長編っぽいものの一部です。
よろしくお願いします🙏
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「いい小説を書く作家の条件」
左手の中指と人差指に挟んだセブンスターの先端を空気清浄機の吸気口に向け、
長年の喫煙のおかげでしっかりヤニがこびりつき黄ばんだ天井を仰ぎながら、やつはそう呟いた。
「なんだと思う」
何重もの意味で、くだらない。
愚問、という言葉はこういうときのためにあるに違いない。だいいち、やつはほとんど小説を読まない。
小説どころか、テレビのバラエティ番組のテロップ以外の字を読んでいるところをほとんど見たことがないほどだ。
それに、"いい"と一言にいっても、世の中の芸術と呼ばれるもののほとんどがそうであるように、その小説がどれだけ素晴らしいものであるかどうかを定量的に評価し得る手段などない。
僕は質問の答えを考えるふりをしながら、やつの浅薄な発言を非難するための言葉を頭の中で懸命に組み立てていた。
灰がセブンスターにくっついたまま、収穫直前の稲穂のごとくこうべを垂れている。空気清浄機が煙を吸い込みつづける。
この空気清浄機は、やつの家に勤め始めてから常にやつの煙草の煙を吸い込み続けている。
実に10年間。永遠に終わることのない仕事。
埃を箒で部屋の隅に寄せ集め、ちりとりに乗せ、いざそれをゴミ箱に入れようというところで誰かがその手をはたき、埃が再び床にばら撒かれる。
それをまたせっせと集める。また誰かがその手をはたく。そういう作業。この世のありとあらゆる「不毛」も彼の生涯に比べれば可愛いものだ。
彼が心を持たない機械であることは、そういう作業を恒久的に続けなければならない運命にある身として、僥倖と言って良いだろう。
彼が人間だったらとっくに気が違ってしまっているだろうし、きっと肺は中学校の時に配られた喫煙防止のパンフレットに乗っている写真のそっくりそのままにどす黒く染められているに違いない。
受動喫煙の全国大会があれば結構いいとこまでいけるだろう。
あるいは、やつを相手取って身体的、精神的な健康の損害賠償を求めて訴訟を起こすかもしれない。