【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった 紳士服店でマルコムはバーバラに服を買ってもらった。
カジュアルな服だが、シャツとズボンとベルトで締めて1万4千TWD(約5万円)だった。
「お洒落だ」
マルコムは満足そうに言った。
「これで尻尾も隠せる」 「ありがとう、姉さん」
振り向くとバーバラは優しい笑顔を浮かべていた。 「あなた、タオ・パイパイに逆らったのね」
ステーキハウスで向かい合って食事をしながら、バーバラが言った。
「と言うか、殺されかけたんだ、父さんに」
ニュアンスをなるべく軽くしようとマルコムは肩をすくめて悪戯っ子のように笑って見せた。
「私が面倒見てあげる」
バーバラは母親のように言った。
「あなたは可愛い弟だもの」 「ところで」
バーバラは話題を変えた。
「あなた、キンバリーに会ったわね?」
マルコムは思い出し、顔を暗くした。
「それにしてもあの子、見直したわ」
バーバラはキンバリーを褒めた。
「何も出来ないお嬢ちゃんかと思っていたら……やるじゃない。この私達を騙して陥れようとするなんて」
「姉さん……」
マルコムはバーバラの顔を見た。
「認めるわ、あの子は立派に強かな女」
バーバラは肉を噛むと、楽しそうに引きちぎった。
「このあたしが直々に蜂の巣にして殺してあげる」 【主な登場人物まとめ】
─ タオ一家 ─
◎タオ・パイパイ……タオ一家の父であり、伝説の殺し屋と呼ばれる台湾1の悪党。
既に殺し屋を引退し、子供達の管理と育成に身を注いでいるが、その実力はまだ最強レベルだと思われる。
◎ジェイコブ・タオ……タオ一家長男。前妻エレナの子。31歳。
小柄で陰気な顔つきの毒殺のプロ。どこからでもあらゆる手段で敵の体内に毒を注入できる。身体能力はウサギ以下。
現在、記憶をなくしており、ヴェントゥスと行動を共にしている。愛車は黒いホンダロゴ。
◎バーバラ・タオ……長女。29歳。エレナの子。美人でナイスバディ。お金と自分にしか興味がない。
暗器とハニートラップを得意とする。超短気であり、標的を見つけたらすぐに銃を乱射する。愛車はドゥカティの1000ccバイク。
◎マルコム・タオ……三男。27歳。エレナの子。長身でイケメン。お洒落。愛靴スーパージェット・リーガルを武器とし、一撃必殺を得意とする。
キンバリーを愛しているが、その想いは虚しく裏切られた。尻尾があり、そのことをとても気にしている。愛車は白いテスラ。
◎キンバリー・タオ……次女。25歳。オリビアと前夫の子。長身で長髪。太陽のように明るく、バーバラ以外の家族皆から愛されている。
一家を裏切り、ムーリンを除く全員を殺そうと、日本のヤクザと中国の殺し屋と手を組んでいる。
◎サムソン・タオ……四男。19歳。タオ・パイパイがどこかのデブ女に産ませた子。デブ。
影が非常に薄く、助手席に乗っていても運転手に気付かれない能力の持ち主。最近結婚した。
発明が得意であり、マルコムのスーパージェット・リーガルシューズも彼の発明品。
◎タオ・ムーリン……四女。17歳。タオ・パイパイとオリビアの子。金髪でぶさいく。
普段は殺し屋でもない普通の女の子だが、キレると一家1の攻撃力を無差別に爆発させてしまう。
◎ヒーミートゥ……四男サムソンが結婚した原住民パイワン族の娘。現代人らしからぬ呪術のようなものを使う。
─ 死亡 ─
◎タオ・ガンリー……次男。
◎タオ・モーリン……三女。 ─ 中国日本連合勢力 ─
◎メイファン……中国からやって来た最強の殺し屋。通り名は黒色悪夢。まだ16歳の少女だが、『気』を操り何でも武器に変えてしまう能力を持つ。
◎ララ……19歳の色白の少女。メイファンと身体を共有しているメイファンの姉。強力な治癒能力を持つが、戦闘能力はウサギ並み。この物語の真の主人公?
◎ジャン・ウー……ララの手伝いをする白ヒゲの老人。ジャッキー・チェンの「酔拳」に出て来る蘇化子にそっくり。
◎飛島優太……18歳の高校生だが既に48人の同業者を殺害している殺し屋。スケベ。暴力団体飛島組組長の次男。
◎茨木敬……『ステゴロの鬼』と呼ばれる喧嘩師のヤクザだが、誰もその喧嘩を見たことがない。警察の犬?
◎ことぶき ひでぞう……運転手。死亡した?
◎鶴見……ひでぞうの兄弟分。
─ 死亡 ─
◎兵藤直樹……日本のヤクザ『花山組』の幹部。
◎阿久津恭三……花山組のヤクザ。
─ その他 ─
◎ヴェントゥス……世界に7人いる『光の守護者』の1人。その中でもNo.2の実力を持つと言われている。金髪の七三分け。中立的立場?
◎ハリー・キャラハン……ヴェントゥスの舎弟の白人。
◎ヤーヤ……ムーリンが友達になった17歳の女子高生。
◎ユージェ……ヤーヤが思いを寄せる年上のロック・アーティストを目指す青年。 「しかし、あの日本人の子供……」
マルコムは自分と戦った飛島優太のことを思い出しながら、呟いた。
「オレの尻尾を見て、驚かなかったな。それどころか、パンツを穿けと言ってくれた……」 「実は……」
キンバリーとメイファンに向かい、優太は告白した。
「俺もあんねん、尻尾」 優太はメイとキムに臀部を突き出した。
臀部は女性のように大きかったが、お尻の谷間から陰毛がモッサリと飛び出ており、
どこか不潔な印象を受けた。
だがメイとキンバリーが注目していたのはそこではなく、谷間の上からブラ下がった、立派な尻尾であった。
「ほらあるだろ」 「きたなっ!」
メイファンは日本刀を振り上げ、斬り落とそうとした 優太が日本刀を避けようと尻尾を動かすと、
メイファンの履いている靴の左側から火が吹き出し、
飛ばされたメイファンは壁に叩きつけられた。 メイファン「何すんだ!」
優太「とぅっ、とぅいまっとぇーん!」 メイファンは日本語「とぅっ、とぅいまっとぇーん!」を覚えた! 不思議なことに優太が尻尾を動かすとジェット靴は反応した。
優太は靴を履くと、左に少しだけ尻尾を動かしてみる。
右側のジェットが点火し、優太は右へ転んだ。
「俺、これを操作できるようになりてぇ!」
優太は言った。
「それには靴がちと大きい。ブカブカだ!」
「いい靴職人がちょうど身近にいるわ」
キンバリーはその名を呼んだ。
「ひでぞうさん」 茨木は昨日の失敗をキンバリーに責められ、完全装備でバーバラを探しに街へ出て来た。
バーバラのバイクを追えるよう、陳氏からバイクを借りて来たのだが……。
「1000ccのスポーツバイクをこれで追えってのかい……」
茨木は白いキムコの125ccスクーターを押して歩きながら、呟いた。
頭に被ったヘルメットはキンバリーから借りたピンク色のジェット型だ。
バーバラの動向が掴め次第キンバリーからやって来る連絡を待つため、歩道にバイクを停めた。 この前優太と牛肉麺を食った店でまた飯を食った。
食事をしながらチラチラとタピオカミルクティーの店のほうを気にしている。
店の前に出来た短い行列の中に、今日はあの丸顔の女の子の姿はなかった。 ムーリンはスマートフォンの待ち受け画面を見る。
今日はヤーヤからのメッセージが一通も届いていなかった。
これでいい、とムーリンは思う。
「自分を信じるなんて、出来るわけないよ、ヤーヤ……」 ヤーヤは学校を終え、私服で一人、街を歩いていた。
2人で遊んだ場所を次々巡る。
どこにもムーリンの姿はなかった。
『これだけすべてのメッセージが未読のままってことは……』
ヤーヤは考えた。
『何かあったかと思ったけど……』
1通だけ、最近送ったメッセージが既読スルーになっていた。
『あたし……理由はわからないけど、嫌われたんだよね?』
『もう、探すのはやめよう……』
そう考えながら、ばったりムーリンに出逢えそうな場所を巡り歩いた。 「あっ」
茨木は思わず小さく声を上げた。
タピオカミルクティー店の前に、丸顔ショートカットの健康的な肌色の女の子が並んでいたのだ。
「あの娘だ」
茨木はストーカーに変身した。 ヤーヤは自分の原付スクーターに乗り、これで最後と思いながら、ある場所へ向かっていた。
この間、ムーリンのママを見た、あの場所だ。
すぐ向こうに公園か何かの森林が見える、人通りのない場所だった。
ここでムーリンに会えなかったら、諦めようと決めていた。 茨木は白いキムコの125ccスクーターで、赤い原付スクーターの女の子を距離をとって追いかけていた。
キンバリーに知れたらまた小言を言われるどころではないだろう。
任務そっちのけで、意味のわからないことをしている。
しかし彼は止められなかった。
異国の地で美少女のあとを尾けるのは、得も言われぬ甘美な味わいがあった。 ふと、気づいた。
『この方向は……』
前方にタオ家の敷地、黒い森林が見えはじめる。
赤い原付スクーターの少女はバイクを道脇に停めると、歩いて森のほうへと歩き出した。 ヤーヤは歩きながら、スマートフォンでメッセージを送った。
『今、この間ムーリンのママと出会ったあたりにいるよ。森に向かって歩いてる。もし……嫌われたんじゃないのなら……会えないかな(´・c_・`)』
メッセージを送信し終えると、空を見た。
鉛の雨でも降って来そうな空の色がなんだか不吉だった。 突然、後ろから肩を掴まれた。
ムーリンの手ではありえない、ごっつい男の太い手に、恐怖の表情でヤーヤは振り向いた。
そしてすぐに悲鳴を上げた。
顔中傷だらけの、この間タピオカミルクティー店の前で見たおじさんが、意味のわからない言葉を発している。
その両腕が自分を掴み、どこかへ連れて行こうとしていた。 「そっちへ行くな!」
茨木は放っておくことが出来ずに少女を引き止めた。
「知ってるのか? その先は殺し屋の巣窟だぞ。危険なんだ。さぁ、戻るんだ」
少女は明らかに自分の傷だらけの顔を見て怯え、パニックを起こしていたが、知ったことではなかった。
あんな危険な場所にこんな可憐な女の子が向かおうとするのを止めないわけには行かない。 ヤーヤは叫んだ。
「誰か! 誰かー! 殺される!」
森のほうへ向かって走って逃げようとすると、男の手はさらに強引に腕を掴んで来た。
「ひあああ! ムーリン! 助けて!」
ちょうどそこへ森のほうからムーリンの姿が現れた。 「ヤーヤ!」
ムーリンはその光景を見て大声で叫んだ。
「ムーリン!」
ヤーヤは気づき、叫んだ。
「来ちゃダメ! 誰か人を呼んでーーッ!」
茨木は森のほうから現れた少女の姿を睨んだ。
金髪、ニキビだらけの顔の少女、森のほうから……
確信した。
「『暴れ牛』だ!」
茨木は力ずくでヤーヤを抱き締めると、抱え上げた。
「逃げるぞ!」
その様子がムーリンには、人さらいにヤーヤが連れ去られようとしているように見えた。 「や、ヤーヤッ!」
ムーリンは叫んだ。
「ムーリン!」
ヤーヤは恐怖に泣き叫んだ。
「ああひとををを呼んでぇぇ!」
「ヤヤヤヤーヤッ! アアッ!」
「ムーリーーンッ! アアアーー!」
「どぅどぅどぅ……」
ムーリンの顔が割れ、中から笑顔の仮面のようなものが現れる。
「どぅばごくあらダーーーッ!!!」 ヤーヤは、見た。
ムーリンの身体から無数の触手のようなものが現れた。
それは空気を斬り裂くように飛んで来て、ムチのような音を立てた。
顔中傷だらけの男が自分を庇うように抱くと、何も見えなくなった。 ムーリンは気を失って倒れていた。
ヤーヤは震えながら、傷ひとつなく、しかし動けずにいた。
茨木はヤーヤを抱いてアルマジロのように丸くなり、その背中にすべての暴走の刃を受け止めていた。
「ふぅ……」
茨木は顔を上げた。
「大丈夫か?」
覗き込んだ少女は目を見開き、茨木の顔越しに、道に倒れた金髪の少女のほうを震えながら凝視していた。 「くっ……!」
茨木は立ち上がると、痛みに顔を歪めた。
着ているスーツはズタズタに裂かれ、中に着ている防弾チョッキも、意味を為さなかったかのようにバラバラになっていた。
元々傷だらけの背中には血が滲んでいた。しかし深刻なほどの新たな傷は刻まれていなかった。
茨木敬の背中はまるで角質化したように硬い。
その上に防弾チョッキを着ていれば、マシンガンの連射でさえも防いでしまう。
それでも『暴れ牛』の攻撃を受け止めた後では、そのダメージに身体を動かすのもきつかった。 「……ッ。化け物め」
そう言うと茨木は懐から大きなピストルを取り出した。
ゆっくりと、それを道に倒れている金髪の少女へ向ける。
ヤーヤはただ茫然としていた。
男がムーリンを殺そうとしているのに気づくと、ようやく「啊」と口を開けた。 「……な……ッ!?」
茨木は驚きの声を上げた。
銃弾は大きく外れ、アスファルトの地面で弾け、道脇の木に穴を開けていた。
保護したショートカットの少女が後ろから自分に体当たりをかまして来たのだ。
岩のような茨木の身体が猫のような少女のタックルを受け、揺れた。
少女は、茨木と倒れている『暴れ牛』の間に急いで立ち塞がると、顔をひきつらせて何か叫んだ。
「朋友!(ポンヨゥ)」 そこへキンバリーから電話がかかって来た。
茨木は二人の少女から目を離さずに電話に出た。
「こちら茨木……」
『バーバラが現れたわ。今、どこにいますか?』
「『暴れ牛』を発見したので追って来た。今から射殺するところだ」
『ハァ!?』キンバリーは電話の向こうで激怒した。『ムーちゃんは標的の中に入ってないでしょーが!!! ムーちゃん殺したらテメーも殺すぞボケ!』 朝、ララは目を覚ました。
部屋の入口には鍵をかけてある。
ベッドの上で枕を抱いて猫のように伸びをすると、きょろきょろと辺りを窺った。
メイファンは眠っている。
誰もいない。
静かだ。
ララは腰をもじもじと動かすと、半身を起こした。
『今日は……来ないのかな』
自分の股間に伸びかけた手を慌てたように引っ込める。 優太は朝早くから靴を履きこなすための特訓を再開していた。
操作方法はもう頭ではわかっていた。
「右に動かすと……」
軽く尻尾を右に動かすと、左からジェットが噴射された。
一歩だけ左へ飛び、着地する。
「左に動かすと……」
今度は右へ飛び、着地した。
「……尻尾を縮める」
靴先からナイフが出た。
「……で、尻尾を後ろぉ……お、お、お!」
靴の後ろから勢いよくジェットが噴射され、優太はまた派手にスケート靴で滑るようにこけた。 「クソが!!!!」
優太はスーパージェット・リーガルシューズを脱ぐと、思い切り床に叩きつけようとし、また思い止まった。
「履きこなしたら……キンバリーさんとエッチ……」
そう呟くとまた靴を履き、特訓を続けた。 ムーリンはまだ眠っていた。
『暴れ牛』の発動で気を失ってからもう12時間以上が経っていた。
キンバリーはその額を撫でると、部屋を出ようとした。
「キム姉……?」
振り向くと、ムーリンが目を開けていた。
責めたがっているような、甘えたがっているような複雑な表情で、目を逸らすとムーリンは言った。
「……お腹空いた」 「大丈夫なのか?」
茨木が聞いた。
「何がかしら?」
キンバリーは答えた。
食堂で思春期の食欲を見せつけるムーリンを眺めながら、二人も少なめの朝食を取る手を動かした。
「危険だ」
茨木が言った。
「ムーちゃんは普通の子よ」
キンバリーは答えた。
「タオ・パイパイに殺人兵器に改造されてしまっているだけ。なんとかこの子の中の『暴れ牛』を取り除くわ」 キンバリーは知らなかったのだ、ムーリンの『暴れ牛』はタオ・パイパイによって埋め込まれたものではなく、
彼女が産まれ持ったものだということを。 ムーリンはキンバリーが自分を殺そうとはしていないことはわかった。
しかしその手が自分に触れようとするたびに、身を強張らせて振り解き、威嚇するように言った。
「触るな、腐れ外道」
姉モーリンをヤクザに殺させたキンバリーのことがどうしても許せなかった。許せる筈もなかった。
そんなムーリンを悲しそうに見守るキンバリーの姿を、ムーリンの目に仕掛けたカメラを通してタオ・パイパイは見ていた。 「ふっふっふ」
暗い自室でタオ・パイパイは呟いた。
「丸見えじゃぞぃ、キンバリーよ」
そしてコントローラーを握り、動かしかけたが、止めた。
「まだじゃ。もう少し……」 ララが食堂にやって来た。
やたら暗い顔で物凄い食欲を披露している見慣れぬ金髪の少女を見て、キンバリーに聞いた。
「あれ、誰ですか?」
「ムーリンよ」
「ムーミン?」
「『暴れ牛』……と言えばわかるかしら?」
ララは思わず「げっ」と小さく叫び、腰を浮かせた。 「あの子、天使なのよ」
キンバリーは苦い微笑みを浮かべ、言った。
「天使の中に悪魔が棲んでいるの」
「ははは」
怯えた表情でララは、口から呑気な笑い声を出した。
「私達と正反対だな」 優太が風呂上がりの格好で食堂に現れた。
「おはよーッス」
茨木の隣の席に座ろうとしながら、ララを見つけて笑顔を見せた。
「あ、ララちゃん、おはよ〜」
入口に現れた時から優太をずっと見ていたララは、ぷいっと顔を背けた。 「オッサン、何しょぼくれてんの?」
優太は茨木に聞いた。
「しょぼくれてなんかいない!」
茨木は不機嫌そうに答えた。
「この人、ムーちゃんを殺しかけたから、私がたっぷり叱ってあげたのよ」
キンバリーが横から言った。
「ムーちゃん……って誰?」 「ふぅん」
話を聞き終わった優太は言った。
「そりゃ俺がオッサンだったとしても始末しようとすると思うぜ」
「だろ!?」
茨木は優太に握手を求めた。
「何を言うのよ」
キンバリーはわなわなと震えはじめた。
「私の妹なのよ。そんなことは絶対にさせないわ」
「あのさぁ」
優太は前から言いたかったことをキンバリーにぶちまけた。
「他の家族は殺して欲しくて、妹だけは殺しちゃダメって、アンタ都合よすぎないか?」 「この物語には腐れ外道が2人いる」
優太はポケットに手を突っ込んで言った。
「1人は勿論タオ・パイパイ。もう1人はアンタだ、キンバリーさん」
「……!」
キンバリーは顔を強張らせたが、何も言わなかった。
「そりゃ俺達とアンタは利害関係が一致してる。でも俺達にとってタオ一家は単なる敵、でもアンタにとっては……」
「最長21年を共にした家族よ」
キンバリーは優太に先を言わせなかった。
「それが何か?」 「別に興味はないんだけどさぁ……」
優太は頭を掻きながら、言った。
「話してくんないかなぁ、アンタが自分の家族を殺して欲しい理由を。モヤモヤするから」
「あと、その危険なガキを殺しちゃいけねぇ理由もな」
茨木が言った。
日本語のわからないムーリンは黙々と食事を続けている。
「……」
キンバリーは暫く目を閉じていたが、意を決したように言った。
「いいわ」 キンバリーは思い出す。
あれは自分がタオ家にやって来て8年目の夏のことだった。
敷地内の森で12歳のキンバリーがクローバーで髪飾りを作っていると、背後から誰かが近づいて来た。
「キム」
その声に怯えた顔で振り向いた。
思った通り、バーバラがそこに立っていて、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「なっ……なぁに? お、お姉ちゃん……」
3人の兄達は最初から自分をとても可愛がってくれたが、4つ上の姉となったバーバラだけにはいじめられていた。
そのたびに庇ってくれるお兄ちゃん達は今、父とともに台中のほうへ出掛けていた。
キンバリーが怯えた声で無理矢理親しげに「お姉ちゃん」と呼ぶと、バーバラは残酷な笑いを浮かべた。
「ちょっとおいでなさいよ。見せたいものがあるの」
「今……これを作っているところだから……」
「逆らう気?」
バーバラは牙を剥いた。 母は既に発狂していた。
自分達を眺めているのかいないのか、遠くの窓に姿を見せてケタケタと笑っている母の姿が見えた。
「見せたいものって」
キンバリーは後をついて歩きながら、恐る恐る聞いた。
「……何?」
「面白いものを見つけたの」
バーバラは意味ありげな笑いを浮かべ、言った。
「あなたにとってはもっと面白いと思うわ」 高名な科学者のタオ・パイパイと母が再婚し、幸せだと思っていた。
母はああなってしまったが、優しい兄が3人も出来、皮肉なことには母も以前より優しくなった。
新しい父の本当の職業が殺し屋だなんてことはまだ知らなかった。
母がなぜ発狂したのかも知らず、無邪気にもその理由を知ろうともしなかった。
この日までは。 「ここよ」
そう言ってバーバラは立ち止まり、振り返った。
森の中でも暗く湿った場所だった。
辺り一面苔生して、名前の知らない細いキノコがたくさん地面から顔を出していた。
何もない場所だった。大きな岩がある以外は。
しかしバーバラが岩の下に隠れたボタンを押すと、岩がひとりでに移動した。
岩が退いた後には四角い穴があり、暗い地下へ通じる階段があった。 地下室は騒々しかった。
じめじめとした空間には無数の鉄の檻が設けられ、その中には見たことのない動物達がいた。
飛び出た眼がレンズのようになっている猫、
魚の頭をした猿、
人間の腕のようなものが生えたイタチ。
そしてその部屋の中心に特別大きな檻が2つあり、その中にそれはいた。
「懐かしいでしょう、キム?」
バーバラは優しい笑顔を浮かべて紹介した。
「デヴィッドとアーリン。あなたの実の兄妹よ」 檻の中を恐る恐る覗き込んだキンバリーはその場で膝をつき、動けなくなった。
なぜ忘れていたのだろう。
この家に来た時、自分達は4人いた。
4歳の自分がひとつ年下の弟と手を繋ぎ、母は幼い妹を抱いていた。
蘇った記憶の中の弟と妹の面影は、しかし目の前の2人には微塵もなかった。
2人とも身体中に何か機械のようなものを埋め込まれ、顔の肉は腐って蛆にたかられていた。
「オエーちゃん」
妹のアーリンが鉄格子を掴み、激しく臭い唾液を飛ばした。
「クァせて!」
デヴィッドはずっと鉄格子に拳を打ち付け、無言で破壊しようとしていた。 「なんでそっちばっかり見てるの?」
ララはムーリンと仲良くなろうと隣に座り、色々と話し掛けていた。
「日本語のお話、長いねぇ。退屈だねぇ」
「わかんない」
ムーリンはララの最初の質問に遅れて答えた。
「なんか頭が勝手にあっち向いちゃう」
そう言うなり、ぐりんとララのほうを向き、手を動かしかけた。
その手を黒くなったララの手が止めた。
「ララ」
メイファンは言った。
「気になってんだろ? 取ってやれ」 「……フン。黒色悪夢め」
タオ・パイパイは入力した攻撃コマンドをキャンセルされ、歯軋りした。
「先読みしよったか。さすがにやりおるわ」
そしてまた再びコントローラーを操作し、ムーリンにキンバリーのほうを向かせた。
「しかしキンバリー……そこまで知っておったか。バーバラの奴め、何を考えてあんなものを見せた?」
キンバリーはまだ話し続けていた。
話はなぜ自分が他の兄弟をも憎むようになったかに及んでいた。
「そんなことで……たかがそんなことで家族を裏切り、殺そうというのか、キンバリー」
パイパイはコントローラーを握る手に力を入れた。
「やはりお前は今、殺す! 地獄に落ちろ、この腐れ外道が」 地下室を出た後、ショックで12歳のキンバリーは暫く部屋に閉じ籠った。
誰が弟と妹をあんな所に閉じ込め、あんな姿にしてしまったのか。
なぜ母は発狂したのか。
様々なことを頭の中で考えた。
そしてなぜ自分はあの地下室に2人を置いて来てしまったのか。
キンバリーは内側から掛けていたドアの鍵を開けると、急いで部屋を出た。
母と話がしたかった。
しかし母のいるタオ・パイパイの部屋には厳重なセキュリティによってロックがされ、
たとえ会えたところで母は発狂によってすべてを忘れていた。 2日後、父と3人の兄が帰って来た。
キンバリーは何も食べず、部屋に引きこもっていた。
様子のおかしい義妹を心配した三男のマルコムに執拗にドアをノックされ、キンバリーは鍵を開けた。
その頃のマルコムは太っており、締め付けられるのが嫌だからと尻尾を短パンから外に出していた。
どんくさそうで動物っぽいマルコムはいつも優しくて、キンバリーに癒しをくれる存在だった。
しかしドアの隙間から見えたマルコムの顔にキンバリーは恐怖を覚えた。
彼もあのことを知っていて、自分をずっと騙していたのではないか、
そんな疑心暗鬼がマルコムに打ち明けることをさせなかった。 それでもキンバリーは微笑んだ。
「大丈夫よ、ちょっとお腹の調子が悪いだけなの」
その日から、キンバリーの笑顔はただ自分を守るための仮面となった。 「よくも13年間ワシらを騙しておったな!」
タオ・パイパイは憎しみを抑えられずに必殺技のコマンドを入力した。
「科学に犠牲はつきものじゃ。そんなこともわからんのか!」
「遂に『暴れ牛』を強制発動させるコマンドを発見したのじゃ。今、その部屋におる貴様らが最初の犠牲者となれぃっ!」 「取れたか? ララ」
メイファンが聞いた。
「うん。なんか3つぐらい入ってた」
ララは『白い手』を当て、ムーリンの両目に仕掛けられたカメラと、脳に埋め込まれたコントローラー受信部を除去してしまっていた。
ムーリンはきょとんとした顔で手術を受けていた。 「しまった! コマンドが難しすぎたか!?」
タオ・パイパイは何度も←↙↓↘→↙↘↑+ABのコマンドを入力したが、なぜか『暴れ牛』は発動しない。 「いや……。そもそも操作してもムーリン動いとらんし……」
タオ・パイパイはようやく気づいた。
「こんな時に故障か!」 「まぁ、つまり、地獄にママが嫁いじゃったってことか」
優太はキンバリーの話を聞き終わると、言った。
「許せねぇな。腐れ外道オヤジ」
「しかし俺達には関係ない」
茨木が言った。
「あの厄介な金髪娘を葬ってはいけないというのも、関係ない」
3人がムーリンのほうを見ると、笑顔でララと会話をしていた。
そうしていると本当に普通の女の子だった。
「あの子が悪いんじゃないの」
キンバリーがまた言った。
「悪いのはあの子の中の『暴れ牛』なの」 ムーリンは部屋に隔離されていた。
キレることのないよう、穏やかで優しいアニメのDVDを観せられていた。
『……つまんない』
ムーリンは唇を尖らせて、それでも退屈な画面を眺めていた。
「ロックが聴きたい」
そう思っていると、ヤーヤからLINEのメッセージが入った。 「あ。ヤーヤだ」
ムーリンにはヤーヤともども茨木を殺そうとした記憶などなかった。
自分の中に恐ろしいものがいることは知っているが、あの時はヤクザにヤーヤが連れ去られようとしているショックで自分が気を失ったものと思っていた。
そして茨木が実は人さらいではなく、キンバリーの部下だということを知り、それで納得していた。
── ハイ
── ハイ、ヤーヤ。昨日はお疲れ様。
── ( - _ - )
── ?
──ムーリン
──何?
── これから天燈飛ばしに行かない? 鉄道車に乗って一時間ほど走った駅で降りた。
鉄道車はそのまま商店街の中を走って行った。
ヤーヤは台北駅で会ってからほとんど何も喋らなかった。
ムーリンが話しかけても生返事ばかりで、電車から鉄道車に乗り換える時にもさっさと前を歩いた。 天燈を飛ばせる場所までもヤーヤは背中を見せて前を歩いた。
その後ろ姿に向かってムーリンは言った。
「LINE無視してたこと、怒ってる?」
「……」
「ごめんね。へこんでたの。それで……」
「……」
「ヤーヤのこと嫌いになったとか、そんなんじゃないから……」
「着いたよ」
そう言うと、ヤーヤは振り向き、優しく笑った。 色とりどりの紙の中からヤーヤはムーリンに白を選ばせた。
紙の4つの面すべてに願い事を書き、空へ飛ばすのだ。
「素直な願いを書くんだよ」
そう言うヤーヤはいつもの元気にはしゃぐ彼女とは違っていた。
何か人生の辛酸を舐め尽くしたような、落ち着きと諦観が漂い、まるで年上のようだった。
「真面目に、ね」
そう言われ、ムーリンは素直な思いを書いた。
(前を向いて生きられますように)
(自分の中のバケモノに打ち克てますように)
(泣き虫でなくなれますように)
(好きな人とずっといられますように) 書き終えると、二人はお互いの願い事を見せ合った。
ヤーヤはピンク色の紙を選び、4面すべてに同じことを書いていた。
(ムーリンが幸せになれますように) それぞれの紙を店のお兄さんに渡すと、中に火を灯してくれた。
熱で膨らませて行灯となった紙をお兄さんから返されると、ムーリンは空へ向け放った。
遅れてヤーヤも放った。
白い天燈を追うように、ピンク色の天燈が空へと昇って行った。
暗い藍色の空へ、二人の願い事を乗せた天燈が、オレンジ色の炎とともに飛んで行った。 キンバリーは大きなマスクを着け、結わえた長い髪をジャンパーの中に隠し、街を歩いていた。
名高い精神科の医者にムーリンの相談に行ったのだが無駄だった。
『誰か、ムーリンの病気を治してくれるお医者さんはいないの?』
そう考えながらハイヒールを鳴らして歩いていると、突然腕を掴まれた。
「見ィ〜つけた」
バーバラの意地悪な顔が至近距離で笑った。 「ちょっと付き合いなさいよ、キム」
そう言いながらバーバラは物凄い力でキンバリーの腕を引いて歩き出した。
キンバリーは大きな悲鳴を上げ、周囲に助けを求める。
道行く人達は振り返ったが、誰も助けてくれる人はいない。
「アンタ! 何よ!」
バーバラは大声で叫んだ。
「あんなことしといて逃げるつもり!? お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?」 バーバラはコンクリートに囲まれた何もない一室にキンバリーを押し込んだ。
「あたしの隠れ家よ」
バーバラはそう言うと、嬉しそうに笑った。
「何もない、いい所でしょう?」
キンバリーは追い詰められた猫のように髪を乱して威嚇した。
「これからあなたの血で真っ赤に染まるわ」
バーバラは舌なめずりをした。
「……長かった! ようやくアンタをズタズタに出来る」 「武器は使わないわ」
バーバラは戦闘の構えをとる。
「一瞬で殺したら勿体ないもの」
「お姉ちゃん……。あたしも殺し屋一家の一員なのよ」
キンバリーはハッタリをかます。
「迂闊に近づかないほうがいいわよ。あたしにも実は……」
バーバラは鋭い前進でキンバリーの頭頂の髪をひっ掴むと、壁に叩きつけた。
「何も出来ない可愛がられキャラのくせに!」
バーバラは歯を剥き出した。
「アンタがのほほんと皆から可愛がられている間、あたしは血の滲むような苦労で殺人術を身につけて来たのよ!」 「アンタがずっっっと! 憎かった!」
バーバラはキンバリーの顔に唾を飛ばした。
「アンタが来るまでは女兄弟はあたしだけだった! 可愛がられキャラはこのあたしだったのよ!」 バーバラの拳がキンバリーの腹部にめり込んだ。
「ゲホ……ッ!」
苦しがるその表情を見てバーバラは至福の表情を浮かべる。
「さぁ。目玉をくりぬいてやろうかしら」
キンバリーはバーバラを睨みつける。
「その前にその綺麗な長い髪を全部引っこ抜いてやろうか」 キンバリーはスタンガンを背中に隠していた。
次、バーバラが前進して来たら、これをどこでもいいから当ててやる。
しかしバーバラはそんなことはとっくに見抜いている。
普通の女の子として生きて来たキンバリーと殺し屋として修練を重ねて来たバーバラ、
その戦闘力の差は歴然だった。 「ぐあっ!」
茨木敬は思わず声を上げた。
コンビニで買った緑茶が予想外の甘さだったのだ。
「なぜ緑茶を甘くするんだ。しかもモロ人口甘味料の甘さじゃないか」
スクーターに跨がると、スマートフォンを取り出し、見た。
バーバラが現れたらキンバリーから連絡が入っている筈だ。
しかしキンバリーからは何のメッセージも入っていない。
「今日は平和だな」
そう言うと茨木はセルを回してエンジンを始動させた。
「台湾野良猫でも探訪してみるかな」 スタンガンが床に転がった。
バーバラが爪を立て、キンバリーの額から血が流れ落ちる。
声も出せずにいるキンバリーの苦しそうな顔を堪能しながら、バーバラは言った。
「お姉ちゃんにこれから殺される気分はどう?」
キンバリーは歯を食い縛り、充血した目で睨みつけながら答えた。
「一度もアンタを姉だと思ったことはないわよ!」
「それは光栄だわ。でもあたしはアンタを妹だと思ってたわよ?」
そう言うや否や、バーバラは素早い動きで両手をキンバリーの首に絡めた。
「タオ・パイパイに妹だと思えって言われてたから殺せなかったの!」 キンバリーの顔が苦痛に歪む。
目玉が飛び出て、口が無様に歪んだ。
「でも、ありがとう。あなたがヤクザを雇ってあたし達を滅ぼそうなんて立派な計画を立ててくれたから……」
バーバラは首を締める手に力を入れた。
「タオ・パイパイが許してくれたのよ、アンタを殺せって」
悔しそうにキンバリーの手が宙を掻きむしる。
赤かった顔にだんだんと青が混じりはじめる。
足はバーバラに踏みつけられ、身動きが出来ない。
しかし断末魔の叫びを上げたのはバーバラだった。 バーバラは口をすぼめ、喉を掻きむしると、もんどり打って床に倒れた。
みるみる顔色を紫にして床を転げ回る女の姿を眺めながら、入口に立つ背の低い男の影があった。
「いかんなぁ、そんな美しい人を殺めようとしたら」
男はそう言うと部屋に入って来た。
腰につけていた解毒剤を飲んだが、すぐには毒は分解されず、バーバラはさらに床を転げ回る。
転げ回りながら、男を睨みつけ、地獄から振り絞るような声で言った。
「ク……ソ……兄!?」 キンバリーは護身用にナイフを持たされていた。
それをバッグから取り出すと、バーバラめがけて振り下ろす。
しかし毒に冒されていても、キンバリーの攻撃にやられるバーバラではなかった。
足でナイフを蹴り飛ばすと、身を起こし、呼吸を整える。
「美しいお嬢さん」
男はキンバリーに向かって言った。
「貴女もやめなさい。貴女にそんなものは似合わない」
「ジェイコブ兄さん!?」
キンバリーは何か調子の狂っているジェイコブを見て、声を上げた。
「……何!?」 解毒剤を飲むと後が辛い。腹の痛みが二日間続き、便意が止まらなくなるのだ。
バーバラは舌打ちをした。 すべての毒に効くようムチャクチャな調合をされているので、当たり前だ。
しかしバーバラは不思議がった。ジェイコブが姿を消してから3日は経っている。
それだけあれば、彼ならこの薬の効かない新しい毒を作り出せた筈だ。
しかも解毒剤で回復しはじめている自分を余裕で放置している。
『バカになったの? ジェイ兄!?』 『キムがジェイコブを殺し、あたしがキムを殺したとタオ・パイパイには報告しておくわ』
バーバラは立ち上がると、床に落ちているキンバリーのナイフを手に取った。
『なるべく素人が刺したように刺さなきゃね』 「申し遅れた、私の名前は──」
ジェイコブは二人に自己紹介をした。
「ベルダード=シュバルツバルトと申します」
「はあ!?」
バーバラとキンバリーは声を揃えた。
「光の守護者の末席にして、神の忠実なる子供」
ジェイコブは続けた。
「『ベル』と、お呼びください」
そうしてニッコリと笑ったジェイコブめがけてバーバラが突進した。
「キモい! 死ねやクソ兄!」 「時間に追われるのはきらいだ」
ジェイコブは胸をメッタ刺しにしながら、純真な目で呟いた。
「いつまでもまったりしていたい」 だが、メッタ刺しにしたナイフからは何の抵抗もなく、煙を切っているような感覚だった。
異変に気がついたバーバラはジェイコブから離れた。
「まさか・・・幽霊!?」 ジェイコブおじさんは、自慢のスキンヘッドを煌めかせながら
滑るようにバーバラとの距離を詰めた。
「…うっ!」
バーバラはたじろき後退る。目の前の男は本当に自分の兄なのか?
そう疑わざるを得ないほど、目の前の彼からは異様な雰囲気が漂っていた。 「過去の自分のことは覚えていません。私は産まれ変わったのです」
ジェイコブはキラキラ輝きながら言った。
「ヴェントゥス=ハルク=ディオニソス様の元でね」
「うわーーーっ!! キモいキモいキモい!!」
そう叫ぶとバーバラは背中に手を回した。
手を前に戻した時にはマシンガンを抱えていた。
「くだらないイリュージョンだ……」
気だるい表情でそう呟くジェイコブに向け、バーバラは叫びながら乱射を開始した。
「跡形もなく消えろ! クソ兄!!」 「待って! お姉ちゃん!」
キンバリーがバーバラを止めた。
「ジェイコブ兄さんがキモいのは元々よ! 間違いなくこれはジェイコブ兄さんだわ!」
「だから殺すのよ、クソ妹」
バーバラは撃ち尽くしたマシンガンを捨てると、髪の中からバズーカ砲を取り出した。
「ずっとこのアホを殺したかったのよーオッホッホ!」
ドカンと一発大きいのが飛んで行った。 「可愛さは……」
ララは鏡に向かって口紅を塗りながら、言った。
「武器!」
そして髪型をツインテールにし、日本の女子高生風のセーラー服を着ると、部屋を出た。
「どこ行くんだ、ララ?」
メイファンが聞いた。
ララは答えた。
「台北うまいもん巡り!」
「それになんでその格好なんだ?」
「こんな可愛い娘、襲える殺し屋などいないからよっ!」
ララは胸を張って言った。
「ずっと部屋にいたら死にたくなっちゃうのよぅ! 危険を省みず遊びに行かなくてはぁ!」
「……」
メイファンは眠たいのに寝られなくなった。 「なぁ……ララ」
メイファンは眠そうな声で言った。
「頼むから昼間はずっと寝ていてくれ」
「断る!」
ララは歩きながら串に刺したイチゴ飴をコリコリ噛りながら言った。
「美味しい? 美味しいねぇ、メイ」 「わかった」
メイファンはとても眠そうな声で言った。
「仕事がすべて片付いたら、お前の遊びに付き合ってやるから……」
「待てん!」
ララは特大餃子を箸で割りながら、言った。
「見て見てメイ! 肉汁がジュッワァ〜!♪」 そこへジャン・ウーから電話がかかって来た。
『こちら福山(酒鬼)雅治』
「こちら黒色悪夢」
メイファンが電話に出た。
「どうした? 酒鬼」
『黒色悪夢よ、今、チャンスじゃぞい』
「何?」
『今、タオ邸にはタオ・パイパイ1人じゃ。今なら攻め込める』
「酒鬼、今どこにいる? 1人で侵入するな」
『いやいや簡単に侵入できたぞい。ワシ1人でも殺れるかもしれん。やってええか?』
「バカ! ジャン爺! 罠だ!」 「ほっ?」
ジャン・ウーが気配に気づいて振り返ると、拳法着姿の小柄な初老の男がそこに立っていた。
「『黒色悪夢』の仲間じゃな?」
タオ・パイパイは低い声で言った。
「うんにゃ。ワシが黒色悪夢じゃよ」
ジャン・ウーは気丈夫に答えた。
「お主がタオ・パイパイじゃな?」
パイパイは鼻で嗤うと、背を向けた。
「帰れ、ワシにはジジイを殺す趣味はない。助けてやる」
「ほほう」
ジャン・ウーの額に血管が浮き上がった。
「たかがワシより10歳ぐらい若いぐらいで他人をジジイ呼ばわりするでない」