『友の忠告』

 ある朝のこと、自室のベットの上で、青年が仰向けになっていた。
青年は目線を天井に向けたまま、ぼそりと、一言だけ呟いた。
「なあ」
すると、傍らに浮かぶ小さな機械が答える。
「まだ起きないほうが良いでしょう」
「そうか」
と、機械に返しつつ、青年は寝返りを打つ。
なぜ起きないほうが良いのかなど、青年はさほど気にしなかった。
呟くように一言話しかけるだけで、機械はなんでも察して、答えを出してくれるのだ。
内容を伝えずとも返答がくることに、青年も最初こそ戸惑っていたが、
今ではすっかり慣れたもの。何をするにも「なあ」と呟く。
昨今の世間には、同様の習慣が広まっていて、社会問題になっているそうだ。
「なあ」
「シャツのシワはとらない方が良いでしょう」
「なあ」
「来訪者の出迎えには長靴を左右逆に履いて出ると良いでしょう」
「そうか」
そして日が高く上る頃になって、青年の自宅に友人が訪れた。
「長く会っていなかったが、本当にきみもだとは」
友人は青年の傍らに浮遊する機械を見て言った。
青年の返事を待たずに、友人は話し続ける。
「複雑で難解な思考は機械に任せて、結論にだけ従えば
いいという風潮はなくすべきなんだ。長くなるが、どうか話を聞いてくれ」
友人は機械にすべてを決めさせていては自己も思考も無くしてしまう、
そうならないために日々の判断を自分で下すことが大事だと、
わかりやすいようにたっぷり時間を掛けて説明した。
そしてすっかり日が沈むまで話した後、友人は帰って行った。
静けさの中に、青年は一人残された。
なにがどう危ないのか実はよくわからなかったが、
真剣な雰囲気だったなあ。
やはり、彼の言うとおりなのだろうか。
それを考えようとして、口から洩れるのは、
「なあ」