『第六十二回ワイスレ杯参加作品』
 等間隔で繰り返されるインターホン。部屋に響き渡る電子音は、絶え間なく薄暗い室内を満たしていく。五月蠅い。
鍵を開けて、こんな事をしでかした来訪者に文句を言おうとした。
「トリックオアトリート!」
 扉を開けた先に、1人の少女が可愛らしいポーズを決めていた。
「なあ、俺、居留守使ってんだけど? 分からない?」
「分かりますよ。だからこそ、私は何度もインターホンを押し続けてました!」
「5分も居留守使ってんだから諦めろよ」
「え? 嫌ですけど。私のモットーは、何事も全力で! なので、取り敢えず10分位は続けようかな、と考えてました!」
「新手の拷問か?」
 此方の事情などお構いなしに、改めて言う。
「と言う訳で、トリックオアトリート!」
「……あのさぁ、仕事から忙殺される日々の合間、やっとこさ得られた休日を邪魔された俺の気持ちが分かるか? 寝かせてくれよ」
「嫌です! 何かください!」
 図々しい。今すぐ視界から排除したくなる鬱陶しさだ。
 少女を見る。
 絹のようにサラサラとした、編み込まれた金髪。整った顔立ちに、海のように澄んだ藍色の瞳は、此方をジッと見つめ続ける。
装いは、黒を基調としたタキシード風の衣装の上から、全身をすっぽりと覆い尽くす程に大きなマントを羽織っている。――吸血鬼、と言う言葉が頭を過る。が、口には出さない。
「菓子はないから帰ってくれるか?」
「となると、トリックの方になりますね。タイキックと回し蹴り、どっちが良いですか?」
「分かった。探して来る」
 女の目は本気だ。答えを間違えれば暴力が飛んでくる。 
傍の棚を漁り、適当な――菓子っぽい物を持って来る。
「はい。あたりめ」
「却下です! 何ですか! あたりめって!」
「するめの方が良かったか?」
「種類の違いじゃありません! 他に有りますよね! ゴディバのチョコレートとか!」
「生憎、ウチにそんな高級なものはねえよ」
 菓子っぽい見た目の氷砂糖や、柿の種。バターピーナッツ。うまい棒を渡してみるが、少女にとってはどれも不評だ。全く帰る気配が感じられない。
「それじゃあ、一体何が良いんだ?」
「勿論、スイーツですよ! スイーツ! カップケーキだったり、クッキーだったり。後は、ガトーショコラとかでも良いですね!」
 好きなのか、想像を巡らせながら少女は顔を綻ばせる。
 男は心底嫌そうに溜息を吐き、乱雑に頭を掻く。それでも少女の顔を見ながら、
「だったら作るか?」
「……え?」
 今度はハッキリと聞こえるように、大きな声で言う。
「だから、作るか? って聞いたんだよ。ガトーショコラを」
 少女は目を見開き、瞬きを繰り返す。言葉の意味を理解して、満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
 材料を買いに行くのに一悶着。作業肯定で一悶着。ガトーショコラが出来上がり、食べる時でさえ一悶着。悲しい事に、一度たりともスムーズに行く事は無かった。
 ソレでも楽しいと思えたし、少し焦げてしまったガトーショコラは美味しかった。
「と言う訳で、明日も来ます!」
「来るな」
 言うや否や、少女はその場から走り去っていく。
「大体、今はハロウィンの時期でも無いだろうが。夏だって言うのに」
 空を見れば、青空は橙色に染まり、太陽も沈み始めている。時間はもう夕方だ。
「けれど、まあ……悪くはない」
 男は自室へと戻る。
 通路を歩き、内扉を開ければ、開けた室内が広がる。天井につり下がっているのは、輪っか状に結ばれた縄。すぐ傍には、成人男性が乗っても壊れない台が置かれている。
 交互に見つめた後、自嘲気味に笑う。
「死ぬのやーめた」
 手に持った鋏を使って、パチンと切り落とした。