歪な出会いは

何故、この子は深雪じゃないんだろう。
伏し目がちにこちらの様子を窺ってくる見合い相手を前に、僕は最低なことを思ってしまう。
深雪のことはずっと知りたくて知りたくて、どんな女だろうと許す覚悟があって、
その唇がどんな色に染まろうと好きでいられたのに、今目の前にある色の薄い唇には驚くほどそそられない。
良い子ではあるんだろう。ただ、それだけだ。
「小川さん」
不意にその小さな唇が開く。
「その、月並みですが……ご趣味は?」
「深雪」、と答えそうになった。
以前はあてもなくバイクを走らせたり一人山に挑んだりすることが趣味と言えば趣味だった。
だが今では、どんな地へ行ってもここに深雪がいない違和感に襲われる。
「昔は……、色々あったんですが、最近はどうもさっぱりで。歳ですかね」
そう、深雪がいなくなってから僕は実際には一つ歳を取り、精神的にはジイサンになっちまった。
いつまでも少年の心を持った男は死んだ。そして心にもないおうむ返しをする。
「……春野さんはどうです? ご趣味は?」
「私は……、恥ずかしながら、曲を作ってまして」
「へえ、なかなか難しそうなことをしてらっしゃるんですね」
適当に話を広げながらも、聞いてみたい、とは言わない。そう言えば次に繋がってしまうから。
この子にはもっといい相手がいるんだ。
「……今度、お聞かせしますね」
春野さんの瞳が爛々と光った。
参ったな。

春野さんは透き通るような歌声の持ち主で、こんな美しい声がこの小さな唇から出るものかと感心はしたものの、
それでも良い歌手としてしか見ることが出来ず、やはりこの先進んでいくことはないのだろうと内心思う。
春野さんは高らかに歌い続ける。
申し訳ないけど、僕の心は深雪で占められているんだ。
春野さんの曲が、他の女を思っていつも上の空状態の男を想い続ける少女を書いた歌詞のものになった。
まるで自分が責められているようだ。
この曲が終わったら、交際のお断りを切りだそう。
そう決心したのに、春野さんは遮るように話し始める。
「この曲はですね、五年前からの私の恋の物語なんですよ」
五年? 僕は目を瞬かせた。春野さんは、僕の後ろに誰かでもいるように優しい視線を送った。
「ええ、私は他に好きな人がいるんです。振り向いて貰えない人が」
深雪のイメージが鮮明に浮かび上がる。春野さんの曲が、急に僕に染み渡る。
「だから小川さんと一緒なんです。これからは共犯者として、付き合って貰えますか?」
歌うように問いかける春野さんの言葉に、僕は頷くしかなかった。