ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【242】
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オリジナルの文章を随時募集中!
点数の意味
10点〜39点 日本語に難がある!
40点〜59点 物語性のある読み物!
60点〜69点 書き慣れた頃に当たる壁!
70点〜79点 小説として読める!
80点〜89点 高い完成度を誇る!
90点〜99点 未知の領域!
満点は創作者が思い描く美しい夢!
評価依頼の文章はスレッドに直接、書き込んでもよい!
抜粋の文章は単体で意味のわかるものが望ましい!
長い文章の場合は読み易さの観点から三レスを上限とする(例外あり)!
それ以上の長文は別サイトのURLで受け付けている!
ここまでの最高得点79点!(`・ω・´)
前スレ
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【241】
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1684632447/ >>383
テレビで顕微鏡越しのダニの画像を見て「何だこの醜さは」と思ったのが、創作のきっかけ。それと読んでくれてありがとう。 >>379
豚と人間の中身が入れ代わった!
その原因は書かれていない!
場所がわからないので物語としてもぱっとしない!
家で飼っていたペットの豚と飼い主が入れ代わったのであれば、
ほのぼの路線で話を続けることができるかもしれない!
養豚場の豚と経営者であれば緊迫感が伴う!
命を賭けた熾烈な戦いが容易に想像できる!
読者の興味を引くような書き方をした方がよい!(`・ω・´) >>381
行頭一字下げがない! 場面が変わる時に改行はあるが!
詰め込まれた文章であっても読み難いとは思わない!
ただし削れる主語が多い! 目に煩いので推敲で減らすことはできる!
話の内容はわかるようでわからない! 研究者ドルートがダニ人を生み出した!
母親の虐待が動機になっているのであれば、なぜ顔がダニなのだろうか!
母親と同じ容姿にした方が鬱憤を晴らせるような気がする!
不運な出生のダニ人は苛烈な日々に耐えられず、逃げ出す!
その容姿が災いして集団暴行に遭い、命を落とす!
幽霊となって十八年間彷徨う! 誰にも気づかれない時に霊感の強い奈美と出会う!
博愛主義者を謳っていながらダニ人の醜さを頻繁に口に出す! それでいて理不尽なドルートの行動に怒り、
無力なダニ人に代わって復讐を誓う! 容姿を武器に近づき、ホテルに誘い出す! 睡眠薬を飲ませたあと、
ドルートの顔を切り刻み、硫酸を浴びせた! 復讐を果たした奈美は帰りに自動車に轢かれて帰らぬ人となった!
その後、ダニ人の姿で転生する! ダニ人と同じ幽霊なので二人は果ての無い時間を過ごすことになる!
この話で気になるのは転生の部分! ダニ人はドルートが生み出した! 世界にたった一人の存在に思える!
そのダニ人が幽霊となっても一人の存在に変わりはない! そうなると奈美の転生は生まれ変わる対象がないように思える!
変身であれば全く違う外見になるので受け入れ易いのではないだろうか!
内容はわかるのだが理屈として考えると納得し難いものがある66点!(`・ω・´) 80歳少年「電車が石をひいたら割れるのかな?試してみよ!」 → 線路に置き石して逮捕。 ・神戸電鉄の踏切で線路に置き石をして電車の運行を妨げたとして、兵庫県警長田署は威力業務妨害の疑いで、神戸市長田区に住む無職の男(80)を逮捕した。同署によると「電車が石をひいたら割れるのか気になった。妨害するつもりはなかった」と話し、容疑を一部否認している。
・逮捕容疑は28日正午前、同市長田区房王寺町3の踏切内で、線路のレール上に石を二つ置いた疑い。同署によると、新開地発三田行き準急の男性運転士が石を見つけたといい、ともに約6センチ程度の大きさだったという。男は線路にあった石を置いたと説明し、車体や乗客への影響はなかった。 今から出る!
評価文章は明朝になるかもしれない!
さて、いくか!(`・ω・´) また異世界だの冒険者だのデーモンだの
好きなのねえ、RPGのような異世界物が >>394
短いので先にこちらを読む!
菖蒲
>怜悧な剃刀のような顔で菖蒲は答える。
(目ではなくて顔なのか!)
>眼窩は深く窪んでいる。
(眼窩は眼球が入っている窪みのことなのでまどろっこしい表現に見える!
所々がこのように古語になっていない! 新しい文体を模索しているのだろうか!)
いつの時代の話だろうか!
古語を使う程の古さを感じない! しかも中途半端!
「軈て」等にはルビが欲しいところ!
奇病のような状態が少女を襲う! なぜ菖蒲なのだろうか!
三人の少女の淫靡性を匂わせるのであれば百合でいいのでは!
舞台役者のような言い回しは悲劇よりも喜劇に近い!
薄暗い感情が人の目に触れない日陰で密やかに行われている!
そのような表現方法が作品に合っているように思った!
あと苧環の髪型を「があらんど」と表現していた! 伽藍洞としては対象があまりに小さくて少し違和感を覚えた!
現代に近い会話文と古めかしい地の文とのギャップで少し妙な気分になった68点!(`・ω・´)長い評価文章は明日に回す! これはある意味すごいな
浦出卓郎氏は年配の方だったの? >>395
明治〜大正ぐらいを想定してます
吉屋信子が文語体と口語体を混ぜ込む作品を書いていたのでやってみました!
garland=花輪、花冠です! >>397
なるほど、ワイの勘違いであった!
69点とする!(`・ω・´) >>390
第1話 恐ろしい噂
>身軽にいでたった姿の僕は
(日本語がおかしい!)
>そう尋ねてきた僕に長老は矢泥いた顔をする。
(珍しい変換ミスを見た!)
第2話 愛しのソフィ・ティエル
>恋に苦しむ毎日を遅らせていた。
(変換ミス!)
>わずかに工芸品をるのみ
(脱字と変換ミスのミックスだろうか!)
三年前に領主の態度が変わった! 税の取り立てが厳しくなった!
そこで村人は悪魔と噂するようになる! 第1話で仄めかし、
第2話の冒頭で悪魔と打ち明けていた! 展開が早すぎて味も素っ気もない!
ここまでは読んだ! 急遽、出掛けることになった!(`・ω・´)刻みながら読むとしよう! 異世界モノって、”異なる世界”なのに
皆の発想がどの異世界も、冒険者がいてモンスターがいてと
指輪物語とかドラクエとか、剣と魔法と魔物のといったRPG世界感から抜け切れなくて
誰が書いても似たり寄ったりなのが残念
”異なる世界”なんだから、そういう魔物退治の世界とは
まるで異なる世界を描いてもよさそうなものなのに 異世界召喚ものの嚆矢は高千穂遙『異世界の勇士』(1979年) 海外の古い異世界は『ナルニア国物語』(1850年台) そんな昔の話をしても仕方ない
令和には令和の流れてものがあるし
これだから老害ジジイは…… 明日からワイスレ杯が始まる!
作者には悪いのだが評価文章は後に回す!
お題は決まった! 単純ではあるが、ある意味で厳しい!
プロアマ問わずのワイスレ杯で勝ち抜くのはどの作品なのか!
ま、そんな緩い感じでよろしく!(`・ω・´) 第六十二回ワイスレ杯のルール!
設定を活かした内容で一レスに収める!(目安は二千文字程度、六十行以内!) 一人による複数投稿も可!
前回と同じく「記名投稿、無記名投稿」は任意で選べるものとする!
通常の評価と区別する為に名前欄、もしくは本文に『第六十二回ワイスレ杯参加作品』と明記する!
今回の特別ルールによって投稿後の修正は認めない! 投稿した作品で勝負となる為、推敲は念入りに!
今回の設定!
出会いをテーマにした作品を募る! 対象は人間で性別は自由!
その出会いによって何かが始まる! その予感で読者をわくわくさせる展開を望む!
相応しい舞台を用意する! まさか、このようなところで今後の運命を左右する出会いがあるとは!
小説の冒頭のフック、またはツカミの募集と言い換えればわかり易い!
応募期間!
今から土曜日の日付が変わるまで! 上位の発表は投稿数に合わせて考える! 通常は全体の三割前後!
締め切った当日の夕方に全作の寸評をスレッドにて公開! 同日の午後八時頃に順位の発表を行う!
今年、初めてのワイスレ杯、真っ暗な中で堂々のスタート!(`・ω・´) 「あの、今は何年の何月何日ですか?」
犬の散歩中、駆けてきた少女からそんな声を掛けられた。
「令和八年八月二日十三時十五分だよ」
言いながら僕は周囲を見回す。
「カメラはないです……ドッキリじゃないので」
「あ、そう」
彼女も不審な言動の自覚はあるらしく、気恥ずかしげに眉を顰める。
「すみません、水、もらえませんか? それからあの……できれば調べたいことがあって、スマホか何か貸していただけると」
「結構図々しいんですね未来人は」
「み、未来人って……そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
「冗談ですよ」
僕の言葉に少女は顔を赤らめる。
「図々しくてすみません。頼れる先がなくて」
彼女はぺこぺこと頭を下げる。
「いいですよ。未来人さんは随分お困りのようですから」
僕はその場で踵を返し、犬のリードを引く。
「ただ、今は手ぶらでして。僕のアパートでよければ」
「あ、はい……ありがとうございます」
彼女はまた頭を下げる。
僕は前を向いて作り笑いを消し、足を早める。
ここまでは順調だ。未来人・木下美優、彼女は文明革新を齎す『エキゾチック物質による八次元空間跳躍の論文』の完成を止めるために、五十年後の未来からやってきたのだ。
彼女の来訪初日である八月二日の間に信頼を勝ち取るためには、十三時十五分にここで犬の散歩をする必要がある。
犬を連れていないと声を掛けられないパターンが発生し、こちらから声を掛けた場合は不審がられてしまう。
彼女から早々に事情を明かしてもらうためにもアパートへ連れ込む必要があり、犬の散歩中というのは都合がいい。
僕はこの令和八年八月の一ヵ月を何度も経験している。いわゆるタイムリープという奴だ。
この街にある時雨坂神社の神様が関係しているようだが、そんなことはどうだっていい。
木下美優の敵対組織の人間もこの令和八年へと訪れており、彼らが乗っ取ったカルト宗教団体が八月三十一日に病院でテロ騒動を起こし、そこに巻き込まれた僕の恋人が命を落とすことになる。
彼女は寝たきり状態であり、家族の説得も必要なため、病院を移すことは難しい。容態も悪く、強引に連れ出せばそれが原因で命を落とす。
僕は連中と交渉して木下美優を引き渡し、このテロ騒動を防ぐ。
彼女は命を落とすことになるが、元々未来人同士の抗争、巻き込まれただけの現代の僕達には何ら関係のない話だ。
目の前で人が死ぬのにも、誰かを裏切るのも、僕にはこれまでのタイムリープの中で、とっくに慣れてしまっていた。
「すみません、色々と頼ってしまって」
「いえいえ、面白いこととか変なこと、僕は大好きですから。ワクワクしています」
嘘だよ。僕はただ、平穏を享受したいだけなんだ。お前らなんて、大っ嫌いだ。
「あの……変なことを言うんですけれど、私、なんだかあなたとは、長い付き合いになりそうな気がします」
木下美優がそんなことを口走る。この言葉は初めてだった。意表を突かれて沈黙したものの、すぐに彼女を振り返って笑みを浮かべた。
「ええ、なんだか僕もそんな気がしますよ」
僕にとって千五十三回目の、令和八年の八月が始まった。
〜〜〜
――始まったか。
私は全く別の時間軸、いわゆる並行世界からやってきた存在である。我々の世界はこの分岐世界よりも遥かに進んだ文明を有している。
私はこの世界では存在できないため、こちらの住人の脳に対して電子思考同調を行うことで、疑似的に顕在している。
出鱈目に結ばれた歪な時間軸を観測し、この空間縺れが私達の世界に悪影響を及ぼす可能性を危惧し、時間軸修繕のために政府機関の人間である私がこうして来訪することになった。
そのためには超自然能力の全貌を明かすことでループの根幹を断ち、宗教団体のテロを防ぎつつ、例の論文を断つことでタイムパラドクスを解し、中心である彼と彼女をこのループ時間の間に抹殺する必要がある。
私が来た以上、ここからはタイムスリップもタイムリープも許しはしない。
私と、彼と、彼女は、既に出会ってしまった。私も登場人物の一人ではあるが、観測者として、この歪な絡み合った物語の終着点を見届けさせてもらうとしよう。
私は骨格筋支柱突出物を左右に振りながら、レオロジー性高分子炭化水素の舗装道路の上を歩く。
局所銀河群G2V型恒星の輻射に曝された高分子炭化水素が、私の肉球へと熱振動を伝えて感覚器官を過剰に刺激し、ストレスを与えてくる。
それにしても、やれやれ、この世界の四足歩行の愛玩動物は、なんとも哀れなものだ。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
>410
早々と一作!(`・ω・´) 鏡に映った私は、ひどく不細工だった。
厚い唇。丸い顔に、潰れた目。体も太く、着ている和服はパツパツ。まるで、服を着た豚だった。
「着付けできたわよ」
母は私の帯を叩いて笑顔を見せる。
「うん。似合ってる。これならお見合い相手もイチコロね」
そんなわけないだろう。私は思いながら、母に連れられ、控え室を後にした。そのまま廊下へ出て、見合い相手の待つ和室へと歩く。廊下の右手には庭園が見えた。流石良家である。近所のよしみとはいえ、私なんかの為にこんな場所を貸りるのは悪い気がした。
こんな不細工の為に。
「あのさ、母さん。せっかくお見合いの席を作って貰って申訳ないんだけど、絶対成功しないよ。こんな不細工と結婚したいひと、いるわけないじゃん」
私はこんな顔なので、いままで浮いた話は一度もない。そんな私を憐れに思ってか、母は今日の席を設けたらしい。実の所お見合いなんてしたくなかったが、女手ひとつで育ててくれた母の顔を立てるため、私はいまこの場にいた。
「小中高と虐められて、会社でも顔の悪口言われてるし。母さんには悪いけど、私は本当に不細工なんだよ。そんな人間を愛したい人、いると思う?」
『ブタだ! ブタが来たぞ!』
小学校の頃の記憶が脳裏に蘇る。
「私なんか、誰にも愛されないよ……」
「何言ってんの。あんたは可愛いわよ」
母は微笑んだ。
「それに、勘違いしてるわよ。あんた。今日のお見合い、企画してくれたのはね。向こうの方なのよ」
目を丸くする私を尻目に、母はふすまを開けた。
「お、詩織さん? いや、どうもどうも! はじめまして!」
和室に座る声の主。私は彼の顔を見て、さらに目を瞠った。
そこにいたのは、私によく似た顔の男だったからだ。
厚い唇。丸い顔に、潰れた目。体も太く、着ている和服はパツパツ。豚のようなその男の顔は、まさしく私とうり二つだった。
「いやぁ、お会いできて光栄です! あ、どうしました? もしかして――」
彼は自慢げに胸を張った。
「僕のイケメンさに、惚れ惚れしちゃったかな?」
どうやら性格は正反対なようだ。冗談で言っているようには見えない。なんなんだ、こいつ。
「ま、どうぞ座って座って」
「は、はぁ……」
私は唖然としたまま、母と一緒に正座した。相手の隣にも老いた母親がいた。
「鏑木悟です。はじめまして!」
「天宮詩織です……」
「うーん、可愛い名前だ! 顔と一緒で!」
私は眉を寄せる。鏑木はニコニコしていた。
「もうお母様から聞いたと思いますが、僕はあなたに一目惚れしました! あなたは僕に似て、とっても美人だ! 僕みたいなイケメンと美人。一緒になれば良い家庭が築けるとは思いませんか?」
益々眉間に皺が寄る。彼はその調子で続けた。
「まぁ状況を説明すると、まず僕は散歩中に、出勤しているあなたを見かけまして。そのときビビッときましてね。調べてみると近所だって言うから――」
「あの、私をバカにしてるんですか?」
私は想わず訊いてしまった。鏑木はきょとんとした顔を作る。
「私が美人なわけないじゃないですか。そういうの、やめてください」
こいつは私をからかうためにこの場を開いたのだ。そう思うと、怒りがこみ上げてきた。
「それに、あなただって、イケメンなんかじゃない。私に似て不細工ですよ」
私は言い、憤然と席を立つ。
「じゃあ、そういうことで――」
「美醜というのは所詮主観だと思いませんか?」
だが、私はその言葉に足を止めた。
「つまり、誰かにとっての美しさは誰かにとっての醜さであり、その反対もあり得るというわけです。僕はね、詩織さん。心から自分のことをイケメンだと思っているし、あなたのことを美人だと思っているんですよ」
振り返る。鏑木は真剣な眼差しだった。まさか、本気で……?
「であるなら、あなたは確かに、僕にとっての美人なのです。わかりますか?」
「それは――」
「そうだ。それなら教えてあげましょうか」
「え?」
「僕と付き合ってください。詩織さん。納得させてあげますよ。僕が本当に、あなたを美人と思ってるってこと。あなたは――」
彼は手を組み、私を上目遣いに見た。
「愛される価値のある人なんだって事を」
私は目を瞬かせる。
変な人。だがそれでも、頬は熱くなった。
だから、私は言った。
「……友人からなら」 第六十二回ワイスレ杯参加作品
>410
>412
只今、二作品!(`・ω・´) アンカーの数が増えるとエラーメッセージが出る!
その対策で「>>」ではなくて「>」に敢えてしている!
一仕事終わったのでビールを飲む!(`・ω・´) 5ちゃんのスレを私的に使うのももうほどほどにしなさいという暗示だな その瞬間。彼女を初めて見たとき、まるで周りに桜花が舞っているのではないかと、円谷御子は錯覚しました。
それは私立秋津洲学園の入学式が終わってすぐの、新入生が入部を選択する日での事。
各部活は部室や教室に陣取り、その部員達が廊下や活動場所に出ては新入生を勧誘していました。
「あなたも一緒に映画を作ってみませんかー? 製作、俳優、どちらでもオッケー! 映画制作部はあなたを必要としています! さあ、どうぞ見ていってくださーいー!」
と明るく溌剌とした声で廊下で呼び込みを行っていた、紺の女性ものブレザーの制服に身を包んだ御子は、発声のあとで大きく息を吐きました。
外は四月上旬の午後三時半。桜は散った後の賑やかしい放課後。傾いた日差しが廊下を突き抜け、教室へと届いていきます。
その日差しに照らされた、少女が一人。
少し小柄で、赤毛に近い色の、二房に分けた短めの髪に茶色の目。三年というよりは一年生の方が似合っていそうな幼さを感じさせる顔つき。
まだ未熟な少女、と言った方が相応しい風貌の女子学生、安田御子は学生達が行き交う廊下を見渡しました。
「結構人は来てるけど、人数的にはまだまだかなあ……。まっ、まだ時間的には余裕があるし、こんなものかぁ……」
勧誘はあまり芳しいものではないようです。
周囲には着慣れない制服姿の新入生達が、興味あるのかないのかという様子で、あちこちキョロキョロ見回しています。
(……自分もああいう感じで、映画製作部に勧誘されたんだよねー。でも、アタシ、これでいいのかなあ……。まあ、英語部とかで放課後勉強をずっとやっているよりはマシよね……)
御子は一つ苦笑しては気を取り直し、呼び込みを再開しようと息を吸い込んだ、その時。
彼女の視界に一人の女生徒の姿が飛び込んできました。
女生徒の姿を見るなり、ふと視線を彼女に合わせた御子は──。
思わず息を呑み込みました。
呼吸が一瞬止まりました。
その着慣れないブレザーを着た、高い身長と女性として理想的な体躯を持った少女は輝いて見えました。
背中まである長い黒髪が、さらさらと綺麗に伸びていました。
切れ長の黒い両目、高く整った鼻、淡い桃色の唇、卵型の小顔。
誰が見ても、美少女。いや、美人だと認めるほどの美しさを持った少女でした。
陳腐な言葉で言えば、クールビューティとも、大人の落ち着いた女性とも言えるような女性でした。
その姿は、まるで彼女の周囲に季節では散ったはずの桜の花が舞っているかのように、御子に思わせるほどでした。
「……!」
息を止めていた御子はようやく呼吸を思い出すと、思わず駆け出していました。
そして彼女のもとに駆け寄ると、そのスラリとした長い右腕を力強く掴み、彼女の瞳を見て告げました。
「映画製作部に、入りませんか……!!」
と。
呼びかけられたその瞬間。黒髪の少女の、二つの眼が大きく見開かれました。
同時に、彼女の口から、
「え……!?」
と言葉が漏れました。
顔と体つきと同じように、とてもとても、綺麗な声でした。
彼女は二言目に、
「ち、ちょっと……」
と雪のような肌をかあっと赤らめ、顔を横に振りました。
それでも、御子はその握る手の力を強くしました。
そして、今まで誰にも見せたことのないような真顔で、
「貴女みたいな人を、映画に撮りたいんです……!」
そう、告白しました。
黒髪の少女はその告白に今度は両目を丸くして、口をぽかんと開けました。
その困惑の表情にさえ、桜花の花びらは未だ舞っているように御子には見えました。ややあってから、
「本気、なの……?」
「はい、本気です……!」
笑顔でそう応えました。
黒髪の少女はどうしようかという表情をして、
「じ、じゃあ、ちょっと、け、見学させていただきます……」
少し引いた声で返答しました。
その返事に、御子は更に笑みを大きくしました。
「では、教室に行きましょうっ。教室では顧問や部長が説明してくれたり、今まで創った映画を上映しているので、映画製作部がどんな部活なのか、よくわかりますよっ!」
御子はそう説明しながら彼女の手を引き、足を教室へと向けました。
彼女の鼓動は、高鳴っていました。
期待、と、もう一つの感情で。
これが。
円谷御子と、御神伊奈。
二人の出会いでした。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
>410
>412
>417
只今、三作品!(`・ω・´)製作で映画制作部とは!
石畳の街に下駄音がカラコロと響き、僕のお腹がきゅうと鳴く。
「おチビのごみ拾い職人。これも捨てといて」
「はい! あの、食べ物あったら捨ててください。食べます」
この温泉街に来て三日目の僕は、日払いの仕事をしている。ごみ拾い職人だ。
「ごみ拾い職人は串でもしゃぶってろ」
ごみ拾い職人の地位は低い。
僕はしょんぼりと串焼きの串とカネット瓶を業務用の袋に詰めて、えっちな本と金ぴかのバッジを見つけて懐へ入れた。本は表紙のお姉さんが好みだったから。バッジは故郷の養母に似た絵が刻まれていたからお土産にしようと思って。養母は体調が思わしくない様子で、僕は、養母のために薬を求めてやってきた経緯がある。この温泉街の薬がよく効くらしいのだ。薬は幸い、それほど高値ではない。食費を最低限に抑えながら働けば、ひと月もあれば買えるだろう。
「飴でもいいですよ、落としてください。洗って舐めます」
アピールしたら、通行人は「関わりたくない」と全身で訴えるような急ぎ足で曲がり角を曲がって行った。しばらくすると、悲鳴が聞こえた。
「人が死んでる……!」
僕は迷ってから現場に向かった。だって、気になるじゃないか。
●
「私は刺していません!」
現場では、金魚柄の浴衣に身を包んだ黒髪のお姉さんが問い詰められていた。拾った本の美人さんに似ている。つらそうに泣いている姿を見た僕は「下卑た目で見てすみません」と謝りたくなった。
「近くにバッジが落ちていたのである! 六十二代目のバッジを持っているのは、あなたと彼だけである!」
「バッジはなくしたんです!」
――バッジ?
「あのう、僕はよそ者なのでわからないのですが、バッジってなんですか?」
問いかけると、警備兵は証拠品のバッジを見せてくれた。
「吾輩が教えてやろう。このバッジは『妖狐様に愛されし薬師の子孫』の証明バッジである!」
「へえ?」
「この街には『妖たぬきに騙されかけた先祖が妖狐様に救われた』という言い伝えがある! バッジには何代目の子孫か文字が刻んである! 六十二代目は二人だけだったのである!」
この人、語尾を「ある」で締めないといけない呪いにでもかかっているんだろうか。首をかしげた僕の耳に、見物人の声が届いた。
「何食わぬ顔で屋内に戻り、パーティに参加していたんだ。連れてこられて証拠を突きつけられても否定していて……」
お姉さんがふらりと倒れそうになる。僕は駆け寄ってお姉さんを支えた。うわ、すごく良い匂いがする――どきどきしながら、僕は拾ったバッジを見せた。
「そのバッジ、僕が同じのを持ってます。さっき拾いました。六十二という文字も書いてあります」
警備兵も見物人も目を大きく見開いている。
「では、このバッジで犯人と決めつけるには早いのである!? し、失礼したのである……バッジが三つある……?」
警備兵が頭を下げる。お姉さんがすぐに犯人として捕まることはなさそうだ。よかった。
「ごみ拾い職人さん、ありがとうございました」
「いえ……それでは、僕は仕事に戻りますので」
見物人が散っていく。僕もごみを拾わなきゃ。ああ――お腹が空いた。そう思った瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「あ……?」
「ごみ拾い職人さん!!」
視界がふっと暗くなり、僕の意識は途切れた――空腹すぎて倒れてしまったのだ。
●
次に目が覚めたとき、僕の視界には上から覗き込む姿勢のお姉さんがいた。
「あ……、気が付かれましたか……っ? ごみ拾い職人さん?」
「ふえ……っ?」
僕は豪華なベッドに寝かされていた。清潔感たっぷりの白いシーツと掛け布に、ふかふかの枕――寝心地がとてもいい。
「職場の方にお聞きしました。ごみ拾い職人さんは街にいらしたばかりで、苦労していらっしゃるのだとか。私の家は落ちぶれてはいますが、部屋数はございます。もしよろしければ、助けていただいたお礼をしたいです。我が家に寝泊まりされてはいかがでしょうか」
「えっ、いいんですか?」
僕は、お姉さんにお世話になることにした。お金もないし、ベッドはふかふかで、お姉さんは美人だ。迷いはなかった。
第六十二回ワイスレ杯参加作品
>410
>412
>417
>419
只今、四作品!(`・ω・´) >>419に『第六十二回ワイスレ杯参加作品』書き忘れましたスミマセン 『第六十二回ワイスレ杯参加作品』
五年ほど前、雑誌の取材で大阪に行った時のことだ。昼前の商店街で奇妙な似顔絵師と出会った。その似顔絵師は高齢の女性でずっと独り言を言いながら、サラサラと筆を動かしていた。
しかし腕は確かなようで、女の前には行列が出来ている。なんとなく気になり立ち止まって見ていると、「並んだってや!」とぶっきらぼうに声を掛けられた。
まぁ、旅の記念にいいだろう。そんな気分になり行列の最後尾につく。私が並んだ後にも次々と人がやって来て、列はどんどん長くなった。
似顔絵とは随分と時間の掛かるものらしい。しばらく待っても列は一向に動かない。そろそろ腹も減ってきた。これは失敗したかもしれない。そんなことを思いながら腕時計を見たタイミングだった。
ガラガラガラとシャッターの開く音。現れたのはラーメン屋だ。
「お待たせしましたー! 先頭の8名様、店内にどうぞ!」
威勢の良い女性が案内すると、列は店に吸い込まれていく。私は呆気に取られ、阿呆のように立ちすくむ。
「お兄さん、似顔絵出来たで! 三千円!」
似顔絵師がニコニコしながら色紙を振る。あぁ、私は担がれたのだ。
とはいえ、怒る気にもならなかった。いい土産話が出来た。
そう思いながら金を払い、色紙を受け取る。
描かれていた私の顔は目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべていた。
それからというもの、私はネットで定期的に「阪急東通商店街 似顔絵」を検索している。
私と同じく担がれた人達がエピソードを交えて似顔絵をアップしているのだ。
少し心配なのは、最近新しい似顔絵が増えないこと。
五年前でも随分と高齢に見えた。もしかしたら、体調を崩したのかもしれない。
来週にでも大阪に行ってみよう。そして似顔絵師に出会うことが出来れば、もう一度、何も知らないフリをして列に並ぶつもりだ。似顔絵を持って……。
面白い顔をするに違いない。そうすれば取材を申し込もう。きっと面白い人生を歩んでいる筈。
カレンダーを睨み、私は来週の土曜日にマルをつけるのだった。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
>410
>412
>417
>419
>422
只今、五作品!(`・ω・´) >>424
一人何作でもいいんだよ。
かつて二十作以上も投稿した強者もいた。 『第六十二回ワイスレ杯参加作品』
等間隔で繰り返されるインターホン。部屋に響き渡る電子音は、絶え間なく薄暗い室内を満たしていく。五月蠅い。
鍵を開けて、こんな事をしでかした来訪者に文句を言おうとした。
「トリックオアトリート!」
扉を開けた先に、1人の少女が可愛らしいポーズを決めていた。
「なあ、俺、居留守使ってんだけど? 分からない?」
「分かりますよ。だからこそ、私は何度もインターホンを押し続けてました!」
「5分も居留守使ってんだから諦めろよ」
「え? 嫌ですけど。私のモットーは、何事も全力で! なので、取り敢えず10分位は続けようかな、と考えてました!」
「新手の拷問か?」
此方の事情などお構いなしに、改めて言う。
「と言う訳で、トリックオアトリート!」
「……あのさぁ、仕事から忙殺される日々の合間、やっとこさ得られた休日を邪魔された俺の気持ちが分かるか? 寝かせてくれよ」
「嫌です! 何かください!」
図々しい。今すぐ視界から排除したくなる鬱陶しさだ。
少女を見る。
絹のようにサラサラとした、編み込まれた金髪。整った顔立ちに、海のように澄んだ藍色の瞳は、此方をジッと見つめ続ける。
装いは、黒を基調としたタキシード風の衣装の上から、全身をすっぽりと覆い尽くす程に大きなマントを羽織っている。――吸血鬼、と言う言葉が頭を過る。が、口には出さない。
「菓子はないから帰ってくれるか?」
「となると、トリックの方になりますね。タイキックと回し蹴り、どっちが良いですか?」
「分かった。探して来る」
女の目は本気だ。答えを間違えれば暴力が飛んでくる。
傍の棚を漁り、適当な――菓子っぽい物を持って来る。
「はい。あたりめ」
「却下です! 何ですか! あたりめって!」
「するめの方が良かったか?」
「種類の違いじゃありません! 他に有りますよね! ゴディバのチョコレートとか!」
「生憎、ウチにそんな高級なものはねえよ」
菓子っぽい見た目の氷砂糖や、柿の種。バターピーナッツ。うまい棒を渡してみるが、少女にとってはどれも不評だ。全く帰る気配が感じられない。
「それじゃあ、一体何が良いんだ?」
「勿論、スイーツですよ! スイーツ! カップケーキだったり、クッキーだったり。後は、ガトーショコラとかでも良いですね!」
好きなのか、想像を巡らせながら少女は顔を綻ばせる。
男は心底嫌そうに溜息を吐き、乱雑に頭を掻く。それでも少女の顔を見ながら、
「だったら作るか?」
「……え?」
今度はハッキリと聞こえるように、大きな声で言う。
「だから、作るか? って聞いたんだよ。ガトーショコラを」
少女は目を見開き、瞬きを繰り返す。言葉の意味を理解して、満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
材料を買いに行くのに一悶着。作業肯定で一悶着。ガトーショコラが出来上がり、食べる時でさえ一悶着。悲しい事に、一度たりともスムーズに行く事は無かった。
ソレでも楽しいと思えたし、少し焦げてしまったガトーショコラは美味しかった。
「と言う訳で、明日も来ます!」
「来るな」
言うや否や、少女はその場から走り去っていく。
「大体、今はハロウィンの時期でも無いだろうが。夏だって言うのに」
空を見れば、青空は橙色に染まり、太陽も沈み始めている。時間はもう夕方だ。
「けれど、まあ……悪くはない」
男は自室へと戻る。
通路を歩き、内扉を開ければ、開けた室内が広がる。天井につり下がっているのは、輪っか状に結ばれた縄。すぐ傍には、成人男性が乗っても壊れない台が置かれている。
交互に見つめた後、自嘲気味に笑う。
「死ぬのやーめた」
手に持った鋏を使って、パチンと切り落とした。 「Mr.プレイス。本日でヒーローを引退するのですね」
多数のマスメディアに囲まれて、私は引退会見を開いていた。
数多くの市民を救い、悪党達を捕まえて来たが、寄る年波には勝てない。人々を想う気持ちより、自身のことを優先したくなったのだ。
「はい。これからは、皆さまと同じ市民として余生を送りたいと思います」
「では、ヴィランである『リディクー』はどうするつもりですか?」
「後輩のヒーロー達に任せるつもりです。奴に勝てるようには指導しています。既に、何度も逮捕したという実績もあります」
人々と街を脅かす、嘲笑の名を持つヴィラン『リディクー』のことが引っ掛かっていた。奴は、幾ら逮捕しても必ず脱走するし、挑発する様にして犯罪を巻き起こす。憂いを絶つ為に殺す訳にも行かないので、後輩達に捕縛の術は教えた。
「そうですか。では、今後はどうするつもりですか?」
「そうですね。今までは仕事も忙しく、報復の可能性も恐れて控えていたのですが、伴侶を見つけたいと考えています」
「伴侶を。ですか?」
ヒーローが特定の個人に入れ込むのはタブーとされている。一緒に居られる時間は短いし、報復の対象にもなり得るからだ。
「はい。恥ずかしながら、私は人並みの幸せと言う物に憧れておりまして。将来を添い遂げる伴侶と出会いたいのです」
ゴシップの臭いを嗅ぎつけたのか、記者達は次々と質問を投げかけて来た。どの様なタイプが好みだとか、結婚するなら子供は何人欲しいとか。煩わしい質問であったが、ようやく私も市井に溶け込めたのだと嬉しくもあった。
#
インタビューが公開されると、私の元には結婚相談所からの広告や縁談の申し込みが引っ切り無しに入って来た。
流石に全員と会うのは無理があるので、幾らか気が合いそうな者達だけをピックアップして話し合いに応じたが、どれもしっくりと来なかった。
「私、昔からMr.プレイスに憧れていたんです!」
ヒーローとして見られたいのではなく、1人の人間としての付き合いを考えているので、この様な意見には辟易した。
「Mr.プレイス。私こそが、貴方の伴侶に相応しいと思ったのよ」
中には大女優からのアプローチもあったが、話題作りの為の接近であることは明らかだった。結局、私ではなく『Mr.プレイス』と言う名声に惹かれる人間ばかりで、望みの伴侶が得られる可能性は薄そうだった。
その証拠として、彼女らは私の気を取ることに終始しており、高価な贈り物をして来たり、誘惑をして来たりしたが、いずれも腹立たしかった。
外に出てもパパラッチから付き纏われ、伴侶を見つける所か市井に戻れるかすら怪しい。最近では、家に引きこもりがちになってしまい食事もデリバリーで済ませる始末だった。
「ピザのお届けです」
「おぉ、待っていたよ」
宅配物を受け取り、中身を確認すると。納められていたピザに載っていたのはチーズとペパロニではなく、大量のデスソースで描かれたスカルマークだった。配達員も私もギョッとした。
彼の慌てぶりを見るに、どうやら心当たりはないらしい。となれば、誰かの悪戯だろう。こんなことをする奴には心当たりがある。
「奴の仕業か」
テレビを付けると緊急速報が入っていた。街中は混迷に包まれており、人々が逃げ惑っている。悲鳴と爆音を背後に、痩身の男。リディクーは高らかに笑う。後輩のヒーロー達を足蹴にして、叫んでいた。
「プレェエエイス! 俺からのプレゼントを受け取って貰えたか! ヒーローじゃなくなってもお前はお前だ! 逃げれると思うなよ!!」
私は身の着のままで走った。私がどうなろうと奴が大人しくなる訳がなかった。
ヒーローであろうとなかろうと関係なく接して来る態度。私のことを恐れず挑発するかのような贈答物。一言言ってやらねば気が済まなかった。
「来たか! プレェエイス!」
「お前の相手は、この私だ」
リディクーが獰猛に笑いながら、拳銃を突き出した。私は花束を突き出した。
「あ?」
「何処までも私を対等に見る、お前こそ。私の伴侶に相応しい」 目を開けるとただただ白が埋め尽くす場所にいた。
「なんだよこれ、夢か何かか? どうなってるんだよ?!」
勿論俺、我一真(がいつまこと)にとって、この状況は理解不能であった。
昨日は勤めている工場で深夜過ぎまで作業をやらされ、気絶するようにベッドに倒れ込んだはずであった。
「昨日の様子じゃ今日も修羅場だってのに!? てかほんと何処だここ!?」
周囲の光景に圧倒されていた俺は、ようやく自分が服以外、持ち物を何も持っていない事に気付く。
訳が分からないが、ただ立っていても仕方がないので恐る恐る一歩を踏み出す。
するとコツンと地面を蹴る感触が伝わり、一応地面があると分かった。
「やぁ、上手くいってくれて良かったよ! 同一存在を呼ぶ魔術なんて流石に初めてだったからさ!」
「え、だ、誰だ!? さっきまで誰もいなかったはずだぞ!?」
突然女の声が俺の耳に届き、驚いて足を止める。
「あー、慌てないで! 危害を加えるつもりはないんだ!
ボクは君をこの世界の狭間へと呼んだ者。理由は……君に異世界転生って奴をして貰いたくてね?」
声の方に顔を向けると、腰まであるような白い髪をポニーテールに束ねた俺と同じくらいの背丈の女が、赤い瞳を細めそう言った。
「何言ってるんだお前? ……頭大丈夫か?」
「突然こんな場所に連れてこられて、変な事言われりゃそう言うよね! ボクでもそう言う!
まぁでも、話だけでも聞いていってよ! どうせ戻ったって工場で苦労するだけでしょ?」
「うっ、まぁそりゃそうだけど……てか、なんで知ってるんだ?」
「何故か、かぁ。うん……実は、それはすごく簡単な話でね?」
警戒しながら問い返すと、女が見目の整った笑みを浮かべた。だが何故か直観する。これは諦観の混ざった……疲れた笑みだ。
「ボクが……君、だからさ」
曰く、彼女は並行世界における性別違いの俺の同一存在、同じように工場に勤め、過剰稼働していた工場の事故で死亡。
生まれ変わる形での異世界転生をし、そこで勇者として世界を滅ぼす魔王軍との闘いに明け暮れる日々を過ごしたそうだ。
活躍出来た理由は、異世界特権として貰った【タイムリープ】の力であり、この力で何度か時を巻き戻し対処していたらしい。
「でも、実の所まいっちゃっててさ? ……何度繰り返しても、必ず何処かで大事な誰かが死ぬんだよ。
助けようと過激な手段を取るようになったら、今じゃ助けたかった仲間からも、【死神】なんて呼ばれ始めてて。
アハ……繰り返している内に皆が怖がる事とか、分からなくなっちゃったのかなぁ」
彼女の明るい声音が、罅割れた楽器に無理をさせた明るい音のように聞こえて、心の中が酷くざわつく。
「で、だ……性別は違えど、並行世界の自分である君に。ボクの外付けの良心の判断回路になって貰いたいんだ」
「良心、回路? なんだそりゃ? 機械になって心に宿れとか、そういうアレか?」
「いやいや違うよ、ただ傍にいて欲しいんだ! ボクが残虐だったり、誤った方法を取ろうとした時に止めて欲しいの!
価値観を共有出来る、ほぼ同一の魂の君にしか頼めない事なんだよ!」
そう言って彼女は頭を下げたが、本来ならば受ける必要のない話だと思う。
けれど、この頼む声に確信が湧く。彼女の心は既に亀裂交じりで、壊れる寸前なのだと。
彼女の言葉を信じるならば、同一だからこそ気付けるのだろうか? そんな事を考えていると、口から深いため息が洩れていた。
「……身の安全は、保障してくれるんだろうな?」
「っ! 勿論!! 自分同士でする約束だ! 破ったりなんかするものか!!」
「いや、自分で決めた事って案外破らないか? 早めにやる予定だった夏休みの宿題とかそういう」
「うぐっ!? いやまぁ、確かにボクもそういう事あったけどさぁ!? でも、ほんとだって! 全身全霊で君を守る! これでも世界最強の一人なんだよ、ボク?」
つい飛び出た軽口。そして分かった彼女のズボラさが、姿の違っても相手はもう一人の自分なのだと思えて妙に納得が出来てしまう。
「そんな話聞いちゃ自分との約束が一番信用出来なくなるけど。まぁいいさ……行ってやるよ。
正直異世界に行って何が出来るとも思えないけど……お前のストッパーとして傍にいると俺は“俺”に約束する」
「……ありがとう。世界を渡る銀龍の翼の魔術に賭けて、君に……もう一人の“ボク”に最大の感謝を。君の命はボクが守る、だから君は」
――ボクの心を、守ってくれ。
これは、俺ともう一人の俺……真とマコトが異世界で、彼女が望むハッピーエンドを取り戻す。その始まりの物語。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、七作品!(`・ω・´)……ヒーローアカデミア。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、八作品!(`・ω・´) 俺は幼い頃からある衝動が抑えきれなかった。
今いるのは山奥の小屋、俺の身体は返り血に染まっている。
ぐちゅぐちゅと血肉が滴り落ちていく。高揚感と共に、俺の心のナニカが満たされていく。
「あァ、やっぱり殺しは最高だ」
内臓を丁寧に取った後は、羽根をむしって首を落とす。
中に香辛料を詰めて鍋に入れると、完了だ。
ぐつぐつと煮えた鍋、ちょうどいい時間で蓋を開けると最高の匂いが鼻腔を擽る。
「鳥はうめぇな……」
初めは虫だった。ぷちぷちと殺すのが快感で止められなかった。次は兎、殺しても食べられるのが良かった。
そして鳥、食欲も満たされるのがいい。そして猪、デカくて殺りがいがある。
だが一行に満たされない。
俺は人が殺したい。今まで殺してきたのは、どれも法律で許されている物だけだ。
そいつらじゃ俺のナニカを満たすことはできない。しかし捕まりたくはない。
幽閉されるのが怖いんじゃない、殺しが出来なくなるのが怖いのだ。
そして俺はある少年と出会った。まだほんの高校生だろう。
こんな樹海にいるなんて、死にたくてたまらないんだろうなァ。
「よお、元気か? つっても、こんな所にいる奴がそんなわけないよな」
「……そうだね」
顔に生気はない。俺は脳みそを振り絞って考えたのだ。ここは自殺の名所、法律で許されているわけじゃないが、待っていれば死にたい奴が向こうからやってくる。
甚振るのは趣味じゃない。ただ純粋に命を奪う瞬間が堪らなく愉しい。
おそらく俺はナニカが壊れている。だがそれは今この世界での話だ。
過去や未来、時代が違えば俺の脳は正常認定されていたかもしれない。もしこの事を誰かに話せば戦場に行けばいいと言われるだろう。
だが俺は殺しがしたいだけで自身が死ぬ状況は嫌だ。自己中心的だとは思うが、人間ってそんなもんだろう?
「なァ、俺の願望を叶えさせてくれないか?」
「……願望?」
華奢な体、学校の制服を着ている所を見ると、虐めか、それとも家庭環境か。
まァ、そんなことはどうでもいい。俺が取りたいのは許可だ。
他人に頼まれて殺人を犯すと嘱託殺人となり、もし逮捕されても罪が大幅に減刑される。
この衝動は抑えられない。だからこそ、最善の策を取りたかった。
そして俺はこの見ず知らずの少年に全てを話した。笑っちまうかもしれないが、心の内を明かした初めての相手となった。
少年は余計な言葉を挟まずに最後まで聞いてくれた。
そしてもちろん、承諾してくれた。が――。
「条件だァ?」
「ああ、その後に、僕を殺してほしい」
クソ面倒臭い。俺は気軽に殺しをしたかった。だが当てが外れた。他の奴を探すか?
だがこいつがもし自殺を取り止めて警察に俺の事を話したら? 俺が逮捕される?
やっぱ殺すか。
「……条件はなんだ?」
だがまあ聞いてからでも遅くはない。返答次第では問答無用で殺せばいいだけだ。
プラン変更、最悪な手だが、仕方がない。
「親を、殺してほしい」
次は少年の番だった。聞けばこいつの親はマジの糞で、聞いている内に俺のナニカが溢れそうだった。
そして最後、俺は今までの考えを全て撤回し、なぜか首を縦に振っていた。
数日後、俺はある家を訪れていた。予め預かっていた鍵で中に入ると、睡眠薬で眠っている夫婦がいた。
俺はそいつらを――。
その後のことは覚えていない。愉しくて愉しくて、つい忘れちまった。
程なくして二階から少年が降りて来る。任務完了と伝えると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
そして俺は少年の首にナイフを向けた。こいつを殺して全てが完了。
その後の事は考えてなかった。今までリスクばかり考えていたのに、おそらくだが殺すに値する人間の話を聞いて限界を超えてしまったんだろう。単純に言えば、欲望に負けたって奴だ。
タバコが吸いたくても我慢できない奴がいる。そんな感じゃねえか?
「……ねえ、もっと一緒に殺さない?他」
「あァ?」
すると少年は、突然に紙を見せつけてきた。そこには名前とそいつが行った犯罪が書かれている。
「何だこれは?」
「……僕の特技はパソコンだ。そしてこいつらは、政治的な理由や上位国民というだけで、裁かれずにいる犯罪者たちだ」
聞けば全員がゴミ以下だった。また俺のナニカが溢れ出る。
そして気づいた。俺の衝動は殺意だと思ったが違う。
人に仇をなす害虫共を殺したい欲求だったのだ。だから今、満たされている。
「少年、証拠隠滅の方法も調べてくれるよなァ?」
「ああ、もちろんだ。僕もこの腐った世の中が許せない」 俺は幼い頃からある衝動が抑えきれなかった。
今いるのは山奥の小屋、俺の身体は返り血に染まっている。
ぐちゅぐちゅと血肉が滴り落ちていく。高揚感と共に、俺の心のナニカが満たされていく。
「あァ、やっぱり殺しは最高だ」
内臓を丁寧に取った後は、羽根をむしって首を落とす。
中に香辛料を詰めて鍋に入れると、完了だ。
ぐつぐつと煮えた鍋、ちょうどいい時間で蓋を開けると最高の匂いが鼻腔を擽る。
「鳥はうめぇな……」
初めは虫だった。ぷちぷちと殺すのが快感で止められなかった。次は兎、殺しても食べられるのが良かった。
そして鳥、食欲も満たされるのがいい。そして猪、デカくて殺りがいがある。
だが一行に満たされない。
人を殺してみたい。そう思うのはごく自然なことだったかもしれない。
今までの殺しじゃ、俺のナニカを満たすことはできなかった。だが捕まりたくはない。
幽閉されるのが怖いんじゃない、殺しが出来なくなるのが怖いのだ。
そして俺はある少年と出会った。まだほんの高校生だろう。
こんな樹海にいるなんて、死にたくてたまらないんだろうなァ。
「よお、元気か? つっても、こんな所にいる奴がそんなわけないよな」
「……そうだね」
顔に生気はない。俺は脳みそを振り絞って考えたのだ。ここは自殺の名所、法律で許されているわけじゃないが、待っていれば死にたい奴が向こうからやってくる。
甚振るのは趣味じゃない。ただ純粋に命を奪う瞬間が堪らなく愉しい。
おそらく俺はナニカが壊れている。だがそれは今この世界での話だ。
過去や未来、時代が違えば俺の脳は正常認定されていたかもしれない。もしこの事を誰かに話せば戦場に行けばいいと言われるだろう。
だが俺は殺しがしたいだけで自身が死ぬ状況は嫌だ。自己中心的だとは思うが、人間ってそんなもんだろう?
「なァ、俺の願望を叶えさせてくれないか?」
「……願望?」
華奢な体、学校の制服を着ている所を見ると、虐めか、それとも家庭環境か。
まァ、そんなことはどうでもいい。俺が取りたいのは許可だ。
他人に頼まれて殺人を犯すと嘱託殺人となり、もし逮捕されても罪が大幅に減刑される。
この衝動は抑えられない。だからこそ、最善の策を取りたかった。
そして俺はこの見ず知らずの少年に全てを話した。笑っちまうかもしれないが、心の内を明かした初めての相手となった。
少年は余計な言葉を挟まずに最後まで聞いてくれた。
そしてもちろん、承諾してくれた。が――。
「条件だァ?」
「ああ、その後に、僕を殺してほしい」
クソ面倒臭い。俺は気軽に殺しをしたかった。だが当てが外れた。他の奴を探すか?
だがこいつがもし自殺を取り止めて警察に俺の事を話したら? 俺が逮捕される?
やっぱ殺すか。
「……条件はなんだ?」
だがまあ聞いてからでも遅くはない。返答次第では問答無用で殺せばいいだけだ。
プラン変更、最悪な手だが、仕方がない。
「親を、殺してほしい」
次は少年の番だった。聞けばこいつの親はマジの糞で、聞いている内に俺のナニカが溢れそうだった。
そして最後、俺は今までの考えを全て撤回し、なぜか首を縦に振っていた。
数日後、俺はある家を訪れていた。予め預かっていた鍵で中に入ると、睡眠薬で眠っている夫婦がいた。
俺はそいつらを――。
その後のことは覚えていない。愉しくて愉しくて、つい忘れちまった。
程なくして二階から少年が降りて来る。任務完了と伝えると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
そして俺は少年の首にナイフを向けた。こいつを殺して全てが完了。
その後の事は考えてなかった。今までリスクばかり考えていたのに、おそらくだが殺すに値する人間の話を聞いて限界を超えてしまったんだろう。単純に言えば、欲望に負けたって奴だ。
タバコが吸いたくても我慢できない奴がいる。そんな感じゃねえか?
「……ねえ、もっと一緒に殺さない?他」
「あァ?」
すると少年は、突然に紙を見せつけてきた。そこには名前とそいつが行った犯罪が書かれている。
「何だこれは?」
「……僕の特技はパソコンだ。そしてこいつらは、政治的な理由や上位国民というだけで、裁かれずにいる犯罪者たちだ」
聞けば全員がゴミ以下だった。また俺のナニカが溢れ出る。
そして気づいた。俺の衝動は殺意だと思ったが違う。
人に仇をなす害虫共を殺したい欲求だったのだ。だから今、満たされている。
「少年、証拠隠滅の方法も調べてくれるよなァ?」
「ああ、もちろんだ。僕もこの腐った世の中が許せない」 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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>>407
>今回の特別ルールによって投稿後の修正は認めない!
只今、八作品!(`・ω・´)ルールに則って修正は認めない! 少年が背後に現れる前から少女は気がついていた。ここは森で一番の古い大樹の太い枝の上である。
大人もケモノも簡単には登れない高さで、地上を狙えるなら子供でも安全に狩りが出来る場所だ。
まるで矛盾する難度を持つ、一振りの枝に、稀有なふたりが居た。
枝の端に座ったまま少女が振り向く。少年がにこやかに迎える。
誰もが警戒を解きたくなる、ほがらかな笑顔だった。
盲目の少女に向けている事を考えると、これもまた矛盾だろうか。
「こんにちは」
誰かも分からない少年に少女が挨拶を向ける。
耳聾である少年に向けている事を考えると、これもやはり矛盾だろうか。耳の聞こえない少年が目の見えない少女に近づいていく。
少女は少年の接近を聴き、その鼓動の推移から何の警戒も不要であることを識る。
完全に初対面でありながら、説明もなくお互いのことを察した。
少年は少女の隣まで来ると、そのまま枝に腰を降ろし足をぶらつかせて座る。
少女も同じ方角に顔を向け、再び静かに風を味わう。
この森では長年ふたつの大きな部族が対立していたが、今日は和睦が結ばれる記念すべき日だった。
互いの族長の子供同士の婚姻が結ばれ、びとつの家族となるのだ。
だが、この決定に納得していないのが2人いた。当事者の2人である。
「キミが私の旦那様なのかな」
少年からの返事はない。耳のきこえない彼には言葉を発するという選択肢がない。
ただ少女に綺麗な目を向ける。
「あの広場ではなくここに居るってことは、キミも不服なんだよね」
大人同士の取り決めで手を取り合う事を望まれたふたり。
「よかった」
少女の柔らかな言葉に、周囲の音が止まる。
「私の旦那様が、家族ごっこより決着を望んでくれて」
無関係な虫たちですら身動きを封じられる殺気が、少女を中心に球状に広がる。
視力を代償に、その人生は聴力を鍛え上げた。
他者の命を決定できる程に微細な音も逃さない。
その少女の耳に、少年の鼓動は平時を刻む。
言葉を代償に、少年が鍛え上げたものは直感だった。
――少し先の未来を観るが如く。
向けられた殺気は本物だった。
少女の優しさに少年は面白くなる。
「どうして笑ってるの!」
少女が立ち上がる。
すると、足元が崩れた。
「あ」
普段ならありえないミスに、少女がバランスを崩す。
宙を掻く手。
隣に座っていたから少年の伸ばした手が届いた。
少年はただ、よく判らない人との結婚に納得がいっていないだけだった。
だから大気に残る人の気配を目で追ってここまで来た。
しかしここから先は、その目をもってしても予測できなかった。
少年の手と少女の手が触れ合ったとき、少女は色を視て、少年は世界を聴いた。
手は固く結ばれていた。
見た目よりも力強く、ぶら下がる少女を少年が引き上げる。
枝の上に戻ってなお、ふたりの手は結ばれていた。
顔を見合す。
ふたりの目が合っている。
少女が呟く。
「嘘でしょ……」
初めて見た人間の姿だった。
「ぅ……ぁ……」
少年もまた世界に呼応し、初めて発声を試みる。
大人達の判断は概ね正しかった。
この子達の世代まで争いが続いたとき、恐らく生き残るのはこの2人だけだったろう。
争いの歴史が互いの部族に魔物を宿したと判断し、このたびの和睦となったのだ。
想定外だったのは、この二人が本当に心から愛し合う可能性。
切欠はささいなこと。
互いの不足を補えるかもしれない、そんな希望。
少年と少女は共に生きる可能性に、初めて予感を覚えるのだった。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、九作品!(`・ω・´) 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十作品!(`●・ω・) >今回の特別ルールによって投稿後の修正は認めない!
これは気付かなかった。 「手ぶらで帰って来ただァ!?」
ゴッと衝撃が頭蓋骨にひびいて、ジャックの小さな頭と身体は吹っ飛んだ。
「今日もメシ抜きだ、役立たずが!! どこへでも行っちまえッ!!」
彼の父親が唾を飛ばして拳をふりかざす。ジャックの頭は恐怖でいっぱいになってしまって、小さな体をさらに小さくした。これ以上殴られたら頭が砕けてしまうんじゃないだろうか。
ジャックの仕事は物乞いだった。仕事をしない父親のために、お金を稼いで来ないといけないのだ。けれども物乞いは法律で禁じられていて、うっかり憲兵に捕まったら耳を切り落とされてしまう。
「お腹がすいた……」
父親が寝入ってしまった後、ジャックはお腹を押さえて呟いた。
食卓の上にあるクズはパンクズだろうか。そろりと舌ですくいとるとただのホコリで、ペッと吐き出した。
空腹に耐えられず、ふらふらと夜の街へ歩み出る。やがて朝日が顔を出して、焼きたてのパンの香りがどこからともなく漂ってくる。むかし母が病死する前に柔らかい白パンを食べたことはあるけれど、どんな味だったかはろくに思い出せない。
道を進むと、朝モヤに包まれた街の趣きが変化していく。堂々としたお屋敷が並んでおり、貧相な物乞いの姿は場違いだったけれど、そんなことは重要ではなかった。唾液が込み上げてくる。濃厚なパンの香りが迫っている。チキンの香りも混ざっている。足先が一軒の屋敷へ吸い寄せられ、ジャックは柵の間をすり抜けて庭へ踏み入った。
「うわっ!」
そのとき正面から勢いあるものにぶつかって弾かれ、尻もちをついた。向かいに立つのは同年代の、10歳前後の少年である。
「痛ってぇ……なんだテメェ、ひとんちでっ」
「ああぁっ、すみませんっ」
小声で怒る少年に合わせて小声で謝る。恐怖で顔を青くしたけれど、ジャックはすぐに相手に見惚れた。口調こそ乱暴なものの、身なりがよく、気品を纏っている。彼は貴族なのだ。
ああ、自分もこんな暮らしができたらなぁ……。輝かしい世界が脳内に描かれる。一方、少年もまじまじとジャックを見つめていた。
「オイ、立ってみろ」
「え」
呆けている間に引っぱり起こされる。目線がぴったり合って、同じ身長なのだと気付いた。そして向かい合った顔は驚くほど似ている。瓜二つだ。
沈黙の中、ジャックの腹が空腹を訴えて鳴る。みすぼらしくて恥ずかしくなったが、抑えようもない。一部始終を観察した少年は、そこで悪だくみするように口角を上げた。
「ふうん。腹が減ってるんだな」
「は……はい」
「それで庭に忍び込んだっつーわけか」
ビクリと震えると、少年はますます笑みを深める。
「俺の名はリード・アーバス。ところで――」
「リード様ー!! どちらにおいでですか!」
「――やべっ!」
若い女性の声が響く中、木陰へと引きずり込まれる。
「……家庭教師のエルザだ。見つかったら俺はともかく、おまえはタダじゃすまねえ」
不法侵入の身であることを思い出し、血の気が引く。不安で横を見れば、青い瞳と目が合った。瞳の色までそっくりだったけれど、彼の目は生命力で輝いている。そこで庇われたのだと気付き、さらに自己紹介されたことを思い出した。
「ぁっ……ジャック。ぼくの名前はジャックです。かばってくれて、ありがとうございます」
「よし、ジャック。ところでおまえ、何か願い事はないか?」
「え」と驚くジャック。片やリードは深刻げだった。
「一ヶ月でいい……どうか俺のふりをしてほしい。そしたらおまえの願いを何でも一つ叶えてやる。俺のできる範囲で、だけど」
「それは……どうして」
「リード様ー! 朝食ができておりますよー!」
再び女性の声が響き、二人は身を寄せた。
「俺のフィアンセが病気で療養地に行ったきり、音沙汰がないんだ。大人たちは何か隠してる。見舞いに行きたいけど、俺が消えたら騒ぎになる」
ジャックは狼狽えた。フィアンセ。その見舞いに行く。まるで夢物語のような話である。しかしそのお役に自分が立てるという。どうか二人に再会してほしい。
自分に務まるだろうかという思考がよぎったが、口にはしなかった。そっくりな彼の前で、情けないことを言いたくない。初めて抱いたこの感情は、プライドだった。
「……ぼくの願いは、毎日パンを食べることです」
夢見心地でパンのことは忘れていたけれど、思いつく願いを伝える。
「よし。じゃあ俺が帰ってきたら、うちのコック見習いにしてやる。どうだ?」
「い、いいんですか!」
「神に誓って」
リードが力強く頷き、それから二人はこっそり衣服を交換したのだった。 0440です。
ワイスレ杯参加のタイトルをつけ忘れてしまったので、こちらで付けさせて頂きます。
よろしくお願いいたします。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十一作品!(`・ω・´) 雨天に剣を振るい、女騎士は襲撃者に声をあげた。
「貴殿は『勇者』ですね。なぜ私に剣を向けるのです!」
巡回中に相手が襲い掛かってきたのだ。騎士の仲間をあれよという間に倒してしまった初対面の相手は、頭上に赤い光の輪を持っている。これは数か月前に大量に出現した『勇者』の特徴だ。百人を越える勇者たちは、異世界から来たと主張している。活動方針や目的は一人一人異なるらしい。
「剣士が語るは刃にて。そうだろう、そうだろう? そうあるべきでは?」
「ふざけたことを!」
雨音を引き立て役にするように、剣戟音が連なる。
(酒の香りがする……この勇者、酔っている?)
衝突の反動を活かすように後ろに跳べば、相手も同時に飛んでいた。こちらが跳躍ならあちらは飛翔だ。高さも距離もスピードも、レベルが違う。舞った水滴が地に還るより疾く、勇者は移動している。酔っ払いの動きではない。女騎士はゾッとした。
「はは、はははっ! 愉しいね、クッコロちゃん!」
「私はクッコロという名前ではありません」
「僕が名付けたから君は今日からクッコロさ。別の名前で呼ばれたい? 名前教えて? らいんやってる?」
意味不明。良い迷惑です。後半は何? 剣で語るのではなかったの? ――女騎士はつっこみを胸に押しとどめた。
――悔しい、という感情がこみあげる。
勇者は余裕だ。女騎士より遥かに格上で、この戦いは勝利を前提として弱者を弄び、遊んでいるだけだ――そう感じさせるのだ。
ぎり、と奥歯を噛む。女騎士は、幼き頃から敬愛する女王陛下の騎士とならんと、血のにじむような鍛錬をしてきたのだ。女ごときが、と軽侮する男どもに反骨精神を抱き努力して――騎士の試験に合格して見返してやれたと思った、その矢先の『今』なのだ。
……悔しい!!
「くそがっ!」
「口が悪いクッコロちゃん! いいね」
踏み込むのは同時で、間合いが詰まるのは一瞬だった。剣舞でもするがごとく、幾度も練習した流れを踏むかのように、死合いは金属音を雨音に共演させ続けた。鍛えに鍛え抜かれた剣技は冴え冴えとして間違いなく女騎士はその戦闘能力の全てを発揮していた。……なのに、かなわない。
「いやだ。私は、負けないんだ……」
――やだ、やだ。いやだ! 斬撃を掻い潜る女騎士の肩口から大きく血が噴く。――殺したい。この目の前の勇者を、負かしたい。
「やあああぁぁっ!!」
勇者の胸元に横一線の朱が咲く。女騎士が無我夢中で斬りつけた剣先が、届いたのだ。やった。こいつに傷をつけてやった! ――悦ぶ女騎士だったが、勇者は静かに微笑んだ。大人が小さな子供を優しく褒めるように、労うように、見下した。
「いいね」
刃紋が煌めく。
「かわいいよ。いじめたくなる」
勇者が剣を振る。光っている。赤い輪が、剣が、妖しく得体の知れない輝きを魅せている。――これは、なんだ。
女騎士が反応できない速度で繰り出された一撃は、鮮やかだった。
「――……っ」
剣線の閃きが暗雲を裂き、光柱めいて月まで届く。
人間ではない。人間ではこんな光を放つ剣技、どれほど研鑽を積んでも習得できない――女騎士は恐怖に震えた。自分と勇者は全く別の次元の生き物で、自分はただ成すすべもなく殺されるのだ。そう理解した。
からん、と硬質な刃が落ちて大地に転がる虚しい音を背景に、玩具に興味を失ったような勇者の声が降ってくる。
「まあまあ、楽しかった。ばいばい」
女騎士の手から落ちた剣を拾い上げて、大地にその剣を突き立て、ひらりと手を振り去っていく。後には呼吸するだけで精一杯の女騎士だけが残された。
「はぁっ、はぁっ、は……」
吐く息が熱い。
震える指先で土を掻く女騎士は、己の指にはめられた指輪を見た。それは、母の形見だ。
――指輪が雨と血に濡れて、泣いているみたい。
『がんばっていて、えらいわね。お母様、応援するわ』
――お母様。お母様。
「ま……負け、ない」
女騎士は、熱を吐くように空気を震わせた。声は弱々しくて、全身はぼろぼろで、双眸からは透明な涙を流して。けれど、その心には消えずに残った炎があった。
「負けない。負けない。……次は、……勝つ……!!」
この日、麗しき女騎士はその心に誓った。
「あの勇者は、――私が倒す!」 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十二作品!(`・ω・´) 『第六十二回ワイスレ杯参加作品』
後方で轟く輸送機のプロペラ音に混じって、カツカツと心地よく鳴る軍靴の足音が鳴り響く。
ここはイグナイター共和国東部、オルフェーヴル基地。その飛行場だ。
空は蒼く、一面群青色の秋晴れ。吹く風は少し肌寒く、もうすぐ冬が訪れることを静かに告げていた。
付き添いの下士官に手荷物を預けて、深緑色の軍服を着た少女――レイアは、歩いた先にいる数名の少年少女達を見据える。
彼らの服装は揃って深緑色の軍服で、それは彼らがレイアと同じイグナイター共和国軍に所属していることを表している。恐らく、今日から私が指揮を担当することになった小隊の人員だろう。
まだ十七歳だというのに、彼らの送る敬礼はそこらの一兵卒よりも綺麗で、そして様になっていた。彼らから三メートル程の距離をとって、レイアは立ち止まる。……これからは、私が彼らの命を預かる立場になる。その事を今更になってようやく実感して、少し息が詰まるのを感じた。
カッと軍靴を鳴らして返礼をしながら、レイアは口を開く。
「はじめまして。本日より貴方達の指揮官を勤めることになったレイア・ヴェステンフルスです。どうぞよろしくお願いします」
隊長と思わしき中尉の少年が一歩歩み出て、彼は言葉を返す。レイアと同じ黒髪に、真紅の双眸。けれども、見つめ返してくる彼の瞳は、どこか昏い炎を灯しているように見えた。
「第一○八特務独立小隊隊長、シン・フリーフォーゲルです。……これから、よろしくお願いします」
「…………? ……はい、よろしくお願いしますね」
何か含みのあるシンの声音に、レイアは微かな違和感を覚えながらも言葉を返す。
それが、彼――シンとの、今後の生活の暗示だということは、当時のレイアには全く思い至らなかった。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十三作品!(`・ω・´) 「私メリーさん、今からあなたのお家に行くの」
会社の飲み会の帰り、ひとり夜道を歩いていたらおかしな少女に絡まれた。
「いきなり目の前に出てくるとは、随分と端折りましたね」
「私メリーさん、今からあなたのお家に行くの」
俺のツッコミにも動じることなく、彼女は繰り返す。ゴスロリ姿に、肩から下げた大きな布バッグ。中身はコスプレの着替えか、それとも家出道具一式かな。
ふむ。顔は可愛いし俺も一人暮らしで彼女もいないから、お持ち帰りは全然OKなのだが。
しかしこのご時世、何があるか分からないし、何もなくても未成年を泊めただけで犯罪になってしまう。
なにやら事情が有りそうな無さそうな、微妙な雰囲気。面倒事に巻き込まれるのは嫌だがただ逃げるのも勿体ないと思った俺は、そのままの本音を彼女に告げた。
「なので、まずは年齢確認できるものを見せて下さい」
「あ、はい」
意外なほど素直に、彼女はバッグの中から運転免許証を取り出した。免許持ってんのか。
名前は『羊蹄山芽璃』、2002年生まれ。年齢はクリア、名前はまさかの本名だった。
住所は都内でまだ終電には間に合うはずだが、帰りたくないのか帰れない理由があるのかあるいは他に目的があるのか、まあここで詮索しても仕方がない。
「えーと、じゃあ行きましょうか」
「はい」
部屋に着くと、とりあえず飲物を出し、向かい合って床に座った。
「あの……、お名前を聞かせていただいても?」
「ああ失礼しました。牛飼星彦といいます」
「まあ素敵なお名前!」
「メリーさんこそ、可愛らしいお名前ですよ」
恥ずかし気に俯く彼女。良い雰囲気なのはいいが、名前を知らないのは、当初から俺が目当てという訳ではなかったということか。ちょっと残念。
「で、なぜ俺に声をかけたんですか?」
「えっとその……。あ、あなたが運命の人だからです」
「運命って、んな大袈裟な」
「いいえ、大袈裟なんかじゃありません。私にはわかるんです」
「どうして?」
「えーと。あっ、通ったのが127人目だったからです!」
『あっ』って、テキトーすぎだろ。でもあえて乗ってみる。
「ほう、127人目にどんな意味が」
じっと見つめると、彼女は真っ赤になって顔を伏せた。
「ごめんなさい、本当は一人目にしようと思ったんです。でも勇気が出なくて。5人目にしようとしたらなんか汚いオジサンで、次の10人目はいかにも主婦の方でお説教されそうで怖くて、20人目は高校生で50人目はまたオジサンで100人目もオジサンで……。127人目に通りかかったあなたが、とても優しそうに見えたから」
ふむふむ、誰でもいいという訳じゃないのは好感が持てるな。思ったより真面目そうだし、初見はヤバめな感じだったけど、あれは無理してキャラを作っていたのかな。
「でも本当に優しい人で良かった。私、この出会いに感謝します」
明るい場所で見ると、可愛さが際立つ。キラキラと輝く潤んだ瞳を見つめるうちに、俺も彼女との出会いに感謝したくなってきた。
「でも、どうしてあんな所で? 他にお知り合いとかいないのですか?」
女の子に向かって『友達いないの?』と聞くのもどうかと思ったので微妙に言葉を変えてみたが、大して変わらなかった。
「あ、知り合いは沢山います。皆さん素晴らしい人達ばかりで、成功者も大勢いらっしゃいます」
「こんな見知らぬ男よりも、その人達にお願いした方が良かったんじゃ?」
すると彼女は俯いて首を振る。
「あの方たちに頼ったのでは意味がないのです。夢を叶えるには、自分の力で切り開かなくては。でもやっぱり、私一人では何もできない」
膝の上でギュッと拳を握りしめる。
「メリーさんの夢って?」
「幸せになりたい……。寂しいのはもう嫌、一緒に幸せを分かち合ってくれる、そういう人を探していたんです。でも私、人と話すのが苦手で。お話を聞いてくれる人もいなくて」
俺は、彼女の拳にそっと手を重ねた。
「大丈夫、俺が聞いてあげるよ」
「星彦さん」
肩を抱き寄せると、彼女は抵抗せず体を預けてきた。
「本当?」
「本当さ。君の話をもっと聞きたいな」
「嬉しい! えっと、じゃあ」
彼女は急に体を離すと、布バッグの中から洗剤やら鍋やらを取り出して、床に並べ始めた。
「健康に興味はおありですか?」
「お帰り下さい」 十九世紀、芸術の都パリでは画家に憧れる学生達に溢れていた。青年テオはフランスで最も有名な美術学校、エコール・デ・ボザールの学生であった。
そんなテオにはある秘密がある。
テオは祖父から譲り受けたアトリエにて絵を描いていた。森の中でブランコに跨る、花の冠を被る少女の絵である。
「テオ、お前の絵には華がある! これはまた高く売れるぞ!」
画商であるテオの父が、興奮気味にそう口にした。だが、テオは首を振り、少女の顔に線を引いて塗り潰す。
「駄目だ。これじゃただのフラゴナールの焼き直しだよ、父さん」
「しかし、この自然との調和は、お前が工夫を凝らした……」
「僕としての表現が観たものの感性に響かなければ、ただの模倣画家だ。パトロン達が賛美したとしても、僕は僕を許せない」
商売上手な画商の父のお陰もあり、テオは十七歳にして、既に画家として多くの実績を持っていた。
ただ、画商の父の助言が災いしてか、テオの描く絵は、高名な絵画の焼き直しのようなものばかりであった。
テオ自身の感性はそこに介入していない。大衆は喜ぶが、教養ある者が見れば、すぐに参考にした絵画が透けてしまう。
後ろめたさから「クェルクン(名のない誰か)」という偽名を用いて画家の活動しており、自身の実績を伏せてエコール・デ・ボザールに通っていた。
美術学校で一から芸術に対して向き合いたかったのだ。
ある日、テオが校舎内の公開アトリエを歩いていると、絵を描いている女学生を見かけた。
彼女の絵画へと目を向け、テオは息を呑んだ。荘厳な塔を中心に、醜悪な笑みの天使達が飛び交う。その背景では、地獄のような赤黒い空が、無窮の彼方へと続く。
強い激情が込められた絵画だ。真っ赤な空には、吸い込まれるような迫力がある。
「凄い絵だ、これは僕が目指していた一つの形だ!」
テオは思わず声を掛けた。少女は彼を振り返り、冷たい眼差しを向ける。
「……テオ=ドガ・ジェローム」
「僕のことを知っていたのか。光栄だな!」
「有名だもの。優等生が、何の冷やかしかしら?」
「とんでもない。君の絵に惹かれたんだ! たった今、君は、僕の尊敬する画家の一人になった!」
「い、今、忙しいのよ。邪魔しないで」
「とんだ失礼をしたよ。君の名前を教えてもらえないか? 日を改めて、君と芸術について語らいたい!」
少女はやや迷いを見せた後、自身の名前を口にした。
「……オデットよ。オデット=モロー・グールズ。貴方の絵……嫌いじゃないから、暇なときなら相手してあげてもいいわ」
オデットの言葉にテオは表情を輝かせた。
●
「ああ、驚いたわ」
学生寮の自室のベッドに腰を掛けて、オデットはそう零す。
テオはエコール・デ・ボザールの有名人だ。教師陣からも若い才能への厚い期待と、嫉妬の眼差しを向けられている。
オデットはかつてテオのことを持て囃されて気にくわない、いけ好かない男だと考えていたが、彼の絵画を見て認識を改めた。
広い教養と深い感性を兼ね揃え、それでいて慢心することなく常に技術を磨き、新しい道を模索している。絵を一目しただけで力量の差を痛感させられた。
「あんな素敵な人に、フフ、褒めてもらえるなんて。いつお話できるのかしら」
オデットは定石外れの技法や表現を好む。教師陣からは大味な絵だ、もっと基礎に忠実にあるべきだと再三言われ、劣等生扱いされていた。
含羞から素直になれなかったものの、テオの言葉は本当に嬉しかった。
芸術家とは常に挑戦的であるべきだ。型に嵌めて及第点の凡夫を量産するだけの教師共の指導に、オデットはうんざりしていた。それに甘んじる生徒達も軽蔑の対象だ。
だが、テオだけは、オデットと同じ方向を向いている。彼女にはそういった確信があった。
「それにしても……」
オデットは机の上の美術誌へと手を伸ばし、ページを開く。どのページにもクェルクンの名が入っていた。美術評論家達が最近熱を上げている、謎の天才画家である。
オデットは舌打ちを鳴らし、雑誌を引き裂く。彼女はこのクェルクンを何よりも憎悪していた。
過去の高名な画家の絵を咎められない範疇で模倣し、どうでもいい部分で独自色を出して誤魔化し、無教養な猿共相手に賞賛を得る。
オデットが何よりも嫌悪する類の人種である。彼女は筆ペンを逆手に持って雑誌に突き立て、唾を吐きかけた。
「芸術を穢す、金銭と名誉欲の豚クェルクン……いつか私が有名になったら、この下品な犬の糞を美術界から抹殺してやるわ!」
――これはテオとオデット、画家としての高みを目指す二人の学生の、少し歪んだラブロマンス。 「貴方が、ジョージ=カイレルね」
「いらっしゃいませ、よくご存知ですね」
女はカウンターに腰掛ける。
髪型は片方を刈り上げたロング。
ピアスを至る所につけ、革ジャケットにタイトなパンツのパンクファッション姿。
今や世界中で熱狂的な人気を誇る競技「ヴァーダント」
彼女はそのトッププレイヤーでありストリーマー、ヴィクシーだ。
競技をしていない者でも、彼女の名前や活躍をニュースで見たことがない者はいないだろう。
広告に彼女を起用するブランドも現れ、街中でも彼女の姿を目の当たりにする。
地位も名声も全てを欲しいがままにした彼女が、一体何を求めているのだろうか。
「ご注文は?」
「ロンリコ・ヒュマニクス、貴方の噂は聞いてるわ」
「私が、一番求めてるものを見せてくれるんでしょ?」
「畏まりました、それではこちらへ」
ロンリコヒュマニクスとは、元々兵士が戦争で患ったPTSDを和らげるために作った酒を少し改良した物だ。
飲んだ者は幻覚を見る。
そして彼女の言葉通り、その者が一番望んでいる物を見せてくれる。
その場で倒れられては困るため、ネオンライトで包まれたソファーのある一室へと案内する。
そしてテーブルに例の酒を置き、ジョージは一礼をして部屋を後にした。
「私の心に残ったわだかまり、何を手にしても消えなかった」
「お願い、答えを教えて頂戴」
彼女は縋る思いで飲み干した。
思わず目を瞑る程の強いアルコールの香りが鼻と喉を駆け抜ける。
全て飲み干し、目を開けると懐かしい光景に包まれた。
「これは……」
かつて、脳内メモリから消去した筈の記憶が蘇る。
親元で過ごしていた頃の光景だ。
一般的な家庭で生まれ育ちはしたが、その愛情は全て成績優秀な長男のマイクに注がれ、彼女に向けられることは無かった。
舞台は瞬時に入れ替わり、両親の葬式の光景に変わる。
死因は運転中の両親の前方不注意による事故だった。
そして二人は別々の所へ引き取られる、これ以降マイクの顔は見ていない。
映画のワンカットのようにまたも光景が変わる。
養子として引き取った者の、玄関のベルを鳴らす場面だ。
現れたのはミランダという還暦手前の黒人の女性。
酷い扱いを受けると思っていたが、ミランダは彼女を娘のように可愛がった。
しかし、初めて自身に向けられた愛情に彼女は恐れ、拒絶した。
優秀な長男だけ寵愛される光景を見続けてきた彼女にとって、無償の愛程信じられる物は無かったのだ。
ミランダの努力虚しく、全てを拒絶した彼女はミランダお手製のマラサダを、汚く罵る言葉と共に投げ捨てる。
ショックを受けたミランダの表情に耐えられなかったのか、勢いのままに彼女は家を飛び出した。
優秀でなければ意味がない、この世界を生き抜くには力こそが全て。
その考えに固執した彼女は、ミランダの愛情の数々を自ら強制的に消去した。
これを最後に、景色は元の部屋へと戻る。
「ミランダ……ごめんなさい……私がバカだった……」
唯一義体化を施していない顔から、大粒の涙が溢れた。
そしてすべき事が決まった彼女は涙を拭き、部屋を出てカウンターへ向かう。
その顔を見て全てを察したのか、マスターは義体化した顔を向け口を開いた。
「私にもかつて家族がいました」
「しかし第三次世界大戦で負傷し、ダルマのようになった私を見て怖がり、妻は娘を連れて出ていったのです」
「義体化により辛うじて助かりましたが、妻は既に他の男と結婚していました」
少し間を開け、マスターは続ける。
「私は、自身が最も愛した者に拒絶される悲しみを知っています」
「大丈夫、貴方はまだ間に合います」
「……ありがとう、マスター」
「これ、お代ね」
「それと私の名刺、何かあったら連絡して」
そう言い残し、名刺を渡すと彼女は店を出ていった。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十六作品!(`・ω・´) 本屋さんの書架に手を伸ばしたとき、誰かの手と触れ合った。咄嗟に離れて相手の顔を見ると、同級生の桜木さんだった。特に話したことはなかったけど、いつも教室で本を読んでいる子だ。
「えっと、澤井君も、この本を……?」
「う、うん、本って言っても、漫画なんだけどさ」
愛想笑いを浮かべる僕に合わせるよう、桜木さんも苦笑いだ。
「でも意外だね。桜木さんは漫画なんて読まないと思ってたのに」
言うと、恥ずしそうに頬を染めながら、「友達に勧められて……」と呟いた。
「活字だけじゃ絶対に出会えない世界がある……そう、聞いたから」
「奇遇だね。僕も友達から勧められたんだ。僕はワンピースとか、ああいう人気なのを買うだけだったんだけど、週刊派の奴に「こんなの今まで見たことない」って言われてさ」
二人して他人のお勧めを探していたとは。奇妙な偶然に僕はこの時、静かで近寄りがたかった桜木さんと、友達になれる気がした。
「ねぇ、どうせだから一緒に読まない?」
ちょっと強引だったろうか。けど、桜木さんは焦ったようなそぶりを見せて顔をまた赤くしたけど、コクリと頷いてくれた。
「私、漫画とか読んだことないから……どこがおもしろいのかとか、教えてくれると助かるかな……なんてっ」
恥じらいながらもそう口にする桜木さんに、僕は胸を張って「漫画なら任せてよ!」と大見得を切った。
「自慢できないけど、漫画なら沢山読んできたから! どんなジャンルでも説明できるよ! ああでも! そんな堅苦しくとらえないでね!? 単純に漫画の楽しさを知ってもらえたらなって……」
僕も恥ずかしくなってきてしまった。漫画一つに、何を熱くなっているのだろう。
「と、とにかく買おうよ! 記念すべき桜木さんの漫画デビューだったら、この単行本は僕が奢るからさ!」
「そんな、悪いよ。私だって読むんだから……」
「じゃあ、今度桜木さんがいつも読んでるみたいな活字の本のお勧めを教えてよ! それでお相子ってことでさ」
いくらか迷うそぶりを見せたけど、「だったらとっておきをお勧めするね」と微笑んでくれた。いつも知的でクールな印象の桜木さんが笑って、不覚にも胸がざわめく。
週刊派の奴に感謝しないといけない。こんな事でもなければ、桜木さんの笑顔なんて見られなかっただろうから。
「じゃ、じゃあ買ってくるね! 少し読んで予習もしたいしさ!」
「う、うん! 私は、そこの公園で待ってるから……」
トテトテと小走りで走っていった桜木さんをしり目に、僕は書架へ再び手を伸ばす。
背表紙に書かれているタイトルは――
「ボボボーボ・ボーボボかぁ」
★
「澤井君、何してるんだろ…」
私は公園のベンチで一人、本屋さんの前で単行本を開き、固まってしまっている澤井君を眺めていた。
タイトルはたしか、ボボボーボ・ボーボボ。今まで自分で言うのもなんだけど古くて重たい本ばかり読んできた私には、とても斬新なタイトルに思えた。
いったいどんな物語なのだろう。そういえば、教えてくれた友達も口頭じゃなくてメールだったな。「面白そうな漫画買っちゃった(笑)」というメールの後、「絶対に活字じゃ味わえない世界があるよ」と二通目のメールが来たのだ。お茶らけたその子にしては顔文字もないメールだったから、よっぽど面白かったのだろう。
「早く読みたいなぁ……誰かと一緒に本を読むなんて、ずっと憧れてたしなぁ……」
私は友達が少ない。本ばかり読んでいて、誰かと話すのは苦手だ。趣味も読書だけだから、せっかくの携帯電話も、漫画を勧めてくれた子と家族くらいしか連絡を取っていない。けど、もし同じ作品を通して、澤井君と仲良くなれたら……。
胸の奥がトクトクと鼓動をはやめる。いつもクラスの真ん中に居て、人気者の澤井君。いつしか抱いていた、恋心と呼ぶには、まだ小さな感情。憧れと呼ぶ方が似合う初心な心。
それでも、もしかしたら同じものを一緒に見る事で、陰気な私とも仲良くなってくれるかもしれない。憧れの人と、友達になれるかもしれない。
「まだかなぁ……」
楽しみだなぁ、という言葉は胸にしまっておいた。なぜか顔を引きつらせた澤井君が、単行本を隠すように来てくれたからだ。
少しだけ勇気を出そう。最初の方を読んでいた澤井君へ、私の方から問いかけよう。
「ねぇ、どんなお話だった?」
私たちの関係は、とても歪な形で始まりを迎えた。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十七作品!(`・ω・´) 義体化は攻殻機動隊での造語だが、一般では使わないな
まあ∀ガンダム以降に黒歴史が一般的に使われだしたように
第三次大戦以降は義体化も慣用語になるかもだが ようは、攻殻機動隊を皆が知ってるわけでもないので
作中で義体化とはどういうものかに少し触れたほうが良さそうだと思った 人生の勝ち組といえば、何を思い浮かべるだろうか。今の不安定な時代では、医師、弁護士の安定した仕事をイメージする人も多いかもしれない。
それに並ぶ資格として、公認会計士の名前をあげることができる。
この試験の素晴らしさは、人生一発逆転できる点にある。学歴も必要なければ、年齢制限もない。試験に受かれば良いだけ。故に、その厳しさは想像を絶するものがある……。
くそっ。無理だ。試験時間、2時間が用意されている2017年度財務諸表論。1時間を残して俺の手は止まっていた。周りのペンを滑らせる音、試験会場の時間を刻む時計の音がやけに大きく聞こえてくる。普段なら気にしないその音も、今は気が立っているせいかやたらとイライラする。
分からない問題を飛ばしてやっていたら、この有様だ。自信を持っているのはおよそ5割。それが全部正解したとしても半分の100点。7割必要な試験で、配点の大きい財務諸表論の結果がこれでは絶望的だ。幸いなことに選択式なので、己の強運を信じればなんとか……なるものか!苛立ちばかりが募っていく。
6択からあてずっぽうで残りの2割を取るなんて無理だ。
終わったのか?俺の、今年の人生一発逆転チケットが、有効期限切れに?この1年の努力が……。
誰でも受けられる試験というのは、門が広いようで案外そうでもない。俺のような才能もない、努力もしてこなかった連中もこういうところに群がるからだ。小説みたいな一見誰でもやれそうなジャンルに近いのかもしれない。誰でも挑めるからこそ、その競争率はとんでもないものになるというのに。
ワナビ……。
いつしか誰かに言われた、そんな単語が俺の脳内に響いた。
さながら、俺は公認会計士ワナビってとこか?
けれど、俺はこのまま素直に諦めるつもりはなかった。ベットにベットを重ね、俺の負債額はとんでもないことになっている。
全てを取り戻すためには……オールインして勝つしかない。
残された手段は、カンニング……ってコト!?
人生の大博打に出ることにした。
俺の席は幸いにも左隅のひっそりした席。試験管からも、他の受験生からの視線も集まり辛い。
席は離れているが、右隣の受験生、その解答用紙がギリギリ見える範囲にある。
コツコツと鳴り響く試験監の足音の満ち引きにあわせて、俺の首が高く、高く昇る。今日一番の集中力が発揮されていることに、なんとも虚しさを覚えた。
見えた。俺の強靭な視力は、確かに隣人の解答用紙を視界にとらえたはずだった。
しかし、人生はやはりそう甘くはない。隣の受験生は言ってみれば俺と同種。規則的に塗られた解答用紙の数字は、彼が試験を放棄している証だった。決定的な証拠として、残りの試験時間を使って、彼は問題用紙の余白にアニメキャラの絵を描いていたのだ。それも小さな箱にぎっしりと詰め込むように、大量のキャラたちを。
俺の試験が終わった。
席が違えば……。そう思う瞬間もあったが、結局は自分の勉強不足を呪った。
不思議と、どこかすっきりした気分だ。それは、隣の彼がとても楽しそうに描き続けているのも理由だった。色男って訳でもないのに、彼の表情は俺にはとても魅力的に見えた。
好きなことをやっているからだろう。
なんとなくお金持ちになりたくて、なんとなくこの試験を受けている俺とは違う。彼には信念のようなものがあるのかもしれない。……もしくはただの馬鹿。
「にーしーさんしー」
彼の回答はこの4つの数字の繰り返しだ。俺は思わず、その数字を口に出した。
「……にじさんじ」
「いまなんて?」
隣の彼の視線が俺に移る。
「にじさんじ?」
「そうだ。にじさんじ!それ、貰っていいかな?今度作ろうとしているグループ名に!」
「好きにしてくれ」
「君さあ。良かったら僕と一緒にやらないか?」
「そこ!」
俺たち二人は、試験会場からの退室を命じられた。
これにて俺の試験は本当に終わった。高くついたチケット代の清算方法を考えるのはもうやめよう。代わりに、面白そうなチケットが舞い込んできたのだから。 >オールインして勝つしかない
ってポーカーなどで全賭けで勝負するときに使うことはあるけど
こういう場合にも今は使う言葉なの? 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、十八作品!(`・ω・´) 敵国の手に落ちた王城。姫の目の前で父王の首が落ち、血濡れた床に転がった。
「嫌ぁぁぁぁ!」
敵兵に組み伏せられた姫の悲鳴がこだまする。信じ難い面持ちで、姫は父王を殺した男を凝視した。
「なぜ……なぜ貴方が!?」
父王の忠実な下僕であり、王太子の腹心でもあった、男の裏切りにより王国は陥落した。元は奴隷だったその男は、身一つで成り上がった英傑だ。密かに姫が恋慕する相手でもあった。
最後の生き残りである姫も、他の王族同様に首を落とそうと敵兵が剣を振り上げる。
「待て! 殺すな。それは俺のものだ」
男が敵兵を制止し、歩み寄って床に蹲る姫の顎を掬う。男は姫の知る穏健な笑みとは程遠い不敵な笑みを浮かべて言った。
「お前は俺に懸想していただろう? 喜べ、俺の女にしてやる」
姫は唖然とし、次いで怒りが込み上げ、吐き捨てた。
「この卑劣な裏切者! 貴様の女になど誰がなるものか!!」
姫の言動に苛立った敵兵が押さえつける力を強める。
「この女、殿下になんて口の利き方を!」
「くっ、殺せ! 早く殺せぇ!!」
捻じ伏せられる姫が男を睨み叫ぶと、男の笑みは消え酷く冷淡な顔を見せる。
「つまらない、実につまらない。そんな慈悲など与えて貰えると思ったのか? お前の父が俺にしたように、お前は俺の玩具だ……くふふ、あはははは。従順に振る舞う俺を盲信し、見事に踊らされるお前達を見るのは、実に滑稽で愉快だったぞ」
「……許さない……許さない。殺してやるっ!」
姫は緩急をつけ拘束をすり抜け、敵兵の剣を掴み男に斬りかかった。しかし、男に躱され簡単に捻り上げられる。
「ふはは。そうだ、それでいい。敵討ちでもしてみろ、お前を力で捻じ伏せることなど容易い。……だが、泣き喚く処女は艶がなくて興が覚めるな」
姫を見下ろす男の口は弧を描き、不気味に笑う。
「俺好みの女にしてやろう」
*
金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる裏世界。その一角を担う花街の最高娼婦館、眠らぬ不夜城へ男は姫を連れて行った。
娼館の女主人が男を恭しく出迎える。多くの美しい娼婦達が男へと秋波を送るが、男は制止して女主人に告げる。
「今日は商品を持ってきた。亡国の姫だ」
女主人が拘束された姫を値踏みするように眺め回す。男は怒りに震える姫を見てほくそ笑む。
「ここで男を喜ばせる術を学べ。興が乗れば抱いてやる」
猿轡や拘束を解かれた姫は、娼婦が集まる大広間へと放り込まれた。姫は男を睨み叫ぶ。
「ふざけるなっ! 下賤な男に媚び諂う娼婦になど……慰み者に身を落としてまで生きたくはない! こんな恥辱は死んだ方がましだ! 殺せ、殺せぇ!!」
大広間が一瞬にして凍る。娼婦達の冷酷な視線に姫は戦慄した。
奥から一人の娼婦が歩み出てくる。それは妖艶な美女だった。美女は姫の頬を両手で包み、慈悲深い微笑みで囁く。
「あぁ、可哀想に……」
姫が見惚れていれば、美女の白い手が姫の――左目を抉った。
「ひ、ぎゃああああ!!」
姫の絶叫が辺りに響く。戦慄く姫が残る右目で仰ぎ見れば、美女は変わらぬ慈悲深い――不気味な微笑みで言った。
「箔が付いたじゃないか」
「あっ、あああ、ああ……」
激痛に喘ぐ姫は血を垂れ流し、意識が遠のいていく。男や娼婦達は苦しむ姫の姿をただ笑いながら眺めている。
「せいぜい足掻いて、俺を楽しませろ」
男の声が遠く聞こえ、姫の意識は途切れた。
*
「……生きてる」
姫が起き上がると、そこは寝台だった。下女であろう女が側にいた。
「目が覚めたのかい? ここで娼婦を侮辱するなんて、命知らずにも程があるよ」
女は溜息混じりに言い聞かせる。
「勘違いするんじゃないよ。お前は姐様に命を救われたんだ。あのままでいたら、娼婦達からなぶり殺しにされてた。あれで姐様が鎮めてくれたから命拾いしたいんだ。感謝するんだね」
女が報告して、暫くして美女がやってくる。助けられたとは言え、目玉を抉った相手に姫は身が竦む。
けれど、美女の柔和な微笑みに姫はまた目を奪われてしまう。美女は姫に言った。
「笑いな。親の仇であろうと、傷付けた相手であろうと、笑って心底惚れていると思わせるんだ」
姫は顎を掬われ、美女の顔が近付き、心臓が跳ねる。
「男に弄ばれ食い物にされるんじゃない、男を手玉に取って食らってやるんだ。ここは欲も金も力も、全てが集う不夜城。欲するなら手は届く距離にある」
口付けられそうなほどに近付いた唇が離れていくのが狂おしい。誰もが欲さずにはいられない。そんな笑みを浮かべ美女は言う。
「だから笑いな。最後に笑った者の勝ちだ」
それが、笑う女――勝つ女との出会いだった。 私は、絵巻物を抱えながら内裏の廊下を歩く。
スッ、スッと裾の擦れる音とは別に、進む先から声が聞こえる。
「内裏はすっかり暗くなり、花が色褪せたかのようだ」
「先の中宮さまと、中宮さまに仕えた女房たちは華やかでしたからなあ。わけても、才女として知られた――『ゴホン!』――あッ」
私は男たちの言葉に被せるよう、わざとらしく咳払いした。振り向いた彼らはバツの悪そうな顔をする。
私は刺すような一瞥をくれてから横を通り過ぎる。
先の中宮と今の中宮――帝の后を比べ評すなど。宮廷雀の何と度し難き事か。いえ、怒りを覚えた理由は、それだけではないけれど。
ギッ、ギィ! と廊下の木板を軋ませ進む。角を二回曲がり、目的地に着く。
「彰子さま、失礼します」
彰子さまは意地でも日には浴びぬとばかりに、部屋の奥の隅に文机を配し。そこで何やら書物を読んでいた。
「あら、香子。眉間にしわが寄っていてよ」
「……宮廷雀どもが下らぬ戯言を申していたものですから」
「成る程? お前が顔に出すほど不快な話ね。――当てましょうか? 彼女の話が出たのでしょう」
「彼女とは? 単に、お仕えする主を誹謗されただけです」
「まあ、私の為に怒ったと? それはありがとう」
全く信じていない声音だった。
「で、雀たちは何と?」
「……陰気だと」
彰子さまは肩で笑う。
「何を今更。陰気なのは事実でしょうに。私も、お前もね」
このひと夏、外にちっとも出ず。部屋に籠っては書物に埋もれる。確かに、主従揃って返す言葉など持ち合わせていなかった。
「理解したわ。先の中宮や、その女房たちは快活だったと、雀は囀ったのね? そして彼女の話に発展した」
私は沈黙を返事とした。
「一度も顔を会わせたことのない人を、そこまで嫌うとはね」
「気に食わないものは、気に食わないのです」
この内裏にいれば、必ず耳にする女人の話がある。誰もが懐かしがって、彼女の想い出を語るのだ。――春の日向のような才女だったと。
その話を聞くにつれ、どうしても心がささくれ立つ。
彰子さまは肩を竦める。
「まあ、私も隣にいて欲しい人とは思わないけれど。それでも書を通して彼女に会うのは、存外悪くなかったわ」
彰子さまは私から絵巻物を受け取ると、代わりに一冊の書を差し出す。
「これは?」
「どうせ、まだ読んでいないのでしょう?」
苦虫を噛み潰したような心地になる。
彰子さまは目を細めた。
「まさか、中宮からの下賜品を拒む女房などいないでしょうね?」
嫌々手に取る。
「早いけれど今日はお下がり」
言外に、余った時間で渡された書を読めと命じられた。
私は一礼して自室に下がる。文机に書を置くと、少し離れた場所に座る。ちら、ちらっと件の書を見てしまう。
ええい、ままよ! と、覚悟を決めて書を開く。
『心がときめくもの。スズメの子を飼う。赤ん坊を遊ばせている所の前を通る。
良い香を焚いて、一人で横になっている時。舶来の鏡が少し曇ったのを覗き込んだ時。
身分の高そうな男が牛車を止めて、供の者に何か尋ねさせているの』
読む。読み進める。……想像していた通り。本当に嫌な人。
明け透けだし。得意顔で知識をひけらかしては、利口ぶって漢字を書いているけど。よく見れば間違えもある。ああ、でも……。
「――なんて瑞々しい感性」
私は堪らなくなって書を閉じる。薄い綿入れをすっぽりと被って不貞寝した。
ふと気付けば、内裏の廊下に立っていた。
――これは夢だ。確信する。だって目の前には、想像した通りの嫌な女の顔がある。夢枕にまで立つとは、何て図々しい。
彼女は日向のような顔で微笑んで『悔しければ、貴女も書いてご覧なさいな』と、そう告げた。
僅かに汗の香りのする綿入れを剥いで、体を起こす。まだ日は落ちてない。さほど時間は経っていないらしい。
私はサッと紙を手に取るや、文机の前に座る。急かされるように、硯で墨をする。
――書いてご覧なさいな? 悔しければ?
私は筆をとる。だけど、きらきらと輝いて、どこまでも明るい。そんなもの、私には書けない。
ならば、ドロドロの人間模様を。恋に欲望。不義密通。権力闘争。裏切り。栄光と没落。終わることなき苦悩。これは、彼女には絶対に書けない。
思い描いたのは、一人の貴公子の物語。その栄光と苦悩の物語。
「……そうだ」
私は口の端を吊り上げる。
いっそ、彼にはその生涯に相応しくない名を与えるのも面白いかもしれない。そう、冗談のような輝かしい名を……。
「決めた。――光源氏よ」 >>460
第六十二回、で途切れてますが、第六十二回ワイスレ杯参加作品です。すみません 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、二十作品!(`・ω・´) 「みなさんこんにちは、またお会いしましたね。今日も私ことボブと一緒に素敵な海の絵を描いていきましょう。ですがその前に、」
「ボブの絵画教室」の再放送が始まってすぐ、2インチブラシでキャンバスを叩き割ると、次元の穴から赤いマスクとタイツの男を引っ張り出した。
「ヘイ! ちょっと待ちなっての! なんで俺ちゃんをゲストに招いた?」
問いかけに対し、ボブは親しげに「やぁデッドプール」と笑いかけ、「今回は「出会い」がお題なんだ」と言った。
「実は前回のお題の時に無理やり僕が登場したら感想欄に「ボブの口調を真似ていてわかる者には楽しめる!」って言って頂けたからね。けど「もう少しオリジナリティを出しても良かったように思う!」とも言われたから」
「なるほど、前回の484か。あれで味を占めたわけか」デッドプールことデップーは納得すると、一つの疑問を浮かべる。
「ならこれを読んでいる読者へ俺ちゃんことデッドプールの紹介はしなくていいのか? なんならアンタも95年に死んでるから知らない人は知らないぞ?」
問いかけにボブは気さくに笑うと、「繰り返すけど、前回のお題でも僕は出たからね」と話した。デップーは頷き、「懐かしいな」と物思いにふける。
「確かに登場は無理やりだった。だが今回のお題でも「知ってる人は知ってる」とかでいいのか? 上位入賞しないぞ?」
「君は仮にもハリウッドスターだろう? それにどこまで踏み込んだら二次創作とオリジナルの境界線を越えてしまうかっていう、物書きなら誰でも感じた事のある疑問に答えたくてね」
なるほど、自己紹介に関しては何も言い返せない。しかしR15指定映画の興行収入の歴史を塗り替えたデップーは「疑問に答える役は全任せかよ」と突っ込みを入れた。
「まぁいいや。このままお題に沿ってゲストとして出てやるが、やりたいことがある。もちろん「ボブの絵画教室」の内容に沿ってな」
「というと?」
ボブは首を傾げると、デップーは「何年か前」と前置きをした。
「まだアベンジャーズが現役の時に俺ちゃん主演の二作目が公開されたわけだが、あの時のディザーPVで「ボブの絵画教室」をパクったらウケたんだ。今度は本人にやってほしい」
うん? とボブは首を傾げた。
「たしかその作品はいい感じにシリーズとしてエンディングを迎えたはずだけど? まさか三作目を作るのかい?」
「ビンゴだブラウンパンサー。マーベルが最近ライバル会社のDCに追い抜かれ気味だからか、引くほど売れた俺ちゃんと死んだはずのウルヴァリンを引っ張り出して三作目を作ってる」
公開日が一年以上延期になったけど。デップーは視聴者に聞こえない声で呟いた。
「そういう事で、今回はお題に沿って「デッドプールと出会ったボブの絵画教室」で三作目の絵を描いてほしい」
んー、とスマホを取り出したボブは「脚本家がストライキを起こしてるけど?」と言ったが、マイクをオフにされた。
「マイクが入ってないから言わせてもらうが、それは五月の記事だ! もう三か月前の話だろ! それに脚本なら完成してる……はずだ」
「確かに、そういう見方をする意見もあるね。コラ画像かもしれないけど、ウルヴァリンと君が一緒に映ってる画像もある」
最近は誰もが新情報をコラ画像だと騒いで飽き飽きだ。デップーはボヤクと、「それで、三作目の絵を描いてくれないか?」と頼み込む。
「マイクオフの内に言っておくが、俺ちゃんを演じる役者もウルヴァリンの役者も結構な歳なんだ。DCが若い役者を起用して絶好調な今、シケたオッサン二人じゃ最新CGをいくら使っても追い抜けない」
君はマスクをつけてるけどね。ボブはマイクをオンにしながら言うと、「さて放送事故もありましたが、今日は急遽ゲストを招いて「デッドプール3」の絵を描いていこうと思います」と、スタッフの運んできたキャンバスに2インチブラシを走らせようとして、
「……そういえば、まだ何のPVも上がっていなくて具体的にどんな姿の君たちがどんな世界でコラボするのか知らないんだ」
それは問題だ。二人は黙考すると、スマホを取り出す。時代遅れな掲示板をスライドしてお題を確認すると頷き合った。
「「出会いをテーマにした作品」「その出会いによって何かが始まる」「相応しい舞台を用意する」この三つは僕らの茶番で達成したね」
「つまり残るは「小説の冒頭のフック、またはツカミ」を達成できているかどうかなわけだが、これは簡単だな」
せーの、と声を合わせた二人は口にする。
「「デッドプール3! 2024年公開予定!」」
小説じゃないって突っ込みはナシだぜ。それだけ言うと、デップーは次元の穴へ帰っていった。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、二十一作品!(`・ω・´) うちの近所には野良猫が多い。あっちもこっちも多頭飼育崩壊をやらかして、窓から猫が溢れている。今日も玄関をでると、野良猫の群が通るのを待ってから、歩道を渡る。右よし、左よし。左右を確認したら右手を上げて安全に歩く。白黒白黒ふみ歩く。上げた右手には塀から飛び降りた猫が留まって、にゃあと鳴く。空は青く抜けていて、とても良い日だ。どこにでもある日常をあたしは享受する。
今日は動物園の日だから悠々と向かう。
ライオンを観にいこう。虎を観にいこう。ピューマをサーバルをユキヒョウを観にいこう。檻に腕を入れるのは怒られるからもうやらない。あたしがキャーキャー騒いでいると園長さんが近づいてきた。
「嬢ちゃん、また来たのかい」
園長さんは優しくて、他の飼育員さんたちが怯えても、恐れず話し掛けてきてくれる。尾まで含めると2メートル近くあるユキヒョウに跨って、あたしを高みから見下ろしている。これが今のあたしと園長さんの心の距離でもあった。
「この動物園もネコ科ばかり集めたのは良いが、これだけ頻繁に訪れるのは嬢ちゃんくらいのもんだ。野良猫が多いからね。わざわざ動物園まで猫を観に来ないんだよね」
園長さんはため息をついた。大丈夫だよガンガン通うから心配しないで! あたしは園長さんを元気づける。園長さんは少し黙ったあと、静かにユキヒョウから降りてきた。心の距離が近づいてきた。
「この動物園を始めるときにね。猫神さまからとあるスイッチを貰ったんだ」
そういうと園長さんはポケットからスイッチを取り出した。
「このスイッチを押すと増えすぎた野良猫を園に吸収できる。ただし、その時に園にいた動物たちは野生に帰る。これを押せば野良猫はいなくなり、ネコが珍しくなるってことだ。つまり園のお客さんが増えるかもしれない」
園長さんの手元には片手に収まる、早押しクイズの赤いボタンみたいなものがある。
これが猫神さまからの贈り物。ボタンは肉球の形をしていた。
「この動物園も赤字続きでね。閉めるかどうかを考える時期には来ている。ボクは迷っているんだ。嬢ちゃんはどう思う?」
あたしはスイッチを押した。園長さんは口を半開きにしてあたしを見た。園長さんの手の上にあるスイッチは前触れもなく押されて凹んでいる。あたしは笑顔で言い放った。
「押してみたらツルツルだと思った」
園長さんが凄い顔でこっちを見ていたけれど、急速に世界の音が遠くなっていく。本当に世界が塗り替わるのかもしれない。もしくは熱中症か何かかもしれない。あたしは意識が途絶える前に何歩か進むと、両腕をあげてユキヒョウの背に倒れ込んだ。
・
目を開けるとお布団にいた。ここはあたしの部屋だ。え、夢? カレンダーを見る。今日は動物園の日だ。ベッドから降りると顔洗って、歯を磨いて、ご飯を食べて、また歯を磨く。朝のルーチンを色々こなして、玄関から飛び出した。
マヌルネコの群が通り過ぎるのを待ってから、歩道を渡る。キョロキョロ見渡すと、近所の家の窓から出ようとしたクロヒョウが上半身だけ外にだして、お腹がつっかかったのかそのままブラブラ脱力していた。苦しくはなさそうだ。さらに見上げると屋根の上から見下ろしてくるジャガーと目があう。鋭い眼光がカッコイイ。日常ってこうだっけ? あたしは動物園へ向う。暫く歩くと、ハーレムを築いているライオンの群がコンビニから出てきたので、わあ、と言った。
動物園には人が沢山いた。みんな猫まみれになっている。園外とは違い、ここは小型の猫が沢山いる。動物園だから当然だ。あれ、夢の中だと、そうでもなかったかも? 夢だからね、しかたないね。あたしが頭と両肩に猫を乗せて歩いていると、向こうから園長さんが歩いてきた。今日も頭の上に猫5段重ねだ。この人はいつも猫の乗物になっている。
「嬢ちゃんか、いえーい!」
「いえーい!」
ハイタッチを交わす。
あたしはこの園長さんと仲が良い。まるでなにかの秘密を共有しているかのような仲の良さだ。
動物園は連日大賑わいであたしも嬉しい。園長さんも嬉しい。お客さんたちも嬉しそうだ。
どこにでもある日常をあたしは今日も、笑顔で享受する。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、二十二作品!(`・ω・´) 文章云々はともかく、”嬢ちゃん”と呼ばれるあたしが
何歳くらいなのかは書いてほしいな
さらにいえば、その”嬢ちゃん”に対し園長が
「赤字続きでね。閉めるかどうかを考える時期には来ている。ボクは迷っているんだ。嬢ちゃんはどう思う?」
なんて訊くだろうか?と思いつつ >>457
一発逆転、ベットって散々出てるから、単にギャンブルを想起させるための表現では 深夜1時45分。ビルの監視カメラのモニターを屋外喫煙所に切り替える。街灯に照らされて、ある女がいた。黒のコートは暗闇に溶け、白い顔と紙タバコが浮いているように見える。不思議な雰囲気を纏った女で、妙に気になった。
一本、二本、三本。ただひたすら煙を吸っている。
時計は進み、2時ちょうどを指した。女の姿はもうない。
「ちょっと見回りに行ってくるよ」
同僚に声を掛け、管理室を出る。リノリウムの床には俺の足音だけが響いた。
ビルの合間からのぞく空には月が見えない。外は随分と冷え込んでいて、薄着で出てきたことを後悔した。
喫煙所に着くと、灰皿の上にタバコの箱が置かれてあった。監視カメラで見ていたから分かる。あの女のものだ。箱を手に取って開けると、ライターとタバコが入っている。
勿体ない。あの女はもう、タバコを止めるつもりなのか?
一本取り出し、咥える。火をつけ、何年振りかに煙を吸い込むと、メンソールの香りが鼻を抜けていった。燻らせながらライターを見ると、「Bar六花」とプリントされていた。あの女が働いているのだろうか?
口寂しくなりタバコをもう一本取り出すと、くるりと小さな紙が巻かれてあった。
後ろめたくもあったが、興味が勝る。これもビル管理人の仕事の一部。無理矢理自分に言い聞かせて、紙を開いた。
『助けて』
さて。参った。こんなことがあるものか。一度瞼を閉じる。
『助けて』
書かれていた文字は変わらない。悪戯だろうか? 本当に危ない状況にあるなら、こんな手の込んだことをせずに警察へ行く筈だ。
『助けて』
勝手に女の声で再生された。もしかすると、警察には頼れない事情があるのかもしれない。後ろ暗い過去なんて、ありふれたものだ。
俺は急いで管理室に戻り、わざとらしく体調不良を訴えて早退した。同僚の気の毒そうな顔に心の中で謝罪しながら。
#
スマホ片手に5、6分歩いただろうか。幾つも連なる看板の中に「Bar六花」を見つけた。平日ということもあり、人通りはほとんどない。
嫌な音を立てて軋むエレベーターに乗り、「6」のボタンを押す。鼓動が大きくなり始めた。この先で、何か事件が起きている可能性がある。手のひらに汗が浮かんでくるのを感じた。
ふぅ。と息を吐きエレベーターを降りると、すぐ目の前にドアがある。今更帰りたくなるが、『助けて』の言葉が俺の背中を押した。
「いらっしゃい」
監視カメラ越しに見ていた女が一人、微笑みながら俺を迎えた。店内に客はいない。取り急ぎ、危険はなさそうだ。
「何を飲みます?」「山崎をロックで」
女はロックグラスの中でクルクルと氷を回した後、丁寧にウィスキーを注いだ。チェイサーと一緒に差し出される。
「お煙草は吸われますか?」「あぁ」
銀色の灰皿が、コトリと音を立ててカウンターに現れた。ロックグラスに口を付けてから、女が置いていったタバコを出す。女はピタリと動きを止めた。
「今日はお客さんが全然来なくて。売上を"助けて"くれてありがとう」
一気に力が抜けた。
「はぁ。一杯食わされたってことか。俺、仕事を早退してきたんだぜ?」
まぁ! と女は笑い、俺にタバコを勧めた。
「やめておくよ。今度はどんな紙が出てくるか分かったもんじゃない」「そんな怖がらなくていいのに」
女はほっそりとした指でタバコを挟み、笑みを浮かべながら火を付けた。
結局俺は閉店までいて、それなりの金を落とした。雑居ビルから出ると、外は酷く寒い。吐く息が白くなる。
「雪?」
頬に冷たいものを感じて見上げると、初雪だ。「六花」から出て、雪に迎えられるとは。何から何まで女の手のひらで転がされていたような気分になる。
「面白い女だ」
まさか五十歳を超えて、一人の女のことで頭の中がいっぱいになるとは……。
俺が「Bar六花」の常連になったのは、言うまでない。 第六十二回ワイスレ杯参加作品
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只今、二十三作品!(`・ω・´) この時期に、六花で「初雪だ」
今書いたものじゃなく、書き溜めておいたものだろうと思ったのは、言うまでもない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています