【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった 「この物語には腐れ外道が2人いる」
優太はポケットに手を突っ込んで言った。
「1人は勿論タオ・パイパイ。もう1人はアンタだ、キンバリーさん」
「……!」
キンバリーは顔を強張らせたが、何も言わなかった。
「そりゃ俺達とアンタは利害関係が一致してる。でも俺達にとってタオ一家は単なる敵、でもアンタにとっては……」
「最長21年を共にした家族よ」
キンバリーは優太に先を言わせなかった。
「それが何か?」 「別に興味はないんだけどさぁ……」
優太は頭を掻きながら、言った。
「話してくんないかなぁ、アンタが自分の家族を殺して欲しい理由を。モヤモヤするから」
「あと、その危険なガキを殺しちゃいけねぇ理由もな」
茨木が言った。
日本語のわからないムーリンは黙々と食事を続けている。
「……」
キンバリーは暫く目を閉じていたが、意を決したように言った。
「いいわ」 キンバリーは思い出す。
あれは自分がタオ家にやって来て8年目の夏のことだった。
敷地内の森で12歳のキンバリーがクローバーで髪飾りを作っていると、背後から誰かが近づいて来た。
「キム」
その声に怯えた顔で振り向いた。
思った通り、バーバラがそこに立っていて、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「なっ……なぁに? お、お姉ちゃん……」
3人の兄達は最初から自分をとても可愛がってくれたが、4つ上の姉となったバーバラだけにはいじめられていた。
そのたびに庇ってくれるお兄ちゃん達は今、父とともに台中のほうへ出掛けていた。
キンバリーが怯えた声で無理矢理親しげに「お姉ちゃん」と呼ぶと、バーバラは残酷な笑いを浮かべた。
「ちょっとおいでなさいよ。見せたいものがあるの」
「今……これを作っているところだから……」
「逆らう気?」
バーバラは牙を剥いた。 母は既に発狂していた。
自分達を眺めているのかいないのか、遠くの窓に姿を見せてケタケタと笑っている母の姿が見えた。
「見せたいものって」
キンバリーは後をついて歩きながら、恐る恐る聞いた。
「……何?」
「面白いものを見つけたの」
バーバラは意味ありげな笑いを浮かべ、言った。
「あなたにとってはもっと面白いと思うわ」 高名な科学者のタオ・パイパイと母が再婚し、幸せだと思っていた。
母はああなってしまったが、優しい兄が3人も出来、皮肉なことには母も以前より優しくなった。
新しい父の本当の職業が殺し屋だなんてことはまだ知らなかった。
母がなぜ発狂したのかも知らず、無邪気にもその理由を知ろうともしなかった。
この日までは。 「ここよ」
そう言ってバーバラは立ち止まり、振り返った。
森の中でも暗く湿った場所だった。
辺り一面苔生して、名前の知らない細いキノコがたくさん地面から顔を出していた。
何もない場所だった。大きな岩がある以外は。
しかしバーバラが岩の下に隠れたボタンを押すと、岩がひとりでに移動した。
岩が退いた後には四角い穴があり、暗い地下へ通じる階段があった。 地下室は騒々しかった。
じめじめとした空間には無数の鉄の檻が設けられ、その中には見たことのない動物達がいた。
飛び出た眼がレンズのようになっている猫、
魚の頭をした猿、
人間の腕のようなものが生えたイタチ。
そしてその部屋の中心に特別大きな檻が2つあり、その中にそれはいた。
「懐かしいでしょう、キム?」
バーバラは優しい笑顔を浮かべて紹介した。
「デヴィッドとアーリン。あなたの実の兄妹よ」 檻の中を恐る恐る覗き込んだキンバリーはその場で膝をつき、動けなくなった。
なぜ忘れていたのだろう。
この家に来た時、自分達は4人いた。
4歳の自分がひとつ年下の弟と手を繋ぎ、母は幼い妹を抱いていた。
蘇った記憶の中の弟と妹の面影は、しかし目の前の2人には微塵もなかった。
2人とも身体中に何か機械のようなものを埋め込まれ、顔の肉は腐って蛆にたかられていた。
「オエーちゃん」
妹のアーリンが鉄格子を掴み、激しく臭い唾液を飛ばした。
「クァせて!」
デヴィッドはずっと鉄格子に拳を打ち付け、無言で破壊しようとしていた。 「なんでそっちばっかり見てるの?」
ララはムーリンと仲良くなろうと隣に座り、色々と話し掛けていた。
「日本語のお話、長いねぇ。退屈だねぇ」
「わかんない」
ムーリンはララの最初の質問に遅れて答えた。
「なんか頭が勝手にあっち向いちゃう」
そう言うなり、ぐりんとララのほうを向き、手を動かしかけた。
その手を黒くなったララの手が止めた。
「ララ」
メイファンは言った。
「気になってんだろ? 取ってやれ」 「……フン。黒色悪夢め」
タオ・パイパイは入力した攻撃コマンドをキャンセルされ、歯軋りした。
「先読みしよったか。さすがにやりおるわ」
そしてまた再びコントローラーを操作し、ムーリンにキンバリーのほうを向かせた。
「しかしキンバリー……そこまで知っておったか。バーバラの奴め、何を考えてあんなものを見せた?」
キンバリーはまだ話し続けていた。
話はなぜ自分が他の兄弟をも憎むようになったかに及んでいた。
「そんなことで……たかがそんなことで家族を裏切り、殺そうというのか、キンバリー」
パイパイはコントローラーを握る手に力を入れた。
「やはりお前は今、殺す! 地獄に落ちろ、この腐れ外道が」 地下室を出た後、ショックで12歳のキンバリーは暫く部屋に閉じ籠った。
誰が弟と妹をあんな所に閉じ込め、あんな姿にしてしまったのか。
なぜ母は発狂したのか。
様々なことを頭の中で考えた。
そしてなぜ自分はあの地下室に2人を置いて来てしまったのか。
キンバリーは内側から掛けていたドアの鍵を開けると、急いで部屋を出た。
母と話がしたかった。
しかし母のいるタオ・パイパイの部屋には厳重なセキュリティによってロックがされ、
たとえ会えたところで母は発狂によってすべてを忘れていた。 2日後、父と3人の兄が帰って来た。
キンバリーは何も食べず、部屋に引きこもっていた。
様子のおかしい義妹を心配した三男のマルコムに執拗にドアをノックされ、キンバリーは鍵を開けた。
その頃のマルコムは太っており、締め付けられるのが嫌だからと尻尾を短パンから外に出していた。
どんくさそうで動物っぽいマルコムはいつも優しくて、キンバリーに癒しをくれる存在だった。
しかしドアの隙間から見えたマルコムの顔にキンバリーは恐怖を覚えた。
彼もあのことを知っていて、自分をずっと騙していたのではないか、
そんな疑心暗鬼がマルコムに打ち明けることをさせなかった。 それでもキンバリーは微笑んだ。
「大丈夫よ、ちょっとお腹の調子が悪いだけなの」
その日から、キンバリーの笑顔はただ自分を守るための仮面となった。 「よくも13年間ワシらを騙しておったな!」
タオ・パイパイは憎しみを抑えられずに必殺技のコマンドを入力した。
「科学に犠牲はつきものじゃ。そんなこともわからんのか!」
「遂に『暴れ牛』を強制発動させるコマンドを発見したのじゃ。今、その部屋におる貴様らが最初の犠牲者となれぃっ!」 「取れたか? ララ」
メイファンが聞いた。
「うん。なんか3つぐらい入ってた」
ララは『白い手』を当て、ムーリンの両目に仕掛けられたカメラと、脳に埋め込まれたコントローラー受信部を除去してしまっていた。
ムーリンはきょとんとした顔で手術を受けていた。 「しまった! コマンドが難しすぎたか!?」
タオ・パイパイは何度も←↙↓↘→↙↘↑+ABのコマンドを入力したが、なぜか『暴れ牛』は発動しない。 「いや……。そもそも操作してもムーリン動いとらんし……」
タオ・パイパイはようやく気づいた。
「こんな時に故障か!」 「まぁ、つまり、地獄にママが嫁いじゃったってことか」
優太はキンバリーの話を聞き終わると、言った。
「許せねぇな。腐れ外道オヤジ」
「しかし俺達には関係ない」
茨木が言った。
「あの厄介な金髪娘を葬ってはいけないというのも、関係ない」
3人がムーリンのほうを見ると、笑顔でララと会話をしていた。
そうしていると本当に普通の女の子だった。
「あの子が悪いんじゃないの」
キンバリーがまた言った。
「悪いのはあの子の中の『暴れ牛』なの」 ムーリンは部屋に隔離されていた。
キレることのないよう、穏やかで優しいアニメのDVDを観せられていた。
『……つまんない』
ムーリンは唇を尖らせて、それでも退屈な画面を眺めていた。
「ロックが聴きたい」
そう思っていると、ヤーヤからLINEのメッセージが入った。 「あ。ヤーヤだ」
ムーリンにはヤーヤともども茨木を殺そうとした記憶などなかった。
自分の中に恐ろしいものがいることは知っているが、あの時はヤクザにヤーヤが連れ去られようとしているショックで自分が気を失ったものと思っていた。
そして茨木が実は人さらいではなく、キンバリーの部下だということを知り、それで納得していた。
── ハイ
── ハイ、ヤーヤ。昨日はお疲れ様。
── ( - _ - )
── ?
──ムーリン
──何?
── これから天燈飛ばしに行かない? 鉄道車に乗って一時間ほど走った駅で降りた。
鉄道車はそのまま商店街の中を走って行った。
ヤーヤは台北駅で会ってからほとんど何も喋らなかった。
ムーリンが話しかけても生返事ばかりで、電車から鉄道車に乗り換える時にもさっさと前を歩いた。 天燈を飛ばせる場所までもヤーヤは背中を見せて前を歩いた。
その後ろ姿に向かってムーリンは言った。
「LINE無視してたこと、怒ってる?」
「……」
「ごめんね。へこんでたの。それで……」
「……」
「ヤーヤのこと嫌いになったとか、そんなんじゃないから……」
「着いたよ」
そう言うと、ヤーヤは振り向き、優しく笑った。 色とりどりの紙の中からヤーヤはムーリンに白を選ばせた。
紙の4つの面すべてに願い事を書き、空へ飛ばすのだ。
「素直な願いを書くんだよ」
そう言うヤーヤはいつもの元気にはしゃぐ彼女とは違っていた。
何か人生の辛酸を舐め尽くしたような、落ち着きと諦観が漂い、まるで年上のようだった。
「真面目に、ね」
そう言われ、ムーリンは素直な思いを書いた。
(前を向いて生きられますように)
(自分の中のバケモノに打ち克てますように)
(泣き虫でなくなれますように)
(好きな人とずっといられますように) 書き終えると、二人はお互いの願い事を見せ合った。
ヤーヤはピンク色の紙を選び、4面すべてに同じことを書いていた。
(ムーリンが幸せになれますように) それぞれの紙を店のお兄さんに渡すと、中に火を灯してくれた。
熱で膨らませて行灯となった紙をお兄さんから返されると、ムーリンは空へ向け放った。
遅れてヤーヤも放った。
白い天燈を追うように、ピンク色の天燈が空へと昇って行った。
暗い藍色の空へ、二人の願い事を乗せた天燈が、オレンジ色の炎とともに飛んで行った。 キンバリーは大きなマスクを着け、結わえた長い髪をジャンパーの中に隠し、街を歩いていた。
名高い精神科の医者にムーリンの相談に行ったのだが無駄だった。
『誰か、ムーリンの病気を治してくれるお医者さんはいないの?』
そう考えながらハイヒールを鳴らして歩いていると、突然腕を掴まれた。
「見ィ〜つけた」
バーバラの意地悪な顔が至近距離で笑った。 「ちょっと付き合いなさいよ、キム」
そう言いながらバーバラは物凄い力でキンバリーの腕を引いて歩き出した。
キンバリーは大きな悲鳴を上げ、周囲に助けを求める。
道行く人達は振り返ったが、誰も助けてくれる人はいない。
「アンタ! 何よ!」
バーバラは大声で叫んだ。
「あんなことしといて逃げるつもり!? お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?」 バーバラはコンクリートに囲まれた何もない一室にキンバリーを押し込んだ。
「あたしの隠れ家よ」
バーバラはそう言うと、嬉しそうに笑った。
「何もない、いい所でしょう?」
キンバリーは追い詰められた猫のように髪を乱して威嚇した。
「これからあなたの血で真っ赤に染まるわ」
バーバラは舌なめずりをした。
「……長かった! ようやくアンタをズタズタに出来る」 「武器は使わないわ」
バーバラは戦闘の構えをとる。
「一瞬で殺したら勿体ないもの」
「お姉ちゃん……。あたしも殺し屋一家の一員なのよ」
キンバリーはハッタリをかます。
「迂闊に近づかないほうがいいわよ。あたしにも実は……」
バーバラは鋭い前進でキンバリーの頭頂の髪をひっ掴むと、壁に叩きつけた。
「何も出来ない可愛がられキャラのくせに!」
バーバラは歯を剥き出した。
「アンタがのほほんと皆から可愛がられている間、あたしは血の滲むような苦労で殺人術を身につけて来たのよ!」 「アンタがずっっっと! 憎かった!」
バーバラはキンバリーの顔に唾を飛ばした。
「アンタが来るまでは女兄弟はあたしだけだった! 可愛がられキャラはこのあたしだったのよ!」 バーバラの拳がキンバリーの腹部にめり込んだ。
「ゲホ……ッ!」
苦しがるその表情を見てバーバラは至福の表情を浮かべる。
「さぁ。目玉をくりぬいてやろうかしら」
キンバリーはバーバラを睨みつける。
「その前にその綺麗な長い髪を全部引っこ抜いてやろうか」 キンバリーはスタンガンを背中に隠していた。
次、バーバラが前進して来たら、これをどこでもいいから当ててやる。
しかしバーバラはそんなことはとっくに見抜いている。
普通の女の子として生きて来たキンバリーと殺し屋として修練を重ねて来たバーバラ、
その戦闘力の差は歴然だった。 「ぐあっ!」
茨木敬は思わず声を上げた。
コンビニで買った緑茶が予想外の甘さだったのだ。
「なぜ緑茶を甘くするんだ。しかもモロ人口甘味料の甘さじゃないか」
スクーターに跨がると、スマートフォンを取り出し、見た。
バーバラが現れたらキンバリーから連絡が入っている筈だ。
しかしキンバリーからは何のメッセージも入っていない。
「今日は平和だな」
そう言うと茨木はセルを回してエンジンを始動させた。
「台湾野良猫でも探訪してみるかな」 スタンガンが床に転がった。
バーバラが爪を立て、キンバリーの額から血が流れ落ちる。
声も出せずにいるキンバリーの苦しそうな顔を堪能しながら、バーバラは言った。
「お姉ちゃんにこれから殺される気分はどう?」
キンバリーは歯を食い縛り、充血した目で睨みつけながら答えた。
「一度もアンタを姉だと思ったことはないわよ!」
「それは光栄だわ。でもあたしはアンタを妹だと思ってたわよ?」
そう言うや否や、バーバラは素早い動きで両手をキンバリーの首に絡めた。
「タオ・パイパイに妹だと思えって言われてたから殺せなかったの!」 キンバリーの顔が苦痛に歪む。
目玉が飛び出て、口が無様に歪んだ。
「でも、ありがとう。あなたがヤクザを雇ってあたし達を滅ぼそうなんて立派な計画を立ててくれたから……」
バーバラは首を締める手に力を入れた。
「タオ・パイパイが許してくれたのよ、アンタを殺せって」
悔しそうにキンバリーの手が宙を掻きむしる。
赤かった顔にだんだんと青が混じりはじめる。
足はバーバラに踏みつけられ、身動きが出来ない。
しかし断末魔の叫びを上げたのはバーバラだった。 バーバラは口をすぼめ、喉を掻きむしると、もんどり打って床に倒れた。
みるみる顔色を紫にして床を転げ回る女の姿を眺めながら、入口に立つ背の低い男の影があった。
「いかんなぁ、そんな美しい人を殺めようとしたら」
男はそう言うと部屋に入って来た。
腰につけていた解毒剤を飲んだが、すぐには毒は分解されず、バーバラはさらに床を転げ回る。
転げ回りながら、男を睨みつけ、地獄から振り絞るような声で言った。
「ク……ソ……兄!?」 キンバリーは護身用にナイフを持たされていた。
それをバッグから取り出すと、バーバラめがけて振り下ろす。
しかし毒に冒されていても、キンバリーの攻撃にやられるバーバラではなかった。
足でナイフを蹴り飛ばすと、身を起こし、呼吸を整える。
「美しいお嬢さん」
男はキンバリーに向かって言った。
「貴女もやめなさい。貴女にそんなものは似合わない」
「ジェイコブ兄さん!?」
キンバリーは何か調子の狂っているジェイコブを見て、声を上げた。
「……何!?」 解毒剤を飲むと後が辛い。腹の痛みが二日間続き、便意が止まらなくなるのだ。
バーバラは舌打ちをした。 すべての毒に効くようムチャクチャな調合をされているので、当たり前だ。
しかしバーバラは不思議がった。ジェイコブが姿を消してから3日は経っている。
それだけあれば、彼ならこの薬の効かない新しい毒を作り出せた筈だ。
しかも解毒剤で回復しはじめている自分を余裕で放置している。
『バカになったの? ジェイ兄!?』 『キムがジェイコブを殺し、あたしがキムを殺したとタオ・パイパイには報告しておくわ』
バーバラは立ち上がると、床に落ちているキンバリーのナイフを手に取った。
『なるべく素人が刺したように刺さなきゃね』 「申し遅れた、私の名前は──」
ジェイコブは二人に自己紹介をした。
「ベルダード=シュバルツバルトと申します」
「はあ!?」
バーバラとキンバリーは声を揃えた。
「光の守護者の末席にして、神の忠実なる子供」
ジェイコブは続けた。
「『ベル』と、お呼びください」
そうしてニッコリと笑ったジェイコブめがけてバーバラが突進した。
「キモい! 死ねやクソ兄!」 「時間に追われるのはきらいだ」
ジェイコブは胸をメッタ刺しにしながら、純真な目で呟いた。
「いつまでもまったりしていたい」 だが、メッタ刺しにしたナイフからは何の抵抗もなく、煙を切っているような感覚だった。
異変に気がついたバーバラはジェイコブから離れた。
「まさか・・・幽霊!?」 ジェイコブおじさんは、自慢のスキンヘッドを煌めかせながら
滑るようにバーバラとの距離を詰めた。
「…うっ!」
バーバラはたじろき後退る。目の前の男は本当に自分の兄なのか?
そう疑わざるを得ないほど、目の前の彼からは異様な雰囲気が漂っていた。 「過去の自分のことは覚えていません。私は産まれ変わったのです」
ジェイコブはキラキラ輝きながら言った。
「ヴェントゥス=ハルク=ディオニソス様の元でね」
「うわーーーっ!! キモいキモいキモい!!」
そう叫ぶとバーバラは背中に手を回した。
手を前に戻した時にはマシンガンを抱えていた。
「くだらないイリュージョンだ……」
気だるい表情でそう呟くジェイコブに向け、バーバラは叫びながら乱射を開始した。
「跡形もなく消えろ! クソ兄!!」 「待って! お姉ちゃん!」
キンバリーがバーバラを止めた。
「ジェイコブ兄さんがキモいのは元々よ! 間違いなくこれはジェイコブ兄さんだわ!」
「だから殺すのよ、クソ妹」
バーバラは撃ち尽くしたマシンガンを捨てると、髪の中からバズーカ砲を取り出した。
「ずっとこのアホを殺したかったのよーオッホッホ!」
ドカンと一発大きいのが飛んで行った。 「可愛さは……」
ララは鏡に向かって口紅を塗りながら、言った。
「武器!」
そして髪型をツインテールにし、日本の女子高生風のセーラー服を着ると、部屋を出た。
「どこ行くんだ、ララ?」
メイファンが聞いた。
ララは答えた。
「台北うまいもん巡り!」
「それになんでその格好なんだ?」
「こんな可愛い娘、襲える殺し屋などいないからよっ!」
ララは胸を張って言った。
「ずっと部屋にいたら死にたくなっちゃうのよぅ! 危険を省みず遊びに行かなくてはぁ!」
「……」
メイファンは眠たいのに寝られなくなった。 「なぁ……ララ」
メイファンは眠そうな声で言った。
「頼むから昼間はずっと寝ていてくれ」
「断る!」
ララは歩きながら串に刺したイチゴ飴をコリコリ噛りながら言った。
「美味しい? 美味しいねぇ、メイ」 「わかった」
メイファンはとても眠そうな声で言った。
「仕事がすべて片付いたら、お前の遊びに付き合ってやるから……」
「待てん!」
ララは特大餃子を箸で割りながら、言った。
「見て見てメイ! 肉汁がジュッワァ〜!♪」 そこへジャン・ウーから電話がかかって来た。
『こちら福山(酒鬼)雅治』
「こちら黒色悪夢」
メイファンが電話に出た。
「どうした? 酒鬼」
『黒色悪夢よ、今、チャンスじゃぞい』
「何?」
『今、タオ邸にはタオ・パイパイ1人じゃ。今なら攻め込める』
「酒鬼、今どこにいる? 1人で侵入するな」
『いやいや簡単に侵入できたぞい。ワシ1人でも殺れるかもしれん。やってええか?』
「バカ! ジャン爺! 罠だ!」 「ほっ?」
ジャン・ウーが気配に気づいて振り返ると、拳法着姿の小柄な初老の男がそこに立っていた。
「『黒色悪夢』の仲間じゃな?」
タオ・パイパイは低い声で言った。
「うんにゃ。ワシが黒色悪夢じゃよ」
ジャン・ウーは気丈夫に答えた。
「お主がタオ・パイパイじゃな?」
パイパイは鼻で嗤うと、背を向けた。
「帰れ、ワシにはジジイを殺す趣味はない。助けてやる」
「ほほう」
ジャン・ウーの額に血管が浮き上がった。
「たかがワシより10歳ぐらい若いぐらいで他人をジジイ呼ばわりするでない」 ジャン・ウーは腰につけていた瓢箪の栓を開けると、中の酒をぐいぐいと飲んだ。
「プハー!」
いきなり酔っ払いモードに入ると、酔拳の型をとった。
「飲めば飲むほど強くなるぞいっ!」
「映画のような戯言を」
背中を向けたまま、タオ・パイパイは言った。
「酔八仙拳とはそのようなものではない」
「試してみるかの?」
ジャン・ウーは真っ赤な顔をしてニヤリと笑った。
「闘いの最中に敵に背を向けるとは何事かーーッ!」
ジャン・ウーは一歩で瞬時に間合いを詰めると、掌打をタオ・パイパイの脊髄に打ち込んだ。 手応えはあった。
タオ・パイパイの背骨は砕け、身体を支えられなくなって膝をつく……筈だった。
「……雑魚が!」
そう吐き捨てたタオ・パイパイの身体が急速に膨らみはじめる。
筋肉の山が隆起するように、地響きのような音とともにその身体はあっという間に2倍に膨れ上がった。
「ひょっ?」
天を仰いだジャン・ウーを巨大な影が包んだ。
巨大な二本の腕が降って来て、蚊を叩き潰すようにパチンという轟音を立てた。
「汚いのぅ」
タオ・パイパイは言った。
「ジジイの血で汚れてしもうたわ」 タオ・パイパイはジャン・ウーのスマートフォンを拾い上げると、まだ回線の繋がっている電話口に向かって言った。
「黒色悪夢か」
『……』
「ここへやって来い。ワシとお前とで一騎討ちと行こうではないか」 「……ララ」
電話を切ると、メイファンは言った。
「私の身体から出ろ」
「は?」
ララは甲高い声を出した。
「今回の敵は強大だ。死ぬかもしれん。出られるもんなら出て、ムーリンの身体にでも入っておけ」
「何言ってんの」
ララは笑いながら言った。
「私がいなかったら、あんたが傷ついた時、誰が治すのよ?」
「おいおい」
メイファンは真剣な口調で言った。
「死ぬかもしれんのだぞ」
「そんな弱気なこと言うメイ、ほっとけないでしょ」
ララはくすっと笑った。
「ずっと中にいて見守っててあげる」
「よーし」
メイファンは頼もしそうに笑った。
「生きるも死ぬも一緒だ」
「オー!」
ララは強い声で言った。 ジェイコブは1人の女を抱きかかえていた。
「ヴヴ・・・ッ」
バーバラは至近距離でバズーカを撃った結果、全身にその破片を浴びることとなった。
破片は彼女の右目を潰し、前頭が削げ、髪が焦げていた。
キンバリーもまた無事では済まなかった。爆発の衝撃で壁に頭を強打、頭部に損傷を受け意識不明の状態だ 「あ……あたしとしたことが……」
バーバラはうめいた。
「……短気なマネをしてしまった……わ」
「お姉ちゃんが短気なのは昔からでしょう」
意識がない筈のキンバリーが譫言のように言った。
「さぁ、あなたは私と一緒に来なさい」
ジェイコブは頭に天使の輪を浮かべながら、言った。
「あなたも光の子として生まれ変わるのです」 「そしてあなたは……」
ジェイコブは子供のように純真な目を倒れているキンバリーへ向けた。
そして頬をほんのりと赤くすると、嬉しそうに言った。
「私の妻としましょう」 マルコムは街をさまよっていた。
自分がどうすべきなのか、わからなかった。
キンバリーに協力し、父を倒すと一度は胸に誓った。
しかし愛するキンバリーには嵌められ、父を殺すという背徳行為に時間が経つほど躊躇いが生まれていた。
「オレは……どうするべきなのだ」
マルコムはコンクリートの壁を拳で叩きながら、言った。
「教えてくれ……神よ! もしもお前がいるのならば……!」 「黒色悪夢が……来る!」
タオ・パイパイは昂る気持ちを抑えられず、四男サムソンの部屋へ向かった。
「興奮が収まらんわい!」
サムソンの部屋の扉をぶち破ると、嫁のヒーミートゥが1人でいた。
彼女は夫のために立派な原住民衣裳を作っていたところだったが、突然のことに身構えた。
「デブとの子作り、ご苦労。気持ち良かったかね?」
タオ・パイパイが聞くと、ヒーミートゥは無言で槍を手に取った。
「今時そんな原住民はおらん!」
タオ・パイパイが喝を入れるような大声で言うと、槍は粉々に砕け散った。
「ビビアン・スーもアーメイも原住民なんじゃぞ!」 「ア、アアッ!」
ヒーミートゥは後ろから激しく突かれ、尻を波立たせながら悔しそうに泣いた。
「どうじゃ、まだまだワシの暴れん坊は使えるじゃろう」
タオ・パイパイは息子の嫁の髪をひっ掴み、容赦なく攻撃を続けた。
「ヴ……ヴヴッ!」
ヒーミートゥは唇を噛み、涙を流しながらも強い目で壁の写真を見た。
写真には自分とサムソンが仲良く並んで写っている。
「感じないようにしておるな?」
タオ・パイパイが『気』を送ると、入り込んでいる肉棒が2倍の太さになり、ヒーミートゥの子宮口を攻め立てた。
「これでどうじゃ!」
「アア……アアアーー!!」
長い睫毛に縁取られた目が白く変わり、ヒーミートゥは逝かされてしまった。 「やはり17歳はたまらんわい」
行為を終えたタオ・パイパイはタオルで汗を拭くと、殺人拳の構えをとった。
ヒーミートゥは床に突っ伏し、泣いている。
心が折れていた。
「お前は占いなど、非科学的なことをやるから気に食わん。死ね」
そう言って繰り出したタオ・パイパイの腕が伸びながら膨らむ。
「アナ……タ!」
サムソンに助けを求めるヒーミートゥの後頭部が巨大な拳によって潰され、肉の混じった血が飛び散った。 「ん?」
茨木敬はスクーターを走らせながらようやく違和感の正体に気づいた。
「なんか重いと思ったら……」
「気づくのが遅いよ」
サムソンが凶悪な笑顔を浮かべながら言った。
いつの間にか茨木のスクーターのタンデムシートに乗っていたサムソンは、既に茨木の首筋に注射器を突き刺していた。
「パパに命令されたんだ。お前ら全員殺して来いって」
「中国語はわからん」
茨木は言った。
「ただ、そんな細い針は、俺の皮膚は通らん」 茨木が言った通り、突き刺したと思った注射器の針は折れていた。
中の毒薬がこぼれ、風に乗ってサムソンの口の中に入って来た。
「ぎゃああああ!」
サムソンは急いで転げ落ちると、解毒剤を取り出し、飲んだ。
「俺、医者に嫌われるんだ」
茨木はスクーターを止めると、言った。
「『アンタの皮膚、メスも入りませんがな』って、な」 マルコムは過去を色々と思い出していた。
いつの頃にもすぐ側にはキンバリーの笑顔があった。
「やはり……オレは……」
デブメガネだった自分の素質を見抜き、格好いいファッションを見繕ってくれたキム。
尻尾があることを笑わず、それどころか可愛いと言ってくれ、尻尾の隠れるファッションも見繕ってくれたキム。
「オレはキムのことを愛している!」
そしてふと、バーバラが言った言葉が脳裏に甦った。
──(このあたしが直々に蜂の巣にして殺してあげる)
「まさか……姉さん?」
マルコムは行き先もわからず駆け出した。
「キムを守らなければ……!」 「ダン、イーシャ」
そう言いながらマルコムの行く手を塞ぐ者があった。
「ダン、イーシャ(ちょっと待て)。伝わったかな?」
飛島優太がブカブカの白いスーツに着られながらニヤリと笑った。
足元にはマルコムのスーパージェット・リーガルシューズを履いている。
しかし優太の中国語は発音が悪すぎてまったく伝わっておらず、マルコムはただブチ切れただけだった。 「ヒーミートゥが……ミーちゃんが僕を待ってるんだ」
サムソンは口元を拭いながら、茨木を睨みつけた。
「こう見えても僕は妻帯者なんだ! もうすぐ子供だって産まれるんたぞ! こんなところで殺られるわけにはいかない!」
「ターゲット……。四男サムソン・タオ、か」
茨木は両拳を顔の前で構えながら、言った。
「恨みはないが、仕事なんでな。死んでくれや」 闇から姿を現した黒豹のように、黒い工作員服に身を包んだ黒い少女が森を抜け、タオ家の門の前に立った。
「フン」
メイファンは言った。
「貴様がタオ・パイパイとやらか」
「いかにも」
いつの間にか門の向こうに現れたタオ・パイパイが言った。
「会えて嬉しいぞぃ、黒色悪夢」
背の低い初老の男がメイファンには巨人に見えた。
『気』で物を見るメイファンにとって、これほど巨大な人間は見たことがなかった。
「ちっちゃ!」
ララが思わず声を出した。
「こんなジジイ、サクッと片付けて中国帰ろう、メイ♪」 「あ?」
先に膝を突いたのは、サムソンだった。勝負はほぼ一瞬で付いた。 サムソンは何が起きたのか理解出来なかった。
分かっているのは茨木に触れた瞬間、
体中がズタズタに引き裂かれるような痛みと熱さを感じたということだった。
(…ああ、死ぬのか)
地面にキスをした時、サムソンは死というものを理解したが、不思議と恐怖はなかった。 しかしヒーミートゥを残して逝くのが心残りだった。
また、てっきり自分が物語の主人公となって、子を増やし、父パイパイの後を継ぐものだと思っていたのに……。
『ごめんね……ミーちゃん』
サムソンは薄れて行く意識の中で思った。
『最期に君に出会えて……よかった』 (あれっ?)
サムソンは驚いて声を上げた。
(なんでミーちゃんがこんなところに?)
そこは天国なのか地獄なのかわからないが、そこへの入口には間違いなかった。
そこへ渡る橋のたもとで、ヒーミートゥが真っ白な着物に身を包んでサムソンを待っていた。
(一緒に……逝けると思ってたから)
(そっかぁ。お腹の子はどう? もう動く?)
(きっと……いい未来に辿り着く)
(占いに? そう出てるの?)
(いいえ。会えたから。いいの。さぁ、一緒に……)
(うん! 一緒に逝こう)
二人は手を繋いで歩き出した。 小雨が降りはじめた。
マルコムはバーバラに買って貰ったお洒落な服が濡れるのが嫌そうな顔をした。
優太は何も気にせずに笑っている。
この間は中国語の挨拶が伝わらなかったので、改めてキンバリーの習って来た自己紹介を優太は披露した。
「ニーハオ」
優太がそう言うと、マルコムはぴくりと身体を動かし、眉間に皺を寄せた。 「ウォー、ジャオ、フェイダォ、ヨウタイ(私は飛島優太といいます)」
「何だと……?」
マルコムは歯を剥いて優太を睨んだ。
「チンドォドォ、ジージャォ!(よろしくお願いします)」
「貴っ様ァー! 許さん!」
激怒したマルコムの靴が後ろから火を噴いた。
バック転しながら高速で放ったキックが顎下から優太を突き刺し、ナイフが脳天まで突き抜ける……筈だった。 しかし優太は超反応で左に避けていた。
カウンターは繰り出さず、マルコムが着地するとすぐに喋り出した。
「おっかしいなぁ。キンバリーさんに手取り足取りチンコも取りながら教えて貰った中国語なのになぁ。なんで伝わらんかなぁ」
マルコムは優太の足下を見た。
自分でなければ履きこなせない筈のスーパージェット・リーガルシューズが、他人の命令を聞き、ジェットを噴き、自分の攻撃を避けた。
「まさか……お前も……」
マルコムは言った。
「尻尾があるのか?」 優太は答えた。
「メイとは日本語と中国語で見事なまでに会話できるのに……お前の言ってることさっぱりわからん」
マルコムは言った。
「何を言っているのかさっぱりわからん。中国語で喋ってくれ」
優太は答えた。
「お前が日本語で喋れや」
マルコムは答えた。
「わからん。わからんが、スーパージェットの秘密を知ったお前は殺す」 マルコムは靴底からのジェット噴射で飛んだ。
優太もそれを追いかけて飛ぶ。
二人はビルの屋上に着地すると、向かい合い、殺人術の構えに入った。
小雨に加えて風も吹きはじめた。
「避けてみろ!」
そう言うなりマルコムは連続技を繰り出した。
突進から急激に右へ飛び、ローキック、ミドルキック、ハイキックをジェット噴射の超高速で叩き込む。
しかし優太もジェット噴射を駆使してそれらをすべて避けると、得意の接近戦に持ち込んだ。 マルコムの脳裏にまた兄ガンリーとの模擬戦の記憶が甦る。
まだスーパージェット・リーガルのない頃だった。
彼は一度も兄に勝てたことがなかった。
優太の戦闘スタイルはその兄にとてもよく似ていた。
間合いを詰め、素早い手技でこちらのリーチある足技を潰しに来る。
パワーは兄ほどではないが、スピードは兄以上だ。
しかも優太は自分と同じスーパージェット・リーガルを履いていた。 たまらず後ろへ飛び退いたマルコムに優太は余裕を見せつけた。
「へへ。アンタみたいなアクロバットは出来ねーけど……」
優太はトントンと靴を地面に打ち付け、鳴らした。
「幸いにも俺の得意は手技。靴はただ素早い移動手段に特化させた」
マルコムは相手の言葉の意味がわからないぶん、余計におちょくられている気がして腹が立った。
「どうだい? 俺、アンタの靴を履きこなせてっかな?」
優太は物凄い笑顔で言った。
「これ履きこなせて、アンタ殺せたら、キンバリーさんとララちゃんが同時にヤらせてくれるんだわ」
優太の頭にピンク色の妄想がモワモワと浮き上がった。
左手にキンバリー、右手にララを抱き、尖った彼のちんちんは既にどちらかに突き刺さっていた。 「見事だ」
マルコムは優太を認めた。
「最期に名前を聞いておこう」
「キンバリーさんだよ」
優太は答えた。
「わかるだろ? お前の好きなキンバリーさん。あの人が俺の女になるんだよ」
しかし優太の「キンバリー」の発音があまりにも日本語すぎてマルコムには伝わらなかった。
マルコムは言った。
「きん ばりー、か。変わった名前だが……」
マルコムは飛んだ。
「覚えておこう」 優太は思いがけなく慌てた。
マルコムの姿が目の前から完全に消えたのだ。
「あっ……」
後の言葉を口にする暇はなかった。
マルコムの足先がいつの間にかこめかみにあった。
スローモーションのように、ナイフはそこから入って来て、脳を貫いた。
「ララ……」
優太は夢見るように呟きながら、倒れた。
「……ちゃん……」
こめかみから血を流し、優太はコンクリートの地面に倒れ、すぐに息を引き取った。 マルコムは右のジェットを噴射するとすぐに消し、左を噴射させたのであった。
このフェイントについて来られた者は今まで1人もいない。
目の前から消えたように見せ、あとは硬直した敵のこめかみに一撃を入れるだけである。
「オレに先に攻撃をさせたこと」
マルコムは優太を見送りながら、踵を返した。
「それがアンタの敗因だ」 忘れずに優太の足から自分の靴は取り返した。
「この靴を履きこなせるのは……」
マルコムは死んだ優太に言い聞かせた。
「やはり世界でオレだけなのさ」 雨が本格的に降り出した。
マルコムは雨を避けて歩きながら、行く先もわからずただ進んだ。
『同じ尻尾を持ち、オレほどじゃないが、いかした靴の履きこなし方をする奴だった……』
マルコムは思った。
『普通に出会い、言葉が通じ合えば、仲間になれたかもしれないな……』
そしてキンバリーを探してあてもなく歩いて行った。
『オレ達殺し屋の絆……。それはただ殺し合うことだけなのか』 「雨が強くなって来たのぅ」
タオ・パイパイは夜空を悠々と見上げた。
「場所を変えるか?」
「構わん」
メイファンは身動き一つせず構えたまま、言った。
「今、隙だらけじゃん」
ララが小声で言った。
「空なんか見てるよ! ぶち込んじゃえ!」 町を彷徨う内にマルコムは、知らない間に裏通りに迷い込んでいた。
「ああ、雨か」
マルコムは立ち止まり空を見上げた。
視線を前に戻し、再び歩き始めると人集りが見えた。
「爆発事件だってよ」
「銃声がしたからテロじゃないの」
野次馬の誰がそう話すのが聞こえた。 マルコムは目撃した人から話を聞き、何があったのかを推理し、頭の中でまとめた。
『綺麗な20歳代の女の人同士が争い合っていた?』
『ハゲ頭の光輝いているくせに陰気そうな小柄な男が2人をさらって行った?』
『……ジェイコブだ!』
マルコムはジェイコブの記憶喪失のこともヴェントゥスのことも何も知らなかった。
タオ邸へ連れて行かれたものと思い込み、タクシーを拾うと急いだ。
タオ・パイパイと黒色悪夢が対峙しているタオ邸へ── 「あはん」
メイファンは欲情していた。
「たまんない」
目の前の男が放つ『気』の大きさは、信じられないほどだった、
メイファンは強いものを見ると激しく欲情するのだ。
弱い者をいたぶる時も欲情するが、相手が強い時の興奮はその比ではなかった。
既に彼女の太腿には白く泡立った汁が伝い、自分の小指を舐めながらビクンビクンと小刻みに痙攣している。
「そのぶっとい拳、真っ二つに割りたぁぁ〜い……!」
メイファンは性行為に興味がないぶん殺戮行為で興奮する変態であった。 「…道が違うじゃないか、あんた何処にいく気だ?」
マルコムはタクシー運転手に怒鳴った。
「もういいっ、ここで降りる!」
しかし、タクシー運転手は無視するように運転を続けている。しびれを切らしたマルコムはドアを開けようとしたがドアが開かない。 2mもある太い腕に吹き飛ばされ、メイファンは雨に濡れた地面に叩きつけられた。
自慢の棒術は出させてすら貰えなかった。
「ククク」
タオ・パイパイは見下して嗤った。
「その程度じゃったか、黒色悪夢」
「ごめん、メイ」
ララが言った。
「もう……治療の白い『気』……使い果たしちゃった」
「すまん、ララ」
メイファンが言った。
「力及ばなかったようだ。だってメイはまだ16だから」
「メイ……」
ララが涙声で言った。
「生まれ変わっても、また一緒になろうね」
「散れぃ」
『気』で膨らませたタオ・パイパイの巨大な腕が降って来て、二人を砕いた。
一つの身体に住む二人の姉妹は、同時にその命を終わらせた。 「つまらぬ」
タオ・パイパイは言葉とは裏腹に愉快そうに言った。
「引退してもやはりワシが世界最強の殺し屋ということか……」
おもむろにスマートフォンを取り出すと、画面を見た。
「マルコムがこちらへ来ようとしておったようじゃが……方向を変えよったな」
そして微妙に眉間に皺を寄せる。
「アイツがここに来ておったら、果たしてどちらの加勢をしておったか……」
「ワシと黒色悪夢、どちらにとっても天敵と言える奴じゃ。アイツがもし黒色悪夢に加勢しておったら……」
「さすがのワシも『気』を乱され、黒色悪夢に攻撃の暇を与えておったかもしれん……」 「いや……。まさかな」
タオ・パイパイは自信たっぷりに笑った。
「子は父親を裏切れぬ」
そう言うと地面に潰れた黒色悪夢の死体を蹴っ飛ばし、死体分解装置の中へ放った。
二人の身体はその中でミンチにされ、川へと流れて行った。
「さて……。あとはマルコムとジェイコブか。裏切り者は始末せねばの」
「マルコムもキンバリーを人質に取れば大人しく殺されてくれるじゃろう」
そしてマルコムとジェイコブの目に仕込んであるカメラの映像を分割画面でチェックした。
「奴らの居場所はわかっておる」 「バーバラも何やら脳をいじられてワシを裏切るようじゃな。コイツも殺そう」
「何やら金色の奴もおるが、コイツにはムーリンを差し向けるか」
「ワシには最高傑作のムーリンさえおればよい。たわけた友達とやらも殺して、ムーリンを改造し直す」 「ハハハ! 老後もゆっくりとはしておれんな!」
そう言うとタオ・パイパイは雨降る夜空へ飛んだ。
「老衰で死ぬまでワシの天下じゃ!」 生まれ変わってみるとメイファンはアブラムシ、ララはその細胞内で生息するブフネラ菌になっていた。
メイファン「また一緒になれたな!」
ララ「いやぁぁあ!!」 「あたしね、ムーリンをお嫁さんにしたかったんだ」
ヤーヤは涙でぐしゃぐしゃになった顔を笑わせて、言った。
「でも……叶わなかったね」
「言いたいことはそれだけか」
タオ・パイパイは言った。
「最期の言葉言わせてやるワシの優しさ、素敵じゃろ? 死ね」
ヤーヤの身体がレゴブロックのようにバラバラにされ、頭部が地面に転がった。
ムーリンは泣きながら呆然とそれを見ているしか出来なかった。 「さぁ、くだらんお友達とやらも殺した。ワシと一緒に世界征服するぞぃ。来い、ムーリン」
「どぅ、どぅあ……」
「……フン。これしきでキレるでない。未熟者が」
「じぇ……! じぇじぇじぇ……!」
タオ・パイパイはコントローラーのダイヤルを回した。
ムーリンの顔がどんどんと穏やかになって行く。
「とっくにお前は改良済みじゃ。言うことを聞けぃ」
改良により、タオ・パイパイはムーリンの感情さえもコントロール出来るようになっていた。 「おまけに遂に『暴れ牛』の発動もワシがコントロール出来るようになった。ムーリン完成、じゃ」
「ハイ、パパ」
ムーリンは足下に転がるヤーヤの首から視線を上げ、にっこりと笑った。
「さぁ、行くぞ。裏切り者をすべて始末するのじゃ」 マルコムは父にキンバリーを殺すと脅されると、阿呆のように大人しくスーパージェット・リーガルシューズを脱いだ。
タオ・パイパイはキンバリーの目の前でマルコムの首をはねた。
地下施設に乗り込むと、即ムーリンの『暴れ牛』を発動された。
何をさせて貰うことも出来ず、ヴェントゥスとハリーは赤い肉塊と化した。 ジェイコブは脳を改造され、タオ・パイパイの操り人形となった。
地下施設にいた人間達は皆殺しにされたが、唯一殺されなかった者達もいた。
タオ・パイパイはそこにいた自分のクローン達を見ると、ほくそえんだ。
「これだけの数のワシがいれば、世界をワシのものにするのも容易いことじゃわい」