顔も知らなければ、声も知らない。
知っているのは、性格がクズってことと、ゲームがやたらうまいってこと。
オンラインFPSゲームで良くマッチし、何気なくフレンド申請したことがきっかけで知り合った。
妙に気兼ねなく一緒に遊べ、気が付けば1年ほど一緒に遊んでいる。
ボイスチャットでのやり取りもなければ、テキストチャットで何か話すわけではない。お互いがオンライン状態であれば、ランク戦に誘うだけの仲。
上の下くらいのランクの俺たちは、数か月ここらへんで停滞している。

『バーカ。二度とこのゲームやるな』
『猿でもゲームできんのかよ』
『アル中で手ガタガタ震えてて草』

この通り、フレンドは口と性格が滅茶苦茶悪い。
俺たちのランクが停滞しているのは、この暴言がチームの士気を下げているのもあった。
けれど、俺は妙にこの暴言が好きだった。
俺はこんなこと言わない。言いたいけど、言えない。
気の小さい俺にはできないことを、ユーザーネーム【お前ら全員カス】は言ってくれるのだ。いつだって痛烈に、そして絶妙に的確に。俺はそれが楽しくて、一緒にランクをやっているのかもしれない。

『カバーしろよ雑魚が』
『てめーが飛びしすぎたんだろ低能。社会からもチームの輪からもはみ出てんじゃねーよ』

今日も痛快だった。
俺が言いたかったことを代弁してくれる。この日、俺たちはまたランクを下げた。
ゲームを終え、時計を見れば深夜2時を回っていた。
このままログアウトせず、フレンドのテキストチャットを開く。
ドキドキしながら、初めて【お前ら全員カス】に向けてメッセージを書き込む。

『あのさ、しばらくログインできないかも』
『は?なんで?』
『大学受験、始まるから』
『大学なんて行って何すんの?』
『うーん、彼女とか欲しいし』
『きもっ』
『相変わらず毒舌だな』

それっきり返信はなかった。
ゲームを閉じて、アンインストールしておいた。
俺は参考書を買いためて、受験籠りする態勢を整える。並べられた参考書。倉庫から取り出したストーブ。高校二年の冬、冷えて来た時期に、部屋のストーブと受験熱が俺の体を温めた。
それから一週間もしないうちに、俺はゲームを開きたい欲求に襲われた。なんと意志の弱いことだ。情けない。
少し言い訳をすると、またゲームをしたいというよりも、【お前ら全員カス】に会いたかったのだ。
勉強中にインストールして、疲れたときにゲームを開いてみた。

新着メッセージが届いております。

心臓が少し高鳴った。
急いでメッセージボックスを開く。
【お前ら全員カス】『日曜日15時。代々木公園らへんに行く』
メッセージはそれだけだった。
今日は土曜日、時間は23時を回っていた。
【お前ら全員カス】はオフライン。一応返事はしておいたけど、届いているかどうかは分からない。
代々木公園なら高校生の僕でも行ける範囲だった。
次の日、早めの10分前に到着するように、僕は電車を乗り継いだ。
人が多く、場所も広い。そんなところで確実に【お前ら全員カス】と出会うために、僕はもこもこしたダウンジャケットのファスナーを開けた。
白いTシャツの胸元に、『僕は【お前らチンカス以下】です!』と書かれていた。
一人の女性が、少し笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。
あの意地悪そうな顔、大胆な性格が見え隠れする歩き方。ああ、間違いない。【お前ら全員カス】だ。