永野嘉兵衛は、一応用心のため、と前置きしてから、このところ頻発している物盗りのことを話した。

「盗人、というには温(ぬる)すぎるんだ……必ず皆殺しにして、奪う。
 やり合えば取り押さえられるかもしれねぇのに、どういうわけだかそいつは、必ず殺しをやっている。
 逃げ延びた奴は、……今のところ居ない。だから、そいつがどんな身形かも分からねぇ」

妙は眉をひそめながら嘉兵衛の話を聞いている。

彩華は仕事をしながら、二人の話に聞き耳を立てていた。

「辻斬り、ってのとも、ちっと勝手が違ぇみてぇなんだ」
と、嘉兵衛は言った。

「気味が悪い。ヘンな世の中だね」
さも嫌そうに、妙は顔をしかめる。

お茶でも――と言ったが、嘉兵衛は手を振って断り、気をつけるよう念を押して帰っていった。



「あの人は?」
嘉兵衛が帰った後、彩華は妙に尋ねた。

「同心の嘉兵衛さんだよ。お父つぁんとは囲碁仲間でね、よく打ちに来てた。
 そのよしみで、今も何かと気にかけてくれてるんだ」
「……、」

彩華が尋ねようとするより早く、
「お父つぁんは流行病でね。そういや、もうそろそろ初盆だね……」

妙は、遠くを見るような目で通りを見つめながら言った。