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続々・怪物をつくりたいんですが
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0001創る名無しに見る名無し
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2011/12/17(土) 00:15:07.06ID:g1dxKvYq
ジャンルは問わない

サイコ、特撮、SF、ホラー、オリジナル、二次創作、フィギュア、イラスト、テキスト、動画、どんとこい

512K規制により終了した前スレの続きにござる……。
0003創る名無しに見る名無し
垢版 |
2011/12/17(土) 01:13:47.17ID:SYwZGi7s
        _
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  ヽ.,_;;;;;;;;;(;;;;;ハ;;;)

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      ≪;;;;;つ;;;;;つ   //
  (ヽ.,,,,,,ノ;;;;;;;;;;;;;;(   //  ,、
  ヽ.,_;;;;;;;;;(;;;;;ハ;;;). /__二二/
0004「明戸村縁起」
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2011/12/17(土) 08:27:12.38ID:g1dxKvYq
すでにバケモノだった犬が、更なるバケモノへと変異を始めた!
完全に折れていたバケモノ犬の頸が、ぐんぐん太さと長さを増していく。
バチンッ!と音をたてて、人への隷属の証しだった首輪が切れた。
変異が始まってからものの十数秒で、犬のバケモノは……犬以外の何かのバケモノに変異していた!
大型犬の肩から生えているのは、長さ数メートルほどの大蛇のような長い頸だった。
その先端には見覚えのある頭部が、鎌首もたげた高みから、ラーデンら4人を睨み下ろしている!
「い、犬が、蛇にぃー?」
小此木の言うとおり、たしかにその姿は、犬というより蛇に近い。
蛇体の後ろには犬の胴体が一応ついているが、すでに残存器官として引き摺られるだけだ。
 ガチガチガチガチガチ…
犬の牙を小刻みに鳴らしながら、バケモノの頭が、人を見下ろす高さまで伸び上がった。
(来ルッ!)
咄嗟の直感で跳び退いた直後、バケモノの鎌首がつるべ落としに地面を抉った!
爆発したように落ち葉が飛び散った!
そして、落ち葉の撒き上がりが治まったとき、バケモノの姿は消えていた。
「ど、どこいったんー?」「潜ったのよ!地面に!!」
(次ハ、誰ヲ狙ウ!?)
地下の動きを伝えるのは、カサカサという落ち葉の振動だけだ。
(ドコダ?ドコカラ…来ル!?)
(来ル!?)と思ったそのとき、多々良伍平が横っ跳びに跳んで、小此木を突き飛ばした!
「うわっ!」
その直後、間欠泉のように落ち葉が吹き上がって、矢のように斑の蛇体が飛びだした!
(アノ老ハンター、バケモノノ動キヲ、掴メテルノカ?!)
小此木の体をかすめたバケモノが再び落ち葉の海へと姿を消すと、油断なく辺りに気を配りながらラーデンは尋ねた。
「オイ、爺サン!バケモノノ、標的ガ読メルノナラ、教エテクレ」
ラーデンに劣らぬ集中力で辺りに気をやりながら、伍平は頷き返した。
(誰ダ?次ハ、誰ヲ……)
カサカサカサ……
いったん遠ざかっていた落ち葉の震動が、渦を描くように戻ってきた。
遊泳者を襲うサメのように、次第に包囲の輪をつめていく……。
(次ハ…………誰ダ!?)
カサカサカサ……
(誰ダ!?誰ヲ……)
「…あんたじゃ!」
伍平が叫び、ラーデンが跳び退くのと殆ど同時に、落ち葉の海からバケモノが飛び出した!
「地下ニハ、逃ガサン!」
噴水のように眼前を上って行く蛇体!
その尻尾のあたりにラーデンは腰から抜いたアーミーナイフを突き立てた!
そしてそのまま、反対側から突き出たナイフの切っ先を、近くの倒木の幹に力一杯突き立てる!
「やった!釘付けよ!」
そして、体を翻しなおも襲ってきたバケモノの顎をかわしざま、多々良の小屋から持ってきていた藪払いの鉈を、バケモノの後頭部にぶち込んだ!
刃幅の大半までがハケモノの頭部に食い込み、ついにバケモノの動きが止まった。
狙いあやまたず、鉈の一撃がバケモノの脳幹を破壊したのだ。
動きが止まってから数秒もしないうちに、バケモノの蛇体は腐敗がはじまり、ヨードチンキを塗ったようなテラ味を帯びた紫に変色してしまった……。
「さすがね、ニセ米兵さん」
「……ソノ呼ビ方ハ、止メテクレヨ」
始めてラーデンの口調が気安い感じになった。
……だが、安堵の時は殆ど続かなかった。
幾本も折り重なった倒木の向こうで、変異者の唸り声が聞えたのだ。
(シマッタ!今ノ、争イノ気配ヲ、気取ラレタ!)
追手を気にせずラーデンが叫んだ!
「走レ!Run!Run!Run!Run!」
0005「明戸村縁起」
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2011/12/18(日) 23:32:07.40ID:RaCA5jS4
 意味不明の喚き声!
枯葉蹴散らし、枝を踏み折る音!
それらがいっしょくたになって、美川たちのいる方に津波のように押し寄せて来る!
何も聞えて来ないのは、灌木の生い茂る斜面の一角だけ。
そちらを指してラーデンがもう一度叫んだ。
「アッチダ!トモカク走レ!」
「あんたはどうすんのよ!?」
「追手ヲ始末シテカラ、行ク」
「そんなこと言ったって、なんでアンタそうまでして…」
なおも踏み止まろうとする美川の腕を、伍平が掴んだ。
「寿美枝ちゃん、アンタハダメじゃ。だめなんじゃ」
都会の名前「美川弓子」でなく、村の名前「四方寿美枝」で呼ばれたことが、美川にある種の魔法をかけた。
「……え?」
「アンタは捕まっちゃいかんのじゃ」
「爺サン、ソイツヲ、頼ム」
「……」
ラーデンに小さく頷き返すと、多々良伍平は、なおも振返る美川を引っ張り走りだした。
「ま、まってくださいよー」
小此木も伍平と美川を追って行き、その場に踏み止まったのはラーデンだけになった。
マッチ棒のように折り重なった倒木と、網の目のように枝を交わす灌木のせいで、迫る変異者の姿を見ることはできない。
しかし……
ヒイヒイ……、ハアハア……、ゴオォォォォ……
距離は敵の呼気まで聞えるほど近くなっていた。
(前カラハ……3匹。右ト左カラハ、一匹ヅツダナ……)
バケモノ相手の戦いでも、人が相手の戦いと同じ。
ラーデンはあくまで基本に忠実だった。
(距離ガ近イノハ………左!)
考えるより早く、積もった枯葉の上を風が渡るのに乗じてラーデンは左へと動き出していた。
0006「明戸村縁起」
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2011/12/18(日) 23:40:45.09ID:RaCA5jS4
数に勝る敵とは、同時に戦ってはいけない!
会敵のタイミングをずらし、あるいは場所を選んで各個撃破に徹すべし!
それは孫子のころからの常道だ。
ラーデンは目前の倒木をエデンの蛇のように越え、狡猾な鼬のように地を這う。
倒木に視界を遮られるのは、立ち位置の人間だ。
地を這うものはその限りではない。
ラーデンは落ち葉を踏む泥まみれの軍靴を確認した。
(元ノ、仲間ダナ……)
それなら初期感染者だ。
ラーデンは音も無く迷彩服の背後に回り込んだ。
「…Goodbye walther」
耳元で囁き、同時に相手の頸を捩じ折った。
ナタでダメを押すと、今度はラーデンは正面から来ている三匹の背後を迂回して、右から来ていた一匹を処理した。
(アトハ……三匹)
多少でもバラけていれば楽になる。
だがまとまっていれば……?
(一匹目ハ、奇襲デ仕留メルトシテ……残リ、二匹ハ)
……敵のたてる音に合わせて距離を詰める。
音は……より前方に二匹。少し離れて一匹。
(運ガイイナ、バラケテル)
三匹の距離が詰まる前にと、一気に距離を詰め……。
……バスッ!
郵便配達夫の服を着た感染者の頭部を、鉈が斜めに削ぎ落した。
(残リハ、2匹……)
しかしそのときになって、ラーデンは気がついた。
前を行っていたはずの二匹の気配が消えている?!
(…イツノマニ!)
消えた敵の動きを再度捉えようと、ラーデンは耳を澄ませた。
後方のラーデンに気付いたのであれば、敵は必ずこちらに向かっているはずだった。
なのに………周りでは、枯葉を踏む音すらしない。
(空ヲ飛ビデモ、シナイ限リ、ソンナコトハ……)
……ハッとしてラーデンは頭上を見上げた。
(ア……アレハ、コウモリカ?ソレトモ……)
頭上高くの空間に「それ」はいた。
一方の腕?を杉の高枝に、もう一方を10メートル以上は離れた別の木の梢に掛けて。
両腕?の中央にある体には、顔はあっても足は無い。
全体としては、ハネを広げて空中に静止した巨大なコウモリか足の無い巨大テナガザル。あるいは蜘蛛のバケモノのように見える。
そして新手の怪物の口もとには、もはや人に見えないほど変異進行した別の怪物がぶら下がっていた。
先を行っていたはずの変異者の一人に違いなかった。
(先ヲ行ッテイタ奴ラハ、二匹トモ、コイツニ、殺ラレタノカ!)
箒のように茫々の髪の奥かじっと見つめる緑の目を見たとき、直感的にラーデンは悟った。
(コイツハ、昨日ノ夜、多々良ノ小屋ノ前ニ、来テイタ奴ダ!)

 枝の高みからラーデンを見下ろしていた怪物は、しばらく目をしばたたかせていたが、やがてラーデンから視線を外した。
そして雲梯か吊輪の競技でもするように、枝から枝に腕を掛け代えながら、悠然と森の奥へと去っていった。
昨日の夜と、同じように。
0007「明戸村縁起」
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2011/12/19(月) 23:25:00.08ID:Zn7vmgTQ
 ラーデンが追手の変異者を仕留め、さらに謎の怪物と遭遇していたころ……。
美川ら三人は多々良伍平を先頭に、森の中を必死に逃げ続けていた。

「美川さんー、もうだいじょぶなんじゃないですかー?何の音もしませんよー?」
「あんた無音殺人って聞いたことないの?!ラーデンの使ってるのはたぶんその手のワザよ。だから音なんてしないの!」
あ…そうか、というように小此木は口をあんぐり開けた。
「だから音がしなくたって、変異者が…」
そのとき、ほかんと開いていた小此木の口の形が変わった!
「あ!……ああ、あれ!あれ!あれれれ…」
「どうしたっていうのよ!ちゃんとハッキリ言いなさい!」
妙な具合にドモリながら小此木は行く手の木々のあいだを指さした。
冬枯れの木々のあいだからキラキラ光りが見えた。
祭川へと流れ込む、谷川のひとつが流れているのだ。
その煌めく水を逆光に背負い、一つの人影が立っていた。
美川にもどこか見覚えのあるシルエットだった。
首を左に大きくかしげ、上体を大きく左右にゆすりながら人影は斜面を上がってきた。
(まさか……まさか、あれは……)
美川の心を暗い想像がよぎったとき、同時に空を黒い雲が行き過ぎて一瞬だけ陽光を遮った。
……水の煌めきが消えた。
「た、狸鼻さん……」
それは、前の日に外への連絡を頼んで別れたはずの狸鼻だった。
顔には大きく蚯蚓腫れが走り、首の右側にはギザギザの傷が口を開いている。
普通なら、絶対に生きて歩きまわっているはずはない。
しかし、それでも狸鼻は歩いていた。
「狸鼻……さん」
美川の呟きに応えるように、狸鼻も口を開いた。
口からのぞいた牙は、緑の唾液に塗れている。
狸鼻は……………一声吠えると猛然と斜面を駆け上がってきた!
0008「明戸村縁起」
垢版 |
2011/12/20(火) 23:58:36.55ID:pN1YTVc1
 緑の唾液を垂らしながら、狸鼻は猛然と駆けあがってきた!
「狸鼻さん!」
知った顔に貼りついた凶相は、途轍もなくおぞましい。
立ち尽くす美川の腕を伍平は激しく振った。
「寿美枝ちゃん!アンタは逃げるんじゃ!!」
「で、でも…」
しかし伍兵はもう何も応えず、足元に折れ落ちていた手頃な太さの枝を取り上げると、すぐそこまてで迫ってきた狸鼻の鼻柱にハッシとばかり打ち込んだ。
ぐえっ!
狸鼻の顔から赤い液体と緑の液体が二色の糸を引き、上がってきたばかりの斜面を、狸鼻は仰け反り転がり落ちた。
伍兵はそれを自身も斜面を転がるように追うと、木の根に手を掛け踏み止まった狸鼻の顔面に、跳び下りざまに叩き付けた。
バキッ!グシャッ!
打ちすえた棒の折れる音と、打ちすえられた頭蓋の割れる音が木魂した。
断末魔の痙攣に手足をわななかせ、狸鼻は立ち上がるのを止めた。
疲れたように立ち上がると、伍平はノロノロと辺りを見回し、拳二つ分ほどの石を拾いあげた。
そして…動かない狸鼻の頭に…ゴツッ!ゴツッ!ゴツッ!…
何度も何度も、老マタギは石を振るった。
「狸……鼻さんー」
泣くように呻くように言うと、小此木がへたりこんだ。
頭蓋が完全に形を失ってから、ようよう伍平は石を放した。
「なんてこと……」
美川もしばし言葉を失った……しかし、彼女の思考は止まっていなかった。

『僕は急いで山を降りて、市の方にこの異常な事態を連絡してこようと思います』

そう言って去った狸鼻は怪物になって戻ってきた。
(狸鼻さんは、村を脱出できなかったのね。ってことは、村のことは何も外には伝わってないんだわ……。
怪物出現までは伝わってなくっても、無人の村とニセ米兵のことだけでも外に伝わっていれば、自衛隊は武装して……)
そこで美川はハッと気がついた。
(そういえば…明戸に入る前の日、市内で会った自衛隊の隊長が言ってたじゃないの!)

『慌てて危険な山道を行かなくっても、三日ぐらいで我々が道路を再開させますよ』

「も、もし明戸村に、なんにも知らないで自衛隊が入り込んだら……!?」
美川は大きな目を、さらにカッとばかりに見開いた。
「この変異が、村の外まで広がっちゃうじゃないの!」
それは……いま目にした地獄が日本全土に広がるということであり、日本という国の破滅を意味していた。
「いったりどうすりゃ、どうすりゃいいのよ?!」
途方に暮れた美川が呟いたとき……狸鼻が上がってきた谷川の下手でケモノのような喚き声があがった!
0009「明戸村縁起」
垢版 |
2011/12/20(火) 23:59:54.38ID:pN1YTVc1
 突然の雄叫びに続いて、バシャバシャと大勢の人数が早瀬を走る音がはじまった!
前日、狸鼻を祭川の鬼の屏風に追い詰めた変異者の一群だ。
鬼の屏風から村に戻らず、獲物を求め川を遡上してきたのだ。
「早く上がって来て!」
美川が叫ぶが、伍平は顔を横に振ることで応えると、さっきの棍棒を拾いあげた。
「無茶よ!死んじゃうわ!」
「寿美枝ちゃんこそ、時間無駄にせんと、はよ逃げるんじゃ」
水を蹴立てる音はどんどん激しく近くなってくる。
「み、美川さんー、早く逃げましょうよー」
「逃げたいんなら、アンタ一人で逃げなさい!」
「そ、そんなー」
そのとき、光る水の前にバラバラと黒い人影が現れた!
明らかに通常の「人」とは違う姿も混じっている。
その中の一匹が、斜面に立つ伍平、それからさらに上に立つ美川や小此木に気がつき改めて絶叫を上げた!
「じいちゃん!」「逃げるんじゃ!」
美川の悲鳴と伍平の声が交錯するなか、変異者たちが鉄砲水のように伍平めがけて殺到する!
「逃げるんじゃ!」
いまひとたび大声で命ずると、棍棒振りかざして伍平は、自ら変異者の群れへと突っ込んだ!
「多々良のじいちゃん!!」
声を限りに美川が叫んだとき一発の銃声が轟いて、伍平の間近まで迫っていた変異者の眉間に穴が開いた!
(いまのは!?)
美川が銃声のした方を振返った!
美川らがまいてきた小山の上に、男が腰を下ろしていた。
ラーデンたちのような軍服こそ着ていないが、手にする銃は狩猟用ではなく軍用の自動小銃だ。
タン!タン!タン!
男の射撃は、フルオートやバーストではなく、セミオートの単射だったが、突進してくる変異者を伍平に近い順から、おそろしいほどの正確さで仕留めていた。
(ラーデンの仲間?!)
…だが、すぐに美川は感じた。
(……でもどこか違う。分校に展開していた兵たちとは)
男の兵士の戦い方はあまりにドライで……兵士というより特殊工作員かあるいは……。
(……殺し屋?)
マガジンチェンジも手慣れたもので、男がマガジン×2を撃ち尽くしたころには、変異者の群れは完全に制圧されてしまっていた。
「……やあ、危ないところだったね」
男が口にしたのは、驚いたことに日本語だった。
それも、ラーデンとは比べ物にならないほど流ちょうな……。
(……間違いないわ。きっとあの男よ)
美川は気づいていた。
いま彼女らを見下ろしている男こそ、ラーデンの言っていた「石棺から生きて帰った4人」の一人。
ドクター・ファン・リーテンその人なのだと。
0010「明戸村縁起」
垢版 |
2011/12/29(木) 00:11:58.61ID:fG1w7gwB
 ドクター・ファン・リーテンは手にしたステッキで行く手を指し示すと、声だけ聞いたら外人とは到底思えない、実に流暢な日本語で言った。
「ほらあの頂を越えたところだよ。君たちが探していた場所は」
(私、何も言ってないのに!)
美川は、内心舌をまいた。
こいつはただ者ではないと。
「……カドウケスは伊達じゃないってことね」
「嬉しいこと言ってくれるな。お礼をしなくちゃね」
医者は大仰な仕草で日本式に頭を下げた
「あの美川さんー」
「……なによ?」
「カドウケスって、なんのことですかー?」
「ほら、彼が持ってるあのステッキのことよ」
医者は蛇が絡んだ彫刻の杖を持っていた。
「あれ……なんとかいう医者さんの神様の杖ですよねー?」
「ちがうわ。アスクレピウスの杖だと、絡んでる蛇は一匹。二匹絡んでるのはカドウケスよ」
蛇一匹だと「医術」の神アスクレビウスの杖である「ケリュケイオン」。
しかし蛇二匹なら、「旅人」「商人」「泥棒」の神にして神々の伝令役でもあるヘルメス神の杖、カドウケスだ。
そしてカドウケスは、現生においては「軍医」の象徴でもある。
「旅人」「商人」「泥棒」そして「軍医」。
その四つ総てが、このファン・リーテンという男の構成要素なのに違いない。
何か喋れば、片言隻句からでも相手の心を読む。
だからといって黙っていれば、今度は黙っていることで相手の心を読む。
(まさにヘルメス神ね……厄介な相手だわ)
右手にカドウケス、左肩に旧式の軍用ライフル=M14を掛けて、軍医は軽々と道無き斜面を登って行った。
「さあ、ついたよ」
急斜面を登り切ったところにあったのは、古いレンガ造りの建物だった。
「……なに?あんな建物何時からあったの?」
間近に来るまで気がつかなかったのは、高低の木々や雑草に埋もれ、煉瓦にも緑の苔が広がって辺りの景色にすっかり溶け込んでいるからだろう。
「…何時からあったのよ、こんな建物……」
美川が先の疑問を繰り返すと、軍医は笑って教えてくれた。
「たぶん先の世界大戦のころだと思うよ。ほら……」
軍医は足元で土に半ば以上埋もれていた板きれを拾いあげた。
板の表には、微かに「陸軍」という文字が残っていた。
「『陸軍』っていうのは、アーミーの意味だよね。でも、私の記憶だと現代日本じゃアーミーのことは『陸軍』じゃなく『陸上自衛隊』って呼んでたはず。つまりこれは……」
(この男の言う通り、この煉瓦造りの小屋は旧陸軍の施設に間違いないわね。軍の施設だし、山道からも大きく外れてるから、明戸村の人たちもここのことは知らなかったんだわ。……でも……)
小屋の素姓が判ったことで、美川の頭の中に新たな疑問がわき上がっていた。
(知らなかったはずないわ。彼が知らなかったはずは……)
0011「明戸村縁起」
垢版 |
2011/12/29(木) 00:14:46.00ID:fG1w7gwB
 頭上の枝を鉄棒代わりに足を振りあげ蹴りを見舞う!
間髪いれず飛び降り、蹴倒したばかりの敵の脳天に鉈を叩き込むと、クシャッと音をたてて頭蓋骨が割れた。
(…?!)
死角からの気配に向け反射的に振るった鉈は、後ろから跳びつこうとした変異者の頸椎を叩き折った。
前腕をカバーするプロテクターまで変異者の脳漿にまみれ、切れ味を失っ鉈は「刃物」でなく「棍棒」のようになっていた。
美川らのあとを追う途中、ラーデンは一群の変異者との遭遇戦になっていた。
いま倒したので5匹目。
(残リハ……)
ここまでは総て初期変異か、変異前の損傷が酷い個体だった。
だが…
(重度変異者ガ、イタハズダ!)
倒木をひと飛びに飛び越える異様な姿があった。
髪は抜け、瞼・鼻・外耳そして唇も総て腐り落ちた、緑の異貌。
体は熱病の侵されたようにやせ細っているのに、四肢の筋肉だけが異様に発達し、その末端である手に至っては……。
(間違イナイ!漏洩初期段階デ、感染シタ化ケ物ダ)
足元に転がっていた標識杭を拾いあげながら、ラーデンは辺りに視線を走らせた。
(奴ハ、ドコダ!?)
しかし、目の届く限りにその異様な姿は見えない。
(ドコダ!?ドコニイル!?)
………カサカサカサ
枯葉の上を山風が渡っていく……。
……………カサカサカサ
カサカサカサ…………………カサッ
(音ガ違ウッ!)
咄嗟に振りむくラーデンの目の前、倒木の影から緑の姿が二つ飛び出した!
(2匹ダト!)
手の指が三本!その先端にはピッケルのような爪!!
(標的ハ…右ノ変異者!)
二匹のうち僅かに先んじた右の怪物の鼻先に、ラーデンは手にした棒杭を投げつけた!
バギッ!と音をたて、爪が杭を微塵に飛び散る!
しかしそれを目くらましに、ラーデンは体を右に捌いた。
同時に相手にするのは一匹だけ!
これで左の変異者は右のバケモノが邪魔で手が出せない!
(同時ニ、相手スルノハ、一匹ダケ!)
ラーデンは鉈を振りおろした!
ベキッと骨を砕く確かな手ごたえ!
だが折れてぶら下がったのは…
(……クソッ、シクジッタ!)
怪物の左手首だ!
普通の人間なら骨折の痛みで動けない。
しかし折れた手首を振り回して、怪物は更に襲いかかってきた。
0012「明戸村縁起」
垢版 |
2011/12/29(木) 00:15:46.11ID:fG1w7gwB
 ブンッ!
指先にピッケルの生えた三本の腕が次々空を斬るなか、ラーデンは「8」の字を描くように後退した。
直線で後退すれば、倒木のどれかに追い詰められる。
ひたすら避ける!
避けきれない攻撃は両腕で……
ガキッ!
(…グッ!?)
バケモノの腕をブロックした腕に、バットで殴られたような衝撃が走った。
体液まみれの鉈が手から落ち、思わず足がもつる。
背中が倒木にぶつかった。
(Damn it!追イ詰メラレタ!)
背後を塞ぐ倒木に体を預ける姿勢で、続けざまに振りおろされる爪を右に右にとかわしていく。
だが今度はその右から、巨大な爪が横殴りに襲ってきた。
(……!)
何処へも逃げ場は無い!
もう降参だとでも言うように、ラーデンは顔の前に両手を挙げた。
匕首のような爪が空を斬る!
ラーデンは顔の前に揃えた両掌を、変異者の唸る剛腕に叩き付けた!
ブロック?いや違う!
怪物の腕の上で、一瞬ラーデンは逆立ちになった!
敵の腕を「馬」代りにして、体操競技の「あん馬」のように体を跳ね上げたのだ!
そして鞭のように全身をしなわせると、3メートルを遥かに超える高さに跳ね上げた足を怪物の喉首めがけ叩き付けた!
虚を突かれ、怪物の体が5メートル以上も蹴り飛ばされた。
(…チャンスダ!)
二匹の怪物は分断された!
蹴り跳ばされた一匹が体勢を立て直すより先に、左腕を折ったほうの怪物を殺る!
今度はウサギのように低く跳んでクルリと地面を一転がりしたときには、ラーデンは再び鉈を手にしていた。
怪物が健在の右手を構えて、ラーデンに向かってカエルのように跳んだ!
ボクシングのストレートのように緑の腕が伸びる!
しかしラーデンは、敵の爪が顔のすぐ前まできたところで小さく左にステップを踏んだ!
緑の爪がラーデンの顔の右側をすりける!
そしてその右腕をレール代わりに、ラーデンの鉈が走った!
終着駅は怪物の首だ!
ラーデンと怪物の体がすれ違うのと同時に、怪物の首は、後頭部が背中につく状態になっていた。
(…コレデ残リハ一匹!)

なんとか切り抜けたぞ……ラーデンがそう考えたそのとき。
灌木の茂みを突きぬけ、新たに三匹の変異者が飛び出してきた。
0013創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/01/02(月) 13:14:36.90ID:1RqiJl8P
新年おめでとうございます。
…こんな話の途中に、新年のあいさつを挟むのもどうかと思ったが…。
こんな話だからこそ、新年のあいさつをする意味があるのかと。

「明戸村縁起」も2/3〜3/4ぐらいは終わって下げへと続く。
では……。

0014「明戸村縁起」
垢版 |
2012/01/02(月) 13:16:39.17ID:1RqiJl8P
 「さっき私たちが何か探してたって言ったわよね?でも私たちは……」
言いかけた美川の顔の前に、ファン・リーテンは手の平をかざして制した。
「別にウソつく必要なんてないよ」
「私たちウソなんてついて…」
「だったらなんでこんなところに来たの?」
軍医はカドウケスで山々の一画を指して言った。
「この村から脱出するなら行く先はあっちだ。それから……」
軍医はまた別の一画を杖で指した。
「そっちに行って、錦平の山小屋経由で山を下るコースもあるね。でも、こっちの方角には何も無い。この施設と、とある廃村以外にはね」
(こいつ……カドウケスは伊達じゃないってことね)
美川は理解した。
目の前の男、ファン・リーテンを相手に隠しごとはできないのだと。
「楽しいおしゃべりの続きは中でしようよ。さ……」
軍医は美川らに向かって白い歯を見せ笑うと、扉に手を掛けた。
「ちょっとちらかってるけど……ごめんね」
軍医がドアを開ける……そのちらかり様に、美川たちは息を飲んだ。
室内は血塗れ。
血の海のなか、米兵の軍装を身にまとった死体が数人。
投げ捨てられた人形のように折り重なっていた。
「漏洩はある程度予想してたんだけど、酷い状況でね。ここに着いた途端ソイツがさぁ……」
軍医は美川らが入ってきた扉の横の壁を指さした。
「……おかげで部下は皆殺しだよ。」
「ほ、ほげぇー!」
情けない悲鳴とともに小此木の腰が抜けた。
壁には、異様な生物がツルハシで磔にされていたのだ。
「な、なに?これは……?」
美川の語彙をもってしても、その生物は「これ」としか言いようがなかった。
人の衣服を纏っていなければ、絶対に「人」には見えないだろう。
ありふれたカーディガンの襟から上は、ほぼ総て口だった。
目や鼻は顔から追い出されてしまっている。
上顎は狒狒のようにせり出しているが、下あごは………。
「これは……舌なの?それとも…顎?」
「顎だよ。舌はカメレオンみたいに使ってたからね」
剣山のように牙のならんだ下顎は、顔から胸の下まで前掛けのようにダラリと垂れ下がっていた。
「舌で捉まえてぐっと引き寄せてから、その口で熱いキッスを贈るのがソイツの持ち芸さ」
美川はニセ米兵の死体が血塗れな理由が判った。
「これを殺ったのは?」
「僕さ」
「で、この……怪物は…誰だったの?」
「僕らが『グリーンシングズ』って呼んでる呪われた宝物を、僕らに送って提供してくれた人間だよ」
ファン・リーテンによって壁に磔にされた怪物。
それは、美川らが探していた「プラントハンター」の変わり果てた姿だった。
0015「明戸村縁起」
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2012/01/02(月) 13:18:30.86ID:1RqiJl8P
 「研究資料は彼自身の手で破棄されてたよ。だけど、日記はこの通り……」
ファン・リーテンは上着の下から、表紙の日に焼けた古い手帳を取り出した。
「……そのバケモノが座っていた机にあったんだ。これのおかげで、何が起こったのかだいたい判ったよ」

 3月8日
頭が痛い。
頭痛薬を手に入れるため久しぶりに村に降りた。
ついでに郵便局に顔を出すと、テレビ局のディレクターだという女性と出会い福麓荘まで行き取材を受ける。

「ディレクター?!」美川が叫んだ。「椎名さんだわ!」
「福麓荘というのは村の……」
「たったひとつのボロ旅館……っていうより民宿よ。きっと椎名さんたちもそこに……」
突然美川は目をハッと見開いた!
「福麓荘が感染源の一つなのね!?」
軍医は答えた。
「たぶんね。テレビ局が来ていたせいで、福麓荘には他にも色々客があったらしい。そのうちの何人かが感染したんだろうね」
「じゃ!椎名さんたちも!?」
「変異者の中にテレビクルーはいたかい?」
美川は一応小此木の方を振りむいてから答えた。
「いなかったわ。クルーは誰も。椎名さんも、吉田くんも国井くんも」
「それなら感染してないと思うよ」
軍医は笑って顔を横にふった。
「8日に感染したのなら、とっくにバケモノになり果ててるはずだからね。ほら、続きを読んでごらん」

3月9日
風邪ではない。
これは風邪ではない。
背中を這いあがってくる震えも、寒いからではない。
体のどこか深い処で脈打つ衝動のせいだ。
Tが語った山爺と山姥の伝説。
私は緑に染まってしまったんだろうか?
怖い、怖い、途轍もなく怖い。
でもそれなのに、私はそのときを待ってもいるのだ。
私は恐れる。
私は熱望する。
わたしは………

「僕らが来たとき、彼はまだ書き続けていたよ。この日記をね」
日記の最後のページは、判読どころか文字とすら見えない、のたくった線の羅列で終わっていた。
0016「明戸村縁起」
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2012/01/08(日) 00:12:05.85ID:D4W50TRK
 蹴り飛ばしてた怪物が奇声を上げ跳ね起きると、新手の三匹もそれぞれに雄叫びあげてラーデンめがけ突進してきた。
(……Shit!)
勝ち目が皆無となれば、逃げの一手だ。
ラーデンは、背後を塞ぐ倒木に手を掛けると器械体操のように身軽に飛び越えた。
逃げる方向は、とっさに美川らの逃げたのとは逆の方を選んだ。
(バケモノドモヲ、案内スルワケニハ、イカン)
だがその方角は村のある方角であり、追手の来る方角でもある。
案の定、いくらも逃げないうちに行く手の藪のなかで、交尾期の猫のような奇声が沸き上がった!
(コウナッタラ、少シデモ、美川タチノ、遠クニ……)
見当違いの方向に、引っ張れるだけ引っ張る。
そして、もう引っ張れなくなったら……
(……最低三匹ハ、殺ル!)
もちろんそれは、生き残るつもりが無ければの話しだ。
後ろからの気配に前からの気配が重なった直後、すぐ前の藪から米兵装束の初期変異者が飛び出した!
(マズハ、コイツカラ!)
突進をかわすどころか、敵に向かっ一直線に加速!
距離が3メートル強までつまったところで幅跳びの要領でジャンプし、空中で体を一回転!
上体よりわずかに遅れて、右軍靴の踵が空を斬る!
グシャッという音とともに、変異者の鼻から下が陥没し牙が折れ飛んだ!
さらに着地と同時に手にした鉈を、血塗れの口の中に突き刺し止めを刺した。
(次ハ!?)
息整える間もなく振り向くと、追手は二匹!
変異のかなり進んだのが、もうすぐそこまで迫っていた!
(三匹ハ…無理カ)
そう思いラーデンが標的を、右の個体に絞った瞬間!
カーーンという乾いた音とともに飛んできた何かが、左側個体の顔面に見事命中!
鮮やかに打ち倒した!
「おいサッカー野郎!その一匹は貴様に任せるぞ」
声の主は十数メートルほど離れた倒木の上に、仁王立ちになっていた。
「ぼんやりするな!」
声の主はこぶし大の石を軽く放りあげると、タイミング良く手にしたシャベルを一閃!
カンッ!と短い音をたて飛んだ石は、藪から飛び出した別の変異者を鮮やかに打ち倒した。
「貴様がサッカーなら、オレは野球だ。生粋のアメリカンだからな」
「サ、サージ!」
0017「明戸村縁起」
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2012/01/08(日) 00:15:07.26ID:D4W50TRK
 ブンッ!……ビュンッ!……ガスッ!!
シャベルが一閃すると石が空を斬って、突進してきたバケモノを二匹三匹と続けざまに打ち倒す。
殺人ノックの連打で変異者の来襲タイミングがバラけると、サージはシャベルを肩に置いた。
突進してくるのは2匹。
うち変異が進んでいるのは一匹だけ。
「ま、こんなもんでいいか……」
シャベルを肩にかけた姿勢でなげやりに呟くと、やにわに軍曹は倒木の上から飛び降りた!
肩に担いだシャベルはいつのまにか大上段に!
「ウォリャーーーッ!」
怒声一番!
…ガコン!
思ったより軽い音が響き、シャベルは変異者の頭蓋骨に食い込んだ!
「ウオオオオッ!」
…メキメキメキ……バキッ!!
頭蓋が割れ、緑に染まった脳漿ぶちまけ変異者は痙攣ほはじめる。
…が、より変異の進んだもう一匹の怪物がすぐそこに!
出刃包丁のような爪がサージめがけて唸りを上げる!
フン…と鼻を鳴らすと、サージは馬鹿にするような顔で怪物の腕の下を潜った!
「…ワン」
まずシャベルの柄を突きあげて怪物の顎に一撃!
続いて仰け反る相手の動きにタイミングを合わせながら、銃剣術の要領でシャベルを回転!
刃のついていない「ブレード」がプロペラのように回転して、怪物の後頭にぶち当たった!
「…ツウ」
後頭部への打撃に怪物の体が今度は前へと泳いだ瞬間……足を素早く払って地面に倒すと、サージはシャベルの刃をさっきの一撃で割れた怪物の後頭部にあてがった。
そこから後の用法は普通シャベルとしての使い方だった。
足を載せて「地面」食い込ませるのだ。
「スリー」
メギメギメギッ……
ギ、ギァァアアアアアア……
「……二匹目終り」
「御代り」はまだまだいる。
しかし、余裕たっぷりにサージは言った。
「ネクスト、プリーズ」
0018「明戸村縁起」
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2012/01/08(日) 23:29:23.80ID:D4W50TRK
「ワン」
攻撃をかわすと同時に、まっすぐに伸びた相手の膝を全体重かけて踏み抜くと、膝は一発で逆に曲がった!
「ツウ」
二撃目は銃床のようにスイングさせたスコップの柄を、変異者の鼻の下へと叩き込む!
砕ける骨!折れ飛ぶ歯!
「スリー」
横殴りのブレードで首を切断してフィニッシュ!
サージは襲い来る変異者を、ワン・ツー・スリーの要領で次々始末していく。
「ワン・ツゥ・スリー!」で首が飛ぶ!
「…ワン・ツゥ・スリー!」
今度は、頭蓋真っ二つ!
「…ワン・ツゥ・スリー!」
その次は、口を境に頭部を上下に分断!
…ラーデンが目の前の一匹をかたづけているまに、サージはより変異の進んだ5匹を瞬く間に処理してしまっていた。
近寄ってきたラーデンは呆れ顔で言った。
「………十三日の金曜日の殺人鬼もそこのけのご活躍ですね」
「ホッケーマスクの奴か?…あんなのオレの前に顔出したら、5分でぶち殺してやる」
サージが退屈そうに首を回したとき、ラーデンは上官のホルスターにデザートイーグル、それから帯革にベレッタが差しっ放しになっているのに気がついた。
ベレッタは、前日、美川らを捉えに出向いた際、災害救助らしく見せるためサージに預けていった銃だ。
「それを……」
ラーデンはベレッタを指さした。
「……それを持ってるなら、なんで使わなかったんですか?…弾切れとか??」
口にしてからラーデンは失言だったと気がついた。
サージに限って、弾の切れた銃など後生大事に持っているはずはない。
「これはな……」
サージは体帯から銃を抜くと、ラーデンの方にグリップを向けてよこした。
「……特別なお客のために、残しといたんだ」
「特別なお客?」
「ああ……もう来てる」
「も、もう、来てる??」
「ああ…………あそこになっ!」
サージが振り向きざまに大型自動拳銃を抜くと、背後の森に立つ人影に向けて引き金を引いた!
50AEの巨弾が樹間の人影の頭部めがけ向け唸りを上げる!
……が?!
命中寸前、人影のかなりいびつな頭が、パズルのように四つに割れた!
巨弾がその隙間を通り抜ると、再び頭は元の形に!
「……なまばまだぁあ゛」
「あ、あれは……」
ラーデンが呻くように漏らした。
「あれはリョーアン和尚」
「ラーデン殿ォー、ドウいうわげか、死ねんのジぁ。あんたサんに、首斬っテもろたノに、死ねンのじあ」
人のものではない声で、人の言葉が語られるのは、なんとも異様な光景だった。
「すまぁんが、もう一ぃ度ぉ、殺しなおしてぇ、もらえんかのぉ」
「なんだ、頼まれて奴の首を斬ってやったってのは、貴様か」
憮然とサージが言った。
「貴様が半端仕事をするから、却って手間がかかるじゃねえか」
「……もうしわけございません」
謝りながら、ラーデンは機械的にマガジンを抜くと残弾をチェックした。
(薬室内に1発。マガジンはフルのままか)
ラーデンは弾倉をグリップ内に戻した。
(これを使い切る前に、アレを殺せるか……)

「らあでん殿ぉぉ……」
和尚の腕が、魔法のように飛んできた!
0019創る名無しに見る名無し
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2012/01/10(火) 18:59:33.60ID:WYP1fsLx
  [アオツノアナゴ]
「青龍」と呼ばれる幻獣の正体。
直径約1m、体長約20mにも及ぶ超巨大アナゴ。
皮膚の色は青みがかったパールグリーンで
頭には角状の突起が有り、人面魚のような
彫りの深い顔をしている。
0020創る名無しに見る名無し
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2012/01/10(火) 23:26:31.44ID:kzt+cvHU

このアナゴの能力は?
大きいだけだとただの珍獣の範疇のような気も(笑)。
いっそサイズをもうちょっと小さめにして、鮨屋を舞台の怪談にするとか。
0021「明戸村縁起」
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2012/01/12(木) 23:28:52.13ID:3UbEFQwp
 「うわっ!」
喉元狙って魔法のように伸びてきた和尚の手を、間一髪のところでラーデンは回避し!
虚しく空を掻いた腕が本体へと戻っていくとき、彼は,飛んできた前腕と本体が、幾本ものケーブルのような紐で体と繋がっているのを見てとった!
「見たかラーデン!バラバラになった体のパーツをあの紐みたいなもんで繋ぎ合わせてるんだ!」
ラーデンに切断された首も、それからサージの投げた手榴弾でバラバラになった体も、紐状組織でパッチワークのように繋ぎあわされているのだ。
「さっき頭を分割したのも!?」
「腕を飛ばしたのと同じ手品さ。紐の伸ばしたり縮めたりで、体をバラバラにしたり繋いだりしてやがるんだ」
「……な、なんて奴だ」
「脳幹とかいうトコに、紐を手繰ってる奴がいるに違がいない!ソコを正確に撃ち抜け」
「……サージ、口で言うのは簡単でしょうが」
「なんまあだぁああああああああ!」
一声喚くと、和尚は左右の手を同時に飛ばしてきた!
ラーデンは今度もかわす!
しかしサージは受けて立った!
手にしたシャベルで腕をはたき落として素早く足で踏みつけると、腕の断面から伸びた「紐」にシャベルの斧をぶち込んだ!
ブチッ!と音をたてて「紐」が切れる。
「へっ!これでテメエは片腕……」
……が、唇の腐れ落ちた顔で、「笑顔」らしきものを見せると、バケモノ和尚は切断された「紐」を藪の影にむけ振るった!
そこにはラーデンが倒した、変異者の首無し死体が転がっている。
その首なし死体に、「紐」は矢のように突き刺さった!
…と、おもむろに首なし死体が立ちあがった!
「サ、サージ!」
「あの紐みたいなのは、自分の体じゃなくとも繋いで動かせるのか」
あたりには、サージとラーデンの仕留めた変異者の死体がゴロゴロしている!
「サージ…ここは退いたほうが得策では?」
「そうもいかん。退けばファン・リーテンのトコにコイツが行っちまうかもしれんからな」
「し、しかし…」
ブシュッと何か噴出する音がして、首なし死体の背中から「紐」が蛇のように伸び出すと、少し離れた所に転がっていた別の死体に突き刺さった!
バケモノ和尚主催の、グロテスクな人形劇が始まった。
0022「明戸村縁起」
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2012/01/12(木) 23:32:31.34ID:3UbEFQwp
 「……実はね。グリーンシングズの源株が見つかんなくってね」
ファン・リーテンは大仰なポーズでオーマイゴッドとセリフを閉めた。
明戸村に「緑のもの」を広め、自らも怪物と化した末、ファン・リーテンの手で仕留められたのは、東伝太郎(あずま・でんたろう)という男は、「人」であるうちに大半の資料を破棄していたのだ。
「源株?…でもあなたたちのところにも、サンプルが送られてたんでしょ?」
「それが奇妙なことだけどねぇ……我々のクライアントが入手したサンプルからは、いかなる細菌もウィルスも発見されなかったんだ」
軍医は大仰に腕組みした。
「いなきゃおかしいんだけどねぇ」
(……そうよ。絶対「居た」はずだわ)
「石棺」で発生した漏洩事件のことは、ラーデンから聞いていた。
何も居なかったなら、変異は起こらなかったはずだ。
「アズマが、この谷のどこかでグリーンシングズを発見したのは間違いない。…だけどこの谷、結構ひろいからね。実を言うとかなり困ってるんだ」
「……ねえ、カドウケスのお医者さん」
軍医が振返ると、美川の鋭い視線があった。
「グリーンシングズとかの場所、教えてあげるわ。だから私と取引しない?」
「グリーンシングズの場所を知っていると?」
ファン・リーテンの左眉が心持ち吊りあがった。
「そうよ。私が教えてあげる」
「…で、教えてもらえる代償は、君たちの命かな?」
美川の後ろで、小此木が息を飲んだのが判った。
「ぼ、僕らの命、危ないんですかー!?でもこの人が…」
小此木が指さすと、ファン・リーテンはとってつけたような笑顔を返した。
「……この人が守ってくれるんじゃないんですか?」
「……バカだバカだと前から思ってたけど…、危ないに決まってるじゃないの!」
「でもさっきだって……」
「さっき私たちを助けてくれたのは……」
ぱっと振返るなり、美川は視線をファン・リーテンの眼へとまともにぶつけた。
「…私たちが、グリーンシングズのある場所を知ってるかもしれないと思ったからよ!ね、そうよね?軍医さん?」
キッと睨みつける美川に対し、ファン・リーテンの笑顔のままだ。
しかしその笑顔の中に、美川は感じ取っていた。
いま渡りあっている相手は、ラーデンとは違うと。
兵士とか、殺人マシーンとかいうものではない。
もっとずっと恐ろしいもの……それは。
(……あくま?)
そのとき、美川の顔から視線を外さぬまま軍医は言った。
「……なるほど。そうやってラーデンも味方につけたってワケか」
0023「明戸村縁起」
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2012/01/12(木) 23:35:49.76ID:3UbEFQwp
「……なるほど。そうやってラーデンも味方につけたってワケか」
(………えっ!)
思わぬ話しの展開に、美川は一瞬虚をつかれた。
「ごまかそうとしたってダメだよ」
相変わらず軍医は視線を外そうとしない。
美川の視線は不思議な引力によって、気づかぬうちに相手の目に釘づけにされてしまっていた。
「君たちに、この魔窟と化した村で生き残る戦闘力なんて無いね。
それなのに君たちがまがりなりにも生き残れたのは、それだけの力を持った奴を味方につけられたからだ。
この村で生き抜けるだけの力を持ってるのは、僕の知るかぎり三人だけ。
まずは僕。それからサージだ。しかし僕は、君たちとは初対面だし、サージが君たちを助けるとは思えない。したがって……」
ここで軍医がついっと視線を外すと、美川は視線が自由になるのを感じた。
「……君たちが味方につけたのは三人目の男、ラーデンだ」
思わず足がふらついて、思わず美川は後の小此木にぶつかりそうになった。
「たいした女だね。君は……」
美川に手を差し出しながら、軍医はつづけた。
「……男社会の中で、そうやって戦って駆け引きして、生き抜いてきたようだね。立派立派」
「……褒めてくれてありがと。そうよ、私、ラーデンを上手いこと言いくるめて味方につけたの」
そういいながら、美川は小此木のつま先を踏みつけて余計な言葉を吐かせなかった。
「だから今度はこうしてアナタを味方につけようとしてるってワケ。でも、グリーンシングズの在りかを教える代償は、私たちの命じゃないわ」
「なんだ自分の命じゃないのかい?」
美川の言葉は、ファン・リーテンにもさすがに意外なようだった。
「自分の命より大事なんて、何が代償なのか、教えてくれないかな?」
「……日本を!この国を救って!」
差し出されたままだった軍医を手を、御果歩は縋るように掴んだ。
「明日の昼までに、自衛隊の施設大隊が村と外を繋ぐ道の修復を終えてしまうの。グリーンシンクズがもし村の外に流出したら……日本は、この国は地獄になってしまうわ」
 宝塚歌劇か何かのように手と手をとりあったまま、軍医と美川はしばし目を見かわしていたが………しばらくして、軍医の方から手を引いた。
「判った、その取引、受けるとしよう」
「……ホント?」
軍医はカドウケスを手に取り言った。
「ああ、この杖、カドウケスに誓って、ホントだよ」
契約は……成った。
それがたとえ、悪魔との契約だったとしても。
「それじゃ早速だけど、グリーンシングズの在りかを、教えてくれないかな?」
「………それは………」
もちろん美川は、そんなものの在りかなど知らない。
「その場所は……」
そのとき、一発の銃声が美川の窮地を救った!
「いまのは銃声!?」
「……50AE……サージが来たようだな」

0024「明戸村縁起」
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2012/01/24(火) 23:48:26.17ID:8qR0lSxj
 声一つ上げず飛びかかってきた首なし死体に前蹴りをかませ距離をとると、ラーデンは拳銃を向けた。
…だが。
(…タ、ターゲットが無い!)
無い袖は振れないし、無いものは撃てない!
既に首は彼自身の手で刎ねてあるのだ。
「無駄弾撃つな!」
別の首なし死体3体を同時に相手にしながら、サージが叫ぶ。
「そいつを操ってるのは、奥にいるパッチワーク野郎だ!撃つんなら奴を撃て!」
「イエッ……」
ビュンッ!
応答するより先に、長い鉤爪がラーデンを襲う!
「……サー!」
爪の一撃をフットワークで回避すると同時に、ラーデンは左右の手で拳銃をホールド!
短い指切りで引き金を引くと、銃は3度、手の中で踊った!
(3発全部はかわせまい!)
3つ続けて鉛の弾が、同じ軌道で空を斬る!
……だが!
ラーデンの放った弾丸の前に、顔の半分無い死体が横っ跳びにとびだした。
「…なんだと?!」
バ!バ!バスッ
9ミリ弾3発を体で受け止め、もんどりうって死体は倒れた!
「死体を盾に使うのか!」
更に、首なしを始めとする損壊の酷い死体が、ワサワサとラーデンの前に立ち塞がった。
「……ならば!」
姿勢を低くすると、狐のようにラーデンは滑りだした。
「接近して倒すまで!」
目前の死体の脇の下をかいくぐり、次の死体をタックルで突き飛ばして血路を開く!
しかし、3体目の死者に前蹴りを見舞った直後、左横の藪を突き抜けて、切断された右手がロケット弾のように飛んできた!
(なにっ!?)
反射的に体をよじり、枯葉の上に転がりこれをかわした。
(何故そんな方から腕が!?)
答えが閃くより先に、今度は左前腕が飛んできた!
(全方位から攻撃が!?)
枯葉の海に身を投げ、ギリギリこれもかわす。
「そういうことか!」
ラーデンは、サージが銃撃した場面を思い出した。
弾丸が命中する寸前、バケモノ和尚の頭部は、各々が紐に繋がれた四つのパーツに別れ弾丸を回避した場面だ。
(切断された腕を、有線誘導してるんだな!)
今度は左右の腕が同時に襲ってきた!


(…!?いまのは!?)
ラーデンが死角から飛び出した腕に襲われるところは、サージも目にしていた。
だがサージは、ラーデンよりさらに一歩先まで見破っていた。
(なるほど、そういうことか。……ならば!)
こんどはサージが動いた!
0025「明戸村縁起」
垢版 |
2012/01/24(火) 23:50:14.43ID:8qR0lSxj
 (首無し…首無し…首無し…その隣は……コイツか!)
次々迫り来る死体の群れをシャベルで打ち倒しながらサージは拳銃を抜くと、電光石火で引き金を引く!
巨大な拳銃が撥ねあがり、頭が斜めに削ぎ落された死体の、残りの頭部を木端微塵に吹き飛ばした!
「サージ!」
数々の死体と腕の波状攻撃に晒されていたラーデンが、銃声を耳にして振返った。
「何故そんな死体なんかを!?」
「考えてみろ!あのバケモノの位置からお前が見えるか!?」
(……オレの姿が見えるか??)
ワサワサと襲い来る死体は、ラーデンに迫りながらもバケモノ坊主との直線状からは離れようとはせず、したがってラーデンからバケモノ坊主を狙うことはできない。
(オレから奴は見えない……ということは奴からもオレは……)
その間にもサージは更に引き金を引き、既に残骸としか言いようのない上体の頭部を吹き飛ばした!
「ヤツの位置からは、盾になった死体が邪魔で貴様の姿は見えんはずだ!それなのに何故、ヤツは貴様を狙える!?」
(…………そ、そういうことか!)
ラーデンも次々迫る何体もの死体に素早く目線を走らせた。
「……こいつか!」
ラーデンもベレッタM9の引き金を二度引き、既に鉈の一撃で二つに割られた頭部を、両方とも飛沫に変えた。
(ヤツは死体を自分の「手足」として使ってるだけじゃない!自分の「目」としても使ってるんだ!)
ラーデンは死体の群れの中に、「目」のある個体を素早く見つけだすと稲妻のように銃口を向けた!
「そうだラーデン!オレたちは監視カメラに囲まれてたんだ!ひとつ残らずぶっ潰すぞ!」
「イエッサー!」
首無し死体には用など無い。
標的は頭部に「目」が残っている死体だけだ。
0026「明戸村縁起」
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2012/02/02(木) 23:00:11.05ID:pF2wgtII
バムッ!
マットブラックの銃が踊る傍らで、血と泥で斑になったシャベルが旋回した。
ラーデンはベレッタの弾倉が多装弾の15発なので銃撃で、サージは戦斧代わりのシャベルを振るい、死体に残った「目」を片っ端から潰していく。
ラーデンとサージを見る「目」が減るに従い、それまで組織だっていた死体の攻撃がバラバラになった。
(……こいつも目がある!)
何体目かの「目」のある死体をポイントした瞬間、樹間をついてバケモノ和尚の腕が襲ってきた。
…だが、不意を襲うも狙いが甘い。
四方八方からラーデンとサージを見ていた「目」が次々潰されたからだ!
飛んできた腕がラーデンの顔の右で虚しく空を掻いた直後、ラーデンは標的を変更して素早く二回引き金を引くと、一発目は手首を砕いて、二発目が掌を二つに引き裂いた!
地面に落ちた腕から「紐」が抜け、電気掃除機の巻き取りコードのように藪の中へと退っていく!
「ラーデン!そいつを追え!そいつの退がってく先に本体がいる!」
「イエッサー!」
指示されるまでもない。サージに応答するより先に、ラーデンの体は動きだしている。
途中の死体も、目が無い個体なら相手にする必要などない。
(邪魔だ…)
闇雲に爪を振り回す死体の林をすり抜け、狡猾な狐は蛇を追う。
蛇はスルスル地を滑り、枯れ葉の海を渡って、一本の木の向こう側へと消えた。
(そこに隠れているのか!)
風のようにラーデンは幹の向こうへと回りこんだ……が、バケモノ和尚の姿は無かった。
見れば、幹の向こう側で「紐」は、幹を這い木の上へと這い上っている!
反射的に見上げると、樹上のバケモノ和尚と目が合った!
(…しまった!)
バケモノ和尚の目がラーデンをしっかり捉えている!
それまでデタラメだった死体たちが、突然何かを回復したように、一斉にラーデンへと押し寄せてきた!
死体の林のただ中で、死者の群れを相手にするのは最低最悪の愚策だ!
ラーデンは押し寄せる死体を無視して、ベレッタM9を樹上のバケモノ和尚に向けた!
(殺るのが先か!?殺られるのが先かだ!)
機械的限界の速さで、ラーデンは立て続けに引き金を引いた!
ガガガガガガッ!
切れ目の無い銃声!遊底開放するまで怒涛の連射!!
しかし樹上で微笑むバケモノ和尚の顔が、微笑んだまま四つに分離!
ラーデンの連射は、分離した顔のあいだをすり抜けた!
(しまった!)
360度全方位から死体の群れが押し寄せて来る!
もう逃げ場は……。
「うおーーーーーっ!」
そのとき、死体の群れの向こうで怒声が上がって斑の何かが吹っ飛んできた!
(…あ、あれはサージの!!)
トマホークのように唸りを上げ、ジャベリンのように空を裂いて飛んできたシャベルは、狙いあやまたず、バケモノ和尚の四つに分離した顔のど真ん中に突き立ち、バケモノの顔を木の幹に釘付けにした!

「……据え物撃ちだ。外しゃしねえぜ」

かっきり四回サージが引き金を引くと、四つの顔は、四つの緑色した飛沫痕になった。
ラーデンに迫っていた死体の群れが一斉に崩れ落ちる。
……こんどこそ、バケモノ和尚は死んだらしかった。
0027「明戸村縁起」
垢版 |
2012/02/06(月) 22:52:20.56ID:gAbRR8Pg
 「もうこれで大丈夫ですねー。頼りになりそうな兵隊さんが三人もー」
小此木のはしゃぎ声を聞き、美川はつくづく思った。
(……バカだと思ってたけど、ここまでとは知らなかったわ)

 軽く鋭い感じの銃声が機関銃のように続いた直後、獣のような怒声を挟んで腹に堪えるような重い銃声が四発。
重い方の銃声が50AEとかいう弾の発射音で、これはサージとかいう男が撃ってるんだとして、やや軽い方の銃声は誰なんだろうと思っていると、斜面を登って来たのはラーデンだった。
それ以来小此木はハイな調子なのだが、美川はとてもそんな気分にはなれなかった。
(もし……もし、ラーデンがありのままを報告したら……)
美川は、「グリーンシングスの蔓延から国を救う代償」として、「グリーンシングスの在りかを教える」とファン・リーテンに持ちかけていた。
もちろん美川は「グリーンシングズの在りか」など知らない。
しかしラーデンがこれまでの経緯を包み隠さずファン・リーテンとサージに報告すれば、美川のハッタリは木端微塵に砕け散ってしまうのだ。
それは、美川と小此木、そして多々良伍平の三人が、口封じのため「消される」可能性を示すと同時に、日本全国へのグリーンシングズ蔓延=日本国の破滅をも意味していた。
いま三人のニセ米兵は、美川らを建物の中に残し、戸外で何か話しあっていた。
さりげない風を装いながら、美川は三人の話しの内容に必死で耳をそばだてていた。

「……そのリョウアンというプリーストは、君が会った時、人としての意識を確かに保っていたんだね?」
「……イエス」

ラーデンは更にその残りという割合で、訊かれたことに対しイエス・ノーで応じる程度だった。それより踏み込んで、自分から話そうとはしていない。

「君のときはどうだった?サージ??」
「×××で××だった」
「つまり人の言葉を操れていたってわけだね?」
「×××……」

「話しあっている」と言っても、喋っているのは9割かたがファン・リーテン。
残り一割のうちの更に9割が「サージ」と呼ばれている男。
彼の英語は米語の上にどこかの?やスラング、おまけに軍隊用語らしきものも混じるため、美川のヒアリング能力の限界を超えていた。
(…なに言ってんだかさっぱり判んないわ!)
幸いなことに会話の9割を占めるファン・リーテンの英語は奇麗なクイーンズだったので、美川のヒアリングでも、会話全体の流れを掴むことは可能だった。

「なるほどね、どうやら見えてきたような気がするぞ……」
カドウケスの先で靴の泥を叩き落としながら、ファン・リーテンは言った。
「……僕が部下を引き連れ此処に到着したとき、バケモノは人の姿で、書き物机に向かっていた。
それからゆっくり立ち上がって……」
ここで不意に言葉を止めると、ファン・リーテンは建物の方を振返った。
「……ミカワくん、君を仲間外れにするつもりは無いよ。盗み聞きなんかしてないで、こっちに来たまえ」
0028「明戸村縁起」
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2012/02/18(土) 23:31:18.69ID:Y/m7qUAi
 腹を決め、美川が出ていくと、ファン・リーテンは傍らのバケツをひっくり返して言った。
「こちらにおかけください、マドモアゼル」
「…どうもありがと」
淑女っぽい所作を心がけつつ、美川はバケツに腰を下ろした。
「いま話していたのは…」
「もちろん、君の提案してくれた件についてだよ」
(…この大嘘つき)
美川の耳にした限りでは、そんなことは一言も口にしていなかった。
しかしなにより彼女の腹が立ったのは、美川に盗み聞きされていたことなど百も承知で、いけしゃあしゃあと嘘を吐いているということだ。
(食えないヤツね。相手にとって不足無しだわ)
じっと見上げていると、美川のつま先から数センチのところに、軍医の杖が下ろされた。
「君の提案を受けることとしよう」
「…え?」
「……ってわけで、まず教えて欲しいんだけど……」
(そーら、さっそく来た来た。まず先にグリーンシングズ源株の在り処を教えろってワケね)
「この辺の土地のことを教えてくれないかな?」
「あらら?」
予想が外れて美川は思わず声に出してしまった。
「僕や君たちが来た以外のルートで、村に戻れるルートってある?」
「村に戻ってどうしようっての?」
「戻んないと、君の提案に応えらんないからね」
「私の提案って…」
そこまで言いかけて、美川は理解できた。
三人のニセ米兵は、変異者の跋扈する明戸村を突破して、村道を修復しながらやって来る陸自の施設部隊と連絡しようというのだ。
「明日の昼前には、君たちの軍隊は村と外とのルートを再開してしまうだろう。
それまでに村の変異者を、我々だけで全滅させるのは不可能だよね」
いつのまにか軍医は地面に片膝ついて、美川の顔を正面から覗きんでいた。
「……となったら、とるべき方法は一つしかない。軍が村道を再開するより先に、我々の誰かが彼らと連絡して、村道再開の作業を中止させるんだよ」
「そのために……村に戻ろうっていうわけね?あの地獄の村に?」
よくできました…というように、ファン・リーテンはうなづいた。
「そもそも軍が目指しているのはあの村だからね。あそこを抜けるのが一番早くて確実だ」
「最短距離ってわけね」
灰色の瞳を見つめ返しながら、美川は相手の真意を測りかねていた。
(こいつら、本当に私の提案を飲んでくれるっていうの?日本を救うため、あの地獄以下の村に戻るっていうの??)
「……それで……グリーンシングズの源株の在り処を教える件なんだけど……」
「グリーンシングズの在り処を教えてくれるのは、軍の姿が見えた時点ってことでいいよ。
その方が君も安心できるだろ?なんてったって、君にとっちゃ最後の切り札なんだから」
あまりに、美川にとって有利な話しだ。
それだけ、ニセ米兵たちにとってグリーンシングズ源株の入手が重要ということなのだろうか?
「……わかったわ」
あまりにウマ過ぎる話しだったが、美川にはこの話に載るしか選択肢は無かった。
0030「明戸村縁起」
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2012/03/06(火) 22:11:19.19ID:54ScpkXm
地獄以下の明戸村に戻る……。
ルート的には錦平まで山道を大迂回する手もあるが、大地震で寸断されているのは間違いないと思われた。
もう一つのルートである「鬼の屏風」も、そこの通過を目指したはずの狸鼻が脱出に失敗したという事実がある。
それに、なんといっても時間が無い。
錦平を抜けるルートでは、山歩きに慣れた人間でも人里に着くまで2日はかかる。
鬼の屏風を抜けるとしても、ここからではたいして変わらないだろう。
一方陸自が村に入ってくるまでには、予定通りだとあと一日もないのだ。
「村を抜けるっきゃないわね。それで……えーと、アナタのこと、なんて呼べばいいのかしら?」
「『お医者さん』でけっこう」
「それじゃお医者さん。村に居残ってるバケモノはどうすんの?」
軍医は眉を寄せた。
「相当数はサージたちが仕留めてるはずだが、蘇生してるヤツもいるだろうね。
変異が進行してれば首を切断しても死なないみたいだし、頭撃っても脳幹を破壊できてなきゃダメだろうな。
死にそうなってから蘇生すると、加速度的に非人間度が高まるっぽいし…」
「良庵和尚のことね。でもなんで和尚さんだけ、飛び抜けたバケモノになったのかしら?」
「和尚だけじゃない。グリーンシングズを送ってよこした東伝太郎とかいう男もそうだ。
彼は他の変異者とは非人間度が違ってた」
ファン・リーテンに仕留められ、壁に貼り付けにされるまでに、部下のニセ米兵を皆殺しにした怪物。
その頭部はどこかの深海か、あるいは宇宙の遊星からでも来たような有様だった。
「なんであんなとんでもない姿に……」
「二人の共通点として考えられるのは……抵抗だ」
「抵抗?……二人が不完全な免疫かなんかもってたってこと?」
「いや、その抵抗じゃないよ」
軍医の否定はそっけなかった。
「僕の言ってるのは、意思による抵抗なんだ。僕らがここに来たとき、東は必死に何かわけの判らないことを書き殴っていた。
良庵和尚は、一心不乱に木魚叩いて念仏唱えてたんだよね?」
「ええ、それも一心不乱に………そうだわ!そういうことなのね!?」
今度は軍医も顔を上下に振った。
「学者だった東は何かを書き続けることで、良庵和尚は念仏唱えることで、必死に体内の変異と戦ってた。しかしそれが却って……」
「……石に穴開けてダイナマイト仕掛けるみたいなものなんだわ」
美川も以前取材した発破作業の場面を思い出した。
「表面でダイナマイトが爆発しても岩は壊れない。だけど石に開けた穴の中で爆発したら……」
「巨大な岩も真っ二つだね。たぶんその例えでストライクなんじゃないかな?
変異に抵抗することが却って変異の力を大きくするんじゃないかと……」
「変異の力が大きければ、そう簡単に死んでくれない。それどころか、一層とんでもないバケモノに変異するってことなのね」
美川は頭を抱えたくなった。
自分たちが脱出したとき、村は既に地獄と化していた。
しかし今は……地獄以下になっているに違いない。
「……で、行動開始はいつから?」
「うん、それで君にさっき、この辺のことを聞いたんだよ。村に侵入するときこっちに都合のいい時間帯とか、思い当たらないかな?」
「うーん、私がこの村で暮らしてたのは、もう随分昔のことだから……」
……美川が言い淀んだときだった。
「……それなら日が暮れてからじゃ」
小屋の戸口のところに、多々良伍平が立っていた。
「夜になれば、風が変わる。谷底を、里から山に、風が吹くんじゃ。風がわしらの臭いも気配も、すっかり消してくれるわい。村に行くんなら、暗くなるのを、待つんじゃ」
0031「明戸村縁起」
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2012/03/06(火) 22:13:39.78ID:54ScpkXm
「無茶よ!」
即座に美川が抗議の声をあげた。
「おじいちゃんは昔マタギだったから、ああ言ってるけど。無茶よ!明かり一つない山道を行くなんて!
光は精々月明かりだけなのよ。でもライトなんか点けて歩いたら、変異者たちから……」
「…丸見えになるね。でも……」
ファン・リーテンは立ち上がるとキビキビした動作で建物の中に姿を消し……数秒ほどで、ハーネスの付いた双眼鏡のようなものを手に戻って来た。
「それは?」
「ナクト・ビジョン」
軍医は、いかにも医者らしく「ノクト」でなく「ナハト」と発音した。
「判ったわ、暗視装置ね」
「このハーネスを頭と顎に……」
慣れた手際で装着すると、双眼鏡のような部分がちょうど目の前に来るように調整した。
「……緑の景色に慣れちゃえば、暗い夜道でも安心さ」
「でも一個だけじゃ……」
「サージなら自分の分持ってるよ。君たちの分なら死んだ部下のを使えばいい」
死人の装備を拝借するのはかなり気遅れするが、好き嫌いを言っていられる状況ではない。
残された時間は、すでに24時間を切っているのだ。
「判ったわ」
度胸を決めて美川は言った。
「使い方を教えて」

 美川はすっかり忘れてしまっていた。
幼かったころは知っていたことを。
附子の集落の者なら誰でも知っていることを。
当然気づいてしかるべきだったのだ。
多々良伍平がウソをついていることに。
0032「明戸村縁起」
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2012/03/09(金) 00:17:41.47ID:LKlMYeKf
 山の端に下る夕日と追いかけっこをするように、サージとラーデンは準備作業を開始した。
死んだ仲間の装備からノクトヴィジョンを?ぎ取り、ラーデンが手早く動作確認。
サージは銃剣を適当な棒切れに固定して手槍にでっち上げ、愛用のシャベルとともに刃を入念に研ぎ上げていった。
映画のランボーばりの働きを見せる二人に対し、ファン・リーテンは少し離れた所にある効く大岩に腰かけ、のんびり辺りに目をやっていた。
「お医者さん!」
軍医の上に、腕組みした姿の影が落ちた。
「あなたは働かないの?あっちの二人は結構忙しそうよ」
軍医は景色から視線を動かさなかった。
「医者ってのはね、頭脳労働者なんだ。だから肉体労働には携わらないの」
「それじゃ、いまはどんな頭脳労働をしてるわけ」
「いろんなことさ」
「例えば?」
「例えばね……」
軍医の視線が美川の方へと動いた。
「……感染の経路さ」
「感染の経路?それなら……」
美川は、村で見た感染者の姿や行動を思い出した。
「噛みつきによる咬傷でしょ。つまり狂犬病みたいな感染経路ね」
「村を滅ぼしたのはその感染経路だろうね。でもそれだけじゃない。君たちが会ったとき、良庵とかいうボンさんは、どこか咬まれた様子はなかったんだろ?」
「そうね……そんな様子は無かったわ」
「つまり咬傷以外の感染経路があるってことさ。一つは、経口感染だ。感染源たるグリーンシングズは摂食しても感染する。
発端は、おそらく福麓荘で発生した経口感染だ。そして変異発現した村人による咬傷感染で爆発した。
だが……」
軍医の眉間に微かに皺が寄った。
「我々にグリーンシングズを提供してくれた東という男は、他に二つ、感染経路があり得ると考えていたようだ」
「四つ?感染経路が他に二つもあるってことなの?」
「僕自身の手で仕留めたバケモノ、東伝太郎のメモにはそう書いてある。
……もっとも、既に変異発現しつつある状態で書いてるわけだから、断片的にしか読みとれないんだけどね。
あとそれから、『附子の伝承』って単語が何度も出てきてるんだ。美川くんは附子に住んでたんだろ?何か心当たり無いかい?」
「あれはたしか……」
鬼の棲む村、附子。
それは何十年かに一度、山爺や山姥が出るからだ。
山爺や山姥。
それが爆発的に増殖してしまったのが、今の明戸村なのだ。
しかし、美川の思い出す中に、感染経路残り二つの手がかりはまったく思い当たらなかった。
「なにも…なにも思い当たらないわ。あそこに住んでたのは、ほんとに小さなころだったからでも…」
美川は肩越しに振返った。
多々良伍兵は戸口わきの地べたに、背中を丸め腰を下ろし、じっと足元を見つめていた。
その姿に、附子はおろか明戸村でまで畏怖の念をもって遇された大マタギの残照は、カケラも残っていない。
「……私なんかより、伍平おじいさんの方がよっぽど詳しいわよ。だって……」
「うん、もちろん後で聞いてみるつもりだけどね」
美川は思った。
(…さっきと同じだわ)
明戸村に戻るのに都合が良さそうな頃合いを、この軍医は伍平に聞かず、美川に聞いた。
美川は確信した。
ファン・リーテンの言う「頭脳労働」。
その中身は「グリーンシングズの感染経路」なんかではない。
それはきっとも多々良伍平に関する事柄なのだ。
0033「明戸村縁起」
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2012/03/09(金) 23:12:44.08ID:LKlMYeKf
 「はい!みんな注目!」
西に傾く日を背景に、引率教師よろしくファン・リーテンが手を叩いた。
「さて、いよいよ楽しい遠足のお時間だ。素人の皆にも言っとくことがあるから、よく聞いてー!まず第一に……お喋り禁止!」
説明しながら、軍医は(特にオマエだ!)というように小此木に目をやった。
「映画の登場人物みたいにペラペラ喋っていたら、敵を呼び寄せてしまうからね。
それから……同じ理由で変異者との戦闘は極力回避すること」
「あ、あのー」
妙に目をキラキラさせながら、小此木が手を挙げた。
「僕たちの銃はー?」
「素人に銃なんか渡せないね」
「で、でももし襲われたらー」
「そんときゃ反撃なんか考えないで逃げろ。変異者の始末はサージとラーデンが受け持つ」
それでもまだ何か言いたげな小此木に、軍医は人差し指をつきつけた。
「ゲームみたいにバンバンやりたいんだろうが、実戦はそう甘いもんじゃない。
普通の人間だって、こめかみに銃口押し当てて引き金引いても即死できないケースがざらにあるってのに、頭でありさえすれば何処を撃っても死んでくれるなんてのは、オタクやゲーマーを甘やかす幻想に過ぎないんだよ。
あのファンキーでワイルドな村人たちは、脳幹を正確に破壊しなければ死んでくれない。
しかし、猛烈な勢いで襲って来るバケモノの正面から、後頭部にある脳幹を確実に射抜くのは、職業軍人やプロシューターでも至難なんだよ。
……これで判ったかな?」
「えー?でもでもー…(ボカッ!)あ痛たたたたー」
軍医の言葉に含まれる侮蔑の色を感じた美川が、小此木の後頭部に拳を入れた。
「オモチャのテッポウじゃないんだから、私たちが持ってても使えっこないわよ」
そして、涙目の小此木に代わって、美川は尋ねた。
「その暗視装置の使い方を教えてちょうだい」
「それじゃあ……装着はヘルメットの上からの方が安定するから、まずヘルメットの装着方法を説明しようか……」
0034「明戸村縁起」
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2012/03/09(金) 23:17:05.81ID:LKlMYeKf
 夕日が山の端に触れると同時に、ニセ米兵三人と日本人三人の計六人は、旧軍の観測所を出て山を下りはじめた。
先頭を行くサージは腰に大型自動拳銃、手にはゴツいシャベル。
続くラーデンは、ファン・リーテンの持っていたM14を引き継ぎ、ファン・リーテン自身は銃身と銃床を切断したカービン銃を背負って、手には例のカドウケスを掴んでいる。
日本人三人は全くの丸腰だ。
バケモノの群れの中に入っていくのだ。
基本、銃は撃てない。
それに一晩で村に戻り、更にそこを突破して自衛隊と合流するのは、かなりの強行軍になる。
たとえ拳銃一丁の重さであっても、素人には致命的な重荷になるだろう。

途中までくだったところで振返ると、観測所はまだ最後の夕日の中にあった。
しかし美川らが居る辺りより先、谷の底には、既にとっぷりと夜の闇が溜まっていた。
先頭を進んでいたいたサージが足を止め振返ると、黙ったまま目のあたりに手をやった。
予め決めてある合図。
ナイト・ビジョンを装備しろという意味だ。
ここから先、ペチャクチャお喋りは楽しめない。
ゲームや映画の登場人物のようにペラペラ喋っていたら、敵を呼び寄せてしまう。
一行が目指すのは、まずは川伝いに「鬼の屏風」。
そこから前日の美川らと同じルートでまず村へ。
そして郵便局前のあたりから林道を通って旧明戸橋。
そこから先は……外の世界。
しかしそれより先に勧めるのは伍平老人と小此木の二人だけだ。
美川は行けない。
ファン・リーテンとの約束を守らなければいけないから、グリーンシングズの源株の在り処に案内しなければならないからだ。
そんなもの知ってなどいないのだが……。
しかも美川にとって更に始末が悪いのは、「『美川がグリーンシングズ源株の在り処など知らない』ということを、ファン・リーテンは気づいているに違いない」という確信があることだった。

(ま、そんときゃ、そんときよ)

度胸の良さが、美川のウリだった。
0035「明戸村縁起」
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2012/03/11(日) 23:51:58.06ID:DpfwIp1d
しっかり踏みしめたつもりの足が岩の上で横滑りし、美川の口から思わず悲鳴が漏れ掛けた。
「…きゃ」
漏れ掛けた悲鳴を、美川は必死にかみつぶすと、その代わり心の中で舌打ちをした。
(…まいったわね、意外とキビシイわ)
暗視装置が見せる世界は、一時間以上もやっかいになっているというのに、素人にとってはかなりの難物だった。
人は無意識に色彩を判断の拠りどころにしているのだが、暗視装置の映像は緑の明度違いだけになってしまう。
そのせいで緑色のものが見え難くく、足元を滑り易くする「苔」の類がまるで見えない。
ただでさえ滑り易い谷川沿いの道。
足が滑りかけたのも、これが初めてどころか二度目でもなかった。
後ろを気にして振返ると、小此木は足首でも痛めたか、ときおり右足を庇うような動きをする。
一方老人であるはずの伍平は、初めて目にするはずの緑一色の景色に、驚くほど見事な順応を見せていた。
(……さすがは元大マタギだわ……)
視線を前に戻したとたん、迷彩服の背中が目の前にあった!
2メートルほど先行していたはずのラーデンが立ち止まっていたのだ。
(あわっ!)
ぶつかりそうになってまた声が出かかるっ!
……が、ラーデンは無言のまま動かない。
(まさか…)と美川が思った瞬間、前方の岩陰で動きがあった!
ジャッ!と岩同士が咬む音と、ボクッと何かがぶつかる音。そしてグワシャッと何かが潰れる音が、三つ一緒くたになって届いた。
「……感染者だよ」
…声が囁く。
何時の間にか殿に居たはずのファン・リーテンが、美川の傍らに来ていた。
「ラーデンが始末した」
「……一人?」
「いや……」
そして抜く手も見せず、軍医はカドウケスを「抜いた」!
(仕込み杖!)と美川が気づくより早く、何時の間にか美川に近づいていた感染者一人の首を跳ね飛ばした!
「……見てのとおり二人だよ」
そう言いながら、軍医は切り飛ばした頭部に改めて剣を突き立てた。
止めを刺したのだ。
これから向かう先の恐ろしさが、改めて身に沁みる。
視線を上げると、緑の闇の中、谷川の向こうは木々の茂る急こう配から、灰青色の断崖へと変わっていた。
(鬼の屏風が始まってる……もう村は近いってことね)
あと三十分も下れば、前日の午後、美川らが明戸に入ったあたりに差し掛かるだろう。
そこからあの最初の廃屋の脇を抜ければ、明戸村だ。
覚悟のツバを飲み込んで、美川が再び歩き出そうとしたとき、またも耳元で軍医が囁いた。
「待った!………サージの動きが止まった!」
0036「明戸村縁起」
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2012/03/13(火) 23:16:07.85ID:pN/qPaPJ
 「……ヤツだ」
常人には聞き取れない、囁き以下の声でサージが言った。
「……インビジブル?」
もうひとつの囁く声、ラーデンが応える。
インビジブルというのは、サージとラーデンの報告を受けファン・リーテンが便宜上名付けたものだ。
「この気配……間違いない!ヤツだ!」
たしかに、谷川の瀬音に、ズルズル、ゴニョゴニョという音が混じって聞える。
しかしラーデンは音のする方に暗視装置をあちこちに向けてみるが、緑の画像のどこにも怪物の姿は見当たらない。
(確かにいる!何かが……)
そのときだ!
サージやラーデンのいる河原から30メートルほど離れた雑木林で動きがあった!
……メキメキメキメキメキ!ギィギィィィィィィ!!
ラーデンの見つめる緑の画像の中、直径が5センチほどある雑木が、悲鳴を上げつつ押し倒された!
……それなのに、木を押す何かの姿はやはり見えない!
(そんなバカな!)
部下の動揺を見切った上官が低く囁いた。
「ヤツはこっちに気づいていない。動かずやりすごす」
木の倒れた方向は、彼らの下っている川の上手に向かってだった。
進んでいる方向が逆だ。
戦わずに済む相手とは戦わない。
それがファン・リーテンの示した行動指針だ。
それに戦ったところで勝つのは難しい。
見えない相手の「脳幹」を破壊するのは不可能だからだ。
幸い後方でも人の動く気配が止まった。
サージとラーデンの動きが止まったと見たファン・リーテンが日本人三人をフリーズさせたらしい。
そのまま、夜の河原で息を潜めること十数分……。
ズルズル、ゴニョゴニョという音と押し倒される木々は、次第に谷川の上流へと遠ざかっていった。
0037「明戸村縁起」
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2012/03/13(火) 23:18:50.34ID:pN/qPaPJ
 ただでさえ足場の悪い谷川くだりは、散発的に姿を現す変異者との戦闘、さらにはインビジブルとの遭遇によって大いに遅れた。
そのため、闇の中に明戸村へと続く獣道を見出せたのは、あと一時間もたたぬうちに日付が変わるという頃合いだった。
「ひえ…」
ガスッ!
ファン・リーテンのお達しに反して声を漏らした小此木を、美川の鉄拳が襲う。
頼りないカメラマンは、右頬をおさえてうずくまった。
ただ……呻き声のひとつもあげたいのは美川も同じだった。
(鬼の屏風が崩れてるなんて……)
前日下って来た鬼の屏風に走る獣道=亀裂は、ちょうどその亀裂部分から鑿を入れたように剥離し崩れ落ちてしまっていた。
(地震のせいで亀裂が進行したんだわ。このせいで狸鼻さんも……)
美川らと判れ、外の世界にニセ米兵の出現を知らせに向かった市職員の狸鼻は、ここで進退窮してしまったのだろう。
そしてこのルートが使えない以上、あとは村の中を突破する他にはない。
うずくまっている小此木の後頭部をピシャリと叩いてカツを入れると、美川はサージとラーデンを追って、狭い河原から闇のうずくまる獣道へと、踏み込んでいった。
0038「明戸村縁起」
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2012/03/16(金) 23:37:12.66ID:LSKf3SrN
 昨日通った獣道を再び辿る。
昨日は何事もなく建っていたあの藁葺家屋の屋根が、崩れ落ちてしまっていた。
(鬼の屏風が崩れたとき、一緒に崩れたのかしら?)
村は確実に崩壊に向かって突き進んでいる……そんなことを感じさせる現象だが……先を行っていたラーデンが、不意に破壊された家屋の上の空間に目をやった。
頭上高く幾重にも差し交わされた枝々の一画に穴が開き、夜空がのぞいている。
そこを蔽っていたはずの太枝は、根元からボッキリへし折られていた。
そしてその折れ口近くに何かの爪痕が……。
(こ、これってもしかして!?)
ラーデンが遭遇した怪物。
ファン・リーテンがスパイダーと名付けた怪物の仕業に違いない。
(それじゃ家を壊したのも!)
見えない怪物「インビジブル」と、頭上高くを行く「スパイダー」。
どちらも出くわしたくない怪物の最右翼だ。
そのとき折れた太枝の折れ口を一瞥したサージが、ファン・リーテンのところに戻って来て何事か囁いた。
「サージが言うにはね、枝が折れたのはごく最近だそうだよ」
「つまり、ごく最近、あのスパイダーっていう怪物がここに居たってわけね?」
軍医は小さく頷いた。
「最近って言うより、ハッキリ言ってついさっきってトコらしい」
思わず美川は里山の闇に眼を凝らした。
暗視装置のおかげで真っ暗闇ではないが、視界の広さは限られている。
その、視界の外の闇がいっそう深みを増したような気がする……。
「さあ、サージたちが動き出したよ。僕らも行こうか」

 里山道を10分ほど行くと木々の向こうに水の落ちた田んぼが見えた。
更に行くと瓦葺の古い農家が姿を現す。
昨日、美川が中を調べた家だ。
全くの無人だった家。
大人用や子供用の家財道具が散乱していた。
それから大小の吐しゃ物の溜まりが…。
いまは判る。
その意味が。
(親と子供……一家族が丸ごと感染したのね)
美川は土間に転がっていたオモチャを思い出した。
昨日はなにも感じなかった風景だが、あれから一日も経っていないというのに、いまは違っていた。
大嫌いだった明戸村。
嫌で嫌でたまらなくって逃げ出した故郷。
家族も親友も、なにもかも捨ててきた。
それでも、やっぱりそこにも普通の家族の暮らしがあったのだと。
いまさらながらに、そう思う。
そして不意に、共に村を脱出しようと約束した親友、名越花代の顔が鮮やかに蘇った。
昨日、美川の目の前でラーデンが殺したときの顔でなく、中学生のころの顔で花代は笑っていた。
0039「明戸村縁起」
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2012/03/18(日) 00:27:20.97ID:nf7ZBX3l
 村に入ったところで、前衛がサージとラーデンに、村内の道にある程度詳しい美川が加わった。
影から影へ、闇から闇へ。
夜行性動物のようにサージが動いた。
………
…スカッ!
シャベルの斧が動いて、交差点に立ち尽くしていた人影を「無力化」した。
振返ることなくサージが合図を寄こすと、生垣の影からラーデンに付き添われた美川が姿を現した。
敵に発見されるより先に敵を発見することができれば、大きなアドバンテージを稼げる。
そして変異者は通常人よりは夜目が効くようだが、暗視装置を上回るものではないらしい。
おかげで、サージの無力化した変異者は既に片手を越えていたが、ただの一声も上げさせてはいなかった。
肩越しに振返ったサージに、美川は30メートルほど先の郵便ポストの建つ角を示してから指を右にさした。
子供のころ「ポストの辻」と呼んでいた場所だ。
(あの角を曲がると……バス停前に出られる)
「ポストの辻」を右に上がるのは、村道に抜ける近道。
そして美川弓子が、四方寿美枝として歩いた最後の道だった。

美川が村を「脱獄」したのは、二十数年前のこと、中学を卒業する年の春だった。
小学校までなら村内に分校があるが、中学は村の外に通わなければならない。
しかし、中学を卒業した後、高校に行かせてもらえなければ、村の外への道は事実上断たれてしまう。
「脱獄」は、焦った末の決行だったのだ。
村から外に向かう最後のバスで村を出る。
親友の花代といっしょに。
……が、花代はバス停にやって来ず、美川は独りでバスに乗ったのだった。

 あの日と同じように、曲がりしな、美川はそっとポストに触れた。
あの日と同じように、小川を跨ぐ橋を、10歩ちょうどで渡った。
あの日と同じように、坂道を上がり切ったところで村を振返った。
そこからの道は、それまでとは一転した下りになる。
やっぱりあの日と同じように、美川は坂道を小走りに駆け降りた。
行く手にはもう村道が見えている。
(あそこを右に折れれば、あのバス停はすぐ……)
一足先に村道への合流部に行き着くころには、サージに殆ど追いついてしまっていた。
(あそこを曲がればバス停が……)
そのときだった!
村道の様子を窺ったサージが、驚いたように美川に向け左掌を広げ突き出した!
(と、止まれって!?)
伸ばしたサージの腕は僅かに届かず、美川は勢い余って村道に飛びだしていた。
美川の記憶どおり、彼女の目の前から10メートルも行かないところに、バス停はあった。
外灯一つない真っ暗なベンチに、少女が独り、ポツンと座っている。
膝に置いた両拳に視線を落とした姿勢で……。
それは二十数年前の親友。
中学生のころの名越花代だった。
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