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高校生ワイの小説を批評してくれ
0001創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:14:52.33ID:y7xpqzYa
初めての小説やからお手柔らかに頼む
0002創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:15:23.44ID:y7xpqzYa
午後四時。都内某区ホームセンターの軒下は、急な夕立に暗かった。雨やみを待つ学生が二つ、微妙な距離を保っている。二人は邪魔にならぬよう、入口の端、積み荷の横を選んで居た。空は汚れた雲の手で、その一面を覆い隠されている。九月の湿気と通り雨は、直ぐ止むようでいて、しかし永遠でもある。確かに存在する空間は、想いの交錯する境界であった。二人を跨る緊張がしみ出し、雲々を暗黒に染め上げている。感情の一切を薄靄に包まれて、その輪郭がぼやけていた。ただ苦しい空気が、場を淡々と治めており、湿気が芯まで入り込んで、気分が腐りかけている。
0003創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:16:17.33ID:y7xpqzYa
 少年は袋を持っている。二つの大きな袋には、カッターとガムテープと、雑多な工具がいっぱいであった。彼は空を見ていた。何か書いてあるわけでもない。少年は今、空を見る必要があった。少女は反対に、水溜まりを見ていた。二メートル先である。二人の視線は長いこと重なっていなかった。雨に気づいてから、大体五分と過ぎた頃合いである。視線はそのままに彼が始めた。
「雨、止まないね…ごめんね、飯島さん。傘、学校に置いて来ちゃって…やっぱり傘買おっか?」
男はあえて名前を言った。飯島と呼ばれた彼女も、一つ袋を持っている。中は血のりだの、手錠だの、よく分からぬものばかりだった。しなやかな両腕が交差され、袋の底少し上をゆったりと抱きしめている。彼は彼女がそれを降ろさないが為に、袋を地面に置けないでいて、腕の痺れが迫ったか、二つを左手に持ち替えていた。彼は時代に似合わず、こういうところに意地のある男であった。
「大丈夫。通り雨だから、きっとすぐに止む。」
飯島は袋の中身を確認しつつ返した。その擦れる音が止むと、彼女はおもむろに地面におき、小坂もそれを模倣した。そして言葉を続ける。
「それにしても、何に使うんだろ、これ。小坂君、本当にこれであってるの?」
小坂は少し色めいた。平静を保ちつつ返す。
「高橋と村田のラインがあるから間違いない。はず…」
沈黙が幾秒か流れた後、飯島は曇った空を見て、溜息交じりに重ねた。
「漢のメイドカフェ、ねぇ…」
0004創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:17:07.58ID:y7xpqzYa
 侮蔑を含んだ言葉に、小坂は不意を突かれた。それは、平素飯島から感じる気品と優しさとは違ったものだった。小坂は戸惑ったが、直ぐに勘違いであると結論づけた。彼は分かりやすい疑問の表情を作って飯島を見た。しかし、次の言葉は決定的だった。
「私…身内ノリっていうの?ああいうの嫌い。こんなの、寒いだけ。雨が降る何て思わなかった。」
小坂は耳を疑った。彼は飯島の目を向いた。飯島もこちらを見ていた。正確には少し上を見ていた。薄目だった。その目は怒っているでもなかったが、明らかな軽蔑と、それだけで済まされない何かを有していた。小坂は、彼の「飯島怜子」を修正する必要に迫られた。
0005創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:17:34.94ID:y7xpqzYa
 彼は怜子を好いていたが、それは彼の知っている限りにおいてだった。彼の知っている怜子は美しかった。彼は怜子の髪が好きだった。怜子は長く、黒い髪の持ち主だった。彼はそれを貧相な語彙の中から、音楽室のグランドピアノに重ねた。光に反射してより漆黒を照らす黒髪は、煽情的な響きを持って小坂を刺し、羞恥を伴う視線を彼に強いた。前髪はふんわりと簾風にかかり、整列した纏まりの間からちらと覗く眉がさりげなく、簾が風に遊ばれて揺れる時、空間に一瞬の幽玄を生む。刹那浮遊する前髪の、そのなまめかしさは言いようもなく、小坂はいつも風を待った。
0006創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:18:18.95ID:y7xpqzYa
 殊更に彼を魅惑せしめたのは、彼女が「女子」ではなかったことである。小坂は人格者であった。彼は差別と不正をしなかったし、誰にでも厚意をもって接した。いたずらに放逸される優しさは、友好を通り越した無関心を生じるのが常であるのに、彼は幸運にも顏が良く、運動もそれなりにできた。小坂は「女子」の好意を正面に受け、背面に同姓の敬意を集めた。彼の周りには、表面上、爽やかで快い風が流れていたが、そこには常に緊張があった。一個の典型、完成として非を持たぬ小坂には、遣り場のない悲しみを一身に受ける義務があった。小坂を賛辞する男は全て、それと等質の憎しみを持っており、彼らの多くに自覚はなく、心から小坂を尊敬しているつもりであったが、小骨が喉につかえるのをいつも気にしていた。それが嫉妬だと分かってしまっても、それはそれで苦しむだけで、そう悟った何人かの青年は小坂から離れていった。狭い世間で、小坂という完成品は自尊心に脅威だった。小坂がその、思春期の結実とも言うべきそれを、どれほど自覚していたかは分からない。ただ何となくの違和感を、彼らの言葉に見ていたのは確かであろう。
0007創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:18:57.83ID:y7xpqzYa
 小坂が引き受けるもう一つの緊張、女子達の好意もまた重大だった。彼は理性の上で彼女達を丁寧に断ったが、深い部分では拒絶を示していた。「女子」、則ち時々に靡き易い未確立のうら若さ、それでいて明瞭である集合体、全て彼にとって軽薄であった。彼女達を愛らしく思うには、小坂はまだ幼く、喪失を知らなかった。それは余りにもありふれていた。
小坂は屈折していた。それは決して表層に現出せぬ憂鬱だった。正確には、浮かぶ度沈めこむ悪辣だった。彼は異性に限らず、周囲の人間が持つ、典型的な感性を心底で嫌悪していた。流行という暴流に、若さという渦を言い訳に呑み込まれていく同級の人間を、底の底では軽蔑していたのである。その点で彼は、若さのまた違う形容であり、その源流は、彼自身完成された偶像である所から来る自己嫌悪だった。しかし不幸にも彼は高潔で、自らは純粋であろうとしていた。故に、その沈殿物を言葉にして咀嚼することを避けていた。それも無意識に。彼の冷徹な批評心は、彼女らを言葉で語ることはしなかった。小坂の尊厳がそれを、徹頭徹尾拒否したのである。
0008創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:19:36.88ID:y7xpqzYa
小坂の深層にある鬱屈が、聡明で、憂いのある大人を求めるのは自然だった。彼は二年に進級してすぐ、怜子に思慕を抱いたのである。彼女を恋慕するのは、何も小坂ばかりでは無かった。けれども小坂は相当の人格者であり、クラスでは誰も、怜子のとなりに彼を想像して止まなかった。小坂は自身の想いの根本にあるものを知覚していなかったが、それでも落ち着いた怜子が好きだった。故に、その発言は不意を突かれた形となった。仮に怜子でなくても、悪口こそ小坂のもっとも嫌うところである。彼は真意を確かめるべく続けた。

「飯島さん?」怜子は再び視線を外して言った。
「そのまま。「漢のメイドカフェ」だっけ。ちょっと恥ずかしいからあんまり言いたくないな。鼻を折られたことが無いから。だからいつも勘違いする。自分達が面白いって。」
小坂はまだ、怜子が何を言いたいのか掴み取れなかった。言っている意味は分かる、ただ、その話をする意図が分からない。語り口はいつもの怜子であり、その落ち着きが異様だった。彼女は台本でも読むようだった。たどたどしささえ、演出のようだった。明確な悪意の言葉であったが、不思議と心地よい語りだった。
0009創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:20:24.71ID:y7xpqzYa
 小坂は態度を決めかねたが、中立を保ったまま返答した。
「って言ったって、満場一致で決まったじゃんか。飯島さんだって賛成したでしょ?」
「あんなの投票じゃないわ。もう全部決まってて、後は、後はもう手を挙げるだけ。」
彼は少し怒って言った。
「飯島さんが思ってるほど、みんなそんな悪い奴じゃない。言ったらきっと、皆聞く耳を持ったと思うよ。」
怜子は間髪入れず答える。
「悪い人が悪いことをするって言うのなら、世の中どんなに簡単か知れないわ。問題はね、悪意が無いことなのよ。」
彼には怜子の言っていることが分からなかった。
「それにね、今言ったそれ、そう、「みんな」って言葉。私好きじゃないのよ。その中に私はいない。いや、小坂君だって、高橋君達だってそうなのよ。からっぽよ。」
0010創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:21:02.70ID:y7xpqzYa
小坂はもう訳が分からなった。確かに怜子の言うことは支離滅裂で難解を極めたが、それ以上に彼は優しかった。「彼等」達への嫉妬と憎悪を理解する為に、彼の心は曇りが不足していた。いや、曇りが拭き取られ過ぎていた。怜子が抱いている救われえぬ独白は、小坂の深層と本来共鳴してしかるべきだった。しかし、彼はまだ高潔だった。また今の怜子が可愛いと思えるほど大人でもなかった。そこが彼の素晴らしき所以であり、人間としての限界であった。小坂には怜子が冷淡な存在に見えた。その深層に何があるのか、一ミリの仮説も立たないままである。限界まで感情を抑えて聞く。
「結局なんだい?飯島さんは、高橋やら、村田のことが嫌いなの?」
怜子はため息をついた。怜子は先程から雲を見ている。
「だけじゃない。唯奈ちゃんも、カナちゃんもよ。もっと言えばね、嫌いなのはその人達じゃない。もっと、もっと大きいもの。」
「?」
怜子はやや顔を赤らめた。それは、政治を論ずる青年のような、自らの矩を超えた事柄をすまし顔に論ずる、ある固有の羞恥であった。
「記号って言うのがいいかな。全部これなの。高校生に与えられた役割っていうのか、ステレオタイプ。でも、自分は演じてることに気づかない。自分は唯一だって思う。漢のメイドカフェだってそうよ。ありふれた低レベル。ユーモアの欠片もない。何となくやらなきゃいけない、やることが正しい気がしてるの。そんな雰囲気が「みんな」。そこには誰もいない。熱と、役割があるだけ。「ノリ」だとか、「空気」だとか、全部創るのよ。」
0011創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:22:09.18ID:y7xpqzYa
怜子の語気は段々と強くなってきた。怜子はまだ話し続けていたが、彼には届かない。そこにはもう、彼の知っている「飯島怜子」はいなかった。小坂の脳内に、怜子の暖かな笑顔が浮かんでは消える。落ち着いた声も、優しげな瞳も遠くへと行ってしまった。彼は今までの恋慕と反対に、嫌悪の念を彼女に向けた。そして、彼はここにいる女が本当に怜子だとは思えなかった。(その実、怜子と話した機会はそう多くなく、今日も周りの計らいで買い出しに来たのであるから、彼の知らない怜子がいても当然とも言える。しかし、それにしても異常だった。)そこにいるのは、魔の射した抜け殻である。小坂は昔日の怜子を取り戻そうと必死に彼女を想起した。ハイライトを作るには明らかに、時と経験が不足する記憶であった。それでも彼は躍起になった。小坂と怜子の間に、象徴的な出来事は何もない。本当の所は、今日が唯一にして最後になるはずであった。時流が自然であれば、今喋っているのは小坂だったろう。雨が降らなければ、と。彼は滅裂に思った。彼はもう一度、語りを終えた怜子を見た。
0012創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:22:59.45ID:y7xpqzYa
思えば、彼女を正面から見つめたことは少ない。彼が知るところの多くは、授業中の横顔だった。今の横顔も、あのときと変わらぬ美しさがあった。けれども小坂には、それが全く異質なものに感じる。観念の中、怜子がひたすらに流転する。
二人の間には、ただ恐ろしい沈黙が在った。雨は止むことを知らない。乱雲の層が陽の光を全て包み、地上にその搾りかすを垂れるようである。雨粒の幾千が建物の屋根を伝い、目前に溜まりを作っている。新しい幾つかが滴り、その上に波紋を作るさまが見える。怜子は視線を傾け、波紋の行く末を見守っていた。その様子をまた、小坂はじっと眺めていた。彼は依然、彼女の真意を解し得なかった。だが、彼は結論を急いだ。
0013創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:23:47.21ID:y7xpqzYa
怜子はそう、ストレスが溜まっていたのである。それもそのはずだ。いつも優等生でいる何て、いくら彼女でも不可能な芸当である。ここはひとつ、話を聞くこととしよう。小坂は分かっていながらも、自らに強く麻酔を打った。幸い、小坂は演じることの得意な青年だった。もちろん、悪意などない。彼の純真を汚さぬために、人生の多くでそれが役立ったのだ。小坂は半自覚的に道化となることがよくあった。いつもそれに半分は気が付いて、嫌悪と共にしまってきた。その蓋がはがれる時が、もう目前に迫っていることを小坂は知らなかった。ともかくも彼は言った。
「飯島さんも疲れてるんだよな!話ぐらいなら、いくらでも聞くよ。」
彼は怜子が呆れるのを予想していた。そして正解を期待した。彼は彼女の正体を早く知りたかった。早く安心したかった。しかし、怜子の返答は予想外だった。彼女は驚くことも、ましてや呆れることもなく、ただ微笑んでこちらを見た。
0014創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:24:23.69ID:y7xpqzYa
「小坂君。」
怜子が振り返った時、そこには明確な永遠があった。豊かな時間があった。瞬間、周りの空気がふわりと舞い上って、この湿気ばかりの空間に、僅かの花を咲かせて消えたのだ。彼女の渋みのある青が濃縮され、玲瓏とした鬱屈が諦めの形容をして、却って清水のような純粋を生み出した。それは、少女の爽やかな敗北であり、決して認められぬと知っている、ただ最後の一華だった。悶えるような一時の絶美は、あきらかに青春の側に属していた。彼女は若さの輝きに、その決して自身を傷つけぬ埋没と倨傲に、卑屈を持って対決したはずだった。しかし、それは表向きの話だった。自身のひずみを小坂に余すところなく伝え、かつ抱擁を望むというのは、初めから無謀な試みであり、計画の始点からして怜子が本当に願っていたのは破滅だった。
0015創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:24:50.19ID:y7xpqzYa
彼女は小坂が、「静謐」という属性にこそ恋してることを見抜いていた。故に、小坂の紡ぐ偶像と、屈折と腐臭にまみれた実際の乖離に酷く苦しんでいた。彼女は身体に染みいった光への嫉妬、その耐え難い臭いを払いたくてたまらなかった。怜子は自分の薄汚れた青さを、理屈の上で否定したが、嫌悪だけは反応としていつも残った。嫌悪は精神より、寧ろ反応と蜜月である。彼女が他人を受容しようとするとき、いつも肉体が壁であった。幾たびも天を仰ぐ手負いの燕のように、怜子はひたすらに解放を願った。その為に、最も衝撃的な形で破滅することだった。究極的な否定、それは怜子の「反応」への引導であり、改革の嚆矢であった。つまり、自らの濁りを残らず煮詰めて、それを小坂へとぶつけ、彼によって否定される。その時、凝結したあらゆる不純物が、日輪の正義に照射されて砕け散り、恋愛の絶対的な終焉と共に、怜子を軽やかに飛翔させるはずだった。
0016創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:25:19.33ID:y7xpqzYa
怜子のこの計画は、俯瞰してみると馬鹿げていて、やけに少女じみていた。怜子は何に影響されて、脳内にこんな悲壮感を植え付けたのだろうか。ともかくも彼女は、その少女じみた妄想を実行に移した。案の定怜子は恋に破れて、反対に匂いやかな薫香を纏った。この瞬間を持って彼女は、青春の閃光に鮮やかに屈し、今やその美しさを最も象徴的に現わしている。彼女は恋に破れた少女の、もっとも模範的な表情をしていた。小坂はその美が現象した工程を依然理解できなかったが、小坂の知っている怜子の内でどれよりも美しく、儚く、なによりも優しさが在った。小坂は言葉を待った。
0017創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:25:52.50ID:y7xpqzYa
「小坂君、私のこと好きだった、よね?」
彼はそれほどの衝撃を覚えなかった。それはもう、大分前から分かっていたことのようだった。形のない直感に、名前を充てられたのみだった。
「ごめん。」
小坂は力投げに一言放った。彼は喪失を味わった。明確にはその始まりを知った。かけるべき言葉を探して、小坂は経験の中を駆けた。何もない、何も見当たらなかった。
「俺は飯島さんが好きだった。好きなんだ。うん、好きだ。バレてたよな。」
「うん、わかってたよ。」
怜子はもう、何よりも女だった。敗北者にしては晴れやかすぎる顔で、決定的なセリフを待っていた。
「いや、違う。俺じゃ、飯島さんに、そりゃ似合わないよな…飯島さんにはもっといい人が居るよ。」
小坂は自分が言っていることの不可思議さに気づいていた。それは傍から見れば、甚だ傲慢なセリフであった。何も知らない人間から見れば、恋に破れたのは明らかに小坂である為、この言葉を使うべきは怜子だ。
「ありがとう。もう、雨止んだみたい。袋は別々に持って帰って、明日学校に持っていくんでいいかな?」
0018創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:26:20.44ID:y7xpqzYa
仄暗い乱雲は依然雨の余韻を孕んでいたが、幾筋もの光が射し、遥か遠くには晴天が透けた。
暫くすれば雲はすり減り、青が天井を侵食するだろう。薄濡れた空気は極細の投網のようで、小坂に引きつき、皮膚を犯して精神まで湿らせていた。小坂は急に元の世界へと引き戻された。怜子と小坂を分かつ、この数メートル、一行不可解でありながら、確実な終わりを迎えた世界。そこから彼は戻ってきた。何も、変わってはいないように思う。ただ、胸の動悸が止まらなかった。彼は怜子を拒絶し、勢いのまま二人は終わった。しかしその時、喪失が始まってしまった。それは広い砂州に落ちた星の欠片を、諦めを核心に置いた期待から、延々探し続けるような絶望を意味していた。しかも、それを砕いたのは他ならぬ小坂だ。日が経つ程に妄執は肥大し、かつ醜悪の相を呈して、それだけ一層追憶の星が美しくなるはずだった。確かに、怜子は小坂の考えていた「飯島怜子」とは違った。ただ小坂は今更に、彼女がそれ以上の意味を持った存在であるような感がして、慄きが定まらなかった。しかし小坂の精神は複雑で、まだ高潔さも残していた。殊更に怜子に強く迫って、一瞬に溶けた過ちを、再び手繰り寄せ滅するような事をしなかった。これは同時に、長い後悔を選択することだった。
0019創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:26:47.35ID:y7xpqzYa
「ごめん。いや、あの、本当に君のことが好きだったんだ。これだけは言わせて欲しい。」
小坂は出来るだけ誠実に、怜子の目を見て言った。彼の瞳には、隠し切れない哀願が浮かんでいる。既に、諦観と期待が小坂をかき回していた。
「私も。小坂君のことが好きだよ。だから、ありがとう。」
一方怜子は、小坂の目を見ていなかった。怜子の目は自足しきっていた。怜子の恋愛は完成した。そして怜子は間違えていた。小坂の好意の意味を知りながら、その原因を知らなかった。小坂は救われぬ人間だった。彼女と同じ側に属す人間だった。しかし怜子ですら、かつて小坂を好いた「女子」達と同じように、小坂を完成された偶像として見ていた。彼が怜子にとって正義であったからこそ、怜子の計画は成立した。だが怜子が小坂へと差し出した生贄は、彼に深く根差した澱みと共鳴し、今や冷めやらぬ喪失を浴びせている。怜子は解放の代償に、小坂に呪いをかけた。勿論そこに何らの意図もないが、怜子が本質的に少女であったが故に成り立った計画は、実は小坂の犠牲が必須だったのである。
0020創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:27:17.81ID:y7xpqzYa
「じゃあ、私帰るね。」
怜子はもう、小坂のことなど考えてはいなかった。自己陶酔がただあった。彼女は地面に長いこと置いていて、底の方が水滴で湿った袋を抱えて、小坂に背を向けて歩き出した。波の形をした赤い屋根、それは先程の雨を庇っていたが、今は照り付ける日差しを濾し、赤光でその下を包んでいる。怜子は屋根を出て、まだ乾かぬ路面の上を歩いていく。怜子の歩く方に眩い光があったが、小坂の方は屈折している。彼は目前に過ぎた十数分の質量と、その難解さに未だ捉われていた。怜子の後ろ姿を見て、かける言葉もなく、歩き出すこともまたない。怜子は制服を着ていた。時代に似合わぬセーラー服だった。白を基調として、紺のスカートと襟が挟んでいる。白地に怜子の黒髪がよく映えた。湿気の残り香を微塵も伝えずに、その漆黒が日光を跳ね返す。喪失だった。彼はあるものを失った。小坂の観念を、先刻見た怜子の絶美が流転する。彼は取り返しのつかないことをした。ただ戦慄が総身を貫いて、視線をますます黒髪へ埋め込んだ。
0021創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:27:46.08ID:y7xpqzYa
怜子は暫く行って、駐車場のある左手に曲がった。横顔は上手く見えなかった。そして、そのまま、怜子は小坂の視界から完全に消えた。小坂はホームセンターに、長いこと立ち尽くしていた。袋を二つ置いて、呆然と立ち尽くす少年の様は奇怪だったが、それは不思議と絵画的だった。小坂は駐車場の方を向いて、備長炭の入った段ボールを背景に佇んでいた。後ろに半歩引いた左足にやや体重を乗せ、膝を少しだけ屈めてバランスを取っていて、逆に半歩右足を突き出していた。左手を腰に据え、一方の手をだらんと放った。そして投げやりな風に、二つの袋が手前に添えてある。緊張の無い構図に、小坂だけが悲壮である。それはかつての世界とほぼ同義であった。小坂という人間は、余りに完成して周囲に見えた。故に彼の抱く、青年の罹る典型の病は、誰にも、彼自身にさえ理解されることはなかった。小坂の苦しみは、小坂は、今迄たったの一人だったのである。
0022創る名無しに見る名無し
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2023/08/11(金) 01:28:13.29ID:y7xpqzYa
彼は怜子とのやり取りを、もう一度脳内で反芻させてみた。彼は怜子の独白を聞いて、途中理解を放棄した。それは、怜子にとって決定的なセリフだった。彼は一度怜子を拒絶した。彼が好きだったのは飽くまでも、「飯島怜子」だった。それは同時に、自らの拒絶でもあった。彼は怜子を突き放した。ただ、これは喪失の始まりであった。彼の脳内はあの時、完全にオーバーフローしていた。悔恨と、失意と絶望が、小坂の想念を縦横に切り裂いている。たった一つ残ったのは、曝け出された、優美を求めた卑しい本質である。彼は如何に自らが軽薄で、情けない人間であるかを理解してしまった。その唯一の救いであるところ、傷心の共闘者と成り得た怜子という存在は、もう彼自身によって滅却されている。彼はこれから、自身の、理屈の枷を容易に喰い破る憎しみとの対決に、ただ一人向かうことになる。小坂の周囲に張り巡る青春が、彼の根本にとって軽薄としか映らず、その反応を抑え込むことが難儀である以上、それは仕方のないことだった。自己嫌悪と、、他者嫌悪、苦しみの先は分からない。彼にとって今日という日は、本当の意味で「青年」の始まりだった。
0024創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/08/11(金) 15:05:25.68ID:ShhWDFAs
>>23
秒でポイントが増えていって草
0026sage
垢版 |
2023/08/13(日) 05:27:30.35ID:3f9Ed0DG
>>25
サンガツ。試してみるわ。もし読んでくれてたら、感想教えて~
0027創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/08/13(日) 05:55:50.20ID:OpKC1MS/
>>1
ガキが偉そうに
読まないっちゅーねん
0028sage
垢版 |
2023/08/13(日) 06:13:18.22ID:3f9Ed0DG
>>27
すまん…ただ読んでくれたら嬉しいやで♡
0029創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/08/19(土) 19:27:10.39ID:cmJFCL0+
文章を評価するスレはいくつか立っているにもかかわらず
ワイの作品を読んでくれといったような単独スレ立てるわがままな性格は直したほうがいい
0030sage
垢版 |
2023/08/20(日) 22:00:53.20ID:i7ABsJap
>>29
助言ありがとやで
0032創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/08/21(月) 23:28:01.31ID:juVf69Jq
>>23
早速チャレンジしてみようかな。
0035sage
垢版 |
2023/10/17(火) 21:04:48.09ID:Kp6OyGlK
「お気づきになられましたか。」
澄み通った声に瞼を開けると、女の顏が飛び込んできた。髪を清潔に纏め、頭頂に団子を作っている。化粧の香りが、甘やかに鼻を浸していった。
「お目覚め、というのは正確ではありませんね。先ほど、お客様はお眠りになったばかりですから。今丁度、レム睡眠と呼ばれる時間が始まりました。つまり、ここは夢の入口ということになります。」
彼女の説明を聞きながら、俺は起き上がった。周り一面、真っ白な空間には、恐らく果てがない。キャビンアテンダントそのままの女と、学ランの俺と、さっきまで寝ていた柔らかい床。今、俺は確かに立っているが、感覚としては浮遊に近い。思いっきり不可思議な顏をして、女の瞳に視線を送る。
「そうですよね。はい、分かります。夢の始まりを覚えている人はいないでしょう?お客様も、いつも同じ顔で不思議がります。お客様にとって初対面でも、私にとっては数百回目です。毎度、同じ説明をするのは大変で、少しばかり切ないです。」
六割の理解と、頭に浮かぶ幾つもの疑問。全体として、興奮の方が強かった。それは歓迎すべき衝撃であり、平素願っていた奇跡だった。
「あったんだ。世界にはあったんだ。こーゆーのが、やっぱり俺の世界には居たんだ。」
限界の無い広がりへと叫ぶ。羞恥を忘れてしまうくらい、大きな声で叫ぶ。
「そう反応されるのも、いつものことです。」
女の冷静な声に、頬が熱量を持って赤らむ。ひたすらに恥ずかしくなる。視線を落として、彼女の黒タイツを見つめる。さっきの「切ない」という言葉、その残滓に捉われる。羞恥と欲望の輪郭、それが明瞭であるだけに、これはやはり現実だった。一言、女へ向かって放る。
「つまり、僕は忘れてしまうんですね。」
「はい、そういう決まりというか、法則になっております。」
あくまで業務的に女は答える。
「僕はこれから、夢を体験するんですね。」
「正確にお伝えすると、夢とは違います。夢という構造を利用して、お客様の願望を実行する。言ってみればプログラムのようなものです。私はそのシステムを司っております。」
「例えば僕が…」
冗談を言いかけて止める。恐らく彼女にとって、それは繰り返しにあたる。この中断さえ、何回目か知れないのだ。
「はい、そういった都合の良いことにはなっておりません。このシステムは、お客様の“ある欲求”に即して生まれました。それは他者との対話、真実の対話です。私は“他者”と確信できるだけの存在を、お客様の前に現前させることができます。それ以上のことはできません。」
腰前で手のひらを重ね、彼女は身体を折り曲げた。生じた風に交じり、確かに香水の匂いがする。それは多分、想像できるだけ、俺の限界としての女だった。黒髪を頂点にして、ぴんと張った背中が凛々しい。
「妄想でないと、断言できるでしょうか。あなたには、荷が重いかもしれないけれど。」
顔を上げた彼女の、みずうみのような瞳を覗く。乳白の肌へ、丁寧に嵌め込んだ水晶。その水面はさざ波が立って、確かに俺が浮かんでいた。
「お客様次第です。あらゆることについて、それはお客様次第です。」
その答えに恐ろしくなると、彼女は再び礼をして、視界から完全に消えた。一瞬間の後、空間は俺を残してただ純粋に白く、また何処までも遠かった。果てのない広がりにもかかわらず、それは輪郭を持った色だった。今それがぼやけ、薄靄へ変わっていく。空気がわたあめのように渦巻いて、俺を中心に、刹那収縮する。現実のすべてが、俺に向かって凝固するような衝撃。それは不思議と快よく、投げ出された忘我の喜びだった。身動き一つ取れなくなって、俺は目を瞑る。やがて眼をあけると、そこは既に教室だった。
「山下君だよね…?」
0036sage
垢版 |
2023/10/17(火) 21:05:22.64ID:Kp6OyGlK
新しく冒頭だけ書いてみました。全然未完です。文章評価するスレは荒れてるのでここへ
0037創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/20(金) 12:41:40.99ID:9/NIFhFy
・読点が多くて読みづらい
・『俺』の描写がくどすぎる気がする
・夢の中を体験するという入りであることはわかるが情景描写がいちいちくどいような気がして読み進めることが面倒に感じる

さっと読んだ感じ気になるところはこれぐらいかなと。
0038創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/22(日) 16:03:47.07ID:jjdgmJSO
俺の描写がくどい
キャラクターの言動に一貫性があっていい
0039創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/23(月) 20:55:58.03ID:5yQHHyfL
「 」の中に。は無くていい

>髪を清潔に纏め〜

清潔に纏め、が違和感がある
髪を纏めるのと清潔は離したほうがいい
「髪を纏め頭頂に団子を作っている。
見るからに清潔そうだ」
くらいでいい

>化粧の香りが、甘やかに鼻を浸して

甘やかは、子供を甘やかす等に使う言葉で
香りが甘やか、という使い方には違和感をおぼえる
0040創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/23(月) 21:18:56.56ID:5yQHHyfL
しかもそのあとにまた

>生じた風に交じり、確かに香水の匂いがする。

としているが、彼女の香り(匂い)に関する描写は分散せず、どちらか一つにまとめたほうがいい

>周り一面、真っ白な空間には、恐らく果てがない。
とか
>また何処までも遠かった。果てのない広がりにもかかわらず
とか、書いている作者は状況を理解できても、
”俺”はそうすぐに理解できないはずなので
「恐らく果てがない」や「果てのない広がり」と認識できてしまってることにまた違和感

読者を”俺”に感情移入させるためにも
この空間はいったいどこまで拡がっているんだろうか?状況を把握しきれない俺には想像もできなかった
って感じに描いたほうがいいんじゃないかと思う
0041創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/23(月) 21:23:20.71ID:5yQHHyfL
>僕は忘れてしまうんですね。」
>「はい、そういう決まりというか、法則になっております……

についても
”俺”に「忘れてしまうんですね」と言わせるんじゃなくて
「決まりがあります」
「決まりって?」
「すべて忘れてしまうことになります」
「えー、そんなあ……」
みたいな流れにしたほうがよくないか?
0042sage
垢版 |
2023/10/24(火) 00:11:26.28ID:IbWRBimM
>>40
何故簡単に状況を理解できるのか?ってのは作品の根幹に関わってくることかな。
0043sage
垢版 |
2023/10/24(火) 00:14:37.00ID:IbWRBimM
>>39
甘やかの使い方には、ネットで調べた限り問題ないと思ったけど、違和感あるかな…
0044創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/10/26(木) 10:53:37.92ID:Cj90pfWv
「甘やかな」の使い方は別に間違ってないぞ。昔からある使い方だ。

髪をぴっちりお団子にした清潔感のある女性なのに化粧の香り(ファンデーション?もしくは口紅の匂いか?)がしたり、香水の香りがするのは違和感がある。そこまで匂うと厚化粧してる感が強くなる。
だから女性の香りの描写は1つにしといた方が無難だと思う。

普通に面白そうなので話の続きが気になる。
0045創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/11/23(木) 00:53:56.62ID:8OXtIbjg
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【244】に出したものだけど
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1698277184/456
456 創る名無しに見る名無し sage 2023/11/17(金) 20:48:32.65 ID:IQ4xsYR9
怪奇番組の再現Vを見てる気分になっていただければ



都市伝説
コレは99年に起きたと言われているミステリー作家蒸発事件さ。よく満月の晩になんの理由も無く失踪する、ルナチックなんて言うだろ?まさにそのまんまの状況が起きたのよ?言うなれば下町で起きたマリーセレスト号ってわけ。



『月刊【犯罪美学】の岡村です、先生、原稿は出来てますか』
「はいはい、出来てますよ。『石妃幻夢』第8回」
『良かったぁ、あ、では今すぐ伺います』
安堵のため息に続く溌剌した返事と受話器を勢いよく切る音が同時に鼓膜に響いて、私は閉口しながら黒電話の受話器を戻した。
私の生業は物書き。新進気鋭というには些か年齢を喰い、大作家、御大と呼ばれるには至らない末席を汚すくらいの端くれだ。作品も少ない。そんな私の石妃幻夢の草稿とも呼べない走り書きを「先生、これイケますよ」と高く買ってくれて編集部に連載を掛け合ってくれたのが担当の岡村だ。
編集長はあまり乗り気ではなかったようだが、連載は思いの外好評を得て、前編後編の読み切りがそのまま連載に移行した。
手柄を立てたとも言うべき岡村はまだ若いし、何より続きを誰よりも待ち望んでいる熱心な読者だ。
とっておきの羊羹を心持ち厚く切り、薬缶に湯を沸かし、急須と湯呑みを洗い、新しい茶葉を出して茶の用意をした後、茶封筒の中身を確認していると、玄関のチャイムが鳴った。
岡村のヤツ、やけに早いな。さてはこちらに向かう途中にある馴染みの喫茶店で電話を借りたのかしら?
サンダルを突っかけドアノブに手をかけ戸を開けた。

そこには編集部担当者の姿はなく、見知らぬおかっぱ頭の幼女がいた。
0046創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/11/23(木) 00:54:55.01ID:8OXtIbjg
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【244】
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1698277184/457
457 創る名無しに見る名無し sage 2023/11/17(金) 20:48:45.02 ID:IQ4xsYR9
血色の悪い白い頬だ。気の毒な事に右頬全体から左顎にかけて大きな褐班がしめている。やけに光沢ある生地のアイボリー色の地味なワンピース。同じ生地と色味の靴下は緑色のワンポイントが入っている。エナメルの黒い靴。時代がかったといえばいいのか幼女相手に垢抜けないというのも何か変な気もするし。
(助けて下さい)
唇を動かしていないのに幼女の声が聞こえたような気がした。
幼女は私に助けを求めているのか?
(姉を助けて下さい)
助けて、と言われても。私は来客を待っているんだよ。
私は幼女の後について湿った空気の澱んだ暗い路地を歩く。青白い満月が頭上を照らしている。月ってこんなに眩しかっただろうか。
電話で救急車を呼ぶくらいは構わないけど、君はどこの誰なんだい?助けを求めるならせめて名前と住所とお姉さんの病状くらいは説明してくれないと。
(あなたでなければいけないのです)
私は救命士の資格なんか持っていないよ?
野良猫の姿も犬の遠吠えも街の喧騒も何も聞こえない。私の名を呼ばわる岡村の声は聞いたかも知れない。
なんか必死だったな。
ちょいと人助けをしてくるだけだから。上がって待っててとかなんとか返事をした気がする。

着いたのは古びた和洋折衷の明治様式の屋敷だった。歩いて数分の場所にこんな家屋あったかしら。
かつては豪奢だったであろう洋風の応接室を横目に見ながら奥の和室に通される。床の間のある十畳敷きの奥座敷。部屋の主は上体を起こして幼女と私を手招く。幼女に枕元の席を勧められて座した。
(姉です)
薄汚れた藍色の上掛けを肩に羽織った、妹に負けず劣らず血色の悪い褐色の頬。豊かではあるが脂分の抜けたほとんど白い髪。姉、と称しているがこの二人の本当の関係は母子なのでは。
(姉さま、呼んできました)
(ありがとう、みつき)
姉、は改めて居住まいを糺すと、私に頭を下げた。
(突然の申し出に戸惑いでしょうが、どうぞ妾に情けを賜っていただきたく存じます)
これは、質の悪い何かに引っかけられたか。
「あなたに必要なのは、私ではありません」
彼女に必要なのは然るべき設備の整った病院だ。連絡ならしてあげるから、電話を貸してもらえませんか。ここは何丁目の何番地か教えてくれれば。
背中に何かがひたりとのしかかってきた。
あのアイボリー色のワンピースの幼女だ。泣き落としなんかされても。本当に私の出番なんかないんだよ。
立ち上がろうとして、身体が動かない事に気付いた。
重い。金縛りや心身が疲労困憊で動かせないのとは違う。私は幼女をはねのけようと上半身は勿論、腰から膝まで全力を振るっているのだ。まるで重量級の力士に抑えつけられているみたいだ。
姉と呼ばれた白髪頭の女が私ににじり寄ってくる。
やめてくれ。私には石妃幻夢をかわきりに遅咲きの文士としての華々しい未来が待っているんだ。他にもまだ玩具の街、揺れ動く波、他にも沢山構想を練っているんだ。
瞼の裏に、書き上がったばかりの小説のワンシーンが、構想中のイメージが、綺羅星のように瞬いては消えていく。そして編集部で喝采を浴び、文壇パーティーで高名な同業者たちから祝辞を受ける私の姿。もう、掴めるところまで来ていたのに。どうして私なんだ。私を選んだ。私を呼んだ。
怨みを込めて二人の女を睨み付ける。
艶々した豊かな黒髪を月明かりに揺らし、潤んだ瞳と紅い唇の白析の美貌。
私はこの女を知っている、気がする。いや、女の羽織る着物だ。藍と茶と緑に白雪を掃いた色使いを、ブラウン管で、写真集で、アニメーションで、飽きるほど見ている。
顔の右半分と左顎を褐色の斑に覆われたアイボリー色のワンピースの妹。
人類が到達した最果ての場所から撮られた一枚の写真が脳裏に浮かんだ。
この女は、私が我を張って死なせてはいけない存在だ。
私は嘆いた。何故私だったんだ。
(あなたはこの付近一帯で一番生きることに執着していたから)
(あなたの作品は誰もが忘れない形で残るでしょう)


地球が人間の命で1999年の滅亡予言を回避したって事ですかって?小説家って誰?消えちゃった小説家の担当はどうなったの?
知るわけないでしょ。出来事を体験した語り部がこの世にいない。存在しない。それが都市伝説のお約束なんだから。
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