俺の仕事は、レビューチェッカーだ。
 
 大手通販会社の商品レビューは、最初に会社のシステムでフィルタリングがされる。禁止ワードの有無で『掲載OK』と『要人力チェック』に分けられて、『要人力チェック』のレビューはパート社員が審査するのだ。
 審査方法はそれほど難しくない。文章を読んで、問題がなければ掲載し、問題があれば編集や却下をするだけだ。
 
 いつもは終始無言で終わる業務時間。だが、その日は俺に声をかける者がいた。
「先輩。そのレビュー、却下してください」
「はい?」
 振り返ると、今日からパート社員になった新人がいた。高校生の女の子で、名前は確か「佐藤さんでしたっけ」「はい」。
「俺は佐久間です」
「佐久間先輩。この発売したばかりの本、私が書いたんです。コンテストで受賞して、嫉妬されているんです。つまらないって酷評レビューが掲載されたら、困ります」
 なんだって?
「佐藤さん、この『寝取られたい妻』って本を書いたの? 作家名『佐久間大介』?」
 これエロ本だぜ。R指定ついてるが? 初対面の俺に堂々とカミングアウトするか、普通?
「ほら、証拠です」
 佐藤さんはスマホ画面で佐久間大介のSNSアカウントを表示した。本物だ。ごくりと生唾を飲む俺に、彼女は迫った。
 
「ですから、辛口のレビューは却下してください」
 真剣だ。気持ちはわかる。発売直後のレビューは売れ行きに影響あるよな。
「佐藤さん、でも……それはできないよ」
 俺はモニターに映っているレビューを示した。
「いいかい。このレビューが『要人力チェック』になったのは、他のレビューとの一致率が高いからなんだ」
「きっと同じ人が複数のアカウントで投稿してるんですっ」
「この投稿者、利用歴はしっかりしているよ。複数のアカウントの疑いもない。誹謗中傷は却下するけど、これは最後まで読んで抱いた感想を書いただけのレビューだよね。だから、審査を通して掲載するよ」
「あっ!」
 カチッとマウスを押してレビューを掲載すると、佐藤さんはこの世の終わりみたいな顔をした。――いい気味だ。

「佐藤さん。俺、本屋でスマホ片手にレビュー見て迷うことがよくあるんだ。考えてみてよ。称賛レビューしか掲載されないサイトは、購入者のためになるかな。それに、俺も佐藤さんも仕事でここにいるんだよ。私情禁止だよ」
「うにゅう」
 なんだその可愛い鳴き声は……いかん、しょんぼりしている姿を見て、うっかり可愛いと思ってしまった。
「それじゃあ、俺は仕事するから。佐藤さんも仕事しなよ」
「ふ、ふぁい……」
 佐藤さんが諦めたようなので、俺はモニターに向き直って次のレビューを表示させた。そこには、さきほどのレビューとよく似た酷評レビューがある。俺が書いたレビューだ。即、掲載する。
「佐久間大介って女の子だったんだな。しかもあんな……」
 あんな可愛い見た目で。あんなに清楚そうで。高校生だって?
 
「あの、佐久間さん」
「あ、はい? 今度は何?」
 呼ばれて振り返ると、佐藤さんが熱のこもった眼をしていた。
「佐久間さんのおかげで、目が覚めました。えっと、私、酷評レビューに負けません。もうすぐ、『ワイスレ杯』というコンテストがあるんです。私、そのコンテストに新作を送るつもりです。……私の本が面白くなかったって書いた人に、次の作品で『悔しいけど今回はよかった』って言わせるのを目標にがんばりますっ!」
 
「うげっ」
「げ?」
「いや……へ、へえ……、頑張って」
 そうか。お前、参加するのか。
「はい! 個人的にライバル視している作家がいて。『佐久間たけし』っていうんですけど……コンテストに参加するってSNSで意気込みを書いてるんです。私、毎回、彼より上の順位を取るのを目標にしてて、負けたことがないんですよ」
「……そんな目標でコンテスト……それで毎回勝って……」
 やめろよ。その作家は俺だよ。俺がみじめになるだろ。『佐久間たけし』なんて認知されてないと思ってたよ。何? 俺はお前に負ける係なわけ? わあ、わあ、うわあ。

「佐久間さん?」
 この女。無邪気に語りやがって。
「がんばって」
「はい!」
 ――腹が立つ。
 
 笑顔で自分の席に戻る佐藤さんを見送り、俺は心に誓った。

 勝ってやる。あんな女に二度と負けねえ。
 次のコンテストは……俺が勝つ!