石畳の街に下駄音がカラコロと響き、僕のお腹がきゅうと鳴く。
 
「おチビのごみ拾い職人。これも捨てといて」
「はい! あの、食べ物あったら捨ててください。食べます」
 この温泉街に来て三日目の僕は、日払いの仕事をしている。ごみ拾い職人だ。
「ごみ拾い職人は串でもしゃぶってろ」  
 ごみ拾い職人の地位は低い。
 僕はしょんぼりと串焼きの串とカネット瓶を業務用の袋に詰めて、えっちな本と金ぴかのバッジを見つけて懐へ入れた。本は表紙のお姉さんが好みだったから。バッジは故郷の養母に似た絵が刻まれていたからお土産にしようと思って。養母は体調が思わしくない様子で、僕は、養母のために薬を求めてやってきた経緯がある。この温泉街の薬がよく効くらしいのだ。薬は幸い、それほど高値ではない。食費を最低限に抑えながら働けば、ひと月もあれば買えるだろう。
 
「飴でもいいですよ、落としてください。洗って舐めます」
 アピールしたら、通行人は「関わりたくない」と全身で訴えるような急ぎ足で曲がり角を曲がって行った。しばらくすると、悲鳴が聞こえた。

「人が死んでる……!」
 僕は迷ってから現場に向かった。だって、気になるじゃないか。


「私は刺していません!」 
 現場では、金魚柄の浴衣に身を包んだ黒髪のお姉さんが問い詰められていた。拾った本の美人さんに似ている。つらそうに泣いている姿を見た僕は「下卑た目で見てすみません」と謝りたくなった。
 
「近くにバッジが落ちていたのである! 六十二代目のバッジを持っているのは、あなたと彼だけである!」
「バッジはなくしたんです!」 
 ――バッジ?
「あのう、僕はよそ者なのでわからないのですが、バッジってなんですか?」
 問いかけると、警備兵は証拠品のバッジを見せてくれた。
「吾輩が教えてやろう。このバッジは『妖狐様に愛されし薬師の子孫』の証明バッジである!」
「へえ?」
「この街には『妖たぬきに騙されかけた先祖が妖狐様に救われた』という言い伝えがある! バッジには何代目の子孫か文字が刻んである! 六十二代目は二人だけだったのである!」
 この人、語尾を「ある」で締めないといけない呪いにでもかかっているんだろうか。首をかしげた僕の耳に、見物人の声が届いた。
「何食わぬ顔で屋内に戻り、パーティに参加していたんだ。連れてこられて証拠を突きつけられても否定していて……」
 お姉さんがふらりと倒れそうになる。僕は駆け寄ってお姉さんを支えた。うわ、すごく良い匂いがする――どきどきしながら、僕は拾ったバッジを見せた。
 
「そのバッジ、僕が同じのを持ってます。さっき拾いました。六十二という文字も書いてあります」
 警備兵も見物人も目を大きく見開いている。
「では、このバッジで犯人と決めつけるには早いのである!? し、失礼したのである……バッジが三つある……?」
 警備兵が頭を下げる。お姉さんがすぐに犯人として捕まることはなさそうだ。よかった。
 
「ごみ拾い職人さん、ありがとうございました」
「いえ……それでは、僕は仕事に戻りますので」
 見物人が散っていく。僕もごみを拾わなきゃ。ああ――お腹が空いた。そう思った瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
 
「あ……?」
「ごみ拾い職人さん!!」
 視界がふっと暗くなり、僕の意識は途切れた――空腹すぎて倒れてしまったのだ。
 

 次に目が覚めたとき、僕の視界には上から覗き込む姿勢のお姉さんがいた。 
「あ……、気が付かれましたか……っ? ごみ拾い職人さん?」 
「ふえ……っ?」
 
 僕は豪華なベッドに寝かされていた。清潔感たっぷりの白いシーツと掛け布に、ふかふかの枕――寝心地がとてもいい。 
「職場の方にお聞きしました。ごみ拾い職人さんは街にいらしたばかりで、苦労していらっしゃるのだとか。私の家は落ちぶれてはいますが、部屋数はございます。もしよろしければ、助けていただいたお礼をしたいです。我が家に寝泊まりされてはいかがでしょうか」
「えっ、いいんですか?」
 
 僕は、お姉さんにお世話になることにした。お金もないし、ベッドはふかふかで、お姉さんは美人だ。迷いはなかった。