【ファンタジー】ドラゴンズリングV【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
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――それは、やがて伝説となる物語。
「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。
大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。
竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。
ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし (1つの章は平均二か月程度)
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり(ただしスレの形式上敵役で継続参加するには工夫が必要)
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
避難所の有無:なし(規制等の関係で必要な方は言ってもらえれば検討します)
新規参加者は常時募集していますので、参加希望の方はまずはこちらのテンプレで自己紹介をお願いします。
(単章のみなどの短期参加も可能)
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:(大体の体格でも可)
種族:
職業:
性格:
能力:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50 第一話『灼熱の廃都』(1スレ目〜89)
赤い風の吹き荒ぶ、灼熱の聖域――イグニス山脈。
ヴィルトリア帝国南部に連なるその魔境に、ただ一人で歩を進める男が居た。
彼の者の名は、アルバート・ローレンス。帝国が誇りし七人の黒騎士の一角であり、黒竜騎士の称号を持つ男だ。
そんなアルバートは、世界中を震撼させている古竜(エンシェントドラゴン)をも操ることが出来ると言われている竜の指輪の捜索を命じられ、遥々このイグニス山脈にやって来たのであった。
そして、アルバートが山道を歩いていると、彼を獲物と見なしたジオリザードマンたちが現れた。
それらを魔剣レーヴァテインで蹴散らしている最中、自らをハイランド連邦共和国の名門魔術学園であるユグドラシアの導師だと名乗ったエルフ、ティターニアと邂逅する。
ティターニアとの共闘でリザードマンを全滅させたアルバートが、彼女の話を聞いてみれば、どうやら自分と同じような目的でこの場所に来たのだと分かる。
このままティターニアと共に探索を続けるべきか考えていた時、二人の前に現れたのは伝説の古代都市の守護者――スチームゴーレムだった。
古代文明の叡智の結晶である強敵と対峙し、途中で合流したハーフオークのジャンや、アルバートを付け回すコインという犯罪奴隷の協力もあり、一行はゴーレムを撃破することに成功。
一体何故、とうの昔に滅びた古代都市の護り手が、まだ活動を続けているのか。
そんな疑問は、次に取ったアルバートの行動によって、すぐに払拭されることとなる。
周囲の風景に違和感を覚えたアルバートは、魔術効果さえも燃やし尽くすことができるレーヴァテインを振り、辺り一面を覆っていた幻術を見事に焼き払う。
すると、その中から現れたのは真紅に彩られた美しい街並み。かつて栄華を誇った四大都市の一つ、灼熱都市ヴォルカナの遺跡に他ならなかった。
考古学者でもあるティターニアが、浮かれた足取りで街の中を駆け回っていると、次いで現れたのは幻の蛮獣ベヒーモスと、その上に跨った赤い髪の少女だ。
赤髪の少女は、指輪の元までアルバートたちを案内すると言い、途中で強引に割り込んできた格闘士のナウシトエも加えつつ、一行はヴォルカナの神殿へと向かう。
そして、ようやく辿り着いた遺跡の最奥部で始まったのは、ベヒーモスと対峙するという試練だった。
アルバートはその突出した力を以てベヒーモスと拮抗し、ティターニアは空間の属性を塗り替える大魔術の詠唱を開始。
ジャン、コイン、ナウシトエらの時間稼ぎの甲斐もあり、発動したティターニアの魔術によって、灼熱のマグマは一変。
突如として極寒の風が吹き荒れ始めた洞窟内で、ベヒーモスの動きは明らかに精彩を欠き、その隙を狙ってアルバートの剣が敵の右腕を断つ。辛くもこれを討ち倒すことに成功した。
彼らを試練を越えた勇者と認め、赤髪の少女――いや、焔の竜イグニスは、ドラゴンズリングに関わる伝説を語り始める。
だが、遂に差し出された指輪を前にして、暴走とも呼べる行動を取ったのはナウシトエだった。
ナウシトエは素早く奪い去った指輪を飲み込むと、その肉体が竜の魔力によって、化け物じみた姿へと変貌する。
この騒動でアルバートは彼女を帝国の敵と見なし、今にも戦いの火蓋が切って落とされようとした時、またしても事態が急変する。
虚空を斬り裂く氷の槍に貫かれ、あっけなく絶命するイグニス。
そして、空中に開いた黒い穴から現れた、神話の登場人物のように美しい男。
それはかつてのアルバートの親友であり、現在はダーマ魔法王国の宮廷魔術師を務める天才。白魔卿の異名を持つ、ジュリアン・クロウリーだった。
憎むべきジュリアンを前に激昂したアルバートは、地を駆け抜けて斬り掛かるが、しかしその剣は悪魔の騎士(デーモンナイト)によって阻まれる。
ジュリアンの護衛であるその騎士と剣戟を交え、無残にも完敗したアルバートは、胴体に強烈なダメージを負って倒れ伏す。
そして、仲間たちもジュリアンの行使する魔術の前に手も足も出ず、為す術もないまま、ナウシトエが腹に抱えた指輪を奪われてしまった。
ティターニアは最後の精神力を振り絞って転移魔術を発動し、満身創痍のアルバートらを、麓のカバンコウまで送り届ける。
傷付いた一行は体を休めながら、それぞれに思いを馳せ、その上空には町並みを照らす黄金色の満月が浮かんでいた。 第二話『海精の歌姫』(1スレ目90〜262)
イグニスが遺した言葉を手掛かりに水の指環があると思われるアクア海溝を目指すことにした一行は
海溝に向かう船を手に入れるために自由都市カルディアを訪れた。
街の中を歩いていたところ、物乞いらしき少女が店主に痛めつけられている現場に遭遇。
なんだかんだで少女を助けた一行は、少女から遺跡や指環に関する情報収集を試みる。
情報提供として少女が歌った歌は素晴らしく美しく、歌詞には「ステラマリス」「人魚」という言葉がちりばめられているのであった。
そんな中、街の衛兵が少女を監視していることに気付き警戒していたところ、港で爆発火災が発生。
駆けつけてみると、反帝国レジスタンスの海賊「ハイドラ」による襲撃であった。
帝国騎士であるアルバートを中心とする一行は、必然的に消火・鎮圧に協力することとなる。
火災がほぼ鎮火しひと段落と思ったのも束の間、港に突如巨大な船が現れ、街に砲撃を開始した。
その船を指揮するのは、ハイドラの首領エドガー・オールストン。
エドガーの狙いは、帝国打倒のために、実は特殊なセイレーンである少女の「滅びの歌」を発動させることであった。
ジャン・ティターニア・ナウシトエは港にてエドガーと戦闘を開始。
一方、敵に路地裏に誘導されたアルバートとそれを追いかけていったコインは、路地裏にてハイドラ団員と戦闘を開始する。
エドガーは予想以上に強く、苦戦するジャン達。
追い詰められて絶体絶命のピンチに陥ったところ、津波のようなものが来て、ジャンとティターニアは暫し気を失うのであった。
気が付いてみると、ジャンとティターニアは美しい人魚の姿になった少女に手を引かれて海の中を進んでいた。
(尚、アルバート・コイン・ナウシトエの三人は戦闘の混乱で消息不明になってしまった)
少女の正体は、セイレーンの女王にして海底都市ステラマリスの守護聖獣クイーンネレイド(通称クイーン)であった。
実は津波のようなものは、クイーンによる戦意喪失効果をもつ歌の大魔術であった。
クイーンは、指環の勇者として認めたジャン達を海底都市ステラマリスの水竜アクアのもとへ連れていくという。
記憶を対価に人間に扮して指環の勇者を探しに地上に来ていた彼女は、指環の勇者と出会ったことで全てを思い出したとのことだ。
道中で流されていたドワーフのマジャーリンを仲間に加え、ステラマリスに到着した一行は
指環の祭壇へと導かれ、青髪の少年の姿をした水の竜アクアと相見える。
アクアは一行に水の指環を渡し、近頃何故か風の竜ウェントゥスが襲撃をしかけてくると告白。
噂をすれば早速、ウェントゥス配下と思われる翼竜の一団が攻め込んできた。
迎え撃つ一行だったが、襲撃に便乗して何故かジュリアンまで現れ、一行から指環を奪おうとする。
アクアがジュリアンの足止めをし、クイーンの転移の歌によって危うくカルディアに逃がされた一行。
別れ際にアクアは、次は大地の竜テッラの元へ向かえと言い残した。
カルディアに転送された一行のもとに、黒騎士の一人であり、指環を集める命を受けている黒鳥騎士アルダガが現れる。
アルダガと会話をしていたところ謎の襲撃者達が襲い掛かってきて戦闘となり、マジャーリンが死亡。
怒りのままに襲撃者達を蹴散らすジャンとティターニアだったが、襲撃者達の死体が巨大なアンデッドとなって襲い掛かってきた。
アルダガはそのアンデッドを一撃で倒した後、ジャンが持つ指環の存在に気づき、指環を渡すよう一行に迫る。
ジャン達は協力して指環を集めないかと交渉するも決裂、戦闘となった。
ジャンとティターニアは激しい戦闘の末に辛くもアルダガを撃破。
戦闘不能となったアルダガは、先々での再戦を予告しつつ強制帰還の転移術によって二人の前から消えて行ったのであった。 第三話『惨劇の楽園《アガルタ》』(1スレ目278〜2スレ目260)
テッラの元に急げとのアクアの言葉に従い、目的地をハイランド連邦共和国領のテッラ洞窟に定めたジャンとティターニアは
洞窟の近くにあり探索の拠点となる都市、魔術学園都市アスガルドにやってきた。
街中を歩いていると、突如として通常より強いオオネズミの一団が現れ、人々を襲い始めた。
近頃テッラ洞窟から魔力の影響を受けた強いモンスターが出てくるようになっていたのだった。
掃討に入ろうとする二人だったが、そうするまでもなく、オオネズミ達は二人の女性によって一掃される。
ハイランドの主府ソルタレクの冒険者ギルドのマネージャー、ミライユと
テッラ洞窟探索のためにアスガルドを訪れていたトレジャーハンターのラテだ。
ミライユは表向き友好的に二人に接近するが、本当の目的はティターニアの監視、ひいては指環の奪取であり
その場面に遭遇したラテはミライユの危険性を感知し、二人の身を案じて同行を申し出るのであった。
こうして行動を共にすることになった4人は、ミライユの払いで高級宿に泊まることとなり
互いに警戒しつつもそれなりに楽しい一晩を過ごすのであった。
次の日、洞窟に向かう一行だったが、この先に指環があると予感したミライユは増援を呼び、
ギルド員のタイザン・シュマリ・ホロカも合流する。
洞窟を進んでいった先には謎の魔法陣があり、どうしたものかと思案していたところ大きな揺れとともに魔法陣の力が発動。
一行は地底都市アガルタに招き入れられたのであった。
そこでは、ジャンとティターニアに指環を託そうとする大地の竜テッラと
それに反対するアガルタの守護聖獣フェンリルが激しい戦いを繰り広げていた。
フェンリルは突然ミライユに歩み寄ると、ミライユのような者が指環を託すにふさわしいとして力が欲しくないかと問う。
しかしミライユはシュマリにその役目を命じ、シュマリはフェンリルと同化してテッラと戦い始めた。
テッラがジャンとティターニアに指環を与えると言った後に指環の祭壇を出現させると、
ミライユがいちはやく指環を手にし持ち去ろうとする。
ラテがそれを阻止すると、ミライユは冷酷で残虐な本性を現し、自らの権力を振りかざして同士討ちをさせようとしたり
実際にティターニアの魔術を使ってジャンを拘束したりとあらゆる手段を使って応戦。
更に、自らに逆らったタイザンを殺害し、ホロカを蹂躙する。
また、戦いの中でミライユからユグドラシア襲撃の計画も語られるのであった。
そんな中、ラテはジャンとティターニアを鼓舞し、魔物の血により自らの強化をした上に
何重にもレンジャーとしての技を使い、ミライユに斬りかかる。
一方、怒りのあまり理性を失っていたジャンは、持っていた水の指環を嵌めるという行動に出たが
精神世界での水竜アクアとの対話の末に、理性を取り戻す。
そして水の指環を制御できる力を得て、その力で作り出した水の魔力の大剣を持って、ミライユに対峙するのであった。
そんな中、ティターニアは、ホロカからミライユを救ってほしいとの驚くべき要請を受ける。
精霊使いであり精霊と対話できるホロカは、ミライユが今のようになった理由が彼女の過去にあると見抜いたのだ。
ティターニアはそれに応える形で、ホロカの助力を受けて、
過去と現在が入り混じり死者と対話できる、精神世界のような領域を顕現する大魔術を発動。
その中で、幼いころに“指環の魔女”に殺された姉のメルセデスと邂逅し、自らの罪を自覚したミライユは泣き崩れるのであった。
そんな彼女に先程までの鬼気迫る気迫は見る影もなく、精神的には生きる気力を失い肉体的にもすでに重傷で助からないと見立てたラテは
せめてこれ以上苦しませまいと、メルセデスの幻を纏ってミライユに安楽死の薬を飲ませたのであった。
タイザンとミライユを埋葬し、一通り遺跡からめぼしい物を採取し終えた一行に、
テッラは”指環の魔女”が真の敵であるという意味合いの事を語り始めるが
詳細を語る間も無く、ウェントゥスの元へ行けとだけ言って、一行を送り出すべく転移魔術を発動する。
ジュリアンが近くまで来ているというのだ――おそらくはテッラにとどめを刺すために。
テッラに死んで欲しくは無いフェンリルは最後まで一行を行かせまいとするものの、
テッラに諭され最終的には一行に指環を託し送り出すのであった。 脚、腰、上体の全てが連動した完璧な後ろ回し蹴り。
胴にモロ受けした戦士風が吹っ飛び、青果店の軒先へと背中から突っ込んだ。
オーニングが裂け、木樽が割れて発酵前の葡萄汁が溢れ、艶のある果物達が割れた石畳を転がっていく。
ノーキンはその中のリンゴを拾い上げて片手で握り潰し果汁を啜った。
>「……痛ぇなオイ、この胸当て結構高かったんだぜ」
戦士風は潰れた果実の中からムクリと起き上がる。
ノーキンの蹴りを受けてなお身体のどこにも負傷は見受けられず、代わりに鉄鎧が跡形もなくひしゃげて彼の胸から落ちた。
「うむむ。竜種の心の臓を消し飛ばす我が蹴りであったのだが。頑丈なのは良いことだな若輩!冒険者は身体が資本だ!」
エルフの魔術的知覚が戦士風の周囲に漂う魔力の波を捉えた。
あの指環だ。打撃の瞬間に指環の魔力で水を纏い、蹴りの衝撃を抑え込んだのだ。
おそるべきはこの瞬間的な攻防で指環の力の切り替えを間に合わせた判断力、戦闘の才覚。
(指環に選ばれた者か――)
一度弾けた水達は再度戦士風の元へと集い、その五体に具足となって定着する。
肉弾戦へと特化した形態だ。
>「こっちも名乗らせてもらう。冒険者のジャン・ジャック・ジャンソンだ。
指環は渡せねえ。あの世か牢屋、どっちかに行ってくれや」
「うむ!貴様の名を覚えようジャン・ジャック・ジャクソン!
要望通りあの世に行こうではないか。ただしそれがいつになるかは吾輩が決めるがな!」
戦士風改めジャンが重さを感じさせない足運びで肉迫する。
そこへ背後から呪文が飛んできた。
>「――エーテリアル・ウェポン」
「やはり息災であったかドリームフォレスト!」
呪文は直接ジャンへと付与されず、戦域に展開されていた6つの魔法陣を反射するように経由する。
ノーキンにも見える魔力の波長は魔法陣を経るごとに力強く確かなものとなり、都合6回の反射の末ジャンに届く。
眩い白光――内部にいくつもの色を内包した光がジャンの具足へと付与された。
「さぁ組み合おう!愉しくなってきたではないか!!」
ジャンの蹴り足が滑り込むようにノーキンの足元を打つ。
この体格差で足払いなど掛けられても動じるはずがない――そう認識していたノーキンはあっけないほどにバランスを崩した。
「ぬ……?」
想像を凌駕する蹴りの重さ、おそらくはティターニアのエンチャントによる強化だ。
見事に脚を払われたノーキンは次いで迫るジャンの膝蹴りを何も出来ずに直撃した。
火炎と稲妻と凍気が一度に押し寄せ、巨大なハンマーで打ち付けられたと錯覚するほどの衝撃が彼を襲う!
連撃はそれで終わりではなかった。身体をくの字に折ったノーキンの顔面へ、渾身の右フック!
「ぶっ」
態勢を整え切れてないノーキンはやはりそれもモロに受け、大男が仰け反った。
指環の力か、打撃に付随する水流が打たれた各所に残留し、重石のように負荷を掛けていた。
「ヌルい!ヌルい!ヌルいわァッ!!ケイジィの肩叩き(券使用)の方がまだ痛恨であったぞ!」
仰け反りふっ飛ばされた衝撃を石畳が焦げるほどの摩擦でこらえ切る。
半端な鎧であれば粉々に砕け散っていただろう重打の連撃を受けてなお、ノーキンの肉体は無傷であった。
否、その胸板に多少の凹みが散見される――それは彼の力みによってポコンと元に戻ってしまった。 「粗塩を擦り込み研磨した我が素肌!打撃で傷をつけるなど笑止の試みよ!
吾輩が鎧を纏わぬ理由を考えるが良い!鎧よりも硬き肉に覆われているからであろうが!」
ノーキンのこの異常な防御力には理由がある。
武闘家のスキルが一つ『硬気功』。氣(≒魔力)を体内で練り上げその内圧で外部からの圧力と拮抗させ打撃を受け止める技術。
規格外の肉体を持つノーキンの規模でそれを行えば、打撃・斬撃・魔法とあらゆる攻撃を皮膚で留め切ることが可能だ。
ミスリルを断つ大剣の刃ですら、氣の体内爆発に押し出され薄皮一枚食い込まない。
「――名付けて爆発反応筋肉(リアクティブマッスル)!!
本気で固めた我が筋肉は、オリハルコンをも凌駕する!オリハルコンを殴って砕いたことが貴様にあるか!?
そしてなんだこの小細工は!吾輩は普段これより強い負荷をかけて筋トレしているぞ!」
ノーキンは水流の枷がまるで効いていないとアピールするように腕を回す。
事実、楔の如く手足を戒めてられているにも関わらず、その動きは先刻と遜色がない。
こっちは特に何のスキルも使ってなどおらず、純粋に凄まじい膂力によるゴリ押しだ。
「力量差は理解できたかね若輩・ジャック・ジャクソンよ!貴様が指環に選ばれていようが吾輩の知るところではない。
いつの時代も!冒険者はあらゆる過酷な環境から力づくで宝を盗み、奪い、騙し取ってきた!
貴様よりも吾輩のほうが力が強いのだから、奪ったものを更に奪われるのは実に当然の摂理であろうよ!」
ノーキンはジャンの戦闘力を完全に軽視していた。
指環の力を使いこなし、さらにエルフ屈指の術士の援護を受けてなお、己の肉体には傷一つ付けられない。
油断や慢心ではなく、厳然たる事実がそこには横たわっている。
「貴様は指環の力で何を得るつもりだ?冒険者風情が求めるものなどせいぜいが大金と、指環を持つ者としての名誉であろう。
いつか貴様が死んだ時、それらは全て無意味となる。あの世には金も地位も持ち込むことは出来ぬのだからな。
いずれ無価値と化すものを命懸けで追い求める、冒険者という生き方の、それが限界だ」
ノーキンは両手の指をそれぞれ順番に鳴らし、二つの拳をつくる。
オリハルコンをぶち抜き飛翔する砲弾すらも真っ向から粉砕した超硬の破城槌。
矛先は、真っ直ぐジャンを捉えている。
「大いなる力にはそれを振るうに足る理念こそが不可欠である!健全な肉体に宿りし健全なる精神!
貴様がそれを持ち得るか、今一度問おうではないか――貴様の筋肉にな!」
>「いきます。――“黄昏の大旋風”≪セフィア・トルネード≫…!!」
ノーキンが拳を打ち放たんと踏み込んだ瞬間、展開していた魔法陣から解き放たれた。
無色透明な力の渦がノーキンを包むように巻き、上位攻撃魔法の炎熱にすら耐えうる世界樹のマントが刻まれていく!
「――邪魔だ!!」
ノーキンは咆哮、体内に練り上げた魔力を体外へと放出した。
『硬気功』の上位スキル、『波紋功』。肉体を中心に強烈な魔力の波濤を打ち出し、至近距離の物体や魔法を吹き飛ばす。
魔法を使えないノーキンの魔力は術式によって方向性を定められる前の純粋な無属性。
無属性同士の激突は単純な物量差によってノーキン側に軍配が上がり、黄昏の大旋風は掻き消された。
「無粋な魔法はこれで消えた。貴様が人の形状を保っていることを期待するぞ。指環が探しやすいようにな!」
瞬間、ノーキンの両腕が羽撃きの如く蠢き、超高速のラッシュと共に無数の魔力塊が撃ち放たれた。
アスガルド外壁を破壊したのと同じ、砲撃の嵐である。
「ノーキン・ラングリッジ☆キャニスタァァァァァ!!!」
もはや超高速で迫り来る壁にも等しい破壊の風が、ジャンを粉砕すべく殺到した。
● ● ● >「……なかった」
不可視のまま地を這うように疾走するケイジィを、しかしラテの双眸は紛れなく捉えていた。
毒を撒き、姿を消し、声を反響させ……考えうる知覚の全てを欺いたにも関わらず。
ふわりと目の前を舞う不可視の何かがケイジィに纏わりつき、薄ぼんやりとだが彼女の輪郭を大気に象った。
突き出した毒ナイフが足捌きによって躱され空を切る。
「あ、あれ〜?見えてるっぽくない……?」
だが一度走り出した速度はケイジィの軽い身体では止め切れない。
下手に減速して無防備な態勢を狙われればそれこそ相手の思う壺だ。
(だから連続攻撃!)
対するラテもただ回避しただけに留まらない。
返す刀の右腕が、ケイジィ目掛けて降ってくる。見えないが、何かを握っている。
おそらくレンジャーのスキルで不可視化した武器だ。間合いが読めず、どちらに避ければ良いかわからない。
この戦闘速度の中で恐ろしく機転の効く女だ。対応としては非の打ち所が無いと言って良い。
だが――関係ない。例えその一撃がケイジィの頭蓋を砕こうとも、同時にこちらのナイフも当たる。
(しょせんは人間相手のカウンターだよぅ!)
魂なき魔導人形に過ぎないケイジィにとって『相打ち』という概念はない。
頭部パーツは相応に頑丈に造られているし……仮に首を切り飛ばされても動作に支障が生まれない。
彼女の運動能力を制御している場所はそこではないからだ。
この態勢からなら毒ナイフで胴体を深く狙える。それでこの戦闘は終わりだ――
>「ラテさんっ…させない!」
横合いから突如現れた女がケイジィとラテとに割って入り、ナイフを錫杖で受けた。
激しい火花と毒の飛沫が散り、態勢を崩したケイジィの鳩尾に蹴りが飛んでくる。
「ふぎゃん!」
ケイジィは微妙な悲鳴を上げながらふっ飛ばされた。
空中で回転、猫のように器用に着地する。
どうやら女の乱入はラテにとっても予想外だったらしく、握ってた武器が手放されて壁に突き立つ音が聞こえた。
「あぅー……すっごい邪魔!」
闖入者の素性は記憶を辿るにティターニアに引っ付いて飛んできたユグドラシア一味の一人だ。
確かパトリエーゼとか名乗っていた、体格の良い長身の女だ。
>「ふんっ…あ!」
蹴り足を引いたパトリエーゼはその太腿に一筋の血傷を発見する。
ケイジィは蹴りを入れられふっ飛ばされるその刹那、一撃入れることに成功していた。
神経毒は健在だ。これであの女は捨て置いてもじきに動けなくなる。
>「……無茶な事しちゃ、駄目ですよ。あなたが欲しがった平和な居場所は、この戦いの先にあるんだ」
「そうだよ!ソルタレクの支配に置かれても皆殺しってわけじゃないんだしさ!
まぁでっかいお姉さんにもちっこいお姉さんにもここで死んでもらうんだけどね!」 ケイジィの挑発にもはやラテは応えず、その両眼に冷酷な色を浮かべて言った。
>「そういうのは私がやりますから」
>「げぼっ……がぁぁっ……!」
ラテの呟きを具象化したような悲鳴が路地から聞こえてきた。
ユグドラシア制圧部隊が逃げ込んだ路地だ。何人かが物陰からまろび出て、盛大に吐血し倒れる。
「うええ!?ちょっ、どしたのみんな!?」
彼らだけではない。四方八方の路地から冒険者たちの苦悶の声が響く。
何をされたのかは分からないが、誰がやったのかは明白だった。
「市街地に毒撒いたの!?ひどい!良心ってものがないのお姉さん!」
ケイジィの自分を棚に上げた糾弾はともかく、ラテの講じた戦術は冒険者達に対して覿面な効果をもたらした。
一人また一人と毒に倒れる仲間達、どこに撒かれたかもわからず迂闊に呼吸も出来ない八方塞がりの状況。
彼らは一般的な冒険者が教会で施すような防毒の加護を受けていない。寄せ集めの彼らにそんな金はなかった。
プリースト達が現場で処置に当たっているが、治すそばから新たに感染者が出るいたちごっこの様相を呈していた。
>「目的ならもう、聞きました。あなた達は……あくまで奪い、殺したいんだな。この街から、私達から」
「そだね。だったらどうだって言うのおねーさん」
>「だったら、もういい。その代わり、私にも良心を期待するな」
ラテは吠える。オオネズミの咆哮に声を乗せ、冒険者達に言葉を告げる。
>「ソルタレクの冒険者ども!聞こえるか!私は警告したぞ!ここは怪物の口の中だと!
それでも踏み込んだのはお前達だ!だったら……報いを受けさせてやる!
苦しめて、誤った選択を後悔させて、もう取り返しが付かない事を絶望させて!」
>「……殺してやる」
「ひゅう。……良い殺意」
おそらく。刃を交え、人的被害が出始めたこの段階にあって初めて。
お互いの間に深く刻まれた隔絶を、ようやく彼女は認めたのだ。
もう殺し合うしかないと……覚悟を決めた。
圧力を錯覚するような濃密な殺意が迸り、ケイジィの硬質な頬を叩く。
ラテはこちらから目を離さずに数歩のバックステップ。
そこには彼女が撃ち落としたアルゲノドンのまだ暖かい死骸が血を流し続けていた。
羽毛を湿らす鮮血を片手で掬い、唇をつけた。
>「ラテ殿、やめ……」
遠くで冒険者達に阻まれたティターニアが警告の声を上げる。
果たして声は届かず――ラテは血を飲み干す。喉を鳴らして嚥下する。
変化はすぐに訪れた。
ラテの肉体が骨格レベルで造り変わっていく。
オオネズミの脂に濡れた毛皮が柔らかな羽毛に変わり、両腕は幅広の翼へ。
獣の双眸は鋭く透き通った猛禽類の両眼に、脚は硬質な鱗殻に覆われた鉤爪に。
ネズミと鷹を無理矢理混ぜ合わせたような化物がそこにいた。
「……ネズミの獣人じゃなかったんだねおねえさん。こういうのなんて言ったかな」 ケイジィの記憶回路が閃き、ダーマ魔法王国で暗殺者をやっていた頃の記憶を引っ張り出す。
かの国の暗黒魔法技術の一つに似たような姿があった。
複数の生物を魔術で融合させた生物兵器の、名前は確か――
「――キメラ。暗黒大陸の外で見たのは初めてだよ」
ラテは獰猛な、それでいて冷酷な理性を感じさせる薄ら笑いを浮かべる。
>「……人形のあなたには、奪う命がない。その人格すらも、どうせ作り物なんでしょう」
>「だから、せめてあなた自身を奪います。奪われる苦しみを、学んでこの世から消えていくといい。あなたも、あの男も」
「愉しそうだねおねえさん。そっちの方がさっきまでのしかめっ面よりずっと良いよ」
対するケイジィもナイフに新たな毒を充填し、機動用の魔力を練り上げる。
レンジャーらしく毒の対策を施しているようだが、ならば主要な血管に直接撃ち込めば良い。
血を体内に取り込んで変身する仕様上、同様に体内に入れられた毒だけを選別して打ち消すには時間がかかるはずだ。
解毒が間に合わない量の毒を注いで終わらせる。
「存在の奪い合い、いってみよう!」
先手をとったのはラテだった。
形状のよくわからない武器――矢を番えたところを見るに弓の一種か――から三本の矢が放たれる。
同時に手から投じられるのは投げナイフ。その全てが、空中で放物線を描きながら形を歪ませていく。
生まれたのは高速で接近する無数のラテの姿だった。
姿かたちを偽装する幻影、『ファントム』だ。
「うわぁ、気持ち悪い!」
大量のラテが迫り来る。ケイジィは重心を低く下げながらまず右手へ身体を飛ばした。
ラテの形をしてはいるがあれらは全て幻、その動きも矢そのままの直線軌道。
実に安直な幻影術だ。
「こういうとき大抵本体は……後ろっ!」
振り返りざまにナイフを振るう。果たしてラテの姿がそこにあった。
しかしそれもまた幻影、刃が空を切り、幻が解け――軽銀爆弾が出現した。
「うそっ」
炸裂。軽銀の炎が風を呑んで膨れ上がり、ケイジィを包み込む。
衣服に施された防御魔術が発動し、彼女に燃え移ることさえなかったが、火に追われてケイジィはまろぶ。
そこへ頭上からショートスピアが降ってきた。
「わああああ!」
咄嗟に両手を翳し、飛来するショートスピアを挟み取った。
同時に違和感がふつりと浮かぶ。
不意を打たれた致命的な一撃だったはずだ。しかしトドメの一閃にしてはあまりに弱い。
またぞろ何らかの追撃の布石かと警戒するが次撃の飛んでくる様子もない。
(手加減……とかじゃないよね)
あの殺意は本物だった。手心を加えられる理由もない。
疑念が心を支配する刹那、解毒の為に下がっていたパトリエーゼが不可視のラテに飛びついた。
>「…“無色の抱擁”≪エーテルクルセイド≫…!!」
「なんで!?」 どうやらラテから異形の力を吸い取っているらしく、ラテは鳥はおろかネズミの特徴さえ失い、
接敵当初の人間の姿で再び姿を現した。
意味が分からない。わざわざリスクを侵して手に入れた戦闘能力を、まさに戦いの最中に解呪した?
疑問が思考回路を埋め尽くす。あのときティターニアはラテの行動に警告を叫んでいた。
やはりラテのあの姿は、不可逆的な危険を伴うものなのか。
>「いきます。――“黄昏の大旋風”≪セフィア・トルネード≫…!!」
パトリエーゼが呪文を唱える。
6つの魔法陣が煌めき、魔力のうねりが巨大な竜巻となってケイジィを襲った。
「仲間うちで奪い合ってどうすんのさぁーーー!」
竜巻から逃げ惑うケイジィ。
余波を受けた冒険者達が数人、外傷もないのにその場にへたり込んで立ち上がれない。
おそらくは精神を虚脱に追い込む術式だ。ケイジィには人の心がないので影響は受けなかった。
路地を乗り越え、家屋の窓を蹴破り、ラテ達の背後へ回り込むように家の中を潜行する。
今の小競り合いでケイジィは理解を始めていた。
ラテはあの変化の魔法に振り回されている――おそらくは、意図的に。
血を飲んだ途端に変わった雰囲気は、彼女にとっての精神的な切り替えを意味している。
自身の甘さを押さえ込み、仮借敵を痛めつける為の、『理由付け』。
ティターニアやパトリエーゼが身を挺してラテを止めたのも、血が彼女に力を与えると同時に彼女を苛んでいるからだ。
付け入るスキがあるとすればそこ。
「……奪うとか殺すとか、威勢の良いこと言うけどさ、おねえさん」
屋根の下からラテに対して呼びかける。
彼女は無視するだろうか。人間の聴覚は意味のある音――言葉に対して高性能だ。
それこそ耳でも塞がない限りは、必ず言葉は頭に届く。そういう機能を持っている。
安易に耳を塞いでくれるならばこれもまた幸いだ。
「殺すのにどうしてそんなに理由が必要なの?
警告を無視したから。取り合わず退かなかったから。アスガルドの罪なき人たちを脅かしたから。
――言い訳探してばっかりじゃん。全部受け身なんだよね、おねえさんの殺意って」
ラテはきっと、人を殺す自分を嫌悪している。
だから殺さなければならなかった、殺されても仕方ないような連中だったと殺す理由を探す。
殺される側にとってはそんなもの無意味なのにも関わらず。
「おねえさんはどうして冒険者なんかやってるのさ。
冒険者なんて遺跡からモノは盗むし魔物を殺して死体は売るし、お金を積まれれば人だって殺すよ?
ギルドの後ろ盾がなかったら犯罪者と殆どなにも変わらない、薄汚い商売だよね」
今アスガルドを守る為に動いているギルドの冒険者たちだって、命を賭けるのは報酬があるからだ。
もしも彼らがアスガルドよりも先にソルタレクに雇われていたならば、立場は簡単に逆転したことだろう。
そこに理想など存在しない。あるのは金と名誉という実利を得る為の経済活動だ。
「冒険者が人を殺す理由はお金と名誉、この二つだけでじゅーぶんなんだよ。
それ以上の理想があるならわざわざ冒険者じゃなくたっていくらでも高尚なお仕事はあるもん。
……薄汚い人殺しのケイジィの、これは持論だけどね。だから――」
ラテの立つ屋根が突如として砕かれ、ケイジィの毒ナイフが下から飛んでくる。
更に足場となっている家屋には既に無色透明無臭の毒ガスが充満させてある。
うかつに近場に着地すればガスを吸引し、サカゴマイマイの神経毒が上下左右を狂わせる。
「――おねーさん向いてないよ。冒険者辞めたら?」
【ノーキン:ジャンの連撃を硬気功で凌ぎ、水の枷を無視。問いかけながらアスガルド外壁を粉砕した連打を放つ】
【ケイジィ:ラテとティターニアのやり取りからラテの不安定さを推測し、煽りながら足場の家にに毒ガスを充満させ下から攻撃】 指環の力、鍛えられた肉体、そしてティターニアからの支援。
全てが揃い放たれた連撃は一つ一つが必殺というべき威力だった。
だが、それでも百数十年に渡って鍛えられた肉体には届かない。
>「ヌルい!ヌルい!ヌルいわァッ!!ケイジィの肩叩き(券使用)の方がまだ痛恨であったぞ!」
胸板にできた多少の凹みですら、ノーキンが力を込めるだけであっという間に戻る。
冒険者という職に身を置いてわずか十年ほどのジャンにとって、これは越えがたい経験の壁を感じさせるものだった。
>「――名付けて爆発反応筋肉(リアクティブマッスル)!!
本気で固めた我が筋肉は、オリハルコンをも凌駕する!オリハルコンを殴って砕いたことが貴様にあるか!?
そしてなんだこの小細工は!吾輩は普段これより強い負荷をかけて筋トレしているぞ!」
そして魔力の水流ですら小細工扱い。先ほどと変わらない関節の動きはジャンの策を全て無駄と断じている。
震える手足に強引に力を込めて石畳を踏み荒らし、ジャンは思考を必死に巡らせる。
(斬るのもダメ殴るのもダメ、魔術もダメなんて達人ってのは無茶苦茶だな!
さてどうする?このままいけばたぶん俺は指環にこびりつく肉片になるかもしれねえが、
全部あっちの方が上だ。いや待て、あいつが異常に丈夫なのは見覚えがあるぞ!)
>「力量差は理解できたかね若輩・ジャック・ジャクソンよ!貴様が指環に選ばれていようが吾輩の知るところではない。
いつの時代も!冒険者はあらゆる過酷な環境から力づくで宝を盗み、奪い、騙し取ってきた!
貴様よりも吾輩のほうが力が強いのだから、奪ったものを更に奪われるのは実に当然の摂理であろうよ!」
「うるせえぞ筋肉野郎!冒険者は力と知恵と勇気の塊だって知らねえか!
お前には知恵がねえんだよ知恵が!」
悪態をつきつつ、この十年の間に一緒に戦ってきた冒険者たちのことを思い出す。
騎士、戦士、魔術師、神官、レンジャー。そして……武闘家だ。
彼らが素手と軽装で前線を張ることができる理由、それは硬気功と呼ばれる技が大きく支えている。
体内で練り上げられた氣と呼ばれるものが肉体を強化し、あらゆる攻撃を防ぐ壁となる。
だが、その無敵とも言える技にも欠点があった。
(打撃やら斬撃には強いが……あれは突き、つまり刺突に弱い!)
硬気功が刺突に弱い理由としては、防具と同じように氣の隙間ができるからとか
ヒトの肉体がそもそも硬気功の流れに偏りを生むから、などが識者によって挙げられているが、
ジャンにとっては理由なんてどうでもよく、自分の手持ちの中にまだチャンスがあるというだけで十分だった。
(聖短剣サクラメント……こいつで首を取る!)
腰に下がった地味な鉄製の鞘に触れ、あらゆる守りを貫き通す短剣が手元にあるということを自覚することで
少しだけ手足の震えが収まった。もはや目に見えるほどの怯えはジャンになく、ただその場に佇むように立っていた。
>「貴様は指環の力で何を得るつもりだ?冒険者風情が求めるものなどせいぜいが大金と、指環を持つ者としての名誉であろう。
いつか貴様が死んだ時、それらは全て無意味となる。あの世には金も地位も持ち込むことは出来ぬのだからな。
いずれ無価値と化すものを命懸けで追い求める、冒険者という生き方の、それが限界だ」
「あんたエルフだろ?長く生きてんなら分かってるかと思ったが……分からないみたいだな。
名誉ってのは歴史に名を残すんだぜ。そしてそれは人が勇気を持つ理由になるんだ、忘れられるまでずっとな!」
ノーキンが形作る二つの破城槌に合わせるように、ジャンもまた応えるように拳を作る。
一騎打ちの構図に見えたが、生憎ジャンはそのつもりではなかった。 >「大いなる力にはそれを振るうに足る理念こそが不可欠である!健全な肉体に宿りし健全なる精神!
貴様がそれを持ち得るか、今一度問おうではないか――貴様の筋肉にな!」
問いかけと共にノーキンが力強く踏み込んだ瞬間、パトリエーゼの無属性魔術が放たれる。
>「いきます。――“黄昏の大旋風”≪セフィア・トルネード≫…!!」
生物であれば精神を吹き飛ばし、そうでなければ物理的に削り取る。
既存のあらゆる属性に当てはまらない極めて強力な魔術だ。
ノーキンと言葉の応酬を繰り返す間、遠くに見えていたパトリエーゼたちが
杖を構えるのを確認していたため、わざとノーキンに合わせるようにして時間を稼いだ。
>「――邪魔だ!!」
体内にある氣や魔力を放出し、近くのあらゆる物を吹き飛ばす咆哮。
これは硬気功の応用の一つ、波紋功だ。と言ってもノーキンのそれは属性を持たず、
純粋な魔力量をただ放出してぶつけている。
>「無粋な魔法はこれで消えた。貴様が人の形状を保っていることを期待するぞ。指環が探しやすいようにな!」
だからこそ、勝機がそこにあった。
一時的にできた氣の空白、絶対的な隙間。パトリエーゼが見せてくれたチャンスだ。
>「ノーキン・ラングリッジ☆キャニスタァァァァァ!!!」
放たれるであろう無数の魔力塊は骨が砕けそうな凄まじい密度と思われるが、
今のジャンはただ鞘から聖短剣サクラメントを引き抜き、一点に集中させた指環の魔力にそれを乗せるだけだった。
束ねられた水流は世界を形作る力の一つを束ねたもの。それは魔力の嵐を貫き、ノーキンの心臓ただ一点をめがけ直進する。
その流れに乗ったサクラメントは間違いなく氣の空白点を突き、あらゆる守りを貫いて致命的な一撃となるだろう。
直後に襲い来る魔力の奔流に対し、ジャンは踏みとどまることなく再び吹き飛ばされることを選んだ。
おそらく今度はどこかの骨が砕けるだろうが、守る術はどこにもない。ならばわざと吹き飛ばされ、負傷を最小限に抑えることにしたのだ。
再び青果店の軒先に背中から突っ込み、ジャンは身体のどこかで骨の砕ける音を聞く。
だが、骨折の痛みによって歪んで見える視界の中でジャンは見てしまった。
横から吹き飛んできたあの着飾った人形が、ノーキンをかばうようにサクラメントの一撃を受け止めたのを。
【パトリエーゼさん短い間でしたがありがとうございました!
ジャンはちょっとだけ戦線離脱ですので、ケイジィが耐えればこれで数的に互角かもしれませんね】 >「わかりました。きっとこれも運命なのでしょう。
エーテリアル世界が分裂したのも、ここであたしがラテさんのために身を張るのも」
>「…“無色の抱擁”≪エーテルクルセイド≫…!!」
「やった……!」
パトリエーゼがラテの魔物の血の侵食を食い止めることに成功する。
しかし激昂したラテはパトリエーゼを責めたてる。
>「……誰がこんな事を頼んだ!私が、あなたにこんな事をしろといつ頼んだ!こんなの、ただ……惨めなだけだ!」
「我が頼んだのだ! 自分では気付いておらぬかもしれぬが副作用が出ておる。
大概にせねば元に戻れなくなるぞ……!」
ティターニアが自分が依頼したこととその理由を言い聞かせるも
もはやその言葉は届かず、尚も怒りは実際に解呪を行ったパトリエーゼに向く。
>「私に、あなたに助けてもらう義理なんてない!
あなたがあなたじゃなくたって、私は誰にだって、親切にしてた!」
>「その程度だったんだ!これ以上、余計な事をしてくれるな!」
>「……もう、私を助けないで下さい。弱い私を、これ以上惨めにさせないで」
ラテの言葉から、自分が弱い事への底知れぬコンプレックスが垣間見える。
ラテがミライユを結果的に手にかけてしまったことをずっと気に病んでいるのは
単純な人殺しの衝撃以上に、その本質は救えなかったことへの自責の念、なのかもしれない。
実は以前にも自分の弱さゆえに誰かを救えなかったことがあるとしたら。
ずっと封印されていたそれが、今回の件で呼びさまされてしまったのだとしたら……。
彼女は本当は分かっているのかもしれない。魔物の血の影響が精神まで及んでいることを。
分かった上で敢えてやっているのかもしれない――”弱い”人間の心の迷いを捨て”強い”獣と化すために。
ラテは何を思ったか、自らの周囲に爆弾をばら撒き自ら火の檻に捕らわれる。
その中から感じる凄まじい魔力の波動。
炎の隙間から垣間見えるラテの影は、何かの瓶を呷ろうとしているように見える。
>「……見てて。私、今度こそ上手にやってみせるから」
「フェンリルの血――!? やめるのだ……!!」
今のラテはもはや誰にも止められない――
一方のノーキンVSジャンのパワー系戦士対決の方であるが
ジャンが指環の力を解放しティターニアが究極の付与魔術を成功させて尚、劣勢であった。
それ自体凄まじい威力であるはずの上に強力な魔力付与までされた打撃や斬撃がことごとく通らないのだ。
ティターニアはラテを助けられないことと、ジャンへの支援が功を奏さないことの両方の意味で途方に暮れていた。 >「いきます。――“黄昏の大旋風”≪セフィア・トルネード≫…!!」
>『――ムーアテーメンより。敵襲じゃ!こやつらは今街を襲っている連中とは訳が違う。わしらで対抗してみるが、
余裕があったら援護頼む』
>「今、助けにいきます…!」
パトリエーゼは置き土産にエーテル属性の大魔術を発動させると、学長陣営の支援に向かうと告げて走り去っていったのであった。
それは純粋に学長の防衛に行かねばという使命感もあるだろうし
ここに居づらくなったからという理由も少しは混ざっているのかもしれなかった。
「済まぬ、辛い役目をさせてしまったな……。学長の方は頼むぞ!」
そう言ってパトリエーゼを送り出す。
>「――邪魔だ!!」
>「無粋な魔法はこれで消えた。貴様が人の形状を保っていることを期待するぞ。指環が探しやすいようにな!」
ノーキンは魔力の大旋風すら筋力で弾き返してしまった。否――筋力と見せかけて実際には魔力である。
魔法が使えないからといって、魔力が弱いわけでは決してないのだ。
>「ノーキン・ラングリッジ☆キャニスタァァァァァ!!!」
凄まじい魔力の嵐に、なんとジャンはひるむことなく突撃した。
唯一のノーキンへ攻撃を通せる可能性のある手段は刺突だと見抜いたジャンは
相手の魔力の間隙を突いて聖短剣サクラメントでの捨て身の一撃を放ったのだ。
しかしその軌道上に、ラテに弾き飛ばされて飛んできたケイジィが割り込んできた。
偶然その場所に飛ばされてきただけなのかもしれないが、自らノーキンを庇ったようにも見えた。
サクラメントはあらゆる物体を貫通し生体だけに突き刺さるようになっている特殊な短剣――
突き詰めれば生物というよりは物体であるはずの魔導人形への効果はいかほどの物だろうか。
捨て身の攻撃を放ったジャンは派手に吹き飛ばされて、青果店の軒先に突っ込んだ。
しかも、少なくともすぐには起き上がってくる様子はない。
それもそのはず、あの魔力の奔流の中に突っ込んだのだ、無事であるはずはない。
>「そのお人形に愛着があるなら……今の内に抱き締めてやる事ですよ」
>「左腕も駄目にしちゃったら、もう抱き返せなくなっちゃいますからね」
異形の獣と化したラテの姿を、その身から溢れ出す魔力の形質を見たティターニアは戦慄した――
そこにいたのはラテでもフェンリルでもなく、同時にそのどちらでもある何者かであった。
絶望的な筋肉を前にして、鉄壁だったはずのジャンは一時戦線離脱
ラテは心が無いはずの人形に心を抉られた末にラテではない何者かになってしまった。
困ったときの神頼み――自分の力ではどうしようもなくなった人間やエルフは、往往にして人知を超えた大きな力に縋ろうとする。
それは殆どの場合功を奏さず結果的に溺れる物は藁にも縋ると同義になってしまうのだが、
ティターニアの場合、文字通りの人知を超えた力が実際に手の中にあった。
「頼む、テッラ殿、力を貸してくれ……!」 ティターニアは祈るような気持ちで、大地の指環を嵌めたのであった。
次の瞬間、古代都市アガルタのような場所で、テッラが穏やかに微笑んでいた。
「やっと呼んでくれましたね……幸い私は、護りにおいては最強の力を誇ります。
少なくとも四大属性の竜の中では。これより第一段階――”護りの加護”を解放します。さあ、共に行きましょう!」
「良いのか!?」
テッラのあまりの物わかりの良さに拍子抜けし、思わず聞き返す。
ジャンの時は、指環の持ち主としてふさわしいか試されていた様子もあったが――
「私って地属性じゃないですか……。
先代の勇者の時はどうにも地味なイメージが付き纏いましたからねえ、今代で活躍するのを密かに楽しみにしていたのです。
――というのは冗談として」
冗談にしては妙に感情がこもっていたのは気のせいだろうか。
アガルタで話している時は表には出さなかったようだが、テッラは意外とお茶目な性格のようだ。
「自分の力ではどうにもならないときに適切な者へ助けを求める事が出来るのも紛れもない強さの一つだと、私は思いますよ。
尤も……フェンリルとは真っ向から意見が対立してましたけどね」
「ああ、分かる分かる! あやつは絶対認めそうにないな」
「ええ。でもそんなフェンリルにも、自分の力ではどうにもならない事がありました。
勇者に指環を託せば守護聖獣の役目は終わり――それが古より定められた抗えぬ宿命。
だけどフェンリルはその運命にすら抗おうとして、あの少女に助けを求めた……のかもしれません。
きっと……どうしても指環に宿った私と一緒に来たくて、勇者の行く末を見届けたくて、あの少女を選んだんだと思います。
もちろんあの意地っ張りが連れて行ってくれなんて素直に頼めるわけがないから
“指環を巡る舞台に迷い込んだ小鼠”……なんて不器用に煽って……」
テッラの推測が当たっているかは分からないが、可能性としては有り得るかもしれない。
フェンリルはラテの中に眠る自分と似た獣の側面を感じ取って、彼女が魔物の血を飲む戦術を使うのを見て、万に一つの可能性に賭けたのかもしれない。
ラテが自分の力を宿して旅の行く末を見届けさせてくれる可能性に―― 束の間の白昼夢が終わり、ティターニアの意識は戦場へ戻ってきた。
背に黄金色の魔力で出来た竜の翼が顕現する。
一行が古代都市から去る時にテッラがフェンリルにしたのと同じように、ティターニアはラテを翼で包み込んで語りかける。
正確にはティターニアの口を借りたテッラが、ラテと同化したフェンリルに、だ。
「フェンリル……随分無茶をしましたね。だけどもう止めません。
あなたに私が必要なように、私にもあなたが必要なのだから。だから……共にこの街を護りましょう」
ティターニアは杖を一閃し、ノーキンとケイジィに何等かの魔術のようなものをかける。
その瞬間二人を大地震が襲い、まともに立っていられなくなるだろう。
実際に大地震を起こしては味方も巻き込まれる上に甚大な被害が出てしまうが、もちろんそうはならない。
竜は自らの属性を概念ごと司る――
それは正確には実際の地震ではなく、対象となった者にだけ感じられる地震のようなものだ。
「テッラ殿もフェンリルを止めぬと言っておるからな、我ももう止めぬ。
全力でぶつかるのだラテ殿! 護りは我が引き受ける――!」
黄金色の魔力の翼を広げたティターニアは、ラテの半歩後ろに並び立つ。
今のティターニアなら、あらゆる攻撃に対して瞬時にテッラの力による魔力の盾を発動させることが可能だろう。
*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*
「待て、其れを持ち出してはならぬ――」
水晶を持ち去ろうとする黒騎士の前に立ちふさがる者がいた。
黒騎士は抑揚のない声で呟く。
「やはり生きていたか、ダグラス」
ダグラスと呼ばれた人物はしかし白髪の老人ではなく、艶やかな黒髪の青年の姿をしていた。
「なんじゃ、折角ジジイの幻影をまとって貫禄を出しておったのにお見通しだったか。
改めて名乗ろう。我が名はダグラス・ムーアテーメン・ドリームフォレスト――
ハイランド建国の英雄にしてここユグドラシアの初代学長聖ティターニアの夫じゃ」
遥か古の時代、神樹ユグドラシルの祝福の元に偉大なる妖精女王と結ばれた青年――
それが人間にもエルフにも属さない仙人ダグラスの正体だった。
今、ダグラスと黒騎士の熾烈な戦いが始まろうとしていた。
【学長パートはノーキン殿との対比をやってみたかっただけで先の展開は全く未定なので
もしも気が向いた方がいたら自由に続きを書いてもらって全く問題ない!】 足場を砕かれたラテが墜ちていく。すれ違うように振るったケイジィのナイフは辛うじて躱された。
それで良い。重要なのは集中力をナイフに使わせ、彼女の周囲に充満している毒ガスへの警戒を遅らせること。
狙い通りにラテは路地へと落下した。衝撃を転がって逃し、墜落によるダメージは抑えられたようだが――
(そこはもうケイジィの間合い!)
一拍遅れて毒ガスに気付いたラテが呼吸を抑える。
後手だ。綺麗な空気中で深呼吸した後ならば息を止めたまま動けるかもしれない。
しかし彼女は準備のままならないままに毒ガスの渦中へと飛び込んだ。
十分に酸素を身体に蓄えることはできず……限界はすぐに訪れる。
>「……私に、向いてるものなんてないんですよ」
振るったナイフが石の盾と火花を散らし、打ち込んだ分だけ押していく。
ケイジィに追い立てられながら、ラテは自嘲気味に呟いた。
「結論出すのはやいよー!生きてれば可能性は無限大だよ?人形のケイジィと違ってさ!」
毒に侵されながらラテは後方へ跳んだ。
天地を狂わされた状態でよく動いたものだ。だが次はない。必ず動作に支障は出る。
ケイジィの歩幅で二歩の距離を詰めれば、それで胴を串刺しにできる。
「生きてれば、だけどね!」
ケイジィが肉迫すべく跳躍した瞬間、ラテが何かを両手いっぱいに取り出した。
投擲する隙など与えない――しかし彼女はそれを投げることなく自分のすぐ傍で炸裂させた。
毎度おなじみの、軽銀爆弾である。
「自爆――!?」
無数の火の玉が大気を糧に膨れ上がった。
ラテとの間に再び炎の壁が生まれ、ケイジィは石畳を削るようにブレーキをかける。
驚きはしたが、なんのことはない、安直な時間稼ぎだ。
ここは壁際、もはやラテに退路などなく、炎の壁も数秒と保たない。
この目眩ましが晴れた時が彼女の最期だ。
>「……見てて。私、今度こそ上手にやってみせるから」
炎の向こうで、ラテが何事か呟いた。
刹那、ケイジィは悍ましいほどの膨大な魔力の発生をそこから感じた。
同時に大気はおろか石畳すら震える咆哮が木霊する。
「うえええっ?」
無数の蝋燭を一息に吹き消すように、炎の壁が散る。
その向こうから姿を現したのはラテではなかった。
人狼――銀の毛皮と害意を固めたような牙、嵐と見紛う吐息に混じる強烈な獣臭。
「な、なにそれ……魔物……じゃない……?」
単なる魔物や魔獣の類に、これほどの魔力は持ち得ない。
魂なき人形のケイジィすら射竦める程の、畏怖を纏ってなどいない。
魔導知性の感覚器が全力で警報を鳴らす、山脈が如き大地の魔力――
相まみえたことはないが、知識としては知っている。これは。
「フェンリル――!?」
応じるようにフェンリルは一吠え、その獣毛に覆われた片足で地面を小突く。
石畳に鋼の花が開いた。地中から生成された夥しい数の短剣が、波濤のようにケイジィへ迫る! 「うそでしょーーっ!」
たまらずケイジィは退いた。彼女のいた場所を刃の津波が飲み込み、石畳の欠片すら残さない。
回避して、それで終わりではなかった。波濤に追いつくように現れたフェンリルが、ケイジィの眼の前で豪脚を振るう。
短剣を巻き込んで放たれた蹴りは、刃の切っ先をケイジィの右肩に突き立てた。
あっけなく、右腕が肩から吹っ飛んだ。
>「そのお人形に愛着があるなら……今の内に抱き締めてやる事ですよ」
「あっ?」
魔導人形に苦痛はないが、致命的な危険が迫っていることを認識する感覚があった。
剣を蹴り込んだ獣の脚が次に蹴るのは――ケイジィそのものだ。
ぐん、と景色が矢のように加速して、彼女は吹っ飛ばされた。
>「左腕も駄目にしちゃったら、もう抱き返せなくなっちゃいますからね」
(あーこれマズいなぁ、死ぬわケイジィ。命ないけれど)
慣性に振り回されながらも、魔導人形の思考回路は冷静に状況を忖度していた。
衣服の防護魔術をもってしてもこの速度でどこぞかへ叩きつけられれば大破は免れないだろう。
仮に凌ぎきったとしても、追撃を堪え切る自信はない。守護聖獣フェンリル、その膂力は規格外だ。
それは良い。跡形もなく破壊されたところで自分は命なき魔導人形だ。
壊されることに忌避感はない――そのように造られている。だが。
(このままだとノーキンに直撃だよぅ)
そうなるように蹴られたのだから当然だ。
あの偉丈夫が人形ぶつけられたくらいでどうにかなるとも思えないが、今はジャンと名乗ったあのオークとの立ち合いの最中だ。
重量のある自分が直撃した衝撃で、態勢を崩すかもしれない。このフリルが目隠しになるかもしれない。隙を作ってしまうかも。
心底楽しそうに戦うノーキンに邪魔を入れるのは、例えそれが壊れかけの自分であっても――嫌だった。
「ノーキン!撃って!!」
両足が地面を離れ、高速で吹っ飛ぶケイジィに出来るのは、ノーキンへ向けて声を上げることだけだった。
能筋拳――魔力塊の砲弾を使えばケイジィのボディを粉砕して戦いへの影響を極限に抑えることができる。
丁度間のいいことにノーキンはジャンへ向けて魔力弾のラッシュを放っている最中だ。
連撃の一呼吸のさなか、一発だけこちらへ向けて放つだけで済む。
ノーキンは視線だけをケイジィに遣り、彼女の望み通り拳を向け――
――五指を開いた。ケイジィの身体はそこへ飛び込み、柔らかく受け止められた。
「むっ」
慣性を殺しきれなかったらしいノーキンは二歩ふらついて石畳を踏む。
ラッシュが途切れた。
「何やってんのさノーキン――」
人形の抗議に男は答えず、その両眼はジャンとラテとを間断なく捉え続けている。
前方の家屋を基礎すら残らず砕き尽くす砲弾の嵐の中。
それをかき分けるようにして水流が突っ切り、ノーキンとケイジィの元へ迫ってきた。
魔力塊に穿たれ、弾かれ、体積を減らしながらも水流は一直線にこちらへ飛ぶ。
その先端には白く輝く短剣が、水流に保護されるようにして乗っていた。 (あれは――)
ダーマにいた頃、"教会"の戦闘司祭の暗殺任務を請け負ったことがあった。
彼らの使う聖具の一つ、あらゆる防御を貫くダガーにひどく苦労した記憶が蘇る。
聖短剣サクラメント。女神の加護を乗せた、鎧通しの剣。
水流の中にあるあの剣こそが、そのサクラメントに違いなかった。
「ほう!防御を捨て我輩に一矢報いることを選んだか!よかろう、受けて立つぞ!!」
ノーキンは聖短剣の特性に気付いていない。
己の信頼する肉体と硬気功によって、相性の悪い刺突攻撃さえも阻んでみせるつもりだ。
事実、硬気功が刺突に弱いというのは確かなことである。
魔力の体内爆発とは言わば肉体という革袋に息を吹き込んで膨らませることに近い。
刺突により一箇所にでも穴が空けば、内圧が今度は穴を拡げる凶器として術者に牙を剥く。
通常ならばノーキンの硬気功は刺突すら完全に防ぎきることができる。
しかし今は練り上げた魔力を放出する『波紋功』を行使したことにより、十分な内圧に練り直すまでタイムラグがある。
加えて聖短剣サクラメントは、常軌を逸して頑丈な彼の肌すら濡れた紙を断つように容易く破る。
サクラメントはノーキンの心臓を刺し貫くだろう。
短剣の切っ先を阻むものは、なにもない。
なにも――ただひとつの例外を除いて。
ケイジィは残った左腕で身体を支え、両足で主人の胸板を蹴る。
宙へ向けて跳んだ彼女を迎え入れるように、水流と――包まれたサクラメントが直撃した。
もはや水音と形容する領域を逸した轟音が響き、ノーキンの眼前で激突した両者がぶち撒けられる。
指環の水魔法は世界を構成する元素そのもの。
フェンリルに散々痛めつけられた防護術式など殆ど意味を為さず、滝壺に落ちた木っ端のようにケイジィの五体が砕かれる。
同様に、人類の技術の到達点とも言うべき魔導人形が全存在を賭してぶつかった衝撃は水流の勢いを八方に捻じ曲げた。
水流はノーキンには届かず、石畳や明後日の方向の家屋を穿って果てる。
ケイジィは右腕に加え頭部の左半分と両足を膝から失ってノーキンの足元に転がった。
その胸元に聖短剣サクラメントの刃が根本まで突き刺さっていた。
「何をやっているのだ、ケイジィ」
足元で一度バウンドした人形の背を屈んで受け止めたノーキンは、奇しくも先程と真逆の立場で問いを零す。
やはり同様に、ケイジィは答えなかった。代わりに彼女は苦悶の声を漏らす。
痛みなど持たないはずの魔導人形がだ。
「あ……う……ぐ……!」
「ケイジィ?」
聖短剣サクラメントは物理的なあらゆる障害を貫いて生体に突き刺さる剣。
魔導人形であるケイジィに刺さったところで、害する生身の肉体がそもそも存在せず無意味となるはずだった。
例外があるとすればそれは、ケイジィが『骸装式魔導人形』――死体から造られた人形であるという特異。
少女の死体を特殊な魔術で硬化処理し、血液の代わりに魔力伝導体を流し、内臓を仕込み武器や毒ガス生成器に置換して、
骸装式魔導人形KG-03は製造されている。
死んではいても、生身は生身。
サクラメントの一撃は、ケイジィと形作る根源的な生体部分を狙い過たず貫通し、破壊していた。
「……ごめんノーキン……ダメかも……もうちょい、頑張れると思ったんだけどなぁ」 残った左腕が彷徨うように空を掻く。
主人がそれを掴むと、魔導人形は安らいだような表情で眼を閉じ、そのまま動かなくなった。
ノーキンはボロ布のようになったマントを外し、ケイジィの身体を覆って石畳に置く。
「今暫し眠るが良い。全てが終わったら叩き起こしてやろう」
その時、彼の立つ地面が強烈に揺れた。
脚をついていられないほどの振動、しかし瓦礫が跳ねたり家屋が崩れる様子はない。
エルフの知覚が大地の魔力を察知する。これは指環の魔法――発生源はティターニアだ。
「無粋であると……言っておろうが!!」
ノーキンは怒号一発、拳で地面を叩く。
セフィアトルネードを打ち消したものとは比べ物にならない密度の『波紋功』が発生。
地震の魔法は愚か、周辺に転がる瓦礫や砕かれた武具の破片の一切合切――ケイジィの身体を除いた全てが吹き飛んだ。
ノーキンは立ち上がり、褌以外に一糸纏わぬ姿でフェンリルと化したラテとその後ろのティターニアに対峙する。
ドミノマスクを外し、澄んだ翠の双眸に敵の姿を捉えた。
「二つ目の指環はすぐ傍に在ったようだな。やはりテッラを攻略したのはユグドラシアであったか。
実に数奇なり。今日のこの戦いで、双方が我がものとなる!三年探したぞ、古竜の指環よ!!」
瞬間、ノーキンの姿が消える。ラテの眼前で石畳が砕かれるのと同時、右拳を振りかぶったノーキンが現れた。
武闘家のスキル『軽気功』。重心を引き上げたステップによる高速機動だ。
ミスリル製のメリケンサックが軋むほどの力で握られた拳が、フェンリルの顔面を殴りつけんと飛ぶ。
金属質な音を立てて弾かれた。プロテクション――防御魔術だ。輝く翼を生やしたティターニアが杖を振るっていた。
「右にフェンリル、左にテッラ。貴様らで精霊と聖獣を再現するつもりか!
愉快であるぞ!これが指環の試練ならば、吾輩が継承するに能うるかの証明になるというわけだ!」
間髪入れずに左の拳をぶち当てる。これもテッラの盾に阻まれた。
連打、連打、連打……無数の火花と光が散り、砕けたプロテクションの破片が粉雪のように散る。
指環の力を得たティターニアの防壁は強固だ。
ノーキンの拳を以ってしても、威力を相殺されフェンリルの顔面へ届かない。
拳以上の、高い威力を持った攻撃が必要だった。
それは――
「ノーキン・パイルバンク☆バスタァァァァァ!!」
――肘撃ちである。
『震脚』による踏み込みの威力と全体重を乗せた肘撃ち、これは最早肘を先端とした体当たりに近い。
常人が打っても人を殺しうる暗技を、ノーキンの膂力で打ち放った。
【ケイジィ:聖短剣サクラメントに生体部分を破壊され沈黙
ノーキン:ティターニアの防壁を突き破りフェンリルを叩くべく肘撃ち】 蹴っ飛ばしたお人形を、筋肉さんは優しく受け止めた。
撃ってと叫んだ人形の言葉も無視して、あの嵐のような連打を途切れさせてまで。
なーんだ、やっぱりあなた達にもあるんじゃないか。
奪われたくないものが。失いたくないものが。
あなた達は、お互いを大切に思っている。だったら、話は早い。
これからはあの人形を執拗に狙ってやればいいんだ。
筋肉さんはそれを気に留めずにはいられないはず。あるいは、さっきみたいに庇ってくるかも。
ジャンさんティターニアさん、それに今の私を相手に、そんな無茶が続く訳ない。いや、続かせない。
あの人形からは、筋肉さんを。
筋肉さんからは、お人形を。
奪ってやる。
奪って……あれ?奪って、どうしたかったんだっけ。どうなって欲しかったんだっけ。
ええっと……ううん……。
まぁ、いいや。そんなの奪ってから考えればいいんだ。
そんな事よりも……折角強くなったんだ。
もっとこの力を振るってみたくて、堪らない。
>「何をやっているのだ、ケイジィ」
……って、あらら。
お人形さん、壊れちゃった。
>「……ごめんノーキン……ダメかも……もうちょい、頑張れると思ったんだけどなぁ」
ジャンさんの投げた短剣は、あの人形の致命的な何かを貫いてしまったようだ。
誰にも予想出来る事じゃなかったとは言え……こんな事が、あっていいのか。
あの人形は同じレンジャークラスとして、強くなった私の物差しに丁度よかったのに。
……本当に、それだけだっけ?
何か、忘れてる気がする……だけど私がそれを思い出す前に、背後から聞こえた足音が、私の思考を中断させた。
>「テッラ殿もフェンリルを止めぬと言っておるからな、我ももう止めぬ。
全力でぶつかるのだラテ殿! 護りは我が引き受ける――!」
ティターニアさんの声。
いつだって凛と響くその声に、
「……ぷっ」
私は思わず、吹き出してしまった。
でもティターニアさんが悪いよこれは。だって、
「くく……あははは!ちょっと、こんな時に冗談言わないで下さいよ!」
私は笑いを噛み殺しながら、ティターニアさんを振り返る。
「止めないんじゃない。止められないんですよ。今の私は、もう、誰にも」
そして、そう返した。 「……久方ぶりだのう、テッラよ。だが勘違いするなよ。
我は貴様の後を追ってきた訳ではない。全てはこの小鼠が、勝手にした事よ」
いつも通りのスマイルも添えて。
「そう、全て、勝手にした事……故に。此奴が我が力に呑まれようと、我は知らぬ。
だが……一つ、我にも予見出来ぬ事があった」
冗談を言ったり、返したり、うん、余裕が出てきた。
やっぱり、強くなれて良かった。
「この子鼠は……我が思っていた以上に、弱い。己の弱さにすら負けるほどに。
我が力に埋もれて、消えてしまうやも知れぬなぁ。
もっとも我にとってはその方が好都合だが……何も言わぬのも友への不義。難儀よのう」
……あれ?なんだかティターニアさんの反応が妙だ。
「……私、何か変な事言いました?」
……っと、いけない。
いつまでもおふざけをしている訳にもいかない。
私は筋肉さんへ向き直る。
>「無粋であると……言っておろうが!!」
わお、すごい気迫。
あれあれ?これってもしかしなくても……
「怒っちゃってるのかな?」
だとしたら、いい兆候だ。私達にとってはだけどね。
戦闘の最中において怒りってのは基本的には隙になる。
ジャンさんが時折見せているような爆発力にもなり得るけど、それはもう相手次第だから考えても無駄。
>「二つ目の指環はすぐ傍に在ったようだな。やはりテッラを攻略したのはユグドラシアであったか。
実に数奇なり。今日のこの戦いで、双方が我がものとなる!三年探したぞ、古竜の指環よ!!」
「へえ、三年も。そりゃすごいですね。……是が非でも、このチャンスを逃す訳にはいかない、と。
大丈夫です?焦ったりしてません?いつも通りのパフォーマンスを発揮出来ますか?」
筋肉さんは私の言葉には耳も貸さず、殴りかかってきた。
えー、でもそれって無粋じゃない?ぶーぶー。
なんて、言ってる場合じゃないか。
私は爪先で石畳を叩く。
新たな短刀が生み出され、私の手元へと跳び上がる。
逆手で掴んだそれの切っ先を、筋肉さんの拳の軌道上に据える。
頑丈さが取り柄みたいだけど……あなたの筋力であなたを刺せば、少しは効果が期待出来ないかな?
……と思ったら、目の前で弾ける、剣戟のような激しい音。
筋肉さんの拳は、私の眼前で止まっていた。
あぁ、そっか。ティターニアさんが守ってくれたんだ。 >「右にフェンリル、左にテッラ。貴様らで精霊と聖獣を再現するつもりか!
愉快であるぞ!これが指環の試練ならば、吾輩が継承するに能うるかの証明になるというわけだ!」
「まさか。これはただの、私の奥の手。あなたはあの時、あの場所に、いられなかった。
素質がないんですよ。こんな小娘ですら……指輪を巡る冒険の舞台に、立てたのに」
あーあ……残念。
でも、ま、いっか。拳が私に届かないなら……こんな事も出来ちゃうし。
「……ノーキン?なんで私をぶとうとしてるの?」
大地の属性が持つ、何かを模る力。
それを【ファントム】に応用して、私はケイジィと呼ばれたあの人形の姿に化けてみせた。
「ねえ、やめてよノーキン。私、二回も壊されたくないよ……なーんて。
どうです?似てました?似てたでしょ?
もう取り戻せない物を見せつけられる気分はどうですか?」
防壁越しに筋肉さんの顔を覗き込む。
筋肉さんの瞳の中に映る私は……笑っている。
……うん、いつも通りのスマイル。よく出来てる。
直後、筋肉さんの全身が一際大きく躍動する。
>「ノーキン・パイルバンク☆バスタァァァァァ!!」
全脚力と、全体重を乗せた肘打。
魔狼の勘が言ってる。この一撃は、テッラの盾でも防げないと。
私はティターニアさんを後ろに突き飛ばし、同時に地を蹴り、ほぼ真上に跳躍。
宙返りの要領で筋肉さんの頭上を取り、そのまま背後へ。
そして距離を取る。
頬を伝う生ぬるい感覚。触れなくても、見なくても分かる。これは血だ。
僅かに掠めた肘撃に、フェンリルの毛皮が引き裂かれていた。
やっぱり強いなぁ、この人。だけど今は、心が竦まない。
むしろ……私はこんなに強い人にも、きっと勝てる。そう思うと心が躍る。 さて……奇しくもティターニアさんと挟み撃ちの形になったけど、別にそれは狙いじゃない。
私の狙いは……これ。筋肉さんのマントに隠された、可愛い可愛いお人形さん。
髪の毛と下顎を掴んで持ち上げる。頭の左半分が無くなっちゃってて、持ちにくいなぁ。
「きゃーやめてノーキンぶたないでー壊れちゃうよー……ふふっ、あはは」
人形の下顎から手を離して、宝箱を漁る。
取り出したのは古代都市で拾ってきた宝石。
指に挟むようにして、二つ。
大地の竜の加護を受け続け、強い魔力を宿したそれに、フェンリルの力を合成。爆弾を作る。
まずは一つ、筋肉さんへと軽く放り投げる。
避けるのも弾くのも簡単だろう。でもそれでいいの。
一つ目は、何が起こるのか分かってもらう為だから。
爆弾が爆ぜる。
小さな宝石から開花するかのように鋭く長い鉱物が生え、直後に全てが内側へとねじ曲がる。
さながらフェンリルの牙が世界を噛み砕く瞬間みたく。
「駄目じゃないですか、筋肉さん。この子、こんなに可愛いんですから、もっとおしゃれさせてあげないと」
さて、それじゃもう一つの爆弾を……人形さんのお洋服の胸元に、合成。
「ほら、こんな風に」
そして筋肉さんへと、お人形を放り投げる。
軌道はやっぱり避けるのも弾くのも簡単。
だけど……きっと避けないよね。跳ね除けたりもしないよね。
だって、さっきもそうだったもん。やーさしく、受け止めてくれるよね。庇おうとしてくれるよね?
【ケイジィちゃーん!違うんです!そんなつもりじゃなかったんです!
さておき楽しく心を抉ってもらえたので今度はノーキンさんを抉る番かなと思いまして……】 折れていたのは右腕だった。
あの魔力の奔流の中、腕一本が折れるだけで済んだのは幸運の域に入るだろう。
腰の赤色の革袋からジャンは薬草と木の実を取り出し、まとめて口に頬張った。
ベヒーモスとの戦いでも食べたこの二つは、オークに伝わる薬の組み合わせの一つであり
オークに極めて強力な自然治癒の活性化をもたらす。
数分もすれば折れた骨は再び元に戻り、戦えるほどではないが動かせることぐらいはできる。
ティターニアとラテがノーキンと戦っている間、ジャンはさらなる戦いに備えてしばし休むこととした。
>「今暫し眠るが良い。全てが終わったら叩き起こしてやろう」
先程見た通り、サクラメントの一撃はノーキンではなくケイジィを貫いてしまったようだ。
一見して生体ではなさそうな見た目だったが、そういえばダーマには死体を加工して兵器とする技術があったはずだ。
いかなる経緯かは不明だが、ケイジィがもしそれならばサクラメントの一撃はさぞかし効いただろう。
「ラテに……渡しときゃあ……楽できたかもな……」
急激な回復に伴う右腕の激痛に顔を歪ませながら、地面が揺れるような錯覚を感じる。
さらに嵌めた指環が蒼い輝きを放ち、ノーキンを挟んだ向こう、ティターニアとラテがいる辺りには黄金の輝きが見える。
あの輝きの正体は指環が教えてくれる――テッラの指環、大地の力だ。
>「テッラ殿もフェンリルを止めぬと言っておるからな、我ももう止めぬ。
全力でぶつかるのだラテ殿! 護りは我が引き受ける――!」
>「無粋であると……言っておろうが!!」
叫びと共に地面に放った一撃は周囲のあらゆるものを吹き飛ばし、砕いて粉微塵と変える。
ジャンが突っ込んだ青果店も例外ではないが、離れていたおかげで果物がさらに吹き飛ぶぐらいで済んだ。
「あいつ……また魔物に?いや違う……あれはフェンリルになりやがったのか!」
ジャンもまた叫びと共に走り出す。強くあろうとして人ならざる者になったものへ向けて。
あの地底都市から帰ってから、ラテの様子が微妙におかしかったことをもっと話し合うべきだったとジャンは後悔しながら走る。
指環の力でまだ完治していない右腕を水流で保護し、左腕でアクアの大剣を肩に担いで。
(……けど、今はラテを止めてる場合じゃねえ!まずはノーキンの首を取る!)
ノーキンの防御の要たる氣が刺突に弱いのはおそらくケイジィがかばった点から正解だろう。
ならば、注意がラテの投げた人形に向いている今、再び束ねた水流にて今度こそ確実に心臓を貫く。
ラテが正気かどうか確認するのはそれからでもいい、ジャンはそう考えて大剣を突き出す。
突き出された大剣は槍の形となり、指環の魔力を束ねた水流となった。
一方その頃――隠された魔法陣と変装によって学内への侵入を許したアスガルドの冒険者部隊は
裏門と横道の部隊を学内へと呼び戻し、一部の精鋭は学長の元へと向かっていた。
>「なんじゃ、折角ジジイの幻影をまとって貫禄を出しておったのにお見通しだったか。
改めて名乗ろう。我が名はダグラス・ムーアテーメン・ドリームフォレスト――
ハイランド建国の英雄にしてここユグドラシアの初代学長聖ティターニアの夫じゃ」
その声に応えるように、精鋭の一人であるエルフの剣士が学長の前に現れる。
学長の親友にしてアスガルド流剣術の祖、カドム・グラディア・ドリーマーだ。
彼もまた普段の姿である白髪の老人の姿をやめ、本来の姿である赤髪の青年となっていた。
「我が名はカドム・グラディア・ドリーマー。そこの騎士!名を名乗れ!」
血のこびりついた長剣はすでに何人も切り捨てていることを証明しているが、
身につけている鎧もまた戦いの結果傷ついている。
だが瞳に見える意志の強さは衰えぬ戦意を示し、相手が何者でも揺るがぬ決意だ。
【カドムさんは自由に動かしてもらって結構です!】 >「……私、何か変な事言いました?」
「……いや、何でもない。今は戦いに集中するのだ」
ラテとフェンリルの一連の発言は、ラテがフェンリルに乗っ取られつつあることを示していた。
その上、ラテ自身はそのことに気付いていないようだ。
――止めないんじゃない。止められないんですよ。今の私は、もう、誰にも
それは、自分自身ですら気付いていない心の奥底の止めてほしいという叫びだろうか。
ティターニアは、心の中でテッラにフェンリルの真意を問いかける。
(また意地をはっておるのか……? それとも本気なのか!?)
『正直私にも計り知れません。
ただ一つ確かなのは……仮に私の推測が当たっていたとしてもこのままではフェンリルはラテさんを乗っ取ってしまうでしょう。
所詮はその程度の子鼠だったと……』
(……なんだと!?)
幾星霜の時をフェンリルと共に過ごしたテッラがそう言うのだからそうなのだろう。
一刻も早く戦闘を終わらせて手を打たなければならない。
相手が魔道人形ゆえに効かないと思われたサクラメントの一撃はだがしかし、予想外にもケイジィを戦闘不能へと追い込んだようだ。
それを見て、無駄だと分かっていつつも降伏勧告をするティターニア。
「もうやめぬか、これで1対2、ジャン殿が再起すれば1対3だ」
対するノーキンはドミノマスクを外して素顔を晒し、一歩も引かぬ意思を表明する。
>「二つ目の指環はすぐ傍に在ったようだな。やはりテッラを攻略したのはユグドラシアであったか。
実に数奇なり。今日のこの戦いで、双方が我がものとなる!三年探したぞ、古竜の指環よ!!」
「やはりそう来るか。確かに間違ってはおらぬ、ただし指環持ち二人とフェンリルを一人で倒せればな――!」
テッラの力を宿す堅牢の盾で、ノーキンの怒涛のラッシュをことごとく防ぐ。
見ればラテはその軌道上に短刀を構え拳を刺そうとしていたようだが……
そうすれば確かにノーキンへダメージは入るだろうが、それで打撃自体の衝撃が無くなるわけではない。
今のラテは攻撃性が極限まで引き出されて防御度外視になっているようだった。
>「右にフェンリル、左にテッラ。貴様らで精霊と聖獣を再現するつもりか!
愉快であるぞ!これが指環の試練ならば、吾輩が継承するに能うるかの証明になるというわけだ!」
>「まさか。これはただの、私の奥の手。あなたはあの時、あの場所に、いられなかった。
素質がないんですよ。こんな小娘ですら……指輪を巡る冒険の舞台に、立てたのに」 そんなラテの様子を見ながら、ティターニアの胸中で様々な想いが交錯する。
やはりあの時ミライユを介錯しようとするラテを力尽くでも止めていればこんなことには――。
たとえ救えなかったという結果は同じでも、“頑張ったけど駄目だった”という大義名分を作ってやれればこうはならなかったかもしれない。
しかし、しかしだ。
もしも今すぐラテのフェンリルとの同化を解除できる手段があったとして、果たしてそれをしているだろうか。
このユグドラシア防衛戦において、ラテのフェンリルの力が役に立っていないと言えば嘘になる。
それどころかラテがこうしなければ今頃とっくに敗北を喫していただろう。
自分は年端もいかぬ若者の若気の至りを利用する卑怯者なのだろうか。
いや、何も煽って唆したわけでもない、それどころか止めようとすらした。ただ止めきれなかっただけだ――
>「……ノーキン?なんで私をぶとうとしてるの?」
>「ねえ、やめてよノーキン。私、二回も壊されたくないよ……なーんて。
どうです?似てました?似てたでしょ?
もう取り戻せない物を見せつけられる気分はどうですか?」
ケイジィの幻影を被りノーキンを揺さぶるラテ。
正々堂々とは言えない手段だが、それは特に問題ではない。
先程ケイジィがラテに散々仕掛けた手法であり、そもそも命をかけた戦いなのだから手段を選んでいる場合ではない。
正々堂々などと呑気なことは、小細工無しの純粋な力において絶対の強さを持つ強者だけが言っていられるのだ。
ただ、テッラの素朴な疑問の声が頭の中に響いた。
『なんというか、フェンリルの戦い方ではないですね……。
彼は気高く誇り高く……悪く言えば力押し一辺倒の戦い方をする、そんな獣でした』
「そうか……あれはやはりラテ殿なのだな。
偉大な狼の力を手にしながら子鼠……我に言わせればリスの癖が抜けぬのだな……!
フェンリルの強大な力を手にした今小細工など必要なかろうに!」
煽るような言葉の反面、どこか希望を見出したような口調。
何も今にはじまったことではない。彼女は最初からそうだったではないか。
言葉で自在に相手の心理を操りフェイントで翻弄し幻影で欺いて一瞬の隙を突いて敵を討つ。それが彼女の戦い方だ。
>「ノーキン・パイルバンク☆バスタァァァァァ!!」
繰り出された肘打というレベルを超えた肘打。
防ぎきれないと踏んだのであろうラテはティターニアを後ろに突き飛ばして逃がし、自身は大きく跳躍する。
それでも僅かに掠め、フェンリルの毛皮が引き裂かれて血が流れていた。
ティターニアに構わず一瞬早く跳んでいたら完全に避けきれていたであろう。 >「駄目じゃないですか、筋肉さん。この子、こんなに可愛いんですから、もっとおしゃれさせてあげないと」
>「ほら、こんな風に」
ラテは宝石爆弾を仕込んだケイジィをノーキンに向けて投げる。
ノーキンがケイジィを避けずに受け止めれば鋭い岩の棘に貫かれるという算段であろう。
しかしそうなると分かっていれば、流石に避けるかもしれない。
そう思ったティターニアは、多少避けたり弾き飛ばしたりで二人の距離が離れても対応できるように小細工を講じることにした。
「ラテ殿……そなたが弱いというなら我だってここの防衛のためにそなたを利用する卑怯な弱者だ!
しかし弱くてもいいではないか、弱者だけが得ることが出来る強さもある――」
卑怯な小細工は弱者だけが得ることができる強さ、それが正しいとするなら、ティターニアも紛れも無く弱者の側に属するのだろう。
鮮やかでトリッキーな騙し討ちも常識無視のトンデモ戦術も、毛色は違えど正攻法ではない小細工という点では同じ。
今まさにノーキンに向かって投げられたケイジィの胸の宝石爆弾に杖を向け、アレンジを加える。
元よりテッラの力を受け続けて魔力を宿した宝石ゆえに、それが可能だった。
大地の指環が持つ力の一つ――“豊饒の祝福”。
“護りの加護”が堅牢なる大地そのものの力とすれば、これは大地より芽吹く植物の概念を操る力だ。
もしノーキンがケイジィを避けずに受け止めれば、宝石爆弾から鉱物のようなものが伸びて……というところまでは同じ。
しかしそれは彼らの体を貫くのではなく、植物の根のようにケイジィごとノーキンに巻き付き、絶対の拘束を施すだろう。
鉱物が伸びるのは直線的だが植物の根はそうではない、多少二人が離れようとも物ともしないだろう。
しかしその素材は鉱物でもなく、植物の根でもなく、同時にその両方である何か。
フェンリルの力によって作られる鉱物にテッラの魔力による植物の概念を重ね掛けして生み出された、この世に存在しえない物だ。
その名は“岩の根”――神話においてフェンリルを捕縛したという魔法の縄グレイプニルを形作った素材の一つ。
素材はたった一つではあるが、神話の魔縄グレイプニルを模したものと言えるだろう。 *☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*
>「我が名はカドム・グラディア・ドリーマー。そこの騎士!名を名乗れ!」
「まあいい、どうせ貴様らはここで死ぬのだから教えてやろう。俺の名はアドルフ・シュレディンガー ――人呼んで”黒犬騎士アドルフ”。
帝国の狂犬に喧嘩を売った以上生き長らえると思うな」
まさに戦いが始まろうとしていたその時、ノーキンが引き連れてきた部隊のうちのここまで辿り着いた何人かが雪崩れ込んできた。
「貴様が学長か!? 指環はどこだ!」
そこで不意にアドルフの後ろから、彼と同じぐらいか少し年上と思われる女が進み出る。
修道服をモチーフにしたようにも見える漆黒のローブをまとった女だ。
「あらあら、わざわざここまでご苦労だったわね――疲れたでしょう、ゆっくりお休みなさい。
”セフィア・トルネード”≪刻滅の大旋風≫!」
彼女はなんとただの一撃の魔術で、突入してきた部隊を蹴散らしてしまった。
術式こそパトリエーゼが使っていたものと同じだが、その発動速度や威力は桁違いだ。
ダグラスとカドムもこれには一瞬唖然とする。
「貴様ら、裏で手を結んでいたのではなかったのか!?」
「そうだけど? だから何!? キャッハハハハハハ!! ザコを薙ぎ払うのってサイコ――――――!!」
漆黒の女の甲高い哄笑が響き渡る。その瞳には恍惚の色が浮かび、完全に正気ではない。
禁断の劇薬エーテル・ネクトルを長年に渡り摂取し続け、尤も厄介な方向に精神が崩壊した結果であった。
その上強大な魔力はしっかり身に着けているというのだから、始末に負えない。
彼女の名は黒曜のメアリ――エーテル教団幹部にして、黒犬騎士アドルフの実の姉だ。
アドルフは半分呆れつつも想定の範囲内といった様子である。
「全く、仕方のない姉上だ……」
「いいじゃない、どうせそのうち皆殺しなんだから!
ねえアドルフ、この際だから指環の勇者やあの指環狙ってる筋肉エルフもまとめてやっちゃわな〜い?
そろそろ両方ともフラフラになってる頃だろうしぃ。ほらあれ、漁夫の利っていうやつ?」
狂った姉の提案を受け、しかしこの際それもアリか――とアドルフは暫し思案する様子を見せる。
【ノーキン殿の意向次第で共闘展開にも持ちこめるようにもしてみた。
ノーキン殿が敵役として散りたい場合も我々で姉弟戦突入しても
やめといてアドルフ殿にヒャッハー姉を引きずって帰らせてもいいし例によって皆の意向次第で!】 ノーキンの100を超える体重の全てを乗せた肘撃ち。
押し出された大気が雲を引く巨大質量は、ティターニアの防壁を粉砕し、その先のフェンリルを穿った。
「……浅いな!」
鮮血と鋼にも似た硬度の毛皮が散る。しかし骨まで届いていない。
フェンリルは刹那の間隙を縫って跳躍し、ノーキンを飛び越えて背後へ回っていた。
反撃は――来ない。背の遥か遠く、ノーキンが先程までいた場所に獣の影が現れる。
そこに置かれた、マントの中身を掴んで持ち上げる。
>「きゃーやめてノーキンぶたないでー壊れちゃうよー……ふふっ、あはは」
フェンリルは半壊したケイジィの頭をがくがくと揺さぶり、最早物言わぬ亡骸に声を真似て喋らせる。
ノーキンは黙ってそれを見ていた。安直な挑発。先刻の乱打の直前にも幻影を纏って同じことをしていた。
怒りを喚起して隙を生み出さんとする魂胆が透けて見える。
――そう、奴はノーキンから隙を見出そうとしている。
フェンリルという、規格外の聖獣の力を得てして、なお。
「……小手先だな、若輩。今の貴様に"そんなもの"が必要なのか?
吾輩に比肩しうる膂力を持ちながら!それ以外に頼みを置く理由など今更あるまい……貴様にも、吾輩にもだ!」
例えかつての相棒の亡骸を弄ばれようとも、その尊厳を踏みにじられようとも、ノーキンが無様に取り乱すことはない。
それは単純な齢の功。百余年の間戦いの場で己を磨き抜いてきた戦闘者の感性が、心の動揺を最小限に抑え込んでいる。
「貴様の狼藉は……貴様がフェンリルの肉体を信頼出来ていない証左であろう。
だからこの期に及んで児戯に走る。貴様は最早人間ではないのだ。人間の技を戦場に持ち出してどうする」
一人劇場を終えたフェンリルはこちらを揶揄する愉悦を浮かべ、二つの宝石を取り出した。
遺跡から掘り出されたアーティファクトによく見られるものだ。
濃密な魔力や祀られし神の威光を受け続け、強力な魔力を供えた器物。
然るべき競りに掛ければアスガルドの一等地に一軒家を建てられる、二つあったうちの片割れをフェンリルはこともなげに放った。
緩やかに放物線を描いた宝石をノーキンは平手で払った。
彼の膂力で弾かれた宝石は至近の石畳に突き刺さり、そこに石の華が咲く。
もしも宝石が直撃していれば、あの鋭利な石の牙が肉に食い込んでいたことは想像に難くない。
>「駄目じゃないですか、筋肉さん。この子、こんなに可愛いんですから、もっとおしゃれさせてあげないと」
>「ほら、こんな風に」
もう一つの宝石は――ケイジィの亡骸へと埋め込まれた。
フェンリルの豪腕が振りかぶり、宝石付きのケイジィをノーキン目掛けて投擲する。
「……児戯だと言っている!」
ノーキンは冷静に拳を引いた。
触れれば先程のように石の華で噛み付かれるならば、魔力の砲弾で空中で撃ち落せば良い。
先程のように波紋功で全て吹き飛ばしてしまうのも良い。
ノーキンの技量ならばそれが容易くできる。何を憂いることがあろうか。
引き絞られた弓の如く背筋が律動し、エーテルメリケンサックに魔力の光が灯る。 必殺の拳が放たれんとした刹那。
風を受けて力なく揺れるケイジィの頭部、片方だけ残った眼球と、目が合った。
「…………!!」
硬く握られていた拳が振るわれる過程で力を失い、萎びた蕾のように開いた五指に戻る。
迫り来るケイジィの身体を、やはりノーキンは砕くことが出来ず――再び受け止めた。
埋め込まれた宝石が内部に宿る魔力を解放する。
ケイジィの胸元から無数の岩の触手が伸びて、ノーキンの右腕から右肩にかけてを次々に突き刺していく。
硬気功すら貫く、フェンリルのあぎとによる刺突。
岩を染め上げるように鮮血が噴き出した。
「ぐ……ぬ……手緩いぞフェンリル!これは貴様の試練であったな!
よかろう、貴様の牙など我が筋肉で全て止めてみせる!吾輩の望んだ肉体の戦いだ!!」
ノーキンの上体が倍ほども膨れ上がる。純粋な筋肉の収縮のみで岩の牙をこじ開けつつあった。
力を失ったケイジィの身体を掻き抱きながら、一本また一本と筋繊維に押し出されて牙が抜け落ちていく。
血を流していた傷口がみるみるうちに塞がり、強固な結束で出血を止める。
「さあ認めるが良いフェンリル、我が膂力を……!!」
だが宝石は無数の牙を生やしただけで終わりではなかった。
ノーキンの筋肉から抜け出た牙達が変質した。生まれたのはしなやかな大樹の『根』。
鉱物の如く硬質で、植物の如く柔軟な根――大地の力そのものがノーキンの五体に巻き付き、石畳に縫い止める。
感じるのはフェンリルの魔力だけではない。
「テッラの加護か!味な真似を……!」
テッラとフェンリル、精霊と聖獣の力が渾然一体となってノーキンを締め上げていく。
ただ硬いだけの岩ならばノーキンの筋力で粉砕できる。
しかし樹木の特性も得た根はその力を木の葉を殴るように往なし、受け流して無にかえす。
最早両足は殆ど地面と同化し、ノーキンをその場に磔にしていた。
拘束され、無力化され、それでも男は諦めない。
諦められるはずがない。
「吾輩は指環の全てを簒奪する者!たかだか一つの指環相手に止められる五体であってなるものか……!!」
唯一自由な肺腑に渾身の力を込め、強烈な肺活量で息を吸う。
武闘家の特殊な呼吸法は、大量の呼気を取り込むことで瞬間的に爆発的な力を産む。
生まれた力をノーキンは全て"氣"の練り上げに費やした。
渾身の『波紋功』。
練り上げた全ての魔力を放出すれば、四肢をくまなく覆い尽くした岩の根を吹き飛ばせる。
それが可能なように、例え精霊と聖獣を一度に相手しても打ち倒せるように、今日まで鍛え上げてきた。
体内の魔力爆発を、解放する。
「行くぞ指環の体現者共よ!これが吾輩の筋肉だ!!」
――フェンリルと化したラテが用いた挑発の戦術。
ノーキンが児戯だと切って捨てたその行為には、確かな意味があった。
熟練した戦闘者である彼に心理的な動揺は生まれ得ない。
例え肉親の亡骸を辱められようとも眉一つ動かさずに目の前の敵を葬るだろう。
そう、目の前の敵を。
ノーキンの意識は、冷静さを保ちながらも、確実に目の前のフェンリル、その一挙一動に集中していた。
背後から迫って来るジャンに、直前まで注意を割けないほどに。 「が……!?」
ノーキンの胸から一本の槍が生えた。
血に濡れた穂先は鋼鉄ではなく、固めた水流で出来ていた。
首だけを回して振り向けば、ノーキンの胸郭を貫く槍と、それを構えるジャンがそこにいた。
「ふ……はは……血肉の一片も残さず粉砕したと思っていたのだが……な……」
アスガルド外壁すら砕き尽くすノーキンのラッシュを受けてなお、ジャンは五体満足で戦線に復帰していた。
そこに如何なる絡繰があったのか最早彼には分からない。
しかしジャンは確かに生き延び、こうしてノーキンに致命傷を与えた。結果が全てだ。
「それでこそ……指環に選ばれた者だ。そして貴様も理解しているだろう――そこは我が間合いだ!!」
瞬間、ノーキンの裏拳がジャンの顔面を捉えた。
槍を掲げて身体ごとぶつかってきたジャンに、ノーキンの射程から逃がす猶予など与えない。
尾を引く血の軌跡はジャンのものか、それともノーキン自身のものか、最早判別はつかない。
「ぐ……ふっ……」
ノーキンの口元から滝の如く赤黒い血が飛び出した。
ジャンの槍による一撃は分厚い筋肉と堅牢な肋骨に逸らされ心臓を穿ちさえしなかったが、
肝臓と肺の一部、気管支を貫き破壊していた。
即死ではなくとも、致命傷。今はその僅かな猶予がノーキンの肉体を動かしている。
「……痛恨である。指環一つならば如何様にもなったはずだが……ここにあるのは二つであったな。
基本的な足し算すら失念していたとは……吾輩もどうやらヒトの子であるらしい」
結局の所、ノーキンを死に至らしめるのは指環のでたらめな魔力や聖獣の牙などではない。
最後の最後に彼へ刃を届かせたのは……人間の悪意。
そして、規格外の肉体を相手に舌鋒鋭く自身の土俵で勝負して勝ちをもぎ取ったラテの執念だ。
胴を貫通する槍を片手で掴み、瀕死にしてなお健在の握力で握り潰した。
体内に遺る流水の破片を抜けば、導水管のように血液が溢れ出す。
傷を塞ぐ力は残っていなかった。残ってなかったら何だと言うのか。
「……魔術の才なき身に生まれ……その境遇を覆す為に吾輩は肉体を鍛えた。
磨き抜いた我が五体はあらゆる不条理を叩き潰してきたが……ただ一つ、筋肉だけでは跳ね除けられぬものがあった」
岩の牙に四肢を食い千切られ、大樹の根に縫い付けられ、胴を槍で刺し貫かれて、なお。
ノーキンは二足で大地に立ち続けていた。
「"死"だけは……ヒトの力で覆すことはできない……出来なかった」
腕の中で眠る魔導人形の砕かれた半分の頭部。
残った片側から伸びる耳は、ノーキンのものより少し短い――エルフの耳。
ノーキンはそれを伏し目で撫でて、気管支に血が入って噎せる。
石畳に吐き出された血の中には、刻まれた内臓の破片さえも混じっていた。
あらかたを吐き終えて、ノーキンは脂汗混じりの双眸で前を向いた。 「やすやすと諦めはせぬぞ……!"死"如きが……我が道程を阻めるか……!!」
みしりみしりと音を立てながら、足を地面に縫い止めている根が剥がれつつある。
本物の聖獣フェンリルさえ地に繋ぎ止めていた根を、ノーキンの筋力と――執念が、覆し始めていた。
足に力を込めれば込めるほど、傷口から流れる血の量は増して行く。
塞いでいたはずの右腕の傷が開き、彼の右半身を鮮血に染め上げる。
「指環の力で……吾輩は……死を打ち砕く……!!」
一歩。ついに踏み出した。
溢れ出た血液が彼の足跡を色濃く石畳に残す。
二歩。上体を拘束していた根さえも引き千切って動き始める。
健康的に日焼けしていた彼の素肌は色を失い、眼球が乾きつつあった。
三歩。ティターニアの持つ指環へと手を伸ばす。
大人の顔ほどもある五指は、しかし広げることさえままならず力なく虚空を掴んだ。
そして、彼の歩みはそこで終わった。
膨張していた筋肉が萎み切り、食い止めていた岩の牙が再び襲いかかる。
同時、ケイジィの身体から伸びる大樹の根がノーキンの上半身を完全に包もうとし、彼は叫んだ。
断末魔ではない。
「――指環の継承者達よ!見事なり!!」
根の侵食が停止する。それが最後だった。
命を振り絞った咆哮を結末として、ノーキン・ソードマンは静かに事切れた。
金の為に故郷の街を襲い、指環を得んと全てを賭した男の最期。
それは――娘によく似た人形を腕に抱いての、立往生だった。
【ノーキン&ケイジィ:死亡】
【ティターニアさん、ジャンさん、ラテさん、本当に楽しかったです!ありがとうございました!】
【共闘展開もとても魅力的なのですが、当初の予定通り敵役として散ることを選びました。
色々考えていたやりたいことを遣り尽くせてすごく楽しかったです
また機会があればご一緒させてください!】 >「……児戯だと言っている!」
「本当に?」
筋肉さんが拳を振り被る。
手甲が魔力の光を帯び、突きを放ち……しかし拳を振り抜かず、五指を開く。
まず鉱物の花が、そして、鮮血の花が咲いた。
「嘘つきぃ。やっぱり通用するじゃないですか。やーさしいー」
これで右腕は封じた。
戦いという観点でものを言えば、この時点で私の勝ちみたいなもんだ。
だって出血してるなら、後は勝手に相手は弱っていく。
あのお人形ちゃんを庇い続けなきゃいけないなら、もう防御も攻撃もろくに出来ない。
>「ぐ……ぬ……手緩いぞフェンリル!これは貴様の試練であったな!
よかろう、貴様の牙など我が筋肉で全て止めてみせる!吾輩の望んだ肉体の戦いだ!!」
……と思ったんだけど、あらら。
すっごい筋力……まぁ私にはなんの害もないし、良いんだけど。
>「さあ認めるが良いフェンリル、我が膂力を……!!」
「はいはい、すごいですね。でも……隙だらけですよ」
どうせ私の方が強いんだ……だから執拗に狙っちゃうよ。そのお人形ちゃんを。
もうとっくに壊れちゃった人形を庇いながら、どこまで耐えられるかな?
それとも……耐えられなくなって、お人形、捨てちゃうのかな?
どっちにしても……
「……楽しみ」
そして地を蹴り距離を詰めようとして……不意に、筋肉さんの体を『綱』が這い上がった。
感じるのは……テッラの加護。ティターニアさんだ。
うーん、援護してくれるのはありがたいけど……こりゃ、今度こそ終わりかなぁ。
>「吾輩は指環の全てを簒奪する者!たかだか一つの指環相手に止められる五体であってなるものか……!!」
あっ、まだ粘るみたい。
物凄い気力の高まり……さっきの、確か波紋功だっけ?で体を縛る綱を吹き飛ばすつもりだ。
なら、私はそれを利用してやる。
大技を放った直後の隙を突いて、そのお人形の首を刎ねる。
反応出来るかな?防ぎ切れるかな?
筋肉さんと、目が合った。
あえて目を逸らす。今なおあの人が大事そうに持っている人形へと。
>「ぐ……ふっ……」
そして……筋肉さんの胸から、槍が生えた。
水で出来た鋭い槍……ジャンさんが指環の力で作り出したものだ。
>「……痛恨である。指環一つならば如何様にもなったはずだが……ここにあるのは二つであったな。
基本的な足し算すら失念していたとは……吾輩もどうやらヒトの子であるらしい」
あれは、致命傷だ。
死んじゃうんだ……つまらないなぁ。 >「……魔術の才なき身に生まれ……その境遇を覆す為に吾輩は肉体を鍛えた。
磨き抜いた我が五体はあらゆる不条理を叩き潰してきたが……ただ一つ、筋肉だけでは跳ね除けられぬものがあった」
ま、いっか。せめて最後に、今の気分だけでも聞かせてもらおっかな。
大事なものも、自分の命も奪われて……自分のしようとした事をされて、どんな気分なのか。
>「"死"だけは……ヒトの力で覆すことはできない……出来なかった」
……なんだ、その表情は。
その、愛おしげな表情は。
筋肉さんの手がお人形の耳を撫でる。
少し尖った、小さな耳。
……まさか。
>「やすやすと諦めはせぬぞ……!"死"如きが……我が道程を阻めるか……!!」
筋肉さんの顔を見つめる。
今なお私を力強く睨みつける双眸と目が合った。
>「指環の力で……吾輩は……死を打ち砕く……!!」
澄んだ翠の瞳……あのお人形も、同じ色をしていなかったか。
「う、あ……」
>「――指環の継承者達よ!見事なり!!」
「あぁ……そんな……私、何を……なんて事を……」
違う、嘘だ。そんな訳ない。
耳の形も、瞳の色も、エルフなら別に珍しい訳じゃない。
こんなの、私のただの妄想だ。
震えが止まらない。立っていられない。
だって、もし「そう」なら……この人は、私達となんら変わらない。
自分の大事なものの為に戦っただけ。
違う。私は悪くない。
殺さなきゃ殺されていた。
奪わなきゃ奪われていた。
……違う。そんな言い訳、何の意味もない。
私は、奪っちゃいけないものを、奪ったんだ。
嬉々として、楽しみながら。 『終幕か。あの男も、そしてお前も』
フェンリルの声が聞こえる。
「……違う。私はあんな事したくなかった。あなたが」
『擦るな小鼠。我は言った筈だ。貴様は我でも、貴様でもない何者かになると。
力を得れば、人は変わる。善に転ぶ者もいれば……悪に流れる者もいる』
耳を塞ぐ。頭を振る。
それでも声はやまない。
『貴様は、成ったのだ。己の弱さ故に味わった苦渋を、他者に強いる者に。
我が力と、弱き心を併せ持つ悪に。
いっそ消えてしまった方が、まだ救いがあったな。小鼠よ』
……何も言い返せない。
だって本当は、私だって分かっているんだ。
私が強ければ。フェンリルの力に溺れずにいられるくらい、強ければ……ノーキンさん達を殺さずにいられた筈なんだ。
私の弱さが、私が、また人を死なせたんだ。
「……ごめんなさい」
殺してしまってごめんなさい。
奪ってしまってごめんなさい。
私は、石畳から短剣を作り出す。
そしてそれを……ジャンさんとティターニアさんへ投擲した。だって、償いをしなきゃいけないから。
「失くさなきゃ……奪ってしまった分、私が失わなきゃ……」
ティターニアさんも、ジャンさんも、私の大切な人達。
だから……償う為には、失わないと。
『砕けたか……つくづく、弱い』
フェンリルの声……その通りだ。私は、弱い。
きっと私はまだ、おかしいままだ。
今している事も、何かおかしいんだろう。
だけどもう……何も考えたくない。
ただ、楽になりたい。
だから……だから私は牙を剥いて、ジャンさんに飛びかかった。
>「ねえアドルフ、この際だから指環の勇者やあの指環狙ってる筋肉エルフもまとめてやっちゃわな〜い?
そろそろ両方ともフラフラになってる頃だろうしぃ。ほらあれ、漁夫の利っていうやつ?」
「それも悪くない……が、まずは目的を果たしてからだ、姉上」
「えー、仕方ないわねぇ」
アドルフの返答に黒曜のメアリは唇を尖らせて、それからパトリエーゼの死体へ歩み寄り、見下ろす。
双眸を細め、暫し凝視。そして、口を開く。
「……駄目ね。パティの魂……そこにもう、虚無はない」
そこから紡がれる声は先程とは一変して、静やかだった。
「なんだと?」
「ここの人間が、随分と優しくしてくれたみたい。魂が色付いてしまっている……。
これでは“ワールド・エンブレイス”≪世界を抱く翼≫の贄にはなれない。
無色透明の世界で、再会する事は……出来ない」
メアリは膝をつき、パトリエーゼを覆い被さるように抱く。
「兄である俺に斬られ、死んだと言うのにか?」
「……そうみたいね〜。うふふ、どう?悲しい?虚しい?……虚無を感じてる?私は、感じてるわ」
「……なら、さっさと済ませろ、姉上。俺も、指環の勇者とやらを斬ってやりたくなってきた」
そのやり取りに、ダグラスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「お主ら……その娘を家族として、愛していたのか?ならば何故、殺してしまったのだ……」
「あら、見た目は若くてもやっぱり歳を取ると耳が遠くなっちゃうのかしら。
さっきも言ったじゃない?無色透明の世界で、エーテリアル世界で、再び出会う為よ。
もっともその為には……あの子自身が虚無である必要があったのに……!」
瞬間、膨れ上がる虚無の魔力。
一条の閃光がダグラスを襲う。
それを遮る水の障壁。
軌跡を捻じ曲げられた閃光は石床に突き刺さる。
虚無の属性が、大地の属性を塗り潰し、消滅を招く。
「馬鹿な、理解出来ぬ。それほど愛していたのなら、何故この世界でその娘を満たしてやろうと考えなかった」
ダグラスの問いに、今度はメアリが怪訝そうに首を傾げる。
「でしょうね。人の身に生まれながら、人の定めを逸したあなたには、理解出来るはずがない。
たった百年も生きられない、その生命の殆どを、幼さと老いに支配される、人間の考えも」
瞬間、アドルフが左脇に抱えた水晶を、背後にいるメアリへと放った。
カドムの反応は早い。風の魔力を剣に宿し、鋭く踏み込む。
だがいかにアスガルド流剣術の開祖と言えど、黒騎士を相手に不意は突けない。
アドルフが左手で、逆手に抜刀した短剣が、カドムの一撃を受け止める。 「アスガルド流剣術……属性魔力を剣と体に宿す、魔法剣か。
エルフの演芸としては面白いが……俺には通じん。狂犬の牙は、全てを喰らう」
エーテル、虚無の力を宿した剣は、刃を交えるだけでも敵の力を削ぐ。
ましてや剣に宿した魔力であれば尚更だ。
相性が悪い。アドルフの力に逆らわぬ形で飛び退き、カドムは歯噛みする。
「……理解出来なかったでしょう?
この水晶を、虚無の竜……クリスタルドラゴンを、どう目覚めさせるのかも」
アドルフから渡された水晶を、メアリが抱きしめる。
「火と、水と、大地と、風と、光と、闇と……
古竜に塗り潰され、あらゆる属性に満たされたこの世界に、純粋な虚無が存在し得る隙間はない……。
ただ、一箇所を除いて」
刹那、無の水晶から尋常ならざる気配が溢れた。
気配だけだ。
熟達したエルフの第六感でさえ、その存在を完全に知覚する事が出来ない。
「真の虚無は、人の心に。パティ……あなたともう、二度と会えない……。
その虚無を……捧ぐわ。この世界を包む透き通る翼……
古の神が隠した、世界を禊ぐ者……クリスタルドラゴンに」
不可視の気配が、メアリの体を通り抜け、そして膨れ上がる。
「あぁ!あぁ!パティ……あなたを失った喪失感すら、失っていくのが分かるわ!
私、今、最っ高に……何もない……虚無的……だわ……あぁ……」
恍惚の表情でメアリが身悶えする。
彼女が膝から崩れ落ち、同時、不可視の気配が空へと昇る。
そして高度な防御魔法を施された天井を『掻き消して』、どこかへ消えていった。
「神造竜?……なるほど。満たされた者には、決して解けぬ封印、か」
ダグラスが得心がいった、という様子で呟く。
「クリスタルドラゴン……その正体は、神の遺した権利か。
古竜が塗り替えたこの世界が、そこに生きる者にとって苦痛でしかなかった時、再びエーテリアル世界を蘇らせる為の」
彼は暫し考え込み、メアリとアドルフを見据える。
「去れ、この世界を受け入れられぬ者達よ。
これが神々によって定められた戦いならば、決着をつけるべきはここでも我らでもない」
「ダグラス!ここで終わらせるべきだ!この世界に生きているのは神でも古竜でもない!」
親友の抗議に、しかしダグラスは首を横に振る。 「……いや、お引き取り願おう。ワシはまだ死ぬのも、友を失うのも御免じゃからの。
虚無が故郷であるならば、此奴らはまさしく死兵じゃ。
あちらが敗戦濃厚であるからこそ……ワシらも、何も奪われずには勝てまい」
「あら、優しいのねお爺ちゃん。じゃ、お言葉に甘えて……帰っちゃおうかしら」
「……いいのか、姉上」
「よくないぞ、姉上……って言いたそうな顔してるわよぉ?
ま、ここで派手に散るのも虚無的で素敵だけど……今は帰りましょ。
パティをエーテリアル世界に送ってあげるには……ドリームフォレストとは、あまり険悪になるのは良くないわ」
妹の名を出されると、アドルフは一瞬渋い表情を見せ、剣を収めた。
メアリがその場でくるりと、右足を軸に回転すると、地面に魔法陣が浮かび上がる。
転移の魔法陣だ。
淡い光がメアリとアドルフ、パトリエーゼの亡骸を包む。
光が収まると、彼らの姿はもうそこにはなかった。
【ノーキンさんお疲れ様でした!やりたい事好き放題やらせてもらえて超楽しかったです!是非また一緒に遊びましょう!
ラテをどういう風に止めるのかは、ジャンさんティターニアさんにお任せします。どんな形になろうと美味しいです。
ユグドラシア側は……なんか思いついたからそのまま書き殴っちゃいました。辻褄はよくわかってないです!】 >「それでこそ……指環に選ばれた者だ。そして貴様も理解しているだろう――そこは我が間合いだ!!」
確実に心臓を貫くためにより踏み込んだ一撃は、臓器を穿った感触こそあったが代償は大きいものだった。
直後に飛んできた裏拳を防ぐために張った水流の壁はわずかに方向を逸らしたものの
ジャンの頬に直撃し、歯が何本かへし折れて吹き飛び口の中を跳ねまわった。
「――痛えじゃねえかァ!!」
口内に残る嫌な感触を噛みしめながら、突き刺した水流の槍をさらに深く抉りこむように刺す。
わずかな体力と気力を振り絞りジャンは立ち続け、執拗に何度も抜いては突き刺す。
>「……痛恨である。指環一つならば如何様にもなったはずだが……ここにあるのは二つであったな。
基本的な足し算すら失念していたとは……吾輩もどうやらヒトの子であるらしい」
そう語りながらジャンが突き刺し続けていた槍を掴み、なんと片手で握り潰した上引き抜いてしまった。
だが氣は既に体内からなく、溢れ出る血液はノーキンが気力のみで立ち続けていることの証明だ。
ジャンは槍が引き抜かれたときに思わず腰を抜かし、ヒトにしてヒトを超えようとした者の最期をただ見つめることしかできないでいる。
ノーキンはジャンを気に留めることもなく、語り続けながらゆっくりと歩き始める。
指環の魔力とフェンリルの力で作られた岩石の根を強引に振り払い、目の前に立つティターニアの指環へ向かって。
だが一歩、二歩と続き、三歩目にしてノーキンはついに足を止め、力尽きたかと思われた。
再び根が歩みを止めた彼を縛るべく伸びた瞬間、彼が最後に叫んだ言葉は呪詛のような遺言ではなかった。
>「――指環の継承者達よ!見事なり!!」
むしろジャンたちの旅路を祝福するような、堂々とした咆哮は彼の生涯を表すものだったのだろう。
そこから彼は一歩も動くことなく、静かに人生を終えた。
「……エルフ爺め、最後まで好きなように動きやがって。
ティターニア、ラテ。とっととユグドラシアに戻ろ――」
短い黙祷を済ませた後、人形に突き刺さっていたサクラメントを引き抜く。
さらに軽く悪態をついて二人を見た瞬間、気づいた。ラテの様子が明らかにおかしい。
>「……ごめんなさい」
石畳の一部が剥げ、石で作られた短剣状の何かが宙に浮かぶ。
そしてラテは――それを無造作にジャンとティターニアへ投げた。
「バカ野郎!いきなり何やってんだよ、気でも狂ったのか!?」
慌てて水流の壁で方向を逸らし、後ろにあった家屋の壁に短剣状の石片が突き刺さる。
避けなければ間違いなく脳天に突き刺さっていたその一撃にジャンは思わず怒鳴ったが、なおもラテの様子は変わらない。
>「失くさなきゃ……奪ってしまった分、私が失わなきゃ……」
そう呟きながら、ジャンへとラテは跳躍した。
殺意をむき出しにしたそれは、避けなければ間違いなく喉笛を噛みちぎられる一撃だろう。
(心が不安定なところでフェンリルに何か言われちまったな!
あのクソ狼ロクなことをしやがらねえ!!)
だが、ジャンは避けない。戦闘の余波で砕けた石畳を踏みしめ、指環を掲げてウォークライを放つ。
「酔っ払いに一番効くやつだ……ようく聞いておけよオオォォォォ!!!!」
指環から大量の水をラテの顔めがけて叩きつけ、跳躍の勢いを失ったところで顔を掴み、ウォークライで頭を揺さぶる。
酒に酔ったり魔術で正気を失った同族に対してオークが行う治療法の一つだ。
一般的にオーク族の間で「頭を冷やせ」と言われた場合にはこのことを指すことが多い。 さて、ノーキンという指揮官を失い烏合の衆となったソルタレクの冒険者部隊は
もれなくアスガルドの冒険者ギルドに仕留められるか、捕縛されてしまった。
学園内に残った残党も間もなく掃討され、長く続いたこの戦いももうすぐ終わるだろう。
「だけどな、終わった後ってのが大変なんだ、物事ってやつはな。
まずは負傷者の治療と学園と都市との合同会議だ。それが終われば報酬の支払い。
壊れた街の復旧作業。ソルタレクのクソったれ共への抗議文」
「冒険者ギルドどうしの戦争なんて歴史上初めてですなあ」
「喜べよギール、お前が数間違えて頼んだ羊皮紙の山全部使うことになるぜ」
アスガルド冒険者ギルド支部、その会議室。
戦闘がほぼ終結し、ギルドの幹部とギルドマスターが一堂に会してこれからの対応について話し合っていた。
アスガルド側も被害は少なくなかったが、捕縛した冒険者たちを労働に使わせることである程度被害は補える見込みだ。
「で、次の話なんだけどよ……敵の指揮官をぶちのめしたっていう連中。
あいつらが噂の指環持ちか?」
そろそろ白髪が目立つ年に差し掛かったギルドマスターが、テーブルに銀のゴブレットを叩きつけて話す。
それに呼応するように、ギルドの幹部たちもまた各々の意見を述べ始める。
「もしそうだとすれば、面倒なことになりますな」
「私たちは知らなかった方向でいきましょう、彼らは単純に強かったということで」
「……それが一番だな、神話の遺物なんてずっと眠っていてほしいもんだ」
「次の議題に移りましょう、黒騎士が介入していたという報告についてですが――」
【ノーキンさんありがとうございました!パワータイプのキャラどうしのぶつかり合いでも
色々やれるもんだということを知ってとても勉強になりました!
言葉による説得はジャンに向いてないと思うので、ティターニアさんにぶん投げておきます!
冒険者ギルドの話は勝手に使ってもらって結構です、カドムさんがかっこよく動いてくれて嬉しい…!】 >「貴様の狼藉は……貴様がフェンリルの肉体を信頼出来ていない証左であろう。
だからこの期に及んで児戯に走る。貴様は最早人間ではないのだ。人間の技を戦場に持ち出してどうする」
テッラの抱いた疑問と同じような内容のことをノーキンは冷静に指摘する。
ラテの容赦ない揺さぶりを受けて尚ノーキンは取り乱す事なく、
それどころかラテの煽りが逆に戦闘への集中力を高める方向へ作用しているようにも見えた。
>「……児戯だと言っている!」
>「…………!!」
ティターニアの予測した通り、ノーキンはいったんはケイジィごと宝石爆弾を射ち落とさんと拳を引いた。
しかし寸前でそれをやめ、ケイジィを受け止めたのだった。それがどういう結果を齎すか分かっていながら。
それを見たティターニアは奇妙な違和感を覚えた。
あれ程の揺さぶりを受けて取り乱さなかったノーキンがここにきて感情に流されたのは何故か――
そこから暫し、岩の根と規格外の筋肉の激しい攻防が繰り広げられる。
>「吾輩は指環の全てを簒奪する者!たかだか一つの指環相手に止められる五体であってなるものか……!!」
>「行くぞ指環の体現者共よ!これが吾輩の筋肉だ!!」
ティターニアは直感し、同時に戦慄した。
彼は岩の根もろとも竜と聖獣の力を宿したティターニアとラテを吹き飛ばすつもりだ。
そして恐ろしいことに、ノーキンの中ではそれが可能なほどの魔力が膨れ上がっていた。
万事休すと思われた、その時。
>「が……!?」
ジャンの放った渾身の水の槍での刺突が、ノーキンを貫く。
ノーキンはジャンに渾身のカウンターを浴びせると、自らの死を悟ったように語り始めた。
>「……痛恨である。指環一つならば如何様にもなったはずだが……ここにあるのは二つであったな。
基本的な足し算すら失念していたとは……吾輩もどうやらヒトの子であるらしい」
「何をいっておる、我らはもとより神樹より肉体を授かった精霊――”ヒト”ではなかろう」
>「……魔術の才なき身に生まれ……その境遇を覆す為に吾輩は肉体を鍛えた。
磨き抜いた我が五体はあらゆる不条理を叩き潰してきたが……ただ一つ、筋肉だけでは跳ね除けられぬものがあった」
>「"死"だけは……ヒトの力で覆すことはできない……出来なかった」
「そうか、そなたは……エルフの身に生まれながら、エルフの定めを逸した者――か」 ここで彼が言う”覆せなかった死”とは――。
一瞬ノーキンの視線がその腕に抱いた耳が尖った人形に向けられたのを見て、様々な情報の断片が繋がる。
ノーキンがエルフとしては歳を重ねているように見えたこと。噂に伝え聞いた、彼が宮廷を出奔するきっかけとなった事件。
彼がどうしてもケイジィの体を砕くことは出来なかったこと。
そして生体だけを破壊するはずのサクラメントに破壊されたケイジィ。
ダーマ魔法王国が擁するという、死体を魔道人形へと作りかえる禁断の技術――
ケイジィが魔道人形として生まれ変わった娘だったのだとしたら、全ての辻褄が合ってしまう。
いや、そんな上手い話があるはずが、ない。
万が一そうだとしても、今のラテに僅かでもその仮説に至るきっかけを与えてはならない。
>「やすやすと諦めはせぬぞ……!"死"如きが……我が道程を阻めるか……!!」
>「指環の力で……吾輩は……死を打ち砕く……!!」
もうとっくに事切れているはずのノーキンが、一歩また一歩と歩を進めてくる。
それはまさしく、短い寿命に支配される存在――”ヒト”だけが持ち得る凄まじい気迫だった。
エルフという種族は、おしなべて究極的には合理的な思考を持つ。
相手が撤退を許す限り、最後まで戦って散るということはまずないのだ。
ついに歩みを止めたノーキンの最期の言葉は、断末魔でも増してや恨み節でもなく――
>「――指環の継承者達よ!見事なり!!」
純粋に自らの野望を打ち砕いた強者を讃える言葉だった。
自らと同じ瞳の色をした人形を腕に抱き、人形もろとも大樹の根に抱かれての堂々たる立往生。
様々な感慨を込めてティターニアは呟いた。
「この大莫迦者……無様に生き延びれば再起のチャンスもあるというのに。
だが……見事なのはそなたの方だ」
とにもかくにもノーキンが率いてきた部隊はこれで撤退していくだろうが、今は感慨にひたっている場合ではない。
別陣営に攻め込まれたらしい学長陣営の援護に急がなければならないのだ。
>「……エルフ爺め、最後まで好きなように動きやがって。
ティターニア、ラテ。とっととユグドラシアに戻ろ――」
>「……ごめんなさい」
ラテが突然石の短剣をティターニアとジャンに放ってきた。
放たれたそれを、テッラの盾で防ぐ。硬質な音を立てて双方が砕け散った。
ノーキンの経歴などをほぼ知らぬラテだが、この戦闘の中の僅かな情報から気付かなくていい仮説に至ってしまったというのか。
>「バカ野郎!いきなり何やってんだよ、気でも狂ったのか!?」
「うむ、どうやら”混乱”しておるようだな!」
混乱というのは味方同士で同士討ちさせる類の呪術にかかった状態の通称だが、もちろんただの混乱ではないのは分かっている。
これが、主であるテッラですら手を焼く熾烈なる魔狼フェンリルの血を飲んだ代償―― >「失くさなきゃ……奪ってしまった分、私が失わなきゃ……」
更にラテはジャンに襲い掛かっていく。
>「酔っ払いに一番効くやつだ……ようく聞いておけよオオォォォォ!!!!」
対するジャンはラテの顔に大量の水をぶっかけ、ウォークライを放つ。
それにひるんだ隙を付き、ティターニアはひとまずラテを木の根で拘束する。
その時人形を抱いたままのポーズのノーキンの両の手の指から、カランと音を立てて地面に何かが落ちた。
魔法装具エーテルメリケンサック――
ノーキンは市場に出回っていたのを大金で購入した模様だが、それは特殊な魔法金属で出来た古代のアーティファクト。
装用者が事切れたことにより、自然と抜け落ちたのだろう。
「ノーキン殿、借り受ける……!」
ティターニアは何を思ったか大地の指環を外し、エーテルメリケンサックをはめる。
案の定、魔法金属は瞬時に形を変え、ぴったりのサイズになった。
それは魔力で盾を作る防具としての側面が注目されがちだが、魔力を筋力に変換する武器でもある。
「ジャン殿、援護を頼むぞ!」
ジャンにそう声をかけ、ラテに対峙する。
とりあえず今は木の根で拘束されているものの、いつ拘束を破ってくるか分かったものではない。
エーテルメリケンサックをはめているとはいえ、大地の指環を外したティターニアが今のラテに殴られでもすれば一たまりも無い。
アルダガ戦の時に凄まじい魔力のぶつかり合いの中に飛び込んだ時と同じ。
もしもラテが自分を害しようとしても、ジャンなら自分が目的を果たすまで守ってくれるだろうという、絶対の信頼だった。
『何をするつもりですか……!?』
(フェンリルを止められるのはやはりそなたしかおらぬ、直接止めてやってくれ……!)
エーテルメリケンサックの力を発動しラテの片腕を取りながら、ティターニアは語りかける。
「ラテ殿、そなたは確かにその者達にとっては英雄への輝かしい道程を阻んだ悪だったであろうな。
しかし善悪なんて誰が決める? そんなものが分かるのは……それこそエーテリアル世界の古き神だけだ。
地上に生きる者にとっては所詮自分にとって都合のいい者が善、都合の悪い者が悪に過ぎぬ。
その上で言うが……本当に助かった、ありがとう。そなたの力が無ければ勝てなかっただろう。
ノーキン殿は我々ユグドラシア陣営が最も苦手とする、死ぬまで止まらぬ――そんな奴だった」 語りかけながら、異形の獣のものと化したラテの指に、大地の指環をはめる。
指に押し当てれば、指環は形を変えてひとりでに入っていく。
「だから、もうその力を奪おうとは思わぬ。そなたに必要なのは、熾烈な獣の手綱を握り得るもう一つの力だ――」
もはやティターニアにはフェンリルの呪いを解く手段が無いというのもあるが、それ以上に。
例えそれが呪われた禁断の力だとしても、今のラテから力を奪ってはならない。
フェンリルの力を取り除く方向でいけば、ラテはパトリエーゼにそうされた時のように激昂し絶望するだけだろう。
ラテを救う道があるとすれば、その熾烈なる力を制御できるだけの更なる力を得ることだけだ。
だからティターニアは、幾星霜の時をフェンリルと共に過ごしたテッラに託した。
フェンリルを制御できるとしたらやはり彼女しかいまいと――
【>ラテ殿
このまま大地の指環使いになってもらってもいいし落ち着いたら返してもらっても良いぞ! お任せしよう!
>ノーキン殿
ありがとう&お疲れ様! 天晴な敵役っぷりであった!
またいつかどこかで、できれば是非またこのスレでお会いしよう!】 魔狼の脚力は私を矢のように弾き飛ばした。
瞬く間に、ジャンさんの太い首が目の前にまで近づく。
私は口をめいっぱい開けて牙を剥く。
そして……水の指環から放たれた水流が私の視界を埋め尽くす。
次の瞬間には、私の頭はジャンさんの大きな右手に掴まれていた。
やっぱり……ジャンさんは強いなぁ。
怖い。あの頼もしくて、暖かかったジャンさんの手が、怖くて堪らない。
思わず、目を閉じる。
>「酔っ払いに一番効くやつだ……ようく聞いておけよオオォォォォ!!!!」
「う……あ……」
……だけどジャンさんは私を殺さなかった。
ウォークライ……だっけ……熟達した戦士の雄叫びが、私の頭の中で反響する。
壊れてしまいたかった私の心が押さえつけられて……正気に引き戻される。
ティターニアさんの操る蔦が私を縛り上げる。
だけど……殺意は感じない。恐怖も。
だってティターニアさんは……優しくて、強いから。
>「ラテ殿、そなたは確かにその者達にとっては英雄への輝かしい道程を阻んだ悪だったであろうな。
ティターニアさんが私の右手を取って、語りかける。
しかし善悪なんて誰が決める? そんなものが分かるのは……それこそエーテリアル世界の古き神だけだ。
地上に生きる者にとっては所詮自分にとって都合のいい者が善、都合の悪い者が悪に過ぎぬ。
……だとしても、やっちゃいけない事はある。そうでしょう?
なんて聞いても……きっとそれでも、優しく微笑みかけてくれるんだろうな、ティターニアさんは。
>その上で言うが……本当に助かった、ありがとう。そなたの力が無ければ勝てなかっただろう。
ノーキン殿は我々ユグドラシア陣営が最も苦手とする、死ぬまで止まらぬ――そんな奴だった」
ティターニアさんが大地の指環を私の指に押し当てる。
いくらジャンさんが守ってくれるとは言え……今の私に、指環の力を与えるなんて。
この人はどこまで、優しくて……強いんだろう。
魔獣の血肉が、消えていく。
だけどパトリエーゼに抱き締められた時みたいになくなった訳じゃない。
テッラさんが、フェンリルを宥めているんだ。 指環の力が、ティターニアさんの作り出した蔦に乾きをもたらして、萎びさせる。
脆くなったそれは勝手に崩れ落ちて……私はティターニアさんに歩み寄る。
「……ティターニアさんは、強いですね」
そしてそのまま倒れ込むように抱きついた。
「私も、こんな風に……ミライユさんを助けたかった……。
ノーキンさんを、死なせたくなかった……!」
温かい。涙が溢れてくる。止まらない。
ティターニアさんはこんなに優しいのに、こんなに温かいのに……
「怖いんです。戦うのも、逃げるのも……
生きるのも、死ぬのも……怖い……怖いよぉ……」
……体の震えが、止まらない。
「弱くてごめんなさい……駄目なんです。私、強くなっても弱いままで……。
人殺しなんか、したくなかったのに馬鹿みたいに強がって。
わた、私、さっき……ジャンさんと、ティターニアさんを、こ、殺さなきゃなんて……なんで、そんな事……」
自分がした事の恐ろしさに膝から力が抜ける。
その場に崩れ落ちる。
馬鹿みたいに弱い自分が、惨めで、惨めで、私は両手で目を覆った。
「私、弱いから……戦うのも、逃げるのも、怖くて、選べないから……。
なのにこんな、馬鹿みたいな事は、すぐに思いついちゃって……」
大地の指環を、額に押し当てるように。
ミライユさんが眠る、あの地底都市を思い出す。
私も、あそこで埋もれてしまった方が良かったんだ
「ごめんなさい」
そしてそれは、今からでも遅くない。大地の指環が、琥珀色に強く瞬いた。
きがついたら、いしただみがめのまえにあった。
おでこぶつけた。いたい。
なんだか、ぼーっとしちゃってたみたい。
からだをおこすと、くつとあしがみえた。うえをみあげる。
「……あー、てぃたーにあさんだー」
てぃたーにあさんのおかお、いつみてもきれーだなー。
でも、なんかへんなかお。
「てぃたーにあさん、おなかいたいの?おくすりあげよっか?」
……おなかいたいわけじゃないみたい。
じゃあなんで、へんなかおしてるんだろ。へんなの。
……あれ?
「……みらいゆさんは?どこ?」
まわりをきょろきょろみてみる。いない。
「のーきんさんは?けいじーちゃんは?」
へんなかたちのきがはえてるけど、ふたりもいないなぁ。
なにかが、ぴかっとした。
ゆびわだ。わたしのみぎてできらきらひかる、だいちのゆびわ。
「あ、おもいだした!ゆびわをぜんぶあつめれば、またみんなとあえるんだった!でしょ!てぃたーにあさん!」
えへへ、ふぇんりるさんと、てっらさんのおかげで、わたしすっごくつよくなれた。
だから、きっとゆびわをぜんぶあつめちゃうのも、すぐだよね。
そしたら、またみんなにあえるんだ。
たのしみだなぁ。
【ご、ご、ごめんなさーい!読みにくいのごめんなさい!気まずいの超ごめんなさい!毒電波を受信しちゃったの!
ごめんなさいついでにもう一つ、ちょっと次章からキャラを変えたいと思っております
ラテに関してはもし良ければ同行してるけど空気くらいの扱いにしてもらえればなーなんて
だ、大丈夫ですかね?あ、指環の所有権はおまかせ返しします!】 >「ジャン殿、援護を頼むぞ!」
ティターニアがそう叫ぶのに合わせ、ジャンも顔を掴んだ右手を離し両手でラテの両腕をがっちりと掴む。
ラテがいつ再び暴れるか分からない今、抑えつけている間にティターニアの説得が功を奏するのを待つしかない。
>「ラテ殿、そなたは確かにその者達にとっては英雄への輝かしい道程を阻んだ悪だったであろうな。
しかし善悪なんて誰が決める? そんなものが分かるのは……それこそエーテリアル世界の古き神だけだ。
ジャンにとって、殺人は慣れたものだった。
野盗、山賊、他の冒険者。相手が襲ってきた場合がほとんどだった。
最初は自分を守るためにやむなくの行動だったが、一時期は山賊の砦を見つけては他の冒険者と組んで襲撃していたこともあった。
ラテのように殺人の善悪について悩むことは、いつの間にか通り過ぎてしまった。生きるためにやむをえないのだと、自分に言い聞かせているうちに。
だからこそ、ジャンはラテの苦悩を聞いてやるべきだったのだ。
誰にも話せず抱え込んでいる間に、ラテは自らの重さに潰されようとしている。
>「……ティターニアさんは、強いですね」
やがてティターニアが喋り終わり、ラテの狼のような指に大地の指環を嵌めた。
フェンリルの血肉を身に纏ったラテは指環の加護によって消え去り、今ここにいるのは一人の冒険者だ。
>「私も、こんな風に……ミライユさんを助けたかった……。
ノーキンさんを、死なせたくなかった……!」
ラテの全身から力が抜け、ジャンも掴んでいた両腕を離す。
毛むくじゃらの魔獣の腕ではなく、細いたおやかな腕を。
>「怖いんです。戦うのも、逃げるのも……
生きるのも、死ぬのも……怖い……怖いよぉ……」
「……ちょっと戦闘が長続きして、不安定になってんだよ。
怪我治して飯食って寝れば、納得のいく答えが見つかるって」
どう声をかければいいかジャンは分からず、結局思いついたまま適当な言葉を並べた。
年を重ね、経験と知識が合わさったティターニアとは違ってジャンは語るということをあまり得意としていない。
心を癒す魔術なんてあったかとティターニアに聞いてみようとした瞬間、ラテが指環を額に押し当てた。
>「ごめんなさい」
「―――おいっ!」
指環が琥珀色に輝き、一瞬辺りは光に包まれる。
光が消えた直後、ジャンは水の指環からアクアの声が聞こえるのを感じとった。 『ジャン。彼女はもう……耐えられなかったようだ。
指環の膨大な魔力で自分を……戻してしまった。無垢で純真だった頃に』
>「……あー、てぃたーにあさんだー」
そこにいたのは、ラテだ。
石畳に倒れていたが起き上がり、ティターニアの顔をじっと見つめている。
>「てぃたーにあさん、おなかいたいの?おくすりあげよっか?」
『先に言っておくが、この指環で元に戻そうと考えない方がいい。
君の考える彼女の人格が彼女の中に入るだけで、元の彼女では決してない』
「ああ……クソッ!ちょっと黙ってろ!」
>「……みらいゆさんは?どこ?」
もう冒険者のラテはいない。心が壊れる前に心の一部を忘れてしまったヒトが、ここにいるだけだ。
ジャンはティターニアの方を向いて、肩を掴んで叫ぶ。
「ティターニア!!なんとかならねえのかよ!薬とか魔術とか!
諦めさせるにはまだ早えだろう!?」
>「あ、おもいだした!ゆびわをぜんぶあつめれば、またみんなとあえるんだった!でしょ!てぃたーにあさん!」
ラテはジャンを気にすることなく微笑んで元気に喋っている。
まるでそうすることでしか、自分を保てないというように。
「仲間が増えて……指環を手に入れて……無事街を守って……それで終わりでいいじゃねえか……
なんだってこんな……こんなもののせいで!」
嵌めていた水の指環を強引に外し、地面に思い切り叩きつけた。
だが指環は壊れることなく、大海の如き輝きを放ったままだ。
「指環があるからだ!みんな欲しいあまりにおかしくなって、最後には壊れちまう!
なんでこんなものを作った?世の中をまともにしたいなら他人任せにするんじゃねえ!!」
ジャンは心のおもむくままに叫んだ。
いつしかジャンは、自分が泣いていることに気がついた。
それは変わり果ててしまったラテを悲しんでか、あるいはそれを止められなかった自分へのふがいなさにか。
様々な感情がごちゃ混ぜになった心を抑えきれなくなったかのように、ただ泣き叫んだ。
【ラテさんまさかの精神崩壊√とは……これにはジャンも絶叫物です
同行とキャラ変更に関しては自分は異論ありません!】 大地の指環に宿ったテッラがフェンリルをたしなめるのに成功したのだろう
ラテの獣化が解除され、元の姿に戻っていく。
>「……ティターニアさんは、強いですね」
>「私も、こんな風に……ミライユさんを助けたかった……。
ノーキンさんを、死なせたくなかった……!」
泣きながら倒れこんできたラテを無言で抱きしめる。
ティターニアが見るに、ラテは決して弱いわけではない。
ただ自分が背負える許容量も考えずに見ず知らずの他人の身を案じて自ら災いの渦中に飛び込み
他人の痛みを慮るあまり背負う必要の無い痛みまで肩代わりして背負いこんでしまう。
この戦乱の世を生きるには優しすぎて繊細過ぎるのだ。
もしも平和な時代に生まれていたらどんなに素晴らしい特性だったことだろう。
裏を返せばティターニアが強いわけでもない、強いて言うなら鈍感力が強いのだ。
繊細過ぎる者や純粋過ぎる者が一歩間違えれば精神崩壊に追い込まれたり振り切れて過激な道に走り
ある種の鈍感な者があっけらかんと生きている――
それが、紛れもないこの世界の一つの側面。
>「怖いんです。戦うのも、逃げるのも……
生きるのも、死ぬのも……怖い……怖いよぉ……」
>「……ちょっと戦闘が長続きして、不安定になってんだよ。
怪我治して飯食って寝れば、納得のいく答えが見つかるって」
ジャンの言葉に無言で頷く。
精神の平静を取り戻す魔術はあるにはあるが、それが功を奏すのは魔術によって錯乱させられたり突発的な事態に慌てている時だ。
あまりにも根が深い理由で動揺している今のラテには意味を成さないだろう。
>「弱くてごめんなさい……駄目なんです。私、強くなっても弱いままで……。
人殺しなんか、したくなかったのに馬鹿みたいに強がって。
わた、私、さっき……ジャンさんと、ティターニアさんを、こ、殺さなきゃなんて……なんで、そんな事……」
「もうよい、何も言わなくてよい。フェンリルの血の影響だ……。
フェンリル殿には今頃テッラ殿が滾々と説教してくれておるであろう」
>「私、弱いから……戦うのも、逃げるのも、怖くて、選べないから……。
なのにこんな、馬鹿みたいな事は、すぐに思いついちゃって……」
ラテは未だ動揺しているが、フェンリルの獣化が解除された時点でとりあえず危機は脱しただろうと思っていた。
しかし次の瞬間、その見通しがあまりにも甘かったことを知ることとなる。 >「ごめんなさい」
ラテは指環の力を、全てを埋もれさせるという大地の持つ一つの側面を――発動してしまった。
辺りが琥珀色の光に包まれ、ラテが崩れ落ちるようにその場に倒れる。
「――ラテ殿!?」
>「……あー、てぃたーにあさんだー」
すぐに起き上がってきた事にはひとまず安堵するものの、明らかに様子がおかしい。
>「てぃたーにあさん、おなかいたいの?おくすりあげよっか?」
>「……みらいゆさんは?どこ?」
「ラテ殿……そなた……」
現状に耐えきれなくなったラテは、全てを埋もれさせて幼い頃に戻ってしまったようだった。
ティターニア達が知っているラテはもうそこにはいない――
>「ティターニア!!なんとかならねえのかよ!薬とか魔術とか!
諦めさせるにはまだ早えだろう!?」
ジャンに詰め寄られたティターニアは、ラテの指から指環を外して問いかける。
唯一の希望としてテッラに託した結果がこれだ。もはやティターニアの力でどうにかなるはずはなかった。
「テッラ殿、どういうことだ……!」
『……こうするしかなかったのです。
もしも無理矢理元に戻せば彼女は自らで自らを殺めることになるでしょう……』
「そ……んな……」
――どこで選択肢を間違えたんだろう。どうすれば彼女はこうならずに済んだんだろう。
この戦いが始まる前にパーティーを抜けさせていれば。
あの時小賢しく後先考えたりせずに形振り構わずミライユを助けるために全力を尽くしていれば。
最初に出会った時に同行を許可していなければ――
>「仲間が増えて……指環を手に入れて……無事街を守って……それで終わりでいいじゃねえか……
なんだってこんな……こんなもののせいで!」
>「指環があるからだ!みんな欲しいあまりにおかしくなって、最後には壊れちまう!
なんでこんなものを作った?世の中をまともにしたいなら他人任せにするんじゃねえ!!」
ジャンが指環を地面に叩きつけ、形振り構わず泣き叫ぶ。
そうだ、指環――ラテだけではない。
マジャーリン、ミライユ、タイザン、ノーキン、ケイジィ――
みんな指環を巡る戦いに身を投じて、あるいは巻き込まれて死んだ。
生死不明ではあるが、アルバート、コイン、ナウシトエだってそうかもしれない。
指環の勇者の旅とは、出会った者や同行した者を死に追いやりあるいは不幸に陥れる旅でしかなかった。 「は、ははははは、これではまるで……死神……だな」
乾いた自嘲の笑い声が漏れる。
あの時軽い気持ちでアルバートに同行したのが始まりか。いや、それよりもっと前。
気まぐれで竜の指環を探してみようなんて思ったのが、そもそもの間違いだったのだ――
ティターニアは大地の指環を力なく取り落とし、膝を突いて絶叫した。
「う……うああああああああああああああああああ!!」
不意に、地面に転がっている二つの指環がふわりと浮かびあがるのが視界の端に見えた。
それを呆然と目で追うと、指環は白銀の魔術師の手の中におさまる。
「愚か者共めが、今更気付いたのか……遥か古より続く呪われた因果に。
歴史上の戦乱の全てが指環を巡る争いといっても過言ではないのだ」
ジュリアン・クロウリー ――元、帝国の主席魔術師にして、現、ダーマ魔法王国の宮廷魔術師。
言うまでも無く、この旅始まって以来の行く先々に指環を狙って現れる宿敵だ。
いや、もはや指環を集める旅を続ける気力を失った今となっては宿敵だった――というべきか。
彼は精神崩壊したラテと、打ちひしがれているジャンとティターニアを見回しつつ言う。
「暫定指環の勇者の旅もここまでか――貴様らには過ぎたる玩具だったということだ。
アイツが同行者として認めた奴らならもう少し骨があると思ったのだがな……。
まあいい、要らぬなら貰い受けるまでだ――」
「ああ、それで四つ揃ったのだな……早く呪われた因果とやらを終わらせてやってくれ」
もはや抵抗する気力もなく投げやりに答えるティターニア。
しかし、それに対するジュリアンの言葉は予想外のものだった。
「残念ながらまだ揃ってはいない。指環は七つ――――
イグニスが貴様らに告げた言葉――四属性の竜を訪ねよという言葉は最初の段階に過ぎん。
そもそも……まだ四つ揃ってもいない。
風の竜ウェントゥス――あれはおそらく、すでに”虚無”に取り込まれている」
虚無――エーテル属性を、一字で表す言葉は、風と近いイメージもある「空」。
そしてエーテル属性の魔術には、カラーレスウィンド、セフィアトルネード等、風と親和性のあるものも多い。
それが偶然ではないとすれば、”虚無”に最初に取り込まれるのが風だとしても、何ら不思議はない。
「手を組んでいたのではなかったのか!?」
「騙されて乗せられている振りをしているだけだ。他の三つの指環を揃えてきたら風の指環をやろうという言葉にな。
奴の真意は分からぬが大人しく指環を渡すつもりはないのは確かだ。戦いは避けられぬだろうな――」
「どうせそなたなら楽勝であろう? 毎度竜を一人で……」
そこまで言ってから気付いた。
竜が死ぬことで指環が完成するのだとしたら――
今までに彼が倒してきたのは、すでに指環を委譲し、最終的に負けることを前提とした竜達だ。
でも、今度は違う。本気で相手を潰さんとする本当の竜の力は――未知数。 「……もしも負けたらどうなる?」
「よもやそんなことはなかろうが、万が一そうなったら……世界は虚無に飲まれるだろう。
故に指環を巡る舞台を降りてくれて助かった。貴様らが来たところで足手まといにしかならぬからな。
風の竜が鎮座するは……風紋都市シェバト――ウェントゥス大平原の中心にある」
「虚無に飲まれる……だと!?」
いくら指環を三つ持っていたところで、指環を巡るどの伝説を見ても、扱える指環は一人一つまでだ。
彼ならそんな常識は軽く超えていくのかもしれないが、本気で足手まといだと思っているのなら、何故行先を教えた?
本当のことを言っている保証もない、罠かもしれない。
それでもティターニアには、ジュリアンが追ってこいと言っているように思えた。
「俺としたことが、無駄話が過ぎたようだ。最後に一つ教えてやる。
古竜とは世界そのもの――指環を全て揃えた者は世界のすべてを手に入れる――
例えば、そいつを元に戻してやるぐらい、造作もないだろうな」
ジュリアンはそう言ってラテを視線で示し、転移の術で姿をかき消したのであった。
指環を揃えれば、ラテを治すことが出来る――
指環の力で死を打ち砕くと言ったノーキンの究極の目的は、指環の力でケイジィを甦らせることだったのかもしれない。
何を置いても叶えたい強い願い――それが彼の強さの根源だったのかもしれない。
純粋な願いは、一歩間違えれば狂気に堕ちる危険なものなのかもしれない。でも、それでも――
しばらくの沈黙の後、ティターニアは静かに宣言した。
「ラテ殿、ジャン殿、我は行くぞ――」
【ティターニア「打ちきり最終回オナシャス!」ジュリアン「だが断る」
ラテ殿の扱い&キャラ変更了解した! 一巡して今章終わりな感じで!
指環は没収されてしまったが次章ですぐに返してもらえると思うのでご安心を。
ジュリアン殿はもうあからさまに味方キャラになる流れなので
ラテ殿は次章以降のキャラの選択肢の一つに入れてもらってもいいと思う!】 名前:グラ=ハ・スタン・ツタラージャ
年齢:19歳(転生後)
性別:男
身長:178cm
体重:72kg
スリーサイズ:細め、筋肉質、ガッチリ
種族:人間(前世はインキュバスハーフ)
職業:魔道研究員
性格:自由で奔放、刹那主義
能力:透視、女性を操る能力
武器:水晶玉と複数のナイフ
防具:布製の青紫色のローブ
所持品:水晶玉、複数の薬品、女サーヴァント一名
容姿の特徴・風貌:真っ白な髪をボサボサに伸ばし、肌も白く、そこに青紫のローブを羽織るため目立つ容姿。
顔立ちは非常に整っており、甘いマスクはあらゆる女性を虜にしてきた。
簡単なキャラ解説:
ダーマ魔法王国の密偵の一人だったが、転生後は堕落してユグドラシアの研究員の一員として収まっている。
元はインキュバスハーフだったが、自身の研究で人間として転生し、0歳で既に意思を持ち、赤ん坊としてユグドラシアに育てられた。
女を虜にする能力を引き継いでおり、常によからぬことを考えている。
目標はティターニアを堕落させ、ダーマの信奉する「大天使」として彼の傀儡として「降臨」させること。
ダーマに併合されたツタラージャの王族の血を引いている。
「できるよ」
グラ=ハが女の問いに応える。
ここはユグドラシアの「地下棟」と呼ばれる場所。
女。現在の彼のサーヴァントであるラヴィアンは、ここ半年ほどは彼の下で身の回りの世話をしている。
研究者というのは、学長によって比較的自由に権限を与えられていた。
先の敵の侵入の際も、この部屋に複数配置された水晶球で様子を見るだけで、
数人の犠牲を出した学園側の戦いぶりを「観戦」しているだけだった。 ラヴィアンが艶かしく裸身をくねらせ、蛇のようにグラ=ハの身体に触れる。
それを裸のまま無視するように、壁の方にある水晶球を見つめ、笑みを浮かべる。
先ほどまで愛し合っていたとはとても思えない執着振りだ。
「グラ=ハ様は学園を乗っ取られるのですか?」
彼はその問いかけには答えない。できる、とは言ったがやるとは言っていない。
その瞳が捉えたものは、両手で目を覆いながら崩れ落ち、まるで幼児のような眼で周囲に甘えている女、ラテの姿だ。
「この女はすぐに堕ちる」
グラ=ハは、その数百年分ともいわれる知識を働かせながらも、一つのことに執着していた。
ティターニア。
彼が赤ん坊の頃から注目していた女だ。
自分と同じく数百年以上を生きる存在でありながら、全くブレが無い。精神にブレが無い。
「いや、堕とそう。壊れてしまっても構わないよ。あいつが、ティターニアが僕のものになるならば…」
再び忠実なサーヴァントであるラヴィアンへと目線を変える。
するとラヴィアンの眼のハイライトがあっという間に消えてなくなった。これが「堕ちる」ということ。
この棟だけで、既にグラ=ハの自由になる女たちが五人以上はいる。
他にもあちこちの女を虜にしており、アスガルド市街にはもう二人の「隠し子」まで存在するほど。
先ほどの戦いでも参加していたが、死人は出なかった。少なくとも自分の手駒からは…
「あまり手荒なことはしたくない。病人として担ぎ込むのも手だけど、
ティターニアがピンピンしてる以上、何があってもおかしくない。僕は彼女を買っている…」
裸身のままベッドを降りると、グラ=ハは翼を広げた大きな透明の彫像のようなものに触れ、撫ぜる。
中にはコポコポと音を立てた薄赤の液体が満たされている。
「ティターニアを弱らせ、堕落させ、ここに入れる。大天使の復活って訳さ」
尚も艶かしい声を出してグラ=ハの肌に触れるラヴィアンの頭を撫でると、首筋のあたりまで往復させる。
すると、彼女は気を失い、床へと倒れ込んだ。毛布が掛けられる。
「破壊するのは容易い。操るのが大変なんだよね、女ってのは」
ローブを着込むと、グラ=ハは髪が目だたぬよう、フードの中に隠す。
これでただの魔術師風の優男に見えるはずだ。魔力を隠すのも彼は上手い。
服を着せたラヴィアンを連れ、上のフロアに行くと、数名の研究員たちが居た。
グラ=ハとの連絡役も兼ねている。その中の一人の女性もまた、彼の言いなりだった。
「ラウラ、上にいるティターニア様たちとの慰安がしたい。護衛の冒険者たちも疲れているようなのでね」
いくつかの道具をグラ=ハが見せる。ラウラはグラ=ハと眼が合うと、すぐさま動き出した。
彼女もダーマ魔法王国の出身で、実は内通者の一人でもある。しかし、彼に魅せられているのはまた別の話。
グラ=ハ、ラヴィアン、ラウラの三人が、ティターニアたちの部屋に迫る。
(まず新規参入、よろしくお願いします。今のところ直接絡むかどうかまでは指定しません。
一気に絡めるのもあり、現時点ではスルーというのもありです) 【今回ラテはパスさせてください……
何故なら今の状態で長いレスを書くのは自分にも皆さんにも優しくないから!
指環を奪ったジュリアンに「わたしのゆびわ!」なんて飛びかかろうとするけどいなされて
難しい話されてきょとんとして
でもティターニアさんが立ち直ったらころっと忘れて「わたしもいくー!」……そんなていでお願いします
ジュリアン君!初期からのキーパーソンを持ちキャラに……
ツンデレ属性も嫌いじゃない……
……けど私かわいい女の子が動かしたいんですよね!
実はジュリアンちゃんだったって事に……いやないな……ないない……】 >グラ=ハ殿
ようこそ!よろしく頼む! そのシーンは次章の冒頭部分ということになるかな。
当面は腹に一物抱えつつもパーティーメンバーとして同行という立ち位置でいいだろうか。
もしも次章で中ボスをやりたい等の希望があればあらかじめ言っておいてくれたら助かる。
一つの章に別勢力の敵役が二人以上は実質出演しにくい関係上敵役希望の人が参加を考える関係もあると思うので。
>ラテ殿
パス了解した。ジュリアンちゃん――その発想は無かった! 本が薄くなるな(爆
実際女性と見紛う美貌設定だから無くは無いとは思うがそれは「可愛い女の子」ではなく「クールビューティー長身美女」だと思うのだ。
可愛い女の子で味方側PCとして使えそうな既存キャラならシュマリ殿ホロカ殿がいるしもちろん新キャラでもOK! 毎度恒例の次章(から)の参加者募集要項(?)
既存NPCをPC昇格させても新キャラでもOK
次は風の指環編の予定
・パーティーメンバー参加・・・特に人数制限無し
・敵役参加・・・いわゆる中ボスポジション。前例を考えると実質一つの章に二人以上は出にくいのかも?
ただし同一勢力なら二人以上でも自然にいけると思う
パーティーメンバーとして潜入してからの中ボス化だったり逆にまず敵役で参入してからの味方化もアリ
両パターン共に希望があれば言っておいてくれれば念頭に置いておこう
・風の竜ウェントゥス、風の守護聖獣
このポジションをPCでやるのも面白いかも
これは元から登場はほぼ確定している人達なので上の敵役参加枠とは別枠で大丈夫 名前:フィリア・ピューピア
年齢:1歳と2ヶ月
性別:雌……?
身長:72cm
体重:2kg
スリーサイズ:うん
種族:森と虫の妖精
職業:おうじょさま!
性格:お子様だけどそれなりにおうじょさまの自覚もあるよ!
能力:蝶のような身のこなし・王の力『ロイヤル・ファミリー』
武器:短剣『レギナ・ピアース』
防具:マント『森の切れ端』
所持品:瓶詰めのはちみつがたくさん・故郷の森から持ってきた物々交換に使えそうな物が色々
容姿の特徴・風貌:四頭身。小さな触角。玉虫色の髪。普段は淡い翠色。長さは短め
頭に留まっているお友達の司書蝶リテラちゃん。普段はリボンに擬態している。
大きめのマント。その下から覗く鮮やかな蝶の羽。
簡単なキャラ解説:
ですのですの!わたくし、おうじょさまですの!
人間のみなさまと虫のみんなが仲良く暮らせる世の中を目指して旅の最中ですの!
ユグドラシアには、ハイランド連邦の中でも特別、異種族に寛容だと聞いて尋ねてきましたの!
突然ですが、みなさま、もし人里にエルフさんが歩いていたら、どう思いますの?
「あ、エルフだ。最近は人間の住んでるとこでも見かけるようになったなー」とか、そんな所ではありませんか?
ではオークやリザードマンなら?
「うげっ……いやいや種族差別はよくないよな。話してみれば案外気さくだったりするらしいし……」とかでしょうか
では、オオムカデが人里の往来を練り歩いていたら?
「衛兵さーん!魔物が!魔物がー!」って、なりませんこと?なりますわよね?なるでしょう?
……なんでそーなるの!ですの!
虫族にだって知性を持った者はいますの!そりゃちっちゃい子達はみんなあんまりものを考えてませんけども!
魔物サイズに大きくなればその分あたまだってよくなりますの!え?わたくしもちっちゃい?がう!
この虫達へのあっとうてきな差別感情……これはゆゆしき問題ですの!
なにがゆゆしいって、このままじゃ周りの種族や国々にあらゆる面で置き去りにされて
その内滅ぼされるかどれーにされるかの二択が待ってますの!
わたくしちっちゃいけど、かしこいから知ってますの。昔、和の国もそれで痛い目を見ているんですの
だからわたくしが虫達を代表して、人間たちの世界を旅して、虫さん達の国際社会参加を広めていくのですの!
……え?なんでわたくしは人の姿をしているのか?
だってわたくし、妖精ですの。森と虫の妖精ですの
……これまでにも、人と仲良くすべきだと考える虫の王はいましたのよ
だけど、巨大な虫の魔物の姿を見て、人間は話し合おうとは思ってくれませんの
人間との和平、融和を考え、だけどそれを成し遂げられず死んでいった、偉大な虫の王たち
わたくしは彼らの失意に飲まれた夢の、その欠片の結実として生まれた妖精ですの
つまり!わたくしは言わば、ぼーこくのおうじょさま!
志半ばで倒れていった王さま達の夢をかなえる義務がありますの!
その為なら、彼らも偉大なる王の力の片鱗を貸してくれますの
ちなみに他の妖精よりずっと大きいのもおうじょさまだからですの! あ、あー、味方として参加希望です
もしかしたら敵に回っちゃったりもするかも? 情緒不安定過ぎる
今回は参加を取り止めた方がスレのためになるんじゃないかね 名前:スレイブ・ディクショナル
年齢:19
性別:男
身長:普通
体重:普通
スリーサイズ:まあ普通
種族:ガチの人間
職業:ダーマのなんか近衛騎士的なやつ
性格:頭がかなりアレめ。あとガチのマジで語彙力がない
能力:すげー剣術
武器:知性を喰い力に変える魔剣【なんだっけ名前忘れた】
防具:みんな着てるような鎧。着てるとやべーくらい高く跳べたりする魔法とかかかってる
所持品:だいたいいつもの
容姿の特徴・風貌:ドギツい蛍光色のツンツンヘアーやばみを感じる系
簡単なキャラ解説:
通称『ダーマのやべー奴』
白なんとか卿のジュリアンパイセンに付いて護衛とかパシリ的なこととかしてる。
パイセンまじやべーくらいつえーから護衛とか必要ナッシング表明してたけど舎弟っつか勝手に付いていってる系。
ウェントスとかいう超激ヤバいドラゴンをアレするみたいな話らしいけどほぽほぽわかってない。
頭はアレだけど実力はガチでヤバイ。剣とかめっちゃ使う。なんかビームみたいなのも出す。
パイセンがウェントスとアレする間ティタとかジャンとかが余計なことしないように見張っとけってゆわれた。
昨日の晩飯は焼きプリン。
【敵役としてアレしたいと思ってる系です。なんかいい感じのタイミングで混ざりたいっすね】 名前:クライブ・ストライフ
年齢:19
性別:男
身長:普通
体重:普通
スリーサイズ:まあ普通
種族:ガチの人間
職業:ユグドラシアの護衛とかいうやつ
性格:頭がかなりアレめ。あとガチのマジで性欲ハンパない
能力:すげー剣術とテク
武器:女を喰う力をもらう魔剣【なんだっけ名前忘れた】
防具:みんな着てるような鎧。着てるとやべーくらい高く跳べたりする魔法とかかかってる
所持品:だいたいいつもの
容姿の特徴・風貌:ドギツい蛍光色のツンツンヘアーやばみを感じる系
簡単なキャラ解説:
通称『ユグドラシアのやべー奴』
スレイブの双子の弟。
髪型はやべーけど性欲旺盛でグラ=ハってやつを毛嫌いしている。
ユグドラシアの連中には絶対手を出さないかど、結構他の女には手を出す。
ガクチョーからとりあえず変な虫がつかないようにってことで護衛をたのまれた。
昨日の晩飯はミートローフ。
【味方側として護衛しちゃうタイプのあれ系です。次のタイミングで混ざりたいっすね】 >ラテ殿改めフィリア殿
可愛い!けど何気に強そう! 改めてよろしく!
>スレイブ殿
次章の敵役枠獲得オメ!
パイセンは最近ツンデレ化の進行が激しいので色々と不可解な言動をとるかもしれないがそれでもいいなら問題ないぞ!
パイセンは共有NPCなのでもちろん動かして貰ってもOK
ところで双子の弟が来てるみたいだが大丈夫だろうかw
>クライブ殿
久々にシンプルな味方側枠キター!(立ち位置としては)
というわけでスレイブ殿がよければそれで
もし駄目でも苗字も違って割とファンタジー世界では稀によくいる髪型だと思うので(?)
兄弟設定の部分だけ無くせばいけると思う! 私、兄弟設定みたいな大事な事を相談もなしに突っ込むような人とはあんまりやりたくないなー……なんて
いくらなんでも荒らしとか冷やかしの類じゃないんですか、これ おれはこれでも頑張って考えて頭捻ってキャラ設定作ってるわけ
つまりこのテンプレは魂の塊っつーか、おれのPLとしてのプライドそのものなんだよ
それをほんの少し弄って下ネタにしただけのコピーキャラ作ってはいこれが僕の新キャラですとか他人に言われたら、
なんつうかすげー馬鹿にされてるとしか思えねーんだよな
クライブ君がどういうつもりでやってんのか知らねーけど、おれはおこだぜ
ガチなおこだぜ >クライブ殿
もしテンプレピンポンダッシユの類なら特に以後のレスは不要だ
参加の意思があればすまぬがキャラを作り直してほしい 皆さん、よろしくですー。
>>58
ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Ycさん
(そですね、基本的に独白を言うだけで、中ボスどころか次章の最後あたりまでは
仲間として行動したいと思ってます。敵勢力ではなく味方勢力の一員と思ってもらえればと。
たまに予兆が出るだけで、裏切るのは大分後になると思います。
ところでレスの順番は章OPや他のみなさんを待ったほうがいい感じです?) >>60
【ラテ改めフィリアさんよろしくです!
暗い雰囲気になりそうなところに明るいキャラはありがたい…】
>>66
【スレイブさんもよろしくです、魔剣がなければ語彙力の高いエリート騎士なのではと思わせる設定いいですね!】
>>70
【グラさんよろしくです、勘の鋭いジャンは道中怪しむかもしれませんので悪役化頑張ってください!】 >グラ=ハ殿
立ち位置了解した!
そうだな、ジャン殿の〆後に>56後のシーンに繋げる感じで次章開始しようと思うのでもう少しお待ちを でへへ、途中送信しちゃった
ちょっともしかしたらやっぱキャラかーえた!とか言い出すかもしれません
この世界は楽しすぎて色んなキャラがやりたくなっちゃいます 叫び疲れたジャンが、ふと地面に叩きつけた指環に目をやる。
指環はカタカタと音を立てて震えたかと思うと、ふわりと浮かんでこの場にいるはずのない男の手に飛んでいく。
>「愚か者共めが、今更気付いたのか……遥か古より続く呪われた因果に。
歴史上の戦乱の全てが指環を巡る争いといっても過言ではないのだ」
ジュリアン・クロウリー。「人の皮を被った魔族」とも称されるダーマ魔法王国の宮廷魔術師。
旅が始まってからずっと、指環を狙ってきた強敵だ。
>「暫定指環の勇者の旅もここまでか――貴様らには過ぎたる玩具だったということだ。
アイツが同行者として認めた奴らならもう少し骨があると思ったのだがな……。
まあいい、要らぬなら貰い受けるまでだ――」
「そんなもんくれてやるよ、早くどっかに行ってくれ」
かつては丈夫な石壁だっただろう岩塊にジャンは腰を下ろし、ただジュリアンとティターニアの話をうなだれながら聞いていた。
長々と二人が指環と竜の秘密について語る中、ジャンは今までの旅を思い返していた。
あの火山から始まり、宿場町で傷を癒し、港で海賊に襲われた。
海底都市にて二つ目の指輪を受け継ぎ、港に戻ってみれば黒鳥騎士アルダガとの戦い。
黒鳥騎士を無事退け、ここアスガルドで三つ目の指輪を受け継いだ。
そして……指環を狙うソルタレク冒険者ギルドからの刺客。
ジャンは迷うことなく立ち塞がってきた者を全て倒してきた。
指環を全て揃え、名誉と共に歴史に名を残すのだと信じて戦ってきた。
>「俺としたことが、無駄話が過ぎたようだ。最後に一つ教えてやる。
古竜とは世界そのもの――指環を全て揃えた者は世界のすべてを手に入れる――
例えば、そいつを元に戻してやるぐらい、造作もないだろうな」
ジャンが思い返す中、ジュリアンが最後に残した言葉がジャンの耳に入った。
一つの指環の力で自らを変えてしまったのならば、全ての指環の力で元に戻すことは容易。
変わり果ててしまったラテを見ながら、ジャンは一つの決意と共にゆっくりと立ち上がる。
>「ラテ殿、ジャン殿、我は行くぞ――」
ラテの手を引いて、ジャンはティターニアの横に並び立つ。
日は既に天頂にさしかかり、いつもならそろそろ昼飯をどうするか考える時間だ。
「――行こうぜ、ティターニア。これからどうするか、飯食って考えようや」 第4話『虚無の尖兵』(2スレ目262〜3スレ目75)
風の指環を求めて、暗黒大陸にあるというウェントゥス大平原に次の目的地を定めた一行。
しかしそこは切り立った崖に囲まれて通常の手段では入れない平原であった。
そこで一行は、完成間近だという飛空艇が完成するまでユグドラシアに滞在することとなった。
そんな中、ソルタレク冒険者ギルドが襲撃を仕掛けてくるという情報が舞い込んでくる。
襲撃に先んじて斥候が攻め込んでくる混乱の中、ソルタレクの抗争から逃げ出してきたパトリエーゼが一行の前に現れる。
ティターニア達や学長に、ユグドラシアにいていいと居場所を与えられたパトリエーゼは、来たる襲撃を一行と共に戦うことを決意するのだった。
それから3日後、いよいよ本隊がアスガルドに攻め込んできた。
指揮を取るのは、指環を求める二人組の冒険者ノーキン&ケイジィ。
二人と一行の激しい戦闘が繰り広げられる中、学長のいる陣営に別の勢力が攻め込んできたという連絡が入り、そちらの援護へ向かうパトリエーゼ。
その勢力は、パトリエーゼの兄の黒犬騎士アドルフと姉の黒曜のメアリ率いる、エーテル教団の手の内と思われる一団であり、パトリエーゼはアドルフによって殺されてしまう。
彼らは“クリスタルドラゴン”復活のための器である“無の水晶”≪エーテル・クォーツ≫を奪い、
パトリエーゼの遺体もろとも転移の術で姿を消すのであった。
一方のティターニア達は、大地と水の二つの指環の力と、ラテのフェンリルの血を飲むことによる獣化により辛くも勝利をおさめる。
しかしフェンリルの血はラテの精神を取り返しの付かないところまで蝕んでいた。
戦闘終了と同時に、暴走したラテはジャンとティターニアに攻撃をしかける。
なんとか取り押さえ大地の指環に宿るテッラの力を使い何とか暴走は止まったものの、
現実に耐えきれなくなったラテは指環の力を使い自らの精神を幼児退行させてしまう。
あまりの事態に指環を集める旅を続ける気力を無くすジャンとティターニアの前に、ジュリアンが姿を現し、二つの指環を手中におさめる。
彼は風の竜を倒しに行くので追ってこいという意味にも取れることを語り、指環を全て揃えればラテを元に戻す事が出来ると言い残して去っていく。
その言葉を聞いたジャンとティターニアは、ラテを元に戻すために指環を集める旅を続ける決意を固めるのであった。 *☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。.第5話開始 .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*
こうして、パトリエーゼの死、ラテの精神崩壊という甚大な被害を出しながらも何とかソルタレクの侵攻を食い止めたユグドラシア陣営。
一段落ついた後にティターニア達は学長のダグラスに呼ばれ、互いの顛末を交換しあったのであった。
それから急ピッチで進められた飛空艇の完成まで数日間。
その間に新たな仲間を加えたりしつつ気持ちを新たにし、出発を間近に控えた頃――
ティターニアの研究室に、予想外の来客が訪れるのであった。
ジャンや幼児化したラテ、そして新たに仲間になったフィリアも一緒にいるところに、助手のパックが来客を告げる。
「ティターニア様、誰か来たよー。グリ……じゃなかった、グラとかいったっけ?
なんか旅に同行したいみたいだけど」
「名前をそこで切ると妙に可愛い響きだな……。グラ=ハ……地下棟の研究員ではないか。
しかしあやつはそんなにアウトドア派だっただろうか。まあ良い、話を聞いてみよう」
「いいよ、入ってー」
こうしてグラ=ハ達はパックに部屋に招き入れられた。
【お待たせした、第5話開始だ!
順番は話の流れ的に次はグラ=ハ殿がスムーズだと思う!
その次は前章からの引き続きでラテ殿改めフィリア殿→ジャン殿、という感じだろうか
(ここは特にどちらが先でもいいので入れ替え可)
スレイブ殿はこちらの一行と対面するまでは適宜好きな時に書いてくれ!
>フィリア殿
間延びしてもいけないのでとりあえずもう仲間に入っている前提で始めてしまったが
導入とか出会った経緯なんかがもしあれば最初のレスの冒頭にくっつけてもらうか
機会があればおいおい、という感じで一つよろしく頼む!
(キャラ変更について)
キャラの出入りがしやすいのが章形式の利点の一つなのでそれも一つの楽しみ方としてアリだと思うぞ!
ただし指環とかのキーアイテムは置いて行ってもらうようにはなるがw
それでラスボス戦になったら歴代キャラオールスターで盛り上げるのも楽しそう(←気が早い)
キャラを変えたくなった時は別に大層な離脱理由を考えなくても「故郷に帰るように言われた」とかでもOK!
それととりあえず新章開始したが味方枠等まだまだ空いているので参加者は常時募集中】
Evaluation: Average. 「やあやあ、皆さんお揃いで。導師様もお元気なようで何より」
グラ=ハが二人の女とともにティターニアの待つ部屋へと入っていく。
そして女の一人、ラウラに眼で合図をし、下がってもらう。
「先日の戦闘では実にご愁傷様だった。僕が研究に没頭していて援護に出られなくてすまない。
だが、これからきっと僕は役に立つと思うよ。丁度外に出る用事があった」
と、言うとグラ=ハは周囲のメンバーを見渡した。
ティターニアの傍にはオーク風の男、ジャン、先ほどまで「すぐ堕ちる」と思っていた視線の怪しいラテ、
妖精のフィリア、そして以前からの顔見知りであるパックと揃っている。
「うん、バランスが取れているようでいてどこか不安定そうな、そんな魅力的なパーティーだと思うよ。
僕のことはティターニアやパックは良く知っていると思う。かつて「神童」と言われていた、
名前をグラ=ハ・スタン・ツタラージャという。うん、グラ=ハで良い。
「神童」とは言うけどね、この国でも言われてるように、「三つで神童も十五過ぎれば只の人」ってね。
だから別の驚くことはない」
ティターニアの姿を改めて上から下まで眺めた。やはり産まれた時から変わっていない。
その端正な顔、細くしなやかなプロポーションは「器」として見ても相応しいものだ。
「僕の主な目的は錬金材料の調達だ。こっちは助手のラヴィアン。ま、彼女みたいなものだと思ってくれていい。
僕側の人間だから、こちらでお互いに守ることになってる。だから旅の間はお構いなし、ってことだ。
で、もう一つの目的はティターニアの護衛だ。僕は研究をやっているし、いつでも「ここ」に戻れる。
そしてどれだけ弱った身体でも治療してみせることができる。だからティターニアは安心して戦うといいよ」 ラヴィアンに目配せすると、「よろしくね」と答え、恭しくもぶっきらぼうに頭を下げる。
彼女の髪を撫でて肩を抱くようにすると、近くの椅子へと座らせる。
名前:ラヴィアン・ジオフォン
年齢:20歳
性別:女
身長:168cm
体重:54kg
スリーサイズ:それなり、細め、大きい
種族:人間(ただしグラ=ハによりかなり堕落が進んでいる)
職業:魔道研究員
性格:ロマンチストで忠実
能力:攻撃魔法、支援魔法
武器:ショートソード
防具:上はレザーアーマーに下はスカート、マント、全て青紫の装備
所持品:様々な予備品・食料
容姿の特徴・風貌:茶髪でロング、容姿はそれなりに美人。魔法剣士風だが決して機能的な格好ではなくどこか露出度が高い。
簡単なキャラ解説:
元々はユグドラシアのエリート研究員の一人だったが、グラ=ハの手にかかり忠実な部下(サーヴァント)の一人となった。
グラ=ハは腕組みをしながら思案するように眼を閉じて、そしてとりあえずはラテの方へと近づく。
肢体を眺める限りはティターニアよりも凹凸に富んでおり、余程そこらの女よりも女らしい身体をしているが、
その表情はあまりにも幼すぎた。それが改めてグラ=ハの心を煽る。
「何か不安なのかい? 不安なことがあれば僕を頼ると良い。何も心配はいらないよ」
頭を軽く撫でながら、目線を合わせる。一瞬だけだが、ラテの瞳からハイライトが消える。
(この女はもう直に堕ちる…しかし何が彼女をそうしてしまったのだろうな…?)
グラ=ハはラヴィアンの隣の椅子に腰掛け、ポケットから布に包まれた色とりどりの小さな立方体を取り出した。
「例えばこれ。僕の研究の成果品だ。モグモグ…このとおり、料理を凝縮することでサイコロ状の保存食にした。
これは野菜スープだね。味は保証するよ。他にこれが胡椒ステーキ、これが果実の盛り合わせだ。一個でお腹いっぱい。まだ沢山あるよ。
研究などの長時間を使う際は実に重宝する。冒険ではこれを皆さんに振舞える」
小さなキューブを弄ぶようにしてテーブルに敷いた布のあちこちに置いた。「さぁどうぞ味見していってください」といった感じに。
「研究室から情報が入っている。「無の水晶<エーテル・クォーツ>が取られた」とね。
僕はどちらかというとインドアなんだが、黙ってはいられない性質だ。分かるだろ?同じ研究者としてさ。
と、いうことだ。皆さんも賢そうなメンバーだし、僕らも入れて一緒に探しに行こう。飛空艇が近く完成すると聞いている。
たとえそれが、凶悪なドラゴンと相対することになっても…だって僕らはユグドラシアのメンバー、だろう?」
ジャンたちを誉めながら、改めてティターニアに手を差し出すグラ=ハ。ラヴィアンも同時に立ち上がる。
その瞳は自信に満ち溢れていたが、実際のところは「ティターニアにも決して今回は余裕がなく、
隙を伺う僅かな好機が巡った」、という野心に満ちた瞳だった。
「研究員というのは孤独なもんだ。僕が突然ここに現れたことには、何か「因果」のようなものがあるのかもしれない。
この前の襲撃のようなことがなければ、逆に僕もここで一生を終えていたかもしれないね」
ふと、思い出したようにグラ=ハが天を仰いで呟く。
「そういえば「虚無」の魔法についての古い文献で、知り合いの学者と協力して「極大魔法」と呼ばれている類のものを調べている。
その名は「ヴォイド・…何とかというもので、存在そのものを消し去るという恐ろしい魔法らしい。
長く生きていると…おっと、…長く生きているのは君の方だったね、ティターニア」
(いきなりのご指名ありがとうございます。
と、いった感じでグラ=ハとお供のラヴィアンが加わります) せっかくの登場シーンに水を差すようですみませんが
今回のラテへのロールは私受け取りかねます。拒否します
次のレスで変換受けをさせてもらいますが、これは大事な事なので先に言わせて頂きました
「この女はもうすぐ堕ちる」って要するに
「この女はもうすぐ特に理由もなく自分に惚れるか何かして情婦Cないし操り人形、もしくは両方になる」
って事ですよね
ラテは現在優先的に操作するキャラではありませんが、それでも私のキャラクターです
所有権を放棄した覚えはありませんし好きに扱っていいとも言っていません。愛着のある大事なキャラクターです
そのラテに対して相談も断りもなく上述のような事を言われて、私はすごくいやな気持ちです
別にそういう意図じゃなかったとしても、どんな意図だったとしても、相談なしにされて気持ちのいい事じゃありません
もっと正直な話をすれば、気持ち悪いです
女を堕とすなんて言っておきながら、する事と言えば頭を撫でて目を合わせるだけというのも、私が付き合って楽しめる気もしません
あなたはライトノベルの主人公じゃないし私もそのヒロインではありません
今後同じようなロールをされても私は同じように拒否します
悪しからず、ご了承下さい >「この女はもうすぐ堕ちる」って要するに
>「この女はもうすぐ特に理由もなく自分に惚れるか何かして情婦Cないし操り人形、もしくは両方になる」
>って事ですよね
違います
あなたは極端に受け取り過ぎです
先の展開を話しておきますが、実際に「堕とす」ようなことはしません
これは約束します
一度頭を冷やしてください
念のため、以下を差し替えます
’頭を軽く撫でながら、目線を合わせる。一瞬だけだが、ラテの瞳からハイライトが消える。
(この女はもう直に堕ちる…しかし何が彼女をそうしてしまったのだろうな…?)’
↓
’そう言って、’
もう一度言います
今回のあなたの言動は、私を追い詰め追放しようとしている、かなり暴力的な行為です
これはTRPGです
ロールです
お願いですから頭を冷やしてください 堕ちるなと勝手に思っているだけなら構いませんが、あなたはそうではなかったでしょう
あなたのロールは、あなたが私のキャラクターの精神状態を勝手に操作する事に抵抗を覚えない、相談もできない人物だと
私にそう思わせるには十分でした
被害者面をするな。私はめちゃくちゃ怒ってます
一言謝る前に、お前が極端だと私を責めるあなたを見て、余計にです >ラテ殿
>「この女はもうすぐ堕ちる」発言
少し落ち着くのだ
グラ=ハ殿も言っておるが単なる自分のキャラの台詞であって作中の彼が勝手にそう思っているだけだ。実際に堕ちると確定しているわけではない。
相手に相談しなければ自由に台詞も喋れないというのではあまりにも窮屈ではないだろうか
>女を堕とすなんて言っておきながら、する事と言えば頭を撫でて目を合わせるだけというのも、私が付き合って楽しめる気もしません
これはまあ……かといって過激なことをしたらそれはそれでアレだし他人同士が集まっている以上いろいろと嗜好の差はある故
全部が全部ラテ殿が楽しめる演出というわけにもいくまい、ご了承いただきたい。
そんなことよりもラテ殿が本当に今回引っかかったのは決定リールを使っている目のハイライトが消えた描写では?
これについても決定リール・後手キャンセルありなのでルール上はセーフの範疇でサクッと後手キャンセルしてもらえば済むのだが
特にセクシー要素のあるロールは好き嫌い分かれるのは分かる
なので仕掛けられる事自体が不快だったり毎回後手キャンセルするのが気が引ける場合は
今回みたいに大層な理由を述べなくても「苦手なので自分に対してはやめてください」と一言言えばいいと思うぞ
>あなたのロールは、あなたが私のキャラクターの精神状態を勝手に操作する事に抵抗を覚えない、相談もできない人物だと
私にそう思わせるには十分でした
ラテ殿がそう思ったとしても実際にそこまでの描写はなく自キャラのロールの範疇におさまっている以上怒りを露わに糾弾するのはいかがなものかと……。
怒ってしまうのは感情なので仕方がないがそれを表に出さずに穏やかにお願いというスタンスをとった方が何かとうまくいくものだ
>グラ=ハ殿
ということでラテ殿のPLはああいうロールが苦手なようなので
ラテ殿・フィリア殿に対してのあれ系のロールは今後はやめておいてやってほしい
もともとメインターゲットが我ということなので特に大きな問題は発生しないと思う。
議論に労力を費やすのは不毛なのでこの件に関する返信等は不要だ
以後何事もなかったように再開してほしいというのが我の望むところだ >◆ejIZLl01yY さん
>被害者面をするな。私はめちゃくちゃ怒ってます
話を聞いてください。
そんな暴言を吐くあなたにはTRPGをプレイする資格はありませんよ。
ですから、これはゲームのロールです。私はあなたに頭を冷やしてもらいたいだけなのです。
何事もなかったかのように再開したいので、穏やかになりましょう。
>ティターニアさん
調停ありがとうございます。了解しました。
前述の通りラテさんに絡んだ部分の文章を削除とさせていただき、
今後のロールについては過激になりすぎないよう、注意していきます。 やらしー系のロールに限らず今回みてーなキャラの内面に切り込むエモーショナルなロールは
とても非常にデリケートな問題だから
リアクションまで決定ロールで打つ前に相談が必要だったとおれは思うぜ
少なくないカロリーと糖分と想像力を使ってお腹痛めて産み出したキャラなんだ
可愛がってて当然だし、そこに込められた想いは尊重されるべきだ おわ、リロードしてなかった
すまねーもう黙ってるよ >>86
うん、分かってるよ
だってキミ、ラテの肥満だもんね どうしても腹に据えかねる事だけ言って全部忘れます
>ラテ殿がそう思ったとしても実際にそこまでの描写はなく自キャラのロールの範疇におさまっている以上怒りを露わに糾弾するのはいかがなものかと……。
収まってなくないですか?
私は、私を勝手に動かされた事に怒ってたはずです
バトル中のアクション的なものならまだしも、私の精神状態をコントロールされるのは流石に度し難いです >>84
>そんな暴言を吐くあなたにはTRPGをプレイする資格はありませんよ。
>ですから、これはゲームのロールです。私はあなたに頭を冷やしてもらいたいだけなのです。
なんで私決定ロール食らった挙句煽られてるんですか?
というか、ロールかどうかはどうでもいいんですよ
私が次のターンで、危険を感じたからとあなたのキャラの首を捩じ切ったとして
それもただのロールですよ。でもあなたはきっと嫌な思いをしますし、もしかしたら抗議をするかもしれません
ゲームだから相手に嫌な思いをさせてもいいってちょっと色々おかしくないですか?
一言謝るのがそんなに嫌ですか?
はい、忘れました!お騒がせしてすみません! >>88
いや、精神状態なんてどこでコントロールされた?
ハイライト云々もグラハ目線での主観で傷ひとつ付いてないだろ?
極端に反応しすぎなんだよお前はよ
謝るのはお前じゃね? >>88
ラテよう、
とりあえずさ、GM代理であるティターニアはお前さんの暴走を止めようとして味方してくれたんだ。
乱暴な物言いをしたことをここで一言でいいからさ、謝っておくのが筋じゃないかね?
敵をこれ以上増やすことは感心しないよ?
倒壊を免れた建物の上から見下ろすアスガルドの街は、今日も大勢の人が忙しなく動いてますの。
人間だけじゃありませんの。
エルフも、獣人も、オークも、リザードマンも、皆がこの街を元に戻す為に力を合わせている。
思わず微笑まずにはいられないくらい、とても素晴らしい光景ですの。
……視界の中で動く、大きな影を目で追う。
建物の仮組みに糸を張り、支え、資材を持ち上げるビッグスパイダー。
その能力は、このユグドラシアの今において、とても有用ですの。
ダグラス学長様に虫族の都入りの許しを得た矢先に、あの襲撃。
人の不幸を喜ぶ趣味はありませんが……おうじょさま的にはこれはチャンスですの。
われわれ虫族が、ヒトの織り成す社会へと参入する為の、この上ないチャンスですの。
え?お前は一緒に働かないのかって?
……虫にもそれぞれ、得意不得意、果たすべき仕事がありますの。
わたくしのような小さき者が力仕事に混じっても、かえって邪魔になってしまいますの。
え?じゃあお前は何が得意なのかって?
王の力……はわたくしの力じゃないし……。
人々との交渉は……リテラちゃんから結構助言をもらってるし……。
……そ、そう言えばダグラス学長様に一つ頼まれごとをしていましたの!
学長様には格別の便宜を図って頂いてるから、断る訳にはいきませんの!
ええっと、確かティターニア様?の研究室へ向かえば大体分かるとか……。
なのでわたくし、屋上から飛び立ってユグドラシアへ向かいますの。
ふよふよてくてくと移動を終え……ティターニア様のお部屋の前に着きましたの。
……ええと、まずはノックをするんでしたの。
お返事を待って、それからこのドアノブ?を回して、ドアを引っ張れば……。
お、重いですの!わたくしの力じゃこのドアを引っ張れませんの!
ど、どうしよう……開けてくれるよう頼むべきですの……?
いや、ヒトの社会で暮らしていくにはこれくらいの事、出来なくてどうするんですの!
頑張れわたくし!かくなる上は壁を足蹴にして、思いっきり引っ張れば……!
「あのー、どうされました?」
あ、開けてもらえ……
「ぎゃふん!」
ひ、引っ張ってたから勢いよく開きすぎて壁に挟まれましたの……。
い、痛い……もうちょっとわたくしが力持ちだったら潰れてたかも……。
「あ、あれ!?大丈夫ですか!?……って、妖精さん?」
「お、お構いなく……開けてくれて助かりましたの」
ちょっと折れ曲がった触角を整えて、改めてドアの前に立つ。
ええと、ヒト達の間での挨拶は……ドレスの裾を摘んで、こう……ぺこり、と。
あ、合ってるよね? 「お初にお目にかかりますの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの。
ダグラス学長様に、頼みがあるからここへ来てくれと伺って……」
そう言いながら、下げた頭を上げると……狼のような目をした女の子が、わたくしをじっと見下ろしてましたの。
女の子と言っても、わたくしの方がずっと歳下なんですけど……
「……えっと、どうかしましたの?そんなにじっと見つめられると、なんだか怖いですの」
返事がありませんの。
あっ、もしかして研究者の方ですの?それでわたくしの観察をしてるのでしょうか……
などと考えていたら、突然触角をむんずと掴まれましたの。
……え?いきなりすぎて少し呆然としてしまいましたの。
あ、あの?一体なんのおつもり……
「なにこれちっちゃい!かるい!おもしろーい!」
「ぎゃー!いたたたた!も、持ち上げないで欲しいですの!もげる!もげる!」
な、なんですのこの方!この背丈なら結構いいお歳でしょうに!
まるでカブトムシの脚を一本ずつもいでいく子供のような屈託と容赦のなさ!
「あ、てぃたーにあさんにようじがあるんだっけ?じゃあ、はい!」
「ぎええ!」
挙句の果てには放り捨てられましたの!
「い……一体どうなってますの!」
わたくし、思わず声を張り上げてしまいましたの。
「わたくしユグドラシアにはお世話になっていますけども!
この仕打ちには流石に説明を求めますの!」
ですが文字通り虫けらのように扱われて、それでもへーこらしてるわたくしではありませんの!
それは虫族にとって最も忌避するべき未来ですもの!
……ふんふん、なるほど、こないだの戦いで記憶喪失に。
……それで、治療の術は?
ここの魔法とか、薬とか……効果があるなら、今もあのままの訳がないですわね……。
術はあるけど……とてつもなく長い旅路になる、と。
「……うぅ、ぐすん」
ど、怒鳴ってしまって悪い事をしましたの……。
そんな事情があったなんて……なのに、この方々の眼の、言葉の、なんと力強い事。
「ダグラス学長様がわたくしに頼みたかった事、理解出来ましたの!
わたくし、あなた達の旅路を精一杯サポートさせて頂きますの!」
わたくしは勢いよく立ち上がり、
そのままくるりと一回転。
そして棚引くマントの内からはみ出るように、一瞬垣間見えるのは……
「改めて名乗らせて頂きますの。わたくし森と虫を司る妖精、フィリア・ピューピアと申しますの。
人との共存を願い、しかし叶えられなかった虫の王達の、夢の欠片の化生……とでも言いましょうか。
つまり……虫達のおうじょさまですの!」
わたくしと共に渦を巻く、巨大なムカデの姿。 「この身に宿す、虫の力、王の力……きっとあなた達のお役に立ちますわ」
もっとも……この王の力は、あまり濫用出来るものではないのですけれども。
なにせわたくし、今しがた言ったばかりですが、かつての王達の、夢と力の欠片の寄せ集めですの。
つまり王の力を使うという事はまさしく、わたくしの体に亀裂を入れて、中身を掻き出しているも同然。
と……不意に室内にノックの音が響きました。
ティターニア様の助手さんと思しきホビットさんが、ドアの外を伺い、お客様を招き入れましたの。
>「やあやあ、皆さんお揃いで。導師様もお元気なようで何より」
あら、端整なお顔。
>「うん、バランスが取れているようでいてどこか不安定そうな、そんな魅力的なパーティーだと思うよ。
この方も旅に同行するんですの?
おともだちがたくさん増えるのはとてもいい事ですの!
……だけど、うーん。ちょっとこの方は、私には近寄り難いですの。なんでかって……
>「何か不安なのかい? 不安なことがあれば僕を頼ると良い。何も心配はいらないよ」
「……あなた、なんだかへんなにおいするからいやー。ジャンさんのほうがいいー」
そう、この方の纏うにおいは、わたくしには少々強すぎますの。
この、香水……?いや、気配?それとも魔力?
なんでしょう……まるでつがいを誘う虫が漂わせているような、このにおいは。
振る舞われた食べ物も、ちょっと遠慮しておきますの。
>「たとえそれが、凶悪なドラゴンと相対することになっても…だって僕らはユグドラシアのメンバー、だろう?」
「ドラゴン?あなた達、そんなものとも戦うつもりですの?ていうか、そんなのホントにいるんですの?」
……俄かには信じられませんの。
「まっ、例えそれが本当だとしてもわたくし臆したりはしませんの!
なにせ、わたくしはおうじょさまですの。
あなた達は虫じゃないけど……とても尊い方々だと、思いますの」
そしてそういう方々を守るのが、おうじょさまのお仕事……一番大事なしめいですの。
「だから、絶対損なわせたりしませんの!」
【改めてよろしくお願いしますですの!】 自分のキャラでお人形遊びするのは結構、再開する前に一言あった方が良いんじゃないの
特にスレ主さんに暴言吐いた以上、はい戻りました、じゃ信頼は取り戻せないのよ ユグドラシアが復興に向けて動き出し、ほとんど残骸と化した市場もほんの数日で
仮とはいえ店舗が立ち並び、資材や人の流れが元に戻りつつある。
その流れの中に、一人のハーフオークがいた。ジャンだ。
ティターニアと同じように旅を諦めることなく、続けるための資金を稼ぐために
今では日雇いの建設手伝いをしながら、ティターニアの研究室で寝泊りしている。
(ティターニアは雇い主で、報酬も出るけどよ……ダーマに行っても学園からもらえるとは思えねえ。
せめて頼りっぱなしにはならないようにしないとな!)
そんなことを考えながらジャンが歩いていると、巨大な蜘蛛が目の前を通り過ぎていく。
思わずジャンは抱えていた角材を叩きつけそうになったが、周りの人間は誰も気にしていない。
「おいカラベルスキー、ありゃなんだ」
昨日知り合ったドワーフの作業員にジャンは聞いた。彼はこの街で古株の部類に入り、
変わった住民や珍しい住民なら知っているはずだ。
「ビッグスパイダーとかいうやつだってよ。役に立ちたいって言うから資材運びと仮組みの足場やらせてんだ。
他にもぞろぞろ喋る虫がここにやってきてる」
へえ、とジャンは返して作業に取り掛かることにした。
魔物の類でないのなら気にすることもない。そう考えて角材を資材置き場に置いてレンガ作りに取り掛かる。
そうして飛空艇の完成を間近に控え、出発の準備を済ませたところで新たな仲間が加わることになった。
>「お初にお目にかかりますの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの。
ダグラス学長様に、頼みがあるからここへ来てくれと伺って……」
「話は聞いてるぞ。俺たちの……」 >「なにこれちっちゃい!かるい!おもしろーい!」
>「ぎゃー!いたたたた!も、持ち上げないで欲しいですの!もげる!もげる!」
「ラテ!待て!ティターニアに用事があって来てんだ!」
ラテの目線に合わせて頭を下げ、応対を改めさせるために落ち着かせる。
さすがに幼子並に戻ってしまったとはいえ、言葉に対して一定の理解はしてくれることは分かった。
>「あ、てぃたーにあさんにようじがあるんだっけ?じゃあ、はい!」
>「ぎええ!」
「ラテ、小さいとはいえあの人はちゃんとした人間だ。俺たちと同じだ。
いきなり投げたり掴んだりしてはダメだぜ」
目線を合わせたまま幼子に教えるように、穏やかに語りかける。
言えばちゃんと聞き、覚える辺り時間が経てば元に戻るかもしれないという希望はまだある。
>「わたくしユグドラシアにはお世話になっていますけども!
この仕打ちには流石に説明を求めますの!」
「すまねえ。これには原因があってな……」
ラテが如何にしてこうなったか。口下手なジャンはだいぶ簡略化したものの大体を話した。
話が終わりに近づくにつれて彼女の顔が徐々に怒りから悲しみへ、変わっていくのが見て分かる。
>「改めて名乗らせて頂きますの。わたくし森と虫を司る妖精、フィリア・ピューピアと申しますの。
人との共存を願い、しかし叶えられなかった虫の王達の、夢の欠片の化生……とでも言いましょうか。
つまり……虫達のおうじょさまですの!」
「ジャン・ジャック・ジャンソン。ハーフオークだ、よろしくな、フィリア」
お転婆なお嬢様のような口調に似合わず、実力はあるようだ。
フィリアの横に巨大なムカデが姿を現したとき、ジャンは自分の身に一瞬畏怖とも言うべき震えが走ったのを感じたからだ。
これからの旅は、きっと過酷なものになる。足手まといになりそうであればジャンは容赦なく切り捨てるつもりでいたが、その必要はないだろう。 >「やあやあ、皆さんお揃いで。導師様もお元気なようで何より」
挨拶が終わったところで、またも来客がやってきた。
いわゆる美形な顔立ちに、優しげな口調。しかし真っ白な肌に青紫のローブを羽織った姿は、まるで魔族のようだ。
>「先日の戦闘では実にご愁傷様だった。僕が研究に没頭していて援護に出られなくてすまない。
だが、これからきっと僕は役に立つと思うよ。丁度外に出る用事があった」
そう言って研究室を見渡し、男はさらに言葉を続ける。
>「うん、バランスが取れているようでいてどこか不安定そうな、そんな魅力的なパーティーだと思うよ。
朗々と自己紹介を兼ねて語る様は演劇のようだが、ジャンにそういった感性はない。
ただ「話が長いなコイツ」ぐらいにしか思わず、満足するまで話させてやることにした。
(自分の手柄とか身の上をいきなり語るような奴だ、よほど自信があるんだし、実力もそれなりだろう)
無理に遮ることはない。ただティターニアを眺める視線が妙にねっとりとしているというか、しつこいのはジャンの気になるところだった。
>「そういえば「虚無」の魔法についての古い文献で、知り合いの学者と協力して「極大魔法」と呼ばれている類のものを調べている。
その名は「ヴォイド・…何とかというもので、存在そのものを消し去るという恐ろしい魔法らしい。
長く生きていると…おっと、…長く生きているのは君の方だったね、ティターニア」
「……話は終わりみたいだな。横槍入れて悪いが、俺はジャン・ジャック・ジャンソン。
ティターニアの……護衛、いや仲間だな。ラヴィアンにグラハ、道中よろしく頼む」
腰のベルトには鉄製の鞘に収められた聖短剣サクラメント、背中にはミスリル・ハンマー。
この数日で鋼の胸当てとひざ当て、篭手も揃えたジャンは心折れた旅人から、一人の冒険者へと立ち直っていた。
「ティターニア。そろそろ飛空艇ってやつで行く頃じゃねえのか?
たぶん荷物の積み込みも終わっただろうしよ、顔合わせも終わったことだし行かねえか」
おそらくこの場において最も無垢であろうラテの手を引いて、ジャンは立ち上がる。
もう迷うことはない、と心に刻んで。
【今更自分が蒸し返すのもなんですが、気に入らないロールにはそれなりのロールで返すのが一番かと
話の外で中の人が殴り合う事態になるぐらいなら事前にきっちりしてほしくないこと・してほしいことの線引きをしておくべきです】 >「ぎゃー!いたたたた!も、持ち上げないで欲しいですの!もげる!もげる!」
>「ラテ!待て!ティターニアに用事があって来てんだ!」
旅に同行することになった妖精を粗雑に扱うラテをジャンがたしなめる。
幼児退行と同時に記憶喪失になってしまったラテだが、第一印象は怖がられがちなジャンによく懐いている。
元来の感覚の鋭さでジャンの内面の善良さを感じ取っているのだろう。
>「改めて名乗らせて頂きますの。わたくし森と虫を司る妖精、フィリア・ピューピアと申しますの。
人との共存を願い、しかし叶えられなかった虫の王達の、夢の欠片の化生……とでも言いましょうか。
つまり……虫達のおうじょさまですの!」
>「ジャン・ジャック・ジャンソン。ハーフオークだ、よろしくな、フィリア」
「エルフのティターニアだ、よろしく頼む」
フィリアのマントの内側に一瞬、巨大なムカデの姿が見える。
虫の王――小さな体に強大な力を秘めていることが伺える。
この世界には虫型の知的種族もいるが、人間という種族は、全体的に同族同士で群れたがり他の種族を警戒する傾向がある。
人型の種族であってもそうなのだから、動物型、さらには虫型となれば猶更だ。
その傾向が顕著に表われているのが帝国、ということだろう。
>「この身に宿す、虫の力、王の力……きっとあなた達のお役に立ちますわ」
続いて、パックが次の来客を招き入れる。
ドアを開けた瞬間に黒板消しがポスっと床に落ちた後、その一団はそれには無反応で何食わぬ顔で入ってきた。
「オイラの罠を見切った――だと!?」
「これパック、古典的な罠を仕掛けるでない」
>「やあやあ、皆さんお揃いで。導師様もお元気なようで何より」
>「先日の戦闘では実にご愁傷様だった。僕が研究に没頭していて援護に出られなくてすまない。
だが、これからきっと僕は役に立つと思うよ。丁度外に出る用事があった」
>「うん、バランスが取れているようでいてどこか不安定そうな、そんな魅力的なパーティーだと思うよ。
僕のことはティターニアやパックは良く知っていると思う。かつて「神童」と言われていた、
名前をグラ=ハ・スタン・ツタラージャという。うん、グラ=ハで良い。
「神童」とは言うけどね、この国でも言われてるように、「三つで神童も十五過ぎれば只の人」ってね。
だから別の驚くことはない」
「ははは、褒めても何も出ぬぞ。なんだ、こんなBBAをそんなに眺めまわして。ババ専という噂が広がっても知らぬぞ」 軽口を織り交ぜた会話を交わしつつ、実年齢はまだ二十にも満たなかったか――等と思う。
それにしては随分ジジ臭いな、とも。
ジジ臭いといっても動作のキレや増してや見た目のことではない、説明しようがない長寿種族のオーラというべきものがあるということだ。
>「僕の主な目的は錬金材料の調達だ。こっちは助手のラヴィアン。ま、彼女みたいなものだと思ってくれていい。
僕側の人間だから、こちらでお互いに守ることになってる。だから旅の間はお構いなし、ってことだ。
で、もう一つの目的はティターニアの護衛だ。僕は研究をやっているし、いつでも「ここ」に戻れる。
そしてどれだけ弱った身体でも治療してみせることができる。だからティターニアは安心して戦うといいよ」
彼の言うどれだけ弱った身体でもが実際にはどこまでのものかは分からないが、治癒が得意な者が加わるのは心強い。
しかし――
助手兼彼女のラヴィアンが挨拶するが、どこか自分の意思が無いかのような違和感を覚える。
そう、まるで操り人形のような――
>「何か不安なのかい? 不安なことがあれば僕を頼ると良い。何も心配はいらないよ」
>「……あなた、なんだかへんなにおいするからいやー。ジャンさんのほうがいいー」
グラ=ハは何故かパックの頭を撫で、ラテは早々にジャンの方に避難していた。
有能な助手が身代わりの術によって、絵的に危険な状態が発生するのを事前に阻止したのだ。
ラヴィアンの様子を見て明確な危険を察知したのだとしたら、それは勘が鋭すぎるというものだろう。
「うむ、そやつ(パック)の頭なら好きなだけ撫でるとよいぞ。……もぐもぐ、これ美味しいな!」
一方のティターニアは高性能保存食に餌付けされつつあった。まず胃袋から掴む高度な作戦とは油断も隙もない。
そこに無の水晶を探すのも協力する、ドラゴンと戦うのも厭わない、という申し出。
「頼りにしておるぞ!」
差し出された手をがっちりと掴んで握手を交わす。
完璧に、落ちた――
尚この場合の落ちたとはうっかりパーティー入りを許可してしまったという意味で“堕ちた”ではない、念のため。 >「ドラゴン?あなた達、そんなものとも戦うつもりですの?ていうか、そんなのホントにいるんですの?」
>「まっ、例えそれが本当だとしてもわたくし臆したりはしませんの!
なにせ、わたくしはおうじょさまですの。
あなた達は虫じゃないけど……とても尊い方々だと、思いますの」
>「だから、絶対損なわせたりしませんの!」
「正真正銘実在するぞ。もはやどんなことが起こっても不思議はない」
>「そういえば「虚無」の魔法についての古い文献で、知り合いの学者と協力して「極大魔法」と呼ばれている類のものを調べている。
その名は「ヴォイド・…何とかというもので、存在そのものを消し去るという恐ろしい魔法らしい。
長く生きていると…おっと、…長く生きているのは君の方だったね、ティターニア」
「一桁程な。全く、若造が何を言っておるのだ」
と笑いながらも、そういえばおっさんが前世の記憶を持ったまま幼女に転生する話とか
最近うちのサークルで流行ってるよなあ、等ということが何故か一瞬頭をよぎるのであった。
>「……話は終わりみたいだな。横槍入れて悪いが、俺はジャン・ジャック・ジャンソン。
ティターニアの……護衛、いや仲間だな。ラヴィアンにグラハ、道中よろしく頼む」
「そういえば今更だがこやつはパック。
俗に”道具係”とか”荷物持ち”とか”便利屋”とか”運転手”とか”雑用係”とか言われるポジションとして同行させることにした。
皆で好きに使ってやってくれ。あとグラハ殿ラヴィアン殿とは違って助手ではあるが別に彼氏ではない」
「言わなくたって誰も誤解しないよ!?」
>「ティターニア。そろそろ飛空艇ってやつで行く頃じゃねえのか?
たぶん荷物の積み込みも終わっただろうしよ、顔合わせも終わったことだし行かねえか」
出発の準備を整え、いよいよ飛空艇へと向かう一同。
移動中、パックがこっそりティターニアを物陰に呼び止める。
「ティターニア様、アイツは危険だ」
「どのあたりがだ?」
「例えば……外見とか見た目とか顔とか面とか……」
「それ全部同じではないか」
「イケメン爆発しろ!」
パックも整った外見ではあるがそこはやはりホビット―――どう頑張っても小柄なデフォルメキャラ枠であった。
さて、天上が開くようになっている飛空艇格納場に行くと、制作に携わった眼鏡の集団が今か今かと出発の時を待ち構えていた。 「ついに……ついにこの日が来たのか!」
「我々が手塩にかけて育てたリンちゃんがついに飛び立つ……!」
「リンちゃんなう!リンちゃんなう!リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう!」
「リンちゃんってまさか飛空艇の名前か? なんだその美少女くさい名前は!?」
「安心したまえ、リンちゃんは愛称。フルネームは”リンドブルム”――――天駆ける瞬速の翼竜だあ!」
無駄に盛り上がる眼鏡の集団を尻目に、学長やカドムも見送りに来ていた。
ティターニアよりも更に一桁年長と思われる面々だ。
「本当は一緒に行きたいのは山々なのだが……儂らはここを守らねばならぬ」
「行って参ります、曾お爺様――とでも言えばいいか?」
アスガルド防衛戦が終わった後学長から、自身がティターニアの曽祖父にあたること、
ティターニアは初代学長の聖ティターニアととてもよく似ていることを聞かされた。
(尚、聖ティターニアは以前の指環を巡る戦乱で死亡したらしい)
とはいえ、ティターニアという名前自体は妖精女王の代名詞のようなものなのでそれ程珍しくも無く
血縁(魔力縁?)関係があるなら隔世遺伝で似ることもあるだろう。
となると必然的にティターニアは厳密には7/8エルフになるのだが、そもそも両親のうちの人間の側がエルフ社会に入った場合のハーフエルフは
エルフと同じ生まれ方をするため、肉体的には普通のエルフと変わらないようだ。
乗り込んでみると、古典的な操縦桿があるかと思えば自在に絵柄が塗り替わる操作盤があったり、あらゆる技術がごちゃまぜに搭載されていた。
まあ操縦は有能な助手がやってくれるので心配はいらないだろう。
「はいはい、いくよー! 発進!」
パックの軽い掛け声とともに飛空艇は飛び立ったのであった。 ティターニアが面白可笑しく反応する。
そうだ。彼女は僕が子供の頃からずっとこんなだった。
>「ははは、褒めても何も出ぬぞ。なんだ、こんなBBAをそんなに眺めまわして。ババ専という噂が広がっても知らぬぞ」
「ババ専とは失礼な…エル専、とでも言っておこうか。僕は特にエルフの女性には優しくしたくなる性質でね。
特にティターニアは子供の頃から見ている。僕にとって母でもあり、姉のようなものだ。こうして久しぶりに甘えることができて嬉しい。
でも、僕は護衛だ。今度はティターニアが甘える番だから、何かあったら遠慮なく言って」
「頼りにしておるぞ!」
ティターニアと握手をする。つまり肌に触れた。どれぐらいぶりだろうか。
思えば、人間に生まれてもう20年近くが経つ。
魔族やエルフとは違い、人間たちは成長が早い。頭脳の成長も早いものだ。
驚いたのは「愛」という感情が魔族のそれとは大分違っているというものだ。
…魔族よりも、人間の「愛」の方が深い…? いや、そんなことはないはずだ。
ティターニアも長く生きているなら知っているはずだ。人間の愛情というものを。
魔族と人間たちとの違いとして、どうやら人間たちは愛し合うことで子供ができてしまうらしい。
グラ=ハも研究の一環として人間の女を愛し、実際にアスガルドには子供が存在する。
そして自分の傍にいるラヴィアンも人間だ。彼女に愛されている以上、いずれはそうなってしまうのだろう。
では人間とエルフなら? いや、もうこの考えは止めておこう。
自分にはもう既に「大きな目的」が決まっているのだから。
だから、愛情などというものに振り回されてはいけないはずだ。
「郷にいっては郷に従え」その考えに則って人間に合わせれば良いだけなのだから。
ティターニアは一瞬何かを考えた表情をしたあと、グラ=ハの出した携帯食料をボリボリと食べ始めた。
これ以外にも「色々と」持っている。近いうちに「何か」があれば少しずつ堕落させていくのも悪くはない。
そんなことを考えていると、
>「……話は終わりみたいだな。横槍入れて悪いが、俺はジャン・ジャック・ジャンソン。
ティターニアの……護衛、いや仲間だな。ラヴィアンにグラハ、道中よろしく頼む」
いかにも単純そうなオーク、いや、ハーフオークの男がジャンと名乗る。
仲間と言ってもらえるだけでも有り難いものだ。
装備は特殊な鉱物でできた武器を数本。明らかに一人で同時に使うものでないならば、
誰かの形見だろうか。
「あぁ、僕らはね、言ってみりゃ「保険」ってところだ。ジャン、君のような屈強な護衛がティターニアにいるなら、
決して道中は苦しくないかもしれない。しかし、「もしものこと」というのはいつ来るかは分からないのでね。
君、力使う、僕、頭使う…そんな感じでいいんじゃないかな? さ、君も召し上がれ」
グラ=ハはジャンにもキューブを勧め、足を組むと再びティターニアを見ながら
思案に耽った。
それから、何故かパックというホビットの助手らしき少年(?)の頭を気がつくと撫でていた。
まあ、こういった奴も手懐けておく必要はあるだろう。
「ふむ、魔力を感じるね…」
扉の方から接近してくるそれの気配を、グラ=ハは椅子に座ったまま感じていた。
「ぎゃふん!」
(おや、ラテさんが扉で潰してしまったようだ…仲間割れかな?)
>「お初にお目にかかりますの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの。
ダグラス学長様に、頼みがあるからここへ来てくれと伺って……」
この妖精の少女は只者ではない。それは背後から湧き出る「虫の王」のような強大な力が見える。
ティターニアに牙を剥かなければ良いが…またその時はその時だ。
その後、ラテとひと悶着あった後、その森の精らしき少女が挨拶する。 >「改めて名乗らせて頂きますの。わたくし森と虫を司る妖精、フィリア・ピューピアと申しますの。
人との共存を願い、しかし叶えられなかった虫の王達の、夢の欠片の化生……とでも言いましょうか。
つまり……虫達のおうじょさまですの!」
「あぁ、そうなんだ… 僕はグラ=ハ。ここの研究員さ」
グラ=ハはラヴィアンと顔を見合わせながら「こういうこともあるのだな」と納得してフィリアに声をかけた。
「なら僕と一緒だ。僕は元々ここにいるグラ=ハという者だが、やはり学長の許しを得てこの人達に合流した。
つまり、僕の同期という訳だね。では、さっそく実験といこうか? あ、披験体の方じゃない? こりゃ失礼。
ところでこのキューブを食べてみないか?
おっと、先に言っておくがこれは人間用のもので、君たちが食べると腹が膨れて破裂する恐れもある。
少しずつ食べることをすすめるよ」
>「……あなた、なんだかへんなにおいするからいやー。ジャンさんのほうがいいー」
「そうかい。たまに言われるんだけどね。「君は知性が溢れ過ぎていて君が悪いとね。特に女性にね」
まあ、言われてみればジャンの方が怪しげではないだろう。グラ=ハに比べれば単純で与し易いように見えるはずだ。
キューブのクリームスープをボリボリと食べながら、グラ=ハは言う。
この部屋は妙に落ち着く。しかし、ラテが妙にそわそわとグラ=ハから離れようとしているのと、
フィリアが敵意をむき出しにしているのが何となく気になった。
特にラテは半分呆けているようにも見えるが、仮にM字型の斧で彼女を斬り付けたら、
M字型になってその攻撃をジャストで回避しそうな、それぐらいの勢いで避けられているようなのだ。
しばらくそんなことを考えながら、ラヴィアンと雑談を交わしていると、ジャンから合図が入った。
「ティターニア。そろそろ飛空艇ってやつで行く頃じゃねえのか?
たぶん荷物の積み込みも終わっただろうしよ、顔合わせも終わったことだし行かねえか」
「おや、案内の時間か。お客様のような態度ですまないね。では、ラヴィアン、僕らも行くとしよう。
ユグドラシアの平和と発展のために…!」
ティターニアの方を見ると、パックとなにやら話をしているようだ。
それにしても立派な飛空艇だ。これだけの大きさなら、相当の練成された魔力がいるだろう。
各国で確認されている飛空艇の数は数えるほどしかない。
その中の一つが今ここにある訳だ。
乗り込む前に、パックに確認をした。
「分かった。操縦室が一番前で、その左後ろ脇に機関室、右後ろ脇に貨物室、
そしてその後ろがジャンの部屋、ラテ・フィリアの部屋、僕とラヴィアンの部屋、という訳か。
もう一つは? いや、そこまで分かればいい。ご苦労」
パックを人数に入れずにグラ=ハは部屋へと入った。 …
「ねぇ、狙うなら今だと思うのだけど…」
白髪の鍛えられた肉体を裸にしたグラ=ハに、同じく裸体のラヴィアンが後ろから絡みつく。
彼の背中には柔らかい感触が当たるが、特に気にはしない、いや、他のことに夢中だった。
丸い窓が部屋に二つ。そこには想像を絶する景色が見えていた。
地面が、アスガルドの町並みがあんなに小さく、果てには延々と空が広がっている。
そしてその窓から突き出た棒状のものは左右に動かすことができ、レバーのようなもので操作できるようになっている。
(こいつは魔道砲か…!)
リンドブルム。多くの冒険者・学者が知る伝説の、翼が無くとも空を自由に舞い、
炎を噴いてあらゆるものを破壊しつくす竜。まさにこの艇がそれなのだ…!
魔道砲が二門、各部屋ごとに備え付けられているようだ。
グラ=ハも動かしたことがある。彼の魔力ならこれの破壊力を増幅させることも、
属性を変えることもできるのだ。「虚無」属性以外の全ての属性に…!
「まさかティターニア、僕は初めからこの艇(ふね)に乗ることを予測していたのか…!?」
ラヴィアンを抱き寄せる。眼が合うと、あっという間にそのハイライトが消え、「自分のもの」になってしまう。
彼女にも勿論意思があり、そのためグラ=ハに協力している訳だが、この状態になれば完全に操れる。
彼は人を殺したことがない。少なくとも人間になってからは一人も。
尤も、人の人生を台無しにしてきたことはあるかもしれないが。
しかし、女を介して人殺しをさせることはやっていた。逆に、女が返り討ちに遭って命を落とすことも。
グラ=ハは直接手を下すことが誰よりも嫌いなのだ。
今、ラヴィアンに協力してもらい、ティターニアやパックを騙し討ちにして、
弱らせたティターニアと飛空挺そのものを人質にするということもできるかもしれない。
しかし、この後はリンドブルムをも凌駕するかもしれない、本物のドラゴンと戦い、
その奥に潜む巨悪のようなものとも対峙するかもしれないのだ。
その前に失敗するリスクと、その後いくらでもあるチャンスを加味すると、答えは一つだ。
「待とう、ラヴィアン。空の旅はまだ長いよ。人間(ヒト)を堕落させるのが僕の使命。
迂闊に動くつもりもないし、もっと沢山堕としてやる。それに、楽しまなきゃ…!
僕は、少なくとも今は、人間なのだから。それに、
友達も増やしておきたいしね」
そう言ってラヴィアンに唇を重ねた。
近いうちに食事の時間になるだろう。その時はまた、スケジュール調整だ。
「…!?」
と、船体が大きく揺れた。雲に入ったようだ。 >「ティターニア。そろそろ飛空艇ってやつで行く頃じゃねえのか?
たぶん荷物の積み込みも終わっただろうしよ、顔合わせも終わったことだし行かねえか」
「飛空艇……空飛ぶお船。アレってジョークじゃなかったんですの?
わたくし、大笑いしちゃいましたの……もしかして失礼な事をしてしまったのかも……」
ティターニア様ジャン様の後ろに付いていきますの。
向かう先は……なんだかおっきな倉庫。
その中に見えるのは……ちっこい翼の生えた、船?
「こんな物が本当に空を飛ぶんですの?
ドラゴンの事と言い、俄かには信じられない事ばかりですの……」
もう少し近くに寄って見てみたいで……
>「ついに……ついにこの日が来たのか!」
>「リンちゃんなう!リンちゃんなう!リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう!」
うひゃあ!び、びっくりしますの!
急に上がった歓声……このお船を作った、技術者の方々の声でしたの。
童子のように輝く目、喜び合う姿……とても好ましい光景ですの。
だけど……
「……人間は、時に命なき物を……形すらない物をも愛し、人生を捧げると聞いてましたの。
それは、本当だったようですの……。わたくし達、虫族のそれとはまったく形の違う愛……」
わたくし達が彼らと同じものを抱き得るのかは分かりませんの。いえ……難しいかもしれない。
わたくし達の社会構造は、人間のそれとはまったく形が違いますもの。
虫達には役割がある。その役割は殆どの場合、個の命よりも優先される……。
個の感性はその役割の中に埋もれていく。虫達の社会ではずっとそれが当然の事だと捉えられていた。
「だけど……理解はしたい。理解出来ないものは、いつか、知らず知らずの内に、踏んづけてしまう。
それでは人と仲良くは出来ない……もし良ければ、旅の中で色々と教えて欲しいですの」
そう言ってティターニア様達を見上げますの。
決してお二人を、あの子を愚弄するつもりはありませんが……既に壊れてしまったものを、
何の役割も果たせないものを大切に持ち続けているお二人からは、きっと善きものが学べますの。
そしてわたくし達は飛空艇に乗り込みましたの。
「……あのう、つかぬ事をお聞きしても?」
……ティターニア様に声をかけるわたくしは、きっと少しそわそわして見える事でしょう。
はしたないのは承知の上ですが……
「このお船、飛び立つ時に甲板にいても大丈夫ですの?
わたくし、空高く飛び上がる時の景色を見てみたいですの!」
だってわたくし達虫族は、鳥ほどに高くは飛べませんもの。
空へ高く、高く、飛び上がる感覚、景色……。
それらを体験すれば、人が形なきものを愛する理由も少し分かるかもしれませんの。
>「はいはい、いくよー! 発進!」
ダメだったら、それは仕方のない事ですの。
窓からでもきっと、十分にいい景色が見れますの!
リンちゃんが飛び立ち、暫くが経ちましたの。
わたくしは一人で部屋にいても寂しいだけなので、皆様と過ごす事にしましたの。 「……一つ、お尋ねしても?」
お聞きしたい事もありますし、ね。
「あらゆる生命の頂点となる生き物は?と尋ねれば、大抵の者はドラゴンと答えますの。
……想像上の存在も含めるなら、と前置きが必要ですけども。
だけど、あなた達はその存在を確信している……」
そりゃまぁ、ユグドラシアの導師様ですし、確信していて当然なのかもしれませんが……。
この方々がドラゴンの存在を、それどころかドラゴンとの戦いをも確信しているのは、何か違う理由がある気がしますの。
「あなた達のこれまでの旅路……聞かせては頂けませんか?」
ぶっちゃけわたくしの勘が外れていたとしても、冒険譚が聞ければそれでいい気もしますの。
なにせ空の旅は、随分と長くなるそうですの。
窓の外は真っ白……今は雲の中ですのね。いつこの景色が終わるのか、検討もつきませんの。
わたくし、生まれてまだ一年とちょっと。おうじょさまとしては、あまりに経験が足りませんの。
だからお話という形で、色んな冒険を追体験してみたい、なんて……
「ねーふぃりあちゃん」
「ひぃ!いちいち触角を掴まないで欲しいですの!」
突然後ろから触角を掴まれて、めちゃくちゃびっくりしましたの!
心臓がどっくんどっくんしてますの……。
人間の皆様と仲良くなれた暁には、触角を後ろから引っ張るのはマナー違反だと広く知ってもらいますの……。絶対に。
「ぼーけんのおはなしがききたいの?じゃあ、これいっしょによんで」
そう言って差し出されたのは……日記、でしょうか。
誰の?……まさか、この子の?
「わたし、じがよめないから、なにがかいてあるかわかんないの。よみたいのに」
「……リテラちゃん、お願いしますの」
わたくしの頭上でリボンに擬態している司書蝶、リテラちゃんに声をかける。
この日記に何が書かれているのか……それも気になるけど、
気になるからこそ、好奇心で読むのは良くない。そんな気がしましたの。 >「だけど……理解はしたい。理解出来ないものは、いつか、知らず知らずの内に、踏んづけてしまう。
それでは人と仲良くは出来ない……もし良ければ、旅の中で色々と教えて欲しいですの」
飛空艇に乗る前にジャンが最後の荷物を運んでいたところ、フィリアが話しかけてきた。
昆虫の社会とヒトの社会は似ている点もあれば、異なる点もある。
フィリアが指導する昆虫たちがヒトの社会に溶け込むには、時間がかかるだろう。
「……どうしても理解ができないこともあるぜ。
俺に言わせりゃ言葉が通じるならヒトだと思うんだが、帝国のえらい人曰くそれはヒトじゃなくて亜人、人に近い別の生き物なんだとさ」
点検が終わり、飛空艇に乗り込む準備が整う。
吹き抜けから見える青空は、少し雲が多いようにジャンは感じた。
……いざ飛空艇に乗ってみれば、意外と快適なものだった。
波のうねりや風によって船体が大きく揺らされる普通の船とは違い、
飛空艇はいかなる魔法か、ほとんど揺れがない。(乗り込む前に技師に聞いたところ、「技術と魔法の結婚式だ!」とよく分からない答えが来た)
「なあティターニア、窓から見える変な筒はなんだ?大きい杖みたいなもんか?」
何故かジャンの部屋にグラ=ハとラヴィアン以外の全員が集まり、この飛空艇についての雑談がしばらく続いていた。
さらに会話を続けていると、フィリアがぽつりと質問を飛ばす。
>「……一つ、お尋ねしても?」
>「あらゆる生命の頂点となる生き物は?と尋ねれば、大抵の者はドラゴンと答えますの。
……想像上の存在も含めるなら、と前置きが必要ですけども。
だけど、あなた達はその存在を確信している……」
>「あなた達のこれまでの旅路……聞かせては頂けませんか?」
「話せば長くなる……って奴だな。ティターニア、俺が長くならないように言うから補足してくれねえか。
まずは帝国の山で大きな石像と戦って、女の子の目の前で野獣と殴り合った時の話からだな……」
大幅に簡略化して時に大雑把に今までの旅路をフィリアに説明していると、
ジャンの視界の中で、ラテが動きはじめた。
記憶を失う前にやっていたトレーニングの名残なのか、日に何度かこうして周りに絡みだすことがある。 「……そんで港に帰ってきて、マジャーリンという偉大なドワーフ族の英雄が俺の目の前でぶっ飛んでしまって……」
>「わたし、じがよめないから、なにがかいてあるかわかんないの。よみたいのに」
「ラテ、それなら後で教えてやるから。勝手に他人の一部を掴んじゃダメだぞ」
触角を掴んだ腕を優しく解き、椅子に座らせる。
こうした日常の動きはほとんど普通の人間と変わりないが、特定のものには敏感に反応するようになってしまった。
>「……リテラちゃん、お願いしますの」
日記に何が書かれているか、それを察したジャンは持っていた手のひらほどの羊皮紙の紙片に
部屋備え付けの羽ペンで素早く連邦共通語を書き連ね、フィリアの方へ投げてよこす。
大きくやや不格好な文字で書かれたそれは、こう書かれていた。
『本当 内容 語るな』
フィリアがこれを見てどう思うかは定かではないが、ジャンはこれ以上ラテが不安定になるようなことは避けたかった。
「ああそうだ、グラ=ハだったか?あいつらの様子見てくる、部屋から出てこない辺り船酔いかもしれねえ」
のっそりと立ち上がり、通路に出てグラ=ハたちの部屋へと向かう。
ノックをしてドアを開けようと手をかけた瞬間、ぐらりと大きく揺れた。
どうやら雲の中に入ったらしく、はめ込まれた窓に水滴が付くたびに船の進行方向とは真逆の方向へと吹き飛ばされていく。
「よう二人とも、元気か……ってこりゃすまねえ、失礼したな」
揺れで開いてしまったドアからジャンが入ってみれば、裸の美女と美男子がキスをしている。
冒険者がよく使う安めの娼館ではなかなか見られない光景だが、ジャンは見物料を取られる前にとっとと閉めた。
「まさかそういう趣味があるとは思わなかったぜ、頼むから食事の時も裸で出てこないでくれよ!
俺は目をそらすだけで済むがフィリアにヒトの暮らしを誤解されちまう」
閉めたドア越しにそう話しておくと、再び通路にある窓から雲を眺める。
小さな揺れが何度も続いている状況だが、山賊や魔物に襲われるよりは何倍もマシな道のりだ。
海路で暗黒大陸に行こうとすれば、ダーマ海軍による厳しい検査と賄賂を要求される上海賊や海獣たちに襲われかねない。
変わり映えのしない景色をジャンが眺めていると、雲の中にキラリと竜の眼光のような鋭い光が光った。
思わず目を見開き、ミスリルハンマーを構えそうになったが、よく見れば窓に付いた大きな水滴が何かに反射してそう見えただけだ。
「……驚かせやがって。まぁ今時生きてる竜なんて、ダーマの山ん中にいたあの爺竜と風竜の眷属ぐらいだよな」
そう一人つぶやいて、部屋に戻るべくジャンは廊下を歩く。 >「飛空艇……空飛ぶお船。アレってジョークじゃなかったんですの?
わたくし、大笑いしちゃいましたの……もしかして失礼な事をしてしまったのかも……」
「ああ、気にすることはない。誰でもそのようなものだ。それに笑いは邪気を退けるというからな」
鳥は自らの体を極限まで軽量化して飛んでいるという。
こうして飛空艇を目の前にした今でも
例えば巨大な鉄の塊が猛スピードで空を飛ぶ、なんて言われたら出来の悪いジョークだと思うだろう。
>「……人間は、時に命なき物を……形すらない物をも愛し、人生を捧げると聞いてましたの。
それは、本当だったようですの……。わたくし達、虫族のそれとはまったく形の違う愛……」
虫はまるで群れで一つの意思を持っているかのような動きをするという。
蟻や蜂の社会がその最たる物だ。
>「だけど……理解はしたい。理解出来ないものは、いつか、知らず知らずの内に、踏んづけてしまう。
それでは人と仲良くは出来ない……もし良ければ、旅の中で色々と教えて欲しいですの」
>「……どうしても理解ができないこともあるぜ。
俺に言わせりゃ言葉が通じるならヒトだと思うんだが、帝国のえらい人曰くそれはヒトじゃなくて亜人、人に近い別の生き物なんだとさ」
「その分野を研究する者によると帝国の異常な人間至上主義は異種族に対する警戒心の裏返しらしいな。
確かに我々の力は人間にとっては脅威かもしれぬ……難しいものだ」
畏敬と畏怖は常に隣り合わせで、そして畏怖は忌避に直結する。
異種族の寿命は総じて人間よりは長い種族が多い。
また、魔族やエルフの魔力、オークの膂力のように、多くの種族が突出した得意分野を持っている。、
現に種族による区別を設けないハイランドでは、結果的に上層部の要職の多くを人間以外の種族が占めているという。
放っておくと必然的にそうなってしまうのだ。
そして魔族が我が物顔でのさばり人間を虫けらのように扱っている事例がダーマ魔法王国だ。
そうならないために、逆に先手を打って人間至上主義社会を作り上げたのが帝国なのだろう。
>「……あのう、つかぬ事をお聞きしても?」
>「このお船、飛び立つ時に甲板にいても大丈夫ですの?
わたくし、空高く飛び上がる時の景色を見てみたいですの!」
「ああ、魔力障壁が展開されるゆえ心配ない。鳥よりもずっと高く飛ぶから楽しみにしておくがよい。
今から飛竜ぐらいにしか越えられなかった山脈を越えるのだからな」
>「分かった。操縦室が一番前で、その左後ろ脇に機関室、右後ろ脇に貨物室、
そしてその後ろがジャンの部屋、ラテ・フィリアの部屋、僕とラヴィアンの部屋、という訳か。
もう一つは? いや、そこまで分かればいい。ご苦労」 飛び立って早々にグラ=ハとラヴィアンは自分達の部屋に入っていき、残りのメンバーはジャンの部屋で和気藹々と雑談する。
>「なあティターニア、窓から見える変な筒はなんだ?大きい杖みたいなもんか?」
「ああ、あれは魔導砲――大きい杖で満更間違っても無いが大きい魔導銃と言った方がより近いかな」
しばらくしてから、フィリアが今までの旅について尋ねる。
彼女は学長からはあまり詳しい話は聞かされていないようだ。
>「……一つ、お尋ねしても?」
>「あらゆる生命の頂点となる生き物は?と尋ねれば、大抵の者はドラゴンと答えますの。
……想像上の存在も含めるなら、と前置きが必要ですけども。
だけど、あなた達はその存在を確信している……」
>「あなた達のこれまでの旅路……聞かせては頂けませんか?」
>「話せば長くなる……って奴だな。ティターニア、俺が長くならないように言うから補足してくれねえか。
まずは帝国の山で大きな石像と戦って、女の子の目の前で野獣と殴り合った時の話からだな……」
「聞いて驚け、その女の子が実は炎のドラゴンでな……」
とジャンと二人で今までの冒険譚を語っていると、ラテがフィリアの触角を掴み一時話が中断する。
>「ねーふぃりあちゃん」
>「ひぃ!いちいち触角を掴まないで欲しいですの!」
>「ぼーけんのおはなしがききたいの?じゃあ、これいっしょによんで」
>「わたし、じがよめないから、なにがかいてあるかわかんないの。よみたいのに」
>「ラテ、それなら後で教えてやるから。勝手に他人の一部を掴んじゃダメだぞ」
>「……リテラちゃん、お願いしますの」
きっと日記には今のラテにはいい影響を与えないことが書いてあるだろう。
司書蝶のリテラに日記を読ませようとするフィリアに、ジャンがいちはやく本当の内容を語るなと伝える。
無言で頷き、フィリア達の方に歩み寄るティターニア。
「我が読んでやろう。ほほう、なかなか面白いことを書いてあるではないか!」
出来事の経緯の合間には魔力についての講釈やこの世界のレンジャーについての考察が
コラムのようにところどころに盛り込まれており、ティターニアから見ても興味深いものだった。
その部分を掻い摘んで読み聞かせる。これでうまいこと気が紛れてくれればいいのだが。
>「ああそうだ、グラ=ハだったか?あいつらの様子見てくる、部屋から出てこない辺り船酔いかもしれねえ」
そう言ってグラ=ハ達の様子を見に行ったジャンだったが、割とすぐに絶妙に神妙な顔をして帰ってきた。
その表情と、彼が特に何も言わないことからなんとなく察する。
「……お、おう。何も言わなくていい、なんとなく分かった」
こんな感じで空の旅は続く――
*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆* 行程は無事にすすみ、いよいよ例の山脈に差し掛かる。
「皆見てみよ! 凄いぞ!」
滅多に見られぬ光景ということで、甲板に出て下を見下ろす。
眼下にはまるで剣山か何かのような山脈が連なっていた。
「こりゃあちょっとやそっとじゃ越えられないわけだ……む?」
そんなことを言いながら、自らのいる場所が影に覆われたのを感じた。
ふと上を見ると、鋭い爪を陽光に煌かせた何者かが自らを引き裂かんと襲い掛かってくる!
飛竜――海底都市でも一戦交えた、ウェントゥスの眷属だ。
「――エアリアルスラッシュ!」
爪がティターニアに突き刺さるより一瞬早く、ティターニアの放った風の刃が飛竜の翼を切り裂き、飛竜はバランスを失い堕ちて行った。
しかしそれで終わりではない、気付けば頭上に複数の飛竜の影。少なくとも何匹かに囲まれている――!
この飛空艇は魔力障壁で全体が覆われているが、あの時も海底であることをものともせず襲撃をかけてきた。
そう、奴らは魔力の障壁を突破する――!
杖を構え直しながら、皆を鼓舞するティターニア。
「詳しい話は後だ、奴らは風の竜が使役する眷属……! 幸い一匹一匹の戦闘力は大したことはない。蹴散らすぞ!」
【主にグラ=ハ殿(&ラヴィアン殿)とフィリア殿の自己紹介戦闘ということで! 敵の数は適当に調整可!
もし残ったらジャン殿と我で蹴散らそう。
スレイブ殿ももしよければ実は裏で指示を出してる等乗っかってくれても大丈夫だ!】 「ここまでは完璧さ。焦ることはない、何もな違っちゃいないんだから」
外気の変化に応じ、ラヴィアンを後ろから抱きしめるようにして揺れながら、
グラ=ハはラヴィアンの臍のあたりをなぞった。
ラヴィアンのプロポーションは素晴らしいものだったが、さらにグラ=ハによって
驚異的な強化がなされ、腹筋は極めて引き締まっていた。
筋力、脚力ともに大幅に向上し、それがグラ=ハのボディガードとしての役割を担っている。
これから向かう先が敵地であり、「敵対勢力」である教団関係者と既に手を組んでいると思われている、
風の竜ウェントゥスのいる場所であることを、彼は反芻して唸っていた。
仮に裏切るとしてもティターニアの他にはハーフオークが一人、妖精一人とまともな状態でない女が一人。
その切欠は本当に追い詰められた時でなければ容易くはあるまい。
それに…敵の気配もする。
考えながらもラヴィアンの身体のラインを楽しんでいると、後ろから何者かの気配がする。
ラヴィアンが素早く振り向き、剣に手を置く。
「おや、君は…」
「まさかそういう趣味があるとは思わなかったぜ、頼むから食事の時も裸で出てこないでくれよ!
俺は目をそらすだけで済むがフィリアにヒトの暮らしを誤解されちまう」
「すまない。これはそのままの意味と捉えてもらって構わない。そう、彼女とは男女の関係だと。
それよりどうも、敵が近いみたいだぞ。ティターニアに今のうちにたっぷり恩を売っておけば、
彼女も僕にとってのラヴィアンみたいに、君になびくかもよ、ジャン」
不本意な言葉をジャンにぼそりと浴びせかけるや否や、ジャンは見なかったことにするかのように扉を閉める。
やはりジャンはそこまでティターニアと親しい訳ではないようだ。
だが、ある種、阿吽の呼吸のようなものも感じる。
そう、ジャン――彼がどことなく怖いのだ。
ラヴィアンが裸のまま地面に落ちた布を纏おうとしながら、剣を手にする。
「グラ=ハ、見られちゃったじゃない。どうするの? 今のうちに隙を突いて、消しちゃおうか?」
それを髪を撫でながら手で制する。
「いや、止めておく。今のは見なかったことにしよう。ここは鍵がかからないようだし、仕方ないね。
まだまだ旅は長い。お香でも焚いて楽しむとしよう」 東方諸国原産だという、香りの出る宝石の力を解放する。
たちまち部屋全体に官能的な香りが漂った。
だが、これは彼ら、特にジャンに対する畏怖への気休めに過ぎない。
キィィィィ…!
金切り声とともに敵の姿を確認した。それは飛竜に間違いなかった。
風の魔力を操り、その巨体と鋭い爪で地上の兵たちを蹂躙する。時には人を乗せて飛ぶこともあるが、
今回はどうやら単独での行動のようだ。
露出した操縦室部分にいるティターニアが攻撃を受ける。
部屋に入る前に仕掛けておいた透視によって、水晶玉からそれを確認する。
「――エアリアルスラッシュ!」
ギェェェェ……
どうやら奇襲はティターニアによって失敗したらしい。
>「詳しい話は後だ、奴らは風の竜が使役する眷属……! 幸い一匹一匹の戦闘力は大したことはない。蹴散らすぞ!」
「敵が来たみたいよ。彼らに任せちゃおうか?」
ラヴィアンが甘ったるい声で話しかける。
空中で彼らによって飛空挺ごと撃ち落とされるほど厄介なことはない。
早速だが応戦だ。
魔導砲を思い出してはっとする。もしやティターニアたちは、この連中の襲撃まで予見していたのか。
パシュン、パシュンと他の部屋からの魔導砲による攻撃が行われているようだ。
水晶玉からは反対側の部屋が騒がしくなっているのが見える。
「じゃあ、ちょっとだけ僕も参加しようか。ほら、握ってごらん?」
ラヴィアンを膝の上に乗せたまま、窓に備え付けられた竿を握らせる。
そこにグラ=ハが手を沿え、そっと耳に囁く。
「風の属性に対して、有効なのは何だと思う?」
裸で絡みあったまま、ラヴィアンが応える。
「地属性? 天と地は逆だし」
グラ=ハが魔力をチャージし、竿に注入していく。そして発射する。
パシュウゥン…!
「あっ…!」
発射された茶色がかった弾丸は、飛竜にヒットするも、怯ませる程度で終わった。
ギェェェェェ…!
たちまち怒りを露にした飛竜が、牙を剥いてこちらへと襲いかかる。
「駄目だったみたいだね。正解は、と、それっ!」 魔力が再びチャージされ、ラヴィアンにトリガーを握らせると、再び発射する。
今度は先ほどよりも長く溜め込まれたそれは、発射されると赤い炎を引いて渦を巻きながら飛竜へとヒットさせ、
爆発とともに頭部を黒焦げに焼くとたちまち飛竜は悲鳴を上げて堕ちていった。
「ああっ! 熱い、凄い、凄いわ、グラ=ハ!」
トリガーを中心とした竿の部分はグラ=ハの炎の魔力で熱くなっている。イグニスが操るものだ。
グラ=ハがラヴィアンの手を握っているためか、ラヴィアンの体内にもその膨大な魔力が通過していく。
その感覚は一般人が(とはいってもラヴィアンは有る程度魔力があるが)普段は操れないほど膨大なものなので、
独特の感覚と反動が残る。
「ハハッ、正解みたいだね。この調子でどんどんいくよ。こちら側だけでも片付けよう」
次々と魔力がチャージされ、それらは全てラヴィアンの手が握るトリガーから発射されていく。
まるでグラ=ハにとっては遊び感覚に見えるが、これでも結構な体力と精神力を消耗するものだった。
魔力回復の薬をゴクゴクと飲みながら、グラ=ハは魔力を惜しみなく放った。
ギェェェェ…
気がつくと合計9体の飛竜を撃ち落としていた。
こちら側の飛竜たちは全滅しており、ラヴィアンはこちら側にその大きな尻を突き出すようにぐったりしていた。
「あぁ、凄い…もう、グラ=ハの熱で溶けちゃいそう…」
余興とはいえ。膨大な魔力の媒体となったラヴィアンは、その熱と反動でへとへとになっていたようだ。
裸なのにも関わらず、玉のような汗が噴き出している。ただの無駄な行動ではなく、
これは彼女にとって魔力抵抗を付ける訓練でもあるのだ。
グラ=ハがそっとラヴィアンに布をかける。
と、その頃、雲を抜けて大きな緑色の平原が見えてきたところだった。
風紋都市シェバト――それは平原に佇立するには些か浮いた感じのする、要塞のような場所だった。
ここがただの遺跡ではないことを、樹が人工的に生え、苔があまり生していないことからも伺える。
「折角二つあるのだから、二人で撃てば良かったのかもしれないけど、多少は運動もしないと鈍っちゃうからね。
さて、僕はちょっと様子を見に行ってくるよ。久々に魔力を開放してスッキリしたしね。
…ラヴィアンも少し休んだらすぐに出てきてね。強敵は近いのかもしれない」
軽く身体を拭いてローブ姿に着替えると、グラ=ハは水晶玉などの道具を持って部屋の外に出た。
上は吹き抜けになっており、既に雲の下に出たことが確認できる。
強い魔力にどんどん近づいていくのが分かる。
操縦室のティターニアに近づくとグラ=ハは急かすように言った。
「強い魔力が近づいている。こちらは敵に丸見えだ。魔力が足りなければ、僕が協力する
フィリア、君も魔力を持っているんだろう? 着陸だけは成功させたい。ジャンとラヴィアンには両側の防衛を。
扉を開けて、常に敵から眼を離さないようにするんだ」
パックや他のメンバーが続々と集まってくる。着陸といきたいところだが、
シェバト側は簡単にはそうさせてくれないようだ。
ラヴィアンがようやくグラ=ハと合流し、着陸に備えている。
(着陸前まで書いてしまいましたが、一人で全員片付けたという訳ではないです。
一応、確認までに) ジャン様の語る冒険譚は、それはもうわたくしをわくわくさせてくれましたの!
「火山に眠る紅の都市、海底に沈んだ宝石の都……もう見れないのが残念で仕方ありませんの!
せめて、風の竜がその住まいを風化させていない事を祈りますの」
それにしても、なるほど……竜の指環。
わたくしを形作る王達の魂にも、その記憶は僅かにだけど残っていますの。
全てを揃えれば、世界をも意のままに出来る遺物……魅力的だけど、わたくしには必要ありませんの。
他種族との融和は、言葉とまごころを以って成してこそ、意味があるんですの!
>『本当 内容 語るな』
「……リテラちゃん?リテラちゃーん?あらら、寝ちゃってますの。
わたくし達、体がちっちゃいからすぐに疲れちゃうんですの」
>「我が読んでやろう。ほほう、なかなか面白いことを書いてあるではないか!」
……あの日記は、どうやらあの子の精神を掻き乱してしまうようですの。
冒険譚は彼女と出会うところまでは聞けませんでしたの。
ですが聞くべきでもないのでしょう。少なくとも、催促してまで聞くものではない。
あっ、ジャンさんが帰ってきましたの。
「……あら?なんだか渋いお顔。何かありましたの?」
>「……お、おう。何も言わなくていい、なんとなく分かった」
「えっ?えっ?今ので何か分かりましたの?わたくし、どういう事なのか気になりますの!」
けどジャン様もティターニア様も結局教えてくれませんでしたの!
人間の社会は奥が深いですの……。
それから暫く時間が過ぎて、ふと、ティターニア様が立ち上がって、わたくし達に手招きをしましたの。
なにごとかな?と思いつつ付いていきますの。
甲板に出ると、ティターニア様がその縁の手すりにまで小走りで駆け寄って、身を乗り出しましたの。
>「皆見てみよ! 凄いぞ!」
わたくしもそれに倣って、眼下を見下ろしますの。
そして見えたのは……
「……わぁ」
見渡す限りの、剣山のように連なる鋭い岩の山。
それらが幾つも重なり、束ねられて、この山脈が形作られている。
「……自然の力では、こんな地形は生まれませんの。
風も雨も、岩を削り、丸めてしまう。誰かが、意図して作らなければ」
誰かが?
あの遠くにかかる霞の、更に奥までずっと続くこの光景を……作り出せるような誰かがいたんですの?
どうやって?なんの為に?知りたいという気持ちが、ふつふつと胸の内に湧いてきますの。 「……人間が、形なきものの為に一生を捧げる気持ち。
少しだけ、分かった気がしますの。ありがとうですの!」
ティターニア様へ振り向いて、ぺこりと頭を下げる。
と、彼女の足元に不意に影が差した。彼女を覆ってしまうほど大きな影が。
頭上を見上げる。そこにいたのは……
「ド、ドラゴン!ティターニア様、伏せ……」
>「――エアリアルスラッシュ!」
わたくしが警告をするまでもなく、ティターニア様は既に呪文を叫んでいましたの。
放たれた風の刃に翼を切り裂かれ、ドラゴンが墜落していく。
「……いえ、ドラゴンじゃない?アレは……ワイバーン、とかいうものですの?」
>「詳しい話は後だ、奴らは風の竜が使役する眷属……! 幸い一匹一匹の戦闘力は大したことはない。蹴散らすぞ!」
「眷属……なるほど、理解しましたの。
皆様、この場はひとまずわたくしに……」
全てを語り切る前に響く轟音。
背後から感じる熱波。思わず振り返り、目に映ったのは炎に呑まれる飛竜の姿。
……飛空艇の大砲ですの。
ですが、彼らはただの獣ではありませんの。
大砲があるなら、その射線から逃れるのは当然。
つまり……甲板にいるわたくし達に狙いを変えるのは、当然ですの。
……囲まれましたの。
そして頭上から急降下し襲い来る飛竜。
影の動きがその存在をわたくしに知らせてくれましたの。
しかしわたくしは、それを避けない。
「わたくしとダンスを踊るには、あなたは些か手荒過ぎますの」
何故なら……避ける必要がないから。
わたくしが纏うマントの裾の下……そこから這い出た巨大な、随所に亀裂の走ったムカデが、飛竜の牙と爪を食い止める。
そして絡みつき、縛りつけ、離さない。
ムカデの牙がかきん、かきんと甲高い音を奏でる。
その言葉なき声がなんと言っているのか……私だけが理解出来る。
……彼は生前『生ける城壁』と呼ばれていた。あるいは単純に『守り神』と。
その名を付けたのは、人間達だ。
彼はかつて、地上に迷い込んだ悪魔の子を、この飛竜と同じように捕らえ、何十年もかけて絞め殺そうとしていた。
彼は、一度は人間との共存を成していた。
人間に害為す悪魔の子を抑え込むという、一方的な奉仕だったけど……共存していた。
だけど、人の寿命は魔物よりもずっと短い。
悪魔の子を捕らえているという伝説は徐々に忘れられ……歪んでいった。
神話の時代の宝物を隠している、悪竜の卵を温めている、などと。
そして彼は征伐され……悪魔の子は解き放たれた。
彼が守ろうとした国は、今ではもう地図の上にない。ただの荒野として描かれている。
もし彼に、人の言葉を喋る事が出来たなら……そんな事には、ならなかったはず。
だからこの牙が奏でているのは、警告ですの。 「退け、ですの。お前達ではわたくし達には敵いませんの。
お前達も竜の眷属なら、わたくしが何を言っているか理解出来るはずですの」
……反応は、望み通りには程遠い。
飛竜達は怯んでいるようにも見えるけど……未だ敵意の光を瞳に宿した者もいる。
そして……再び襲い掛かってくる。
何匹かは、わたくし以外の方へと流れてしまうかも。
……仕方ありませんの。
ムカデの牙が、捕らえた飛竜の首を食いちぎった。
だけど飛竜達は臆する事なく迫ってくる。
防御は間に合わない。
だからわたくしに出来るのは、攻撃……迎え討つ事だけですの。
マントの縁を掴み、右に大きく広げる。
その内側から現れるのは、女王蟻の、折れて左右不揃いな大顎。
私の背丈よりも遥かに大きなその顎が、飛竜の胴体を食いちぎる。
現れるのは、女王蜂の、ひび割れた毒針。
稲妻のように閃いたそれは、わたくしに食らいつかんとした飛竜の口と喉を貫いた。
現れるのは、女王蜘蛛の、血塗られた四本の手。
アラクネの遠き子孫と謳われた女王、その手から放たれた糸が飛竜の自由を奪う。
剣山のような岩が下に広がる、この上空で。
無惨な死体が四つ増えた。
「退け、と言ってますの」
……その事が、彼らにとって駄目押しになると願いますの。
「あなた達の王が、わたくし達より強いのなら、ここであなた達が死ぬ事に意味はない。
王を信じ、その命を永らえさせるのも臣下の務めですの。
軽々に命を擲つ事でしか忠義を示せないのなら、話は別ですけども」
……本当は、このまま粘られるとわたくし的には困った事になりますの。
だけど、それを正直に告げる理由はありませんの。
「これが最後の警告ですの。退きなさい」
暫しの沈黙……そして最初の一匹が、動きましたの。
……わたくし達に背を向けて逃げ出した。
それを皮切りにして、他の飛竜達も逃げていく。
「……勝手な事をして、申し訳ありませんの」
奪わずに済む命なら、奪わないままにしておきたい。
だけどそれはわたくしの都合。
彼らの冒険の事を思うなら、仕留めておくべきだったかもしれませんの。
……不意に、ぴしり、と音が響きましたの。
わたくしの体、その右手から。
視線を落とすと、亀裂が走っている。
ジャン様とティターニア様には……とりあえず、えへへ、と笑ってみますの。
何かを誤魔化したい時、人の社会ではこうするって知ってますの!……あれ?ダメ? うむむ……ちょっと、張り切りすぎましたの。
わたくしは、かつての王の夢と力……その欠片の寄せ集め。
王の力を外へ放つという事は、自分の体をパズルのように解いて、弄ぶも同然。
つまり……やりすぎたら触角が折れるどころじゃ済みませんの!
バラバラになっちゃうかも!気をつけないと……。
だけど、これで問題なく風紋都市まで近づけるはずですの!
もうすぐ着陸しますの!
>「強い魔力が近づいている。こちらは敵に丸見えだ。魔力が足りなければ、僕が協力する
フィリア、君も魔力を持っているんだろう? 着陸だけは成功させたい。ジャンとラヴィアンには両側の防衛を。
扉を開けて、常に敵から眼を離さないようにするんだ」
「……ええっと?大砲を扱うならティターニア様の方が良いのでは?操縦ならパック様がしていますし。
だけど風の竜が、あの大砲の威力を見てなお、のこのこ近付いてきてくれるなら、それはそれはありがたい事ですの」
あの大砲の威力を見てなお、脅威ではないと近付いてくるのなら……それはそれは恐ろしい事ですけども。
「残念ながら、わたくしの間合いでは護衛に回る事しか出来ませんの。
ジャン様、ドラゴンが近付いてきたら頼りにしてますの。
風の竜と、指環の勇者様の力比べ……今度はお話を聞くだけじゃなく、目の前で見れるのは嬉しい事ですの!」
……あ、もちろん見ているだけでいるつもりはありませんの。
ちゃんと加勢するからご安心下さいましですの。
「それにしても……風紋都市ですか。風紋とは、風が砂に描く紋様の事……でしたっけ。
この要塞のような都も、風が描き出したんですの?……あるいは、この平原さえも?」
戦う前から、自分の中で敵を大きくしてしまうのは愚かな事。
だけど……岩の継ぎ目一つない街を見下ろしていると、どうしても考えてしまいますの。
風紋都市シェバトは、風の竜が山頂から削り出したものなのではないかと。
あるいはこのウェントゥス大平原も、先ほど見下ろした剣山の絶壁さえもを。
この光景は……美しいけど、恐ろしいですの。
「……しかし、思ったより小奇麗なまま保たれてますのね。
案外、まだ誰か住んでたりして……なーんて。
もしそうだったら面白そうだけど、いくらなんでもあり得ませんの」 飛空艇の旅は順調に進み、ついにはダーマ魔法王国が治める暗黒大陸に辿り着く。
ジャンが旅の途中、街道から見上げた山脈が今でははるか下に見えている。
>「皆見てみよ! 凄いぞ!」
「ありゃあ城壁山脈だな。何かを取り囲むように連なっているってんで
噂になってたんだが……まさか古代文明とは思わなかったぜ」
普通の山とは違う、何かによって加工されたような鋭くとがった岩山の群れ。
空を飛ぶことのできる種族が競って頂上を越えようとした結果、先端は
飛び疲れた彼らの血で真っ赤に染まり、死体が突き刺さっているとも言われていたが
飛空艇の甲板からは赤く染まった岩山は見えない。
>「こりゃあちょっとやそっとじゃ越えられないわけだ……む?」
「越えてきたみたいだな!突っ込んでくる奴は任せろよ!」
ミスリルハンマーを両手に持ち、ティターニアの死角を補うように位置を取る。
海底都市の時にも来た、風竜の眷属が飛空艇を囲んでいた。
「フィリア!あいつらは爪と牙しかねえが気を付けろ!
そこらへんの剣よりよっぽど――」
フィリアへ警告しようと顔を向けた瞬間、眷属の一体が急降下した。
その鋭い爪を振り下ろそうとし、ジャンがミスリルハンマーにてそれをへし折ろうとしたときに、フィリアはただ佇んでいただけだった。
>「わたくしとダンスを踊るには、あなたは些か手荒過ぎますの」
佇むフィリアのマント、その中から巨大なムカデが這い出てくる。
長く戦ったのだろう、足のいくつかは折れ、体はひび割れていた。
だがムカデは眷属の一撃を難なく受け止め、その首を容赦なく食いちぎる。
一匹では潰せないと見たのか、複数の眷属があらゆる方向から襲い掛かるが、フィリアのマントが再び蠢いた。
蟻の大顎、蜂の毒針、蜘蛛の手。
どれも王の威厳を感じさせるが、ムカデのようにひどく傷ついている。
そうしてマントから這い出てきた王たちは、存分に力を振るった。 >「……勝手な事をして、申し訳ありませんの」
「……いや……たまげたぜ。女王ってのは、本当なんだな」
ふと、フィリアの右手にあの虫たちと同じような亀裂が入ったように見えた。
フィリア自体は笑って誤魔化す程度のものかもしれなかったが、ジャンにとってはあまりいい光景ではない。
「さっきの力、あんまり使うんじゃねえぞ。
前は俺が支えるし、肝心なときに倒れられても困るからな」
魔力か何かの反動だろうと思って、ジャンは最低限の注意にとどめておく。
そして飛空艇の後方を見てみれば、あちらにいた眷属は全てグラハたちが倒してくれたようだ。
魔導砲で全て撃ち落としていたらしく、服を着たグラハがこちらへとやってきた。
>「強い魔力が近づいている。こちらは敵に丸見えだ。魔力が足りなければ、僕が協力する
フィリア、君も魔力を持っているんだろう? 着陸だけは成功させたい。ジャンとラヴィアンには両側の防衛を。
扉を開けて、常に敵から眼を離さないようにするんだ」
>「残念ながら、わたくしの間合いでは護衛に回る事しか出来ませんの。
ジャン様、ドラゴンが近付いてきたら頼りにしてますの。
風の竜と、指環の勇者様の力比べ……今度はお話を聞くだけじゃなく、目の前で見れるのは嬉しい事ですの!」
「今度は眷属じゃねえな、俺たちが来るって分かってんならもっと面倒な奴が来るぜ。
あとフィリア、一つ間違ってることがある。俺は指環の勇者じゃなくて、ただの冒険者だよ」
徐々に近づいてくる大平原。その鮮やかな緑の光景の中に、石作りの見事な都市がそびえ立っている。
都市に飛空艇が近づくほど、風が強くなり、荒れていくのをジャンは感じた。
>「……しかし、思ったより小奇麗なまま保たれてますのね。
案外、まだ誰か住んでたりして……なーんて。
もしそうだったら面白そうだけど、いくらなんでもあり得ませんの」
「いや、俺たちが行った古代都市はどこも遠くからでも分かるぐらい荒れていた。
だけどよ、ここは違うぜ……何かがおかしいんだ。まるで今作られたみてえな綺麗さだ」
風がさらに吹き荒れ、飛空艇が都市へと近づいていく。
その嵐の中で、ジャンは見た。
はるか過去、古代都市に人が溢れ、華やかに人が暮らしていた時代の風景を。
「……ティターニア、嵐ってのは幻覚も見せるもんなのか?」 轟音が響き、飛竜が次々と射ち落とされていく。
グラ=ハとラヴィアンによる、飛空艇備付の魔導砲を使った砲撃だ。
その射程から逃れた飛竜をフィリアが迎え撃つ。
マントの裏から現れた百足の王、女王蟻、女王蜂、女王蜘蛛が飛竜達を亡き者にしていく。
>「これが最後の警告ですの。退きなさい」
フィリアの降伏勧告の前に、ついに飛竜の群れは逃げ去った。
>「……勝手な事をして、申し訳ありませんの」
>「……いや……たまげたぜ。女王ってのは、本当なんだな」
「うむ、見事であったぞ……!」
と、ジャンと共にフィリアの戦いぶりを称賛していると、ぴしりと不吉な音が響き、フィリアの右手に亀裂が走ったように見えた。
「フィリア殿――!?」
しかしフィリアは大した事ではないと言いたげに笑っている。
本当にそうならいいのだが、つい最近仲間の一人が危険な力を使いすぎて崩壊したばかりだ。
魔術に精通したティターニアにとっても、虫の妖精は未知の存在。
一瞬問いただそうかとも思ったが、ジャンが冷静に言い聞かせるのを見てそれに合いの手を入れるに留める。
学長が同行を許したのだ、まさかそんなにすぐに壊れるような不安定な存在ではないだろう。
>「さっきの力、あんまり使うんじゃねえぞ。
前は俺が支えるし、肝心なときに倒れられても困るからな」
「そうだな、切り札はここぞという時に取っておくものだ」
いよいよ遺跡らしきものが見えてきて、着陸の時が近づいてきた。
>「強い魔力が近づいている。こちらは敵に丸見えだ。魔力が足りなければ、僕が協力する
フィリア、君も魔力を持っているんだろう? 着陸だけは成功させたい。ジャンとラヴィアンには両側の防衛を。
扉を開けて、常に敵から眼を離さないようにするんだ」
>「残念ながら、わたくしの間合いでは護衛に回る事しか出来ませんの。
ジャン様、ドラゴンが近付いてきたら頼りにしてますの。
風の竜と、指環の勇者様の力比べ……今度はお話を聞くだけじゃなく、目の前で見れるのは嬉しい事ですの!」
>「今度は眷属じゃねえな、俺たちが来るって分かってんならもっと面倒な奴が来るぜ。
あとフィリア、一つ間違ってることがある。俺は指環の勇者じゃなくて、ただの冒険者だよ」
「今のところ指環はあの氷の魔術師に奪われてしまったからな……。あやつめ、何を考えておるのだか。
パック殿! 操縦は頼んだぞ!」
「ラジャー!」
パックが操縦桿を握り直す。
ちなみに通常運行時は自動操縦で進むようになっているので、不眠不休で操縦していたのではないかという心配は無用である。
>「それにしても……風紋都市ですか。風紋とは、風が砂に描く紋様の事……でしたっけ。
この要塞のような都も、風が描き出したんですの?……あるいは、この平原さえも?」
「風が長い歳月をかけて地形を描き出すのは定説となっている……。
竜とは属性の化身そのもの……有り得なくはないぞ」
>「……しかし、思ったより小奇麗なまま保たれてますのね。
案外、まだ誰か住んでたりして……なーんて。
もしそうだったら面白そうだけど、いくらなんでもあり得ませんの」 >「いや、俺たちが行った古代都市はどこも遠くからでも分かるぐらい荒れていた。
だけどよ、ここは違うぜ……何かがおかしいんだ。まるで今作られたみてえな綺麗さだ」
「そもそもだ、眷属の竜などというものも他の遺跡では見かけなかった。
今までとは何もかも違う……そんな予感がする」
遺跡の内部が目視できる距離になり、その予感は確信に変わるのであった。
目に飛び込んできたのは、たくさんの人々が生活している華やかな都市の光景。
>「……ティターニア、嵐ってのは幻覚も見せるもんなのか?」
そうジャンに問われたティターニアは、いったん眼鏡を外してかけ直して二度見する。
「……我も信じられないのだがどうやら幻ではなく実際の風景のようだ」
その時、一際強い突風が吹きすさび、機体が激しく揺れる。
パックが卓越した操縦技術で何とか持ち直しつつ、叫ぶ。
「ティターニア様、あれ……!」
彼が示した先にいたのは、翠色の巨大な翼を持つ竜。
ただ翼を一振りしただけで先程の衝撃だ。まともに交戦すれば一たまりも無いだろう。
「風の竜ウェントゥス――! いきなり真打の登場か……!」
杖を構えつつも内心途方に暮れた時だった。
輝く羽毛の翼が視界を横切る。巨大な鳥のように見える幻獣がウェントゥスを迎え撃つように対峙する。
巨鳥が両翼をはためかせると、強烈な雷撃がウェントゥスを撃ち、暫しその動きを封じる。
頭の中に声が響く。巨鳥が念話のようなもので語りかけているのだ。
《ようこそいらっしゃいました指環の勇者様方、我が名は風の守護聖獣ケツァクウァトル――
詳しい話は後です、ひとまず私が先導するので着陸を!》
訳が分からないながらもとりあえず言われるがままに先導に従う。
街を覆っている暴風が飛空艇が入る時だけ一瞬途絶え、入ってしまうとまたすぐに吹きすさび始めた。
この暴風は、何者かから街を守るために展開しているということだろう。
その何者かとはまさか、ウェントゥスか――!?
そんなことを考えているうちに、飛空艇は都市の中の開けた場所に着陸したのであった。
少し遅れてケツァクウァトルが地面に降り立ち、その姿が光に包まれ美しい女性の姿へと変わる。
「……とりあえず助かった。これは一体……」
「驚きなさったでしょう。ここシェバトは四星都市の中で唯一、祖竜の乱心の際の崩壊を免れた都市なのです。
そして現在は魔族が支配するこのダーマにおいて唯一人間がまともに暮らすことが出来る都市――」
ジャンはダーマ出身だが、当然何も知っていた様子はない。
とはいえダーマには当事者と上層部しか知らぬ国家機密等山ほどあるだろうと思われるので、何ら不思議はないだろう。
「我はハイランド連邦共和国のユグドラシア導師、ティターニアと申す。
そなたは……我々が来るのを知っておったのか?」
「はい、ジュリアン様から呼んでおいたから手厚くもてなせと言われていますから。
宮廷魔術師のジュリアン様は風の竜が乱心して以来、ここの防衛のために派遣されているのです。
この都市に残る古代技術はダーマにおいても戦力の要――破壊されては都合が悪いのでしょう」
「あやつ、あれで呼んだつもりだったのか……。分かりにく過ぎるであろう……。
ところで風の指環はここにあるのか?
風の竜が乱心、と言ったな。まさか風の竜自らこの都市を破壊しようとしておるのか!?」 ティターニアの矢継ぎ早の質問に対し、ケツァクウァトルは一つずつ答えていく。
「はい、それは突然の出来事でした――。ジュリアン様によるとウェントゥス様は虚無に飲まれたのだとか。
私達は乱心したウェントゥス様をなんとか街から追い出し、街を暴風の結界で覆う事に成功しました。
今のところウェントゥス様は街の周囲を旋回しているようで小康状態を保っていますがそれもいつまでもつかどうか……。
それと指環はウェントゥス様自身が持っているのでここにはありません」
「指環が無い……!? 何故この街は形を保っている……?」
「ご案内します、付いてきてください」
案内されるがままに緑色の宝石で彩られた都市を進んでいく。
魔力で上下移動する自動昇降機など、見たことも無い高度な魔法技術が至るところに使われいるのが伺える。
"風の塔"と呼ばれる施設に入ると神秘的な翠色の輝きを放つ水晶が頭上に浮かんでいた。
「"エアリアル・クォーツ"――風のクリスタル。都市制御の要。
古の契約により私がこの都市の守護聖獣となった時からすでにありました。
どのように作られたのかは定かではありませんが、どうやらウェントゥス様とは独立して存在しているようです。
もしかしたら彼が作ったのではなく古きエーテリアル世界の遺産が色付いたものなのかもしれませんね」
「ウェントゥス様……いえ、ウェントゥスと対決する――と聞いております。
その際は私達も精一杯協力させていただく所存です。
詳しい話は明日ジュリアン様からあるでしょう。宿を用意してありますので今日はお休みください」
宿まで案内される道すがら、救世主を見るような目が向けられる。
「あっ、指環の勇者様だ……!」
「どうか、どうかこの街をお守り下さい……!」
自分の住んでいる場所が無くなるだけでも一大事だが、この都市の場合は更に特殊な事情がある。
この都市が無くなったらこの国で生きていける場所がなくなってしまうのだ。文字通りの死活問題である。
それを阻止してくれるかもしれない存在には縋りたくもなるだろう。
たとえそれがどんなに不確かな希望だったとしても。
「では……ごゆっくりお休みください。明日また迎えに来ますね」
こうして一行は高級宿に案内された。
このまま休んでもいいし、もう少し街を見て回ったり情報収集をしてみるのもいいだろう。
【折角なので幻ではなく実際に人が住んでいる流れに乗ってみた! スレイブ殿はいるだろうか。
なんだか敵として登場するにはアクロバティックな技が必要な流れになってしまったが(申し訳ない!)
ジュリアン殿も動かして貰っていいので実は罠だった!とか大胆な展開をやってもらってもいいし
そちらさえ良ければパイセン見限るパターンもアリだし
それかもしよければお助け味方キャラに転向してもらっても構わない!】 【居るぜぇ。導入書いてるからちっとばかし時間くれぇ】 >>127
荒らしなのかそうじゃないのかはっきりしてくれ
悪いけど荒らしにしか見えんぜ 風紋都市シェバトを包んでいる暴風が飛空艇を通す為にちょっと開いてすぐ閉じる。
そのものすごく短い瞬間をぬって一匹の飛竜が結界の中へ入り込んできた。
飛竜はギャアアスとか鳴きながら街の上空をぐるぐる飛び回り、街の人々がやばい事態に逃げ惑っていく。
その様子を街の高い所にある物見櫓から望遠鏡で眺める男が一人。
ダーマの王宮護衛騎士が着るめっちゃ高い鎧と、ドギツい蛍光色のツンツンヘアーが目印だ。
男の名前はスレイブ・ディクショナル。
ダーマ王宮の中でもマジで数少ない人間の近衛騎士。
「おいおいおいウェントスの子分が一匹漏れてる系じゃん。ケツ君なにやってんの」
『乱心したとは言えウェントゥスにはその永い生涯で培った知慧がある。
ケツァクウアトルと対峙していながらも眷属を街に潜り込ませる機を伺っていたんじゃないかな。
結界の中に入り込ませてしまえばケツァクに迎撃する術はない。あれもウェントゥスの相手に手一杯だろうからね』
物見櫓にはスレイブ一人しかいないのに、彼に答えるもう一つの声があった。
声の出どころはスレイブの腰に差さってる長い両刃の剣。
知の魔剣『バアルフォラス』。なんか黒っぽい赤の刀身を持つ、超珍しい喋る剣だ。
「街の中のことは街の中でどーにかしろってことかぁ?
あの船の連中にやらせろよ。お外でもばんばか子分落としてたみたいだしよぉ」
『なに、この距離なら飛空艇を回頭させるより街で対処した方が早いさ。ケツァクもそう考えてこちらに任せたんだろう。
既に街の警備隊が対空砲を用意しているみたいだ。僕らも手伝いに行こう』
「おーけーぃ」
スレイブは物見櫓の上で足を曲げると、飛竜目掛けてそこからジャンプした。
鎧にかけられた魔法がスレイブのジャンプをものすごく強化して、砲弾みたいにバビュウンと飛んでいく。
ビュオオオオと風を切りながら街の屋根伝いに何度もジャンプして飛竜のもとへマッハで駆けつけた。
飛竜の下では警備隊の連中が近くに住む人達の避難指示と大砲の準備を済ませていた。
『なるほどこれは飛空艇の空対空砲では難しいね。飛竜の高度が低すぎる。流れ弾で街にも被害が出そうだ』
「ほへー。飛竜って頭いいんだな」
『どちらかと言うとこれはウェントゥスの指示か……。飛空艇の制空力を鑑みて戦いの土俵を変えて来たね。
ウェントゥスはシェバトの防衛力を熟知している。対空戦術をケツァクに依存していることもだ。
ジュリアンの手が空いていればまた違ったかも知れないけれど』
「ジュリアンパイセン、だろうが。ちゃんと敬語使えよバアル君よぉ」
さっきから地上では警備隊が大砲をぼんぼん撃ってるけど飛竜には全然当たらない。
実弾が街に落ちると大変なので魔法の大砲なんだけど、一番速い雷の魔法でも飛んでる飛竜をうまく捉えるのはマジ困難なのだ。
「ま、この程度のクソザコ飛竜一匹ならパイセン呼ぶまでもねーよ。おれが落としてやる」 スレイブは思いっきりジャンプして飛竜の近くまで飛び上がった。
当然飛竜は迎え撃つ構えをとる。空中は無防備なのでスレイブは逃げることもできない。
しかしスレイブは落ち着いて腰の魔剣を抜いた。
「そら、喰い散らかせ。バアルフォラス」
鞘から抜き放たれた魔剣の刀身がグゴゴゴと唸り、目に見えないうねりのようなものがギョワンと飛んで飛竜に当たった。
その途端飛竜は顎をポカンと開けて動きを止める。スレイブを迎え撃とうとしたことを忘れたかのように。
"飛んできた相手を叩き落とすべきだ"という当たり前のことに、考えが行き着かなかったかのように。
魔剣の刀身がゲップをした。
『ごちそうさま。少し物足りないけど飛竜の知性なんてこんなもんかな』
「えーとなんだっけ、名前忘れたけど氷の魔法!」
すかさずスレイブは魔法を放った。振るった右手から冷たい魔力が放たれ、飛竜の翼が凍り付く。
羽撃きを止められた飛竜はそのまま街の大通りに墜落し、地上の警備隊がわらわらと群がってトドメを刺した。
手近な屋根の上に着地したスレイブは、もう飛竜の方を見ることもなくその場を去っていく。
かつてダーマ魔法王国の辺境に、知を喰らう魔神が住んでいた。
そこに住む人々とか魔族とかから知性を吸い上げて、反乱とか考えられない頭の悪い奴隷をたくさん作ってた。
その魔神を討伐した奴らが戦利品として背骨を持って帰ってきて、その背骨を熱してガンガン叩いて一本の魔剣を鍛え上げた。
スレイブ・ディクショナルが持つ知の魔剣『バアルフォラス』。
持ってる奴とか敵とかの知性を喰い、頭の良さとか魔法の知識とか判断力とかそういうのを奪う力を持っている。
そしてスレイブが知性を喰わせ過ぎたせいで、今では自分の意志を持ち喋る剣になってしまった。
『おっと、そろそろジュリアンと合流する時間じゃないかい?』
「マジで?そういうのもっと早く言ってくれよバアル君。時計の読み方わかんねーからさおれ」
なんかジュリアンパイセンがハイランドから招待した客っていうのがあの飛空艇らしい。
パイセン一の舎弟であるスレイブからするとめっちゃ気に入らない感じだけど、パイセンの命令は絶対だ。
パイセンはいつも正しい。そして最強。パイセンイズゴッド。
「合流場所どこだっけ。……あそこ?あそこめっちゃ高い良い宿じゃん。パイセン歓迎し過ぎじゃね?
おれシェバトも長いけどあんなとこ泊まったことねえよ」
『王宮高官や国賓の泊まる貴賓館だね。あのジュリアンがここまでの厚待、余程重要な相手なんだろう』
ぼやきながら宿の近くまで来ると、ケツァクウアトルの光が見える。
シェバトの守護なんとかであるケツァクウアトルは人と話す時にああやって人っぽい見た目になる。
つまりあそこにパイセンが呼んだ連中がいるのだ。
「うわ、なんだこの人だかり!」
『飛空艇が空を割って入ってきたのを皆見ているからね。この街の窮状を救う者達を一目見ようと集まっているんじゃないかな。
ウェントゥスが心乱してからというもの、いずれ訪れる滅びに民衆は怯えるばかりだった。救世主を皆心待ちにしていたんだよ』
スレイブは望遠鏡を覗いてケツァクウアトルに案内されている集団を見た。
リーダーっぽいエルフと、オークみたいな大男、優男と美人、変な虫みたいな奴、その後ろで口半開きで突っ立ってる女。 「あれがパイセンの客ぅ?うっそだぁ、あんな連中がウェントゥスをアレ出来るとは思えねーぞ。
エルフとオークっぽい奴はまぁ強そうだけど他なんか色物集団じゃねーか。
虫みたいな奴はなんなんだよアレ後ろの女にオモチャにされてんじゃん」
『ジュリアンから聞いていなかったのかい?彼らは帝国とハイランドで指環を3つ手に入れてきた正真正銘の指環の勇者だよ。
彼らはハイランドからあの城壁山脈を越えてここまでやってきた。その時点で只者じゃないさ』
「んなもんあんな空飛ぶ船があったら誰でも超えられるだろーが。
パイセンはあんなもんなくったって当時一人であの山越えてダーマまで来たぜ」
『そんな船を用意出来ることが凄いのさ。あれがもし量産されれば大陸間戦争の常識は全て書き換わることになる。
なにせダーマはおろか大陸国家のいずれもが実用化まで漕ぎ着けられなかった超高高度巡航可能な飛空艇だ。
ユグドラシアでもあんなものは試作段階だろう。それを個人に貸し与えている時点であのエルフは相当な重鎮に違いない』
「……凄いお船を見せつけられたからってはいそーですかとは認めらんねーなぁ。
パイセンがこのおれを差し置いてあんな連中に頼ってるってのがまず納得いかねえ」
スレイブがひときわ高くジャンプし、ケツァクウアトルと指環の勇者の一団との間に割って着地する。
「ケツ君!話ぶった切ってわりーけどおれの用事を先にやらせてくれや」
スレイブは魔剣を抜いてその先端をエルフ達に向ける。
「やいてめーらがパイセンの超大事な客だな?ウェントゥスをアレする為に呼ばれたらしーが今ひとつ信用ならねー!
このおれ、ジュリアンパイセンの第一護衛騎士たるスレイブ・ディクショナルのおメガネに敵わねえ限り!
パイセンの格好いい顔は見れないと思いやがれ」
『ケツァク……済まない。僕にはスレイブを止める手足がないんだ。
いずれジュリアンも来るだろう。それまで彼の気の済むようにさせてやってくれないか』
「なに保護者面してんだ魔剣のくせによおおおお!」
スレイブは叫びながら魔法の力で空高くジャンプし、エルフ目掛けて魔剣で斬りかかった。
【導入と合流ロールをさせてもらったぜ。敵役として動くつもりではあるけどまぁ成り行きに任せようとも思ってる。
このままバトっても良いし、すぐにパイセンが来てゲンコツ降らせてくれても良いぜ。よろしく】 >スレイブ殿
導入乙だ! 剣の方が食らった知性を代わりに得てるなんて面白い!
ではスレイブ殿に以後この位置に入ってもらって5人で回すということで!
折角敵役志望で来てもらったのでここで手合せしておくのがいいかな、と個人的には思う。
今の話の流れだとここを逃すとそういう機会を作るのがなかなか難しくなるかもしれないので。 >「……ティターニア、嵐ってのは幻覚も見せるもんなのか?」
「何だと? あれが、幻覚だというのか…僕の前に広がる風紋都市…
蒼穹のシェバトが、幻覚だというのか!?」
グラ=ハはその壮大な仕掛けに些か驚いていた。
と、そこに翠色の巨大な翼を持つ竜が現れる。
「グラ=ハ、あれ!」「…!!」
ラヴィアンが腕を絡めるようにして話しかける。
竜――ウェントゥスに見とれているうちに、飛空挺はシェバトへと着陸する。
さらに巨大な鳥が飛来し、グラ=ハたちを出迎える。
「まさか、ケツァールコウアトル…!」
グラ=ハが生まれた地域ではそう発音されていた極彩色の怪鳥。
どうやら会話の内容によれば、ウェントゥスとは相対する間柄であるようだ。
>「"エアリアル・クォーツ"――風のクリスタル。都市制御の要。
古の契約により私がこの都市の守護聖獣となった時からすでにありました。
どのように作られたのかは定かではありませんが、どうやらウェントゥス様とは独立して存在しているようです。
もしかしたら彼が作ったのではなく古きエーテリアル世界の遺産が色付いたものなのかもしれませんね」
「では、僕たちも行こうとしよう」
ケツァクウァトルに案内され、さてシェバトの宿に、というところで、一人の若者が現れた。
いや、あれは…
>「ケツ君!話ぶった切ってわりーけどおれの用事を先にやらせてくれや」
「おい、敵襲だぞ…! こいつはただの野盗などではない…この気配は知っているぞ…!」
「なに保護者面してんだ魔剣のくせによおおおお!」
ケツァクゥアトル以上の極彩色の髪をした「若者」がティターニア目掛け斬りかかってくる。
ティターニアが攻撃を受けるとなればチャンスだ。
しかし――
どうして、ここまで彼が怖いのか…
「仕方がない、ラヴィアン…殺せ」
ラヴィアンはこくりと頷くと、ティターニアを狙うスレイブ目掛けて駆けていった。
グラ=ハは後方から素早く魔力を展開し、密集させた雷の魔力をラヴィアンの剣に帯びさせる。
「はあああっ!」
ガキィィィン…
バリバリ、バリバリと若者=スレイブの受けた剣が音を立てる。スレイブの受けも見事だが、
魔力は全て剣の一撃に載った。やったか?とグラ=ハは思った矢先のことだった。
「ぐうッ…!」
その剣から「何か」が発動し、ラヴィアンは咄嗟に「強制抵抗」を使ったようだ。
これは彼女の特技の一つであり、あらゆる魔法効果を無効化する。――物理的な防御行動を犠牲にして スレイブの剣はラヴィアンの脇腹を傷つけ、彼女は瞬く間に倒れ伏す。
致命傷ではないのだろう。彼女は起き上がるとスレイブの方を見ず、グラ=ハに助けを求めた。
既に駆けつけていたグラ=ハは彼女がスレイブから逃げているのではなく、そちらから少しでも遠ざかろうとしているのが分かった。
「何だと…!? あの剣は…!」
剣から禍々しい魔力が溢れている。そこらの魔法剣のそれではない。
まるでそれ自身が力を持ってスレイブという若者を操っているかのようだ。
「こいつを殺すぞ。君は用済みだ」
「グラ=ハ! 助け…あぁぁぁっ…!」
起き上がらせたラヴィアンを盾にして、胸に手を当てると、ラヴィアンの心臓を風の魔法で増幅させた
ナイフによって貫通させ、そのままスレイブを攻撃した。
カン!
しかしその攻撃も、水泡に帰す。どうやら全魔力をもって当たるしかないようだ。
崩れ落ちたラヴィアンを盾にして暫し魔力を溜めると、再び彼に向き直り、魔力の塊を放った。
「そんな、グラ=ハ… お腹には、あなたの、子が……」
そのままラヴィアンは腹を押さえたまま息絶えた。グラ=ハに見向きもされず。
地水火風、あらゆる魔力がオーブに流れ込み、数十人の騎士が致死量に達するだけの魔力をぶつける。
しかし、それを防いだのはやはり…
ドォォォォォ…
魔力の渦がスレイブの剣に向かって吸い込まれていく。
グラ=ハは剣の姿を見た。それは…
「バアル…これはバアル、なのか」 無力化されていく自らの魔法に、グラ=ハはダーマ魔法王国時代のまだ悪魔だった頃を思い出していた。
スレイブは剣を振るわない。しかし、グラ=ハは確実にその実体を削られていった。
人間の姿、かりそめの姿が瞬く間に消滅し、実体は完全に消え失せる。
そして、グラ=ハはかつての淫魔<インキュバス>の姿となって空中を漂った。
「あぁ…これが快楽。あらゆる智を飲み込むバアルフォラスの力…
人間の性の快楽、肉体と肉体のぶつかり合いとはほど遠い快楽。
未知の知、無知の知とはこれほどまでに尊いのか。僕は、これを求めていたのか」
消え往く意識、実体の中で、小さな水晶球を破壊し、ユグドラシアのラウラに伝えた。
「有事のため、『大天使』に関するあらゆる研究、錬金装置を無期限で隠蔽せよ」と。
これでユグドラシアの闇は一時的に葬り去られることとなる。
「あぁ、僕の前に広がるのはエーテリアル世界か。
人間とは何と無知で、何と儚い、そういう生き物だったのだな…」
少し離れた場所にいるティターニアに語りかける。幽かな声で。
「ティターニア、君は、僕のようになっては、いけない…
全てを、知るべき、だ…」
そのまま恍惚の表情で、グラ=ハはあらゆる実体を失い、消滅してしまった。
と、ラヴィアンの遺体から腸<はらわた>が蠢き、その中から這い出てきた人間の赤子が産声を上げていた。
グラ=ハとラヴィアンはそれだけを残し、この風紋都市シェバトで尽きた。
(グラ=ハおよびラヴィアン死亡です。
立ち回りが面白かったので、結構楽しませていただきました!
良い「つなぎ」になればいいなと思っています) >「いや、俺たちが行った古代都市はどこも遠くからでも分かるぐらい荒れていた。
だけどよ、ここは違うぜ……何かがおかしいんだ。まるで今作られたみてえな綺麗さだ」
>「そもそもだ、眷属の竜などというものも他の遺跡では見かけなかった。
今までとは何もかも違う……そんな予感がする」
「……風の竜の力が、他の竜のそれを大きく上回っている……なんて事がなければいいんですけれど、ですの」
さっきは人が住んでるかも、なんて冗談半分に言いましたが……。
この光景が、今まで指環を巡る旅を続けてきた彼らにとっても異質なものであるなら、それは怖い事ですの。
風の属性は、形あるものが朽ちる事を……風化する事を司ってますの。
逆に言えば、風竜の加護があれば、それから免れる事だって出来る。
風竜の力が、神話の時代から今この瞬間まで、この都を完全な形に保ってきたのだとしたら……。
それは想像もつかないほど強大と言わざるを得ませんの。
……遺跡に近づくにつれて、吹き荒れる風は強くなっていきますの。
うぅ、風が強すぎて目が痛いですの……。
目を細めて、腕で覆ってやっと辛うじて視界が確保出来るくらい。
>「……ティターニア、嵐ってのは幻覚も見せるもんなのか?」
「え?え?一体何を言ってます……」
そのぼやけた視界の奥に、わたくしも見ましたの。
幻としか思えない光景……あの都市の中に、今も魔力の光が踊り、水が流れ、炎が灯されている。
そんなの、あり得る訳がない。
>「……我も信じられないのだがどうやら幻ではなく実際の風景のようだ」
だけど、飛空艇がもっと近づくと、もうあり得ないなんて言えなくなってしまいましたの。
だって、見えてしまったんですもの。
あの都市の中に人がいて……こちらを見上げている姿が。
っと……う、わ、わ!急に船が大きく揺れましたの!
ひええ……ムカデの王がわたくしと手すりを繋いでいなかったら、甲板から投げ出されてましたの。
>「ティターニア様、あれ……!」
そう言ってパック様が指し示した先には……先程の眷属とは比べ物にならないほど巨大な竜の姿。
先ほどの風からは、魔力を殆ど感じなかった。
単純に翼を振るっただけで、あれほどの風を……?う、嘘でしょう?
>「風の竜ウェントゥス――! いきなり真打の登場か……!」
嘘だと思いたいけれど、ティターニア様の反応はわたくしがその嘘に縋る事を許してくれませんでしたの。
「……どうやら、早速ここぞという時が来たみたいですの!」
ウェントゥスの起こす嵐から、この船を守り抜く事は正直無理ですの!
飛空艇は撃墜される……だから墜落の直前に、なんとか皆様だけを守ってみせますの!
この体を構成する力、その殆ど全てを、ムカデの王の顕現に注ぐ。
そうする事で、彼の姿を生前のそれに限りなく近付け……皆様を包み込めば!
「いでよ、ですの!死せざる城へ……」
瞬間、わたくし達の頭上を、輝く翼が通り抜けましたの。
新手かと身構える暇もなく轟く雷鳴、迸る閃光……その矛先は、風竜ウェントゥスに突き刺さった。
雷はまるで鎖のようにウェントゥスに絡みつき、その身動きを封じているようですの。 >《ようこそいらっしゃいました指環の勇者様方、我が名は風の守護聖獣ケツァクウァトル――
詳しい話は後です、ひとまず私が先導するので着陸を!》
……何がどうなっているのか分からないけど、この鳥さんに助けられた。
それだけは間違いない事ですの。
飛空艇は鳥さんの先導に従って、そのまま無事シェバトの中へと辿り着き……着陸しましたの。
「ひえぇ……戦う前から色々へし折れるかと思いましたの……」
……それにしても、やっぱり、この都には生きた人がいるようですの。
少し遠巻きに、こちらを見ている人たちが何人もいますの。
>「……とりあえず助かった。これは一体……」
>「驚きなさったでしょう。ここシェバトは四星都市の中で唯一、祖竜の乱心の際の崩壊を免れた都市なのです。
そして現在は魔族が支配するこのダーマにおいて唯一人間がまともに暮らすことが出来る都市――」
「……とは言っても、こんなとこまで普通の人間は来られませんの。
人々をここまで運んでこれる者ですらごく僅か……とても狭い、楽園ですのね」
それが悪い事だなんて、言うつもりはありませんの。
だけど……やっぱりちょっと、もったいない気がしますの。
それに、おうじょさま的には、ダーマにはここしか人の住める土地が無いというのは……得にもなりますの。
だって、わたくし達、虫族が新たにそれを用意すれば、容易に民を集められるって事ですもの。
その時の事を考えると……この都でも沢山お勉強をさせてもらわなきゃ。
ちょっといやらしい考え方だけど、ですの。
>風の竜が乱心、と言ったな。まさか風の竜自らこの都市を破壊しようとしておるのか!?」
「……なんですって?」
ちょっと、聞き捨てならない事が聞こえましたの。
>「ウェントゥス様……いえ、ウェントゥスと対決する――と聞いております。
その際は私達も精一杯協力させていただく所存です。
……わたくしには、指環を巡る物語の事はあんまり分かりませんが……。
「……仮にも一つの種の王が、一つの都の主が、自らそれを滅ぼすなんて……尋常な事ではありませんの。
それにあれほど強大な力を持つ王が……何故、心に隙を作り、虚無などに?何か、心当たりはありませんの?」
もしかしたらこの疑問も、ジュリアン様という方が答えをお持ちなのかもしれませんの。
だけど、わたくしはこの方から、この方の答えを聞きたい。
だってこの方は……
「あなたは……あの風竜ウェントゥスと対を成す、守護聖獣なのでしょう?
それが友を意味するのか、従者を意味するのか……わたくしには分かりませんが……。
何か、ありませんの?」
……ケツァクさんは目を閉じ、口を噤み……背を向けて、何も答えてくれませんでしたの。
心当たりすらないのか。それともその心の内を、言葉にして表に出す事すら苦しいのか。
わたくしには、分かりませんの。そしてそれ以上追求する事も、出来ない。 >「あっ、指環の勇者様だ……!」
>「どうか、どうかこの街をお守り下さい……!」
この言葉は、わたくしが応えるべきものではありませんの。
「……ジャン様。あなたの謙虚さは、素晴らしい美徳ですの。
だけど……この小さな王からもお願いしますの。
一時だけでも、彼らの心が寄り添える大樹になってあげて欲しいですの」
……後ろから両手を掴まれて、手を振り返させられてるのは、意識しない事にしますの。
触角を掴まれなくなっただけ良しとしますの……。
>「では……ごゆっくりお休みください。明日また迎えに来ますね」
そうこうしている内に、宿に着いたようですの。
って、めちゃくちゃおっきい!なんかきらびやか!
うぅ……おうじょさまっぽくて素敵なんだけど、素敵なんだけど……。
街の外にいる時はいつも木のうろとか、草むらで寝てたわたくしとしては落ち着きませんの。
なんてたじたじになっていると……
>「ケツ君!話ぶった切ってわりーけどおれの用事を先にやらせてくれや」
あら、随分と前衛的な御髪ですの。
なんだか少し剣呑な雰囲気を感じるけど……一体どうしたのでしょう。
>「やいてめーらがパイセンの超大事な客だな?ウェントゥスをアレする為に呼ばれたらしーが今ひとつ信用ならねー!
このおれ、ジュリアンパイセンの第一護衛騎士たるスレイブ・ディクショナルのおメガネに敵わねえ限り!
パイセンの格好いい顔は見れないと思いやがれ」
「えっ、えっ?あの、ちょっと仰ってる意味が……もう少し落ち着いて……」
>「なに保護者面してんだ魔剣のくせによおおおお!」
「えぇえ!?理不尽過ぎますの!」
し、仕方ありませんの。
まずは彼の攻撃をやり過ごして、冷静になってもらうしか……。
>「仕方がない、ラヴィアン…殺せ」
「ちょ、ちょっと?ただの腕試しなんでしょう?殺せってそんなバカな……」
なんとか制止しようと思いましたが……もう、手遅れのようですの。
そして状況は瞬く間に変動しましたの。
魔剣から何か禍々しい力が迸り……二人が死んだ。いえ……三人、でしたの。
蛹から引きずり出された蝶が生きてなどいられないように、か細く産声を上げた赤子もすぐに動かなくなった。
三人が死んで……それでもわたくしは、戦いに臨む気になれずにいましたの。
ただ、鮮血と腸を辺りにばら撒いて事切れた、ラヴィアンと呼ばれていた女性を見下ろしていた。
そして……視線はそのままに、口を開く。
「……あの男には、孤独に戦い抜けるだけの力も、仲間への情も、持っていなかった。
そんな者が、風竜との戦いで生きていられた訳もない。
あなたが殺さなくても……どのみち、死んでいたでしょう」
右手の中指を親指をこすり合わせ、弾き鳴らす。
周囲に、そしてわたくしのマントの中に住まう小さな虫達が、目の前に転がる母子の遺体へ群がり、喰らう。 「巡れ。そして次は、善き人々の輪の中に生を受けなさい……ですの。
……彼女と、その赤子を殺めたのも、あなたではない。
あの男の所業も、姿も、まさに悪魔のそれだった」
わたくしは、スレイブと名乗った青年を見やる。
「あなたを恨まない理由なら、いくらでもある……」
そしてその目を強く睨みつけた。
「だけどわたくし、とっても怒ってますの。
あの母子は、あなたが軽々に剣を抜かなければ死なずに済んだはずの命でしたの。少なくとも、今すぐには。
知りたい事があるのなら、言葉を交わして、尋ねればよかったでしょう!」
指を突きつけ、そのまま一歩詰め寄る。
剣を振るいたければ、震えばいいですの!その悪趣味な剣がなんぼのもんですの!
斬りかかってくるなら女王の大顎で思いっきり噛みついてやりますの!
「そも!主の判断に疑問を感じて、何故その答えをわたくし達に求めますの!
主に真意を問う事も出来ない従者が、信用を語るなどちゃんちゃらおかしいですの!
……それとも、真意を語ってもらえぬ程度にしか、あなたの信用がないんですの?」
更に一歩、踏み込む。
身長さえ同じなら、もう目と鼻の先といった距離。
「反省なさい。あの母子に対して、罪の意識と懺悔の念を抱きなさい。
そして慎みを覚える事ですの。あなたの振る舞いが、あなたの主を貶める事もある。
……従者であるあなたがその調子では、あなたの主もきっと分別のない方なのでしょうね……なんて言われたらあなただって悔しいはずですの」
そして……わたくしは青年に突きつけた指先を引いて、マントの縁を掴む。
……ちょっとだけ悪戯っぽく、彼に笑いかけながら。
「……だけど、どうしてもわたくしと、指環の勇者様の実力が見たいというなら、それはまた別の話ですの」
マントをばさりと、右へ広げる。
視線を、彼の目線を誘うように、足元へ。
スレイブ様が目にするのは……石畳に開いた穴と、そこに潜り込んだ巨大なムカデ。
「あっ、申し遅れましたの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの」
喋ってる間に、こっそりトンネルを掘っておきましたの。
おうじょさまの戦術にしては、少し卑怯かもしれませんが……だってわたくし、まだこどもですもの。
許してほしーですの。ですのですの。
そして、トンネルの出口は……言うまでもありませんの。彼の真後ろですの。
逃げ場はありませんの……あなたの真ん前以外には。
「こう見えて虫族のおうじょさまですの。どうぞよろしく、ですの」
さて、それでは……指環の勇者様との邂逅、お楽しみに、ですの。 >「……我も信じられないのだがどうやら幻ではなく実際の風景のようだ」
「ついに目がおかしくなったかと思ったぜ、あんたにも見えてるなら安し――」
直後、暴風が飛空艇を襲った。揺れの激しさから明らかに自然でない、こちらを狙ったものだと分かる。
>「風の竜ウェントゥス――! いきなり真打の登場か……!」
エメラルドの如き光を放ち、眷属を従えるに相応しい体躯を持った竜が、そこにいた。
風竜ウェントゥスは自身の強靭な爪や牙、強力な古代魔術を使うまでもなく
その翼をはためかせるだけで自在に風を起こし、空を支配していたのだ。
そうして一行と風竜の視線が重なった瞬間、場が動いた。
巨大な鳥が飛空艇と風竜の間に飛び込み、天から巨大な稲妻が風竜を襲う。
>《ようこそいらっしゃいました指環の勇者様方、我が名は風の守護聖獣ケツァクウァトル――
詳しい話は後です、ひとまず私が先導するので着陸を!》
何はともあれ、風竜の動きが止まっている間に都市に着陸することにした。
急いで貨物室からジャンは荷物を取り出し、一行の中で一番遅れて飛空艇を降りる。
>「驚きなさったでしょう。ここシェバトは四星都市の中で唯一、祖竜の乱心の際の崩壊を免れた都市なのです。
そして現在は魔族が支配するこのダーマにおいて唯一人間がまともに暮らすことが出来る都市――」
「……魔族は人間のことをよく思っちゃいねえ。奴隷や家畜扱いだ。俺たちオーク族と違って
あいつらは無駄に誇り高くって、やたらと伝統や歴史を気にするからな」
暗黒大陸には複数の種族が混在するが、現在支配階級と言い切れるのは
最も数が少ない魔族だ。数の上ではオーク族やゴブリン族といった他の大陸でも
見られる種族の方が上なのだが、ダーマ魔法王国において政治的、軍事的に重要な位置は
全て魔族かそれの血を引いた者が継いでいる。
なぜ魔族が人間族を嫌っているかについては諸説あるが、
人間の方が能力的に劣っているにも関わらず二つの大陸と数々の諸島を支配していることが
魔族特有の高いプライドを刺激し、苛烈な能力主義と血統主義を生み出したという説がダーマ国内では有力だ。
「よくダーマのお偉いさんはここを認めてるもんだ……ここじゃ人間の集まりなんて
奴隷市ぐらいでしか見なかったぜ」
>「指環が無い……!? 何故この街は形を保っている……?」
「今まで見てきた都市は全部指環がなくなるたびに消えちまったぞ、確かにおかしいな」
>「ご案内します、付いてきてください」
どことなく暗い雰囲気はあるが、それでも人が歩き、物が売り買いされている。
そんな風景の中をジャンたちは通り過ぎ、大きな塔にたどり着いた。 >「"エアリアル・クォーツ"――風のクリスタル。都市制御の要。
古の契約により私がこの都市の守護聖獣となった時からすでにありました。
どのように作られたのかは定かではありませんが、どうやらウェントゥス様とは独立して存在しているようです。
もしかしたら彼が作ったのではなく古きエーテリアル世界の遺産が色付いたものなのかもしれませんね」
「他の都市になかったのはなんでだろうな、それともここだけ残ったのか…
こんな旅でなけりゃじっくり調べてみたいところだぜ」
>「ウェントゥス様……いえ、ウェントゥスと対決する――と聞いております。
その際は私達も精一杯協力させていただく所存です。
詳しい話は明日ジュリアン様からあるでしょう。宿を用意してありますので今日はお休みください」
宿に着くまでの間、大きな通りを通った。
住民たちはこの暴風がいつ止むのか不安だったのか、ジャンたちにすがるような目で懇願してくる。
>「あっ、指環の勇者様だ……!」
>「どうか、どうかこの街をお守り下さい……!」
>「……ジャン様。あなたの謙虚さは、素晴らしい美徳ですの。
だけど……この小さな王からもお願いしますの。
一時だけでも、彼らの心が寄り添える大樹になってあげて欲しいですの」
「何かにすがるしかねえような状況だ、いっちょやってやるか」
右手を大きく振り上げ、通りにいる者によく聞こえるよう声を張り上げる。
戦に向かう戦士たちに檄を飛ばすように、力強く。
「俺たちは今まで三つの都市を旅して、二つの指環に認められた!
風竜はちょいとばかし大きいが、今回は守護聖獣が助けてくれる!
この嵐が止めば、青空が見えることを―――」
約束する。そうジャンが言い切ろうとしたところで、一人の若者が飛び降りてきた。
着地するなり剣を抜き放ち、突きつけてくる。
>「ケツ君!話ぶった切ってわりーけどおれの用事を先にやらせてくれや」
「てめえ!励まそうと思って考えた俺の力作を途中で妨害するんじゃねえ!」 >「やいてめーらがパイセンの超大事な客だな?ウェントゥスをアレする為に呼ばれたらしーが今ひとつ信用ならねー!
このおれ、ジュリアンパイセンの第一護衛騎士たるスレイブ・ディクショナルのおメガネに敵わねえ限り!
パイセンの格好いい顔は見れないと思いやがれ」
「なんだお前、いきなり出てきたと思ったらジュリアンの部下か。
相手なら明日してやるからとっとと――」
>「なに保護者面してんだ魔剣のくせによおおおお!」
またも話を遮られたことにジャンは大きく舌打ちし、ティターニアをかばうように前に出る。
持っている剣が喋っていることは気になるが、いきなりティターニアを狙ってくる辺り
誰が重要かを理解しているようだ。
>「仕方がない、ラヴィアン…殺せ」
>「ちょ、ちょっと?ただの腕試しなんでしょう?殺せってそんなバカな……」
「腕試しじゃねえ!奴は殺す気で来てるぞ!」
ミスリル・ハンマーではなく、腰にある大鉈を引き抜く。
飛空艇の完成を待つ間買い揃えたものの一つで、切れ味はかなりのものだ。
同じようにグラハとラヴィアンも得物を構えたが、どうやらあのスレイブという青年の得物は大したものらしい。
二人を相手にしてなお有利に立ち回り、ラヴィアンに致命傷を与えたかと思えば
彼女を囮にしたグラハの一撃を無効化してみせた。
ジャンはまず相手の出方を見るため、そして先行した二人の戦い方を観察するために
ティターニアのすぐそばで待機していたが、下手に動けば巻き込まれていたかもしれない。
フィリアは王として譲れぬものがあったのか、二人と赤子の死に怒りを覚えているようだが
ジャンとしては元々怪しかった二人が死んで、好都合ですらあった。
最も、それを口に出すことはない。雇い主であり、仲間であるティターニアの意向に沿うために、
腰を落とし大鉈を構え、いつでも飛びかかれるようにだけはしておく。
「ティターニア、どうする?あいつらは死んでいい奴らじゃなかったが、
俺としちゃ仇討ちより明日のことを考えて動きてえな」 >「俺たちは今まで三つの都市を旅して、二つの指環に認められた!
風竜はちょいとばかし大きいが、今回は守護聖獣が助けてくれる!
この嵐が止めば、青空が見えることを―――」
>「ケツ君!話ぶった切ってわりーけどおれの用事を先にやらせてくれや」
ジャンが折角格好よく決めようとしているところに、前衛的な髪型の青年が突如として乱入してきた。
「これ、せめて言い終わるまで待たぬか」
>『ケツァク……済まない。僕にはスレイブを止める手足がないんだ。
いずれジュリアンも来るだろう。それまで彼の気の済むようにさせてやってくれないか』
喋る剣(!)にそう言われ、ケツァクウァトルは不本意ながらも静観する様子。
止めても無駄だということを分かっているようだ。
>「なに保護者面してんだ魔剣のくせによおおおお!」
>「仕方がない、ラヴィアン…殺せ」
>「ちょ、ちょっと?ただの腕試しなんでしょう?殺せってそんなバカな……」
>「腕試しじゃねえ!奴は殺す気で来てるぞ!」
突如ティターニアに切りかかってきたスレイブを、グラ=ハに命令されたラヴィアンが迎え撃つ。
ただの腕試しではないかというラテに対し、相手は殺す気で来ているというジャン。
どちらも案外正解かもしれない。
ジュリアンは、"命がけの腕試し"としてわざとこの構図になることを狙って彼を配置したのかもしれない。
指環の無い状態の指環の勇者が自分の部下にどこまで対抗できるか――もしここで殺されれば所詮はその程度だったと。
個人レベルの善悪など遥かに超越した行動原理で動いていそうな彼ならそれ位平気でやってのけるだろう。
>「こいつを殺すぞ。君は用済みだ」
>「グラ=ハ! 助け…あぁぁぁっ…!」
ティターニアを庇い大怪我を負ったラヴィアンを、あろうことか盾として扱い自らの魔法を容赦なく貫通させるグラ=ハ。
「グラ=ハ殿! 何を考えておるのだ! すぐに治療を……」
ティターニアがラヴィアンを抱き起すと、彼女は息も絶え絶えに衝撃的な言葉を呟いた。
>「そんな、グラ=ハ… お腹には、あなたの、子が……」
その言葉を最後に事切れたラヴィアンを腕に抱いたまま呆然としつつグラ=ハの方を見ると、
彼は全力でスレイブと戦っている最終だった。
全力で、というと日常的な表現に聞こえてしまうが文字通りの全力、存在の全てを賭けて。
「グラ=ハ殿……?」
彼は少なくとも軽い気持ちでラヴィアンを犠牲にしたわけではなかった。
己も己の傀儡も、全てを投げうたないとやられる、と分かっていたのであろう。
>「バアル…これはバアル、なのか」
>「あぁ…これが快楽。あらゆる智を飲み込むバアルフォラスの力…
人間の性の快楽、肉体と肉体のぶつかり合いとはほど遠い快楽。
未知の知、無知の知とはこれほどまでに尊いのか。僕は、これを求めていたのか」
グラ=ハが独白のように呟く。
魔力を使い果たしたからかその姿はすでに人間の実体を失い、宙に漂う精神体の姿はもはや人間ではなかった。
その姿は淫魔<インキュバス>――やはり彼は人間の肉体を持ちながらただの人間ではなかったのだ。
>「あぁ、僕の前に広がるのはエーテリアル世界か。
人間とは何と無知で、何と儚い、そういう生き物だったのだな…」 「待て、まだ消えてはならぬ! そなた何を知っておった……?」
>「ティターニア、君は、僕のようになっては、いけない…
全てを、知るべき、だ…」
ティターニアの呼び止めも空しく、グラ=ハは消滅した。
ティターニアにだけ聞こえるほどの声で最期の言葉を残して。"君は生きて全てを知れ――"
>「あなたを恨まない理由なら、いくらでもある……」
>「だけどわたくし、とっても怒ってますの。
あの母子は、あなたが軽々に剣を抜かなければ死なずに済んだはずの命でしたの。少なくとも、今すぐには。
知りたい事があるのなら、言葉を交わして、尋ねればよかったでしょう!」
最初は戸惑っていたフィリアが、ここにきて宣戦布告する。
仲間――少なくともこちら側に所属している者達が死んだ、となれば当然の反応だ。
>「ティターニア、どうする?あいつらは死んでいい奴らじゃなかったが、
俺としちゃ仇討ちより明日のことを考えて動きてえな」
一方のジャンは冷静だ。
というのもスレイブが言うには彼はジュリアンの第一護衛騎士。本来なら今回共闘すべき立場である。
そして今回の風の竜との戦いには少なくともこの街の人々の生活、下手すれば世界の命運がかかっている。
ここで感情に駆られてやりあい戦力を減らしてしまうにはあまりにも話のスケールが大きすぎるのだ。
ジャンが冷静な理由はもう一つ、最初からグラ=ハ達が怪しいと踏んでいた、という理由もある。
ティターニアとてグラ=ハ達が何かを企んでいる可能性を全く考えていなかった訳ではない。
でも、そうだとしたら、何故最期に自らを犠牲にしてまでティターニアを守ったのだろう。
利用する予定の相手を守るために自分が死んでは本末転倒である。
――あやつ、我に惚れておったのか? そんな考えが一瞬浮かび、そんな馬鹿な、と自ら小さく笑う。
利用する対象として長年観察しているうちに自分でも気付かないうちに好きになっていた――
脳内でそんなトンデモ仮説を立てるも、今となっては確かめる術もない。
フィリアに便乗して感情のままに相手をとっちめたい衝動に駆られるが
トンデモ仮説が当たっているとしたら猶更、グラ=ハはそれを望まないだろう。
何をしているんだ、こんな場所で小競り合っていては世界の真実まで到底行きつけないぞ、と言うに違いない。
「うむ、仇討ちをする気は無い。彼らの犠牲を無駄にせぬためにもな……」
>「あっ、申し遅れましたの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの」
>「こう見えて虫族のおうじょさまですの。どうぞよろしく、ですの」
戦いの準備をすっかり整えて自らの名を名乗ったフィリアに続く。
「我はユグドラシア導師のティターニア。こうなってしまったことは真に遺憾だ――
しかしそれでも、我々としては戦いは望まぬと言おう。主の真意をよく考えるのだ。
とはいえジュリアン殿がどうしても力試しをしておきたいというのなら、もちろん大人しくやられるわけにもいかぬ。受けて立とうぞ
あやつの真意は我々には測りかねる部分があってな、部下のそなたの方がよく分かるであろう」
そう言いながら、ジャンにいつものようにフルポテンシャル(身体能力強化)とファイアウェポン(武器強化)の魔術をかける。
こちらからは仕掛けないが、準備はぬかりなく。グラ=ハは今際のきわにバアルフォラスと言った。
知を食らう魔剣――スレイブが持つ喋る魔剣がそれだとすれば、彼は知性を食らわれ理性的な判断が出来なくなっている可能性が高い。
そして、ジュリアンはそこまで織り込み済みでこの部下を使っているのだろう。
つまり、このまま戦いになる可能性は――非常に高い。
【おっと上のレスはトリップ間違いだ! グラ=ハ殿、短い間だったが世話になったな、お疲れ様であった!
なんか冗談じゃなく送りバントポジションが当スレの伝統になってしまった感があるな……。
今回のグラハ殿がどうこうではなく全体的な話として急なリアル事情で予期せぬ送りバントになる人が多かった気がするが
元より短期お助け参加もアリのスレなので必ずしも死なせて片付けなくてもなんとなくはぐれて離脱とか組織からの帰還命令で離脱とかでも全く構わぬ。
それならリアル事情が落ち着いたら再合流も出来るしな。
もちろん死んでドラマチックに退場したい、という本人の積極的な希望なら全く問題は無いのだが
なんとなく死なないと退場したらいけない風に思われてるのだとしたらよくないな、とふと思ってな】 来月生まれる息子の名前を「アルティメットペニスモンスター」にしようかと思うんだが、どうだろうか?
ちなみに姓は大田だ >「仕方がない、ラヴィアン…殺せ」
叫びながら斬りかかったスレイブに向かって、まず優男が自分のナオンっぽい奴に命令した。
女がずいと前に出る。女の抜いた剣は雷の魔力を纏ってバチバチと揚げ物みたいな音を立てる。
『スレイブ、あれは付与魔術だ。受け太刀に回ればこちらが削られるよ』
「かんけーねえ。全部喰っちまえバアル君」
がきんと凄い音を立ててスレイブと女の剣がぶつかった。雷の魔力が剣越しにバシバシ当たって来て結構痛い。
体重がめっちゃしっかり乗ったいい感じの太刀筋。ただのカキタレかと思ったらガチで強キャラっぽい女だ。
しかし……魔族が強いこのダーマにおいて人間なのに第一騎士にまで出世したスレイブもマジで強いのでビビらない。
「このおれ相手に鍔迫り合いが出来ると思うなよぉ!」
スレイブはめっちゃ力を込めて女の剣を弾き返し、そのまま二回目の攻撃を叩き込んだ。
一緒にバアルフォラスが発動し、女の知性を喰らう――
『ふむ、これは"強制抵抗"。やはり優れた魔法剣士のようだね』
「あれっ喰えてないじゃんバアル君」
バアルフォラスの『喰い散らかし』は女に効いてない感じだった。
なんかそういう魔法系の技を防御する魔法剣士のスキルみたいなのがあるのはスレイブも知ってる。
そしてその弱点も。
『"強制抵抗"の発動中は――物理防御が疎かになる』
>「ぐうッ…!」
バアルフォラスのさきっぽが女の脇腹を裂いた。赤い血がブシャっと出て女はふらふらと後ろに下がる。
優男がその背中を支えた。
>「何だと…!? あの剣は…!」
優男がバアルフォラスを見てなんかめっちゃ驚いてる。
まぁ喋る剣って珍しいっぽいしあとこれ魔剣だしびっくりしても無理はない。
優男はすげー深刻そうな感じで下がった女となんかゴニョゴニョやっている。
>「こいつを殺すぞ。君は用済みだ」
>「グラ=ハ! 助け…あぁぁぁっ…!」
女が悲鳴を上げ、その胸の真ん中を割って短剣が飛び出した。
女ごとぶち抜いた剣はもの凄いスピードでスレイブの方へ飛んでくる。
スレイブは眉毛一つ動かさずにそれを魔剣で弾いた。攻撃の出どころと軌道が分かればそんくらいは余裕だ。
「ひでー野郎だ。自分のお嫁さんじゃねーのか」
なんていうかこう、仲間を犠牲にして仲間ごと攻撃してくるみたいな奴と戦うのはこれが始めてじゃない。
そういう連中ってわりとケースバイケースで、マジヤバイ仲間のピンチに覚悟決めて自分から身代わりになる奴もいるし、
実はめっちゃ仲悪くて戦闘中に裏切られるみたいな奴もいるから本当に人それぞれなんだけど、
グラ=ハとか呼ばれたあの優男の場合はなんか最初からあの女は使い捨てにする感じだったっぽい。
スレイブも素人じゃないので別にグラ=ハを責めるつもりはない。そういうことならそういうことで良い。
大事なのは、スレイブにとってその手の攻撃は『その程度』でしかないってことだ。
「知能が低い人かてめーは。自分の剣より柔いモン盾にしてどうすんだ」
グラ=ハは女を貫通して剣を投げて来たが、つまりは女の身体はそのくらいの硬さしかないってことだ。
短剣より刃渡りの長い剣を持ってるスレイブなら、女の体ごとグラ=ハもまとめてぶった斬れる。
グラ=ハもそれは分かってるみたいで、女をその辺にポイしてこっちに魔法を飛ばしてきた。 『あの男は典型的な後衛型の魔術師のようだ。前衛を自ら捨てた以上、そろそろ決めの一撃が来るよ、スレイブ』
「おーけい。しっかり頼むぜバアル君」
グラ=ハがオーブにめっちゃ魔力を溜めている。この距離じゃ多分こっちが近づくまえに魔法を撃たれる。
スレイブはバアルフォラスの血に濡れた先っちょをグラ=ハに向けた。
「来いよ三流魔法使い。てめーがパイセン未満だってことを教えてやるぜ」
グラ=ハが溜めに溜めた魔法を撃ってきた。
なんか凄い色んな属性が混ざりあったガチでヤバめの大技だ。ウェントスの手下とかなら余裕で消し飛ぶだろう。
しかしスレイブはまったくビビった感じもなく剣を構えたまま一歩踏み出した。
「呑み尽くせ、バアルフォラス」
飛んできたすげーでかい魔法の塊に魔剣のさきっぽがぶすっと刺さった。
そのままコップの中身をストローで吸い出すみたいに魔法がちゅううっと縮んでバアルフォラスの中に吸い込まれていく。
やがて全部の魔法を吸い尽くした魔剣は下品なゲップをした。
『うん。少しクセは強いけどコクと旨味のある良い魔法だ』
魔法とは、魔力という超凄いエネルギーをいい感じに使いこなす為に生み出された『知恵』だ。
バアルフォラスはその知恵を喰らい、魔法を魔力に分解して吸収した。
食べ物を噛み砕いて消化しやすくするみたいな感じ。
「おらっお代わりだ」
魔法を掻き消したスレイブはもう一回グラ≒ハへ向けて魔剣を振るう。
今度こそ知恵喰らいの力が発動してグラ=ハを襲った。
>「あぁ…これが快楽。あらゆる智を飲み込むバアルフォラスの力…
人間の性の快楽、肉体と肉体のぶつかり合いとはほど遠い快楽。
未知の知、無知の知とはこれほどまでに尊いのか。僕は、これを求めていたのか」
グラ=ハからなんかぶわっと霊っぽいのが出てきてバアルフォラスに吸い込まれていく。
よく分からん遺言みたいなのを残しながらそのまま消えていった。
「えぇ……なんだったのアイツ」
『彼は人間ではないね。ヒトの形をとってはいたけれど、物質としてこの世に存在していたかも怪しい。
有り様としては精霊に近い……見なよスレイブ、彼のいた場所に何も残っていないだろう』
「……そーだな」
スレイブはグラ=ハの消えた後を険しい顔で見ていた。
残されたのはあの優男が捨て駒にした女の死体。裏切られてめっちゃ絶望してる感じのアレが顔に張り付いている。
ぶち抜かれた腹から血塗れの赤ん坊が這い出て弱々しいオギャアを挙げて、そのまま動かなくなった。
「やっぱ指環ってクソだな。でっけえクソだ。ハエみてーな奴らばっかおびき寄せられて来やがる。
パイセンの予想どーりじゃねえか。てめーらもハエのお仲間か?見た感じはチョウチョだけどよぉ」
スレイブは優男と一緒にいたエルフとかオークのうち、虫みたいな奴に向けて剣を構えた。
そいつが一番、びんびんに殺気っぽいのをこっちに放っていたからだ。
殺気とか、怒り悲しみとか、そんな感じのまだらな感情。
>「……あの男には、孤独に戦い抜けるだけの力も、仲間への情も、持っていなかった。
そんな者が、風竜との戦いで生きていられた訳もない。あなたが殺さなくても……どのみち、死んでいたでしょう」 虫みたいな奴が指パッチンすると、マントの中からやべー数の虫が出てきて女と赤ん坊の死体を覆い尽くした。
ぐちゃぐちゃバリバリ聞こえるのは、虫達が死体を貪り食い尽くす音だろう。
血の一滴まで残らず虫のエサになっていくその姿を、スレイブは眉をしかめて見ていた。
>「巡れ。そして次は、善き人々の輪の中に生を受けなさい……ですの。
……彼女と、その赤子を殺めたのも、あなたではない。あの男の所業も、姿も、まさに悪魔のそれだった」
「てめーのその格好もまさに虫畜生って感じだな。見ろよみんなドン引きだぜ」
>「あなたを恨まない理由なら、いくらでもある……」
虫っぽい奴がキッとこっちを睨みつけた。
>「だけどわたくし、とっても怒ってますの。
あの母子は、あなたが軽々に剣を抜かなければ死なずに済んだはずの命でしたの。少なくとも、今すぐには。
知りたい事があるのなら、言葉を交わして、尋ねればよかったでしょう!」
>「そも!主の判断に疑問を感じて、何故その答えをわたくし達に求めますの!
主に真意を問う事も出来ない従者が、信用を語るなどちゃんちゃらおかしいですの!
……それとも、真意を語ってもらえぬ程度にしか、あなたの信用がないんですの?」
「なんだとぉ……」
>「反省なさい。あの母子に対して、罪の意識と懺悔の念を抱きなさい。
そして慎みを覚える事ですの。あなたの振る舞いが、あなたの主を貶める事もある。
……従者であるあなたがその調子では、あなたの主もきっと分別のない方なのでしょうね
……なんて言われたらあなただって悔しいはずですの」
度重なる忠告とパイセンへのディスっぽいアレに(後半は聞こえてない)にスレイブはキレた。マジでキレた。
「てめぇえええ!虫だかヒトだかわかんねー謎生命体がこのおれに説教かましてんじゃねえええ!
ここがどこだと思ってやがる!ウェントスとかいうやべーやつと一戦おっぱじめようっていう、戦場だぜ!
おれは剣を抜いた!あのグラ=ハとかいう奴は戦うために連れてきたあの女を使った!
戦場で、戦って、弱い奴が死んで、強いおれが生き残った、ただそれだけのそういうアレだろうが!
虫けら如きがあの女をディスってんじゃねえーぜっ!!」
スレイブにとってグラ=ハのやったことは特に悪いこととかじゃない。胸糞はまぁ悪いけど。
あの女はグラ=ハの為に剣をとり、戦った。最期は裏切られた感じのあれになったけど、そこに間違いはない。
戦場で、戦う覚悟をしてる系の人間が死んだのを、マジ可哀想みたいな虫の視線が気に入らなかった。
それは戦うやつに対するディスりとかに他ならない。
>「……だけど、どうしてもわたくしと、指環の勇者様の実力が見たいというなら、それはまた別の話ですの」
「何が指環の勇者だ虫さんがよぉ!そんな上から目線のごたいそーなアレでおれたちゃ戦ってんのか?
あのクソみてーな指環の為にもう何人も死んでるし今も二人死んだ。マジ乱世だよだいぶ手遅れなんじゃねえのもう」
『スレイブ。あまり熱くなっちゃいけない。何かが妙だ、あの虫精の注意は別のところにある。仕掛けてくるぞ』
「ああっ?どういうことだよバアル君――」
>「あっ、申し遅れましたの。わたくし、フィリア・ピューピアと申しますの」
虫みたいな奴がマントを翻して名乗りを上げた。
今までマントで隠されていたものが見える。地面の穴、なんかすげえでかい穴だ。
スレイブがそれに気付いた時には、足元の石畳がぐらぐらと揺れ始めていた。
『スレイブ!後ろだ!』
バアルフォラスの声に振り向くと、足元の地面が盛り上がって砕けた。
石畳をぶち割って、でかいムカデさんみたいな虫が飛び出してくる。 「なんだこの虫、クソッ!」
ムカデさんの鋭い顎をバアルフォラスで受け止める。
ぎゃりぎゃりと硬い音を散らしてスレイブはたたらを踏んだ。
>「こう見えて虫族のおうじょさまですの。どうぞよろしく、ですの」
『問答は欺瞞。この為の布石か。あの虫精が一枚上手だったようだ。
こちらに感情をぶつけているように見せかけて、巧妙に眷属を潜らせていたんだ。まんまと腹芸に騙されたねスレイブ』
「ざっけやがってえええええ!バアル!」
スレイブはカキタレにやったみたいに思いっきり踏み込んでムカデを押し返し、ムカデに向けて魔剣を発動する。
バアルフォラスから出た目に見えないうにょうにょしたアレはしっかりムカデに当たったが、なんか平気な感じだった。
もう一回顎が飛んできてスレイブはぴょんと下がりながら剣で受けた。
『駄目だスレイブ、このムカデさんには食べる知性がそもそもごく僅かにしか存在していない。
下等虫類の活動制御は思考ではなく条件反射の集積によって行われている。あの虫精は女王と言ったかな。
おそらく社会性昆虫のように生理活性物質による反射の書き換えで眷属に指示を出して――』
「話がなげー上にわかんねーぞバアル君!」
『ムカデさんは傀儡、操り人形に近い。糸を断てば良いのさ』
「ようはあの虫さんをぶっ潰しゃ良いってことだな!――ぇーとアレだ、『火の渦巻くやつ』!」
スレイブはムカデさんに向かって魔法を放った。
分厚い炎がめっちゃぐるぐる竜巻みたいになってムカデを包み込む。飛び退いたスレイブが地面をズザる。
「よくも難しいこと言っておれを煙に巻きやがったな虫さん。てめーをパイセンに会わせるわけにはいかねー。
パイセンはてめーみたいなひゅーまにずむ?とかそういう良い感じのこと言う偽善者系の奴がすげー嫌いなんだ。
だいたいてめーはマジでなんなんだよ。人喰いの虫さんの分際で……ヒトでもねーくせにヒトのアレに首突っ込むんじゃねーぜ。
それともアレか?自分らのご飯が勝手に殺し合って数減らすのは我慢がならねーってことかよ?おお?」
スレイブは同時にエルフとオークっぽい奴にも剣を向ける。
「そんな虫さんと仲良くしてる感じのてめーらもだ。あの虫共が人間をボリボリ喰ってたの見ただろ?
マジやべーやつじゃん。ウェントスだって人間を喰ったりはしなかったぜ。
てめーらがどういう集まりかは知らねーけど、そのうちパクパクされてもおかしかねえんじゃあねーか?」
『スレイブ、エルフは既に動いているよ。オークに身体強化と属性魔法を付与している。
流石に仲間が二人死んだのを見て無抵抗を貫くとはいかないらしい』
見れば、エルフもオークも戦う系の構えをとっている。
その眼はまっすぐスレイブを見て、視線に戦う気持ちを漲らせていた。
エルフが喋る。 >「我はユグドラシア導師のティターニア。こうなってしまったことは真に遺憾だ――
しかしそれでも、我々としては戦いは望まぬと言おう。主の真意をよく考えるのだ。
とはいえジュリアン殿がどうしても力試しをしておきたいというのなら、もちろん大人しくやられるわけにもいかぬ。
受けて立とうぞ。あやつの真意は我々には測りかねる部分があってな、部下のそなたの方がよく分かるであろう」
「そうかよ、名前は覚えとくぜティタなんちゃら。てめーらにパイセンの考えが分かるもんかよ。
パイセンがどんな気持ちで……帝国にアレしてまでガチヤバいダーマに来て、指環を集めてきたか。
勇者だ何だって色んな人からちやほやされながら!お国に助けてもらってここまで来たてめーらには分からねー!
このクソみてーなダーマで、クソみてーに扱われてきた人間が!それでも世界をアレしようってなる気持ちが分かってたまるか」
ケツァクが何か言いたそうにもごもごしたのを、スレイブは片手で止める。
「剣を抜いた!仲間が死んだ!お互い一線はもう超えちまってんだ、こっから先は剣でお話しようぜ。
おれはてめーらをパイセンには会わせねえ。やべえ人喰いの虫けらと、そいつと仲良くする指環の勇者共を、ここから通さねえ。
ウェントスなんぞパイセンとおれだけでアレしてやる。てめーらはあのお船でとっととハイランドに帰りな」
『僕としては、来たるべきウェントゥスとの戦いにおいてジュリアンが彼らに何をさせようとしているのか知っておきたいけどね。
もっと具体的に言うならば――あの巨大な竜相手に、たかがエルフとオークと虫精が何を出来るのかという話だけれど』
言い終わってすぐ、スレイブはダッシュした。
魔法のかかった鎧がそのダッシュをめっちゃ強化して、砲弾みたいなスピードでオークっぽい奴に接近する。
前の人と後ろの人に別れてる系のパーティと戦う時は、まず前の人から潰すのがいい感じだ。
後ろの人は狙われるのなんか慣れっこだろうから何かしら対策してるだろうし、その為にパーティを組んでいる世界だ。
下手すれば後ろの人を狙ってる最中に前の人から挟み撃ちみたいな感じになることもある。
だからまずは前の人を狙い、後ろの人が前の人のお世話にかかりきりになる感じにする。
一人で多数を相手にしようとするからダメなのだ。一人ずつ相手にできるような立ち回りがマジベスト。
オークの肩あたりから、こう斜め下目掛けて斬りかける感じの動きをしながら、魔剣の力を解き放つ。
「喰い散らかせ、バアルフォラス」
魔剣の刃先から例の見えないアレがほとばしって、エルフとオークと虫さんを包み込む。
バアルフォラスの能力、『知性の食い散らかし』。
敵とかの知性を奪い取り、戦いの中でうまい感じの判断が出来ないようにするスレイブのガチやべえ必殺技みたいなやつだ。
あと魔法使いは魔法の詠唱とか名前も忘れるので魔法の使い方がめっちゃ下手くそになる。
「おらああああ!雷の魔法!!」
オークに斬りつけながら、虫さんに向かって雷の魔法(ヤバイ)を放った。
雷の魔法はすげえ速いので虫の手下みたいなアレを出す暇も与えない感じだ。
【戦闘を開始。ジャンに向かって袈裟斬りしながら魔剣の『喰い散らかし』を発動。同時にフィリアに雷魔法で攻撃
◆バアルフォラスの能力
『喰い散らかし』……対象の知性・判断力を低下させ、魔法の発動や咄嗟の判断を阻害する全体デバフ技
『呑み尽くし』 ……魔法の術式を解体し、魔力に戻して魔剣に吸わせることで無効化や反射を行う単体防御技】 スレイブ様の背後から迫るムカデの王。
その顎を……あら、まさか真っ向から受け止めるなんて。これは驚きですの。
>「ざっけやがってえええええ!バアル!」
スレイブ様が叫ぶと、手中の魔剣から不可視の、しかしその禍々しさ故に見えずとも感じられる何かが放たれましたの。
ムカデの王はそれをまともに浴びて……しかし何も起こらない。
その理由はわたくしにも分かりませんの。だけど、今起きた事を幸運と喜ぶのは考えが甘い、って事だけは分かりますの。
なにせ、彼ほどの戦士なら……
>「ようはあの虫さんをぶっ潰しゃ良いってことだな!
もう、次はどうすればいいのか、すぐに思いつくに決まってますの!
その次が訪れる前に、早々に取り押さえる……
――ぇーとアレだ、『火の渦巻くやつ』!」
とはいきませんでしたの。
拙い呪文とは裏腹に、激しい業火がムカデの王を飲み込む。
凄まじい熱ですの。
この王の甲殻をもってしても長くは耐えられそうにない……一度引っ込めるしかありませんの。
>「よくも難しいこと言っておれを煙に巻きやがったな虫さん。てめーをパイセンに会わせるわけにはいかねー。
パイセンはてめーみたいなひゅーまにずむ?とかそういう良い感じのこと言う偽善者系の奴がすげー嫌いなんだ。
「あら、それは残念ですの。だけどただのわるい人よりはマシだと思いますの」
>だいたいてめーはマジでなんなんだよ。人喰いの虫さんの分際で……ヒトでもねーくせにヒトのアレに首突っ込むんじゃねーぜ。
それともアレか?自分らのご飯が勝手に殺し合って数減らすのは我慢がならねーってことかよ?おお?」
「わたくしは……人の弔い方を、アレしか知らなかっただけですの」
人に限った事ではありませんの。
森で息絶えた生き物は、虫に食われ、土に戻り、草木に溶けて、また元いた場所へと巡っていく。
だけど、人の世ではそれはおかしな事みたいですの……また一つ、勉強する事が増えましたの。
>「そうかよ、名前は覚えとくぜティタなんちゃら。てめーらにパイセンの考えが分かるもんかよ。
パイセンがどんな気持ちで……帝国にアレしてまでガチヤバいダーマに来て、指環を集めてきたか。
「そんな事、分かる訳ありませんの」
> 勇者だ何だって色んな人からちやほやされながら!お国に助けてもらってここまで来たてめーらには分からねー!
このクソみてーなダーマで、クソみてーに扱われてきた人間が!それでも世界をアレしようってなる気持ちが分かってたまるか」
「……教えてくれなきゃ、人の事なんて分かる訳がありませんの!」
わたくしはそのジュリアン様がどんなお方か知りませんの。
だからその考えを知ろうと思う事もない。
……だけど、わたくしにも、この方に聞きたい事がある。
つい今さっき、どうしても聞かなきゃいけない事が出来ましたの。
>「剣を抜いた!仲間が死んだ!お互い一線はもう超えちまってんだ、こっから先は剣でお話しようぜ。
おれはてめーらをパイセンには会わせねえ。やべえ人喰いの虫けらと、そいつと仲良くする指環の勇者共を、ここから通さねえ。
ウェントスなんぞパイセンとおれだけでアレしてやる。てめーらはあのお船でとっととハイランドに帰りな」
「受けて立ちますの!あなたと戦わなきゃ、あなたとお喋り出来ないのなら、やってやりますの!」
スレイブ様が地を蹴り、猛然とジャン様へ迫る。
わたくしは……どう動くのが正解か、難しいところですの。 ジャン様と共に接近戦を挑むべきか。
ティターニア様と共にジャン様の援護を重視すべきか。
それとも中衛としてどちらの補助にも回れるよう立ち回るか。
いや、どれも違う。
わたくしはお二人の動きを知らない。
援護しようとして、かえって邪魔になってしまうかもしれませんの。
ならば正解は……こうですの!
戦線を飛び出し……その外側からスレイブ様を叩ける位置を取る遊撃。
わたくしの中の王たちは皆、中距離からでも十全に力を発揮出来ますの。
先ほど同様、スレイブ様の背後を取るようにして、その動きを制限すれば……
>「喰い散らかせ、バアルフォラス」
刹那、剣を振り下ろしながら、スレイブ様がそう呟いた。
剣風に紛れるようにして、またあの禍々しい何かが振り撒かれ……今度は、わたくし自身に触れた。
「あっ……」
……わたくしのなかにあるなにかが、かじられた。
わたくしが、ヒトからはなれ、むしにちかづく。
めのまえに、ヒトがいる。わたくしたちを、むしたちをいつもふみにじる、にんげんが。
いだいなむしのおうたちを、うらぎり、だまし、ころした、にんげんが。
みぎうでを、じょおうばちのどくばりに。
せなかには、そのはねを。
よけさせない。ふせがせもしない。いちげきで、つらぬいて……
……ちがう。わたくしがなしとげたいのは……そんなことじゃない。
>「おらああああ!雷の魔法!!」
めのまえにはしる、あおじろいひかり。
……はやい。よけられない。
「ぎゃんっ!」
……うぅ、体中を痺れが駆け巡りましたの。
突き出しかけた女王の毒針が稲妻を先に浴びていなかったら、わたくし今頃気を失っていましたの。
いえ、あるいは黒焦げだったかも。
その、ついさっきまで毒針だった右腕は……見てみれば亀裂がいくつも走ってますの。
あんまり大きく動かせば、形を保てないかも……。
改めて、とんでもない威力……。魔法も剣も一級品。喋り方はおばかさんっぽいけど、恐ろしい方ですの。
だけど、少なくとも、この強烈な痛みは気付けには十二分でしたの。
そしてあの禍々しい力の正体、この身をもって理解しましたの。
思考を、かじる力……と言った所でしょうか。恐ろしい力ですの。
人と虫の中間の存在として生まれたわたくしにとっては、特に。
二度と食らいたくない……そう思うと、自然と間合いを広く取ってしまいますの。
けれども……やられっぱなしは、それはそれで嫌ですの。
絶対に、また一泡吹かせてやりますの!
でも、その前に…… 「あなたがもう、わたくしとお喋りする気がないのは、分かってますの。
でも、これだけは言わせて頂きますの」
わたくしはムカデの王を背後に顕現する。
マントも真横に伸ばした右腕で持ち上げ、広げる。これでわたくしに不意打ちの手立てはない……。
だからこれは、ただの言葉ですの。
わたくし、お下品な物言いはあまり好きではありませんが……。
「クソに塗れて、クソのように扱われて……そうして生きてきた者が、本当にクソのようになってしまう。
それは仕方ない事かもしれませんの。だけど……わたくしは、そんなの嫌ですの」
スレイブ様がわたくしの事をどう思おうと、わたくしは言葉と心を交わす事を、諦めたくないですの。
「あなたがわたくしの事を人喰いの虫ケラだと言うのなら、わたくし、ぜーったいそんな風にはなってやりませんの!
あなたは、あなたの主は、それでいいんですの!?」
……声を張り上げてそう言うと、わたくしは地を蹴った。
そして機を見計らうように、スレイブ様との距離を保ちつつ、周囲を動き回る。
スレイブ様はわたくしの力、その全てを見てはいない。
ムカデの王と、女王蜂と……わたくしが身に宿す王は、まだ残っている。
その利点を上手く使えれば……いかにスレイブ様が優れた戦士であっても、取り押さえられるはずですの。
「……それに少なくともわたくし、人であれ虫であれ、誰かが死ぬのは嫌いですの。だから殺しませんの。
あなたは……人の死は嫌いなのに、それでも人を殺すんですの?それもよく分かりませんの。一体何故ですの?」
だけど、その為には、好機を待たなくては……。
無策で、奇抜な手を使うだけで勝てるほど、スレイブ様は生ぬるくない。
そして好機を作るには、ティターニア様達の援護をするのが一番ですの。
わたくしはムカデの王と女王蜂の毒針で、素早く、そして何度も小刻みな攻撃を仕掛ける。
しなる鞭のように、レイピアによる鋭い刺突のように……。
これが本来の、わたくしの力の使い方ですの。
王を顕現する時間をなるべく短くして、消耗を押さえながら戦う。
だけど……それでも、右腕の亀裂は段々と広がっていく。
いずれは、勝負を仕掛けなければならない時が来ますの。
【中距離からのジャブ連打。フィリアは隙を窺っている】 >>155
どうでもいいから虫は虫らしく退場した方がいい
チミの文章は読みにくくて不愉快 よう、俺の名前は大田アルティメットペニスモンスターだ
今月生まれたばかりで、まだ母の乳を吸って生きてるような半人前さ
こんな俺だけど、よろしく頼むぜ >>157
よろしく。
オススメのゲームとかあるかい?
出来ればプレステ4が良いな >「我はユグドラシア導師のティターニア。こうなってしまったことは真に遺憾だ――
>「そうかよ、名前は覚えとくぜティタなんちゃら。てめーらにパイセンの考えが分かるもんかよ。
パイセンがどんな気持ちで……帝国にアレしてまでガチヤバいダーマに来て、指環を集めてきたか。
「……こりゃ止まんねえな、いっちょ気が済むまで付き合ってやるか」
ジャンは魔術によって強化され、竜の鱗すら焼き切るほどの威力となった大鉈を右手で構え、左手は腰に差してある短剣の鞘に手をやる。
エンチャントされた大鉈に視線を集中させ、本命は聖短剣サクラメントで足を突き刺して動きを止める構えだ。
(ここで本気になって殺し合う必要はねえ、適当に動きを止めてやりゃ落ち着くだろう)
場にいる四人の中で、少なくともジャンはこの時点で殺すつもりはなかった。
スレイブの魔剣によって、知性を食われてしまうまでは。
>「喰い散らかせ、バアルフォラス」
魔剣による袈裟懸けの一撃を大鉈で受け止め、左手でサクラメントを抜き放った瞬間だ。
ジャンの知性が食われ、短剣を抜いた左手はそのまま止まってしまった。
(……俺。次に何をするんだっけ?)
そう考え、剣を受け止めている大鉈を見て、次に剣を見て、最後に目の前の男を見た。
男はこちらを睨みつけ、先程までこちらを罵っていたような記憶がジャンにはある。
(そうか、今は戦っていたんだな。じゃあやるか)
元々本能による直感で戦を行うオークにとって、知性の低下は戦闘において大した意味を持たない。
ただ目の前の敵を潰す者になるだけであった。
「ウウ……ウオオアアアアァァァァ!!!」
剣と大鉈の鍔迫り合いの中、顔を思い切り突き出してジャンは叫ぶ。
敵を怯ませ、味方を鼓舞するウォークライだ。
さらに思い切り踏み込んだかと思うと、大鉈を投げ捨てた。
「これでそれつかえない、だろ?」
即座に襲い来る魔剣の一撃を右手で刀身を掴み、肉と腕力で無理やり受け止めた。
当然激痛と出血がジャンを襲うが、ウォークライによって筋肉が活性化し、肉の壁となっている
今の肉体には大した負傷ではなかった。
「じゃあ……な!」
そして空いた左手は、短剣を捨てて握りこぶしの形となる。
フィリアが隙を作るように立ち回ったおかげで、ジャンは左手を思い切り振りかぶることができた。
スレイブの腹めがけてまっすぐに左手を打ち込むべく、ただ本能だけの一撃をジャンは放った。 タマァ撃ちてえ…
パン!
【ジャンの金玉を撃ち抜く】 すまんがここは俺の便所だ
我催す、故に我脱糞す
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ 💩💩💩 フィリアとスレイブが百足の王を通し繰り広げる攻防を、暫し観察する。
知性を食らう呪いの武器とも言うべきものをずっと装備し続けているスレイブだが
語彙こそ少なくなっているものの戦闘における判断力などに衰えは見られず、魔法の名前すら忘れているにも関わらず何故か魔法を使えている。
食らった知性を自分の物とした魔剣が彼の頭脳を務めているのか――ティターニアはそう分析した。
>「剣を抜いた!仲間が死んだ!お互い一線はもう超えちまってんだ、こっから先は剣でお話しようぜ。
おれはてめーらをパイセンには会わせねえ。やべえ人喰いの虫けらと、そいつと仲良くする指環の勇者共を、ここから通さねえ。
ウェントスなんぞパイセンとおれだけでアレしてやる。てめーらはあのお船でとっととハイランドに帰りな」
フィリアがラヴィアン達の死体を虫に食べさせたことで、都合が悪い事にスレイブの敵意を更に煽ってしまったようだ。
ティターニアはエルフであり学者でもあるので、実のところ普通の人間ほどは抵抗を感じなかった。
鳥葬という死体を鳥に食べさせる弔い方法は人間界にも存在し、理屈で考えれば虫に食べさせるのもさほど違いは無い。
しかし難しい事を考えずともまずその過程の見た目からして受け入れがたいのはいかんともし難い事実であり
純然たる人間、それも魔剣の影響で普通の人間以上に直感で物事を判断するスレイブがそのような感想を抱くのも無理はない。
スレイブの言葉から推察するに、やはりジュリアンは相当な訳アリのようだ。
良い感じのことを言う奴が嫌い、というのも、彼が訳あって自らを悪人に見せなければならない境遇だとしたら頷ける。
そうだとしたら猶更会って真相を聞かねばならないだろう。
>「……こりゃ止まんねえな、いっちょ気が済むまで付き合ってやるか」
「そうだな、バアルフォラス殿も言ったように前もって互いの能力を知っておくのも悪くないだろう。
ジャン殿、あの喋る剣を奪うのだ。おそらくあれがあやつの頭脳――」
ティターニアはジャンに自らの予測した攻略法を伝え、かくして、命懸けのお話合いは幕を開ける。
スレイブは、まず前衛のジャンに突進してきた。奇をてらわないオーソドックスな動きだ。
対するジャンは、魔力強化された大鉈を囮としつつ左手をサクラメントに伸ばし、スレイブの斜め上からの一撃を危なげなく迎え撃つ。
その時だった。
>「喰い散らかせ、バアルフォラス」
知性を食らう『喰い散らかし』がこちら側全体に発動する。
虫の妖精であるフィリアはすぐに正気を取り戻し、直感で戦闘を行うジャンも一見あまり変化はなかったが、
術士で学者であるティターニアはもろに影響を受けることとなった。
まずそれは、第二言語の喪失という形で明らかになる。
現在、中央大陸語が世界共通語となっており、大部分の人々がそれを使っているが、その地域特有の言語がいくつかある。
ティターニアは普段の言語は少し古風な中央大陸語といったところだが
西方大陸の中でも昔の風習が色濃く残る社会の出自の上に100年以上前の生まれなので、最初に習得した言語は西方大陸語であった。
後から学習によって習得した言語が、古風だったり文語的な口調になるのはよくある話である。
「何やねん、何も起こらへんやん!」
思いっきり何かが起こっているが、本人は気が付かない。
状況から言って戦闘中やな、とりあえず超強力魔法でぶっとばせばええんや! そう思って杖を掲げ――
「……」
暫し固まる。
「あかん……魔法忘れてしもた」
ここに来てようやく気付く。ああ、知性を食われたのかと。
万事休す――魔法を使えない魔術師などもはや完全に役立たずである。
ジャンとスレイブが激しい鍔迫り合いを繰り広げ、フィリアが中距離から攻撃を加えるのを成す術も無く見ながら
ティターニアは場違いにも遠い昔のことを思い出していた。まるで昔見たいだなあ、と。
今ではごく一部の者しか知らない事実だが、ティターニアはユグドラシアに入学した当初は、いわゆるアホの子であった。
結果的には、長寿種族にはしばしば見られる大器晩成型だったのだが。
とにかく、学生時代半ばごろまでのティターニアは高い魔力ばっかり持て余した劣等生であった。 そんなティターニアに、学長はよく言っていた。
魔法使いに一番大切なもの――それは、魔力でも知力でもなく、はて、なんだっただろう。
その時、フィリアの右手の亀裂が広がっていくのに気付いた。
早く終わらさなければフィリアが危ない、直感的にそう思う。
そうだ、知力と魔力は全く別のステータスだった。知力は食われてもまだあるではないか、生来の魔力が。
>「ウウ……ウオオアアアアァァァァ!!!」
ジャンのウォークライに鼓舞され、ティターニアは行動を開始する。
思い出されるのは、アルダガ戦において一つも魔法を知らずともとっさに高い魔力を生かし戦ったジャンの姿と、
エルフに生まれながら魔法が使えず、高い魔力を全て肉弾戦へと注ぎ込み超常の格闘家と化していたノーキンのことである。
左手にエーテルセプターを持ち、右手にエーテルメリケンサックをはめる。
両方とも魔力から打撃力への変換が出来る魔道具だが、いくらアホになったとはいえ流石に鍔迫り合いの最中に突っ込みはしない。
魔力を任意の形に形成して武器とすることが出来るエーテルセプターを使い、杖の先に魔力の球体を生成する。
ジャンに当たらないように横の方に回り込み、エーテルメリケンサックをはめた右手で思いっきり魔力の球体部分をグーパンチする。
「これでどうや!」
杖から分離した魔力球は魔力の砲弾とも言うべきものになって飛んでいき、炸裂する。
おそらくバアルフォラスの『呑み尽くし』によって無効化されることになるのだが、
それでも連打すれば剣がそちらの対処に取られるわけで、隙ができる。
攻撃は通らずとも、ジャンが剣を奪う隙を作る事が出来ればそれでいいのだ。
やがてフィリアの援護も相まって、その好機は訪れた。
>「これでそれつかえない、だろ?」
ジャンがバアルフォラスの刀身をがっちりと掴み、短剣を捨てる。
「ジャンはんやりぃ!」
と喜びかけたのも束の間、ジャンが物騒な動きをしている事に気付く。思いっきり左手を振りかぶる動作。
一見食い散らかしの影響をあまり受けていないかに見えたジャンだが
その実、ティターニアか同じかそれ以上に影響を受けており、完全に本能に支配されているのだった。
「えっ、ちょ、何しとるん!?」
エルフは元来殺生を好まぬ種族である。
最初の時点では、積極的に殺そうとはしないもののこうなった以上結果的に相手が死に至ってもやむを得ないという考えもあったのだが――
知性を食らわれることで、オークの血を引くジャンとは対照的に、相手を殺して終わらせるという選択肢は消えていた。
しかしこうなってしまったジャンを止めることはもはや不可能。
ティターニアはとっさに、スレイブが剣を握っている柄の部分に魔力球をぶち込みながら叫んだ。
「スレイブはん! 手ぇ放しぃいいいいいいいい!!」
幸いというべきか、ジャンは当たれば致命傷必至のサクラメントを何故か捨て、拳による打撃に変更した。
ジャンに握られ固定された剣を持ったままなら衝撃がもろにダメージになってしまうが
派手に吹っ飛ばされて衝撃を運動エネルギーに変換すればダメージを軽減することができる。
今のティターニアには難しい事は考えられないが、それでもなんとなくそんな気はしたようだ。
一言で言うと「吹っ飛ばされた方が痛くない」理論である。 バアルフォラスの『喰い散らかし』がめっちゃいい感じに決まった。
オークっぽい奴は迎え撃つ動きを途中で止めてボケーっと自分のナタを見ている。
エルフのティタなんとかはいきなり喋り方変わってマジウケる。
『あれはハイランド地場の西方弁だね。大陸間の言語統制以前に使われていた商人言葉だ』
「おのぼりさんがついつい方言出ちまうようなもんか!いずれにせよこれで魔法は使えねーだろ」
真正面からぶつかっている二人には喰い散らかしがガッツリ効いてるみたいだった。
しかしフィリアとかいう虫さんは始め良い感じだったけど雷の魔法でバチコン喰らった途端に正気に戻っている。
>「あなたがもう、わたくしとお喋りする気がないのは、分かってますの。でも、これだけは言わせて頂きますの」
「おいおいバアル君あの虫さん効いてねえっぽいぞどうなってんだ」
『いや……確かに"食べ応え"はあったはずなんだ。あの復帰の速さはどうにも気掛かりだね。
身体の構造がヒトよりも虫に近いとするならば、複数の神経節をインタラクトして知性のネットワークを構築しているのかも。
それならば、アクティブな神経節の切り替えによって即座に知性を回復させることも――』
「よくわかんねーけど結局あいつが一番やべーってことだろ!」
>「あなたがわたくしの事を人喰いの虫ケラだと言うのなら、わたくし、ぜーったいそんな風にはなってやりませんの!
あなたは、あなたの主は、それでいいんですの!?」
「おしゃべりは終いだっつっただろうが!!」
フィリアは右手に蜂さんみたいなでっかい針を作り、背中からムカデさんを出して突撃してくる。
見た感じでやべーと分かるアレだけど、雷魔法で焼かれた腕は全然治ってない系だ。
短期決戦したい感がびんびんに伝わってくる。
>「……それに少なくともわたくし、人であれ虫であれ、誰かが死ぬのは嫌いですの。だから殺しませんの。
あなたは……人の死は嫌いなのに、それでも人を殺すんですの?それもよく分かりませんの。一体何故ですの?」
「なんで人を殺すかだとぉ……!?」
『問答に付き合っちゃ駄目だスレイブ、舌戦はあの虫精の土俵だと知ってるだろう!』
バアルフォラスの忠告も虚しく、スレイブは考えてしまった。
もとから冷静さとかそういうのが全然ない男だから、なんでって聞かれれば答えようとしてしまう。
フィリアの言葉は多分、フカシとかじゃないんだろう。
グラ=ハのカキタレが死んだ時、あいつはめっちゃ悲しそうな顔をしてた。
死体をその辺にほっぽり出して腐らせるよりも他の生き物の糧にする方が大自然的には良いってことも理屈じゃ分かってる。
もちろん、だからって人の眼の前で人をボリボリ喰うそのデリカシーの無さは駄目なやつだけど。
まあその辺はそもそも種族が違うんだし仕方ないっちゃないと言えなくもないと思う。
じゃあスレイブはどうだ?
カキタレは襲いかかるスレイブを倒す為にグラ=ハが殺した。つまりスレイブが殺したみたいな感じでもある。
元から、スレイブにはフィリアをディスる資格とかはないのだ。マジで。
例えここが戦場であったとしても、それで人を殺したのがなかったことになるわけじゃない。
殺さなきゃ殺されるからとか、そういう言い訳みたいなので誰かが救われるわけでもない。
「うるっせええええ!!!そんなもん軍人とか戦士なら誰だって悩んでんだよ!!!
殺さなきゃ生き残れないなら、殺して良い奴と死なせたくない奴を分けていくしかねえじゃねえか!!
全部死なせたくないなんてゲロ吐きそうなくれー甘ったるい考えで……分かったようなこと言うんじゃねえ!!」 フィリアがぶっとい針ですげー勢いのラッシュを繰り出してくる。
スレイブはそれを魔剣で全部捌く。ガュインガュインと火花が散りまくる。
>「これでどうや!」
しかも後ろからはティタなんとかがめっちゃ魔力の塊を飛ばしてくる。
なんであいつ呪文忘れてんのに魔法使えるんだよと思ったらこれよく見たら全然魔法とかじゃない。
ただの魔力の塊をすげー勢いで飛ばしてるのだ。当たると多分ガチで痛いやつ。
バアルフォラスでぶった斬れば呑み尽くせるけどそのせいでフィリアに良い感じの隙が全然出来ない。
前後から挟み撃ちにされてる格好だ。
『マズいぞスレイブ……!オークが戦意を取り戻した!』
>「ウウ……ウオオアアアアァァァァ!!!」
「うおっ!?」
鼓膜破れるかってくれーでけー叫び声が響いて、フィリアを押し返す勢いで振るった剣が振った先で止まった。
オークが魔剣を手づかみして、血を吹きながらがっちり受け止めていた。
>「これでそれつかえない、だろ?」
『ウォークライによる強制鼓舞!失った知性を本能で補うとは……!!
だが、やはり戦い方が短絡的になっているね。知性があったならば、この間合が意味するものを推し量れたはずだ』
「おれはガチ一流の剣士だぜ!剣掴んでくる奴にどうすることもできねーようじゃ全然三流だろ!!」
スレイブの身体の中で魔力のうねりがやべー感じに膨れ上がる。
スレイブは知性を喰われていても魔法を使える。スレイブの合図に従ってバアルフォラスが呪文を唱えてくれるからだ。
だから『氷の魔法』とか『雷の魔法』とかすげーざっくりした名前でも魔法が発動する。
今から使うのは魔力を剣伝いに直接敵の身体の中に叩き込んで爆発させるやべーくらい強い魔法剣。
剣の間合いでしか使えないけどその分威力とかガチで凄くてオークなんか一発で消し炭になるアレである。
スレイブはこれでこの前魔神も殺した。
「うおおおおおお!『剣の先っちょから爆発出るやつ』!!」
でもバアルフォラスが呪文を唱え終わるよりも全然速くオークは攻撃の動きに入っていた。
手に持ってた格好良い短剣をポイして拳を握る。その拳の凶悪さと言ったらもうなんかほぼほぼ岩だ。
そんな岩みてーな拳が砲弾じみたスピードで迫って来ていた。
剣を掴まれてしかも必殺技のモーションに入ってたスレイブは全然避けられる感じがしない。
「やっべ――」
>「スレイブはん! 手ぇ放しぃいいいいいいいい!!」
ティタの撃ってきた魔力弾がスレイブの手首にすげえ綺麗にヒットして、剣を握ってた手が緩む。
その瞬間、オークのハイパーやばいパンチがガチやべー感じに腹にぶち当たった。
「ぐええええ!!」
『スレイブ!!』
バアルフォラスの声を遠くに聞きながら、スレイブは剣を手放し吹っ飛ばされた。
すげえ衝撃で目の前がビリビリっとなって暗くなった。 ・・・・・・――――――
加速する視界の中、スレイブは刹那の呼吸で意識を取り戻した。
身体を後方へ運ぶ慣性に逆らうことなく一度石畳を蹴り、空中で器用に態勢を立て直す。
この街の地理は把握している。自身の背後に何があるのかもだ。
大通りに軒を連ねる店舗の壁に激突するかと思われた彼は、身を捻って壁に『着地』した。
ブーツに仕込まれた跳躍魔術が発動し、着地の勢いを緩衝する。
「がっ……ごほッ……!」
そのまま膝を付いた。
激突自体は免れたが、腹部を痛打されたダメージは彼が思う以上に深刻だった。
肺腑からは空気が残らず吐き出され、酸素を求めて肋を叩く痛みに顔を顰める。
しかしそれでも歴戦の剣士、呼吸を正す所作は考えるまでもなく身に付いている。
瞬き二つの時間で彼は再び立ち上がった。鶏冠のように尖っていた蛍光色の髪は力を失ったかのように垂れている。
「……なるほど、これが指環の勇者達か。
俺の戦った多くの者達は、魔剣に知性を喰われたことさえ理解出来ずただ頭を垂れるだけだったんだがな。
バアルフォラスが破られたのはジュリアン様に続いて二度目だ。あの方が招聘するだけのことはある」
魔剣が使い手の元を離れた時点で、『喰い散らかし』の効果は消えている。
ティターニアも、ハーフオークもフィリアも、元の知性と理性を取り戻しているはずだ。
『スレイブ……済まない。僕だけの力では彼らの知性を剣に留めておけなかったよ』
「気にするなバアルフォラス。彼らの力は十分に理解出来た。
元よりウェントゥス攻略には指環に選ばれた者の助力が不可欠。もう俺達の出る幕ではないと言うことだ。
そして俺にも……もう"救い"は必要ない。果てるべき場所を今見つけた」
スレイブはフィリアに目を遣って、眩しそうに双眸を眇めた。
「定めに抗ってでも己の正しさを貫こうとする君は美しい。だが俺には、そうするだけの強さが足りていなかった。
魔族の支配するこのダーマにおいて人間である俺が生きていく為に、俺は何人もの同胞をこの手で殺めてきた。
……今でも心に澱がある。俺が殺した者達が、本当に死なねばならなかったのか。
俺と戦ったその時が、彼らの死ぬべき時だったのか。答えなどあるはずもないのにな」
敵を殺すことが戦士の責務であるならば、スレイブのしてきたことの正しさを疑う余地はない。
風紋都市シェバトが今もなお人間の街で在り続けられるのは、スレイブ達人間の戦士が戦って来たからだ。
魔族の支配下にあっても人間が纏まれるように、内乱を武力で制圧して来たからだ。
「だからせめて、この手を夥しい数の血に染めた罪人の俺は、正しい者達によって殺されたい。
贖いや償いなどではない。ただ、この命の果てに……正しさが欲しい
スレイブが鎧の留め具を外すと、ミスリル製の胸当てが地面に落ちて金属音を響かせた。
無防備な胴体は、ハーフオークの鉈でもフィリアの毒針でも、ティターニアの魔法でも容易くスレイブの命を散らすだろう。
彼を死に向けて歩ませるものは、『正しさ』への痛烈な憧憬。
己の戦いに疑問を持ちながらも運命に抗うことの出来なかった男が、唯一自分の意志で求めたものだ。
「虫の良い話かもしれないが……ここで俺を、殺してくれないか」
『スレイブ。悪いがそれは承服出来ない』
魔剣の声が響いた刹那、ハーフオークに掴まれたままのバアルフォラスから『喰い散らかし』の波動が迸った。
不可視のあぎとがスレイブに喰らいつく。
「く……あ……やめろバアルフォラス……!」
『君は何も考えなくても良い。その苦悩も、痛みも……全て僕が喰らい尽くそう』
君を死なせたくはない、と魔剣が呟いて、スレイブは再び刹那の不明に陥った。 ――――――・・・・・・
「……ざっけやがってえええええ!!やってくれやがったな豚野郎!!」
スレイブは激おこぷんぷんしながら足元の地面をがしがし踏んだ。
萎れていた髪の毛も怒りにアレしてびんびんにおっ立っている。
「剣を奪ったからってこのおれに勝ったと思うなよぉ!!おれにはまだ魔法があるんだぜえ!!」
スレイブがうおおおおとか気張ると、まだまだ元気な魔力が身体の芯から練り上がってくる。
そいつを手と足に込めれば、鎧がアレしてても全然余裕でびゅんびゅん飛び回れる。
オークっぽい奴の手元で魔剣が喋る。
『スレイブは……人間でありながら魔族に従って戦う自分自身に正しさを見い出せなかった死にたがりの哀れな男さ。
そして魔剣に頼った。心の弱さ故に、知性を手放すことで考えることを――死を想うことを放棄した。
ジュリアンに付き従っているのも、彼にとってジュリアンが絶対の正しさを持つ人間だからさ』
「ごちゃごちゃうっせーぞバアル君!おれがわかんねーと思って難しいことばっか言いやがって!」
『憐れんでくれても良い。だけど、それでも僕の相棒だ。長い付き合いでもないけれど、死なせたくはない。
スレイブにとって絶対者であるジュリアンを、君たちに奪わせはしない』
「これで決めてやるぜええええ!!喰らえ必殺のぉ!『スレイブ極太ビーム』!!!」
『呑み尽くし』で溜め込んだ魔力を一気に解放する、スレイブの超絶必殺技だ!
グラ=ハとかティタ公とかすげー魔術師からめっちゃ魔力を吸い取ってるのでその威力はもうガチでゲキヤバ。
多分直撃したらウェントスでも泣きそうなすげえ威力になってると思う。
スレイブの両手からドラゴンかってくらいぶっといビームがティタとオークとフィリア全員巻き込む感じでぶっ放される!
【剣を手放したことで一時知性を取り戻すものの、バアルフォラスが勝手に喰ってまたバカになる。
鎧を外しているので防御力激減。呑み尽くしで取り込んだ魔力を全開放する超威力のビームを放つ】
【もう手札は出し尽くした感じなんでこのターンで倒されたいっすね】 【倒されたいっつーのは、ティタさんのターンでもう次の場面まで進めて欲しいっつー意味っす。ねんのため】 ……なるほど、あの魔剣の能力は分かった。
フィリアは思考をかじる能力と捉えたみたいだけど……知性を喰らう、と表現した方がより適切だろう。
おっと……この物語を後から追いかけている者達への、自己紹介を忘れていたね。
私はリテラ。フィリアの頭の上でリボンに擬態している、司書蝶さ。
言わば彼女が名実共に女王となるまでの物語を記憶する書物そのものだ。
時には、無鉄砲すぎる彼女を止める参謀……あるいは友人としての立場を取る事もあるけどね。
閑話休題。知性を喰らう力……それは彼女にとっても恐ろしい脅威だ。
ただし、彼女の同行する二人の勇者とは、少し違った意味で、だが。
つまり……自分に本当に知性、あるいは心というものが存在するのかどうかを明確にしてしまうかもしれない、という意味で。
少し話は変わるが……君達は虫達の行動を詳しく観察してみた事はあるかい?
彼らの行動は、その現象だけを見てみれば、知性的と言えなくもない。
飛行の軌道で遠く離れた仲間と緻密に情報交換をしたり、巧妙な罠を張る虫がいるようにね。
だけどそれは、彼らが物を考えて為した結果ではない。
彼らはただ……風を受けた風車が回るかのように、特定の条件に対して、定められた反応を示しているだけだ。
だから例えば、交尾という反応を示している最中のオスの蟻は、仮に女王が外敵に襲われていてもそれを助けようとはしない。
あらかじめ定められていた反応を淡々と続行するだけだ。
フィリアは、自分もそうなんじゃないかとずっと恐れていた。
自分の言動や行動は全て「異種族との友好関係を築き、虫族を繁栄させる為」のものではないのか。
自分のどんな考えも、あらかじめ定められた反応に過ぎないのではないかと。
そしてその恐れは、あの魔剣によって膨れ上がっている。
自分があの思考喰いからすぐに立ち直れたのは……やはり、自分は「虫族を反映させる為に回る風車」に過ぎないからなのか、と。
自分の知性と心は……確かに齧られはしたのだから、存在はする。
しかしそれらは自分の行動を決定付けない、些末なものに過ぎなかったのではないか、と。
私が友としての立場で「そんな事はない」と言うのは簡単だ。
だけど、彼女は私の友であり、未来の虫族の女王だ。
彼女を、悩みの答えを甘言に求める王にする事は、私には出来ない。
どんな悩みにも、いつかは、何かの答えを出さなきゃいけない時が来る。
もしかしたら、今が彼女にとってのその時なのかもしれない。
>「うるっせええええ!!!そんなもん軍人とか戦士なら誰だって悩んでんだよ!!!
殺さなきゃ生き残れないなら、殺して良い奴と死なせたくない奴を分けていくしかねえじゃねえか!!
全部死なせたくないなんてゲロ吐きそうなくれー甘ったるい考えで……分かったようなこと言うんじゃねえ!!」
剣戟の合間を縫うようにスレイブ様が叫ぶ。
「……っ、分かってないから!わたくしだって分かってないから聞いてるんですの!」
わたくしも、叫び返す。
……答えの見えない悩みくらい、わたくしにだってありますの。
だけどわたくしは、その答えを追い求める事をやめたくないし……誰かがそれをやめてしまうのも、いやですの。
>「ウウ……ウオオアアアアァァァァ!!!」
不意に轟く、体の芯まで震え上がるような咆哮……これは、ジャン様の声。
聞いたことがありますの。オーク族の雄叫びは、彼らの闘争本能を駆り立て、その身を滾らせると。
……でも、わたくしの王達と打ち合っても刃毀れ一つしないあの魔剣を、素手で!?
おっそろしいパワーと丈夫さですの……。 >「これでそれつかえない、だろ?」
そしてジャン様はそのまま、そのおっそろしいパワーをスレイブ様のお腹に叩き込みましたの。
見ているだけでも背筋が凍るような光景……死んでしまうのではと不安になるほどですの。
ですが、スレイブ様はご自分で仰った通り、一流の剣士。
商店の壁に激突する寸前に空中で体を捻り、壁を蹴って衝撃を緩和し……
>「がっ……ごほッ……!」
しかし姿勢を保つ事が出来ず、地面に倒れ込む。
ひええ……鎧にくっきり拳の痕が残ってますの……。
だけど、重ねて言うようですが彼は強い。
一瞬の内に呼吸を整えると、すぐさま立ち上がってきましたの。
>「……なるほど、これが指環の勇者達か。
俺の戦った多くの者達は、魔剣に知性を喰われたことさえ理解出来ずただ頭を垂れるだけだったんだがな。
……え、えぇええええええ!?どなたですの、この人!?
お、思わず叫んじゃうところでしたの。
ええと、多分、察するに……あの魔剣に食われていた知性を、取り戻したスレイブ様……なのでしょうか。
……あれ?でもどうして魔剣に知性を?
代償を捧げる代わりに力を、みたいな?
でもいくら力が強くなっても、おばかさんになっちゃうのって結構危ないような……
>バアルフォラスが破られたのはジュリアン様に続いて二度目だ。あの方が招聘するだけのことはある」
……ふ、雰囲気が違いすぎて調子が狂いますの!
なんていうか……こっちの方がカッコイイけど……こっちの方が、辛くて悲しそうですの。
>「気にするなバアルフォラス。彼らの力は十分に理解出来た。
元よりウェントゥス攻略には指環に選ばれた者の助力が不可欠。もう俺達の出る幕ではないと言うことだ。
そして俺にも……もう"救い"は必要ない。果てるべき場所を今見つけた」
「……何を、言ってますの?」
彼の言っている事が理解出来なくて……いえ、理解したと思いたくなくて、わたくしはそう尋ねる。
その問いに、スレイブ様は双眸を細めながら、まっすぐにわたくしを見つめましたの。
>「定めに抗ってでも己の正しさを貫こうとする君は美しい。だが俺には、そうするだけの強さが足りていなかった。
魔族の支配するこのダーマにおいて人間である俺が生きていく為に、俺は何人もの同胞をこの手で殺めてきた。
……今でも心に澱がある。俺が殺した者達が、本当に死なねばならなかったのか。
俺と戦ったその時が、彼らの死ぬべき時だったのか。答えなどあるはずもないのにな」
……わたくしは、何も言葉を返せませんの。
だって彼の言う通り、彼の懊悩には答えなんてないから。
何を言っても気休めにしかならない事は、彼自身が一番よく分かっている。
>「だからせめて、この手を夥しい数の血に染めた罪人の俺は、正しい者達によって殺されたい。
贖いや償いなどではない。ただ、この命の果てに……正しさが欲しい
……そして、彼のこの望みにどう答えれば良いのか。
それもまた、答えのない命題ですの。
彼に安らかな終わりを与える事は、確かに救済と言えるのかもしれない。
だけど、死んでしまったら、何もかもが終わりですの。
彼という命の、あらゆる可能性がそこで閉ざされる。
例え本人が死を望んでいたとしても……それを受け入れていいのか。 わたくしには、分かりませんの。
でも、それでも……今この瞬間に、分かった事も、ありますの。
それは……正解が分からないからって、この世界はわたくしを待ってなどくれないという事。
時がくれば絶対に、一つの答えを、選ばなくてはならないという事。
そして選ばなくてはならないのなら……悔いの残る選択を、決してすべきではないという事!
スレイブ様……あなたに、感謝しますの。
この戦いを通して、この短い時間の中で、わたくしは……ほんの少しだけど、また在るべき王の姿に近づけた。
「いいえ!お断りしますの!あなたが分からないのなら、わたくしが断言しますの!あなたの――」
>『スレイブ。悪いがそれは承服出来ない』
わたくしの声を遮るように響く声……これは、魔剣の声、ですの?
そして同時に迸る、禍々しい力……思考を齧るあの力が、スレイブ様を飲み込んだ。
……スレイブ様がおばかさんになってた理由は、こういう事でしたのね。
という事は……
>「……ざっけやがってえええええ!!やってくれやがったな豚野郎!!」
『スレイブは……人間でありながら魔族に従って戦う自分自身に正しさを見い出せなかった死にたがりの哀れな男さ。
そして魔剣に頼った。心の弱さ故に、知性を手放すことで考えることを――死を想うことを放棄した。
ジュリアンに付き従っているのも、彼にとってジュリアンが絶対の正しさを持つ人間だからさ』
「ごちゃごちゃうっせーぞバアル君!おれがわかんねーと思って難しいことばっか言いやがって!」
『憐れんでくれても良い。だけど、それでも僕の相棒だ。長い付き合いでもないけれど、死なせたくはない。
スレイブにとって絶対者であるジュリアンを、君たちに奪わせはしない』
……もう、彼の拙い言葉遣いに呆れる事はありませんの。
彼は、わたくしのお喋りに応じてくれた。
だからわたくしは、彼という人を、多分ほんのちょっぴりだけど、理解出来た。
だからもう、わたくしがする事は、決まっている。
……正直、わたくしがするべき事は、わたくしには分かりませんの。
だってスレイブ様を生かしても……もしくは殺めても、それが虫族の利になるのか、害になるのか、わたくしには分かりませんもの。
だけど、したい事は……これからする事は、もう決まってますの。
「ジャン様!魔剣を!」
背中から生やしたムカデの王をジャン様へと伸ばして、スレイブ様の魔剣を受け取る。
>『憐れんでくれても良い。だけど、それでも僕の相棒だ。長い付き合いでもないけれど、死なせたくはない。
スレイブにとって絶対者であるジュリアンを、君たちに奪わせはしない』
>「これで決めてやるぜええええ!!喰らえ必殺のぉ!『スレイブ極太ビーム』!!!」
そして上空へと放り投げた。
同時に、殆ど動かせない右腕を、体ごと振り回した。
……伸び切った腕に、魔剣が降って来る。
切断されたわたくしの右腕が宙に舞って……ムカデの王へと変貌する。
そしてその姿を縮ませながら、魔剣の刃と柄に絡みついた。
痛みは……耐えられる。血は出ない。だってわたくし、虫の、妖精ですもの。
……え?なんで縮めるのかって?
だって、わたくしの操る王達は、わたくしの存在を組み替えて作った……言わばパズルのようなものですもの。
だから大きさは自由自在ですの。 「……古来より、虫は呪いを助長するもの。
わたくしの腕を断った今のあなたなら、今まで以上に沢山のものが食べられるはず。
なんと言ってもわたくし、虫のおうじょさまですもの。わたくしの腕の味は、いかがですの?」
膨らんでいく魔力の輝きから目を逸して、わたくしは石畳に突き立った魔剣……バアル君を見つめますの。
「一つ、あなたと取引をしたいですの」
バアル君の表情はわたくしには読めませんが……今この瞬間に限れば、わたくしにも分かりますの。
きっと、呆れ顔をしてますの。
「もしわたくし達が彼に勝ったら……一度だけ、わたくしの言う事を聞いて欲しいですの」
だって、わたくしと彼は取引をするような関係じゃない。
バアル君は会話になど応じず、わたくしの腕一本分強まった力で、スレイブ様を助ける事だって出来る。
そもそも……もしわたくし達が負けちゃったら、バアル君に支払えるものは何もないんだから、これは取引ですらない。
だけど……きっと、彼なら聞いてくれると思ったんですの。
そんな曖昧な考えで動いちゃって、ティターニア様とジャン様には申し訳ないのですが……。
「わたくしは、あの方を死なせたくない。わたくし達か、彼か、どちらかが死ぬしかないとしても。
それしか道がないのなら……なおさら、わたくしはその「定め」にだって逆らってやりますの。だから――」
……ふと、その前に確認しておかなきゃいけない事に気付きましたの。
「……あの、その前に二つ、聞いてもいいですの?」
急に話を変えて申し訳ないですの。
でも、これはすっごく大事な事ですの!
「……今、あの方はおばかさんになってる。間違いありませんの?」
だって……
「じゃあ……あの魔法をぶっ放した後、この街がどうなるのかとか……もしかして、考えてなかったり?」
あんなとんでもない魔力、どうぶっ放したってエライ事になるのは目に見えてますの!
わたくしは残った左腕を掲げて、呟く。
「……いでよ、ですの。『死せる城壁』」
瞬間、わたくしの左腕が姿を変えた。
ムカデの王の姿に……だけどその大きさは、これまでの比ではありませんの。
わたくし達とスレイブ様を取り囲むのは、まさしく城壁のごとき巨大な王の姿。
わたくしを形作る力の殆どを、かの王の再現に費やしましたの。
……そのせいで、今ここにいるわたくしは、辛うじて形を保った抜け殻のようなもの。
ろくに動く事も出来ませんの。 もしかしたら、こんな事をしなくたって、街の事はケツァク様がなんとかしてくれるのかもしれない。
だけど……そんな他力本願じゃ、スレイブ様にまた馬鹿にされてしまいますの。
もっとも……わたくしはもう動けないから、スレイブ様をどうにかするのは、結局あのお二人にお任せになっちゃうんだけど……。
きっとどうにかしてくれますの!
だって彼らは、指環の勇者様ですもの。
「……あなたが分からないのなら、わたくしが断言しますの。
あなたの死ぬべき時は、今じゃないって。
そんな時は、いつか本当に死んじゃう時まで、来ないんだって」
だからわたくしは、煌々と輝く魔力の奔流を前に、ただ、お喋りをしますの。
「……バアル君。この、未来の虫の女王がお願いしますの。
わたくし達が勝ったなら……スレイブ様の記憶を、わたくしの力と命の下に喰らいなさいですの!」
……これが、わたくしの「したい事」。
こんな助け方をしたって、それは虫族の利にも害にもならない。
ましてや腕一本を捧げる意味など……。
だからこれは、わたくしの知性と心の選択ですの!
わたくしは、風が吹いたら回るだけの、風車じゃない!
「あの脆くて憐れな命が、それで助かるなら!正しさも、憧れも!全部ですの!
スレイブ様が、もう一度、生きてみてもいいと思えるその時まで!
全部、全部――喰らい尽くせ!バアルフォラス!」
【周りに被害が出ないように城壁展開。魔剣を拝借。
ビームは……丸投げですの!】 なんかセリフの引用を間違えてるけど
いい感じに脳内補正してほしーですの! >「……なるほど、これが指環の勇者達か。
俺の戦った多くの者達は、魔剣に知性を喰われたことさえ理解出来ずただ頭を垂れるだけだったんだがな。
バアルフォラスが破られたのはジュリアン様に続いて二度目だ。あの方が招聘するだけのことはある」
「……いや、お前も十分すげえよ。
俺が本気で殴って気絶しなかった奴は親父とお袋ぐらいなもんだ」
スレイブの手から魔剣が離れたことで、ジャンは理性を取り戻す。
投げ捨てたサクラメントを拾いなおし、血まみれの右手を見て慌てて止血のために布を巻き始めた。
そしてぐるぐるに布で巻かれた右手で、念のためにスレイブの魔剣を拾っておく。
>「気にするなバアルフォラス。彼らの力は十分に理解出来た。
元よりウェントゥス攻略には指環に選ばれた者の助力が不可欠。もう俺達の出る幕ではないと言うことだ。
そして俺にも……もう"救い"は必要ない。果てるべき場所を今見つけた」
>「だからせめて、この手を夥しい数の血に染めた罪人の俺は、正しい者達によって殺されたい。
贖いや償いなどではない。ただ、この命の果てに……正しさが欲しい」
若者と呼べる年齢になるまで、ジャンはダーマの辺境で暮らしてきた。
その暮らしの中で、奴隷として酷使されている人間たちを見たのは幾度もあった。
ダーマの首都で見た一番大きな市場は、奴隷市だったし、
故郷の近くにある大きな市場もまた奴隷市だ。
オーク族は人間の奴隷を持つことを肉体の惰弱を示すとして嫌っていたが、
他の種族にとっては人間たちはちょうどいい労働力だったのだ。
「……この街に来てから、大通りでも人間しか見なかったな。
それ以外の種族は来ないのか、それとも来させないのか知らねえけどよ」
ジャンは左手でサクラメントを抜き、投擲ではなく手に持って刺し貫くために逆手に構える。
この聖短剣本来の目的である、慈悲を与えるために。
「このダーマでそれをずっと続けてきたのは、すげえことだと俺は思うぜ。
プライドの塊みてえなあのクソ魔族共を相手にしてここまでやってきたんだ、
もう少し頑張ってみてもいいんじゃねえか?」
そう言いつつも、ジャンは分かっていた。
スレイブはもう疲れてしまったのだと。戦うこと、同胞殺し、それら全てに。
だから胸当てをスレイブが外したとき、フィリアとティターニアに先んじて前に出た。
戦士の最期を見届けるのは、同じ戦士であるべきだから。 >「虫の良い話かもしれないが……ここで俺を、殺してくれないか」
>『スレイブ。悪いがそれは承服出来ない』
「んなっ!?バカやめろ!このクソ剣!」
刀身から迸った波動を遮るように、ジャンは思い切り魔剣を地面に叩きつけてへし折ろうとするが、
魔剣には傷一つない。それどころかさらにしゃべり続けている。
>『君は何も考えなくても良い。その苦悩も、痛みも……全て僕が喰らい尽くそう』
>「……ざっけやがってえええええ!!やってくれやがったな豚野郎!!」
「―――畜生!くそったれ!馬鹿野郎!やりやがったな!あいつの覚悟を、決意を全部無駄にしやがったな!」
ウォークライ一歩寸前の怒号をまき散らし、フィリアから飛んできたムカデの足に魔剣を投げる。
フィリアも激しい言葉の応酬の末、何をするべきか理解したようだ。
>「ジャン様!魔剣を!」
「フィリア!悪いけどよ、全力でやってくれ!
忘れちまったあの馬鹿に思い出させるぞ!」
>「これで決めてやるぜええええ!!喰らえ必殺のぉ!『スレイブ極太ビーム』!!!」
>「……いでよ、ですの。『死せる城壁』」
スレイブの放った強大な魔力の塊。そのまま弾くか受け止めれば街に被害が及ぶであろう強烈な一撃だが、
フィリアが作り上げる巨大ムカデが周囲を取り囲み、壁となることでこれは避けられた。
だがこれは逆に、巨大ムカデに衝突した魔力の塊が飛散し、この壁の中を縦横無尽に暴れることを意味する。
>「あの脆くて憐れな命が、それで助かるなら!正しさも、憧れも!全部ですの!
スレイブ様が、もう一度、生きてみてもいいと思えるその時まで!
全部、全部――喰らい尽くせ!バアルフォラス!」
「ティターニアァァァ!!!後は任せたからなぁぁ!!!」
魔力の塊が周りを駆け巡る中、両手を強く握りしめてジャンは走る。
もちろん死ぬつもりではない。スレイブをとりあえず殴って気絶させるためだ。
「スレイブ!歯ァ食いしばっとけよォォ!!!」
先程と同じように左手を振りかぶり、今度はスレイブの顔面目掛けて拳を叩きつけるべく構えるジャン。
だが先程とは大きく異なる点が一つある。殺す気ではないということだ。
(ちょっと鼻の骨が折れるかもしれねえが、同じ戦士だし大丈夫だろうよ!)
拳の間合いにスレイブが入った直後、今度はやや力を込めて左拳を叩きつけた。 >「……なるほど、これが指環の勇者達か。
俺の戦った多くの者達は、魔剣に知性を喰われたことさえ理解出来ずただ頭を垂れるだけだったんだがな。
バアルフォラスが破られたのはジュリアン様に続いて二度目だ。あの方が招聘するだけのことはある」
剣から手を離し吹っ飛ばされたスレイブが起き上がると、まるで別人のように語り出す。
同時に自分にも知性が戻った事に気付きつつ、ティターニアは思う、これこそが本来の姿だったのかと。
その瞳に宿るは高い知性の輝き――だけどとても哀しげだ。その視線の先にはフィリアがいる。
フィリアはまだ生まれて間もなく、世界は残酷なものだと諦める事に慣れてしまっていない。
だからこそ真っ直ぐに理想に向かって突き進む事が出来るフィリアを、スレイブはとても眩しそうに見つめながら語る。
>「定めに抗ってでも己の正しさを貫こうとする君は美しい。だが俺には、そうするだけの強さが足りていなかった。
魔族の支配するこのダーマにおいて人間である俺が生きていく為に、俺は何人もの同胞をこの手で殺めてきた。
……今でも心に澱がある。俺が殺した者達が、本当に死なねばならなかったのか。
俺と戦ったその時が、彼らの死ぬべき時だったのか。答えなどあるはずもないのにな」
>「だからせめて、この手を夥しい数の血に染めた罪人の俺は、正しい者達によって殺されたい。
贖いや償いなどではない。ただ、この命の果てに……正しさが欲しい」
「突然何を言い出すのだ……!」
予想外の申し出に、戸惑うティターニア。
>「このダーマでそれをずっと続けてきたのは、すげえことだと俺は思うぜ。
プライドの塊みてえなあのクソ魔族共を相手にしてここまでやってきたんだ、
もう少し頑張ってみてもいいんじゃねえか?」
「そうだ。そなた、疲れておるのだ。少し休め……ってジャン殿、何物騒なものを持っておる!?」
ジャンが左手に握るはサクラメント。
人間至上主義の帝国の聖騎士であるアルダガが異種族に慈悲を与えるために携えていた短剣を
今は異種族のジャンが持ち、魔族の国に生まれてしまった人間に慈悲を与えようとしている。
>「虫の良い話かもしれないが……ここで俺を、殺してくれないか」
このまま止めなければジャンはスレイブに一思いに慈悲を与えるだろう。
少し離れた場所で事態の行く末を見守っているラテの方をふと見る。
殺さなければ生き残れない事に悩み苦しみ知性を放棄することによって生き長らえている少女――スレイブととても似ている。
そして彼女がそうなる最初のきっかけとなったミライユの最期の状況が、現在と重なる。
ティターニアは襲い掛かってきた敵が結果的に死ぬのは仕方がないとして割り切っている反面、自分から積極的に殺しに行くタイプではない。
ただ、本人が死を望み、仲間が確信に満ちた態度でそれに応えようとする時、それを力尽くで止める事が出来る程自分が正しいとは思い込めない。
しかしその無作為の結果が、今のラテだ。今度こそ止めるべきなんじゃないだろうか。
流石にジャンがラテと同じ道を辿る事は無いにしても、
例えば今度はフィリアが世界に絶望し、またラテと同じ事を繰り返すんじゃないだろうか。そう思っていた時だった。
>「いいえ!お断りしますの!あなたが分からないのなら、わたくしが断言しますの!あなたの――」
凛とした声が響く。ティターニアが決意するよりも早く、フィリアが、それをいとも容易くやってのけた。
殺してくれという依頼に対して、断ると明確な拒絶の意思を示した。
>『スレイブ。悪いがそれは承服出来ない』
続いて、バアルフォラスも拒絶の意思を示し、スレイブの知性を再び食らった。
>「―――畜生!くそったれ!馬鹿野郎!やりやがったな!あいつの覚悟を、決意を全部無駄にしやがったな!」
ジャンは魔剣に対して激怒した。とはいえそれは、スレイブを死なせたくない、という事自体に対してではなく。
それならば何故剣が手を離れれば消え去ってしまう程度の仮初の救済に頼るのか、という事なのかもしれない。
死なずに救われる方法があるのなら、それに越したことはない。 >「ジャン様!魔剣を!」
>「フィリア!悪いけどよ、全力でやってくれ!
忘れちまったあの馬鹿に思い出させるぞ!」
その証拠に、ジャンはフィリアが操るムカデの足に魔剣を託すように渡した。
スレイブの要請に応えようとしたジャンとは真逆に、彼を殺したくないと明確に意思表示したフィリアにだ。
>「これで決めてやるぜええええ!!喰らえ必殺のぉ!『スレイブ極太ビーム』!!!」
放たれるのは、何の小細工も無い、単純明快且つ強力無比な破壊光線。全員が余裕で攻撃範囲内に入っている。
「これ、アカンやつや……!」
とっさに味方全員にプロテクションを発動し初撃を凌ぐが、本当の恐怖はここからだ。
プロテクションをはじめとする盾を作って防ぐ類の防御魔法は、相手の攻撃を逸らすものである。
盾にぶつかったからといって力が消滅しているわけではない。
ただし、力が乱反射して霧散するので結局は消えているのと同じようなものでそこが問題になる事はない
――防ぐのが通常の魔法である場合は。
しかしスレイブが放ったこれは、今までの戦闘で溜めこんだ魔力を解放する、純然たる魔力の放出に近い技。
軌道を逸らすのは比較的簡単だが――その反面乱反射による減殺がほぼ起こらない。
そのままの威力を維持し他の方向に飛んでいくだけなのである。
そもそも、プロテクションの盾が貼られるのは対象の前ピンポイントであって、
ビームのそれ以外の部分は普通に一般の人々も歩いている街並みに向かってぶっとんでいく。
このままでは街が壊滅的な被害を受け一般人の死傷者も続出するが、その対策は――すでにフィリアが打っていた。
>「……いでよ、ですの。『死せる城壁』」
フィリアが力のほぼ全てを使い、ムカデの王を召喚する。
ムカデの王が鉄壁の城壁となり、その場にいる全員を取り囲む。
これで街への被害は無くなった。のはいいのだが――パーティーの生き残りに関しては逆にピンチに陥った。
放たれた魔力の塊が半永久的に反射を繰り返して壁の中を乱舞し続けるのだ。
それをどうにかしなければスレイブが死ぬ死なない以前に全員仲良くお陀仏である。
>「ティターニアァァァ!!!後は任せたからなぁぁ!!!」
その状況でビームへの対処はティターニアに託し、スレイブを殴りに行くジャン。
尤も、純戦士系であるジャンには放たれてしまったビーム自体に対処する手段はないのだ。
しかし先程とは違い、ジャンの拳に殺意はない。
今の状態のスレイブを殺すのはフェアではないと思ったか、あるいは――フィリアの熱意に心を動かされたのか。
「任せたと言われても……ぎゃん!」
飛び交う魔力の塊の一つがぶち当たって、地面に倒れこむ。
敵も味方も、揃いも揃って無茶しやがって――途方に暮れかけたときだった。 ――立つんだ、君はこんなところでくたばる器じゃないだろう?
「グラ=ハ殿……?」
幻聴かもしれないが、そうとは限らないかもしれない。
スレイブのビームの元となった魔力には、グラ=ハから吸い取った魔力も含まれているのだ。
異常なほどにティターニアに執着していた彼の残留思念が、この状況を打開するヒントを与えようとしているのかもしれない。
初対面の時グラ=ハが言っていた言葉がふと思い出される。その時は何気なく流していたものだが――
『そういえば「虚無」の魔法についての古い文献で、知り合いの学者と協力して「極大魔法」と呼ばれている類のものを調べている。
その名は「ヴォイド・…何とかというもので、存在そのものを消し去るという恐ろしい魔法らしい』
極大魔法――ヴォイド系に名を連ねる一連の魔法群。
当然殆どが忘れ去られた遺失魔法ゆえに研究対象となっているわけだが、ティターニアは一つだけ知っている。
それが打ち消す対象は――魔法。逸らしたり反射したりするのとは訳が違う、魔法を打ち消す魔法。
人の世で忘れ去られてしまった魔法が寿命の長いエルフの間では伝わっている事はままあり
これもそのうちの一つだが、その危険性ゆえに禁呪とされ、人の世には一切出されていない。
どのように危険かと言うと――失敗すれば、術者の存在が消滅する。
しかしこのままだとどちらにしろ全員死ぬのだ、駄目で元々、やってやれ。
まずは詠唱時間が稼げるように、全員に持続時間を延長したプロテクションをかける。
「其は何処にも遍在し何処にも在らぬもの――時の間隙に住まう姿無き者達よ――」
詠唱を開始しながら、ティターニアは昔学長が語った言葉の続きを思い出していた。
――魔法使いに一番大切な物は知力でも魔力でもない。君は魔法使いに向いている。魔法使いに一番大切なものを持っているから。
「世界なる汝に乞う、広がりし波紋の消滅、刻まれし記録の消去、究極にして絶対の空隙」
魔法使いに一番大切なもの、それは、グラ=ハがブレない精神、と表現したものだ。
それは"虚無に呑まれぬ心"――
歴史上に名を刻む、虚無に呑まれ道を踏み外した悪の魔術師たち――彼らは決して愚かだったわけではない。
むしろ、その真逆。その誰もが、高すぎる知性と、高潔過ぎる魂を持っていた。
世界を形作る全ての属性の中心ともいえる属性がエーテルで、エーテルは虚無の要素を内包する。
深淵を覗く者は深淵に覗かれる――それが、魔法使いが背負う宿命。
「無慈悲なる慈悲にて絶望の悪夢を食らえ」
"虚無に呑まれぬ心"と一言にいえば格好良さげだが、解きほぐしてみれば決して格好いいものではない。
歴史上の虚無に呑まれた者達とは逆の性質を考えると、おのずと答えは出るだろう。
それはきっと、適度な適当さと、程よい鈍さと、時には見て見ぬ振りをする狡さだったり、状況に応じて馬鹿になれる柔軟さ、そんなものの総体。
「ヴォイド・エクストリーム!!」
かくして、魔法を打ち消す極大魔法は――発動した。
膨大な虚無の魔力が放出され、辺りを飛び交う魔力を打ち消していく。
そんな中で、ティターニアはスレイブに語りかける。
「スレイブ殿――いや、スレイブはん、きっとジブンはウチよりずっと頭がええ。人間性も立派や。まあこっちはエルフやけど」 再び西方大陸語で喋りはじめたティターニアだが、もちろん知性を食らわれたわけではない。
スレイブが胸当てを外した――鎧を脱ぎ捨てたのに応え、心の鎧を脱ぎ去ったのだ。
誰も死なない御伽の国の優しい物語を信じていたあの頃――この世に怖い物なんてなかった。
あれから長い時を経て、膨大な知識と魔法の力を手に入れた。導師という、一般に立派とされる地位も手に入れた。
何も知らなかったあの頃よりずっと多くの力を手に入れたにも拘わらず、ずっと臆病になっていた。
歳を経るにつれ、傷つかぬための虚飾を纏い、保身のための無難な立ち回りばかり覚えていく。
思えば中央大陸語は、頭が良さげに見えるようにまとった最初の虚飾。
そもそも今思えば世界共通語の方が頭が良さそうに見えるだろうというその考え自体が未熟ゆえの勘違いなのだが。
「せやけどバアルはんのせいでもう散々アホ面晒しとる、ここで死んだらアホのままや。
どうせアホなら……一緒にとびっきりのアホになってみんか。一緒に指環を全て揃えるんや!
パイセン言うとったで、"古竜とは世界そのもの――指環を全て揃えた者は世界のすべてを手に入れる"って!」
ジュリアンのあの言葉で、ラテを元に戻す事を目的に旅の続行を決意したわけだが、
"世界のすべてを手に入れる"が本当なら、出来ることはそれだけに留まらないはずだ。
世界法則すら書き換えられるかもしれない。
理不尽に人が死ななくていい世界――ラテやスレイブが生きてみてもいいと思える世界にできるかもしれない。
>「あの脆くて憐れな命が、それで助かるなら!正しさも、憧れも!全部ですの!
スレイブ様が、もう一度、生きてみてもいいと思えるその時まで!
全部、全部――喰らい尽くせ!バアルフォラス!」
フィリアの叫びに続く。
「例えば、こんなのはどうやろ。
一度全てを忘れ、希望に満ちた冒険者として共に行く。
指環を全て揃え記憶を取り戻した時……生きてみてもいいと思える世界になってはる!」
――そんなの無理? 本当に?
ジュリアンに招かれたということは、現に3つの指環を手に入れているも同然。
そして、まさに今4つ目に手を伸ばそうとしている。
「滅茶苦茶言うとるって自分でも分かっとる。せやけどスレイブはんのせいやで。アホになって昔を思い出してしもたさかい――」
怖い物知らずだったあの頃なら、これぐらいの発想平気でしていた。
これでも知らず知らずのうちに、昔よりは小さくまとまって常識人になっていたのである。
「せやからお礼を言わなあかんな、おおきに――」
何時の間にか、スレイブのビームの魔力はすっかり打ち消されていた。
それを認めたティターニアは少女のような笑みを浮かべスレイブの方に手を差し伸べながら西方大陸民が愛する言葉遊びを繰り出し――
「極太ビームをエクストリームで撃破、なんちゃって。スレイブはんは真面目過ぎや……そんなんやから息が詰まってまう……」
それで全ての気力を使い果たして気を失った。 *☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*
うっすらと目を開けるティターニア。
スレイブとの激戦で、極大魔法をなんとか成功させて以降の記憶が途絶えている。
どれぐらいの時間が経っただろうか。どうやらベッドの上に寝かされているようだ。
上体を起こして辺りを見回してみると、高級宿の一室のようである。
「ジャン殿、フィリア殿……無事か!?」
おそらく仲間達も同室に寝かされていることだろう。場合によっては、スレイブも。
おもむろにドアが開き、スレイブが敬愛する美しき氷の魔術師が入ってくる。
「ジュリアン殿……」
「部下が非礼を働いたようだな、済まなかった」
「非礼というレベルでは無いとはいえそなたが素直に謝るとは槍が降る前兆か――?」
いつもの調子で不敵な笑みを浮かべながら軽口を叩くティターニアに、ジュリアンは相変わらずの真面目な顔で返す。
「ああ、虚無に呑まれた風の竜と戦う以上何が起こってもおかしくはない。
色々と話さねばならないことはあるが、まずは返しておこう」
そう言ってジュリアンは手を開きながら差し出し、その上に乗っているのは3つの指環。
アスガルドで没収された水の指環と大地の指環、そしてこの旅の始まりの場所、灼熱都市にて奪われた炎の指環だった――
【>スレイブ殿
ひとまず敵役お疲れ様だった! 知性を食らう攻撃や剣が手を離れると本来の頭がいい姿になる演出!趣向がこらしてあって楽しかったぞ!
お言葉に甘えて少しだけシーンを先に進めておいた。
好き勝手言っているが誘いに乗るのも敵役として散るのも生きたまま離脱して再登場の可能性を残しておくのももちろん自由だ!
味方化コースにしても記憶を消されても持ったままでもレギュラー化でもこの章のみでも!
炎の指環はフィリア殿かスレイブ殿がもし希望するなら使ってもしPCの希望者がいなければジュリアン殿が使う感じになるだろうか】 【お言葉に甘えてっつーかおれがやりたいだけなんだけども
このままヴェントス陣営として風の指環付けて戦わせてくんねーかなぁ
ここで散るつもりだったけどすげーおいしいネタ振り貰ったからもうちょい続けてーんだ
もちろんティタさんの考えてるシナリオと矛盾するようならいくらでも調整させてくれ】 まさかのウェントゥス陣営!? そうきたか! もちろん大歓迎だ!
GM制でも何でもなく参加者皆が動いた結果がそのまま物語になっていく形式なので矛盾等の心配は無用だ!
ウェントゥス殿等も自由に演出して貰ってOKだ。 スレイブの放った魔力の極光が迫るのを、バアルフォラスは無言のまま眺めていた。
勝負は決した。あとは指環の勇者達を撃退してしまった件について、ジュリアンにどう言い訳するかを考える必要がある。
彼の構想していた計画とは大きな乖離が発生するだろう。スレイブと自分で吸収できる歪みであれば良いが……。
>「ジャン様!魔剣を!」
>「フィリア!悪いけどよ、全力でやってくれ!
フィリアが叫び、ジャンが応じる。
手足のないバアルフォラスは抵抗する術もないまま二者の間で放物線を描き、魔剣は虫精の女王の手に渡る。
フィリアはバアルフォラスを己の直上へ放り投げ――動かない右腕で殴りつけた。
『馬鹿な、そんなことをすれば……!』
魔剣の刀身に素手をぶち当てれば、生み出される結果は自明の理。
フィリアの右腕はバアルフォラスの刃によって切り落とされ、百足の姿に変じて魔剣に絡みついた。
>「……古来より、虫は呪いを助長するもの。
わたくしの腕を断った今のあなたなら、今まで以上に沢山のものが食べられるはず。
なんと言ってもわたくし、虫のおうじょさまですもの。わたくしの腕の味は、いかがですの?」
『解せないな。確かに僕の中で力が膨れ上がるのを感じる。数多の蟲を束ねる君を斬ることで呪いを強める蠱毒の術理にも頷ける。
……だけど君が腕を犠牲にしてまでそうする意図が見えないね』
フィリアは依然として隻腕のまま、つまり彼女の腕は安易に使い捨てにできるものではない。
まして、バアルフォラスとフィリアは敵対関係にあり、わざわざ敵に塩を送る理由など考えるべくもない。
『……何が目的だい?』
>「一つ、あなたと取引をしたいですの」
磨かれた魔剣の刀身に映り込む女王の双眸に、明晰な意志の光を感じた。
>「もしわたくし達が彼に勝ったら……一度だけ、わたくしの言う事を聞いて欲しいですの」
『呆れたな、この状況でまだ僕達に勝つつもりでいるのかい。スレイブに決めの一撃を撃たせて……その隻腕で』
客観的に見てもこれ以上なく追い詰められた状況で、フィリアは不敵に笑みを見せた。
如何なる隠し種があったとして、有無を言わさず消し飛ばす威力をあの極光は秘めている。
仮にこの一撃を凌ぎ切る術を残していたとしても、今度はバアルフォラスが追撃の呪文を唱えたって良い。
>「わたくしは、あの方を死なせたくない。わたくし達か、彼か、どちらかが死ぬしかないとしても。
それしか道がないのなら……なおさら、わたくしはその「定め」にだって逆らってやりますの。だから――」
だから。言葉をつなごうとして、フィリアは何か重大な見落としに気付いたようだった。
バアルフォラスは最初からそれを把握していたから、有りもしない目頭を揉む錯覚を覚えた。
>「……今、あの方はおばかさんになってる。間違いありませんの?」
>「じゃあ……あの魔法をぶっ放した後、この街がどうなるのかとか……もしかして、考えてなかったり?」
『……後のことを考える知性が彼にあったなら、初めからジュリアンに背いて君達に襲いかかったりはしなかったさ』 だからこそ、バアルフォラスはケツァクウァトルに『好きにさせてやって欲しい』と根回ししておいたのだ。
後処理をよろしく頼まれて、あの守護聖獣が浮かべた諦念の表情はこの結末を予想してのことだった。
既に勇者達を取り囲んでいた民衆はケツァクウァトルの誘導に従って避難済みだ。
>「……いでよ、ですの。『死せる城壁』」
フィリアが唱えた言葉に呼応して、彼女の残った左腕も霧散した。
同時、スレイブを含むこの場で戦う全ての者を取り囲むようにして巨大な百足が出現する。
>「……バアル君。この、未来の虫の女王がお願いしますの。
わたくし達が勝ったなら……スレイブ様の記憶を、わたくしの力と命の下に喰らいなさいですの!」
『……なんだって?』
フィリアの提案に、今度はバアルフォラスが面食らう番だった。
記憶を喰らう。それは確かに不可能ではない。知性とは記憶の積み重ねにより培われるものだからだ。
喰らうにはあまりに膨大過ぎる情報量も、"今の"――蠱毒により力を得た魔剣であれば可能。
不合理に見えたフィリアの行動は、バアルフォラスに記憶を喰らわせる為の布石……!
>「あの脆くて憐れな命が、それで助かるなら!正しさも、憧れも!全部ですの!
スレイブ様が、もう一度、生きてみてもいいと思えるその時まで!
全部、全部――喰らい尽くせ!バアルフォラス!」
『……救えるのか?』
バアルフォラスは極光に鳴動する大気の中、掻き消されそうな声で静かに呟いた。
ジュリアンの差配によってスレイブと出会い、彼の剣になって自我を得てから、何度も自分に問いかけてきた疑問。
知性を喰らい死への憧憬を忘れさせることは対症療法に過ぎない。
ただ蓋をして目を背け続けるだけの、根本的解決を放棄した次善策だった。
だが……スレイブの想い、その根幹を為す記憶を消してしまえるならば。
『スレイブを、懊悩の鎖から解き放ってやれるのか』
結果は為さねば分からない。
試してみる価値は、間違いなく存在した。
いずれにせよこれは『取引』だ。
その前提、フィリア達がスレイブに勝利するという条件が満たされなければ動く理由はない。
ティターニアの魔法が極光を呑み込み、ハーフオークが拳を握って前進する。
バアルフォラスは一言だけ叫んだ。
『……勝て!』
それがどちらに向けて放たれた言葉かは、彼にも分からなかった。
・・・・・・―――――― 「おっらああああ!ぶっ消えやがれええええッ!!!!」
スレイブ極太ビームが両腕からびゃーっと出てってティタ公とオークとフィリアをごっくんしていく。
もともとパイセンはこれをウェントス相手にぶっ放させるつもりだったらしい。
そんくらいゲキヤバな威力ってことだ。
>「ティターニアァァァ!!!後は任せたからなぁぁ!!!」
逃げ惑うしかねーと思ってた奴ら指環の勇者たちの中で、なんとオークは前に出やがった。
ティタになんかおまかせしたかと思うとビームに向かって真正面からぶつかろうとしている。
当たり前だけど普通に考えてオーク一人が耐えられるようなパワーじゃない。
多分一秒くらいでジュっといくと思う。
>「これ、アカンやつや……!」
何故か方言まんまのティタっちが防御の魔法を全員に掛けるけど、
チンチンに熱くした石にちょろっと水垂らしても別に冷えねーみたいに、消し飛ぶのが何秒か伸びるくらいの差しかない感じ。
>「……いでよ、ですの。『死せる城壁』」
んでなんかフィリアがでけー虫さんを呼び出してスレイブ達の周りをぐるっと囲んだ。
これは多分アレだ、飛び散ったビームが街をジュっしないようにするみたいなやつだと思う。
その分ムカデさんの中は酷いことになると思うんですけどそれは良いんでしょうか。
>「其は何処にも遍在し何処にも在らぬもの――時の間隙に住まう姿無き者達よ――」
ぶっとい光の向こう側で、ティタぴっぴの声が聞こえた気がした。
呪文を唱えてる時のやつだ。
>「世界なる汝に乞う、広がりし波紋の消滅、刻まれし記録の消去、究極にして絶対の空隙」
「なんだぁ!?いまさらどんな魔法使ったってこのビームはどーにも出来ないぜええええ!」
ビームの音がうるさくて呪文は殆ど聞こえないけど、最初に出した防御魔法がガリガリ削れていくのは分かる。
もってあと5秒くらい。そんな短時間で極太ビームをアレできるようなどえりゃあ魔法が撃てるわけがない!
てゆーかそんな魔法は多分この世にはない。だってビームは魔法ではないから解除とかできないし多分。
>「無慈悲なる慈悲にて絶望の悪夢を食らえ」
でもビームの合間合間にチラチラ見えるティタの顔に、やべーどうしようもねー的な色はなかった。
呪文が終わって魔法が発動する。
>「ヴォイド・エクストリーム!!」
その瞬間、ティタからなんか見たことないような感じの魔力がぶわーっと飛んできた。
滝というか波というか、とにかく全部飲みこんじゃう系の、ゴイスーな力強さでいっぱいの魔力。
それが極太ビームに噛み付いて、ガシガシ噛み砕いていく。
ウェントスの鱗にだって大穴ぶち開けられるようなビームが喰われ、掻き消されていく!
「ああああ!?ありえねーだろこんなの!?」
あとには何も残らなかった。あんだけバチバチ言ってた音さえも消えていた。
風のない時の海みたいな、すげー静かな空気だけがそこにあった。 >「スレイブ殿――いや、スレイブはん、きっとジブンはウチよりずっと頭がええ。人間性も立派や。まあこっちはエルフやけど」
ギリギリまで追い詰められたところにどえらい魔法を完成させて見事に仲間を救い切ったティタ。
会ったばっかの頃のあの偉そうな喋り方をかなぐり捨てて、スレイブに語りかけてくる。
>「せやけどバアルはんのせいでもう散々アホ面晒しとる、ここで死んだらアホのままや。
どうせアホなら……一緒にとびっきりのアホになってみんか。一緒に指環を全て揃えるんや!
パイセン言うとったで、"古竜とは世界そのもの――指環を全て揃えた者は世界のすべてを手に入れる"って!」
「だ、誰がアホづらだテメー!ちょっとばっか魔法が上手いからってよおおお!!
剣も魔法もダメならパンチで殴ってやるぜ!!!」
>「例えば、こんなのはどうやろ。一度全てを忘れ、希望に満ちた冒険者として共に行く。
指環を全て揃え記憶を取り戻した時……生きてみてもいいと思える世界になってはる!」
「う……うるせえ!そんなもん信用できっか!おれが信じるのはパイセンとバアル君だけだ!!」
スレイブは必死になってがなり立てる。いつの間にか追い詰められてるのはこっち側な感じだった。
魔剣は手を離れ、必殺のビームも掻き消されて、スレイブにはもうすっからかんだ。
>「滅茶苦茶言うとるって自分でも分かっとる。せやけどスレイブはんのせいやで。アホになって昔を思い出してしもたさかい――」
ティタの言ってることは、わりとデタラメでもなかった。
指環の勇者。しかもパイセンによればこいつらもう3つくらい指環集めてる。
世界を変える旅をして、ここまでたどり着いた正真正銘まじりっけなしの凄い奴らなのだ。
そこには確かな説得力的なアレがあった。
>「せやからお礼を言わなあかんな、おおきに――」
そう言ってティタは笑った。
いつものなんか苦みを感じてるみたいな真顔じゃなくて、見た目そうおうの笑顔だった。
それはそれとして、ビームの消えた中をオークがめっちゃ拳をビキビキ言わせながら突進してくる。
>「スレイブ!歯ァ食いしばっとけよォォ!!!」
「うおおおおやってやらああああ!!!!」
最後は……剣も魔法もかなぐり捨てての、拳のぶつかり合いだった。
スレイブとオークがお互いにパンチを交換し合う。オークの顔面にスレイブの握り拳が突き刺さる。
そして、オークの拳がスレイブの頬にえぐい感じにめり込んだ。
「ぐほおおおおっ!!」
スレイブはものすごい勢いで横回転しながら吹っ飛び、そのままその辺の家の壁に頭から突っ込んだ。
そこへフィリアが振ったバアルフォラスの『喰い散らかし』の見えないパワーがヒットして、スレイブは気を失った。
――――――・・・・・・ "記憶の喰い散らかし"が成功した手応えをバアルフォラスは感じていた。
蠱毒により研ぎ澄まされた力のあぎとはスレイブのより深い根源へと届き、記憶を齧り取っていた。
スレイブが倒れた瞬間に間断なく動けたのは、ティターニアが極光を打ち消したのを目の当たりにしたからだ。
『ヴォイド・エクストリーム……エーテリアル世界の遺失魔法!復元されていたのか……!』
バアルフォラスがスレイブから得た知識の中にもごく僅かな文献での姿しか記録されていなかった。
失われし太古の虚無魔法。対象の存在そのものを"無色"で塗り潰し、この世界から消滅させる極大の魔法だ。
虚無の魔法自体使い手は世界に数えるほどしか確認されていない極めて高度な技術だが、
その最上位にあたるヴォイド・エクストリームに至っては資料さえ現存しない禁呪に近いものだった。
『驚いたな……ユグドラシアなら遺失魔法の研究くらいはしていると思っていたけど……。
在野の魔導師にこれを再現、しかも実用レベルに扱える者がいたとは。ティターニア……君は一体何者なんだ?』
当のティターニアは魔法の反動で意識を失っている。
だが、スレイブとの戦闘結果は見るまでもなく明らかだった。
あの極光は掛け値なしにスレイブの奥義。跡形もなく消し飛ばされては最早彼に抗う術はない。
ティターニア・ドリームフォレスト。エルフの魔導師。選ばれるべくして選ばれた指環の勇者と言う事か。
『フィリア。済まないが僕をスレイブの元へ運んでくれるかい。
……大丈夫、彼にも僕にももう戦意はないよ。対等な取引だ、約束は守るさ』
スレイブは意識を取り戻し、壁にめり込ませていた頭を引き抜いた。
「痛たたた……強いなアンタ!首鍛えてなかったら頭吹っ飛んでたぜ」
引き抜いた頭を二三度振って埃を落とすと、スレイブはその場に腰を落とす。
その双眸には怒りも悲しみも宿ってはいない。代わりに光が満ちていた。
「ダメだ、足に力入んねーや。オレの負けだよ、なんかすげえスッキリした気分だ。
いきなり斬りかかって悪かった。……あれ?オレなんでアンタ達と戦ってたんだっけ」
『スレイブ、もう良いかい?じきにジュリアンもここへ来る。言い訳を考えておかないとね』
「お、バアル。悪いけど杖代わりにさせて貰うぜ。そっか、ジュリアンさんに会う前に腕試しだーって話だったよな。
馬鹿だなーオレ、どんだけ上から目線だよって。相手指環の勇者だってのにさあ」
魔剣の支えで腰を上げたスレイブは、ハーフオークとフィリア、そして気絶したままのティターニアに頭を下げる。 「オレがこんなこと言うのもなんだけど……ジュリアンさんって変に自分で抱え込むところがあるからさ。
偽悪者って言うのかな。帝国出た時も色々投げっぱなしだったから敵たくさん作っちまったって言ってたし。
……だから、アンタ達にもこれからすっごく世話かけると思う」
胸に拳を当てて、彼は笑った。
「オレに出来ることがあったらなんでも言ってくれ。一緒に頑張ろうぜ、世界の為に!
でも今はちょっとフラフラだし一旦帰るわ。こんな面じゃジュリアンさんに会えないしさ」
それだけ言うと、スレイブは踵を返して去っていく。
杖代わりにされた魔剣が、刀身を震わせて声を発した。
『……ひとまず、お礼を言っておくよ。相棒を救おうとしてくれて、ありがとう。
今はまだ、こうすることが本当に正しかったかは分からない。ひょっとしたら、記憶を消した歪みがどこかで現れるかも。
だけど、僕がついてる。ゆっくり経過を観察して、まずいようだったら記憶を戻してやればいいのさ。
時間はたっぷりあるんだからね』
「バアルー?どうした?」
『なんでもない。今日は疲れたろう、存分に休むと良いよ、スレイブ』
魔剣とのやり取りを遠くに響かせながら、スレイブは街の向こうへと消えて行った。
騒ぎを聞きつけたジュリアンが現場に駆けつける、五分ほど前の一幕だった。
【スレイブ:ビームを打ち消され、ジャンにぶん殴られて敗北。同時に魔剣の能力で苦悩の記憶を消去】
【とりあえずこんな感じでスレイブは撤退っす。ティタさんありがとう。
次のターンあたりでウェントゥス陣営に行くロールやるんで話進めちゃってくだしあ。
パイセンとの会議シーンにはスレイブは出席してない感じでよろしくっす】 【一週間経ったのでとりあえず先にジャン殿頼む!
フィリア殿は戦いで気を失ったまままだ目覚めていないみたいな扱いでいいと思う。
フィリア殿は復帰できそうになったらまたいつでも声をかけてくれ】 せめて糞虫はここをFOした理由ぐらいは書いていってくれや
ここを盛り上げようとした連中、お前を必死でフォローした同僚に失礼だろ あ、あれ?7日でアウトですの?
7日までが期限で8日でアウトみたいなつもりでいましたの!
今日中に書き上がる予定だからちょっとだけ待って欲しいですの! >>202
理由付けにも無理があり過ぎでしょう
あと以前にも言われていたと思いますが、
何故あなたは人に迷惑をかけた時に謝らないのですか? うぜぇ
参加者はいつでも復帰歓迎
本人は勘違いしてただけ
当事者間では丸く収まってるのに、建前上でも部外者が茶番劇ぶち壊しに来るなよ
文句あったらコテつけて言えよ ジャン様が猛然と駆け、ティターニア様が呪文を唱える。
そして……スレイブ様の放った魔力の波濤が、掻き消える。
ティターニア様の巻き起こした……これは、虚無の奔流、ですの?
なんて危なっかしい事を……なんて、わたくしが言えた事じゃないんですけど。
ジャン様とスレイブ様の拳が交錯する。
それらはお互いの横面に突き刺さり……押し勝ったのは、ジャン様の方でしたの。
「勝負は、決しましたの!」
ムカデの王がわたくしの元に戻ってくる。
先端だけはムカデのままに留めた左腕で、わたくしは目の前の魔剣を引き抜き……スレイブ様に突きつけた。
そして、叫ぶ。
「さぁ、存分に……食い散らかせ!バアルフォラス!」
えへへ……ちょっとカッコよく決めてみたりして、ですの。
目に見えない力の顎が、スレイブ様を包み込む。
……彼がどうなるのかは、わたくしにも分からない。
わたくしに出来るのはただ、きっと上手く行くと信じる事だけですの!
>「極太ビームをエクストリームで撃破、なんちゃって。スレイブはんは真面目過ぎや……そんなんやから息が詰まってまう……」
とか考えてたら、ティターニア様が気を失っちゃいましたの!
慌ててムカデの王を伸ばして彼女の体を支える……はずが、わ、と、と、踏み留まれずにわたくしまで転んじゃいましたの。
頭から落っこちるのは阻止したから許してほしーですの……。
思いの外、わたくしも疲れてたみたい……なんて、その事を自覚した途端、どっと疲れが押し寄せてきましたの。
た、ただでさえ片方なくなっちゃった腕が震えて立ち上がれませんの。
……あ、ちなみにわたくし妖精ですので、ヒトや虫と違って腕も再生するはずですの。
ただ……一体どれくらいの時間がかかるのかは、分かりませんの。
木や水や風みたいな、純粋な自然の妖精なら、一晩寝れば怪我した事さえ忘れてるほどなのですけども。
わたくしは、死せる王達の力の欠片の寄せ集め……普通の妖精とは違う分、すぐには治らないかもしれませんの。
>『フィリア。済まないが僕をスレイブの元へ運んでくれるかい。
……大丈夫、彼にも僕にももう戦意はないよ。対等な取引だ、約束は守るさ』
「なっ……ちょ、ちょっと待って欲しいですの……」
うぐぐ……や、やっぱり立ち上がれませんの……。
仕方がないのでムカデの王を背中から生やして体を支えつつ、壁に頭をめり込ませたスレイブ様の元へと歩いていく。
彼のすぐ傍にまで辿り着くと丁度、彼がぴくりと動きましたの。
まず周囲を見回そうとして、それが出来ない事に気付き、
建物の壁をぺたぺたと触って……あっ、自分の置かれた状況を理解したようですの。
そしてそのまま両手を壁を突き、足蹴にして……壁から頭を引き抜きましたの。
>「痛たたた……強いなアンタ!首鍛えてなかったら頭吹っ飛んでたぜ」
そして彼が発したのは……明るくて、険のない声。
わたくしの口元に、図らずも笑みが浮かび上がる。
>「ダメだ、足に力入んねーや。オレの負けだよ、なんかすげえスッキリした気分だ。
いきなり斬りかかって悪かった。……あれ?オレなんでアンタ達と戦ってたんだっけ」
彼の眼には……全てを拒絶する失望も、生きる意味を見出だせないが故の絶望も、もう見えない。
ただ光が宿っていた。
良かった……本当に、良かった……。
あぁ、なんだか安心したら今度こそ体から力が、完全に抜け落ちてしまいましたの。
わたくし、尻もちを突いてしまいましたの。 >「お、バアル。悪いけど杖代わりにさせて貰うぜ。そっか、ジュリアンさんに会う前に腕試しだーって話だったよな。
馬鹿だなーオレ、どんだけ上から目線だよって。相手指環の勇者だってのにさあ」
えへへへ、わたくしは指環の勇者じゃないけど、お二人が褒められてるとわたくしも嬉しいですの!
>「オレがこんなこと言うのもなんだけど……ジュリアンさんって変に自分で抱え込むところがあるからさ。
偽悪者って言うのかな。帝国出た時も色々投げっぱなしだったから敵たくさん作っちまったって言ってたし。
……だから、アンタ達にもこれからすっごく世話かけると思う」
……なんて思ってたら、スレイブ様は急に頭を下げて、真面目な口調でそう言いましたの。
ジュリアン様がどんな方か、わたくしは知らないけど……スレイブ様がここまで尊び敬うお方……。
お会いするのが楽しみですの。
>「オレに出来ることがあったらなんでも言ってくれ。一緒に頑張ろうぜ、世界の為に!
でも今はちょっとフラフラだし一旦帰るわ。こんな面じゃジュリアンさんに会えないしさ」
確かに……よく見たらほっぺがめちゃくちゃ腫れ上がってますの。すごく痛そう……。
「えぇ、そのお顔がまた元通りカッコよくなったら、お会いしましょうですの。
あなたが味方になってくれるなら、風竜との戦いも少し気が楽になりますの!」
そしてスレイブ様が踵を返して歩き出す。
殆ど同時に、バアル君がその刀身を震わせて音を奏でた。
>『……ひとまず、お礼を言っておくよ。相棒を救おうとしてくれて、ありがとう。
今はまだ、こうすることが本当に正しかったかは分からない。ひょっとしたら、記憶を消した歪みがどこかで現れるかも。
だけど、僕がついてる。ゆっくり経過を観察して、まずいようだったら記憶を戻してやればいいのさ。
時間はたっぷりあるんだからね』
「……えぇ、それはとても素晴らしい事ですの。なにせあなた達に、こう言えるのですもの……また明日、ですの」
そうしてスレイブ様とバアル君の姿は、街並みの向こうに消えて、見えなくなりましたの。
……そしてわたくしは、相も変わらず立てないままですの。
ジュリアン様?が到着するまでにはなんとか立っておきたいですの!
初対面の方に地べたに座り込んだままご挨拶なんて、はしたないですの!おうじょさま的にあり得ませんの!
……とは言え、足には力がまったく入りませんの。
仕方がないから、マントの内側でムカデの王を体に巻きつけて……
じゃーん!これでなんとか立ってるっぽく体裁が……あー!支えがないからすぐにこけましたの!
しかもぐるぐる巻きにしてあるから、倒れたままだとムカデの王が解きにく……
「――ケツァクウァトル。スレイブが騒ぎを起こしたと聞いたが、状況は……」
地面に転がったままじたばたしてたら、なんだかめちゃくちゃ綺麗なお顔の方と目が合いましたの。
も、もしかしてこの方が……ジュリアン様だったり……?
「……見ない顔だが、お前が指環の勇者の新たなお仲間か?
ふん、虫に縋り付いてまで、その腑抜けた顔を見せに来た面の皮だけは大したものだが……」
ジュリアン様?は皮肉めいたその言葉を、しかし途中でおやめになりましたの。
ただわたくしをじっと見下ろして……
「……お前は、何をしている?まさか立てないのか?」
「あー、えーと……その、お構いなく……ですの」
……は、恥ずかしいですのー!
さて……気を取り直して。
わたくし達は気を失ったティターニア様を宿に運び込みましたの。
ジュリアン様は素っ気ない調子で「ソイツが目覚めたら呼べ」とだけ言って、隣の部屋に行ってしまいましたの。
まぁ……同じ部屋にいたらいたで、空気がめちゃくちゃ重くなりそうだから正直ありがたいかも……。
しんと静まり返った部屋の中は、どれくらいの時間が経ったのか、分かりにくい。
だけど流石のわたくしもこの状況でお喋りを繰り出す気にはなれませんの。
ただ、ティターニア様のお顔をじっと見つめていたら……ふと、彼女の大きな瞳が開かれましたの。
「あっ……」
思わず声を零すと、ジャン様も彼女が目覚めた事に気付きましたの。
>「ジャン殿、フィリア殿……無事か!?」
「えぇ、えぇ、なんともありませんの。ティターニア様のお陰ですの」
やや焦り気味にそう尋ねるティターニア様にそう答える。
と、その直後に背後からドアの開く音……ジュリアン様ですの。
>「ジュリアン殿……」
>「部下が非礼を働いたようだな、済まなかった」
>「非礼というレベルでは無いとはいえそなたが素直に謝るとは槍が降る前兆か――?」
>「ああ、虚無に呑まれた風の竜と戦う以上何が起こってもおかしくはない。
な、なんですのこの会話……。
温度差が激しすぎて見ているこっちが戸惑いますの。
> 色々と話さねばならないことはあるが、まずは返しておこう」
そう言ってジュリアン様が右手をこちらに向けて開く。
差し出されたのは……三つの指環、ですの。
これが……伝説の、竜の指環……。
三つの指環の内、一つはジャン様が。もう一つは、ティターニア様が。
……あれ?この流れ、もしかして?
「えっ、えっ?もしかしてその指環……わたくしに?」
「お前達が首を突っ込んでくる以上、足手まといになられても困るのでな」
なっ……なんつー失礼な!ですの!
わたくしこう見えても虫のおうじょさまですの!
風竜がなんぼのもんじゃですの!
……と言いたいところですが、あちらもまた偉大な王ですの。
この小さくて、未熟な王女の力では……あの竜には勝てないって分かってますの。
「……お借りしますの」
「あぁ、そうしろ」
わたくしはジュリアン様の手から指環を受け取り、人差し指へと宛てがい……
「……もっとも、その指環がお前を認めるかどうかまでは、俺の知った事ではないがな」
瞬間、周囲に吹き荒れる炎に飲み込まれた。 ……いえ、これは、幻?
赤く煌々と輝く、見た事もない都……。
『やぁ、妾の次の所有者は君になるのかな?小さき虫の王女様?』
背後から聞こえる、凛とした声。
振り返るとそこには真紅の翼を生やした、燃えるような赤髪の女性がいましたの。
「……あなたは、確か……イグニス、様……ですの?」
ジャン様とティターニア様から聞いた冒険譚に出てきた、焔の竜。
……竜の指環に力と命を捧げた、世界を愛した、かつての王。
『そう、妾はその指環に宿る力……。その指環に命を捧げた竜、イグニスだ。
妾の名と、今に至るまでの物語を、君は既に知っているのか。ならば話は早い』
不意に、イグニス様がその右手をわたくしに向けた。
……なんか、すっごく嫌な予感がしますの。
そう思った瞬間、わたくしとイグニス様を隔てるように、業火の壁が立ち昇る。
『……君に力は貸せない。炎の指環は、フィリア……君を持ち主とは認めない。
例え仮初だとしても。いや……仮初だからこそね』
「な……何故ですの!風竜ウェントゥスは虚無に呑まれたと聞きましたの!
虚無の使徒を野放しにすれば、この世界は滅びてしまうんじゃないんですの!?」
ジャン様の冒険譚を聞いていた時、ティターニア様は指環の始まりを聞かせてくれましたの。
かつてイグニス山脈で語られた物語……。
祖竜の乱心に、世界の滅びに抗う為に、イグニス様は生を捨て、小さな指環のその存在全てを捧げたのだと。
なのに、虚無に呑まれてしまうウェントゥスも……それを止める為の力を貸してくれない、イグニス様の考えも分かりませんの!
そりゃあ……わたくしは、王としてまだまだ未熟ですけれども……。
『なんだ、分かっているじゃないか。指環の力は救世の力だが……使い道を誤れば乱世を生む力となる。
かつて何人もの王が、指環の力に野心を燃やして、世を乱し、国を滅びしてきた。
妾は、王という存在が嫌いだ。その感情をひっくり返せるほど、妾はまだ君を知らない。それに……』
それに……なんですの?
『妾にはウェントゥスの気持ちも、分からないでもないのさ。
アクアとテッラは真面目で優しいから、多分理解出来ない……そんな考え、思いもよらないだろうけどね』
「ウェントゥスの……気持ち?な、なんですの?どういう事ですの?
あなたには、ウェントゥスが虚無に呑まれた理由が分かりますの?」
『あぁ、分かるとも。妾達は、同じ世界の為に命を捧げた王だ。分からないものか。
もっとも……妾がその理由を君に教える訳はないって事は、君にも分かるね?』
わたくしは、何も言葉を返せない。
『とは言え……まったくノーヒントと言うのも可哀想だ。
一つだけ、教えてあげよう……彼は、ウェントゥスは……虚無に呑まれた今もなお、王の心を失っていない。
いや……王であるからこそ、ただの指環になり切れなかったからこそ……虚無に呑まれてしまったのかもな』
「……ウェントゥスは、今でも王様のまま」
『あぁ、そうだ。君が彼に並ぶ王になれないのなら……妾が君に力を貸す事はないだろう』
……立派な王になって、虫の王国を作り、人々と共存する。
それはわたくしの夢であり、目標ですの。
いつもそこを目指して、旅をしてきたつもりでしたの。 だけど……いざ、こうして目の前にそれを突きつけられると……一体どうすればいいのか。
わたくしには、何も思いつけませんの。
『ならば考えたまえ、小さな王女様……妾を手放すなら、早めに頼むよ。
ウェントゥスの気持ちも分かるとは言ったが……妾だって、この世界が滅ぶのを見過ごしたい訳じゃあない』
そして……わたくしの目の前で、炎が爆ぜましたの。
「ぎゃん!」
わたくしは吹き飛ばされて……何かに思いっきり頭を打ち付けましたの!
うぅ、くらくらする……けど、ここは……さっきまでいた宿屋の一室ですの。
……今の会話は、ほんの一瞬の出来事だったんですの?
「……やはり、拒絶されたか。次に指環を嵌める時は、もっと慎重にする事だな。
闇雲に竜に語りかければ、訪れる結果は言わずとも理解出来るだろう」
……次もまた素質なしと見られれば、指環に呑まれる。
そういう事、ですのね。わたくしは指環を拾い上げて……今度はそれを、マントの内側にしまい込む。
「……さて、ではまずは避けてた通れない話から潰していくとしよう。
単刀直入に聞こう。ウェントゥスを止める算段は用意してあるのか?」
少しの間を置いて、ジュリアン様がそう話を切り出しましたの。
「つまり……奴を地上に引きずり下ろさない事には戦いにすらならないという事だ。
奴が飛んでいる事など、俺にとっては問題にならないが……
まずは指環の勇者のお手並み拝見と行こうか。何か策があるんだろうな?」
……情けない話だけど、わたくしにはそんなものを考える心の余裕がありませんでしたの。
だからちらりと、ジャン様とティターニア様のお顔を伺いますの。
あっ、でも、一つだけ役に立ちそうな事を知ってますの、わたくし。
「……イグニス様は、ウェントゥスは虚無に呑まれた今でも王のままだと言ってましたの。
指環になり切れず、王だったから……虚無に呑まれたとも。
だったら……この風紋都市に執着しているのも、何か理由があっての事……だとか?」
【めちゃくちゃお待たせしちゃってすみませんでしたの!次から気をつけますの!】 フィリア殿お疲れ様! 大した事じゃなくて良かった。
なるほど、投下時間から起算するかざっくり日数で数えるかという話か……!
言われてみれば法解釈では初日不算入の原則とやらで後者だった気がするッ!
この界隈でも後者のスレも見た事があるが7日は比較的長めの方だと思うので一応前者ということに統一しておこうか
ではいつも通り次はジャン殿で! >「うおおおおやってやらああああ!!!!」
お互いに叫びながら拳が交差し、お互いの頬を直撃する。
スレイブの一撃は知性を失ってもなお重く、鋭かったが
オークの膂力と、ジャンの経験はそれをわずかに超えていた。
「――ってえなあ!!」
>「ぐほおおおおっ!!」
ジャンは両足で地面をしっかりと踏みしめ、なんとか上半身が動くだけで済んだが
スレイブは近くの家まで吹き飛び、叩きつけられてしまった。
「す、すまん!力を込めすぎちまった!」
ジャンとしては地面に倒れるぐらいの力を込めていたが、
鍛えていたとはいえスレイブとジャンでは体重、そして体格が大きく違う。
吹き飛ばされるのは必然ではあった。
>「さぁ、存分に……食い散らかせ!バアルフォラス!」
「これで、元に戻れるんだろうな?戻れなきゃてめえを砕いてその辺に埋めてやるからな」
気を失ったティターニアをフィリアと共に支え、ゆっくりと地面に降ろす。
そしてバアルフォラスが記憶を食い散らかしている間、サクラメントを
バアルフォラスの柄にコンコンとぶつけながら見張っていた。
>「痛たたた……強いなアンタ!首鍛えてなかったら頭吹っ飛んでたぜ」
そして意識を取り戻したスレイブは――死にたいと願っていた彼ではなかった。
瞳には光がある。戦士としての顔がある。声すらも違って聞こえる。
「……そうだな」
>「お、バアル。悪いけど杖代わりにさせて貰うぜ。そっか、ジュリアンさんに会う前に腕試しだーって話だったよな。
馬鹿だなーオレ、どんだけ上から目線だよって。相手指環の勇者だってのにさあ」
「……すまん、力を込めすぎちまった。
けどお前もなかなかいいパンチだったぜ」
>『……ひとまず、お礼を言っておくよ。相棒を救おうとしてくれて、ありがとう。
今はまだ、こうすることが本当に正しかったかは分からない。ひょっとしたら、記憶を消した歪みがどこかで現れるかも。
だけど、僕がついてる。ゆっくり経過を観察して、まずいようだったら記憶を戻してやればいいのさ。
時間はたっぷりあるんだからね』
「……知性を取り戻したとき、あいつの目は生きたいと言っていた。
フィリアが正しかった。俺は……あいつを殺すべきじゃなかったよ」 さすがは虫の王。そう思い、ちょうどやってきたジュリアンと目が合った。
「あのオークか。馬鹿みたいに叫ぶ癖は治ったか?」
「手下もまとめられねえのに宮廷魔術師かよ、たまげたぜ」
出会い頭に挨拶を交わしつつ、ふと下に目をやるとフィリアがじたばたしていた。
>「……お前は、何をしている?まさか立てないのか?」
>「あー、えーと……その、お構いなく……ですの」
「……ラテ、こっち来い。支えてやれ」
戦闘が終わって慌てて駆け寄ってきたラテにフィリアを運ばせ、ジャンはティターニアを担ぐ。
気を失い、ゆっくりと呼吸しているティターニアはそれなりに装備しているにも関わらず予想外に軽いとジャンは感じた。
(ティターニア……こんなに軽かったんだな)
用意された宿の部屋にティターニアを運び、ベッドに寝かせる。
そこからしばらく時間が経ち、沈黙に耐えられなくなったジャンが武器の手入れを始めた頃。
>「ジャン殿、フィリア殿……無事か!?」
「ちょいと顔が痛むが大丈夫だ。お前こそ大丈夫か?」
無事に目が覚めたティターニアの問いかけに返答しつつ、入ってきたジュリアンを出迎える。
>「ああ、虚無に呑まれた風の竜と戦う以上何が起こってもおかしくはない。
色々と話さねばならないことはあるが、まずは返しておこう」
「水の指環、もらうぜ。もう渡さねえからな」
「結構だ。それでこそ人々が憧れる指環の勇者だろう」 ジュリアンの手から取った水の指環を嵌め、瞼を閉じる。
次に瞼を開けたとき、広大な海に浮かぶ、小さな島の浜辺にジャンはいた。
波は静かに寄せては返し、風は吹いているが穏やかだ。
そして隣には、アクアが微笑みながら佇んでいる。
「よう、アクア。待たせちまったな」
「これからはもっと大事に扱ってほしいな。こう見えても繊細なんだ」
「……ウェントゥスと一戦やることになった。あいつはどういう奴だ?」
「僕たちの中で、一番自由で、誇り高い存在だ。
虚無に飲まれた今となっても、それは変わらない」
「面倒な奴ってことだな、分かった」
ジャンは静かに瞼を閉じ、開ける。
すると宿の部屋に戻っていた。
「指環に嫌われたのか?随分と早い帰りだな」
「指環じゃねえよ、アクアだ。それに今更話すことはねえ。
やることは分かってんだからな」
>「……さて、ではまずは避けて通れない話から潰していくとしよう。
単刀直入に聞こう。ウェントゥスを止める算段は用意してあるのか?」
>「つまり……奴を地上に引きずり下ろさない事には戦いにすらならないという事だ。
奴が飛んでいる事など、俺にとっては問題にならないが……
まずは指環の勇者のお手並み拝見と行こうか。何か策があるんだろうな?」
>「……イグニス様は、ウェントゥスは虚無に呑まれた今でも王のままだと言ってましたの。
指環になり切れず、王だったから……虚無に呑まれたとも。
だったら……この風紋都市に執着しているのも、何か理由があっての事……だとか?」
ジュリアンの問いに、フィリアが考えをまとめながら話す。
それに続けるように、ジャンが自分の考えを話した。
「虚無がなんなのかよく分かんねえ以上、その辺りはボコった後で聞けばいいだろうよ。
ああいうのは自分の居場所から叩き落してやるに限る。徹底的にな。
というわけでジュリアン。飛んでる間はお前とティターニアでどうにかしてくれ。
飛べなくなったところで俺とフィリアで殴る」
「……策どころか提案ですらないな。俺に丸投げか?」
「付け焼刃の策が通じる相手じゃねえだろ。
俺たちに指環を渡したのも、単純な力の差を埋めるためにだろう?
ならお前にも働いてほしいってもんだ」
【オークに事前の策とか考えられるわけないだろ!ということで
役割分担のみの提案です】 >「オレがこんなこと言うのもなんだけど……ジュリアンさんって変に自分で抱え込むところがあるからさ。
偽悪者って言うのかな。帝国出た時も色々投げっぱなしだったから敵たくさん作っちまったって言ってたし。
……だから、アンタ達にもこれからすっごく世話かけると思う」
>「オレに出来ることがあったらなんでも言ってくれ。一緒に頑張ろうぜ、世界の為に!
でも今はちょっとフラフラだし一旦帰るわ。こんな面じゃジュリアンさんに会えないしさ」
夢か現か、朦朧とした意識の中で、希望に満ちた顔で屈託なく笑うスレイブの姿が見えた気がした。
気が付いてみるとベッドの上。あの激戦で、フィリアとジャンが奇跡的に無事だったことに安堵する。
>「えぇ、えぇ、なんともありませんの。ティターニア様のお陰ですの」
>「ちょいと顔が痛むが大丈夫だ。お前こそ大丈夫か?」
「うむ、心配をかけた。ところで、スレイブ殿は……」
二人によると、バアルフォラスが記憶を食らうのに成功し、希望に満ちた顔で撤収していったとのこと。
「そうか、夢じゃなかったのだな……」
良かった、心底そう思いながら同時に不思議にも思う。
個人的に気に入らない等という理由で斬りかかってきて、まだ付き合いが浅いとはいえこちらの味方を死なせた仇のはずなのだが――
もしかしたらだからこそ、彼らの死が無駄にならなくて良かった、という側面もあるのかもしれない。
そして、ジュリアンから指環を差し出される。
>「水の指環、もらうぜ。もう渡さねえからな」
>「結構だ。それでこそ人々が憧れる指環の勇者だろう」
>「えっ、えっ?もしかしてその指環……わたくしに?」
>「お前達が首を突っ込んでくる以上、足手まといになられても困るのでな」
水の指環は元々の使い手であるジャンに、そして炎の指環はフィリアに渡され、彼らはそれぞれの反応で指環を受け取る。
もちろんティターニアは大地の指環だ。
「ふふっ、流石にチンピラに奪われたりはしなかったようだな。ここだけの話あの時鼓舞してくれたこと――感謝しておるぞ。
あそこでやめておったらこの都市を見る事もなかったからな」
「感謝される謂れはない」
相変わらず素直じゃないジュリアンから指環を受け取り、指にはめる。
その瞬間、周囲の風景が塗り替わる。
竜との対話の背景は、以前は荒れ果てた大地の古代都市だったが、今回は緑あふれる艶樹の森だ。
ティターニアとテッラは、大樹の枝に並んで腰かけ、まるで旧知の友のように話している。
「うっかり没収されてしまって済まなかったなテッラ殿、ジュリアン殿に変なことはされなかったか?」
「変な事ったって指環ですから。指環を食べたりするのなんてあなたの以前のお仲間ぐらいですよ」
「ああ、確かにあやつは"ただし指環は尻から出る"――なんてキャラじゃないな、ハハハ」
「ふふふ、ところで……ちょっと見ない間にイメチェンしました?」
気付けばティターニアは、人間で言うと十代半ば位の少女の姿になっていた。
ここは精神世界であるため、心の有り様の微妙な変化が如実に投影されるらしい。
「ちょい色々あって……テッラはんの目は誤魔化せへんな。
ところで今回ウェントゥスはんと戦う事になったんやけど……大丈夫かいな」 「ええ。全く、仕方のないやつです」
と事も無げに答え、旧友のことでも話すように、自分たち竜の性質について語るテッラ。
ざっくり分けると属性の持つイメージの通り、昔からウェントゥスとイグニスが先進過激派、アクアとテッラが保守穏健派だったらしい。
今回の戦いはイグニスが力を貸してくれるかが鍵になるかもしれない、とも言っていた。
「なあテッラはん、指環を全て集めたら……ラテはんやみんなが笑って暮らせる世界を願うんや! だから……力を貸してな!」
「もちろんです。私もアクアも貴方達なら正しく使ってくれると見込んで選んだのですから。
でも、それでも忠告しておきます。力を持つと人は私利私欲に溺れてしまう――我々はそんな王たちを何人も見てきました。
貴方達はそうはならないと……信じていますよ?」
そこでまた風景が塗り替わり、一瞬にして宿屋の一室に帰ってくる。
ジャンとフィリアもそれぞれ竜と対話をしてきたようだ。
>「……やはり、拒絶されたか。次に指環を嵌める時は、もっと慎重にする事だな。
闇雲に竜に語りかければ、訪れる結果は言わずとも理解出来るだろう」
>「指環に嫌われたのか?随分と早い帰りだな」
>「指環じゃねえよ、アクアだ。それに今更話すことはねえ。
やることは分かってんだからな」
ジャンが以前から力を借りているアクアは、テッラ程お喋りではないとはいえ協力してくれるようであったが
フィリアはやはり急には認めてもらえなかったらしい。
>「……さて、ではまずは避けて通れない話から潰していくとしよう。
単刀直入に聞こう。ウェントゥスを止める算段は用意してあるのか?」
>「つまり……奴を地上に引きずり下ろさない事には戦いにすらならないという事だ。
奴が飛んでいる事など、俺にとっては問題にならないが……
まずは指環の勇者のお手並み拝見と行こうか。何か策があるんだろうな?」
ジュリアンがこう切り出し、いよいよウェントゥスと戦うにあたっての作戦会議が始まる。
勿体ぶった言い方をしているが、多分彼にはこれといった良策は無いということだろう。
>「……イグニス様は、ウェントゥスは虚無に呑まれた今でも王のままだと言ってましたの。
指環になり切れず、王だったから……虚無に呑まれたとも。
だったら……この風紋都市に執着しているのも、何か理由があっての事……だとか?」
「そういえば……パトリエーゼ殿を殺した教団の者共がエーテリアル世界で再会するためとか何とか言っていたらしい。
あやつらとバックにある物が同じだとしたら……自らの臣民をエーテリアル世界へ導こうとしておるのかもしれぬ」
ここで何時の間にやら会議に参加していたケツァクウァトルが、重い口を開く。
(おそらく皆が指環をはめて竜と対話している辺りで現れたのであろう)
「まだウェントゥスが乱心する前……
魔族でありながらダーマの人間の扱いに異を唱え、長きにわたってここを人間の街として守り続けた者がいました。
あの方が原因不明の死を遂げてから内乱が頻発するようになり、スレイブのような人間の戦士がその度に鎮圧して何とか保ってきたのですが……。
今思えば……ウェントゥスがおかしくなり始めたのもその頃からだったのかもしれません」
ここでジュリアンが、黒幕推理大会に逸れかけた話を作戦会議に引き戻す。 「……ここで憶測を繰り広げても埒があくまい。今はウェントゥスをどうにかするのが先決だ」
>「虚無がなんなのかよく分かんねえ以上、その辺りはボコった後で聞けばいいだろうよ。
ああいうのは自分の居場所から叩き落してやるに限る。徹底的にな。
というわけでジュリアン。飛んでる間はお前とティターニアでどうにかしてくれ。
飛べなくなったところで俺とフィリアで殴る」
>「……策どころか提案ですらないな。俺に丸投げか?」
>「付け焼刃の策が通じる相手じゃねえだろ。
俺たちに指環を渡したのも、単純な力の差を埋めるためにだろう?
ならお前にも働いてほしいってもんだ」
「オイラが飛空艇操縦して空中戦ってのはどうよ」
ジャンの忌避のない意見に続き、パックが飛空挺の操縦を申し出る。
「そうだな。確かに……最初の足場としてはお願いするかもしれぬ。
しかし空は奴の土俵だ……相手の土俵でそのまま戦いを挑むなど自殺行為も同然。
我が大地の指環を持っている事を考えてもいちはやく引きずりおろして地上戦に持ち込んだ方が有利だろう。
……スレイブ殿とバアルフォラス殿に協力してもらうのはどうだろうか。バアルフォラス殿に知性を食らってもらう」
これには嫌味を混ぜるのも忘れて、純粋に疑問を口にするジュリアン。
「いかにバアルフォラスといえどもそう簡単にウェントゥスの知性は食らえまい」
「確かにバアルフォラス殿だけではそうだ。
しかしこの大地の指環には……どうもあやつと同種の力があるらしい」
そう言ってラテの方に一瞬目を向ける。堅牢と豊饒を司る大地の属性が併せ持つ、全てを呑みこむ側面。
ラテが幼児退行した時は激しく動揺したものだが、彼女がそのおかげで命を繋いでいることは事実なのだ。
そして、死んだら何もかも終わりだが生きていれば元に戻る希望はある。
何も幼児まで退行せずとも今のスレイブのように都合の悪い記憶だけ消せなかったものかとも思うが、
それでは間に合わない程彼女の絶望は深く心に刻まれていたということなのかもしれない。
「……そういう事か。同列に並び立つ竜の力なら……試してみる価値はあるかもしれんな」
具体的にはスレイブがバアルフォラスの力を発動する時に、指環をはめたティターニアが一緒に柄に手を添えて力を注ぎ込むようになるのだろうか。
成功すれば、呆然としている隙に大地の指環の力を使って魔的な蔦を絡めたり等で地面に引きずりおろしたりするのは可能だろう。
それどころか、バアルフォラスが食らった記憶を解析することで、真相の手がかりを得る事も可能かもしれない。
「分かった――スレイブの奴には俺から提案しておく。決行は、そこの妖精の腕が生え次第……といったところか」
そう言って部屋から出ていくジュリアンであった。
とはいえ、フィリアの腕が生えるまでにどれ位の時間がかかるのかは未知数。
今回の戦闘のダメージがおおかた回復したら、といった位の意味合いだろう。
【もちろんポシャるのが既定の作戦だ! スレイブ殿が敵方に行ってしまった衝撃をより大きくするための布石でしかない!】 風紋都市シェバト。ティターニア達が会合を行う宿にほど近い歓楽街に、『樫の杖亭』という酒場がある。
その二階に偽名で記帳された部屋が、スレイブの仮の居室であった。
腫れ上がった顔を冷やす為の氷嚢を一階で貰ってきたスレイブは、ふらふらとドアへと歩み寄る。
『待った。スレイブ、僕を扉の隙間に』
「ん?……ああ、いつもそうやってたな。すっかり忘れてたぜ、殴られて記憶もふっとんだかな」
ドアと枠との隙間からバアルフォラスを差し込むと、魔剣は部屋の内部へ向かって探査の魔法を放つ。
それは護衛騎士、つまりは王府官僚として当然の用心だった。
ただでさえ政情不安なダーマ魔法王国にあって、更に人間のスレイブを敵視する目線は内外に存在する。
人間の都市であるシェバトにおいても例外はなく、滞在する間は常に防諜の必要にかられていた。
当然の如くダーマも、そしてシェバトもまたケツァクウァトルだけの一枚岩ではない。
『盗聴、転移の魔術反応はなし。外部からの侵入を防ぐ結界も問題なく機能してる。入って大丈夫だよスレイブ』
「おっけぃ。ご苦労さんバアル」
部屋はベッドと机が一つずつあるだけの質素なものだった。スレイブはこうした安宿を、数日ごとに転々とする生活を送っている。
いかにも官僚然とした高級宿は避け、居場所を常に変え続けることは、襲撃のリスクを下げるうえで非常に重要だ。
差配はジュリアンの指示であった。彼らがこれからやろうとしている大仕事は、それだけの慎重さが必要とされている。
南に面した小窓からは、先程の戦闘で少なからず破損した街の復旧指揮をとるケツァクウァトル(分体)の姿が見えた。
「ケツァクには悪いことしたな。あいつの顔にも泥塗っちまった」
『ウェントゥスが心乱れてからこっち、指環の勇者の到来を誰より待ち望んでいたのはケツァクだったろうからね。
動乱する政情に間断なく襲撃する飛竜、そして後先考えずに勇者に喧嘩売り始める馬鹿の存在……。
守護聖獣は一般生物より遥かに頑健ではあるけれども、心労にまで強いとは限らないよ、スレイブ』
「うっ……悪かったよ。その分ウェントゥスとの戦いでは先陣切って頑張るからさ」
ばつの悪くなったスレイブはベッドに背負袋と魔剣を放り投げて、自分もシーツの上に仰向けに飛び込んだ。
氷嚢が顔の火照りと一緒に思考も冷やし、排熱のように息を吐く。
「……指環の勇者ってのは、ホントに凄い奴らなんだな。世界を救えるって、冗談じゃなく言っちまえるような」
冷静さと柔軟さを併せ持ち、失われた古代魔法さえも再現してみせたエルフの魔導師、ティターニア。
獣の闘争本能を乗りこなし如何なる攻撃にも立ち上がってくるハーフオークの戦士、ジャン。
そして、人外でありながら人に寄り添うことを選んだ、百の王を従える王の中の女王、フィリア。
「あいつらと一緒なら、オレは迷わない。まじりっけのない"正しさ"の中にいるって確信できる。
風竜相手にオレがどこまでやれるかわかんねえけど……それでも、あいつらと一緒に、あいつらの為に戦いたい」
スレイブは虚空をつかむように拳を握った。
「この力を、世界の為に振るいたい」
「残念だけど、その願いは叶わないわぁ」
「!!」 スレイブのものでも、バアルフォラスのものでもない女の声が聞こえた。
瞬間、スレイブは身体を跳ね上げるようにして即座に飛び起き、魔剣を掴んで壁に背を付ける。
声のした場所は部屋の隅、彼が入ってきたドアの辺り。
しかしそこにあるはずのドアは、壁をびっしりと覆う樹木の根のようなものに飲み込まれていた。
「あら、驚かせちゃったかしら。ごめんなさいねぇ……それじゃ改めてご機嫌よう」
壁を這う根の一部が膨張し、蠢き、成長して――巨大な花を咲かせた。
開いた花弁の中から、黒衣を纏った長身の女が歩み出てくる。
「なんだコイツ……魔導師か?」
『どうやってここに……防御結界は万全だったはずだよ』
「そうみたいねぇ。"視"えるだけでも動体・情報問わず結界が十重二十重……こじ開けるのに苦労したわぁ。
頑張ったらなんとかなったけれど。やっぱり最後に物を言うのは諦めずに努力し続ける根性ねぇ」
『馬鹿な……この部屋の結界はケツァクの、守護聖獣の力によるものだ。誰であろうとも易々と侵入できるわけが……』
魔剣の言葉を制するように女が人差し指を立てる。そこには装飾具の輝きがあった。指環だ。
「指環の守護聖獣の結界だもの、同じ指環の力で破れない道理はないわぁ。――この、"光"の指環ならねぇ」
『光の指環だと……!?』
「ジュリアンは何も教えてくれなかったのぉ?
指環は総数7つ……世界を形造る火・水・地・風の4つと、世界を満たす3つ。
四竜三魔と都市守護聖獣が司るドラゴンズ・リング。これはその一つよぉ」
「ジュリアンさんの知り合いなのか?オレはあんたみたいな胡散臭い女のことは聞いてねえぞ」
「あら、自己紹介から始めなきゃだったかしら。私はメアリ・シュレディンガー。
"黒曜のメアリ"なんて呼ぶ人もいるけれど、今はハイランド首府のギルド幹部って言ったほうが通りは良いかしらぁ?」
女――メアリは漆黒の外套を翻す。修道服を改造したようなデザインの胸元に、ギルドの徽章が施されていた。
『なるほど……ソルタレクのギルドが指環を手に入れたという噂は本当だったみたいだ。
それで?今の話は君がここにいて良い理由ではあっても、君がここに来た目的には足りてないよ』
「んもぉ、せっつかないでよ。前置きは大切よ?ワビサビって言うか、話の盛り上がりが違うものねぇ。
おたくのウェントゥスに呼ばれてわざわざ遠路はるばる来たんだから。ちょっとくらい労ってくれてもいいじゃない。ぶー」
『……ウェントゥスが?あれはもうずっと前から乱心しているはずだよ』
「見解の相違ねぇ。私からしたらウェントゥスはまだまだ正気の範疇よぉ。そして老獪ね。
あれは四竜三魔の中でもイグニス以上にガチガチの過激派だから。
祖龍復活の動乱に合わせて、自分から虚無に呑まれた……虚無に饗応したって言ったほうが良いかしらぁ?」
「さっきからイマイチ要領を得ねーなあんたの話は。ウェントゥスの真意がどこにあろうが関係ねえ。俺達があいつを倒すぜ。
指環がどうあれシェバトが封鎖されて時間が経ち過ぎてる。物資の自給にだって限界がある。住民の士気もだ。
このままジリ貧の状態が続けばどの道シェバトに待ってるのは滅びの運命なんだ。そうなる前にどうにかすんだよ」
「そうでしょうねぇ。だからそれをさせない為に私がここに来たってわけ――」
メアリが言葉を終える前に、スレイブは剣を振るっていた。
部屋の端から端までを一歩で埋める踏み込みの速度で飛んだ斬撃が、メアリの首を正確に狙い、断ち落とす。
だが床に転がったのは彼女の首ではなく、頭ほどもある巨大花の蕾だった。 「初めからそう言えよ。クソなげえ話がだいぶ分かりやすくなったぜ……。
つまりお前はウェントゥス討伐要員のオレを闇討ちに来たって話ことだろ。ウェントゥスの頼みとやらでよ」
『悪いがそう簡単に邪魔されるつもりはないよ。仮に僕らをここで仕留めたところで、まだ指環の勇者達がいる』
「だから話が早すぎなのよぉ。もっと段階を踏んで会話しましょう?」
床に転がったつぼみに壁の根が這い伸びて、再び人の形へと戻っていく。
スレイブはそれをも更に刻んだ。いつの間にか床を覆い始めていた根が先端を槍のように尖らせて下から伸びてくる。
部屋に引火しないように調節した炎の魔法でそれを焼き払った。
「部屋の中じゃ戦いづれえ。外に放り出すか?」
『いや、下手に往来に出して住民を人質に取られるのも面白くない。ここで仕留めよう』
「心配しなくても大丈夫よぉ。すぐ終わるから」
「舐められたもんだなぁ!」
瞬間、スレイブの四方から根が飛びかかる。
右足を軸に旋回するようにして剣を振るい、全てを一息に断ち切った。
「あらぁ?記憶を消された割に剣はまだ冴えてるのねぇ。やっぱり身体で覚えた技術ってそうそう錆び付かないものなのかしら」
『君はどこまで知っている?』
「昼の一部始終は見てたし、スレイブ君がどういう経緯でジュリアンのもとにいるかも大体知ってるわぁ」
『……ウェントゥスは随分君達と懇意にしていたようだ』
「ジュリアンも余計なことしてくれたわよねえ。スレイブ君のこと放っておけばそのうち『魔神殺し』の死体が手に入ったのに」
『なんだと?』
襲い来る根の群れは斬っても斬っても切りがない。スレイブはベッドの端を思い切り踏んだ。
ベッドが縦に起き上がり、束の間の盾となる。
「ウェントゥスはねぇ、あーんな一山いくらの雑っ魚い飛竜じゃなくて、懐刀になるような自前の戦力を欲していたの。
あの巨体じゃ、シェバトの街中に隠れて破壊工作なんて出来っこないものねぇ。
飛竜を紛れ込まそうにもケツァクウアトルの障壁のせいでまともに街の中枢部まで攻め込めやしないしね」
ベッド越しに雷撃魔法が根を焦がし、部屋に黒煙が立ち込めていく。
それを風魔法で吹き飛ばして油断なく視界を確保し、ベッドを回り込んで来る根を刻み続ける。
「そこで目を付けたのがダーマの特務機関が開発した『骸装式魔導人形』の技術だったわぁ。
人の死体を加工して、生前の戦闘能力を維持しつつ意のままに操れる傀儡を作り出すドン引きしちゃうくらいの外法……。
素体には、優れた能力を持つ人間の死体が必要なの。白羽の矢が誰に立ったかはもう分かるわよねぇ?」
『……スレイブか!』
「せーかい。人の身でありながら高度な魔法と剣術を宿し、"知慧の魔神"バアルフォラスを単独で討滅した『魔神殺し』。
しかも都合の良いことに、魔神殺しはなんやかんやで心を病み自殺願望に苛まれていたわぁ。
遠からず、誰が手を下すまでもなくお誂え向きの死体が出来上がるはずだったのだけどねぇ」 しかし、そうはならなかった。
かつて魔神殺しと出会ったジュリアン・クロウリーが、彼の心の澱を見抜き、当面の解決策を講じた。
魔神殺しによって討滅された魔神の背骨を加工し、一振りの魔剣を鍛え上げて彼に贈賜した。
知性を喰らい、苦悩さえも呑み下す――『魔剣バアルフォラス』。
そして魔神殺しは死を想うことを止め、パイセンの舎弟スレイブ・ディクショナルとなった。
「楽しみにしてた死体が手に入らないと分かった時のウェントゥスの落胆ぶりったらなかったわよぉ?私笑っちゃった。
手ずから殺してしまおうとも考えたみたいだけど、ケツァクウアトルの結界の中にいるうちは手も出せない。
そうこうしているうちに指環の勇者なんて言うのが火・水・地の四竜三魔と交渉を成立させて指環を得ちゃうし、
光は光で私たちエーテル教団に目覚めさせられちゃうしで……。
ことここに至ってようやく、ウェントゥスは外に援護を求めることに思い至ったってわけ」
「エーテル教団だのなんだのはよく分からねーけど、お前がウェントゥスに頼まれてオレを殺しにきたってことは間違いねーんだろ。
指環に選ばれた者なら、ケツァクの結界をこじ開けて街の中に入ることだって簡単だろーしな」
「そうねぇ。大体大筋では正解なんだけど……ね、聞いて!私もっと面白いやり方を思い付いちゃった!」
「言いたきゃ言えよ。てめーが喋れるうちにな」
迫り来る一本の根をスレイブは掴んだ。間断なくそこに氷の魔法を注ぎ込み、根の水分を凍らせていく。
凍った根は磨き上げられた鏡のように光を反射する。スレイブはベッドの向こう、メアリの姿を鏡像の中に確認した。
彼女は杖をこちらに向け、ベッドごと吹き飛ばさんと術式を編んでいる最中だった。
「"セフィア・トルネード"≪刻滅の大旋風≫」
「呑み尽くせ、『バアルフォラス』!」
メアリの放った無色の旋風が、ベッドを貫いた魔剣の刀身へと吸い込まれた。
「もうっ!魔導師相手にそれって反則じゃないのぉ?」
「奔れ、『極光』」
バアルフォラスの剣先から放たれたのは、昼間にティターニア達にぶちかました極光であった。
威力はあの時よりもごく小さくなってはいるが、それでも人間一人焼き飛ばすには十分すぎる熱量だ。
一条の光が部屋を染め上げ、メアリの五体を壁の染みに変えた。後に残るのは、充満する肉の焦げる匂い。
そして、手首から先だけが焼け残ったメアリの手と、その指に嵌められた指環だ。
「こいつは貰っとくぜ。全部終わったらお前の墓標に備えてやるよ」
炭化した手首から指環を外そうとスレイブが屈む。
「それでね!面白いやり方っていうのはねえ」
瞬間、耳元でメアリの声がした。
「!!」
即座に飛び退こうとするが、足が動かない。
見れば自分の影に壁を覆っていた根が三本突き刺さっている。
『シャドーディバイド』。魔法使いの"影縫い"にあたる行動封じの魔法だ。 「生きてやがったのか……!」
『馬鹿な……生命反応は確実に消失していたはず……』
何もないはずの空間に漆黒の澱が生まれ、澱に四肢と頭が生まれ、メアリの姿になった。
足元で消し炭になっている片手だけが今も黒い靄に包まれたままだ。
「虚無の魔法は得意なの。こうやって『存在を一時的に虚無にする』なぁんてことも出来ちゃったり」
平然と口にするメアリの所業は、しかしあり得べからざることであった。
自ら己の存在を虚無に呑ませ、そして再構築する。容易いことではない。それは"一度死ぬ"と同義だからだ。
今ここに居るメアリは、再構築の前後で記憶を継承しているだけの別人と言っても過言ではない。
虚無に噛み砕かれる際の、身体をバラバラに引き裂かれる痛み、そして何より死の恐怖。
およそまともな神経で使える魔法ではなかった。この女は初めから、狂っていた。
「こっちは光の指環のおかげねぇ。光属性回復魔法の超強化ってところかしらぁ」
足元に転がる手首の断面からまたあの根が生えて、メアリ側の切断面と繋がりくっついていく。
わずか数瞬にして再び五体満足となったメアリが、屈んだまま動けないスレイブを見下ろす逆転の構図になった。
「くそ……バアル!」
スレイブの声に応じて彼の手元から弾き出た魔剣がメアリの首元目掛けて飛翔する。
「お行儀が悪いのねぇ。剣は人に振られなきゃダメでしょぉ?」
メアリが鬱陶しげに手を払い、それだけで魔剣は吹っ飛ばされて壁に突き刺さった。
更に彼女が付与した魔力が根として実体を持ち、魔剣に絡みついて壁に深く縫い止める。
『ぐ……スレイブ……!』
「話の途中だったわねぇ。貴方を死体にして魔導人形にしちゃうつもりだったけどぉ、なんだかありきたりでつまらないわぁ。
今更ダーマの技術に頼るのも癪だしねぇ。私ちょっと自己流アレンジ加えちゃおうかしらぁ」
「ふざけろ……!そうなる前に自爆してやるよ……てめえも巻き添えだ……!」
「だぁめ」
体内の魔力を暴走させようとしたスレイブの胸に、メアリの杖が突き刺さった。
痛みはない。血も出ない。実体を持たない切っ先が、スレイブの精神の根幹とも言うべき場所に刃を立てる。
彼の思考は敵意から虚無へと一瞬で塗り替えられた。 「昼間の決闘、見てたわよぉ?魔神殺しの記憶を弄って死への憧憬を忘れさせるなんてなかなか味のある真似だわぁ?
でも中途半端なのよねぇ。記憶の書き換えじゃなくて"喰い散らかし"……今の貴方の記憶には、ぽっかり空いた『虚無』がある」
『何を……するつもりだ……』
「言ったでしょぉ?虚無を操るのは得意なの。この子の記憶の不自然な欠落に、ピッタリの詰め物を用意してあげる。
ウェントゥスだって喜ぶはずよぉ?単なる傀儡人形より、自分の意志で人への憎しみを募らせた兵士のほうが色々捗るわぁ」
『やめろ……やめてくれ……!』
「キャハハ!剣の癖に良い声で鳴くのねぇ!私笑っちゃう。どこから声出てるのぉ?」
『刀身を震わせている……!』
「ああ答えてくれるのぉ……律儀な魔剣ねぇ」
引き笑いしながらメアリは爪先で床を小突いた。魔法陣が展開する。
『リターンホーム』。転移の魔法だ。
「それじゃ、仕事も終わったしデキる女は定時で帰るわぁ。次は『無色透明な世界』で会いましょう?」
メアリとスレイブの姿が光に包まれ、そして消失した。部屋を覆っていた木の根も潮が引くように消えていく。
あとに残ったのは、破壊されたベッドと、焦げた壁紙と、割れた窓。
そして、壁に突き刺さったまま放置された魔剣バアルフォラスのみであった。
――――――・・・・・・ 「そんな……どうやって……!?」
ジュリアンを交えた指環の勇者達の会合に参加していたケツァクウァトルが、不意に蒼白な顔で言葉を零した。
彼女は宿の窓に駆け寄り、その向こうの一軒の酒場の二階を目視して、息を呑む。
「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
ケツァクウァトルの誘導に従ってスレイブの宿へ向かえば、そこで破壊された部屋と残された魔剣を目にすることだろう。
そこで魔剣は、この部屋で起こった一部始終を皆に伝えることになる。
エーテル教団を名乗るメアリという女が光の指環を伴って現れ、スレイブを倒して拉致していったこと。
彼女は虚無に呑まれたウェントゥスの依頼でスレイブを敵陣営へ引き込む為にここへ来たこと。
記憶の欠落に偽りの記憶を流し込み、指環の勇者の敵として仕立て上げるつもりであること。
『メアリは――ウェントゥスがシェバト内での破壊工作の為に戦力を欲していると言っていた。
ウェントゥスや眷属の飛竜には出来ない、都市中枢での破壊活動。標的に一つ、思い当たりがある』
ケツァクウァトルの加護で都市に手出しの出来ないウェントゥスが、都市を滅ぼす為に望んでいるモノ。
そして同時に、シェバトがウェントスに対抗し滅びに拮抗出来ている要とも言うべきモノ。
『都市制御中枢――"エアリアル・クォーツ"。ウェントゥスはスレイブにあれを破壊させるつもりだ』
失われしエーテリアル世界の遺産、風のクリスタル。
かつてケツァクウァトルはかの結晶がウェントスとは独立して存在していると言っていた。
虚無に呑まれたウェントゥスにとって、獅子身中の虫であったことは間違いない。
強大な風竜を打ち倒す鍵ともなるべき存在だ。
『頼む。スレイブを止めてくれるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。
ウェントゥスの強力な風魔法に対しても、僕の"呑み尽くし"は役に立てると思う。
身内の不祥事に力を借りる分際でこんな頼みは身勝手かもしれないけれど……』
魔剣の刀身を雫が伝った。
それが結露したただの水だったのか、それとも別の何かであったのか、彼には判断がつかない。
『相棒を……助けてくれ』
【スレイブ:黒曜のメアリに敗北し、偽りの記憶を植え付けられてウェントス陣営へ。
次ターンからエアリアルクォーツ破壊に向けて動き出します】
【ちょっと長くなりすぎたので要約
虚無に呑まれたウェントスは、シェバトを滅ぼす為にエアリアルクォーツを破壊しようとした。
→しかしケツァクウァトルによって自前の戦力も自身の巨体も阻まれて八方塞がり
→もっと小回りが効いて街中でも自由に動ける破壊工作員が欲しいなぁ
→なんか魔神殺しとか言う人間がすげえ死にたがってるっぽいしこいつ死んだら死体貰って魔導人形にしちゃおう!
→魔神殺し、パイセンと出会い魔剣を貰って頭がパァになる。舎弟として活き活き暮らしてるので別に死にたくない
→そうこうしてるうちに指環の勇者共が指環3つも手に入れるしエーテル教団とかいうのも指環持ってんじゃん!
→エーテル教団さん手を組もうよ。エーテル教団「ええよ」黒曜のメアリ派遣
→メアリ「魔神殺し捕獲したけど老害のシナリオ通りじゃつまらんしレシピにアレンジ加えるわ」
→スレイブ「オレニンゲンキライニンゲンコロス」今ココ】 >「虚無がなんなのかよく分かんねえ以上、その辺りはボコった後で聞けばいいだろうよ。
ああいうのは自分の居場所から叩き落してやるに限る。徹底的にな。
というわけでジュリアン。飛んでる間はお前とティターニアでどうにかしてくれ。
飛べなくなったところで俺とフィリアで殴る」
お、おおう……ジャン様がひじょーに男らしい提案をしましたの。
>「……策どころか提案ですらないな。俺に丸投げか?」
言われてみればごもっともですの!
ジュリアン様がちらりとわたくしを見て、それから溜息を吐きましたの。
すっごく失礼な事をされた気がするけど、案が出せないから言い返せませんの……ぐぬぬ……。
ふーんだ!いいもんですの!そういう賢そうな事は賢い人達ですればいいんですの!
いつもだって難しい事は大体リテラちゃんが考えてたし……って、あれ?
作戦とか、立ち回りとか、そういうのを考えるのはわたくしより賢い人達やリテラちゃんがやってくれて。
戦いだって……わたくしが全部一人でやってやるんですのー!なんて事は出来なくて。
ていうか一対一なら、多分スレイブ様にけちょんけちょんにされますの。
じゃあ、わたくしが出来る事って?おうじょさまのお仕事って……なんですの?
その答えを、すぐに思い浮かべる事が出来ないから……イグニス様は、わたくしに力を貸してくれなかったんですの?
>「……そういう事か。同列に並び立つ竜の力なら……試してみる価値はあるかもしれんな
「分かった――スレイブの奴には俺から提案しておく。決行は、そこの妖精の腕が生え次第……といったところか」
……わたくしが悩んでいる内に、作戦会議は終わってしまったようですの。
「え、えーと……実はわたくし、腕がちぎれるのって初めてでして……
どれくらいで生えてくるかとか、あんまりよく分かんなかったり……えへへ」
ひい!ジュリアン様が険しい顔でこっちを睨みましたの!
「……生えてくるまでは、なるべくケツァクウァトルの傍で過ごせ。
見たところお前は妖精と……死霊の中間と言った所だろう。
ならば守護聖獣の強い魔力を浴びていれば傷は癒える」
「あ……ど、どうもですの」
……そう言えばこの方、ダーマでは宮廷魔術師で、帝国の頃は主席魔術師でしたっけ。
強い魔力を浴びるといい……ふむふむ。
わたくし、普通の妖精とは作りが違うのにすぐにそういう事が分かっちゃうのは流石ですの!
「……で、でも死霊呼ばわりはいくらなんでもひどいですの!
そういうのは分かっても言わないで欲しいですの!デリカシーがないですの!」
「だが知らないままでいる訳にもいくまい?そんな事だから指環にも拒まれる」
「うぐ……そ、そういうところですの!もっと言い方とかあるはずですの!」
「ならば、どういう言い方なら良かったんだ?」
「それは……その、お手紙にして後でこっそり渡すとか……」
「……俺にそのような乙女じみた趣味はない。教導院の頃から、その手の嗜好は理解出来なかった」
あらやだ!ですの。お高く留まっちゃって!
なんて、ほんの少し気晴らしのお喋り……ジュリアン様はそうは思ってないかもだけど、に興じていると、
>「そんな……どうやって……!?」
不意にケツァク様が悲鳴じみた声を上げる。一体何が…… >「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
と問う前に、そのままケツァク様はまくし立てた。
わたくしは窓を叩きつけるように開けて、ケツァク様を振り返る。
「ケツァク様!道向かいのあの酒場ですのね!?どの部屋ですの!?」
「右から三つ目です!」
彼女の答えを聞いた瞬間、わたくしは窓から飛び出しましたの。
同時に左腕をムカデの王に……宿屋の屋根に伸ばし、体を引き寄せ加速。
窓を突き破って部屋に飛び込む。
「スレイブ様!ご無事で……」
そしてわたくしの目に映ったのは、荒れ果てた内装と……壁に突き刺さった、バアル君。
スレイブ様の姿は……どこにも見えない。
「バアル君……一体、何がありましたの?」
その問いの答えとして返ってきたのは、虚無の尖兵によってスレイブ様が連れ去られたという事実。
……わたくしが作った記憶の空白に、偽りの記憶を植え込んで、スレイブ様をわたくし達の敵に仕立て上げる。
>『メアリは――ウェントゥスがシェバト内での破壊工作の為に戦力を欲していると言っていた。
ウェントゥスや眷属の飛竜には出来ない、都市中枢での破壊活動。標的に一つ、思い当たりがある』
『都市制御中枢――"エアリアル・クォーツ"。ウェントゥスはスレイブにあれを破壊させるつもりだ』
その行為は……もしかしたら、わたくしのした事と大差ないのかもしれない。
この未熟な王は、自分が王としてどう在るべきで、何を果たすべきかも分かってない。
だけど……これだけは分かりますの。
わたくしは、スレイブ様を助ける為に、あの方の記憶をバアル君に食らわせた。
そうする事が、善なる行為だと思ったから……それが、わたくしのしたい事だったから。
>『頼む。スレイブを止めてくれるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。
ウェントゥスの強力な風魔法に対しても、僕の"呑み尽くし"は役に立てると思う。
身内の不祥事に力を借りる分際でこんな頼みは身勝手かもしれないけれど……』
だから……今度も同じですの!わたくしがする事は変わらない!
わたくしは、スレイブ様を助けてみせる!
>『相棒を……助けてくれ』
わたくしはバアル君の柄を掴む。同時に背中からムカデの王を生やし……左腕に巻きつける。
そのまま力任せに、バアル君を引き抜いた。
「引き受けた、ですの!」
そしてわたくしはティターニア様達へと向き直る。
「……とは言ったものの、わたくし頭が良くないから、これからどうすればいいのかよく分かりませんの」
こんな時に見栄を張っても仕方がない。
だからさっきと同じように、また賢いお二人に任せる事になりますの。
……いえ、別にジャン様がどうこうって話ではなくてですね?
「だけど……これだけは。事が始まってから言うのはズルだから、これだけは先に言っておきますの。
わたくしは……わたくしが善いと思った事の為に動きますの。ワガママを言っちゃうかもしれないけど……許してほしいですの」
【1ターンかけてカッコつけただけだった……】 >「分かった――スレイブの奴には俺から提案しておく。決行は、そこの妖精の腕が生え次第……といったところか」
「首都に行ったとき、お前の話題でいっぱいだったのはよく覚えてるぜ。
期待してっぞ宮廷魔術師!」
ジャンの皮肉混じりの激励に多少は反応してくれたのか、
ジュリアンは部屋から出る直前返答こそしなかったが、右手を振って応えてくれた。
「さって、あの空飛ぶオオトカゲに通じる武器を考えねえといけねえな。
ミスリルぐらいじゃ歯が立たねえだろうし、サクラメントじゃ小さすぎて
針を刺すようなもんだが……」
ティターニアにどこまでエンチャントによる強化ができるのか、
そうジャンが聞こうとして口を開いた瞬間だ。
>「そんな……どうやって……!?」
>「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
「まだ近くにいるかもしれねえな、ちょっと邪魔するぜ!」
現場に向かうべくフィリアが窓から飛び出した後、ジャンも身を屈めて通りに飛び出た。
通行人が数人ぎょっとした目でジャンを見るが、視線に構うことなく
ジャンは向かいの酒場に向かう。
そしてジャンはスレイブのいた部屋へと向かい、戦闘の余波で開かなくなっていたドアを強引に蹴り開けて入る。
部屋に入ってみれば凄まじいものだった。
壁は引き裂かれベッドはみじん切りにされ、家具も全て壊されている。
そしてその中心で、虫の王が魔剣を引き抜いていた。
>「引き受けた、ですの!」
「……なるほどな。始末しやすい奴から殺りに来たか」 恐らく単独で動いていたスレイブを狙い、ウェントゥスの眷属か協力者が暗殺しに来た。
そうジャンは最初考えていたが、魔剣から話を聞くうちに事態はさらに最悪の方向へと向かっていることを知った。
「スレイブの野郎……いやこの場合その女だな。スレイブは別に悪くない。
下手するとウェントゥスを守りに教団の連中が来るかもしれねえ、集団戦だな」
>「だけど……これだけは。事が始まってから言うのはズルだから、これだけは先に言っておきますの。
わたくしは……わたくしが善いと思った事の為に動きますの。ワガママを言っちゃうかもしれないけど……許してほしいですの」
ジャンが珍しく頭を使って考えているうちにフィリアは決意を固めたようだが、実戦で指環が認めてくれるかどうかが肝になる。
そうジャンは考えて、フィリアと同じ視線の高さになるようにしゃがんでフィリアと目を合わせた。
「フィリア。今お前が持ってるのはその魔剣や虫の力だけじゃねえ。
その指環もだ。もし認められたなら、戦ってる最中だろうが俺に伝えてくれ。
一つ策が閃いたんだ、馬鹿の俺でもできる簡単な竜落としの策がな」
そう言ってジャンは全員の顔を見回して、いつの間にかジュリアンがいることに気づいた。
「お前いつの間に!あ、ケツァルが呼んだのか、そりゃそうだな」
「部下が襲われてそのまま放っておく奴がいるか!それで策とはなんだ、オーク」
「オークじゃねえジャンだ!……策ってのは簡単だ。
鍛冶屋のおっちゃんに昔教えてもらったんだが、鉄ってのは堅いだろう?
ところがこいつを真っ赤になるぐらいまで熱したあと、冷たい水をぶっかけると脆くなっちまうんだ」
「竜族の鱗ってのは大体堅くて丈夫だったんだけどよ、たぶんウェントゥスの鱗は
それに輪をかけて堅いだろうよ。なら、なおさら効くんじゃねえか?」
「魔術は指環があっても全然俺は使えねえけどよ、冷や水ぶっかけるぐらいなら
指環の力で空中にいてもぶつけられるぜ」
一流の魔術師としてそのような現象にも詳しいであろうティターニアとジュリアンの
返答を待つように、そこでジャンは説明を終えた。
「ダメだったらまあ、俺が滅茶苦茶叫べば空飛ぶぐらいはできるかもしれねえ。
俺のご先祖様は叫ぶだけで雲を突き抜けるぐらい大きくなれたって言うしな」
【すいません、リアルが納期に追われてえらいことになってたので
次からはもっと早く書き上げます】 >「そんな……どうやって……!?」
>「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
ケツァクウァトルが突如として異変を察知し、スレイブが危ないと告げる。
>『メアリは――ウェントゥスがシェバト内での破壊工作の為に戦力を欲していると言っていた。
ウェントゥスや眷属の飛竜には出来ない、都市中枢での破壊活動。標的に一つ、思い当たりがある』
>『都市制御中枢――"エアリアル・クォーツ"。ウェントゥスはスレイブにあれを破壊させるつもりだ』
「そんな……酷すぎる!」
悩み苦しみつつもこの街を護り続けたスレイブに、自らの手でこの街を破壊させようとはなんという残酷なことをするのか。
>「ケツァク様!道向かいのあの酒場ですのね!?どの部屋ですの!?」
>「右から三つ目です!」
>「まだ近くにいるかもしれねえな、ちょっと邪魔するぜ!」
フィリアとジャンに続き、ティターニアも浮遊の魔力を纏い窓から飛び降りる。
駆けつけてみるとそこは酷く荒れており、生生しい戦闘の跡が刻まれていた。
スレイブの姿はすでになく、彼の魔剣バアルフォラスのみが残されていた。
>「バアル君……一体、何がありましたの?」
フィリアに問われ、バアルフォラスは苦しげに経緯を話す。
>『頼む。スレイブを止めてくれるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。
ウェントゥスの強力な風魔法に対しても、僕の"呑み尽くし"は役に立てると思う。
身内の不祥事に力を借りる分際でこんな頼みは身勝手かもしれないけれど……』
>『相棒を……助けてくれ』
>「引き受けた、ですの!」
フィリアが力強く請け負い、バアルフォラスを引き抜いた。
ティターニアも当然だ、と言わんばかりに頷く。
>「……とは言ったものの、わたくし頭が良くないから、これからどうすればいいのかよく分かりませんの」
>「だけど……これだけは。事が始まってから言うのはズルだから、これだけは先に言っておきますの。
わたくしは……わたくしが善いと思った事の為に動きますの。ワガママを言っちゃうかもしれないけど……許してほしいですの」 >「そんな……どうやって……!?」
>「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
ケツァクウァトルが突如として異変を察知し、スレイブが危ないと告げる。
>『メアリは――ウェントゥスがシェバト内での破壊工作の為に戦力を欲していると言っていた。
ウェントゥスや眷属の飛竜には出来ない、都市中枢での破壊活動。標的に一つ、思い当たりがある』
>『都市制御中枢――"エアリアル・クォーツ"。ウェントゥスはスレイブにあれを破壊させるつもりだ』
「そんな……酷すぎる!」
悩み苦しみつつもこの街を護り続けたスレイブに、自らの手でこの街を破壊させようとはなんという残酷なことをするのか。
>「ケツァク様!道向かいのあの酒場ですのね!?どの部屋ですの!?」
>「右から三つ目です!」
>「まだ近くにいるかもしれねえな、ちょっと邪魔するぜ!」
フィリアとジャンに続き、ティターニアも浮遊の魔力を纏い窓から飛び降りる。
駆けつけてみるとそこは酷く荒れており、生生しい戦闘の跡が刻まれていた。
スレイブの姿はすでになく、彼の魔剣バアルフォラスのみが残されていた。
>「バアル君……一体、何がありましたの?」
フィリアに問われ、バアルフォラスは苦しげに経緯を話す。
>『頼む。スレイブを止めてくれるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。
ウェントゥスの強力な風魔法に対しても、僕の"呑み尽くし"は役に立てると思う。
身内の不祥事に力を借りる分際でこんな頼みは身勝手かもしれないけれど……』
>『相棒を……助けてくれ』
>「引き受けた、ですの!」
フィリアが力強く請け負い、バアルフォラスを引き抜いた。
ティターニアも当然だ、と言わんばかりに頷く。
>「……とは言ったものの、わたくし頭が良くないから、これからどうすればいいのかよく分かりませんの」
>「だけど……これだけは。事が始まってから言うのはズルだから、これだけは先に言っておきますの。
わたくしは……わたくしが善いと思った事の為に動きますの。ワガママを言っちゃうかもしれないけど……許してほしいですの」 おもむろに向き直り、意味深な発言をするフィリア。
彼女は虫の妖精、人間とは違う価値観で動くこともあるかもしれない、ということかもしれない。
「うむ、どのような選択をするにせよ……後悔せぬようにな」
>「フィリア。今お前が持ってるのはその魔剣や虫の力だけじゃねえ。
その指環もだ。もし認められたなら、戦ってる最中だろうが俺に伝えてくれ。
一つ策が閃いたんだ、馬鹿の俺でもできる簡単な竜落としの策がな」
ジャンが閃いた策とは、一言で言えば熱して冷ますというものだった。
>「魔術は指環があっても全然俺は使えねえけどよ、冷や水ぶっかけるぐらいなら
指環の力で空中にいてもぶつけられるぜ」
「魔術というのは必ずしも物理的現象と同じとは限らぬがこの件に関してはそれで正解だ。
冷気と獄炎が備わり最強に見える、という慣用句もあるぐらいだからな。
あとは強力な魔法的加護もあると思われる竜の鱗に対してどこまで通用するかだが――」
>「ダメだったらまあ、俺が滅茶苦茶叫べば空飛ぶぐらいはできるかもしれねえ。
俺のご先祖様は叫ぶだけで雲を突き抜けるぐらい大きくなれたって言うしな」
半分冗談半分本気のようなジャンの心強い発言に頷くティターニア。
「ウォークライは冗談じゃなく頼りにしておるぞ」
「残念ながらあまりじっくりと策を練っている時間はありません。とにかく風のクリスタルのもとへ急ぎましょう!」
風のクリスタル防衛戦をする前提で話しているケツァクウァトルに、ティターニアが反論するが――
「スレイブ殿が洗脳されるのをなんとか阻止することはできぬのか!? テッラよ、光の指環の在り処は分からぬか?」
《ええ、残念ながら……。高度な隠蔽が施されているようです》
結局居場所が分からぬ以上、現れるであろう可能性が高い場所に待機しておくしか策が無いということで
ケツァクウァトルの先導で、風のクリスタルが祀られている"風の塔"に急ぐ。
「ケツァクウァトルは結界の維持に専念しろ。ウェントゥスに結界を突破されたらおしまいだ、一寸の隙も作るな。
お前達は塔の入り口、屋上、風のクリスタルの前でそれぞれ待機だ。俺は周辺住人を避難させる」
ジュリアンの指示の受け、対空の警戒は魔術師の自分が適任だろうということで、塔の屋上で待機するティターニア。
【すぐに攻めてくる感じでいってしまったが数日かけて洗脳される等なら
数日後に襲撃を感知した一行が警戒しているところに登場とかに変換してもらっても全く問題ない!】 恐らく単独で動いていたスレイブを狙い、ウェントゥスの眷属か協力者が暗殺しに来た。
そうジャンは最初考えていたが、魔剣から話を聞くうちに事態はさらに最悪の方向へと向かっていることを知った。
「スレイブの野郎……いやこの場合その女だな。スレイブは別に悪くない。
下手するとウェントゥスを守りに教団の連中が来るかもしれねえ、集団戦だな」
>「だけど……これだけは。事が始まってから言うのはズルだから、これだけは先に言っておきますの。
わたくしは……わたくしが善いと思った事の為に動きますの。ワガママを言っちゃうかもしれないけど……許してほしいですの」
ジャンが珍しく頭を使って考えているうちにフィリアは決意を固めたようだが、実戦で指環が認めてくれるかどうかが肝になる。
そうジャンは考えて、フィリアと同じ視線の高さになるようにしゃがんでフィリアと目を合わせた。
「フィリア。今お前が持ってるのはその魔剣や虫の力だけじゃねえ。
その指環もだ。もし認められたなら、戦ってる最中だろうが俺に伝えてくれ。
一つ策が閃いたんだ、馬鹿の俺でもできる簡単な竜落としの策がな」
そう言ってジャンは全員の顔を見回して、いつの間にかジュリアンがいることに気づいた。
「お前いつの間に!あ、ケツァルが呼んだのか、そりゃそうだな」
「部下が襲われてそのまま放っておく奴がいるか!それで策とはなんだ、オーク」
「オークじゃねえジャンだ!……策ってのは簡単だ。
鍛冶屋のおっちゃんに昔教えてもらったんだが、鉄ってのは堅いだろう?
ところがこいつを真っ赤になるぐらいまで熱したあと、冷たい水をぶっかけると脆くなっちまうんだ」
「竜族の鱗ってのは大体堅くて丈夫だったんだけどよ、たぶんウェントゥスの鱗は
それに輪をかけて堅いだろうよ。なら、なおさら効くんじゃねえか?」
「魔術は指環があっても全然俺は使えねえけどよ、冷や水ぶっかけるぐらいなら
指環の力で空中にいてもぶつけられるぜ」
一流の魔術師としてそのような現象にも詳しいであろうティターニアとジュリアンの
返答を待つように、そこでジャンは説明を終えた。
「ダメだったらまあ、俺が滅茶苦茶叫べば空飛ぶぐらいはできるかもしれねえ。
俺のご先祖様は叫ぶだけで雲を突き抜けるぐらい大きくなれたって言うしな」
【すいません、リアルが納期に追われてえらいことになってたので
次からはもっと早く書き上げます】 おもむろに向き直り、意味深な発言をするフィリア。
彼女は虫の妖精、人間とは違う価値観で動くこともあるかもしれない、ということかもしれない。
「うむ、どのような選択をするにせよ……後悔せぬようにな」
>「フィリア。今お前が持ってるのはその魔剣や虫の力だけじゃねえ。
その指環もだ。もし認められたなら、戦ってる最中だろうが俺に伝えてくれ。
一つ策が閃いたんだ、馬鹿の俺でもできる簡単な竜落としの策がな」
ジャンが閃いた策とは、一言で言えば熱して冷ますというものだった。
>「魔術は指環があっても全然俺は使えねえけどよ、冷や水ぶっかけるぐらいなら
指環の力で空中にいてもぶつけられるぜ」
「魔術というのは必ずしも物理的現象と同じとは限らぬがこの件に関してはそれで正解だ。
冷気と獄炎が備わり最強に見える、という慣用句もあるぐらいだからな。
あとは強力な魔法的加護もあると思われる竜の鱗に対してどこまで通用するかだが――」
>「ダメだったらまあ、俺が滅茶苦茶叫べば空飛ぶぐらいはできるかもしれねえ。
俺のご先祖様は叫ぶだけで雲を突き抜けるぐらい大きくなれたって言うしな」
半分冗談半分本気のようなジャンの心強い発言に頷くティターニア。
「ウォークライは冗談じゃなく頼りにしておるぞ」
「残念ながらあまりじっくりと策を練っている時間はありません。とにかく風のクリスタルのもとへ急ぎましょう!」
「ケツァクウァトルは結界の維持に専念しろ。ウェントゥスに結界を突破されたらおしまいだ、一寸の隙も作るな。
お前達は塔の入り口、屋上、風のクリスタルの前でそれぞれ待機だ。俺は周辺住人を避難させる」 「そんな……どうやって……!?」
ジュリアンを交えた指環の勇者達の会合に参加していたケツァクウァトルが、不意に蒼白な顔で言葉を零した。
彼女は宿の窓に駆け寄り、その向こうの一軒の酒場の二階を目視して、息を呑む。
「侵入者です!私の結界を破って何者かが街に……スレイブの逗留する宿に入り込みました。
巧妙に隠蔽されていたせいで今まで気付けませんでしたが……とにかく現場へ行きましょう」
ケツァクウァトルの誘導に従ってスレイブの宿へ向かえば、そこで破壊された部屋と残された魔剣を目にすることだろう。
そこで魔剣は、この部屋で起こった一部始終を皆に伝えることになる。
エーテル教団を名乗るメアリという女が光の指環を伴って現れ、スレイブを倒して拉致していったこと。
彼女は虚無に呑まれたウェントゥスの依頼でスレイブを敵陣営へ引き込む為にここへ来たこと。
記憶の欠落に偽りの記憶を流し込み、指環の勇者の敵として仕立て上げるつもりであること。
『メアリは――ウェントゥスがシェバト内での破壊工作の為に戦力を欲していると言っていた。
ウェントゥスや眷属の飛竜には出来ない、都市中枢での破壊活動。標的に一つ、思い当たりがある』
ケツァクウァトルの加護で都市に手出しの出来ないウェントゥスが、都市を滅ぼす為に望んでいるモノ。
そして同時に、シェバトがウェントスに対抗し滅びに拮抗出来ている要とも言うべきモノ。
『都市制御中枢――"エアリアル・クォーツ"。ウェントゥスはスレイブにあれを破壊させるつもりだ』
失われしエーテリアル世界の遺産、風のクリスタル。
かつてケツァクウァトルはかの結晶がウェントスとは独立して存在していると言っていた。
虚無に呑まれたウェントゥスにとって、獅子身中の虫であったことは間違いない。
強大な風竜を打ち倒す鍵ともなるべき存在だ。
『頼む。スレイブを止めてくれるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ。
ウェントゥスの強力な風魔法に対しても、僕の"呑み尽くし"は役に立てると思う。
身内の不祥事に力を借りる分際でこんな頼みは身勝手かもしれないけれど……』
魔剣の刀身を雫が伝った。
それが結露したただの水だったのか、それとも別の何かであったのか、彼には判断がつかない。
『相棒を……助けてくれ』
【スレイブ:黒曜のメアリに敗北し、偽りの記憶を植え付けられてウェントス陣営へ。
次ターンからエアリアルクォーツ破壊に向けて動き出します】 ……いえ、これは、幻?
赤く煌々と輝く、見た事もない都……。
『やぁ、妾の次の所有者は君になるのかな?小さき虫の王女様?』
背後から聞こえる、凛とした声。
振り返るとそこには真紅の翼を生やした、燃えるような赤髪の女性がいましたの。
「……あなたは、確か……イグニス、様……ですの?」
ジャン様とティターニア様から聞いた冒険譚に出てきた、焔の竜。
……竜の指環に力と命を捧げた、世界を愛した、かつての王。
『そう、妾はその指環に宿る力……。その指環に命を捧げた竜、イグニスだ。
妾の名と、今に至るまでの物語を、君は既に知っているのか。ならば話は早い』
不意に、イグニス様がその右手をわたくしに向けた。
……なんか、すっごく嫌な予感がしますの。
そう思った瞬間、わたくしとイグニス様を隔てるように、業火の壁が立ち昇る。
『……君に力は貸せない。炎の指環は、フィリア……君を持ち主とは認めない。
例え仮初だとしても。いや……仮初だからこそね』
「な……何故ですの!風竜ウェントゥスは虚無に呑まれたと聞きましたの!
虚無の使徒を野放しにすれば、この世界は滅びてしまうんじゃないんですの!?」
ジャン様の冒険譚を聞いていた時、ティターニア様は指環の始まりを聞かせてくれましたの。
かつてイグニス山脈で語られた物語……。
祖竜の乱心に、世界の滅びに抗う為に、イグニス様は生を捨て、小さな指環のその存在全てを捧げたのだと。
なのに、虚無に呑まれてしまうウェントゥスも……それを止める為の力を貸してくれない、イグニス様の考えも分かりませんの!
そりゃあ……わたくしは、王としてまだまだ未熟ですけれども……。
『なんだ、分かっているじゃないか。指環の力は救世の力だが……使い道を誤れば乱世を生む力となる。
かつて何人もの王が、指環の力に野心を燃やして、世を乱し、国を滅びしてきた。
妾は、王という存在が嫌いだ。その感情をひっくり返せるほど、妾はまだ君を知らない。それに……』
それに……なんですの?
『妾にはウェントゥスの気持ちも、分からないでもないのさ。
アクアとテッラは真面目で優しいから、多分理解出来ない……そんな考え、思いもよらないだろうけどね』
「ウェントゥスの……気持ち?な、なんですの?どういう事ですの?
あなたには、ウェントゥスが虚無に呑まれた理由が分かりますの?」
『あぁ、分かるとも。妾達は、同じ世界の為に命を捧げた王だ。分からないものか。
もっとも……妾がその理由を君に教える訳はないって事は、君にも分かるね?』
わたくしは、何も言葉を返せない。
『とは言え……まったくノーヒントと言うのも可哀想だ。
一つだけ、教えてあげよう……彼は、ウェントゥスは……虚無に呑まれた今もなお、王の心を失っていない。
いや……王であるからこそ、ただの指環になり切れなかったからこそ……虚無に呑まれてしまったのかもな』
「……ウェントゥスは、今でも王様のまま」
『あぁ、そうだ。君が彼に並ぶ王になれないのなら……妾が君に力を貸す事はないだろう』
……立派な王になって、虫の王国を作り、人々と共存する。
それはわたくしの夢であり、目標ですの。
いつもそこを目指して、旅をしてきたつもりでしたの。 始めはただ、怖かった。
如何なる大義があったにせよ、人を殺め続けたその罪を問われ、裁かれ、罰を受けることが何よりも恐怖だった。
きっと自分の殺した者達は、自分を赦しはしないだろう。然るべき報いとして、地獄へ堕ちることを望むだろう。
その怒りを、その怨みを、受け止めることが出来なかった。受け入れて、前に進む勇気を持てなかった。
『貴方が気に病むことはないわぁ。力のない者から死んでいくのは自然の道理でしょぉ?』
やがて恐怖は苦悩に変わり、その苦しみから逃れる為に『言い訳』を探した。
殺すことに意味があったのだと。彼らは世界の為に、死ぬべくして死んでいったのだと。
一を殺すことで十を救うことが出来たのだと無理筋な甘言で強引に自分を納得させようとした。
『実際そうだったじゃないのぉ。シェバトの住民はみんな貴方に感謝してるわぁ』
だが、出来なかった。どれだけそれらしい理屈を付けたところで、心に嘘は付けなかった。
自分が薄汚い人殺しであることは、この手が血に染まっていることは、拭い去ることが出来なかった。
『でもぉ、もっと薄汚いのはつらーい汚れ仕事を貴方に押し付けて適当に持て囃してきた人間達よねぇ?』
魔剣を握った時、それを救いだと思った。仮初の忘却は、抗いがたいほどに心地良かった。
何も想わず、何にも囚われず、ただ剣を振るい続けるだけの日々が、己の理想に合致していた。
『みんなが幸せになれるようなやり方なんてあるわけないわぁ。誰かが幸せになる影で、必ず誰かが不幸になる。
この街の人間達は、貴方や貴方の殺した連中に不幸にさせて、自分たちだけが幸せになってたのよぉ』
おかしいだろ。そんなの不公平だ。
『でもね。全員を幸せにする方法はないけれど……全員を不幸にする方法なら私知ってるわぁ。とっても公平でしょぉ?』
ああ――それはきっと、正しいな。
『貴方にも教えてあげる。自分なりの正しさを貫くやり方をね』
――――――・・・・・・ <シェバト上空・風竜ウェントゥス体内>
風紋都市の直上を滞空する巨大な竜は、風竜ウェントスの真なる姿であると同時に"居城"でもあった。
内部には無機物からなる空間が存在し、石造りを基調とした神殿めいた建造物が広がっている。
その最奥部に、『玉座』があった。風を司る王に相応しかろうとウェントゥス自身が構築した座間だ。
玉座は艶のある黒檀にしなやかな革を張ってあり、軽い者が腰掛けても仰向けになるくらい沈む。
肘掛けや背もたれには大量の宝石や貴金属が散りばめられていて、仄かな灯りにも乱反射して主の栄華をこれでもかと主張している。
ウェントゥスは凝り性だった。そして見栄っ張りだった。
家具と言うよりかは美術品めいた荘厳さに満ちた玉座に、ふんぞり返らんばかりに深く腰掛ける影が一つ。
鮮やかな薄緑の髪が清流のように煌めく小柄な少女が、床に付いていない足をぶらぶらと所在なさげに揺らしていた。
身に纏っているのは200年前の旧ダーマ王家の礼服だ。瀟洒なドレスの胸元には、不釣り合いなほどに数々の勲章が光っている。
少女の細い指先には、流麗な意匠の指環があった。
――指環を守護する四竜三魔が一角、『風』の属性を統べる風竜ウェントスである。
ウェントゥスの鼓動だけが響く玉座の間に、色のない空間の『凝り』が発生した。
転移の魔法陣が展開し、鈍い光に包まれて一つの人影がそこに出現する。
腰掛けたままうとうとしていたウェントゥスはぱっと顔を輝かせて飛び起きた。
「メアリ!帰ったか!」
ウェントゥスの駆け寄る先で、黒衣の女――黒曜のメアリが魔法陣から歩み出てきた。
彼女はひらひらと手を振ってウェントゥスに応える。
「首尾はどうじゃ?」
「上々よぉ。頼まれてた玩具がよーうやく調達できたわぁ」
「おお!一日千秋の思いで待っておったぞ!よくやってくれたメアリ!飴食べるか!?」
「いらない。あなたのくれる飴って甘すぎてくどいんだもの……いつか病気になるわよぉ?」
「ええ……そこが旨いんじゃろ。糖分は脳味噌のご褒美じゃからな。頭痒くなるくらいゲロ甘なのが儂の頭脳には丁度良いんじゃ」
メアリが魔法陣の中に手を突っ込み、スレイブを引っ張り出した。
自分の足で玉座の間に立つスレイブの姿を見たウェントスは両目をパチクリと動かしたあと怪訝に眉を潜める。
「死んどらんではないか。儂が頼んだのは魔神殺しの死体じゃぞ。話が違うじゃろ。飴やらんぞ」
「いらないってば。それよりこのスレイブ君だけどね、魔導人形にするより良い感じに仕上がってるわよぉ。
この子は今誰よりもシェバトを、人間を憎んでる。あの街を滅ぼすことに強い執念を持ってるわ。
全てが虚無に呑まれるまで、止まらない。無感情に破壊を繰り返す人形なんかよりよっぽど素敵でしょう?」
「……ほんとうか?ちゃんとあのシェバトのウジ虫共を根絶やしにしてくれるのか?」
疑いの目を向けるウェントゥスに、スレイブは顔色一つ変えずに頷いた。
「ああ。俺が必ずエアリアル・クォーツを破壊し、シェバトを滅ぼして見せよう。
……正義のない平和に甘んじてきた連中を、正しさのもとに、等しく地獄に叩き落す」
「そうか!そうかそうか!よい返事だな!飴をやろう!あまーい飴ちゃんをな!」
大粒の飴玉を真顔で頬張るスレイブに気を良くしたウェントゥスは鼻歌でも歌いそうなくらい弾んだ声を上げる。 「儂はずっとこの時を待っておった!イグニスのぼけなすもアクアのあほんだらもテッラのばかたれも……
仮にも属性の王たる者が揃いも揃って腑抜けておる!何が指環の勇者じゃ!
儂らの子に過ぎぬヒトなんぞに世界の行く末を託した憶えはないわ!連中には誇りと言うものが感じられん!
ケツァクにしたってそうじゃ。あいつはヒトに寄り添い過ぎた。思いっきり情が移っておるではないか!」
「あらぁ。その話私は黙って聞き捨てちゃっていいのかしらぁ?私達も一応人間なのだけれど」
「"今は"……じゃろう?指環は次々と目覚めておる。祖龍の復活は誰にも止めることは出来ん。
儂は祖龍より世界を預かった身じゃ。世界が虚無に堕ちし時、誰が指環の全てを手にするか……儂らが選ばなければならん」
ウェントゥスは拳を握り、石造りの空を仰いだ。
「『ティターニア』が生きておればのう……」
「ふぅん?」
メアリは訝しむように声を漏らした。
彼女の知っている"あの"ティターニアとはおそらく別人だ。元よりその名はユグドラシアにおいて代々襲名されるもの。
黎明の時代より世界を見守ってきたウェントゥスが、唯一指環の担い手として認めた存在。
追い求めているのは過去の幻影であり、だからこそウェントゥスはエーテル教団と手を組んだ。
「期待しておいて頂戴。"無色透明な世界"でなら、きっとまた会えるわぁ。
そのためにも、まずは目の前の問題から片付けないとねぇ。デキる女の秘訣は課題を一つ一つ完璧に解決することよ」
メアリは黒衣の中から細長い包みを取り出してスレイブに差し出した。
中身は鞘に収められたままの長剣だ。使い込まれているが刀身に曇りはなく、スレイブの手によく馴染んだ。
「これは……」
「ダーマ王府の宝物庫から持ち出しておいたわよぉ。良い剣なんだからもっと大事に扱いなさいな」
バアルフォラスと出会うまでスレイブが使っていた愛剣だった。
魔族の刀匠が打った長剣で、特異な能力などは何もないが折れず曲がらず良く斬れる。ただそれだけの剣。
だが剣士の技に良く応え、魔神さえも叩き斬った正真正銘の名剣だ。
「よし。そうと決まれば迅速果断じゃ。お主に『力』をくれてやろう」
ウェントゥスが己の指から指環を抜き取り、スレイブに握らせる。
7つのドラゴンズリングが一つ、"風"の指環。竜に認められし者だけが手にすることのできる絶大なる力の根源。
指環に輝きはない。スレイブが真の意味でウェントゥスに認められたわけではなく、あくまで傀儡でしかないからだ。
「これよりお主は儂の剣じゃ。最初で最後の命令を与える。風紋都市シェバトの制御中枢、エアリアル・クォーツを破壊せよ」
スレイブは右手の中指に指環を嵌め、愛剣の握りを確かめるように二三度振るってから頷いた。
「任せておけ。俺の正しさを、これから証明して来る」
暴力的な甘さの残る飴玉を、奥歯で噛み砕いた。
・・・・・・―――――― シェバト市街の路地裏に、転移の魔法陣が展開した。
陣から迸る光が二人分の輪郭に収束し、スレイブとメアリの足が同時に地面を踏む。
「……風の塔から随分遠くに出たな」
「守護聖獣の探知網に引っかからない位置だとここが限界なのよぉ。あなただって転移した瞬間囲んでボコられたくないでしょ?」
「そうだな。まぁ構いやしないさ、この街は俺の庭だ。ここからなら最短ルートを踏める」
「そぉ。それじゃ私のお使いはここまでよぉ。あとよろしくねぇ」
「破壊を確認して行かないのか?」
「どうせウェントゥスも指環越しに見てるわよぉ。それに私そんなに暇じゃないし。デキる女は引っ張りだこなの」
「……食えない女だ」
手をひらひらと振りながら転移魔法陣の中に消えていくメアリを目の端で見送ってから、スレイブは風の塔へ向けて歩き始めた。
「静かだな。住民共を避難させているのか」
風の塔周辺からは人の気配が消え、活気のある大通りにすら猫一匹歩いていない。
こちらの襲撃は読まれているようだ。おそらくあの部屋に残してきたバアルフォラスから聞いたのだろう。
正味問題は無かった。閉鎖されたこの街に逃げ場などない。エアリアル・クォーツが破壊されれば街ごと滅ぶ運命だ。
深呼吸をする。作りかけの食事や、石畳の砂塵、干されたシーツ……それら『街の匂い』が鼻をくすぐる。
何千何万回と嗅いできた匂い。スレイブ・ディクショナルという人間が護り続けてきた人の営みの残り香。
「全てが……忌々しい……!」
怨嗟を双眸に滾らせて、彼は風の塔を目指す。
シェバトは中央に向かうにつれて細長い路地が密集した構造だ。真っ直ぐ目的地へ行くのは至難だろう。
しかしスレイブには無用の憂慮であった。魔力を込めて石畳を踏む。鎧に仕込まれた魔術が発動し、彼は空高く飛び上がった。 スレイブの纏う鎧――ダーマ王府制式魔導鎧『屠竜三式』は、上空を舞う竜種と戦う為に生み出された装備だ。
脚部に施された魔術により跳躍力を超強化し、高所にある竜の逆鱗を直接剣で攻撃する戦術を可能としている。
そしてシェバトのような建物の密集した地形においてはその真価を発揮する。
障害物を無視して街を飛び回れるのだ。
「見つけた」
民家の屋根、塔の先端、風車の羽根を次々に飛び渡り、やがてスレイブは風の塔へと辿り着いた。
教会の十字架の上に立つ彼の目の前には、三人の冒険者が対峙していた。
「やはり立ちはだかると思っていたぞ、指環の勇者たちよ……!」
ティターニア、ジャン、フィリア。かつてスレイブと戦い、魔剣を破り、彼を打ち負かした者達。
だが今のスレイブには風の指環がある。ウェントゥスの強大なる力の後ろ盾がある。
「……お前達も、ヒトの為に戦うんだな。ヒトの願いの為に世界を変えようとしてるんだな」
己の身体の中に、経験したことのない程に巨大な魔力が膨れ上がるのを感じる。
これが指環の力。今だウェントスに認められていないスレイブでさえ、これほどの魔力を手にすることができる。
「自分本位で薄汚いヒトの欲望だ。この街の全ての人間と共に……俺が叩き潰す」
スレイブが指先を宙に翳すと、そこに巨大な魔法陣が展開した。
「『エアリアルスラッシュ』」
呪文を唱えた刹那、風の塔を丸々飲み込まんばかりに巨大な真空の刃が魔法陣から撃ち放たれた。
ティターニアが用いるそれとは比べ物にならないほどの威力を秘めた風魔法。
スレイブは風の塔ごとエアリアルクォーツを叩き斬るつもりだ。
【洗脳完了。ウェントゥスから風の指環を受け取ってエアリアルクォーツの元へ。大規模な風魔法を叩き込む】 最近また規制が横行しているようなのでこちらのスレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
を暫定的にひとまず規制時の連絡場として指定しておこうと思う
規制されて行方不明者が出てからでは遅いからな
他にもっといい場所がある、あるいは専用スレを立ててほしいもしくは専用板を作ってほしい等の要望があれば遠慮なく言ってくれ
本スレだけ見ればいい今のシンプルなスタイルが気に入って参加している者もいるかと思うゆえ飽くまでも規制対策ということで >「うむ、どのような選択をするにせよ……後悔せぬようにな」
「違いますの。後悔しない為に、選択するんですの」
>「フィリア。今お前が持ってるのはその魔剣や虫の力だけじゃねえ。その指環もだ。
「うっ……それを言われると、ちょっと自信が……いえ、必ず自分のものにしてみせますの。
スレイブ様を助ける為にも、立派なおうじょさまになる為にも」
>もし認められたなら、戦ってる最中だろうが俺に伝えてくれ。
一つ策が閃いたんだ、馬鹿の俺でもできる簡単な竜落としの策がな」
「……お聞きしても?」
……なるほど。
わたくしには鍛冶も魔法の理屈も分かりませんの。
だけど……多分、要するに、こういう事でしょう?
「誰かを思いっきりぶん殴ってやりたいなら、まずは思いっきり振りかぶってから……そういう事ですの?」
>「ダメだったらまあ、俺が滅茶苦茶叫べば空飛ぶぐらいはできるかもしれねえ。
俺のご先祖様は叫ぶだけで雲を突き抜けるぐらい大きくなれたって言うしな」
>「ウォークライは冗談じゃなく頼りにしておるぞ」
「叫ぶと、おっきく?……えっ?」
ティターニア様はあっさり聞き流してるけど……えっ?
ここ、疑問に思う方がおかしいとこなんですの?
……立派なおうじょさまになるには、もっと見識を広めなきゃいけないみたいですの。
>「残念ながらあまりじっくりと策を練っている時間はありません。とにかく風のクリスタルのもとへ急ぎましょう!」
>「ケツァクウァトルは結界の維持に専念しろ。ウェントゥスに結界を突破されたらおしまいだ、一寸の隙も作るな。
お前達は塔の入り口、屋上、風のクリスタルの前でそれぞれ待機だ。俺は周辺住人を避難させる」
……結局、腕が生えてくるのを待つ暇はありませんでしたの。
事前に練っていた策も、スレイブ様なしでは十全には実現出来ない。
だけど……そんな事は、些細な事。
決意を固めない理由には、心を燃やさない理由には、なりませんの!
と……不意に、マントの内側に仕舞った指環がほんの一瞬、熱を帯びる。
だけどすぐに熱は収まり……イグニス様からの声も聞こえてこない。今のは、一体……?
いえ、その答えを自ら見出だせないようでは、指環に認めてもらう事など出来ませんの。
例えこれから戦いに臨むのだとしても……ただ戦い、ただ勝つだけでは足りない。
ウェントゥスとの戦いを見据えるのなら……わたくしは、わたくしは……何かを見つけなきゃいけない。
その何かが何なのかすら、分かっていなくても。
「……わたくしは、クリスタルの前で待っていますの。
万が一、塔の中まで潜り込まれても……好き勝手になんか、絶対させませんの」
そう言って窓から表通りに飛び降りると、バアル君を一度石畳に突き刺す。
そしてマントの縁を掴み、広げる……その内側から女王蟻の大顎が、かきん、かきんと、甲高い音を奏でた。
その音の意味は、シェバトに住まう虫達だけが理解出来る。
「……虫さん達。わたくしの目と耳になりなさい、ですの」
スレイブ様がどこから来たとしても、わたくしの網から逃れる事は出来ませんの。
バアル君を引き抜いて、風の塔へ向かい、風のクリスタルの真ん前へ。
……背中の羽が、三対六本の腕に変わる。細くたおやかな女王蜘蛛の腕に。
塔の中に蜘蛛の糸が張り巡らされていく。これで少なくとも捨て身の突撃は叶わない。 クリスタルの前に座り込み、バアル君を横において、わたくしは炎の指環を懐から取り出す。
そして考える。あの紅の都で、イグニス様が語った言葉について。
ウェントゥスは今でも王のままで、彼に並ぶ王になれとイグニス様は言っていた。
……でもウェントゥスがどういう王なのか、わたくし知りませんの。
戦いの中で、それを知る事が出来るのかなって……ちょびっと不安になりますの。
「……ええい!こんなんじゃだめですの!もっと王様らしく!
なにはなくとも、不安がってる王様なんてぜったいだめだめですの!」
それから暫しの時が流れ……わたくしの触角が、虫達の奏でた微かな合図を捉えた。
「……来ましたの」
塔の外に出て、スレイブ様の姿を認める。
>「やはり立ちはだかると思っていたぞ、指環の勇者たちよ……!」
「……あら、わたくしは別に、指環の勇者じゃありませんの。まだ指環に認めてもらえてないし」
>「……お前達も、ヒトの為に戦うんだな。ヒトの願いの為に世界を変えようとしてるんだな」
一縷の望みをかけて言ってみた冗談に、スレイブ様は何の反応もしませんでしたの。
どんなに敵意を昂ぶらせていても、聞けば答えてくれたスレイブ様は……あそこにはいない。
>「自分本位で薄汚いヒトの欲望だ。この街の全ての人間と共に……俺が叩き潰す」
「えぇ、話はとてもシンプルですの。さっきと何も変わらない。わたくしは、したい事を、するだけですの!」
スレイブ様がわたくし達へと指先を突きつけ、虚空に魔法陣が描かれる。
同時に、わたくしもまた動き出していた。
左手に握り締めたバアル君を、スレイブ様に突きつける。
瞬間、わたくしの左腕がムカデの王と変貌し、放たれた風刃へとバアル君の切っ先が迫る。
……あの時、スレイブ様は確か、こう言っていた。
>「『エアリアルスラッシュ』」
『飲み干せバアルフォラス!』
風竜の加護を得たスレイブ様の魔法を、バアル君が完全に飲み干せるのかは分からない。
だけど完全に吸収出来なくても、ちっちゃくしちゃえばお二人がなんとかしてくれますの!
「……あなたの手の内にあるべきは、その指環じゃない!」
なんて考えをお二人に伝えるよりも早く、わたくしは気がつけば叫んでいましたの。
「覚えているでしょう!あなたの相棒が、誰なのかを!
この心優しき魔剣が、あなたの手中にない事を……悔しいと、返せと、あなたは思えるはずですの!」
【ひぃ、ひぃ、また遅くなっちゃってごめんなさーい!おしごといそがしかったの……
避難所の件、了解しました! >「ケツァクウァトルは結界の維持に専念しろ。ウェントゥスに結界を突破されたらおしまいだ、一寸の隙も作るな。
お前達は塔の入り口、屋上、風のクリスタルの前でそれぞれ待機だ。俺は周辺住人を避難させる」
「分かった。スレイブの野郎をまた殴るのはちょっとつらいけどよ」
正面から突っ込んでくることに備え、また室内では大柄なジャンは動きづらいだろうということで
入り口近くでジャンはスレイブの襲撃を待つことになった。
既に住人たちの避難は終わり、風の塔の周囲は静かなものだ。
高さの違う石造りの建物が立ち並び、人だけがいない風景。
それはきっと、凄まじい力を持った指環の主が戦うには相応しい場所なのだろう。
「力ある者は孤独である。であれば我ら弱者であるべし。
……だったか?どうにも詩ってのは分かりづれえな、なぁスレイブ」
指に嵌めたアクアの指環がかすかに震え、指環に認められずとも指環の所持者が近づいてくることを教えてくれる。
ジャンは建物の屋上を飛び移り、こちらへと殺気をむき出しにして向かってくるスレイブをただ見つめていた。
>「やはり立ちはだかると思っていたぞ、指環の勇者たちよ……!」
「……指環の勇者じゃねえ、ジャン・ジャック・ジャンソンだ。
その指環、借りてきたんだな。アクアが教えてくれるぜ。
借り物でいきがってる馬鹿がいるってよ」
アクアの指環がジャンに応えるように強く光る。スレイブが持つウェントゥスの指環も一瞬きらめいて、
素人目にも一目で強大だと分かる魔法陣が空中に展開された。
>「『エアリアルスラッシュ』」
>『飲み干せバアルフォラス!』
あらゆるものを飲み尽くす魔剣と、かつて世界を支配した力の一端が衝突する。
一瞬だけ均衡を保っていた衝突はやがて崩れ始め、飲み尽くせなかった一部が
徐々に周囲へと飛び散り始めた。 「フィリア!そのまま呼び続けろ!何が起きても、一歩も引くんじゃねえぞ!!」
ジャンは飛び散った風の刃が自分を掠めるのも気にすることなく、力の均衡点に向かって指環を掲げる。
「指環を飲んだナウシトエは認められずとも竜みてえな姿になった。
指環を借りたお前もこんな魔法が使える。
だったらよ、指環に認められた俺は……」
その瞬間、指環から湧き出た水がジャンを包む。
水晶のごとく透き通った水が映し出すのは、ジャンの身体が変貌していく過程だ。
大きな身体はさらに大きくなり、竜の鱗のようなものが全身を覆っていく。
手と足には鋭い爪が生え、背中には竜のそれと分かる翼が徐々に形成されていった。
いかにもオークと一目で分かる顔も竜のように角と牙が生え、もはや悪魔と呼んでもよい形相に作り替えられていく。
そして包んでいた水が弾け飛び、指環の力を文字通り身に纏ったジャンが
中から翼をはためかせて飛び上がった。
「完全に、何一つ漏らすことなく力を扱えるってことだよ」
そして背後にスレイブのそれとほぼ同じ大きさの魔法陣を展開し、大きく息を吸い込む。
ウォークライに指環の魔力をありったけ乗せて放つ、竜の咆哮を放つために。
「オオオォォォォガアァァァァ!!!」
普通のウォークライをはるかに超える音圧はもはや衝撃波の域であり、
指環の魔力は真空の刃に容赦なく浴びせられる。
そして咆哮を放った直後、ジャンは続けざまに指環の魔力を開放する。
水を圧縮して作った水流の槍、これを十本ほど瞬時に作り上げてスレイブへと投擲した。
(でかい口叩いちまったが、これ長くは使えねえな……
腹減ってきたし頭痛が酷い、これだから魔術だか魔法ってやつは!)
しばらくスレイブへと牽制目的で水流の槍を投げ続け、
時折頭痛を振り払うように頭を振って、ティターニアへと念話を飛ばす。
『ティターニア、スレイブ以外の奴はこの辺りにいるか?
指環のおかげで頭が良くなったのかもしれねえ、さっきから
嫌な予感がするんだ。スレイブを連れ去った奴が塔に直接来るんじゃねえかとか、
増援が来るんじゃねえかとかそういう予感が頭をよぎる!』
【避難所の件分かりました、本スレだけで済めばよかったんですが
今の規制具合じゃ仕方ないですね】 >「分かった。スレイブの野郎をまた殴るのはちょっとつらいけどよ」
>「……わたくしは、クリスタルの前で待っていますの。
万が一、塔の中まで潜り込まれても……好き勝手になんか、絶対させませんの」
対空攻撃手段を持つティターニアは屋上、パワーファイターのジャンは正面扉、
索敵能力に優れたフィリアはクリスタルの前で、それぞれ襲撃に備える。そして――
《この気配は……風の指環! 気を付けて! ウェントゥスに指環を貸し与えられたようです!》
とのテッラの警告の直後、彼は現れた。おそらく気付いたのは3人ほぼ同時。
建造物を足場にまるで飛ぶように跳ぶ人影が近づいてきて、風の塔正面の境界の十字架の上に屹立する。
>「やはり立ちはだかると思っていたぞ、指環の勇者たちよ……!」
>「……あら、わたくしは別に、指環の勇者じゃありませんの。まだ指環に認めてもらえてないし」
>「……指環の勇者じゃねえ、ジャン・ジャック・ジャンソンだ。
その指環、借りてきたんだな。アクアが教えてくれるぜ。
借り物でいきがってる馬鹿がいるってよ」
「ジャン殿よ、こやつに長いフルネームは覚えられまい。ティタぴっぴと愉快な仲間達でどうだ」
フィリアと同じく、洗脳を切り崩せはしないかとほんの僅かな可能性に期待して言ってみるも、当然無意味であった。
元のスレイブならたとえ命のやり取りの最中であろうと即突っ込んできたはずだ。
>「……お前達も、ヒトの為に戦うんだな。ヒトの願いの為に世界を変えようとしてるんだな」
「何、指環を集める旅をしていたら結果的に人助けイベントに巻き込まれているだけだ」
実際に、この三人は全員人間ではない。フィリアに至っては虫族の未来のために行動すると明言している。
ここでいうヒトとは人間という意味ではなく、もっと大きな概念を指すのだろう。
この世界に生きる個々の存在、と言ってしまっていいほど広い概念かもしれない。
そうすると、今のスレイブはその中に含まれない存在の側に立っているということ。
個々の存在の思惑を超越した何か――彼のバックにあるのはそんな存在なのだ。
とはいえ、ウェントゥスとエーテル教団勢力がどこまで一枚岩なのかは未だ不明。
ウェントゥス自体が洗脳されている可能性すらある。
「借り物とはいえウェントゥス自身が貸し与えたものだ……侮れぬぞ!」
>「自分本位で薄汚いヒトの欲望だ。この街の全ての人間と共に……俺が叩き潰す」
>「『エアリアルスラッシュ』」
スレイブが指を翻すだけで、塔が真っ二つになりそうな程のふざけた威力の真空刃が放たれる。
とっさにフィリアが魔剣に呑み尽くしを要請する。
>『飲み干せバアルフォラス!』
>「……あなたの手の内にあるべきは、その指環じゃない!」
>「覚えているでしょう!あなたの相棒が、誰なのかを!
この心優しき魔剣が、あなたの手中にない事を……悔しいと、返せと、あなたは思えるはずですの!」
考えてみれば知性を食らうなんて物騒な魔剣が、こんな持ち主想いの性格になったとは不思議なものだ。
しかしとある伝説によると、ヒトが知恵を身に着けたことそれ自体が原罪だという。
彼が罪の意識を忘れるために使われたのは必然だったのかもしれない。 >「指環を飲んだナウシトエは認められずとも竜みてえな姿になった。
指環を借りたお前もこんな魔法が使える。
だったらよ、指環に認められた俺は……」
指環の力によって、ジャンの姿が竜化していく。
《あれは"竜装"――彼はアクアと相当連携が取れているようですね。私達も負けられませんよ! "竜装"――ダイナスト・ペタル!》
>「オオオォォォォガアァァァァ!!!
桁外れのウォークライが、バアルフォラスで防ぎきれなかった真空刃を迎え撃つ。
「――プロテクション」
ティターニアによって塔の前に展開された巨大な魔力壁が、二つの妨害を潜り抜けて到達した真空刃の余波を防ぐ。
通常のプロテクションではなく、大地の指環の力によるものだ。
そしてジャンと同じく、ティターニアもまた姿が変化している。
髪は新緑のような緑色と化し、背には竜の翼が現れ、随所に竜の鱗が現れ籠手や脚絆を身に着けたような姿。
竜装"ダイナスト・ペタル"――大地の属性のうち、植物を司る側面を前面に押し出したものだ。
「これは……!?」
《より心の深いところを見せてくれましたからね――シンクロ率が上がったということです》
ティターニアはジャンが水流の槍を投げるのに合わせ、エーテルセプターを振るう。
そこから伸びた無数の魔力的な蔦がスレイブを拘束せんと襲い掛かる。
>『ティターニア、スレイブ以外の奴はこの辺りにいるか?
指環のおかげで頭が良くなったのかもしれねえ、さっきから
嫌な予感がするんだ。スレイブを連れ去った奴が塔に直接来るんじゃねえかとか、
増援が来るんじゃねえかとかそういう予感が頭をよぎる!』
ジャンが指環を通して念話を送ってきた。
この場に増援が来るとしたら、メアリか、ウェントゥス自身か、といったところだろう。
(テッラ殿、光の指環が近づいている気配は無いか!? それとウェントゥス本体の動向にも注意だ)
そうテッラに心の中で問いかける。
メアリはスレイブ洗脳するだけして去ったと思われるが、そう見せかけて近くで様子を見ている可能性も否定できない。
王様気質のウェントゥスはスレイブが元気な間は自分では出張ってきそうにはないが――警戒しておくに越したことはないだろう。 【すまねーちょっと時間かかってて一週間オーバーしちまうかもしんねー!
必ず書くのでほんの少しだけ待っててくれ!】 >>254
お前が遅筆なのは、毎回アホみてえにクソ長い文章書いてるからだろw
どうせ中身ないんだから、もう少し文章量削ってさっさと投下しろよ
他のやつは皆そうしてるぞ 風の塔を根本ごと切断可能なほどに巨大な真空刃、エアリアルスラッシュ。
巻き込まれれば指環の勇者三人ともが胴体から分かたれるであろう威力に、しかし彼らは怖じることなく迎え撃った。
>「えぇ、話はとてもシンプルですの。さっきと何も変わらない。わたくしは、したい事を、するだけですの!」
フィリアが隻腕を百足へと変じ、真空刃に向けて伸ばす。
その甲殻質な手指には、臙脂色の魔剣が握られていた。
『こうして君へ切っ先を向けるのは二度目だね、スレイブ。これを裏切りだと思うかい?』
>『飲み干せバアルフォラス!』
真空刃と魔剣の刀身とが交錯し、バアルフォラスは鳴動した。
魔法の術式を噛み砕き、純粋な魔力として吸収する魔剣の秘奥、『呑み尽くし』。
エアリアルスラッシュが一瞬停滞し、少しずつ小さくなっていく。
「見込みが甘いぞ蟲の王。たかが魔剣の一振りで風竜の魔力を喰らいつくせるものか」
スレイブは元の使い手として感覚で知っている。バアルフォラスによる魔法の分解には限界があった。
半分ほどの大きさになった真空刃が、魔剣を押し返し始めた。威力はまだまだ健在だ。
「指環とは素晴らしい力だな。ヒト共がこぞってこれを求めるのも……今なら分かる」
スレイブは指環からさらに力を引き出し、真空刃への"追い風"を作り出す。
魔剣ごと叩き斬るつもりだ。
>「……あなたの手の内にあるべきは、その指環じゃない!」
強風吹き荒れる中、フィリアは叫んだ。声は矢のように鋭くこちらまで届く。
>「覚えているでしょう!あなたの相棒が、誰なのかを!
この心優しき魔剣が、あなたの手中にない事を……悔しいと、返せと、あなたは思えるはずですの!」
「抜かせ。ただ忘れるだけの救いに意味などない」
魔剣の優しき忘却は、確かにスレイブにとって救いになった。
だが、忘れるだけだ。現実は何も変わっちゃいない。押し付けられた苦しみは、消えてなくなったわけじゃない。
現実を、ヒトを、変えられるのは圧倒的な力だけだ。いまスレイブの手の中にはそれがある。
「この苦悩を俺だけが、抱え込まなければならない理由があってたまるか」
『分からないなスレイブ。誰かに苦しみを分け与えれば君は幸せになれるのかい』
「勘違いするなよバアルフォラス。俺は幸せになりたいわけじゃない。皆を不幸にしたいんだ」
スレイブを突き動かすものの根底には、『失望』があった。
彼に全てを押し付けたシェバトの人々への失望。仮初の救いでしかない魔剣への失望。
――追い詰められるだけで何も変えようとしてこなかった自分自身への失望。
それら全てのマイナスを精算する為に、彼は今ここに立っている。
>「フィリア!そのまま呼び続けろ!何が起きても、一歩も引くんじゃねえぞ!!」
ぶつかり合う風と剣の余波が周囲を切り刻む中、刃の嵐をかき分けるようにしてジャンが前に出る。
>「指環を飲んだナウシトエは認められずとも竜みてえな姿になった。
指環を借りたお前もこんな魔法が使える。だったらよ、指環に認められた俺は……」
むくつけきハーフオークの肢体を水の魔力が包み込んだ。
ジャンの分厚い皮膚が硬質な鱗に覆われ、禍々しい形相へと肉体そのものを造り替えていく。
やがて水の膜が弾け散った時、そこにいたのは一体の竜だった。 >「完全に、何一つ漏らすことなく力を扱えるってことだよ」
目の前で竜へと変じたジャンに、スレイブは眉を立てて唾を呑んだ。
「……何だ、あれは。指環にあんな力があるのか。どうなっている、ウェントゥス?」
指環を通じてリンクしている『風竜』内部のウェントゥスから、困惑の応答が返ってきた。
『え……知らん……なにあれ怖っ……』
指環は竜の力を封じた魔具だ。
肉体が消滅し、存在の全てを指環に移したアクアの力を完全に引き出すことが出来れば、あるいは。
ジャンはその身を依代として、『水竜アクア』を喚び降ろしたのだ。
竜の翼がはためき、背負うようにしてスレイブのもとの同等の魔法陣が展開する。
>「オオオォォォォガアァァァァ!!!」
波濤――否、叩き付ける瀑布にも似た圧が来た。
圧の正体は雄叫び、オーク族の用いる戦術咆哮ウォークライだ。
しかし大気を震わせる砲声には音圧という表現で片付けられない威力が秘められている。
音の速さで殺到する莫大な魔力の壁が、回避の逡巡を待つこと無くスレイブを襲った。
「く……!!」
金管楽器をぶち撒けるような音と共に、スレイブが展開していた魔法陣が盾となって砕け散った。
ウォークライには術者の集中力を削ぎ魔法を妨害する効果がある。
しかし今起きた現象は単なる術式の阻害ではなく、魔法自体の破壊――!
『竜轟(ドラグ・ロア)じゃと……!?ばかな、ヒトの身で扱える技ではないぞ……!』
「魔力を乗せた咆哮か。発動済みの魔法さえも消し飛ばすとはな……先に奴を始末すべきだったか」
スレイブは尖塔を真下へ走るようにして駆け下り、跳躍術式の速力で一気にジャンへと肉迫する。
同時、指環から力を引き出して自分を覆うように小規模な風のフィールドを形成。
「風の鎧を纏って音の壁を突き抜ける。保つのは一瞬だけで良い……一瞬あれば俺の剣が奴の喉に喰らいつく」
『ま、待て!どんな隠し種があるかも分からんのじゃぞ!?』
スレイブは主の忠告を無視して吶喊した。
ヒトならざる膂力を誇るオーク相手に接近戦を挑む。同じく人知を超えた速度域に立つスレイブにならばそれができる。
しかし雇い主の意向とは食い違いがあった。
『ああああもう!〈タービュランス〉!!』
強烈な竜巻が発生してスレイブを横合いから殴りつけた。
スレイブはバランスこそ崩さなかったものの、突進の勢いを削がれて横に逸れる。
直後、それまでスレイブが踏んでいた石畳に無数の水の槍が突き刺さった。
放ったのはジャンだ。鉱石を断つほどにまで圧縮された水が、石畳とその下の地盤さえも穿っていた。
「オークが魔法を使っただと……?」
『こっこのあほーーっ!!あやつのバックにはアクアがおるんじゃぞ!水魔法くらい使えるに決まっとるじゃろ!』
竜轟さえ乗り越えれば近接戦闘の土俵に持ち込めると侮ったのはスレイブの判断ミスであった。
飛来する追撃の水槍を紙一重で躱しながら、彼は悪びれもせずに吐き捨てる。 「次は魔法を考慮に入れて斬る。それだけだ」
『あほ!ばーか!あほ!儂が助けんかったらお主今ので死んどったからな!』
「……余計な真似を。これは俺の戦いだ、手を出すなウェントゥス」
『はぁーーーっ!?お主は儂の傀儡じゃろうが!メアリ!メアリどっかで見とるんじゃろ!?
お主のくれたこの傀儡全然儂に操縦されないんじゃけど!!じゃから儂死体でくれって言ったのに!!』
指環から聞こえてくる主の罵声を聞き流しながらスレイブは疾走する。
ジャンが間断なく打ち込んでくる水槍をときに伏せ、時に民家の壁を使って回避し、躱せないものは斬り落とす。
「『ブロウネイル』」
戦闘の呼吸を縫うようにしてこちらも負けじと風の刃を応射する。
その全てがウェントゥスが用いる規模の、つまりは一軒家くらい余裕で真っ二つにできる威力の刃だ。
それらはジャンの撃ち漏らした真空刃と融合し、より強力な無数の刃となって風の塔へと降り注ぐ。
>「――プロテクション」
それを阻むかのように巨大な障壁魔法が屹立した。
弾雨の如く突き刺さる風の刃と障壁とが激突し、相殺し、一切合切が霧散する。
障壁を創り出したのはジャンではない。だが、指環の力と拮抗できる魔力の持ち主は指環以外にはない。
「大地の指環……ティターニア!」
『は?ティターニア?』
砕け散った障壁の向こうに、指環の勇者の姿があった。
ジャンと同じように甲殻や翼を現出させ、見た目こそ始めて会った時と少し変わってはいるが……纏う雰囲気に違いはない。
ティターニア。指環の勇者達をここまで導いてきた凄腕の魔導師。
「あんたのその姿……ジャンと同様か。やはり指環の勇者にはまだ俺の知らない力が隠されているらしいな」
剣を向けながらも平静を保つスレイブとは裏腹に、彼の手にある風の指環はひときわうるさく騒ぎ始めた。
『ティ、ティターニア!?儂近眼だからよく見えなかったけど、お主、ティターニアではないか!
生きておったのか!?最後に会うたのはもう千年近くも前じゃぞ!なんで生きとるんじゃお主!!』
「……何を言ってる。彼女はハイランドのエルフだ。ダーマで千年眠りこけてたあんたの知り合いなわけがないだろう」
『いやだってあれティターニアじゃろ!?ハイランド建国の英雄、ティターニア!お主だってその名を呼んだではないか!』
怪訝に眉を顰めるスレイブを尻目に、風の指環が輝き、光の中からウェントゥスの幻影が飛び出した。
『ティターニア!息災じゃったか!?お主と別れて以来色んな菓子屋を訪ねたが、やはりお主のくれた飴が一番甘かった!
さぁこっちへ寄れ、こんなポンコツ傀儡よりもよっぽどお主こそが風の指環を持つに相応しい!
あん?テッラ?旧大陸の穴蔵に引き篭もってた根暗地属性なんぞ捨て置け捨て置け!メアリとかが拾うじゃろ多分!』
だがティターニアの返答は、ジャンの水槍に重ねるようにして放たれた魔力の蔦。
それは大地の、テッラの力であった。
ウェントゥスはいきなりキレた。
『なんっ……で!四竜三魔もケツァクも!どいつもこいつもなんで儂の言うことを聞かんのじゃ!
儂はちゃんと世界の未来とか考えとるのに!儂だけが、ヒトに丸投げせず儂らで頑張ろうって言うとるのに――』
ウェントゥスの怨嗟が終わる前に、言葉は寸断された。
スレイブの振るった剣が幻影を断ち切り、霧散させたのだ。 「これは俺の戦いだと言った。あんたが千年生きていようが、シェバトを庇い立てするのならば今日がその歴史の終わる日だ」
襲い来る大地の蔦が一瞬にして細切れになり、地に落ちた破片をスレイブは踏みにじる。
そうして彼は指環の勇者達を見た。怨嗟と赫怒に満ちた視線を向けた。
「指環を集めて世界を変えると言ったな。あんた達の都合の良いようにか?それは今この世界で私腹を肥やす為政者と何が違うんだ。
古龍の力に願ったとしても、この世にあまねく全ての者を幸せにすることなど出来ない。
それは力に限界があるからではなく、幸せの形が人それぞれだからだ。
誰かにとっての幸せが、別の誰かの不幸によってもたらされることなど珍しくもない。俺が、そうだったようにな」
争いは多くの者を不幸にするが、その一方で競い争うことで文明は発展し人々の生活は豊かになった。
侵略国家は他人を不幸にするために戦うのではなく、自国の民を幸せにする為に戦うのだ。
「人間も、エルフもオークも、虫精だって変わりはない。お前たちが指環の全てを手にした時。
お前たちが幸せにしようと願った者達以外の全ての者に不幸が押し付けられることになる。
ウェントゥスが危惧していたのはそこだろうし、俺も同感だ。指環は不幸しか生まない。不幸しか生まないんだ」
もっともらしい理屈を付けても、スレイブのそれは私怨に限りなく近い。
結局のところ、彼は自分だけが不幸になるのが気に入らないだけなのだ。それだけが、彼を狂気に駆り立てた。
「お前たちがそれでも指環を集めると言うのなら――」
指環に力の火が灯る。より多くの魔力を引き出す為に。
風竜に認められいなくたって、指環に勇者に追いつけるよう、力を寄越せと強く想う。
指環はそれに応えた。
「みんな不幸になれば良い」
魔法陣が展開する。先程までの大きさはないが、今度は無数の魔法陣が重なって多層構造を形成していた。
ジャンの咆哮によって砕かれたとしても即座に次の魔法が発動する、多重術式陣。
「『ブロウツイスト』」
風の塔の上空から地面へ向けて凄まじい強風が吹き下ろす。
打ち付ける滝にも等しい出鱈目な風が石畳を洗い、路肩に放置された馬車が吹き飛んでいく。
下方向へ広範囲に吹き付ける風。スレイブ以外の全ての者を地面に縫い付けるような嵐だ。
体重の軽い――例えばフィリアのように身体の小さな者は石畳へ押しつぶされ、飛ぶことはおろか這いずることさえ困難だろう。
更にスレイブはそこへ無数の風の刃を織り交ぜた。動きを止めれば即座に四肢を切り刻まれる鋭利な真空刃だ。
「この風の中では竜の翼も無意味だ」
更にスレイブはもうひとつ魔法を発動した。
風の指環が司るものは『空気』。それは単に気圧の変動によって風を生み出すだけに留まらない。
大気の組成を組み替える。戦場に立つ彼らが吸い込み吐き出す空気から酸素を減らしていく。
呼吸すればするほど息苦しくなり、やがては酸欠で失神する無味無臭の毒だ。
【スレイブ:上空から吹き下ろす強風で動きを封じ、無数の真空刃を降らせる全体範囲攻撃。
同時に空気の酸素比率を提げて酸欠にさせる全体デバフ】
【ウェントゥス:ティターニアを見て何故かテンション上がる】
【お待たせしてすまねえ】 >「勘違いするなよバアルフォラス。俺は幸せになりたいわけじゃない。皆を不幸にしたいんだ」
「……認めませんの!あなたが何を望もうと、そんなの関係ない!
あなたが自分の幸せを望まなくても、わたくしがそれを望みますの!」
そして必ずや、それを現実にしてみせる!
>「フィリア!そのまま呼び続けろ!何が起きても、一歩も引くんじゃねえぞ!!」
言われるまでもなく、ですの!
ここで退けば、わたくしは苦境を前に引き下がる臆病な王になる。
そんな王様に、誰も付いていきたいなんて思ってくれない。
それに、そんな王様になんて、わたくしだってなりたくないですの!
……と、不意に懐の指環が熱を帯びる。ほんの一瞬だけ。
またですの。この熱が、一体何を意味しているのかわたくしには分からない。
だけど……今は考えている暇もない!
バアル君に呑まれ縮んだとは言え、未だ十分な威力を秘めた風の刃に向けて、ジャン様が突き進む。
なんたる無謀……とは思いませんの。
なにせジャン様は指環の勇者……。
>「指環を飲んだナウシトエは認められずとも竜みてえな姿になった。
指環を借りたお前もこんな魔法が使える。だったらよ、指環に認められた俺は……」
>「完全に、何一つ漏らすことなく力を扱えるってことだよ」
……はっ、一瞬何が起きてるのか分からなくて呆然としちゃいましたの!
ジャン様の体が……まるで竜みたいに……。いえ、姿だけじゃない。
あの威容、威圧感……飛空艇の上で、風竜と相見えた時と比べても遜色ないですの。
あれが……指環の力。
>「――プロテクション」
振り返ってみれば、ティターニア様も竜を思わせるような姿に変貌してますの!
あ、でもこっちはなんかちょっとおしゃれな感じ……。
……指環に宿ってる、えっと……テッラ様とアクア様?とのセンスの差ですの?
イグニス様のセンスはテッラ様寄りだといいな……熱っ!指環が!指環が!
ごめんなさいですの!ちゃんと戦いに集中しますの!
>「……何を言ってる。彼女はハイランドのエルフだ。ダーマで千年眠りこけてたあんたの知り合いなわけがないだろう」
と……なにやらスレイブ様は指環とお話中みたいですの。
この隙を突いて……どうにか出来るほど、スレイブ様は弱くないし、わたくしは強くないですの。
近づいても、ムカデの王を伸ばしても、斬り伏せられる結末しか予想出来ない……。
>『ティターニア!息災じゃったか!?
わたくしが次の一手を打ちかねていると、不意に風の指環から少女の幻影が現れましたの。
あれが……ウェントゥス。
その生の在り処を指環に委ね、虚無に呑まれ……なおも風の王として君臨する者。
>お主と別れて以来色んな菓子屋を訪ねたが、やはりお主のくれた飴が一番甘かった!
さぁこっちへ寄れ、こんなポンコツ傀儡よりもよっぽどお主こそが風の指環を持つに相応しい!
あん?テッラ?旧大陸の穴蔵に引き篭もってた根暗地属性なんぞ捨て置け捨て置け!メアリとかが拾うじゃろ多分!』
……わたくしにはウェントゥスが何を言っているのか分からない。
きっとまた、指環の勇者にしか分からない何かが……。
と思ってたらティターニア様が魔力の蔦を放ちましたの。
あれ?どういう事ですの? >『なんっ……で!四竜三魔もケツァクも!どいつもこいつもなんで儂の言うことを聞かんのじゃ!
儂はちゃんと世界の未来とか考えとるのに!儂だけが、ヒトに丸投げせず儂らで頑張ろうって言うとるのに――』
ティターニア様に無視されたのが相当頭に来たみたいで、ウェントゥスが怒声を散らす。
だけどそれも、最後までは続かなかった。
スレイブ様の剣が、ウェントゥスの幻を切り捨てたからですの。
……それでも、わたくしは確かにウェントゥスの言葉を聞いた。
不完全でも確かに……ウェントゥスの、王としての言葉を聞いた。
ヒトに委ねず、竜たる自分達で世界を導くのだと……。
長い長い時を生きてきた彼らからすれば、この世のどんな王だって、きっと赤子のようにしか見えないんですの。
だから自分達が、自分が導くんだと、そう思う。
>「これは俺の戦いだと言った。あんたが千年生きていようが、シェバトを庇い立てするのならば今日がその歴史の終わる日だ」
それはつまり……わたくしには、逆立ちしたってウェントゥスみたいにはなれないって事ですの。
わたくしには長い生から来る経験も知恵も、竜の種に宿る絶大な力もない。
……そしてそれでもイグニス様は、指環の力が欲しければ、わたくしにウェントゥスに並ぶ王になれと言った。
お前では決してウェントゥスには並べないから諦めろとは、
世界を滅ぼしたくなければジュリアン様に指環を返せとは、言わなかった。
だから……わたくしにも、なれるはずなんだ。
ウェントゥスとは違う、だけどウェントゥスに並ぶ王に。
なにせおバカなわたくしじゃなくて、かつて古竜から世界を預かった王がそう言ったんですもの。
……なんだか、見えてきた気がする。わたくしが、どんな王様になればいいのか。
>「指環を集めて世界を変えると言ったな。あんた達の都合の良いようにか?それは今この世界で私腹を肥やす為政者と何が違うんだ。
古龍の力に願ったとしても、この世にあまねく全ての者を幸せにすることなど出来ない。
それは力に限界があるからではなく、幸せの形が人それぞれだからだ。
誰かにとっての幸せが、別の誰かの不幸によってもたらされることなど珍しくもない。俺が、そうだったようにな」
>「人間も、エルフもオークも、虫精だって変わりはない。お前たちが指環の全てを手にした時。
お前たちが幸せにしようと願った者達以外の全ての者に不幸が押し付けられることになる。
ウェントゥスが危惧していたのはそこだろうし、俺も同感だ。指環は不幸しか生まない。不幸しか生まないんだ」
スレイブ様の言ってる事は……全部じゃないけど、間違いじゃありませんの。
だって誰もかもを幸せにする事なんて誰にも出来ない。
ウェントゥスですら、少なくとも自分の望みを叶えながら、わたくし達を幸せには出来ないんだから。
>「お前たちがそれでも指環を集めると言うのなら――」
「みんな不幸になれば良い」
「だとしても……」
>「『ブロウツイスト』」
わたくしが言葉を紡ぐよりも早く、スレイブ様が呪文を唱えた。
叩きつけるような暴風が、私の体を石畳に縫い付ける。
なんとか体をひっくり返して上を見てみれば、降り注ぐのは追撃の風刃。
左腕からムカデの王を生やして体を覆い、身を守る。
……頑強極まる王の甲殻を震わせる鋭い振動。きっと、いつまでも耐えてはいられない。
だけど、わたくし焦りませんの。
「……関係ありませんの。誰かを幸せに幸せにする事が、別の誰かの不幸になったって。
わたくしは、わたくしがしたい事をするだけですの」
そして……立ち上がる。バアル君を杖代わりに。
……確かにバアル君には指環の力の全てを飲み干す事は出来ない。
だけど、そんな事出来なくたってほんのごく一部。私の周りだけを『舐め取って』もらえばいい。 「誰かの幸せが、あなたを不幸にしたなら、今度はわたくしがあなたを幸せにすればいい。
それでまた、別の誰かが不幸になるなら……」
そうして続ける言葉の情けなさに、わたくしは思わず小さく笑っちゃいましたの。
「……それは、また別の誰かになんとかしてもらいますの。
そうやって不幸を消して、幸せを順番に回していけば……きっといつか、みんなが幸せになれますの」
……バアル君がいなければ、わたくしはこの暴風の中で立つ事すら出来ませんでしたの。
イグニス様とウェントゥスがいなければ、自分がどんな王様になればいいのかも分からなかった。
ダグラス様に、ジャン様とティターニア様に出会わなければ……何も始まりすらしなかった。
わたくしは、自分だけじゃ何も出来ない小さなおうじょさまですの。
だから……みんなに助けてもらうんだ。
色んなヒト達と出会えたから、わたくしは今ここにいる。ここまで来れた。
懐に秘めた指環が、熱を帯びる。
今度は一瞬だけじゃない。わたくしを絶えず呼び続けるかのように、ずっと。
「指環の力が生み出すのは、不幸だけじゃない。
アクア様もテッラ様も、イグニス様も、ウェントゥスだって、この世界の為を思ってここにいる。
想いの形は、違うかもしれないけど……誰か一人くらい、幸せに出来ないはずがない」
指環を取り出して、それをコインのように指で弾く。
バアル君が生み出した無風の空を指環が舞い、わたくしは人差し指を立てて天を指す。
指環がわたくしの指に嵌まる。
その人差し指を、スレイブ様に突きつける。
「もし、わたくしが選ぶなら……その一人は、あなたでいい」
そして……指環が眩い紅の光を放った。
……光が収まって、視界が戻ると、わたくしはまた紅の都にいましたの。
目の前には、イグニス様が立っている。
大丈夫。答えはもう見つけましたの。毅然と彼女を見つめて、口を開く。
「わたくしだけじゃ、ウェントゥスはおろかスレイブ様にも勝てませんの。
だから……力を、指輪の力を貸して欲しいですの」
『……あぁ、正解だ。文武共に並ぶ者のない王などそうはいない。
王が全てのものを抱え込み、こなすなど不可能だ。故に古竜は妾達を作った。
その妾だって領土の全てを見通し治めるのは難しかったから、代王を立てていたしね』
ウェントゥスの奴は、それすらもしたがらなかったけど。
イグニス様はそう続けて……不意に、その姿が巨大な竜へと変貌する。
『だが……それだけで君を王と認める事は出来ない』
竜の双眸がわたくしを見下ろす。
恐ろしい眼光と威容……身震いを禁じ得ませんの。 『全てにおいて君に勝る存在は、いくらでもいる。
君ではティターニアの智慧にも魔法にも敵うまい。
ならば君が王として成せる事はなんだ?何を以って君は己を王たらしめる?』
……その問いは、わたくしにとって予想外でしたの。
いえ、と言うよりわたくしにとっては大抵の事が予想外ですの。
だって自分で言うのもなんだけど、わたくしあんまり賢いとは言えませんもの。
だから今から答えを考えていては、きっとその前にイグニス様の我慢が限界を迎える。
『さぁ、答えろ。さもなくば妾は君を喰らい、その体を貰い受ける……』
左手のひらを見せつけるようにして、わたくしはイグニス様の言葉を断つ。
……でもこの問いの答えは、わたくしはもう、考えるまでもなく持っていましたの。
見せつけた左手で右肩を撫でる。
先の戦いで切り落としてしまった右腕の断面を。
「わたくしは、わたくしが王として守るべき人達の為なら……この身を削ぎ落とす事だって厭いませんの」
わたくしの答えを聞いて……イグニス様が、ふっと笑った。
『……それでいい。それこそが王が決して忘れてはならない、王の資格。
妾達がかつて世界を救う為、指環にこの生を捧げたように。
国と民、世界あっての王なんだ。我が身の価値を、見誤ってはいけない』
そして巨大な竜は再びヒトへと姿を変えて……わたくしの目の前にまで歩み寄ってくる。
『それはつまり、過剰に安売りしてもいけないって事だぜ。
そこのところは、もうちょっと勉強が必要かもしれないな、おうじょさま。
……まぁ、今のお仲間と一緒にいるうちは心配なさそうだがね』
……気がつけばわたくしは、またシェバトへ帰ってきていましたの。
スレイブ様と相対する戦場へと。
「……指環の力よ!」
わたくしの声に応えるように指環から炎が溢れ……私の体を包み込む。
だけど熱くはない。炎は渦を巻きながら次第にわたくしの右肩へと集まり……更にその先へ。
炎が腕の形を模り……消える。
だけどその場に残るのは虚空じゃなくて……わたくしの、新たな右腕。
炎は生命や意志の力を司る属性。
こうしてわたくしの腕を元通りにするくらい容易い事ですの。
『……ふむ、なんだか気の滅入りそうな空気じゃないか。
小細工をされてるね。周りの空気が薄くなってきてる』
えぇー!炎の指環が使えるようになったばかりなのにそんなのあんまりですの!
……だけど、わたくしの借りられる力は指環のものだけじゃありませんの。
バアル君を石畳に突き刺し、膝をついてその刀身を見つめる。
「バアル君。ここからはもう、その空気を薄める魔法だけでいい。
完全にじゃなくてもいいから、飲み込んで欲しいですの」
そうすれば……後はわたくしが、わたくし達が頑張りますの!
わたくしは、死せる王達の力と、魂の欠片の寄せ集め。
だからわたくしが作り出せたのは、あくまでも彼らの模造品。
だけど炎の指環の力があれば……かの王達の生前の力を、完全に再現する事だって! その意志に応じて指環から再び炎が溢れ、わたくしの体を取り囲む。
わたくしを形作る『欠片』と炎が混ざり合って……背中に羽を作り出す。
雷光よりもなお鋭いと謳われた女王蜂の羽を。
右手にはその毒針を、剣のように。
羽にも毒針にも、生前に刻まれた傷跡は残っていない。
風の刃は今もなお、私とスレイブ様の間に降り注ぎ続けている。
わたくしの、虫族の動体視力には、その軌道がはっきりと見えていた。
そして……地を蹴り、羽を羽ばたかせる。
無数の刃が新たに生まれてから、石畳に到達するよりも早く、わたくしはスレイブ様の懐にいた。
これが、雷光よりもなお鋭いと謳われた女王蜂の速さ。
と、スレイブ様へと斬りかかる直前、不意にわたくしの体を炎の膜が包む。
『小細工ってのはこうやるのさ。眩しいし、歪むぜ、その剣閃。
しかし小細工と言えば、珍しいなウェントゥス。君が自分以外の手足を使うなんて。一体どういう風の吹き回しだ?
それとも……とうとうボケたか?ついさっきも、いもしないティターニアに喋りかけたりして……』
イグニス様が指環越しにウェントゥスに話しかける。
……けどこれは、情報を引き出すとかそういうアレじゃなくて多分ただの嫌味ですの!
なんか喋り方も笑いを堪えてたり過剰に深刻な感じだし!
でも手助けしてくれたのはありがたいですの。
女王の毒は、掠めただけでもスレイブ様に十分な変調をもたらすはず。
だから速さに任せて……やたらめったら、斬りつける! 次スレを立てておいたのでこのスレが入りきらなくなってから次に行く感じで!
(我の環境だと近頃はスレが落ちてもURLのリンクを押せば普通に見られるのだが皆そうだろうか
もし見られない者がいたら言ってほしい)
少しでも容量に余裕があるとスレがずっと残ってしまうようだ
ttps://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1501508333/l50 >>270
必要なのは
空気を読む魔法、じゃねーのお前 >「指環を集めて世界を変えると言ったな。あんた達の都合の良いようにか?それは今この世界で私腹を肥やす為政者と何が違うんだ。
水流を束ねて練り上げた槍を弾き、切り裂き、吹き飛ばしてスレイブが問いかける。
竜と化したジャンは翼をはためかせて槍を飛ばす手を止め、しばし考えた。
>「人間も、エルフもオークも、虫精だって変わりはない。お前たちが指環の全てを手にした時。
お前たちが幸せにしようと願った者達以外の全ての者に不幸が押し付けられることになる。
ウェントゥスが危惧していたのはそこだろうし、俺も同感だ。指環は不幸しか生まない。不幸しか生まないんだ」
>「みんな不幸になれば良い」
この暗黒大陸で差別されながら生きて、戦い抜くのはスレイブにとってどれほどの恐怖だったろう。
こうして今、ウェントゥスの尖兵として殺すことしか考えずに戦えるのはいっそ幸せかもしれない。
だが、ジャンは詭弁だと言わんばかりに笑い飛ばす。
「……簡単なことじゃねえか!みんな幸せにしろって指環に願うか、できなきゃ全部どこかに捨てちまうまでだ!
ジュリアンから教えてもらわなかったか?いらねえもんはとっとと捨てろってな!」
風の塔、その周囲にまき散らされた暴風と風の刃。
水流の壁で3人の周囲はなんとか自由に動けるが、塔全てを覆うには至らない。
塔を守るかスレイブに突っ込むか、ジャンが迷っている内にフィリアが動いた。
>「……関係ありませんの。誰かを幸せに幸せにする事が、別の誰かの不幸になったって。
わたくしは、わたくしがしたい事をするだけですの」
「……そうだぜ、フィリア。ずっと俺たち冒険者はそうしてきた」
>「……それは、また別の誰かになんとかしてもらいますの。
そうやって不幸を消して、幸せを順番に回していけば……きっといつか、みんなが幸せになれますの」
後に続く言葉は、まさしくただの理想論。
実現するかどうか定かではない言葉を、この状況でフィリアは言ってのけた。
「ようやく覚悟できたみてえだな!指環を見ろよ、真っ赤に燃えてるみてえだぜ!」
フィリアはまっすぐにスレイブを見つめて、人差し指に投げた指環を嵌める。
疑問ではなく決意を胸に抱いたその姿は、まさしく指環の勇者に相応しい。
>「バアル君。ここからはもう、その空気を薄める魔法だけでいい。
完全にじゃなくてもいいから、飲み込んで欲しいですの」
「風の刃は俺とティターニアで止められるだろうよ。後は突っ込んで殴り倒す!
それじゃあ一丁――おっと」
フィリアが一瞬陽炎のように揺らめいて、ふわりと消える。
直後にスレイブの懐に潜り込み、瞬きする間に十は切り裂いただろう。
炎を纏って踊るように切り裂く様は、踊り子のようですらある。
「……たまには俺が後ろに行くか!水流の壁をありったけ張るぞ!」
『――ウェントゥス。君の一人でなんとかしようとする姿勢は偉大だが、
この世界は既に僕らのものではない。彼らと共に行くべきだろう』
降り注ぐ真空の刃、それらを強烈な水流に巻き込んで無効化する。
詠唱もしなければ触媒もない、有り余る魔力をありったけ叩き込んだ単純な魔術。
水の流れをアクアが調整しつつ、ウェントゥスに念話で問いかける。
『虚無に飲まれるな、とは我らが古竜様の口癖だったろう?
またあの長い説教を聞きたいのか?』 スレイブは時折独り言のようなことを呟いている。否、指環に宿るウェントゥスと会話しているのだ。
更に、その内容からどちらかが完全に主導権を握っているわけでもないことが伺える。
ウェントゥスとしては完全な傀儡が欲しかったようだが、メアリが一枚噛んだ影響で今のところ利用し合う関係となっているようだ。
心の中でテッラにウェントゥスが言っていることの通訳を要請してみるも、『話がややこしくなっても困るので』と渋られた。
こちらのそんな調子に業を煮やしたのか、ウェントゥスが自ら幻影として飛び出して喋りはじめる。
>『ティターニア!息災じゃったか!?お主と別れて以来色んな菓子屋を訪ねたが、やはりお主のくれた飴が一番甘かった!
さぁこっちへ寄れ、こんなポンコツ傀儡よりもよっぽどお主こそが風の指環を持つに相応しい!
あん?テッラ?旧大陸の穴蔵に引き篭もってた根暗地属性なんぞ捨て置け捨て置け!メアリとかが拾うじゃろ多分!』
おそらく彼女が言っているのは聖ティターニア――王国時代のエルフの国の最後の女王にして、ハイランド建国の英雄の一人。
もちろん人違いだというのは言うまでもない。
しかしウェントゥスに呼びかけられたティターニアは、束の間の白昼夢を見た気がした。
それは今の状況とよく似た、指環の勇者一行の旅。しかし使う指環は、大地ではなく風の指環。
仲間の顔ぶれも今とは全く違っている。天才少年魔術師ダグラスに、エルフの魔法剣士カドム。
ちなみに大地の指環の使い手は、今のメンバーで例えるとジャンの系統のパワーファイターだったようだ。
ダグラスが外見がそっくりと言っていた通り、自分の姿だけは、今と同じだった。
大地の指環が遥か昔の記憶を見せたのか。
魂縁的には聖ティターニアは現ティターニアの曾祖母にあたるため、縁者である影響か。
あるいはもっと深い繋がりがあるのか――
しかし今はそんなことをじっくり考えている場合ではない。
『ほら言わんこっちゃない』とテッラに現実に呼び戻され、慌てて戦闘に意識を戻すティターニアであった。
>『なんっ……で!四竜三魔もケツァクも!どいつもこいつもなんで儂の言うことを聞かんのじゃ!
儂はちゃんと世界の未来とか考えとるのに!儂だけが、ヒトに丸投げせず儂らで頑張ろうって言うとるのに――』
>「これは俺の戦いだと言った。あんたが千年生きていようが、シェバトを庇い立てするのならば今日がその歴史の終わる日だ」
「残念ながら似ているが別人だ。ウェントゥス殿の言うティターニアは戦乱に巻き込まれ死んでしまったらしい」
とはいえ、殆どの場合100年も生きられない人間から見れば年齢三桁も四桁もとてつもなく長く生きているという意味では似たようなものかもしれない。
>「指環を集めて世界を変えると言ったな。あんた達の都合の良いようにか?それは今この世界で私腹を肥やす為政者と何が違うんだ。
古龍の力に願ったとしても、この世にあまねく全ての者を幸せにすることなど出来ない。
それは力に限界があるからではなく、幸せの形が人それぞれだからだ。
誰かにとっての幸せが、別の誰かの不幸によってもたらされることなど珍しくもない。俺が、そうだったようにな」
なるほど何かを変えるということ自体、誰かが必ず割を食う行為なのかもしれない。
例えば大部分の人間から見れば最悪な独裁国家を打倒した革命の英雄だって、独裁国家で既得権益を得ていた者にとっては憎むべき悪である。
>「お前たちがそれでも指環を集めると言うのなら――」
>「みんな不幸になれば良い」
>「……簡単なことじゃねえか!みんな幸せにしろって指環に願うか、できなきゃ全部どこかに捨てちまうまでだ!
ジュリアンから教えてもらわなかったか?いらねえもんはとっとと捨てろってな!」
なんともジャンらしい威勢の良い答えである。
「その通りだ、今までの指環を集めた者が皆つい私利私欲に流れてそう願った前例がないのなら試すだけ試してみる価値はある。
駄目ならその時考えればいい」
>「『ブロウツイスト』」
多重術式陣による暴風の攻撃魔法が解き放たれる。
ジャンが水流の壁で、真空刃による攻撃を防ぐ。
それでも体の小さなフィリアなどは立つのは難しいと思われたが、バアルフォラスの力を借りて持ち堪えていた。 >「……関係ありませんの。誰かを幸せに幸せにする事が、別の誰かの不幸になったって。
わたくしは、わたくしがしたい事をするだけですの」
>「誰かの幸せが、あなたを不幸にしたなら、今度はわたくしがあなたを幸せにすればいい。
それでまた、別の誰かが不幸になるなら……」
>「……それは、また別の誰かになんとかしてもらいますの。
そうやって不幸を消して、幸せを順番に回していけば……きっといつか、みんなが幸せになれますの」
「そうだ、この期に及んでまだ公平な社会を実現しようとするとは真面目も度が過ぎるぞ。
今まで散々苦労したのだ、自分だけは幸せになってやろう、そう考えても罰はあたらぬ。
そなたが投げても案外他の者がどうにかしてくれるものだ」
>「……指環の力よ!」
炎がフィリアの体を包み込む。炎の指環に認められたようだ。
>「バアル君。ここからはもう、その空気を薄める魔法だけでいい。
完全にじゃなくてもいいから、飲み込んで欲しいですの」
>「風の刃は俺とティターニアで止められるだろうよ。後は突っ込んで殴り倒す!
それじゃあ一丁――おっと」
フィリアが舞のようでもある目にも止まらぬ動きで、スレイブに怒涛の攻撃を加える。
>「……たまには俺が後ろに行くか!水流の壁をありったけ張るぞ!」
真空刃による攻撃はジャンの水流の壁で防げそうだ。ならば、ティターニアが対抗すべきは――
「空気正常化は任せよ! ――ライト」
ティターニアが普段は洞窟探索時などに使われる人工照明の魔術を唱えると、戦闘域全域の地面に緑が広がっていた。
テッラの魔力によって顕現させた概念的な苔だ。
苔であれば日向の植物と比べて、人工照明等の薄暗い場所でも効率的に酸素を供給することが出来る。
これにより、ウェントゥスの力によって奪われた酸素を空気中に供給する。
そうしてバアルフォラスの手があけば、彼の能力を他の事に使う事が可能になる。
そう、彼が最も得意とする知性食らいに回すことが。
知性は素晴らしい物だが、時として仇となる。
色々難しく考え過ぎて本当の願いが分からなくなってしまうことがある。
>『――ウェントゥス。君の一人でなんとかしようとする姿勢は偉大だが、
この世界は既に僕らのものではない。彼らと共に行くべきだろう』
>『虚無に飲まれるな、とは我らが古竜様の口癖だったろう?
またあの長い説教を聞きたいのか?』
アクアが竜同士のよしみでウェントゥスに説得をはじめた。これはチャンスかもしれない。
「バアル殿! 余計なものをそぎ落として本当の願いを引き出すのだ。昼間に我にやってくれたように!
――アースウェポン!」
知性食らいの側面も持つテッラの力を上乗せする意味で、バアルフォラスに大地属性付与の魔術をかける。 >「……簡単なことじゃねえか!みんな幸せにしろって指環に願うか、できなきゃ全部どこかに捨てちまうまでだ!
ジュリアンから教えてもらわなかったか?いらねえもんはとっとと捨てろってな!」
>「その通りだ、今までの指環を集めた者が皆つい私利私欲に流れてそう願った前例がないのなら試すだけ試してみる価値はある。
駄目ならその時考えればいい」
「詭弁だな……今度は人間同士で指環の奪い合いになるだけだ。そうなる前に俺が全て破壊してやる……!」
あるいは、それくらいの気楽さで指環を集める彼らの方が正しいのかもしれない。
帝国も、ダーマも、ハイランドも、指環を求める者達の多くは個人ではなく国家や集団としての願いのために動いている。
故にしがらみが多い。事情も血生臭さを帯びる。失敗が許されなくなる。
ティターニアやジャンのような、ある種適当で、ともすれば無責任ともとれる立ち位置だからこそ、目指せる地点がある。
しかしそれは、結果が彼らの善性に大きく依存するというリスクも大いに含んでいるのだ。
上空から瀑布の如く撃ち下ろす風の刃に、たまらずフィリアは五体を投げる。
百足の甲殻が屋根を作って主を護るが、音を立てて軋むその盾に限界は近い。
>「……関係ありませんの。誰かを幸せに幸せにする事が、別の誰かの不幸になったって。
わたくしは、わたくしがしたい事をするだけですの」
だが、彼女は立ち上がった。
魔剣に身を預け、いまにも押しつぶされそうになりながら、それでも二本の足で地を踏む。
>「誰かの幸せが、あなたを不幸にしたなら、今度はわたくしがあなたを幸せにすればいい。それでまた、別の誰かが不幸になるなら……」
>「……それは、また別の誰かになんとかしてもらいますの。
そうやって不幸を消して、幸せを順番に回していけば……きっといつか、みんなが幸せになれますの」
>「そうだ、この期に及んでまだ公平な社会を実現しようとするとは真面目も度が過ぎるぞ。
今まで散々苦労したのだ、自分だけは幸せになってやろう、そう考えても罰はあたらぬ。
そなたが投げても案外他の者がどうにかしてくれるものだ」
「そんなものは……空論だ。永遠に不幸を押し付け合うだけだ。
そしていずれは、嫌気が差す。他人のために不幸になることに倦み疲れる」
スレイブは眉間を歪ませて刃の雨に更に魔力を注ぎ込み、威勢を強める。
しかしフィリアが再び膝を屈することはなかった。
>「指環の力が生み出すのは、不幸だけじゃない。
アクア様もテッラ様も、イグニス様も、ウェントゥスだって、この世界の為を思ってここにいる。
想いの形は、違うかもしれないけど……誰か一人くらい、幸せに出来ないはずがない」
炎の指環が空を舞い、まるでそこに収まるのが正しいかのように、フィリアの指へと嵌った。
指環を纏った指先がこちらへ向く。
>「もし、わたくしが選ぶなら……その一人は、あなたでいい」
「…………!」
反駁の台詞ならばいくらでもあったのに、言葉が出なかった。
フィリアの想いを、そう想ってくれている事実を、否定したくないともう一人の自分が叫んでいるかのようだった。
>「……指環の力よ!」
叫びに呼応して炎が彼女を巻いた。
失われていた片腕を補完するかのように象どり、やがてフィリアの新しい腕として確定する。
スレイブはその一部始終に敵意のない言葉で迎えた。
「やはりお前は……指環の勇者だ」
>「バアル君。ここからはもう、その空気を薄める魔法だけでいい。完全にじゃなくてもいいから、飲み込んで欲しいですの」
『わかってる。だけど大丈夫かいフィリア?空気を戻したとしても、降ってくる風の刃までは――』 バアルフォラスの警告を置き去りにして、虫精の女王は跳んだ。
その背にはティターニアやジャンにも劣らぬ『翼』が――女王蜂の翅がある。
魔剣が濃度を戻した大気を叩き、砲弾もかくやの速力でフィリアは飛翔していた。
「見えているのか……!?無数に降り注ぐ風の雨の一粒一粒が!」
フィリアの吶喊に迷いはない。まるではじめから道が開けているかのように、風の刃の全てを躱して疾走する。
虫の――複眼。雲に奔る紫電の一筋に至るまで見分けることが出来るとされる、脅威の動体視力。
「これが本来のお前の疾さか――!」
瞬き一つすら待たずにフィリアはスレイブの懐に入っていた。
かち上げてくる長針はスレイブの喉元を狙う軌道。反射的に受け太刀の構えで迎撃する。
>『小細工ってのはこうやるのさ。眩しいし、歪むぜ、その剣閃』
刹那、フィリアの身体を炎が包む。
確実に食い止めたはずの長針が、陽炎の如くぐにゃりと捻じ曲がり、こちらの剣をくぐり抜ける。
スレイブは咄嗟の体捌きで急所への一撃を躱すが、肩口を僅かに針が擦過していった。
「つ……!」
『イグニス!お主の仕業か……!!』
黙らされたはずのウェントゥスが懲りずに再び指環の中から声を挙げた。
ジャン、ティターニアに続いてフィリアまでもが指環に宿る竜から力を得ている。
『儂に次いでイケイケブイブイだったお主がヒトに与するとはどういう風の吹き回しじゃ!?風だけに!』
「炎だ」
益体もないやり取りをよそに、フィリアの持つ指環から愉悦を堪えるような声が響く。
>『しかし小細工と言えば、珍しいなウェントゥス。君が自分以外の手足を使うなんて。一体どういう風の吹き回しだ?
それとも……とうとうボケたか?ついさっきも、いもしないティターニアに喋りかけたりして……』
『んじゃとぉ!!』
ウェントゥスはいきなりキレた。二回目だった。
『抜かしよったな小娘がぁぁぁぁ!!!四天王の中でも最弱みたいな立ち位置の分際でよう吠えたもんじゃのイグニス!!
言いたいことがあるなら出てきて言わんか!!いつまでも指環の中に引き篭もりよってからに!
帝国のヌルっ風に慣れたお主にゃダーマの風は冷たすぎるか?おおん!!?』
引き篭もっているのはウェントゥスも同じだ。ナチュラルに自分を棚に上げる風竜であった。
『ぜったい許さんからな!おい傀儡!あいつからひねり潰せ!!』
「俺に命令するな」
『むぎゃおおおお!!!』
フィリアが小さな身体を振り回すようにして針の乱打を叩き込んでくる。
スレイブがそれを受け、弾き、ときに後の先をとった斬撃でフィリアに防御を迫る。
そうして数え切れないほどの剣戟が、その数だけ火花を散らして彼らの周りを彩った。
千日手にも思える膠着。
だがそれは永遠ではない。訪れた終わりの予兆は、スレイブの足元。
確かに地面を噛んでいたはずの足が意図せずに滑り、わずかに膝を屈する。
目の前で針を振るうフィリアの姿が微かに滲んだ。 「くっ……毒針か……!」
最初の一合。陽炎の初太刀はスレイブの肩を掠めていた。
小さなかすり傷と侮ったそのツケは、傷口から流れ込んだ幻惑の毒という形でスレイブに降りかかる。
機を逃さず、畳み掛けるようにフィリアの剣閃が苛烈さを増す。押し切られる。
『イグニスの助太刀がなんぼのもんじゃ!儂の傀儡のほうが強い!儂が憑いとるんじゃからな!!』
風の指環がスレイブの意図を待つまでもなく輝き、広範囲へ無作為に降らせていた真空刃の標的をフィリアへと絞る。
狙いは正確無比に、フィリアだけを掻き消す軌道だ。
>「……たまには俺が後ろに行くか!水流の壁をありったけ張るぞ!」
押し寄せる波濤の如くフィリアへ襲いかかる刃の群れを――『本物の波濤』が飲み込んだ。
>『――ウェントゥス。君の一人でなんとかしようとする姿勢は偉大だが、
この世界は既に僕らのものではない。彼らと共に行くべきだろう』
水竜アクア。ジャンの身体を借りて顕現した水の守護者が、風の刃を残らず迎撃する。
>『虚無に飲まれるな、とは我らが古竜様の口癖だったろう?またあの長い説教を聞きたいのか?』
『ア、ク、ア〜〜ッ!!一番最初に裏切りおって〜〜っ!!あのネレイド共がそんなに大事か!?
お主はいっつもそうじゃ、いっつも!今度は何だ、そのハーフオークに絆されたとでも言いよるのか!』
「黙ってろウェントゥス……!」
スレイブがふらつく足取りを精神力だけで抑えつけながら忌々しげに吐き捨てる。
すでに剣戟の天秤はフィリアへと傾き、スレイブは防戦一方となっていた。
『傀儡!』
「何故だ……何故剣の鋭さが増している?何故魔法を使える?この酸素濃度で激しく動けば酸欠は免れられないはずだ……!」
ざり、と一歩後ずさる。足の裏から返ってくる地面の感触は、ひび割れた石畳のものではなかった。
眼球だけの動きで視線を遣れば、足元はおろか戦闘領域一帯を覆うようにして広がる、緑の絨毯。
「……苔、だと……?」
>「空気正常化は任せよ! ――ライト」
ティターニアがテッラの力で繁茂させた苔を魔法の光で照らし、光合成をさせていたのだ。
薄められていた酸素が元に戻り、そしてスレイブを有利に傾ける要素の全て失われた。
げにおそろしきは指環の勇者。手にしたばかりの力でこれほどに高度な連携を、おそらくは即席で完成させている。
――否、彼らを強者たらしめているのは、きっと連携の巧拙だけが理由ではない。
ティターニアも、ジャンも、フィリアも、付和雷同に同じ方向を向いている。
スレイブを助け、シェバトを護り、世界を変える……その目的へとまっすぐに進んでいるから。
その歩みに……淀みがないから。
だから強い。
「ふざけるなよ……!」
スレイブの肩口から鮮血が迸った。
彼に深手を負わせたのはフィリアではない。切り裂いた傷は長剣によるものだ。
スレイブは自らの剣で毒針のかすり傷を刳り、打ち込まれた毒を血肉ごと捨て去ったのだ。
「ふざけるなよ、ふざけるな。お前らがそんな風に思えるのは……他人を疑わずにいられるのは!
お前らが幸せだったからだ。善良な人々に愛され、まっすぐ生きることが出来たからだ!」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています