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ロスト・スペラー 18
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/02/08(木) 18:42:15.87ID:S22fm2qA
夢も希望もないファンタジー

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0414創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:31:40.61ID:BkyzAlhk
フェレトリは自らの体内を血液が激しく駆け巡っているのを自覚した。
肉の衝動は快楽と直結している。
彼女の体は、それを求めているのだ。

 「正体を失う事が怖いのか?」

ラントロックは尚もフェレトリを挑発した。

 「俺には貴女を害する術は無い。
  何をそんなに恐れる必要がある?」

フェレトリが警戒して手を拱いている内に、横槍が居る。

 「今日は客人が多いわねェ」

使役魔法使いのウィローが、侵入者の気配を感じ取って現れたのだ。
彼女は又若返って、今度は20代中頃の様。
フェレトリは舌打ちする。

 「貴様、『惑わしの月』!
  太古の昔、兄弟姉妹共々天に成り代わり損ねた物が、未だ生き残っていたか!」

 「四度(よたび)も人間に負けた吸血鬼よ、お互い昔話は止めようじゃないか……」

互いに過去に傷を持つ者同士、彼女等は睨み合う。
ウィローは続けて、フェレトリに言った。

 「私の可愛い子供達を傷付けてやしないだろうね?」

 「子供?」

 「狼犬の事だよ」
0415創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:32:42.51ID:BkyzAlhk
フェレトリは小さく笑う。

 「犬を飼う趣味があったのか」

 「あんたは鼠を飼う趣味があるみたいだね」

ウィローはフェレトリの足元に群れている鼠を見て、笑い返した。

 「フフフ」

 「ホホホ」

両者共に口元を隠して笑い合うも、目は少しも笑っていない。
放置を食らったラントロックは、フェレトリの足元の鼠に目を遣った。
鼠達も主に放置されて困惑している様子だ。
丸で、小母さん同士の立ち話の脇に置かれた子供。
ラントロックは試しに鼠を誘惑してみた。
蹲(しゃが)み込み、人差し指の動きで鼠を呼ぶ。
群れの中から数匹が離れて、彼の指の匂いを嗅いだ。

 (自由意志があるのか……。
  完全に操られて動くんだと思ってたけど、そうでも無いんだな)

どうやらフェレトリの見ていない所では、自由に行動出来る様だ。
ラントロックは指で、赤黒い鼠の体を撫でた。

 (手触りは普通の鼠と同じだ。
  血から生み出されても、粘々する訳じゃないのか)

鼠達は一匹一匹、ラントロックの手元に集まり始める。
0416創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:15:17.11ID:+h5eYUrN
一方で、フェレトリとウィローは口論を続けていた。

 「己の分も弁えず、太陽と月に挑んだ挙句、兄弟と妹が焼け死んだのであろう?
  唯独り生き残った感想を、是非とも聞かせて欲しい物であるなぁ?」

 「兄妹(きょうだい)達は壮大な物と戦い、雄々しく散って行った。
  あんたの様に、人形遊びしながら卑屈に生きる物には解らないでしょうね」

 「そして、貴様は隠れ住んでいると。
  中々笑える結末ではないか」

 「負け様も無い人間相手に敗北を重ねた愚か者には言われたくないわ。
  あんたみたいなのを真の敗者と言うのよ。
  生まれ付いて怯懦(きょうだ)な精神が招いた敗北なのでしょうねェ」

互いに「昔」を知る者同士、罵り合いは容赦の無い物になる。

 「……貴様も兄妹の後を追わせてくれようか?
  生憎と火は扱い慣れぬ故、死に様が『焼死』でない事は許してくれ給え」

 「はぁ、自分が勝つ積もりなの?
  人間に負ける様な奴(の)が、私には楽勝みたいな、頭悪過ぎて笑えて来るわ。
  燃え尽きるのは、あんたの方だよ」

地の利はウィローにあるのを、フェレトリは気付いていない。

 「妹が居た頃の貴様は、我より強かったであろうになぁ。
  それこそ月に並ぶ程の……っと、及ばぬから負けたのであったな。
  何とも残酷な事よ。
  半身と半霊を失い、弱体化した貴様を誰が恐れる」

 「御託は良いから、掛かって来たら?」

 「愚か者程、早死にしたがる。
  今生最後の会話なのだから、愉しみ給えよ」

 「最後じゃないから、惜しむ事も無いわ。
  それとも、あんたにとって最後なの?
  だったら諄々(ぐだぐだ)引き延ばすのも解るわ。
  どうぞ御存分に」

 「情けを掛けた積もりなのであるが、悔いは無いと見える!」

長々と無意味な会話を続けた後、フェレトリが仕掛けた。
0417創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:18:37.78ID:+h5eYUrN
ここはウィローの結界の中で、フェレトリの能力は抑えられる筈だが、瞬く間に周囲が闇に染まる。
光を遮るフェレトリの結界が、ウィローの結界を塗り潰したのだ。
しかし、ウィローも一方的な展開にはさせない。
自ら光を発して、一部ではあるが闇を振り払う。

 「あんたは光に弱い。
  日光でも、月光でも、『提燈<ランタン>』の灯でも、凡そ眩しい物は全て嫌った」

 「中々の光量であるな。
  月に成り代わろうとしただけはある。
  然し、弱い!
  我を追い詰めるには及ばぬ」

暗闇の中でフェレトリの正体を掴む事は出来ない。
彼女は結界内を覆う闇その物と化しているのだ。
ウィローが強い光を保っている内は、フェレトリは手を出せないが、それはウィローも同じ事。
では、互角なのかと言うと、そうでは無い。
ウィローはフェレトリの結界の中に閉じ込められている。

 「その儘、命を削りながら明かり続けるが良い!
  兄妹達の様に『燃え尽き』、『消し炭になる』までな」

今のウィローの魔法資質では、闇と同化したフェレトリを一気に払えない。
外部からの魔力の供給が断たれている現状、ウィローの力は次第に衰え、圧殺されてしまう。
打つ手は無い様に見えるが……。
0418創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:20:52.26ID:+h5eYUrN
時は少し遡り、闇が結界を覆った直後。
ラントロックも闇の中に囚われていた。
彼と戯れていた鼠達は、再びフェレトリの支配下に帰って、闇の一部と化している。
この闇は霧化した血液が作り出した物なのだ。

 (所詮は仮初めの命、主には逆らえないのか……)

血の霧は光を遮り、薄暮を深夜の闇に変える。
結界から脱出しようにも、「外」の方向も判らない。

 (魅了する所の話じゃないや。
  くっ、こんなの初めて見るぞ!
  砦に居た時は、実力を隠していた?)

ラントロックは血の霧を掻き分けながら、闇雲に「外」を探した。
彼の魔法資質は全方位にフェレトリの気配を感じ取っている。
丸で彼女の「内部」に囚われている様。

 (フェレトリも俺の存在を解ってる筈。
  何時攻撃されても不思議じゃない。
  どうにかならないか?
  誰かの助けを……。
  ネーラさんやフテラさんの能力なら……。
  駄目だ、攻略出来るイメージが思い浮かばない!)

当ても無く歩き回った彼は、偶然モールの木に辿り着いた。

 (これはモールの木!!
  魔除けの効果、魔力を通さない!)

危機的状況の中、これを利用出来ないかと直感したラントロックは、知恵を絞る。

 (考えろ!
  フェレトリを封じる方法は無いか?)
0419創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:14:02.50ID:g9gELg2X
懸命に思考する彼に、声を掛ける者があった。

 「あら、あんたもモールの樹の下に避難しに来たのかい?
  中々勘が良いんだねぇ」

それは魔女ウィロー。
発光している彼女を見て、ラントロックは驚く。

 「うわ、眩しっ!?
  どうなってんですか、それは?」

ウィローがラントロックに近付くと、彼女の纏う光を厭う様に、血の霧が引いて行った。

 「単なる光の魔法だよ」

旧い魔法使いと言う物は、基本的に自分の魔法以外の魔法は使いたがらない物である。
「使役魔法」使いであるウィローが、「光の魔法」を使っている事が、ラントロックには不思議だった。

 「使役魔法使いって言ったのは?」

彼は「光を使役している」のかと予想したが、そうでは無い。
ウィローの使役魔法の本質は、光の明滅を用いた精神操作。
薄暗い森の中に住んでいるのも、魔法の効果をより高める為だ。
暗黒の中にある者を明かりで誘導してやれば、その通りに進む事しか出来なくなる。
しかし、彼女は素直にラントロックに事実を伝えようとしなかった。

 「理屈さえ判っていれば、他の魔法も使えるのよ。
  私は『儀術士<ウィッチ>』だから」

それは嘘では無い。
ウィローには魔法とは別に、儀式的な呪術の心得もある。
そう説明しつつ彼女は、木の幹に巻き付けられている、樹液の入った容器を手に取った。

 「それ、どうするんです?」

 「新たに結界を張って、奴を封じる。
  手伝っとくれ」

ラントロックはウィローに差し出された容器を受け取る。
この状況で拒否する選択は無かった。
0420創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:16:05.34ID:g9gELg2X
ウィローはラントロックに指示する。

 「その樹液を垂らしながら、私の後に付いて来なさい。
  使い切らない様に、少しずつ、少しずつだよ。
  だからって、途切れさせても行けない」

ラントロックは頷き、フェレトリを威嚇する様に周囲を照らしながら移動するウィローの後を歩く。
モールの樹液を地面に垂らしつつ。
当然、それを見逃すフェレトリでは無かった。

 「小賢しい事を考えておるな?」

風の唸りにも似た、彼女の恐ろしい声が響く。
四方八方から反響して聞こえる声に、恐怖心を揺さ振られるラントロックを、ウィローは禁(いさ)めた。

 「恐れるな。
  私が側に居る限り、手出しはさせない」

ウィローの強気な言葉にも、ラントロックは安心は出来なかったが、怯えを隠す為に強がった。

 「誰が恐れてるってんですか……」

それを聞いた彼女は小さく笑って一言。

 「なら良いんだけどね」

血の霧は明かりを避ける様に、ウィローに道を譲る。
ラントロックは周囲に広がる赤黒い闇を警戒しながら、彼女の後に続く。
0421創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:18:29.00ID:g9gELg2X
ウィローはモールの木から、近くのモールの木まで歩く。
そこで樹液を補充して、又違うモールの木を目指す。

 (思った通りだ、モールの木で結界を作ってあるんだ!)

モールの木は屋敷を囲う様に配置してあるのだと、ラントロックは察した。
しかし、彼でも解る事が、フェレトリに解らない訳が無い。

 「成る程、そう言う事をする訳か……。
  残念ながら、見過ごしてはやれぬなぁ」

フェレトリは血を集めて数体の獣を造り、ウィロー等に差し向けた。

 「行けぃ、我が下僕よ」

犬に似た獣の荒い息遣いと唸り声に、ラントロックは狼狽して身を竦める。

 「だから、心配するなと」

ウィローが呆れた風に言った途端、獣が地を駆ける音がする。
ラントロックは音源を顧みた。
瞬間、赤黒い猟犬の様な怪物が、彼に躍り掛かる。

 (噛まれる!)

身を守ろうとする彼だったが、その必要は無かった。
直径1手の光線が静かに走り、猟犬を貫いたのだ。
光を浴びた猟犬は、瞬く間に霧に紛れて消える。

 「こんな化け物なら何体召喚しようが、見ての通りだよ。
  あんたは黙って私に付いて来なさい」

ウィローは強気に言って、ラントロックを安心させる。
0422創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 06:23:32.91ID:tRZnwP6O
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

M0RTN
0423創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 18:44:03.90ID:kFBGvruk
それから何度も血の獣が襲って来たが、ウィローが悉く返り討ちにした。
次第にラントロックも慣れて、襲撃を一々恐れなくなった。

 (この儘、無事に結界を張れるのか?)

だが、順調な中でもラントロックは安心出来なかった。
フェレトリが手を拱いて見ているだけの訳が無いと思っているのだ。
その予感は現実になった。

 「どうかな、偽りの月の片割れよ。
  多少は消耗したか?」

フェレトリの挑発的な言動にも、ウィローは無反応だ。
言い返す余裕も無いのかと、ラントロックは彼女を心配した。

 「猟犬共で禿(ち)び禿(ち)び削るのも飽きて来たな。
  貴様も雑魚を追い散らしてばかりでは、面白く無かろう。
  どれ、もう少し骨のある奴を用意してやろうか」

獣の気配が消えたかと思うと、今度は熊の様な一回り大きな獣が現れる。
それも1体や2体では無い。

 「ウィローさん……」

ラントロックが不安気な声を出すと、ウィローは重々しく口を開いた。

 「一寸、今度は厳しいかも。
  ……御免ね」

何故謝るのかと、ラントロックは衝撃を受ける。
0424創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 18:46:09.43ID:kFBGvruk
やはり守られてばかりでは行けないと、彼は気を強く持ち直した。

 (俺にも何か出来る事は……)

新たに生み出された血の巨獣は、巨体を揺らしてラントロック目掛けて突進する。
ウィローは光線で巨獣を迎撃するが、一瞬では仕留め切れない。
ラントロックは咄嗟の判断で、ウィローの背後に回った。
約5極の間、光線を浴びせ続けられて、漸く巨獣は消滅する。
しかし、倒した所で無意味なのだ。
血の獣は実体を持たないので、魔力の供給を受ければ復活する。
フェレトリの強大な能力を以ってすれば、完全復活も10極程度で十分。
対するウィローの消耗は激しいし、巨獣も1体だけではない。
凌ぎ切れなくなるのは目に見えている。
ラントロックは覚悟を決めて、ウィローに樹液の入った器を差し出した。

 「ウィローさん、俺が化け物を何とかします」

 「正気!?
  奴に魅了は効かないよ」

 「やってみなくちゃ分からないでしょう。
  それに、今の俺は足手纏いにしかならない。
  どう仕様も無くなったら、降参します。
  元々奴の狙いは俺達なんですから」

ラントロックは最後には降伏すれば良いと甘く考えていたが、ウィローは違った。
高位の悪魔貴族は約束を守る律儀な所はあるが、決して感情的にならない訳では無い。
ラントロック等が降伏しても、腹の虫が治まらなければ、殺されてしまうかも知れない。

 「でも……!」

 「他に手は無いでしょう!」

彼の言う通り、ウィローに妙案は無い。
0425創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/21(月) 18:48:16.39ID:kFBGvruk
彼女は仕方無く樹液の入った器を受け取り、従った。

 「解った、死なないで」

ウィローにとってラントロックは他人では無い。
知人の息子であり、その死を見たくはないと思うのは、当然の感情だ。
仮令、悪魔であっても。

 「勿論」

力強く応えるラントロックに、ウィローは彼の父親であるワーロックの俤を見た。

 (口先では否定しても、血は争えない。
  魂は受け継がれるのね)

魔法資質が有ろうと、使う魔法が違おうと、心の形は似通ってしまうのだ。
ウィローから少し距離を取るラントロックの耳に、フェレトリの声が響く。

 「どうした、トロウィヤウィッチ。
  観念したのか?
  そなたの相手は後でしてやる。
  大人しくしておれ」

フェレトリは脅威にならないラントロックを無視して、ウィローを集中して仕留めに掛かる。

 「そうは行かない!」

ラントロックはウィローの明かりに近付こうとする巨獣に向かって行った。
巨獣は彼の事等、全く眼中に無い様で、明かりだけを真っ直ぐ睨んでいる。
0426創る名無しに見る名無し
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2018/05/22(火) 18:20:01.86ID:XCovCaco
これは好都合だと、ラントロックは巨獣に忍び寄って触れた。
しかし、巨獣は全く反応しない……。

 (大丈夫、これは予想通り)

ラントロックは巨獣を魅了しようと考えていた。
相手を魅了するには、先ず自分を認識させないと行けない。
取り敢えず、触れただけでは駄目な様だ。

 (鼠は行けた。
  どこかに隙がある筈だ)

鼠を魅了出来たと言う例だけが、彼の希望。

 「このっ、こっちだ、こっちを見ろ!」

とにかく巨獣を叩いたり蹴ったりしてみるが、痛覚が無いのか、やはり無反応。

 (痛みを感じない?
  それなら視覚は?)

ラントロックは巨獣の背中に攀じ登り、頭に組み付いて目を塞いだ。
ウィローに突進しようとしていた巨獣は、困惑の叫び声を上げて頭を振る。

 「ギャフッ!?」

ラントロックは振り落とされない様に、両手で巨獣の耳を掴み、両足で首を挟んだ。
激しく揺さ振られて目を回しながらも、彼は思考を止めない。

 (目で物を見ていたのは変わらないんだな!
  それなら耳も聞こえるか?)

視界が戻って僅かに動きを緩めた巨獣の耳を広げ、至近距離から獣の咆哮の様な大声で叫ぶ。

 「ウォーーーーッ!!!!」
0427創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/22(火) 18:20:46.50ID:XCovCaco
魔力を伴った声は、耳から巨獣の『思考中枢<シンキング・コア>』に届き、フェレトリの支配を遮断した。
フェレトリの生み出す血の獣は、彼女の分身とは又違う。
彼女は取り込んだ獲物の血液から、獣の霊を再生して動かしている。
それはフェレトリの指示に従いこそするが、彼女とは別の存在だ。
自らの魔法が、巨獣を動かす魔力を掌握する感覚を、ラントロックは確と捉えた。

 (ああ、そうなのか!
  解ったぞ、これが『従える』と言う事なんだ!)

彼は初めて、魔法生命体を従えた。
「魔力で動く単純な生き物」を乗っ取る事は、実は自らの意思を持つ物を操るより容易なのだ。

 「良し、行けっ!」

ラントロックは巨獣の背に乗り、ウィローを襲撃中の別の巨獣に突撃する。
横合いから同類の不意打ちを受けた巨獣は、闇の向こうに弾き飛ばされた。
ラントロックは巨獣の上からウィローに話し掛ける。

 「ウィローさん、もう大丈夫ですよ!
  こいつ等の相手は俺に任せて、早く結界を!」

 「あぁ、助かったよ!」

樹液で魔法陣を描くウィローを、ラントロックは操った巨獣で護衛する。
自らが生み出した物が同士討ちを始めた事に、フェレトリは驚愕した。

 「何をしておる!?
  えぇい、所詮は獣か!」

彼女は思う通りに動かない獣に苛立ち、ラントロックに操られた物を血の霧に戻す。
0428創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/22(火) 18:22:25.49ID:XCovCaco
巨獣の実体が失われたので、ラントロックは地面に落ちた。
突然の事にも瞬時に対応し、足から着地した彼は、直ぐに又別の巨獣に狙いを定める。

 (近付けば、魔法資質が判る)

巨獣に接近した彼は、自らの魔法資質で巨獣の思考中枢を確認した。
トロウィヤウィッチの魔法の神髄は、『変化』にある。
魔法色素は七色に変わり、見た目さえも見る人によって異なる。
声域は広く、声真似も自在。
これ等はトロウィヤウィッチの魔法を継ぐ、バーティフューラーの一族に共通する特徴だ。
人に気に入られる為、取り入る為に、身に付けた「技術」。
それが魔法生命体に対しては、その自我の薄さが故に、何の警戒も無く受け容れられる。
精神を持たない者には魅了が効かないと言うのは、思い込みに過ぎない。
逆に、意思を持たないが故に、無防備なのだ。
ラントロックは魔力の流れを巨獣に同化させて、その内側に入り込む。

 「獲った!」

彼は又しても巨獣を乗っ取って、同士討ちさせた。

 「ムッ、此奴(こやつ)!」

フェレトリは驚愕した。
こうなっては幾ら血の獣を破壊し、復活させても無意味だ。
今の所、ラントロックは巨獣を一体しか操れない。
故に、もう数体巨獣を生み出して同時に襲わせれば、防ぎ切れなくなるだろうと予想は付くも、
それには血の量が足りない。
――加えて、別の懸念もある。
ラントロックの能力は、この短時間で成長している。
彼は自分の魔法の新たな可能性に気付いたのだ。
追い詰めれば、更なる能力に目覚めるのではと言う「恐れ」もフェレトリの中にはあった。
0429創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/23(水) 18:21:11.71ID:hFMzYFlX
その予感が的中したかの様に、ラントロックは新たな技を身に付ける。

 「ウィローさん、明かりを借ります!」

彼はウィローが纏う魔力の流れを取り込んで、月明かりの魔法を使った。
それによって自らも巨獣を追い払う。
更には、周囲の魔力はフェレトリが掌握しているにも拘らず、フェレトリの魔力の流れに混じる事で、
魔力を盗み出している。
何れも、「相手に取り入る」と言う、魅了の魔法使いとして自然に身に付いた「技術」を利用して。
フェレトリの魔力に取り入って、フェレトリの支配下にある魔力を奪い、ウィローの魔力に取り入って、
ウィローの魔法を使うのだ。
魔法の仕組みを完全に理解している訳では無く、所詮は物真似に過ぎないが……。

 「何と……何と言う事!?」

フェレトリの恐怖心を煽るには十分だった。
彼に対抗する方法が、今のフェレトリには思い浮かばない。
下手に小(ちょ)っ掻いを出すと、益々力を付けそうで恐ろしい。
舌打ちした彼女は、俄かに結界を解いた。
血の霧の闇が薄まり、自然の闇が戻って来る。

 「中々面白い物を見せて貰ったぞ。
  今日の所は引き揚げる。
  又会おう」

フェレトリは一方的に強がりを言って、黒鳥に変化し退場した。
巨獣も霧となって消える。
ウィローとラントロックは同時に安堵の息を吐き、月明かりの魔法を止めた。
脅威は去った。

 「大丈夫ですか、ウィローさん?」

ラントロックの問い掛けに、ウィローは小声で言う。

 「助かったよ。
  正直、私独りでは危なかった」
0431創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/23(水) 18:22:50.83ID:hFMzYFlX
ラントロックは気不味くなって、弁解した。

 「いや、フェレトリが襲って来たのは俺達が居た所為です……。
  奴が諦めるとは思えません。
  もしかしたら、又御迷惑をお掛けしてしまうかも……」

 「構わないよ。
  奴の慌てた顔を見られただけでも、儲け物だ。
  あいつ、余裕振っていたけど、あれで焦ってたんだよ。
  捨て台詞を吐いて引き下がらないと行けない位にね」

ウィローは苦笑すると、樹液で結界を張る作業に戻る。

 「さて、今の内に結界を強化しておかないと」

疲れの取れない顔で溜め息を吐く彼女に、ラントロックは言う。

 「俺も手伝います」

 「いや、あんたは料理の途中だったじゃないか」

 「あぁっ、そうだった!
  済みません、失礼します!」

ウィローに指摘されたラントロックは、慌てて屋敷に帰った。
台所に入ると、竈の火は消え掛かっており、鍋の湯は温くなっている。
そこで彼は採取した草を放り出していた事に気付くのだが、もう外は完全に暗くなっているので、
今から取りに出る事は諦めた。

 (塩の『汁物<スープ>』にするしか無いか……)

塩が効いた干し肉と漬物のスープに、砂糖菓子を少しずつ溶かして味を調える。
身窄らしい食事だが、塩辛い干し肉と漬物をその儘食べるよりは増しと言う物。

 (評価は期待出来ないかも)

中々美味しいとは言って貰えないだろうなと、厳しい見立てをするラントロックだった。
0432創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/23(水) 18:25:36.90ID:hFMzYFlX
反逆同盟に居た頃は、出所の不明な金で必要な物を買いに、街まで出掛けていた。
当初は鼠を焼いたり、食用可能な雑草を探したりしていたが、限界があった。
当時の彼は深く考えない様にしていたが、同盟の金は良からぬ事をして集めた物に違い無かった。
ウィローは独り暮らしが長いと要ったが、定期的に食料を買い足してはしていない様子。
多くの同盟の魔法使い達と同じく、食事を余り必要としない性質なのだ。
実はネーラやフテラも同様に何月も食べなくても平気だが、ヘルザは違う。

 (ウィローさんに、お金を借りられると良いんだけど、そもそも現金を持ってるのかな?)

この森は狼犬が多く棲息しているので、小動物を狩る事は難しいかも知れないと、
ラントロックは考えた。

 (反逆同盟に居場所が暴れてしまった以上、ここに長居するべきじゃないかも知れない)

今後を思うと、余り長居する訳には行かないだろうと、彼は予想する。
ウィローは構わないと言ったが、やはり限度はあろう。
だからと言って、どこに行けば良いか等、思い付かないのだが……。

 (これからは慎重に行動する様にしないと。
  どこで奴等に襲われるか分からない)

器に入れたスープを机の上に並べながら、ラントロックは気重になって溜め息を吐くのだった。
0433創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:19:11.19ID:x3IuRX5U
「ウィローさんも食べるんですか?」

「悪いかい? これ全部、家の物なんだけどねぇ……」

「いえ、悪いって訳じゃないんですけど、食事をする習慣は無さそうだった物で」

「物を食べなくても良い事と、食べない事は別の話だよ」

「ああ、成る程。はい、それは解ります」

「トロウィヤウィッチ、何故こっちを見る?」
0434創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:20:07.05ID:x3IuRX5U
「味、どうかな?」

「……美味しいよ」

「素直な感想を言ってくれ。次、作る時に参考にするからさ」

「……少し味気無い……かな? どう言ったら良いのか、分からないけど……」

「あぁ、深味が無いって言うか、物足りないって言うか、そんな感じだね? 分かった、工夫してみる」

「所で、お肉――」

「それは干し肉をお湯で戻した物」

「何の肉なのかな……?」

「『何の』って、……何だろう? 何の肉ですか、ウィローさん?」

「『何』って、何の肉だったかな……。人間じゃなかったと思うけど」

「うっ……」

「フテラさん、どうしたの?」

「うぅ、人間の肉? それとも違うのか?」

「多分違う……と思うんだけどねぇ?」
0435創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:25:31.26ID:x3IuRX5U
卑劣(さも)しい/鄙劣(さも)しい


品性が下劣である、貪欲である、卑しい、貧しい、身窄(みすぼ)らしいと言う意味の「さもしい」です。
「鄙劣しい」と当て字した例があります。
卑劣と鄙劣は同じ意味で、「鄙猥(ひわい)」、「鄙怯(ひきょう)」等の「鄙(ひ)」は、
「卑」に置き換えられます。
「卑」と異なる「鄙」の使い方には、「鄙(ひな)びる」の意味で「辺鄙」があります。
卑、劣、鄙は共に訓読みで「いやしい」と読まれます。


唏驚(おっかなびっく)り


「恐る恐る」と言う意味で、「おっかない」と「びっくり」の合成です。
「怖い」、「恐ろしい」と言う意味の「おっかない」の語源は「おほけなし」と言われていますが、
「おほけなし」の語源には諸説あり、「大気無し」、「大気甚し」、「負ふ気無し」、「覚気無し」、
「仰気無し」等、定まっていません。
「おほけなし」は元々「不相応な振る舞いをする事」、「身の程知らずな様」を表す言葉でした。
そこから「不敵な」、「恐れ知らずな」に変化し、近代になって「恐ろしい」と言う意味の、
「おっかない」になりました。
漢字は「大気無し」、「忝し」、「唏し」等があり、読みは「ヲヲケナシ」と「ヲフケナシ」があります。
「大気無し」は読み通りに漢字を当てた物。
「忝し」は「忝(かたじけな)い」より「辱しめる」、「価値を下げる」、「貶める」の意味から。
「唏し」は「唏(なげ)く」ですが、こちらは似た漢字の代用で、本来は辞書にも載っていない字です
(誤字の可能性もあり)。
単純に漢字を当てると「忝い」又は「唏い」に「吃驚(びっくり)」で、「忝吃驚」、「唏吃驚」となりますが、
見栄えを取って「唏驚」を当ててみました。
何が違うと問われれば困ってしまうのですが……。
初めの「おっかない」が一字に対して、後の「びっくり」が二字だと具合が悪いと言うだけです。
0436創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:26:21.38ID:x3IuRX5U
諌(いさ)める/禁(いさ)める


「注意する」と言う意味の「いさめる」です。
現在では目上の人に使うべき言葉だとされていますが、元々は「禁じる」と言う意味で、
上下関係を問わない物でした。
しかし、「諫言」の「諫」の字を当てた事で、「目上の者に注意する」と言う意味が生じた様です。
それでも「目上に」と限定されたのは最近の事の様で、昭和の中頃まで「子を諌める」と言った、
「目下の者に注意する」と言う意味の使われ方をしています。
辞書に「主に」や「多く」と但し書きされているのも、それが理由でしょう。
(目上の者に対してのみ用いる物であれば、『主に』や『多く』と言った記述は必要ありません)
目下の者には「窘める」を使うべきだとされていますが、こちらは「柔んわりと諭す」意味があり、
強い注意、警告、叱責には使えません。
「諌める」は目上には「諫言する」、「忠告する」、目下には「禁止する」、「制止する」になります。
「窘める」よりは強い警告に近い物でしょう。
本来の意味を大事にしながら使うのであれば、前者を「諌める」、後者を「禁める」として、
使い分けると良いかも知れません。
0438創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:49:29.97ID:4j8Nfpsy
社会と魔法の歩み


「八導師だって覗き位していたに違い無い」……こんな事を堂々と言う物は居ないが、
これを否定する事は誰にも出来ない。
現在でこそ魔法を利用した「窃視」、「盗聴」は明確に犯罪と規定されているが、復興期当時に、
この様な法律は無かった。
「魔法に関する法律」で懸念されていた事は、他者に危害を及ぼす事、他者を操り利用する事で、
それ以外の事に関しては想定していなかった。
建造物に関しても、外部からの透視や盗聴を防止すべく、魔力を遮断する工夫が施されたのは、
開花期になってから。
それまで一般人は防諜策に無関心で無防備であった。
しかし、取り締まる側は全く放置していた訳ではない。
「誰かに覗かれている」、「視線を感じる」と言う相談自体は、復興期から多くあり、逮捕例もある。
未だ都市の治安維持権限は魔導師会法務執行部が持っていた事もあり、復興期当時は、
こうした「迷惑行為」への対応も柔軟だった。
「魔法に関する法律」で迷惑行為が明確に禁じられたのは、都市警察に一部権限を委譲する上で、
魔法による迷惑行為が予想される為、明文化する必要が生じたと思われる。
詰まり「魔法に関する法律」違反では無くとも、犯罪行為には違い無いので一々区別しなかったと、
それだけの事なのだ。
一方、被害を訴えられない限りは動き様が無かったので、明るみに出ない物も多かったと思われる。
実際に、こうした迷惑行為が、どの程度横行していたかは定かでない。
0439創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:51:00.74ID:4j8Nfpsy
迷惑行為の他にも、魔導師会が想定していなかった魔法の使い方をされた例がある。
その一つは「造酒」だ。
開花期になってから、魔法で酒を密造して、無許可での販売を行う事例が多発した。
魔法で酒を造る方法は幾つかあるが、酵母を用いない「直接変換」が最も多く利用された。
造酒には「醗酵」が欠かせないが、これには酵母と適切な管理と十分な時間が必要であり、
この手間を惜しんだ悪質な業者が、魔法で酒気を直接生成しようとする例が多かった。
魔導師会は初め、分子変化魔法の一部を「条件付き禁断共通魔法」に指定していたのだが、
これの回避の為に、直接的な分子変化を目的としない魔法も悪用された。
即ち、腐敗や培養の魔法で、酒気を間接的、或いは副次的に生成する物である。
一々魔法の種別を特定して禁断共通魔法に認定しては、限が無いと言う事で、経過を問わず、
酒気を生成したと言う結果を以って、「魔法による特定の分子変化」を指定して禁止する、
法律が制定された。
当初は「個人で楽しむ分には問題無い」とされていたが、後に仲間内で密造酒の売買をする、
未成年に飲酒させる等の、悪質な事例が多く出た為に、取り締まりが厳しくなった。
これは後に麻薬やMADの密造を禁止する際に、流用される事になる。
0440創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:54:34.82ID:4j8Nfpsy
類似した例に、「酩酊」魔法の使用がある。
他人を魔法で酩酊させるのは禁止されていたが、自分に掛ける分には問題が無かった。
酒気に頼らずとも酩酊状態に陥る手段があれば、それで良いと言う訳か、二日酔いの心配も無く、
飲酒より体に良いとの噂で流行。
しかし、自分で自分に魔法を掛ける際、加減を誤る等して病院に運び込まれる例が急増。
酩酊状態で事故や事件を起こす例もあり、放置する訳には行かなかった。
こちらも特定の魔法を指定して禁じる事は出来ず、正常な判断力を失わせる魔法全般を、
「魔法による法律」で禁じた。
精神に直接干渉する魔法の大半が、医療目的以外での使用を許されないのは、
こうした経緯がある為。
更に、平穏期になると、強化魔法で人間を酷使する例が出始める。
魔法を使用する事で、肉体や精神の限界を超えて労働させると言う、非人道的な物だ。
強化魔法の使用に関して、特に規定は無かった為、法の隙を突いて悪用された。
過去に例が無かった訳では無いが、「会社が個人に強制する」形態は初めてで、
社会情勢や雇用の変化が背景にあるとされる。
奴隷に等しい扱いと言う事で厳しく批判され、直ちに禁止する法案が作られた。
0441創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/26(土) 19:43:53.62ID:R5bSxwcj
精神に干渉する魔法は、どの程度まで許容されるのか?
これは共通魔法社会の永遠の課題である。
例えば、嘘を封じる「愚者の魔法」も、精神に干渉していると言えるが、使用に関して罰則は無い。
人を晒し者にする様な使い方をしなければ良いとされるし、「公益性の高い目的」の為であれば、
悪辣な使い方をしても許される場合さえある。
人を穏やかな気分や落ち着いた気分にさせる魔法で、怒り狂う人の心を静め、大人しくさせるのは、
「正しい使い方」なのだろうか?
悲しい気分の人を楽しい気分にさせるのは良いのか、悪いのか?
この点に関して魔導師会は、強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法は、
安易に使うべきではないとして、「精神操作魔法」を禁断共通魔法に指定している。
例えば、鬱病で塞ぎ込んでいる人を、魔法で立ち直らせるのは有りか、無しか?
現状では「無し」で、特別な許可を持った医療関係者のみが許される。
但し、効果の軽い物であれば、その限りではない。
これが魔導師会の公式見解だ。
0442創る名無しに見る名無し
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2018/05/26(土) 19:45:17.12ID:R5bSxwcj
しかし、この様に綺麗に分類出来る物ばかりではない。
例えば、人に好印象を抱かせる魔法。
魔法で声を魅力的な物に変えたり、容姿を誤魔化そうと少しばかりの仕様も無い幻覚を見せたり、
或いは、より直接的に「楽しい」や「心地好い」を感じさせたり……。
「強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法」は駄目でも、良い感覚を喚起させる程度は、
特別な許可無く使用出来ると言うのなら、それで人気を稼いだり、注目を集めたりする事は、
許されるのだろうか?
魔導師会は「犯罪に利用しなければ良い」としているが、これで金品を貢がせる例もある。
自分を飾って人気を得るのは、普通の事だと言い切れるか?
問題だとすれば、化粧や話術と何が違うか言えるか?
金品を受け取る事が目的であれば、詐欺罪と認定されるが、被害者本人に自覚が無く、
実際には訴えられない事も多い。
一応、芸能活動をする団体は、協定で「興行に於ける精神干渉魔法の使用」を禁じている。
娯楽魔法競技でも同じく、こちらは演出であっても、「精神干渉魔法で観客の気分を昂揚させ、
又、審査員の心象を良くしようと試みては行けない」とされている。
0443創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/26(土) 19:46:44.13ID:R5bSxwcj
売れない芸人が精神干渉魔法を使って、客を笑わせる。
これは「滑稽魔法」と言う小噺が元である。
旧暦から伝わると言われる位、古い話だ。
「世の中に何も面白い事は無い」と言い張る偏屈な老人が居り、実際に何をしても絶対に笑わない。
どんな芸を見せても、醒めた態度で「詰まらない」、「下らない」、「どうでも良い」としか言わず、
その内に彼を笑わせた者こそ、本物の芸人であるとの噂が立つ様になる。
そこへ魔法使いが来て、魔法で精神を狂わせて笑わせてしまう。
以後、この老人は何をしても笑う様になり、面白いと詰まらないの見境も無くなってしまった。
本当に何でも無い事でも笑ってしまうので、敢えて老人を笑わせようとする人は居なくなった。
ある時、売れない芸人が、この老人なら笑ってくれるだろうと、虚しい心の慰めに芸を披露した。
所が、何時も笑っていた老人の顔から笑みが消えてしまう。
この原因に関しては、定かでない。
魔法が切れたとも、魔法を打ち消す位、芸が本当に面白くなかったとも受け取れる。
しかし、老人は売れない芸人に感謝した。
笑いたくなくても笑ってしまうのは、苦痛でしか無かった。
貴方の芸は本当に面白くなくて助かったと。
何事も天然無為に勝る物無し。
人は笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣くべきであるとの、教訓話である。
似た様な噺は幾つもあり、人を思う儘にする事の危険性を、面白可笑しく、皮肉を交えて訴えている。
0444創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/26(土) 19:50:27.58ID:R5bSxwcj
伝統を重視する団体は、こうした精神を尊重しており、協定以前から、客受けを狙って、
心を操る魔法を使う事は御法度だった。
敢えて明文化する必要も無い程の、常識だったのである、
それが協定で禁止された理由には、一つの事件があった。
娯楽魔法競技の公式化は、既存の娯楽文化の人気を一時的に奪った。
これに危機感を抱いたティナー市内のある「劇場」が、公演に際して魔法を使ったのだ。
飽くまで演者では無く、客の減少を恐れた「劇場」側の仕込みだったとされている。
演者は客に喜んで貰え、客も楽しい時間を過ごせる。
誰も不幸にならない方法の筈だったが、歪みは直ぐに表出した。
魔法を使えば、猿芝居でも感動させられるので、金の掛からない未熟な演者が集められた。
脚本家の実力も問われず、時には全く経験の無い素人が作劇した。
魔法で鑑賞力が崩壊した者は、魔法で作り出された「場の雰囲気」だけで勝手に盛り上がり、
演劇自体は、そっち退けだった。
魔法の効き易い者と、そうで無い者とで、演劇の評価が大きく違い、又、熟練の演者や批評家は、
脚本や演者の質に関して、厳しい評価を下した。
商売なのだから金が儲かれば良いと言う者と、それでは芸が廃ると言う者とで議論が分かれ、
最終的には魔導師会が催眠商法に類する詐欺に該当するとして、劇場の運営者を逮捕した。
0446創る名無しに見る名無し
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2018/05/26(土) 19:52:35.55ID:R5bSxwcj
実際の魔法の効果は、然程強力でも無かったとされる。
だが、冷静になれば、演劇は決して褒められた出来では無かったし、面白いと称賛していた者も、
完全に見放してしまった。
その時に作成された演劇は、「最低の劇」として記録され、後々まで語り継がれる事となる。
偶に公開されては、その酷さが話題になる。
この事件は「劇場」と言う閉鎖的な環境や集団心理と組み合わされば、強力な魔法で無くとも、
容易に人の思考能力を奪い、洗脳し得ると言う一例となった。
人間の心理を巧みに突いた詐欺事件は多くあったが、「魔法」が使われた例は少なかった。
それは魔法を使えば、魔導師会が介入する為だ。
どんなに巧妙に罪を逃れようとしても、魔法の前には無力になる。
下っ端を切り捨てようにも、魔導師会が本格的な「聞き取り」を行えば、未だ実行もしていない企み、
暴かれていない余罪まで含め、全てが白日の下に晒される。
劇場の事件も、当初の目的は客離れを止める為であり、魔法を悪用する積もりが無かったので、
魔法を使ってしまったのだ。
所が、調子に乗って、演劇の質の低下を惹起し、それが議論を招いて、魔導師会の目に留まった。
この反省として、芸能団体は劇場も含め、協定で観客に精神干渉魔法を掛ける事を禁じたのだ。
但し、協定は「演劇自体の評価を魔法で変えては行けない」と言う主旨で、演劇前に「緊張を解す」、
或いは「落ち着かせる」為に、効果の弱い魔法を使う事は認められている。
0448創る名無しに見る名無し
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2018/05/27(日) 18:29:36.42ID:y90StSSM
闇の子等と石の母


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


協和会事件後、反逆同盟の長であるマトラは、石の魔法使いバレネス・リタの元を訪ねた。
リタは自室で、石の赤子を抱いている。
これは彼女が自ら生み出した、魔法生命体だ。
泣きも笑いもしない人形だが、子を産めない宿命のリタは、この子を愛(あや)す事で、
自らの母性を慰めている。
相変わらず名前通りの不毛な事をしているなと、マトラは呆れつつ話を切り出す。

 「リタ、頼みがある」

 「何?」

マトラが自ら頼み事とは珍しいと、リタは興味を持って問うた。

 「この子等の世話をしてくれないか」

マトラは黒衣を翻し、4体の闇の嬰児を出現させる。
色こそ不気味に黒いが、見た目は人間の赤子その儘。
リタの目は大きく見開かれ、爛と輝く。

 「こ、これは!?」

 「人間の卵に私の魔力を混ぜて生み出した、闇の子だ」

 「では、貴女が面倒を見るのが道理では?」

 「私は悪魔だからな。
  生まれ落ちた時には既に、言葉を理解するだけの知能と、歩けるだけの体力があった。
  正直、人間の赤子の扱いは分からんのだ。
  ……正確には、これ等は人間の子では無い訳だが」
0449創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/27(日) 18:31:39.12ID:y90StSSM
マトラとリタは暫し見詰め合う。
リタは育児放棄に等しいマトラの行動を、好ましく思っていなかった。
しかし、当のマトラには少しも悪怯れる様子は無い。

 「もし断ったら、どうする?」

 「どうもせぬよ。
  時の止まった空間で、保管すれば良いからな。
  だが、それでは行かんのだ。
  この子等には魔導師会と直接戦う兵士になって貰いたい。
  今の儘でも、それなりの戦力にはなるのだが、やはり一定の知能と力が無ければ、
  容易に対策されてしまう。
  私とて折角生み出した物を、無駄死にさせたくはない。
  その位の情はあるのだ」

彼女の語る「無駄死に」とは、個数の有限な嬰児を無意味に消費する事である。
決して愛情から出た言葉では無い。
そうと解っていたリタは苦悩した。
口では「無駄死にさせたくない」と言いながら、リタが協力しなければ無駄死にする事になると、
マトラは暗に脅していた。
旧暦、我が子を口減らしに戦場に送り出す母親達を、リタは想起した。
自らが産めない子を、丸で物の様に扱う者達を。
羨望と義憤と嫉妬の炎に燃える当時の心を、彼女は思い出していた。

 「……引き受けよう」

捨て切れない母性が、リタを衝き動かす。
生みの親に愛されない子を、自分が愛さずして誰が愛すると。

 「そう言ってくれると思っていたよ」

マトラの笑みは、どこまでも邪悪だ。
冷徹で計算高い。
0450創る名無しに見る名無し
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2018/05/27(日) 18:35:43.94ID:y90StSSM
 「では、宜しく頼む。
  先ずは、この4体。
  定期的に様子を見に来るので、何かあれば、その時に聞く」

マトラは自らが生み出した子との別れを惜しみもせず、早々(さっさ)と退室してしまった。
闇の嬰児達は、リタの室内を四つん這いで徘徊し始める。
そして、手に触れる物は何でも弄る。

 「あぁ、これ、危ない!
  無闇に触るでない!」

リタは4体の赤子を回収して、石人形から剥いだ包みを着せ、石の揺り籠に寝かせた。

 「泣くな、泣くな、愛しい子よ。
  泣き止まねば、お前を攫いに悪魔が来やるぞ」

旧い子守唄で愛(あや)してやるも、赤子達は落ち着かない様子。
揺り籠から身を乗り出して、這い出ようとする。

 「参ったのう、好奇心が過ぎよる。
  抱いてやろうにも、石の肌では冷たかろう」

どうした物かと彼女は思案する。
結果、一人では手に負えないと認めて、他人に協力を仰ぐ事にした。

 (さて、誰が良いか……。
  悪魔共は当てにならん。
  そうなると人間――暗黒魔法使いの2人しか居らんな)

悩んだ末にリタは仕方無く、暗黒魔法使いのビュードリュオンを頼る。
ニージェルクロームは若く、子育ての経験は無さそう。
ビュードリュオンも子育てに興味があるとは思えないが、医学や儀術の知識がある事から、
少なくとも他の者よりは増しだと思った。
0451創る名無しに見る名無し
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2018/05/28(月) 18:50:35.25ID:fN+slcfP
彼女はビュードリュオンを呼び、闇の嬰児達を見せる。
ビュードリュオンは室内を徘徊する真っ黒な赤子を見て、先ず気味悪がった。

 「奇怪な」

 「そう言わず、抱いてみりゃれ。
  赤子は赤子じゃ」

 「赤子を抱いた事は無い。
  そう言う貴女は抱き上げてやらないのか?」

他人に促す割に、自分では抱こうとしないリタを、ビュードリュオンは怪しんだ。
リタは気不味そうに含羞み、小声で悲しい告白をする。

 「……私の肌は石だ。
  柔らかくも温かくも無い。
  私では人の温もりを教えてやれない」

ビュードリュオンは大きな溜め息を吐き、呆れてみせた。

 「体を温めれば、温もりを伝えられるだろう。
  石は熱し難いが、冷め難い。
  その性質を利用すれば、人肌の温もりを保つ事も難しくは無い。
  硬さが気になるなら、布でも巻けば良い」

そう言う問題では無いのだ。
リタは子を産めない石の体に引け目を感じている。
子供に嫌われたくないと言う思いと、拒絶される事への恐れがある。
0452創る名無しに見る名無し
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2018/05/28(月) 18:51:34.91ID:fN+slcfP
しかし、ビュードリュオンは彼女の情緒を問題にしない。
彼は冷徹な実用主義者で、全ての事象は為すと為さざるの結果と捉えており、迷いや躊躇い、
悩みと言った、心理的な機能を好ましい物と考えていない。
リタは眉を顰めて言う。

 「それは後で試すとして、今は赤子を落ち着かせる方法を知りたい」

 「はぁ」

ビュードリュオンは不満気に溜め息を吐いた。

 「魔法でも何でも使えば良いのでは?」

 「魔法で無理に行動を縛る事が、良いとは思えない」

赤子を気遣うリタに、ビュードリュオンは面倒臭そうな顔をする。

 「だったら、放置しておくんだな。
  その内、疲れて眠るだろう」

彼は一点一極でも早く、この仕様も無い用事を片付けたかった。
雑に言い捨てて退室しようとする彼の腕を、リタは掴んで引き止める。

 「真面目に考えては貰えぬか」

リタの瞳は石化の魔眼だ。
彼女に睨まれたビュードリュオンは、慌てて自らの目を残る片腕で覆った。

 「わ、分かった、だから睨まないでくれ」
0453創る名無しに見る名無し
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2018/05/28(月) 18:52:14.67ID:fN+slcfP
リタの石の魔法は、解呪の手段が限られている。
特に目を合わせてしまったら、自力では元に戻れない。

 「とにかく赤子を大人しくさせれば良いんだろう?」

 「真面な方法でな」

リタに釘を刺されたビュードリュオンは、一つ咳払いをし、改めて言う。

 「ガラガラでも持たせてやれば良いのではないかな」

音が鳴る玩具で気を引くと言う案に、リタは納得するも、こんな所では当然手に入らない。
街に出て買い物をしに行こうにも、石の肌は目立ち過ぎる。

 「ガラガラ……。
  しかし、どうやって」

 「誰かに作って貰うか、買いに行って貰うか?
  俺には作る事は出来ないし、人前に出るのも好かないが」

 「どうすれば良い?」

 「その位は自分で考えたら、どうなんだ?」

もう立ち去りたいと言う気持ちを隠そうともしないビュードリュオンを、リタは再び睨み付けた。
彼は慌てて視線を遮り、困り顔で代案を出す。

 「……あぁ、ニージェルクロームなら、外で普通に買い物出来るかもな。
  奴は未だ表立って悪事を働いていない。
  だが、奴自身が赤ん坊の玩具を買いたがるとは思えない。
  他に手が無いなら、マトラに頼んでみるのが良いんじゃないか?
  私に言えるのは、この位だ。
  後は自分でやってくれ」

そう言い切ったビュードリュオンは、石化させられない内に退室する。
リタは赤子を回収して、再び石の揺り籠に乗せ、ニージェルクロームを訪ねた。
0454創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/29(火) 19:32:32.44ID:Ux5EvhdX
リタの依頼を聞いたニージェルクロームは、難色を示す。

 「えぇ……?
  嫌だよ、ベビー・グッズを買うなんて。
  絶対変な奴だって思われるじゃないか」

同盟に加わっている時点で、変人の汚名ばかりか悪名までも避けられないのに、
そんな小さい事を気にするのかと、リタは呆れた。

 「では、他に適任者を知らないか?」

 「俺に聞かれても困るよ……。
  女の人なら誰でも良いんじゃないか?」

 「同盟で表に出ても怪しまれない者は、悪魔の3体しか……」

同盟の長であるマトラは、気が向けばリタの頼みを聞いてくれるかも知れない。
フェレトリは気位の高さからして、使い走りの様な真似はしたがらないだろう。
サタナルキクリティアもマトラと同様に、可能性は低い物の、気が向けば、或いは……。

 「とにかく、俺は嫌だよ」

ニージェルクロームに断られたリタは、次にサタナルキクリティアの元へ向かう。
しかし、彼女は部屋には居なかった。
サタナルキクリティアは暇があれば、人間社会に紛れて、楽しみを探す。
その中で「少し」の悪事を働いては、人間の愚かしさや狼狽振りを見て笑っている。
街中に使いに出て、大人しく目的だけ果たして帰るとは思えないので、信用ならない部分があると、
リタは考え直した。
悪魔故に自らの楽しみを優先して、忽(うっか)り目的を忘れても、悪怯れもしないだろう。
マトラも似た様な物だ。
0455創る名無しに見る名無し
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2018/05/29(火) 19:34:11.49ID:Ux5EvhdX
そうなると、ある程度は「常識」があって話が通じるフェレトリの方が、適任とも思える。
どうにか言い包めて、その気にさせれば良いのだが……。
リタは地下室の棺で眠っているフェレトリを起こし、先ずは普通に依頼してみた。
予想された通り、フェレトリは難色を示す。

 「何故に我が小間使いの様な真似をせねばならぬのであるか?」

寝起きの不機嫌さも相俟って、彼女は見るも恐ろしい顔をしていた。
それでもリタの目を直視する事は出来ない。
石化の魔眼は悪魔も恐れるのだ。
リタは何とかフェレトリの機嫌を取って、説得しようと試みる。

 「頼めるのは、貴女しか居ないの。
  私は見ての通り、人間離れした姿で、人の中には紛れ込めない。
  人に紛れるだけなら、後の2人でも良いけれど、あれ等は遊びが過ぎる。
  貴女の誠実さと寛大さに縋りたい」

素直に事情を話すリタだが、フェレトリの心は動かない。

 「それは解るがなぁ……」

リタは他者の威を借る事を好まないが、フェレトリが未だ渋るので仕方無く言った。

 「私はマトラより赤子の教育を任された。
  これが貴女の所為で上手く行かなかったとなれば――」

 「否(いや)、満更嫌と言う訳では無いのであるが……。
  こう言う事には、同伴者が居て然るべきであろう?」

フェレトリは慌てて言い繕う。
経産婦を装い、独りでベビー・グッズを買う度胸が彼女には無いのだ。
0456創る名無しに見る名無し
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2018/05/29(火) 19:36:37.60ID:Ux5EvhdX
リタは数極思案し、ある人物の名を挙げた。

 「ゲヴェールトは、どうだろう?」

 「奴かぁ……。
  好かぬな。
  ゲヴェールトが悪い訳では無いのであるがな。
  ヴァールハイトが内に居ると思うとな」

血の魔法使いゲヴェールトは「ヴァールハイト」と言う祖先の精霊を、自らの内部に封じている。
それは時々表出して、彼から肉体の支配権を奪う。
ヴァールハイトの覚醒を妨げる手段を、ゲヴェールトは持っていない。
ベビー・グッズを買うのは良いが、ヴァールハイトに知られて揶揄される事を、フェレトリは嫌がった。

 「では、ニージェルクロームか?」

リタが言うと、フェレトリは暫し考え込む。

 「あれは子供臭うてなぁ……。
  傍目に夫婦(めおと)には見られぬわ」

彼女は男女2人で並んだ時の、他人からの見え方を気にしている。
自分の夫と同時に「父親」の役をするのだから、落ち着きのある大人の男でなければならないと、
勝手に理想を持っているのだ。

 「そうなると、残りの男はビュードリュオンしか……。
  あ、もう1人居たな。
  新顔のスルト・ロームとか言う」

 「あれは爺では無いか!
  ビュードリュオンは悪くは無いが、しかし、人前に出るには纏う魔力が違い過ぎる」

飽くまで夫婦の「振り」をするだけなので、相手は誰でも良いではないかとリタは思うのだが、
フェレトリは妙に拘る。
0457創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:04:48.03ID:SBn5gQhM
注文の多いフェレトリに、リタは眉を顰めて言った。

 「ニージェルクロームで良かろう。
  彼とて芝居位は出来る筈」

 「ム、ムー、そう願いたい物であるな。
  では、奴を誘ってくれ」

フェレトリは渋々ながら頷き、ニージェルクロームを誘い出せと依頼する。
「えっ」と驚く顔をするリタに、彼女は告げた。

 「そなたの頼みを聞くのであるから、その位は当然ではないか?
  我が直接誘って、妙な勘違いをされても困るのでな」

 「……分かった」

自意識過剰だと呆れつつ、リタは承諾して、再びニージェルクロームの元へ。
彼女の話を聞いたニージェルクロームは、怪訝な顔をした。

 「フェレトリが?
  俺と一緒に?」

 「ああ、独りでは恥ずかしいから、夫婦の振りをしてくれないかと。
  そう言う訳で」

彼は大いに動揺する。

 「いや、でも、他に――」

 「他に居ないから、こうして頼んでいる。
  何よりフェレトリが『貴方が良い』と」

実際には言っていないのだが、リタは誤解されるのを承知で適当を放(こ)いた。

 「お、俺が……?
  参ったなぁ」

ニージェルクロームは困惑した口振りとは裏腹に、満更でも無い風。
自分で頼まないのが悪いのだと、リタは開き直っていた。

 「引き受けてはくれないか?」

 「そこまで言うなら……」

ニージェルクロームは浅りと引き受ける。
単純な男だと、リタは内心で哀れんだ。
0458創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:06:03.85ID:SBn5gQhM
ニージェルクロームとフェレトリは連れ立って街に出掛ける。
どうなる事やらとリタは心配しながら、部屋に赤子等の様子を見に戻った。
闇の嬰児と言えど疲れはするのか、赤子等は揺り籠の上で大人しくする様になっていた。

 (食事は何を与えれば良えんじゃろう?
  マトラに聞かにゃならんか)

大声で泣き喚かないのは良いが、衰弱死されては困る。
静かに寝付いた赤子等の顔を眺めながら、リタは心の底から湧き上がる愛おしいと思う感情に浸る。

 (今の内に、湯浴みをせにゃ。
  石の肌とて温めりゃと、ビュードリュオンは言うとったしな)

彼女は水を汲んで大釜に貯めると、自らの拳を火打石代わりに打ち付けて、火を熾した。
湯加減を見つつ、未だ水が温い内から体を浸す。
石の体のリタは、熱さや冷たさを余り感じない。
適当に熱して、後は自然に程好く冷めるのを待つのだ。
0459創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:07:10.51ID:SBn5gQhM
約2角後にニージェルクロームとフェレトリは買い出しから戻って来た。
しかし、リタの元にガラガラを持って来たのは、ニージェルクロームだけだった。

 「リタ、これで良いか?」

彼は手提げ袋に一杯のベビー・グッズを入れて、リタに差し出す。

 「あぁ、有り難う。
  何も問題は起こらなかったか?」

リタは袋を受け取りつつ、ニージェルクロームに尋ねる。
ニージェルクロームは眉を顰め、溜め息交じりに答えた。

 「何も起きなかったよ。
  全然、何も……」

 「そ、そう……」

恐らくは本当に「何も無かった」ので、落胆しているのだろうとフェレトリは考えた。
彼には悪い事をしたと罪悪感を覚えるも、内心で赤子の為だと自分勝手な言い訳をして開き直る。

 「又、何か入り用になったら頼む」

 「ああ」

ニージェルクロームは拒否しなかった。
フェレトリとの仲が悪化した訳では無い様で、リタは少し罪悪感が薄まる。
これにて無事目的の物を手に入れ、リタは静かに赤子達の目覚めを待った。
0460創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:47:44.19ID:mMjv0svU
それから暫くして、マトラが様子を窺いに来る。

 「どうかな、リタ?
  子供等の世話は見切れそうか?」

 「ええ、大丈夫」

リタの返答に、マトラは満足気に頷いて、赤子等に寄った。

 「可愛い物よの」

マトラが人差し指で赤子の口を撫でると、赤子は彼女の指を口に咥えた。
マトラは赤子を抱き上げて、その儘指を舐らせる。
寝惚けていた赤子は、薄目を開けて、夢中で指を吸い始めた。

 「一体何を……?」

怪訝な顔で問うリタに、マトラは微笑んで答える。

 「我が魔力を分け与えておる。
  こうせねば、これ等は命を保てぬのでな」

それを聞いたリタは衝撃を受けた。

 「な、何!?」

 「驚く様な事ではあるまい。
  私が生み出した存在なのだから」

闇の嬰児はマトラから離れては生きて行けない運命なのだ。
0461創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:49:20.81ID:mMjv0svU
こんな非道が許されるのかと、リタは愕然とした。
彼女にとって赤子とは永遠の宝であり、冒すべからざる物。
だが、この無邪気な赤子等の将来は生みの母によって運命付けられており、逃れる事は出来ない。
リタは無意識にマトラを睨んでいた。

 (悪魔とは何と恐ろしい生き物じゃ)

マトラの恐ろしい企みも知らずに、赤子は彼女に甘えて、その指を貪っている。
やはり生みの親には勝てないのかと、リタは歯噛みして悔しがった。
その内に、嫉妬の感情が湧き起こる。

 (お前達の母は、お前達の事なぞ愛しておらんのじゃ。
  何程〔なんぼ〕愛想を振り撒いた所で、使い捨てられるんよ)

 「ホホホ、よく吸うの。
  心行くまで味わうが良い」

強大なマトラの力を存分に食らい、闇の嬰児は見るからに大きく重くなる。
何点も掛けて倍の大きさに膨れた赤子は、大きな噫気(げっぷ)を吐いて再び眠った。

 「可愛い物よ」

そう笑うマトラは、次の赤子の口に人差し指を突っ込む。

 「余り飲ませ過ぎは――」

赤子を心配するリタだったが、マトラは平然と応えた。

 「私が生んだ物なのだから、加減は分かっておるよ」

彼女は早く赤子に力を付けさせ、十分な戦力にしたいのだ。
その企み通りには行かせないと、リタは小さな反抗を決意していた。
0463創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:50:09.30ID:mMjv0svU
「フェレトリ、買い出しに出掛けるんだろう? 付き合うよ……って、その格好は?」

「私は太陽が苦手でな」

「グラマー人みたいだ」

「……可笑しいか?」

「いや、そんな積もりで言ったんじゃなくて……」

「行くぞ」

「あっ、あのさ、俺達は一応夫婦なんだよな?」

「芝居の上ではな」

「だったら、もう少し夫婦らしくしないと行けないんじゃないか?」

「夫婦らしくとは?」

「手を繋いだり、腕を組んだり――」

「するのか?」

「並んで歩く位はした方が良いと思う」

「フム、そう言う物か……」
0464創る名無しに見る名無し
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2018/06/01(金) 19:15:56.28ID:iAzBUPwx
「入らっしゃいませ! 何をお買い求めですか?」

「赤子の玩具(がんぐ)を探しておる」

「えっ、えぇ……赤ちゃん用の玩具ですね?」

「そう言うておろうが」

「フェレトリ、ここは俺が……。ベビー・グッズを探してます」

「はい、こちらです。どうぞ。お二人は御夫婦で?」

「あ、はい。へへへ」

「奥様はグラマーの方ですか?」

「えー、はい、そうです」

「越境結婚?」

「そんな所です」

「それは、それは……。お子様の出産予定は?」

「えぇと、もう産まれています」

「まあ、お目出度う御座います」

「有り難う御座います」

「お子様は、何箇月でしょう」

「えー、這い這いとか、掴まり立ちを始めた位の」

「1年位ですか?」

「その位です」
0465創る名無しに見る名無し
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2018/06/01(金) 19:16:26.28ID:iAzBUPwx
「これ、店員! 音の鳴る玩具は、どこにある?」

「こちらの列です。ガラガラ、鈴、リング、喇叭、各種取り揃えております」

「御苦労、下がって良いぞ」

(凄い偉そう……。お嬢様かな?)

「ニージェル!」

「どうした?」

「其方(そち)が適当に選んでくれぬか?」

「えぇ」

「何を買えば良い物やら、我には皆目見当も付かぬのである」

「分かったよ……」

(フーム、今時の子供は贅沢よの。斯様な玩具を買い与えられるとは)
0466創る名無しに見る名無し
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2018/06/01(金) 19:17:14.04ID:iAzBUPwx
「お買い上げ、有り難う御座いました」

(結局、俺が独りで買った様な物じゃないか……)

「何やら不満気な顔であるな?」

「何でも無い」

「……付き合ってくれた事には礼を言う」

「いや、気にするな」

「……その、吸血してやろうか?」

「えっ、何言ってんだ!?」

「気持ち良くさせてやろうかと」

「竜の血が欲しいのか?」

「竜の血?」

「俺の体には竜の血が流れている。古の竜アマントサングインの血だ」

「何? 冗談か何か?」

「試してみるか?」

「……否(いや)、それが本当であれば止めておこう」

「……あぁ、そう」
0468創る名無しに見る名無し
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2018/06/02(土) 19:21:01.96ID:2MyUVh2X
今六傑ラムナーン引退


魔法暦515年 1月発行月刊誌「アスリート」の紙面より


昨年のグランド・フィナーレを最後に引退したラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ル選手。
20年間王者として君臨して来た彼が、引退を決意した理由とは!?
小誌が初の独占インタビュー!

――先ずは、お疲れ様でした。偉大な英雄と同じ時代に生まれた事を光栄に思います。
(苦笑しつつ)「それは大袈裟過ぎないか?」
――いえ、貴方程の競技者は、今後10年、20年は生まれないでしょう。ファンの中には、
   未だ現役続行を望んでいる人も居ます。どうして引退を決意されたのですか?
「一昨年辺りから、思う様な『演技<パフォーマンス>』が出来なくなった。優勝を逃す事も多くなった。
 同期の競技者が皆、引退してしまったのも大きいと思う」
――しかし、昨年のグランド・フィナーレでは、素晴らしいパフォーマンスでした。
   これが見納めになると思うと寂しいです。
(少し顔を顰めて)「私も寂しく思う。衰えは明らかだった」
――そ、そんな積もりで言ったのではありません。王者の貫禄、安定感のある演技でした。
「安定感と言えば聞こえは良いが、無理が出来なくなっただけの話。もう全盛期の輝きは無い。
 あの大会(グランド・フィナーレ)で観客の皆さんにも伝わった筈」
――それにしても早過ぎると思います。ランキング1位の座こそ譲った物の、1年を通して、
   10位以内に常駐。今六傑としても最年長。大会優勝回数でも、どこまで記録を伸ばすか、
   私も多くのファンも楽しみにしていたのですが……。
「ファンの皆さんの楽しみを奪ってしまった事は、申し訳無く思っている。しかし、限界だった。
 体力的にも精神的にも。憖、実績があるだけに、実力以上の評価をされる事も辛かった」
――期待が重荷になったと言う事ですか?
「それもあるが、何より不十分な出来で称賛される事が嫌だった。『配慮されているな』とか、
 『気遣われているな』と感じる事が多くなった。この儘、私が現役を続けていると、
 良くない影響があると思った」
――思い過ごしでは? ラムナーンさんは大英雄ですから、無下にする訳には行きませんよ。
「それが良くない。競技者は誰でも平等に扱われなければ。新世代の邪魔にはなりたくなかった」
――成る程。業界全体の将来を見据えた、お考えがあっての事だったのですね。
「持ち上げないでくれ。大元は衰えを感じ始めた事だ。そろそろ退き時だと思った。それだけ」
0469創る名無しに見る名無し
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2018/06/02(土) 19:28:35.45ID:2MyUVh2X
――現役時代を振り返って、最も印象に残っている事は何ですか?
「私がプロフェッショナルの競技者になって3年目、エグゼラでの冬の四季大会。
 夏の四季大会と二冠制覇した時。今六傑イズヤ・シャッフテル(※)さんに初めて勝った、
 あの大会だ」
――後にイズヤさんが引退を決意する切っ掛けになったと言う、あの大会ですか?
   確かに、あれからラムナーンさんは躍進を続けて、今六傑になられました。
「それまでも時々ランキング上位者に勝てる事はあった。イズヤさんと優勝を競ったのも、
 初めてじゃない。でも、あの大会は特別だった」
――イズヤさんの地元エグゼラでの大会だからですか?
「そうじゃない。それまでは『勝った』と言っても、相手が万全の状態じゃない事が多かった。
 偶々ミスをしてくれたり、所謂『拾う』勝ちが殆どだった。私は実力で勝ちたかった」
――あの大会で勝てたのは運では無く、実力だったと。どんな心持ちだったのですか?
「言葉にするのは難しい。但、演技前に『勝てる』と言う予感があった。夏の四季大会で優勝した後、
 秋では優勝を逃したが、それまでとは違う何か……力を付けている実感があった」
――では、夏の四季大会で優勝したのが、切っ掛けだったんでしょうか?
「そうかも知れない。だが、その時は未だ初優勝で興奮して、自惚れているんだと思っていた。
 冷静に振り返ってみても、どんな変化が自分の中で起こったのか、よく分からない」
――ある時、突然強くなる、実力が付くと言う事があるんですね。
「全く不思議な事だよ。行き成り、一段高い所に昇った様な。同じ体験をした人が居るかは、
 分からないけれど。でも、そう言う事もあるんだと、若い人達には知って欲しい」
――今まで引退されなかったのは、若手に自分を越えて貰う為でもあったのでしょうか?
「そうだね。因縁と言うのかな……。私がイズヤさんに勝った時の様に、私を倒す事で、
 若い人には自信を付けて貰いたかった」
――特に期待している若手は?
「ここで言ってしまうと、変な『圧力<プレッシャー>』を掛ける事にならないか? 誰とは言わないが、
 一度でも私に勝った人や、私以上の点数を出した人は、皆、将来性があると思っているよ。
 勿論、今のランキング上位の人達も」


※:男性フラワリング競技者。二つ名は「冬の嵐」、「銀の王」。エグゼラ地方には珍しい細身の優男。
0470創る名無しに見る名無し
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2018/06/02(土) 19:30:10.28ID:2MyUVh2X
――他に、思い出深い出来事等は?
「競技者人生では、ライトネスの存在だろうか? 私と同年代の女性競技者と言う事で、
 意識はしていた。好調の時の彼女は誰も寄せ付けない位に強く、良い『好敵手<ライバル>』だと、
 私は勝手に思っていた」
――ラムナーンさんとライトネスさんの数々の名勝負は、今でも私達の記憶に残っています。
   497年から10年に亘り、グランド・フィナーレの注目は、お二人の対決にありました。
「そんな言い方は、どうかと思うが……。グランド・フィナーレに出場していたのは、
 私とライトネスだけじゃないよ」
――その位、皆が期待していたんです。そのライトネスさんとの対決、通算ではラムナーンさんが、
   7対3と勝ち越していますが、御感想は?
「感覚としては、五分五分なんだがな。そんなに勝ち越している意識は無かった」
――ラムナーンさんとライトネスさんの間には、様々な噂が立ちました。お付き合いなさっているとか、
   逆に実は仲が悪いとか。その辺りの真相は、どうなんでしょうか?
「『公開演習<エクシビション>』では、よく2人で演技したが、彼女と個人的に付き合う事は無かった。
 私達は良き好敵手であり続ける為に、お互い余り馴れ馴れしくしない方が良いと、
 私的な付き合いを控えていた。仲が悪く見えていたのは、その所為かも知れないな。
 実際に仲が悪かった訳では無いよ。フラワリングの将来に就いて、真剣に話し合う事もあった。
 私と彼女は当時、業界を代表する立場だったので」
0471創る名無しに見る名無し
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2018/06/02(土) 19:30:56.24ID:2MyUVh2X
――引退後の御予定は?
「先ずは、故郷に帰って少し休みたい。今までは一にも二にもフラワリングだった。少し休んだら、
 今度は後進の育成に力を注ごうと思う」
――フラワリングを続けられると言う事ですか?
「他に能が無いからな。何等かの形で関わり続けたい」
――ラムナーンさんの教え子が、未来のフラワリングを支えて行くのでしょう。楽しみです。
「どの程度、私が指導者に向いているかは分からないが……。私の技術や経験を出来る限り、
 多くの人に伝えたいと思っている」
――それでは改めて、長年お疲れ様でした。本日は、有り難う御座いました。
「こちらこそ、有り難う」
0473創る名無しに見る名無し
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2018/06/03(日) 20:29:22.01ID:/RHZYcC4
竜の目覚め


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


協和会を利用して、ティナー市で事件を起こして以降、反逆同盟は攻め手を欠いていた。
フェレトリやヴェラは影で小さな事件を起こし続けていたが、マトラは満足しなかった。
彼女は世間を動揺させ、人々の心に爪痕を残す、大きな事件を期待していた。

 (アダムズ君を失ったのは不味かったか……?
  しかし、奴は制御しようと思って出来る男では無かったしな。
  やれやれ、最近溜め息が多くなったわ)

彼女は退屈していた。
退屈凌ぎに地上の侵略を始めたのに、それで退屈していては意味が無い。
不満に思っていたマトラは、砦の中で同じく退屈している男を発見した。

 「どうした、ニージェルクローム?」

暗黒魔法使いのニージェルクロームは、廊下で呆っと外を眺めている。
マトラに声を掛けられた彼は、愛想笑いして応えた。

 「いや、どうも……。
  何と無く、手持ち無沙汰で」

 「退屈しておるのか?」

 「そんな所だな。
  平和過ぎて欠伸が出る」

自らの内に眠る竜の力を制御出来る様になってから、彼は力を発揮する場所を求めていた。
それは果たして、ニージェルクロームの自身の意志か、将又彼の内に眠る竜の意志か……。
0474創る名無しに見る名無し
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2018/06/03(日) 20:30:24.23ID:/RHZYcC4
マトラは嫌らしい笑みを浮かべて、ニージェルクロームに囁き掛けた。

 「『平和過ぎて』か……。
  それは、それは、フフフ。
  そこまで退屈しているなら……、どうだ、一暴れしてみないか?」

 「良いのか?」

ニージェルクロームは自信無さそうな声で問う。
彼には迷いがあるのだ。
力を試したい気持ちと、失敗した場合の責任の取り方で。
しかし、そんな心配は無用だと、マトラは笑う。

 「ディスクリムを供に付けてやろう。
  侵入も撤退も思いの儘だ。
  どこだろうと、好きな場所で暴れるが良い」

ニージェルクロームは自らの手の平を見詰め、固唾を呑んだ。

 「……どこが良いと思う?」

 「その力を世に示すならば、耳目を集める場所が良い。
  魔導師会の本部は、どうかな?」

悪戯っぽく提案するマトラに、ニージェルクロームは困惑する。

 「えっ、えぇ、行き成りか?」

 「何れは戦う事になる相手だ。
  実力を試すには丁度良いでは無いか?
  『反逆同盟』として堂々と宣戦布告してやれ」
0475創る名無しに見る名無し
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2018/06/03(日) 20:31:22.26ID:/RHZYcC4
マトラが背を押してやっても、ニージェルクロームは未だ踏ん切りが付かない様子だった。
彼は難しい顔をして、低く唸ってばかり。

 「少し考えさせてくれ」

そうして出した結論は、「回答の一時保留」。
マトラは深い溜め息を吐いた。

 「……無理強いはせぬがな」

怯懦(へたれ)だと思われているのだろうと感じ、ニージェルクロームは焦った。
だが、ここで安易に話に乗る程、彼は考え無しでもない。
一時の恥は忍んで、冷静に対処する。

 「俺の中の竜が何と言うか、それ次第だ」

マトラは再び小さく溜め息を吐いて、仕方無いなと呆れて見せた。

 「覚悟が決まったら、教えとくれ」

彼女はニージェルクロームを焚き付ける為に、失望を露にして立ち去る。
その計算通り、ニージェルクロームは複雑な面持ちと心持ちで、暫し立ち尽くしていた。
0476創る名無しに見る名無し
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2018/06/04(月) 19:07:08.57ID:2r1peTJi
自室に戻ったニージェルクロームは、ベッドに寝転がって瞑想した。
竜は何時も、夢を介して彼と語る。

 (竜よ、古の竜アマントサングイン、応えてくれ)

そう念じていると、やがて世界が暗黒に落ちる。
それは眠りでは無い。
意識を保った儘、奇妙な浮遊感と非現実感を持って、暗黒の空間に移動するのだ。
今、ニージェルクロームの眼前には、赤黒い体を持った巨大な竜が、彼を見下ろす形で座している。
もう慣れた物で、ニージェルクロームは竜の威容にも一々驚かない。

 「アマントサングイン、退屈していないか?」

彼の問い掛けに、アマントサングインは溜め息混じりに答えた。

 「その問い掛けは無意味だ。
  我等の精神は同調し始めている。
  この意味が解るな?」

不意に問いを返され、ニージェルクロームは困惑する。

 「えぇー、それは詰まり……、俺が退屈って感じる時は、お前も退屈してるって事?」

 「その通りだ。
  お前の内に我が魂が宿ったのは、偶然と言う訳では無い。
  精神が同調し易かったのだ。
  『運命』が我等を引き寄せた」

古竜アマントサングインの話を聞いても、ニージェルクロームは危機感を持たなかった。
彼は鈍感にも、竜との同調を選ばれし者の証と捉え、嬉しく思っていた。
0477創る名無しに見る名無し
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2018/06/04(月) 19:08:13.30ID:2r1peTJi
ニージェルクロームはマトラに提案された事を、その儘アマントサングインに持ち掛ける。

 「退屈してるなら丁度良い。
  外で一暴れしないか?」

アマントサングインは呆れ気味に答えた。

 「退屈は悪い事では無い。
  今は血の臭いがしない」

 「血の臭い?」

 「我等『竜』は、『人の上に立つ物』と言った筈だ。
  争いを続ける愚かな人間を戒める存在として」

 「人を殺す事で人に恐れられるんだろう?」

ニージェルクロームは竜の使命を誤解している。
竜は無意味に人を殺戮するのでは無い。
何時までも戦いを止めない、愚かな人間の戒めとして君臨するのだ。

 「我等は横暴な暴君でも無ければ、残虐なだけの獣でも無い。
  人が分を弁え、大人しくしている分には、一向に構わぬ」

 「どう言う事だ?」

 「竜は争いの火を消し去る物で、争いの火を熾す物では無い。
  自ら戦乱の火種になる愚かな真似はしない」

アマントサングインは済まして言ったが、ニージェルクロームは怪しんだ。

 「だったら、この疼きは何なんだ?
  本当は暴れたくて仕方が無いんだろう?」
0478創る名無しに見る名無し
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2018/06/04(月) 19:09:22.37ID:2r1peTJi
ニージェルクロームとアマントサングインの精神は同調している。
故に、彼が暴れたいと感じる時、アマントサングインも同じ事を考えているのだ。
挑発的な言動に、アマントサングインは少し機嫌が悪くなる。

 「悪魔の様な事を言う奴だ。
  否、実際に『悪魔擬き<デモノイド>』だったな。
  長き眠りから覚め、退屈だった事は認めよう。
  だが、平穏を掻き乱して玩ぶ程、我は悪趣味では無い」

要するに、暴れたいと言う強い欲求はある物の、地上の秩序を守る竜の一として、
自ら平和を乱す訳には行かないのだ。
では、大義名分があれば良いのかと、ニージェルクロームは察した。

 「これからは『平穏』なんて言ってられなくなるぞ。
  俺達は反逆同盟に居るんだ。
  反逆同盟は共通魔法社会に反逆する。
  今日まで人目を忍び、日陰で暮らさざるを得なかった、多くの魔法使い達の為に」

 「悪魔擬き共が、どうなろうと興味は無いと言った筈だ」

アマントサングインは呆れていた。
悪魔擬きも人と変わらないのかと。
ニージェルクロームは諦めずに、アマントサングインに頼み込む。

 「どうなっても構わないと言うなら、力を貸せ!
  その力で、俺達が『生きる』道を拓かせてくれ!」

 「竜とは力の究極。
  力を以って力を制する者。
  ハイロン、そんなに血を見る事が好きならば、幾らでも見せてやろう」

アマントサングインは大口を開けて、ニージェルクロームを呑み込んだ。
行き成りの事に、彼は抵抗する暇も無かった。
0479創る名無しに見る名無し
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2018/06/05(火) 18:22:40.42ID:+GXy2BCJ
アマントサングインの口中は真っ暗で、何も見えない。
そればかりか、ニージェルクロームは体の感覚も失っていた。

 (何をした、アマントサングイン!)

狼狽する彼に、アマントサングインは告げる。

 「お前は愚かな男だ、ハイロン。
  無知で傲慢、正しく凡愚としか言い様が無い。
  平均的な存在と比較して、明白に下等であると断言しよう」

 (お、俺が!?
  馬鹿にするな!!
  お前を目覚めさせたのは、他でも無い、この俺だ!
  凡人では絶対に出来なかった事だぞ!)

 「フン、眠らせた儘で置けば良かった物を。
  良いか?
  これから我は我が意思で動く。
  お前は徒(ただ)、見届けろ。
  その内に自ら反省し、心変わりするだろう」

ニージェルクロームは肉体の支配権を失った――と思ったが、そんな事は無かった。
目を開けば、そこは変わらず自室のベッドの上であり、手足は彼の意思で動く。

 (何だ、驚かせて……)

ニージェルクロームは一時は安堵した物の、竜の力を全て借りる事は出来ないと悟り、落胆した。
今まで通り、一部の力しか引き出せないのであれば、多勢を相手にするのは不利。
魔導師会本部を襲撃する事は諦めて、どこか他の場所に奇襲を掛け、力を発散するしか無いと、
マトラには言い訳しようと彼は決めた。
0480創る名無しに見る名無し
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2018/06/05(火) 18:23:45.25ID:+GXy2BCJ
後日、マトラと出会したニージェルクロームは、その旨を伝えようと自ら話し掛けた。

 「マトラ、話がある」

 「おぉ、ニージェルクローム!
  覚悟は決まったか?」

もう完全に受けてくれる物と思っていたマトラは、気の早い問い掛けをする。
申し訳無く思いつつ、断ろうとしていたニージェルクロームだが、口が上手く動かない。

 「あ、あぁ、え、ええ」

マトラを気不味だとは思っているが、吃音(ども)る程は緊張していないのにと、彼は不思議がる。
どこか体調が悪いのか、それにしては痛みや苦しさは無い。
混乱していると、彼の口が勝手に動いた。

 「魔導師会本部を襲撃するのだったな。
  任せておけ」

嫌に自信に満ちた声。
自らの意思に反する言葉が出た事に、ニージェルクロームは目を剥いて驚いた。
自分の口から出た言葉とは思えなかった。

 「フフ、実に頼もしい。
  期待しておるぞ。
  ――して、決行は何時だ?」

 「追って知らせる」

 「近々(きんきん)に実行される事を望むよ」

マトラは怪しむ素振りも見せずに立ち去る。
ニージェルクロームは直ぐに、誰の仕業か気付いた。

 (アマントサングイン、お前っ!!)
0481創る名無しに見る名無し
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2018/06/05(火) 18:24:31.28ID:+GXy2BCJ
 (何を怒〔いか〕る、ハイロン?
  奴は解っていたぞ。
  返事をしたのが、お前では無い事にな)

アマントサングインは反論代わりに、彼に真実を告げる。
ニージェルクロームは愕然とした。

 (何だって!?)

 (奴にとっては誰でも構わぬのだ。
  自らの思い通りに動いてくれるならな)

そう言うと、アマントサングインは肉体の支配権をニージェルクロームに返した。
この状況で体の支配権だけを戻されても困ると、彼は心の中でアマントサングインに呼び掛ける。

 (アマントサングイン、何時魔導師会に攻撃を仕掛けるんだ?)

 (何時でも、お前の好きな時にするが良い)

 (お、俺は魔導師会の本部に突撃する積もりなんか無いぞ!)

勝手に話を進めておいて、自分の好きな時も何も無いと、ニージェルクロームは激昂した。
そんな彼をアマントサングインは嘲笑う。

 (どうした、今頃になって怖くなったのか?
  お前達にとって、何れは戦わねばならぬ相手だろう。
  何時ならば良いのだ?
  来月か、来年か、それとも10年、20年後か)

ニージェルクロームは恐ろしくなった。

 (俺を殺す気か!?)
0482創る名無しに見る名無し
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2018/06/06(水) 18:37:42.39ID:2QJR6F73
アマントサングインは憐れみを込めて、一層嘲笑する。

 (そんなに恐ろしいのか、無力で脆弱なハイロンよ。
  安心しろ、お前を戦わせようとは思っていない。
  戦うのは、この我だ)

 (お前が俺の代わりに、魔導師会と戦うのか?
  竜の力で?
  一体どんな心変わりだ?)

現生人類を悪魔擬きだと切り捨て、人間同士の戦いには全く興味を持たなかった竜が、
どうして魔導師会と戦う気になったのか、ニージェルクロームは怪しんだ。

 (言った筈だ、『見届けろ』と。
  我が心の有り様を知り、少しは我が『同調者<シンパサイザー>』に相応しい精神を身に付けるのだな)

アマントサングインは言外に、ニージェルクロームは精神の程度が低いと指摘していた。
竜とは崇高な存在なのだ。
本来であれば、同調者であるニージェルクロームは、アマントサングインの心が理解出来る筈。
感情だけでなく、アマントサングインの意志をも理解してこその同調者。
それが表層的な理解に留まると言う事は、「竜」と言う物の本質を彼が理解していないからである。
現に、ニージェルクロームはアマントサングインが暴れたいだけではないかと疑っている。

 (俺は魔導師会の本部に行くだけで良いのか?
  戦いは、お前に任せろと?)

 (好きにするが良い。
  お前自身が戦いたければ、戦わせてやるぞ)

 (そんな気は無えっての!)

根が真面目なニージェルクロームは、如何にアマントサングインが勝手にマトラと約束したとは言え、
魔導師会に襲撃を仕掛けず、無為に過ごす事は思いも寄らない。
0484創る名無しに見る名無し
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2018/06/06(水) 18:39:20.58ID:2QJR6F73
アマントサングインはニージェルクロームに告げた。

 (安心しろ、ハイロン。
  お前が行かないのであれば、我が行く。
  怠惰に過ごされても困るのでな。
  心の準備をする位の時間は呉れてやろうと思っての計らいだ)

 (俺に全ての力を托すと言う選択は無いのか?)

アマントサングインの全ての力を借りれば、魔導師会の本部に乗り込んで、大暴れ出来ると、
ニージェルクロームは考えていた。
覚悟を決める時間を与える等と言う、中途半端な計らいをする位なら、その力を貸してくれた方が、
何倍も良いと。
アマントサングインは益々憐れみを込めて、嘲笑する。

 (お前の肉体も精神も、竜の力には耐えられまい。
  蛙の腹に牛が収まるか?)

 (そんなの、やってみなくちゃ分からない。
  蛙は蛙でも、蛙神の大蝦蟇かも知れないぞ)

意地になってニージェルクロームは言い返すも、アマントサングインは相手にしなかった。

 (お前は、その器でない。
  竜の姿を知り、又、身の程を知れ)

それっ切り、アマントサングインは黙り込んでしまう。
ニージェルクロームは最早成り行きに身を任せる他に無くなってしまった。
0485創る名無しに見る名無し
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2018/06/06(水) 18:43:22.75ID:2QJR6F73
days after


それから数日後、ニージェルクロームは魔導師会本部を襲撃する事となった。
相変わらず気乗りはしないが、もう仕方が無い事だと、彼は完全に割り切っていた。
姿を隠す為のフード付きのマントを羽織り、ディスクリムの影に包まれて、いざ出発。
グラマー市内は特に共通魔法の結界が強く、ディスクリムの影に潜る瞬間移動能力でも、
直接市街地には移動出来ないので、先ずは街から離れた人気の無い場所に現れる。
乾いた空気が運んで来る砂埃に、鼻と喉を刺激されたニージェルクロームは、
一つ大きな嚔(くしゃみ)をすると、マントの襟を立てて口元を覆った。

 「それでは、私は貴方の影に付いておりますので。
  私が危険と判断したら、強制的に撤退します。
  御了解を」

 「是非そうしてくれ」

ディスクリムの発言は、ニージェルクロームにとっては有り難い物だった。
彼はディスクリムを影に宿し、市街地に向かって歩き始める。
グラマー市に入った彼は、行き成り執行者に話し掛けられた。

 「一寸、済みません。
  身分証を見せて貰えますか?」

何か怪しい所があったのかと、ニージェルクロームは内心兢々としていた。
幸い、彼は共通魔法社会で生まれ育ったので、身分証を持っている。

 「はい」

執行者は身分証を見ながら、幾つかの質問をする。

 「お名前を教えて下さい」

 「ハイロン・ワイルン」

執行者や都市警察が身分証の提示と共に、先ず名前を確認するのは、その身分証が、
本人の物なのか確かめる為だ。
迷わず身分証と同じ名前を言えれば、有らぬ疑いを抱かれない。
0486創る名無しに見る名無し
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2018/06/07(木) 20:28:09.51ID:jtWbaJhk
執行者は問いを続ける。

 「ボルガ地方出身?」

 「はい」

 「グラマーには何をしに?」

 「……観光です」

目的を尋ねた後に、少しの間があったのを執行者は怪しんだが、深くは追究しなかった。

 「これから、どちらへ?」

 「何分初めてな物で、先ずは適当に市内を見て回ろうかと」

 「そうですか……。
  お気を付けて」

執行者は身分証を返すと、通信で連絡を取りながら、その場から立ち去った。
ニージェルクロームは一つ大きな息を吐いて、再び歩き始める。
目的地は魔導師会本部。
しかし、本部に到達する前に、再び執行者に捉まる。

 「そこの人!」

2回呼び止められ、ニージェルクロームは不安になった。
魔導師会本部は3巨先に見えている。
又、問答するのかと思うと、面倒臭くなる。
そんな彼の心を読んだかの様に、アマントサングインが「目を開けた」。
自らの内でアマントサングインの存在が膨れているのを、ニージェルクロームは自覚する。
この儘、ここで竜を解放して良いのか、彼は悩んだ。
0487創る名無しに見る名無し
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2018/06/07(木) 20:29:04.87ID:jtWbaJhk
動悸が激しくなり、胸が張り裂けそうな感覚に襲われる。
竜の力を抑えられない。
ニージェルクロームは胸を押えて、屈み込んだ。
それを見た執行者は心配する。

 「どうしました?」

ニージェルクロームの体に、赤黒い霧が纏わり付くのを見て、執行者は駆け寄るのを止め、
その場で戦闘態勢に入った。
明らかに共通魔法とは異なる異様な気配がある。
何かは判らないが、強大で恐ろしい物の。

 「こちらC11−22、本部南口から約3巨の通りに不審者を発見。
  周辺に警戒を呼び掛けて下さい。
  ……いや、これ避難の方が良いかな?
  避難、避難を呼び掛けて下さい!
  応援を頼みます、警戒レベル4(※)!」

執行者は膨れ上がる強大な力を恐れて、通信で周辺住民への退避命令を要請した。
それは正しい判断である。
これから戦う事になる相手は、旧暦の伝説の竜なのだから。
執行者は直ちに行動を封じる魔法を発動させた。

 「『拘束<バインド>』!!」

しかし、拘束魔法は弾かれてしまう。
丸で、力任せに鎖を引き千切る様に。
「抑え切れない」と直感した執行者は、魔法で警報を鳴らした。
街中の『拡声器<スピーカー>』から甲高い音が鳴り響き、周囲に緊急事態の発生を知らせる。


※:危険度を5つのレベルで分けた物。
  レベル1=最低。単独犯で、予想される被害の程度が小さく、周辺に警戒を呼び掛ける程度。
  レベル2=予想される被害の程度は小さいが、複数犯であるか、死者が発生する懸念がある。
  レベル3=予想される被害の程度は小さくないが、壊滅的状況には陥らない。
  レベル4=予想される被害の程度が大きいか、予測不能で、避難を呼び掛けなければならない。
  レベル5=最大。全力で潰しに掛かるか、撤退するかの判断をしなければならない。
0488創る名無しに見る名無し
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2018/06/07(木) 20:31:17.00ID:jtWbaJhk
アマントサングインはニージェルクロームに働き掛ける。

 (頃合だな、我を解放しろ。
  後の事は我に任せ、お前は見学していろ)

 (な、何をするんだ……?)

ニージェルクロームの問いには答えず、アマントサングインは咆哮を放った。
それは口から出る音波では無い。
大気が揺れて、恐ろしい唸り声を作り出す。
執行者は耳を塞いで、蹲っている。
もう限界だとニージェルクロームは察した。
直後、どこからとも無く大量の赤黒い霧が湧き立ち、彼を覆って竜を模る。
幻影のアマントサングインだ。
本来は戦場で流された血と涙が、戦禍竜アマントサングインの体となる。
それが無い為に、こうして幻影を作り出す事で、竜の復活を誇示する。
一般市民が逃げ惑う中、応援の執行者が2人、3人と集まって来た。
彼等は突如として街中に出現した竜を見て、驚愕し、狼狽している。

 「どう言う事だ?
  これは……殺(や)ってしまって良いのか?」

執行者達は先制攻撃を仕掛けて良い物か、戸惑う。
取り敢えずは陣形を組んで、魔力場を整え、臨戦態勢に。
執行者達の内、勇気ある1人が、ニージェルクロームに対して呼び掛けた。

 「お前は何者だ!?
  今直ぐ、その術を解除しろ!!」

彼等は竜ではなく、ニージェルクロームが本体だと思っている。
0489創る名無しに見る名無し
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2018/06/08(金) 18:16:32.32ID:ovwN9eFN
それは間違いでは無いのだが、アマントサングインは気に入らなかった。

 「愚かな『悪魔擬き<デモノイド>』共よ、よく聞け!
  我が名はアマントサングイン!
  正統なる竜の一である!」

名乗りはニージェルクロームでは無く、幻影の竜の口から出る。
しかし、執行者達は素直に受け取らない。
竜の中に居る男が、小細工をしているとしか見えないのだ。

 「馬鹿な事は止めろ!
  直ちに投降しなければ、攻撃を加える!」

旧暦の竜の伝説は、一般には殆ど知られていない。
余程、旧暦の事に興味を持っていない限りは、魔導師でも知らないのが普通。

 「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!
  話を聞けぃ!!」

アマントサングインは怒って、白い腐蝕ガスを吐いた。
執行者達は魔法で防護壁を張って防ぐが、アマントサングインは更に3枚の翼を羽撃かせ、
腐蝕ガスを拡散させる。
街中に飛散したガスが、樹木を枯らし、家々の壁に斑の痕を付ける。

 「お前達では話にならぬ!!
  八導師を呼べ!!」

アマントサングインに近付く事すら困難な状況だが、「魔導師会」は次の手を打っていた。
突然、アマントサングインは動きを封じられる。

 「ムッ、小賢しい……!」

多数の別働隊が連携し、2通先の遠距離からアマントサングインを円状に包囲して、
運動停止魔法を掛けたのだ。
0490創る名無しに見る名無し
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2018/06/08(金) 18:17:58.40ID:ovwN9eFN
ニージェルクロームはアマントサングインを心配した。

 (大丈夫なのか?
  これでも未だ魔導師会は本気じゃないと思うぞ)

未だ処刑人が出動していないし、禁断共通魔法も使われていない。

 (共通魔法を甘く見ない方が良い。
  幾ら『竜』でも……)

この儘では、数に圧されて負けてしまう。
どうにか隙を作って逃げ出せないかと、ニージェルクロームは早くも逃げ腰だった。
ディスクリムも呼び掛ける。

 (撤退するか?)

アマントサングインは軽んじられていると感じ、憤慨した。

 (煩いぞっ!
  この程度、どうと言う事は無いわーっ!)

不完全な状態であろうと、悪魔擬きに屈する訳には行かないと、アマントサングインは力を振り絞る。

 「我が魂を傷付けられる物は、神槍のみである!!」

赤黒い霧に覆われているニージェルクロームまでは、停止魔法が及んでいない。
それを利用して、アマントサングインは彼の体を動かした。

 「竜の爪を食らうが良い!」

魔力がニージェルクロームの腕に集中し、鋭い剣となる。
振り下ろせば、真っ直ぐ2通半までの空間が裂ける。
その先に居た執行者達は、自分等の身を守る為に防御せざるを得ない。
結果、包囲に綻びが生じ、一瞬の隙が生まれる。
自由を取り戻した幻影のアマントサングインは、濃度の高い腐蝕ガスを撒き散らし、
羽撃きで半径3通に拡散させる。
周辺住民の退避は完了しているので、人的被害は無いが、街は壊滅的な被害を受けた。
建物は崩れ落ち、植物は幹の芯まで枯れ果てる。
0491創る名無しに見る名無し
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2018/06/08(金) 18:23:47.96ID:ovwN9eFN
竜の吐き出す腐蝕ガスは、高濃度になれば魔力の流れをも阻害する。
神の創造物である竜は、聖なるモールの樹と似た性質を持っているのだ。
当然、魔力通信も阻害される。
執行者達は手出しが出来なくなっていた。
魔導師会本部の執行者を指揮するは、統合刑事部の部長補佐。
如何にも会社員的な肩書きだが、これは全ての刑事執行者を束ねる「部長」の補佐であり、
その実質は軍隊で言う、師団長、少将に相当する。

 「あれは何か?
  変身魔法ではあるまい。
  未知の外道魔法使いか」

次の指示を出し終え、望遠鏡で事の推移を観察中の部長補佐の問いに、補佐付が答える。

 「恐らくは。
  駆付(かけつけ)の報告によると、『正統なる竜』、『アマントサングイン』と名乗ったそうです」

 「何だ、それは?
  大戦の伝承に、そんな奴が居たか?
  竜人タールダークの関連か?
  或いは、ケドゥス、スーギャか」

アマントサングインの存在は、旧暦でも伝説扱い。
一定の機密情報を知り得る立場にある部長補佐でも、全く心当たりが無かった。

 「分かりません。
  一応、魔法史料館に確認を求めています」

この補佐付も、魔法史料館から回答がある事を期待している風では無い。
0493創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/09(土) 19:44:50.49ID:HoB8aMXT
部長補佐は眉を顰めて、補佐付に問うた。

 「やはり反逆同盟の一員だろうか」

 「恐らく、そうでしょう。
  この時期に態々魔導師会本部を襲撃するのですから」

大陸各地で「反逆同盟」なる外道魔法使いの集団が事件を起こしている。
直接の指示にしろ、共謀にしろ、便乗にしろ、今回の事も、それに関連した物に違い無かった。
部長補佐は険しい顔で、続けて問う。

 「本部との連絡は取れたか?」

 「はい、非常通信回線は生きていました」

それは本部が腐蝕ガスの中に置かれて孤立している現状では、朗報だった。

 「何か指示は?」

 「市民の安全を第一に、可能な限り速やかに危険を取り除けと」

 「気安く言ってくれる」

 「警戒レベルは4を維持するそうです」

 「この期に及んでも、全力で対処しないのか……。
  象牙の塔に応援要請を」

 「解りました」

魔導師会は総力を以って、この難敵を排除しなければならないのにと、部長補佐は静かに憤った。
魔導師会本部は、唯それだけの建物では無い。
あらゆる意味で第一魔法都市グラマーの中心であり、共通魔法社会の象徴なのだ。
これが崩れ落ちる時は、共通魔法社会が終わる時である。
0494創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/09(土) 19:57:55.21ID:HoB8aMXT
部長補佐の指示通り、魔力通信で象牙の塔に支援を要請し終えた補佐付は、
直後に魔法史料館側からの連絡を受けた。

 (はい、こちら臨時編成部隊第一司令部)

 (魔法史料館です。
  お問い合わせの竜とは、アマントサングインで間違いありませんか?)

相手が少し慌てた様子だったので、補佐付は何かあったなと直感する。

 (はい、間違いありません)

魔法史料館の人間は、一度深呼吸をして、説明を始めた。

 (……アマントサングインは、旧暦の伝承に登場する竜です。
  『アルアンガレリアの初子達』と呼ばれる、最も強大な竜の一体です。
  戦禍竜アマントサングイン。
  旧暦の2度の大竜戦争で、人類と敵対しました。
  第一次大竜戦争で4代聖君に敗れ、後に復活して第二次大竜戦争を引き起こすも、
  今度は8代聖君に敗れ――)

 (待て、待て。
  余計な説明は良いから、具体的な性質や特徴を教えてくれ。
  どんな能力を持っていて、弱点は何だとか)

補佐付は単刀直入に、戦いに役立ちそうな情報を求める。
通信の向こうで、小さな溜め息が漏れた。

 (アマントサングインは、人間同士の争いを止める為に生まれた、ディケンドロスの竜です。
  神出鬼没で、血の臭いを嗅ぎ付けて、戦場を荒らし回ると言います。
  血に塗れた様に赤黒い液体を纏う、3枚の翼を持った漆黒の竜で、その大きさは城程もあると、
  伝えられています)

 (能力は?)

 (どんな物でも溶かしてしまう、強力な腐食性のガスを吐きます。
  羽撃きは強風を呼び、溶解液の雨を降らせ、咆哮は全てを塵と汚泥の海に変えるそうです)

魔法史料館の者が話すアマントサングインの性質と、市内に現れた竜の性質の一致に、
補佐付は嫌な予感がした。
彼は固唾を呑んで、更なる情報を聞き出す。
0495創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/09(土) 19:59:41.64ID:HoB8aMXT
 (どうすれば倒せる?)

その問への回答は、絶望的な物だった。

 (体を覆う液体は、あらゆる物を溶かすので、真面な攻撃は通じないとされています。
  液体が本体の様な記述もあり、少なくとも打撃は通じないでしょう。
  火や水に弱いと言う記述もありません。
  弱点は特に無い様です)

 (だから、『どうすれば』倒せる!?)

 (体を傷付ける事に意味は無く、唯一、神槍コー・シアーのみが、その魂を砕けるそうです)

補佐付は沈黙した。
灰掛かった霞の向こうで動く、赤黒い不気味な何かを倒せるのは、本当に神槍コー・シアーのみか?
魔法史料館に保管されている、コー・シアー「とされている」物は、只の錆の塊だ。

 (ええと、一応コー・シアーを持ち出しましょうか?)

魔法史料館側からの申し出に、補佐付は少し迷った後、こう答えた。

 (万一と言う事もある。
  頼む)

 (解りました。
  急いで出掛けます)

 (頼む、『通信終わり<ブレイク>』)

 (ブレイク)

通信を終えた補佐付は、部長補佐に先程得た情報を伝えに向かう。
0496創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/10(日) 19:31:03.93ID:zbPlJ6LE
灰色の霞に覆われ、崩壊を続ける街の中で、魔導師会本部だけは結界で守られていた。
魔力を遮断されても、魔導師会本部は緊急時に備えて、魔力発生装置が設置されている。
この事実は重大な機密であり、一般には知られていない。
一部の市民は安全の為、魔導師会本部内に避難しているが、当然この機密は教えられない。
灰色の霞に覆われた街中では、巨大な竜の影が、大声で叫んでいる。

 「出て来い、八導師!!
  然も無くば、都市を全て灰の山にしてくれる!!」

アマントサングインの要求は、魔導師会本部に届いていた。
本部内では動揺が広がる。

 「八導師を呼び出して、どうするんだ?」

 「話し合う積もりなのか?」

 「馬鹿な!
  罠に決まっている!」

 「執行者は何をしてるんだ!
  あんな奴、早々(さっさ)と倒してしまえば良いのに!」

避難している市民や一般の魔導師は、口々に不安や不満を言う。
折悪く中央運営委員も委員会に出席する為に、本部に登庁していた。
缶詰め状態となった委員達も、不満を漏らさずには居られない。

 「ここまで本部に敵の接近を許すとは、執行者共は弛んでいるな。
  危機感が足りないのではないか?」

 「誰か、現状を報告しろ!」

委員達の特権意識も相俟って、言葉は拮(きつ)い。

 「落ち着いて下さい。
  今、外部と連絡を取っています」

彼等を本部の職員が説得して宥める。
0498創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/10(日) 19:38:20.55ID:zbPlJ6LE
竜の言葉は八導師にも届いていた。
現在、本部に居る八導師は、第四位を除いた7人。

 「どうする、奴の要求に応えるべきか?」

 「外からの報告によると、あれは『アマントサングイン』と名乗ったそうだ」

 「伝説の竜か!
  魔力を阻害するガスを振り撒く辺り、確かに『悪魔』とは異なるが……」

 「何が目的なのか、それが解らない限りは、どう仕様も無い。
  使者を出そう。
  攻撃は一時中断を」

 「良いのか?」

 「あれが『本物』であれば、執行者の手に負える物では無い。
  少なくとも、対処に梃子摺っているのは事実だ」

八導師達は話し合った結果、竜に対して使者を出す事を決定した。
この大役を任されたのが、親衛隊のジラ・アルベラ・レバルト。
彼女は「竜」を見た経験がある為に、自らが「班長」と言う責任ある立場である事事も考慮し、
進んで使者を引き受けた。

 「気を付けて下さい、ジラさん……」

不安気な顔をする部下に、彼女は言う。

 「私の部下なら、『後の事は任せて下さい』位は言って貰いたい物ね」

不安感、自信の無さ、気弱さは、悪い結果を招く。
口先だけでも強がるのだと、ジラは部下を諭した。
未だ情け無い顔をしている部下の肩に手を置き、彼女は力強く言う。

 「大丈夫、絶対無事に帰って来るから」

ジラはローブを重ね着した上に防護服を着込む重装備で、更に魔力石を複数持ち、
独り灰色の霞の中へと出掛けて行った。
0499創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/10(日) 19:41:33.36ID:zbPlJ6LE
彼女は自分の体の周囲を透明な魔法の障壁で覆い、腐蝕ガスの漂う街中に出た。
それは丸で濃霧の中を歩いている様。
しかも、周囲の魔力が全く読み取れない。
魔法の効果が切れたらと思うと、ジラは気が気でなかった。
周辺の建物は殆ど形を留めていないが、建材は様々だった筈だ。
木、石、砂、煉瓦、石灰、鉄。
しかし、どれ一つとして無事な物は見当たらない。
道路までもが溶け出しているので、少し浮遊して移動せざるを得ない。
あらゆる物質を溶かす腐蝕ガスとは何なのか?
ジラは不気味な物を感じながら、濃霧の向こうに幽かに見える竜の影へと歩いた。
影は徐々に大きく、明確に見える様になる。
街中に出現した「竜」が、赤黒い霧で出来た実体の無い存在だと判り、ジラは驚愕した。

 (これは……魔法?)

竜の胴に当たる部分には、ローブを纏った人物が居る。
これが竜を操っているのかと、ジラは誤解した。
――アマントサングインは自らに接近して来る人影に気付き、注目する。

 「何者だ?
  お前が八導師か!」

共通魔法使いの気配を察して、そう問い掛けたのだが、返事は違った。

 「違います。
  私は使者として、お話を伺いに参りました」

魔導師会からの使者であるジラは、竜の幻影では無く、赤黒い霧の中の人物に目を向けている。
それが本体だと思っているのだ。
直接八導師が出向いて来なかった事に、アマントサングインは内心密かに腹を立てるも、
話を聞こうとしているだけ前進していると、怒りを抑えた。

 「フン、この惨状を見て、未だ『使者』を遣す余裕があるとはな。
  随分と悠長な事だ」

それでも尊大で攻撃的な口振りは止めない。
ジラは竜を刺激しない様に、出来るだけ穏やかに尋ねた。

 「八導師に何の御用でしょうか?」
0500創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/06/11(月) 18:39:00.20ID:uUbEioTX
アマントサングインは幻影の体で呆れた様に溜め息を吐く。
巨大な旋風が巻き起こって、近くの建物が崩れ落ちる。

 「話がある」

 「その内容を教えては頂けませんか?」

ジラの問いを、アマントサングインは一笑に付す。

 「『人』に聞かれては困る事だ」

八導師以外に聞かれては困る事とは何だろうと、ジラは訝った。
それはニージェルクロームとディスクリムも同じだ。
魔導師会を倒すのではなかったのかと怪しむ。
或いは、八導師を謀殺する策略なのかも知れないが……。
暗殺の危険性はジラも認識しているので、軽々には応じない。

 「……八導師との直接の対話を望まれるのであれば、先ず八導師の安全を約束して下さい」

 「分かった」

八導師に危害を加えない事を条件付けられて、アマントサングインは頷く。
だが、ジラは困惑した。

 「あの……、『分かった』では無く、貴方が安全を保障すると言う、証明を頂きたいのです」

魔力が遮られていて、魔法を掛けられない状況なので、彼女は口約束を信用出来ないのだ。
何も個人的な感情の問題だけでは無く、立場的にも口約束を浅りと信用する訳には行かない。
ジラの要求にアマントサングインは怒った。

 「正統なる竜は約束を違えぬ!」

口だけでは何とでも言える事を、アマントサングインは理解していない。
いや、理解はしているのだが、聖竜アルアンガレリアの子である事を特別視し過ぎているのだ。
実際に特別な竜ではあるのだが、その事実を知る者は限られている。
0501創る名無しに見る名無し
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2018/06/11(月) 18:44:31.25ID:uUbEioTX
ここで言い合っていても仕方が無いので、ジラは一つの提案をした。

 「日を改めては頂けませんか?
  こう酷い状況では……」

魔力が通じない恐ろしい腐蝕ガスに覆われた街中に、八導師を独り行かせるのは危険過ぎると、
彼女は考えていた。

 「そうは行かん!
  問答無用で、お前達悪魔擬きを絶滅させてやっても良いのだぞ!」

アマントサングインは全く譲歩しない。
ジラは仕方無く、もう一つの提案をしてみた。

 「では、覚書を交わしましょう」

旧い魔法使いや悪魔は、約束に弱い。
正確には「弱い」のでは無く、相手を騙して裏切る様な策略を「弱者の仕業」と厭う。
故に、一度取り交わした誓いを破る事はしない。

 「契約書の事か?
  馬鹿馬鹿しい、悪魔でもあるまいに!」

アマントサングインの態度は強硬だったが、その中にジラは狷介固陋さを感じ取っていた。
現代社会の常識に付き合う意思が無いだけで、悪意がある様には見えないのだ。
各地を旅して、時には外道魔法使いと会って来た時の経験が、信用しても良いのではと告げている。
街を覆う腐蝕ガスは、一向に薄まる気配を見せない。
寧ろ、一層濃くなっている様ですらある。
余り意味の無い会話で時間を潰すのは、得策では無いと思い、ジラは決意した。

 「……御用は承りました。
  確と伝えます」

後の判断は八導師に任せようと、悪く言えば「丸投げ」する事にしたのだ。
魔導師会の使者が去った後、ニージェルクロームはアマントサングインに尋ねる。

 (何を話す積もりなんだ?)

 (その時になれば分かる)

勿体振るアマントサングインを、ディスクリムは警戒した。
元々竜も悪魔とは相容れない存在。
裏切る可能性も無くは無い。
0502創る名無しに見る名無し
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2018/06/11(月) 18:45:38.42ID:uUbEioTX
魔導師会本部に戻ったジラは、八導師が控えている最高指導部に直行し、有りの儘を報告した。
その内容に第三位ヴァリエント・レナドールは小さく唸る。

 「『人には聞かせられない話』か……。
  御苦労、下がって良い」

 「はい、失礼します」

背を向けて退室するジラを見送った後、八導師達は互いの顔を見合う。

 「さて、どうした物か」

 「私が行きましょう」

真っ先に名乗りを上げたのは、第八位タタッシー・バリク。
禁呪の研究者が集う「象牙の塔」出身と言う、異色の経歴の八導師だ。
周囲の八導師は慌てて止める。

 「君は未だ若い」

 「若輩者と言う事で、信用が無いのでしょうか?」

 「そうでは無い。
  失うには惜しい人材だ」

 「それは誰でも同じでしょう」

タタッシーは強く反論した。
八導師には誰一人として、欠けて良い者は居ない。
0503創る名無しに見る名無し
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2018/06/12(火) 19:58:11.68ID:GXtsZUJn
タタッシーは八導師の中でも50代と比較的若い。
老人と言うのも憚られる位だ。
歴代の中でも、彼より若くして八導師になった者は居るが、稀な例には違い無い。

 「私は決して悲観的な意見で言っているのでは無く、自ら希望しているのです。
  竜と言う物と対話してみたい」

 「竜の事は、我々にも分からない。
  旧暦でも時代が古過ぎる。
  少なくとも、初代八導師は竜と対面していない」

他の八導師達はタタッシーに、竜と対峙する事の危険性を訴えた。
大竜戦争は魔法大戦の1000年前とも言われる。
正確な時代は不明だが、竜の存在が伝説となる程度には、大昔の事なのだ。
共通魔法は魔法大戦の数年から十数年前、無名の期間を考慮しても、精々数十年前に、
研究が始まって広まった物。
歴史が浅い為に、竜との交戦経験が無い。
よって、対策を立てる事も出来ない。

 「それならば、今が竜を知る絶好の機会でしょう」

だが、タタッシーは強気に言い切る。
彼が八導師に選ばれたのは、極めて政治的な理由だ。
共通魔法研究会と魔法技術士会から、新たな八導師を輩出したいと言う事情が先ずあり、
この次の八導師を選ぶ時に協力すると、魔法道具協会と裏取り引きをした。
幸い、他に有力候補が無かった為に、その儘タタッシーが当選した。
では、何故タタッシー・バリクが八導師の候補として選ばれたのか?
それは彼が禁断共通魔法の研究をしている内に、魔導師会の秘密に迫った為だ。
家庭的にも孤独な独身主義者であり、名誉にも興味が無く、真実を追って、自らの危険を顧みない。
そうした性質を買われて、八導師最長老レグントの推薦を受けた。
0504創る名無しに見る名無し
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2018/06/12(火) 20:00:54.95ID:GXtsZUJn
最下位のタタッシーに対する他の八導師達の態度は、丸で子を想う親である。
タタッシーが50代でも実際に親子の歳の差があるので、情が湧いてしまうのだろう。
有望な若い者を、無駄に死なせる訳には行かないと思っている。

 「分かった。
  しかし、君だけを行かせる訳には行かない」

ヴァリエントは他の八導師達を見回して、誰をタタッシーに同行させるべきか考えた。
沈黙の中、最長老レグントが手を上げようとする動きを見せたので、ヴァリエントは先を制して言う。

 「私が同行しよう」

 「ヴァリエントさんには第三位の――」

第一位と第二位に次ぐ発言権と影響力を持つ者を、危険に晒す訳には行かないと、
タタッシーは断ろうとしたが、ヴァリエントは抗弁を遮る。

 「誰一人として失われて良い者は居ない。
  我等は皆、八導師だ」

八導師の結束を口にした彼は、決して引かない覚悟をしていた。
本当は犠牲を抑える意味でも、単独で行きたかったタタッシーだが、ヴァリエントには負けて、
消極的に同行を認める。
タタッシーとヴァリエントの2人は、半精霊体となって濃度の高い腐蝕ガスの中に飛び込んだ。

 「大丈夫か、『第八位<マーゼ>』・タタッシー?」

 「最下位とは言え、私とて八導師です」

元禁呪の研究者だけあって、タタッシーは他の八導師よりも共通魔法の扱いに長けていた。
歴代の八導師に伝わる古い共通魔法と、これまで積み重ねられて来た新しい共通魔法、
2つの知識が彼の中では一体となって生きている。
基本的に八導師の最下位は、八導師だけに伝わる情報や秘術を学ぶ事に最初の2年を費すが、
タタッシーは就任早々に全ての秘術を修めた。
0505創る名無しに見る名無し
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2018/06/12(火) 20:01:30.97ID:GXtsZUJn
『半精霊体<ハーフ・エレメンタル・ボディ>』とは、精神が肉体を超越した姿である。
肉体の機能は最低限に抑えられ、精霊を納める「器」としての役割を果たすだけに留まる。
空腹、睡眠、呼吸さえも忘れ、魔力の限り活動する事が可能となる。
八導師は日常的に、通常の肉体と半精霊体を往来している。
時には、完全に「精霊体」となる事もある。
あらゆる物を腐敗させるガスの中では、肉体は邪魔なだけだが、しかし、このガスには同時に、
魔力を遮る効果もあるので、完全な精霊体で活動する事が難しい。
そこで半精霊体の特性が活きるのだ。
半精霊体と精霊体になる技術は、それぞれ半精霊化、精霊化と呼ばれるが、これ等は基本的に、
八導師しか知らない技術である。
精霊化を身に付ければ、肉体を失っても活動が可能となるが、普通の人間は肉体の死が、
精霊の死に直結する。
それは精霊(精と霊、活力と魂)だけを分離させて、生命を維持する事が困難な為だ。
技術的に未熟な者は、精霊が周囲の魔力と混じって拡散し、精霊体を維持出来ない。
或いは、維持出来ても、精神が変質する。
肉、精、霊は一体であり、何れを欠いても、「人間」にはならない。
精霊化の技術が八導師だけの秘術になっている理由は、それが人工精霊計画の産物であり、
現生人類の最大の秘密であり、人類再生計画の核心に他ならない為である。
0506創る名無しに見る名無し
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2018/06/13(水) 19:44:42.31ID:kBypJTrN
ヴァリエントとタタッシーは灰掛かった霞の漂う廃墟に佇む、アマントサングインの幻影と対面した。
先ずアマントサングインから2人に声が掛かる。

 「出て来たか、お前達が八導師だな?
  先の使者とは気配が全く異なる」

 「私達に用とは何か?」

ヴァリエントは堂々とアマントサングインに尋ねた。
全く臆する事が無い様(さま)に、タタッシーは敬意を抱く。
竜と対面したいと言い出した彼の方が圧倒されているのに、この老人は人と接する時と、
変わらない態度だ。
その目は真っ直ぐ、幻影の竜の空ろな眼窩を見詰めている。
アマントサングインも負けじと堂々と返す。

 「試練の宣告だ。
  『悪魔擬き<デモノイド>』共よ、我は正統なる竜として、お前達に試練を課す!」

 「試練とは?」

「悪魔擬き」には何の反応もせず、ヴァリエントはアマントサングインに問うた。
アマントサングインは滔々と語る。

 「お前達も反逆同盟の存在は知っていよう。
  我は竜として、地上を悪魔共の手に渡す訳には行かぬ。
  お前達が地上を守り切れるか否か、その実力を確かめる。
  この我を倒してみよ」

 「地上の平和を願うなら、共に戦ってはくれないか」

ヴァリエントは共闘を呼び掛けたが、アマントサングインは吐き捨てた。

 「人を神の御許から引き離した悪魔擬きが、今更何を言う!
  無知な悪魔擬きが悪魔共に敗北し、その無知故に利用される位なら、一層(いっそ)の事、
  絶滅させてくれるわ!」
0507創る名無しに見る名無し
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2018/06/13(水) 19:45:33.34ID:kBypJTrN
絶滅を宣言されても、ヴァリエントは狼狽えない。
静かに問いを続ける。

 「私達に勝利した後、地上をどうする積もりなのだ?」

 「悪魔共を始末して、僅かな人間を守り育てる事になろう」

 「竜に公爵級の悪魔が倒せるか?」

 「長兄ベルムデライルは失われた物の、我等が母も兄弟達も未だ生きている。
  姿を隠しているだけだ。
  我が兄弟の実力は、不完全な復活をした我とは比較にならぬ。
  必ず悪魔共を打ち倒し、然る後には再び竜が地上を治め……。
  我等が大父ディケンドロスの大願が成就するであろう」

アマントサングインの話を聞いたニージェルクロームとディスクリムは、驚愕した。
竜は反逆同盟とも共通魔法使いとも敵対すると言っているのだ。

 (やはり竜は竜か)

ディスクリムはアマントサングインの敵対を冷淡に受け止め、マトラに報告する積もりだった。
一方でニージェルクロームは大きく動揺する。

 (そ、そんな事をしたら……!)

 (肚を決めろ。
  お前は望んで、その身に我を宿し、目覚めさせたのだ。
  臆すな、逃れるな、竜の心を知れ!)

アマントサングインの心は既に固く決まっている。
自分は竜と同化する運命なのかと、ニージェルクロームは絶望した。
0508創る名無しに見る名無し
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2018/06/13(水) 19:55:32.31ID:kBypJTrN
未だ聞きたい事があると、ヴァリエントはアマントサングインに問う。

 「どうしても戦わなければならないのか?」

 「これから、お前達は強大な悪魔を打倒しようと言うのだろう?
  竜の一匹や二匹、倒せなくて、どうする!」

 「今、ここで戦うのか」

 「悪魔が時と場所を選んでくれるか!」

アマントサングインは戦いを避けようとする八導師を喝破した。
それでもヴァリエントは怯まず、冷静に告げる。

 「竜よ、貴方の行動は悪魔に利用される。
  私達と貴方が争う事で、得をするのは悪魔共だ」

 「それをも乗り越えろと言うのだ!」

だが、何度訴えてもアマントサングインは全く聞く耳を持たない。
タタッシーはヴァリエントの肩に手を置き、これ以上の説得は無意味だと暗に諭した。
ヴァリエントは仕方無く、小さく頷き、試練を受け入れる宣言をした。

 「受ける他には無い様だな。
  ――ならば、徹底的に戦い抜く!」

 「よく言った!!
  口だけでは無い事を見せて貰おう!!」

アマントサングインは天を仰ぎ、大きな口を開けて、高らかに咆える。
竜の咆哮は大地を揺らし、腐蝕ガスで溶けた建物を完全に崩落させた。
更に、街に停滞していた腐蝕ガスをより広範囲に拡散させる。
魔力障壁で腐蝕ガスを押し止めていた執行者達は、更に半通の後退を余儀無くされる。
0510創る名無しに見る名無し
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2018/06/14(木) 20:00:43.17ID:UQ8PGfK8
ヴァリエントとタタッシーはアマントサングインの真意を伝えるべく、本部に撤退した。
愈々本格的な戦闘に入ると言う時に、ニージェルクロームの横槍が入る。

 (止めろ、アマントサングイン!
  俺は嫌だぞ!)

 (それでも同調者か!
  お前は竜の力を欲したのだ!
  竜の宿命も受け容れろ!)

 (嫌だね!!)

 (恩恵だけを受け、責任を果たさない事は許されない!
  お前は願った筈だ、『竜になりたい』と!
  竜の宿命を拒むのであれば、その力を捨て去る決意もあるか!)

アマントサングインに「竜となるか」、「力を捨てるか」の決断を迫られた彼は、答に窮した。
そこにディスクリムが囁き掛ける。

 (ニージェルクローム殿、どうやら少々困った事になった様ですね)

 (ディスクリム、どうにか出来ないか?)

 (私としても、竜に復活されては困ります。
  アマントサングインには負けて貰うのが良いでしょう。
  出来れば、魔導師会と共倒れになって欲しい物ですが……)

ディスクリムはアマントサングインには同盟に対する忠誠心が無いと見て、切り捨てに動いていた。
主従は似る物なのだ。
竜となって滅びた世界で生きたくなかったニージェルクロームは、ディスクリムを頼った。

 (俺は何をすれば良い?)
0511創る名無しに見る名無し
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2018/06/14(木) 20:04:37.36ID:UQ8PGfK8
ディスクリムは悪意を持っていた。
アマントサングインが共通魔法使いに敗北して、ニージェルクロームが無事である保証は無い。
竜の命が絶えると同時に、彼も死んでしまう可能性が高い。
それを解っていながら、ディスクリムは敢えて指摘しなかった。

 (取り敢えず、決着を長引かせましょう。
  ニージェルクローム殿は、出来るだけ竜に抵抗して下さい。
  元は貴方の体なのですから、貴方の意志が全く何の影響も及ぼさないと言う事は無いでしょう。
  私は撤退の準備をします)

 (分かった)

自らの内で、企み事が進んでいるとも知らず、アマントサングインは魔導師会本部に向かって、
悠然と歩き始める。
腐蝕ガスの霞の向こうから、高速の火炎弾が何発も飛んで来る。
執行者達の攻撃だ。
魔力を遮るガスの所為で、魔法での攻撃が通用しないので、魔力で加速させた弾丸を撃ち込み、
燃え尽きない内に当てようと言うのだ。
狙っているのは、竜の胴体。
魔力を遮るガスの所為で、正確な狙いは付けられないが、気体の揺らめきを頼りに、
竜の位置を計算している。
しかし、何れの攻撃も胴の中のニージェルクロームに届く前に、燃え尽きてしまう。
不安定なガスは強力な外圧を受けると、小規模な爆発を起こす。
これが銃弾の勢いを減衰させ、軌道を逸らしてしまう。
奇跡的な確率で腐蝕ガスを通り抜けても、未だ赤黒い液体の壁がある。
自分が狙われていると察したニージェルクロームは、危機感を覚えて、一層強く抵抗した。

 (止めろ、アマントサングイン!
  撤退だ、俺が殺される!)

 (この程度、何を恐れる事がある?
  竜の力があれば魔導師会とて敵では無いと豪語した、あの時の勇ましさは、どこへ行った?)

ニージェルクロームは完全に戦意を喪失している。
何一つ自分の意の儘にならない状態で、戦場に放り込まれるのは、恐怖でしかない。
0512創る名無しに見る名無し
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2018/06/14(木) 20:11:09.46ID:UQ8PGfK8
ここで象牙の塔の研究者達も現場に到着し、執行者達の攻撃に加わる。

 「先ずは、この腐蝕ガスをどうにかしなければなりません。
  魔力を遮る効果もある様で、中々厄介です」

執行者の説明を受けた禁呪の研究者達は、淡々と応えた。

 「では、『C』で行こう。
  所詮ガスはガス、魔法が通じずとも、理法たる物理法則には逆らえんよ」

禁呪の研究者達は、執行者よりも知識が豊富で分析が早い。
恐れずに、腐蝕ガスが充満する結界内に手を突っ込んで、自分の体で解析する。

 「どうやら複雑な分子構造の化学ガスの様だ。
  『海素<バールゲン>』、『変素<ミュートン>』、『融素<フルクスゲン>』の混合……。
  『燃素<ファラムトン>』も含まれているな」

猛毒のガスで皮膚が爛れても動じず、無反応で手を引いて回復魔法を使い、淡々と修復する姿は、
人間離れし過ぎていて、執行者でさえ怯んでしまう。

 「魔力を遮っているのは、モールの木の脂(やに)か?
  あれと似た様な性質の液体が、ガスに混じって飛散している」

 「それで、どの『C』で行く?
  水か、風か、火か、土か」

 「火が良い。
  周囲の被害が最も少なく済む」

 「良し、執行者にも協力して貰って、一丁派手にやったるか!」

禁呪の研究者達は頷き合い、執行者達に指示を出して、C級禁断共通魔法を実行する。
0513創る名無しに見る名無し
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2018/06/15(金) 20:25:36.38ID:T++Tuo/s
既に包囲内の市街地は無人と言う事で、禁呪の研究者達は強気だった。
C級禁断共通魔法は、その威力と範囲の大きさが故に、禁じられた魔法。
今、実行しようとしているのは、極大集光レンズを作り出す魔法だ。
グラマー地方特有の猛烈な日差しを、反射させて一点に集める。
太陽光自体は魔法とは無関係なので、ガスで無効化されない。
思想の相違から、ニージェルクロームと詰まらない言い合いをしているアマントサングインに、
上空から強力な光線が降り注ぐ。
光線は膨大な熱量で腐蝕ガスを蒸発させ、一直線に地上まで届く。
然しものアマントサングインも、この攻撃には驚いた。

 「ムッ、中々やるな!」

アマンゴサングインは翼で光線を遮ろうとするも、受け切れない。
赤黒い液体で固められた翼までもが、蒸発して行く。

 (逃げよう、この儘じゃ焼き殺される!)

 (確かに、包囲された状況では分が悪いか……)

ニージェルクロームの訴えに、アマントサングインは自らの不利を認めた。
しかし、撤退はしない。

 (では、打開せねばな)

アマントサングインは3枚の翼で、大竜巻を起す。
それは溶け落ちた街の残骸を巻き上げて、汚泥の水竜巻となった。
水竜巻は太陽光線を受け止める。

 (こんなんじゃ一時凌ぎにしかならないぞ!)

 (分かっている!)

太陽が出ている限り、太陽光線は降り注ぎ続ける。
ニージェルクロームの指摘に、アマントサングインは苛立たし気に応え、竜の爪を振るった。
0514創る名無しに見る名無し
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2018/06/15(金) 20:26:23.92ID:T++Tuo/s
魔導師会本部に向かって衝撃波が走り、大地に4つの爪痕が刻まれる。
だが、本部を守る魔力障壁を打ち破る程の威力は無かった。

 「グムムム……!」

アマントサングインは苛立ちの唸り声を上げると、ニージェルクロームを責める。

 (ハイロン、何故本気にならない!
  お前の怯みが、我が力の発揮を妨げているのだぞ!)

 (そ、そんな事言われても……。
  今は気分じゃないんだよ、出直そう)

 (惰弱者めっ!!)

アマントサングインは詰り続けるも、これ以上戦っても勝ち目は無いと悟っていた。
その諦念はニージェルクロームにも伝わる。

 (ディスクリム、頼む)

 (了解しました)

ディスクリムは拗(くね)る竜巻の影に潜り、ニージェルクロームを引き込んだ。
同時に竜の幻影は消滅し、竜巻が止んで、光線に押し潰される。
腐蝕ガスの発生も止み、竜の気配も消えたので、執行者達は安堵した。

 「殺ったのか?」

 「分からない」

執行者達は死体を確認する為、慎重に竜が居た場所に近付く。
跡には溶解して焦げ付いた泥土以外は何も残っておらず、殆ど何も分からなかった。
焼け死んでしまった様にも思えるが、確証は無い。
何しろ、魔力を遮る霞の中で起こった事だ。
腐蝕ガスと高熱による攻撃で地形の変質も激しく、心測法でも過去を追跡出来るか分からない。
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