川に近づいてはいけないよ。村の外に出てはいけないよ。
 
 僕は物心ついてから、そう教えられてきた。

 四方を川に囲まれた小さな村――それが僕が十一年間過ごした村である。父である村長は言っていた。僕たちの村は『生き残り』で、この世のどこにも同じ民族はいない、と。
 
 つまり、村人が僕だけを残して死んでしまった現在、僕は唯一の存在なのだ。

 生き残った僕は、十一日間を一人で過ごした。村には蓄えがあったし、井戸もある。果物を木から採取して、ウサギや鳥を狩り、ただ命を繋ぐ。
 そして、村の書庫にある古い本を読み耽った。本の中では人間が愛し合ったり憎み合ったりしている。本を読んでいる間、僕は主人公になった気分になり、本を読み終えたとき、僕はどうしようもなく孤独を実感した。

 ――村の本を全て読み尽くして、そこからは読み返す日々が訪れる。そして、飽きた。僕は孤独を持て余した。

 人だ。
 人に会いたい。
 僕の存在を誰かに知ってほしい。
 誰かの心の中に、自分という存在を残したい。

 ……いるんじゃないか、どこかに?
 大人たちは「この世のどこにも同じ民族はいない」と言った――それって、他の民族はいる、ということじゃないのか?

 ――知りたい。見たい。外の世界を、見てみたい!
 
 僕は荷物をまとめた。ランタン。水を入れる皮袋。母さんの形見の首飾り。父さんの短刀と長弓。真っ白な地図……木の実や干し肉といった食料も、忘れずに。

 向かうのは、西の川にした。木の棒を倒して、西に倒れたから。

 村と外を区切るように巡らされた柵を越え、西の方に林に立ち入り、歩く。茂みをかき分け、虫に集られ、汗を拭って獣道を行く。
 頭上で木々の葉がさやさやと音を立てていて、鳥が仲間と情報交換するようにさえずる。世界は生命と音であふれていて、僕以外は仲間といる。それが感じられて、僕は寂しくなった。
 
 やがて、水の流れる音が聞こえてきた……。
 
「わ、あ……!」

 さらさらと涼しい音を立てて水が流れている。川幅は広くて、こちらの岸からあちらの岸まで、かなりの距離がある。
 でも、浅そうだ。
 地面に敷き詰められた黒や灰色の小石の上を魚が群れて泳いでいる。それが見て取れるほど透明で、綺麗な水だ。飲んでみたい――僕は吸い寄せられるように川に近づいた。

 膝をつき、手を水面につける。ヒヤッとして、じぃんと皮膚の内側に冷たさを伝える川の水は、気持ちいい。流れている勢いを手の側面に感じると、不思議とわくわくした。
 飲んでみたい! 手のひらに水をすくって顔を寄せた、そのとき。僕の耳に、ぽちゃっという音が聞こえた。小さな石が川に投げられた音だと気づいたのは、顔をあげてからだった。

「……!!」
 
 見ると、川の向こうに人がいた。僕と同じくらいの子供だった。

 人だ――僕以外の人間だ。動いている。生きている。僕を見ている。

「……お」
 喉から熱いものが込み上げてきて、僕は溢れる思いを獣のように吐き出した。
「おおい、おぉい……!」
 言葉が出てこない。言葉が通じるのかも、わからない。
 
 無我夢中で手を振ってみた。すると、相手も手を振りかえして、「おおい」と鳴いた。