校舎裏の雑木林でタバコを吸っていたら、誰かが息を切らせて走ってきた。センコーにバレたと思ったけど、アタシは気にせずにいた。しかし
「火事だ!!」
「えっ」
 隠れて煙草を吸っていたアタシへ、誰かがそう叫んで走ってきた。思わず落としてしまったタバコを見てか、「わぁぁ!」なんて叫んで、私の事なんて構わずにバケツの水をぶっかけた。
「……そういう趣味なの?」
 それが、アタシこと椎名美鈴と北条義之の出会いだった。

 ★

 義之の事を、アタシはどうせ「綺麗事だけ言って消える人」。そう、荒んだ心で思っていた。案の定義之は「タバコはよくない」と注意したし、次の授業をサボろうとしてたアタシを連れて行こうといた。
「あーもうウッサイ!」
「しかしよぉ、タバコは寿命を縮めるだろ。授業も受けないと進級できないぜ?」
 追い払うのも面倒で、アタシはハッキリと「どうせもうすぐ死ぬ」と言った。言葉に詰まる義之に、続けて「もうほとんど目も見えてないけど、スカート履いてなかったからアンタが男だってわかった」とも告げた。当然義之は黙りこくっている。気にも留めず、アタシは「治らない病気なの」と、こういう時のために持ち歩いているメディカルアラートカードを見せた。「私は難病です」と他人へ簡単に教えられるカードだ。
 この難病の治療を医者は諦めていた。不幸中の幸いか、最後の時がくる直前までは体が動く病気だった。だからか、せめて最後の数年間を学生として過ごすようにと、登校許可をくれたのだ。「私には治せませんからどこへなりとも消えてください」と追い出されたようで嫌気がさす。もちろん沢山の人が心配したけど、アタシなりの短い命の使い方――吸ってみたかったタバコを吸って、授業をサボったりしていたら、両親も友達も誰もかも、アタシから離れていった。いつもいつも、綺麗事だけ抜かして。
 こいつだって、どうせ同じだろう。今にも”それっぽいこと”を言うだろう。だから先に言ってやる。「止まない雨はないっていうじゃん?」と。
「例えなのはわかるけど、アタシはその時が来る前に死ぬ。だから、余計な綺麗ごとで励まそうとしないで……難病のアタシを使って、自己満足に浸ろうとしないで」
 とことん跳ねのけてやったつもりだった。どうせ死ぬのだ。鼓動が弱まって、目も見えなくなって、衰弱して死ぬ。こんな真っ暗い世界での出会いなんて、どうでもいい。そう、どうでも……
「んじゃ、俺もサボるか〜」
「……は?」
「一本くれよ。どうせだから吸ってみたい」
「アンタ、さっきまでと言ってること違くない?」
「相手が相手だからな。誰もが一度は憧れる「秘密の悪行」ってやつだ」
 この時から、義之と二人で過ごす日々が始まった。

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 それから、沢山の事を義之とやった。一人じゃ校舎裏でタバコを吹かしているだけだったけど、義之と二人だと、想像もつかない日々が待っていた。ずっと難病指定されて、病院に監禁されていたアタシには、この暗くなっていく世界が、とても輝いて見えた。生きている感覚に包まれて、楽しかった。
 だから、
「もう、いいよ」
 ”その時”が近づいていた。立ち上がるのが精いっぱいな程で、視力も無いに等しい。もう長くないことは、アタシが誰よりも知っていた。たぶん近いうちに、アタシは義之とお別れする。生きているうちに、大人たちが悪あがきをするからだ。アタシはそれを全て義之に話した。もう一緒にいられないから、せめて引き裂かれるなんてお別れは嫌だと願った。なのに朧げな視界の中で義之は笑った気がした。「まだ終わってない」と、最初にサボった時のような飄々とした口調で言った。
「お楽しみはこれからだぜ?」
 聞き返す暇もなく義之は私を抱き上げると、「逃げるか」と言った。アタシは、もう自分の命は闇に飲まれてもいい。けど、義之の未来だけは光り輝いていてほしい。
「アタシを連れ去ったら、義之の人生だってメチャクチャになるんだよ?」
「知るか。まぁ俺の酔狂を押し通すのは難しいことだけどよ、それがいいんだ。お前が離れたくないなら、なおさらな」
 頬を涙が伝った。駄目だと言わなくてはならないのに、気づくと義之の胸の中で泣きじゃくっていた。これからは、義之がアタシの目と足になってくれて、輝く世界へと連れて行ってくれる。最後の瞬間まで一緒にいてくれる。それがとても、嬉しかった。

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 アタシはまだ生きている。今がどこで、何をしているのかはわからない。わかるはずもない。それらは全部、これから起こるのだから。