和風な創作スレ 弐

1創る名無しに見る名無し2010/11/03(水) 12:56:27ID:eWTAlsEa
妖怪大江戸巫女日本神話大正浪漫陰陽道伝統工芸袴
口碑伝承剣客忍者伝奇書道風俗和風ファンタジー戦国
納豆折り紙酒巫女巫女俳句フンドシ祭浴衣もんぺ縄文

とにかく和風っぽいものはこちらへどうぞ。二次創作も歓迎

過去スレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220743518/
↑のHTMLとDATはこちら
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/866.html

2創る名無しに見る名無し2010/11/03(水) 13:02:18ID:x3m+3eiH
いちおつ!

3創る名無しに見る名無し2010/11/03(水) 13:14:55ID:4W7YxLna
おお復活したか!
乙乙!

4 ◆BY8IRunOLE 2010/11/03(水) 13:47:56ID:16us8LAD
スレ立て代行人さん、ありがとうございます!

では即死回避を兼ねて、投下します
↓過去作のリライトですが……

5『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/03(水) 13:51:23ID:16us8LAD
【第一幕】

縁側で、少女が昼寝をしている。
歳の頃は、十二、三といったところである。
耳朶にかかるくらいの長さの髪は毛先が揃っておらず、手入れのされていないおかっぱという風情だ。

けれどひときわ目を惹くのは、その髪の色である。
女郎花(おみなえし)のような鮮やかな黄色。
幾分穏やかな午下がりの陽光に照らされ、いっそう明るく輝いていた。


盆を過ぎて陽の光は徐々にではあるが、その猛々しい力を翳らせ始めていた。
つくつく法師の鳴き声が賑やかになり、夏の終わりを感じさせている。
夏茜が少女の額のあたりに留まり、しばし羽を休ませてから飛び去った。


その縁側から表に回ると、店前ではいつもの遣り取りが繰り返されていた。
町人姿の若い男が、暖簾を背にして袖に両手を入れ、涼しい顔をしている。
その鼻先へ、やくざ風の男が、怒鳴りかかっている。

「てめぇ! いいかげんにしろよ。なんならお前のところの毛唐を、女郎小屋にでもぶち込んでやろうか」

若い男は、おどけたような顔をして見せ、
「彩華(さいか)を? これは興味深い。死ぬ覚悟ができたらいつでもどうぞ」
といい、人をくったような笑みを浮かべた。


6『能面』2010/11/03(水) 13:55:02ID:16us8LAD

裏手の縁側にまで、その声が聞こえている。

――ったく、煩いな。お客が来なくなるじゃあないか。

既に目を覚ましていた金髪の少女は、うんざりした様子で起き上がると、朝の素振りに使った鉛入りの木刀を手にした。


草鞋をつっかけ、店前へ出る。

「慎太郎、これではお客が来なくなるぞ」

忠告しつつ、少女はやくざ風の男を睨みつける。
少女の紅い瞳には、鋭い殺気が漲っている。
左手に握られた木刀は、今にも振り抜かれそうである。

おそらくは金貸しに雇われた、いつもの借金取りであろう。
少女の姿を見とめると、借金取りの男は、さっきまでの威勢を鈍らせた。

「と、とにかく、てめぇは泥棒と同じなんだからな。番所に引き摺り出してやるから、覚えてろ!」

少女の殺気に気圧され、男は捨て台詞を吐いて去って行ったのである。


7『能面』2010/11/03(水) 13:57:13ID:16us8LAD

男の姿が見えなくなると、慎太郎と呼ばれた若者は深いため息をついた。

「やれやれ。お茶も飲まずに去ってしまわれると、儲けも無い。ただ働きだ。
もっとも、連中に出してやる茶など無いが」

慎太郎は、袖から手を出して溜息を吐くと、痩身を猫背気味にしながら三和土(たたき)に戻った。

「こうもしょっちゅう来られると、鬱陶しい。斬り捨ててしまえばいいのに」
少女は彼のあとに続き、あっさりと言う。

「いい考えだ。彩華、それをやってみるか? それこそ連中の思うつぼで、俺たちは番所にお世話になることになろうな」
自嘲気味に笑いながら、慎太郎は厨(くりや)に入っていった。


〆 〆 〆

8『能面』2010/11/03(水) 14:02:54ID:16us8LAD

『休み処 子延(ねのび)』は、慎太郎の父が始めた茶屋である。

先代が亡くなったため慎太郎が経営をすることとなったが、元来、彼は商売に興味が無い。
繁盛していた店も、彼の代になってからは寂れる一方だった。

職人の給金を工面するために切り崩した財産は無くなってしまい、重ねた借金は未だもって返済の目処が立たない。
もっとも、今となってはその職人や仲居たちもみんな去ってしまい、給金を工面する心配は無いのだが。


「少し早いが、夕餉にしよう」
慎太郎はそう言って、湯を沸かす。
若干浅黒い蕎麦を傍らに置き、葱を刻む。

「また蕎麦切りかぁ」
彩華は藪蕎麦を眺めながらぼやいた。

「蕎麦は嫌いか。なんなら蝗(いなご)の佃煮でも食うか?」
慎太郎は言いながら、太さの揃わない不恰好な蕎麦を湯に放ち、頃合いを見て割下の塩梅をたしかめる。

「……蕎麦がいい」
彩華は卓袱台を拭いて箸やら蕎麦猪口やらを並べ、席に就いた。

茹で上げた蕎麦を笊に盛りつけ、慎太郎は
「まあ、佃煮すら作れない有様だけどな」
と呟いた。


〆 〆 〆

9『能面』2010/11/03(水) 14:08:11ID:16us8LAD

慎太郎から遣い物を頼まれ、彩華は城下の通りまで出ていた。
往来を歩いていると、辻のところに、人だかりが出来ていた。

――なんだろう?

背の低い彩華には、人だかりの中心に何があるのかよく見えなかったが、
人々の話していることを総合すると、どうも辻斬りがあったようだ。

斬られた男は大きな廻船問屋に奉公する番頭らしかった。


頼まれた遣い物から戻った彩華は、慎太郎に辻斬りのことを報告した。

「そいつはいいな。今度は例の金貸しを斬って欲しいものだ」

慎太郎は皮肉や憎まれ口がすっかり馴染んでいる。
この反応も、いつものとおりだ。

彩華は事件のことが気になっていた。
辻斬り自体は珍しいものではなかったが、ここ最近増えている気がする。
そして斬られる人物に共通点がありそうな気がしたのだった。

「慎太郎、『丘田屋』は大きな店なのか?」
「ああ。この町じゃ一番の廻船問屋だ。稼ぎはうちの三千倍くらいだろう」
慎太郎は繕い物をしながら答える。

「そんなに」
彩華は眼を丸くする。

「商売敵だった『縞田屋』の若旦那が亡くなったのをいいことに、大きな取引を独占しているのさ。
そういえば、その若旦那も辻斬りに遭ったんだったな」

それを聞き、彩華はちょっと引っかかった。
「……『丘田屋』が、その若旦那を亡きものにしたのかな?」

そこで手を止め、慎太郎はにやりと笑うと、

「ふふん、そうかもな。近松もびっくりの筋書きだ。しかし近頃の世は、絵空事よりもえげつないことが普通に起こる」
と言った。


〆 〆 〆

10『能面』2010/11/03(水) 14:12:39ID:16us8LAD

長身の男が、夜道を歩いている。
消炭色の小袖を着ているため、夜闇に溶け込むかのようだ。
そしてその顔には、小面(こおもて)の面が着けられている。

今夜は新月で、あたりは深い闇に包まれていた。
往来には人はおろか、猫すらいない。

能面の男は、路地の陰に身を隠した。

遠くから、提灯の灯りが近づいてくる。
ひどく慌てているようで、息も上がっていた。

提灯が能面の男の佇む路地に差し掛かった時、鋭く風を切る音がした。

続いて、「ぎゃっ」という短い悲鳴。

転がる提灯と、人が倒れこむ音。

能面の男は提灯を踏み消し、倒れた人物の懐から何かを取り出すと、もと来た道を戻って行った。


〆 〆 〆

11『能面』2010/11/03(水) 14:16:26ID:16us8LAD

「彩華、ちょっと店番しててくれ。俺は寺へ行ってくる」
慎太郎が身支度をしながら、中庭に声をかける。

「と言っても、客相手じゃないぞ。今時分に来るであろう『いつもの熱心なお客さん』の相手だ」

彩華は素振りをしていた手を止め、
「厭だ」
と言った。

慎太郎はその答えを予想していたので、にやりと笑いながら手ぬぐいを投げて寄こすと

「じゃあ支度を急げ。例の辻斬りに関する話も聞けるかもな」
と言った。

彩華は無言で木刀を置き、道着を諸肌脱ぎにすると、井戸の水を頭からかぶった。
黄色の髪が濡れて、その輝きをいっそう強くする。
滴を拭って奥の部屋でさらしを巻きなおし、濃紫の袴に着替える。
三味線の革袋に脇差を忍ばせ、慎太郎に従った。



仙石寺は町の外れにある古い寺だ。
慎太郎と彩華が門をくぐると、背の高い和尚が庭を掃いていた。

「おや、子延どの」
「お久しぶりです、叡仁どの」

二人は本堂の右手にある茶室に通された。

叡仁和尚が抹茶を立ててくれ、二人の前に置く。

12『能面』2010/11/03(水) 14:18:57ID:16us8LAD

「こちらまで見えなさるのは、半兵衛どのの時以来ですな。息災で何よりです」
「親父の時は世話になりました。おかげさまで、負の遺産をしっかり受け継ぎました」

そういって慎太郎は自嘲気味に笑う。叡仁和尚は渋い顔をしている。
そして彩華のほうを見て、尋ねた。

「こちらが件の娘さんですかな」
「そうです。食い詰めて行き倒れになりかけていたところを拾いました。
あの頃はまだ、羽振りも良かったですし。今だったら、俺が食い詰め者だから放っておくでしょうね」

和尚は笑い、そして彩華の紅い瞳をじっと見た。
彩華も睨み返す。

「ふふ、子延どのは頼もしい用心棒を持たれたようですな」
目を外し、和尚は慎太郎のほうに向き直る。

「金貸しの連中は、近頃は如何です?」
「相変わらずですよ。こいつのおかげで助かってます。
しかし連中、最近は趣向を変えてきたらしくて。まったく、飽きさせない……」

そう言いながら慎太郎は懐から巻物を取り出し叡仁和尚に手渡した。

そこには、慎太郎を連行し店を差し押さえるという内容の通達が書かれていた。
発行元は奉行所となっている。

叡仁和尚は一通り目を通し、
「偽物ですな」
と言った。

「やはりね。それは分かっているんです。
ただ、なんで今さらこんな芝居じみたことをやる必要があるのか? ってことが気になるんです」

13『能面』2010/11/03(水) 14:20:20ID:16us8LAD

そんな手紙が来ていようとは、彩華も知らされていなかった。
一日中店にいるわけではないが、生活を共にしているのに。

「偽物にしても手が込んでいるし、金だってかかる。そんな酔狂が分からない」
「ふうむ……」
和尚は腕を組んで考え込む。


彩華は抹茶に口をつけた。

「……苦い」

その言葉に、和尚と慎太郎は噴き出した。

「はっはっは、たしかに家じゃあ番茶の出がらしばかりだからな」
「彩華どの、足を崩してはどうじゃ。痺れているのではないか」

正座は慣れない。彩華は胡坐に座り直そうとするが、うまく足が動かない。
その様子を和尚と慎太郎は笑いながら見ていた。


〆 〆 〆

14『能面』2010/11/03(水) 14:25:57ID:16us8LAD

寺を辞すると、もう辺りは黄昏時の薄闇に染まっていた。

慎太郎は、褐色の空を振り仰いで呟いた。

「逢魔が時だな」
「オーマガトキ?」

夕暮れの、このくらいの薄暗い時間をそう呼ぶのだ、と慎太郎は言った。

――通りの向こうから、自分を呼ぶ声がする。
  薄暗く、相手の顔が良く見えない。
  しかし聞き覚えのある声から、てっきり知人だと思って近寄ってみると、
  そこには人外のものが待ち伏せていた……。

夜でもなく昼でもない、曖昧な時間。

そういう境目に、魔物は潜むという。

時間や場所の、境目こそ魔がつけ入る隙がある。

だから、町と町の外の境目には地蔵を祀るのだ――。


慎太郎の話を聞いて、彩華はぶるっと身を震わせた。

「怖くなったか?」
「な、何を! ちょっと、寒気が走っただけだ」

語気を荒げて反論する彩華を笑いながら、慎太郎は夕餉の献立を考えていた。



その二人の後姿を、離れた所からじっと見つめる人影があった。

15 ◆BY8IRunOLE 2010/11/03(水) 14:27:51ID:16us8LAD
↑ひとまずここまでです

他の方も気兼ねなく投下くださいな♪

16創る名無しに見る名無し2010/11/03(水) 18:37:20ID:P4F3WWZA
復活おめ
投下も乙、続き期待

17創る名無しに見る名無し2010/11/03(水) 18:38:07ID:4W7YxLna
乙です
続きのほうを楽しみにしておりますね

18創る名無しに見る名無し2010/11/05(金) 00:36:51ID:Hg4aDCfh
晒しを巻いていても諸肌脱ぎはこう、エロスで素晴らしいと思ふ!

19『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/06(土) 14:56:19ID:5c9igvPM
【第二幕】

「どちらさんも、ようござんすね。入ります。 ――二六の丁!」
「くそったれ!」
「悪りぃな、旦那。今日はもう帰ったらどうだい」

鉄火場で、いつものとおりの遣り取りが響いている。

作務衣を着込んだ職人風の男は、悟られないように気を遣いながら、壷振りの動きをじっと目で追っていた。
がっしりとした体つき。口は真一文字に引き結ばれ、ぎょろりと大きな眼が、あたりを注意深く見回す。

牟島源堂は、博打を打ちに来た風を装って、この賭場と廻船問屋『丘田屋』の繋がりを暴く心算だった。

「……頭」
鳶姿の若者が、牟島に囁いた。

「準備が整いました」
「そうか。あいつはもう少しで文無しになる。清算するところを押さえるぜ。手前ら、ぬかるなよ」
「へいっ」


20『能面』2010/11/06(土) 14:58:43ID:5c9igvPM

「旦那。しめて六十両、きっちり払ってもらうぜ」
胴元が、先ほどから負け続きの男に払いを迫った。

「ちょっと待ってもらいてぇ」
牟島が大きな声で場を制した。

「その賽、検めさせてもらうぜ」

言うが早いか、壷振りの手から賽ころをひったくると、懐から鉈を取り出して叩き割った。

賽ころの中には、鉛が仕込んであった。いわゆる「グラ賽」だ。

「なんだよ、こりゃあ。イカサマじゃねぇか。――こんな真似までしてカネ巻き上げて、
いったい何に注ぎ込んでるんだ、丘田屋さんよ?」

太く通る声で怒鳴り、賭場をゆっくりと見渡す。

「てめぇ!」
胴元の取り巻きのやくざたちが一斉に立ち上がった。

しかし、その周りにいた鳶姿の男数人が、それぞれやくざたちを取り押さえる。

賭場は争乱となった。胴元は、機を見て逃げ出した。

「逃がすか!」
鉈を手に、牟島も賭場を飛び出す。


逃げる背中に、狙いすまして鉈を投げつけた。
ぎゃっ、という悲鳴に続いて人が倒れる音が、夜闇の向こうに聞こえた。

すぐに追いつくと、牟島は胴元を問い質した。

「さぁ吐いてもらうぜ。この賭場で儲けたカネはどこへ流れている」

先ほどの鳶の男らも集まってきた。

「ぐ……お前ら、『黒場会』か……」
「俺たちのことは詮索しないほうが身のためだぜ。背中が痛てぇだろ? すぐに手当てすりゃ助かるかもしれねぇ。
さっさと吐くほうが賢明ってもんだ」

「お、『丘田屋』だ……」

「ふん、予想通りか」


〆 〆 〆

21『能面』2010/11/06(土) 15:00:45ID:5c9igvPM

東三條の賭場で胴元をしていた両替商が何者かに殺害されたという報せは、
丘田屋の当主、丘田長慶の耳にも届いていた。

丘田は苦々しい気持ちで煙草を呑みながら、思案していた。

「失礼いたします」
障子の向こうで丁稚が静かに囁く。

「能面どのをお連れいたしました」
「入れ」

障子を開け、長身の男を部屋へ通して丁稚は退いた。


男は小面の面を付けており、見る者に異様な印象を与える。
相手が正座するのを待って、丘田はゆっくりと煙草の煙を吐き出し、言った。

「次の仕事だ。東三條の賭場で胴元が殺された。『黒場会』という連中だ。そいつらを始末してもらいたい」
「……」

能面の男は黙っている。

面のせいで表情が読み取れない。
丘田が、
――見返りは今までの三倍出そう――

と言おうとした矢先、能面が口を開いた。

「……連中は心得がある。こちらも手傷を負うやもしれぬ。商家の小倅や番頭風情とはわけが違う」

――こやつ、『黒場会』を知っているのだな。

丘田は報奨金を五倍に上げた。


〆 〆 〆

22『能面』2010/11/06(土) 15:10:02ID:5c9igvPM

彩華は朝から滝行に出かけていた。

昼下がり、飯も食わずに帰ってくると店が閉められ、雨戸の下方に紙が差してあった。

――彩華へ
  仙石寺に行ってくる  夕刻には戻る
            慎太郎――

あてにしていた食事はお預けとなり、仕方なく家で待つことにした。

しかし、数刻を過ぎても慎太郎は帰ってこない。
外はもう黄昏時である。

彩華は、空腹に耐えられなくなったのもあったが、慎太郎の身に何かあったかもしれないとも思い始めた。
そして脇差を手に、店を飛び出した。


――逢魔が時。

いつか慎太郎に聞いた話を思い出し、彩華は嫌な予感を頭から振り払おうとした。

角を曲がれば仙石寺、というところまで来た時。

その角から、長身の男が姿を現した。


23『能面』2010/11/06(土) 15:16:49ID:5c9igvPM

橡色の着流しに、小面の面を付けている。
左手には、五尺はあろうかという長い刀が握られている。
異形でありながら、その姿は夕陽の中に溶けこむようでもある。


――辻斬りは、こいつだ。

彩華は直感でそう思った。

不思議なことに、辺りに人の気配は無く、物音一つしない。

能面の男そのものが、幽玄の気配を放つ存在であるかのようだ。

男が、すらりと長尺の刀を抜いた。
刀身は、墨で塗られたように漆黒である。

彩華も、柄に左手をかけ、鯉口を切る。
冷静に相手との距離を測る。


刹那。

さっと一陣の風が吹いた。

能面の刀が斜め下より振り上げられた。

跳躍でそれをかわす。

距離を詰め、一気に抜き放った。

彩華の脇差は空を切り、わずかに袖を掠った。

能面の刀は、彩華の脛を掠っていた。

24『能面』2010/11/06(土) 15:19:23ID:5c9igvPM
一回目の立ち合いは両者とも空振りである。

脛にチリチリした感触が残った。

抜き身の脇差を構え、青眼につける。

能面は、野太刀を斜め下段につけ、ゆらりと廻りこむ。

彩華は再び能面との距離を詰め打ち込む。

能面は素早く斬り返す。

その刃を峰で受ける。

圧倒的な力に、身体ごと弾き飛ばされた。

――殺られる!

すぐに立ち上がると、目の前に能面の姿は無かった。
辺りを見回しても、もちろん頭上にも、人影はない。


「彩華!」
慎太郎の声がした。すっかり暗くなった通りの向こうから、慎太郎が誰かを背負って走ってくる。


「辻斬りと、立ち合ったんだな」
まだ抜き身を携えたままの彩華を見て、慎太郎は言った。

「慎太郎、その人は……」

背負われていたのは叡仁和尚だった。

「間に合うかどうか分からないが、とにかく医者に運ぶ」

薄闇の中、二人は走った。


〆 〆 〆

25『能面』2010/11/06(土) 15:22:24ID:5c9igvPM

叡仁和尚は深手を負っており、二日後に亡くなった。

「まさか叡仁どのも自分の寺で自分の葬式をすることになるとは思わなかっただろうな」

慎太郎は、相変わらず不謹慎なことを宣う。


しかし、唯一と言っていい理解者を亡くしたのだ。
表には出さないものの、慎太郎が深い悲しみに沈んでいるのを、彩華は感じ取っていた。


あの日、慎太郎は思い当たることがあって仙石寺を訪ねた。
彩華は滝行に出かけていたので、普段なら店を留守にすることは滅多にしないのだが、
その時はどうしても寺に行かなければならない気がしたという。


叡仁は不在であった。

寺には和尚一人で住んでいるので、案内のものは誰もいない。
しかし、つい先ほどまでいたような気配がある。

――叡仁どのがこんな形で寺を空けるなんて珍しいことだ……。

慎太郎は不審に思い、しばらく寺の周りを探すと、裏手の川べりに和尚が倒れているのを見つけた。

和尚は肩口から腰まで、背中をひといきに斬られていた。傷はまだ新しく、鮮血が流れ出していた。


〆 〆 〆

26『能面』2010/11/06(土) 15:24:44ID:5c9igvPM

「きっと、同じ奴だ」

彩華は脛の傷に包帯を巻きながら慎太郎の話を聞いていた。

叡仁和尚は比較的背が高い。
その肩から腰まで途切れることなく刃傷を付けるとするなら、あの、能面の持っていた斬馬刀に相違ない。

あんな長尺の刀を自在に振ることが出来る腕力は相当なものだ。

「その程度の傷で済んだのは僥倖だったな」
薬草を煎じた汁を脇に置き、慎太郎は彩華の脛を眺めて言った。

「次は負けない」
彩華は、能面と再び相まみえるときはどちらかが死ぬ時だろうと、漠然と感じていた。


27 ◆BY8IRunOLE 2010/11/06(土) 15:26:56ID:5c9igvPM
↑ここまでで

28創る名無しに見る名無し2010/11/06(土) 22:36:17ID:2LO5oPt5
これは前スレに投下されてた奴か!
オリジナルもかなり面白かったけど、こっちの文の方が好きだぜ

29『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/07(日) 13:15:15ID:pprZmUC1
【第三幕】

『黒場会』は、諸国の仕置き人の連合である。
牟島源堂は、その中にあって若頭という職を占めていた。

いわゆる「粗にして野だが卑ではない」若者で、普段は蕎麦打ちの職人として働いている。
彼は鉞(まさかり)や鉈などの扱いに長けており、何より喧嘩がめっぽう強かった。

牟島は蕎麦粉を仕入れに水郷まで出掛けていた。
今日中には戻る予定であったが、雨が降ってきたために旅籠で遣り過ごすことにした。


寛いで座敷の格子窓から外を眺めていると、表が何やら騒がしい。
見れば、数人のやくざ風の輩が、町人風の若者を取り囲んでいる。
若者の側には、菅笠を被った童がいる。

「子延、覚悟を決めろ。てめぇはもう終わりだ」

しとしとと雨が降っており、昼間だというのに薄暗い。
場末の宿場には、彼ら以外誰も居ないようだった。

「あの店を手放すんだ。そうすりゃ、命だきゃあ助けてやってもいい」

そんな借金取りの声が聞こえないように、慎太郎はやくざを見渡すと、

「これはまた趣向を凝らしたな。あんたの熱心さには恐れ入る」
と言い呆れたように笑った。


唐傘をさしている慎太郎に寄り添うように、彩華は立っていた。
目深にかぶった菅笠の奥で、やくざどもを確かめる。

「ふざけた野郎だ……だが、その減らず口も今日までだ」
やくざどもはめいめい刀を抜いて、二人を完全に取り囲んだ。

彩華は着込んだ蓑の下で脇差の鯉口を切って、機に備えた。

30『能面』2010/11/07(日) 13:17:58ID:pprZmUC1

怒号とともに、三人のやくざが同時に斬りかかってきた。
彩華は慎太郎の前に出ると蓑と笠を脱ぎ払い、その陰から飛び出した。

抜きざまに一人、斬った。

返す刀で、もう一人を薙ぐように斬った。

脇差を逆手に持ちかえる。

振り向きざまに、背後から斬りかかる一人を斬った。


あっという間の出来事だった。

斬られた三人は斃れて血溜まりをつくっている。
脇差を青眼につけ、彩華は残るやくざたちと対峙する。

一対一での立ち合いでないにも関わらず、彩華は鮮やかにやくざを斬り伏せていった。


牟島は、目の前で繰り広げられる立ち回りを、信じられない気持ちで眺めていた。
まるで殺陣か何かのような気すらした。

年端もいかない少女が、大勢のやくざ相手に互角以上に闘っている。

鮮やかな黄色の髪は、女郎花を思わせる。
彼女の手には、ひと振りの美しい脇差が握られている。

六人のやくざを打ち倒し、あとには借金取りが残った。
これまたいつものごとく、何やら捨て台詞を吐いて逃げていった。

ちょうどその時、雷鳴とともに雨がひどくなり、二人は茶屋の軒先に走って行った。


〆 〆 〆

31『能面』2010/11/07(日) 13:20:10ID:pprZmUC1

牟島は、『休み処 子延』の前に立っていた。
意を決して暖簾をくぐると、店内には誰も居ない。

薄暗く埃っぽく、しばらくこのような状態が続いていたのであろうと思わせる寂れようだった。

「御免」

奥へ向かって声を掛けるも、反応は無い。
更に大きな声を出そうと息を吸った時、奥から痩せた男がのそりと出てきた。

――間違いない。あの時見た、唐傘の男だ。

牟島は男をじっと見つめる。

「……何か御用ですか」
言いながら、男は牟島を値踏みするように見た。

「おっと、すまねぇな。俺は牟島 源堂というものだ。子延 慎太郎どのと見受けるが」
「……だとしたら、何とする」
慎太郎は牟島をじっと見つめ、それ以上は何も言わなかった。

「子延どの。単刀直入に言う。ここに、黄色の髪をした娘が居るはずだ」
「彩華のことか」

牟島は、金髪の少女剣士を『黒場会』に参加させようとやってきたのだった。
そのことを話すと慎太郎は、
「それは出来ない相談だ。彩華はうちの奉公人。あいつを引き抜かれたら店が成り立たない」

いくらか説得を試みたが、弁の立つ慎太郎相手では分が悪すぎた。
牟島は、口より先に拳が出るような男なのだ。

また来る、と言い残し、貨幣を数枚置いて牟島は去って行った。

32『能面』2010/11/07(日) 13:23:43ID:pprZmUC1

さて、慎太郎はそう言うものの、彩華が奉公人らしき仕事をこなした例は無い。
店は御覧の通り、閑古鳥が鳴いている有様である。
家のことは、慎太郎一人で事足りている。

彩華は日中、剣の稽古をしたり、川沿いを走りこんだりしているのだった。
よく怪我をつくっては、慎太郎に薬草を塗ってもらっている。

「彩華、お前は何の為に稽古をしているのだ」
ある時、慎太郎は興味本位で訊いてみた。

「?」
彩華はきょとんとしている。

「例えばな、武士は何のために剣の腕を磨くのか。戦の時、敵を倒すためであろうな。
お前は、誰か倒したい輩がいるのか」

「倒したい奴がいないと、稽古しちゃいけないか?」

質問を質問で返され、慎太郎は苦笑する。
「いけないことは無いが……」

そして、さらに問う。

「では、職人や芸人が腕を磨くのは、なぜだ? 彼らは、誰かを倒したりするわけじゃない」
「……?」
彩華は首を傾げる。

「職人は、自らの創るものに誇りを持っている。より素晴らしいものを生み出そうと、日々努力している」

慎太郎は、幼いころから職人や芸人たちを見てきた。
蕎麦を打つもの、庖丁を研ぐもの、三味線を弾くもの、版画を彫るもの……。

彼らは、「創ること」に自分の全存在を懸けているような独特の雰囲気を持っていた。

――彩華、お前の剣はそういうものか? 
そう訊こうとして顔を上げると、かすかな寝息とあどけない寝顔が目に入った。

33『能面』2010/11/07(日) 13:25:54ID:pprZmUC1

「ふ、やはり肝心なことは訊けぬか」

剣の腕は立つが、彩華はまだ子供なのだ。
床に寝かせ、薄掛けをかけてやると、慎太郎は牟島源堂のことを思い出した。


『黒場会』のことは、慎太郎も聞き及んでいた。
牟島は、先日の水郷での立ち合いを見ていたと言った。

たしかに、彩華の剣の腕は目を瞠るものがある。
そこら辺の、師範代と言われる者たちと比べても、なんら遜色は無い。

喧嘩集団が、彩華を欲しがるのも無理は無い。その点に関しては慎太郎も納得していた。

あの立ち合いの後、彩華は得意気に慎太郎に言った。

「わたしが居て、役に立っただろう」

それは、紛れもない事実ではある。
彩華が居たおかげで慎太郎の身が保たれてきたといっても過言ではないのだ。

かといって、結果的に年端もいかない少女を用心棒のように使ってしまっている自分を、
慎太郎は後ろめたく思ってもいた。


34 ◆BY8IRunOLE 2010/11/07(日) 13:27:26ID:pprZmUC1
↑ここまでっす

レス下さった方々、ありがとうございます!

35創る名無しに見る名無し2010/11/07(日) 20:28:39ID:pp9y+oGV

前の時よりも和風っぽさを意識してる感じだな

36『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/11(木) 14:20:22ID:Lfqwikq9
【第四幕】

黒場会は、一連の辻斬り騒動を、丘田屋の仕業に相違ないと睨んでいた。
賭場を押さえて胴元の口を割らせた結果、案の定、賭場のカネは丘田屋へ流れていた。

そして、丘田長慶は幕府の家老連中を高級料亭で接待していたという。
奉行所を丸めこんで、自分たちの悪行をもみ消すためであろう。
しかし、これには決定的な証拠が欠けていた。


牟島たち黒場会の若衆は、夜な夜な町を見回っていた。
現場を押さえるため、接待が行われそうな店の前で張ったりもした。
いつでも丘田屋に踏み込めるよう、その機を逃さないようにするためである。


〆 〆 〆


「仕置き人? なに、それは」
早朝の走りこみから戻った彩華は、水浴びで濡れた髪を手拭で拭きながら尋ねた。

「ま、言ってみれば悪い奴を懲らしめる連中だ」
山芋をすりおろして出汁でのばしたものを、丼に盛った麦飯とともに盆に載せ、茶卓に置いた。

「わ、山かけ飯だ。やった!」
彩華は卓に就くと、両手を合わせて一度拝んでから嬉しそうに箸をとった。
「……でもこれ、食べちゃっていいのかな?」
バツが悪そうに慎太郎を見る。

「いつ来るかもわからない客のために、取って置くこたぁないさ」
食え、というふうにあごで示し、前掛けを外して自らも卓に就く。

「表に出ないよう、悪いことをしている輩は大勢いる。証拠が無けりゃ、奉行所もしょっ引けない」
慎太郎は冷茶を注いだ。

「例えば、『丘田屋』は悪い奴か?」
山芋を飯にかけ、軽くかき混ぜながら聞く。

「かも知れん。この半年でずいぶん稼ぎを増やしたが、その伸びには後ろ暗い噂が付きまとっている。
幕府へ金品を握らせたとか、賭場の元締めとして上納金を集めているとかな」
浅漬けをつまみながら、慎太郎は言った。

「あの辻斬りは?」
そう言って飯をかきこむ。彩華の顔が丼で隠れる。

「あいつは、丘田屋に雇われた用心棒か、始末屋だろうな」

言う傍から、疑問がわき起こった。

――となると、叡仁和尚が殺られたのは何故だ?

.

37『能面』2010/11/11(木) 14:22:43ID:Lfqwikq9

「叡仁和尚は、知っていたのかもしれない」
「何を?」
飯粒を口の端に付け、彩華は聞いた。

ふと、閃いたことがあった。
彩華を連れて仙石寺を訪れたときのことである。


寺を出る間際に叡仁は言った。

「子延どの。先代より受け継いだあのお店は、決して他人に譲り渡してはなりませぬぞ」


そのときは、和尚の親心からの忠告と思って、軽く受け止めた。
しかし、思い返すと、叡仁和尚はいつになく強い調子でそれを言い聞かせようとしていた。


借金取りは、異常なくらい執拗にやってくる。

店を手放せ、とも言う。

その借金取りと、丘田屋は繋がっている可能性がある。

丘田屋はめぼしい両替商を抱え込み、不正にカネを集めている噂があるのだ。

――となると、丘田屋は、この店を是非手に入れたいと思っている?
――というより、この店には、丘田屋にとって都合の悪い何かがあるのかも知れない。

叡仁和尚は、確信は無くともそれに気づいて慎太郎に忠告した。

それが気になり、仙石寺を再び訪れた時、叡仁は件の辻斬りにやられてしまった。


おそらく、口封じだろう。

次に狙われるのは、間違いなく慎太郎自身だ。


〆 〆 〆


38『能面』2010/11/11(木) 14:34:44ID:Lfqwikq9

先代から勤めていた板前が、彼を詰って店を去っていく。
幼い頃、よく遊んでもらった仲居はすまなそうな顔をして辞めていく。
あとに残ったのは寂れた店と、ひとりぼっちの「二代目」である……


夜更けに、慎太郎は目を覚ました。
「……また、夢か」

このところ、同じ夢ばかり見る。


慎太郎に商才は無かった。

先代、子延半兵衛が亡くなって慎太郎に当主の役が回ってきた。
彼は休み処を経営するということに特段興味は無かったが、とりあえず、現状維持するということと、
周囲の人間、古くからの職人や仲居達が期待したものだから、その座に収まった。


元来、慎太郎は趣味人であり、利益追求に頓着しなかった。その為、発展性は無かった。
折しも周りに新しい商いが出来たりして、慎太郎の店への客足は遠のいた。

やがて、現状維持はおろか、給金の払いもままならない状況にまでなってしまった。
幸い、先代が残した田畑や山があったので、それを切り崩すことで財源に充てていたが、それも限界があった。

――過ぎたことだ。どうあっても、あの頃には戻れない。


職人たちが誰も居なくなった頃、慎太郎のもとに金貸しがやってきた。
曰く、切り崩した田畑や山は子延のものではない、先代の時に我々が貸したものだ、
勝手に処分されたのでは堪らない、かくなる上は相当分の金銭で贖ってもらいたい、そのような内容を並べ立てていった。

以来、店には借金取りが毎日のようにやってくるようになり、反対に、客は誰も来ないようになった。


先日水郷に出かけたのも、はじめは商材になりそうなものを貰ってくる心算だった。
けれど、考えるうちにどうでも良くなってしまった。
この店が、客を呼べるとは思えなかったからだ。

かつて鳶や左官などの職人たちがひと息入れに集まった茶屋も、今は見る影もない。
何とかしようと思っていた時期もあった。
けれど、徒労感ばかりが募る。
いつの間にか慎太郎は、物事を自覚なしに諦めてしまう性分になっていた。

39『能面』2010/11/11(木) 14:38:30ID:Lfqwikq9

慎太郎は、床の上で自問自答する。

――最早どうにもなりはしない。俺も叡仁和尚のように、ばっさり殺られれば良いのだが。

全てを、無に帰したいと思う。
あらゆるしがらみに、もう疲れていた。


鈴虫が鳴いている。
障子を開け、夜空を仰ぎ見る。今夜は満月だった。
蒼い光が畳を照らす。冷たくもなく暖かくもない風が緩やかに吹き抜ける。

慎太郎は、月光を浴びてしばし虚ろになっていた。


彩華という謎の少女。
その生立ちも家族も故郷も、何一つ分からない。
確かなのは、類まれなる剣の腕と、少々異な風貌だけ。

彩華は、何も諦めない。
目的を定めると、真っ直ぐに向かっていく。
そこに迷いや打算は全く見られない。

――あいつは……何を支えに生きているのだ? あの真っ直ぐさは、どこから来るものなんだ……


ふと、離れの様子が気になった。

離れはもともと蔵として使っていたが、蓄えるものなどもう何もない。
今は、彩華が寝泊まりしているだけだ。

何を思ったのか、今でも分からない。

ただ、慎太郎が離れを開けた時、彩華はそこに居なかった。


40 ◆BY8IRunOLE 2010/11/11(木) 14:40:15ID:Lfqwikq9
↑本日はここまででございます

41『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/13(土) 20:45:22ID:ekFy/Wjk
【第五幕】

月明かりの中、彩華は脇差を片手に走っていた。
ある人物を追っていた。

数刻前、彩華はふと目が覚めて喉が渇いていることに気付き、中庭の井戸へ向かった。
そこで、塀に手がかけられるのを目にした。

すぐさま脇差をとり、闖入者に斬りかかるため身構えた。
ひらり、と塀の上に姿を現したのは、かの能面の男だった。

能面は、彩華の姿を見るやすぐに塀の外へ身を翻した。

「待てっ!」
彩華も塀を飛び越え、男を追った。



金髪の少女が浴衣姿で走っている姿を、牟島源堂は目の端でとらえた。

「張っていろ! 俺はあの娘を追う」
仲間に声をかけると、牟島は飛び出した。

あの黄金色の髪、見紛うはずもない。
走っているが、追われているのではない。
その逆に、何者かを追っている走りかただ。

角を曲がると、浴衣の少女は立ち止っていた。
牟島が追いつくと、少女はさっと振り向いて身構えた。

左手には美しい脇差。
その鯉口を切り、彩華は距離を測る。

――娘とは思えない、殺気だ……。

牟島は慎重に声をかけた。
「おい娘。子供は寝る時間だ。何をしている」

「辻斬りを見つけた。それで追っかけた。おまえも仲間か?」

辻斬りとは、件の能面をつけた男であろう。
そいつと、この少女の接点が、今一つ分からない。

「辻斬りなんか追うもんじゃない。返り討ちに遭うぞ」
言いながら、この娘にその心配はいらないか、と思った。

42『能面』2010/11/13(土) 20:47:53ID:ekFy/Wjk
「辻斬りをやっつけないと、安心して寝られない」
「確かにな。俺は牟島 源堂ってもんだ。俺も同じように、辻斬りをやっつけるために見回ってんのさ」

牟島は少女と目線を合わせるようにしゃがんだ。
敵ではないと分かったからか、少女は構えた姿勢を解くと、牟島に近付いた。

そのとき。

「いた!」

彩華は、牟島の肩越しに、能面の姿を見た。
こちらに曲がったと見せかけて、逆方向に逃れていたのだろう。

再び走り出す彩華。
同時に駆け出す牟島。

薄明かりの下で、逃げていく人影が辛うじて見える。

――この娘は遠目が利くらしいな。

牟島は走りながら、懐の鉈を探った。
捉えられる距離まで追いついたら、いつでも投げつけてやる心算だった。


「待て、こいつは罠かも知れねぇ」
一町ほど走ったところで、牟島は彩華を制して立ち止った。

気がつくと、町の外れまで来ている。

逃げると見せかけて自分の有利になる土地に誘い込み、一気にかたをつける……。

そのような闘い方で、何十人もの集団を一人で全滅させた男が居た。
牟島は、かつて同僚だったその男を思い出したのだ。


もと来た道を戻るため、先ほど渡った橋に差し掛かった時。

ちょうど月が雲に隠れ、闇が濃くなった。

橋の上に、夜気が凝ったように、人影が現れた。

43『能面』2010/11/13(土) 20:50:09ID:ekFy/Wjk

能面を着け消炭色の着物を着た、長身の男。
手には漆黒に塗られた抜き身の斬馬刀。

彩華は、はっとして身構える。
牟島は背中に背負った鉞(まさかり)を解いて左手に握り、歩を進める。

「……御蔵。手前とはあまりやり合いたくなかったが」


言うが早いか、鉈を投げつける。

能面は身体をに開き、それを躱す。

そして斬馬刀を振り上げた時、

牟島は鉞で薙ぎ払った。


重量のある金属音。

鉞と刀がぶつかり、競り合う。


すぐに両者離れる。

息つく間もなく斬りつける。

斬線をかいくぐって、鉞をふるう。

鮮血が飛び散った。

牟島の左腕がざっくり裂けた。


「……っ、御蔵ぁ!」
牟島は斬られてもなお、鉞を振り上げて距離を詰める。

能面の脇に隙が出来た。

そこへ牟島は鉞を――

44『能面』2010/11/13(土) 20:52:49ID:ekFy/Wjk

振り下ろさない。

その間に身を立て直す能面。


斬馬刀が、牟島の腿を薙ぎ払う。

牟島が転倒した。

「!」
彩華はすかさず脇差を抜く。


その気配を察したか、能面はすぐに身体の向きを変えた。

そして彩華に斬りかかる。


彩華は抜身を振り上げ、高く跳ぶ。

斬馬刀が一振り、空を振り抜いた後――


彩華の脇差が、能面の額のあたりを割った。


乾いた音がして、割れた面が落ちた。

ふたたび差した月光に、能面の男の素顔が見えた。



御蔵(みくら) 半之丞(はんのじょう) は憔悴しきっていた。

45『能面』2010/11/13(土) 20:54:58ID:ekFy/Wjk

御蔵は、斬馬刀を再び振ろうとはしなかった。

橋の上で、棒立ちになっていた。
その額から、赤黒い血が流れ出すのを、彩華ははっきり見ていた。

牟島は、鉞を持った手の力を抜いた。

「……これでいい……俺は、殺されるべきだったのだ」

消え入りそうな声で御蔵はそう呟くと、背後に背負った橋の欄干から、川の下へゆらりと身を投げた。

「御蔵っ!」
牟島は叫んだが、川の流れは速く、夜闇に沈んで姿を探すことは出来なかった。


〆 〆 〆

46『能面』2010/11/13(土) 20:57:23ID:ekFy/Wjk

彩華と牟島源堂が、能面の男と立ち合っていた頃、慎太郎は困惑していた。
探しに出ようかとも思ったが、手掛かりがない。
それよりはここで待ち、入れ違いにならないよう備えるほうが賢いかもしれない。

――あいつがここを黙って出て行ったとしたら……

胸がチクリと痛んだ。

――なにを、馬鹿な。
あいつはただの浮浪児だ、出て行こうが泊り込もうが、俺には関係ない。

けれど……
それを言うなら、あいつは俺に何の義理も無いのに、剣を振るって俺を護ってくれている。

――義理。義理って、何だ。
俺など、辻斬りに殺られちまったほうがいい。穀潰しほど世に憚るってのは、笑えない冗談だ……。

――俺は、誰かに対して義理立てしたようなことが、あっただろうか。
叡仁和尚は、俺のせいで死んじまったんだろうか。

――もう、人に借りをつくるのはたくさんだ。

慎太郎は空っぽの離れを眺めた。
そして、その奥から、あるものを取り出そうとした。


〆 〆 〆

47『能面』2010/11/13(土) 21:00:56ID:ekFy/Wjk

先日、水郷に出かけた時のことである。

先代からの馴染みの農家も、只で野菜や米を譲ってくれるわけではない。
駄目もとで頼み込み、どうにか幾許かの米と、それと合わせて炊く麦や粟を分けてもらった。

そこで農家の親父に、蔵の物はどうした、と聞かれた。

蔵にあるもので金目のものは、真っ先に売ってしまった、と答えると、親父は青ざめた顔で

――馬鹿な奴だ。

と残念そうに言った。

たしかに、壷やら掛け軸やら芸術品の類は換金してしまっていた。

しかし、その中に古ぼけた証文があったのを思い出したのだ。
あまりにも汚れていて、何が書いてあるか読む気も無かった。当然、カネにはならないと思い、
仕舞いこんだままだったのだ。

慎太郎は、その証文を蔵の奥から見つけ出した。

――なんだか解らないが、これは丘田屋にとって都合の悪いもののようだな。


〆 〆 〆

48『能面』2010/11/13(土) 21:07:34ID:ekFy/Wjk

「御蔵半之丞は、俺の同僚だったんだ」

『休み処 子延』で、斬られた右腕に包帯を巻いてもらいながら牟島は話した。


明け方、慎太郎が証文を見つけ出したころ、彩華は手傷を負った牟島源堂を背負って戻ってきた。
慎太郎は牟島を店に上げ、薬草を煎じた。


「まだ、俺が若頭になる前の頃だ。俺と御蔵は、拐われた娘たちを働かせている廓(くるわ)に踏み込んだ」

「廓って?」
訊く彩華に、

「……あとで教えてやる」
慎太郎は目を合わせずに言った。

「俺たちは、不条理に拐われた娘たちを取り戻すため、そこへ突入した。けれど、俺たちの調べは十分じゃなかった。
そこではじめて、主人が浪人たちを用心棒として雇っていたことを知ったんだ」

牟島は茶を一口啜ると、続けた。

「腕の立つ連中ばかりだった……、仲間が何人も斬られた。だが、そこには御蔵の妹もいたんだ。
御蔵は、妹を助け出そうと必死に闘った」

慎太郎は、黙々と包帯を巻く。

「ところがだ、その妹が、一人の浪人を庇って言うんだ。
『この人を殺さないで!』ってな」

「……」

「馬鹿言ってんじゃない――、御蔵は妹を説得しようとした。その陰から、庇われた浪人が、御蔵に斬りかかった」

牟島の拳が握られるのを、彩華は見るともなしに見ている。

「御蔵は既の所で躱して、すかさずその浪人を斬り伏せた。その御蔵に対して、妹は――、
人でなしだの、鬼だのと罵った」

彩華は黙って聞いていた。

49『能面』2010/11/13(土) 21:10:39ID:ekFy/Wjk

手当が終わり、慎太郎は茶を淹れた。

「あいつは、『何が正しいことなのか、判らなくなった』と言っていた。そしてその日を境に、行方をくらましちまった」

茶に口をつけ、牟島は縁側から遠くを見やった。

「能面をつけた用心棒の話を聞いた時、御蔵に違いないと思った。斬馬刀を振れる人間は、俺が知る限りではあいつだけだからな」

彩華は、膝の怪我をさすった。もうほとんど癒えている。

「あの面は、御蔵の感情を封じるものだったんだろうな。感情を殺し、あいつは用心棒稼業に染まっちまったんだ」


50 ◆BY8IRunOLE 2010/11/13(土) 21:15:37ID:ekFy/Wjk
↑ここまでで

自分ひとりで50レスも消費してしまった……orz
すみません、あと1回で終わりますんで

51創る名無しに見る名無し2010/11/13(土) 21:25:40ID:yTRUxdoP
投下乙なんだよー!

52『能面』 ◆BY8IRunOLE 2010/11/19(金) 22:35:32ID:q1IQA5cP
【終幕】

牟島は日が高くなるまで慎太郎の店にいた。
彩華は昼寝をしている。

牟島は、慎太郎に言った。
「今夜、丘田屋に踏み込む。あの娘にも協力してもらいたい」
「何度も言わせるな……」
「貴殿が蔵から見つけ出した証文は、丘田にとって非常に都合の悪い代物だ。
それがここにある限り、貴殿と、あの娘は刺客につけ狙われることになるんだぞ」
「……」
「夕時、また来る。俺は、あの娘に今夜のことを話す。あいつは、貴殿を護るために俺たちと一緒に来るだろう」

慎太郎は、苦々しい気持ちで聞いていた。

「一つ、頼み事をきいてはくれまいか」
「何だ?」
「丘田屋の一件が落着したら、彩華を自由にしてやってくれ……。
あいつが、自ら黒場会に入りたいと言うのなら、それで構わない。
でも、俺はあいつに、自分の人生を生きてもらいたいんだ。ここを出ていっても、それはそれでいい」

「……約束するぜ」

牟島が暇をしようと立ちあがった頃、彩華が起きてきた。


〆 〆 〆

53『能面』2010/11/19(金) 22:38:06ID:q1IQA5cP

雲が月を覆い、空気が湿気を含んで重く感じる。
彩華は、黒場会の連中数人とともに、夜更けの道を歩いていた。

丘田屋に踏み込む――
そのことを思うと、脇差を持つ手が震える。

「怖いか」
牟島は、右腕一本で闘うつもりで、鉈だけ持って同行している。作務衣の下の大腿には、
包帯がかなりきつく巻いてあるはずだ。

「怖くなんか……」
彩華は言い淀む。

丘田屋の屋敷には、数十人の浪人崩れや荒くれ者が集められているという話だった。

「怖いときは、何が怖いか、言っちまうほうがいいんだ。俺も、怖い。こんな身体で、丘田屋の用心棒集団と
渡り合えるとは思っちゃいない」
「……」


丘田の屋敷の裏手に回る。

戸板を盾のように持った鳶たちが、塀に登る。

案の定、そこを矢で狙い撃ってきた。
盾で防いで、塀の向こう側に飛び降りる。

が、庭に埋められた何本もの槍の穂先が、最初に飛び降りた鳶の若者に深手を負わせた。

「怯んでんな! 続けっ!」
牟島は叫ぶなり、盾を下敷きにして飛び降りる。

鉈で穂先を薙ぎ払う。
そこへ矢が飛ぶ。

「源堂!」
彩華は、飛び降りるやいなや、脇差で矢を弾いた。

「へ、おめぇ……とんだ芸当ができるんだな」
牟島は冷や汗を拭って、鉈を握り直した。

54『能面』2010/11/19(金) 22:40:42ID:q1IQA5cP

黒場会の若衆は、玄能や手斧を投げ、屋根上から矢を射掛ける連中を倒していった。

「頭! ここはオレらが」
「よし、任せた。押し入るぜ、お前も来い!」」
牟島は彩華を促し、屋敷の縁側から廊下へ上がる。

そのとき、障子が蹴られて数人が斬りかかってきた。
彩華はすかさず脇差を振り抜き、浪人たちを斬り伏せる。

暗くて狭い屋敷の中。
得意の跳躍や立ち回りをしようにも、動ける範囲は限られる。

剣は躱すのでなく、防ぎ受け止め、力で押し切って、少しでも斬りつけなければならない。
力で劣る彩華には、不利な条件だ。

しかし、小柄な体躯が幸いし、押し入れや柱の陰、わずかな障害物を盾に、彩華は攻撃を逃れた。

――「斬る」んじゃない、「突く」んだ。

彩華は、脇差を逆手に持ち、慎重に歩を進める。
気配を察し、必要最小限の動きで敵の動きを奪う。

斬るよりずっと生々しく、嫌な感触が残る。
生暖かい返り血が頬に飛ぶ。

そうして、何人を刺しただろうか。

――狙うは一点――。

彩華は奥の座敷を目指してずんずん進む。

余計なことは考えない。
気を張っていないと……、自分のしていることが、恐ろしくなってしまう。


“敵”を斬ることに、躊躇いは無い。
けれど、決して慣れることもない。

剣を抜くのにふさわしいと誰もが認める理由など、ありはしない。
彩華は、自身に拠って立つしかない。

今は、この悪党を倒すこと。そして慎太郎の平穏な生活を取り戻す。
それが「正しいこと」かどうか考えるのは……、他の人に任せよう。


〆 〆 〆

55『能面』2010/11/19(金) 22:44:02ID:q1IQA5cP

――今頃は、討ち入りが始まっていることだろう。

月の見えない真っ暗な空を見つめ、慎太郎は思いを巡らせる。


先代から継いだ店が寂れていく。
それは、必然と思っていた。

――俺だって、やりたくてやっているわけじゃない。
いつでも、頭の片隅でそう思っていた。

店がうまくいかなくなったのと、慎太郎が皮肉口調になっていったのは、ほぼ同時期だった。

物事に対して斜に構え、真正面からぶつかることを避けていた。
ぶつかれば、力及ばず打ちのめされることが分かっているからだ。
傷つくことを避け、言い訳を重ねて今に至っている。

――俺はいったい、何をしているんだ……?

自らの行いを見直すきっかけは、彩華だった。

彩華の、まっすぐな眼差し。
はじめは、気にも留めなかった。けれど、次第に気にかかるようになった。

――あいつを支える信念は、何なのだ?

その疑問は、慎太郎自身へ翻る。

――俺は、何を信念に生きている?

振り返れば、自身の行いがひどく醜く思える。
仕方が無い、という諦めは、前に進む努力を放棄していることだ。

けれど、人はそう簡単に変われるものではない。
何か、大きな契機が無い限り……


――彩華……絶対に死ぬなよ。生き残って、ここへ帰ってこい。
帰ってきたら、お前に暇をやる。好きなところへ行っちまえ。

――俺だってな。本気になりゃ、できるんだ。命張るのは、お前だけじゃないんだぜ。


「もう、見ないふりをして逃げるのは、やめだ」


〆 〆 〆

56『能面』2010/11/19(金) 22:48:59ID:q1IQA5cP

彩華が障子を勢い良く引いた。

部屋には、丘田長慶が――

狼狽しきった顔で、彩華を見ていた。

「く、来るな! い、命が惜しくば、来るな!」
丘田は、彩華を見て刺客だと察知するや、床の間の刀を手にして抜いた。

――悪党の親玉は、こいつだ。

彩華は、丘田の顔を知らなかったが、直感で判った。

がたがた震えながら、丘田は床にへたりこみ、かろうじて刀を持っているような状態だった。


先ほどまでの恐怖や、圧迫感が嘘のように引いていく。

彩華は脇差を袖で拭い、鞘に収めた。

そして鋭い眼で睨みつける。
瞳は血のように赤く、怒りに満ちている。

それでも静かに、押し殺した声で、訊く。

「縞田屋の若旦那、丘田屋の番頭、それに、慎太郎の父上を殺させたのは、あんたか」

「し、慎太郎……? あ、あぁ、子延の倅だな。そ、それが、ど、どうした」

脇差の鍔に手をかけたまま、彩華はさらに訊く。

「なぜ、殺した」
「わ、我々に、し、し、従わなかったからだ。は、はは、ば、馬鹿な奴だ、
さ、さんざん、引き、立てて、立ててて、やややった、といいうのに」

――最低な奴だ。こんな奴に生きている価値など無い。

失望感が湧いてきた。
そのことに、ほんの少し、戸惑う。

――どうしてだろう……、こんな下衆にも、なにかを期待していた?

眼を伏せた時、わけのわからない叫び声とともに、丘田が斬りかかってきた。

彩華は、脇差を抜き払った。

「ぐはっっ!」
右手には、精確に頚を斬った感触。

丘田は弾かれたように後方へ吹っ飛び、頚から血を吹いて動かなくなった。

嫌な感触が、右手にまとわりついていた。


〆 〆 〆

57『能面』2010/11/19(金) 22:52:30ID:q1IQA5cP

『丘田屋』の当主、丘田長慶は何者かの襲撃を受け、死亡した。

屋敷からは、丘田屋の悪事を示す証が多く見つかり、奉行所が大々的に検めに入ることとなった。

慎太郎の家の蔵から発見された証文も、それを後押しする重要な証拠となった。


子延家の借金は、根も葉もない偽りのものであり、返す義理も無いものだった。

かくして、慎太郎のもとには財産が返ってきたが、それでも半分程度しか回収できなかった。

「俺の甲斐性の無さの現れ、というわけだ」
そう言って慎太郎は情けなく笑った。



『休み処 子延』は、若い職人たちが集まる場所として生まれ変わりつつある。

――未来ある職人や芸人の卵たちが、存分に腕を磨ける場所にしたい。
無給だが、志ある連中が前向きに頑張れるような場所にしたい――

そういう慎太郎の思いのもと、小料理や蕎麦、茶を出したり、店内で唄や三味線を聴かせたりする。
残った田畑で、僅かながら菜園も始めた。

慎太郎自身も、料理や小咄などを身につけるべく努力している。

「蕎麦打ちなら、俺が教えてやるぜ」
そう言って牟島がやってきたのは、騒ぎが収まってすぐだった。


「ところで、あの娘はどうした」

「彩華は……、旅に出た」

「……そうか」

慎太郎は、奥の茶箪笥から一筆箋を取り出すと、牟島に渡した。


「寂しいか」
牟島は手紙から目を上げると、言った。


「まあ、な」

二人の男は、秋の気配をにじませてきた夕暮れの空を見ながら、
今は遠い地であろう少女のことを想った。





          了


.

58 ◆BY8IRunOLE 2010/11/19(金) 22:59:42ID:q1IQA5cP
↑以上、これにて終了で御座い

※本作品は、↓のスレのレス番91のキャラ設定を使って書いたものです(完全オリジナルではありません)
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/44.html


長々と占有してしまって、申し訳ありません
他の方も、どうぞ気軽に投下してくださいな

59創る名無しに見る名無し2010/11/20(土) 16:57:32ID:EaBSIq0E
乙でしたー!
彩華はどこに流れていったのだろう

60創る名無しに見る名無し2010/11/24(水) 02:23:52ID:lOJZsfOG
乙!
前スレのオリジナル以来に読んだけど、これやっぱり好きだわ

61 ◆BY8IRunOLE 2010/12/01(水) 18:50:31ID:jwCKg4AT
『能面』読んで下さった方、感想下さった方、ありがとうございました!

なんか一人で専スレ状態で申し訳ないですが……
第二弾投下します


62『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/01(水) 18:55:04ID:jwCKg4AT
【序】

かつて、一人の刀鍛冶が居た。
その男は生まれてから死ぬまでに幾千もの刀を打ったが、
たった一つの例外を除けば、全てが大根もまともに切れないナマクラだったという。

その生涯で唯一の例外。

男が最後に生み出した鉄塊。

だがそれは、決して名刀と呼ばれうる代物ではなかった。

刃渡りは95センチ。反りはあるが、両刃造りのために峰でも人を斬れた。
しかし刃そのものは研ぎ目が荒く、切り口はひどく乱雑だった。

鍔には目を引くような細工はされておらず、また持ち手に巻かれた糸とて染色されていなかった。
鞘ひとつを取り沙汰しても職人芸というほどでもない。それは野太刀としてはごくありふれた物だった。

ある特徴を除けば、他のナマクラと並べても遜色ないほど美しさに欠ける刃物だった。


刀身に刻まれた銘は『閂(かんぬき)』。


刀鍛冶が自らの命と引き換えに打った、彼が生涯で唯一銘を打った太刀。

その太刀は何をどう斬っても、絶対に折れることが無かったという。


63『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 18:59:07ID:jwCKg4AT
【第一幕】

春霞が夜になっても通りを満たし、うっすらと白い靄がかかったような夜であった。
空気は生ぬるく、梅の香りが漂っている。


町から少し離れたところにあるあばら屋で、金属を打つ音が響いている。

男は、一心不乱に槌を振るっていた。

――これが最後の業物になる。

その覚悟が、鬼気迫るものを彼に与えていた。


男は刀鍛冶である。
いや、今となっては「刀鍛冶でもあった」とする方が正しい。

刀鍛冶だけで食っていけるわけはなく、包丁や匕首(あいくち)など刃物全般を扱っていた。
打ちながら、研ぎや直しもする。

ところが、彼の包丁は一本たりとも売れたためしが無い。

「くそっ! どうしてだ。
 俺は十五の時から、ずっと鍛冶の修行を積んできた。一日も休むこと無く打ち続けてきた。
 いい加減な気持ちで打ったものなど、一つだって無い。持てる技術を全て注ぎ込んで、
最高に美しい刃紋を生み出しているはずなのに!」


男は不満を募らせていた。
しかし現実に売れないのだから、彼は明日の食い扶持にも困る有様となっていた。
いよいよどうにもいかなくなり、飲まず食わずで数日が経った。

64『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:01:32ID:jwCKg4AT

「何故なんだ、他の連中よりも俺の方が美しい物を打っているはずだ、なのに、何故認められない?
 美しくない刀など打つ意味が無い、そんな物を打つくらいなら、いっそ……」


男が、今打っている刃物。
それは、刃渡り三尺程に及ぶ太刀である。


男は、刃紋の美しい刀を打つということに、自分の全存在を賭けていた。

食い詰めて飢え死にする前に、彼がもっとも忌み嫌ったやり方で、一本だけ刀を打つ。
認められない悔しさと、文字通り自身の命を、その刀身に打ち込んでいた。


焼入れを済ませ、刀身が出来上がった。
それは、彼が追求してきた“美しい刀”とは似ても似つかない、全く対極に位置するような業物だった。

銘を刻みつけ、そのへんにあった糸で柄巻きをすると、まだ白木のままの鞘にひとまず納めてみた。
反りが若干合っていないが、どうにか納まる。

そこまで確かめたところで、夜がうっすらと明けてきた。ふいに、猛烈な眠気が襲ってきた。
彼は、井戸の水でもかぶろうと小屋の外に出た。


その時である。

背後から、何者かが彼の頭を殴打した。
漬物石を何度も何度も打ち付けられ、男は絶命した。

彼を殺害した者は、そのまま小屋に侵入し、物色する。
出来上がったばかりの刀が目に留まった。
侵入者はすかさずそれを掴むと、足早に立ち去ったのだった。


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65『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:04:07ID:jwCKg4AT

「へへ、へ、今夜はツイてるぜ」

同業の連中からは“熨斗(のし)”と呼ばれているその盗人は、今しがた奪い取ってきた太刀を見つめて興奮していた。
白木の鞘に納められた、一振りの無骨な太刀。装飾も何も無い鍔と、染の入っていない糸で巻かれた柄。


襲ったのは、シケたあばら屋だった。金目のものなんてあるはずが無い。そう思ったのだったが、
なぜだか、熨斗はその小屋を狙わずにはいられない感情に駆られた。


そういう時、熨斗は本能に逆らわないことにしている。
頭でぐちゃぐちゃ考えるより、重そうな漬物石を抱えて勝手口の陰に身を潜めるほうが先だった。


ふらりと出てきた家主の背後から殴りつけ、頭蓋を叩き潰す。
せめて食い物があればいい……程度に考えていたのだったが、その小屋に刀があったのは、文字通りの儲け物というほかない。
折しも藩から廃刀の通達が下って半年。侍ですら刀の入手が困難になってきた時節であった。

――コイツは高く売れるぜ。

熨斗は、こういう事には目はしが利いた。


やや引っ掛かる鞘から太刀を抜き、月明かりに照らしてみた。
分厚い刀身は手にずっしりと重く、鈍い輝きを放っていた。


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66『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:08:23ID:jwCKg4AT

月明かりの差し込む長屋の一室で、乱れた息遣いが聞こえている。
布団の上で、一対の男女がまぐわっている。

「だ、誰だ?」
はじめに声をあげたのは、布団の上の男の方だった。

「ありゃ、お楽しみ中だったかい。へへ、気にせず続けてくれな」
熨斗は、下卑た笑いをしながら、のそりと部屋に入り込んだ。

「お、おのれ、物取りかっ!」
裸の男は、枕元の刀を抜く。

しかし――
「へっ、やることやって死ぬなんて、歌舞伎役者みてぇで粋じゃねぇか」


熨斗が男に斬りかかる。

男は咄嗟に刀で受ける。

重みのある金属音。

熨斗の太刀が、力任せに振り抜かれる。

男の刀は真っ二つに折れた。

女の叫び声。

すかさず太刀を力いっぱい振り回す。

女の頭を斬り飛ばした。

血飛沫が行灯の一面をべっとりと汚す。


67『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:10:00ID:jwCKg4AT
続けて太刀を振り下ろす。

男の肩口がざっくり斬られた。

腕は切り離される寸前である。

男が倒れた。


呻き声が煩い。

熨斗は、男の喉笛に太刀を突き立てた。

隣の部屋から、もう一人男がどたどたと駆け込んできた。

熨斗は刀を握り直し、むちゃくちゃに振り回した。


襖、手首、行灯、枕、額、二の腕、布団、項……


あらゆるものを、力任せに斬った。


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68『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:13:38ID:jwCKg4AT

「へ、へへ……」

寺の裏手に身を潜めた熨斗は、長屋から奪ってきた手文庫をこじ開けて、中を探った。
入っていたのは、一分銀が三枚と珊瑚の玉簪。

「へ! へっ、へへっ! ……ざまぁ、みやがれ。どうだ、オレはこれだけ、稼げるんだ……」

興奮しつつ、彼は銀貨と簪を懐に収めた。


熨斗というあだ名を、彼自身は快く思っていない。

幼い頃に頭をぶつけたせいなのか、顔の筋肉が引き攣り、
いつも顔をしかめたような、歪んだ表情で固まってしまった。


その貌のせいで、人からは忌まれ避けられた。
熨斗は堅気の道から外れ、泥棒稼業をするようになった。

けれど同業の連中にも、仲間と言えるほど親しい人間はいない。
いつも一人で、空き巣や火事場泥棒のようなけちな稼ぎをしていた。


しかし、ここ最近は違う。
あの無骨な太刀を手にいれてから熨斗は、「力尽くで奪う」ことを覚えたのだった。


はじめは、忍び込んだ納屋の奉公人に気づかれた時だった。
とっさに、持っていた太刀を抜いて無茶苦茶に振り回した。

気がつくと、奉公の男は血塗れで、見るも無残な姿になっていた。
男を殺して、熨斗は逃げた。

――なんだよ、簡単じゃねぇか。殺しゃ、いいんだ。捕まることも、人を呼ばれることもねぇ。


熨斗の盗みは、つまりは強盗である。
躊躇いなく町人を殺し、その蓄えを奪うようになっていた。


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69『閂(かんぬき)』2010/12/01(水) 19:18:00ID:jwCKg4AT

横丁の長屋がまたやられたという話を受け、同心の永野嘉兵衛は苦い顔をしていた。
このところ長屋や商店を襲っては蓄えを奪っていく、狂った盗人のことである。

「清次」
嘉兵衛は、若い岡っ引きを呼んだ。

「聞くまでも無く、奴の仕業だろうが……、事の仔細は?」
「へい、殺られたのは長屋の浪人二人と、そこを世話していた隣のめし処の女将です。
 この女将が、寡婦(やもめ)らしくって、そこの浪人の一人とまんざらじゃねぇ仲で……」

そこの下りが長くなりそうなので、嘉兵衛は若い部下を睨んだ。

「あっと、ええと、それで、金目の物は残ってなかったってぇ話で。んで、浪人のものと思われる刀が、
 折られて散らばっていたって話で」

――折った刀は、売れないから置いていったか。

「間違いないな。これで三件目か」
「へい。刀は折られていて襖は傷だらけ、金子(きんす)は盗られて人は殺られて……、手口は同じです」

嘉兵衛は顎を掻くと、
「横丁の寺と、北の外れの神社を洗っておけ。……もっとも、何か出てきたところで――」
言いかけてやめ、部下に指示を与えると、修羅場となった長屋を後にした。


70 ◆BY8IRunOLE 2010/12/01(水) 19:20:02ID:jwCKg4AT

ひとまず今日はここまでで

71『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/05(日) 17:35:52ID:wbMB4Mvu
【第二幕】

街道を歩く、小柄な旅人がひとり。
菅笠を目深に被り、長羽織で身を覆っている。
その左腰がちょっと突っ張っているのを見るに、道中差を帯びているのが分かる。

その旅人とすれ違う、左官が二人。
すれ違いざまに、声を掛けた。

「おい、」

旅人は、声を無視してさらに足を速める。
その態度にむっと来た左官の一人が、追いかけて行く手を阻んだ。

「おい、声掛けてんのにしらばっくれるなよ。ジャリが一丁前にドスなんざ差しやがって」

笠に手をかけようとする左官の手を、素早く振り払う。

「……てめぇ」
額に青筋を立てる左官を、もう一人が宥めながら旅人に言った。

「おい坊主。ひとりで、どこへ行くつもりだ」
旅人はなおも黙っている。

「なぁ、」
片方が身を屈めて笠の下を覗きこむもうとした矢先、

「イテェ!」

眼元を押さえて転倒した。
足元に、おはじきが一粒こぼれる。

「こんのガキ!」

もう一人が乱暴に笠を払う。
すかさず、旅人は身を翻す。

そして、一閃。

左官の鼻の頭を鋭い風が掠め、
一気に鮮血が吹き出た。

傾いだ笠から見えたものは、女郎花(おみなえし)の如く鮮やかな黄色の髪。
その顔は、年端のいかない “少女” だった。

紅い瞳には鋭い殺気。
少女の右手には、抜身の脇差。
その鋒(きっさき)を先に倒れた方の目の前に突きつけ、

「あんまりわたしに絡むと、ただじゃおかないぞ」

と言い捨て、納刀して立ち去った。


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72『閂(かんぬき)』2010/12/05(日) 17:38:27ID:wbMB4Mvu

少女の名を、彩華(さいか)という。
一二、三歳くらいの孤児である。

ずっと街道を歩いて来、ようやくこの宿場町に辿り着いた。
腹も減っているし、くたびれている。

――ここで、泊めてもらえそうなところを探そう。

町並みを眺め回しながらしばし歩くと、路地からいきなり猫が走り出てきた。
口に何か咥えている。

「この泥棒猫!」
若い女の声も聞こえた。

反射的に彩華は身を翻し、猫を追った。
猫が素早く方向転換しようとした矢先、飛びかかった。

引っ掻く間もなく、猫は彩華に取り押さえられた。咥えていたのは、柳葉魚(ししゃも)だった。

「ったく、こいつったら!」
若い女がやって来て、彩華が抱え上げた猫の頭を叩く。
はぐっ、という鳴き声と共に柳葉魚を口から離すと、猫は抗議するように鳴きながら手脚をじたばた動かした。

「悪かったね、坊や……っと、なんだ、お嬢ちゃんか」

彩華と目を合わせた女は、ちょっと驚いた様子だったが、柳葉魚を拾うと、

「ちっと捕まえといておくれよ」
と言って猫に齧らせた。

「ちゃんとおねだりすりゃ分けてあげるのに。根性が卑しいったら、こいつ」
猫は、フガフガいいながら柳葉魚を齧っている。

女は、二十歳くらいに見える。
襷をかけ、艶の良い黒髪を後ろで一つに結っている。

――料理屋の人かもしれない。

彩華は、そんな期待を胸に見つめていた。

女は、柳葉魚を食べ終わった猫を逃がすと、
「さて……お嬢ちゃん、あんたもおまんまの食い上げかい?」
そう尋ねてニヤリと笑った。


「あたしは妙(たえ)。この旅籠『藤屋』の、……一応、女将だよ。あんたは?」

彩華は自分の名を名乗ったが、そこへお腹の音が空腹を告げた。
妙は笑って、彩華を宿に上げた。


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73『閂(かんぬき)』2010/12/05(日) 17:42:18ID:wbMB4Mvu

「ほら、出来たよ。まずは腹を膨らませなきゃ」
妙は鍋を囲炉裏の鉤に掛け、言った。

ようやく食事にありつくことが出来た。
巾広い麺は、下手な職人の切りそこねたうどん……という風体だ。
それが野菜と共に煮込まれていて、味は味噌で仕立ててある。


「あんた、一人で旅してるのかい」
彩華は口をもぐもぐさせながら、頷く。

「どこへ行くつもりなの」
「西のほう」

彩華は言葉少なに、夢中で鍋をつついている。
妙は囲炉裏の周りを片付けながら話しかける。

「危ない目に遭ったりしないのかい?」
「さっき、遭った」
「! ちょっと……」
手を止め、眉をひそめる。

「でも大丈夫、追っ払った」
きっぱりした口調で言う。

「へえ! 平手打ちでもかましたの?」
「そんな感じ」

「あんた、お金は……っと、無いから食い詰めてるんだったっけね」
「うん」

「……まったく、聞けば聞くほど呆れるね!」
妙は笑って、

「で、どうする? ここに住み込むかい?」
布巾で手を拭きながら問うた。

彩華は、こく、と頷いた。

「じゃあ遠慮無く、バンバン働いてもらうよ!」


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74『閂(かんぬき)』2010/12/05(日) 17:45:00ID:wbMB4Mvu

「ごめんよっ」
暖簾をかき分けて、中年の同心が入ってきた。

「いらっしゃい! お早いお着きで!」
彩華は元気よく声を出す。

「おやぁ? お妙、おめぇいつの間に子供こさえたんだい」
彩華を珍しそうに見ながら、永野嘉兵衛が言った。

「ちょっと! あたしの子じゃないよ。新しい奉公の子」
奥から妙が手拭いを片手に現れた。

「へぇ、奉公人かい。二代目藤屋も、いよいよ軌道に乗ってきたってところかい」
嘉兵衛は、宿の上がり框に腰掛けると、彩華を眺めながら言った。

「何いってんの。あたしなんか、まだまだですよ。この子、風来坊みたいだから」
妙は彩華の頭を撫でながら言った。

「そうかい。いやしかし、この宿もずいぶんしっかりしたもんだ。甚作の野郎もあの世で安心してるだろう」
「だといいんですけど。化けて出られちゃかなわないからね。……嘉兵衛さん、何かあったの?」
寂しそうに笑うと、妙は心配そうに尋ねた。

「おう、それなんだがな……」

75『閂(かんぬき)』2010/12/05(日) 17:48:23ID:wbMB4Mvu

永野嘉兵衛は、一応用心のため、と前置きしてから、このところ頻発している物盗りのことを話した。

「盗人、というには温(ぬる)すぎるんだ……必ず皆殺しにして、奪う。
 やり合えば取り押さえられるかもしれねぇのに、どういうわけだかそいつは、必ず殺しをやっている。
 逃げ延びた奴は、……今のところ居ない。だから、そいつがどんな身形かも分からねぇ」

妙は眉をひそめながら嘉兵衛の話を聞いている。

彩華は仕事をしながら、二人の話に聞き耳を立てていた。

「辻斬り、ってのとも、ちっと勝手が違ぇみてぇなんだ」
と、嘉兵衛は言った。

「気味が悪い。ヘンな世の中だね」
さも嫌そうに、妙は顔をしかめる。

お茶でも――と言ったが、嘉兵衛は手を振って断り、気をつけるよう念を押して帰っていった。



「あの人は?」
嘉兵衛が帰った後、彩華は妙に尋ねた。

「同心の嘉兵衛さんだよ。お父つぁんとは囲碁仲間でね、よく打ちに来てた。
 そのよしみで、今も何かと気にかけてくれてるんだ」
「……、」

彩華が尋ねようとするより早く、
「お父つぁんは流行病でね。そういや、もうそろそろ初盆だね……」

妙は、遠くを見るような目で通りを見つめながら言った。


76 ◆BY8IRunOLE 2010/12/05(日) 17:49:50ID:wbMB4Mvu
↑ここまでです

77創る名無しに見る名無し2010/12/06(月) 13:54:38ID:sQESVha9
乙です
彩華ちゃん出たー!
身一つで旅とはまた剛毅な

78『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/10(金) 22:49:48ID:FMCZth5j
【第三幕】

永野嘉兵衛は、四十を幾許か過ぎた実直な男である。
一六の頃から岡っ引きを勤め、十年ほど前に同心に出世した。いまや、この町ではよく知られた顔だ。

嘉兵衛は袂に入れた手を徐に出すと、懐の十手をなんとなく握り直してみた。
岡っ引の頃から数えて、三本目になる。房が付いてからはまだ一本目だ。
廃刀令が下ったが、十手に関しては、どうなるのかまだお上から沙汰がない。
“鋭利な部分”も“突起”も持たない構造だが、十手そのものが“突起”と言えなくもない。

この十手で、幾人ものやくざ連中を縛りあげてきた。
十手に刻まれた無数の刃傷が、その事実を裏打ちしている。
嘉兵衛の右腕にも、同じくらいたくさんの古傷がある。
何度も死にそうな目に遭いながらも、嘉兵衛はこの町を護ってきたのである。

歩きながら、嘉兵衛は思案する。
それは昨夜の凶行だ。
またしても、件の物取り――“熨斗”と呼ばれる男だ――が殺しをしたのだった。


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79『閂(かんぬき)』2010/12/10(金) 22:53:39ID:FMCZth5j

夜更け時。
寺の鐘が四つ鳴った頃、飯屋で盃を空けていた客が言った。

「おっと、そろそろ帰んねぇとウチのかかぁに目ん玉くらっちまう」
「へ、もうとっくに愛想尽かされてんじゃねぇのかい」

馴染みの客が一人、二人と席を経つ。
その時、飯屋に一人の男が入ってきた。

熨斗である。
ボロボロの着流しの上から、袢纏を羽織っている。
長屋を襲ったときに盗ってきた物で、それだけが風体に沿ぐわない。
歪んだ貌に、眼だけが異様にぎらついていて、辺りの空気を不穏なものにした。

「おう、酒だ!」
熨斗は、どっかりと空いた席に腰掛けると、大声で言った。

既に別の場所で引っかけてきたのかも知れない、若干呂律が回っていないような口ぶりだ。
店主は、もう看板にする心算だったのだが、そのただならぬ殺気に気圧され、口を噤んでしまった。

「カネなら、あるんだぜ」
そう言って熨斗は、袖から幾許かの小判と銭を出した。
「文句ねぇだろ」

熨斗は、あたりの客を睨めつけながら冷や酒を口に運んだ。
因縁を吹っ掛けられたら堪らない、というように、馴染みの客は、そそくさと店を後にする。
やがて客が熨斗だけになってしまうと、店主は決死の覚悟で切り出した。

「あの、すみませんけど……・もう、看板なんで、これでお終いに……」
何本目かの徳利を卓に置きながら、おずおずと言う。

「あ゛ぁ? カネならあるって言ってんだろう」
熨斗は不機嫌そうに唸り、
「それともなにか、オレがこんなツラぁしてるから、追い出そうってか……」
ゆらりと立ち上がって店主を睨めた。

歪んだ貌がさらに醜く歪む。その奥の眼が据わっている。

80『閂(かんぬき)』2010/12/10(金) 22:56:19ID:FMCZth5j

「どいつもこいつも……何なんだ、てめぇらは! あ゛? オレのツラが気味悪りぃのか」
熨斗は、太刀を手に持ち、引き抜いた。

「ひっ……!」
店主が後ずさる。

「仕事は寄こさねぇ、雇いもしねぇ。稼ぎをあげても認めやがらねぇ……なんだあいつらはよォ!」

熨斗は徐に太刀を振り上げると、側にあった銚子目がけて振り下ろした。
銚子が派手に割れ、酒の雫とともに飛び散った。
その太刀の切っ先が飯台の角を掠めたとき、ごりっ、という音とともに木っ端が散った。

「ま、まままさか、皆殺しにするっていう……」
店主は腰を抜かして、へたり込む。

「目ぇ逸らして、こそこそ陰口叩きやがってよ……殺ってやらぁ、奴ら全員、地獄行きだァ!」
熨斗は、太刀を両手で持ち、滅茶苦茶に振り回す。

鈍い音と、濃い血の臭いが飯屋に充満した。


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81『閂(かんぬき)』2010/12/10(金) 22:58:38ID:FMCZth5j

例の盗人が、また殺しをした――

それを聞いた彩華は、頼まれてもいないのに遣い物に出ると妙に伝え、旅籠を飛び出した。


「横丁の飯屋の親父さん、それはもう酷いことだって……」

通りで女たちがひそひそと話している。
彩華はそれを聞きながら、現場に向かっていた。


件の飯屋は人だかりがしていて、番所の岡っ引き数人が、野次馬を追い払っていた。

「ひでぇな、こりゃ」
「おい、こりゃあただの酔客じゃねえな」
「例の物盗りか?」
「飲み食い代を踏み倒そうとした、ってぇところだろう」

野次馬たちが口々に言っている。
彩華は、小柄な身体を人と人の間へ潜り込ませながら、それを聞いていた。
人だかりの切れ目まで来たとき、脚の隙間から、嘉兵衛の姿が見えた。

嘉兵衛は現場を検めながら、思案している様子だった。


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82『閂(かんぬき)』2010/12/10(金) 23:03:25ID:FMCZth5j

――殺しを、愉しんでいる?

嘉兵衛は、未だ止められない盗人の凶行に苛立ちを覚えつつ、頭のもう一方では、冷静に分析を行っていた。
主たる目的は殺しであって、物を盗るのは其の序(ついで)である可能性もある。

残された刃傷から判断するに、剣の腕はさほどではない。
俄か仕込みの、剣術とも呼べない滅茶苦茶な振回しかただ。

そして――ここがもっとも嘉兵衛の引っかかる点であるのだが――その刃物の斬れ味は、はっきりいって良くない。
にもかかわらず、人体はおろか襖や障子にいたるまで、ざっくりと切断されている。
傷がついただけであるとか、刃が入ったものの途中で止まる、といった形跡が、一切無いのである。

飯台の角が欠けていて、斬り口が新しいことから、これもその凶器によるものと判断できる。
その斬り口はぎざぎざで、獣が喰いちぎったような印象を与えた。

――斬れない刃物を力任せに振り回した、という印象だな。よほど剛力な者なのか……?

「旦那!」
清次が駆けてきた。

「何か見つけたか」
横目で若い岡っ引きを睨みながら問う。

「いやぁ、それがさっぱりで……あ、いや、その」
――こいつ、岡っ引きやっていけるのか?
嘉兵衛は呆れるのを通り越していささか不安になりながら、部下を見つめる。

「番所からの通達で。検めが済んだら、奉行所に集まるように、だそうで」
「ふん……?」

おおよそ察しがついたのか、嘉兵衛は現場を見渡すと部下を呼び集めた。


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83『閂(かんぬき)』2010/12/10(金) 23:09:56ID:FMCZth5j

奉行所には、既に他の同心らが集まっていた。

例の物取りの件に違いない、誰しもがそう思っている。
実際、それに関する噂話をあれこれ検証している連中もいた。


やがて役人が、若い侍を伴って現れた。

「里部丹次郎どのだ」

年の頃は二十歳位だろうか。
聡明そうな顔つき、背筋の伸びた体躯はやや鯱張っている。
強ばった表情は、緊張しているせいなのか。

「例の物盗りが質(たち)の悪い輩ということで、都の方から来て下すった。しばらくこの町に留まって下さるそうだ」
役人がそう言い、若い侍が目礼をした。


「なるほどね。とうとうお上の方から刺客が差し向けられたってわけか」
嘉兵衛の隣で、同僚が小声で呟く。


役人はその後、この若者がいかに剣の名人であるかを延々説明しだした。

それがいわゆるお世辞のたぐいであろうことは、嘉兵衛も長年の経験上、知っている。


だが嘉兵衛はこのとき、それを聞きながらなぜだか、妙のことを思い浮かべたのだった。


84 ◆BY8IRunOLE 2010/12/10(金) 23:13:45ID:FMCZth5j
↑ここまでです

85 ◆BY8IRunOLE 2010/12/14(火) 22:04:04ID:4+2i040B
一点、どうでもいい訂正です
>>75
×初盆
○初彼岸

季節間違えてた……orz
↓投下しますです

86『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/14(火) 22:06:49ID:4+2i040B
【第四幕】

廊下を雑巾掛けし、井戸水を汲んで茶を沸かす。
泊まり客が帰ったあとに、布団を上げ浴衣を洗濯する。
夕方には窯にくべる薪割りをする。

『藤屋』は旅籠、つまり大衆旅館である。
彩華は、そこで仲居と番頭の仕事をいっぺんに引き受けていた。

もともと働くことは嫌いではない。
どんな仕事にも、剣の道に通じる極意がある――というのは師匠の教えだ。

小柄で華奢な身体ながら、てきぱきと勤めた。
薪割りは上手に出来たし、井戸の水を汲んで運ぶのも、大の男に引けを取らないくらい働いた。

彩華にとって、日常の“仕事”はすなわち修行に等しいものだったのである。



「彩華、ちょいと頼まれとくれ」
妙に呼ばれ、彩華は厨に入った。

「あたしとしたことが、しくじっちまったよ……豆腐を切らしてた。
一っ走り、買いに行ってくれるかい。番所の近くだ、場所は分かる?」
銅貨と鍋を受け取り、彩華は頷いた。

「まだ日も高いけど、気をつけるんだよ!」
背中で声を聞き、昼下がりの町に出る。


空気が生暖かく、梅の香りが匂っている。
気持ちがおかしくなりそうな、狂気を孕んだ気配だった。

彩華は奉行所近くの豆腐屋で木綿豆腐を買い求め、藤屋に戻る道を歩いていた。

奉行所の前に差しかかった時、人影を目にした。

87『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:09:48ID:4+2i040B

「では里部さま、よろしゅう頼みます」
「うむ」

二人の男が、奉行所から出てきたところだった。
ひとりは、この奉行所の役人である。
もう一人は、身形の整った若い侍であった。

「して、今夜のお宿は」
役人が尋ねると、
「先に旅籠を見つけてきた。心配は無用だ」
侍はニコリともせず答える。

「さいですか、では……」
役人はお辞儀をし、侍は奉行所をあとにした。


そのやりとりを、彩華は少し離れたところから見ていた。

豆腐屋へ遣い物に行った帰りである。
早く帰って豆腐を妙に渡さないといけないのだが、なぜだか彩華はその侍を尾けることに決めた。


% % %


相手からは判別できないくらい、離れて歩く。
侍は、通りをいくつも曲がりながら歩いていた。
しかし、迷っているふうではなかった。しっかりと確信を持った足取りで、
辻に来るたびに周囲を見渡し、一つの路地を決めて歩いていく、というふうだった。

――追手を巻く歩き方じゃない。向かう方向は、決まっているような……

そして一軒の店の前で立ち止まった。

――やっぱり。

彩華の直感は当たっていた。
侍は、『藤屋』の客だったのである。



「遅かったね! とりあえず、これを出しといて」

妙は厨と座敷を忙しく行き来しながら、彩華に燗のついた銚子を渡した。
座敷では数組の旅人が酒を呑みながら歓談していた。

彩華は宿に戻った侍が気になったが、ここはまず妙の手伝いをするのが先決だ。
酒や料理を運び、合間に風呂の準備をし、めまぐるしく働いた。


% % %

88『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:15:40ID:4+2i040B

里部丹次郎が藤屋に逗留して、数日が経った頃である。
妙は買い物に出た先で、その若侍に出会した。

「買い物ですか」
丹次郎は、妙の手から食材などの入った籠を分け持った。

「大丈夫ですよ! お武家さまに荷物なんて持たせたら、女が廃ります」
そう言って断るが、丹次郎は聞かずに
「宿へ戻られるのでしょう、拙者も戻るので序ですから」

籠を持ったまま歩き出した。
押し問答になりそうだったので、そのままあとに従いて歩いた。


丹次郎は、黙って前を歩く。
つい早足になるのだろう、妙と距離が開くと足を遅め、気まずそうにする。

――無口な人。きっと照れ屋な性分なんだ。

妙は、彼のそんな姿を微笑ましいと思った。


89『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:18:22ID:4+2i040B

「あら、寒菊が出てる」
妙は、通りに面した店の軒先で、鉢植えの寒菊を観た。

初彼岸はもうすぐである。
ふと亡くなった父、甚作を思い浮かべた。



父は物静かな人だった。
酒も煙草も呑まず、毎日を地道に務めていた。

そんな父にも、二つの趣味があった。
同心の嘉兵衛とよく打っていた碁、それに菊の栽培である。
とくに菊の栽培はかなりの評判で、泊まり客から売って欲しいと言われるくらいであった。

妙は、目の前の寒菊に亡き父の姿を重ねていた。
藤屋はそこそこに繁盛していた。
妙が、今まで惨めな思いをすることも無く育ったのは、父のお陰である。

父が亡くなった後は、とにかく必死で藤屋を切り盛りすることに励んでいた。
悲しみにくれている暇など無かったのだ。

それが、寒菊を見ているうちに妙の中で、何かがふっと緩んだ。
気がつくと涙を流して、鉢植えの前にただ立っていた。


90『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:22:42ID:4+2i040B

「妙さん」
丹次郎が、怪訝そうに声をかける。
妙はそれに気づかない。

再度呼ばれてようやく気づき、歩き出そうとしたとき。
気もそぞろだったのだろう、ふらついた。

丹次郎はすかさず肩を抱き、妙を支えた。

妙はその時、気恥ずかしさと一緒に、僅かな安心を感じたようだった。

凭れかかっていたい――
頭の片隅で、そんなことを思ったかも知れない。

今までは、縁談など断ってばかりだった。
けれど、一人で気を張って生きて行くのに疲れを感じ始めていた。

誰かと支えあって生きて行くということに、妙は言いようのない感情を抱き始めていたのである。


% % %

91『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:31:42ID:4+2i040B


八つ半頃。
泊まり客もおらず、夕餉の支度にはまだ早い。
藤屋が比較的、暇になる時分である。

彩華は、散歩してくる、と伝えて町に出た。
向かう先は奉行所である。



奉行所の門を警護する武士の目を盗み、そっと中に入り込む。
目当ての人物はすぐに見つかった。
先日、若い侍と話していた役人である。


濡れ縁に面した座敷で、書き物をしている。

そこへ、羽根を投げ込む。

「……?」
役人はそれを拾い、どこから飛び込んできたのかと、縁に出て辺りを見回した。

彩華が近づく。

「なんじゃ、こんなところで遊んでいてはいかんぞ」
「羽根が……」
「これか。返してやるから、羽根つきならもっと別のところで遊びなさい」

92『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:40:14ID:4+2i040B

その時である。

彩華は、役人の目をじっと見つめた。

目が合う。

役人は、しばしその深い紅の色に見惚れていた。

そして、うわの空で羽根を返す。

「ありがとう。……あの若い侍は、どこから来たのかな」
彩華は羽根を受け取る手を止めて、呟くように言った。

「あぁ……、なんでも、都の方で鳴らしていた腕利きの剣士だって話だ。
 けどなぁ、良くねぇ噂もあるんだよな」

「どんな?」

「曰く、『臆病者の丹次郎』。
 里部丹次郎は道場では強いが、真剣勝負の野良仕合になると逃げ出す腰抜けだ、ってんだ」

「ふうん……。なんで、そんな人が来たのかな」
「そこはなぁ、面子ってもんがあるんだろうよ」
「?」

「丹次郎は、道場では腕が立つ男で名が通ってる。
 いずれ藩主お付きの剣術指南役か、はたまた若き道場主かと、言ってみれば将来有望な若者よ。
 けれど実戦じゃてんで役に立たねぇ、とはいえそいつを無碍に扱っとくわけにゃいかねぇ……」
「……」

「で、だ。この白川町には殺しをはたらく質の悪い盗人がいる、
 そいつを成敗するために腕の立つ里部丹次郎が選ばれた、ってわけだ」
「うん」

93『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:45:16ID:4+2i040B

「しかしな、おそらくその裏はこうだ。

 ――里部が首尾よく盗人を成敗することができれば、面目躍如。
  慥かな腕を持つ侍として、適当な時期に呼び戻し、それなりの役職につけることはできる。

 ――そうでなければ……つまり、噂通りの臆病者だったなら。
  逆に盗人に殺されることだろう、既に何人も殺られているからな。
 都の連中が自ら始末をつけることもない……奴らの考えそうなことだ」

「……」


そこまで聞いて、彩華はふっと視線を外し、羽根を受け取って
「ありがとう」
といって背を向けた。

「おう、あんまりこの近くで遊ぶんでねぇよ」
背中にかかる声に手を振り、彩華はもと来た道を駆けていく。



その後姿をぼーっと見ながら、役人ははっと気がついた。
「……? わしは、なにを話していたんだったか?」


% % %

94『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 22:58:53ID:4+2i040B

「里部。すまぬが、白川の奉行所に行ってもらいたいのだ」
目付からそう言いつけられたとき、丹次郎は一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。



昨秋のことである。
城下で酒に酔った浪人が暴れまわっている場に、丹次郎が居合わせた。

「お侍さん! あいつを、何とかしとくれよ!」
逃れてきた飲み屋の女房が、丹次郎に縋りついた。

元来、正義感の強い男である。
「し、静まれ! それ以上の狼藉は許さんぞ!」
震える脚を叱りつけるように威勢よく叫び、丹次郎は浪人と相対した。

道場では、誰も太刀打ち出来ないくらいの実力を持つ丹次郎である。
当然、周りにいた誰もが鮮やかに浪人を斬り伏せるであろうと思っていた。

ところが、いざ立合いの場に臨んで、彼は足が竦んで動けなかった。

刀を持つ手は震え、剣技は全く冴えを見せず、防戦一方である。
あわや返り討ちかと思われたとき、奉行所の手のものが数人駆けつけ、浪人を一斉に取り押さえた。



いくら道場で強くても、それが実践に生きなければ全く意味が無い。
丹次郎は、自分に人を斬る覚悟が無いことを、まざまざと見せつけられることとなったのだ。


そこへ、この移動命令である。

――おれを厄介払いする心算か。

丹次郎自身、直接言われはしなかったものの、そのことには薄々気づいてはいた。


% % %

95『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 23:03:17ID:4+2i040B

回想し苦い思いを抱きながら、丹次郎は仕合支度をしていた。
まだ薄暗い、夜も明けきらない時分である。

「こんな早くに、お出かけになるんですか」
朝餉の支度を始めようとしていた妙が、声をかけた。

「……拙者の役目は、件の物取りを討つことです」
目を合わせず、丹次郎は支度を続けながら、ぼそぼそと言った。

「早く始末をして、安心して暮らせる町にしなくてはなりません。大丈夫、気遣いは無用です」

そう言って、丹次郎は出て行った。

妙は旅籠の間口まで出て丹次郎を見送った。
そしてその後ろ姿へ向けて、火打石を打った。


% % %

96『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 23:09:01ID:4+2i040B

朝霧が立ち籠める、早朝である。
春先とはいえ、まだまだ肌寒い。
着物がたちまち濡れて、いっそう寒さを感じさせる。

熨斗は殺して奪ったカネを手に、塒(ねぐら)にしている破れ寺へ戻るところだった。

辻のところで、一人の侍と出会した。
襷を掛け、額には鉢金。あきらかに仕合支度をした武士。

「んだぁ? てめぇ」
熨斗は、酔いの回った頭で絡んだ。



丹次郎が早朝から仕合支度をして出ていったのは、彼なりに熨斗を討つ心算だったからだ。
犯行は深夜に行われている。戻ってくる頃を狙うのだ。
早朝ならば視界もあり、有利に闘える。

しかし、それがこうも早くに当たるとは、丹次郎自身が面食らっていた。

「き、き、貴様!」
思わぬ遭遇に、心の準備は十分ではない。
丹次郎は、うっかりすると震え上がりそうになるのを必死に抑え、気持ちを落ち着けようとする。

「貴様が、こ、殺しをやっている物盗り、だな。せ、成敗、してくれるっ!」



言うが早いか、侍が刀を抜いた。

「しゃらくせぇ!」
熨斗も、太刀を抜いて振り回す。
が、酔いのせいで狙いがまったく定まらない。

丹次郎は次第に落ち着きを取り戻し、相手を見据える。

――落ち着け、道場の立合いと同じだ。むしろ型が成っていないから隙だらけだ!

丹次郎は八相に構え、機を伺う。

熨斗が斬り込んでくる。
しかし所詮、俄剣法である。
斬り込んでくるそこへ、丹次郎は小手を打つ。

熨斗は手首を斬られ、太刀を落とした。

97『閂(かんぬき)』2010/12/14(火) 23:15:08ID:4+2i040B

圧倒的な実力の差に、熨斗は死を悟った。
手首から夥しい血を流し、恐怖に震えながら、命乞いをした。

「ま、待っれくれ、こ、殺さねいでくで!」
酔っているため、呂律が回っていない。

丹次郎は油断なく鋒を向けたまま、熨斗の落とした太刀を見、それをもう一方の手で拾い上げた。


奇妙なことに、峰にも刃が付けられている。
手にずっしりと重いが、それはあまりに分厚い重ねのせいであろう。


おそらく、刀に対する一般的な美的感覚から言うと、それは「醜い」と形容するに等しい代物である。
しかし、なぜだかそれは丹次郎を惹きつける刀身であった。

――どうしたことだ、これは……。無骨な造りであるのに、刃に浮かぶ沸(にえ)が非常に繊細で美しい……


丹次郎は自らの刀を納めると、拾った太刀を握り直し、

「貴様は、良い物を持っていたようだな」

と言って口端を歪め、卑しい笑みを浮かべた。


.

98 ◆BY8IRunOLE 2010/12/14(火) 23:18:14ID:4+2i040B
↑ここまでで御座いやす

99創る名無しに見る名無し2010/12/21(火) 20:19:47ID:onuEy6n9
続編来てた!
この文体読みやすくていいわ

100『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/23(木) 22:53:40ID:FGwq7AWp
【第五幕】

この界隈を荒らしまわっていた物盗りが死体で発見された、という報せはすぐに町人に知れ渡るところとなり、
皆、胸を撫で下ろした。
いつか襲われるかもしれないという漠然とした不安が取り除かれたので、町には活気が戻ってきた。

「良かったねぇ、ホントに」
「やっつけたのは、例のお武家さまらしいよ。剣の腕が一流なんだって」
「ずっとこの町に居てくれないものかねぇ」

人々は口々に、咎人を倒した侍を賞賛した。



件の侍は藤屋に逗留していて、嘉兵衛はそこへ、同僚とともにお礼を言いに行った。
その帰りのことである。

「いやしかし、これで一件落着だね。嘉兵衛さん」
同僚が、やれやれという様子で話しかける。

「なかなか気持ちの良い若者だね。まだ独り身のようだし、お妙ちゃんと、お似合いじゃないかい」
「……」
嘉兵衛は黙っている。

「どしたい、嘉兵衛さん。ははぁ、寂しいんだね。あんたにとっちゃ、お妙ちゃんは娘みたいなもんだから」
笑いながら、冷やかした。

「なに言ってんでぇ。まあ、若い二人だからな。儂はただ、見守るだけよ」

たしかに、歳を考えると二人はぴったりに思えた。
年若い侍は、端正な顔立ちで溌剌とした印象だった。

剣の腕が立つ若者が、悪党を倒した。
ただそれだけであるはずなのに、嘉兵衛はどうにも気持ちの悪いものを胸のあたりに抱えている。

――……。

嘉兵衛は、腑に落ちない気持ちで通りを歩いていた。

辻のところで同僚と別れ、うちに帰るつもりだったが――、思うところがあり、足を別の方向に向けた。


% % %

101『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 22:58:30ID:FGwq7AWp

「いらっしゃい!」
暖簾をかき分けると、元気な声が聞こえた。

鮮やかな黄色の髪の少女が、お盆を持ってちょこんと立っている。

「おう、奉公の童(わらべ)か。お妙は忙しいか」
「出かけてる」

嘉兵衛は、ちょっと引っかかった。
もうあと一刻ほどで日が暮れる。普段ならこの時分には、仕込みを始めているはずだった。

「そうかい、……しかしこんな時に出歩いてちゃ、危ねぇな」
「危なくないよ。物盗りは居なくなったんだから」

少女は赤い瞳で、真っ直ぐに嘉兵衛を見つめた。

「ん……まぁたしかに、そうかも知れねぇが……」
嘉兵衛は考えながら、呟いた。

「まだ、悪い奴がいるの?」
彩華の言葉が耳に入ったかどうか分からない。
嘉兵衛は、独り言を言うように話しだした。

「たしかに物盗りは斬り殺されてたが……
 物盗りの死体についていた太刀筋は的確だった。あの侍、やはり剣の腕は相当に立つ。

 実際、番所で立合いを見たから間違いない。……ただ、その斬り口がな。
 まるで鋸を引いたみてぇにぎざぎざなんだ。これは、物盗りが殺しをしてた時の斬り口と同じだ。
斬れねぇ刃物を力任せに振り回した感じのな。

 ……剣の腕が立つ奴が、斬れない刀を持つか? しかも、現場に折られた刀が残ってたんだが、
これはちゃんと手入れもされている立派な代物だった。これは一体、どういうことなんだ……」

彩華は、黙って聞いている。

嘉兵衛は、ふと我に返ると
「おっと、こんなこと話してもしょうがねぇ。また来るよ、これ、良かったら食ってくれ。蜜いるか?」

来る途中の茶屋で買い求めた餅の包みを差し出した。
黄粉がまぶされたもので、黒蜜が添えてある。

彩華は嬉しそうに
「無いほうが好き」
と言い、そのまま頬張った。

嘉兵衛は目を細めて彩華を見ていた。


% % %

102『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 23:01:35ID:FGwq7AWp

寝床で、嘉兵衛は考えていた。


件の物取り、熨斗の屍を検めたのは嘉兵衛ではなく、同僚の同心である。

同僚の話では、熨斗の致命傷は、喉元へ深々と入った突きであった、ということだ。
しかし、それ以外に手首や肩口、脇腹などに浅く傷が入っていた、という。

どれも――「獣が喰いちぎったような」という表現を使った――、ぎざぎざと荒い刃傷だったそうだ。


このことから、熨斗は死闘の末に突きで止めを刺されたのだろうと推察された。

けれど、それは違うのではないか……という、漠然とした考えが、嘉兵衛の頭に浮かんだ。

熨斗を殺った男は、おそらく最初に小手を打つなり太刀を奪うなりして、相手を無力化させたのではないか。

そして突きを入れ、完全にこと切れるまでの間、――まるで刀の切れ味を慥かめるかのように――相手を斬り続けた。

生きている間に斬られたのなら、まだ抵抗したり身を庇う素振りがあっても良さそうだ。
けれど、手首と喉笛の傷以外は、無防備な所へ浅くつけられている。

弄ばれるが如く、だ。


それは、嘉兵衛の想像に過ぎなかった。

しかし長年の経験から、その想像はさほど事実から遠くない線ではないかと思えたのである。


尿意を覚え、床を抜け出し勝手口から厠へ向かう。
用を足して戻る途中、何やら不穏な物音を聴いた。


嘉兵衛は羽織と十手を取り、通りへ出た。

103『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 23:04:55ID:FGwq7AWp

耳を澄ましながら、音のする方へ二十間ほど歩く。


辻のところで、気配を感じた。

咄嗟に横へ飛ぶ。

空を切る音。

人影が、太刀を再び振り下ろす。

転げ回って離れる。


侍か浪人のような姿。
闇に隠れて、相手の顔が分からない。

けれどそれが誰であるか、嘉兵衛は分かっていた。


侍は太刀を片手に、ゆっくりと距離を詰めた。
嘉兵衛は立ち上がり、十手を構えて対峙する。

――無謀だ、こんなことは。しかし、儂はここで逃げることは出来ない。

覚悟を決めなければ、と思っていた。
嘉兵衛はこの町の同心であり、目の前にいるのは町人を脅かす存在なのである。

――あの太刀こそ、物盗りを殺した凶器にほかならない。

侍は、何やらぶつぶつ呟いている。

嘉兵衛との距離が詰められる。

「あと二人は、斬らなきゃならん」
侍の声を聞いた。

太刀が振り上げられる。
それを十手で受ける。

重い金属音。
手にかかる圧力。

十手の鈎の部分に太刀を挟み込む。

が、それは一瞬である。
鈎は折れ、嘉兵衛の腕に太刀が食い込んだ。

激痛に顔を歪める。
鋸で引くような音がして、骨が肉もろとも斬られた。

104『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 23:08:10ID:FGwq7AWp
嘉兵衛は十手を左手に持ち替え、逆手に持ち、房を解いて拳に巻きつけた。

咄嗟にしたことで、その行動の意味するものは嘉兵衛自身にも分かっていない。


嘉兵衛は右腕の激痛に歯を食いしばり、相手を睨む。

「斬って、度胸を付けにゃならん。この太刀も、人の血脂で研がれようというものだ……」
声は笑っているようだった。


嘉兵衛は盗人の犯行現場を検めたときのことを思い出していた。
切れ味の悪い刃物を力任せに振り回した、という印象。

熨斗は剣術の心得のない盗人であったから、それは当然なのかも知れない。
しかし日本刀とは、正しく扱わないと斬ることすらままならないものである。

熨斗は、あらゆるものを切断していた。
いま、その太刀を持っているのは剣術の腕に覚えがある人間だ。

――あまりにも分が悪い。

嘉兵衛が考えることは一つだった。

――この剣を破る術を見出して、残さなければ。

侍が、太刀を最上段に構えた。

嘉兵衛は十手を握る手に力を込め、飛び込んだ。

迫る太刀を躱すが、逃れきれない。

膝を斬られ、肉が抉られる。
動きが止まったところへ、二撃めが飛ぶ。

それを十手で辛うじて防ぐ。

嘉兵衛は解いた房をもって刀身を握りこんだ。

侍は太刀を引く。
わずかに引っかかる。

「っくっ、離せ!」
侍が嘉兵衛を蹴飛ばす。

太刀を振り払う。
左手の指が数本斬られた。

嘉兵衛は痛みに悶えながら、蹲った。


「死ね」

侍は、太刀を嘉兵衛の頭へ振り下ろした。

105『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 23:12:50ID:FGwq7AWp

% % %


床の拭き掃除を終えた彩華は、奥の部屋の柱に凭れてしばし微睡んでいた。
彩華は早起きだが、代わりに昼寝を欠かさない。仕事の合間を見て、少しずつ寝る。

けれど、さっきからドタドタと歩きまわる足音が絶えない。
同時に、何やら不穏な気配を感じてもいる。

妙が慌しく近くを通ったので、尋ねた。
「どうかした?」

妙は少し逡巡して、
「同心の嘉兵衛さんがね、辻斬りに殺されたって……」
青ざめた顔で言った。


% % %


彩華は妙が通夜の準備に行ったため、それに従いて行った。

嘉兵衛の自宅には数人の同心や岡っ引き、それに近所の商店の女たちが集まっていた。

「清次のやつは?」
あっちだ、と同心のひとりが家の裏手へ親指を向けた。
「嘉兵衛の旦那のいちの子分だ、弔いだからって、自分がやるって言ってさ」

同心たちが話している。

それを聞きながら、彩華は妙の側に付き添っていた。

「彩華、こっちは大丈夫だから……宿に戻っておいで」
妙はそう言ったが、その声は弱々しく掠れていた。

「外に居るよ」
そう言って嘉兵衛の家を出、裏へ回った。


106『閂(かんぬき)』2010/12/23(木) 23:15:23ID:FGwq7AWp

「ううっ、旦那ぁ……」
若い男が、みっともなくぐずぐず泣いている。

清次は嘉兵衛の遺体を井戸の水で洗いながら、涙していた。

「手伝うよ」

彩華は清次の側へ来て、井戸水の桶をとった。
清次は泣き面を向けて彩華を一瞥したあと、のろのろと手を動かした。


嘉兵衛の遺体は右腕、左膝、左の手指にそれぞれ斬られた跡がある。
こめかみの辺りに深く刃が入っていて、これが致命傷になったと思われた。

「……?」
指の欠けた左手が、数本の糸か紐のようなものを握っている。

「これ、何?」
「……んあ? あ、ああ……旦那の十手の……房だよ。
くそっ、房までこんなズタズタに……誰がやったんだよ、畜生!」

清次がまたおいおい泣き出す。


彩華はその、引きちぎれたような房を見て考え込んでいた。


107 ◆BY8IRunOLE 2010/12/23(木) 23:18:45ID:FGwq7AWp
↑ここまでです
間あいてしまった、すみません
多分あと1回で終わりです

108創る名無しに見る名無し2010/12/23(木) 23:35:26ID:yfavLKNt
投下乙!!

109創る名無しに見る名無し2010/12/24(金) 01:22:04ID:nVytUMJC
嘉兵衛さん死んでしまったか

110『閂(かんぬき)』 ◆BY8IRunOLE 2010/12/28(火) 23:54:29ID:qlrXFup7
【終幕】

彩華は、奉行所の裏手にある門のところに立っていた。

扉は、普段開かれたままの状態になっている。
今は使われていない、通用門である。
元は城を囲む城壁に造られたものだ。
城は幕府の命令によって取り潰され、残った一部の建物は、奉行所として使われている。

「何をしとる」
通りから老人が姿を現し、声をかけた。

彩華は黙っている。

老人はよっこらしょ、と言いながら側に来て、門を眺め渡した。
使われていない扉の木は黒ずんで、下の方は泥に塗れている。

「ああ、今年の桜は早めに散ってしまいそうじゃな」

門の脇に桜の木が植えられている。
老人はゆっくりと幹を眺め、扉に目を移した。
そこでふと、言葉を止める。

「なんじゃ、閂が外されとるな」

「閂?」
彩華は、その言葉に反応した。

老人は扉の裏面に回りこみ、戸の真ん中あたりを指さす。
大きな錠前が錆び付いていた。

「さきの大戦(おおいくさ)の時、この門だけは敵に破られんかった。扉をしっかり閉じていた閂は、
撞木で何度も突かれていくらか曲がってしまったんじゃ……けれど、決して折れんかった」

老人は、昔話をするようにゆっくりと話す。

「錆びて曲がった閂が、その戦の壮絶さを物語っていたんじゃよ」

「……」
彩華は黙ってそれを聞きながら、扉の裏の錠前を眺めている。

「……しかし、閂だけ片付けるなんぞ無粋じゃのぉ」
老人は門を眺め、ふうと息をついた。

ところで、と言いかけ老人は傍らを見る。

さっきまでそこに居た少女の姿は、もう無かった。


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111『閂(かんぬき)』2010/12/28(火) 23:56:50ID:qlrXFup7

妙は丹次郎に付き添われて、奉行所をあとにした。
嘉兵衛の女房は既に他界していて、子供はなかったため、身寄りといえば日頃付き合いのある
近所の人間ということになる。
妙もその一人だったので、奉行所へいろいろと届出を代行していた。


日は既に落ち、宵の口である。
通りにはうっすらと春霞が漂っているようだった。

「妙さん……旅籠の方は、しばらく休まれては」
丹次郎が気遣わしげに言った。

「ええ、でも……」
妙は弱々しく笑うと、蚊の鳴くような声で言った。


その二人に、声をかける者があった。

112『閂(かんぬき)』2010/12/28(火) 23:59:01ID:qlrXFup7

「お妙。その男から離れるんだ」

霞の向こうに、黄色の髪の少女が立っている。

「彩華!? あんた、なんでこんなところに」
妙は目を丸くして少女を見た。

「そいつは、同心の旦那を殺した張本人だ。次はお妙、あんたを殺そうとしてる」

彩華は真っ直ぐに丹次郎を睨みつけ、二間の距離まで近づいて、足を止めた。

「な、なにを言って……」
妙は、何が何だか分からない、というように戸惑っている。

「娘。何の言いがかりか知らぬが……名誉を傷つけるような物言いは、止めたほうがいい」
丹次郎は無表情で、彩華を見つめている。

「お妙!」
彩華の声に、びくっと身動ぎする。
が、どうすればよいか分からず、その場にただ立っていた。
丹次郎は、そっと――妙はそれに気づいていない――妙の手首を握った。


意を決したように、彩華は右手を肩口にやり、素早く二人に飛びかかった。

「!」
背中から、刀と言うには短い、脇差を抜いた。

妙は、咄嗟に身を屈めようとし、

――動けない。両手首を後ろに固められている――、

斬りつけてくる。その刃筋を真正面から受ける形になる。

――丹次郎が、自分を盾にしている。

そのことが驚きだったし、また悲しくもあった。

妙は目を瞑る。


鈍い衝撃が、項に走った。


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113『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:01:55ID:qlrXFup7

「峰打ちとは、見かけによらず器用な奴よ」
丹次郎は気を失った妙を突き飛ばし、太刀を抜いた。

ぶん、と太刀が大きく振られる。
身を躱したが、髪がわずかに斬られ、金色の針が散ったような光景を見せた。

彩華は倒れた妙を庇うように立ち、抜身を脇構えにつけながら叫んだ。

「その太刀を捨てるんだ、それは魔が棲む『妖刀』だぞ!」

丹次郎は無骨な太刀を右上段に構え、

「餓鬼が、何を言うか! この太刀こそ、何人も破ることの出来ぬ本物の名刀!」
怒鳴りながら彩華を睨みつける。

――狂ってる。あの太刀に、魅入られてる……力尽くで奪うしかないか?

丹次郎が斬りかかる。
それを脇差で受け、すぐに弾いて背面へ跳ぶ。

――まともに斬り結んだらいけない。競り合いになれば、こっちがへし折られる。

それは、熨斗が行った一連の殺しの様子から容易に想像がつく。

――けれど、妙から離れてもいけない。
離れれば、丹次郎は妙を斬るだろう。
ゆえに、身を翻して躱しながら攻撃の機を作ることは出来ない。


「血が、血脂が、足りぬのだ……」

丹次郎は鬼のような形相で、彩華を睨んでいる。

彩華は身を低くし、後ろ手でそっと妙の様子を確かめた。

114『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:05:54ID:F2Q6l1tO

「丹次郎。あんたの心は、そいつに喰われちゃったんだね」


「この太刀は、人を斬ることで切れ味を増す代物よ」

そう呻く丹次郎の貌には、はじめに見たような溌剌とした面影は無かった。

そこに居るのは、ひとりの“鬼”である。


「貴様もそこの女も、こいつの露となるが常道!」

丹次郎が迫り来て太刀を振るう。

間合いは、彩華の脇差がどう見ても不利である。

「そんなこと、させるもんか!」
彩華は左手を懐に入れ、薄衣を取り出し半身に纏った。


脇差を逆手に持ち替え、飛びかかる。

そこは丹次郎の間合いである。

「貰ったわ!」

太刀が彩華の横腹を捉える、まさにその時。

彩華は薄衣を解いた。

115『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:08:29ID:F2Q6l1tO

布は太刀に纏わり付き、その動きを制した。

彩華は脇腹に激しい衝撃を受けたが、斬られるには至らない。

激痛に耐えながら、右肘とともに脇差を振り抜く。

鋒が丹次郎の左眼を裂く。

彩華の顔に血飛沫が飛ぶ。

「ちぃっ!」
片目を潰されたまま、丹次郎は太刀を振り回して布を解こうとする。

それをかいくぐり、彩華はさらに脇差を振るう。

斜め下段から腋へ入り、振り抜ける。


右の二の腕から血が噴出した。

それは太刀を握ったまま足元に落ちた。

斬り落とされてもなお、それは太刀をしっかりと握っていて、離れそうになかった。



腕を斬り飛ばされた――

その事実を認識するのに、刹那あった。


彩華はさらに間合いを詰める。
丹次郎の喉元へ脇差をつけ――


そこで手を止める。

丹次郎は失血から目が眩み、その場に倒れた。


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116『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:13:12ID:F2Q6l1tO

肋が折られた痛みに耐えながら、彩華は丹次郎の腰から白木の鞘を抜き取る。

手が付いたままの太刀を持ち、鞘に収める。

丹次郎は腕を押さえて呻いている。


彩華は気絶している妙を担いだ。

「……」
彩華は思いつめた表情で丹次郎を眺めたのち、その場を離れた。


やがて人が集まってきて、丹次郎を医者に担いで行った。


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117『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:16:13ID:F2Q6l1tO

「お妙ちゃん! お妙ちゃんってば!」

乾物屋のおばさんが、肩を揺すっている。
気がつくと、妙は藤屋の入り口に倒れていた。

「……うん……?」
項が痛んで、怖ろしい記憶が蘇る。

「こんなトコで寝るなんて、あんたよほど疲れてるんだね。幸い泊まり客はみんな今朝方奉行所に行ったから、
少し休むといい」
「奉行所?」
「あの、里部丹次郎ってお武家さま。奉行所の近くで、斬られていたんだよ。
また物騒な盗人とやり合ったのかねぇ。それで、今朝から岡っ引き連中が大わらわさ」


――里部さまが……

妙は頭の中で、混乱している記憶を取り戻そうとした。

背中から刀を抜き、飛び掛ってくる彩華。
自分の手首を掴む、ぞっとするような感覚。
その手の主は……

「里部さまは……?」
「命だけは助かったらしいけどねぇ、なんせ腕をもがれちゃねぇ」

妙は呆けて、辺りを見るとも無く眺めた。
紗で織られた薄衣が落ちている。
それは、ズタズタに綻んでいた。


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118『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:18:24ID:F2Q6l1tO

その太刀は、刃がひどくこぼれていてギザギザであった。

細い糸や、それで織られた紗などを斬ろうとすると、それが引っかかって纏わり付くため、斬れない。
斬れなければ、只の模造刀である。

それは嘉兵衛が死に際に残した遺言であった。
遺体を検めた時に見た十手の房は、彩華にそれを伝えたのだ。



「清次」
長羽織を着こみ、菅笠を被った小柄な人影が、若い岡っ引きに声を掛けた。

「んぁ? ……なんだ、藤屋の奉公娘じゃねぇか」
「一番近い海岸はどこ? 潮の流れがうんと早いところがいい」
「うん? そうだな……」

清次は説明しようとして、

「あぁ、めんどくせェ! 連れてってやるよ」

そういって辺りを見回すと、足早に歩き出した。
彩華もそれに続いた。


119『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:21:23ID:F2Q6l1tO

「この辺りだな」

切り立った崖の下には、ごつごつした岩が並び、荒い波が飛沫を上げていた。

「身投げする奴らが多いって話だ。あ、もしやおめぇ……」
清次が驚いたように言うのを制して、

「そんなこと、するもんか」

羽織の下から一振りの太刀を取り出した。


反りがきつく、彩華が持つには長すぎる。何の装飾のない白木のままの鞘は、血塗れである。
下げ緒が鍔のところで幾重にも巻かれ、抜けないようになっていた。

「何だそりゃ……不気味な刀だな」
清次は、それを見るなり眉をひそめた。

彩華は無言でそれを海にめがけて力いっぱい、放り投げた。


「あれは、妖刀だ」

彩華は海を眺めながら言った。

「永い時間や激しい自然の力に耐えてきた物。そういう物には、『念』が凝りやすい」

「……」
清次は黙っている。

「その『念』を『精気』にするも『瘴気』にするも、人次第……」


「……なんか、オレにはよく分かんねぇけどよ、あんなの、捨てといたほうがいい」

120『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:24:24ID:F2Q6l1tO

彩華は笠を目深に被り直し、先に立って歩き出した。

「おい、町に戻るなら方向が逆だぜ」


彩華は立ち止まって、

「ここでお別れだよ。ありがとう。――お妙に、『世話になった、ごめん』と伝えておいてほしい」
と言った。

「ん。そりゃ、お安い御用だけどよ。おめぇ、行くあてあんのか」

「無いよ。……今のところは、ね」
そういって背を向けようとしたとき、

「おい!」
笹の葉の包みが投げられた。

とっさに受け取る。
「持って行きな。ちったぁ腹の足しになんだろ」
煎餅が数枚、包まれていた。


「無理すんなよ?」
清次は笑って言った。

彩華は、包みを懐に納めると、手を振って歩き出した。







121『閂(かんぬき)』2010/12/29(水) 00:26:15ID:F2Q6l1tO
【結】

漁船の網に、妙なものが引っかかった。
金属の棒のようなものであったという。
それはボロボロに錆び、やや反っていた。

ガラクタと判断され、処分されることになった。
しかし、どんな重機もそれを折ることは不可能だった。
結局それは、そのかたちのまま埋め立てられることとなったのだ。

その金属の棒は、長さ約95センチ。
棒というよりは細長い板で、弧を描くように反っている。


今も、どこかの埋立地の中にひっそりと眠っているという。



122 ◆BY8IRunOLE 2010/12/29(水) 00:34:04ID:F2Q6l1tO
↑以上でこのお話は終了で御座います

※今作品は、↓のスレのレス番274のあらすじをお借りして書きました
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/253.html
(くどいですが、完全オリジナル作品ではありません)


読んで下さった方、ありがとうございます!
そして、このあらすじを投下してくださった274氏に感謝!

123創る名無しに見る名無し2010/12/29(水) 00:39:55ID:YMEcDSKO
乙でした!
妖刀は土の中ですか
彩華の旅はまた続くのだろうか
ともあれおつかれさまでした!

124創る名無しに見る名無し2011/01/11(火) 11:53:48ID:iP+ocKQB
完結乙
戦闘シーンが前以上によくなってるな
スピード感ヤバい
ていうか、これ、あらすじスレの奴使ってたのか

125創る名無しに見る名無し2011/03/24(木) 13:42:50.01ID:jrpvTc34
新作期待

126創る名無しに見る名無し2011/04/09(土) 12:44:46.25ID:SJDzYyCy
保守

127創る名無しに見る名無し2011/04/18(月) 21:14:38.58ID:o59wuyit
わびさび!

128 ◆BY8IRunOLE 2011/05/04(水) 22:43:22.75ID:fxdjr8Jw
お久しぶりでございます
長い間スレを放置してしまってすみません

ビミョーな時代モノの第三弾、投下いたします

129『渡し船』 ◆BY8IRunOLE 2011/05/04(水) 22:46:30.94ID:fxdjr8Jw
【船】

「悪いなぁ。見ての通り、この天気だ。雨が上がってからだな、船を出せるのは」
波止場の小屋で、老人が言った。

小柄な旅人は、庇の下から灰色の空を眺めた。

西へ向かって旅を続けているが、ここへ来て行き詰ってしまった。
ここから北へ向かい、隣の藩へ入る心算だったのだが、そこには関所が設けられている。関所を通ることは難しそうだった。
別の旅程を考えた末、湾を跨ぐ海路に目星をつけた。

湾を行き来する船は主に商船であるので、紛れ込むことは出来そうだ。素性を詮索されることも無い。
しかし、折りしも嵐が近づいていて波が高く、船が出せない。


数日前から寝泊まりしている、無人の寺へ戻る。船が出るまでの間、ここへ寝泊まりしているという次第だ。
朝は雑巾がけをし、庭を掃き清める。昼過ぎには薪を割り、風呂を焚く。
漁師や農家の仕事を手伝ったりしながら、食べるものはそれなりに手に入った。

――もう、食い逃げをしなくて済むんだ――

そう思うと、気持ちが軽くなる。
寺を掃除するのは、その旅人にとって苦ではなく、むしろ宿賃のようなものだった。


* * *

130『渡し船』2011/05/04(水) 22:50:33.66ID:fxdjr8Jw

男は船縁に腰掛け、西の空を見やった。
深い群青色に、うっすらと明るみが差し始めている。

――夜が明けてしまう前に、下流の町まで行かなければ。

船頭に声をかける。
「もう、これ以上待っても無駄だ」

船頭は、戸惑ったような素振りを見せたが、構わず船を出させた。
舫(もやい)が外れ、川面を滑り出す。

朝日の登る方向とは逆側、まだ夜の闇が空を覆っているはずの街並みの一角が、橙に染まって薄く明るんでいる。
何本もの煙が立っているのも見えた。

――あれが、俺たちの「仕事」の後だ。

刻み煙草をふかしながら、暗澹たる気持ちでそれを眺める。


後味の悪い仕事だった。

依頼人に、厭味の一つでもぶつけてやりたい気分だった。

無傷じゃ済まなかった。
はじめの見通しでは、犠牲は出ても一人か二人ということだった。

しかし、おそらく六人近くが殺られた。

あれ以上待っていると、夜が明けてしまう。明るくなれば、たちまち不利な状況になる。
早く岸を離れる必要があった。

残された者が居たとしても、始末されるのは時間の問題だろう。
申し合わせた時刻に間に合わないことは、殺られたか、あるいはこれから殺られるか、ということだ。


131『渡し船』2011/05/04(水) 22:52:33.41ID:fxdjr8Jw

男は、予想通りだった、と思った。
噂に違わぬ、侮れない集団である。向こうは竹刀にもかかわらず、鎖骨は折られ、額が割られた。
まともにやりあったら勝ち目は無い。

「……くそったれが」


運河の中洲に設けられた、とある道場を闇討ちする。
将来、有能な剣士――つまり厄介な相手――になりそうな連中を潰しておくためだ。

卑怯な策である。
それでも、雇われの身では何も言えない。
浪人に身を窶した今とあっては、いかなる仕事もしなければならなかった。


薄闇のなか、船はゆっくりと運河を下ってゆく。
彼は生き残った僅かな仕事仲間と共に、じっと座っている。
誰も、一言も口をきかない。
仕事は上手くいったと言えるものだったが、暗く重苦しい雰囲気が船の上を支配していた。


132『渡し船』2011/05/04(水) 22:55:49.79ID:fxdjr8Jw
【時雨】

醤油の焦げる香ばしい匂いが漂っている。
網の上には大きな蛤。七輪の上で焼かれ、ぷっくりした身を捩れさせている。

「……なんだ、ガキはあっちへ行きな」
香具師(やし)はシッシッ、と手を振って追い返そうとするが、その童はじっと焼き蛤を見つめて動かない。

絣の着物は所々擦り切れて穴が開いており、継ぎも成されていない。
おおかた貧乏な農民の子供だろうと、香具師は見当をつけた。


童の髪は、結ばれもせずおかっぱに流してある。
その髪の色は、目にも鮮やかな黄色。陽の当たり加減では金色にすら見えるだろう。
年の頃は、十になるかならないか、其の位である。背は低く、華奢な身体だ。

香具師は、商売の邪魔でしか無いその子供をどうやって追い払うか、頻りに思案していた。


ふと、香具師の鼻の頭に水滴が落ちた。

西の空から湧いた雨雲が、たちまち大粒の雨を降らせ始めた。
それと同時に、天空に稲光が走ったかと思うと、空を割るが如き大きな雷鳴があたりに轟いた。

「ひいいっ」

香具師は咄嗟に、腹に手を当ててしゃがみこむ。
その隙を狙って、童は程良く焼けた蛤を二つ手に掴み、そのままその場を駆け足で去った。


降り始めた豪雨に、道はすぐに泥の河と化し、草鞋が何度も水に呑まれかけた。
這々の体で、とりあえず今夜の宿と決めた破れ寺に辿り着くと、先ほど盗んだ蛤を美味しそうに頬張った。
ずいぶん冷めてしまったが、まだ醤油の香りが高く立っている。

盗んできた二つのうち一つの蛤を食べ終わると、もう一つの蛤を口に入れる。
ジャリッ、という音と口内の違和感がした。

「……砂抜きしてない。インチキだ、あの屋台」

噛んだ砂に顔をしかめつつ、少女はお堂の奥へ引っ込んだ。


* * *

133『渡し船』2011/05/04(水) 23:00:44.78ID:fxdjr8Jw

町を歩くのは、食べ物にありつける場所を探すためである。
思わず視線が、町外れに出ている屋台に向かう。

川べりに屋台を出しているのは天麩羅屋だ。胡麻油の香ばしい香りが、少女の空腹をより一層掻き立てる。

――どうやって掠め取ろうか。揚げたてがいいけれど、贅沢はいってられない……

天麩羅屋の屋台は、寿司や蕎麦と同じく暖簾をくぐって座る造りになっていた。
こちらは年端のいかぬ少女だ。まず注文する前に怪しまれる。さきの焼き蛤や、鰻の蒲焼とは違うのだ。
それでも、一か八かで座ってみることにした。

暖簾をくぐる。

「いらっしゃい!」

威勢の良い声が掛けられる。

――どうしよう。ひとまず逃げを打つ手を考えながら食べよう。


天麩羅を何串か食べたところで、

「二十文になりやす」
天麩羅屋は勘定を切り出した。

いっぽう少女は、何の策も見出せないでいる。

――仕方ない。

カネを払うふりをして香具師の掌に少女が載せたのは

「ぅわちぃぃっ!?」

猛然と回転するベーゴマであった。
その隙を見て、少女は屋台を飛び出した。

――またやってしまった……
諦めにも似た感情を胸の内に抱かせつつ、少女は走りだした。


その時だ。
手首を掴まれた。

すかさず身を翻すが、相手のほうが上手だった。
関節を外そうとするが、その関節部を狙ったかのようにがっしりと極められている。

――しまった……!

押さえこまれ、動きが封じられる。

痩せて骨張った男が、信じられないほどの力で少女を縛めていた。
素浪人だろうか、頭に月代はなく、ザンバラにして無造作に結んである。
藍の褪せた着流しの腰に、刀の柄が見えた。

男は少女を睨めつけ、
「手癖の悪ぃガキだぜ」
と言った。

134 ◆BY8IRunOLE 2011/05/04(水) 23:04:23.67ID:fxdjr8Jw
↑とりあえず、ここまでで。続きは後日に



保守ageしててくださった方、ありがとうございました!
(◆BY8IRunOLEの為じゃないかもですが、都合よく解釈しますw)

135『渡し船』 ◆BY8IRunOLE 2011/05/10(火) 23:15:04.29ID:M03bzvDx
【侍】

「頼むよ旦那、月末になりゃ給金が入るんだ、そうしたら」
土下座して懇願する老人。その鼻面を、浪人風の男が蹴り飛ばした。

「爺さんよぉ。カネが無ぇなら、博打なんてやらねぇこった……」

男は容赦なく老人を殴り、蹴った。
気を失って口角から泡を垂れ流すそれを、川べりに捨てた。


小屋へ戻ると、でっぷりと太った胴元が、目だけ上げて男を見た。
「首尾はどうだった」

男は、首を横に振る。

「そうか。なら、しゃあねぇな」
胴元はにやにや笑いながら――もともとそういう顔つきではあったが――、二朱銀を二枚、男へ放った。


賭場での負け分を誤魔化した奴がいる。そいつを三日前から探し回り、やっと見つけたものの
文無しであったために、せいぜい傷めつける(くたばっても構わないという注釈付きだった)。

その“仕事”は、たかだか四朱の働きであったということだ。はじめの約束は五十匁だったというのに。


奉公していた頃は棒給で禄を貰っていたのであまり気にしたことはなかったが、当然ながら、浪人の身である今は贅沢は言えない。


――俺は一体、何をしているんだ?
 侍とは、正々堂々と仕合い、死ぬことも厭わない存在であったはず。

 それが、今の自分はどうだ。
 我が身かわいさがあったことは否めない。そしていまや、下衆な仕事に手を染めてまで生き延びている。


男は、受け取ったカネを手に長屋へ戻り、延べたままの床に横になった。

「くそったれが」
布団の下でもう一度、呟く。

夜が明け、街に人の声が満ちてくる。
彼は布団を被って、それらの音を聞かないように、無理やり寝入った。


* * *


136『渡し船』2011/05/10(火) 23:19:28.45ID:M03bzvDx

「御館様……」

新座主税(にいざ ちから)は草むらに跪き、遠くを見やる。
降り続く時雨が視界を覆い、白く煙っているその先では、分の悪い戦が続いていた。

鎧の間から刺さった矢が、彼の体力を容赦なく奪う。
そこかしこに、敵味方問わず骸が転がっている。
むせかえるような血の匂いに、もう鼻も麻痺してしまった。

背中に掛けた矢筒はとうに空になっている。
敵の騎馬がこちらへ向かってくるのが見えた。
新座は、覚悟を決めた。

「願わくば……一矢報いて死にたいもんだな」

彼は弓を棄て、足元の石を掴むと、すっくと立ち上がった。
全身が痛み、血液が流れ出していく。
彼は怒号とともに、騎馬に向かって走りだし――

眩暈に襲われ、気を失った。


* * *

137『渡し船』2011/05/10(火) 23:25:12.27ID:M03bzvDx

新座が正気を取り戻したとき、状況は一変していた。

主君は生け捕られ、人質とされてしまった。
敵方の計らいにより、戦でわずかに生き残った若い下級武士は一斉に領地を没収され、職を失って国外追放されたのである。


新座は城勤めの若党であった。さきの戦によって深手を負っていたが命をとりとめ、良い医者に恵まれて、回復したのだった。

同じような立場の同輩が数人居た。目先の利く者は、新たに他所の大名などに召しかかえられていったが、彼はそうしなかった。
近隣の藩の人間は悉くいけ好かない連中だったし、仕える主君をすぐさま変えることに躊躇いもあった。

かと言って、今さら敵方に仇討ちを起こすほどの力もない。
そうこうしているうちに彼はどこへも勤め先が無くなり、素浪人となってしまったのだ。


新座が命を拾ったのは、もしかすると幸いではなかったかも知れない。
三十も半ばになる。妻と、息子が一人居る。

正しくは、「元・妻と息子」である。妻は、息子を連れ自分の故郷へ戻っていた。
はじめのほうこそ、新座は日雇い人足のような仕事をしながら、どうにか妻子を養える仕官先を探していた。

しかし半年の後、女房から三行半(みくだりはん)を送りつけられ、彼は張っていたものが切れたような感じを覚えた。


* * *

138『渡し船』2011/05/10(火) 23:29:43.14ID:M03bzvDx

女房から最後の手紙が送られてきて、ふた月ほど経った後のことである。
人足もやる気にならず、その日暮らしを続けていたが、食うに困って、いよいよ刀を売るべく質屋へ入った。

店主は大小二本の刀を一瞥すると、すぐに興味を失ったようで、今度は新座をまじまじと眺めた。
「兄さん、独り者かい」
新座は、訊かれた意味がよく分からない、というふうに怪訝な顔をした。

「人手が足りねぇらしいんだ。入りは良いよ。良い稼ぎ口だ」
店主は言いながら、奥へ入っていった。
しばし待っていると、店主が顔だけだして、こっちへ来い、と促した。


質屋の奥は薄暗かった。
襖を開けると、小太りの男が爪を切っていた。

「旦那。駒になりそうな若い衆が来たぜ」
店主はそう言い、新座を部屋へ押し込んだ。
男はにんまりと笑い、まあまあ座れと促した。


「『地獄の沙汰もカネ次第』って、知ってるかい」
小太りの男は、新座の顔を覗き込むように言った。
「……ああ」
新座は慎重に答え、目を逸らす。

――嫌な気分だ。

素浪人という身分が、彼に後ろめたい思いをさせている。

「あんた、お侍だったろ。腕に覚えがあるんなら、生かさねぇと勿体無ぇよ」
男は言いながら、別のことを考えているように執拗に、新座の表情を窺った。

「どんな仕事だ」
その返答に満足そうに頷き、言った。


「用心棒だ」


* * *


139『渡し船』2011/05/10(火) 23:32:28.71ID:M03bzvDx

夜になり、布団から抜けだすと船場に向かった。
橋の下に小屋がある。夜になると賭場として使われるものだ。

小屋には既に胴元と博徒どもがいた。
「遅ぇじゃねぇか」
「すまん」

胴元は、新座の後ろを覗いて言った。
「……なんだ、そのガキは」
「河岸の天麩羅屋台、捨三がやってる所だ、そこで食い逃げしようとしたのを捕まえた」

新座はやや躊躇ってから、少女を引っ張り、突き出した。
「……どう始末つけるか、あんたに聞いておこうと思ってな」

金髪の少女の両手と両足は、それぞれ縄で縛られている。
少女は胴元をきっ、と睨みつけた。

「ションベンくせえガキだな。こんなんじゃ、売れやしねぇ。まあいいや、夜鷹のとこにでも持っていけ」
胴元はふん、と鼻を鳴らして手で払う仕草をした。


140『渡し船』2011/05/10(火) 23:36:59.42ID:M03bzvDx

小屋から少し歩くと、桟橋に船が数隻舫ってある。そのうちのひとつの、簾越しに声をかけた。
「おい、居るか」

しばし後、無言のまま簾が少し開けられたので、新座は少女の腕を引いて屋形の中に潜り込んだ。

「なんだえ、客かと思って損したじゃないかえ」
草臥れた四十絡みの女は、いかにも不機嫌そうに言った。

「このガキなんだが……胴元は、あんたに預けろと言ったんでな」

夜鷹は、少女の髪色を一瞥すると言った。
「こりゃ、毛唐の子供かね? 気味が悪いね。これでも被らせるかえ」

夜鷹は暗い部屋の隅から手拭いを取り出し、新座に渡した。
「……?」
「なにボケッとしてんだよ。おらぁそれに触りたくないんだ」

新座は少女の頭を覆うような形にそれを巻いた。


「『そういう向き』がきたら客を取らせるけど、こんなションベン臭いの買う客、おらぁ御免だね」
そう言うと、夜鷹は新座と少女を追い出しにかかった。
「待てよ、こいつは?」
「あんたのとこで面倒見な、そのガキは。掏摸でも仕込んでみちゃどうだい」

新座の住まいは、同じような素浪人たちが集まっている小さな長屋である。
ただでさえ狭い部屋に、こいつを連れて帰るのかと思うと気が重くなった。

「なんだったら、今夜はあんたが筆下ろししてやったらどうだ」
簾を上げて出るときに、夜鷹が声をかけた。

「こなれて具合が良くなるかもしれないよ」
そう言って卑しく嗤う。

その声に、ますます嫌な気持ちになった。


* * *

141『渡し船』2011/05/10(火) 23:44:39.32ID:M03bzvDx

新座の仕事は、賭場の用心棒である。賭場は夜に開かれるので、生活も昼夜逆転したものになる。
客が不届きな行いをしないよう、小屋の中で見張る。争いが起きようものなら、懲らしめる。
「始末する」ことになる場合もある。


賭場の客はさまざまだ。
博打で食っている博徒はもちろん、棒手振りや飴売りなど一般庶民、ときには医者風情が来ることもある。
中途半端に博打を覚えた人間は、引き際を知らずに注ぎ込んでしまいがちだ。

「勘弁してくれ、明日、残りを持ってくるから……」
怯える棒手振りの耳元へ寄り、胴元はドスを利かせた。
「文無しで打ちに来るたぁな……」

胴元が彼に顎でしゃくった。

――愚かな奴だ。

新座は心のなかで舌打ちし、その棒手振りを引き立たせると、恫喝した。
「てめぇ、舐めてんじゃねぇぞ! あ゛ぁ!?」

胆を殴った。
呻いて身体がくの字に曲がる。
鳩尾に膝を打ち込む。
息ができなくなって悶絶する。

そうして死なない程度に痛めつける。歯が折れようが聾になろうが、こちらの知ったことじゃない。
もういいだろう、という胴元の声が聞こえてくるまで、これを続ける。

――なんて下衆な商売だ。

反吐を吐きそうになりながら、棒手振りを嬲っていた。


下衆な仕事、などとは言っていられない。
扶持も無けりゃ、宿も無し。博徒連中に世話してもらわなければ、野垂れ死にするしかない。

そうして得たカネを、別れた女房の実家へ送る。
女房はちっぽけな百姓の家の娘である。

新座が僅かながら送金を続けているのは、彼なりの意地でもあったのだった。


142 ◆BY8IRunOLE 2011/05/10(火) 23:46:28.60ID:M03bzvDx
↑本日はここまでで

143『渡し船』 ◆BY8IRunOLE 2011/05/19(木) 18:55:54.60ID:p3NcCexg
【戦国】

その日は客の入りが悪く、暇を持て余していた。
胴元は、
「お前、オモテ立ってろ」
と新座に言った。

見張りである。
この賭場は、非合法な行いだ。もちろん、客はそれを承知でやってくる。しかし、お上の連中が
たまに嗅ぎつけてやってくることがある。
新座は、木刀を掴んで小屋の外へ出た。


持っていた大小二本の刀は、質に入れた。当座の生活のためだったが、この仕事と塒にしている長屋の、
斡旋料という名目で引き取られた。
代わりに木刀を腰に差している。


小屋の外で刻み煙草を吸い付けていると、少女が夜鷹の船から出てきた。
両足は自由になっているが、腰には縄が付けられ、船に繋がっている。

「何してるんだ」
新座は、なんとはなしに声を掛けた。

「お客が来たら呼べって言われた」
「暇なのか」
「うん」

――夜鷹は、よほどこの童が気味悪いらしいな。客が来るまで寝ているつもりだろうが、
 側にいては寝られやしない……といったところか。

ぼんやりとそんなことを思い、そこで嫌な考えが頭を過った。

――こいつは、もう“客”をとったんだろうか。


年端のいかない子供に娼婦の真似をさせるのは、何とも嫌な気分だった。
浮浪児なら遅かれ早かれそうなるのだろうが、それを目の前で見ていたくはない。


ほんの気まぐれだった。
新座は腰から木刀を抜くと、少女の前に差し出した。

「?」
「早く持て」

言われるまま、少女は木刀を握った。
手が覚束無い。

「そうじゃねぇよ、いいか……」
少女の手をとり、力の入れ具合や立つ足の形などを教え始めた。
そうして構えをとらせ、木刀を振らせた。


* * *

144『渡し船』2011/05/19(木) 18:59:36.08ID:p3NcCexg

剣の稽古の真似事を始めて、数日が過ぎた。

新座は適当な木の枝を持つと、少女に言った。
「打ち込んでこい」

少女は木刀を持ったまま、きょとんとしていたが、
「来ないならこっちから行くぞ」
言うが早いか、新座はさっと少女の前に踏み込んで、その額を木の枝で痛打した。

「いったぁーーー!! 何すんだこのバカ!」
少女は喚いた。

「だったら打ち込んでこい」
彼は再び枝を構え、少女を睨む。

「この!」

少女は闇雲に木刀を振り上げ、新座に跳びかかる。
が、彼はさらりとそれを躱し、挙句口笛まで吹いてみせた。

「遅い。明日から雑巾がけだ」

木刀がちっとも命中しないことに徒労感を募らせ、肩で息をしている少女は、訳が分からない、という顔をしていた。


* * *


明け方の空気はひんやりとしていて、早くも冬の訪れを予感させた。
雨戸を開け、絞った雑巾を手にお堂の廊下を拭き回る。

大きな寺である。廊下は何十間にも及び、雑巾がけだけでも大変な距離だ。
もたもたしていると、僧たちのお勤めが始まってしまう。
それまでにすべての廊下を拭き終えることは、困難だった。


「こいつに雑巾がけをやらせますんで、いくらか恵んでくれねえですか」
新座の頼みに住職は困った顔をしたが、最後には首肯した。

そして、少女には毎朝明け六つまでに、すべての廊下を拭き終えるよう命じた。


夜鷹は賭場と同じく夜だけ商売をする。夜明けとともに店じまいである。
少女は、夜が明けるとそのまま寺に向かって掃除をした。

夜鷹の仕事は何もしていなかったが――何しろ客が来ないためにお呼びがかからない――、その後にさらに労働をするのである。
日が昇る頃にはすっかり疲れ果て、川べりでそのまま昼寝してしまうことが多かった。


* * *

145『渡し船』2011/05/19(木) 19:07:46.09ID:p3NcCexg

寺での掃除を始めてひと月程経った頃。
相変わらず仕事の無い少女は、毎夜、小屋の裏で木刀を素振りしていた。

新座は、それをじっと見ていたが、木刀を振り下ろす瞬間を見計らい、その剣先へ手を伸ばした。

パシッという音とともに、木刀が握りこまれ、捻られる。
「!」

新座の握力の前に、少女はあまりに無力だった。いとも容易く、手から木刀が毟り取られた。
「軽いな」

新座の言葉に少女は悔しそうな顔をし、空(から)になった手を握る。
さらに続けて、
「明日から、薪割りもやれ」
と言った。


新座は少女を伴って湯屋を訪ね、薪割りをやるから手間賃を寄越せと迫った。
「一家に睨まれたいなら、断わってもいいんだが?」

主人は嫌々ながら承諾した。
新座は少女に、
「しっかり働けよ」
と言いつけた。


昼下がりになると、湯屋へ向かう。
陽が傾き始めてから落ちるまでの間に、できるだけ多く薪を割るのが日課となった。

湯屋は朝から繁盛していて、釜にくべる薪はその日の昼過ぎにはあらかた無くなってしまう。だから、翌日に備えて
前日にできるだけ割っておく必要がある。
少女は、その仕事を引き受けさせられたのだった。

斧は少女には重く、薪にする樫や楢の木は固い。
だるい腕を振るって、少女は薪を割った。


もちろん、寺の雑巾がけも並行して続けている。
長屋に帰ってくると、昼寝をする。夕方起き出し、薪割り。それを終えてから、新座とともに小屋に向かう。
それが少女の日常となっていた。


* * *


146『渡し船』2011/05/19(木) 19:13:47.02ID:p3NcCexg

ある日、新座はまだ夕時の早い時分に一人で小屋に行った。
中に入ると、この時分には珍しく胴元が居た。

「どうだ、首尾は」
そう言って、手を出す。

その仕草に、新座は懐を探って
「この程度しか稼げなかった」
言いながら、少女が雑巾がけやら薪割りやらで稼いだ小銭を胴元に渡した。

「しけてんなぁ。もっと身なりのいいのを狙えって」
胴元は、未だに少女に掏摸をさせていると思っている。

「まだ未熟なもんでね」
新座は適当に流した。


新座は、少女に掏摸を教えることは無かった。
代わりに、瑣末な便利屋をさせて小金を稼いでいたのである。


* * *


新座は早生の蜜柑をひとつ手に持つと、木刀を素振りする少女を見つめる。
そして、剣の振られる先へそれを放った。
パン、と小気味よい音がして、蜜柑は真っ二つに割れた。

少女は目を丸くしている。
「今の感触を忘れるなよ」

そう言い、木の枝を持って少女の前に立つ。

「打ち込んでこい」

少女は構えをとり、さっと踏み込んだ。
以前とは比べものにならないくらい、素早さを増している。
男はそれを躱し、木刀を打ち払う。
しかし、二の太刀、三の太刀が男の喉元を脅かす。

「どうした、それで精一杯か!」
その声に、少女はきっと睨み返す。

踏み込んで、打ち込む。
再三の飛び込みに、ついに男の鳩尾が捉えられた。

「うぐっ!」
「! 大丈夫!? ごめん!」

よろめいた男に、少女は、木刀を捨てて駆け寄った。

新座は、
「馬鹿野郎! 立合いの時に剣を手放すんじゃねぇ!」
と怒鳴った。
その声にビクっとし、少女は戸惑った表情を見せた。

新座は起き上がって、木刀を拾うと少女に渡し、
「腕を磨けよ。こんな世の中だ、自分を護るのは自分の腕だ」
言ってから、わずかに咳き込んだ。

147 ◆BY8IRunOLE 2011/05/19(木) 19:14:52.19ID:p3NcCexg
↑ここまでで

148創る名無しに見る名無し2011/05/19(木) 19:38:58.87ID:UK8fw/lJ
乙乙

149創る名無しに見る名無し2011/05/19(木) 20:38:51.68ID:GB9St1ux

150創る名無しに見る名無し2011/05/20(金) 02:04:17.05ID:6J3QRCay
乙です

151創る名無しに見る名無し2011/05/21(土) 19:30:08.06ID:EBxYvHKF
Requiem For A Dream   Original music video
http://www.youtube.com/watch?v=gPKpSh80ylM

152『渡し船』 ◆BY8IRunOLE 2011/05/25(水) 00:24:28.02ID:a7G/242D
【夜明け】

折れた刀と、空になった矢筒。
こちらへ向かってくる騎馬。

覚悟を決めて走りだした矢先に、目の前が真っ暗になる――


…………


……


目が覚めると、寝汗をびっしょりとかいていた。

――新座主税は、あの時死んだんだ。

寝床の上に胡座をかき、呼吸を整える。
まだ心臓が早鐘を打っている。

――ここに居るのは……どうしようもなく卑怯な死にぞこないだな。

自嘲し、窓を見やる。
午下がりで、日がまだまだ高い。
いつもなら夜に備えてもう一寝入りするところだったが、どうにも寝付かれそうになかった。

新座は寝床から起き出した。
長屋から出ると、表の通りを箒で掃く少女の姿があった。
普段は夜に見ることが多いその髪色が、陽に照らされて金色に輝いている。

「なにしてんだ」
「箒がけ」
「……何のためだ」
「剣が上手くなると思って」


少女の身体には大き過ぎる竹箒だったが、手首を柔らかく使って上手く捌いている。
新座は複雑な気持ちで、少女を眺める。

153『渡し船』2011/05/25(水) 00:27:12.12ID:a7G/242D

――カネを稼ぐ方法は、もう分かっただろう。逃げる隙はいくらでもある。

しかし少女は、新座のもとを逃げ出すふうも無く、日々、雑用を黙々とこなしていた。
夜には木刀を素振りする。体さばきもかなり良くなってきていた。


「お前、名前は?」
なんとはなしに、尋ねる。
思えば、新座は少女に名前を聞いたことも聞かれたことも無かったのだ。

少女は首を横に振った。
「……わからない」
「何? じゃあ、住んでいたところとか」
またも首を振る。

新座は、ザンバラ頭をガシガシと掻いた。
「じゃあ、な。俺が適当に付けてやる。名前が無いと、なにかと不便だからな」

少女は頷いた。

「ええと……」
しかし、こういう時にすんなりと思いつかないのが世の常である。

ま、そのうちな……と濁して、新座は煙草を吸い付けた。


「そっちは?」

少女の言葉に、新座は首を傾げる。
「名前」

ああ、といって、しばし考えた後、
「俺の名前は……故郷に、置いてきた」
と言った。

少女は、よく分からない、という顔をする。そして、
「どこに?」
と問うた。

「……ずっと、西のほうだ。良いところだった」
「なんでこっちに来たの」

新座は煙をゆっくり吐き出す。

「さぁなあ。なんでこうなっちまったんだろうな。俺が、碌で無しだからかな」


* * *


154『渡し船』2011/05/25(水) 00:37:12.30ID:a7G/242D

「おい、唐変木。あの毛唐のガキはどこに行ったんだえ」

夜になり、いつも通り小屋の外で張り番をしていると、夜鷹が声をかけてきた。
少女は、これまたいつも通り小屋の裏手で木刀を素振りしている。

「何かあったか」
男は、諦めにも似た感情をもって、尋ねる。

「決まってるだろう、客だよ。まったく、おかしな趣味の野郎も居たもんだよ……」

「……客」

新座は、夜鷹の言葉を口の中で反芻し、しばしそこに立ち尽くしていた。

「なにをぼーっとつっ立ってんだえ。ほら、さっさと呼んで来な」

――あいつは船に連れて行かれ、そこで客の相手をする。まだ年端も行かない童だ、しかし仕方ないことかも知れん……

男は少女から預かった木刀を握りながら、頻りに自己嫌悪と戦っていた。

「俺は、どうしようもなく下衆な野郎だ」
夜空を仰いで、呟く。




「ほうら、これが件の娘でさ……」

夜鷹に促され、少女は、よく分からないまま船の中で“客”と面会した。

「ほう……いい具合に幼いではないか……娘、歳は」
客が尋ねる。

少女は怪訝そうに客を見つめ、黙っている。後ろから夜鷹が抓った。
「痛いっ! 何すんだ!」
「何すんだ、じゃないよ! お客さんが訊いてるだろう、答えるんだよ!」

少女が喚くのを夜鷹が引っ叩く。
「もう、やっちまっておくんなまし。さっき言ったとおり、この娘は特別だから四朱いただきますよ……」
夜鷹は少女を取り押さえ、客は少女を押し倒した。


155『渡し船』2011/05/25(水) 00:41:00.25ID:a7G/242D

夜鷹の船が、なにやら騒がしい。
と、
「ふざけるなっ!!」

少女の甲高い声。

男が船に走ると、着物を肌蹴た少女が走り出てきた。
続いて夜鷹。新座を見るやいなや、
「このガキを、〆めちまいな! とんだ疫病神だよ、このガキは、黙って股開くことも出来ないなんざ」
夜鷹が毒づいている間に、胴元がやって来た。

少女は、乱れた着物を押さえながら、焦燥に駆られた目で、辺りを見る。
わめき散らす夜鷹。不機嫌そうな胴元。
その子分の博徒たちが、少女を取り押さえる。そして――

「おい。このガキの始末は、てめぇがやれ」
胴元の子分が少女を、新座の前に突き出した。

新座は、ゆっくりと木刀に手をかける。

すると、横から刀が差し出された。
「そいつじゃ上手くないだろう……これはあのお客人からお借りしたものだ、鮮やかに始末をつけてくれ」

胴元は、にやにや笑いながら新座を見ている。

少女に目を移す。

暗紅色の瞳が、怯えていた。
今までに見たことのない表情だった。

新座は、受け取った刀の鯉口を切る。
少女の怯えた表情が一層険しくなった。
けれど、ひとことも声をあげない。
真っ蒼な顔で、男を見つめている。

刀を抜いた。
そして少女に向かって振り上げ――

156『渡し船』2011/05/25(水) 00:52:17.04ID:a7G/242D

振り下ろした剣の先は少女を逸れて、それを押さえている博徒の手首を落とした。

続いて、その喉元へ刃を向ける。
振り向きざま、唖然とする胴元の首を的確に斬る。

新座は、少女の目の前で遮二無二、刀を振るった。
命乞いする夜鷹も、容赦なく斬って捨てた。
血飛沫が辺りを汚していく。

そして少女の縄を切って、駈け出した。


* * *


どこをどう走ったのか分からない。
少女は必死に、新座の背中を見て走り続けた。
気がつくと、町中に居た。

新座は質屋の勝手口を押し破り、土足のまま中へ入る。
寝ていた店主を引き起こし、喉元へ刀の鋒(きっさき)を突きつけて、言った。
「俺の刀を返せ」

店主は目を白黒させて震えている。
腹や尻を蹴飛ばされ、埃塗れになりながら、奥の棚から脇差を一本出してきた。

「おい……、ふざけんなよ」
胸ぐらを掴むと、

「い、一本は、大刀の方は、売れちまったんだ、嘘じゃねぇ!」
店主は首を激しく振りながら言った。

ちっ、と舌打ちをして、その脇差をふんだくる。
それを少女に押し付ると、片手で店主の首根っこを押さえつつ、刀を振り上げた。

一瞬、手が止まった。
そして、その峰で店主を殴打した。

気を失って崩れ落ちる。

二人は質屋を飛び出し、夜明けの街をさらに疾った。

157 ◆BY8IRunOLE 2011/05/25(水) 00:56:50.38ID:a7G/242D
↑ここまでです

158『渡し船』 ◆BY8IRunOLE 2011/06/02(木) 15:25:07.34ID:PC+afzin

【生まれ変わり】

夜が明け、全体に白んでいる空。運河を一隻の渡し船が滑るように下っていく。
船上には、船頭が一人。そして、その足元に童がひとり座っている。

童の頭は、目にも鮮やかな黄色の髪。短く、乱雑に切られた毛先が耳のあたりで揺れている。

懐から一片の紙切れを取り出した。
折り畳まれたそれを広げると、筆で文字が書いてある。


* * *

159『渡し船』2011/06/02(木) 15:27:28.76ID:PC+afzin

街中に、怒号が響き渡る。
「ちっ……やっぱり殺しておくんだったな」

新座が身を寄せていた一家は、この地方では有力な博徒衆である。
おそらく、あの質屋がすぐに一家に報せて、追っ手がかかったのだろうと想像がついた。
胴元を殺して逃げるなどすれば、早晩捕まって殺されてしまう。


三叉路に来たところで、新座は立ち止まった。
「よく聞け。このさき、どっちの道を行っても運河に突き当たる。河岸には下流の宿場まで渡してくれる舟がいるから、それに乗る」

新座は、懐から紙の包みを取り出すと、
「これを持っておけ」
と言って少女に渡した。
五角形にきっちりと折られたそれを受け取って、少女は怪訝な顔をする。見た目に反して、ずっしりと重い。

「その中に、渡し賃として六文入ってる。俺とお前、別々に乗って、宿場で合流する」
「別々?」
「追っ手を巻くためにな」
「でも、」
少女は不安な顔をする。

新座は、少女の腰の脇差を指差して、
「剣を教えただろう。その脇差も貸しといてやる。それから、いいか」
と言ってしゃがみ、目線を合わせた。

「お前が、敵だと思った相手は、容赦なく斬れ」

新座の両手は、少女の両肩に掛けられている。

「情けをかけるな。かけたら……このザマだ」
新座は、ちらりと目を辺りに向けた。
怒号は四方から聞こえてきている。

「そのかわり、お前が誰かに斬られる時も……恨みっこなしだ。そういう覚悟で、生きていけ」

新座は手を離して立ち上がった。
少女はまだ不安な表情で新座を見つめている。

「まだガキのお前には、酷なことかも知れんが……下衆な野郎の慰みものになるよりは、マシだろう?」
そう言って、少女の頭を乱暴に撫でた。
「その脇差なら、チビのお前でも十分扱えるはずだ。――さあ、行け! 川岸まで突っ走れ!」
少女の背中を叩いてそう言うと、新座は一方の道へ向かった。

反射的に、もう他方の路地へ走りだした。


* * *

160『渡し船』2011/06/02(木) 15:30:16.82ID:PC+afzin

少女は、船頭をつついて言った。
「これ、なんて読む字?」


紙包みを開くと、小判が一枚入っていた。
船頭は面食らって、そんなに貰ったら釣銭が払えない、子供ならロハで十分、と言ったのだった。


その包んでいた紙を開くと、中心に字が書いてあった。目立たぬよう、小振りな文字である。

船頭は目を細めてそれを見、
「『さい』って字だなぁ、そりゃ。『色彩』とかの『彩』だ」
「さい……」

少女はしげしげと字を眺めた。その下にももう一つ、別の字がおおいにくずした一筆で書かれていた。
「これは?」
「んん……『か』かな? 『華麗』とか『豪華』とか言うときの『華』っていう字だな」
「か……」

少女はそれを反芻し、繰り返した。

「さい、か……さいか……」


161『渡し船』2011/06/02(木) 15:32:19.59ID:PC+afzin

舟が橋に差し掛かった。
少女は、ふと舟の上から橋を見上げた。

橋の上に人が立っていて、この舟を見つめている。

「あ!」

新座だった。

「ちょっ……おぉい!」
少女は戸惑って叫ぶが、男は橋の上から手を振るばかりである。

「ちょっと、止めて!」
「無理だ、この辺りは深いし急で、渡しが下ろせない場所なんだ!」

舟が橋の下を通過した。
男は欄干から身を乗り出し、少女に向かって手を振っている。

「……名前!」
少女が叫ぶ。

男は無言で、少女の手元を指差した。
その手には、小判を包んでいた紙が握られている。

「そうじゃなくて! ……!」

それが聞こえたのかどうか、分からない。
笑っていたかも知れない。少女は男を指差すが、彼はひらひらと手を振るのみだった。

舟はみるみる橋から遠ざかる。
少女はさらに叫ぶが、男の姿はもうずいぶん小さくなってしまっている。


* * *

162『渡し船』2011/06/02(木) 15:36:16.16ID:PC+afzin
「ちっ……これまでか」

橋の両脇から、次々に松明の照らす明かりが見える。

彼は、自分の身がもはや助からないであろうことを知っていた。
もしかしたら、それを望んでいるのかも知れなかった。
橋の欄干に凭れ、彼は川の両岸を見やる。

――せめて、何かやらなければ。
そんな心の声が、聞こえた気がした。


眼を閉じる。
夜更けから降りだした時雨が視界を覆い、白く煙って見える。
新座主税にとっての、生涯最期となるはずだった、戦の光景である。


嬲り倒した博打客のことを、思い出す。
武士の誇りなど、とうの昔に吹き飛んでいる。
この世の中は、綺麗事だけでは生きていけない。
下衆な真似をしてでもカネを得なければならない状況は、確かに存在するのだ。

しかし、と彼は思う。
――俺は、それを望んでいたか……?
  ひとを踏みつけにするのでなく、誇り高く生き、誇り高く死んでゆく。
  それこそ、侍の本分ではなかったか。


彼は、残した一人息子のことを思う。
別れを切り出した妻のことを思う。
送金が止まってしまうことを、思う。
そして……ほんの気まぐれで剣を教えた、浮浪児の少女のことを思うのだった。


眼を開く。
――俺は、あいつに……「武士としての自分」の生まれ変わりを、見たのかも知れない。


「居たぞ!」
松明を掲げた博徒が、声を上げる。
橋の両岸、すでに囲まれている。

――彩華、お前は自分の生を、全うしてくれ。

抜刀する。
鞘を、欄干の向こうへ放り投げた。

――勝手な話だよなぁ。ま、悪く思うなよ。

「へっ」
薄く笑い、刀を構える。

「願わくば……せめて一矢報いて、死んでやる」

博徒共が、一斉にこちらへ向かってくる。

新座は刀を振り上げ、怒号をあげた。


* * *

163『渡し船』2011/06/02(木) 15:39:27.67ID:PC+afzin

「連れ、だったのかい? ……あの橋のところに居た奴ぁ」

対岸の宿場に着けられ、渡し船を降りる。その間際、船頭が声を掛けたのだ。

俯いた少女の肩を、船頭は、元気づけるように叩いた。

桟橋の途中で、足を止める。
「六文あれば、ここまで渡ってこられる?」

船頭は、怪訝な顔をした。
「お客さん勘弁してくれ、縁起でもねぇ」
「?」

「知らねぇのかい。『六文銭』ってのは、あの世に逝く時の、三途の川を渡るときの渡し賃だ。
だから、死んだ野郎には六文だけ持たせるんだ……あっちで困らねぇようにな」

少女は呆然とした。

――はじめから、その心算だったんだ。


* * *

164『渡し船』2011/06/02(木) 15:42:55.28ID:PC+afzin

「もし、旅の人。もうすぐ着きますぜ」

船底に身を横たえていた人物が、身体を起こす。
三日続いた嵐が去り、空はすっきりと晴れ渡っている。

「しかしあんた、よう寝られるね。真昼間に、しかもこんな荒れた海だってのに」
老人の声に、笠を脱ぐ。
湾はまだ波が高い。渡し船の動きに合わせて、鮮やかな黄色の髪が揺れた。

「昼寝は得意だから」
羽織を丸めて脇に抱え、船の舳先を見つめる。



少女の名を、『彩華(さいか)』という。

西の方へ、当て所のない旅を続けている。

渡し船の行く手に、蒼く烟る陸地が近づいてきていた。








165 ◆BY8IRunOLE 2011/06/02(木) 15:56:51.52ID:PC+afzin
以上でこのお話は終了で御座います。

今作品は、三題噺その2
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/197.html
レス番420:夜明け、船、侍
レス番485:時雨、戦国、生まれ変わり

過去に自分が投下した拙作2本を底にして書きました(当時トリップ無し)


お読みくださった方々、お付き合いいただきありがとうございました!

166創る名無しに見る名無し2011/06/02(木) 23:44:11.41ID:bTap+ohu
投下乙!

167創る名無しに見る名無し2011/06/03(金) 23:07:50.76ID:PDFjBKS9
乙でした

彩華のなかなかハードな昔話、拝読しました
新座の願った以上に強かに彩華ちゃん生きてるなぁ

168創る名無しに見る名無し2011/06/03(金) 23:32:48.89ID:OFLVm/dO
暇なとき、読んでくれたらうれしいな。
群馬の豪族だった先祖の口伝に、ちょっとフィクションを加えたもの。
飽きちゃって、途中だけど・・

「幕末外伝・龍鵬虎譚」
http://haramo.net/talk/zakki/lyu.html

169創る名無しに見る名無し2011/06/04(土) 03:22:35.87ID:poPKfcII
>>165
乙!
はじめ時間軸で混乱したけど面白かったよ
三題噺のはまだ見てないけどキーワードがしっかり消化されてるし。

彩華の活躍これからも期待してます

170創る名無しに見る名無し2011/06/18(土) 03:58:45.45ID:kMfJvCyj
【絵巻】鳥獣戯画。幻の第5巻"猫の巻"が見つかる(画像有) ★3
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1306046832/

171創る名無しに見る名無し2011/06/18(土) 08:50:19.01ID:XNadqOZm
いつのまにか新作来てたー!!

172創る名無しに見る名無し2011/08/15(月) 22:23:22.37ID:WQliReHs
乙!

173創る名無しに見る名無し2011/08/22(月) 09:45:22.34ID:TEzqA+nL
保守

174創る名無しに見る名無し2011/08/23(火) 19:20:48.94ID:djq1Bp1G
>>165
昨日はじめてこのスレに来て三作とも全部読んだよ。読みやすいし面白かった!
新作も期待してます!

175創る名無しに見る名無し2011/08/28(日) 01:05:43.53ID:Hwoy/SSk
GJ

176創る名無しに見る名無し2011/09/21(水) 03:12:29.81ID:8rAjUss7
保守

177 ◆BY8IRunOLE 2011/10/07(金) 23:58:26.00ID:JNpjwtJX
お久しぶりでございます。

>>169
時間軸、そうですよねw 
描写の時系列を入れ替えまくった話を、とやってみたのですが
それが何かプラス効果を生んだかというと……疑問。
ただ読みづらくしただけだったかもです。反省 orz

ちゃんと中身を読んでいただいてるなあ、と実感するコメントをいただき、
とっても光栄です。もっともっと精進いたします(`・ω・´)

では、第4弾を投下いたします

178『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2011/10/08(土) 00:01:08.78ID:C8PH18BA
【鞘絵師(前篇)】

ひっそりと寝静まった、夜更けである。
一軒の勝手口から、若い女が出てきた。
人目を憚るように、辺りを窺う。そっと、音を立てぬように戸を閉める。

女は、神社に向かった。鳥居をくぐり、真っ暗な境内をおそるおそる歩く。

「……○○さん?」
怯えるように、潜めた声で呟く。
誰かの名前を呼んだようだ。はっきりとは聞き取れない。

「居るのでしょう? 早くお姿を現して……」
慎重に、歩を進める。

だが――

それっきり、女の声は途絶えた。
その姿もまた、闇に溶けるように消えてしまった。


@ @ @

179『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:05:05.25ID:C8PH18BA

ひんやりとした風が、足元を吹き抜ける。
山の向こうに、今まさに陽が落ちようとしている。

秋の日は、『釣瓶落し』と言われるが、その通りだと思う。
先刻まで、澄んだ空に茜色が美しく映えていたのに、あっという間に宵の気配が辺りに満ちた。

細い路地は、家屋の陰になっているため、なおのこと暗い。
そこを歩く、小柄な人影がひとつ。
雪駄の上には、朽葉色の馬乗袴。腰には脇差を一本、差している。

「っくしゅん!」
くしゃみをし、鼻を啜って、青鈍(あおにび)の半着の、肩を震わせる。
男物の着物を着た小柄な人影は、あどけない顔だちの少女であった。

歳は、十一か十二くらいであろう。
結わずに、おかっぱの出来損ないのような髪は、鮮やかな黄色である。
項をかすかに隠すくらいの毛先が、切り揃えたふうもなく乱れている。

辻に出た所で、残照が少女の髪を照らした。
それは、稲穂が黄金のごとく輝くのに似ていた。

奇妙な形(なり)である。
しかし何故か、見苦しさは無かった。


少女の名は、彩華(さいか)という。
一人旅を続けている孤児である。
今夜の宿を求め、町の裏路地を歩いている。


「納屋の片隅でも借りられればなぁ」
呟き、路地に並ぶ家並みを眺めながら歩く。
ぐぅ、と腹が鳴った。

思えば、昨日からなにも食べていないのだ。
そんな折に、味噌汁の香ばしい香りが漂ってきたものだから、
宿よりも、食事をどうするかに頭を巡らせ始めた。

香りのもとは、向こうに見える居酒屋である。
彩華は、足を早めた。

と、そこへ、雪駄の先に、コツンと何かが当たった。

180『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:10:06.58ID:C8PH18BA

「?」

銀色に輝く円筒形のものが目に入る。
拾い上げると、大きさや重さは万華鏡のそれによく似ていた。

「あっ……!」
彩華よりも更に幼い、男の子の声がした。
路地の陰から出てきたようだ。

「あのっ、か、返して! それ!」
男児は、慌てた様子で言った。

「……?」
彩華は怪訝に思いながら、円筒を男児に放り投げた。
男児はそれを引っ掴むと、一目散に駆けていってしまった。

「お礼も言わない。ったく」
少しむっとしたが、すぐに歩き出した。
彼女の目下の問題は、今晩の食事である。


@ @ @


居酒屋の暖簾をくぐる。

「いらっしゃ……い!?」

店の女将は、彩華の髪を見てぎょっとしたようだった。

が、紐に通した銅貨を見せ、
「これで食べられるものが欲しい」
と言うと、合点が行った様子で、席につかせた。それからは何も聞かず、料理を出してくれた。


目の前にあるのは、鯖の切り身を味噌で煮たものだ。箸で身をほぐし、口に運ぶ。
鯖の旨みが味噌で引き立つ。玄米飯を頬張る。温かな香気が、鼻へ抜ける。
まともな食事は、数日ぶりだ。
彩華は、無心になって箸を動かした。

181『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:14:16.16ID:C8PH18BA

「あの若い絵師さん、最近来いひんね」
空になった銚子を運びながら、居酒屋の女将が呟いた。

彩華の席は隅のほうで、店の中央では常連客らしき連中が酒を飲んでいる。

「流石に、食い詰めてもうたんやないやろか」
厨の奥で旦那が、憐れみを含ませて答える。

「訳わからん模様の絵ばっかし描いとった、ゆう話やから。そんな絵、誰も買わんやに」
「へえ、絵を見たん?」
「ちらっとな。なんや、引き攣れたような線が、紙いっぱいに丸くのたくってて。
何が描いてあるかさっぱり分からん。ありゃ、気が触れてるのかも知らん」
旦那は声をひそめて言ったが、彩華の耳はそれを捉えていた。



勘定を済ませると、女将が彩華を眺めて言った。

「坊や、そんな時分から傾奇者の真似なんてしとると、ろくな大人になれへんよ」
「……気をつけるよ」
「早う、お母ちゃんとこに帰り」
そんな声を背中で聞きながら、店を出た。



辺りはもう、ほとんど夜暗に沈んでいた。民家の格子から漏れる灯りが、僅かに道を照らしている。
四間ほど歩いた所で、神社の鳥居が目に入った。

と、そこで足を止める。
鳥居の向こうに、人の影を見たのだ。


先刻の男児のようだ。

「こんな時分にあの子、何を?」
彩華は暗紅色の瞳を見開いて、闇を凝視する。
遠目は利くが、いかんせん暗すぎる。

そうするうち、人影がさっと視界から消えた。

怪訝に思って、鳥居をくぐろうとする。

しかし、そこで足を止めた。
何がどうとは言い表せないが、なんとなく、気が進まない。
この鳥居の向こう側へ行くことを、何かが躊躇わせた。

――なんだろう、この感じ……?

境内の中は、周りに鬱蒼と茂る杜のせいで、ほとんど漆黒の闇である。
しばし逡巡した後、

――知ったことじゃない。

彩華は男児を探すことを諦め、自らの今夜の寝床を探すことに意識を向けた。


@ @ @

182『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:21:00.80ID:C8PH18BA

「また、居らんようなったんやって」

朝の勤めを行う同僚の巫女たちが噂している。
綾(あや)は、仕事をしながらそれを横でそれとなく聞いていた。


織部 綾は、この神社でもっとも経歴の浅い巫女である。
歳は十六になったばかり。一番年少で、背も小さい。
緋色の行灯袴は、直しをしてもまだ大きいが、この頃ようやく身体にしっくり馴染んできた。

「綾さん、倉の掃除、しといてくれやん?」
「あ、はーい」
年長の巫女に頼まれ、綾は箒と手桶、雑巾など一式を持って境内の外れに建っている倉に向かった。


社務所にある諸々の道具を集め、倉へ、一旦収めることとなった。
それに先立って、綾は倉の掃除を言いつけられていたのだ。

綾の姿が見えなくなるのを待っていたように、一人の巫女が声をひそめて言った。

「な、あの子、親おらへんのやろ。みんな暇もらうやん、帰るところあるんやろか」
心配しているような口ぶりだが、表情は楽しそうだ。

「お城勤めしとった爺さまがおる、いうの聞いたことあるけど」
もう一人の巫女が、興味なさそうに答えた。

「家、どこなん?」
「この神社の裏あたりやって」

そこへ、さきの年嵩の巫女が諌めた。
「あんたら、人のことはええやん。ちゃっちゃと仕事せやな!」

彼女らが不満気に持ち場へ散るのを見送り、ため息をついた。


秋分を十日ばかり過ぎた。もうすっかり秋である。
いつもならばこの季節は、すっきりと抜けるような青空とともに冷え込んでくるのだが、
今年はまだ暖かな日が続いている。今朝も、朝から晴れ間とともに暖かな空気が境内に満ちていた。


「一人で掃除させに寄越すなんて。うちが神隠しに遭うたら姉さんたち、どうすんのやんかう?」
箒を担いでぶつぶつ言いながら、倉の扉を開ける。

普段は殆ど使っていないので、埃っぽい空気が喉に貼り付くようだ。

朝の光が差し込んで、埃に反射してきらきら光っている。

その輝きの中に、人の姿があった。

183『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:24:35.58ID:C8PH18BA

「……!!」
綾は驚いた。

倉の隅っこで筵に包まって、片腕を枕にして寝ているのは、あどけない顔の童だった。

その髪は黄金色に輝いている。

――綺麗な髪やんな……

眺めているうちに、綾は、その童の髪色に魅入られていた。

側にしゃがみ込み、思わず手を伸ばす。
額にかかる髪をそっと撫でた瞬間、その童が、目を開けた。

「! だ、誰だっ!?」
不意を突かれた童は、すかさず飛び起きて、脇差に手を掛けた。

「あっ、か、堪忍な」
綾は慌てて手を引っ込める。
「別に、あんたをどうこうしようってんやあらへん」
身を退いて弁解する。

不意に、童が脇差を抜いた。
すかさず、綾に向けて鋒(きっさき)が突き立てられる。

息つく間もない、一瞬の出来事である。

綾の顔のすぐ横、柱に蝮(まむし)が、頭を貫かれている。

脇差を抜くと、足元にぼとりと落ちた。

「ひっ!」
蛇は何度か見ているが、蝮は初めてだ。

童はそれを手で掴んで、倉の外に捨てた。

「寝てる間にそいつに噛まれていたら、毒で命が危なかったかも知れないね」
童はそう言って、綾が持ってきた手桶の水で手を洗った。
「ありがとう」
童は抜き身を納め礼を言ったが、綾は、まだ呆けている。

184『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:30:56.64ID:C8PH18BA
「……寝床を、借りただけだよ。駄目なら別のところを探す」

綾はようやく振り向いて、童を見た。

声の高さや顔だちから、少女だと分かる。多分、綾よりも幼いだろう。
脇差を扱う腕は、かなり手馴れた感じだった。それが、あどけない顔に不釣り合いだと感じた。

「……駄目かな?」
背丈の都合上、上目遣いで綾を見つめる。
澄んだ深い紅色の瞳。それもまた、綾の心を捉えた。

綾は、少女の瞳と腰の脇差を交互に眺め、ようやく口を開いた。
「こんなとこで寝とったら、風邪ひいてまうやん。それに……神隠しの話、知っとう?」

少女は首を横に振る。
綾は、事の顛末を掻い摘んで話した。


@ @ @


数日前のことである。
綾が仕えているこの神社の近くで、若い女や幼い子供などが、相次いで行方不明になった。

はじめに居なくなったのは、若い浮世絵師だった。
物静かな青年だったが、絵はさっぱり売れず、苦しんでいたようだった――
とは、巫女の間での専らの噂である。

酒好きなようで、毎日近所の居酒屋に顔を出していたが、ある日ぱったりと来なくなった。
店の主人は、さすがにツケが溜まって来づらくなったのだろうと思っていたが、
どうやら絵師は、町から忽然と姿を消してしまったのである。

夜逃げしたとも考えられたが、彼の住まいであった長屋の一室には、商売道具である絵筆や半紙が
残されていて、しかも作業中のような様子を呈していたという。

「急須に残っていたお茶が、まだ温かかったんやって」
という、誰かが持ってきた眉唾ものの噂まであった。


二人目は、水茶屋の娘だった。
十九になるその娘は、愛嬌があって気立ても良く、店の看板娘として人気があった。
常連客の一人と近々縁談の話もあったという。
この件は、女が相手の知らぬうちに失踪したとあって、巫女たちは別に好きな男が居ただのなんだのと、
とりわけ話題に上っていた。


そして三人目。
それは指物師の息子である。まだ四つかそこらだったということだ。
利発な子で礼儀も正しく、近所で可愛がられていた。

そんな子であったから攫われたのかも知れない――
巫女たちは、このことに憤り半分、興味半分で噂しあった。

185『鏡鬼』2011/10/08(土) 00:34:39.70ID:C8PH18BA

三つの事件には、共通点がある。
いずれも神社へ向かうところを見られているか、そのようなことを周囲に話していたそうだ。
そして、境内の一角から茶屋の娘の簪、別の一角から子どもの草鞋が見つかっている。


“神隠し”が続いている。
これには何者かの良からぬ企みが潜んでいると見て、宮司は神社に縄を廻し、人の立ち入りを禁じた。
そして巫女たちにも暇を出した。安全のために、一旦実家に戻させることにしたのだ。

「……と、いうわけや。あんたも誰かに探されとるかも知れんよ」

少女は黙っている。

――この子、もしかして家が無いんかな?

頭で考えるよりも先に、言葉が出た。
「うちもそれで暇もろうてん。もし寝床がいんねんなら、一緒にうちに来ん?」

少女は目を円くして綾を見た。

「うちは爺ちゃんと二人暮らしやに。なんや物騒やし、あんたは剣の腕がありそうやし……
うちらと一緒にいてたら安心なんやけど」

綾は、実家に戻ることに些か不安を抱いていた。

両親を早くに亡くし、家族は祖父だけだ。
その祖父も、ひと月前に藩主に呼ばれて城へ行ったきり、しばらく帰って来ていない。

彼女にとっては、この不思議な少女の存在は、とても心強く思えたのだった。



「うちは『織部 綾』いうんやけど、あんた、名前は?」
「彩華」
「『さいか』……変わった名前やんね。どこの生まれやろか?」
「……」

彩華は、困った顔をして首を傾げるばかりである。
綾は、それ以上は聞かずに彩華の背をぽんと叩き、一緒に来るよう促した。


かような経緯で、綾は用心棒、彩華は宿と食事を、それぞれ手に入れたのだった。

186 ◆BY8IRunOLE 2011/10/08(土) 00:36:31.54ID:C8PH18BA

とりあえずここまでです
先が十分練れていないので、投下間隔が開いてしまうかも知れません
すみませぬ……

187創る名無しに見る名無し2011/10/08(土) 10:26:34.13ID:RERL2JHQ
新作きた!!
wktkしながら地道に続き待ってます。。。

188創る名無しに見る名無し2011/10/08(土) 13:34:01.93ID:PVBTAVJu
まってましたー乙!
マイペースで頑張ってください

189創る名無しに見る名無し2011/10/09(日) 22:21:54.84ID:OfiA20Sr
投下乙です
続き待ってますぜ

190『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2011/10/20(木) 23:15:20.80ID:O845+KBW
【盲の算法家(前篇)】

大きな神社である。
広大な敷地の中に、いくつもの社、札宮がある。
その境内を、一人の老人が杖を持って歩いている。

老人の杖は、地に突かれることはない。足元の少し先を、払うように動く。
しっかりとした足取りで境内を歩き、御堂の前まで来るとぴたっと足を止めた。

「五十八歩か。……ふむ」
老人は呟くと、懐から算盤を取り出した。

顔はまっすぐ正面に向けられたままだ。
瞳が白く濁っている。

ぱちぱちと算盤を弾く。
やがて、老人は口角を曲げ
「まあ、確かめんことには……なんとも言えんのう」

そう言ってニヤリと笑った。


@ @ @

191『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:20:32.17ID:O845+KBW

織部甚五郎は、屋敷の一室に座って待っていた。
そこへ裃を着た中年の侍がやって来る。

「織部どの」

声を掛けられ、老人は幾分顔を上げた。
しかし、首は声の主の方に向けられることはない。じっと、声の続きを待っている。

「出納帳は、良い出来だ、と上様が褒めておりました」
侍が告げる。

老人は、じっと銅像のように固まってそれを聞いていた。

「これにて貴殿の仕事は相成ったことになりまする。主君に代わり、今一度御礼を申し上げます。
それから、拙者に算法の手解きを頂けたこと、誠に感謝致します。本当に、お世話に成り申した」

侍は、老人の正面に座って深々と礼をする。

「それはようございました」
侍は顔を上げ、老人を見た。そして、

「故郷(くに)へ戻られますれば、籠を用意致しますゆえ」
というものの、老人はそれには応えず、ゆるゆると立ち上がる。

何かを考えているふうである。

「……如何され申したか?」
侍は訝しがって尋ねた。


甚五郎は、堪え切れない、というふうに噴き出し、次いで大笑いした。
「相変わらず、きさんの丁寧言葉はいちびっとって、まったくかなわんのう」

中年の侍は、心外だ、という顔をする。
「わしだって一応、奉行の立場じゃ。ご隠居と言えど、『親しき仲にも……』」

老人は、抗議する侍を笑いながら制し、
「もうええもうええ、それよりもう下がる時分じゃろう、どこかで酒でも奢りい」
と言った。


@ @ @


192『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:24:24.76ID:O845+KBW

藩が神社の普請を決めたのは、十日ほど前になる。

現在の勘定奉行――甚五郎より年下の、言うなれば元部下なのだが――が、言いにくそうに切り出した。

「そんなに傷みもあらへんし、建て直すことになったら、かなりの出費になるんやわが……」
甚五郎の盃に酒を注ぐ。勘定奉行は弱り切っていた。

「何故そんなこと、せなならへんのじゃ」
解せん、という面持ちで、盃を口へ運ぶ。

「聞いてへんやろか? 近頃、神隠しが多いいう……」
「それと関係あるかえ」
「どの事件も、あの神社が絡んどる。これは、神社に何者か魔が棲んどるに相違ない、ゆうて、
全部建て直すいう話やで」

勘定奉行は盃をひょいと乾すと、顔をしかめた。


甚五郎も、もとは勘定奉行であった。

若くして視力を失った彼が、その後も勘定方として勤め続けられたのは、
強靭な精神力で盲目の不便を克服したこともあるが、何よりも算法(和算)に長けており、
またそれを人に教えるのも上手かったからに他ならない。
職を退き隠居した後も、度々城に出向いては後進に和算の手解きをしていた。

勘定方は、田畑の面積および作付から刈入れまでの期間、それから取れる作物の量を算出して年貢を決める。
従って、測量や積算は仕事を行う上で必要だったのだが、甚五郎の場合、実務で求められる以上の
数式や定理を証明して見せ、周りの人間を驚かせた。


「測量は、済んどるんか?」
「や、まだじゃ。今の時季は石高を計算せにゃならんし。はあ、この忙(せわ)しい時に」
「ほんなら神社の方は、儂がやったるわ」
「いや、ご隠居にそこまでされられへんよ」
「ちょいと調べたいこともあるやに」

甚五郎はそう言って、濁った瞳で宙を眺めた。

@ @ @

193『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:27:04.53ID:O845+KBW

境内をうろつく、小柄な人影。
玉砂利を踏む草履が、さく、さく、と音を立てる。

「歩きにくい……。それに苦しい。帯、きつく締め過ぎたな」
歩きながら頻りに胸のあたりの帯を触っている。

彩華は、綾に貸してもらった(半ば強引に押し付けられた)女物の、水柿の小袖を着ている。
柔らかな色合いは、薄暗い境内の中で一際明るい彩りを見せていた。

彩華の鮮やかな黄色の髪は、ひっつめられて、つむじの辺りで結んである。
髪に十分な長さがないため、筆の穂先が頭の天辺に乗っているような、奇妙なかたちだ。
結びに漏れた後れ毛が、項に数本かかって、風に揺れている。

「案外、広いんだ……」
彩華は境内をあらためて見回し、呟いた。
辺りに目を廻らせると、気の早い紅葉などは、もうすっかり鮮やかに色づいている。

彩華は、綾の代わりにここに来ているのだ。
神社を下がるときに回収し忘れた絵馬を、取ってくる役目である。

境内に人影は一切見当たらない。神主や巫女の姿も無い。
理由は明白である、神社の周りには縄を廻らして人払いをしてあるのだ。
『神事の期間につき何人も立入無用』の立て札まで立ててある。

しかし――。

「これ、娘。参道の真ん中を歩くでない」

「!?」
びくっ、と肩をすくめ、彩華は辺りを見回す。

――たしかに今、どこからか、爺さんの声がした。
  人影は無かった筈なのに。

脇差は腰に差さず、左手に持っている。
じっとして、右手を柄にかけようとした。

「阿呆! お宮の中で抜くやつがあるか」

大きな紅葉の木の下である。
まるでそこから湧いたように、老人が姿を現した。

194『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:29:45.09ID:O845+KBW

杖を手にしているが、歩みはしっかりとしている。
老人は、樹の洞に響くような声で、彩華に話しかける。
「手を戻やんな」

言われ、右手をゆっくり柄から遠ざけた。
しかし油断無く老人を見つめている。

「うとい娘じゃの。左手も離さんかい」
「……」
鍔にかけていた左手の親指の、力を緩める。

「真ん中は神さんの通り道じゃ。儂らは端を歩かなあかへん」

彩華は参道の端の方へ立ち位置をずらしつつ、老人の目を見て、はっとした。
白濁した瞳は、さっき彼女が居た辺りを見つめている。

「なにをしよったんじゃ」
尋ねられ、しばし躊躇った後、答えた。
「絵馬を取ってくるよう頼まれた」

老人は微妙に焦点の合わない視線を巡らせ、
「誰にじゃ」
と続けた。

「『綾』っていう巫女だ」
老人はそれを聞くと、眉を片方だけひょい、と上げた。

「ふむ……何故、そんなことを」
「よく知らない。巫女はしばらく境内に入れない、ようなことを言っていたけれど」

老人は考えるような素振りを見せ、
「ふん、なるほどな。もうすぐ日が暮れるで、あんたも早う帰ったほうがええ。掛け所ならこの突き当たりじゃ」
そういって、参道の続く先を杖で指し示した。

そのままじっとしている。彩華は、老人に背を向けて札宮へ向かった。


@ @ @


195『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:34:54.18ID:O845+KBW

綾が夕餉の支度をしている所へ、彩華が戻ってきた。

「あ、お帰りー。大丈夫やった?」
綾は手を止め、手を拭いながら迎える。

「ひとつしか無かった」
彩華は絵馬を差し出した。

「お、ありがとー! 助かったわ。奉納せんとね」
綾は絵馬を受け取って、奥の部屋の棚にひとまず仕舞った。


「帯、苦しかった」
彩華は不満気に言った。

「あんた、細っこいからに。ぎゅーっとしとかんと、肌蹴てまうがな」
綾はけらけら笑いながら、出汁の具合を見た。

「頭も変な具合だし」
結んだ“穂先”を手で触る。

「だから、うしろで結ぼか、言ったやん」
「うしろだと、昼寝するときゴツゴツして嫌だ」

彩華はむずがるように頭や帯を触っては文句を言っている。
そんな姿を笑いながら、綾は夕餉の支度を進めた。

196『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:35:59.93ID:O845+KBW
髪のことについては、昨夜に一悶着あった。

髪の毛先が項に触れ、耳を覆ってき始めた。
彩華は、自分の髪が伸びていることを意識せざるを得なかった。

――そろそろ切らなきゃ。

彩華は愛用の脇差を抜くと、黄金色の髪を後手で無造作に握り、
もう一方の手に持ったそれを自分の項に当てた。

「ちょ、ちょーっ待ちい!」
それを見た綾が、慌てて止めに入ったのだ。

「あんたなぁ、なにしよるん? 自分で自分の首、落とそうとしてたんか?」
そう言いながら、彩華の両手首を握る。

彩華は困惑しながら、
「髪を切ろうとしただけだよ、伸びてきたし。いつもこうやってる」

なんや、と安堵して力を緩めるが、綾はなおも訴える。
「切るなんて、もったいないやん。綺麗な髪やのに……なして?」

そういう綾の髪は、耳の後ろ辺りで二つに結わえられ、おさげの形になっている。

「邪魔だから」
そう言って、頭を左右に振る。ぱさぱさと、毛先が頬のあたりに当たった。

「ほんなら結んどけばええに。うちが結んだるわ」
「いいよ、そんなの」
「結んだる!」
「いいってば!」


結局、彩華の髪は前述のかたちとなったのだった。
しかもその後、洗濯しているからという理由で、女物の小袖まで着せられる破目になったのである。

197『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:38:07.44ID:O845+KBW

「綾」
「なあに?」
彩華は、昼間に遭った盲目の老人のことを話した。

「あ、それ爺ちゃんや」
きょとんとする彩華に、綾は得意げに言った。

「うちの爺ちゃんは盲(めしい)やけど、算法家やに。すんごい重宝されとるんやで」
「算法家?」
「土地の広さを測ったり、そこから採れるお米の量を計算したりしとるんやて。
うちも詳しくは知らんけど、若い頃はお奉行さまやったそうやに」
「ふうん」
「お城に行っとったんやけど、帰ってきたんやね。ほんなら、もうすぐ……」

「綾ー、帰ったでー」

つい先刻聞いた声が、玄関に響いた。

「はーい! ほら、噂しとったらなんとやら、や」
綾は大声で応えると立ち上がって、玄関に出ていった。


@ @ @

198『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:41:54.27ID:O845+KBW

境内で彩華と対峙した件は、甚五郎のほうから振ってきた。

帰ってくるやいなや、開口一番、
「綾、客人を使い物に遣らせるなや」
と言って、彩華のいる方へゆっくりと顔を向けたのだ。

「……こんにちは」
彩華は微かに不気味な感じを覚えつつ、言った。

その声を聞いて甚五郎はにんまりとし、
「先刻の娘じゃな。孫が失礼して、すまんかったのう」
と言った。


織部甚五郎が盲目の老人であるということを、彩華はまだ信じきれずにいた。
たしかに白く濁った眼はあらぬ方向を向いていることがしばしばだし、なにか物を取ろうとするときも覚束無いのだが、
生活がちょっと不便なくらいで、驚くほど器用に物事をこなしているように見えたのだ。


「彩華、どしたん?」
夕餉の席で、箸を止めたまま、甚五郎を見つめる彩華を訝しがって、綾が尋ねる。

「目が見えないのに、ちゃんと暮らしてると思って」

それを聞いて、甚五郎は大笑いした。

「さすがの儂も、お前さんがどんな顔して儂を見とるかは分からへん。けど、箸が止まっとるのは分かるで。
早う食べな、味噌汁が冷めてまうで」
言ってから自分も味噌汁を啜る。

「爺ちゃん、彩華の髪な、何色やと思う?」
綾がいたずらっぽく尋ねた。

「けったいなこと聞くんやのう。ちゅうことは、黒髪やないわけやな。そんなん、分かるかえ」
言いながら、里芋の煮物を箸で刺した。


199『鏡鬼』2011/10/20(木) 23:43:40.53ID:O845+KBW

綾は、神隠し騒ぎの件と、それに絡んで、巫女は全員一旦暇をもらったことを甚五郎に話した。

甚五郎は、ことの概要は掴んでいたので、ふんふんと聞いていたが、何か別のことを考えているふうでもあった。

彩華は話を聞きながら、数日前に見た男児は、行方知れずになった指物師の息子だったのではないか、と思った。

「気味悪いわ。一体、何ねんやろ」
「さぁのう。ま、しばらくお宮には近寄らんほうがええ」
そう言って、茶を飲んだ。



200 ◆BY8IRunOLE 2011/10/21(金) 00:00:26.08ID:N4zXXOZb
↑本日はここまででございます

201創る名無しに見る名無し2011/10/21(金) 18:44:22.83ID:gna9ElbG
GJ!
算法家ですか。今後どういう風に絡んでくるのかまだ読めませんが、続き楽しみにしてます。

202創る名無しに見る名無し2011/10/21(金) 23:52:04.94ID:Dv+d664D
乙です
彩華を着飾らせて愛でたくなる気持ち、よく分かります

203創る名無しに見る名無し2011/11/17(木) 22:07:22.84ID:9muQbZSE
.

204『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2011/11/23(水) 22:33:57.51ID:CpeKAJjT
【鞘絵師 後篇】

翌日の朝早く、一人の若い女が訪ねてきた。

女は、表で箒を掃いていた彩華を見るとやや躊躇った後、おずおずと声を掛けた。
「あの、綾さんに会いとうのやけど……」

彩華は頷いて、家に戻ると綾を呼んできた。
「あれ、お佳代さん。どうしたん? こんな早うに」
女は巫女の同僚であったらしい。


佳代は、箒がけに戻る彩華をちらりと見て、小声で言った。
「綾さん、あの子、何なん?」
「彩華? よう分からんけど、宿無しみたいやから泊めたってる」
「ふーん……。あんな、いらんお世話かも知れんけどな。余所者を泊めると、
あんたが“例の騒ぎ”について疑われてまうかもやで」

「えっ、彩華は、そんなんとちゃうよ!」
「分かっとるけどな、世間様はそう見るかも知らん、いうことや」


彩華の耳は、玄関の三和土で交わされる二人の会話を捉えていた。

「ほおけ……。で、それを言いに来たん?」
綾は腑に落ちない、という顔をして続けた。

「や、そうでのうて……。最近な、お美津さんの姿、見んかった? 訪ねてきたとか」
「? ううん。見てへんし、訪ねてもきとらんよ」
「そう……分かったわ。朝早くゴメンね」
「待って、何やのん?」

尋ねる綾に、佳代はちょっと躊躇った後、小さな声で言った。
「……お美津さん、一昨日から、姿見えへんのやって」


205『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:36:32.63ID:CpeKAJjT

美津は、綾より少し年上の巫女である。
人の噂話が好きで、とりわけ最近の神隠し騒動については強い関心を持っていた。
浮世絵師が居なくなった、という話を聞きつけてきて、巫女の間に触れ回ったのも彼女だ。

若い女性が噂話に興じるのは、自然なことでもあったので、彼女らのまとめ役である佳代もそのことはあまり咎めなかった。
佳代は年長――といっても二十歳になったばかりだったが――の巫女で、そうした立場上、
一旦暇をもらっても下の子たちの家を数日ごとに訪問して回っていた。

――騒ぎが収まればまたお宮にお仕えするので、つとめを怠らないように。
そう忠告する目的もある。


ほな、と言って佳代が家を辞するとき、
「それ、何?」
と彩華が声を掛けた。

佳代の手に、丸めた紙が握られているのを指差す。
「あっ、これ……」
佳代は一瞬怯んだが、強い意志を湛えた彩華の紅い目にじっと見つめられ、諦めたように話した。

「これな、お美津さんの家の庭に落ちとったもんらしいわ」
見せて、と彩華が言う前に、佳代はその紙を差し出した。


水の上に墨を流したように、模様とも絵ともつかない線が、紙全体に不規則に広がっている。
「これ、借りてもいい?」
彩華の申し出に、佳代は肩を竦め、
「なんや、よう分からへん物やし。好きにしたらええに」
と言った。


@ @ @

206『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:39:59.94ID:CpeKAJjT

箒がけを終え、彩華は佳代から借りた絵を持って家の中に戻った。

「何やの? それ」
綾が尋ね、彩華が先にあったことを説明する。

それを聞いていた甚五郎が、彩華に言った。
「その絵いうんは どないなもんが描かれとるんや」
「う〜ん? なんと言ったらいいかな、絵ってより模様みたいだ……木の切り株の、渦巻きみたいな」
「ふむ……」
甚五郎は、そう言ったきり、再び黙って考え込んでいた。


彩華は絵を逆さにしたりしながら、なおも眺めていた。
――蛇……と言うか、蝮みたく見えなくもない。
蝮を連想させる、というところが、なんとも不気味なものを感じて、彩華は身震いした。

しばらく黙っていた甚五郎が、唐突に
「ちっとお前さんの脇差を抜いてみてくれへんか」
と言った。

「? うん。抜いたよ」
彩華はきょとんとしながらも、言われたとおりにする。

「鞘をな、鯉口側を下にして、その絵の……模様の真ん中辺りにでも、立ててみい」
言われるままに、彩華は鞘を絵に立て――

「……!!」
息を飲んだ。

「どうや?」
「ちょっ、これじゃはっきり見えないけど、何か絵が、見える! よく分からないけど、人の姿みたいだ……
綾、なんかもっとつるつるした、筒とか無いかなっ?」
彩華はもどかしい気持ちで、滑らかな曲面を持つものを求めた。


「筒やったら茶筒があるねんけど……そない慌てて、どしたん?」
彩華の様子に困惑しつつ、綾は戸棚から茶筒を出した。

彩華は、鞘の曲面に映り込んだ絵の描線を、食い入るように見つめた。

それは、紙に描かれている時とは違う姿である。

すなわち、曲面に映したときに、はじめてきちんと像を結ぶ絵だったのだ。

207『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:44:07.32ID:CpeKAJjT

やはり、という表情で、甚五郎はゆっくりと言った。
「『鞘絵』じゃな。間違いない。もっとも、漆塗りの鞘でやる遊びじゃが……」

彩華の脇差は、丹塗りの鞘である。
黒漆であればもっと見やすいのだろうが、朱色の曲面にも、うっすらとその像を結んだのだった。

茶筒を持ってきた綾は、絵に押し付けた鞘をのぞき込んでいる様子を見て、何をせんとしているかが分かったようだった。
「漆塗りの筒なら、手桶の花入れがあるわ。あれはどうやろ?」
「おう、それがうってつけじゃ。早よ言わんかい」

床の間の花入れを持ってきて、絵に載せる。
果たして、その滑らかに磨かれた曲面は、はっきりと観音菩薩の絵を映しだした。
「こんなことが……」
彩華はため息混じりに言った。

「隠し絵というやつでな、こうやって一見、何が描いてあるか分からんようにしてあるんじゃ」
「何のために?」
綾が尋ねる。

「これで、春画でも描いて売っとったのかも知らん」
そう言って、ケケケ、と嗤った。

「! ……」
綾が顔を赤くする横で、今度は彩華が聞いた。
「しゅんが?」
綾が、怒ったように、代わりに答えた。
「爺ちゃんみたいな、助平が喜ぶ絵や。やらしいなあ」
「何を言っとる。春画はお上がうるさいからの。こうしとけば、お咎めを逃れられるやに」


彩華は、数日前に男児が持っていた銀色の筒を思い出した。
そのことを甚五郎に言うと、ほう、と言って片眉を上げた。
「それはまさしく、『筒鏡』じゃろうな。鞘絵を見るための道具やに」
「なしてその子、そんなもん持っとったんやろ。やーらし」
綾は不快そうに言いながらも、花入れに映った絵を眺め続けている。


「なあ、これ……なんかの字、書いとらへん?」
観音像を眺めていた綾が、言った。

像の描線は、よく見ると文字が隠されているように見えた。
「字なの、これ……読めないや。なんて読むの?」
「なんやろ……『暁』? で、これ『九の刻』やろか。こっちは『鳥居』って読めるわ」
「暁九ツって言ったら、夜中じゃないか」
「鳥居は神社のことやろし、それに夜中……」

甚五郎はふん、と鼻を鳴らしてにんまり笑った。
「まるで、逢引きのための文(ふみ)みたいじゃのう」

@ @ @

208『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:47:44.34ID:CpeKAJjT

「綾、儂は出掛けるで。日が暮れる前には帰るわ」
甚五郎は、立ち上がると支度をし始めた。

「どこ行くん?」
「ちょっとな」
そう言って、ニヤリと笑う。

「なんや、気味悪……」
綾が眉をひそめたところへ、彩華が脇差を手に、言った。

「一緒に行く」
「ほう、用心棒付きかいな。ええで。綾、お前留守番じゃ」
「ええ、一人じゃ心細いわ! うちも寄してな」
綾は慌てて言い、支度を整えに奥へ引っ込んでいった。

その背中へ、甚五郎が言った。
「ほしたらな、巫女の装束着てきい。そのほうが目立つけさな」
「何やの、それ。まあええけど」
奥から声が聞こえる。


緋色の行灯袴と白の装束を身に付けて戻ってきた綾の姿を見て、彩華は目を瞠った。
さっきまで身近だった人物が、まるで別人のように、神秘的な雰囲気を纏ってしまったように感じられたのだ。


「綾、お前の弓はどこにある」
「お宮の中やに。お堂の奥の広間に置いとる」

綾の受け答えを聞き、綾はやっぱり綾のままだと思い安堵する。
けれどすぐに、なぜそんなことを思ったのか、不思議だった。

「取りに行くかも分からん。そうや、篭手と胸当ても準備しとき。まあ、お前は胸当てのうても関係なかろうが」
そう言って甚五郎が笑う。綾はむっとして、

「失礼やね。ちゃんと仕舞ってあるわ。弓、最近めっきり引いてへんけど……」

遣り取りを眺めながら彩華は、甚五郎の真意をはかりかねていた。

@ @ @

209『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:50:40.43ID:CpeKAJjT

神社の裏手から、境内に入る。

「お宮には行かんほうがええ云うてたやん」

甚五郎はそれには答えず、
「たしか本堂の奥に『六十四畳の間』があったはずやな」
と言った。

「そうやけど、最近入っとらんわ。あそこ使うの、お正月の時くらいやに」
三人は本堂の裏手から回って、正面の入口に立った。

「鍵閉まっとると思う。取ってくるわ」
そう言って、綾は側にある社務所に入っていった。


彩華は、本堂の扉に手を掛けると、いとも簡単に開いた。

「開いてるよ」
そう言ったが、甚五郎には聞こえていない様子だった。
彩華はそれに構わず、扉を開けて奥に入った。

板敷きの廊下を横切る。
さらに奥に、もう一つ扉が見える。少し――ちょうど人がひとり通れるくらいの幅である――開いている。
その間から、広間が覗けた。

彩華は、入り口で広間の奥を見た。
部屋の中央部分だけ、畳が敷いてある。
奥の壁に、和弓が数本立てかけてあるのが見えた。

――あれが綾の弓だな。取ってきてあげよう。
彩華は広間に足を踏み入れ、まっすぐに部屋を突っ切るべく、畳の上に足を載せた。


@ @ @

210『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:55:06.04ID:CpeKAJjT

広間は、十畳程度の奥行きだと思っていた。
ところが行っても行っても、向こう側の壁との距離は変わらない。

奇妙に思い、振り向いた。
先刻までいた廊下に続く入り口は、見えてはいる。しかし、そこから特別離れた感じはない。
近くに居た筈の甚五郎の姿は、見えなかった。


彩華は、そこで引き返すことにした。
しかし、畳の上をどこまで歩いても、畳の端に出ることはない。
さっきまで居た板敷きの廊下は、一向に近づかない。

――なんだ、ここ……?

広間を囲む板壁も、素足を置いている畳も、何の変哲もないありふれたものだ。
にも拘らず、ここは別の世界のように感じる。


走りだした。
やがてそれが無駄な行為だと分かり、足を止めた。
彩華は、一体何が起こっているか、ようやく理解しつつあった。
というより、理解しまいとしている自分に気づいたのかも知れなかった。


全身の皮膚が泡立ってくるのを感じた。

得体のしれない恐怖だ。

腕の立つ剣客とか、圧倒的多数の敵と戦うような恐怖とは、まったく違う。
何とは言い表せないが、彼女の直感が、ここにいるのは危険だと伝えている。

――閉じ込められた……

受け入れたくないことだったが、彩華はそれを、漠然と感じていたのだ。

ただ、はっきりとそれを言葉に表すことが、怖くもあった。


@ @ @

211『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:58:01.98ID:CpeKAJjT

「爺ちゃん、彩華は?」
綾が戻ってきて、彩華の姿が見えないことに気づいた。

「なに? ……しもた、油断したか!」
甚五郎は、事態に気づいて舌打ちした。

綾の顔から、さっと血の気がひいた。
「……まさか、彩華まで!?」

本堂に駆け寄る。
扉は既に開いていた。

綾は真っ青になって、叫んだ。
「爺ちゃん、扉開いとる! 鍵、かかっとらんやったんかな、彩華はこの中やろか」
「ほたえなや、じっとしとき。その中に、迂闊に飛び込むやないぞ……」
甚五郎は、苦みばしった顔で静かに言った。


廊下の板を踏むと、ギシッと軋んだ。
この音を、甚五郎は聞かなかった。
彩華が先に本堂に入ったなら、この音が聞こえるはずである。

――別のところに行ってしもたか、聞き逃したか……。おそらく、両方やろな。

甚五郎は、漠然と考えていることが急に具体的になりつつあるのを感じていた。


@ @ @

212『鏡鬼』2011/11/23(水) 22:59:51.92ID:CpeKAJjT

彩華は目を凝らして、辺りを見回した。
もとより、この広間には窓や襖などは無く、薄暗い。

ここへ入る前、廊下に雪洞(ぼんぼり)が置かれているのを見た。
普段ここを使う際にはそれに火を灯すのだろうが、当然ながら今は、それには灯が入っていなかった。


気のせいか、少しずつだが、あたりがさらに暗くなってきているような気がした。
感覚では、まだ午時にもなっていない筈である。
しかし屋内では、それを窺い知ることはできない。

板壁にわずかに開けられた格子窓から入る光は、頼りなくまるで作り物のようだ。

聞こえる音は、何も無い。虚無だけが、そこに漂っている。


@ @ @

213『鏡鬼』2011/11/23(水) 23:05:07.08ID:CpeKAJjT

「綾、雪洞に火ぃ入れえ」
甚五郎は、懐から喫煙具を出して渡した。

中の蝋燭に火が移ると、辺りを橙色に照らした。
「付いたけど……」

甚五郎の顔は、険しいままである。
「よし、それ持ってきい」
「重たいわ、こんなん」
綾は雪洞の足を持ち、傾けないよう慎重に持ち上げた。


広間に入り、雪洞を下ろす。

―― ……?
畳を踏んだ瞬間、甚五郎は違和感を感じた。

「この畳は、全部で六十四畳あるんやったな」
「そうやに、せやから『六十四畳の間』言うんやん」
「ふむ。よう見て、数えてくれるか。たしかに六十四あるか?」
「ええ? 暗くってよう見えへん……あれ?」

「どないや」
「待って、数え間違いかも分からん……いち、に、さん、し、ご……。なして?」

「おかしいわ、畳の数が合わへん。並び替えたんやろか」

綾は困惑している。
「この畳は、いつも真四角に敷いとるはずやに。特別に半分の大きさの畳を敷き詰めて、幅も奥行きも八畳ずつや。
けど……幅が五畳しかないわ」

部屋の奥へ駆けだそうとした綾の肩を、甚五郎の手が掴んで引き止めた。

「下手に動くんやない」


214『鏡鬼』2011/11/23(水) 23:08:04.78ID:CpeKAJjT
甚五郎はしゃがんで、畳の目をなぞった。

「『知恵の板』いうんは知っとるか?」

綾は虚を衝かれたように、
「……真四角の板を、バラバラにしたやつやん。組み替えて別の形を作る……」

甚五郎は頷き、
「これは、それと同じ絡繰(からくり)や」
と言った。

綾は首を捻り、
「意味が分からんわ。それと畳と、どういう」
募る言葉を遮り、甚五郎は問うた。
「綾、弓はどこや」

言ってから、甚五郎は頭陀袋から墨壷を出し、墨汁を含まない糸を雪洞の脚に括り付けた。
手探りでもこうした細かい作業が出来るのも、甚五郎が勘定奉行職に留まることができた理由である。

「向こうの壁に立てかけとるんやけど……」
綾は不安そうな顔のまま、右側の壁を見て言った。

「よっしゃ。この糸を持って、取りに行ってこい」
甚五郎は糸を適当な長さまで引き出してから切り、その端を綾に差し出した。

「儂はここで待っとるからな、壁の端まで行って弓を取ったら、合図せえ。
そうしたら今度は儂がこの糸を辿ってそこまで行く。ええか、決してこの糸を離しちゃならんぞ」

綾は、訳がわからないまま、頷くばかりだった。


@ @ @

215『鏡鬼』2011/11/23(水) 23:11:42.88ID:CpeKAJjT

彩華は、脇差を持った左手を、ゆっくりと身体の前へ持ってくる。
着物の裾を少し割って、足を捌きやすくする。

――何と闘うつもりなんだろう……。

自分が何に対して備えているのか、よく理解しないまま、とにかく危険なことを認識するのみである。
彩華は広間の真ん中で、畳をしっかりと踏みしめて、あたりの気配を窺った。


薄暗さは、徐々に増すばかりである。
広間の隅などは、完全に闇に沈んでいるくらいだ。


不意に、部屋のどこかで光が灯ったようだった。

暗い広間に、自分を囲むように、茫洋とした光が滲む。
光源がはっきりせず、どこからか光が差しているのかは分からなかった。

彩華は、ゆっくりと首を廻らす。
右手を柄にかけ、そっと脇差を引き抜いた。


と、何かが、視野の端で閃いた。
光が反射したような、一瞬だけ輝く光だった。


@ @ @

216創る名無しに見る名無し2011/11/23(水) 23:19:30.89ID:xz/C5PRY
 

217『鏡鬼』2011/11/23(水) 23:19:52.85ID:CpeKAJjT

綾は、壁際で自分の長弓を取ると、甚五郎とともに壁伝いに広間の奥まで歩いた。

畳の端から壁までは、わずかに隙間がある程度だ。
歩きながら畳を数えると、
「爺ちゃん、気味悪いわ……なして、十三畳もあるん? この広間は、八畳四方の畳がすっぽり収まる部屋の筈やに」
泣きそうな顔で、綾が言った。


――思ったとおりやな。
甚五郎は、頭の中に描いた図形を反芻した。


「綾、もいっぺん聞くで。この畳は、全部で何枚や」
「せやから、六十四言うとるやん……けど、今は何枚になってまったんやろ」

横は五畳、そして奥行きは今確認した通り、十三畳である。
従って、この部屋は六十五畳。

もとは六十四畳ある筈なのだから、
「一畳分の“誤魔化し”があるんや」
という甚五郎に、綾は広間をぐるりと見渡した。

「畳はどこも欠けとらんやん……」
「いいや、“仕掛け”があるんは、真ん中あたりやな」

そう言って、甚五郎は懐紙に硬筆で図面を描きだした。


  ttp://dl6.getuploader.com/g/6%7Csousaku/477/%EF%BC%98%C3%97%EF%BC%98%EF%BC%9D%EF%BC%95%C3%9713.jpg


「まったく、出鱈目もいいとこやのう。儂ぁ、虚仮にされとる気分やに」

甚五郎は、白く濁った目を見開いて言った。

218創る名無しに見る名無し2011/11/23(水) 23:20:12.84ID:xz/C5PRY
 

219創る名無しに見る名無し2011/11/23(水) 23:23:24.95ID:xz/C5PRY
 

220 ◆BY8IRunOLE 2011/11/23(水) 23:24:08.27ID:CpeKAJjT
↑ここまでです

ずいぶん間をあけてしまってすみません
支援レスありがとうございます

>>217のリンクがもし見られなかったら、教えてください。うpし直します

221創る名無しに見る名無し2011/11/23(水) 23:26:56.65ID:xz/C5PRY
乙です
通して読んでくる、けど先に画像は見えてるよー、とだけ。

222創る名無しに見る名無し2011/11/24(木) 18:29:38.71ID:xMpzYEBd
乙です
彩華は何に囚われているのだろうか
昔から図形嫌いだから図形問題厳しいぜw

223創る名無しに見る名無し2011/11/25(金) 01:36:37.59ID:YlOSPREL
改めて乙ー
爺さん只者じゃなさすぎるw
彩華はどうなるんだろう・・・

224『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2011/12/22(木) 20:18:39.93ID:ijMYiijI
【盲の算法家(後篇)】

綾は、描かれた図面をじっと見つめている。
どこが、とは具体的に言えないが、どこかがおかしい。
甚五郎は指で図面をなぞり、的確に尺を取りながら、言った。

「ええか。これは、真四角を二つの三角形と二つの梯形(※台形のこと)に分けたものやな。
この、三角形の斜辺の傾きと梯形の斜辺のそれとが、同じ傾きやあらへん、いうことに気づかんと騙されてまう」

甚五郎は、長方形の方の、三角形と梯形とが接する斜辺の間に陰影を描き入れ、さらに梯形の斜辺の横に『三/五』と書き入れた。
同様に、三角形の斜辺――直角に相対する辺――には『三/八』と書き入れた。

「あっ……!」
綾は、そこでようやく甚五郎の言わんとすることに気づいたようだった。

「ひとは、物事を思い込みがちや。目に見えるものには、とくに惑わされやすい。
儂に言わせりゃ、目ほどあてならんもんはない」

綾が、怪訝な顔で尋ねる。
「つまり……どういうことなん?」

甚五郎は指で畳の継目をなぞりながら、
「……この世はな、常に『現世とは似て非なる別の世界』が隣接しとるんや」
と言った。

「今、誤魔化された一畳分、空間が歪められとるわけやろ。
そこが、『別の世界』への誘い込み口となっとるかもしれん、いうことや」

綾が、気色ばむ。
「ほんなら……、彩華は!?」
「……誘い込まれて『そっちの世界』に閉じこめられてまったのかもわからん。
――おそらく、神隠しにあったという連中も、同じ様にして拐われたんやろな」

甚五郎は、あらためてこの“妖かし”を仕掛けている者が何なのか、考えようとした。
が、すぐに思い直し、

――いやいや、今はあの娘を救い出すことが先や。

うろたえる綾を宥めながら、策を練り始めた。


@ @ @

225『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:21:14.61ID:ijMYiijI

視界に、動くものを捉えた。
脇差を握る手に力を込め、彩華は慎重に、その方向を見やる。

それが敵であれ味方であれ、近づかなければならない、と彩華は思った。
抜き身を手に、足音を立てぬよう、そっとそちらへ歩を進める。

心臓の鼓動が、いやに大きく響いた。
不気味な光と、圧迫するような闇が、彼女を取り囲んでいる。
注意深く、“それ”に近づく。見ようによっては、人影のようにも見える。

――なんだ……。

そこにあったのは、埃がかって幾分曇った、大きな鏡であった。

人影のように見えたのは、鏡に映り込んだ彩華自身の姿であったようだ。
“それ”は、彩華が動くと動き、静止すると同じように静止する。

――ただの、鏡だ。

そう思って安堵する。

……のだが、奇妙な点が一つあった。

彩華はぴたりと立ち止まり、息をひそめて“それ”をじっと見た。



――“右手”に刀を持っている……?


226『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:22:31.71ID:ijMYiijI
背格好は、よく似ている。
けれど、着ている着物が、彩華のものとは微妙に違うように感じられる。
なにより、鏡面がくすんでいるために、はっきりとは分からないのだ。

もどかしい、と思う。
確かめなければ、と考える。

けれど、心の奥底で、確かめるのを怖れている。
自分がどうしたいのか、よく分からなくなっていた。


――あれは、一体何だ。

視線を感じる。

鏡の像は、彩華を見つめて立っている。

ここからさらに一歩を踏み出して、“それ”に近づく勇気は出ない。

寒いわけでもないのに、身体が震えだし、止まらなかった。



@ @ @


227『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:24:13.76ID:ijMYiijI

綾は、あらためて広間を見渡した。
薄暗い中に、入り口に立てた雪洞の灯りがぼうっと差して、なんとも不気味な雰囲気だ。

そこで、視界に違和感を覚えた。

雪洞の光が不自然に反射する一点があった。

「爺ちゃん、あれ……なんやろ」
「なんやろ言われても、儂ゃ見えへん。何か居るんか」
甚五郎は、墨壷から糸を繰り出しながら言った。

「なんや、光が変なふうに反射したように見えたんやけど……水たまりか何かがあるみたいな」

そこで、手を止めた。

「……どの辺りや」
「部屋の向こう側の、壁際」

甚五郎はしばし考え、
「よし、そこまで行くで。けどちょい待ち……」
と言って、畳に木釘を打ち込んだ。

228『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:27:39.21ID:ijMYiijI
広間の壁際を伝って回りこみ、反対側の壁まで歩いて行く。

「あ、あれ、鏡やん?」

人の背くらいある姿見が立てかけてある。

「触らんとき」
甚五郎が厳しく警告した。

言われたとおり、触れぬよう、かつ自分の姿が映り込まないようにも注意しつつ、
綾は、鏡の脇からおそるおそる近づいた。

そこで、あっと声を上げた。

「彩華!」
「何!?」

鏡の中には、黄色の髪の少女が、怯えた表情で立っているのが映っている。

「爺ちゃん、彩華、映っとる! けどどこに居んねんやろ、さいかー!」
綾は、鏡が映す方向に目を凝らし呼びかけた。

けれど、何も見えず、呼びかけに応えるものも無かった。

「ほうか……ここが、三つ目の“接点”やな」

甚五郎はそう言って、鏡の裏側の畳に木釘を打ち込むと、先ほどの場所からずっと引いてきた糸を括りつけた。

墨糸は二本あるようで、もう一本をぐっと引くと、それは雪洞の方から伸びてきているようだった。
それも木釘に括りつける。

229『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:30:33.08ID:ijMYiijI

「……算法で儂を誑かすとは、侮られたもんじゃのう。首洗って待っとれや、首があるか知らんが」
甚五郎は小さく呟き、薄暗い虚空を鋭く睨みつける。

音もなく綾に近づくと、
「綾、堪忍な」
いきなり、装束の襟元に、手を差し入れた。

「ちょっと、何すんのん!」
綾は、咄嗟に身を捩る。白い肌が露出する。
その鎖骨の上あたりに、鳥の羽を突き刺す。

「痛っ!」
脈を打つ場所を刺したために、血がどくどくと流れ出して羽を伝う。

「巫女であるお前の血が必要なんや。……月に一度は血ぃ失っとるやろ、これくらい大したことあらへん。
後で鹿尾菜(ひじき)でも浅蜊(あさり)でも、たんと食わしたるわ」

流れだした血を墨壷に受ける。

あまりの突然のことに、綾は呆然としている。

「信じられへんわ……。爺ちゃん、化け物に憑かれてまったんとちゃう?」
綾は眩暈を覚え、その場にへたりこんだ。



@ @ @

230『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:34:31.03ID:ijMYiijI

――斬ってやる。

彩華は、急に鏡の中の像に対して、怒りに似た感情が湧いた。
それは恐怖の裏返しだったかも知れない。

脇差を八相に構える。
鏡像も、同じように構えをとる。

そこでふと、横目に何かを見た。

目だけを動かすようにして、顔の横につけた脇差に、視線を移す。
鎬(しのぎ)のところに、なにか黒いものがくっついているのを見た。

――なんだ、これ……。

鏡から目を離し、顔をそちらに向ける。

指の爪くらいの大きさで、歪んだ円型。
黒い汚れ、あるいは“穴”のようでもある。
穴の奥には黒い光沢が見え、何かが詰まっている様子である。


刀身にこのような穴が開くなど、考えられない。
しかもそれは、かすかに蠢いているようにも見える。

“穴に埋め込まれた目玉”とでも形容できる、得体の知れないものだった。


鋒(きっさき)のほうに目を向ける。
“穴”とも“目玉”ともつかない“それ”は、刀身の先へかけて、いくつも散らばっている。


視線を手元に戻す。

手元の“それ”は、五、六個に増えていた。

231『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:37:25.59ID:ijMYiijI

ざわざわと、嫌な感触が胸に迫ってくる。

手を返し、刀身の反対側を見る。

抜き身を覆うように、“それ”が蔓延っていた。
見た瞬間、視線が吸い付けられたように、固まってしまった。


じっと見ていると、ますます不気味だ。
“穴”に吸い込まれるような、あるいは、“目玉”に見つめられているような。

目を背けたいのだが、なぜか背けることができない。
思い切って、目を閉じた。

闇の向こうから、怖ろしいものが迫ってくるような気がした。
堪らず、直ぐに目を開ける。

八相の構えは既に解かれ、頼りなげに、片手で脇差を握っている。
その右手へ、視線が移る。


「ひっ」

刀身だけではなかった。

脇差を握る右手の甲にも、“それ”が二つ。

手には何の感触も無い。
だが、たしかに“それ”は皮膚に穴を開け、埋まっているように見える。


恐怖感と、生理的嫌悪感が同時に襲ってくる。

慌てて、袖を捲る。

手首から肘にかけて、“目玉”がびっしりと、埋め込まれている。


「うわあぁ!」

見た瞬間、皮膚が総毛立った。
脇差を放り出し、後ずさる。

肘を擦るも、掌はただ、粟だった肌を滑るのみである。
その手にも、“それ”はびっしりと付いているのだ。

足がもつれ、尻餅をついた。

その折に見えた足の甲も、足首も、“目玉”がびっしり覆っていた。



@ @ @

232『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:40:03.22ID:ijMYiijI

墨壷から、血塗れの糸を引き出した。

――気持ち悪い……

綾は、靄がかかったような頭で思った。
糸が自分の血で染まっていることに、更なる不気味さを覚えた。

「そっちの端を持っとってな」
甚五郎は、その糸を引き伸ばしたり手繰ったりしながら、広間を壁伝いに動き回っている。


広間の中に、三角形がつくられているらしいことは理解していた。

畳に打ち込んだ木釘は三箇所である。
入り口に立てられた雪洞・畳の誤魔化しを見破った部屋の隅・そして壁際の鏡が立てかけてあるところ。
これら三点を頂点とする、三角形である。


それぞれの釘の間を結ぶ糸は、弓の弦のようにぴんと張って、弾くと鳴った。

甚五郎は糸の真ん中あたりを摘んで、その両側の糸をそれぞれ弾いて音を聴き、音の高さが同じに聴こえた点に、
さっきの血染め糸を結び付けた。
その糸のもう一方は、三角形の辺に向かい合う頂点の釘に結びつける。

甚五郎も綾も、広間の真ん中へは立ち入らないようにしながら、作業を進めている。

広間の真ん中辺りには血染め糸が渡されて、交差している筈であった。

「爺ちゃん……これ、なんかの咒(まじな)いなん?」
「咒いなら、お前がいつもやっとるやないか」
「うちのは祈祷やし。だいたい、まだ見習いやん……」

綾は、しょんぼりとしている。

鏡に映った彩華の怯えた顔が、脳裏に焼き付いていた。

得体の知れない世界に放り出されて、きっと不安でたまらないだろうと思う。
助け出したいのに、何も出来ない自分が、ひどく役立たずに思えた。



@ @ @

233『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:48:09.95ID:ijMYiijI

――身体が、“目玉”で穴だらけに――

混乱する頭で、考えられるのはそれだけだった。


畳の上に投げ出された、抜き身の脇差。

不気味に輝いている。

それの上を、黒く蠢くものが這って近づいてくるのが見えた。
ぬめりのある表面が、鈍い光沢を放っている。


――蝮……。

畳を黒く埋め尽くすような、大量の蝮。
ぞわぞわと彩華の足元へ、押し寄せてくる。

首を左右に振る。

「嫌だ……」

思わず洩れた声が震えている。

ちらりと、さきの鏡が目に入った。
鏡の中の人物の口角が、嗤うように上がっている。


それを見た時。

彩華の中で、張っていた何かがぷつんと切れた。


「いやだぁー!!」

泣きながら叫んだ。

鏡に背を向け、広間を出鱈目に走りだす。

帯が解けた。
肌蹴た着物に足を取られ、躓き、倒れる。

何かが、畳の上に転がった。



@ @ @

234『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:50:53.09ID:ijMYiijI

その音を、はっきりと聞いた。

糸を弾いていた甚五郎が、ぴたっと手を止めて、言った。
「おい、土鈴かなんか、彩華に持たせたか」

綾は怪訝な顔をした後、はっとした。
「爺ちゃん、彩華、どこかに居るん?」

「持たせたんやな?」
綾は頷き、装束の襟元から取り出した。


素焼きの陶土で作られた鈴。

紐を通して首から下げている。
なんだかよく分からない生き物を模したもので、丸っこい。

「彩華に、同じもの渡しとる。対になっとうやつ……」
綾は、土鈴を振り鳴らした。
ころころと、澄んだ素朴な音がした。

甚五郎は、しっかりと耳を澄まして土鈴の音を確かめ、
「それを、鳴らしとき。意味があるように、調子をつけて鳴らすんや」
と言った。



――彩華、聞こえとる?

綾は、心の中で祈りながら土鈴を三、三、四と繰り返し鳴らした。



@ @ @

235『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:53:26.03ID:ijMYiijI

彩華が転び、土鈴がこぼれ落ちたとき、蝮がさあっと引いた。

土鈴の周りだけ、蝮が寄らず畳が見えている。


彩華は、乱れた小袖を端折って這い進み、それを拾った。

丸っこい土鈴。

綾が、彩華にくれたものだ。

それを見て、綾と出会った蔵を思い出した。

あの時、柱を這っていたのも蝮だ。
脇差を抜いて、すかさず刺し殺した。

けれど今、手元に脇差は無い。
あったとしても、それで戦う気力は無かった。

――綾、助けて……

祈るように土鈴を握ったとき、広間の一角から、土鈴の音が聞こえた。

彩華のものに似ていて、幾分音が低い。

蝮は、明らかにその音を嫌がっていた。


236『鏡鬼』2011/12/22(木) 20:55:38.08ID:ijMYiijI

  「彩華、ええもんあげるわ」
  「?」

  綾が差し出した土鈴を見て、彩華は首を傾げた。
  「これ、何?」
  「何て、土鈴やん。知らんの? 土で作った鈴やに」
  「ふーん……」

  二つの土鈴は同じようなかたちの色違いで、対になっていた。
  綾は二つを手にとって、一緒に鳴らした。
  二つの音はうまく調和して、綺麗な和音を奏でた。

  「わぁ……」
  彩華は目を瞠って、土鈴を手に取り、一つずつ鳴らしてみたり、音を聴き比べたりしていた。

  「あんたに片っぽあげるやに。どっちがええ?」
  「うーんと……こっち」

  彩華は音が高い方を選び、綾は紐を通して首から下げてやった。
  「お守りみたいだ」
  「鈴って、魔除けの意味もあるんよ」



そのやりとりを思い出した。

彩華は、土鈴を振り鳴らす。
蝮が、彩華のいる一角を避けていく。

聞こえている音は、彩華のものではなく綾が持っているほうだ。
三つ、三つ、四つ……と、調子をつけて鳴っている。
彩華は、それに合わせて自分の土鈴を鳴らした。



@ @ @

237『鏡鬼』2011/12/22(木) 21:03:45.86ID:ijMYiijI

甚五郎は、さらに三角形の各頂点から糸を引き、相対する辺に結びつけようとしている。

「綾、ちっと代わってくれるか。鈴は儂が鳴らしといたる」
「え……どうしたら、ええのん?」
糸の端を渡され、綾は不安そうな顔をした。

「糸の長さをよう見てな、一番短くなるとこで留めるんや」
「???」
綾はますます困った顔になった。

「ええか、こうして斜めにするんと、ここらへんで直角に交わるんとでは、必要な長さが違うやろ。
儂は目で見てそれが分からん、お前が目で見て結んだほうが早いし確実や」

甚五郎の意図するところはなんとなく理解したものの、綾はやはり躊躇った。

今、甚五郎が行なっているのは、この妖かしを破る咒いである。
うまく出来なかったら……という思いが頭から離れない。

甚五郎は、
「左端の角と右側の角、どっちが大きく開いとる?」
と尋ねた。

綾は、辺の両側を見やった。木釘に結び付けられた糸が成す角の大きさを目視で比べ、

「え……右ちゃうん?」
と答えた。

「せやな。計算どおりや」
「なんなん……、またおかしなこと起きたか、思ったやん」

「お前の目はちゃんとあてになる、いうことや。さ、ちゃっちゃとやってくれるか」

綾は、観念したように作業を進めた。


かくして、広間の中には三角形に糸が巡らされ、さらにその中を、血で染めた糸が計六本、張られたわけである。




(図2)
ttp://u6.getuploader.com/sousaku/download/489/%E5%9B%B3%EF%BC%92.jpg


238 ◆BY8IRunOLE 2011/12/22(木) 21:08:05.95ID:ijMYiijI
↑ここまでです……

今回も図を入れました。見れなかったらご一報くださいませ


本日は冬至ですね。(連載終わらなくて)ネタも書けない……

なんてこった\(^o^)/

239創る名無しに見る名無し2011/12/22(木) 21:35:04.40ID:oFc2fY/1
乙です
図は俺の専ブラではみれませんでしたね
URLをブラウザに直接ぶち込んだらいけましたが

弱々しい彩華に悶えたぜ

240創る名無しに見る名無し2011/12/23(金) 16:06:29.27ID:ZC3Utcp5
>>239
失礼しました。DL前画面のアドレスを貼ってしまったようです……

改めまして、>>237の図

  (図2)
  ttp://dl7.getuploader.com/g/6%7Csousaku/489/%E5%9B%B3%EF%BC%92.jpg

241創る名無しに見る名無し2012/01/30(月) 18:54:03.18ID:7x4WkU/G
目玉気持ち悪w
しかし爺さんが何してるのかわからなくなってきたぜ・・・orz

242『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2012/03/03(土) 20:38:16.56ID:dtNaTC2k
【鏡鬼(前篇)】

闇の端から、夥しい数の目玉が襲ってくるような気がする。
畳の上に起き上がり、土鈴を鳴らす。
この鈴の音が、彩華を守ってくれるような気がした。

別の土鈴の音が聞こえている。
綾が持っている、対になっている鈴のもう一方だ。
彩華が鳴らすと、綾の鈴が応える。

顔を上げる。
広間の暗い空間に、金色の細い線が数本、真っ直ぐに走っているのが見えた。

――光……? なんだろう、これは……

怪訝に思ったが、不気味な感じは受けなかった。
強く、神々しさを感じる輝きだった。
彩華はその光線に近づき、手をかざした。



@ @ @

243『鏡鬼』2012/03/03(土) 20:41:31.34ID:dtNaTC2k

糸を張り終わり、綾は再び土鈴を手に取った。

鳴らしながら、音を聴いている。
目を閉じると、よりはっきりと聴こえる。
土鈴の音が鳴ることで、綾は彩華の存在を確認していた。

「綾、支度せえ。そいから、矢を一本寄越せ」

支度、というのが何を意味するのか、分かるまでややあった。
持ってきていた弓の存在など、先刻まで綺麗さっぱり忘れていた。

装束の上に襷を掛ける間、土鈴を預ける。
甚五郎は、預かった土鈴を糸のひとつにぶら下げた。


綾は胸当てをかけ、紐を背中で結った。
長弓を握る左手は、微かに震えている。

止血のために肩に巻いた手拭いが、微妙に邪魔だった。
しかも、怠いような鈍痛もまだ残っていた。

「爺ちゃん、うち……ちゃんと引けれるか分からへん」
「阿呆言うなや」

不安な様子の綾を、甚五郎は言下に一蹴し、土鈴を糸伝いに滑らせる。
土鈴は交点で引っ掛かり、そこで止まった。

甚五郎は、懐紙を取り出すと神籤(みくじ)のようにして矢に結び付け、綾に渡しながら、言った。

「彩華をこっちに引き戻さな。それには、お前の矢が必要なんや」



@ @ @


244『鏡鬼』2012/03/03(土) 20:42:35.11ID:dtNaTC2k

綾の土鈴の音が、弦を弾くような音に混じって、身体に直接響くように伝わってきた。

光線は、部屋の奥のほうまで伸びている。

線の周りだけ、蝮の気配が無い。
彩華は再びそれに触れ、光線の向かう先を眺める。

複数の光の線が、集中する一点がある。

聴こえていたもう一つの鈴の音が、その交点へ向かったのが分かった。
近づくと、少しずつ音が大きくなる。

光線から手を離すと音が聴こえにくくなるので、手を触れさせたまま、その集中点へ近づく。

彩華は、その点に手をかざした。

目を閉じ、耳に全神経を集中させる。

鈴の音が、はっきりと聞こえた。それに混じって、張った弦が鳴るような、風を切る音が聞こえた。

そこで、音は止んだ。

――ここに、綾の鈴がある……?

彩華は、わけもなくそう思い、その点に立って、綾の名を呼んでみた。



@ @ @

245『鏡鬼』2012/03/03(土) 20:45:50.04ID:dtNaTC2k

綾は、緊張した面持ちで、矢を受け取る。

「あの吊るした土鈴を狙って射るんや。あれが、こっちとあっちの世界を通す“道”になる」
「……割れてまわん?」
「心配せんでもええ」

綾は、糸の一方の交点の側に立った。
それぞれの糸が、各辺と垂直に交わるよう張った糸の交点である。

そこから、土鈴が吊られたもう一つの交点を見つめる。

距離はおよそ二間ほどである。

普段の的よりもずっと近いが、なにしろ拳程度の大きさの土鈴だ。
的が小さく、しかも外すことは許されない。

「彩華に当たらへんやろか……」
「鈴の場所からいごかんやったら、当たることはあらへん」
「動いたら……?」

「いたらんこと考えんと、早う射れ! 一刻を争うんやぞ!」

甚五郎が怒鳴り、綾はびくっとした。

そして震える手で、弓を構えた。

――ああ、神様。お勤めちゃんとやりますから、どうかちゃんと引かせたって……


246『鏡鬼』2012/03/03(土) 20:47:27.83ID:dtNaTC2k

目を閉じた。

耳に、彩華の声が聞こえた。

綾を呼んでいる。
不安そうな、消え入りそうな声。

その姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。


――彩華、待っとってな。いま助けたる!


わずかだが、勇気が湧いた気がした。

弦に手をかけ、力いっぱい引く。
弓がぎりぎりと鳴った。

的を見定める。

土鈴は小さく、広間は薄暗い。
条件は最悪だが、迷いは無かった。

目を閉じると、暗闇にぽっかりと浮かぶ土鈴が見える。

彩華のものと、綾のもの。二つの土鈴は重なっている。

二つの土鈴が、こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ道になる。
そして、矢の向かう先には、彩華を閉じ込めている忌々しい空間をつくり出した、悪い奴がいる。

それを射抜くのが目に見えたところで、綾は、目を閉じたまま、矢を放った。



@ @ @


247『鏡鬼』2012/03/03(土) 20:57:36.15ID:dtNaTC2k

手に持った土鈴に、鈍器で突くような衝撃が走った。
胸のあたりに持っていたので、一瞬、息が詰まった。

その直後。
背後で、重い金属が割れるような音と、低い唸り声がした。

彩華の周りの闇が、音もなく、瓦礫のように崩れていく。

周囲から暗幕が取り払われたかのように、今までより少し明るい闇が彩華を取り巻いた。
土鈴を握って振り返ると、どす黒い煙のようなものが立ち上っている。


「彩華!」

綾が駆け寄ってくる。

「大丈夫? あんた、どこもおかしいとこあらへん?」

綾は彩華を抱き寄せ、涙を浮かべて言った。

その細い腕に抱かれた時、彩華は、ほっとしたような、胸が締め付けられるような、
なんとも言えない気分になった。


しかし、すぐに、全身の“目玉”を思い出し、身体が強張った。
それを勘違いしたのか、綾は彩華の頭を優しく撫でる。

「彩華、ごめんな。怖かったやろ? もう大丈夫やに」

いつの間にか、結んでいだ髪は解け、毛先が項に垂れているのを感じる。

――ああ、やっぱり髪が邪魔だな。切らなきゃ……

彩華は、こんな時にそんなことを考えている自分が、夢の中にいるような、奇妙な感じがしていた。

ふと、綾の胸元を見ると、鎖骨の下あたりに巻かれた布に血が滲んでいるのが見えた。

「綾、」

そのことを言おうとし、はっと息を飲んだ。


滲んだ血の染みが、目玉のようになり、見開いて彩華を睨んだのだ。


248『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:02:26.38ID:dtNaTC2k

「!!」
彩華は思わず仰け反って、綾を見た。

綾は、気を失ったようにくずおれた。
その背後から、太い胴体の蝮が這い出し、綾を搦め捕らんとする。

(ナゼ、ナゼナノ……)

誰かの声が、彩華の頭の中に響く。

(ドウシテ、ワタシノコトヲ思イ出シテクレナイノ……)

彩華の胸の中に、今まで感じたことのない感情が渦巻いた。

――動けない。

彩華は、ただ立ち竦むばかりである。

(選バレナカッタ。選ンデ貰エナカッタ)

綾を羽交い絞めにするように、無数の蝮が集まる。
その上に、黒い煙が凝って、大きな蛇の鎌首になった。

(アナタハ、ワタシヲ選バナカッタ……)

彩華の胸いっぱいに、場違いとも言える、突き放されたような、感覚が満ちる。

彼女の持ちうる一番近い感情をそれに当てはめるとすれば、それは「寂しい」という感情だった。


大蛇の、丸太のように太い胴体には、目玉のような模様がびっしりと描かれている。
鎌首をもたげ、彩華を睨めつける。

綾は大蛇の後ろに隠れ、姿が見えなくなっていた。

249『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:04:34.50ID:dtNaTC2k

(ズット、待ッテイタ。ケレド、アナタハ来ナカッタ)。

寂しい、というには激しすぎる感情だ。

(ワタシヲ置イテ、去ッテシマッタ)

胸を掻き毟るような、という表現が近いのかも知れなかった。

(ワタシハ、コンナニモ……)

彩華は、得体の知れないその感情が、自分の中で嵐のように吹き荒れ始めるのを感じた。


(コンナニモ想ッテイルノニ!!)

大蛇の頭が、大きく口を開いた。
その口の中は、闇の中にあってさらに闇というべき、目が引っこ抜かれそうな、恐るべき暗黒である。

突如動けるようになり、彩華は後方へ跳び、逃げ出した。

が、蛇に背を向けていることに怯え、立ち止まる。
また綾が気がかりで、振り向いた。

しかし、すぐに蛇と相対することに恐れを感じ、咄嗟に顔を伏せる。

左手を探り、脇差を放り出してきたことに気づいた。


――しまった……どうする、どうしたらいい!?


(非道イ。別ノコトニ夢中ニナルナンテ。思イ出シモシナイナンテ。タダノ道具トシテ使ウナンテ)


辺りを見回す。

月の光が差して仄明るいが、その光の照り返しが、どれもあの目玉に思えた。

250『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:06:47.58ID:dtNaTC2k

彩華はいよいよ、追いつめられた気になる。

視界の端に、先ほど放り出した脇差が抜き身のまま転がっているのが見えた。

それを拾うべく近づいて――


「っい!?」


刀身に、あの目玉が映り込んだ。

彩華は咄嗟に目を逸らし、再び抜き身に目を戻す。
映った目玉が、虚空を無感情に見つめている。


―― 〜〜〜〜〜〜!!


彩華は、傍にあった鞘をひっつかみ、抜き身に被せた。



@ @ @

251『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:10:04.41ID:dtNaTC2k

(イツモ、思イ出シテクレルト思ッテイタノニ……)


甚五郎は、辺りの気配が明らかに変化したのを感じていた。

辺りに聞き耳を巡らす。
部屋が崩れた、ということだけは把握した。
風が吹き抜け、気温が下がったのを感じた。

屋根が抜けて、おそらく夜暗に月明かりが差している。

月が出ているな、という感覚は、独特のものだ。
これそれ、とは説明できない。“何となく”というのが一番正しい。

――これでは、夜中にあっても光をよく反射するだろう……

そう思って、気を引き締める。
“奴”が手を弄する余地はいくらでもある、ということだ。

甚五郎は、彩華、と呼ぼうとし、声が出ないことに気づく。

――! 小賢しいのう、封じたか。

予測はしていたが、“封じられる”というのは、なんとも癪に障る事態である。


――彩華、気をしっかり持ち。目で見るものなぞ、あてにならんぞ……

祈るように、甚五郎は心の中で呟いた。


――鞘を被せて、光を遮る。
直感的に、彩華が導き出した答えだった。

“鏡鬼”の妖かしは、モノを映すもの、即ち鏡や水面などに現れる。
だったら、反射する光を遮れば良い。

甚五郎の助言が伝わったのか、彩華は図らずも、それをやってのけていたのだ。



@ @ @

252『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:13:22.12ID:dtNaTC2k

(イツカ、迎エニ来テクレルト言ッテタノニ。捨テルナンテ。忘レルナンテ)


彩華は、何故か胸が苦しくなるのを感じていた。

自分の存在を、軽んじられ、否定されたような感触。

とはいえ、まだ未熟な彼女に、そんな賢いことを考える学は無い。
訳の分からない喪失感に、ともすれば折れそうになる心を、文字通り必死に奮い立たせ、脇差を拾う。


慌てて、鞘に収めた脇差。

先ほど見た、輝く刀身に映り込む無数の目玉を思い出し、嫌悪感でいっぱいになる。

しかし、彩華が扱える唯一の武器は、この脇差しか無いのだ。




彩華の前方から、ゆっくりと蝮が迫っていることが分かる。

まともに目を合わせられない。

見たら、きっと“飲まれる”。


目を閉じる。

目を閉じた闇から、幾つもの鎌首が襲いかかるのを想像する。



しかし、それは襲いかかるその瞬間までだ。

張りぼてのように、それはその先の想像を描かない。

やがて、目を閉じた闇の奥からは何の気配もしなくなる。
代わりに、綾の優しい笑顔が浮かんだ。


――もう、逃げない。

253『鏡鬼』2012/03/03(土) 21:15:36.08ID:dtNaTC2k

彩華は、ゆっくり息を吸った。

心臓が、次第に鼓動を緩める。

脇差に手をかけ、機を窺う。


耳に聞こえる、醜悪な蝮の息吹。
闇の中で蜷局を巻き、目玉の模様をした皮膚を震わせている。


――かかってこい。

少女は、最早たじろがない。

抜き打ち。

機は一瞬である。
抜き身を晒しておくと、危険だと思った。


蝮が、その大きな顎を目一杯に開き、襲いかかったその瞬間、

彩華は脇差を抜き、そのまま振り抜いた。



“重くて柔らかいもの”を斬ったような、嫌な感触。

耳を劈くような、金属の割れる音が聞こえた。


彩華は、そこで気を失った。

254 ◆BY8IRunOLE 2012/03/03(土) 21:21:06.66ID:dtNaTC2k
↑ここまでです

ものすっご間をあけてしまい、大変申し訳ありません。
あと1回で終わりです、今月中に必ず投下します。


今日はひな祭り。ですが、ネタはありませんw

255『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE 2012/03/20(火) 12:54:30.99ID:Os3vWpJg
【鏡鬼(後篇)】

「なあ、ほんまに切ってまうん……?」
綾が、残念そうに聞く。

「うん。だって邪魔だもん」
彩華は即答し、頭を軽く左右に振った。


後ろ髪の毛先が、項をくすぐる。
頬のあたりにも髪が降りて、ほんの少し暖かさを感じる。

綾は観念したように、彩華の髪に櫛を入れ、躊躇った後、鋏を入れた。


「う゛〜、ごめん、ちゃんと揃わへん……」
鋏の切れ味も悪いらしく、切った毛先はなかなか思うように真直ぐにはならない。

「いいよ、適当で」
彩華は首筋の風の通りが良くなるのを感じ、気分が晴れた。



@ @ @

256『鏡鬼』2012/03/20(火) 12:56:26.87ID:Os3vWpJg

「かがみおに?」

聞き返す彩華に、甚五郎は頷いた。

「付喪神の一種、とも言えるかも知れんが……まあ、生霊(いきりょう)の類やろな」


彩華が妖かしを退治したことは、甚五郎と神社の宮司だけが知るところとなった。

あの闘いの後、本堂の奥の部屋は大いに崩れた。
結局、普請をする真っ当な口実が出来たと、宮司は苦笑いしたという。

「崩れた跡から、割れた手鏡と壊れた筒鏡が見つかったんや」

蒔絵の美しい装飾が施された手鏡は、つい先ごろまでこの地にいた、遊女の持ち物であった。
遊女は若い絵師と親しくなり、恋仲となったが、とある武家の後妻として水揚げされ、この地を離れた。
心残りのある遊女は、形見として愛用の手鏡を絵師に渡した。


「まあ、ここまではよくある話やけど」
甚五郎は焙じ茶を啜り、ふーっと息をついて続けた。

「絵師は、鞘絵を始めよったんやな」
「鞘絵って、あの手桶の花入れに映して見たやつ?」
綾が、盆を卓袱台に載せて、尋ねる。

甚五郎は頷き、
「はじめは鏡文字――左右逆になっとって、鏡に写すと読めるようになるあれや――、
そういうんをやっとったみたいやな。で、次第に模様、絵……となって、
筒鏡まで手に入れて……というわけや」


綾が置いた皿には、小さな餅を漉し餡で包んだものが載っていた。
表面に三本、筋が引かれている。

「あ、美味しそう」
彩華が手を伸ばそうとすると、

「こら、手で食べたらあかん。お行儀悪いわ。それに柔らこうて摘めへんよ」
綾が窘め、黒文字を差し出す。


小ぶりな餅。餡は上品な甘さで、彩華は満足そうにそれを頬張った。

それを見つめる綾の横で、甚五郎は焙じ茶を啜った。

257『鏡鬼』2012/03/20(火) 12:58:29.46ID:Os3vWpJg

彩華はちょっと考えて、尋ねた。
「それが、どうしてあんな化け物に?」

甚五郎はニヤリと笑って、
「のう、綾。お前、誰か好きな男は居るんか?」
と訊いた。

突然聞かれて、綾はきょとんとなるが、彩華が、じっと綾を見つめているのに気づき、
「べ、別にそんなもん、居らんわ。なんやのん、いきなり……」
と言いながら顔を赤くした。

甚五郎はニヤニヤ笑いながら、
「女いうんはの、相手の男には自分のことを、いつでも一番に思っとって欲しいもんや。
その女も、何時でも思い出してくれるよう、絵師に自分の手鏡を贈ったんやろな」

「?」
彩華は首を傾げるが、甚五郎は構わず続ける。

「ところが、絵師はその鏡を使って、新たな絵の手法を思いついた。
そればかりか、他の鏡もいろいろ買ってきては試して、果てはそれを使って春画など描いて、
カネを稼ぐようになった」

綾が甚五郎と彩華の茶碗に新しい茶を注ぐ。

「女は、きっと手紙の一つも寄越すだろうと思っていたのかも知れんの。
けれど、絵師の男はそんなことは考えもせんかったんやろ。鞘絵に夢中やったんやから」

「……寂しかったのかな。だから、子供とか他の人を攫ったのかな」
彩華も茶を口にし、ぽつりと言った。

「神隠しは、そういうんやったんかも知れんの。そや、巫女が一人、本堂の隅で気ぃ失っとったげな」
「! それ、お美津さんとちゃう?」
綾が、行方のわからない同僚の名前を尋ねた。

「名前までは聞かんかったのう。怪我は無かった、言うとったが」
「無事やった、いうことやね。良かったわ……」
綾は、ほっとした様子で言った。

甚五郎はその後、指物師の倅と茶屋の娘は、倉に閉じこめられていたという話を続けた。

258『鏡鬼』2012/03/20(火) 12:59:34.01ID:Os3vWpJg

彩華は、しばし考えてから言った。
「女の人は、絵師の男の人を恨んでいた?」

「そういうこっちゃろう。まあ、これは儂の当てずっぽうやけどな」
そう言って笑い、再び茶を啜る。


「でも爺ちゃん、えらい詳しいやん。そんな話、どこで聞いてきたん?」
綾が聞くと、

「神社の裏手の川で、絵師が死んどるのが見つかったんや。で、火盗改連中が出張ってきての」
甚五郎は答え、彩華に尋ねる。


「それ、どうや?」
「美味しいよ」
彩華は口をモグモグさせながら答える。

甚五郎は笑って、また焙じ茶を啜った。



@ @ @

259『鏡鬼』2012/03/20(火) 13:02:40.46ID:Os3vWpJg

穏やかな、小春日和である。

姿見の前で、彩華は帯を締め、脇差を腰に差した。

――うん、やっぱりこれが、しっくりくる。

ここへ来た時に着ていた、男物の半着と袴。
女物の着物は帯が幅広で胸近くまでくるために、脇差を差しておくのは具合が悪い。しかも動きにくかった。

両手が空くことを確かめ、それから髪を掻き上げた。

綾に切ってもらったお陰で、髪はいつもどおりの長さになった。
結ぶにはちょっと長さが足りない。
綾は残念がっていたが、彩華はこっちのほうが身軽で良かった。


――さて、と……


「早うせな、綾が帰ってきてまうで」

不意に声がし、びくっとする。

襖が開いて、甚五郎が姿を現した。


しばし無言で相対したのち、甚五郎が口を開く。

「……やっぱり、行くんか」

彩華は答えず、俯いたままだ。

「綾は、寂しがるやろな」

「……ごめん、って言っておいて欲しい」

彩華は、申し訳なさそうに言った。

260『鏡鬼』2012/03/20(火) 13:04:46.71ID:Os3vWpJg

「ほれ」

甚五郎は、布包みを放り投げる。

「?」

小さな巾着だった。

「土鈴はそれにしまっとき。綾の餞別や、お守りになるやろ」
「……うん!」
彩華は、早速それに土鈴をしまって、首から下げた。

「儂からは、これや」
顔を上げたところに、ばふっと布の塊を投げつけられる。

「!?」

半纏だった。

綿がぎっしり詰まっていて暖かそうだ。袖が無いので、動きを制限することもない。

「これから、もっと寒うなる。西に行くんか北に行くんか知らんが、雪道になるかも知れん。
無理は禁物やぞ」

「あ、ありがとう!」
彩華は満面の笑みで、お礼を言った。



@ @ @

261『鏡鬼』2012/03/20(火) 13:09:39.16ID:Os3vWpJg

「ただいま」

綾は朝の勤めを終え、昼前に帰ってきて、家の中を見回した。

「爺ちゃん、彩華は?」

縁側に座っている甚五郎に尋ねる。
甚五郎は答えず、座ったままだ。

「……昼、うどんでええ?」

しばしの沈黙の後、綾は言ったものの、なかなか行動が起こせずその場に立ち竦している。


「綾。好きな人は居るんか」

不意の質問に、綾はちょっと驚いた後、俯いた。


「……さあなぁ。居ったかも知れんし、居らんかったのかも。けど、これから探すわ」
そう言って微かに笑い、厨へ立った。



昼餉を食べ終えると、綾は食器を片付け、洗い物をしながら、何故か涙が溢れてきた。

鼻をすすりながら洗い物を済ませ、努めて明るく、声をかける。

「爺ちゃん、茶淹れる?」

甚五郎は首を横に振って、紙切れを差し出した。

262『鏡鬼』2012/03/20(火) 13:11:56.75ID:Os3vWpJg

「?」

手紙だった。

「儂は読めへん、後で読んだってな。お前に宛てて書かれたもんやに」

綾は手紙を見つめる。

また涙がこみ上げてきた。

こらえきれず、泣いてしまう。


甚五郎は、その背中を優しくさすって、しばらくしてから言った。

「安心せえ。お前のお守りは渡しといたに」

「……?」

泣き止んだ綾が、不思議そうな顔で見つめる。

甚五郎は綾に背を向けて、
「巫女の“それ”やから、そらー霊験あらたかやろ。いやけどな、まだまだ小娘だと思ってんけど……、
お前も一人前の『女』になっとったんやのう!」

言ったあと、ヒャッヒャッと笑う。

綾は、はっと自分の下腹部に目を落とし、顔がみるみる赤くなる。

すかさず、握り拳を甚五郎の背中に叩きこんだ。

「この、助平爺ぃ!!!」
「いたた! こら、年寄りをいたわらんかい!」
「知らんわ、そんなん!!」

縁側で孫娘が祖父を殴っている軒先で、四十雀(しじゅうから)が楽しげに鳴いている。

冬空は、澄んで晴れ渡っていた。





                了

263 ◆BY8IRunOLE 2012/03/20(火) 13:23:07.36ID:Os3vWpJg
↑以上でこのお話は終了でございます

長々と占拠してしまって申し訳ありませんでした……

本作品は、『タイトルだけ考えて発表するスレ』
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/868.html
のレス番34、43、48から着想を得て書きました

ありがとうございました!

264 ◆BY8IRunOLE 2012/03/20(火) 13:38:36.58ID:Os3vWpJg
また、今回より土地の言葉で台詞を書くようチャレンジしています
ネイティブの方からすると違和感ありまくりだと思いますが……w
明らかにおかしいものはご指摘下さい
下記のサイトを参考にしています
ttp://www.regionet.ne.jp/mie/miebenmenu.html
ttp://www.mitene.or.jp/~hiro3/word.html

>>217の図は、こちらの本(ttp://www.amazon.co.jp/dp/4061329081/)37頁より引用です

>>240は、数学の世界でおなじみの「オイラー線」です
こちらのサイト(ttp://suugakusuki.seesaa.net/article/91908652.html)から引用です

……まあ、反省すべき点はたくさんあるのでw、
あとがきスレでこれらについても触れようと思います


では、これにて失礼いたします。
読んで下さったかた、ありがとう! & ごめんなさい……orz

265創る名無しに見る名無し2012/04/01(日) 21:32:59.57ID:LO4BRCwi
三重方言の「〜に、〜やに」は、基本的には
関西一般の「〜で、〜やで」と交換可能なので
関東一般の「〜ね、〜だね」に置き換えられるならば
構文上の問題は無いと思う。間違ってたらゴメン。
ただし念押し・訂正のニュアンスを含む「やに」も有り、
単純に相互交換できないこともある。

>>181
>「訳わからん模様の絵ばっかし描いとった、ゆう話やから。
> そんな絵、誰も買わん【やに】」
誰も買わない+だね…×  誰も買わない+ね…○
誰も買わん+やで…×   誰も買わん+で…○
誰も買わん+やに…×   誰も買わん+に…○

図形のは、読んでいても情景が浮かんできませんでした。
勉強できる子向けのお話だったと思います。私にはむずかしい。
でもさいかちゃんとあやさんのじゃれあいで楽しんだので、いいんです。
次はどこの國を旅するんでしょうかねぇ…

266 ◆BY8IRunOLE 2012/04/15(日) 23:03:39.41ID:SsYDFJA4
>>265
ご指摘、ありがとうございます! 
こういうコメント貰えることがホントに有難いです

なるほど、そう考えたら非常にわかりやすい!
この交換法則は覚えておきます

西のニュアンス、大好きだけれどいまいちモノにできませんw
親戚はしぞーかだしなー

取材(と称する旅行w)に行けたらいいのですけどね・・・
でも、いずれお伊勢さんには行かねばと思ってます

ありがとうございました!
“彼女”の旅は、まだ続きますよん

(今作はいつかリライトしますw)

267『裏飯屋』2012/04/18(水) 19:08:02.14ID:gZEGwHFi

街道筋を歩いていると、不意に開けたところに出た。
宿場町だろうか、いきなり街が出現したとも思える、奇妙な集落である。
その中で、どう見ても場違いと思える、豪奢な造りの屋敷があった。

――こんなところに料亭……?

彩華は、訝しんでその屋敷を見た。
佇まいから察するに、庶民では入れないような高級料亭のようである。

ところが、そこに旅人らしき人影が、今まさに入っていかんとしているのが見えた。
二人の男は、どう見ても裕福そうな身形ではない。

「おい見ねぇ、こんなとこに料亭とくらぁ。しかも値段も吃驚するほど安い」
「ほれ、仲居もこんなに美人だし、こりゃ今日はここで決まりよ」

二人連れの男は仲居に連れられ、はしゃぎながら屋敷の中へと入っていく。
しかし彩華は、はっきりと見た。
その仲居の頭からは、狐の耳が飛び出ていたのだ。



生垣から屋敷を覗く。
縁側を時折通り過ぎる連中には、狐の耳やら狸の尻尾やら……
よく見ると、屋敷も張りぼてのようにちゃちな造りだった。


「ぷっ」

彩華は吹き出した。
合点がいったのだ。

――あいつら、狐狸に化かされてる!

もっとよく見てやろうと裏手に回った時、ちょうど路地を出てきた童女と目が合った。

「あ」

おかっぱ頭の童女は、ぽかんとして彩華を見つめている。

その姿は、向こう側が透けているように見え、その声は、頭の内側に直接響いているように聞こえた。

268『裏飯屋』2012/04/18(水) 19:10:41.34ID:gZEGwHFi

――! こいつ、人じゃない・・・?

彩華は直感し、身構える。

しかし童女はほんわかとした様子で、
「へぇ、珍しいなぁ。“生身”の人間が、こっちに来るなんて」
と言い、ころころと笑った。

――???

彩華が、その意味をよく飲み込めないでいると、彼女の腹が鳴った。

「あはは、もしかして、お腹減ってる? ならココ、『裏飯屋』! 食べれば極楽、保証付き!」

よく分からないが、どうやら飯屋らしい。
彩華は、童女に案内されて暖簾をくぐった。


     〜     〜     〜


入った途端、がちゃん、と瀬戸物の割れるような音がした。

すぐにドスの利いた怒鳴り声が続く。
「お菊! おめぇ、何枚割りゃ気が済むんでぃ!!」

童女はそれを意に介さず、彩華を席につけると、

「なんにします?」
と聞いて、軽く首を傾げた。

「えっと……」

品書きは無さそうだ。
彩華は周りを見回した。

周りの客と言ったら……
先刻のような狐狸が正体を現した姿や、河童に天狗に……わずかに見える人間は、
いちように青白い顔と虚ろな目をしている。

――う……不気味だけど、すっごくお腹減ってるし。

意を決して、言った。

「お腹が膨れるもの」
「んー。ちょっと聞いてきます!」
童女は、言うが早いか姿を消した。文字通り、煙のように。

269『裏飯屋』2012/04/18(水) 19:12:09.56ID:gZEGwHFi

「お菊さーん、すぐ出来るお食事、何があったっけ?」

奥でさっきの童女の声がする。

「えっと、火喰鳥の幽庵焼きと」

がちゃん、と派手な音。

「あぁ〜!!」
「お菊ー!!!」



いきなり目の前にさっきの童女が現れた。

「おまたせしました! 『火喰鳥の幽庵焼き』、『うわさの根っこと尾ひれの炊合せ』、
それに『強欲爺さんの魂の唐揚げ』があります」

「……えー、えっと?」

どれもどんな味なのか想像できない、そもそも食材からして見当がつかない。

「おすすめは……?」
「『魂の唐揚げ』なんか、いいですよ〜。外はゴリゴリ、中はゆるゆる、脂ギトギト、ぼりゅーむ満点!」
「……」

冷や汗が出てきた。

「『幽庵焼き』……」
「かしこまりましたー! お菊さーん、『火喰鳥の幽庵焼き』一つでーす」

また皿の割れる音がした。

270『裏飯屋』2012/04/18(水) 19:15:38.90ID:gZEGwHFi

出てきたものは、思っていたよりまともだった。

鶏を出汁に漬けて焼いたようなもので、皿の周りに燐光が瞬いているのを除けば、ごく普通の惣菜だった。
黒米の飯に、絶えず渦が巻いている吸い物。なぜかぷるぷる震えている漬物。
そんなことは些細なことで、気にするまでもない。味はすこぶる良く、空腹の彩華には至福の時だった。

夢中で箸を動かしていると、上方からの視線を感じた。
箸を止め見上げると、彩華を覗き込んでいる女の顔が、そこにあった。

「……!!!」

あやうく噴きそうになるのを堪え、女を見る。

女の頭は、異様に長〜く伸びた首の上につながっている。
胴の部分は見えず、首はこの食堂の奥から伸びてきていた。

「おんやまぁ、“生身”の客かえ。でも、お前さん……普通の“生身”とも、ちょっと違うねぇ」
女は値踏みするように彩華を見、それから店の中をぐるりと見渡した。


「あ、女将さん……」

さきの童女が、いくぶん縮こまって言った。

「張り切って客引きしないと、晩ご飯抜きだよ!」
「はいぃ!!」

追い立てられるように、童女は暖簾の外へ駆けていった。


「お前さん、表の料亭を見たかえ」
「狐の……?」

上目遣いに言うと、首の女はニヤリと笑い、

「やっぱり、見えていたのかえ。ありゃ狐どもの商売、連中のお陰でウチのお客が増えるんだ。
せいぜいがんばってもらわにゃ」
「……?」

意味深な言葉と不気味な笑みを浮かべ、女(の頭と首)は、奥へ引っ込んでいった。

その途中、厨を覗きこんで
「お菊。割った皿代、給金から差っ引くからね」
と冷たく言い放つのを聞いた。

271『裏飯屋』2012/04/18(水) 19:19:47.46ID:gZEGwHFi

あらかた食べ終え、漬物に箸を伸ばしていると、もう一皿出てきた。

「これはオマケです」
童女が言う。


「わ……! すごい」
彩華は目を円くした。

ほんのりとした桜色の薄い餅で、折り鶴を象っている。翼のところには桜の葉の塩漬けが飾ってある。
鶴の胴の部分には漉し餡が仕込まれているのが、うっすらと透けて見えた。

桜の香りが、辺りに優しく漂っていた。
とても繊細な『仕事』だと思った。

時季を鑑みてのことだろう、これは意趣を凝らした桜餅だ。食べるのが勿体無いくらいの逸品である。

その可憐さに見惚れ、彩華は思わず尋ねた。

「これ、誰が作ったの」
「ウチの板さんですよ。ほら、あそこ」

厨の近くで、大柄な男が包丁片手に、乱れ髪の女を怒鳴っている。
ところどころ綻びている作務衣から伸びる、太い腕。
禿頭、髭面、その顔には目が三つ。

ギョロっとしたその目を、一瞬彩華に向けた。彩華は思わず身を竦めた。
三つ目入道は、笑ったのか怒ったのかよく分からない顔をして、すぐに厨へ戻っていった。
頬が赤いように見えたのは、気のせいかもしれない。

――あの入道が、この折り鶴を?
信じられない、と思った。

が、すぐに

――もしそうなら、なんて楽しいんだ!

あはは、と笑いがこみ上げてくる。
止めようとしても止められない、春の暖かさのような笑いが、腹の底から沸き上がってくるのだった。


272 ◆BY8IRunOLE 2012/04/18(水) 19:22:26.20ID:gZEGwHFi
↑おわり。

某スレでの会話をネタにした番外編です。
オチは無いですよw


こういうのもちょくちょく書けるといいんですけれど

273創る名無しに見る名無し2012/04/18(水) 22:44:05.16ID:UQbyT5wp
乙です

裏飯屋やっぱ逝きたいwww

274創る名無しに見る名無し2012/04/18(水) 23:52:26.85ID:AkBqTGnz
乙です
童女はテイクアウト可ですか?

275創る名無しに見る名無し2012/05/22(火) 09:11:41.64ID:162fNhNm
和 それは心地よい空間

和 それは悟りの境地

和 それは我が大和魂

276創る名無しに見る名無し2012/06/17(日) 14:30:36.45ID:VhdnWwaq
わっふー

277創る名無しに見る名無し2012/07/04(水) 11:46:31.04ID:n+3Wnw1H
復活age

278創る名無しに見る名無し2012/08/02(木) 18:34:50.76ID:0NUfuRIY
日本の夏

279創る名無しに見る名無し2012/08/02(木) 22:50:53.00ID:u2ucxNBU
きんちょーの夏

280『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:33:04.38ID:BCr9fDDN

空一面の灰色が、身も心も薄ら寒くさせる。
朝からずっと曇り空で、正午に近いというのに一向に気温は上がってこない。
葉の落ちた木々の間から、その名の通りの木枯らしが吹きつけてくる。

彩華は、峠道を歩いていた。
羽織った蓑の下には綿入りの半纏を着込んではいるが、それでも隙間から冷気が忍びこんでくる。
腹は減っていたが、こんな荒涼とした山道で弁当を使う気にはなれなかった。

獣道のような細い道を、急ぐ。
人影はおろか、狐や狸の類いも、全く見かけない。
無理もない。連中はもう冬支度をして、巣穴なり棲家なりに引っ込んでしまっているのだろう。


その時、さっと強い風が吹き抜けた。

「!」

身を切るような、という表現がぴったりくる冷たい風である。
頬にピリピリした刺激があった。

しばらく歩いていたが、頬の刺激感が消えない。
はじめは、あまりに寒いからだと思っていたが、なにやら頬をくすぐるような、妙な感触がある。
怪訝に思って頬を拭うと、ぬるっとした。

「!?」

拭った手を見ると、真っ赤に汚れている。

「!!?」

頬を斬られたらしい、ということは分かったが、ひとの気配は無かった筈である。
彩華は慌てて腰の脇差に手を掛けた。

281『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:36:57.94ID:BCr9fDDN

「――これは、失礼した」

どこからか、男の声が響く。
彩華はあたりを見回した。
木の影から、一人の男が姿を現した。

忍びの者のような出で立ちである。

滅紫(けしむらさき)の装束、腕からは鎖帷子(くさりかたびら)が見えている。
鐵(くろがね)で作られた手甲のようなものを手から外し、男は言った。

「傷つけるつもりはなかったのだ。しかし、顔に怪我をさせたとあっては、償いをせねばなるまい」

鷹揚な物言いではあったが、男は誠意を尽くしているように感じられた。
彩華は、乾き始めていた頬を再び拭って、

「峠を早く降りられる道を知っているなら、教えて欲しい。もう、こんな寒いところを歩くのはごめんだ」
と言った。

「それなら、拙者に従いてくるといい。この近くに知り合いの家がある。暖も取れるだろう」
男はそう言って、さっさと歩き出した。

彩華は一瞬迷ったが、従いていくことに決めた。


          +          +


茂みをかき分けるようにして、男の後ろ姿を追う。
程無く、民家の庭のようなところに出た。

「あら、珍しい。どうなさったのです?」

若い女が出てきて、男に微笑みながら話しかける。

「や、実は……あの童に、怪我をさせてしまったのです。拙者の不手際で……。かたじけないのですが、
手当をするものをお持ちならば、と」

女はひょいと彩華を見ると、優しげに笑い、
「あら、可愛らしい女の子。ダメじゃないですか、女の子をキズモノにしちゃ」
「いや、拙者は……」

女は男を肘で小突く真似をし、彩華の側でしゃがんで頬の傷を覗きこんだ。

「大したことはないみたいだけど、黴菌が入ったら大変だから。こっちへいらっしゃいな。
暖かくして、しばしお休みなさい」

女に言われるままに、彩華は家に上がった。

なぜだか分からないが、警戒する必要はないと感じた。


282『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:41:15.57ID:BCr9fDDN

女は彩華を暖めた部屋に通し、濡らした手拭で頬を軽く拭いた後、薬を塗ってくれた。
そればかりか、茶と菓子などを振舞ってもくれたのである。

「どうもありがとう。でもどうしてここまで」

ひと心地ついた後、彩華は尋ねた。

女はおっとりと笑って、

「どうって理由は無いのだけれど。強いて言うなら、あの人に頼まれたから、かしら」

彩華は、さきの忍ふうの男を思い出した。
「あの人は、何者なの」

女は笑って、首を振った。
「さあ……うふふ」
「??」

ますます分からない。
その時、かの男が障子の向こうから声を掛けた。

「すまぬ。ちょっと失礼する」


          +          +


男は部屋に入ってくると、彩華とも女とも等間隔に離れた位置に腰を下ろした。

「怪我を負わせた件は、まことにすまなかった」
そう言って頭を下げる。

「あ、いや、そんな……」

彩華は困惑した。
たかが、一寸にも満たない切り傷だ。斬り合いをしていれば、もっとひどい傷だって負う。
そう言おうとする前に、男が言葉を継いだ。

「我々の間では、一般人に傷を負わすことはご法度なのだ。気をつけていたつもりだったのだが、
拙者の不手際であった」

イッパンジン、というのが何なのか分からなかったが、おそらく関係のない人間、つまり彩華のことを
指しているのだろうと思われた。

283『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:46:46.65ID:BCr9fDDN

「ときに」
男が、調子を変えて彩華の脇差に目を遣りながら言った。

「抜刀術を心得ているのだな」
「バットウ……居合のこと?」
男は頷き、彩華の右隣に置かれた脇差を指さす。

「さっき、貴殿はそれを抜こうとして手を止めた。いや、意図せず止まってしまったように見うけられた。
その脇差、何か具合の悪い所でもあるのではないかと心配になったのだ」

彩華は、少し考えた。
手が止まった、というのは本当だ。

峠道で男の声が聞こえたとき、すかさず抜き打ちをするつもりで手を掛けた。
しかし、なにか引っかかった。
気を逸したと思った矢先に男が姿を現したので、その場は抜かずとも済んだのだったが。

彩華は脇差を持ち上げ、その場で引き抜いてみた。
やはり、ザラリとした感触があり、滑らかに抜けない。
刀身には、幾つもの錆が浮いていた。

「……これは、気の毒なくらい立派な“赤鰯”だ」
男は苦笑いするような、憐れむような声で言った。

「赤鰯って、なんですの?」
女が尋ねる。

「錆が浮いてしまった刀を揶揄する言葉なのですよ……ちょっと失礼する」
男は彩華から脇差を受け取り、錆をつぶさに睨んでいる。

彩華はばつが悪かった。
こんなに錆が浮いていようとは、思わなかった。

この峠に入る前、町をあとにした時は、そのような気配は無かったからだ。もっとも、それから今に至るまで、
脇差を抜く機会は無かったので、手入れを怠っていたのも事実だった。


「貴殿、何処かで『人ではないもの』を斬ったかな」

その言葉を聞いて、女がはっとする。肩をこわばらせ、微かに緊張している。

それを横目に見つつ、男を見る。

男は、真っ直ぐに彩華を見つめ、答えを待っている。
殺気も何もなく、ただじっと、佇むように。

彩華は歩いてきた町での出来事を思い出した。

そうした立ち会いは、確かにあったのだ。
あれは『人ではないもの』と呼ぶに足る存在だった。
そのことを話し、尋ねる。

「そのせいなのかな」

男は合点がいったように頷くと、

「怨というのはこういったかたちで出てくることもあるのだ……手入れをしておこう」

と言って鞘に収め、畳の上に置いた。

284『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:53:17.89ID:BCr9fDDN

「逆手抜刀は、よくされることかな」
「逆手……」
彩華は、曖昧に頷いた。

日本刀のような、ある程度長さのある刃物に力を十分にかけるには、順手(親指側が鍔に当たる)で握るほうが有利だ。
人体の構造上、それを得るには、右手で抜刀するのが通常である。
しかしそれでは、抜刀時に腕を身体の前にもってくることになる。刀は通常、左側の腰に差すものだからだ。

彩華は、さきの峠での立ち会いの際、左頬を斬られたこともあって、敵は左側から来るものと思い込んでいた。
咄嗟に、左手一本で脇差を抜こうとしたのだ。

男は懐から小太刀を出し、彩華に渡した。

「左逆手抜刀は、ときに右手よりも早く抜ける。抜き打ちの威力は劣るが、急場を凌ぐには十分だ」

彩華は、左逆手で小太刀の柄を持ち、ゆっくり抜いてみた。

「しかし、貴殿の脇差。あの差し方では、折角の抜刀術も意味を成さぬ」
「?」
彩華は首を傾げた。

男は、傍らにいる女に尋ねた。

「あいすみませんが、隣の間を使わせていただくことは……?」
「ええ、大丈夫です。どうぞご自由に」
「かたじけない」

男は頷くと、立ち上がって隣の間への襖を開けた。
彩華も、男に促されるままに立ち上がり、続く。



小太刀を腰帯に差し、抜いてみる。
どうも上手くいかない。鞘には手を添えず、左手一本で抜く。

彩華は、この方法を訓練していたわけではなかった。
あの時はたまたま右手で抜く暇が無いと思い、咄嗟にやったことだった。


男は、彩華に柄の握り方や力の入れ方、腕の振り方などを細かく指南する。

「至近距離なら、このまま柄で打突を入れても良いし、少し距離が取れたら順手に持ち替えて一太刀浴びせることも可能だ」

彩華は借りた小太刀で、何度か練習した。

彩華の脇差は一尺五寸程度である。抜く時に上手く腰を切らないと、腕が伸びきってしまう。
片腕、しかも利き手でない方の逆手で振るにはぎりぎりの長さと言えた。

それでも、咄嗟の時にとりうる技を多く知っておくことは、身を助けることになる。
彩華は苦心しながら、左手抜刀を身体に覚え込ませていった。

285『鎌鼬』2012/08/16(木) 00:59:50.29ID:BCr9fDDN

「どうして、こんなことを教えてくれるの?」

“稽古”が一段落し、さきの部屋へ戻る。

女が運んできた梅昆布茶を一口飲むと啜りながら、彩華は尋ねた。
身体を動かした後なので、しょっぱさが心地よく染み渡る。

男はちょっと困った顔をし、答えた。

「貴殿の抜刀術が、まだまだ発展途上にあると思ったからだ」
と言った。
ハッテントジョウ、とはつまり未熟というような意味だろうと思った。

「……『落し差し』は、やくざ者のやることだ」
茶に口をつけながら、小さく言った。

「落し差し?」
「貴殿は、脇差を縦にして腰に差していただろう。あれでは素早く抜くことは出来ぬ。
意味を成さぬ、とはそういうことだ」

彩華は、はっとした。
たしかに、そのように差していた。
脇差を斜めよりも立てるように差すと、身体から出っ張る部分が少なく、狭いところを歩くにも邪魔になりにくい。
そのせいで、いつしか鞘を身体に沿わせるよう縦に近い角度で差すようになってしまっていたのだ。

「刀を素早く抜くためには、侍どもがしているように貫抜差しにすることだ。
重心の位置など、あれはよく考えられた差し方だ」

彩華は頷いた。

「あの、どうしてやくざさんは落し差しなのですか?」
女がお茶を注ぎながら尋ねる。

「拙者にはよく分かりませんが……それが『粋』なのやもしれません。要するに格好つけです」
「まあ」
「もっとも、平和な街なかでは落し差しのほうが悶着が少ないのかも知れません」
ぼそりと言い、梅昆布茶を啜った。

「いろいろ複雑なのですね」
女はふんわりと笑った。

その笑顔は、雨間に雲の切れ目から差す陽の光を思わせた。

286『鎌鼬』2012/08/16(木) 01:04:46.03ID:BCr9fDDN

泊まっていきなさいな、という女の言葉にすっかり甘えてしまい、彩華はその屋敷で一晩を過ごした。


明くる朝、井戸の水で顔を洗っていると、昨日の男が彩華の脇差を持ってやってきた。

「出来る限り元の状態に近づけたつもりだ」
そう言って、男は脇差を差し出した。

「あ、ありがとう……」
彩華は受け取り、ゆっくりと抜いてみる。

鞘を滑るように抜けた刀身は、冷たい水で濡らしたように、静謐に輝いていた。
彩華はしばしその輝きに見とれていた。

男は徐に紙切れのようなもの懐から取り出し、宙に放り投げると、自分の腰の両脇に差した小太刀を逆手で素早く抜いてみせた。

さっと風が舞ったかと思うと、目の前に、幾本にも細く斬られた紙が落ちた。

「わ……」
息を呑む。

――まるで、鎌鼬だ……

彩華は、その段違いの素早さを目の当たりにし、呆気にとられていた。


          +          +


屋敷を出ると、冷たい風が身体を引き締めた。
彩華の後に続いて男、それに女が見送りに出てきた。

「どうもありがとう」
「礼には及ばない、此方の不手際なのだ」

「ん……でも、剣のこと、教えてもらったし」
彩華は手入れしてもらった脇差を左手で触れて確かめ、微笑んだ。

男が、呟くように言った。
「どんなに優れた技を持っていようが、きちんと遣えなければ意味が無い」

彩華は男を見る。
目が合った。

「正しい知識と確かな技術が、命を守る。そして――」
言いかけて止め、男は目を逸らした。

「? そして?」
「なんでもない、忘れてくれ。柄にも無いことを言うところだった」

男は照れているのか、顔を逸らし、なにかゴニョゴニョ言っていた。

287『鎌鼬』2012/08/16(木) 01:11:27.91ID:BCr9fDDN

「この先の藪を突っ切って行くと、麓に早く出られるだろう」

目の前に見える獣道のようなものを指さし、男は言った。

「ちょっと距離があるが、それでも一番の近道だ。……同行できれば良いのだが、事情があるゆえここで見送らせてもらう」
そう言う男の口調は、ちょっと歯切れが悪かった。

その後ろでなぜか、女はクスっと笑っている。

空は晴れてはいたが、やや風が強かった。

「道中で雪が降るだろう」
「雪? こんなに晴れているのに?」
彩華は怪訝な顔をする。

「『風花(かざはな)』と言うものですよ」
女が言う。

「うむ。しかし心配は無用だ、すぐに止むうえ、さほど気温も下がらない」
男の、妙に確信に満ちた物言いに、彩華はなんだか可笑しくなって、

「わかった。あんた、まるで山の神だね。天気のことなら、なんでも知っていそう」
そう言うと、男はぎょっとしたような顔をし、それから視線を逸らして

「……まぁ、あながち間違ってはいないな」
と嘯(うそぶ)いた。

その姿が可笑しく、彩華は、女とともにまた笑った。


左手に脇差の鞘を握り、右手で藪をかき分けながら、藪の中を歩く。
程なくして、男の言った通り、ちらちらと白いものが舞い始めた。

それが鼻の頭などに落ちると、ひんやりと冷たい。
間違いなく雪だが、頭上には青空が六割がた見えている。
男の言ったのはこれか、と思った。


風花。

簡単に言えば、「天気雪」である。主に春先に見られる現象だ。
空の高い部分で出来た雪が風に煽られ、気温が低いために溶けずに、晴天の地域まで飛んでくる。
彩華は、その風流な名前が、この珍しい現象にぴったりだと思った。

「早く春、来い!」

彩華はひとりごとを口にしつつ、藪の道を急いだ。




                       了

288創る名無しに見る名無し2012/08/16(木) 01:18:22.55ID:0PFsskRL
投下乙ですー。まさかのあの二人とは…

289 ◆BY8IRunOLE 2012/08/16(木) 01:25:14.04ID:BCr9fDDN
↑以上で

今回も小ネタ短編です、ちょっと他所スレ様に一方的コラボを仕掛けましたw
相手様はこちら

【天候擬人化】にっしょくたん 2スレ目
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/l50

◆GAIA///6T. 氏の、かまいたちとてんきゅうさんがとっても良い感じです
ぜひご覧あれ☆


4周年用ネタでした。
長編もぼちぼち書きたいなぁ……orz

290創る名無しに見る名無し2012/11/19(月) 16:05:07.70ID:Xi6UIJO/
.

291創る名無しに見る名無し2013/10/17(木) 01:17:38.99ID:PBWfgm4V
わふー

292『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/11/30(土) 00:17:05.01ID:2DNdbp9m
【一幕 最悪な出会い】

 しんしんと、雪が降っている。厚い雲を透かして差す鈍い陽の光が、積もった雪に反射してあたりに満ちている。
あらゆる音が雪に吸われ、奇妙なくらいに静まり返っている。さく、さく、と藁沓が雪を踏みしめる音だけが、
いやに大きく響く。

 蓑を着こみ三度笠を目深に被った人影が、雪に覆われた風景の中を歩いている。小柄だが力強い足取りで、
白い息を吐きつつ畑の間の細い道を進んでいる。

 その人影が、歩みを止めた。道の前方に、さらに数人の人影がある。どうやら女と老人を、賊のような連中が
取り囲んでいる様子だった。

 老人の身体が “く” の字に折れ、呻き声とともに崩れ落ちる。無様にも地べたに這いつくばった格好の老人を
足蹴にして、賊の一人が女を睨め回し下卑た笑い声を上げている。
 そこへ、ぴぃっと鋭い指笛が鳴った。


 賊の連中が、揃って音のする方を見た。蓑姿の人影が、連中に向かって歩いてくる。

 賊が、一斉にだんびらを抜く。蓑姿が、一気に距離を詰める。

 彼らが近づき、交叉した瞬間、賊の一人が顔を抑えて仰向けに倒れた。
鼻先から鮮血を雪に散らしながら呻いている。

 今しがた擦れ違った蓑が、身を翻す。

 手には抜き身の脇差。

 そこへ斬りかかる賊。

 ボグッ、と鈍い音がして、賊が倒れた。

 残った一人の賊と蓑が対峙する。
 体格差がありすぎる。まるで大人と子供のようだ。にもかかわらず、小柄の蓑が賊の大男を威圧しているのが
見て取れる。

 蓑姿の人影は、じりじりと間合いを詰める。賊の男はだんびらを構えたまま後ずさり、
終(しまい)には逃げ出したのだった。

293『勝負は河原で』2013/11/30(土) 00:21:59.73ID:2DNdbp9m
 蓑姿が、慣れた手つきで脇差を腰に納める。
 斬られた賊は、致命傷ではない。鼻先は血管が集まっているために派手に出血しているが、
命に別条はない様子だ。もう一人は峰打ちである。項を強かに打たれ、気を失ってのびている。

 襲われていた女は、蓑姿の人物に礼を言い、自分の屋敷まで来るよう申し出た。客人として饗すという。
 蓑姿は頷き、老人を扶け起こして、それに従った。


〆 〆 〆


 茶村家と言えば、この辺りでは名家である。今では知る人も少なくなってしまったが、血筋をたどれば
この広大な藩の一帯を執る領主の分家にあたる。行事の際には数々の御役目を引き受け、それなりに
認知されてはいた。

 その茶村家の跡取り息子、清十郎は別の意味で有名だった。

「また、若どのが……」
「ああ、またやったらしいなぁ」

というやり取りは、大人たちの間で日常会話の一部である。
 嘲笑(わら)うか呆れるか嘆くか、それだけが違っていて、その根本にある感情は誰も似たようなものだった。



 屋敷の庭で、子供たちが相撲をとっている。

「今のは手が滑ったんだ。やり直し!」
 今しがた土俵からはじき出された子供が、声高に叫ぶ。

 この子供が、茶村清十郎であった。

「何をゆう、さっきもそうゆうてやり直したやが」
 勝った側の子供が抗議する。この子供は清十郎よりもいくぶん大柄で、並び立つと体格差は歴然としていた。

「やかましい! 狡いのはそっちやぞ。図体がでかいんほやし、そうやな、腕を使わずに勝負しい! さもないと……」
 そう言うと、大抵の子供は従った。

 名家の息子である清十郎に逆らったらどうなるか、子供たちは親に良く言い含められていたのだ。

294『勝負は河原で』2013/11/30(土) 00:28:45.60ID:2DNdbp9m
 清十郎は、平たく言えば、我儘な子供である。
 名家の一粒胤は育ちが細く、病気がちであった。さすれば、大事にされようというものだ。
かような経緯があり、幼い頃から身勝手な振る舞いが許されてきた。


「よーし、そこにちんとしとるんやぞ」

 後ろに手を組んで棒立ちの相手に、相撲を取ろうというのである。意気揚々と向かって行こうとしたその時、
何者かにより腕を掴まれた。

「……?」

 振り返ろうとした時、腕を捻られ、身体がふわりと浮いた。

 あっ、と思った瞬間、地面に叩きつけられた。

 その何者かに投げ飛ばされたのだ、ということに気づくまで少しかかった。

「な、何をする! こんなことをして、ただで済むと」

 地面に仰向けになったまま喚く。
 傍らに人が立った。

「誰?」

 見ない顔である。
 大人ではない。子供、清十郎より少し年上くらいだろう。
 光の加減なのか、髪が黄色に光っているように見えた。

 手を差し伸べるでもしゃがみこむでもなく、その者は立ったまま清十郎を見下ろしている。

 その目は冷たく、軽蔑の色さえ見て取れた。
 一瞬怯んだが、清十郎は精一杯虚勢を張って、怒鳴った。

「こんなことして、ただじゃ置かんぞ。うらを誰やと思っとる!」

 その者は動じず、黙って立っているだけである。
 清十郎は、面倒そうに上体を起こし、忌々しげにその者を見た。

295『勝負は河原で』2013/11/30(土) 00:32:29.78ID:2DNdbp9m
 髪の色は、光の加減ではなかった。
 清十郎は、菜種の花を思い浮かべた。それくらい鮮やかな黄色の髪だ。

 しかし何より清十郎が驚いたのは、自分を投げ飛ばした無礼者が、少女だったということだ。

 年の頃は、十を越えたばかりだろうか。清十郎よりわずかに年長くらいに見える。
 涼しげな顔立ち、紅みがかった瞳。今はそれが、強く冷たい光を放っている。

「卑怯者」

 やや掠れた声で、そう告げた。


〆 〆 〆


 少女の名は、彩華(さいか)といった。

 生まれや家のことは一切分からない。年の頃は十二くらいと言うことだが、それも確かではないようだ。
 小柄で華奢な成りだが、剣の腕は大人に劣らないほどのものであるようだった。


 雪道で賊に襲われかけたのは、清十郎の母、茶村真子(まさこ)である。
 その賊を鮮やかに倒したのが、彩華だったのだ。
 旅人であった彩華を、屋敷に招き宿を提供しようとしたのには、理由(わけ)があった。

「彩華どの。折り入って頼みとうことがございます」

 真子は、彩華に向かって深々と頭を下げた。


 近いうち、剣術大会が開かれる。
 息子がそこで良い成績を残せるよう、剣を教えてやって欲しい。もちろん優勝などする必要はなく、
努力することの大切さや仲間を大事にする気持ちなどを知ってほしい。

 真子から言われたことは、大凡そのような内容だった。



.

296 ◆BY8IRunOLE 2013/11/30(土) 00:33:53.52ID:2DNdbp9m
↑ひとまずここまででございます

297創る名無しに見る名無し2013/11/30(土) 03:00:28.37ID:ihTgXAGk
おつ

298創る名無しに見る名無し2013/11/30(土) 16:47:13.91ID:zQ6cvzqi
乙でした
彩華の話が久しぶりに読める!
続きをまっておりますよ

299『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/12/01(日) 20:10:43.87ID:j13iMkms
【二幕 いやなやつ】

「清十郎。道場へいらっしゃい」

 真子が、我が子に自ら声をかけることは珍しい。

「えー。面倒くさい」

 反射的に、そう応える。そうすれば、面倒事は去っていく。

 しかし、今般ばかりはそうもいかなかった。
 母親が尚も優しく声をかける間に、彩華はすたすたと近づくと、

「早く行こう。時間が勿体ない」

 清十郎の腕を掴み、乱暴に引き立てた。少女とは思えないくらいの力だ。



 道場に向かい、竹刀を手に相対する。
 屋敷の中では、なぜか彩華のほうが清十郎に手合わせを願いたいと頼んでいる、という運びになっていて、
それは違う、と彩華は言おうとしたが、真子の目配せにより口を噤んだ。


 清十郎はと言えば、
「ほんなにゆうならやってやってもいいけど。でも、結果は分かっとる」

などというようなことを口にし、一向に構えようともしない。のらりくらりと、文句を言うだけである。


 そんな清十郎に対し、彩華は素早く踏み込んで、容赦なく胴を横薙ぎに打った。

「何すんがけ! まだちゃんと構えてないがに打ってくるなん、無礼やぞ!」

 脇を押さえ噎せながら呻く清十郎に、

「なら早く構えを取ればいいのに」
 彩華は取り合わずそっけなく言い放つと、竹刀の鋒を清十郎にぴたりと付け、じっと見つめた。


 清十郎は、不承不承構えを取った。彩華はそのまま出方を窺う。

 やがて、わぁ、という自棄になったような声を上げて、清十郎が打ってきた。
 型もまったく成っていないし、振りも遅い。

 彩華は清十郎の竹刀を巻き上げ、宙に弾き飛ばした。

「あっ」

 呆然としたその面へ、打突を入れる。
 今までに感じたこともない、強い痛みが襲った。


.

300『勝負は河原で』2013/12/01(日) 20:15:13.01ID:j13iMkms
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 清十郎は結局、一本も打突を入れられず、彩華に打たれるがままとなったのだった。

 顔といわず体といわず、あらゆる箇所が竹刀の痣だらけになった。そこまで手痛い負けを被ったことはなく、
道場にへたり込んで憔悴していた。

 そこへ彩華が来て、冷たく告げた。

「あれでは一生、わたしには勝てないね」



 痛いのは、身体だけではなかった。

 たかが女にそこまで言われ、しかも清十郎の誤魔化しや言い訳を、すべて見抜いているような眼。
屈辱と恥とで、精神的にもボロボロに叩きのめされていた。


 彩華の方は、良心が咎めたので若干手加減した心算(つもり)ではあった。
 それでも我慢ならないところはあったので、結果として手酷くやり込めるかたちとなった。



〆 〆 〆


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301『勝負は河原で』2013/12/01(日) 20:25:42.49ID:j13iMkms
.
 茶村真子は、公家の出である。

 奥方様は世間知らず、というのは、勤めて長い者の間では共通の認識であった。

 彼女自身は差し出がましいことは控え、慎ましく暮らしていたので、特に目立った反発もなく、
名家の奥方としては平凡であっただろう。

 しかし、どこの馬の骨とも判らない者をいきなり屋敷に上げて寝泊まりさせるばかりか、
息子の遊び相手につけるという行動は、どこか常軌を逸したものと思われ、それは彼女の
性質によるものと解されていた。

「奥方様は、一体何を考えとるんやろな」
 奉公する丁稚の一人が言うと、もう一人も、

「いよいよ若どのの遊び相手が居らんようなったん違うか」
 そう言って嘲笑う。

 その “客人” であり “遊び相手” でもある彩華はと言えば、よく働いた。

 寒さの厳しい時分にも拘わらず、井戸の水汲みや廊下の雑巾がけ、飯釜の焚きつけなどを率先して行い、
女中や丁稚からは次第に好意的に受け入れられていった。


〆 〆 〆


 清十郎とは、剣の手合わせだけをひたすら繰り返していた。

 初顔合わせの翌日、彩華は
「公平にするために、わたしは片腕だけで勝負しよう。それなら勝てるかもしれない」

 そう清十郎に提案した。

 ひどく侮られた気分だったが、清十郎はそれを呑んだ。

 しかし、片腕の相手にも清十郎は太刀打ちできなかった。
 いつも手酷くやられ、彩華は右手を労うように揉みながら、涼しい顔をしている。清十郎も、意地になった。
片腕の相手に、さらに不利な条件を要求することは出来なかったからだ。



〆 〆 〆


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302『勝負は河原で』2013/12/01(日) 20:32:15.90ID:j13iMkms
.
 彩華は、屋敷では清十郎と真子の客人、ということにはなっていたが、無宿者であるということも知れ渡ってはいた。
実際にそうであったので彼女自身は気にも留めなかったが、屋敷の者は当初、彼女をどう扱ったものか戸惑った。

 しかし彩華は、実によく働いたのである。朝早くから起きだして仕事を探し、無言で手伝いに加わる。
決まり文句のように
「置いてもらっているから」
と言うだけで、黙々と仕事をこなした。

 程なく彩華は丁稚奉公連中の間で働き者の客人と評判になり、丁稚や仲居の若者に囲まれ、
ときに冗談を言い合いながら仕事をしていった。

 ある時、雪の重みで立木の枝が折れるのを防ぐために、『雪吊り』というものを施す仕業があった。
 この地方ではよく見られるものであり、大掛かりなので村人が総出で行う、一大行事である。
身軽な者、力のある者が集まる。
 彩華は、年配の世話人の話を聞いて概要を掴むと、するすると木に登り、縄をかけ支柱を立てた。


「身が軽いなぁ、お嬢。鳶の娘けぇ?」

褒められたのだが、彩華は

「『お嬢』って言うな」

きっ、と見返し、啖呵を切った。

 それが余計に親爺連中の歓心を買い、彩華は始終「お嬢」呼ばわりされ、その度に彼女はムキになって言い返した。

 だが実際、彩華の働きは並の若い衆以上であった。
 身のこなしが軽く、高いところへも臆せず登るし、それなりに力もあって大抵の荷を任せられる。
あの華奢な身体の何処にそんな力があるのか、誰もが不思議がった。

 その働きっぷりを眺めていた初老の男、近江守(おうみのかみ)永康(ながやす)も、その一人である。


.

303『勝負は河原で』2013/12/01(日) 20:40:50.38ID:j13iMkms
.
――力の入れ具合や勘所を、よく心得ている。

 外見に似つかわしくなく力仕事を難なくやってのけるのは、彩華がそういうことに長けているためと
見当をつけた。

――こういうのを『天賦の才』と言うのだろうな。

 永康は、彩華を評してそう思った。



 彩華は早起きする分、よく昼寝をした。

 仕事の合間のごく短い時間、部屋の隅や布団部屋などで、座ったまま寝ているのだ。けれど、彩華を
怠け者と評するものは誰も居ない。

 剣の鍛錬は怠ってはいなかったからだ。勤めが終われば、彩華は素振り用の木刀を片腕で振り続けていた。
 清十郎と稽古する時のために、である。

 片腕だけで日本刀や竹刀を扱うのは、よほど豪腕のもので無い限り、難しいものだ。
 彩華とて例外ではない。清十郎との稽古の時は余裕そうに振舞ってはいるものの、努力なくして
出来ることではない。


 その片腕の少女剣士に毎日やられている清十郎に、変化が生じた。
 彼は今まで、剣の稽古など真面目に取り組んだことは無かったのだが、素振りを始めたのだ。
 
 屋敷の裏庭で、清十郎は自分の竹刀を持ち込み、素振りをしていた。
 屋敷の連中はそれを驚き、また遠巻きに見守っていた。

 彼の手には血豆ができ、それが潰れて柄を汚した。けれど使える竹刀はこれしか無いのだ。
清十郎は一本の竹刀を振り続け、それは大会まで持って行くことになる。


.

304 ◆BY8IRunOLE 2013/12/01(日) 20:43:31.87ID:j13iMkms
↑ここまででございます

305創る名無しに見る名無し2013/12/01(日) 21:04:54.01ID:Pspq9Yp5
乙です

306創る名無しに見る名無し2013/12/03(火) 16:50:17.27ID:ov1Y7b4L
乙です
若様が改心されてきている
しかし昼寝してる彩華を盗撮したいなぁ

307『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/12/09(月) 00:45:31.46ID:0rsNcGBH
【 三幕 あいつと組まなきゃ駄目なんですか?】

 剣術大会は、団体戦である。
 建前上は五人だが、五人に満たなくとも構わない。二人以上で、五人以内に収まっていれば良いのだ。
 勝ち抜き制で、相手方を全て倒した方が勝ち。引き分けならば、残っている手勢の多いほうが勝ち。
 そのような申し合わせのもとで、どの輩も手勢を目一杯の五人に揃えてくるのが常だった。

 嫌われ者の清十郎に、自ら手勢に加えて欲しいと願い出る者がある筈もなく、清十郎自身は
こんな大会など、と見下しており、初端(はな)から出場する気など無かった。


「剣術大会に……?」

 今しがた言われたことを上手く理解できずに、清十郎は聞き返す。

「そうです。貴方もやがてはこの家の当主となる身。茶村家の跡取りとして、日頃の鍛錬の成果を発揮する
またとない機会になりましょう」

 清十郎の母、真子は穏やかに、しかし反論を許さない毅然とした様子で言った。

「で、でも。だって」

 手勢が集まらない、とは言いにくかった。
 それは、自らが人望のない人間であると吐露しているようなものだ。

「心配は要りません」
 清十郎の狼狽を意に介さず、真子は続けて言った。

「彩華どのが手勢に加わって下さいます。二人であれば参加は出来ます」

 清十郎の頭の中は、既に真っ暗である。
 普段、自分にさんざ恥をかかせているあの女が、よりによってたった一人の味方になろうとは。

「ちょ、ちょっこ、待って下さい」

 清十郎は、
「どうしても、あいつと組まなきゃ駄目なが?」

さすがに涙は見せなかったが、泣きたい気分であった。


〆 〆 〆

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308『勝負は河原で』2013/12/09(月) 00:49:23.00ID:0rsNcGBH
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 彩華は一応 “客人” の身なので、食事は立派なものを出してもらえる。とは言え、朝は下男連中と一緒に
仕事の合間にささっと済ませてしまう事が多いので、屋敷で食事を出してもらうのは昼と夜である。

 昨晩は鰤を蕪で挟んだ熟鮨(なれずし)を食した。
 脂の乗った寒鰤を蕪でさっぱりと食わせるこの料理に、彩華はいたく感動した。

「これ、すごく美味しい」

 厨で支度を手伝っている最中、姉やが少し摘ませてくれたのだ。
「おいねか。それは良かったがや」

 夕餉にはちゃんとした熟鮨が出され、彩華は喜んで食べた。言葉少なに黙々と
箸を動かす清十郎とは対照的であった。


 剣術大会の出場が決まっても、彩華は特段何をするでもない。いつも通り、屋敷の道場で清十郎と
手合わせするだけだ。

 道場で清十郎を待つ。

 胴着に着替えた清十郎は、彩華に問うた。
「剣術大会に出るそうやが。何を考えとる?」

 彩華は答えない。
 立ち合いの準備を済ませると、短く言った。

「わたしの役目は、きみと一緒に大会に出ることだけ」

右手の竹刀を青眼に付け、清十郎を見据える。

「考えるのは、きみのほうじゃないの?」

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309『勝負は河原で』2013/12/09(月) 00:59:08.69ID:0rsNcGBH
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 立ち合い稽古が始まった。
 彩華は容赦なく、清十郎を打ち込む。

 素振りの成果か、清十郎の竹刀は幾分無駄なく振られていた。しかし彩華の片腕から繰り出される打突が、
圧倒的にそれを上回っている。
 初日の巻き上げのような派手さは流石にないが、清十郎の手を悉く潰して、有効な打突を入れる。


 小手を強かに打たれ、清十郎は竹刀を取り落とす。

「そんな様子じゃ、簡単に負けると思う」
彩華が、そっけなく言う。
 それが余計に惨めさを増幅する。

 清十郎は彩華との稽古を通じて、いかに自分に剣の腕が足りないかを
まざまざと見せつけられる格好となったのだった。


――この、底意地の悪い女め。


 忌々しく彩華を見やる。
 黄金色の髪の少女は、どこにも他人を見下したり自分を誇示したりする気配は無い。
 かと言って心配そうでもなく、ただ無表情に、竹刀を拾う清十郎を見つめているだけである。


〆 〆 〆


 清十郎は素振りを続け、剣の振りが明らかに違ってきていた。
 けれど彩華も、片手での剣の扱いに慣れてきており、二人の実力の差は縮まることはなかった。

――もし、片手の素振りをしていなかったら……

 彩華は考えて、少し背中が冷える思いがした。
 鍛錬を続けるということは、そういうことだ。

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310『勝負は河原で』2013/12/09(月) 01:03:09.33ID:0rsNcGBH
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 清十郎が、面を打たれた。

 いつもの光景、悪態をつきながら蹲る――
そうは、ならなかった。

「まだまだ!」

 痛みに顔を顰めながらも、清十郎は竹刀を離さず、再び構えをとった。
 幾度も萎えそうになる気持ちを必死に奮い立たせる。

――ふふ、そうか。

 彩華はこっそりと笑うと、清十郎が竹刀をようやく構えたところへ、すぐに攻め立てた。

 残心を決して忘れない彩華である、優勢は変わらなかった。
 清十郎が、再び面を打たれる。

「〜〜〜っ、まだだ!」


 打たれても打たれても、清十郎は弱音を吐かず、難癖も言い訳もしない。
 その日の稽古は、いつもより長く続いた。


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311 ◆BY8IRunOLE 2013/12/09(月) 01:04:29.59ID:0rsNcGBH
↑今日はここまでです

312『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/12/15(日) 21:33:14.44ID:xVXBOKmH
【四幕 大会前夜】

 まだ日がある、と思っていたが、“その日”はあっという間に明日に迫っていた。
 清十郎は床に就き、上体を起こしたままため息を吐いた。

――なぜ、こんなことになってしまったのだろう……。

 剣術大会はもともと藩士の質の向上を目的として始まったものだった。今では、年の瀬の押し迫った頃の
恒例行事となっている。
 剣の腕の、今年の一番を決めて、そのまま道場で宴となる。稽古納めの意味もあった。


 彩華という少女。

 あの、ぶっきらぼうでそっけない態度がとても気に入らないが、剣の腕は本物だと感じた。

 彩華の剣は、無駄がない。
 大仰な掛け声も、大層な型もない。速やかに、かつ確実に、相手の急所を捉える。

 中段正面、青眼につけた竹刀の鋒に相対すると、まるで真剣のような凄みを感じる。
 奇を衒わずあくまで基本に忠実なその構えは、どんな熟練者でも攻めあぐねるであろう隙のないものだった。

 清十郎は、その彩華と打ち合い稽古をしている。
 どう攻めていいか分からず、闇雲に竹刀を振り上げる。その瞬間、胴を強かに打ち込まれて息が止まる。
すぐに二の太刀が脳天に直撃する。この立ち会いが真剣であったなら、清十郎は既にこの世に居ないだろう。

 何度手を合わせても、同じである。それほどまでに、彩華の剣と構えは無瑕なものだったのだ。

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313『勝負は河原で』2013/12/15(日) 21:35:35.77ID:xVXBOKmH
――そう言えば。

 寝床の中で、嫌なことを思い出してしまった。

 稽古の最中、鍔迫り合いになった。力で押した結果でなく、彩華がそう仕向けたのだったが、間近にある彩華の顔が、
一瞬、妖しく微笑んだ。
 次の瞬間、清十郎は肘を掴まれ、捻られ、天地が逆転し、背中に衝撃を感じ、気がついたら道場の床に仰向けになっていた。


――忌々しい、あいつ。

 剣の稽古なのに、いきなり柔の術を繰り出すなんて、卑怯だ。
 投げ飛ばされた清十郎は、猛然と抗議した。

「なに言ってるの? じゃあ戦いの最中に刀を落としたらどうするの。慌てて拾う? 
そんなことしてる間に斬られると思う」

 しれっと言ってのけるその言葉は、なぜか重みがあった。

 彩華の言うことはもっともだ。実戦経験がなくとも、それくらいは想像がつく。

――じゃあ、戦なら砂を掴んで投げつけるとか、やられたフリをして相手を騙すとか、そういう卑怯なこともアリだっていうのか?

 たしか、そんな風に怒鳴ったと思う。

 彩華は、いつも通りあっさりと言った。

「当たり前。そんな小細工が通用しないくらい、此方が強くなれば良いことだし」

 それに対する反論は、何も思いつかなかった。

 清十郎にとってそのやり取りは、悔しさしか残らなかった。


〆 〆 〆

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314『勝負は河原で』2013/12/15(日) 21:43:22.47ID:xVXBOKmH
 夢を見ている。

 どうやら、戦場(いくさば)のようだ。


 彩華が、何十人いる侍を斬って捨て、清十郎のいる方へ歩いてくる。

 清十郎の周りには大勢の侍が居たはずだったが、今や数えるほどしか居ない。
 彩華は誰にも負ける気配を見せず、抜き身の脇差は血塗れであった。


「どうしたの。何時になったら出てくるの」

 冷ややかな彩華の声に、清十郎は、震えているばかりだ。怖ろしい、ただそれだけしか感じなかった。

「これだけ死んでいるんだけど。きみのせいで」

 彩華が背後を振り返る。


 死屍累々とはこのことだ、と思い知らされる。彩華が斬って捨てた連中の身体が、積み藁のごとく
山になっている。

「まだ屍体を増やしたいわけ?」

 その問いは、今まで聞いたことのない残酷さを持っていた。


〆 〆 〆


 床の中で、自分を認識する。

 寝汗がびっしょりと身体にまとわりつき、心臓が早鐘を打っている。


――なんだ、あいつ……。

 布団の上で、溜息をつく。



 まだ、夢の断片が脳裏に残っている。

 自分のせいで、多くの人が死んでいく……考えたくもないことだった。

 けれど、たしかに有り得る話である。

 清十郎はこの時、初めて自分が名家の生まれで優遇されてきた意味を解(わか)ったのだった。同時に、
否応なく抱えざるを得ない責任についても、朧げながら悟り始めていた。

 彼は、将来を選べない立場なのだ。

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315『勝負は河原で』2013/12/15(日) 21:47:17.24ID:xVXBOKmH
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 選べないのなら、覚悟を決めるより他にない。

 どうせ逃げ場は無いし、やる以上は中途半端が一番良くない。

 清十郎が彩華との稽古を通じて思い知ったのは、そういうことだった。



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316 ◆BY8IRunOLE 2013/12/15(日) 21:49:40.94ID:xVXBOKmH
↑変な切り方になってしまったけど、今日はここまでで

317創る名無しに見る名無し2013/12/16(月) 12:41:27.69ID:lhIuIAOG
乙です
上に立つ人間としても成長する兆し!
この夢が正夢にならなければいいですのう

318『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/12/23(月) 01:32:33.45ID:sL2I+Pil
【 五幕 大会当日】

 遊修館は、大きな道場である。
 当代きっての師範代、近江守(おうみのかみ)永康(ながやす)の開いた道場で、礼をとりわけ重んじる
能刀流の一派だ。
 当然、門人も多い。名のある道場が剣術大会の会場となることは、必然であった。



 先鋒を清十郎、大将を彩華としたのは、清十郎の発案である。

「わたしが先鋒の方が」
言いさす彩華を遮って、

「おまえが負けたら、後が無えが」
清十郎は、きっぱりと言った。


 大会で、清十郎は頗る健闘した。
 緒戦は相手方の中堅まで勝ち抜き、その後彩華が大将まで倒して勝ち進んだ。
 次に当たるのは、この大会の本命と目される近江守永康の手勢である。

 腕の立つ連中が集まる遊修館の手勢である、本来ならばいきなり決勝で登場しても良い身分だが、
勝ち抜き制であるこの大会の体裁に則った出場をすべきである、と言ったのは、永康その人であった。

 もっともそれには、遊修館の門人の練度や層の厚さを誇示する意図があったのかも知れないが。

319『勝負は河原で』2013/12/23(月) 01:34:45.88ID:sL2I+Pil
 先鋒は、小柄ながら体格のいい若い男である。
 坊主頭が印象的で、挨拶などは礼儀正しく、快活な印象を与えた。


「ありゃあ若どの、気の毒やな」
 仕合を見物している丁稚の一人が言った。

 件の男は、城下でたいそう呑み癖の悪い男であったのだ。

 酒場で、武士風の男を見るや声をかけ、どっちの腕が上かをけしかける。
 そのまま野良仕合に発展することもある。

 けれど腕が立つので、その男は今のところ無敗だ。
 もちろん道場には伝わらないよう、口止めをしている。こんなことが、礼を重んじる遊修館に伝われば
即刻破門になるだろう。

 男は、外面は模範のような好青年である。
 しかしその内面は、常に自分をひけらかしていないと気が済まないような、器量の狭い男であった。
 清十郎に対しても、上っ面の親切心を演出しながら、蔑み見下していた。

320『勝負は河原で』2013/12/23(月) 01:40:23.86ID:sL2I+Pil
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 仕合が始まり、清十郎は奮戦した。

 押し切られそうになっても、決して諦めない。
 臆せず、飛び込んで打突を繰り出す。
 仕合は、すぐに熱気を帯びたものに成っていった。


 何度か危ない局面があったが、執念で躱し、防いだ。元来、負けん気の強い性格である。そして、彩華との
稽古を通じて真っ当に努力した。相手を見くびったり、侮ったりもしなかった。

 結果、清十郎は“負け”はしなかった。

 文字通り死力を尽くし、辛うじて小手を取った。
 が、清十郎の体力はそこまでだった。

 仕合のさなか、全身に小さな打突を食らい、身を“削られて”いたのだ。
 一本が告げられようとしたその時、道場に崩れ落ちる清十郎。それを、彩華が素早く駆け寄って支えた。


「……良くがんばったね」

 彩華は清十郎を抱き寄せ、微笑みながら言った。
 それを遠くに聞き、清十郎は気を失った。


 彩華は、清十郎の持っていた竹刀を執った。
 右手に清十郎の竹刀、左手に彩華が使っている竹刀を持つ。


 清十郎が、道場隅に運ばれ寝かされた。それを見届けた後、

「先鋒が倒れた。次はわたしだ」

そう言い、彩華は両手に竹刀を持って道場に進み出た。

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321『勝負は河原で』2013/12/23(月) 01:46:14.29ID:sL2I+Pil
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 清十郎の相手は今しがた小手を取られたので、この場合は相討ちである。相手も次鋒が出てくる。

 彩華は右手を斜め下段に、左手を中段に構え、左半身で中央に立つ。

「二刀流……?」

 道場が、ざわめいた。


〆 〆 〆


「所詮、亜流の剣術……舐められたものだな」

 次鋒の男は言い、彩華を睨んだ。
 彩華は黙っている。
 その表情からは、剣の自信も、奇を衒った不敵さも、仇討ちの感情も、何一つ見いだせなかった。

 勝負はあっという間に決した。

 彩華の左手が相手の竹刀を弾き飛ばし、同時に右手で強烈な胴を打ち込んだ。
 男は一本取られてなお、何が起こったか把握しきれない様子であった。


(小娘の、しかも片腕の振りとは思えない剣の重さだ)
 傍で見ていた近江守永康は、思った。

(あの見た目が、油断を起こさせる。邪念が入って、剣に集中しきれていないのだ。
あの童、そこまで計算して……?)


 彩華は中堅との仕合でも二刀流を崩さなかった。左手で防ぎ、右手で打つ。
 小柄な身体にもかかわらず、剣の動く範囲だけ大きく見える。

 中堅の男は、さきの次鋒ほどあっさりとはやられなかった。攻めあぐねてはいたが、打ち合いを通して
攻略する術を見出しつつあった。

 結局、彩華は中堅にも一本を取って勝利したのだったが、副将である豊田外記は仕合を眺めながら、
どう攻めるのが良いか既に見出しており、それは永康も同様であった。


 中堅の男は、それが分かっていた。仕合には負けても、“仕事をした”という顔で引き下がった。
労いの言葉をかけ、豊田が道場中央に進み出る。



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322『勝負は河原で』2013/12/23(月) 01:49:39.33ID:sL2I+Pil
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 背が高く無骨な面持ちの、中年の男である。遊修館の筆頭を張るに相応しい、ピリピリとした殺気が漂う。

「いささか手を焼いたが、貴殿の二刀流を破ることはそう難しいことではない」

彩華は黙ったままだ。

「なぜ、不慣れな二刀流で戦うのだ。返答によっては無礼者と見做す」


「この剣は」
右手に持った竹刀を見せつけ、言った。

「清十郎とともにずっと稽古してきた剣だ。これは清十郎の魂でもある。わたしは、清十郎と
一緒に戦っているんだ」

 豊田は、ちょっと意表を突かれたような表情になった。
が、すぐに顔を引き締め言った。

「あいわかった、そういう覚悟ならば、存分にお相手いたそう」

竹刀を斜め上段に構え、鋭く睨みつける。

彩華もまた、二刀流の構えをとった。


 彩華の竹刀は小ぶりである。
 幼い頃の清十郎に与えられた小さな竹刀を借りて使っていたのだ。

 もともと脇差を扱う彩華なので、そのほうが扱い易かった。他の仕合でも、それで遜色なく
立ち合っていた。



 豊田の剣は、無駄なく彩華を攻め立てた。

 長身の体躯から繰り出される打突は一つひとつが重く、さっきまでの連中とは比べ物にならなかった。
 片手で防ぎきれないのは、傍から見ても明白だった。

 左の竹刀で剣を受けた時、それが弾き飛ばされた。

「!」

それを機と見るや、豊田は大きく剣を振り下ろした。


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323『勝負は河原で』2013/12/23(月) 01:55:17.17ID:sL2I+Pil
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 その時である。

 彩華は素早く身体を入れ替え、豊田の剣をすれすれで躱した。

 同時に右手の竹刀に左手を添え、すかさず脇腹へ、鋭い突きを入れた。

「っく!」

 一瞬、豊田の動きが止まる。
 そこへ、小手を打つ。

 道場中に響き渡るような、小気味良い音を立てた。

 重い一撃を受け、豊田は危うく竹刀を取り落としそうになる。

 彩華はなおも両手で竹刀を構え、いつでも追撃を打てるかたちで、豊田に相対していた。


「い、一本! それまで」

「待て、喉元以外への突きは禁じ手だ!」

 見物の門人連中から、待ったがかかった。
紛糾しかけたが、

「良い、これは他流試合である。我が流派が禁じているに過ぎぬ」

永康が言うと、場は収まった。


〆 〆 〆


 小手を強かに打たれた豊田外記は、突きの入った脇を擦りながら言った。

「してやられたが……見事であったな。やはり謀っておったか」

そう言って苦笑いした。
 彩華は少し目を見開いたが、豊田の言葉に、すぐに顔を引き締めた。

「次は、俄か仕込みの二刀流は通用せぬぞ。お主のほんとうの剣で、全力でかかられよ」

彩華は道場の端でこちらをじっと見ている壮年の男を見た。


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324『勝負は河原で』2013/12/23(月) 02:06:44.58ID:sL2I+Pil
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(二刀流が破られることを承知で、わざと左の剣を落とさせた。それを目眩ましとして懐に飛び込む……。
戦術としては単純だが、なかなか出来ることではない。はじめから狙っていたのなら、あの歳にしてかなりの
敏い頭である。図らずにやったのなら、天性の素質の持ち主だ……。)

永康は豊田外記の仕合を見ながら、思いを巡らせた。


〆 〆 〆


「そっちでなくて良いのか」

 永康は言い、先ほど弾き飛ばされた短い竹刀を顎でしゃくった。

「借り物では済まされまい」

 彩華の使っていたのが短い竹刀だったことを、永康は知っていた。

「これは、清十郎の戦いなんだ」

 彩華は清十郎の竹刀を握り直し、きっぱりと言った。

 柄の部分には、血豆が破れた染みが出来ている。
 彩華に何度も打たれて、鍔はぼろぼろに欠けている。

 青眼に付け、永康に正対する。

 永康も、竹刀をゆっくりと八相に構えた。


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325 ◆BY8IRunOLE 2013/12/23(月) 02:15:58.19ID:sL2I+Pil
↑今日はここまで。あと1回で終わりです

326創る名無しに見る名無し2013/12/27(金) 23:07:57.70ID:UL4/Fhkk
乙です
最後はどうなるのか楽しみにしています

327『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE 2013/12/30(月) 17:45:04.87ID:PHhZmB7Y
【 六幕 さよならなんかいうもんか】

「卑怯者!」

 怒声が聞こえる。

 清十郎は、はっと目を覚ました。自分のことを言われたのかと思ったのだ。

 道場の端、一段高い畳の上に、彼は寝かされていた。

 頭が混乱してぼーっとする中、記憶を手繰る。


――そうだ、剣術大会をやっていた。自分は勝ったのだったか、負けたのだったか……。
こうして伸びているということは、きっと無様な負け方をしたのだろう。またあの性悪女に蔑まれるのだ……。


 そこまで考え、急に思い至った。

「彩華は?」

 辺りを見回す。道場中央、人で視界が遮られている方が何やら騒がしい。清十郎は立ち上がり、ふらふらとそこへ向かった。


 人垣をかき分けて見えたのは、信じられない光景であった。

 彩華は竹刀を持って道場の中央に立っている。
 その側に、あの近江守永康が倒れているのだ。

 近江守永康は、藩に数人いる師範代でも一番の実力者と目される人物である。剣の教えを請うべく、遠方からも入門者が来るくらいだ。

 その男が、彩華の前に倒れている。

 襖から入る光が清十郎の立ち位置からは逆光で、真っ直ぐに立つ彩華を影絵のように見せていた。なので、その表情は分からない。
彩華はただ、いつもの通り平然としているように見えた。

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328『勝負は河原で』2013/12/30(月) 17:49:04.38ID:PHhZmB7Y
「そこまでして勝ちたいが」
「やっぱ、無宿者は碌でもないやがいね」

 彩華に対し、非難の野次が飛んでいる。

――なんだこれ、どういうこと……?


「おや、若どの。もう身体の方はじゃまないがけ」

 側に居た丁稚の一人が、清十郎に声をかけた。さらに、

「悪いこた言おらんがけ、こっからさっさとずらかったほうが御身のためやが」

 苦笑いしながら言う。
 迷っているうち、さあさ早く、と急き立てられ、屋敷へ戻ったのだった。


〆 〆 〆


「いやしかし、痛快やったが」

 丁稚が快活に言った。
 それを聞き、清十郎は切羽詰まる思いで詰め寄った。

「ゆうてま、何があったんてが?」


 丁稚は、彩華の仕合の様子を身振り付きで話した。曰く、

 ――近江守永康は、やはり強かった。彩華は防戦一方である。その前に三人相手にしているし、疲労してもいた。
 何度目かの鍔迫り合いの時。

 彩華はいきなり永康の肘を掴んで、捻ったのだ。

「柔(やわら)のようにも見えたけんど、なにせ遠目にはよう分からんかったなぁ」

 彩華の倍以上はありそうな永康の体躯が一回転して、道場に叩きつけられた。一瞬の出来事であった。
 彩華はすかさず竹刀を永康の首元へ付けた。

 仕合は、そこで一旦中断となったのだという。

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329『勝負は河原で』2013/12/30(月) 17:56:45.69ID:PHhZmB7Y
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「まさか、あの師範代を投げ飛ばしちまうとはなぁ! ありゃ誰も出来ることじゃないがいね」

丁稚は、愉快そうに言う。

「遊修館の連中、顔真っ赤でさ。いい気味や、普段は随分と威張りくさってやがるのほやし」



 清十郎は、彩華との稽古で投げ飛ばされたことを思い出した。

 彩華は、勝負には勝ったことになる。けれど仕合には……

「仕合は……どうなった?」

 清十郎は、老いた手代に尋ねた。

「おそらく失格やろうね。卑怯者呼ばわりされとるし、当然やが。連中、矢鱈と仕来りにいじかしいようやし」
「そんな……」
「若どのは無念やろうが、誹りを受けるのはあの童。ま、たかが無宿者のしたことやしな」



 彩華を批判の矢面に立たせ、自分たちは素知らぬ顔をしていれば良い――

 清十郎には、そう受け取れた。 

 居ても立ってもいられなくなり、屋敷を飛び出した。


〆 〆 〆

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330『勝負は河原で』2013/12/30(月) 17:57:52.99ID:PHhZmB7Y
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 道場は既に宴の準備に入っていた。

「おや、茶村の坊ちゃん」 

 門人の青年が、清十郎を見つけて声をかけてきた。

「これ、坊ちゃんの竹刀やがいね」

清十郎の使っていた竹刀を差し出す。ボロボロに成ったその姿は、彩華の凄絶な戦いを連想させた。


「彩華は何処に居る?」
「あの不届きな童なら、藩から出て行けと言うてやったんで、どこへでも行ったんじゃないがいね」

「どっちの方角!?」
 ムキになって食い下がる。

「さあ、川沿いを歩っていったようやけど。坊ちゃん、アレは碌でもない、卑しい童やが」
 門人は小馬鹿にしたように言った。

 その言い回しに聞き覚えがある。かつての清十郎も、そのような態度で人と接してきたのだ。

「よくもそんな……、彩華は、うらの仲間やがいが!」

 言い捨て、清十郎は川へ走った。


〆 〆 〆


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331『勝負は河原で』2013/12/30(月) 18:02:30.48ID:PHhZmB7Y
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「先生……」

 豊田外記は、図体に似合わないおずおずとした様子で声をかけた。

「あの娘……厄介かも知れんな」

 永康は、道場に胡座をかいて呟くように言った。

「! では」

すかさず膝を立て、すぐにでも飛び出そうとする。

「待て、そうではない。慥かにあれを此方の手勢にすれば、かなりの働きを見せるかも知れん」

豊田は驚いた表情を見せる間に、永康はすぐ続けた。

「然し、無理であろうな。あれは、雲の如く何処へでも流れて一処(ひとつところ)に留まりはしない。
誰の下にも就かぬだろう」



 門人が、道場の二人を遠慮がちに遠巻きにしている。

「何をしている、さっさと準備をせぬか!」

 豊田が怒鳴り、門人はさっと散った。



「剣の理念や礼、仁は、とても大事だ。しかし一方で、戦場(いくさば)ではそういった物事が通用せぬ」

「……」
 豊田は黙っている。

「勝てなければ、どんな崇高な理念も潰されてしまう。かと言って、勝つために何をしても良い、というのではない」
 永康は、竹刀を握っていた自らの手を眺めて呟くように言った。

「大事なのは、『負けないために、何をされても対処できること』なのだ」

「……!」
 豊田の表情は、いっそう引き締まったものになった。

「儂も、まだまだ未熟者ということよ」
 そう言って永康は、わっはっはと笑った。

 傍らの、神妙な面持ちの豊田とは対照的な、気持ちのよい笑顔だった。


〆 〆 〆

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332『勝負は河原で』2013/12/30(月) 18:06:55.64ID:PHhZmB7Y
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 雪が降ってきていた。日も落ち始めている。

 川を左手に見下ろすように土手があり、そこへ登って少し走る。すると、河原を歩く人影を捉えた。

「待て!」
 叫ぶと、人影は足を止めた。

 河原に走り下りて、追いつく。



 三度笠を目深に被り、蓑に身を包んだ小柄な人物。背中に風呂敷包みを背負っている。

「待ってくれよ……」
 息を切らし、呼吸を整えながら清十郎は言った。

「いきなり居なくなるなん、聞いとらんが」

 彩華は笠を上げ、振り返った。

「わたしの役目は終わったよ。そろそろ出て行こうと思っていたし」

「違う」
 きっぱりと遮り、手にした竹刀に力を込める。

「まだ、終わっとらん」


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333『勝負は河原で』2013/12/30(月) 18:12:03.04ID:PHhZmB7Y
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「うらとの勝負が、まだやが」

 彩華はぽかんとしていたが、ぷっと吹き出した。

「な、何が可笑しい! ひとを負かしたまま去るなんて、それこそ卑怯やが」

 なおも彩華は笑っていたが、やがて寂しそうな顔を見せた。

「わたしに勝てると思ってる?」
 言いながら、旅装を解く素振りを見せなかった。

 清十郎は目を伏せた。
「……思ってない。けれど、今だけだ」

 目を上げ、彩華をじっと見つめた。

「もっと稽古して強うなって、おまえを負かしてやる。ほやし、さよならなんか、ゆうもんか」
 清十郎は目を潤ませながら言った。

 彩華は微笑んだ。
「そう。じゃあ楽しみにしてる」

 くるりと背を向けて、彩華は歩き出した。

 その背中を見て清十郎は、誰も彼女を引き止められないと悟った。

 だからせめて、声だけでもぶつける。

「逃げるなよ! 絶対やがらな!」

 彩華は背を向けたまま、自分の脇差を高く掲げて振った。



 雪はいつの間にか止み、夕暮れの日差しが辺りを橙色に染め上げていた。

 土手の上には、今しがた遊修館の連中と茶村家の丁稚らが、清十郎を探して駆け着いたところであった。






.

334 ◆BY8IRunOLE 2013/12/30(月) 18:41:12.03ID:PHhZmB7Y
↑以上でこのお話は終了です

本作品は過去に創発板にあった『目次小説』(だったかな?)スレをもとに書きました

いつもの通り、ネタ元スレのDATのURLを貼ろうと思ったのですが、創発wikiにはなくググっても引っかからない・・・
DAT落ちスレ閲覧サイト「2ちゃんぬる」は閉鎖してしまったようですし

上記スレは小説の目次のみ考えて投下する、ネタ創作系スレでした
センスがあって面白く、けっこう好きなスレだったのですが
(元ネタの詳細はあとがきスレに貼っておきます)


例によってセリフの違和感はネイティブの方には申し訳ない限りです(変換サイトでは限界がありますね・・・)
おかしなところは遠慮なくご指摘頂ければ幸いです


結局、今年は1本しか投下できませんでした
こんな亀筆にもかかわらず読んで下さっているかたには、ただただ感謝です。ありがとうございます



ではでは皆様、良いお年を!

335創る名無しに見る名無し2013/12/31(火) 00:10:52.26ID:IFApvM+k
読みました(あとがきも)!
 「河原での勝負」をワクワク待っていたので多少拍子抜けしましたが
 けど彩華ちゃんを打ち負かせる剣士なんてそうそう居る筈もなく
 ましてや清十郎くんでは、、、そこは彼女のセリフの通りだし
 例の「目次」やタイトルに引っ張られず読めば納得納得の決着でした。
質問1) 今回はどちらのお国ことばだったか正解を教えて下さい。
 私的には四国あたりかなと少しも調べずに予想だけしていました。
 茶村という姓にヒントはありますか?
質問2) 正眼は知ってましたが青眼という用字が見慣れなかったので
 調べたところ青眼/晴眼/正眼いずれも正しいとのことでした。
 青眼は現今の剣道用語だったりしますか?
 または何か時代小説で使われていますか?
書き込み代行をお願いしているので聞き逃げになると思います。
彩華シリーズ作者さんとレス代行さんご両人へ→ありがとう!

336創る名無しに見る名無し2013/12/31(火) 03:07:01.32ID:/7/7mCdp
乙でした!
彩華ちゃんの冒険はまだまだ続くということで、次の物語も楽しみにしています
今回彩華と関わった清十郎君。彼がこれから立派に成長していく姿が見えるような爽やかな終わり方でした
では次の旅が見られることを期待しています

337 ◆BY8IRunOLE 2014/01/03(金) 16:42:02.37ID:s9wP+4sj
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


いつも、感想をいただくたびに「お話の中身をしっかり読んで下さっているなぁ」と実感します
書き手冥利に尽きるとはこのことです!

意外にも、茶村清十郎をよく見ていただいていると分かり、ちょっとびっくりしています
どの作品にも共通に登場するのは主人公(彩華)だけ・・・
つまり他のキャラは一度きりの登場なのにもかかわらず!

他の作品でもそうですが、主役以外のキャラに言及して貰えるのは嬉しいですね

>彼がこれから立派に成長していく姿が見えるような爽やかな終わり方

嬉しい! そういうお話を書きたいと、いつも思っています(でも出来てないw)



つっこんだ質問も、本当に嬉しいです。ありがとうございます!

>質問1) 今回はどちらのお国ことばだったか正解を教えて下さい。
 私的には四国あたりかなと少しも調べずに予想だけしていました。
 茶村という姓にヒントはありますか?


今回は北陸地方、石川県をイメージして書きました。
方言変換サイトでは石川県を中心に、富山・福井も参照しながら変換していった感じです

加賀百万石で有名な石川県ですが、前田家や、その他史実に基づいた考証は出来ていません。
茶村(さむら)という姓は「実在してそうで由緒正しそうな苗字」というイメージで、勝手に作りました
とくに何かに絡めた意図はありません。



>質問2) 正眼は知ってましたが青眼という用字が見慣れなかったので
 調べたところ青眼/晴眼/正眼いずれも正しいとのことでした。
 青眼は現今の剣道用語だったりしますか?
 または何か時代小説で使われていますか?


自分が剣道未経験なもので、経験者の方からすればきっと頓珍漢な描写をしていることだろうと思います
剣道の書籍やサイトを調べながら書いていますが、よく分からなくなることもしょっちゅうで、お恥ずかしい限りです・・・

「青眼」表記についてはご指摘の通りで、現代剣道の用語かどうかは分かりかねます。すみません
中段の正面構えを必ずしも正眼と呼ばない流派もあるようですし、奥が深いですね

山本周五郎の小説が好きで、作中で「青眼」という表記をよく見る気がするので
あやかって、それにしています。



読んで下さってありがとうございます!

338創る名無しに見る名無し2014/05/09(金) 13:14:56.29ID:ZQrB8cOB
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339創る名無しに見る名無し2014/11/02(日) 13:42:53.80ID:mwluIu5G
彩華ちゃんシリーズ面白くていっぺんに読んでしまった
作者さん乙です

340創る名無しに見る名無し2015/11/03(火) 23:06:00.63ID:BJTMa+vj

341創る名無しに見る名無し2016/04/26(火) 09:20:52.55ID:qF/ZPkgy
カンタンにTシャツつくれるぞ
http://goo.gl/Ef3JMt

342超音波テロの被害者2016/05/15(日) 15:37:27.71ID:sinambxn
超音波テロの被害にあっています。
卑劣極まりない被害にあっています。

何が起こったかわからないときから、
わかってみれば、
まだ世の中に知られていない超音波テロ。

世の中の多数の振動源・発信源が
システム化され、 ネットワークを通して、
超音波・音波を集中させて
対象を攻撃するらしい。

超音波による物理的な力で、
ものが飛び、ものが壊れる。
それが人間の体に対してまで。

形のあるもの、ないもの、壊され、奪われ、
聞こえる声、音。超音波テロの加害者の声。
卑猥な内容、卑劣な内容、脅しやいたぶり。

身体の表面を突き抜け、内臓を攻撃される。
頭蓋骨を突き抜け、意識を失わされる。
臓器不全やがん、命に関わることまで。
人間の身体を壊そうとする超音波テロ。

日本国中、どこにいても超音波で襲われる。
車に乗っている人間が襲われる。
歩いている人間が襲われる。
自宅で超音波の攻撃を受ける。

人や社会が超音波で襲われ、
罪もない人が超音波で襲われ、
卑劣な被害にあっています。
被害を訴えても信じてもらえない。

「見続けるのがいやだから、殺して終わる」、
「証拠隠滅だ」という超音波テロの加害者の声とともに
強烈な超音波の攻撃。

叫ばされ、いたぶられ、それを口実にまた攻撃され、
超音波テロの、残酷残虐で、卑劣な攻撃の被害にあっています。
心の底から被害を訴え、祈っています。

天に神に届きますように。

343創る名無しに見る名無し2016/08/31(水) 04:38:56.43ID:cOHXDcjI
a

344創る名無しに見る名無し2017/12/27(水) 12:12:59.42ID:C1Z7QFDy
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

HWTN79CER8

345創る名無しに見る名無し2018/05/21(月) 07:11:36.72ID:tRZnwP6O
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

U0ITS

346創る名無しに見る名無し2018/07/03(火) 20:41:55.23ID:f1dClnnX
DKB

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