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ロスト・スペラー 18
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/02/08(木) 18:42:15.87ID:S22fm2qA
夢も希望もないファンタジー

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
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http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
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http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
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http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0313創る名無しに見る名無し
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2018/04/16(月) 20:33:13.94ID:6KNKnCRC
ウィスと人形


ある時から大賢者ウィスは家に篭り、外に出て来なくなった。
1月後、ウィスは人間に似た人形を連れて、家から出て来た。
彼は人々に言った。

 「この人形は人間より力が強く、計算も早く正確に出来る。
  自分の足で歩き、自分の頭で考える事も出来る」

人々は彼を称えた。

 「賢者様は人間も作れるのですか!?
  丸で神様の様だ」

しかし、ウィスは首を横に振った。

 「人間ではない。
  これは所詮人形だ。
  確かに、この人形は人に出来る事は大概出来るが、だからと言って完璧ではない。
  正義の心が足りないのだ」

正義の心とは何なのか、人々はウィスに問うた。
ウィスが言うには、それは『愛』と『友情』と『思い遣り』である。
これが無ければ、人とは呼べないと彼は言った。

 「如何に力が強く、賢くとも、それだけでは完璧ではない。
  人間らしい心を持たなければ、邪悪になってしまう。
  遍く『愛』と『友情』と『思い遣り』こそが、人間を美しく、完璧な物にしている」

人を人たらしめる物は、正義の心であるとウィスは説いた。
0314創る名無しに見る名無し
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2018/04/16(月) 20:34:35.03ID:6KNKnCRC
ウィスと王の子


ある時、王がウィスに相談を持ち掛けた。
それは王の子、4人の王子達と王女の事だった。

 「これは第一の王子である。
  この子は力が強く、乱暴を働いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、北方に遣らるべし。
  北方には膂力の優れたるを以って、善(よし)とする国があると聞きます」

 「これは第二の王子である。
  この子は口巧者で、嘘ばかり吐いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、東方に遣らるべし。
  東方には弁舌の巧みなるを以って、徳とする国があると聞きます」

 「これは第一の王女である。
  この子は手捷(てんば)の上に器量は今一つだ。
  女王とするにも無理がある」

 「然すれば、南方に遣らるべし。
  南方には心身の頑健なるを以って、美とする国があると聞きます」

 「これは第三の王子である。
  この子は知恵はあるが、武芸に劣る。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、西方に遣らるべし。
  西方には知識の豊かなるを以って、貴(たっとき)とする国があると聞きます」

 「残ったのは、第四の王子だ。
  この子は気が優しく、軟弱でならん。
  次の王には相応しくない。
  しかし、この子しか残っておらん」

 「心配なさらないで下さい。
  私が王子を支えましょう」

こうしてウィスは大臣になった。
ウィスに支えられた王子は国を千年栄えさせた。
0315創る名無しに見る名無し
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2018/04/16(月) 20:35:27.58ID:6KNKnCRC
残念ながらウィスの暮らしていた場所や国は、何も判っていない。
史料が足りないと言うのもあるかも知れないが、そもそも実在が怪しい。
彼の事を記した書は多いが、共通しているのは「大昔の外国の人間」位である。
王子達と王女を外国に行かせる話では、東西南北の国が登場するが、これも特定されていない。
ウィスとは、「どこか知らないけれども大昔の外国の偉大な発明家」なのだ。
「外国」と言う未知の世界の、「進んだ文明の人間」と言う概念が、ウィスなのかも知れない。
0317創る名無しに見る名無し
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2018/04/17(火) 18:49:11.64ID:T/MoSUgs
轟雷ロードンと八導師


第四魔法都市ティナー 貧民街にて


ワーロックは予知魔法使いノストラサッジオを訪ねて、ティナー市南部の貧民街に来ていた。
強大な力を持つ悪魔公爵「ルヴィエラ」との決戦に備え、どう戦えば良いのか、今何をすべきか、
助言を得る為だ。
ノストラサッジオは自らの予知をワーロックに伝える。

 「決着の時は近い。
  魔導師会との『繋がり<コネクション>』は得たな?
  では、八導師を禁断の地へ連れて行け」

 「連れて行って……何を?」

 「魔法大戦の英雄と会わせろ」

 「英雄?
  誰ですか?」

 「私は知らないが、お前は知っている筈だ。
  その者は雷を使う」

ノストラサッジオの言葉を聞いて、ワーロックは漸く理解した。
「魔法大戦の英雄」とは「轟雷ロードン」の事だ。
禁断の地では「雷さん」と呼ばれている。
「何をすれば良いか」を理解したワーロックだったが、それが「上手く行くか」には自信が無かった。

 「しかし、八導師が応じてくれるでしょうか?」

八導師と言えば、魔導師会の最高意思決定者である。
外出時には常に護衛が付く程の重要人物だ。
そして赴く先は魔境「禁断の地」。
果たして八導師は、元共通魔法使いと言う中途半端な立場の人間の言う事を聞き入れて動くか?

 「応じざるを得んよ」
0318創る名無しに見る名無し
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2018/04/17(火) 18:51:30.05ID:T/MoSUgs
ノストラサッジオは言い切った。
魔導師会とてルヴィエラとの戦いで勝利する確信は無い。
決戦に備えて、出来る事は全て試しておきたい。
魔法大戦の六傑と呼ばれた英雄の一人と会う事で、僅かでも協力して貰える可能性があるとなれば、
会わない理由は無い。
貧民街から出て、何も無い開けた郊外に移動したワーロックは、足を止めて親衛隊の姿を探した。
ワーロックには親衛隊の監視が付いている。
その姿を見る事は出来ないが、今も変わらず監視を続けている筈だ。
しかし、周囲に障害物は見当たらないのに、親衛隊を見付ける事が出来ない。
ワーロックは仕方無く、魔力通信機を使う事にした。
彼は八導師から、影で動く裏の部隊と直接話をする為の、専用回線を教えられている。
自分から連絡する事は初めてだった為、ワーロックは少し緊張して番号を入力した。

 「ワーロックさん、貴方から連絡とは珍しいですね」

答えたのは女性で、名乗らずとも相手が判っていた様子。
どこかで見られているのかと、ワーロックが周囲を見回すと、通信機の向こうで苦笑される。

 「何の御用ですか?」

 「八導師に話があります」

ワーロックが用件を伝えると、通信機の向こうの女性は俄かに真剣な声になった。

 「直接伝えなければならない内容ですか?」

 「はい、そうです」
0319創る名無しに見る名無し
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2018/04/17(火) 18:52:43.38ID:T/MoSUgs
ワーロックが肯定すると、女性は数極の沈黙を挟んで質問する。

 「貧民街で誰と会っていましたか?」

 「私の知り合いの外道魔法使いです」

 「どの様な方でしょう?」

 「信用出来る人ですよ。
  少なくとも本件に関しては」

ワーロックが正直に「予知魔法使いのノストラサッジオ」だと答えないのは、戦後を見据えての事だ。
ノストラサッジオは地下組織マグマの助言者である。
反社会的な集団に協力しているとなれば、排除されるかも知れない。
それを心配していた。
女性は又も沈黙する。
信用されていないのだなと、ワーロックは感じた。
半点後に漸く女性から返事がある。

 「分かりました。
  八導師の第七位ラー・ヨーフィと繋ぎます」

その後に回線が切り替わり、待機音が流れる。
第「七」位は「八」導師の最下位の1つ上。
軽んじられているのか、それとも他意は無いのか、ワーロックは複雑な思いだった。
軽快な木琴に似た音が1点間流れ、再び回線が切り替わる。

 「はい、こちら八導師第七位ラー・ヨーフィ。
  えぇー……と、ワーロック君だったね。
  私達に用とは何だろうか?」

落ち着いた声の老人を、ワーロックは本物の八導師だと信じて、率直に伝える。

 「お会いして頂きたい人が居ます。
  貴方々の力になれる人です」
0320創る名無しに見る名無し
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2018/04/18(水) 19:45:36.23ID:w7wyYpOD
ヨーフィは興味を持って、話を続けた。

 「それは誰かな?」

 「大戦六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン」

通信機の向こうで沈黙が続く。
ヨーフィは大きな衝撃を受けている様だった。
ワーロックは恐る恐る尋ねる。

 「……信じられませんか?」

魔法大戦の六傑と呼ばれる英雄の中には、存在を疑問視されている者もある。
そもそも「六傑」とは後世の者が言う事。
長い沈黙の後、ヨーフィは口を開いた。

 「ロードンは今、どこに居る?」

 「禁断の地です」

ワーロックが即答すると、ヨーフィは数極の間を置いて、更に問う。

 「私達に禁断の地へ行き、ロードンに会えと言うのか?」

 「はい、私が案内します」

 「……会って、どうする?」

 「『悪魔』の倒し方を聞きます。
  伝承が真実であれば、ロードンさんは知っている筈です。
  共通魔法使い達が、どうやって強大な悪魔の力を封じ、激戦を制したのかを。
  彼は魔法大戦では、共通魔法勢力に付いて戦いました。
  今回も貴方々『共通魔法使い』の力になってくれる……と思います」

本当にロードンが共通魔法使いの味方をするのか、ワーロックには自信が無かった。
ロードンの胸の内は、当人にしか分からない。
しかし、過去の大戦で共通魔法勢力の味方をしたのだから、力になってくれると考えた。
ノストラサッジオの予知は外れない――筈である。
0321創る名無しに見る名無し
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2018/04/18(水) 19:48:02.46ID:w7wyYpOD
ヨーフィは中々返事をしなかった。
重苦しい沈黙の中、ワーロックは返事を待ち続ける。
約1点後に、ヨーフィは漸く口を利いた。

 「話は分かった。
  だが、今直ぐ返事は出来ない。
  時間をくれないか」

 「ええ、構いません……けど、早い方が良いと思います」

決着の時が近いと言う、ノストラサッジオの予言を思いながら、ワーロックは応える。
ヨーフィは頷いた。

 「現状、悠長な事を言っていられないとは解っている。
  近い内に結論を出す。
  取り敢えず、グラマー市まで来てくれないか?
  親衛隊に案内させる」

 「はい。
  あの、グラマー市の何地区――……あっ」

グラマー市と言っても広い。
どこに行けば良いのかと、ワーロックが尋ねようとした所で、通信が切られてしまった。
参ったなと彼は頭を掻く。
禁断の地に行くのであれば、どの道グラマー市に行かなければならない。
ノストラサッジオの予知が正しければ、八導師はワーロックの提案を受け容れる筈である。
ワーロックは予知を信じて、鉄道馬車を乗り継ぎ、グラマー市に向かう事にした。
0322創る名無しに見る名無し
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2018/04/18(水) 19:52:22.22ID:w7wyYpOD
ティナー市からグラマー市までは距離にして約6.4旅と遠い。
角速2街の普通馬車鉄道では、約7日の旅。
角速4街の高速馬車鉄道では、約4日の旅。
角速8街の長距離高速馬車鉄道では、2日の旅。
角速14街の新高速馬車鉄道では、半日(5角弱)の旅になる。
多種多様な人間で混多(ごった)返す駅の中の、料金と時刻が書かれた掲示板の前で、
ワーロックは懐具合と相談する。
普通鉄道で移動するのは、真っ先に選択肢から消えた。
これでは日数が掛かり過ぎる。
高速馬車鉄道でも少し遅い。
長距離高速馬車鉄道なら丁度良いと感じるが、料金は割高。
グラマー市まで1万5000MG、寝台ならば2万2000MG。
新高速馬車鉄道を使って早目に到着しても不都合は無いが、グラマー市まで3万MGは高い。
高い……が、払えない金額では無い。
しかしながら、ワーロックが長年兀々(こつこつ)と貯めて来た金は、急激に減りつつある。
反逆同盟の動きに合わせて、短期間で大陸の各地を往き来しなければならない為だ。
この非常時に金を惜しんでいる場合では無いが、もし八導師が禁断の地に行くのを止めるか、
ワーロックの案内を拒めば、金も時間も丸々無駄になる。
ノストラサッジオの予知は外れないと思うのだが……。

 (長距離高速馬車鉄道が良いかな?
  新高速は乗り慣れないし)

持ち前の優柔不断さと中途半端な貧乏癖を発揮して、彼は散々長考した末に、
長距離馬車鉄道を利用すると決めた。
0324創る名無しに見る名無し
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2018/04/19(木) 20:03:41.55ID:0HzXD4X0
切符を買おうとワーロックが窓口へ歩き始めると、それを呼び止める者がある。

 「貴方、ワーロック・アイスロンさんですね?」

少し不安そうな声で問い掛けて来る女性に、ワーロックは見覚えが無かった。

 「はい。
  貴女は……?」

同じく不安そうに返した彼に、女性は安堵の息を吐く。

 「あぁ、良かった!
  もう5人も間違えて声を掛けてしまった物ですから!
  魔力が全然読めないので、本当、声を掛けようか迷いに迷ったんですよ!」

早口で捲くし立てる彼女に、ワーロックは困惑し改めて尋ねる。

 「貴女は誰なんですか?」

 「あっ、申し遅れました!
  私は親衛隊のバレーナと言う者です。
  『暗号名<コード・ネーム>』は『疾風<スウィフト>』、疾風のバレーナ。
  以後、お見知り置きを」

一礼をしたバレーナに対して、ワーロックも軽く礼をしようしたが、それは出来なかった。
バレーナが間髪入れずに、切符を差し出したのだ。

 「既に席は取ってあります!
  さささ、共にグラマー市に向かいましょう!」

彼女はワーロックの向きを変えさせ、背を押してプラットフォームまで歩かせる。

 「そう急かさないで……。
  自分で歩きますから」

 「いえ、馬車に乗り遅れてはなりません」

ワーロックは止めてくれと遠回しに言ったが、バレーナは聞き入れなかった。
そんなに時間が無いのかと、ワーロックは吃驚して駆け足になる。
0325創る名無しに見る名無し
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2018/04/19(木) 20:05:15.56ID:0HzXD4X0
改札で駅員に2人分の切符を見せ、判を押して貰ったバレーナは、ワーロックの行く先に回り、
急ぐ様に言った。

 「こちらです!
  一番端の12番線に停まっている、あの馬車ですよ!」

陸橋を渡りながら12番線を見たワーロックは、それが新高速鉄道馬車である事を知る。
車体が独特の形状なのに加え、馬が防風と装甲を装備しているので、間違え様が無い。
もう停車していると言う事は、出発時刻が近いのだとワーロックは理解して、本気で走り始める。
ワーロックに先んじて7番プラットフォームに下りたバレーナは、3号車の前で彼を待つ。

 「急いで下さい、ワーロックさん」

ワーロックは言われる儘に、3号車に駆け込んだ。
無事に乗り込めて安堵し、呼吸を整えている彼の背を、バレーナは再び押して席まで案内する。

 「席は左10番です。
  ワーロックさんは窓側と通路側、どちらに座りますか?」

 「それでは、窓側で、お願いします」

ワーロックはバレーナの問いに答えただけだが、彼女は露骨に残念がった。
どちらの席が良いか自分で訊いておきながら不満なのかと、ワーロックが眉を顰めると、
バレーナは慌てて言い訳を始める。

 「い、いや、全然何とも思っていませんよ!
  窓側が良いのは当然ですよね、景色を楽しめますし!
  でも、通路側も良いですよ!
  席を立つのに、隣の人を気遣わずに済みますし、車内販売の人にも声を掛け易いですし!」

そこまで窓側の席に固執していた訳では無かったワーロックは、大人しくバレーナに窓側の席を、
譲る事にした。

 「じゃあ、通路側で良いですよ」
0326創る名無しに見る名無し
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2018/04/19(木) 20:07:52.54ID:0HzXD4X0
ここでバレーナは素直に頷けば良い物を、何故か見栄を張って一度断る。

 「いやいや、そんな、悪いですよ!
  これじゃ無理に私が席を譲らせたみたいじゃないですか!」

「みたい」も何も、その通りなのだが、ワーロックは大人の精神で言い方を改める。

 「通路側の方が、便利が良さそうなので、こちらに座らせて下さい」

 「そうですか!
  それでは先に失礼します!」

バレーナは嬉しそうに窓側に座った。
ワーロックは遠慮勝ちに彼女の隣に座って、深い溜め息を吐く。
それと殆ど同時に、車掌が3号車内に入って、乗客に発車時間を知らせた。

 「新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、発車までェ後1針となってェおります。
  乗客の皆様はァ、今暫くゥ、お待ち下さい」

1針、今から駅で色々な物を買うには不十分な時間だが、待っているには少々長い時間だ。
これなら、そんなに急がなくても良かったのではと、ワーロックは疑問に思う。
彼が隣のバレーナの様子を窺うと、彼女は落ち着かないのか、頻りに周囲を見回していた。
ワーロックと目が合った彼女は急に早口で喋り出す。

 「私、新高速鉄道馬車に乗るのは初めてです!
  ワーロックさんは?」

 「私も初めてです」

 「お互い初体験と言う訳ですね!
  あっ、変な意味じゃないですよ」

眉を顰めるワーロックが可笑しいのか、バレーナは独りで「フフフ」と笑い、更に話を続けた。

 「普段から馬車は使いませんからね。
  馬車に乗る位なら、走った方が早いですし。
  『疾風』の二つ名は伊達じゃありません。
  でも、流石に長距離移動では馬車に分がありますね!」
0327創る名無しに見る名無し
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2018/04/20(金) 19:05:32.73ID:g3x4AQ14
走った方が早いと言うのは、実際に速度が上と言う事なのか、ワーロックは解釈に困る。
親衛隊に選ばれる程の実力を持つ魔導師であれば、共通魔法の実力も相当の物なので、
鉄道馬車より速く移動出来ても不思議は無い。
バレーナは一旦話を止めたが、相変わらず周囲を矍々(きょろきょろ)と見回して、落ち着かない。
彼女は親衛隊なので、不信人物を警戒しているのかなとワーロックは思った。
未だ、反逆同盟に反攻を仕掛ける段階には至っていない物の、ワーロック等の地道な抵抗が、
同盟の活動の妨げになっている事は確実である。
これをどの程度同盟の者達が問題視しているかは不明だが、もし脅威に感じているのであれば、
積極的に潰しに掛かるであろう。
真剣に考え事をするワーロックに、バレーナは再び声を掛ける。

 「未だ発車しないんですかね?」

 「後1針だって言われたじゃないですか」

車掌のアナウンスを聞いていなかったのかと、ワーロックは驚き呆れた。
その窘める様な言葉が気に障ったのか、バレーナが俄かに不機嫌な様子で沈黙したので、
彼は心配になって尋ねる。

 「そんなに急がないと行けませんか?
  それとも何か心配事でも?」

バレーナは早口で説明する。

 「私、急っ勝ちな性質でして。
  何もしないで待っていると言うのが、苦手なんです」
0329創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/20(金) 19:07:34.01ID:g3x4AQ14
自分で「急っ勝ち」を認めるとは、変わった子だなとワーロックは思った。

 「何か暇潰しでもすれば良いんじゃないですか?」

 「『何か』って何です?」

 「本を読むとか」

 「駄目ですね。
  速読の癖が付いているので」

 「それでも1針は掛かるでしょう」

どんなに速読しても、それなりの厚さがある本ならば、少なくとも頁を捲る分だけの時間は潰せる。

 「肝心の本がありません。
  そもそも読書が余り好きじゃありませんから」

それなら仕方が無いと、ワーロックが他の暇潰しを考えていた所、バレーナが自ら提案する。

 「12カードならあります」

12カードとは1〜9の数字カードと、3枚の絵柄のカード、詰まり12枚で1組となっているカードだ。
1〜9は兵士である。
3枚の絵柄は王、神官、将軍であり、数字は記されていないが、便宜的に将軍を10、神官を11、
王を12とする事がある。
最も基本的な12カードのゲームでは、互いにカードを1枚ずつ出して、全12回の勝ち数で、
勝敗を決める
1度出したカードは2度使えない。
カードの強弱は数字の大小で決まり、「小さい方が勝つ」。
将軍は全ての兵士に勝つが、王と神官には勝てない。
神官は兵士に負けるが、王と将軍には勝てる。
王は神官以外の全てのカードに勝てる。
基本的には勝ち数の多い方が勝つが、絵柄カードの残り方によっては勝敗が変わる。
一方の王が負けていた場合、そちらが負けとなる。
両者共に王が負けていた場合、自動的に神官のカードが残っている事になるので、
この場合は勝ち数の多い方が勝つ。
0330創る名無しに見る名無し
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2018/04/20(金) 19:08:25.00ID:g3x4AQ14
カードゲームで暇潰しをするのかとワーロックは思っていたが、バレーナは予想外の事を言い出した。

 「普通に勝負しても面白くないので、賭けでもしませんか?」

ワーロックは吃驚して、バレーナを見詰める。

 「い、良いんですか?
  魔導師が、そんな事を言って……」

魔導師、それも親衛隊が、賭け事をして許されるのかと。

 「魔導師も人間ですよ。
  それに大金を賭けようってんじゃありません。
  まあ、お望みとあらば、応じても良いですけど」

挑発的な言動をするバレーナだったが、ワーロックは話に乗らなかった。

 「いや、そんな積もりはありません。
  菓子代程度にしましょう」

 「面白くありませんね。
  では、カードをどうぞ」

彼女は露骨に残念がって、ワーロックに12枚のカードを渡す。
そんな事をしている間に、発車時刻を迎えた。
車掌がベルを鳴らして列車内を歩きながら、乗客に警告する。

 「本日はァ御乗車頂きましてェ、誠にィ有り難う御座います。
  新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、間も無くゥ発車致します。
  皆様、発車からァ速度が安定するまでェ、席をお立ちにならない様、お願いィ致します」

馬車が動き出して、徐々に加速して行く。
1点後には最高速度に達した。
0332創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/21(土) 17:53:08.11ID:lCL0UDiC
グラマー市に到着するまでの5角間、ワーロックはバレーナに一勝も出来ず、一方的に金を失った。
小額ずつの負けが嵩んで、計1万MG近くの損失。
その負けっ振りは、バレーナが途中で不気味さと申し訳無さを感じて、返金を申し出る程だった。
しかし、ワーロックは意地を張って、返金して貰うのを拒んだ。

 「勝負は勝負です」

 「いや、そうじゃなくて怖いんですけど!
  確率的に有り得ないでしょう!
  1回も勝てないとか、呪われてるんじゃないんですか!?」

 「確率的に有り得るから、こうなっているんだと思いますけど……。
  こんな時もありますよ」

 「私、神とか悪魔とか、オカルトは信じない性質ですけど、ワーロックさんは変です、異常ですよ!
  絶対に奇怪しいです!」

大袈裟に騒ぎ立てるバレーナに、ワーロックは無言で眉を顰めて見せる。
バレーナは直ぐに謝罪した。

 「あっ、済みません。
  でも、心配しているんですよ。
  ワーロックさん、大して驚かないって事は慣れてるんですよね?」

 「どうも私は賭け事が上手く行かない性質で」

 「そう言う問題ですか!?」

勝てないのは呪いの一種ではないかと、彼女は本気で心配していた。
賭け事の運が余り良くない事を自覚しているワーロックは、それは考え過ぎだと笑って流す。
そこへ車掌が車内を巡回に来て、終点が近い事を知らせる。

 「御乗車の皆様、お待たせ致しました。
  間も無くゥ終点、グラマー市0駅でェ御座います。
  皆様ァ、席をお立ちになりません様に」

これ幸いとワーロックはカードを片付けて、バレーナに押し付ける様に返した。
馬車は徐々に減速を始める。
無言で荷物を纏めるワーロックを見たバレーナは、遅れて彼に倣った。
0333創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/21(土) 17:54:18.85ID:lCL0UDiC
馬車がプラットフォームに停車し、車掌のアナウンスが流れる。

 「終点〜、終点〜、グラマー市0駅でェ御座います。
  車内に忘れ物の無い様、御注意ィ下さい」

ワーロックとバレーナは他の乗客に先駆けて、プラットフォームに降りた。
その後、陸橋を渡り、切符を駅舎の駅員に渡して、グラマー市内へ。
時刻は既に西の時。
冷たく乾いた風が微細な砂の粒を運ぶ。
ワーロックはフードを被って、バレーナに話し掛ける。

 「それで、どこへ行けば?」

 「魔導師会本部に御案内します。
  八導師が直接お話を伺いたいと」

フードを被り口元を隠したバレーナは、俄かに真面目な調子で答えた。
彼女は駅前に停まっている馬車を捉まえ、運転手に声を掛ける。

 「済みません!
  2人、魔導師会本部まで」

バレーナの指示でワーロックが先に馬車に乗り込み、後から彼女が乗車する。
バレーナはワーロックの斜向かいに腰掛けると、サンハウンドの中とは打って変わって、
無言で大人しくしていた。
これがグラマー地方での男女の「普通」なのだ。
隣に座るのは、殆ど夫婦か恋人。
向かい合って座るのも、一定の親しさの表れ。
「誤解されたくない」場合には、自然に斜向かいになる。
軽々に異性と口を利かないのも、グラマー地方の風習に倣った物。
0334創る名無しに見る名無し
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2018/04/21(土) 17:57:35.84ID:lCL0UDiC
魔導師会本部に向かう馬車の中で、ワーロックは宿の心配をした。
しかし、急に黙り込んだバレーナに声を掛け辛い。
気不味い沈黙が暫く続き、ワーロックは意を決して尋ねた。

 「もう夜なんですけど、大丈夫なんですか?」

 「何の話です?」

バレーナは憮然とした態度で応える。
ワーロックは恐縮して言い添えた。

 「八導師の御迷惑ではないかと……。
  それに宿の問題も……」

 「お呼びしたのは『魔導師会』です。
  宿泊施設の手配も既に済ませてありますので、御心配無く」

冷淡に答える彼女を見て、怒らせる様な事をしたかなと、ワーロックは自省する。
重苦しい沈黙が数針続き、馬車は魔導師会本部前に到着した。
バレーナの案内で、ワーロックは魔導師会本部の迎賓館の大広間に通される。

 「お待たせしました。
  ワーロック・アイスロン様をお連れしました」

よく響く声で言ったバレーナは、ワーロックの背を押して入場させた。
ラメ糸を編み込んだローブを着込んだ、如何にも格調高い8人の老人が、2人を待ち構えていた。
彼等が八導師なのだと、ワーロックは直感的に理解して、緊張する。
八導師は皆高齢だが、丸で規律の厳格な軍人の様に全員姿勢が良い。

 「それでは私は失礼します」

バレーナは彼を置いて、早々(さっさ)と退出してしまった。
ワーロックは唯々困惑するばかり。
魔導師崩れの彼にとって、八導師は雲上の存在なのだ。
0335創る名無しに見る名無し
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2018/04/22(日) 18:30:40.71ID:jgkbShQd
直立不動のワーロックに、老人の内の1人が一歩進み出て一礼する。

 「久し振りだね、ワーロック君。
  私を覚えているかな?」

 「えっ、ええ、はい!
  ええと、お、お名前は確か……」

面識のある八導師は2人だけ。
ワーロックは顔こそ記憶していたが、名前が中々思い出せない。
老人は改めて名乗った。

 「八導師第六位イストール・カイ・スタロスタッドム」

 「ああっ、はい、イストールさん!
  覚えております、えぇ、エグゼラで巨人が暴れて、私が執行者に捕まって、その時に!
  おお、お久し振りです!」

ワーロックは漸く思い出し、早口でイストールを忘れていない事を主張した。
同時に彼はイストールに対して、礼を失した振る舞いをした事も思い出す。
それを根に持たれていないか、彼は兢々していた。
イストールは苦笑した後、真顔で切り出す。

 「君は轟雷ロードンと知り合いなのか?」

静かながら鋭い言葉に、ワーロックは怯みそうになるも、有らぬ疑いを抱かれてはならないと、
堂々と答えた。

 「はい」
0336創る名無しに見る名無し
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2018/04/22(日) 18:32:24.26ID:jgkbShQd
イストールは続けて問う。

 「ロードンは我々の事を何と言っていた?」

初代八導師はロードンを守護者として禁断の地に封じた。
だが、当のロードンには、それを恨んでいる様子は無かったし、魔導師会に就いても、
特に言及しなかったので、ワーロックは何と答えた物か困る。

 「いえ、特には……」

 「……分かった。
  やはり我々が直接話を聞かねばならない様だな」

イストールは振り返り、他の八導師と頷き合った。
その後、新たに杖を突いた八導師の一人が前に出て来る。

 「私が皆を代表して、ロードンと会う。
  私を連れて行ってくれ、ワーロック殿」

 「貴方は……?」

 「私は八導師の最長老、レグント・アラテルだ」

 「最長老!?」

八導師の最長老は、魔導師会の中で最も発言力のある人物だ。
それが魔導師会から離れて、禁断の地へと赴く事に、ワーロックは驚愕した。

 「最長老が不在で大丈夫なんですか?」

 「もう直、新しい八導師を迎える時期だ。
  私は引退間近だから、然して影響は無いよ。
  他の八導師達も優秀だ」

最長老のレグントは淡々と答える。
こうしてワーロックは、レグントと共に禁断の地へ向かう事になった。
0337創る名無しに見る名無し
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2018/04/22(日) 18:35:12.50ID:jgkbShQd
それからワーロックは迎賓館で一泊した。
翌朝、南東の時に彼はレグントに呼び出される。

 「では、行こう。
  案内を頼むよ」

 「……お付きの人とか、入らっしゃらないんですか?」

レグントは独りだった。
普通、こう言う時は護衛が数人は同行する物と思っていたワーロックは、危険を訴える。

 「道中、どんな危険があるか分かりません。
  反逆同盟が私達の行動を嗅ぎ付けないとも限りませんし」

レグントは真面目な顔で反論した。

 「半端な戦力では足手纏いだ」

 「えっ」

 「八導師は名ばかりではない。
  実力が伴ってこその『八導師』。
  老い耄れと侮ってくれるな」

八導師は決して「実力」で選ばれた存在ではない。
八導師も魔導師である以上、ある程度の魔法資質や魔法知識は備えている物だが、
それが優秀な魔導師と比較して、特別に優れていると言う話は無い。
どちらかと言えば、魔導師会内の「人望」や「政治的な理由」で選出される。
そう言った表向きの事しか、ワーロックは知らなかった。
彼だけでなく、大多数の魔導師も、そう思っている。
0338創る名無しに見る名無し
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2018/04/23(月) 18:27:42.83ID:r0cDNfxe
ワーロックはレグントの不思議な迫力に負けて、何も言い返せなかった。
2人は馬車でグラマー市の西にある、防砂壁に移動する。
防砂壁の巨大な門を潜れば、その先は何も無い荒地、通称「夕陽の荒野」だ。
ここから2街西に進んだ所に、最果ての「レフト村」があり、それに隣接して禁断の地がある。
正確には、禁断の地と砂漠との境に、レフト村が建てられた。
西の大地の不毛なるは、呪われた地であるが故に。
大戦の夥しい犠牲が生み出した「呪詛」が、草木の一本も生えない砂漠を作ったのだと言う、
伝説がある。
その真偽を確かめた者は居ない。
唯、鬱蒼と茂る禁断の地の森があり、それに不毛の砂漠が隣接していると言う奇怪な対照が、
そうした噂の元となったのだろう……。
レフト村まで2日掛かりの旅になる事を覚悟していたワーロックだったが、荒野に出たレグントは、
彼に問い掛ける。

 「先を急ぎたいが、構わないか?」

 「え……?
  ええ、はい」

何を言うのだろうと訝るワーロックの目の前で、レグントは軽く跳躍する。

 「飛ぶぞ」

 「飛ぶって……?」

 「こう」

その場で彼は大跳躍をした。
空高く跳び上がったレグントは、約10極後に地上に戻って来る。
魔法を使っているとは言え、老人とは思えない運動神経に、ワーロックは唖然とした。
0339創る名無しに見る名無し
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2018/04/23(月) 18:28:26.24ID:r0cDNfxe
レグントは驚いているワーロックの腕を掴んで言う。

 「さ、行こう」

 「いや、私は魔法が……」

自分は魔法が下手なので、同じ様な動きは出来ないとワーロックは断ったが、レグントは気にしない。

 「構わん。
  運動神経が悪くなければ、どうにでもなる。
  重要なのはリズムとタイミングだ。
  それっ!」

全く老人らしくない活動力で、彼は飛魚の如く跳ねる。
ワーロックは腕を掴まれた儘で引っ張り回され、何とか付いて行くので精一杯だ。
一回の跳躍で1巨は移動する。
それは丸で空を飛んでいる様。

 (何時だったかも、こんな事があったなぁ……)

レグントはワーロックにも魔法を使っている。
そうで無ければ、引っ張られているワーロックの身体が保たない。
自分だけでなく、他人の身体能力をも容易に強化させる所からして、並の魔導師以上の実力。
護衛を足手纏いと言い切ったのは、見栄や張ったりでは無いと判る。
0340創る名無しに見る名無し
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2018/04/23(月) 18:29:15.59ID:r0cDNfxe
何とかワーロックが跳躍での移動に慣れた頃、レグントは彼に話し掛ける。

 「中々やるじゃないか!」

 「いや、はは、この位は……」

謙遜の愛想笑いをするワーロックに、レグントは無断で更に移動速度を上げた。

 「良し。
  では、もっと急ごう」

 「うわっ」

2人は荒野を抜けて、砂漠に入る。
高速で移動しているのに、向かい風を殆ど感じない。
それは周辺の空気をも操っている為だ。
レグントは底の知れない老人だと、ワーロックは改めて思った。
丸2日は掛かる距離を、2人は2角で走破する。

 「ウム、昼食の時間には間に合ったな」

レフト村に到着した時刻は、丁度南の時。
レグントは平然としているが、ワーロックの方は息を切らしていた。

 「少し休憩しようか」

気を遣ったレグントの提案に、ワーロックは無言で弱々しく頷く。
2人は村唯一の宿に入り、休憩糅(が)てら昼食を取る事にした。
0341創る名無しに見る名無し
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2018/04/24(火) 18:14:21.67ID:++t7gbfb
約半角後に、2人は禁断の地の森に入る。
向かうは「雷の住処」と呼ばれる古代遺跡。
正確な場所を知っているのはワーロックだけなので、彼が先導する。
しかし、森に入って直ぐ、レグントは自らの額を押さえて足を止めた。
ワーロックは振り返って尋ねる。

 「どうされました?
  ……気分が優れないのですか?」

それなりの魔法資質を持つ者は、禁断の地を覆う特殊な魔力の流れを不快に思う。
共通魔法とは異質な魔法の気配を、無意識に拒絶するだけではない。
自らの内を侵される様な、禍々しい物を感じるのだ。
その根源は「共通魔法使い」が何者であるかと言う事に、深く関係している。
レグントは顔を顰め、脂汗を流して、平然としているワーロックに問うた。

 「君は平気なのか?」

 「はい、私は魔法資質が低いので……」

 「成る程、道理で」

魔法資質の低いワーロックは、異質な魔力の流れの影響を受けない。
魔力の変化に気付けないと言う、共通魔法使いとしては――否、魔法使いとして致命的な弱点が、
ここでは有利に働く。
ワーロックはレグントを気遣った。

 「大丈夫ですか?
  動けないなら、負ぶいましょうか?」

 「いや、大丈夫。
  先に進もう」

レグントは強気に断り、背筋を伸ばして歩く。
大丈夫かなと、ワーロックは心配しながら再び歩き始めた。
0342創る名無しに見る名無し
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2018/04/24(火) 18:16:39.96ID:++t7gbfb
暫く歩いた所で、再びレグントは足を止める。

 「レグントさん?」

ワーロックが尋ねると、彼は俯いて黙り込んだ。
その儘、その場に座り込んでしまう。

 「だ、大丈夫ですか?」

駆け寄るワーロックに、レグントは弱々しく答えた。

 「頭が痛い。
  目が回る。
  体が撒(ば)ら撒(ば)らになりそうだ」

禁断の地の魔力を受けたレグントは、自己の精霊を肉体に留められなくなりつつあった。
だが、ワーロックには全く理解出来ない。

 「どんな感覚なんです……?
  ええと、動けないなら、負ぶいましょうか?」

再度の提案に、レグントは小さく頷いた。

 「済まない、頼む」

余程参っていると見える。
ワーロックは背を向けて、レグントの前に屈み込み、彼を背負う。

 「おっ、軽いですね」

細身のレグントは丸で枯れ枝の様な軽さだった。
ワーロックの体が長旅で鍛えられているのもあるが、それにしてもレグントは軽い。
殆ど骨と皮しかないのではと、彼が疑う位に。
0343創る名無しに見る名無し
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2018/04/24(火) 18:20:16.96ID:++t7gbfb
ワーロックに背負われたレグントは、小声で言った。

 「……私は神を論ずる事はしないが、運命と言う物を信じたくなって来たよ。
  丸で導かれている様だ。
  旧暦の聖君を仰いだ人々も、同じ心持ちだったのかな」

気が滅入って、訳の解らない事を言っているのかなと、ワーロックは心配する。

 「確りして下さい。
  もう直ぐ着きますよ」

四方八方どこを見ても木ばかりの森だが、住み慣れたワーロックにとっては庭の様な物。
徘徊する危険な魔法生命体も、魔力を纏わなければ反応しない。
ある程度森の中を進むと、彼方此方で草木が焼け焦げている場所に出た。
ワーロックはレグントに説明する。

 「この黒焦げになった植物は、落雷による物です。
  雷さん――轟雷ロードンが近くに居る証拠ですよ」

 「待て」

 「どうしました?」

話しながら更に先に進もうとする彼を、レグントは止める。
ワーロックは素直に応じ、耳を澄まして周囲を見回した。
レグントは声を潜めて言う。

 「何か近付いて来る」

 「何か……とは?」

 「共通魔法や精霊魔法の気配ではないぞ。
  『別の存在』だ」

禁断の地には、正体の判らない魔法使いや、魔法生命体が多く居る。
必ずしも敵とは限らないが、念の為に警戒すべきだとワーロックは考えた。
0344創る名無しに見る名無し
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2018/04/25(水) 18:37:02.89ID:SSn/WZVS
元から木々に覆われて暗い森が一層暗み、生温い風が吹く。
尋常ならぬ緊迫感が、魔法資質の低いワーロックにも感じられる。
ワーロックとレグントの目の前に、一人の少女が姿を現した。
黒い祭服を着た、金髪の子供。
ワーロックは彼女の正体に気付き、鋭く睨む。

 「お前は!」

 「久方振りだな。
  そちらの御老人は、お初お目に掛かる。
  私は『悪魔大審判<サタナルキクリティア>』デヴァ・ルシエラ。
  お前達を始末しに来た」

敵意を隠そうともせず、サタナルキクリティアは宣言した。
少女の風貌は徐々に怪物へと変わって行く。
身体は膨張して筋肉質に。
額からは2本の角が捻じ曲がって伸び、尻尾は大蛇の様に太く長くなる。
成人男性並みの体格になった彼女は、清々しい表情で言う。

 「ここは懐かしい薫りがする。
  幾多の同胞(きょうだい)達が、この地で散って行った……。
  我等が主、大皇帝アラ・マハイムレアッカ様も」

サタナルキクリティアは大魔王軍に属する異界の魔神だった。
魔法大戦で敗れた大魔王軍は、ある物は地上に残って隠れ暮らし、ある物は故郷に逃げ帰った。
サタナルキクリティアは前者である。
地上に残って息を潜め、共通魔法使いに復讐する機会を窺っていた。

 「昂るぞ!!
  今ここで我等が主と同胞の仇を討てるのだからな!」

彼女は高らかに吼え、尻尾を鞭の様に撓らせて、何度も地面を叩いて威嚇する。
超巨大魔界の子爵級は、平凡な世界の伯爵級に比肩するのだ。
0345創る名無しに見る名無し
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2018/04/25(水) 18:40:28.46ID:SSn/WZVS
 「ドゥーーーー!!」

サタナキクリティアが嘶くと、周囲の魔力が渦を巻く。
ワーロックは慌てた。

 「止めろ!!
  ここは危険な魔法生命体が沢山彷徨いている!
  お前の魔力を感じ取って、攻撃して来るぞ!」

警告はサタナルキクリティア自身の為ではない。
巻き込まれては堪らないと思っているのだ。
しかし、彼女は聞く耳を持たない。

 「小蝿が幾ら集(たか)ろうと、物の数ではないわ!」

膨れ上がる自らの力を実感して、気が大きくなっている。
ワーロックが懸念していた通り、森の中から怪物達が続々と姿を現した。
魔力を食らう「イーター」に、寄生植物、『泥人形<マッド・ゴーレム>』と言った、比較的浅い場所でも、
よく見られる物ばかりではない。
普段は深部を徘徊しており、滅多に姿を見る事が無い、機械の捕食者「シージュア」、
無差別破壊者「フェリンジャー」、凶悪な「スクラッパー」に、「ブラック・レッカー」まで居る。
ワーロックは小声で背負っているレグントに囁いた。

 「どうしましょう、レグントさん……。
  魔法で対抗すれば、周りの怪物共にも攻撃されてしまいます」

 「ウーム……。
  これだけの物を相手にするのは、私でも厳しい」

しかし、レグントにも現状を打開する妙案は無い様子。
0346創る名無しに見る名無し
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2018/04/25(水) 18:44:44.60ID:SSn/WZVS
 「仕方ありません。
  一旦後退しましょう。
  共倒れしてくれれば良いんですけど……。
  そうじゃなくても、どっちか残った方を相手するのが楽でしょう」

ワーロックは一時撤退を決断した。
レグントも異論を差し挟まない。
ワーロックはサタナルキクリティアから目を離さず、身構えてタイミングを見計らう。
禁断の地の怪物達は、この場で最も強い魔力を纏う物――サタナルキクリティアに襲い掛かるだろう。
その混乱に乗じて、逃げてしまおうと言う考えだ。
所が、禁断の地の怪物達は怯えているかの様に、その場で震えるのみ。
ここに居る魔法生命体達は、恐怖と言う概念を持たない。
力量差を推し量る知能を持たないのだ。
魔力の流れに機械的に反応して、無差別に攻撃を繰り返すだけの存在。
それが攻撃を躊躇う理由とは?

 (どうして動かない……?
  いや、動けないのか!
  押さえ付けられている!)

ワーロックは遅れて理解した。
怪物達はサタナルキクリティアによって抑えられているのだ。

 「鬱陶しい玩具共だ」

彼女が視線を遣ると、その先に居た複数のフェリンジャーが「潰れた」。
2身はある巨躯が、全方向から圧力を掛けられ、一瞬で小犬程の大きさに圧縮された。
それに止まらず、最終的には小石程度の大きさになる。
ワーロックが魔城で対峙した時より、力が増している。
これが彼女の本来の力なのだ。
0347創る名無しに見る名無し
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2018/04/26(木) 18:36:59.46ID:q3AP6dZG
怪物共と同じく、ワーロックも身動きが取れないでいた。

 (これじゃ逃げるに逃げられない……)

魔法で動きを封じられている訳ではないが、サタナルキクリティアは全く隙を見せない。
下手に動けば、怪物共の様に一瞬で圧死させられそうな威圧感がある。
一方のサタナルキクリティアも、大きな事を言った割に、積極的に仕掛けては来ない。
ワーロックの魔法と、彼の背後のレグントを警戒しているのだ。
サタナルキクリティアは徐々に圧力を強めて行った。
禁断の地の怪物共は、次々に崩れ落ち、破壊される。
ワーロックはサタナルキクリティアを正面に見据えた儘、少しずつ横に回り込む様に移動する。
それに合わせて、サタナルキクリティアは前進する。

 (取り敢えず、怪物共が全滅するまで待とう。
  相手が一人なら何とかなる)

時間を稼げば何とかなると言う思いが、ワーロックにはあった。
そんな彼の希望を打ち砕く事が起こる。
サタナルキクリティアが「増えた」のだ。
ワーロックとレグントを取り囲む様に、2体、3体と森の中から姿を現す。
これにワーロックは大いに慌てた。

 (嘘だろう……。
  こんな馬鹿な)

蒼褪める彼をサタナルキクリティアは嘲笑う。

 「『予想外』と言う顔だな?
  悪魔の事をよく知らぬと見える。
  クククッ、幻覚では無いぞ」

彼女の言う通り、ワーロックには強力な悪魔と直接対峙した経験が無い。
0349創る名無しに見る名無し
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2018/04/26(木) 18:39:47.50ID:q3AP6dZG
悪魔は精霊を分割して、自らの分身を創り出せるのだ。
それも単なる操り人形では無く、自分と全く同一の自我を持つ存在として。
愈々追い詰められたワーロックに、レグントが耳打ちする。

 「ワーロック殿、私を置いて行ってくれ」

 「何を!?
  そんな事、出来る訳が……」

吃驚するワーロックに、彼は冷静に淡々と告げる。

 「今の儘では、私は足手纏いにしかならない。
  この肉体さえ捨てれば――」

 「『肉体を捨てる』って…」

 「共通魔法使いは人間ではない。
  その証拠をお見せしよう。
  心配は無用だ、死にはしない。
  生身での帰還を諦めただけの事」

レグントの声からは覚悟と同時に、自信も伝わって来る。
彼は肉体を捨てれば、目の前の強大な悪魔や、怪物共とも渡り合えると確信している。
だが、ここに至るまで実行しようとしなかったと言う事は、出来るなら肉体を捨てたくは無いのだ。
一度捨てた肉体を再び得る事は、不可能ではないが、現実的ではない。
それをワーロックは察して、必死に考えを巡らせる。

 (誰かの救援を期待出来ないか……。
  ソームさんが偶々出歩いていたり?
  いや、余りに希望的観測過ぎる。
  ここはレグントさんの言う通りにして、応援を呼んだ方が良い)

思量の末に、結局彼はレグントを置いて行く決断をした。
0350創る名無しに見る名無し
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2018/04/26(木) 18:43:07.81ID:q3AP6dZG
 「……分かりました。
  レグントさん、直ぐに助けを呼んで来ます」

しかし、逃げると決断した所で、見す見すサタナルキクリティアが逃がしてくれる訳では無い。
レグントが彼女を相手に、どこまで戦えるのかも不明だ。
ワーロックが間誤付いていると、突如空が閃き、天から光柱が地上に突き刺さる。
大気を震わせ、大地を揺らす爆音と共に、サタナルキクリティアが1体、消し炭になる。
辺りを覆っていた禍々しい気配が一瞬にして吹き飛んだ。

 (ワーロック殿!
  目と耳を塞いで伏せなさい!)

テレパシーでのレグントの指示に、ワーロックは訳も解らない儘、とにかく従った。
不意の閃光と爆発で目と耳を利かなくされた彼は、そうするより他に無かった。
レグントも彼に覆い被さる様に伏せる。
約1点の間、大地が破壊されたのではと思う程の、激しい震動が続く。
衝撃が身体を突き抜け、心臓を揺さ振る。
草木が焼け焦げる臭いがする。
やがて嵐が去った様に静まり返り、レグントの体がワーロックから離れる。

 (もう大丈夫だ、ワーロック殿)

レグントのテレパシーを信じて、ワーロックは恐る恐る顔を上げた。
彼の視力と聴力は、何時の間にか唱えられていたレグントの魔法で、既に回復している。
辺りの風景は一変していた。
鬱蒼と上空を覆っていた枝葉は疎か、木々の幹さえも消失して、周囲は空き地になっていた。
禁断の地の怪物達も姿を消しており、1体のサタナルキクリティアと、雷光を纏う男だけが、
その場に立ち尽くしていた。
雷光を纏う男の正体を、レグントは瞬時に悟り、その名を呟く。

 「轟雷ロードン……」
0351創る名無しに見る名無し
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2018/04/27(金) 19:19:23.99ID:9yNRVpT5
魔法大戦の六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン。
伝承では天の雷を操る、強大な精霊魔法使いとされていた。
それは真実だった。
子爵級とは言え、超巨大魔界の魔神を圧倒出来る力があるのだ。
サタナルキクリティアは苦々しい表情で、ロードンを睨む。

 「何だ、貴様……!」

 「未だ生き残りが居たのか、悪魔め。
  漫ろに現れて力を振るうとは愚かな奴。
  そんなに死に度(た)いのか」

彼女は本能的に、目の前の男が強敵であると理解していた。
瞬時に場を支配し返された時点で、形勢は不利。
身の危険を感じた彼女は、撤退しようとする。

 「くっ、覚えていろ!」

だが、ロードンはサタナルキクリティアを逃がさない。

 「覚える必要は無い。
  この場で貴様は潰えるのだ」

巨大な落雷が彼女を打つ。
魔力の雷は真っ直ぐ彼女を狙う。
正に電光石火、避ける事は出来ない。

 「ギャァッ!!」

短い叫び声を上げ、サタナルキクリティアは感電した。
雷が彼女を介して天地を結ぶ。
魔力の雷が彼女の体内を駆け巡り、精霊を分解して行く。
0353創る名無しに見る名無し
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2018/04/27(金) 19:23:09.42ID:9yNRVpT5
数極の間、雷はサタナルキクリティアに注がれ続けた。
その後、彼女は電光球に包まれる。
精霊が雷に変じて、周囲に放たれて行く。
方々で放電が火花を上げる。
しかし、黙って倒されるサタナルキクリティアでは無い。
悪魔貴族の名誉に懸けて、彼女は反撃に出る。

 「この程度の攻撃ぃ……!
  潰えるのは貴様だっ、『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

背中に魚の鱗を集めた様な、奇怪な透明の翼を1対生やして叫ぶ。
電光球は一瞬で翼に吸収された。
魔力吸引攻撃は、魔力分解攻撃に並ぶ、悪魔の基本的な戦闘技術の一つだ。
相手の精霊を覆う魔力を奪う事で、攻撃と防御と強化を同時に行える。
魔法資質に大きな差がある場合に特に有効だが、分解攻撃に比べると威力は劣る。
これはサタナルキクリティアが己の魔法資質に、絶対の自信を持っている事の表れだ。
不意打ちで支配された場の魔力の流れを、一息に挽回しようと言う試み。
魔力が渦巻き、ロードンからサタナルキクリティアに向かって流れる。
魔力の流れが自分の思う儘になっている事を確信し、サタナルキクリティアは勝ち誇った。
ロードンの実力を彼女は知らないが、自身に並びはしても、勝る物では無いと決め付けていた。
魔力吸引攻撃に対抗するには、同じく魔力吸引攻撃で返すのが普通だ。
そうなれば吸引する力の強い方、即ち魔法資質で上回る方が勝つ。
ロードンからサタナルキクリティアへと流れる魔力が反転しない限り、勝利は揺るがない。

 「フハハッ、弱い弱いっ!
  …………クッ、グ、ググーッ、な、何事だっ!?」

サタナルキクリティアは勝利を確信したが、その瞬間、激痛が彼女を襲った。
ロードンから流れ込む魔力が、サタナルキクリティアの霊を傷付けている。
0354創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/27(金) 19:25:48.79ID:9yNRVpT5
ロードンは冷淡に吐き捨てた。

 「低級悪魔らしい、能の無い攻撃だな。
  あの大戦から何も学んでいないと見える。
  それとも戦後に降臨した新顔か?」

彼は自らの周囲の魔力を雷精に変えて、それをサタナルキクリティアの中に取り込ませたのだ。
雷精はサタナルキクリティアの内部で、彼女の魔力に反発し、対消滅する。
詰まりは、毒を食らった様な物。

 「グッ、ゲッ、ゲハァッ!!
  と、止まらない……!
  どうなっているーっ!?」

サタナルキクリティアは魔力吸引攻撃を直ちに中止しなければならないが、それが出来ない。
ロードンが魔法を維持している。

 「自分で始めておいて、止める事は無かろう。
  遠慮するな、存分に食らうが良い」

 「き、貴様は何者……」

サタナルキクリティアは恐怖した。
彼女が戦った共通魔法使いは、一部を除いて、これ程の力を持ってはいなかった。
共通魔法使いは基本的に、数が揃わなければ無力だった。
ロードンは溜め息を吐いて、取り合わない。

 「潰える物に名乗る意味はあるまい」

 「侮るなっ!!
  貴様が如何程の物だと言うのだーっ!!」

サタナルキクリティアは逆上して、自らを奮い立たせる。
悪魔貴族が訳の解らない精霊体に屈する事があってはならないのだ。
翼は3対に増え、彼女を覆って球体となる。
0355創る名無しに見る名無し
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2018/04/28(土) 18:44:40.85ID:/QBqwtWb
ロードンの魔力も無限では無い筈だと、サタナルキクリティアは激痛を堪える。
地力で勝るのであれば、弱気になる必要は無いと思い直し、彼女は対抗心と敵愾心を燃やした。

 「食らい尽くしてくれるわーーーーっ!!」

ワーロックとレグントは魔力吸引攻撃に巻き込まれない様に、『球状防壁<プロテクション・ドーム>』を張る。
周囲の魔力がサタナルキクリティアへと集中するが、その全てが彼女を傷付けていた。

 「手を貸さなくて良いんでしょうか?」

魔力の流れが読めないワーロックには、戦況が判らない。
彼には強気のサタナルキクリティアが、未だ優位に映る。
レグントは冷静に言った。

 「奴は間も無く自滅する。
  何もする必要は無い」

それを聞いてもワーロックは俄かには信じられず、不安気な表情で戦いの行方を見詰める。
サタナルキクリティアは翼を徐々に剥がされて行っても、構わず魔力吸引攻撃を続けた。
彼女は気付いていないのだ。
自らが吸収している魔力が、ロードンの物では無い事に。
ロードンは周囲の魔力を自然に雷精に変化させる能力を持っている。
これは精霊魔法使いである彼が、人工精霊となった際に備わった「機能」。
魔力に生命を与える「精霊の量産」だ。
分身を生み出すのとは違い、精霊の消耗が少ない。
雷精はロードンと同じ属性の物ではあるが、彼の中から生まれた物では無い為だ。
やがてサタナルキクリティアは翼を維持出来なくなり、少女の姿に戻った。

 「はぁ、はぁ、こんな事が……。
  何故、私が……」

子爵級とは言え、そこらの物には負けないと思っていた彼女は、愕然とした。
敗北感と屈辱感よりも、疲労感と喪失感が大きい。
少女の姿になったのは、哀れみを誘う為だ。
未だサタナルキクリティアは敗北を認めていない。
この結果は不利な状況から巻き返せなかっただけの事。
万全の態勢で正面から当たれば、悪魔貴族の自分が負ける筈は無いのだ。
そう信じる事で、自尊心を保つ。
0356創る名無しに見る名無し
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2018/04/28(土) 18:46:04.66ID:/QBqwtWb
格下の物に命乞いをする事は、悪魔貴族にとって最大の屈辱。
故に、サタナルキクリティアは自然に見逃して貰おうと、捨て置かれる事を期待して、
少女の姿を取った。
見目が愛らしい物を積極的に痛め付けようとは思わない、人間の甘さを利用する積もりで。
ロードンは冷徹に問う。

 「どうした、もう終わりか?
  死ぬまで続ける物と思っていたが」

サタナルキクリティアは無言で俯き、彼の言葉を聞き流した。
彼女は精根尽き果てた様に見せ掛ける事で、無抵抗を装おうとしている。
そんな人間の甘さに頼った彼女が甘かった。

 「では、死ねぃ!」

魔法大戦を経験したロードンは、悪魔の本質を知っている。
幾ら外見を取り繕っても、その性根は邪悪である事を。
容赦の無い雷撃が、天からサタナルキクリティアに打ち付けられる。

 「ギィヤァーーーー!!」

サタナルキクリティアの精霊は雷電に変換され、周囲に飛び散った。
彼女は発光しながら、徐々に縮小して行く。
最後には塵も残らず、消滅した。
0358創る名無しに見る名無し
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2018/04/28(土) 19:11:55.73ID:/QBqwtWb
放電が終わると、ロードンはワーロックとレグントに向き直った。

 「さて、態々こんな所まで来たと言う事は、何か用なのだろう?」

彼の視線はレグントに向いている。
先までの容赦の無さとは裏腹の穏和な態度に、レグントもワーロックも唖然としていた。
中々レグントが答えないので、ロードンは視線をワーロックに向ける。
ワーロックは驚き戸惑いながらも、心を落ち着けて事情を説明する。

 「えっ、ええと、その、聞きたい事があって来たんです」

 「フム、私に?
  何かな?」

 「今、共通魔法社会は重大な危機に陥っています。
  悪魔公爵ルヴィエラが率いる反逆同盟が、各地で悪事を働いているのです。
  先の悪魔も、その一員でした」

ワーロックの説明に、ロードンは表情を変えずに淡々と答えた。

 「驚いた。
  悪魔の軍団が再降臨したのか」

 「いえ、今まで潜伏していた物が、時機を見て動き出したんだと思います」

 「成る程。
  大凡察しは付いたぞ。
  悪魔の封じ方を知りたいのだな」

 「ええ、そうです」

 「分かった、付いて来い」

ロードンは背を向けて、2人を遺跡に案内する。
0359創る名無しに見る名無し
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2018/04/29(日) 19:05:27.08ID:GiNB2RTs
道中、レグントは沈黙していた。
それをワーロックは気遣う。

 「どうしたんですか、レグントさん?
  又、気分が悪くなりました?」

 「いや、そうではない……」

その返事が嘘でない証拠に、レグントの足取りは確りしているが、表情だけが冴えない。
伏し目勝ちで、困った様な、気不味い様な、複雑な心境が顔に表れている。
歴代八導師の記録を引き継いでいる彼は、ロードンに対して負い目があるのだ。
彼から思考の自由を奪い、禁断の地に縛り付けてしまった事に。
やがて一行は遺跡に到着する。
石造りの外壁は、森の中に長年放置されていたにも拘らず、植物に侵食されておらず、
風化の痕跡も見られない。
入り口は金属製の扉で、これも錆びたりしていない。
扉は左右2枚に割れると、スライドして一行を迎え入れる。

 「入れ」

ロードンはワーロックとレグントに指図した。
ワーロックは何度か訪れた事がある物の、レグントは初めて見るので驚いている。

 「こんな所が……」

彼の呟きに反応して、ロードンが説明する。

 「ここは人工精霊の研究施設だ。
  いや、研究と言うよりは実行、実施施設と言った方が正しいか?
  魔法大戦の裏で、私達は人工精霊を量産した。
  人工精霊計画――『八導師』なら知っている事だな」

レグントが未だ八導師と名乗っていないのに、ロードンは彼の正体を知っている様だった。
0360創る名無しに見る名無し
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2018/04/29(日) 19:06:33.55ID:GiNB2RTs
遺跡の中に入ると、明るい橙色の電灯が点く。
この施設の動力源は、ロードンの纏う魔力電気だ。
普段は停止しているが、来訪者があれば彼の意思で起動する。
レグントは先のロードンの発言の真意を尋ねた。

 「私を八導師だと――」

レグントが質問を言い切る前に、ロードンは答える。

 「八導師は特有の気配がある。
  普通の共通魔法使いとは又違う。
  己の内の『人工精霊』を自覚して、制御している為だろう」

それを聞いたレグントは驚いた。
彼は大戦六傑を侮っていた。
古い時代の精霊魔法使いであって、共通魔法の研究者ではないのだから、魔法資質が高かろうと、
そこまでの魔法知識は備えていないであろうと。
少しの沈黙を挟んで、レグントはロードンに言う。

 「魔法大戦の英雄、轟雷ロードン……否、ロードン・マーリオン・エスケンドス。
  名乗り遅れて申し訳無い。
  私は現八導師最長老のレグント・アラテルだ」

 「最長老が直々に来るのか……。
  未だ『引退』には早かろう。
  状況は相当逼迫していると見て良いのか?」

歴代八導師は任期を終えると、禁断の地に向かった。
魂の故郷である異空に還る為、地上に溢れた魔力を還す為。
その時期では無いのに、最長老が禁断の地を訪ねる訳を、ロードンは彼なりに考察した。
0361創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/29(日) 19:08:33.35ID:GiNB2RTs
レグントは否定する。

 「危機は危機だが、そこまで追い詰められてはいない。
  私が訪れた理由は、一つは誠意を表す為。
  最高位の私自身が動く事で、『魔導師会』の本気を解って貰いたかった。
  今一つは、直接貴方と対話する為。
  語らいの時が欲しかった」

ロードンは歩みを止めず、振り返りもせずに尋ねた。

 「何を語らうと言うのだ?
  偉大なる魔導師の事、魔法大戦の事、八人の高弟の事。
  何れも八導師である貴様の方が、よく知っておろう」

 「一つは贖罪だ。
  ロードン殿、貴方が禁断の地に残ったのは、本意では無かった筈」

レグントの言葉に、ロードンは小さく舌打ちをした。
初代八導師は遺跡の守護者に人工精霊となったロードンを選び、それに専念させる為に、
同意を得ない儘に記憶を封じて、近付く者を排除する様に仕立てた。
この事実を八導師のみが閲覧可能な記録で知っているレグントは、罪悪感を抱いていた。
魔法大戦の秘密を守る為とは言え、嘗ての仲間に対して、余りに冷酷な仕打ちだと。

 「初代八導師も貴方に罪悪感を持っていた」

 「解っている」

短く、苛付いた様な、呆れた様な応え方をするロードンに、レグントは食い下がる。

 「嘘では無いのだ!
  真実、初代八導師は貴方に負い目を感じていた!
  アシュも、オッズも、ウィルルカも、イセンも……」

ロードンは心底呆れ果てて言う。

 「解っていると言った。
  それを言うのは、貴様で何人目だと思う?
  もう十分解っている」
0363創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 18:53:27.87ID:0h/KVmwF
任期を終えた歴代八導師の中には、魂の故郷への旅路に就く前に、ロードンを訪ねる者もあった。
真実を伝えた所で、その後は異空に旅立ってしまうので、何度も同じ事を告げる者が現れるのだ。
ロードンは不機嫌に、レグントに告げた。

 「好い加減、鬱陶しく思っていた所だ。
  私は何度も謝罪を要求する程、恨み囂(がま)しい男ではない。
  初代の八導師が行った事に対する責任を、後代の貴様等に押し付けようとも思わない。
  貴様は生きて還り、この事を伝えろ」

 「わ、解った。
  有り難う」

例を言われたロードンは一層不機嫌になる。

 「何を感謝する事がある?
  勘違いをするな。
  貴様等の責任を問わないからと言って、初代八導師を許した訳ではない。
  そう簡単に片付けられる話ではない」

蚊帳の外で2人の会話を聞いていたワーロックは、ロードンの気が変わるのではないかと、
冷や冷やしていた。
石造りの廊下を暫く歩いた一行は、再び鉄の扉の前に立つ。
ロードンの体から小さな電光球の雷精が分離して、鉄の扉に吸い込まれる。
2枚に割れた扉は、スライドして一行を通した。
先にロードンが中に入ると、電灯が点いて明るくなる。

 「ここが記録室だ。
  さて、イセンが大魔王を封じたのは、どれだったかな……」

彼は室内の壁を見回しながら呟いた。
円状の室内の壁には、古いエレム語が刻まれている。
0364創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 18:57:48.91ID:0h/KVmwF
考古学の専門家ではないワーロックには解読が難しいが、八導師のレグントは違った。
レグントはロードンの反対側の壁の文字を読んで、資料を探す。

 「ロードン殿、これではありませんか?」

彼が声を上げたので、ロードンとワーロックは傍に寄って行った。
ロードンは壁の文字を読んで頷く。

 「ああ、そうかも知れないな。
  見てみよう」

彼が壁に触れると、縦2身×横1身の長方形が壁から切り離されて伸びた。

 「わっ」

ワーロックは驚いて後退する。
長方形は部屋の中央付近まで突き出て止まる。
その側面に回り込んで見ると、それは収納式の書架だと判る。

 「魔法書?」

そこには何千冊と言う書物が納められていた。
「書物」と言う形式で長期の保存が可能なのかと、ワーロックは疑う。

 「劣化しないんですか?」

彼はロードンに尋ねたが、無視された。

 「この辺りか?」

ロードンは書架を眺め、一冊を手に取る。
本を開けば、そこには魔法陣が描かれている。
0365創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 19:00:36.36ID:0h/KVmwF
ワーロックの疑問に、レグントが書架の本に触れながら答えた。

 「これは金属だ。
  薄い金属板に文字と呪文を刻んで保管している」

そう言いつつ、彼はロードンに尋ねる。

 「ロードン殿、この辺りの書物を私が読んでも構わないか?」

 「持ち出さなければ構わん」

ロードンは本を取っ替え引っ替えしながら、雑に答えた。
レグントは手近な魔法書を一冊引き出し、読み始めた。
その様子を傍でワーロックは見ていたが、レグントは数枚頁を捲っただけで元に戻す。

 「あれ、もう読み終わったんですか?」

素直な疑問を口にするワーロックに、レグントは新しい本を読みながら答える。

 「当時は長時間精密な記録を取る方法が無かったのだろう。
  この書は何れも、1冊で1角程度の出来事しか記録されていない。
  だから、こんなに魔法書が多いのだ」

未だ共通魔法が発達していなかった時代の事。
正確で詳細な大戦記録を残す為に、これだけの書が必要だったのだ。
どんな事が書かれているのかと、ワーロックも書を取ってみた。
手に持てば、明らかに紙の本より重い事が判る。
開いてみれば、厚さ0.1節の金属板が数枚挟んであるだけ。
速読する能力が無くとも、要所を掻い摘まめば、数極で内容を把握出来る。
ロードンやレグントが取っ替え引っ替えする様に探しているのも頷ける。

 (……読めそうで読めない)

エレム語は現代の言語の元となった物だが、今とは単語の意味も書体も違う。
ワーロックの知識では所々読める部分はあっても、全体を理解するのは難しかった。
0366創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 19:06:00.75ID:0h/KVmwF
>>364
 「ロードン殿、これではありませんか?」

レグントはロードンに敬語を使わない。
途中まで敬語で接する様にしようか悩んだ結果。
0367創る名無しに見る名無し
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2018/05/01(火) 18:29:40.84ID:uxNmZ9bb
その内に、ロードンが声を上げる。

 「あったぞ、これだ」

彼はレグントに書を投げて寄越した。

 「これはユーバーの記録だ。
  ここに後7冊分ある。
  それとエーデネの記録もあった筈。
  あの2人が記録係だった」

そう告げると、ロードンは別の書架に探しに行く。
レグントは本を開いて、その場で読み始めた。
魔法書の記録は、読んだ者の記憶に「当時の状況」を刻み込む。
これによって過去を追体験出来るのだ。
傍からは普通に書を読んでいるだけだが、レグントの頭の中では大魔王を封じた状況が、
正確に再現されている。
本を読む事が出来ないワーロックは、やる事が無くて記録室の入り口で大人しく待っていた。
約1角の間、ロードンはレグントに記録書を渡し、レグントは渡された記録書を読み込んで、
その内容を記憶する。
一通り読み終え、「悪魔を封じる魔法」を理解したレグントは、ロードンに言った。

 「ロードン殿、大体解った。
  有り難う」

 「礼は良い。
  それより……、やれそうか?」

果たして、今の八導師に封印魔法を実行出来るのかと、ロードンは心配した。
レグントは少しの間を置いて答える。

 「それは分からない。
  発動させるのは容易だが……」

正直な返答だった。
魔導師会は組織としては、嘗ての共通魔法使い達より優れているが、個々の戦闘能力、
魔法資質では劣る。
轟雷ロードンの様に悪魔を一撃で葬れる者は、そう居ない。
相手は大魔王より弱い、公爵級の悪魔とは言え、どこまで通じるのかは未知数だ。
0368創る名無しに見る名無し
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2018/05/01(火) 18:31:25.81ID:uxNmZ9bb
レグントはロードンに協力を仰いだ。

 「ロードン殿、その力を私達に貸して貰えないだろうか?
  魔法大戦の六傑と称えられる貴方の協力があれば……」

 「無理だ、私には使命がある。
  この場から離れる訳には行かない。
  ……共通魔法社会を守るのは、八人の高弟の意志を受け継いだ貴様等の役目だ」

しかし、即座に拒否される。
レグントは落胆するも、食い下がりはしない。
「今」を守るのは、今の人間の役目だと言う自覚がある。

 「ああ」

短い言葉で頷き、表情を引き締めたレグントは、入り口の近くで座り込んでいるワーロックに、
声を掛けた。

 「ワーロック殿!
  ……やや?」

ワーロックは暇を持て余して、居眠りしていた。
レグントは彼の肩を叩き、優しく起す。

 「お疲れかな、ワーロック殿」

 「ム……。
  あぁ、済みません!」

ワーロックは直ぐに目を覚ますと慌てて立ち上がり、レグントに尋ねる。

 「もう終わったんですか?」

 「ああ。
  悪魔退治の法は、この頭に確り入れた」

 「どうです、どうにか出来そうですか?」

 「やってみなくては分からない」

それを聞いて、確実では無いのだなと、ワーロックは少し不安気な顔をした。
0369創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/01(火) 18:32:25.48ID:uxNmZ9bb
彼はロードンに視線を向けるが、先にレグントが制する。

 「ロードン殿は、この地を離れる訳には行かない様だ」

 「あぁ、それは残念……」

 「私達の世界を守るのは、私達と言う事だ」

 「ウーム、理屈は分かります。
  そうで無ければならないのでしょう」

ワーロックは理解を示し、改めてロードンに視線を向けた。

 「それでは雷さん、有り難う御座いました」

 「生きて戻れよ」

ロードンの言葉にワーロックは頷いて返す。
ワーロックとレグントの2人は、ここでロードンと別れて、帰途に就いた。
強大な力を持つルヴィエラとの決戦を前に、彼女を封じる方法を得る事には成功した。
2人は一先ず安堵するが……。
問題は、そこまで持って行けるかと言う事。
ルヴィエラとて無為無為(むざむざ)封じられはしないであろう。
本当に勝てるのか、不安は尽きないが、やるしか無い。
共通魔法社会だけでなく、正に世界の行く末が、この戦いに懸かっているのだから。
0370創る名無しに見る名無し
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2018/05/02(水) 19:05:14.56ID:OBQ3v2eI
混多(ごった)返す


「ごちゃごちゃ」、「ごたごた」している事を表す「ごった」です。
語源は不明ですが、泥や塵(ごみ)の事を「ごた」と言う地方がある事から、それが由来でしょう。
余談ですが、「ごみ」は元々「落ち葉」を指す言葉で、そこから「不要物」や「泥」に変化した様です。
「ごみ」は元々「ご」と「み」だったと言う説もあります。
松の落ち葉掻きを「松ご掻き」と言う地方がある事から、「ご」が「落ち葉」で、「み」は「実」であり、
落ち葉と実を合わせて、「ごみ」と読んだのではないかと言う説です。
逆に、「ごみ」の意味が変化したので、「落ち葉」を「ご」と呼ぶ様になった説もあります。
当て字には他に、「混雑」と書いて「ごちゃ」、「ごた」、「ごった」と読ませる例もあります。
「雑然」で「ごちゃごちゃ」と読ませる物も。
何でも彼んでも混ぜ込む事を「ごちゃ混ぜ」と言うので、「混」の重複は避けたいと思い、
「落ち葉や木屑」を意味する「草冠に擇(タク)」の漢字を使おうと考えていたのですが、
残念ながらコードの関係で表示出来ませんでした。
擇は「ゴ」とは読めないので、他に漢字を考えるなら、「合(ゴウ)」でしょうか……。
どう当て字しても無理があるので、素直に「雑」や「混」を使った方が良いかも知れません。
0371創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/02(水) 19:07:30.38ID:OBQ3v2eI
矍々/懼々/瞿々/(きょろきょろ)


左右を窺い見る事、落ち着きが無い事を表す擬態語の「きょろきょろ」です。
「瞿(ク)」は「小鳥が落ち着き無く首を動かして周囲を見る様子」。
隹(ふるとり)が「小鳥」を表し、2つ並んだ目は字の通り。
小鳥が頻りに周囲を気にして警戒する様子から、「恐れる」、「慌しい」、「活発」の意味になりました。
日本語の「きょ」には目の動きを表す意味がある様で、他に「きょとん」、「きょときょと」があります。
この「きょ」は虚ろな状態を表す「虚」では無いかとも言われますが、詳細は不明です。


負(お)ぶう


「背負う」事です。
「負ふ」、「帯ぶ」を語源とします。
関東以北では「負ぶる」とも言います。
「負ぶる」は方言らしく、「負ぶう」が一般的な言い方の様です。
動詞の末尾の「う」や「つ」が「る」に変化する例は、他に「撓(しな)う」、「給(たも)う」、「別(わか)つ」、
「濡(そぼ)つ」等があります。
その内、「負ぶる」も許容されるかも知れません。
0372創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/02(水) 19:11:31.58ID:OBQ3v2eI
間誤付(まごつ)く


「戸惑う」、「混乱する」と言う意味の「まごつく」です。
擬態語の「まごまご」の「まご」に「付く」が付いた物。
「うろつく」や「いらつく」に類似した成立でしょう。
この「間誤」は当て字と思われます。
「まごまご」には「惑々」を当てましたが、「愚痴愚痴(ぐちぐち)」、「蹌踉蹌踉(そろそろ)」の様に、
「間誤間誤」でも良さそうです。


無為無為(むざむざ)


「見す見す」、「何もせず」と言う意味の「むざむざ」です。
一説には「拉(め)げし」の転とされていますが、「めげ」が「むざ」になるのかは不明です。
未だ「無作(むさ)」や「無残(むざん)」の方が意味も音も近いと思います。
「無為無為」と当てた例があり、これは「何もしない」と言う意味の「無為(むい)」から来た物でしょう。
0377創る名無しに見る名無し
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2018/05/07(月) 19:32:03.25ID:ugo0XdQH
ラントロックを追って


ブリンガー地方キーン半島の南端にある「ソーシェの森」にて


反逆同盟から離脱したバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックとヘルザ・ティンバー、
そして魚人のネーラと鳥人のフテラは、ブリンガー地方に移動し、ソーダ山脈を越えて、
ソーシェの森に逃げ込んだ。
ここに暮らす魔女ウィローに庇って貰おうと考えたのである。
ラントロックは彼女と親しい訳では無かったが、面識はある。
事情を話せば解ってくれると、希望を持っていた。
彼は古い記憶を頼りに、皆を先導してウィローの住家を目指す。
当時は森を暗く恐ろしい所だと感じていたが、今は然程でも無い。
森深くに立ち入ると、狼の遠吠えが聞こえる。
ヘルザは怯えてラントロックに縋り付き、ネーラとフテラは周囲を警戒した。
ラントロックはヘルザを落ち着かせる。
 
 「大丈夫だよ。
  ここの狼犬は無闇に人を襲わない」

 「で、でも……」

ヘルザはネーラとフテラを顧みた。
彼女等は「人」ではない。
だから「襲われるかも知れない」と、ヘルザは懸念しているのだ。
それを察したラントロックは眉を顰める。

 「多分、大丈夫さ。
  この森はウィローって言う魔女の小母さんの縄張りなんだ。
  あの人が狼犬を操ってるから、迂闊な事はしない筈……」

彼はネーラとフテラにも聞こえる様に答えた。
こちらからも手を出してはならないと言う指示だ。
0378創る名無しに見る名無し
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2018/05/07(月) 19:33:56.51ID:ugo0XdQH
フテラは不承不承と言った顔付きで、魔法資質による周辺への威圧は止めたが、警戒は解かない。
やがて一匹の大きな狼犬が、ラントロック等の前に現れた。
フテラがラントロックに忠告する。

 「周辺に結構な数の犬が潜んでる。
  気を付けろ」

ラントロックは自信に満ちた顔で答えた。

 「心配しないで。
  俺の能力(ちから)を知ってるだろう?」

妖しい流し目を送られ、フテラは赤面して黙り込む。
彼には魅了の魔法がある。
獣を制する位は訳無い。
ラントロックは無防備に、独りで狼犬に近付く。
恐れや怯みを全く感じさせず。
その様子に狼犬は戸惑い、僅かに尻込みをして、引き下がり掛けて、思い止まる。
迷っていると一目で判る。
ラントロックは狼犬と2身の距離で、足を止めた。
ヘルザ達は固唾を呑んで、彼を見守っている。

 「大丈夫、敵じゃない」

そう言ったラントロックは、その場に片膝を突いて、両手を広げた。

 「お出で」

狼犬は暫しラントロックを見詰めていたが、左右を窺うと徐に彼に向かって歩き始める。
0379創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/07(月) 19:37:17.14ID:ugo0XdQH
狼犬はラントロックの手の匂いを嗅ぎながら、尻尾を振った。
ラントロックが優しく狼犬の背中を撫でると、狼犬は鼻を鳴らし、座り込んだ。
その後、続々と隠れていた狼犬達が現れ、ラントロックを取り囲む。

 「ラント!」

ヘルザは危険を訴えようとしたが、ラントロックは動かない。
フテラは緊張した面持ちで、息を大きく吸い込む。
何時でも魔性の声で金縛りに出来る様に。
しかし、緊迫した雰囲気の彼女等を余所に、狼犬達は思い思いに寛ぎ始めた。
ラントロックは集まって来た数匹の狼犬を構いつつ、ヘルザを呼んだ。

 「大丈夫だよ、ヘルザ。
  こっちに来て。
  ネーラさんとフテラさんも」

ヘルザは狼犬を踏まない様に気を付け、小走りでラントロックに駆け寄った。
フテラは完全な人型になり、ネーラを先に行かせる。
宙に浮く水球に包まれて移動するネーラに、狼犬は恐れて道を譲る。
それに付いて歩く事で、フテラは狼犬を退ける労力を省いた。
狼犬はネーラとフテラには警戒して近付かないが、ヘルザには馴れる。
彼女に体を擦り付けたり、匂いを嗅いでみたり。
ヘルザは恐る恐る、大柄な狼犬の体に触れた。
房々(ふさふさ)した毛皮の手触りは少し硬い。

 「それじゃ、ウィローに会いに行こう」

彼は狼犬に囲まれた儘、移動を始める。
ヘルザも犇く狼犬の群れに流される様に付いて行った。
ネーラとフテラも後に続く。
0380創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:14:57.68ID:RgUwrjN1
一行は森の中の少し開けた場所にある、大きな屋敷に着いた。

 「ここがウィローの家だ」

ラントロックの言葉に、フテラが反応する。

 「――と言う事は、『あれ』がウィローか?」

彼女が指した先、屋敷に上がる木製の階段には、草臥れた黒いウィッチ・ハットと、
同じく草臥れた黒いローブを身に付けた人物が腰掛けていた。
ラントロックが屋敷に目を向けた時には居なかったのだが……。
突然の出現に彼は困惑する。

 「あ、ああ。
  多分……」

外見には見覚えがある気がするが、幼い頃の事だからか、必死に古い記憶を辿っても、
ウィローの魔力の流れを思い出せない。
そもそも彼女は魔力を纏っていただろうか?
確証が持てないので、曖昧な返答をする事しか出来ない。
若いラントロックには、これが「認識を誤魔化す」と言う事だと解らない。

 「先ず、俺が話をする。
  皆は待っててくれ」

彼は警戒しながら、独りウィローと思われる人物に接近した。

 「あの……、ウィローさんですか?」

黒衣の人物は沈黙を貫く。
狼犬達は一斉に彼女の方を向いて、丸で『気を付け<アテンション>』をする様に硬直する。
0381創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:16:19.97ID:RgUwrjN1
その様子を見て、ネーラやフテラは黒衣の人物が狼犬達の「主」だと理解した。
ここがウィローと言う魔女の家で、彼女が狼犬の主ならば、黒衣の人物こそがウィローに違い無いと、
そう確信した。
残念ながら、独り突出して彼女と対面しようとしている、ラントロックには伝わらないが……。
重苦しい沈黙の後、黒衣の人物は嗄れた老婆の声で応える。

 「人の名前を訊くなら、先ず自分が名乗れい」

 「あ、はい。
  俺は……俺は、バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックです」

途中から弱気な態度を改め、毅然と名乗ったラントロックに対して、黒衣の人物は惚けた。

 「聞き慣れない名前だね」

 「貴女はウィローさんで間違い無いですね?」

ラントロックには自信が無かった。
ウィローと会うのは何年振りかの事だが、そこまで老いていた印象は無かった。
急激に老いが進行してしまったか、それとも彼女はウィローではないのか?
常識で考えれば、後者の可能性が高い。
だが、旧い魔法使いとは不可解な存在だ。
ある時に突然衰えると言う事があるかも知れない。

 「貴女がウィローさんなら、以前お会いした事がある筈です」

 「……どうだったかな?」

黒衣の人物は惚け続け、明確な事を言いたがらない。
0382創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:19:00.79ID:RgUwrjN1
ラントロックは面倒になって、魅了を仕掛けようと企んだ。
彼の魅了の魔法に掛かれば、どんな相手も意の儘だ。
回り諄い遣り取りをする必要も無い。
礼節を欠いた行為ではあるが、今は緊急事態なのだ。

 「お願いします、答えて下さい。
  貴女はウィローさんなんですよね?」

魅了の力を声に乗せて、相手の心に添い、溶け込む様に働き掛ける。
彼の声は耳から脳を侵し、快感を刺激して人を誘惑する。
何者も快楽の衝動に打ち克つ事は困難だ。

 「可愛いね、坊や」

老婆の声が若返る。
「可愛い」とはラントロックの行為を言っているのだ。
相手を説き伏せられず、魅了と言う安易な手段に頼った、その幼稚さを。
しかし、当のラントロックには判らない。
魅了が効いた為の発言なのか、それにしては「彼の望む」回答では無い。

 「お願いします」

ラントロックは改めて働き掛けた。
黒衣の人物は深い溜め息を吐き、漸く真面に答える。

 「その媚びた声を止めろ。
  お前は父親に似ず、誠意が足りない。
  憖、能力(ちから)を持つばかりに、浅ましい企みに頼りよる。
  ここに来た目的を言え、『ラントロック・アイスロン』」

彼女の冷淡な声に、ラントロックは恐れと反感を抱いた。
魅了が効かないと言う不安、そして父親の姓で呼ばれた事に対する憤り。
その怯みさえも読み取って、黒衣の人物は厳しい言葉を突き付ける。

 「どうした、魅了が効かない相手とは口が利けないか?
  自分の意に沿わない相手とは、向き合えないか?
  哀れよの」
0383創る名無しに見る名無し
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2018/05/09(水) 19:28:39.99ID:dVaEelHh
ラントロックは開き直って、事情を話した。

 「俺達は、ある組織から逃げて来ました。
  ……匿って下さい」

 「この私が、お前達を匿わねばならぬ理由とは?」

黒衣の人物は嘲る様に言う。
彼女がウィローだとして、どうしてラントロック達を庇わなければならないのか?
今のラントロックには何も答えられない。
黒衣の人物は俄かに優しい声で囁く。

 「何も答えられまい。
  それは、お前の精神の卑劣(さも)しさが故だ。
  父の縁を頼って来たのか?」

ラントロックの父ワーロックと、ウィローは知り合いだ。
父の知人であるウィローを頼りに来たと言えば話は済むのだが、父に反発して飛び出した自分が、
それを口にする訳には行かないと、ラントロックは意地を張っている。
しかし、他にウィローがラントロック達を庇うべき理由は思い浮かばない。

 「……親父は関係ありません。
  お礼はします」

そこで彼は取り引きを持ち掛けた。
黒衣の人物は又もラントロックを嘲笑する。

 「フフッ、『礼』か……。
  何をしてくれると言うのかな?
  私が何かを期待している様に見えるのか?」
0384創る名無しに見る名無し
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2018/05/09(水) 19:31:16.64ID:dVaEelHh
彼女の態度は、取り引きを受け付けない様だった。
ラントロックは困ったが、ここまで来て引き下がる訳にも行かず、勢いで申し出る。

 「俺達に出来る事なら何でも……」

黒衣の人物は声を抑えて笑う。

 「何でも?
  フフフ、『何でも』か……。
  安易に、そんな事を言う物じゃないよ。
  だけど、何でもしてくれると言うなら、して貰おうかな」

彼女は意味深に呟いて、ラントロック達を受け入れる。

 「良かろう、上がれ」

ラントロックは振り返って、ヘルザ等を呼んだ。

 「話は付いた!
  皆、来てくれ!」

ラントロックは黒衣の人物に続いてウィローの住家に上がり、『玄関<エントランス>』で皆が来るのを待つ。
その後、ヘルザ、フテラ、ネーラの順に家に上がった。
狼犬達は庭に残って、銘々に寛ぎ始める。
物珍し気に家の中を見回すヘルザとフテラ。
ネーラは虚ろな瞳で浮いている。
黒衣の人物は無言で、ヘルザとフテラに近付いた。
そして、先ずヘルザに尋ねる。

 「お前の名前は?」

 「わ、私はヘルザ・ティンバーと言います!」

 「何の魔法使い?」

 「な、何の?」

 「どんな魔法を使う?」
0385創る名無しに見る名無し
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2018/05/09(水) 19:32:51.59ID:dVaEelHh
ヘルザは未だ自分の魔法を見付けていない、未熟な魔法使いだ。
どんな魔法を使うかと訊ねられても、答える事が出来ない。
気圧されて口篭っている彼女を見兼ねて、ラントロックが代わりに説明する。

 「彼女は未だ自分の魔法が判らないんだ。
  唯、『共通魔法使いじゃない』って事しか」

黒衣の人物は帽子を少し押し上げて、ヘルザの瞳を見る。
ウィッチ・ハットの隙間から僅かに覗く目の周りの肌は、皺が深く、少なくとも若くはない事が判る。

 「へぇ、そうなのかい……。
  中々珍しい子だね」

次に彼女はフテラの腕を掴む。

 「こっちは人間じゃないね」

 「気安く触るなっ!」

フテラは反射的に手を振り払おうとしたが、どうした事か力が入らない。

 「おっとっと、乱暴は無しだよ」

黒衣の人物がフテラの腕を握る手に力を込めると、フテラは脱力して座り込んでしまう。

 「な、何をした……?」

彼女の疑問には答えず、黒衣の人物は腕を握る手に一層力を込めた。
いや、真実は逆だ。
黒衣の人物が力を込めているのではない。
フテラの力が抜けて行っている。

 「痛い、止めろ!」

フテラの抗議を受けても、黒衣の人物の態度は変わらないが、ラントロックが横から口を挟む。

 「止めて下さい」

そう言って、彼は黒衣の人物の腕を掴んだ。
ローブの上からの感触だが、それは枯れ枝の様な細く脆そうな腕だった。
少し力を込めれば、折れてしまいそうな……。
0387創る名無しに見る名無し
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2018/05/10(木) 19:19:18.75ID:kYVAiD0i
ラントロックは黒衣の人物に尋ねる。

 「未だ答えて貰ってませんけど、貴女はウィローさんなんですよね?」

 「ああ、如何にも。
  私は『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティだ」

彼女は漸く正体を明かした。
何故素直に答えなかったのかと、ラントロックは静かに憤るも、今は庇って貰う立場で、
関係を拗らせてる様な真似をしては行けないと堪え、単純な要求をするに止めた。

 「フテラさんから手を離して下さい」

 「彼女を害する気は無いよ。
  少し話をするだけさ」

しかし、ウィローは応じない。
座り込んだフテラを見下ろして、質問を続ける。

 「お前はフテラと言うのか」

 「フンッ!」

フテラは外方を向いて、口を利いてやる物かと意地になった。
ウィローは柔和な笑みを浮かべる。

 「強がるな、強がるな。
  それ、正体を見せろ」
0388創る名無しに見る名無し
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2018/05/10(木) 19:20:45.71ID:kYVAiD0i
彼女が命じた瞬間、フテラは鳥人から鳥の姿に変じる。
自らの意に反した変化に、フテラは大いに恐慌した。

 「ギャッ、ギャァッ!」

だが、暴れようにも力が入らないので、情け無い鳴き声で喚くしか出来ない。

 「成る程、妖怪変化の類か」

ウィローは独り納得しているが、ラントロックとヘルザは脅威を感じ、身構えた。

 「フテラさんに何をした!?」

ラントロックが驚いて訊ねると、ウィローは小さく笑う。

 「これが私の魔法だ。
  他の連中には『使役魔法使い』と呼ばれている。
  その通り、私の魔法は人や物を『使役』する。
  お前の魔法と似た様な物だよ」

彼女がフテラから手を離すと、フテラは自らの体の支配を取り戻して、人型に戻った。
そして、怯える様にラントロックの背後に隠れて縋り付く。
ウィローはラントロックに目を向けた。

 「な、何ですか?」

その顔は若々しい物に変化している。
同じく、骨だけの様に思えた腕の感触は、何時の間にか温かく柔らかい肉付きに。

 「手を離してくれないかな?
  痛いよ」

 「済みません」

ラントロックは慌てて手を離す。
0389創る名無しに見る名無し
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2018/05/10(木) 19:22:14.75ID:kYVAiD0i
若々しくなったウィローは、改まって一行に告げた。

 「2階の空いた部屋を適当に使って休むが良い。
  余り散らかしたり、汚したりはしないでくれ。
  それとラントロック、ここに残れ」

何か話があるのだろうとラントロックは察して、ヘルザ等に言う。

 「俺の事は気にしないで。
  先に休んでてくれ。
  長旅で疲れてるだろう?」

実の所は不安だったのだが、格好付けて強がった。
心配そうな顔をするヘルザを、フテラが2階に誘う。

 「行くぞ、ヘルザ」

 「あっ……、ラント、気を付けて」

最後に一度だけラントロックを顧みて、ヘルザは2階に上がった。
ウィローは嫌らしく笑って、ラントロックに言う。

 「お供は女だらけか」

彼は眉を顰めて答えた。

 「一緒に反逆同盟を抜けてくれそうなのが、他に居なかったんです。
  俺の『説得』に応じてくれたのが、彼女等だけでした」

 「そう」

ウィローはラントロックの反論を浅りと流すと、真面目な顔付きになって言う。

 「台所に行こう。
  そこで詳しい話を聞く」
0390創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:33:59.19ID:C/U7XVXG
ラントロックは彼女に従って、台所に移動した。
何も置かれていない大きな『食卓<テーブル>』に、2人は向かい合って座る。
先ずウィローが口を開いた。

 「反逆同盟の事は私も知っている。
  碌でも無い事を企んでいる連中だ」

それに対して、ラントロックは反論する。

 「皆、共通魔法社会に居場所が無かったんです。
  俺達も……貴女だって、そうなんじゃないですか?」

 「だから何だ?
  私の様に僻地で細々と暮らしていれば良いではないか」

ウィローは膠も無く切って捨てた。
旧い魔法使いは孤高の存在で、愚衆に理解される必要は無い。
そうした傲慢な考えが、彼女の中にはある。

 「人は誰でも平等でしょう!
  共通魔法使いだろうが、他の魔法使いだろうが!
  どうして共通魔法使い以外は外道と呼ばれて、隠れ住む必要があるんですか」

 「御高説は結構だが、それは『人間』の間でのみ通じる理屈だ。
  私達は人間では無い」

 「卑屈なっ!
  そんなのは負け犬の理屈です!」

 「フフッ、お前には卑屈に聞こえるのか」

若さで逸るラントロックをウィローは嘲笑した。
実際は逆なのだ。
0391創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:35:01.65ID:C/U7XVXG
彼女は大きな溜め息を吐いて、ラントロックに言う。

 「対等だの平等だの、どうでも良い事じゃないか?
  事実は一つ、お前達は反逆同盟から逃げて来た。
  奴等に付いて行けなくなったんだろう?」

色々言い足りない事を抑えて、ラントロックは頷く。

 「……そうです。
  反逆同盟は俺達が居るべき場所じゃないと思いました。
  あいつ等は手段を選びませんし……。
  それに、同盟は長くは保たないと思います」

 「泥舟に乗り続ける積もりは無いと。
  だから逃げて来たと」

 「……そうです」

 「沈まなければ、乗り続けていたかな?」

ウィローの質問に、ラントロックは少し考えた。

 「分かりません。
  でも、どの道あれじゃ上手く行かないと思いました。
  皆、考えてる事が撒(ば)ら撒(ば)らで……。
  何と無く一緒に居るだけで、全然考え方が違うんです。
  自分が支配者になりたい人、とにかく暴れたいだけの人、好きな事が出来れば良いだけの人。
  ……これじゃ共通魔法使いとの戦いが終わっても、何も解決しないんじゃないかって」

ウィローは暫し、品定めをする様な目で、ラントロックを見詰めていた。
0392創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:36:43.87ID:C/U7XVXG
彼女は改めてラントロックに問う。

 「これから、どうする積もりだ?」

 「今は、とにかく同盟から身を隠して……」

 「その後は?」

同盟が倒れた後の展望があるのか?
それにラントロックは答えられない。
具体的に何かをしたいと言う目標は無いのだ。
ウィローは誘導する様に囁く。

 「家族の元に帰る気は無いか?」

 「いや、それは……」

ラントロックは返答を躊躇った。
反逆同盟から離れたとは言え、父との蟠りが解けた訳では無い。
彼が家出した事と、反逆同盟に直接の関係は無いのだ。
ウィローは呆れた風に小さく息を吐く。

 「何をするにしても、お前の自由だ。
  但し、ここに長居させる積もりは無いぞ」

 「有り難う御座います」

ラントロックは小さく頭を下げて、今後に就いて考えた。
反逆同盟が倒れた後、果たして自分達に行き場はあるのか……。
魔女ウィローが言う様に、自分達も又、どこかで隠れ住むしか無いのか……。
0393創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:17:05.29ID:59hMegAI
彼は落ち込んだ気分で、2階に移動した。
2階の廊下の左右には、幾つかの部屋が並んでいる。
階段を上がって直ぐの所で、ヘルザとフテラとネーラが待ち構えていた。

 「お帰り、どんな話だった?」

真っ先にフテラが声を掛けて来る。
ラントロックは困り顔で答えた。

 「取り敢えず、暫く匿って貰える事にはなった。
  余り長居はさせてくれないみたいだけど……。
  『出て行け』と言われるまでは居る積もりだ」

 「解った」

冷静に頷くフテラとは対照的に、不安の拭い切れない顔をするヘルザ。
魅了の力で心神喪失状態のネーラは、無表情で浮いている。
フテラは続けて、ラントロックに問う。

 「所でトロウィヤウィッチ、どの部屋を使う?」

 「どの部屋?」

 「私達は、それぞれ別の部屋で休む事にした」

 「そう。
  俺も適当に空いた部屋を使うよ。
  どの部屋が空いてるかな?」

特に何とも思わず、そう答えたラントロックを、フテラは止める。

 「私と一緒に寝ないか?」
0394創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:19:12.47ID:59hMegAI
ラントロックはフテラに目を向け、露骨に不満の表情を見せた。

 「そんな事、言ってる場合じゃないよ」

 「こんな時だからこそなんだが」

フテラは彼の首に腕を回し、肌を摺り寄せる。
何と無くラントロックは、ヘルザに視線を送った。
彼女は睨む様な目で、ラントロックとフテラを見ている。
それに慌てたラントロックは、フテラの瞳を覗き込んだ。

 「止めてくれよ」

 「あっ」

魅了の魔法を掛けようとしていると感付いたフテラは、赤面して目を逸らす。

 「危ない、危ない……」

 「欲求不満なら解消して上げようかと」

 「欲求その物を抱かない様にするのは、無しにしてくれ」

 「尽き果てるまで、満たして上げる事も出来るけど」

 「い、いや、そこまでは……」

 「ああ、そう」

ラントロックは強がった裏で安堵の息を吐くと、ヘルザに尋ねた。

 「どの部屋が空いてる?」
0395創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:23:06.98ID:59hMegAI
ヘルザは階段側から見て、廊下の右に並ぶ2番目の部屋を指した。

 「ここから先は全部」

 「じゃあ、ここにするよ。
  皆、十分に体を休めてくれ」

ラントロックは右側2番目の部屋に入ると、戸を閉めて、大きな溜め息を吐いた。
彼は慣れない長距離移動で疲れていたし、ウィローとの会話でも神経を使った。
部屋の中に1つ置かれた『寝台<ベッド>』に横になった彼は、大きく深呼吸をして目を閉じる。
木造の部屋は古い木材の独特の匂いがあり、砦の石造りの部屋より温か味を感じる。
それは彼の生家を思わせる為だ。
ラントロックの頭の中を、過去の記憶が巡る。
――彼は微睡(まどろみ)の中で、「家族」を思い出していた。
ソーダ山脈を越える途中で、ヘルザが憊(へば)り、足が痛いと言い出した。
大声で喚いた訳ではなく、控え目な主張だった。
それは幼い頃のラントロックその儘だった。
尤も、彼の場合は父親に甘えるのが嫌で、限界まで耐えていたのだが……。
ラントロックは父親に背負われて山を越えたが、同じ様にヘルザを背負ってやる事は出来なかった。
結局フテラが彼の代わりに、ヘルザを負ぶって歩いた。

 (もっと体力を付けないと……。
  親父に負けない様に)

脚が筋肉痛で張っている。

 (あの時は……。
  そう、義姉さんが共通魔法で治してくれた)

ラントロックは父親に治して貰うのが嫌だった。
本当は義姉のリベラにも治して貰いたくはなかった。
甘えた弱い男だとは思われたくなかった。
0396創る名無しに見る名無し
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2018/05/13(日) 16:37:41.70ID:Ikz0nvtC
 (あぁ、ヘルザも今頃は痛む足を気にしているのかな……。
  彼女も共通魔法は使えないんだった。
  俺に共通魔法が使えれば……?
  否、俺は魅了の魔法使いなんだ)

便利な共通魔法を使えればと思う気持ちと、母親から受け継いだ魔法を大事にしたい気持ち。
魅了の魔法がある限り、ラントロックは共通魔法使いにはなれない。
魔力の流れを共通魔法の発動に合わせる事には、強烈な違和感がある。
それが先入観に因る物か、生理的な嫌悪なのかは判らないが……。

 (大人になりたい。
  力強くて、頼れる大人に。
  ……親父みたいな?
  違う、親父より強く)

願う心は強くとも、それだけで強くなれる程、世の中は都合好く出来ていない。
彼の頭の中に、父の言葉が浮かぶ。

 (ラント、武術を始める気は無いか?
  長い人生、魔法に頼れない状況が出て来るかも知れない。
  そう言う時の為に、普段から体を鍛えて、動ける様にしておいた方が良いぞ)

ラントロックの父親は、息子との接点を持とうと、よく武術の訓練に誘った。
しかし、父親に反発していた彼は、素直に付き合う気にはなれなかった。
その代わりに義姉のリベラが、父に武術の手解きを受けた。

 (私が留守の間、家を守るのはラント、お前だ。
  お母さんや、お姉さんを守れる様にならないと行けない……とは思わないか?
  ……無理強いはしないが)

彼は母親譲りの魅了の魔法があるから、体を鍛える必要は無いと思っていた。
だが、現実そうも行かない様である。
0397創る名無しに見る名無し
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2018/05/13(日) 16:39:35.50ID:Ikz0nvtC
ラントロックは何時の間にか眠りに落ちていた。
目を覚ました時には、既に辺りが暗んでいる。

 「……寝過ごしたか」

余程疲れていたんだろうと反省しつつ、彼はヘルザ等の様子を窺いに行く。

 (お腹が空いて来る頃じゃないかな?
  ここまで大した食事も出来なかった。
  ウィローさんは食べ物を用意してくれるかな……)

彼は先ずヘルザの所に行こうと思ったが、部屋が判らない。

 (あぁ、どこで休んでるか聞いてなかった)

適当に部屋を空けて行けば良いかと、ラントロックは先ず隣の部屋の戸をノックする。
所が、反応が無い。

 (……寝てる?)

彼は静かに取っ手を掴んで回す。

 (鍵は掛かってない)

寝ているなら起こさない様にしようと、彼は音を立てずに戸を開けて、中を窺った。
部屋の中央には水球が浮いている……。

 (あっ、ネーラさんの部屋か)
0398創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/13(日) 16:45:26.71ID:Ikz0nvtC
ラントロックは水球の中で丸まっているネーラに話し掛ける。

 「ネーラさん」

彼の呼び掛けに、ネーラは目を開けて、水球から上半身を出した。
ラントロックは指を鳴らして、彼女の精神支配を解く。
正気を取り戻した彼女は、辺りを見回した。

 「あっ……」

支配されている間も記憶はあるが、それは夢を見ていた様な感覚。
朧気であり、現実感が無い。

 「安心して。
  ここは俺の知り合いの魔女の住家だ。
  今、匿って貰ってる」

ラントロックに説明されたネーラは、安堵とも不安とも付かない表情で溜め息を吐く。
それを心配したラントロックは念を押す様に彼女に告げる。

 「もう大丈夫だよ」

 「……済まぬ。
  彼(あ)の方を裏切ったのだと思うと、気が重くてな」

自分は信用されていないのかと、ラントロックは少しショックを受けた。
同盟の長であるマトラの真の強大さを彼は未だ知らない。
知ってしまえば、どんな状況でも「安心」は出来ないと悟ってしまうだろう。
ラントロックは苦々しい気持ちでネーラに尋ねた。

 「未だ正気を失った儘の方が良い?」

裏切りを心苦しく思うのであれば、「魅了された」と言う建て前で、過ごさせる事も出来る。
その方が気が楽だとネーラが言うのであれば、彼女が安心出来る時が来るまで、
そうしても良いとラントロックは思っていた。
0399創る名無しに見る名無し
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2018/05/14(月) 20:57:00.52ID:bN/0WFrs
ネーラは水球に潜り、その場で旋回しながら考える。
数極間、体を動かした後、彼女は再び浮上して答えた。

 「……いや、ここまで来たら、私も覚悟を決めるよ。
  主は私を連れて逃げてくれた。
  その恩に報いなくてはな」

ネーラの瞳は不安に揺れているが、同時に決意が本物と言う事も伝わる。
ラントロックは力強く頷いて、彼女に言う。

 「有り難う。
  俺は何があっても皆を守る」

ネーラは本気になったマトラから、彼が仲間を守り切れるとは少しも思っていなかったが、
その心意気は嬉しかった。

 「トロウィヤウィッチ……。
  いや、何でも無い。
  信じているよ」

ネーラは水球に沈んで、再び旋回を始める。
今後起こるであろう事態に、どう対応した物か悩みながら。

 「ああ、俺も信じてる」

もしかしたら、ネーラは同盟に戻りたがるかも知れない。
彼女のマトラに対する畏怖の感情と忠誠心は、ラントロックには理解し難い。
それでもラントロックはネーラが裏切らない方に賭けて、再び魅了する事はしなかった。
0400創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/14(月) 20:59:33.70ID:bN/0WFrs
退室した彼は、次に向かいの部屋の戸を叩いた。

 「誰だ?」

返って来たのはフテラの声。

 「俺だ、トロウィヤウィッチだよ、フテラさん」

 「ああ、入って」

彼女は警戒を解いた穏やかな声で、入室を許可する。
ラントロックは静かに戸を開けて入室した。
鳥人形態のフテラはベッドの上で、長い脚を畳んで座っていた。

 「何か用か?」

フテラの問いに、ラントロックは少し困った顔をして答える。

 「特に用って程でも無いけど。
  どうしてるかなと思って。
  疲れてない?」

 「疲れていないと言えば嘘になるが、大した事は無いよ」

 「お腹空いたりは?」

 「別に。
  食わないなら食わないで何とでもなる」

先程から否定の言葉が続くのが、ラントロックは気になった。

 「機嫌悪い?」

 「そんな事は無い」

フテラは鼻で笑うが、又否定の言葉を告げられたので、ラントロックは思案する。
こう言う時の女性の扱いを、彼は幼い頃から知っている。

 「……一緒に付いて来てくれて、有り難う」

不意に礼を言われて、フテラは面食らった。

 「あっ、いや、気にするな」

彼女は照れ隠しする様に、翼に顔を埋めると、鳥の姿になって目を閉じた。
もう話をする積もりは無い様子。
0401創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/14(月) 21:02:40.96ID:bN/0WFrs
 「それじゃ又後で」

そう告げるとラントロックは退室して、今度は隣の部屋に向かった。
ここにはヘルザが居る筈である。
ラントロックはノックして許可を求める。

 「ヘルザ、俺だ、ラントロック。
  入って良いかな?」

 「あ、良いよ」

少し慌てた声で反応がある。
ラントロックは意識して短い間を置き、戸を開けた。
ヘルザはベッドに腰掛けている。
表情は笑顔だが、隠し切れない疲れが見える。

 「お休みの所、御免。
  どう、変わり無い?
  足の痛みは?」

 「……未だ少し。
  でも、大丈夫、怪我した訳じゃないから」

ヘルザは脚を擦りながら答えた。

 「診せて」

ラントロックは彼女に近寄り、足の具合を診ようとする。
躊躇いと抵抗感を見せるヘルザだが、ラントロックは気にしない。
彼には下心が無い分、配慮が欠けていた。
0402創る名無しに見る名無し
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2018/05/15(火) 19:12:55.55ID:ftm9Dagk
ラントロックはヘルザに対して、ベッドの上に足を投げ出す様に指示をする。
彼女は恥じらっていたが、空気に流されて言われるが儘にした。
靴を脱いだヘルザの足の裏と踵の辺りには、肉刺が出来て皮が剥けていた。
靴擦れに因る物と思われる。
その痛々しさに、ラントロックは眉を顰める。

 「どうにか治せれば良いんだけど……。
  薬が無いか、ウィローさんに聞いてみるよ。
  脹脛や足首、膝に痛みは?」

 「少し……」

 「余り痛みが長引く様だったら、治療法を考えないと」

症状を聞きながら、ラントロックは共通魔法が使えればと悔やしがった。
今まで、そんな風に考えた事は一度として無かった。
何か自分に出来る事は無いかと、彼は懸命に気を使う。

 「お腹は空いてない?」

 「一寸だけ」

ヘルザは控え目に空腹を訴える。

 「食べ物を分けて貰えないかも聞いてみる。
  待ってて」

そう言うと、ラントロックは退室して、1階に降りた。
0403創る名無しに見る名無し
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2018/05/15(火) 19:14:26.72ID:ftm9Dagk
匿わせて貰っている立場で贅沢が言えない事は承知だが、食事が無ければ困る。
1階でラントロックはウィローを探した。
各所に明かりこそ点いているが、どれも弱々しく、配置も疎らで全体的に屋敷は薄暗い。
そんな中で彼は数点歩き回ったが、ウィローの姿は見当たらなかった。
台所にも居間にも玄関にも誰も居ない。
寝室には鍵が掛かっているが、明かりは点いておらず、人の気配はしない。
ラントロックはウィローを探して屋敷の中を彷徨いていた所、地下へ続く階段を発見した。

 (この下に……?
  とにかく行ってみよう)

地下への階段の先は、真っ暗で何も見えない。
辛うじて足元が見える程度。
ラントロックは勇気を出して、階段を下りる。
冷たい煉瓦の壁に手を添え、段を踏み外さない様、慎重に。
一つ一つの段は大きく、やや急だ。
転げ落ちたら大惨事。
唏驚(おっかなびっく)り歩いていると、目の前に人影が現れる。

 「うわぁっ!?」

驚いて仰け反るラントロック。
人影の正体はウィローだった。
彼女は呆れて笑う。

 「そんなに驚かなくても……。
  この下は私の『呪術室<ウィッチン>』だけど、何か用なの?」

ウィローの声は中年の小母さんの様。
ラントロックは咳払いをして、単刀直入に依願した。

 「食べ物を分けて頂けませんか?
  それと傷薬も欲しいんですが……」
0404創る名無しに見る名無し
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2018/05/15(火) 19:14:47.01ID:ftm9Dagk
ウィローは物言いた気な顔をしながらも、特に文句は言わず、短く告げる。

 「付いて来て」

彼女の口調が少し柔らかい物に変化している事に、ラントロックは気付く。

 (お婆さんだったり、若く見えたり、今は小母さん……。
  見た目に応じて性格も変わるのか?
  この人は、どうなってるんだ?
  もしかして本当に別人の可能性も?)

同盟に居た魔法使いとも違う、奇妙な魔法使いの在り方に、彼は困惑した。
ウィローは1階に戻ると、台所に向かう。
そこから彼女は物置に入った。

 「食料ねェ……。
  独り暮らしが長かった物だから……。
  干物と漬物しか無いねェ。
  お酒なんか飲ませらんないし、『砂糖菓子<コンフェイト>』食べる?」

ウィローは物置を漁りながら、発掘した物をラントロックに押し付ける。
『乳酪<チーズ>』は乾き切っており、石鹸の様。
恐らく野菜の漬物だったであろう代物は、古漬けを通り越して、縮み過ぎている上に黒くなっており、
元が何だったのかも不明。
砂糖菓子は半ば溶け掛かっており、球形を保っていない。
食卓に出した所で、ヘルザは当然の事、フテラもネーラも受け付けないだろう。
ラントロックは試しに、乳酪を齧ってみた。
塩味が強く、食感は最悪だが、何とか食べられない事は無い。
漬物の方は塩辛く、こちらは単体では食べられそうに無い。
干し肉や砂糖菓子は、先ず先ず「美味しい」と言って良い。
他に食べる物を選べる状況であれば、その限りでは無いかも知れないが……。
0405創る名無しに見る名無し
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2018/05/16(水) 19:08:41.99ID:40Pihsca
ラントロックは母親っ子だったので、よく料理をする母親を手伝った経験から、料理は得意だった。
その才能は反逆同盟の拠点でも活かされた。

 (塩気は十分、糖分も酸味もある。
  味を調えれば、それなりの物になる筈)

多少手を加えれば、ここにある物も美味しく食べられるのではと彼は考える。
そこで彼は食材を抱えて、ウィローに尋ねた。

 「台所を借りても良いですか?」

 「えっ、ああ」

彼女は面食らった様子で、一瞬迷うも頷く。

 「あんたが料理するのかい?」

 「ええ」

早速ラントロックは台所で調理を始めた。
鍋に水を張り、竈の中に薪を重ねて火口(ほくち)を添える。
その様をウィローは静かに見守っていた。
竈に火を入れようとしたラントロックだが、火種が無い事に気付く。

 「ウィローさん、燐寸はありませんか?」

 「さて、あったかな?
  最近使った記憶が無い」

 「明かりに使う火は、どこから取ってるんです?」

 「地下の大釜から、絶えずの火を分けている」

地下の火を今から取りに行くよりも、燭台から火を取る方が早いと感じたラントロックは、
乾いた細い薪に蝋燭の火を移した。
0406創る名無しに見る名無し
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2018/05/16(水) 19:11:19.57ID:40Pihsca
細い薪に燃え移った火を、火口で大きくし、積み重ねた薪に更に燃え移らせる。
火は徐々に大きくなって、竈から食み出す程になった。
鍋を火に掛け、湯が沸くまでの間、ラントロックはウィローに尋ねる。

 「傷薬の方は、どこにありますか?」

 「調合した薬草なら何種類か持ってるけど、症状は?」

 「筋肉痛と、肉刺が潰れたのと。
  関節痛に効く薬もあれば嬉しいです」

 「分かった、探しておこう。
  あんたは調理を続けてなさい」

ウィローはラントロックに告げると、台所から出て行った。
ラントロックは干し肉を湯に浸し、柔らかくして、塩気と旨味を出す。
彼は薪を弄り、湯加減を見ながら、他の食材を並べて思う。

 (……彩りが足りない。
  青味が欲しいな。
  その辺で摘んで来ようか)

森の中だから食べられる野草は幾らでも生えているだろうと、彼は安易に考えていた。

 (未だ真っ暗じゃない。
  香草の類なら、直ぐ近くでも見付かるかな?
  油菜の仲間か、芹とか蓼も生えてると良いけど。
  最悪、無くても良いか)

ラントロックは火を弱め、本の数点、食卓に彩を添えられる野草を探しに出掛けようと決める。
0407創る名無しに見る名無し
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2018/05/16(水) 19:13:24.20ID:40Pihsca
庭に出た彼は、地上の植物を観察しながら歩く。

 (そう都合好く、食べられる野草は見付からないか……。
  食えそうなのは、野良豆と酸葉しか見当たらない)

もっと良い物は無いかと歩き回っていると、大きな木が目に入った。
その幹には傷が付けてあり、白い樹液が幹に巻き付けられた容器に集められている。

 (これはモールの木だな。
  木の実は甘くて美味しいんだっけ。
  俺は食べた事無いけど。
  でも、時期じゃないな。
  残念。
  そう言えば、モールの樹液は魔力を通さないとか何とか……。
  だから『魔除けの木』だとか親父は言ってたな)

もしかしたら、このモールの木が外敵の目を誤魔化してくれているのかも知れないと、
ラントロックは思う。
樹液を採取しているのも、何か使い道があるからなのだろう。
それから少し辺りを歩き回った彼だが、他に手軽に食べられそうな野草は見付けられなかった。

 (結局、野良豆と酸葉だけ……。
  まあ良いや)

未だ調理の途中で、長時間離れるのは良くないと、ラントロックは採取した野良豆と酸葉を、
両手に抱えて屋敷に向かった。
その時、背後から声が掛かる。

 「斯様な所に居ったか、トロウィヤウィッチ」

彼は慌てて振り返った。
声の主は吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカ。
0408創る名無しに見る名無し
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2018/05/17(木) 21:12:06.22ID:lOvthQQE
彼女は笑みを浮かべ、ラントロックを詰る。

 「我との『約束』を忘れた訳ではあるまいな?」

 「約束……?」

本気で何の事か忘れていた彼は、思い出そうと必死に記憶の糸を手繰る。
中々思い出せない様子のラントロックを見て、フェレトリは呆れた。

 「ここまで軽んじられていようとは」

 「あっ、吸血の事か!」

漸く思い出した彼は、高い声を上げて目を見開く。
ラントロックはフェレトリに定期的に血を与える約束をしていた。

 「そうだ、戻って来い、トロウィヤウィッチ」

フェレトリは満足気に頷き、嫌らしく笑む。
だが、ラントロックは彼女の誘いには乗らない。

 「嫌だ。
  もう同盟には戻りたくない」

彼は淀み無く言い切る。
フェレトリは戯(おど)けて尋ねた。

 「何故?
  今更、同盟の活動に疑問を持ったのか?
  人間の正義に目覚めたとでも?
  そうでは無かろう。
  共通魔法社会に帰属する積もりも無かろうに」

 「同盟には未来が無い」

 「ハハハ、何を根拠に?
  予知魔法使いでもあるまいに」

彼女はラントロックを物を知らない子供の様に扱う。
0410創る名無しに見る名無し
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2018/05/17(木) 21:13:30.91ID:lOvthQQE
事実、ラントロックは無知な子供だ。
悪魔や魔法使いに関しては疎(おろ)か、同盟を率いるマトラの強大さも知りはしない。
それでも彼は言う。

 「同盟なんて名前だけだ。
  皆、考えてる事が違う。
  最後には意見の違いから反発し合って、散り散りになってしまうよ」

 「マトラ公(きみ)が御坐(おわ)す限りは、無用な心配よ。
  戻って来い、トロウィヤウィッチ。
  今なら許してやる。
  残された獣人の娘と、昆虫人の娘も、そなたの帰りを待っておるぞ」

置いて行ったテリアとスフィカの事に触れられ、ラントロックは少し心が揺れた。
しかし、彼女等は自分の意思で同盟に残ったのだ。

 「俺は戻らない」

改めて宣言したラントロックは、フェレトリを魅了すべく睨み付けた。
伯爵級の実力を持つフェレトリには、魅了の効果は薄いのだが、他に出来る事は無い。
ラントロックの視線をフェレトリは堂々と受け止めて笑う。

 「ククク、無駄な事を……。
  そなたの行為は、飢えた獣に肉を差し出すに等しい」

魅了の魔法は強敵相手には逆効果になる場合がある。
執着心や征服欲を刺激して、制御不能になる虞があるのだ。
それを覚悟で、ラントロックは魔法を仕掛けた。
魅了は自らの存在を相手に認識させる事から始まる。
外貌や仕草によって目を侵し、声や音によって耳を侵し、香気によって鼻を侵し、触れては肌を侵す。

 「なら、食ってみるか?」

ラントロックはフェレトリを挑発した。
0411創る名無しに見る名無し
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2018/05/17(木) 21:13:59.33ID:lOvthQQE
肉を持つ者は肉の定めには逆らえない。
フェレトリも肉体を持って現世に降臨しているのだから、それは同じ事。
目で光を捉え、耳で音を拾い、鼻で匂いを嗅ぎ、舌で食を味わい、肌で風を感じ、足で土を踏む。
ラントロックの自信に満ちた態度から、フェレトリは罠だと察して、吸血を躊躇った。

 「どうした?
  怖いのか?」

ラントロックは「女」が相手なら勝てると思っていた。
彼は両手を広げて、フェレトリを誘う。

 「血が欲しければ、幾らでも吸うが良い。
  だけど、只で済むとは思わない事だ」

ラントロックの声がフェレトリの耳を通って、彼女の頭で反響する。
強烈な衝動を感じた彼女は、誘惑されていると自覚した。

 「わ、我は誇り高き悪魔貴族。
  高位貴族の伯爵であるぞ。
  我が吸血するのではない。
  そなたが血を差し出せい」

フェレトリは強大な魔法資質でラントロックを威圧するが、全く通じなかった。
彼の魔法資質を悪魔貴族の階級に当て嵌めても、子爵級が精々。
悪魔伯爵のフェレトリには、遠く及ばない筈である。
それにも拘らず、ラントロックが平然としているのは何故なのか?
魔法資質の差に脅威を感じるのは、悪魔の魂を持つ者の本能で、無視出来る物では無いのに……。
その理由はラントロックがトロウィヤウィッチの子である為。
彼の母カローディアは、強大な悪魔の魂を宿していた。
常に母の傍に居たラントロックは、強大な力に対する精神的な免疫力が鍛えられているのだ。
0412創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:29:13.95ID:BkyzAlhk
威圧が通じないのであれば、実力行使するより他に無い。
フェレトリは身に纏う血の衣から多量の鼠を生み出し、ラントロックを牽制した。

 「吸血するにしても、我が直接手を下す必要は無いのであるよ。
  我は配下を介して、間接的に血を得る事も可能なのである。
  さて、鼠の凶悪さは存じておるかな?
  飢えた鼠は何でも食らう。
  生きた儘、貪り食われたくなくば、跪きて寄れ。
  獣の様に四足(よつあし)で這いてな」

彼女は逸る気持ちを抑えて、ラントロックに命じる。
所が、彼は応じない。

 「俺を鼠に食わせる?
  そうじゃない。
  それじゃ『面白くない』だろう?
  栄養は同じでも、冷めたスープを飲むのか?
  触れ合う事が出来るのに、眺めるだけで満足なのか?」

ラントロックは自らフェレトリに向かって、一歩踏み出した。

 「フェレトリ、貴女の強さは知っている積もりだ。
  俺なんかより遙かに強いと言う事も。
  でも、俺は負けない」

フェレトリには彼の声が益々魅力的に聞こえる。
徐に歩みを進めて、距離を詰めて来るラントロックが、彼女は恐ろしい。

 「……来るな」

彼女は片足を後ろに引いた所で、これ以上は退がれないと思い止まる。

 「ああ、四足で這って来ないと行けなかったかな?」

ラントロックは強がりの笑みを見せ、フェレトリと1身の距離まで近付くと、その場で膝を突き、
彼女を見上げた。

 「お望み通り、来てやったぞ。
  ここから、どうやって吸血する?」
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