傍らに控えていた家宰のリヒターが恭しく答える。

「お館様は海岸で怪しげな船が発見されたと兵を率いて巡回に出ております。」
「そんなことをしている場合か!!
この大事な時に・・・」
「何かありましたか?」

長年仕える家宰のリヒターに手紙をみせる。
現在、新京に造られた中学校なるものに留学中のハイライン家の長女からのものだった。
貴族らしい装飾後たっぷりの手紙だが、要約するとこうだ。

「最近、サークルなる集まりに入って宴席に招かれては姫様扱いをされて嬉しい。」
「将来卒業したら領内に学校や病院を造りたいな。」
「あ、お兄様元気?」

楽しそうで何よりだとリヒターは思ったが、前当主様は苦悩して手紙を握りしめている姿に困惑する。

「あやつめ、貴族の誇りと優位性を放棄するようなことを・・・、日本被れめ!!」

貴族の優位性とは青い血に由縁する統治機構の保障と財産に裏打ちされた教育や医療だろう。
それが平民に安売りされては貴族の存在意義が無くなるのだ。
先勝国が敗戦国の体制の存続を許したのは異例のことであった。
日本からすると統治するのが面倒だったからだ。
代わりに貴族や王族にも賠償の責を化し、年貢として徴収した作物から半分を日本に納めている。
貴族の財力は大幅に目減りし、かつてのような贅沢は出来なくなった。
民に重税を課そうとしても四公六民法で、税収が固定化されて、各領地の軍事力強化も抑えられている。

「姫様は日本の社交界に出入りし、将来の領内の夢を語っているだけではありませんか?」

リヒターの言葉はフィリップの耳に入ってこない。
「仕方がない。
ワシがヒルデガルドの教育について、ボルドーに一言言ってやる。海岸だったな。」
「こんな夜半にですか?」
「帰るのは昼になるかもしれん。朝食の用意は忘れるな!!」

颯爽と庭に出たフィリップは、お付の者の用意させた馬と腰に差して、護衛の騎士や兵士を連れて海岸に向かっていった。


ハイライン侯爵領
海岸地帯
黒い船の調査を続けていたボルドー達は、幾つかの頑丈な扉を苦労して開けながら残された品々を回収してその陣幕に持ち込んでいた。

「日本が使ってのとは些か型が違うが、短銃とライフル、弾は撃ち尽くした後か。・・・ふむ、よくできたナイフだな。」

ボルドーの興味は武器にあったが、こんなものは領地の発展に寄与しないだろう。
「食器に・・・電話か?
鉄のスコップは役に立ちそうだな、馬車に詰めろ。」

あまり良い収穫はない。
貴重そうな物は幾つかのあったが、領地で代用可能な物やどう動かしてもまったく作動しない機械の類いばかりだ。

「船の装甲はどうだ?」
「それが表面部はともかく、肝心な装甲自体は斧や剣で斬り付けてもまるで歯がたちません。」

銃士長のイーヴの報告にボルドーは眉を潜める。

「船は動かせそうか?」
「まったく、動かし方が判らないとのことです。
まだ幾つか開かない扉がありますが、中央部に特に厳重な部屋があって、斧で入り口を抉じ開けようとしましたが、斧の歯が欠けたそうです。
よほど貴重な物が隠されているのでしょう。」