鏡に映った私は、ひどく不細工だった。
 厚い唇。丸い顔に、潰れた目。体も太く、着ている和服はパツパツ。まるで、服を着た豚だった。
「着付けできたわよ」
 母は私の帯を叩いて笑顔を見せる。
「うん。似合ってる。これならお見合い相手もイチコロね」
 そんなわけないだろう。私は思いながら、母に連れられ、控え室を後にした。そのまま廊下へ出て、見合い相手の待つ和室へと歩く。廊下の右手には庭園が見えた。流石良家である。近所のよしみとはいえ、私なんかの為にこんな場所を貸りるのは悪い気がした。
 こんな不細工の為に。
「あのさ、母さん。せっかくお見合いの席を作って貰って申訳ないんだけど、絶対成功しないよ。こんな不細工と結婚したいひと、いるわけないじゃん」
 私はこんな顔なので、いままで浮いた話は一度もない。そんな私を憐れに思ってか、母は今日の席を設けたらしい。実の所お見合いなんてしたくなかったが、女手ひとつで育ててくれた母の顔を立てるため、私はいまこの場にいた。
「小中高と虐められて、会社でも顔の悪口言われてるし。母さんには悪いけど、私は本当に不細工なんだよ。そんな人間を愛したい人、いると思う?」
『ブタだ! ブタが来たぞ!』
 小学校の頃の記憶が脳裏に蘇る。
「私なんか、誰にも愛されないよ……」
「何言ってんの。あんたは可愛いわよ」
 母は微笑んだ。
「それに、勘違いしてるわよ。あんた。今日のお見合い、企画してくれたのはね。向こうの方なのよ」
 目を丸くする私を尻目に、母はふすまを開けた。
「お、詩織さん? いや、どうもどうも! はじめまして!」
 和室に座る声の主。私は彼の顔を見て、さらに目を瞠った。
 そこにいたのは、私によく似た顔の男だったからだ。
 厚い唇。丸い顔に、潰れた目。体も太く、着ている和服はパツパツ。豚のようなその男の顔は、まさしく私とうり二つだった。
「いやぁ、お会いできて光栄です! あ、どうしました? もしかして――」
 彼は自慢げに胸を張った。
「僕のイケメンさに、惚れ惚れしちゃったかな?」
 どうやら性格は正反対なようだ。冗談で言っているようには見えない。なんなんだ、こいつ。
「ま、どうぞ座って座って」
「は、はぁ……」
 私は唖然としたまま、母と一緒に正座した。相手の隣にも老いた母親がいた。
「鏑木悟です。はじめまして!」
「天宮詩織です……」
「うーん、可愛い名前だ! 顔と一緒で!」
 私は眉を寄せる。鏑木はニコニコしていた。
「もうお母様から聞いたと思いますが、僕はあなたに一目惚れしました! あなたは僕に似て、とっても美人だ! 僕みたいなイケメンと美人。一緒になれば良い家庭が築けるとは思いませんか?」
 益々眉間に皺が寄る。彼はその調子で続けた。
「まぁ状況を説明すると、まず僕は散歩中に、出勤しているあなたを見かけまして。そのときビビッときましてね。調べてみると近所だって言うから――」
「あの、私をバカにしてるんですか?」
 私は想わず訊いてしまった。鏑木はきょとんとした顔を作る。
「私が美人なわけないじゃないですか。そういうの、やめてください」
 こいつは私をからかうためにこの場を開いたのだ。そう思うと、怒りがこみ上げてきた。
「それに、あなただって、イケメンなんかじゃない。私に似て不細工ですよ」
 私は言い、憤然と席を立つ。
「じゃあ、そういうことで――」
「美醜というのは所詮主観だと思いませんか?」
 だが、私はその言葉に足を止めた。
「つまり、誰かにとっての美しさは誰かにとっての醜さであり、その反対もあり得るというわけです。僕はね、詩織さん。心から自分のことをイケメンだと思っているし、あなたのことを美人だと思っているんですよ」
 振り返る。鏑木は真剣な眼差しだった。まさか、本気で……?
「であるなら、あなたは確かに、僕にとっての美人なのです。わかりますか?」
「それは――」
「そうだ。それなら教えてあげましょうか」
「え?」
「僕と付き合ってください。詩織さん。納得させてあげますよ。僕が本当に、あなたを美人と思ってるってこと。あなたは――」
 彼は手を組み、私を上目遣いに見た。
「愛される価値のある人なんだって事を」
 私は目を瞬かせる。
 変な人。だがそれでも、頬は熱くなった。
 だから、私は言った。
「……友人からなら」