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ロスト・スペラー 20
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/12/07(金) 18:09:05.48ID:81QT8mxd
未だ終わらない


過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1530793274/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1518082935/
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
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http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
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http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0209創る名無しに見る名無し
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2019/03/01(金) 19:31:39.36ID:SzMjHMK0
バルマムスは這いながら後退った。

 「こんなのが来るなんて、聞いてないぞ……!
  畜生、何時も何時も、こうだ!」

 「ハハハハハ、君は僕とは最悪の相性だからな。
  得意の超音波も僕には効かない。
  早々(さっさ)と去(い)ねぃ!」

腰砕けのバルマムスをレノックは喝破したが、バルマムスは逃げなかった。

 「わ、我等には公爵級が付いているのだぞ!
  去ぬるのは貴様だ、レノック!」

 「だから、どうした?
  この場で殺して欲しいのか?」

凄むレノックを見て、子供の姿で物騒な事を言うのだなと、執行者パルティーンは驚く。
バルマムスは歯噛みした。

 「グヌヌ……!」

 「あっ、そうだ。
  逃げないなら教えて欲しい事がある。
  マイストルって知ってるかい?」

 「ああ、知っているとも。
  ヴァールハイトの事だろう?」

バルマムスが浅りと答えた事に、レノックとパルティーンは拍子抜けしたが、2人共、
ヴァールハイトなる人物は知らなかった。
0210創る名無しに見る名無し
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2019/03/01(金) 19:33:34.91ID:SzMjHMK0
2人は顔を見合わせて、お互いにヴァールハイトと言う名に聞き覚えが無い事を確かめる。
その後にレノックはバルマムスに迫った。

 「そいつは今どこに居る?」

 「この家の地下さ」

 「良し、君は暫く眠ってなさい」

マイストルの居場所を聞き出した彼は、もう用済みだとばかりにバルマムスの目の前で指を弾いた。
耳の良いバルマムスは指を弾く音を聞いた途端に、気を失って倒れ込む。
執行者パルティーンは怪訝な顔でレノックに問うた。

 「素直に情報を吐くなんて怪しいと思わないのか?」

 「罠だとしても、嘘は言っていない。
  ……念の為に、君は外で待機するか?
  半角過ぎても僕が出て来なかったら、急いでブリンガーに引き返すって事で」

レノックの提案にパルティーンは長考した。
フォーコン課長率いる中隊が敵に回っている状況では、自分独りマールティン市から脱出するのにも、
それなりの危険がある。
そもそもレノックを彼は完全に信用していなかった。
だが、2人して罠に嵌まるのは何としても避けたい。
自分だけでも無事なら、仲間を引き連れて戻って来れば良い。
そう考えて結論を出す。

 「分かった、私は外で待っていよう」

 「大丈夫だとは思うけどね。
  これを渡しておこう」

レノックはパルティーンに小さな石を渡す。
0211創る名無しに見る名無し
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2019/03/01(金) 19:35:43.80ID:SzMjHMK0
それを受け取ったパルティーンは彼に尋ねた。

 「これは?」

 「『音石<サウンド・ストーン>』、僕の分身だ。
  何かあった時には、こいつが教えてくれる」

レノックはパルティーンに音石を託して別れる。
独りになったレノックは音の反響を利用して、地下への入り口を探し当てた。

 (罠の可能性か……。
  何が考えられるかな?
  僕に探知出来ない様な罠は殆ど無いんだけど)

地下への入り口は2階に上がる階段の裏に隠す様にあり、レノックは明かり一つ持たずに、
暗闇の中へと下りる。
音を見る事が出来る彼には、明かりは必要無いのだ。
階段を下り切ると、そこには両開きの扉があった。
その向こうからは幽かな明かりが差し込んでいる。

 (ウーム、罠臭い……。
  パルティーンと別行動して正解だったな)

レノックは思い切って、両開きの扉を押し開け……ようとしたが、開かなかったので、引き開ける。
そこに居たのは青いローブを纏った痩せ身の男性だった。
彼は埃臭い物置き小屋の様な地下室で椅子に座り、堂々とレノックと対面している。

 「君がマイストル……?
  その顔は覚えがあるぞ。
  そうだ、反逆同盟の一員、ゲヴェールト・シュトルツ・ブルーティクライトだったか?
  否、少し老けて見えるな……。
  君がヴァールハイトなのか」

ゲヴェールトとヴァールハイトの関係をレノックは知らないが、何等かの関連がある事は、
直ぐに理解出来た。
0212創る名無しに見る名無し
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2019/03/02(土) 19:24:50.67ID:I2qhRTKM
レノックは室内に踏み込まず、その場でヴァールハイトを観察する。

 「君には魂が2つ感じられる。
  成る程、『二人の魔法使い<デュアル・マジシャン>』か?
  1人がゲヴェールト、もう1人が君と言う訳だな、ヴァールハイト」

 「お前の事は知っている。
  音の魔法使いレノック・ダッバーディーだな」

ヴァールハイトは、その場から動かないばかりか、指一つ動かす素振りも見せない。
魔法を使わないのだろうかと、レノックは怪しんだ。
彼の疑念を読んだ様に、ヴァールハイトは告げる。

 「私は自分より強い者と好んで戦う程、馬鹿では無い」

 「だったら、どうするんだ?
  僕は容赦する積もりは無いぜ。
  君さえ倒してしまえば、街の皆の洗脳は解けるんだろう?」

レノックが横笛を構えると、行き成り辺りが真っ暗になった。
彼は空間を認識する事が出来なくなる。

 (部屋の外からでも罠が作動するのか……!
  これは異空間?
  ルヴィエラの仕業か?)

レノックは力業で脱出しようと、幾つもの楽器を召喚して宙に浮かべた。
彼が演奏を始める前に、何者かの声がする。

 「さてさて、そこまでだよ」
0213創る名無しに見る名無し
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2019/03/02(土) 19:25:39.77ID:I2qhRTKM
それに反応してレノックは周囲を見回した。

 「その声……!
  やはりルヴィエラか!
  悪魔公爵の君が、直々に出て来るとは!」

 「お前の横暴振りが目に余ってね。
  高位の悪魔貴族が、余り小事に首を突っ込む物じゃないよ」

ルヴィエラはレノックが悪魔貴族としての礼を欠いていると指摘する。
彼女の言う通り、高位の悪魔貴族は一々下位の存在の諍いには口を挟まない物だ。
圧倒的な力を以って、そこに介入する事は、子供の喧嘩に大人が出て来る様な物。

 「君が暗躍してなければ、僕も黙って見過ごせたんだけどね」

 「それなら、お前も暗躍すれば良かったのに。
  お前が表に出て来るなら、私も出て来ざるを得ないよ。
  紳士協定違反と言う奴だ。
  罰として、お前には暫く、ここで眠っていて貰うとしよう」

 「暫くって何時までかな?」

 「私が世界を征服し終えるまでさ」

やれやれとレノックは両肩を竦めて、何も無い空間に座り込んだ。

 「まあ良いさ。
  この空間に僕が居れば、如何に君とて迂闊な行動は取れないだろう。
  僕は人間を信じる事にするよ」
0214創る名無しに見る名無し
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2019/03/02(土) 19:26:39.30ID:I2qhRTKM
嫌に物分かりの良い彼を、ルヴィエラは怪しんだ。

 「随分と余裕があるな。
  何か企んでおるのか?」

 「否々(いやいや)、途んでも無い!
  ここに囚われるのだって予定外だったさ。
  でも、僕を封印し続ける積もりなら、君も半分とは行かないまでも、3分の1位の力は、
  抑えられてしまうだろう?」

 「フン、そこまで行かないさ。
  精々5分の1、否、10分の1だよ」

 「そうかい?
  とにかく、君が少しでも油断したら、僕は何時でも抜け出すよ。
  この空間自体は、僕にとっては何て事無い物だ」

強がるレノックにルヴィエラは言う。

 「ホホホ、次に目覚めた時は、悪魔の世界だよ」

 「それでも僕は別に構わないんだけどね。
  僕自身が困る訳じゃない」

 「口の減らない小僧め!」

 「小僧は止してくれよ、年は僕の方が上なんだぜ?
  お嬢さん」

口の巧さではレノックに敵う者は居ない。
ルヴィエラは反論を諦めて、力尽くで眠らせる事にした。

 「さっさと眠れ!」
0215創る名無しに見る名無し
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2019/03/03(日) 19:43:53.49ID:lJoXBM+W
一方その頃、民家の外で隠れて待機していた執行者パルティーンは、音石に呼び掛けられる。

 「パルティーン!
  レノックが捕まった!」

 「わっ、吃驚した……。
  喋るのか、こいつ?
  通信機――とも違うのか」

行き成り手に握っていた石が喋ったので、彼は目を剥いて驚いた。
音石は呆れて言う。

 「石が喋って何が悪い!
  そんな事より、大変だ!
  レノックが!」

 「……ああ、解ってる。
  捕まったんだろう?
  脱出は出来そうなのか?」

 「分からない」

 「助けに行くべきか?」

 「……君じゃ無理だと思うなぁ」

音石に自らの無力を指摘されて、パルティーンは少し立腹した物の、そこは大人しく認めて、
次に取るべき行動に移る。
0216創る名無しに見る名無し
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2019/03/03(日) 19:44:48.09ID:lJoXBM+W
 「それなら脱出して、助けを求めるか」

それに音石も同意した。

 「そうした方が良い。
  包囲されない内に、早く!」

執行者パルティーンは気配を消した儘、街の門に向かう。
しかし、門では都市警察の代わりに、執行者が番をしていた。

 「……素直に門から出るのは無理そうだな」

パルティーンは街を囲う外壁を見上げる。

 「まあ、この程度なら飛び越えて逃げれば良いが……。
  そう言えば、隠密魔法使いは?」

彼は脱出する前に、別行動をしているフィーゴ・ササンカを気に掛けた。
直ぐに音石が答える。

 「彼女とも連絡は取れている。
  一旦、一緒に脱出しよう。
  街の外で落ち合う様に言っておくよ」

 「どうやって?」

 「彼女にも『僕』を持たせてあるから。
  僕等、音石は皆レノックの分身で、意思も共有しているんだ」

外道魔法使いとは恐ろしい事が出来るなと、パルティーンは感心した。
0217創る名無しに見る名無し
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2019/03/03(日) 19:45:59.10ID:lJoXBM+W
パルティーンは近くに執行者が居ない場所まで移動して、外壁を越える準備をする。
外壁を越えるには魔法を使わなくてはならないが、先ず確実に執行者に発見される。
フォーコン中隊には処刑人も居るので、即死魔法を使われる可能性もある。
十分に気を付けなければならない。
慎重に外壁を越え易そうな場所を探して、パルティーンは素早く外壁を飛び越えた。
同時に、背後から声がする。

 「居たぞ、殺せ!!」

 (容赦無いなっ!?
  洗脳されてるとは言え、何て奴等だ!)

高所から即死魔法で狙われては一溜まりも無いので、パルティーンは直ぐに気配を消して、
一直線に近くの森の中に逃げ込んだ。
そして全力で逃げ続ける。
街から数区離れても、彼は追撃を警戒して、森の中で息を潜める。
処刑人は執拗なのだ。
一度抹殺すると決めたら、地獄の果てまで追い詰める。
魔法を使えば、数区程度の追走も然程苦では無い。

 (執行者も処刑人も、敵に回すと恐ろしいな)

パルティーンが内心で思うと、音石が心を読んだ様に話し掛ける。

 「どうだい?
  僕等外道魔法使いが、普段どんな気持ちで過ごしているか、少しは解ったかな?」

 「ああ、十分過ぎる程な」

追跡者が居ない事を確認して、パルティーンは漸く安堵の溜め息を吐く。
0218創る名無しに見る名無し
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2019/03/04(月) 19:03:24.61ID:600IQIUz
処刑人の追跡が無いのは何故なのかと、彼は考えた。

 (街から出ると、洗脳が解けるのか?
  しかし、結界の様な物は無かった。
  マイストルから離れると効果が切れる……?
  掛け直すのが手間なのかも知れない)

処刑人は諦めが悪い……と言うより、諦めてはならない。
処刑人は指示の儘に、逃亡者は疲れ果てるまで追い回し、絶対に止めを刺す。
目的を達成するまでは止まらない。
それをしないと言う事は、やはり理由があるに違い無いと、パルティーンは確信を持った。

 (皆、街から連れ出せば、洗脳が解けるかも知れない。
  逆に言うと、街の中に居る限りは駄目だと言う事になってしまうが……)

難しい顔をして考え込む執行者パルティーンに、音石が呼び掛ける。

 「あっ、マイストルの正体は判ったよ。
  反逆同盟のゲヴェールト・ブルーティクライトだ」

 「やはり反逆同盟だったか……。
  それで、どんな手段を使ったんだ?」

 「それが判らない。
  僕もゲヴェールトが、どんな魔法使いなのか知らない」

 「予想も付かないのか?」

 「何か特殊な事をしているのは、確かなんだけど……。
  詰まり、何等かの媒介を使っているって事。
  『姿を見る』とか『声を聞く』とか簡単な事じゃなさそうだ」

パルティーンと音石は共に考え込んだ。
0219創る名無しに見る名無し
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2019/03/04(月) 19:05:10.53ID:600IQIUz
その時、隠密魔法使いのササンカが木の上から下りて来る。
全く気配を感じさせずに現れた彼女に、パルティーンは吃驚して思わず声を上げた。

 「フワッ!?」

 「お静かに。
  追跡されていないとは思いますが、念の為」

 「……何だ、隠密魔法使いの――、えー、名前は?」

 「ササンカです」

 「そう、ササンカ。
  そちらは何か判ったか?」

 「はい」

どうせ空振りだろうと思っていたパルティーンは、ササンカが頷いたので目を剥く。

 「本当か!?」

 「はい、媒介の正体は水です。
  水に僅かですが、異物が混ぜ込まれていました。
  恐らくは、血液だろうと思います」

彼女は水筒に採取した水道水をパルティーンに渡した。
パルティーンはササンカに尋ねる。

 「どうやって調べた?
  参考の為に聞かせて欲しい」
0220創る名無しに見る名無し
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2019/03/04(月) 19:06:35.69ID:600IQIUz
ササンカは頷いて、冷静に話す。

 「市内の人間全員を洗脳するのに、結界らしい物は無いと言う所から、何等かの媒介や、
  儀式の様な物があろうと、レノック殿は推測していました。
  そうすると多くの者が毎日必ず行う事でなければなりません。
  第一に考え付いたのが、睡眠と食事です。
  人の習慣は様々ですが、その2つをしない人間は居ません」

 「それで水を調べたのか!」

 「はい。
  食事も食材によっては食べない人が居ます。
  しかし、水を飲まない人は少ないでしょう。
  尤も、旅行者等は別ですが……」

成る程と感心するパルティーンだが、1つ気になる事があった。

 「しかし、どうして血液と?」

 「臭いを嗅いで、少し舐めてみました。
  本の微かにではありますが、血の味と臭いがしました」

 「……大丈夫なのか?
  洗脳される可能性があったのでは?」

 「何かあっても、口に含むだけなら吐き戻せば大丈夫です。
  私は特殊な訓練を受けています」

ササンカの逞しさにパルティーンは圧倒されるも、やはり共通魔法を知らない事は不便だと哀れむ。
外道魔法使いは共通魔法を使いたがらないので、中々儘らない物だ。

 「共通魔法なら水質検査も簡単なのに……」
0221創る名無しに見る名無し
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2019/03/05(火) 19:26:39.56ID:D1b7IIDA
ササンカは彼の呟きを無視して、彼女自身が持っている音石に話し掛けた。

 「それでレノック殿、どうしましょう?」

 「一旦引き返して、この情報を伝えるべきだろう」

音石の答にパルティーンも頷く。

 「ああ、種さえ判れば、何も恐れる事は無い!」

 「いやいや、待ってくれ。
  執行者や処刑人を引き連れて、突撃する積もりなのかい?」

パルティーンは音石に待ったを掛けられて、眉を顰めた。

 「……解っている。
  詰まり、市民を人質に取られる事を懸念しているんだな?」

 「その通りだ。
  反逆同盟は数では敵わないが故に手段を選ばない。
  特に、執行者の集団が市内に駐在しているのが厄介だ」

執行者は共通魔法に対抗する手段を心得ている。
魔法で動きを封じようとも、1人でも封じ損ねれば、そこから突き崩される。
場合によっては、執行者を真っ先に全滅させる事も考えなければならない。
パルティーンは暫し無言で考え込んだ後、今ここで悩んでいても仕方が無いと割り切った。

 「とにかくブリンガー市まで引き返そう。
  入念に作戦を練らなくては」

皆は頷き合い、取り敢えずブリンガー魔導師会に報告しに戻る事になった。
0222創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/05(火) 19:29:46.45ID:D1b7IIDA
そしてブリンガー魔導師会では改めてマールティン市の解放作戦を計画する事になったのだが……、
これが中々難航した。
一気に攻勢を掛ければ、反逆同盟が破れ気狂れになって、市民を全滅させる事も有り得る。
とにかく反逆同盟としては、魔導師会の信用を落とせば良いのだから。
そこで作戦は2つに絞られた。
1つは禁呪を使う方法。
街全体を包囲して、時を止める大魔法を使う。
しかし、これは覚られずに準備を進めるのが難しい上に、長い時間が掛かる。
もう1つは暗殺部隊を送り込む方法。
精鋭を市内に潜伏させて、マイストル事ヴァールハイト事ゲヴェールトを暗殺するのだ。
これはマイストルを発見出来るか、運次第の所がある。
一度居場所が明らかになってしまった以上、ゲヴェールトは同じ所に留まりはしないだろう。
実行部隊が潜入中に発見されてしまうリスクも考慮しなくてはならない。
そこで2つの作戦を同時並行で進める事になった。
マールティン市に送り込む精鋭には、時間停止魔法の事は伝えない。
もし操られる事になっても、情報を吐かせない為だ。
余り時間が掛かる様であれば、諸共に時間停止魔法に巻き込む。
精鋭は処刑人の中でも腕利きの者から選ばれた。
街中での飲食は慎み、とにかくゲヴェールトを見掛けたら殺すと言う指示を受け、処刑人達は、
マールティン市に忍び込む……。
0223創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/05(火) 19:33:30.65ID:D1b7IIDA
そう言う予定だったのだが、市の警備は厳重になっており、容易に潜入は出来なくなっていた。
外壁の守備は都市警察に代わって、フォーコン中隊の執行者が仕切っている。
都市警察の目を欺く事は出来ても、執行者の目を欺く事は容易では無い。
フォーコン中隊には処刑人が居るのだ。
見付かったら殺されてしまう可能性がある以上、どうしても実行には慎重になる。
ゲヴェールトの暗殺作戦は一旦中止となり、先に時間停止魔法の準備だけが進められる事になった。
――その時、マールティン市に入ろうとする1人の男が居た。
マールティン市への市民の移動は魔導師会と都市警察が禁じていた。
生活物資や食料が届かなくなれば、マールティン市民は困窮する。
物資を仕入れに街の外に出よう物なら、それは洗脳を解除する好機だ。
それなのに街に入ろうとする男は何者なのか?
魔導師会の執行者達は彼を呼び止めて、話を聞いた。

 「おい、そこの!
  この道路は封鎖中だ!」

 「えっ、そうなんですか?」

 「知らなかったのか?」

 「いえ、聞いてはいましたけど、バリケードとか無かったですし……。
  検問とかも無かったので、もう通れるのかと……」

執行者達は封鎖と言いながらも、立ち入りを禁じさせる障害は置かず、表向きは自由に通れる道路に、
見せ掛けていた。
それはマールティン市から外へ出る者を警戒させない為だ。

 「とにかく誰も通す訳には行かない。
  何の目的でマールティン市に入ろうとしていた?」
0224創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 18:57:51.33ID:9vaEnqs9
執行者達の詰問に、男は困った顔をして言う。

 「マールティン市に用は無いんですけど……。
  その近くのサブレ村に行こうと思っていまして」

執行者達は愚者の魔法で嘘を封じていたが、特に抵抗された様子は無いので、一応は信じる事にした。

 「残念だが、回り道をして貰いたい」

 「道路工事って訳でも無さそうですが、何かあったんですか?」

 「何でも無い。
  早く立ち去れ」

 「何か私に協力出来る事はありませんか?」

男の申し出に、執行者達は目を見張った。

 「何を馬鹿な……。
  何も無い、引き返せ」

 「もしかして反逆同盟絡みの事件ではありませんか?」

執行者達は狼狽を隠して、鋭い目付きで彼を睨む。

 「お前は――!」

 「私はワーロック・アイスロン。
  反逆同盟と戦う者です」

男の告白に執行者達は驚愕した。
これが噂に聞く協力者なのかと。
0225創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 18:59:24.94ID:9vaEnqs9
協力者は外道魔法使いだと執行者達は聞いていたのだが、目の前のワーロックと名乗った男は、
全く脅威も魔法資質も感じさせなかった。
認識を狂わされたのかと、執行者達は震える。

 「行き成り、そんな事を言われても」

 「それは尤もです。
  私には信用して貰う方法も――あっ」

ワーロックは小さく声を上げて、その場で魔力通信機を取り出した。
そして、どこかの誰かに連絡を入れる。

 「もしもし、ワーロックですけど。
  ――ええ、話を通して貰えないかと。
  あっ、切れた……」

何をしているのかと訝る執行者達の視線に気付いた彼は、不審な愛想笑いをした。
その直後に赤豆色の魔導師のローブを着た女性が、物凄い速さで遥か遠方から駆け付ける。

 「八導師親衛隊が一、疾風のバレーナ、只今参上!」

彼女は名乗り終えると、肩で息をしながら、青いローブの執行者達を見詰める。
執行者達は困惑していた。

 「親衛隊……?」

 「そうです!
  彼の身分は私が保証します」

バレーナは親衛隊の証である徽章を堂々と執行者達に見せ付ける。
0226創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/06(水) 19:02:42.71ID:9vaEnqs9
しかし、執行者達は一々親衛隊の徽章を記憶していない。

 「あの赤いローブって何だっけ?
  青が執行者、緑が教師、黒が研究者、黄色が道具協会、白が医療、灰色が一般……」

 「赤は……?」

 「資料館も緑だったよな?
  教師が明るい緑で、資料館は暗い緑。
  処刑人は薄い青、八導師は金縁、赤は競技会じゃなかったか?」

 「競技会は紫で、技術士会が暗い橙。
  赤は競技者だったと思う」

 「それだ!
  競技者が真っ赤なんだよな。
  代議員が銀縁で……。
  あの暗い赤みたいな紫みたいなのは何だ?」

 「親衛隊って青じゃなかったか?
  ガーディアン・ブルーとか言う」

バレーナは内輪で話し合ってばかりの執行者達に近付いて、文句を言う。

 「魔導師の手帳に書いてありますよ!
  親衛隊は深い青紫と深い赤紫!
  ガーディアン・ブルーとインスペクター・レッドです!」

彼女は手帳の該当頁を開いて、確りと全員に見せ付けた。
それで漸く執行者達も納得する。
0227創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/07(木) 18:53:33.11ID:3B/knHlc
バレーナはワーロックと執行者達に話した。

 「大凡の事情は、私も把握しています。
  マールティン市は反逆同盟のゲヴェールト・ブルーティクライトに占領されました。
  彼は血液を媒介にして人を操っています。
  彼の血が混ざった水や食物を摂取しただけで、彼の支配下に入ってしまうのです」

 「そんな事になってるんですか……。
  私に何か出来ますか?」

そう問われて、バレーナと執行者達は顔を見合わせる。
執行者達は困り顔で答えた。

 「いや、無い……」

何も知らない者から見れば、ワーロックは魔法資質が低い一般人だ。
協力して貰う事は何も無いと、執行者達は気不味そうに断る。
バレーナはワーロックに逆に問い掛けた。

 「何か出来る事があるから、ワーロック殿は、ここに来られたのでは?」

 「あぁ、いや、そうでも無いんですけど……。
  何かして欲しい事はありますか?」

改めてのワーロックの問い掛けに、執行者達は戸惑う。

 「何かって……」
0228創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/07(木) 18:54:29.87ID:3B/knHlc
ワーロックも自分なりに考えて、至極真面目な顔で尋ねた。

 「そのゲヴェールトって言う人を何とかすれば良いんですよね?」

 「そんな簡単に行くなら苦労は無い。
  街中の全員が敵なんだぞ」

執行者達も真面目に答える。
ワーロックは両腕を組んで低く唸った。

 「……あの儘、私が貴方々に止められずに街の中に入っていたら、どうなっていました?」

 「そりゃ何も知らずに何か食うなり飲むなりして、洗脳されてたに決まってる」

 「街の中には入れる訳ですか?」

 「ああ、執行者じゃなければ警戒はされないだろう。
  あんたは魔法資質も低いみたいだからな……」

 「それなら怪しまれずに潜入してゲヴェールトを倒す事も出来るのでは?」

ワーロックの提案に執行者は少し間を置いて答えた。

 「あー、理屈で言えば、そうなんだが……。
  危険過ぎる。
  素人には任せられない」
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2019/03/07(木) 18:55:15.11ID:3B/knHlc
そこにバレーナが割って入った。

 「いえいえ、彼は素人ではありませんよ。
  ワーロック殿が解決した事件は多いのです。
  エグゼラの巨人事件に、ボルガの魔城事件、全てワーロック殿の協力あって、解決に至りました」

 「それは一寸、大袈裟ですけど……。
  それなりの役割は果たしたと自負しています」

執行者達は疑わし気な眼差しでワーロックを見詰め、その後にバレーナに問い掛けた。

 「本当に大丈夫なんですか?」

 「他に潜入に適した人は居ないでしょう。
  魔導師でない事、魔法資質が低い事、私達の事情を理解してくれる事。
  これだけの要素を持った人が他に居ますか?」

 「……お話は分かります。
  しかし、我々だけでは判断が付きません」

ここに来て執行者達は、お役人振りを発揮する。
作戦命令に無い勝手な行動は取れないと言う訳だ。
それ自体は間違ってはいない。
バレーナは呆れながらも自らの判断で命じる。

 「上には私が話を通しておきます。
  それに彼なら敵に回っても大丈夫でしょう」

 「ああ、確かに」

執行者達が浅り納得して頷いたので、ワーロックは少し傷付いた。
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2019/03/08(金) 19:43:28.80ID:V3EEz8Em
それからワーロックは外壁の門に向かった。
門の前にはフォーコン中隊の執行者達が居て、物々しい様子。
ワーロックが近付くと、執行者達は彼を警戒する。

 「待て、マールティン市に何の用だ?」

 「何の用って……。
  何かあったんですか?」

ワーロックが素っ呆けて尋ねると、執行者達は苦々しい顔をして問う。

 「……本当に知らないのか?」

 「あー、知ってはいます。
  マールティン市方面は通行禁止でしたよね?
  でも、道は何とも無かったですし……。
  本当の事は実際に見てみるまで分からないじゃないですか?」

 「あんた、記者か何か?」

 「いえ、旅の商人です」

執行者の問にワーロックは許可証を提出して答えた。
それが本物だと判ると、執行者達は数極間、お互いの顔を見合う。

 「えー、荷物の検査をしても?」

 「はぁ、どうぞ」

ワーロックはバックパックを渡して、怪しい物が無い事を確認させる。
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2019/03/08(金) 19:44:34.30ID:V3EEz8Em
危険が無い事を理解した執行者達は、ワーロックを通す事にした。

 「……通って良いぞ。
  但し……、いや、この街には何も異常は無い。
  どうも本部は市内の状況に就いて、誤解しているみたいなんだ。
  それは解ってくれ」

何を言っているんだと訝るワーロックだが、執行者達の顔は真剣だ。
これも洗脳されている所為だろうかと、ワーロックは不思議がりながら市内に入った。
市内は静まり返っていて活気が無い。
交通を封鎖されているのだから、当然と言えば当然だ。
ワーロックは取り敢えず、彼方此方の商店を見て回る事にした。
だが、どこの商店も棚は空か空かで品切れがある。
ある食品店でワーロックは店主に問い掛けた。

 「あのー、品切れってなってるんですけど……」

 「ああ、入荷を頼んでも来てくれなくなって。
  配達も駄目だって言うんだ。
  どうしてもって言うなら、取りに来てくれってさ」

 「取りに行かないんですか?」

ワーロックが素直な疑問を口にすると、店主は眉を顰める。

 「行きたいのは山々なんだがね……」

 「何か問題でも?」

 「いや、他所の人には解らない事ですよ……」

再びの問いにも、店主は意味深に暈かして答える。
0232創る名無しに見る名無し
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2019/03/08(金) 19:49:05.54ID:V3EEz8Em
ワーロックは両腕を組んで考えた。
この儘では、街は困窮してしまう。
それは作戦通りなのだが、日常生活に支障が出て困るのは市民だ。
もしマールティン市民が徹底的に耐えると言う選択をしたら、どうなるか……。
洗脳されているのだから、そちらの可能性の方が高い。
ワーロックは旅商として申し出た。

 「私が仕入れて来ましょうか?
  私は行商の許可を持っています。
  一度に大量には無理ですけど、馬に乗せて運べる分位は……」

 「えっ、貴方が!?」

 「そんなに驚く様な事ですか?
  私は個人事業なので、特に誰にも許可とか必要無いですし……。
  あ、流石に倍の値段で売ろうとかは考えていないので、安心して下さい。
  仕入れの1割増で、どうでしょう?」

 「割増って市販価格じゃないでしょうね?」

 「いや、これでも業者とは付き合いがあります。
  商売の性質上、余り安い所ではありませんが……。
  急な個人の注文に応じてくれるだけ有り難いと思わないと」

店主は暫し彼を怪しんでいたが、やがて決断する。

 「ムム、背に腹は代えられんか……。
  他の店とも相談するから、一寸待っててくれ」

 「運ぶ量には限度があるので、重要度の高い至急品を優先して下さい」

 「分かってる、分かってる」

店主は外に駆け出して、隣の店に入って行った。
0233創る名無しに見る名無し
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2019/03/09(土) 18:52:32.01ID:V/zhJaqi
それからマールティン市の殆どの商店の店主等が集まり、ワーロックに要求した。

 「とにかく食べ物が優先だ」

 「出来れば、薄紙や洗剤も頼む。
  日用品も足りないんだよ」

 「魔力路が止められているのも何とかして貰いたい。
  真面に使えるのは水道しか無い」

全員に一遍に迫られて、ワーロックは後退しながら言う。

 「取り敢えず、皆さんで話し合って、優先順位の高い物を上から順に紙に書いて下さい。
  それを仕入れて来るので。
  出来れば、具体的な商品名で書いて貰えると嬉しいです」

それを聞いた各店の店主等は、顔を突き合わせて話し合った。

 「何は無くとも食料だ。
  日持ちするのが良い」

 「次は日用品で」

 「それは良いけど、品目も絞らないと」

その間にワーロックは、店内の空きだらけ陳列棚の様子を魔法で紙に転写する。
ああだ、こうだと話し合いは続いて、2角後に漸く結論が出る。
最初にワーロックと話した食品店の店主が、皆を代表して注文書を提出した。

 「取り敢えずは、これで頼む。
  戻って来るまで、どの位掛かりそうなんだ?」

 「往復で半日って所です。
  今からなら夕方か夜になります。
  それまでに次に頼む物を決めておいて下さい」

 「ああ、分かった」

こうしてワーロックは注文書を手にマールティン市を出る。
0234創る名無しに見る名無し
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2019/03/09(土) 18:54:54.04ID:V/zhJaqi
外壁の見張りをしていた執行者達は、浅りとワーロックを外に出してくれた。
深刻な物資の不足は全員が心配している事だった。

 (こんな時でもゲヴェールトは出て来ないのか……)

やはりゲヴェールトは人を操っているだけなのだと、ワーロックは確信する。
自らは表に出ず、人々を思い通りに操る様な存在を許しては行けないと、彼は固く心に決めた。
ワーロックは急ぎ足で道を引き返す。
そして道を監視していた執行者に呼び止められた。

 「あっ、おい、待て!
  中の様子は、どうだった?
  反逆同盟の連中は?」

 「反逆同盟の者には会えませんでした。
  それより、これから商品を仕入れに行きたいのですが」

 「いや、それは駄目だ。
  何の為に態々交通を規制していると思ってるんだ?」

 「分かっていますけど、あの儘では市民は飢え死にしてしまいますよ。
  どうやら洗脳を解く積もりは無いみたいですから。
  どれだけ市民を困窮させて追い詰めても、逃げ出す事はありません。
  今の儘では徒に市民を苦しめるだけです」

 「……あんた、洗脳されてはいないよな?」

執行者達はワーロックがゲヴェールトに洗脳されているか疑い出す。
それは仕方の無い事だとワーロックは認めて、堂々と反論する。

 「市内では水も食料も一切取っていません。
  疑うんだったら、検査して貰っても良いですよ。
  でも、市内に物資を運び込む事だけは許可して下さい。
  これを見て下さい」
0235創る名無しに見る名無し
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2019/03/09(土) 18:56:54.97ID:V/zhJaqi
ワーロックは紙に転写した食品店内の様子を見せた。

 「買い占めもあったんでしょうが、こう言う状況なんですよ。
  洗脳される者を増やしたくないなら、市内に入らなければ良いだけでしょう。
  上と交渉して貰えませんか?」

 「……分かった、貴重な情報だ。
  あんたの要求は伝えておく」

 「頼みましたよ。
  私は品物を仕入れて、もう一度ここに戻って来ます。
  それまで返事を貰っておいて下さい」

執行者と別れた彼は高速移動魔法を使って、最寄りのタハデラ市に移動する。
そこで荷運び用の騾馬を2頭借り、仲卸業者を回って、注文された品を購入する。
騾馬に荷物を積み込んだら、マールティン市に向けて再出発。
タハデラ市内での諸々の準備に2角を費やしたが、時間的には余裕がある。
問題は執行者が許可を取っているか否かだ。
騾馬を連れて戻って来たワーロックを、やはり執行者達が呼び止める。

 「早かったな」

 「そりゃ急ぎましたからね。
  積み荷の検査をするんですか?」

 「ああ、いや、それ以前に未だ本部から返答が無いんだ」

執行者の返答にワーロックは露骨に不満を顔に表した。
お役所仕事で返答が遅いのは理解出来るが、余りにも危機感が足りない。
0236創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:20:18.02ID:U4gamvS8
ワーロックは険しい顔付きになって、執行者に詰め寄った。

 「幾ら何でも悠長でしょう!
  街の状況は伝えたんですか?」

 「いや、伝えた事は伝えたが、返答が遅いのは仕方無いんだ。
  下から上に要求する時は、どうしても許可が多く要って手間が掛かる」

 「催促はしたんですか?」

 「いや……」

執行者達は上からの命令で動く分、基本的に受け身なのだ。
そう言う作戦だからとは言え、市内の困窮した状況を積極的に解決しようともしていない。
ワーロックは深い溜め息を吐いて、込み上げる怒りを静めた。

 「もう良いです。
  親衛隊の人を呼びます」

彼は魔力通信機で親衛隊員に連絡を入れる。

 「もしもし、ワーロック・アイスロンです。
  至急、来て欲しいんですけど……。
  はい、お願いします」

執行者達は気不味い表情で、その場に待機していた。
親衛隊員が到着するまでの間、ワーロックは怒りを抑え切れず、彼等と話をする。

 「貴方々は市内の人々を何だと思っているんですか?」

 「何って……」

 「敵の支配下にあるとは言え、守るべき市民でしょう。
  それなのに見殺しにする様な真似を……!」
0237創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:21:40.53ID:U4gamvS8
説教の途中で親衛隊員が到着したので、ワーロックは口を閉ざした。
執行者達は文句を言われても困ると言う顔で、余り反省はしていない。
下っ端には上を動かす様な力は無いのだ。
現れた親衛隊員はバレーナとは違う女性だった。

 「初めまして、ワーロック・アイスロンさん。
  私は親衛隊班長の――?」

背の高い彼女はワーロックを見詰めて問う。

 「えー、お会いした事がありますね?」

 「えっ、どちら様……」

 「元執行者のジラ・アルベラ・レバルトです」

 「……済みません。
  一寸、思い出せません」

本当に思い出せずに困惑するワーロックに対して、ジラは苦笑いした。

 「十年以上昔の事ですから、仕方の無い事かも知れません。
  それでも何度か顔を合わせていた筈なのですが……。
  その話は今は措くとして、どうしました?」

とにかく今の事を優先しようと、ワーロックは途中で思い出すのを止めて、事情を話す。

 「マールティン市に食料や日用品を届けたいんですけど、中々許可を貰えなくて……」

 「それは作戦として止めているのですから」

ジラの答に、同じ様な説明を又しなければ行けないのかと、ワーロックは肩を落とす。
0238創る名無しに見る名無し
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2019/03/10(日) 18:23:06.44ID:U4gamvS8
彼は気を入れ直して、マールティン市の内情を語った。

 「――と言う訳なんです」

 「成る程、解りました。
  私が上と掛け合いましょう。
  少々お待ち下さい」

ジラは魔力通信機を取り出すと、どこかに掛けて話を始める。

 「もしもし、親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  作戦本部に繋いで下さい」

どうやら執行者のマールティン市攻略作戦を指揮する、作戦本部に連絡を入れている様である。
通信が繋ぎ変わると、彼女は改めて名乗った。

 「あ、作戦部長ですか?
  親衛隊G班班長ジラ・アルベラ・レバルトです。
  マールティン市内の様子に就いて、御存知でしょうか?
  報告は……受けていない……、はい、受けてらっしゃらないと」

それからジラはマールティン市民の窮状を懇々と解き、作戦部長の返事を待つ。

 「――御理解頂けましたら、どうか許可を……。
  あっ、はい、宜しいのですね?
  はい、はい、いえ、失礼しました、有り難う御座います」

通信を終えた彼女はワーロックと執行者達に言う。

 「許可は取りました。
  搬入物の検査をして、問題が無いと判断すれば、通して良いとの事です」

 「有り難う御座います」

ワーロックはジラに深く頭を下げた。
これにて漸く彼はマールティン市に戻れる事に。
0239創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:20:23.57ID:RTDHJD8F
荷を乗せた騾馬を連れて戻って来たワーロックを、外壁を見張るフォーコン中隊の執行者も止める。

 「待て、積み荷の検査をする」

 「はい、良いですよ」

ワーロックは面倒臭いと思ったが、予想は出来ていた事だったので、それを顔には表さず過ごす。
執行者達は何か仕掛けられていないか、怪しい物が持ち込まれていないか、共通魔法で調べた。
そして一通り確認してから、ワーロックを通す。

 「良し、通って良いぞ」

ワーロックは一礼して外壁の門を潜った。
彼が市内に入ると、各店の店主等が駆け寄って来る。
最初に話を持ち掛けた食品店の店主が、先ずワーロックに声を掛けた。

 「有り難う。
  全部で幾らだ?」

商売の話が付く前に、急っ勝ちの他の店主が品物を取って行こうとする。

 「おい、持って行って良いか?」

食品店の店主が、それを窘めた。

 「待て待て、こっちの話が済んでからにしろ!
  手前の所の分を確保するだけにしとけ!」

ワーロックは領収書を見ながら確認する。
0240創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:22:16.82ID:RTDHJD8F
凭々(もたもた)している彼を、食品店の店主は辛抱強く待った。

 「えーと、全部で大体74万です」

 「1MG単位まで正確に言ってくれないか?
  いや、領収書を寄越してくれ。
  そいつの1割増しを払えば良いんだろう?」

 「あの、馬の賃料分も……」

 「ああ、分かった。
  騾馬が2頭で幾らだった?」

 「こっちも領収書があるんで……。
  はい、2頭で1万9000でした」

 「端(はした)は出なかったのか?」

 「ええ」

 「良し、確り払わせて貰うから、次も頼む」

 「明日の朝になりますけど、良いですか?」

 「ああ、何時だ?」

 「そうですね……多少余裕を見て、南東の時で」

 「分かった」

話が付くと、食品店の店主も自分が注文した分を取って行く。
0241創る名無しに見る名無し
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2019/03/11(月) 19:24:11.30ID:RTDHJD8F
それからワーロックが暫く、その場で待っていると、食品店の店主が戻って来た。

 「全部で83万5714MGだ。
  それと馬の1万9000」

札束と小銭を渡され、それをワーロックは手持ちの金庫に収める。
その後に店主は新しい注文書を差し出しながら言う。

 「もう数頭、馬を借りて来れないか?
  それか馬車を使うか……」

 「私個人では多くの馬を扱う事は出来ません。
  馬が疲れない様に魔法で走らせていますから……。
  それに馬車は免許が無いので……。
  あるのは乗馬の免許だけです」

店主は悔しそうな顔をした。
普通ならワーロックを頼る必要は無い。
仕入れに問題があるなら、馬車の運転免許を持つ者を同伴させれば良い。
だが、それさえも出来ない状況なのだ。
何故出来ないのかと言えば、「マイストル」に禁じられているから。
彼の洗脳で街の外は危険だと刷り込まれているから。

 「済みません、私個人の限界です」

ワーロックが謝ると、店主は首を横に振る。

 「いや、仕方が無いんだ。
  仕方が無い」

彼は自分に言い聞かせる様に、そう言った。
ワーロックは2頭の騾馬を連れて、再びマールティン市を出て行く。
0242創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/12(火) 18:31:21.05ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻る道中、ワーロックは執行者に呼び止められて、又話をする。

 「市内の様子は、どうだった?」

 「変わりありません。
  あの程度では物資の不足を解消出来ない様で、もっと運べないかと言われましたが……。
  誰も市内から出て行く気は無い様です」

 「やはり洗脳が強いのか?」

 「そうみたいです。
  所で、魔導師会はマールティン市を解放した時の為に、支援物資を用意しているんですよね?」

ワーロックの質問に執行者達は困った顔をした。

 「分からない。
  諸々の手配は上が決める事だ……。
  準備しているとしても、一々私達の様な下っ端にまで報告は行かない」

完全に指示待ち状態の執行者達に彼は眉を顰める。
何を聞いても無駄だと察して、ワーロックは小さく溜め息を吐いた。

 「又、明日の朝に来ます。
  南東の時より少し前位に」

 「夜中は通らないのか?」

 「流石に夜通しは辛いですよ」

彼は執行者達と別れると、暗い夜道をタハデラ市まで急いだ。
0243創る名無しに見る名無し
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2019/03/12(火) 18:33:48.66ID:DQGjtbjp
タハデラ市に戻った彼は、夜の内に貸りた騾馬を返して、同時に明日の予約をする。
更に仲卸にも回って、翌朝にマールティン市まで届ける品物を手配した。
どこも大抵、北西の時までは開いているので、そこは助かった。
ワーロックはタハデラ市内の安いホテルに泊まり、一日駆け回った疲れで深い眠りに落ちる。
起床は東の時。
彼は再び馬を借りて、仲卸を回り、マールティン市に急ぐ。
道中、執行者達に止められ、積み荷の検査を済ませて、軽い会話をする。
更に、マールティン市の外壁前で、今度はフォーコン中隊の執行者達の積み荷検査を受け、
これで漸くマールティン市内に。
所が、門を潜って直ぐの所で、ワーロックは店主達を引き連れた、見慣れない人物と出会う。
彼はワーロックに対して笑顔で言う。

 「貴方が、このマールティン市に物資を搬入して下さっている方ですね?
  有り難う御座います、市民を代表して、お礼申し上げます」

 「誰ですか、貴方は?」

ワーロックはゲヴェールトに似ている人物だと警戒したが、明らかに年齢が上に見えるので、
もしかしたら人違いかも知れないと思った。
ワーロックの問いに彼は堂々と答える。

 「私はマイストル・レッドールです」

ワーロックはマイストルに関する情報は聞いていなかったので、知らない名前だと首を傾げる。
偽名かも知れないとも考えたが、それを直接聞く訳にも行かない。

 「市長さんですか?」

 「いえ、違います」

 「副市長とか、議会の議員だとか?
  それとも商工会の会長とか、副会長?」

 「違います」

偉そうにしているのに、何なんだとワーロックは眉を顰めた。
0244創る名無しに見る名無し
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2019/03/12(火) 18:35:33.93ID:DQGjtbjp
マイストルと名乗った人物は、困った顔で言い訳する。

 「特に何と言う者ではありません。
  只の隠居です」

それなら態々市民を代表して等と言わなければ良いのにと、ワーロックは不審に思った。
礼を言われて悪い気はしない物の、何か違和感がある。

 「……お話は、それだけでしょうか?」

 「いえ、何かしら、お礼をしなくては行けないと思いまして……。
  勿論、言葉だけでは無く」

 「はぁ、そうですか……。
  それで何を?」

ワーロックは彼の誘いに乗る積もりは無かったので、冷淡に応じた。

 「食事でも如何でしょうか?」

 「申し訳ありませんが、そんな暇はありません。
  未だ未だ物資は不足しているんでしょう?
  貴重な食料を私が食べてしまう訳には行きませんよ。
  それに、今日中に4回は往復したいです」

マイストルは小さく舌打ちして、態度を豹変させた。
彼は懐から真っ赤な短剣を取り出して、ワーロックに向ける。

 「本当は知っているんだろう?
  この街の状況も私の正体も……。
  何を企んでいる?」

ワーロックは身構えたが、何時の間にか彼の周囲を執行者が取り囲んでいる。
0245創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:10:37.93ID:a9pjyeok
こうなったら抵抗は難しい。
ワーロックは構えを解いて脱力した。

 「何も企んでなんかいません。
  市内の様子を見に来ただけです」

 「嘘を吐くな。
  この街に通じる道は魔導師会が封鎖している。
  奴等の許可無しには街に入れない」

 「ああ、許可は取りました。
  市民が困っているからと」

 「魔導師会は、この街を封鎖して、市民を困窮させるのが目的だった筈だ。
  そうすれば戦わずして、この街を制圧出来る。
  それを態々破ると言う事は、詰まり作があるのだろう?」

疑り深いマイストルにワーロックは苛付いて来た。

 「それでは市民に犠牲が出るかも知れないでしょう」

 「馬鹿な!
  だから何だと言うのだ!
  それが戦争と言う物だ!
  兵糧攻めは基本中の基本だろう」

 「戦争?」

 「ああ、そうだとも!
  これは魔導師会に対する反逆だ!」

啖呵を切ったマイストルだが、ワーロックは怪訝な顔をする。
0246創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/13(水) 18:12:47.54ID:a9pjyeok
 「何の為に、こんな事をするんですか?
  意味が解らない」

 「私は自分の国が欲しいのだ。
  誰にも侵されない、私だけの国が!
  私の土地、私の民、私の法、全てが私の為にある、私だけの国!」

堂々と野望を語るマイストルに、ワーロックは呆れた。

 「……それは無理ですよ。
  人には心があります。
  何も彼も思い通りにはなりません」

 「知らないのか?
  私の魔法なら、それが出来る。
  私は私の国を築くのだ!」

マイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトの魔法資質と血の魔法があれば、多くの者を従わせ、
思い通りに操る事も可能だ。

 「何か意味があるんですか、それ?
  普通に市長とか町長になるんじゃ駄目なんですか?」

 「……お前の様な小物には解るまい。
  人の偉大さとは人を従えられる事なのだ。
  大勢が私を称え、私を敬い、私に従う。
  これ以上の幸福があろうか!」

それは悪魔らしい考えだ。
偉大だから人を従えられるのでは無く、人を従える事で偉大さを示そうとする。
その本末転倒振りに気付いていない。
ワーロックには彼の考えが理解出来なかった。
0247創る名無しに見る名無し
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2019/03/13(水) 18:15:58.28ID:a9pjyeok
 「いや、幾らでもあるんじゃないですか……。
  寧ろ、そんな大変な事をしないと幸福感を得られないんですか……?」

 「では、お前の考え付く幸福とやらを言ってみろ!」

余りに堂々とマイストルが問うので、ワーロックは少し気圧されながら答える。

 「例えば、美味しい物を食べたり、夜に気持ち良く眠れたり、暖かい日差しを浴びたり、
  清々しい空気を吸ったり、よく働いた後の疲労とかでも、幸せなんて少し目を向ければ、
  どこにでもある物じゃないですか?」

 「フン、安易だな!
  所詮は肉の喜びに過ぎないでは無いか!
  肉体より精神を満たす事の方が高尚では無いのか?」

 「ウーム、そう言う考えもあるでしょうが……」

 「安易に得られる幸福に何の価値がある!
  苦労して得られる幸福こそ、真の幸福だろう!」

悪魔らしく知恵の回る答に、ワーロックは納得させられそうになるも、人を思い通りに支配する事は、
受け入れ難い。

 「でも、人に迷惑を掛けるのは、良くないですよ」

 「そんな事を言っていては、何も成せないぞ。
  確固たる信念と決意のみが、道を拓くのだ。
  世間の反応等、結果次第で、どうとでも変わる。
  英雄と大罪人に、どれだけの差があると言うのか?」

マイストルは実に堂々として、少しも怯みを見せない。
0248創る名無しに見る名無し
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2019/03/14(木) 19:16:47.54ID:4FAbatfA
何を言っても説得出来そうに無かったので、ワーロックは違う方向から攻める。

 「……それで籠城して勝ち目はあるんですか?」

 「あの儘、兵糧攻めを続けられていたら、市民は全滅していたかも知れないな。
  それでも私は一向に構わなかった。
  困るのは魔導師会の連中の方だろう。
  市民を守れない魔導師会に何の価値がある?」

マイストルが平然と答えたので、ワーロックは彼を軽蔑した。
やはり彼は人間の事を何とも思っていないのだ。
市民に被害が出れば、魔導師会の信用が落ちる。
反逆同盟としては、それで良いのだろう。
ワーロックは周囲を見回して、マイストルの発言を聞いた市民の反応を窺った。
だが、誰も衝撃を受けた様子は無い。
ワーロックは全員に呼び掛ける。

 「皆、聞いただろう!!
  こいつは人の事を何とも思ってないんだぞ!!」

マイストルは彼を馬鹿にする様に小さく笑った。

 「無駄だよ。
  この街の者達は、皆、私を盲目的に崇拝している。
  私の為なら、自らの命を投げ出せるし、身内を殺す事も厭わない。
  諦めるんだな」

何か良い手は無いかと長考するワーロックに、マイストルは告げた。

 「お前に策略が無い事は判った。
  詰まらん理想主義者だと言う事もな。
  憐れな市民の為に、早く食料を運んで来るが良い」
0249創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/14(木) 19:18:01.48ID:4FAbatfA
相手がマイストル事ゲヴェールト事ヴァールハイトだけならば、ワーロックも手の打ち様はあるが、
執行者や処刑人まで付いているのが厄介だ。
マイストルが去ると店主達は何事も無かったかの様に、ワーロックを迎えて取り引きを持ち掛ける。
ワーロックは商品を渡して金を受け取ると、大人しくマールティン市から出て行く事にした。
マールティン市を出た後、タハデラ市に向かう道中で、彼は執行者達に呼び止められる。

 「どうだ?
  何か変わった事はあったか?」

執行者達はワーロックの様子が奇怪しい事に、気付いていた。
ワーロックは落ち込んだ気分で答える。

 「はい、マイストルと言う人物に会えました。
  ゲヴェールトとは違う人……だと思うんですけど」

 「ああ、マイストルは偽名だ。
  奴の正体はゲヴェールトの中に潜む、もう一人の魔法使いだと言う」

 「二重人格か何かですか?」

 「厳密には違うかも知れないが、似た様な物だと思って貰って構わない。
  それで、何か判った事とか、変わった事は?」

 「……市民を助けるのは難しいかも知れません。
  洗脳が強過ぎて……」

それを聞いた執行者達は、小さく溜め息を吐いた。

 「そう気を落とすなよ。
  あんた一人に何か出来るなんて、誰も思っちゃいないさ。
  市民を守るのは、執行者の務めだ」

 「はい……」

ワーロックは頭の中で、どうやったら市民を救えるかを考えていた。
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2019/03/14(木) 19:20:13.51ID:4FAbatfA
彼が執行者と別れ、考え事をしながら騾馬を連れて歩いていると、行き成り横から声を掛けられる。

 「ワーロック・アイスロン殿ですね?」

 「うわっ、どなた!?」

ワーロックが驚いて振り向くと、そこに居たのは隠密魔法使いのフィーゴ・ササンカ。
ワーロックは2頭の騾馬を止めさせる。

 「あ、貴女は……隠密魔法使いの……」

 「フィーゴ・ササンカです」

 「そう、ササンカさん……。
  私に何か御用ですか?」

 「いえ、私では無く……」

ササンカは腰の巾着から拳大の石を取り出して、ワーロックに見せた。
石は自ら声を発する。

 「ラヴィゾール、僕だよ、僕!」

 「あっ、『音石<サウンドストーン>』!
  レノックさんですか!」

 「そうそう、君に話があるんだ。
  先ずは、君が得たマールティン市の内情を聞かせて欲しい」

ワーロックは音石の求めに応じて、市内の様子を語った。
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2019/03/15(金) 18:49:23.56ID:tWC0C7x3
音石は何度も合いの手を入れつつ一通りの話を聞き終えると、ワーロックに言った。

 「成る程、話は分かった。
  僕の知っている限りの事を君に話そう」

 「あの……レノックさん、本体は?」

語りに入られる前に、ワーロックは音石に尋ねる。
音石は少し気不味そうな声で答えた。

 「あー、実はマールティン市を調査中に捕らわれてしまった。
  詰まり本体は動けない状態にある」

 「ええっ!?
  大丈夫なんですか?」

 「さて、どうだろう?
  殺されても不思議は無いんだけど。
  本体のレノックが死んでも、僕まで死ぬ訳じゃないから、そう心配はしないでくれ」

レノックと音石は同一の存在であり、思考も完全に同じである。
彼も又、悪魔らしく人間の様な肉体への執着は薄い。
他の悪魔と異なる所は、己の力に対する執着も余り無い所。
彼は自分の価値を肉体や魔法資質に置いていないのだ。
その知恵と意識と心が、彼の全てなのである。

 「とにかくレノックさんを解放する為にも、マールティン市をどうにかしないと行けないと、
  そう言う訳ですね?」

 「余り気負わないでくれよ。
  僕の為にとは考えないでくれ」

レノックは自分の為に他人が犠牲になる事を望まなかった。
それは彼が聖人だからでは無く、先述した様に本体を余り重要だとは思っていない為だ。
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2019/03/15(金) 18:51:56.96ID:tWC0C7x3
音石は話が逸れてしまったと、態とらしく咳払いをする。

 「じゃあ、あの街に就いて、僕の知る限りの事を話そう。
  先ず、マイストル・レッドールだ。
  奴は反逆同盟の一員ゲヴェールトの、もう1つの人格ヴァールハイトだ。
  当然ながら、ヴァールハイト自身も反逆同盟の一員と見るべきだろう。
  彼は血を取り込んだ者を操る魔法を使う様だ」

 「血ですか……」

 「口から摂取するだけとは限らない。
  飲食物以外にも気を付ける事だな」

 「はい」

例えば、血が体に付着しただけでも行けない可能性がある。
血の臭いを嗅ぐ事さえも、微細な粒子を体に取り込んでいるのだから、良くない可能性がある。
どの程度まで有効なのかは、魔法を使う当人にしか分からないのだ。
音石は語りを続ける。

 「しかし、操ると言っても、意識を乗っ取ったり、体を動かしたりするだけだ。
  それ以上の力で押さえ付ければ、何も出来ない。
  どう言う事か判るね?」

 「何か超人的な能力を付与する訳では無いと言う事ですね?」

 「その通り……だけど、肉体の限界まで力を引き出す事は可能かも知れない。
  そこだけは気を付けてくれ。
  それと、奴は操った者を常時監視している訳では無い様だ。
  付け入る隙があるとしたら、その辺だと思う」

 「はい」

ワーロックは心の中で、多対一で戦う積もりは無いと思いつつ、必ず戦いが避けられるとも限らず、
その時には知識が必要になるかも知れないと心に留め置いた。
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2019/03/15(金) 18:53:15.60ID:tWC0C7x3
更に音石は語りを続ける。

 「それとマイストル以外にも、反逆同盟の連中が居るかも知れない。
  厄介な事に、それまで情報が無かった奴が居た。
  僕等が見たのは『蝙蝠のバルマムス』。
  旧暦では、寓の魔法使いアストリブラ・バサバタパタと呼ばれていた」

 「どんな魔法使いなんですか?」

 「見た儘、蝙蝠の様な魔法使いだよ。
  空を飛べるが、大抵は逆さに振ら下がっている。
  こいつは物の存在を不確定にすると言う、恐ろしい奴だ。
  この魔法に掛かると、意識が朦朧として、物の認識が狂う。
  ある筈の物が無くなったり、無い筈の物があったりする。
  又、好調や不調を逆転させる」

 「弱点とかは?」

 「音と光だ。
  奴は大きな音や強い光に弱い。
  それと地上では動きが鈍り、魔法が使えなくなる。
  こいつだけなら、対処は簡単だから良いけど、他にも居るかも知れないから、気を付けて」

 「はい……。
  それで、どうすれば市内の人を助けられるんでしょうか?」

ワーロックにとって音石の助言は有り難かったが、これと言った妙案は思い付かなかった。
どうすればマイストル事ヴァールハイトを倒して、人々を解放出来るのか?
その為の策が無ければ、どう仕様も無い。
0254創る名無しに見る名無し
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2019/03/16(土) 18:51:49.01ID:lPaDoe4B
音石は小声で低く唸る。

 「それは……僕にも思い付かない。
  君は魔法資質が高い訳じゃないから、強引に正面突破なんて出来ないだろうし……。
  でも、ヴァールハイトと対面する機会さえあれば……。
  その為に、君に渡しておく物がある」

そう音石が言うと、ササンカがワーロックに小さな『警笛<ホイッスル>』を差し出した。
受け取って繁々と見詰めるワーロックに、音石は解説する。

 「これは聞いた者の動きを止める効果がある。
  効果時間は吹いている間だけ。
  それも思いっ切り吹き続けていないと効果が無い。
  しかも連続して使うと効果が無い。
  もしもの時に使うんだ」

 「もしもって……」

 「連続してと言うのは、相手に警戒されていると行けないんだ。
  気を抜いていれば、何度でも効果があるけど、それにはある程度の間隔を空けておく必要がある」

 「詰まり、笛の効果が続いている間に、ヴァールハイトとか言う奴をやってしまえと」

 「そう上手く行くかは分からないけど……。
  慎重に頼むよ」

人を殺すのかとワーロックは手の平の警笛を熟(じっ)と見詰めた。
幸いと言うべきか、未だに彼は人を直接殺害した事が無い。
殺さずとも無力化出来れば良いのだが、それは中々難しい。
特に、相手が正体を現さない、遠隔操作系の魔法の場合は……。
0255創る名無しに見る名無し
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2019/03/16(土) 18:53:26.17ID:lPaDoe4B
ワーロックは警笛を握り締めて、ササンカと音石と別れ、改めてタハデラ市に向かった。
タハデラ市で品物を仕入れて、マールティン市に戻って来るまで、大凡2角。
時刻は南の時を少し過ぎた位。
ワーロックは特に警戒されず、市内に入る事が出来る。
ササンカから貰った警笛も咎められる事は無かった。
執行者達の注意は、彼が仕入れた品物の方にばかり向いていた。
市内に入ると店主達が待ち構えていて、商品を取って行き、代金を支払う。
今度はマイストル事ヴァールハイトの姿は無い。

 (流石に、そう簡単には姿を現さないか……)

ワーロックが外壁から出て行こうとすると、彼を呼び止める声があった。

 「待ってくれ!」

彼が振り返ると、そこにはヴァールハイトに似た容姿の若い男性が居た。
身構えるワーロックに、若い男性は慌てて敵意が無い事を告げる。

 「待った、待った!
  先ず俺の話を聞いてくれ。
  俺はゲヴェールト・ブルーティクライトと言う」

 (もう1つの人格か……)

一体何なのかと、ワーロックは構えを解かずに、話だけを聞く。

 「私に何の用だ?」

 「ヴァールハイトを止めてくれ。
  もう俺は奴の言い成りは嫌なんだ」

ゲヴェールトの告白にワーロックは目を丸くして驚いた。
0256創る名無しに見る名無し
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2019/03/16(土) 18:55:13.54ID:lPaDoe4B
ゲヴェールトは続ける。

 「ヴァールハイトは旧暦から生きている、俺の何代も前の祖先だ。
  血の魔法を利用して、代々の子孫の中で生き続けて来た。
  俺は外道魔法使いだから、共通魔法社会では居場所が無かった。
  だから、反逆同盟に入ったんだけど……。
  ここまでの事になるとは思わなかった。
  ヴァールハイトを何とかしてくれ!」

ワーロックは彼の言う事を本当か怪しみながらも、嘘だと切り捨てる事はしなかった。

 「そんな事を言って、大丈夫なのか?
  君の中にはヴァールハイトが……」

 「ああ、大丈夫だ。
  奴だって疲れたら眠るんだ。
  今、奴は眠っている。
  俺には判るんだ」

 「しかし、何とかしてくれと言われても……」

 「誰も貴方独りに頼んではいない。
  貴方が無理なら、他の人でも良い、頼む!」

必死に頼み込むゲヴェールトの姿に、ワーロックは何とかしてやりたいと言う気持ちになる。
だが、方法が無い。
取り敢えずヴァールハイトを殺して終わりとは行かなくなった。
事態は厄介になったが、その事にワーロックは逆に安心していた。

 「分かった、どうにか方法を探してみよう」

無責任に、未来の自分を信じて彼は肯く。
0257創る名無しに見る名無し
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2019/03/17(日) 19:17:00.77ID:m1WILW6P
ワーロックは更にマールティン市とタハデラ市の間を一往復して、南西の時に戻って来た。
どうすれば良いのか、彼は考え続けていたが、妙案は思い浮かばなかった。
ヴァールハイトが眠っている間に、ゲヴェールトを連れ出す事も考えたが、それを予想していない程、
ヴァールハイトが間抜けだとは思えない。
恐らくは市内の執行者等に、事前にゲヴェールトを市外に出さない様に命令してあるだろう。
しかし、他に全く手が無い訳では無かった。

 (多くを得ようと思えば、それなりの覚悟が要る。
  私は……)

肉を切らせて骨を断つ、究極の手段が彼にはある。
もしかしたら肉の切られ損に終わるかも知れないが、最良の結末を迎えるには、それしか無い。
彼は洗脳されてしまった後の事も考えて、執行者には何も知らせず、自分の考えだけで動いた。
自分の独断と言う事にした方が、相手の油断を誘えると思ったのだ。
マールティン市内で彼は店主達に品物を売り捌くと、直ぐには出て行かず、街の中を見回る。
彼は態々市内のホテルで宿の予約を取ってから、もう一度仕入れに出た。
この行動をマイストル事ヴァールハイトは、絶対に怪しむと確信して。
西の時を過ぎて、本日4度目の商品の搬入を終えたワーロックは、市内で1泊する。
彼はヴァールハイトが再び姿を現すまで、この街を拠点に活動する積もりだった。
そして、その時は意外にも早く訪れた。
ワーロックが宿に泊まった、その晩の事である……。
彼が夕食を取ろうと宿の食堂に入ると、『食卓<テーブル>』の1つにヴァールハイトが着席していた。
予想外に早く会えたので、驚いたワーロックは視線を合わせない様にして、別の食卓に着く。
注文したのは牛肉の炙り焼き定食(『麺麭<パン>』と『寒草<フリジヘルブ>』の『汁物<スープ>』付き)。
ワーロックはヴァールハイトが何か行動を起こすまで、自分から話し掛けに行く積もりは無かった。
ヴァールハイトは彼に気付いている筈だが、素知らぬ顔をしている。
0258創る名無しに見る名無し
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2019/03/17(日) 19:18:36.29ID:m1WILW6P
 「牛炙り定食です!」

給仕が料理を運んで来て、ワーロックの前に置く。
それと同時にヴァールハイトが彼の対面に座った。
匙を握って身構えるワーロックにヴァールハイトは問う。

 「何の積もりだ?」

 「何って……?」

 「何も知らないのか?」

 「いえ、知ってますけど」

 「……何を?」

 「この街で飲み食いしたら良くないんですよね?」

 「あ、ああ……。
  だったら、何で今食おうとしているんだ?」

 「何か不都合でも?」

 「……私の魔法は効かないと高を括っているのか?
  それとも何か対策を?」

ワーロックは彼に不敵な笑みを向けて、牛肉を麺麭に挟んで食べ始めた。
汁物にも躊躇わず口を付ける。
ヴァールハイトは彼を怪しんで、中々魔法を使おうとしない。
既に魔法を掛けられる状態であるにも拘らず。
0259創る名無しに見る名無し
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2019/03/17(日) 19:20:38.77ID:m1WILW6P
ワーロックが完食するまで、ヴァールハイトは徒見守っていた。
ワーロックは堂々とヴァールハイトを見て言う。

 「どうしたんですか?
  結局、魔法は使わないんです?」

 「お前を操った所で、有益な事は何も無い。
  お前には物資を運んで来て貰わなければならないからな」

 「そうですか?
  それなら帰って下さい」

 「……何か掴んでいるのか?」

 「お得意の魔法で聞き出せば良いでしょう」

ヴァールハイトはワーロックの挑発に乗って良いか迷った。
相手は大した魔法資質を持たない。
否、幾ら相手が強大でも血の魔法には抗い難い。
ワーロック一人を操る位は、何とも無い筈なのだが……。

 「どうして悩む必要があるんですか?
  貴方の魔法には欠陥があるとでも?」

更にワーロックは挑発を重ねる。
ヴァールハイトは怒りを感じた。
彼は自分の魔法に自信を持っている。
自分の魔法を貶されるのは魔法使いには許し難い事だ。
ヴァールハイト自身は自分の魔法に欠陥があるとは思っていない。
0260創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:08:20.68ID:nZDF9voD
侮辱されたと感じた彼はワーロックに血の魔法を掛ける事にした。
旧い魔法使いや悪魔にとって、格下に侮辱される事は耐え難い。
これが未だ多対一なら逃げる言い訳も立つが、無能1人に恐れを成したとあっては己の恥。
策略があるなら見抜かなければならないが、それが判らないと言うのも恥。
罠かも知れないと感じていても、やらなければならない。
そう言う風に運命付けられている。
それが旧い魔法使いの宿命にして宿痾なのだ。

 「後悔するなよ!」

ヴァールハイトは自らの血液を魔力に反応させた。

 (来る!)

ワーロックは自分の体の中で血液が反応するのを感じる。
否、実際には感じていない。
それが判る程、彼の魔法資質は鋭敏では無い。
そう錯覚しているだけだ。
しかし、錯覚が実際の感覚と重なっていれば、そこには何の違いも無い。
そしてワーロックは自らの意識が、魔力によって改変されて行くのを感じる。
ヴァールハイトはワーロックに告げた。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない。
  何を企んでいるのか、洗い浚い吐いてくれ」

信頼を刷り込んでいるのだ。
0261創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:09:29.06ID:nZDF9voD
ワーロックはヴァールハイトの目を見詰めた儘、少しも動かなかった。
自らの内を巡る魔力が、意識を塗り替えて行く瞬間を静かに観察する。
それは自分を客観的に見る、第二の自分が居るかの様に。
彼の劣った魔法資質が、ヴァールハイトの魔力の流れを掌握する。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない……」

ワーロックはヴァールハイトの言葉を繰り返した。
その言葉はヴァールハイトに返って行き、彼に同じ言葉を繰り返させる。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している……」

2人は互いの目を真剣に見詰め合って、どちらも逸らそうとしない。
傍目には、どちらが魔法に掛かっているか判らない。
先に動きを見せたのはワーロックだった。
彼は口の端に笑みを浮かべる。
ヴァールハイトは焦りを感じる。

 「何故、効かない……?
  お前は何者だ?
  魔導師会の者か、それとも旧い魔法使いか!?」

 「どちらでも無い。
  私は新しい魔法使い」

堂々と答えたワーロックに、彼は動揺して蒼褪める。
0262創る名無しに見る名無し
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2019/03/18(月) 19:11:28.36ID:nZDF9voD
強大な悪魔が実力を隠して潜伏していたのかと、ヴァールハイトは考えた。

 「新しい……?
  歴史上、最も新しい魔法は共通魔法だ。
  お前は悪魔なのか?」

 「違う。
  私は一般的な『新人類<シーヒャント>』……の中でも、劣った能力の者。
  他の多くの新人類と同じく、肉の体を持ち、悪魔としての自覚は無い存在」

淡々と答えるワーロックが不気味で、ヴァールハイトは混乱する。

 「それでも、お前が徒者で無い事は判る。
  新しい魔法使いとは何なのだ?
  お前の様な存在が、未だ地上には居ると言うのか?」

 「分からない。
  もしかしたら、居るかも知れない。
  唯一大陸に暮らす2億以上の人間の中に、私の様な存在が居ないとは限らない」

余りにワーロックが正直に答えるので、彼は自分の魔法が効いているのかと少し期待した。

 「……私の魔法が効いているのか?」

 「私の魔法は効いている」

その返答で絶対に効いていないと、ヴァールハイトは確信させられる。
だが、ワーロックの様子が奇怪しいのは事実だ。
ヴァールハイトは改めて質問した。

 「お前は何を企んでいる?」
0263創る名無しに見る名無し
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2019/03/19(火) 18:58:27.71ID:VtBXBRGg
ワーロックは前に言われた言葉を繰り返した。

 「私は敵では無い。
  お前は私を信頼している。
  私に隠し事は出来ない」

 「何なのだ、お前は!?
  私の質問に答えろ!」

 「私の企みは成功した。
  もう、お前に逃げ場は無い」

これが張ったりか否か、ヴァールハイトには判断が付かない。
彼は緊急事態を想定して待機させていた、2人の執行者を呼び出す。

 「魔導師共、こいつを捕らえろ!!」

 「騙されるな!!
  敵はマイストルの方だ!!」

執行者達は食堂の入り口から突入したは良いが、2人の指示に困惑する。
ヴァールハイトは驚愕して席を立ち、更に強い口調で命じた。

 「何を迷っている!?
  こんな得体の知れない男の言う事を聞くのか!?
  私はマイストルだぞ!!」

ワーロックも席を立って、弁舌を振るう。

 「本来の目的を忘れたのか!?
  執行者はマイストルを逮捕しに来た筈だ!!」

執行者は2人共、ワーロックとヴァールハイトの間で、どちらに付くべきか迷っている。
0264創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/19(火) 19:00:31.49ID:VtBXBRGg
ヴァールハイトは益々焦って、ワーロックに尋ねた。

 「お、お前が私の魔法を妨害しているのか!?
  お前の魔法は一体……」

 「気付くのが遅かったな!
  私に魔法を掛けた事が間違いだ!」

 「魔法返しか!?
  否、違う……!」

 「観念しろ!!
  お前に逃げ場は無いぞ、ヴァールハイト!!」

困惑して立ち尽くしている執行者達に、ヴァールハイトは見切りを付ける。

 「私が人を操るしか能の無い者だとでも思っているのか!?」

彼は懐から赤黒いナイフを取り出すと、その場で一振りする。
ナイフは一瞬で伸びて、2人の執行者の喉を切り裂いた。
それは丸でナイフ自体が意思を持って、動いているかの様だった。
ナイフの正体は影の剣ディオンブラ。
貪食の魔剣グールム・デ・ヴィが闇の力によって蘇った物。
ディオンブラはヴァールハイトの血を吸って、彼の意思で自在に動く魔剣となった。

 「キャーーーーッ!!」

執行者が刃物で傷付けられた事に、食堂で働く職員は恐怖の叫び声を上げる。
ワーロックは笑みを見せた。

 「もう、終わりだ!
  この街は解放される!」
0265創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/19(火) 19:01:56.37ID:VtBXBRGg
 「くっ、未だ終わらん!!」

ヴァールハイトはディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
それをワーロックは護身刀を抜いて、紙一重で攻撃を逸らす。

 「ええい、鬱陶しい奴!!
  私は捕まらんぞ!!」

ヴァールハイトはワーロックが手強いと見るや、直ぐに逃走を図った。
彼はホテルの外に出て行く。
ワーロックは食堂の職員に呼び掛けた。

 「執行者さんの手当てをお願いします!
  取り敢えず、救急を!」

そしてヴァールハイトを追い掛け、ホテルの外に飛び出す。

 「待てっ、逃がさないぞーー!!」

ワーロックはヴァールハイトを見失わない様に、全力で駆けた。
やがてヴァールハイトは市内の一軒家に駆け込む。
レノックとパルティーンが発見したのとは、又別の民家だ。
ワーロックは迷わず家の中に突入した。
ヴァールハイトの姿は見失ったが、家の地下で物音がしたので、彼は地下への階段を探す。
彼が廊下の先に階段を発見して近付くと、天井から声がした。

 「待て!
  ここから先は通さん!」

 「何者だっ!?」

数歩後退して身構え、天井を見上げるワーロックの目に、黒い大きな塊が映る。
それは天井から振ら下がっていた。
寓の魔法使いバルマムスだ。
0266創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:24:34.84ID:sAVRLsEl
次の瞬間、ワーロックは周りが見えなくなり、暗い靄の中に閉じ込められる。

 「こ、これは!?」

バルマムスの魔法によって、空間を認識出来なくされたのだ。
只、バルマムスの姿だけが見えている。
見えないだけで、そこに空間はあるのかと思うのだが、壁や床の感覚も失われている。
これが物の存在を不確定にする、バルマムスの寓の魔法。
物事が明確でなくなり、曖昧になる。
そこに壁や床がある筈なのに、よく分からなくなる。
目の前に階段らしい物もあるのだが、上るのか下りるのかも判らない。
ワーロックはバルマムスを倒さなければ先に進む事は難しいと考えて、再び上を向いた。
しかし、バルマムスの姿は無い。

 「どこへ行った!?」

彼が慌てて左右を見ると、バルマムスは彼の背後で直立していた。

 「何を狼狽えている?
  どこにも行ってはおらんぞ」

 「お前がアストリブラか!」

 「今はバルマムスと呼んで貰おう」

バルマムスは目の前に居る筈だが、その声は四方八方から聞こえる。
0267創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:25:55.55ID:sAVRLsEl
ワーロックは護身刀を構えて、バルマムスに向かって行こうとしたが、視界が揺れて足元が覚束無い。
護身刀に刻まれた魔法陣の効果か、護身刀だけは瞭(はっき)りと手に握る感触がある物の、
それ以外は全く駄目だ。
目を回した様に視界が回転している。
バルマムスは浮ら付く彼を嘲笑った。

 「ハハハ、どうした、どうした!?
  こっちだ、こっちだ!」

 (こんな時は、どうしたら……。
  レノックさん、力を借ります!)

ワーロックはコートのポケットを漁って、警笛を手に取る……が、警笛を持つ感触は浮わ浮わして、
本当に警笛なのか確信が持てない。
だが、ワーロックが警笛を入れたポケットには、他の物は何も入れていなかった筈なので、
これが警笛だとワーロックは信じた。
今の状況では、自分の記憶しか頼れないのだ。
そうして警笛を持った彼だが、次なる問題に襲われる。
警笛を正しく口に咥える事が出来ない……。
警笛は丸で、柔らかい球体の様で、目で確認しても毛玉か綿毛の塊の様。
何も彼もが浮わ浮わしている。
仕方が無いので、ワーロックは警笛を適当に口に挟んで吹いてみた。
音が鳴らなければ、警笛を転がして改めて吹く。

 「ギャハハハ、何をしている!!
  無駄、無駄!!」

バルマムスに笑われても気しない。
そんな調子で、やっと警笛を鳴らす事が出来る。
0268創る名無しに見る名無し
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2019/03/20(水) 19:27:16.51ID:sAVRLsEl
耳を劈く様な高い音が鳴り響き、一瞬にして魔法は解け、ワーロックの視界が元に戻った。
暈やけて浮わ浮わしていた物は、全て元の輪郭と感触を取り戻す。
ワーロックはバルマムスを見た時と変わらず、階段の前で立ち尽くしていた。

 「ぐわーーーーっ!!!!」

蝙蝠のバルマムスは魔法の警笛の音に驚いて、情け無い声を上げ、無様にも真っ逆様に床に落ち、
背中を強打して悶える。
ワーロックはバルマムスが悪さを出来ない様に、直ぐに馬乗りになって、衝撃波の共通魔法を、
バルマムスの胸に叩き込んだ。

 「M1D7!!」

 「ギェッ!!」

強い衝撃が内臓を貫いて、バルマムスは気絶する。
その正体は、蝙蝠の怪物だった。
ワーロックは気絶したバルマムスを放置して、魔法の『蘭燈<ランタン>』を取り出すと、それを構えて、
真っ暗な地下へ続く階段を下りる。
階段を下り切って、地下室の扉を発見したワーロックは、警笛を咥えて扉を蹴破った。
そして同時に警笛を鳴らす。
消魂しい音が部屋中に鳴り響き、ディオンブラを手に待ち構えていたヴァールハイトは驚きの余り、
迎撃する事を忘れた。

 「もう逃げられないぞ!!
  この街の人々を自由にして貰う!!」

ワーロックは護身刀を右手に、蘭燈を左手に、ヴァールハイトに迫る。
0269創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:26:55.05ID:AlvIBHtt
ヴァールハイトは突きの構えでディオンブラを持ち、彼を牽制した。

 「自由……?
  そう言える程、自由は素晴らしい物かね?」

 「人の意思を奪って操るより悪い事がある物か!」

ワーロックは会話に応じながらも、ヴァールハイトを睨んで隙を見せない様にする。
熱る彼をヴァールハイトは嘲笑した。

 「解っていないな……。
  人は自由であるが故に、悩み苦しむのだ。
  争いも諍いも、凡そ全ての悪は自由から生まれる。
  人は意思等、持たない方が幸せでいられるのだ。
  生まれ付き役割が決まっていれば、無駄に苦しむ事は無い。
  自由と安楽は相反する物だよ。
  自由とは麻薬の様な物、その味は知らない方が幸せだ。
  停滞が何だと言うのだ?」

 「だから、お前達は旧暦でも魔法大戦でも、勝者にはなれなかった」

 「それは違う。
  人が神等と言う詰まらない物を信仰した為に、こうなった。
  これからは悪魔崇拝の時代だよ。
  全てを変え得るのは、『正義』でも『暴力』でも『知識』でも無い。
  況してや『愛』等に何の力があろう!
  必要な物は支配する力、唯それのみ!
  我々悪魔が全てを支配し、人は唯我々の為だけに生きるのだ」

ヴァールハイトは高らかに宣言して、先手を打ちディオンブラを振るった。
突きと共に赤黒い刀身が真っ直ぐワーロックに向かって伸びる。
それをワーロックは護身刀で往なし、魔法で反撃した。

 「ミラクル・カッター!!」
0270創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:28:04.23ID:AlvIBHtt
不可視の刃がディオンブラの刀身を打ち砕くが、ヴァールハイトに焦りは無い。
魔剣ディオンブラは再生能力を持つのだ。
見る見る刀身が復活するディオンブラに、ワーロックは歯噛みして、ヴァールハイトに訴える。

 「悪魔に支配されて、人間に何の得がある!?」

 「全ての悩みや苦しみから解放される。
  人は何も考えなくて良い、奴隷の幸せ、家畜の幸せを享受する。
  支配する者と支配される者、同じ人間だから不公平だと感じる。
  それならば、支配者が人間で無ければ良いのだ。
  全てを超越する神の立場に、我々が成り代わろう」

ヴァールハイトは悪魔の目的を語った。
神の様な絶対者として君臨し、人を支配する。
それが全ての人間を幸せにする唯一の方法だと言うのだ。

 「巫山戯るなっ!
  お前達の心一つで変わってしまう世界を誰が望む物か!」

その傲慢さにワーロックは怒るが、ヴァールハイトは軽く受け流す。

 「そうとも、我々は平等では無い。
  気に入った者は幾らでも優遇するし、気に入らない者は誰だろうと排除する。
  人は不平等を受け容れ、如何に我々に迎合し、媚び諂うかを競う様になる。
  それで良いのだ。
  自由、平等、公正、博愛、何れも人間には過ぎた物だ。
  神は居ない、正義も無い、それ等が在った場所には、唯我々が居る。
  我々を崇め、我々に従え」
0271創る名無しに見る名無し
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2019/03/21(木) 18:29:15.45ID:AlvIBHtt
そう言われて従える人間が居る訳が無い。
ワーロックは益々敵意を増して、ヴァールハイトに迫る。

 「断る!
  私でなくとも誰でも同じ事を言うだろう!」

 「果たして、そうかな?
  お前に優れた力を授けると言ったら?
  お前を人間達の王にすると言ったら?
  お前に権力や財宝を呉れてやると言ったら?
  靡かない人間が、どれだけ居るかな?
  自分さえ良ければ、それで構わない者は、幾らでも居よう。
  浅ましい人間共……」

 「そんな力も無い癖に、何を言う!」

 「忘れたのか?
  私は人を意の儘に操れると言う事を。
  お前は中々見込みがある。
  我々に付けば、本当に人間達の王になれるぞ。
  誰も逆らえない絶対の王にな」

突然の勧誘にワーロックは驚くより先に怒った。

 「巫山戯るなっ!!
  そんな物、誰が望むかっ!!」

 「解らないな。
  お前が私に従わない理由は何だ?
  魔導師会が怖いのか?」

ヴァールハイトの言う事は真実だ。
彼の魔法を使えば、全ての人間を強制的に従わせられる。
それでも多くの者は魔導師会の存在を思い出して、彼の誘惑を振り切るだろう。
秩序の守護者である魔導師会が、必ず止めに動く筈だと。
0272創る名無しに見る名無し
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2019/03/22(金) 18:40:12.27ID:/u7wBLER
そう言う心がある事を認めつつも、ワーロックは強気に言い切った。

 「私はっ、お前がっ、気に入らないっ!!
  お前に従わない理由、お前を打ち倒す理由は、それだけで十分だ!!」

彼は怒りに震えながらも、冷静さを失わない。
彼の魔法は相手との同調が必要なのだ。
怒りで我を忘れては、敵の術中に嵌まる。
だが、悪魔との同調は心を蝕む。
相手の心の邪悪さを受け止めなければならないのだから。
ヴァールハイトはワーロックを冷笑する。

 「口で言う程、怒ってはいない様だが?
  お前は本当に見込みがある。
  人間の下劣さを解っているのだろう?
  悪魔の誘惑を振り切れる人間等、世界中に数える程も居ない。
  人間は他人を出し抜いて、自分だけ得をするのが大好きなのだからな!
  その為には、悪魔だろうが、何だろうが利用する!
  誰も見ておらず、咎められもしなければ、平気で悪行を働ける!
  人間は生まれ付いて悪なのだ!
  我々悪魔よりもな!
  その様な連中を守って何になる!」

 「私も人間だ!!
  人間は悪ばかりでは無い事は、誰より知っている!
  お前達悪魔が、どれだけ人を利用しようと、どれだけ愚かな人が現れようと、
  私は人間に失望したりはしない!
  幾ら人を腐そうが、お前の中の邪悪が露になるだけだ!」

どうにかヴァールハイトは魔法を使おうとしていたが、ワーロックには全く通用していなかった。
中々思い通りにならずに彼は焦り始める。
0273創る名無しに見る名無し
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2019/03/22(金) 18:41:12.64ID:/u7wBLER
しかし、ワーロックの方も決め手が無い。
彼はゲヴェールトも助けなくてはならない。
どうにかヴァールハイトだけを仕留めなくてはならないが、精神を分離させる方法を彼は知らない。
取り敢えず、腕力での勝負に持って行く為に、ヴァールハイトが持つディオンブラを狙う。
ワーロックは護身刀を片手に、蘭燈をバックパックに掛け、代わりにロッドを持った。
自在に形を変える魔剣ディオンブラに対抗する為だ。
ヴァールハイトはディオンブラを地下室の石床に突き立てた。
影の魔剣ディオンブラは実体の無い魔力の剣だ。
床を影が這って、ワーロックに迫る。

 「ライト・フラッシュ!」

これに対してワーロックは閃光の魔法で対処した。
ディオンブラは撤退する様に見る見る縮んで、ヴァールハイトが握る柄に帰って行く。

 「無駄な抵抗は止めろ!
  お前達の時代は終わったんだ!」

 「未だ終わってはいない……」

 「今は魔法暦だ!
  人間も昔とは違う!」

 「いや、そうそう本質は変わらないさ……。
  力を得れば、行使せずには居られない。
  見ろ、人間の世界を!
  何故、犯罪が絶えない?
  何故、貧民街が無くならない?
  何故、地下組織が蔓延る?
  何故、富める者が居る一方で、飢える者が現れる!」
0274創る名無しに見る名無し
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2019/03/22(金) 18:43:25.86ID:/u7wBLER
ヴァールハイトの訴えが、全く本気の物では無い事を、ワーロックは見抜いていた。
どれだけ雄弁に語っても、心が伴わなければ虚しいだけ。
悪魔が人間社会を憂う訳が無いのだ。
人を動揺させて、悪の道に誘おうとしているに過ぎない。

 「お前の言葉は少しも心に響かない!
  それは言葉が上辺だけの物だからなんだ!
  本音では人間なんか、どうでも良いと思ってるって、見え透いてんだよっ!」

ここでワーロックは賭けに出た。

 「食らえっ!!
  ライト・セヴァー!!」

不可視の刃を飛ばすミラクル・カッターの応用、ライト・セヴァー。
輝く魔力の刃を放つ魔法。
これは単にミラクル・カッターを目に見える様にしただけの技だ。
大声で攻撃を宣言されたヴァールハイトは、当然防御する。
ミラクル・カッターの原理は「攻撃を宣言」して、「攻撃される」と言う意識を利用した物。
自分が「攻撃する」、相手は「攻撃される」と言う、謂わば合意、合気を以って発動する。
相手が攻撃されると意識していないと発動しない。
この共通の認識が、相手の魔法資質を利用すると言うワーロックの魔法と組み合わさって、
絶大な破壊力を生み出す。

 「くっ……」

ヴァールハイトはディオンブラの柄を盾にした。
彼の手からディオンブラの柄が離れて、床に転がる。
0276創る名無しに見る名無し
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2019/03/23(土) 21:33:24.96ID:ASGyz6Nb
この隙にワーロックはヴァールハイトに飛び掛かった。
逃れようとするヴァールハイトの袖を掴み、振り回して床に転がす。

 「今度こそ観念しろ!!」

ワーロックは彼の体をロッドで押さえ付けて凄み、降伏を迫った。
しかし、ヴァールハイトは少しも怯まない。

 「フハハ、それしか言う事が無いのか!」

そう強がると急に顔付きを変えて狼狽える。

 「こ、ここは……?」

ヴァールハイトは人格を引っ込めて、ゲヴェールトを呼び起こしたのだ。
それを直ぐには理解出来ず、ワーロックは警戒を緩めない。
ゲヴェールトは現状を理解して、必死に弁解する。

 「お、俺だ!
  ヴァールハイトじゃない!」

ここでワーロックも状況を理解して、肩の力を抜く。
ゲヴェールトは小さく息を吐き、立ち上がりながら彼に礼を言った。

 「有り難う。
  でも、油断しないでくれ。
  奴は何時でも俺を――」

次の瞬間、ゲヴェールトは床に飛び込む様に転げて、魔剣ディオンブラを拾う。

 「馬鹿めっ!!」
0277創る名無しに見る名無し
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2019/03/23(土) 21:34:24.86ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトはゲヴェールトの人格を自由に表したり、抑えたり出来るのだ。
彼は魔剣ディオンブラを振るって、ワーロックを斬り付けた。
流石にワーロックは避け切れず、肩に裂傷を負う。

 「ぐっ、貴様っ!!」

 「やはり、お前は甘いな!!
  それが命取りだ!!」

形勢逆転し、ワーロックは窮地に陥る。
そこへ更に蝙蝠のバルマムスまで下りて来た。

 「ヴァールハイト、無事か!?」

 「ああ。
  しかし、情け無いなバルマムス!
  この程度の者に後れを取るとは……」

先程までヴァールハイトも追い詰められていたのだが、彼は自分の事は棚に上げた。
この様に悪魔貴族は見栄っ張りな所がある。
ヴァールハイトが負けそうだった所を知らないバルマムスは、面目を失って小さくなった。

 「ムッ、ムム……」

2対1となり、愈々追い詰められたワーロックは、どうにか隙を探そうと息を潜めて、存在感を消す。
バルマムスは話を変えようと、ヴァールハイトに尋ねた。

 「この男の処分は、どうする積もりだ?」

 「こいつは危険過ぎる。
  今、殺してしまう」

 「操らないのか?」

手強い敵は心強い味方になる可能性を秘めているが、手懐けられなければ無意味だ。
0278創る名無しに見る名無し
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2019/03/23(土) 21:36:16.92ID:ASGyz6Nb
ヴァールハイトは冷淡に切り捨てた。

 「その価値も無い」

その反応をバルマムスは怪しむ。

 「弱気だな。
  自分の魔法に自信が無いのか?」

魔法使いは自分の魔法に絶対の自信を持っている物だ。
他の何で劣っていても、それで劣る事だけは認められない。
それなのにヴァールハイトが洗脳しないと言う事は、詰まり……。

 「もしかして魔法を破られたのか?
  効かなかったのだな?」

 「煩いぞ、黙れ」

ディオンブラの刃を向けられて、バルマムスは戯けた態度で謝る。

 「はは、悪かった、悪かった。
  操れないなら殺すしかないな」

そう言いながらバルマムスは、両手に鉤爪状の剣を1本ずつ持って構えた。
ワーロックは護身刀をヴァールハイトに、ロッドをバルマムスに向けて牽制する。

 「黙って殺されはしないぞ!」
0279創る名無しに見る名無し
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2019/03/24(日) 19:48:36.83ID:SnfSoty0
バルマムスは飛び上がると、地下室の天井に逆さに掴まった。
感覚を狂わせる寓の魔法が来ると、ワーロックは判っていた物の、それを防ぐ術が無い。
目の前にはヴァールハイトも居るのだ。

 「キーーーーッ!!」

耳を劈く様な高い声をバルマムスは発する。
これをヴァールハイトはゲヴェールトの人格を盾にする事で回避した。
寓の魔法は精神に作用する魔法なのだ。
ワーロックだけが幻惑された状態で戦わなくてはならない。
そこへヴァールハイトはディオンブラを振るった。

 「今度は避けられまいっ!」

ワーロックは視覚も聴覚も真面に利かない状況。
目の前は暈やけて歪んでいるし、音は反響しているしで、何一つ確かな事が判らない。
どこから来るとも判らない攻撃に対して、彼は身を低くしながら後退る。
運良く一撃目は避けたが、この次は分からない。
絶体絶命の危機だったが、バルマムスとヴァールハイトは急に動きを止めた。

 「ムッ、この魔力は何だ!?」

 「魔導師会の連中が何か仕掛けて来たか!」

ワーロックは何も感じなかったが、魔力に反応があったのだ。
ヴァールハイトは急いで室内の姿見に向かって走り出した。

 「一時撤退だ、バルマムス!!」
0280創る名無しに見る名無し
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2019/03/24(日) 19:49:22.94ID:SnfSoty0
彼は鏡に飛び込んで姿を消す。
取り残されたバルマムスも慌てて後を追った。

 「わ、私を置いて行くなぁー」

バルマムスも情け無い声を上げて、飛行して鏡に飛び込む。
寓の魔法が切れて、正気に返ったワーロックは、誰も居なくなった室内を見回した。

 「……何が起こったんだ?」

そう彼が独り言を呟いた瞬間、マールティン市全体の時間が止まる。
D級禁断共通魔法が発動したのだ。
ワーロックも時間停止魔法に巻き込まれて、意識を失う。
時間の止まったマールティン市内に、執行者達が次々と駆け込んだ。
執行者達を指揮するのは、市内の様子をよく知るパルティーンだ。

 「制限時間は2針だ!!
  第1班は私に付いて来い!
  他の者は市内の執行者を全員確保しろ!
  序でに怪しい奴も押さえとけ!」

約200人の執行者が虱潰しに市内を捜索する。
時間の停止と言っても緩い物で、一定以上の纏まった質量を持つ物にしか作用しない。
よって、飛んでいる物は空気より軽くない限りは落ちる。
だが、時間が停止しているので、落ちても衝撃で壊れる様な事は無い。
執行者達は市内のフォーコン中隊の隊員を発見すると、その体に麻痺の魔法陣を描く。
これで時間が動き出しても、反撃される心配は無い。
0281創る名無しに見る名無し
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2019/03/24(日) 19:51:16.04ID:SnfSoty0
一方でパルティーンは真っ先に例の空き家に向かったが、そこには誰も居なかった。

 「流石に場所を変えたか……。
  市内の空き家を隈無く探せ!
  時間が無いぞ!」

執行者達は市内の空き家と思しき家に上がり込み、とにかく不審人物を捜索した。
しかし、その内に2針が過ぎて、禁断共通魔法が解ける。
マールティン市の人々は、日が暮れてから突然現れた執行者の集団に驚いていた。
ワーロックも動ける様になったが、彼の居る場所まで執行者の手は及んでいなかった。
鏡渡りの魔法を封じる為に、彼は直ぐに室内の姿見をロッドで叩き割る。
一度罅が入れば、鏡渡りの魔法は使えなくなる。
鏡渡りの魔法は真面に人が通れる程度の、綺麗な鏡面がある事が前提なのだ。
更に、往き来する鏡の両方に仕掛けを施す必要があるので、これで反逆同盟の者がマールティン市に、
鏡渡りで帰って来る事は出来なくなった。
ワーロックは護身刀を鞘に収めると、ロッドと蘭燈を持って地上階に戻る。
家から外に出た彼は、丁度執行者に見付かって動きを止めた。
執行者は彼を怪しみ、接近して来る。

 「待て、お前、そこを動くな!」

ワーロックは大人しく指示に従って、動きを止める。
執行者はテレパシーで仲間と連絡を取り始めた。

 「不審人物を発見、応援を頼みます」

事情を解っている人が居ないかと、ワーロックは眉を顰める。

 「えー、私はワーロック・アイスロンです。
  私の事は親衛隊の人に聞いて下さい。
  タハデラ市からの道を封鎖していた、執行者に聞いて貰っても構いません」

 「黙れ。
  こちらが聞いた事だけに答えろ」

相変わらず執行者は融通が利かない。
0282創る名無しに見る名無し
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2019/03/25(月) 18:40:45.80ID:B4Qj/LN8
それからワーロックは執行者に連行されて、諸々の事情を説明し終える頃には、日付が変わっていた。
親衛隊を呼んで誤解を解消するのに1角、その後に街の中で何をしていたのか、何が起こったのか、
説明するのに3角以上を要した。
特にワーロックはマイストル事ゲヴェールトと対峙しながら、彼を仕留め切れなかった事に関して、
厳しい追及を受けた。
ワーロックはゲヴェールトの中にヴァールハイトと言う別人格が居る事と、ヴァールハイトこそが、
反逆同盟に加担していると言う事を説明したが、中々理解はされなかった。
どちらにせよ危険な外道魔法使いなのだから、無力化しなければならない。
もしヴァールハイトを殺す事でゲヴェールトが死んでしまっても、敵対している以上、そうなる事は、
受け入れなければならない。
執行者の言い分は、大凡その様な物であり、ゲヴェールトを助けるのは物の序でだった。
結局の所、反逆同盟の中に居る外道魔法使いを助けたければ、魔導師会から離れて独自で動くより、
他に無いのだ。
もしラントロックが未だ反逆同盟に居たら、今頃どうなっていたかとワーロックは深刻に考えた。
ゲヴェールトの事は決して他人事では無い。
ワーロックは何としても彼を助けようと心に決め、やはり魔導師会とは別行動を取らざるを得ないと、
強く認識した。
0283創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/25(月) 18:41:47.00ID:B4Qj/LN8
翌朝からマールティン市民は何時もの生活に戻った。
マイストルと言う人物が居た事を多くの人々は当然憶えていたが、どうして彼に拘っていたのか、
その理由を説明出来る者は居なかった。
人々は丸で夢から覚めたかの様に、マイストルに街が支配されていた事を恐れ始めた。
フォーコン中隊は直ぐにブリンガー魔導師会本部に戻され、新しい執行者の中隊が市内に駐在して、
暫くマールティン市を守護する事になった。
ブリンガー魔導師会はグラマーの魔導師会本部に、今回の件を報告する際に、魔法陣を強化しても、
小さな都市であれば乗っ取られる可能性があると指摘した。
対策として、定期的に執行者が異変が無いか巡回して調査するべきだとも。
これを受けて、全魔導師会は防衛体制も見直す必要に迫られた。
「乗っ取り」は魔導師会が最も恐れなければならない事態。
万全な対策を講じようと思えば、莫大な労力を費やす事になる。
同じ様な事が続けば、魔導師会でも疲弊してしまうだろう。
誰もが早急に解決しなければ、やがて追い詰められると感じていた。
0284創る名無しに見る名無し
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2019/03/25(月) 18:42:10.31ID:B4Qj/LN8
反逆同盟は今、どこに居を構えているのか?
先ずは、それを突き止めるべく、魔導師会本部は各魔導師会に捜索隊を編成して、人の通らない場所、
結界から外れた場所を調べる様に要請した。
決戦の時は未だ来ない。
0286創る名無しに見る名無し
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2019/03/26(火) 19:18:34.35ID:Sc76BFEM
真の善


ボルガ地方にて


竜に変化したニージェルクローム・カペロドラークォは、カターナ地方を荒らしまわった後、
ボルガ地方のガガノタット山に降り、暫く潜伏していた。
竜の姿のニージェルクロームは飲食を必要とせず、竜の幻体が取り込む霊気だけで生きていたが、
彼の自我は竜と分化し掛かっており、幻体のアマントサングインと直接話が出来る様になっていた。

 「それで、これから何をするんだ?」

 「麓の町を襲う。
  魔導師会が、どの位で到着するかな?」

アマントサングインは飽くまで魔導師会を試そうとしている。
その口振りは楽しそうでもあった。
竜との分化が進んでいるニージェルクロームは、少しずつ不安になって来る。

 「出来るだけ殺さないでくれよ」

 「それは魔導師会次第だ」

アマントサングインは膠も無く、彼の頼みを切り捨てた。
カターナ地方で暴れた時は、ニージェルクロームとアマントサングインは殆ど同化していた。
こうして言葉を交わす必要も無く、心と心が通じていた。
分化が進んだのは、アマントサングインの情けである。
何れニージェルクロームはアマントサングインから分離して、ハイロン・レン・ワイルンと言う、
一人の人間に帰る。
竜と同化した儘で生き続ける必要は無いとして、アマントサングインの方から彼を切り離したのだ。
0287創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/26(火) 19:20:52.50ID:Sc76BFEM
その結果として、ニージェルクロームはアマントサングインの行動に恐れを感じている。
元々彼は大逸れた事は出来ない性格なのだ。
竜と同化して気が大きくなっていただけで、力を失えば小人物に過ぎない。

 「可弱いな、ハイロン」

そんなニージェルクロームの弱気を、アマントサングインは小馬鹿にした様に笑う。
嘲笑と慈愛の入り混じった、弱い物に向ける笑みだ。

 「……何故か不安なんだ。
  人を殺す事が、とても悪い事じゃないかと思えて来る。
  今までは何とも思ってなかったのに」

 「それが普通なのだ。
  お前は人間に戻るのだから、それで良い」

ニージェルクロームは釈然としない気持ちで、不安を抱えた儘、沈黙した。
この様子を影で見ていたディスクリムは、ここが付け入る隙だと察した。
ディスクリムはアマントサングインと魔導師会の戦いで、双方の共倒れを狙っている。
ディスクリムは竜の方が厄介だと思っており、古代からの眠りから覚めた大竜群と戦うよりは、
未だ魔導師会の方が与し易いと踏んでいる。
今はアマントサングインの監視があるので、表には出て来られないが、この隙を上手く利用して、
アマントサングインを仕留めようと企んでいた。
0288創る名無しに見る名無し
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2019/03/26(火) 19:23:05.55ID:Sc76BFEM
――ガガノタット山はボルガ地方最大級の火山であり、麓には中規模の「町」がある。
この町はアッタと言う名前で、ボルガ地方では「熱い」或いは「暖かい」と言う意味の言葉を、
語源とするとされている。
火山の麓の町と言う事で、温泉が有名だったり、土産物屋には火山岩が売られていたりする。
地震が多い事でも知られており、開花期の中頃までは大きな地震で壊滅的な被害を受けていたが、
魔導師会の到着から徐々に地震への対策が行われて、現在では魔法による制御技術が確立している。
しかし、それも完全な物と言えるかは不明で、何時か破局的な大噴火が起こった時には、
如何に魔法の力でも抑え切れないのではないかと言われる。
それでも、アッタ町に住む人々は他の土地へは移ろうとしない。
正確には、開花期の中頃まで大地震の度に、ガガノタット山の麓の集落は壊滅しており、
住民は散り散りになっていた。
だが、時を経ると戻る住民や新しい住民が現れて、再び集落を形成して行った。
ガガノタット山が破局噴火する時は、唯一大陸が終わる時と言われているので、その辺を余り、
深く考えないだけなのかも知れない。
一応、地下のマグマ溜まりから溶岩を地表に逃がす機構があり、複数の耐熱煉瓦の管から、
溶岩を流出させている。
これは溶岩を直接見れる観光名所になっているが、流出量は安定せず、全く出ない日もあれば、
恐怖を感じる位に噴出する日もある。
幸い、平穏期以降は深刻な大噴火も、多数の死傷者が出る様な大地震も無いが、それが逆に、
大きな災いの前触れでは無いかと、不安がる人も居る。
0289創る名無しに見る名無し
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2019/03/27(水) 18:57:52.66ID:1eUhau5g
ガガノタット山からアッタ町に降臨したアマントサングインは、町を破壊して暴れ回るも、
腐蝕ガスを放出する事はしなかった。
人を殺す事が目的では無いので、魔導師会が到着するまでは手加減していた。
逃げ惑う町民を見送りながら、アマントサングインは吠える。

 「早ク来イ、魔導師共!!
  私ハ気ガ長クナイゾ!!」

アマントサングインが確保したのは、町内の温泉ホテルだった。
そこに取り残されている者は30人程度。
逃げ遅れた従業員が15人と宿泊客が15人。
約半角後に数人のボルガ魔導師会の執行者が到着して、アマントサングインが見張るホテル以外の、
全ての場所から町民を避難させる。
それを見届けて、初めてアマントサングインは腐蝕ガスを放った。
ガスは余り大きくない町を忽ちの内に破壊して、汚泥の山に変える。
アマントサングインは勝ち誇る様に、幻体の3枚の翼を広げて雄叫びを上げた。
十分な人数の執行者が揃ったのは、アマントサングインの登場から2角後。
招集してから移動する距離を考えれば、これでも早い方である。
魔導師会はカターナ地方での一件から、竜への対策を考えていた。
魔導師会はホテルに閉じ込められている人々を助けるだけでは無く、ここで竜を退治する必要がある。
これ以上、竜を伸さ張らせておく訳には行かないのだ。
0290創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 18:59:44.14ID:1eUhau5g
魔導師会が得ている情報は、この竜はアマントサングインである事、そして竜の中心に居る者は、
反逆同盟のニージェルクロームだと言う事。
実体の無いアマントサングインを止める方法は2つ。
1つは伝承を信じて神槍コー・シアーを用いる事。
もう1つは竜の力を宿した人間ニージェルクロームを止める事。
魔導師会は後者を計画していた。
魔力を遮る腐蝕ガスの所為で、竜に近付く事も困難だが、作戦が無い訳では無い。
竜は地下の様子までは探れないのだ。
救出部隊の隊長は、24人の隊員に指示を出す。

 「我々は地表から25身を掘削して、然る後に真っ直ぐホテルへと向かう。
  流石に、これだけ深ければ、地上の影響は無い物と考えて良い。
  行くぞ!」

穿孔の魔法を使う者と、土砂を掻き出す者の2班に分かれ、更に疲労して作業が滞らない様に、
それぞれ3組を用意して交代させながら、地面を掘り進む。
最初は地面を直下に抉り、25身程掘り下げた所で、ホテルへと向かう。
地下を進む速度は極速1節。
途中で崩落しない様に慎重に掘り進むので、その程度が限界だ。
最初に25身掘るのは8点程度で終わるが、ホテルまでの距離は2通で1方も掛かる。
1日の4分の1なのだから、結構な時間だ。
その間に、地上の部隊も待っているだけでは無く、地下で行われている事に気付かれない様に、
適度に気を引かなければならない。
0291創る名無しに見る名無し
垢版 |
2019/03/27(水) 19:00:52.29ID:1eUhau5g
そこで魔導師会は遠距離からの砲撃を実行した。
大掛かりな魔法で質量塊を打ち出し、それによってアマントサングインの本体とも言える、
ニージェルクロームを狙い撃つのだ。
カターナ地方での一件から、どうすれば竜に攻撃出来るのかを考え、用意された方法である。
多くの執行者がアッタ町を取り囲んで、腐蝕ガスが拡散しない様に守っている外で、
投擲部隊は腐蝕ガスの影響を余り受けない、オーデルコン(※)合金の砲丸を発射する。
直径半手、重さ1盥の砲丸を高速で発射。
これは直撃すれば人体が木っ端微塵になる程の破壊力がある。
4人の魔導師が加速魔法を唱えて、第1射を撃つ。
それは魔力の『軌道<レール>』を作り出し、それを円形にして限界まで加速させて発射する物。
3人が加速と真円軌道を維持して、1人が狙いを付けて発射。
腐蝕ガスが充満した結界の中のアマントサングインを狙う。
中々目視で狙うと言う事は出来ないが、腐蝕ガスの靄の中に潜入している魔導師が、
正確な竜の位置を観測して伝えてくれる。

 「発射!!」

第1射は狙い通り、アマントサングインの中に居るニージェルクロームに向かって行った。
多少の誤差はあるかも知れないが、相手の注意を引ければ十分。
勿論、直撃して倒せれば、それに越した事は無い。
しかし、アマントサングインは発射直後から気付いて、幻影の巨体を動かしニージェルクロームを、
弾道から避けさせながら、砲丸に向かって腐蝕ガスを吐き付けた。
如何に腐蝕に強いオーデルコン合金と言えど、高濃度で高温の腐蝕ガスを食らっては、耐え切れずに、
溶け落ちて失速する。


※:タンタルに相当する。
0292創る名無しに見る名無し
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2019/03/28(木) 18:14:00.37ID:0U9rbPPp
オーデルコン合金の砲丸は、実際はオーデルコン合金鍍金砲丸である。
芯までオーデルコン合金と言う訳では無い。
だから、溶け落ちてしまうのだ。
狙撃に失敗した事を靄の中の魔導師に伝えられた投擲部隊は、第2射に移る。
アマントサングインは音速の砲撃に反応した。
直線的な攻撃は見切られている可能性がある。
そこで第2射は山成りの弾道で上空からの砲撃を試す。
加速の軌道を横から縦にして、殆ど真上からニージェルクロームを狙う。
横の加速に比べて、縦の加速は制御が難しい。
とにかく勢いを付けて、真っ直ぐ撃ち出せば良い横と違って、縦は射出速度と角度が一致しないと、
目標には当てられない。
緻密な計算を人の手で行うのだから、神経を削る。
もし失敗すれば、警戒されて二度と成功しないだろう。
奇手とは、そう言う物だ。
だから、連射する。
全20個の砲丸が閉じた環の中で加速する様は、宛ら数珠の如し。
投擲部隊は20個の砲丸を天高く打ち上げ、後はニージェルクロームに直撃する事を願った。
遥か上空2区まで打ち上げられた砲丸は、そこから目標であるニージェルクローム目掛けて、
高速で落下する。

 「何ッ、上空カラノ攻撃ダト!?」

アマントサングインは砲丸が降り注ぐ直前まで、それに気付かなかった。
勿論、それには理由がある。
水平方向からの砲撃を警戒していただけでは無い。
アマントサングインは腐蝕ガスによって周囲の様子を観ている。
腐蝕ガスその物がアマントサングインの感覚器の役割を果たすのである。
0293創る名無しに見る名無し
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2019/03/28(木) 18:14:38.76ID:0U9rbPPp
腐蝕ガスは垂直方向に薄く、主に水平方向に拡散する。
だから、上空からの攻撃には反応が遅れる。

 「わわわわっ!!」

アマントサングインの危機感はニージェルクロームにも伝わった。
上空から降り注ぐ砲丸は、丸で砲撃の雨である。
ニージェルクロームは弱い力場で守られているが、流石に高速で飛来する砲丸は防げない。
身を守る術も無く、彼は攻撃に曝される。
だが、運良く砲丸は一発も彼に命中しなかった。
それはアマントサングインがホテルを囲っている為である。
魔導師会は取り残された人々を殺してしまう訳には行かないので、間違ってもホテルに命中しない様、
限り限りの所を狙うしか無い。
威力の高い砲丸は、ホテルに当たれば天井から地下まで撃ち抜いて、中に囚われている人々を、
殺傷する危険がある。
狙いを外してしまうのと、間違ってホテルを破壊してしまうのでは、前者の方が増しと言うか、
後者は絶対に許されない。
砲撃が外れたので、ニージェルクロームもアマントサングインも同時に安堵した。

 「生きてる……?」

 「オオ、助カッタ。
  運ガ良カッタナ、ハイロン」

 「……俺は魔導師会の、人間の敵なのか……」

今更ながら事実を確認して、ニージェルクロームは酷く落ち込んだ。
0294創る名無しに見る名無し
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2019/03/28(木) 18:15:44.64ID:0U9rbPPp
アマントサングインは彼を慰める。

 「安心シロ、同ジ攻撃ハ2度ハ食ワナイ」

 「いや、そうじゃなくて……。
  俺は普通の生活に戻れないんじゃないかって」

 「案ズルナ。
  全テ、私ノ所為ニスレバ良イ。
  邪悪ナ竜ニ惑ワサレタト」

 「い、良いのかよ?」

ニージェルクロームは動揺したが、アマントサングインは堂々と言う。

 「オ前ハ竜ニ触レ、ソノ力ニ狂ワサレタノダ。
  竜ノ力トハ、恐ロシキ物ヨ。
  人ハ正気デハ居ラレナイ」

 「有り難う、アマントサングイン」

 「止セ、礼ヲ言ワレル筋合イハ無イ。
  私ノ勝手ニ、オ前ヲ付キ合ワセテシマッタノダ」

そうは言うが、ニージェルクロームもアマントサングインも本当の事を知っていた。
確かに、ニージェルクロームが力を得たのはアマントサングインの所為だ。
しかし、人間離れした存在になりたいと願ったのは、他らなぬニージェルクローム自身である。
故に彼は力を解放する手段を探して、暗黒魔法に走った。
アマントサングインは人に感謝された事が無いので、妙に落ち着かない気持ちになり、大きく吠える。

 「シカシ、ソレモ人ガ勝テバノ話!!
  私ハ負ケテヤル積モリハ無イゾ!!」
0295創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:25:14.27ID:SJXXq4/Y
アマントサングインは天に向かって腐蝕ガスを吐き出した。
3枚の翼で竜巻を起こす。
これで上空からの攻撃にも反応出来る様になる。
ガスの靄の中に居た魔導師達は、大竜巻の中に閉じ込められる。
救出する人が又増えたので、全体を指揮するボルガ魔導師会法務執行部の部長補佐は頭を抱えた。

 「注意を逸らす為の攻撃が裏目に出たか……」

竜巻の中の魔導師とは連絡も取れず、無駄に死者を増やす事になっては不味い。
部長補佐は補佐付を呼んだ。

 「地下の進行具合は、どうだ?」

 「はい。
  えー、只今横掘りを開始した所だそうです」

 「進捗は予定より進んでいるのか、遅れているのか?」

 「やや遅れ気味です。
  しかし、それは仕方の無い事です」

 「ああ、解ってはいるが……。
  他に良い手は無いか?」

 「えっ、もう手詰まりなんですか?」

驚く補佐付に部長補佐は苦笑いで応じる。

 「仕様が無いだろう、この人数では出来る事も限られる。
  とにかく応援が来ない事には話にならない」
0296創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:26:22.39ID:SJXXq4/Y
その時、竜巻の上空から何か物体が落ちて来た。
それに最初に気付いた執行者が、周囲に注意を呼び掛ける。

 「おい、気を付けろ!
  何か落ちて来るぞ!」

他の執行者達は身構えて落ちて来る物を注視する。
それは……竜巻の中に取り残された執行者だった。
執行者は落下速度を徐々に緩めて、地上に降りる。

 「フー、助かった……」

自力で脱出して来た仲間に、執行者達は駆け寄った。

 「おお、大丈夫か!?」

 「ああ、何とも無い。
  一か八かの賭けだったけど、割と何とかなった。
  あの儘、中に居ても焦り貧だったからな」

 「どうやって出て来たんだ?」

 「そりゃ見た儘だよ。
  敢えて竜巻に巻き込まれたのさ。
  そしたら上空まで巻き上げられて、外に出られた。
  残りの奴等も、直ぐ出て来ると思う」

竜巻から脱出した執行者は、竜巻の上空を見ながら言う。
他の執行者達も、釣られて空を見上げた。
彼の言う通り、空から人が数人落ちて来る。
0297創る名無しに見る名無し
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2019/03/29(金) 18:31:25.35ID:SJXXq4/Y
竜巻の中に囚われていた執行者が、自力で脱出した事は、直ぐに部長補佐に伝えられた。
報告を受けた部長補佐は安堵の息を吐く。

 「良かった、無事だったか……。
  これでホテルに取り残されている市民の救出に専念出来るな」

そう彼は言った物の、地下を掘り進む以外の妙案がある訳では無い。
応援を待たなければならない状況は変わっていなかった。
彼は胸の靄々を抑え、自らを納得させる様に、補佐付に言う。

 「果報は寝て待てだ。
  何か良い考えが浮かんだ者は、是非提案してくれ。
  勿論、私も考える」

執行者達は大人しく応援を待ちながら、新たな作戦を考える。
一方でアマントサングインは全く攻撃が来ない事に退屈していた。

 「フーム、攻撃シテ来ナクナッタナ。
  欠伸ガ出ルゾ……」

ニージェルクロームは忠告する。

 「多分、この儘だと魔導師会の増援が来て不利になる」

 「ソウダナ……。
  デハ、コチラカラ出向イテヤルカ!」

少し思案した後に、アマントサングインは羽搏きを止めて幻影の巨体を立ち上がらせた。
ニージェルクロームは吃驚して問う。

 「どこに行くんだ!?」

 「決マッテイヨウ、共通魔法使イノ街ダ」
0298創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:06:00.14ID:zVuiMgVE
堂々と答えたアマントサングインは腐蝕ガスを吐き散らしながら、ホテルから離れて歩き始める。
行く先にある物は何も彼も溶け落として。
俄かに竜巻が収まり、腐蝕ガスの塊が移動した事に、執行者達の集団は慌てた。
報告を受けた部長補佐も驚愕する。

 「ガスが移動している!?
  奴め、どこへ行く積もりだ!?」

その疑問に答えたのは補佐付。

 「南南西に向かっている様です。
  もしかして近くの都市に移動する気では!?」

 「南南西は……セイルートか!
  不味いぞ、これは!
  直ぐにセイルート市に連絡しろ!」

セイルート市はボルガ地方でもボルガ市に次ぐ規模の大都市。
そこで竜が暴れれば、被害は深刻な物になる。
部長補佐は全員に指示する。

 「竜がセイルートに着く前に、何とかしなければならん!
  ボルガ魔導師会本部に連絡!!
  応援部隊をセイルート市方面に回して貰え!!
  それと……数部隊は残って、竜が去った後にホテルの中の者を救出しろ!」

腐蝕ガスの塊は角速1街で南南西に移動する。
そんなに速いと言う程では無いが、走って追い続けるには少し辛い速度。
魔導師達には魔法があるので、そう苦労はしないが……。
0299創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:07:37.75ID:zVuiMgVE
アマントサングインがセイルート市に着くまで1角弱。
魔導師会はセイルート市に到着させないか、それが出来なければ少しでも到着を遅らせる、
努力をしなければならない。
市民全員の避難は、とても1角では終わらないのだ。
「全員」を逃がそうと思えば、最低でも1日は欲しい。
先ず、執行者達は空間を固定しての足止めを計画した。
空間を固定すると言っても、D級禁呪ではない。
単に魔法で空気の障壁を作り、移動を制限するだけの事。
執行者達はアマントサングインの進行方向に集結して、巨大な空気の壁を築き、行く手を阻んだ。
腐蝕ガスの進行が止まり、竜も動きを止める。

 「ムッ、小賢シイ!!」

アマントサングインは横に避けようとしたが、当然執行者達も、それに合わせて左右に障壁を展開し、
前進を阻む。

 「グヌヌヌ……」

 「飛べば?」

低く唸るアマントサングインにニージェルクロームは助言した。
直ぐにアマントサングインは肯く。

 「アア!
  丁度私モ、ソウシヨウト思ッテイタ所ダ」

アマントサングインは3枚の翼を広げて、上空を見上げたが、空気の壁が図上まで覆っていると、
確認して諦めた。
竜が飛べる事は執行者達も知っている。
当然、対策しない訳が無いのだ。
0300創る名無しに見る名無し
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2019/03/30(土) 19:08:56.22ID:zVuiMgVE
アマントサングインは広げた翼を緩りと畳んで、再び唸った。

 「ムムム……」

 「後ろに下がれば良いんじゃないの?」

ニージェルクロームは再び提案する。
アマントサングインは、後退とは自らの劣勢を認める消極的な態度で、敗北に繋がると言う、
悪い印象を抱いている為に、素直に引き下がる事を渋る。

 「下ガッタ所デ、ドウナルト言ウノダ?
  奴等ガ前進スルダケデハ無イカ……」

 「いや、このガスで地面は溶けているから素早い追撃は出来ない筈。
  その証拠に連中は、後ろからは攻めて来ない」

 「成ル程」

アマントサングインは頭が悪いのかなとニージェルクロームは思った。
話を聞いて直ぐに理解出来る辺り、そこまで馬鹿では無いのだが、発想が足りないと言うか、
物を知らない子供の様な感じだと彼は思う。
竜と言う物は力が強いから、そこまで知恵を働かせる事が無いのだ。
アマントサングインは先ず1巨後退した。
ニージェルクロームの言う通り、執行者達は汚泥の沼と化した地面に阻まれて、中々前進出来ない。
大勢で魔法の障壁を維持しながら、浮遊魔法も使って進むとなると、高い技量が必要なのだ。
アマントサングインは更に2巨程後退した所で、翼を大きく広げる。

 「飛ブゾ、ハイロン!」

 「ああ!」

アマントサングインは空高く飛び上がり、執行者達の頭上を越えて行く。
0301創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:27:16.88ID:rxFbdMtC
執行者達も黙って見送りはしない。
空を飛んだ竜に向けて、一斉に攻撃を仕掛ける。

 「上だっ、撃ち落とせーーっ!!」

部長補佐の指示で、執行者達は砲撃の準備をした。
下から攻撃が来る事を察したアマントサングインは、ニージェルクロームに指示する。

 「地上カラ攻撃ガ来ルゾ。
  爪ヲ振ルエ」

アマントサングインは戦争が生み出した竜。
敵意と攻撃の意思には敏感なのだ。

 「あ、ああ」

ニージェルクロームは威嚇程度に止めようと、魔導師達の近くではあるが、当たらない場所を狙って、
腕を大きく振る。
その軌跡に沿って、竜の爪が大地を抉った。
幅3身、長さ1巨に亘って、地上に大きな溝が出来る。
その衝撃で魔導師達は詠唱を中断させられ、上空の竜への攻撃は失敗した。
アマントサングインは速度を上げて、セイルート市へと向かう。

 「逃がすなっ!!
  とにかく撃て!!」

部長補佐の命令で、執行者達は銘々に竜に攻撃を仕掛けるも、中々真面には当たらない。
ニージェルクロームに直接当てなければ、どんな攻撃も幻影の竜の体を擦り抜けて行くだけ。
0302創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:28:51.29ID:rxFbdMtC
竜の飛行速度は角速8街。
魔法を使えば何とか追い付けるが、追い掛けながら攻撃をするのは中々難しい。
部長補佐は次の指示を出す。

 「もう良い、撃ち方止めぃ!!
  追い掛けるぞ!!
  それとセイルート市に伝えろ、『竜が飛んで来る』とな!!」

執行者達は集団で竜を追い始めた。
一方で連絡を受けたセイルート市は市民の避難を進めると同時に、魔導師会に更なる応援を頼んだ。
既にセイルート市に集まっていた執行者達は、防衛部隊を組織して、竜の飛来する北北西に陣取り、
迎撃態勢を整える。
だが、1角にも満たない時間で、どれだけの事が出来るだろうか?
案の定、完全に準備を終える前に、竜の姿が空の彼方に見える。
防衛部隊の指揮官である副部長は、号令を掛けた。

 「障壁を展開しろ!!
  射撃班は狙撃用意!!
  撃って、撃って、撃ち捲れーっ!!」

魔導機からオーデルコン鍍金の超音速の矢が、竜を目掛けて発射される。
アマントサングインは巨体を上下左右に揺らし、ニージェルクロームを矢雨から守った。
ニージェルクローム自身も竜の爪を振るって、矢を叩き落とす。
セイルート市に1通の距離まで接近したアマントサングインは、彼に指示を出した。

 「ハイロン、竜ノ爪デ障壁ヲ打チ破レ!!」

 「ああ!!」

ニージェルクロームは両手を高く掲げると、それを真下に振り下ろす。
竜の爪が障壁を破壊して、住民の避難した無人の街まで、その爪痕を深々と付ける。
0303創る名無しに見る名無し
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2019/03/31(日) 19:29:27.90ID:rxFbdMtC
アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出しながら、セイルート市内に着陸した。
そして尚も腐蝕ガスを吐き散らし、3枚の翼を羽搏かせて、アッタ町と同じく大竜巻を発生させる。
ニージェルクロームはアマントサングインに問う。

 「誰も居ないな……」

 「避難シタノダロウ」

 「そりゃ逃げるか……。
  それで、無人の街で何をするんだ?」

 「無人デハ無イゾ。
  居ル所ニハ居ル」

 「どこだよ?」

 「病院ダ」

アマントサングインの発想にニージェルクロームは恐れを感じた。

 「えっ、病院を襲うのか!?
  病院は拙いって!」

確かに入院中の重傷者や重病者は、素早くは逃げられない。
幾らかは退避させられても、少なくとも数人は取り残されているだろう。
しかし、それは非道な行為だ。

 「人間共ノ都合ヤ理屈ハ関係無イ。
  弱者ヲ守ルノガ魔導師会ノ務メナラバ、ソレガ果タセルカヲ見ル」

大竜巻はセイルート市を崩壊させながら、市立病院に向かう。
ニージェルクロームはアマントサングインを止める術を持たなかった。
0304創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:24:19.08ID:CGbz/MnW
その時、大竜巻の進行が急に止まる。

 「どうしたんだ?
  やっぱり止めるのか?」

ニージェルクロームの問い掛けに、アマントサングインは小声で答えた。

 「バ、馬鹿ナ……!
  コレハ……」

大竜巻を突き破って、一人の男性が現れる。
驚くべき事に腐蝕ガスを物ともしていない。
黒いマントを羽織り、同じく黒い『笠<シェード>』を被った彼は、傘の魔法使いサン・アレブラクシスだ。
アマントサングインは彼を睨んで言う。

 「貴様ッ!!
  セーヴァス・ロコ……ダト!?」

セーヴァス・ロコとは旧暦の聖君の逸話に登場する、聖なる盾だ。
これは正面からの有りと有らゆる攻撃を全て防ぐと言われる。

 「どう言う事だよ?
  こいつは誰なんだ?」

事情が全く分からないニージェルクロームは混乱して、アマントサングインに問い掛けた。
アマントサングインは低く唸りながら答える。

 「此奴ハ神盾セーヴァス・ロコヲ身ニ宿シテオル!!
  貴様ッ、悪魔ノ分際デ神器ヲ扱ウカ!!」

アレブラクシスは俯いて笠を深く被り、こう言い返した。

 「扱う等と言う大した物では無い。
  盾は我が身と一体。
  唯それだけの事」
0305創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:25:20.62ID:CGbz/MnW
アマントサングインの怒りは、神器が悪魔の手に落ちた事にある。
神聖な神器を悪魔が扱う事は出来ない筈なのだ。
一方で、ニージェルクロームはアマントサングインの怒りが解らなかった。

 「神器って何だよ?」

竜と離れた彼には、共感による直観的な理解も無い。
唯々困惑するばかりだ。
そんな彼を置いて、アマントサングインはアレブラクシスに吠え掛かる。

 「何ヲシニ我ガ前ニ現レタッ!!
  コノ私ヲ止メヨウト言ウノカ!!」

だが、アレブラクシスは動じない。

 「何もする積もりは無い。
  私は盾に導かれた。
  そう、これは盾の意思なのだ」

 「盾ノ意思ダト!?
  盾ハ何ト言ッテオル!!」

 「知らない、分からない」

 「貴様ガ何カスル訳デハ無イノカ?」

 「繰り返しになるが、私は何もする積もりは無い」

 「ナラバ、ソコヲ退ケ!!」

 「出来ない」

 「何ダト、貴様ッ!!」
0306創る名無しに見る名無し
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2019/04/01(月) 19:28:12.82ID:CGbz/MnW
アマントサングインとアレブラクシスは互いに睨み合って動かない。
ニージェルクロームは何故アマントサングインが彼に構うのか、理解出来なかった。

 (何もする気は無いって言ってるんだから、無視すれば良いのに)

しかし、アマントサングインが彼に気を取られて、暴虐を止めてくれるなら、それでも構わないので、
敢えて何も言わなかった。
アレブラクシスは両肩を竦めて、アマントサングインに言う。

 「理由は盾に聞いてくれ。
  竜なら神器の声も聞こえるのではないか?」

 「神器ノ声ダト!?」

世の中にはアマントサングインでも解らない事だらけだ。
アマントサングインは神器を神聖な物だとは思っていたが、意思を持っているとは思わなかった。
扱うには資格が要る程度の道具としか、認識していなかったのである。
だが、よく考えれば、神器が意思を持っていても不思議では無い。
何故なら神器は人を選ぶのだ。
誰なら扱えると言う機械的な選定基準を持っているのでは無く、状況によっては常人が持つ事もあり、
悪人が扱う事は絶対に許さないと言うのだから、寧ろ意思を持っている方が自然である。

 「グムム、神器セーヴァス・ロコ!!
  何故ニ我ガ前ニ立チ開カル!!」

アマントサングインはアレブラクシスでは無く、彼の中の盾に問い掛けたが、答は無い。

 「答エナケレバ、コウシテクレル!!」

業を煮やしたアマントサングインは、腐蝕ガスをアレブラクシスに向けて吐いた。
所が、ガスはアレブラクシスを避けて行く。

 「無駄だよ。
  誰にも神器を傷付ける事は出来ない」

 「ハイロン!!
  爪ヲ振ルエ!!」

ブレスが通じなかったので、アマントサングインはニージェルクロームに命じる。

 「えっ、俺!?」

行き成り呼び掛けられて、彼は驚きながらも、指示に従う。
0307創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:24:39.26ID:r2REVWRE
 「恨まないでくれよ」

ニージェルクロームはアレブラクシスに言うと、腕を振るって竜の爪を彼に叩き付ける。
しかし、強烈な一撃にもアレブラクシスは怯まない。
傷付ける事は疎か、後退させる事も、蹌踉めかせる事も出来ない。
ニージェルクロームの腕には、岩石の様な物凄く硬い物に弾かれた感覚が残る。

 「アマントサングイン、これは無理だ。
  腕が痺れた」

 「爪ガ通ジヌノデアレバ、握リ潰セ!!」

 「あ、ああ、やってみる」

再度のアマントサングインの命令に、ニージェルクロームは仕方無く従った。
彼はアレブラクシスに手を向けて、握り潰す動作をする。
しかし、完全に拳を握る事が出来ない。
これも硬い石を掴まされているかの様。

 「だ、駄目だ……。
  何か見えない力に守られている」

 「ヌヌ……ッ!
  盾ヨ、答エヨ!!
  何故ニ我ガ前ニ現レタ!!」

 「普通に考えて、街で暴れるのを止めて欲しいんじゃないの?」

ニージェルクロームは至極真っ当な推測を、アマントサングインに告げた。
0308創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:25:36.74ID:r2REVWRE
それを聞いてアマントサングインは激昂する。

 「クアーーーーッ!!!!
  神器が『悪魔擬キ<デモノイド>』ノ為ニ力ヲ振ルウト言ウノカッ!!
  守ルベキ人間ヲ滅ボサレ、ソレデモ尚ッ!!」

アレブラクシスは両肩を竦めた。

 「盾は何も言わない。
  唯ここから動かない」

 「私ハ悪魔擬キノ本質ヲ見極メネバナラン!!
  奴等ガ本当ニ人間ト同ジナノカ!
  嘗テノ人ガ持ッテイタ心ヲ持ッテイルノカ!
  我ガ道ヲ阻ム事ガ出来ルノハ、神器デモ悪魔デモ無イ!
  正シイ心ヲ持ッタ『人間』ダッ!!」

 「しかし、盾は解っている様だ。
  私には盾の声は聞こえないが、何と無く確信めいた物が感じられる」

彼の話を聞いて、アマントサングインは目を剥く。

 「現レルト言ウノカッ、コノ時代ノ聖君ガッ!?」

 「それは解らない。
  聖君は既に失われた時代だ。
  今更、世界を統べる神王が誕生するとは思えない。
  ……私見ではあるが」

神盾セーヴァス・ロコは聖君の出現を予感して、ここに来たのだろうか?
だが、アレブラクシスは否定する。
盾は一体何を待っているのか……。
0309創る名無しに見る名無し
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2019/04/02(火) 19:27:18.00ID:r2REVWRE
アマントサングインは強い決意を持って、再び前進を始めた。

 「シカシ、神盾セーヴァス・ロコ!
  私ハ止マラナイゾ!
  私ノ求メル者ガ現レルマデハナ……」

ここに来て、漸くアマントサングインはアレブラクシスを無視して歩き出す。
腐蝕ガスの大竜巻は再び街を蹂躙する。
一方その頃、魔導師会の執行者達は、竜を止める術が無く、途方に暮れていた。
腐蝕ガスの所為で魔法は通じない。
魔法以外での遠距離攻撃も通じない。
近付く等、以ての外。
それでも嘆いている暇は無い。
打つ手が無くとも、市民の避難を手伝う位は出来る。

 「竜巻は市立病院に向かっている!
  患者を移送しろ!
  今出来るのは、その位しか無い!」

執行者達は竜巻の進む先に回り込み、魔法で空気の障壁を築いて、病院を守った。
しかし、患者を全員運び出すのは困難だ。
最初から魔導師会が市の防衛では無く、市民の避難に専念していれば、全員が助かったかも知れない。
否、何を言っても今更だろう。
最終的に病院は数人の重病患者と執行者と共に、竜巻の中に取り残された。
そして、丁度その時に神槍コー・シアーが魔導師会本部から、現場の責任者である副部長の元に、
届けられたのである。

 「魔法史料館より許可を得て、神槍コー・シアーをお持ちしました。
  存分に御活用下さい」

 「あ、ああ……。
  早かったな。
  いや、早くて悪いと言う事は無いのだが……」

コー・シアーを持って来たのは、ガーディアン・ブルーのローブを着た八導師親衛隊だった。
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