「黒豹出版文芸部2〜赤い標的〜」

 鈴木鈴子、編集部が己が机に坐し俯きたるその双眸に光るものあり。
「す、鈴木、なに泣いてんだ?」
 傍らより聞こえし声に鈴子、面を上げしところ、副編集長代理補佐花代のマグカップ片手に立ち居たるよし。
「あ、花代さん」
 鈴子、ティッシュにその白けき手を伸ばし、目元の押さえたるのち、ちんと鼻をかみて曰く、
「新人賞の下読みを手伝ってたんですけど、これ、泣けるんですよ」
「へー、どれどれ」
 花代、鈴子の眼前のコピー用紙が束をとり目をやりて、思わずのけぞりて曰く、
「な、なんだこりゃ!?」
 その文章たるや甚だ珍妙なりて稚拙なり。
「めちゃくちゃじゃないか。こんなのを読んで泣いてたのか、鈴木?」
 花代、あきれたる容貌にて鈴子をば見下ろしたる。
「それが読んでいくと泣けるんですよー」
「ふーん。コピーあるか?」
「いえ」
 その言葉聞きて花代、コピー機に向かうところ、
「あ、あたし、取りますよ」
 と、鈴子の腰を浮かせしが、
「いいっていいって」
 花代自らコピー機をば操作したる。
「よくこんなものを読む気になったな」
 しばしのち、花代、原本を鈴子に返しつつ言いけり。
「だって、一生懸命書いたものでしょうから、ちゃんと最後まで読まないと失礼かなって」
 鈴子、やや俯きてそう言うところ、花代、やや驚嘆の面持ちにて見下ろしけり。
「どれどれ、鈴木一押しの作品を拝見しますか」
 一転、にやけたる顔に変じ花代、己が机につきて応募作に目をば通し、
「うわー、てにをはが全然できてねえや」
「なんか主語がはじめと終わりにあるんだけど」
 などと言いつつ読み進めたるを鈴子、横目で眺めしところ、次第に口数の減じ、ついにはティッシュに手をば伸ばしけり。
「ほらね! 泣けるでしょう!」
 鈴子、発条のごときに立ち上がりて、花代の元に駆け寄りたる。
「泣いてねーし」
 花代、赤き鼻もて曰いし。

なるほど、いい感じだ。