高校時代の記憶の中に、あるこんな思い出が挟まっている。それが現実に起きたことなのか、それとも授業中にしていた、うたた寝の時に見た夢だったのかはよくわからないが、とにかく高校の頃の一番の思い出として今でも鮮明に覚えていることがある。
それは放課後に音楽室の前を偶然通りがかったときのことだった。

 誰かがピアノを弾いていた。僕は立ち止まって、扉の窓から音楽室の中をのぞいた。ピアノを弾いていたのは女子生徒だった。けれど教室の窓から差しこんだ夕暮れが彼女の顔に影を作っているせいで、どこのクラスの誰だかはわからなかった。僕はただじっと彼女を見ていた。
静かな時間が過ぎていった。グラウンドの掛け声も、どこかの教室から聞こえてくる喧噪も、何も聞こえない。ただほこりのかぶったようなピアノの音と、オレンジ色の音楽室だけが僕の目の前にあった。世界にはもうここだけしか残っていないようだった。