
これは確かに身をもって学ばさせていただきました。
現在、重度かつ継続判定の統合失調症により、生活保護のお世話になって病気療養中。 >>304
自分は一切傷つきたくないっていうやつだから、何言っても無駄だよ。 なるほど。
辞めれば、他の生徒が応援団に入ることになって傷つく。
続ければ、自分が応援団の猛練習に出なきゃならなくて傷つく。
んで、どちらを取ったかと言えば、応援団続ける方をとったわけね。
何も考えることなく高校を通過した生徒に比べれば、可哀想といえば可哀想。 その団やってる生徒に可哀想という言葉をかけるのは禁句になってる。
自分を取り戻して退団する生徒が出てくるとまずいから。 応援団って、自分が応援したいからやってるんちゃう?
嫌々やってるの?
それじゃ、応援する団員も、応援される選手も可哀想だ。 14 :名無しさん@社会人 [] :2014/07/15(火) 00:43:47.03
教育者たちは、それを、「若いうちに負荷をかけて、それを乗り越えさせることによって自信がつく」って言うんですよね。
負荷をかけるのは、自分でやっても、外から与えてもいいみたい。
ただ、自分でやった場合、自分に甘くなる可能性が高い。
そこで、外から「負荷をかける」ということらしいな。
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つまり、道義的とか、人道的とか、道徳的とか関係ないわけ。
ただ、負荷をかけて乗り越えさせるだけ。
失敗しても学校は責任は取りません。 勉強だけでも、極めようとすれば、負荷になるんだけどな。 本来、学校というところは勉強するところなはず。
その勉強より優先してスポーツなどをやって、周りの生徒も巻き込もうって言うんだからすごい。 部活やってる人たちだって、遊んでるわけじゃないんだよ。
毎日、厳しい練習やトレーニングしてる。
まぁ、確かに、自分のやりたいことをやってるか、部活諦めさせられて団やってるかの違いはあるが。 やりたくてやるのは本人の勝手。
やりたくないのを無理に引っ張ってやらせるから問題が起きる。 放課後、応援練習が終わったころには、部活も終わっとんねん。 確かにいつまでも割り切れない心理状態で応援団の厳しい練習にただ耐えるとすると、欝とか統合失調症とかになるんじゃないの。 応援団って何するところかわからないほど精神的に追い詰められて、ただひたすら厳しい練習に耐える。
これじゃ、病気になるよね。 だから頭の切り替えが鈍いんだろ?
応援団やって部活も勉強もやるスーパースチューデントもいるのに。 それはかんたんなことだ。自分のやりたいことを封じれば、一発で潰れる。 どんな二つの物や人も、似ていると思って観察していると必ず共通点の一つや二つはすぐ見つかるものだ。
それを使って、ほらやっぱり似ているよ!やっぱり奴は悪魔なんだ、などと人が思い込む現象を心理学では
認知バイアス、あるいは確証バイアスと言う。
これを使えば、チョビヒゲを生やした男性はみんなヒトラーと同じ悪らつな人間だという事にされてしまう。
とにかく一つ共通点を見つけるだけで奴は悪者だというレッテルを貼られてしまう恐ろしい論法なのだ。
さらにそれをマスコミが取り上げて騒げば、やっぱりみんなもそう思っていたのか、やはり似ている!奴は悪魔だ!
という世論が完成するというわけだ。
「○○とXXは似ている、同じだ、思い出させる、だから奴は悪魔だ」などと言う「類似論」は何に対しても
簡単に当てはめられる安易な論法だから、これを言って濡れ衣をかぶせようとする詭弁論者にはよくよく
気をつけないといけない。
何でもかんでもいつも同じ「奴はナチスに似ている、だから奴は悪者なんだ」という単純かつ安易なレッテル貼りで
攻撃するのは「自分は汚い詭弁の使い手です、それ以上の理屈を思いつかないんです」と世間にふれ回っているに等しい。 部活でも何でも、生徒がやりたいことを織り交ぜると、動機付けというか、文武両道プラスαになるのではないか。 今の高校の応援団って、俺らの時代に比べたら、動きがだらしないように思う。全部が全部じゃないが。
昔と違って、部活もできるようになってきたとおもうが、団の練習するときは、指先まできちんと伸ばすとか、妥協しないでやってほしい。 111 :名無しさん@社会人 [] :2014/08/17(日) 14:15:43.27
思春期に受けた心の傷って、一生ものだそうですよ。
教師の側にそういう自覚があったのだろうか。
自分たちの都合だけじゃないのか。 結局、応援団リーダーやらなかった面々は、今、いい生活をしてるんだ。 仕事はいっちょまえにするけど頭の中で何考えてるかわかんないヤシだな。 応援することに異議なはないが、各クラスのリーダーの決め方に問題がある。 「誰かがやらなくちゃならない」っていう時点で、奴らの論理にはまってるわけだよ。 「誰かがやらなくちゃならない」って言ってる香具師に限ってやらないんだな。 スポーツの世界大会などでは、応援に来る人すべてが、自分の応援するチームに勝って欲しいと思って応援しているわけです。
それは、自己意思であり、何ら悪いことはありません。
しかし、高校の応援団では、教育的配慮で学校側が押し付けたり、ジャンケンに負けたからとか、
記名投票で票が集まって断れなかったとか、自分の意志に反した形でリーダーが選出されます。
「伝統の応援団」と言われるように、応援団には1年生の時から積み上げていかねばならない
練習があります。
自分のやりたい部活などやっている暇はないのです。
「部活は諦めろ」と言われた者もいるようです。
それでも前向きに応援団活動をする者もいます。
しかし、家庭教育の結果で、高校時代に自分のやりたいことをやらなければ人格の成長ができな
ところに陥った者もいます。
高校生になったら、自分の置かれている立場・境遇から、自ら道を開いていくべきです。
強制される応援団は、生徒の芽を潰している場合があるのです。 応援団を真剣にやっている人からしたら失礼極まりないスレだね。
運動会応援しか知らない人しか言えないことじゃない?
私の知り合いでは小中高とスポーツを真剣にやりその傍らで応援団にも入団しその素晴らしさに惹かれ応援団の指導をしたいという理由で大学進学をした方がおります。
実際、応援団の伝統校となるととてもハードな練習を行います。基本となる型練習では腕を使ったスポーツ「バスケ、ハンドボール、野球等」の経験者でも早い応援曲になると数分と振っていられません。
高校である夏の野球応援となると、夏の灼熱の中、黒い学生服を着てそれらをおこないます。水をかぶったりすることがありますが、それも学ランが吸うと重くなり型の動作を行うのに負荷がかかることになります。
私も「応援団はいるの?」と聞かれますが、私の学校の場合歴史の浅い団となりますが、県内でも徐々に認められ、当時応援団はなかった時代の卒業生方も支援してくださったり、近年では新聞に載ったり、野球のみならず他の部活動の応援にも来てくれという誘いを頂きました。
いるかいらないかは個人の観点であるとは思いますが、少なからず応援で力が与えられる方もいるのではないかと思います。
なんちゃって体育会系というのを目にすると、このスレに賛成している人の多くは応援団の練習には耐えられないと思いますね。
一度やってみてはどうでしょうか?きっとできないと思いますので。
応援団が就職率がいいのは他のクラブと違い上下関係がハッキリしているからです。
他のクラブと言ってもクラブにより上下関係がはっきりしているところもありますが、少なからず学校のぶかつが全て上下関係が厳しいということは無いと思います。
いじめの件に関しても、このスレだから明大いじめが出ただけで、もし「野球部っていらないんじゃね?」って記事が出たら野球に関する自殺の件を出すんでしょうね。
いじめは知らない範囲でもどのスポーツにもあると思いますよ。 行き過ぎた上下関係は国を滅ぼす。大日本帝国しかり。
今の日本もブラック企業やパワハラの蔓延でおかしな方向に進んでるね。 悪い事だけではありませんよ。
僕は応援団のおかげで自分を変えることができました。
もちろん初めは部活にも行けないし
昼休みも練習あって…ですがその辛い経験のおかげで自分自身も強くなることができました。
これ以上語るのはやめます
不快になった方々申し訳ありませんでした 応援団とか自己満足だろうな
自己陶酔してるのであろうて 社会に出たら誰も応援してくれない
黙々と残業や休日出勤に挑む事となる
団員も社会に出たら団での常識も通用しなくなるのでギャップに苦しむこととなる 憧れるのと、実際にやるのとはまた違ってるんだよね。 体力も精神力も、それぞれ個人差があるのに、
他の応援リーダーが何ともないから応援団に責任はないというのはいかがなものか。
事実上の強制入団させられてるんでっせ。 ほかの社員は何ともないからサビ残やらせた会社に責任はないと言ってるのと一緒。 時が来れば 野を駈けても
いかなけりゃ いかなけりゃ
悔やむ気がする
あなたには あなたには
夢を信じていてほしい
僕は今 橋になる
夢を渡らせるための
橋になる 悪いひとたちがやって来て
みんなを殺した
理由なんて簡単さ
そこに弱いひとたちがいたから
女達は犯され
老人と子供は燃やされた
悪いひとたちはその土地に
家を建てて子供を生んだ
そして街ができ
悪いひとたちの子孫は増え続けた
朝鮮進駐軍 関東大震災 日本人大虐殺
https://goo.gl/FTqHJ1
https://goo.gl/1ntWvZ
https://youtu.be/D0vgxFC04JQ
https://goo.gl/h1o4eV
https://www.youtube.com/watch?v=sYsrzIjKJBc 応援団に自分から入るというならいい。
問題は、自分から入ると言わせられるように仕向けられることだ。 もし現時点で、ある学校に応援団がなかったとして、誰か言うだろう「応援団作るべきだ」と。
そう言う者が集まって作ればいいだけの話。「そういうお前がやれ」と。
そうすると、応援団に関して不思議と、誰も何も言えなくなる。
結果、スポーツシーズンがやってきて、その学校には応援団は存在しないということになる。
しかし、これは全校生徒がみんなで出した結論であり、特定の生徒が責めを負うことではない。
誰も強制されない、誰も嘘をつく必要もない。
そこまでいかないと、真の応援団というのは生まれない。
校則や団則で、クラスから1名とか2名とか選出させるように書いてあるのは、頭数そろえたいから。
生徒というより、教師の方が応援団を必要としている。
教育委員会の方針もあるしなぁ。
でも、頭のいい教師は、そういう校則・団則の下でも、「やりたいのがやれ〜」って平然と言ってるよ。
大学院まで行った先生だけどね。
俺は、3年の引退まで応援団をやり果たして、統合失調症発症した上で言っている。 >統合失調症発症した上で言っている。
うつ病になったのならわかるが、統合失調症は遺伝病だからね。
残念でした〜。 統合失調症は、遺伝要因が半分、環境要因が半分と言われている。
環境って言ったて、生育歴まで含めた話だから、応援団とか一時的なストレスが主原因とは限らないんじゃないかな。
まぁ、発症の引き金にはなったかもしれないが。
ここでもう一つ、応援団を一人でやっていたのでなければ、他の団員も同じ環境をくぐってきてるわけだ。
その他の団員が何ともないとすれば、応援団が原因とは言いにくいという論も立つわけだよ。
うつ病だと、そういう扱いにはならないんだけどな。 引き金でもいかんよ。
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PVN99 >>61
述べるだけ失礼?じゃあ始めから述べんな池沼