光差し込まぬ洞窟の奥で、男が骸骨を見つめている。
 
「この洞窟の主はおぬしか。すまんが、しばらく邪魔するぞ」 
 男は骸骨の前にどさりと座り、頭を下げた。骸骨は簫を手にしており、その足元には琴がある。
「洞窟の主よ。あいにく巧みではないが、かの笑傲江湖のように我は友情を示そうぞ」
 男はぎこちなく琴を鳴らした。すると、上から何かが降ってくる。琴を鳴らす男の頭にちょうどよくぽすりと落ちる。男は投げつけられたものを拾い、中身を確認した。
「下手くそめ。だが、曲洋への友情を示そうという心根は評価してやる。それはたいそう貴重な秘伝書だ。やるから帰るがよい」
 洞窟に声が響く――男は歯を剥いて笑った。
「いやだ」
「なにっ」
 男は秘伝書を懐に入れて壁際に寄った。
「洞窟の主よ。我はここに来るまで駆けてきた。ちと休む」
 静寂を共に休息を取った男が次に目を開けると、目の前には飯が置かれている。
 ――洞窟に声を響かせる。
「それを食ったら出て行くがいい」
「いやだ」
 男は飯をいただきながら骸骨を見る。
「これも何かの縁だ。埋葬してやろう」
 食後に骸骨を抱えて外に出る男を追いかけてみれば、外は目も眩むような晴れ空が広がっていた。男は骸骨を草むらに放り込み、洞窟に戻っていく。

 骸骨のいない洞窟で秘伝書を読み、夜を迎えて、男はごろりと横になった。
「洞窟の主よ、我は眠る。曲洋が埋葬に恩を感じる心を持つ人物であると思うなら明朝も飯をくれたまえ」
 骸骨はもういないというのに就寝を宣言した男は、すぐに眠りについた。寝付きの良い男だ。さて、曲洋を愛する私としては、かように嗾けられたのでは無視できぬ。

「仕方のないやつ――あっ!」
 そろそろと男に近寄り、飯を置こうとすると、男は目を開けて私の腕を取り、内効の大きさを感じさせる声量で笑った。

「やあやあ、捕まえたぞ、我の曲洋!」
 男はそう言って貴き身の上を明かし、簫を私に差し出した。
「我はこの地方に隠遁せし賢者は残念ながら儚くなられたと聞き申したが、賢者には孫がいたのだとか。たいそう悪戯好きで人嫌い――間抜けで考えも浅く、良いところをあまり聞かぬが!」
「ええい、放っておけ!」
「だが、滅びし魔教の由緒正しき血統であり、なにより可愛い」
「はっ……」

 男は、意思の強さを感じさせる眼差しで、とびきりの遊び仲間を見つけたように笑うのだった。

「かような洞窟で悪戯をしておってもつまらぬぞ。我と共に、もっと広い盤上で踊らぬか?」

 へたくそな琴が鳴り、やがて簫がおずおずと音を添わせる。かくして、主従は出会ったのである。