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和風な創作スレ 弐
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0001創る名無しに見る名無し
垢版 |
2010/11/03(水) 12:56:27ID:eWTAlsEa
妖怪大江戸巫女日本神話大正浪漫陰陽道伝統工芸袴
口碑伝承剣客忍者伝奇書道風俗和風ファンタジー戦国
納豆折り紙酒巫女巫女俳句フンドシ祭浴衣もんぺ縄文

とにかく和風っぽいものはこちらへどうぞ。二次創作も歓迎

過去スレ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220743518/
↑のHTMLとDATはこちら
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/866.html
0220 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2011/11/23(水) 23:24:08.27ID:CpeKAJjT
↑ここまでです

ずいぶん間をあけてしまってすみません
支援レスありがとうございます

>>217のリンクがもし見られなかったら、教えてください。うpし直します
0222創る名無しに見る名無し
垢版 |
2011/11/24(木) 18:29:38.71ID:xMpzYEBd
乙です
彩華は何に囚われているのだろうか
昔から図形嫌いだから図形問題厳しいぜw
0224『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2011/12/22(木) 20:18:39.93ID:ijMYiijI
【盲の算法家(後篇)】

綾は、描かれた図面をじっと見つめている。
どこが、とは具体的に言えないが、どこかがおかしい。
甚五郎は指で図面をなぞり、的確に尺を取りながら、言った。

「ええか。これは、真四角を二つの三角形と二つの梯形(※台形のこと)に分けたものやな。
この、三角形の斜辺の傾きと梯形の斜辺のそれとが、同じ傾きやあらへん、いうことに気づかんと騙されてまう」

甚五郎は、長方形の方の、三角形と梯形とが接する斜辺の間に陰影を描き入れ、さらに梯形の斜辺の横に『三/五』と書き入れた。
同様に、三角形の斜辺――直角に相対する辺――には『三/八』と書き入れた。

「あっ……!」
綾は、そこでようやく甚五郎の言わんとすることに気づいたようだった。

「ひとは、物事を思い込みがちや。目に見えるものには、とくに惑わされやすい。
儂に言わせりゃ、目ほどあてならんもんはない」

綾が、怪訝な顔で尋ねる。
「つまり……どういうことなん?」

甚五郎は指で畳の継目をなぞりながら、
「……この世はな、常に『現世とは似て非なる別の世界』が隣接しとるんや」
と言った。

「今、誤魔化された一畳分、空間が歪められとるわけやろ。
そこが、『別の世界』への誘い込み口となっとるかもしれん、いうことや」

綾が、気色ばむ。
「ほんなら……、彩華は!?」
「……誘い込まれて『そっちの世界』に閉じこめられてまったのかもわからん。
――おそらく、神隠しにあったという連中も、同じ様にして拐われたんやろな」

甚五郎は、あらためてこの“妖かし”を仕掛けている者が何なのか、考えようとした。
が、すぐに思い直し、

――いやいや、今はあの娘を救い出すことが先や。

うろたえる綾を宥めながら、策を練り始めた。


@ @ @
0225『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:21:14.61ID:ijMYiijI

視界に、動くものを捉えた。
脇差を握る手に力を込め、彩華は慎重に、その方向を見やる。

それが敵であれ味方であれ、近づかなければならない、と彩華は思った。
抜き身を手に、足音を立てぬよう、そっとそちらへ歩を進める。

心臓の鼓動が、いやに大きく響いた。
不気味な光と、圧迫するような闇が、彼女を取り囲んでいる。
注意深く、“それ”に近づく。見ようによっては、人影のようにも見える。

――なんだ……。

そこにあったのは、埃がかって幾分曇った、大きな鏡であった。

人影のように見えたのは、鏡に映り込んだ彩華自身の姿であったようだ。
“それ”は、彩華が動くと動き、静止すると同じように静止する。

――ただの、鏡だ。

そう思って安堵する。

……のだが、奇妙な点が一つあった。

彩華はぴたりと立ち止まり、息をひそめて“それ”をじっと見た。



――“右手”に刀を持っている……?

0226『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:22:31.71ID:ijMYiijI
背格好は、よく似ている。
けれど、着ている着物が、彩華のものとは微妙に違うように感じられる。
なにより、鏡面がくすんでいるために、はっきりとは分からないのだ。

もどかしい、と思う。
確かめなければ、と考える。

けれど、心の奥底で、確かめるのを怖れている。
自分がどうしたいのか、よく分からなくなっていた。


――あれは、一体何だ。

視線を感じる。

鏡の像は、彩華を見つめて立っている。

ここからさらに一歩を踏み出して、“それ”に近づく勇気は出ない。

寒いわけでもないのに、身体が震えだし、止まらなかった。



@ @ @

0227『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:24:13.76ID:ijMYiijI

綾は、あらためて広間を見渡した。
薄暗い中に、入り口に立てた雪洞の灯りがぼうっと差して、なんとも不気味な雰囲気だ。

そこで、視界に違和感を覚えた。

雪洞の光が不自然に反射する一点があった。

「爺ちゃん、あれ……なんやろ」
「なんやろ言われても、儂ゃ見えへん。何か居るんか」
甚五郎は、墨壷から糸を繰り出しながら言った。

「なんや、光が変なふうに反射したように見えたんやけど……水たまりか何かがあるみたいな」

そこで、手を止めた。

「……どの辺りや」
「部屋の向こう側の、壁際」

甚五郎はしばし考え、
「よし、そこまで行くで。けどちょい待ち……」
と言って、畳に木釘を打ち込んだ。
0228『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:27:39.21ID:ijMYiijI
広間の壁際を伝って回りこみ、反対側の壁まで歩いて行く。

「あ、あれ、鏡やん?」

人の背くらいある姿見が立てかけてある。

「触らんとき」
甚五郎が厳しく警告した。

言われたとおり、触れぬよう、かつ自分の姿が映り込まないようにも注意しつつ、
綾は、鏡の脇からおそるおそる近づいた。

そこで、あっと声を上げた。

「彩華!」
「何!?」

鏡の中には、黄色の髪の少女が、怯えた表情で立っているのが映っている。

「爺ちゃん、彩華、映っとる! けどどこに居んねんやろ、さいかー!」
綾は、鏡が映す方向に目を凝らし呼びかけた。

けれど、何も見えず、呼びかけに応えるものも無かった。

「ほうか……ここが、三つ目の“接点”やな」

甚五郎はそう言って、鏡の裏側の畳に木釘を打ち込むと、先ほどの場所からずっと引いてきた糸を括りつけた。

墨糸は二本あるようで、もう一本をぐっと引くと、それは雪洞の方から伸びてきているようだった。
それも木釘に括りつける。
0229『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:30:33.08ID:ijMYiijI

「……算法で儂を誑かすとは、侮られたもんじゃのう。首洗って待っとれや、首があるか知らんが」
甚五郎は小さく呟き、薄暗い虚空を鋭く睨みつける。

音もなく綾に近づくと、
「綾、堪忍な」
いきなり、装束の襟元に、手を差し入れた。

「ちょっと、何すんのん!」
綾は、咄嗟に身を捩る。白い肌が露出する。
その鎖骨の上あたりに、鳥の羽を突き刺す。

「痛っ!」
脈を打つ場所を刺したために、血がどくどくと流れ出して羽を伝う。

「巫女であるお前の血が必要なんや。……月に一度は血ぃ失っとるやろ、これくらい大したことあらへん。
後で鹿尾菜(ひじき)でも浅蜊(あさり)でも、たんと食わしたるわ」

流れだした血を墨壷に受ける。

あまりの突然のことに、綾は呆然としている。

「信じられへんわ……。爺ちゃん、化け物に憑かれてまったんとちゃう?」
綾は眩暈を覚え、その場にへたりこんだ。



@ @ @
0230『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:34:31.03ID:ijMYiijI

――斬ってやる。

彩華は、急に鏡の中の像に対して、怒りに似た感情が湧いた。
それは恐怖の裏返しだったかも知れない。

脇差を八相に構える。
鏡像も、同じように構えをとる。

そこでふと、横目に何かを見た。

目だけを動かすようにして、顔の横につけた脇差に、視線を移す。
鎬(しのぎ)のところに、なにか黒いものがくっついているのを見た。

――なんだ、これ……。

鏡から目を離し、顔をそちらに向ける。

指の爪くらいの大きさで、歪んだ円型。
黒い汚れ、あるいは“穴”のようでもある。
穴の奥には黒い光沢が見え、何かが詰まっている様子である。


刀身にこのような穴が開くなど、考えられない。
しかもそれは、かすかに蠢いているようにも見える。

“穴に埋め込まれた目玉”とでも形容できる、得体の知れないものだった。


鋒(きっさき)のほうに目を向ける。
“穴”とも“目玉”ともつかない“それ”は、刀身の先へかけて、いくつも散らばっている。


視線を手元に戻す。

手元の“それ”は、五、六個に増えていた。
0231『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:37:25.59ID:ijMYiijI

ざわざわと、嫌な感触が胸に迫ってくる。

手を返し、刀身の反対側を見る。

抜き身を覆うように、“それ”が蔓延っていた。
見た瞬間、視線が吸い付けられたように、固まってしまった。


じっと見ていると、ますます不気味だ。
“穴”に吸い込まれるような、あるいは、“目玉”に見つめられているような。

目を背けたいのだが、なぜか背けることができない。
思い切って、目を閉じた。

闇の向こうから、怖ろしいものが迫ってくるような気がした。
堪らず、直ぐに目を開ける。

八相の構えは既に解かれ、頼りなげに、片手で脇差を握っている。
その右手へ、視線が移る。


「ひっ」

刀身だけではなかった。

脇差を握る右手の甲にも、“それ”が二つ。

手には何の感触も無い。
だが、たしかに“それ”は皮膚に穴を開け、埋まっているように見える。


恐怖感と、生理的嫌悪感が同時に襲ってくる。

慌てて、袖を捲る。

手首から肘にかけて、“目玉”がびっしりと、埋め込まれている。


「うわあぁ!」

見た瞬間、皮膚が総毛立った。
脇差を放り出し、後ずさる。

肘を擦るも、掌はただ、粟だった肌を滑るのみである。
その手にも、“それ”はびっしりと付いているのだ。

足がもつれ、尻餅をついた。

その折に見えた足の甲も、足首も、“目玉”がびっしり覆っていた。



@ @ @
0232『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:40:03.22ID:ijMYiijI

墨壷から、血塗れの糸を引き出した。

――気持ち悪い……

綾は、靄がかかったような頭で思った。
糸が自分の血で染まっていることに、更なる不気味さを覚えた。

「そっちの端を持っとってな」
甚五郎は、その糸を引き伸ばしたり手繰ったりしながら、広間を壁伝いに動き回っている。


広間の中に、三角形がつくられているらしいことは理解していた。

畳に打ち込んだ木釘は三箇所である。
入り口に立てられた雪洞・畳の誤魔化しを見破った部屋の隅・そして壁際の鏡が立てかけてあるところ。
これら三点を頂点とする、三角形である。


それぞれの釘の間を結ぶ糸は、弓の弦のようにぴんと張って、弾くと鳴った。

甚五郎は糸の真ん中あたりを摘んで、その両側の糸をそれぞれ弾いて音を聴き、音の高さが同じに聴こえた点に、
さっきの血染め糸を結び付けた。
その糸のもう一方は、三角形の辺に向かい合う頂点の釘に結びつける。

甚五郎も綾も、広間の真ん中へは立ち入らないようにしながら、作業を進めている。

広間の真ん中辺りには血染め糸が渡されて、交差している筈であった。

「爺ちゃん……これ、なんかの咒(まじな)いなん?」
「咒いなら、お前がいつもやっとるやないか」
「うちのは祈祷やし。だいたい、まだ見習いやん……」

綾は、しょんぼりとしている。

鏡に映った彩華の怯えた顔が、脳裏に焼き付いていた。

得体の知れない世界に放り出されて、きっと不安でたまらないだろうと思う。
助け出したいのに、何も出来ない自分が、ひどく役立たずに思えた。



@ @ @
0233『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:48:09.95ID:ijMYiijI

――身体が、“目玉”で穴だらけに――

混乱する頭で、考えられるのはそれだけだった。


畳の上に投げ出された、抜き身の脇差。

不気味に輝いている。

それの上を、黒く蠢くものが這って近づいてくるのが見えた。
ぬめりのある表面が、鈍い光沢を放っている。


――蝮……。

畳を黒く埋め尽くすような、大量の蝮。
ぞわぞわと彩華の足元へ、押し寄せてくる。

首を左右に振る。

「嫌だ……」

思わず洩れた声が震えている。

ちらりと、さきの鏡が目に入った。
鏡の中の人物の口角が、嗤うように上がっている。


それを見た時。

彩華の中で、張っていた何かがぷつんと切れた。


「いやだぁー!!」

泣きながら叫んだ。

鏡に背を向け、広間を出鱈目に走りだす。

帯が解けた。
肌蹴た着物に足を取られ、躓き、倒れる。

何かが、畳の上に転がった。



@ @ @
0234『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:50:53.09ID:ijMYiijI

その音を、はっきりと聞いた。

糸を弾いていた甚五郎が、ぴたっと手を止めて、言った。
「おい、土鈴かなんか、彩華に持たせたか」

綾は怪訝な顔をした後、はっとした。
「爺ちゃん、彩華、どこかに居るん?」

「持たせたんやな?」
綾は頷き、装束の襟元から取り出した。


素焼きの陶土で作られた鈴。

紐を通して首から下げている。
なんだかよく分からない生き物を模したもので、丸っこい。

「彩華に、同じもの渡しとる。対になっとうやつ……」
綾は、土鈴を振り鳴らした。
ころころと、澄んだ素朴な音がした。

甚五郎は、しっかりと耳を澄まして土鈴の音を確かめ、
「それを、鳴らしとき。意味があるように、調子をつけて鳴らすんや」
と言った。



――彩華、聞こえとる?

綾は、心の中で祈りながら土鈴を三、三、四と繰り返し鳴らした。



@ @ @
0235『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:53:26.03ID:ijMYiijI

彩華が転び、土鈴がこぼれ落ちたとき、蝮がさあっと引いた。

土鈴の周りだけ、蝮が寄らず畳が見えている。


彩華は、乱れた小袖を端折って這い進み、それを拾った。

丸っこい土鈴。

綾が、彩華にくれたものだ。

それを見て、綾と出会った蔵を思い出した。

あの時、柱を這っていたのも蝮だ。
脇差を抜いて、すかさず刺し殺した。

けれど今、手元に脇差は無い。
あったとしても、それで戦う気力は無かった。

――綾、助けて……

祈るように土鈴を握ったとき、広間の一角から、土鈴の音が聞こえた。

彩華のものに似ていて、幾分音が低い。

蝮は、明らかにその音を嫌がっていた。

0236『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 20:55:38.08ID:ijMYiijI

  「彩華、ええもんあげるわ」
  「?」

  綾が差し出した土鈴を見て、彩華は首を傾げた。
  「これ、何?」
  「何て、土鈴やん。知らんの? 土で作った鈴やに」
  「ふーん……」

  二つの土鈴は同じようなかたちの色違いで、対になっていた。
  綾は二つを手にとって、一緒に鳴らした。
  二つの音はうまく調和して、綺麗な和音を奏でた。

  「わぁ……」
  彩華は目を瞠って、土鈴を手に取り、一つずつ鳴らしてみたり、音を聴き比べたりしていた。

  「あんたに片っぽあげるやに。どっちがええ?」
  「うーんと……こっち」

  彩華は音が高い方を選び、綾は紐を通して首から下げてやった。
  「お守りみたいだ」
  「鈴って、魔除けの意味もあるんよ」



そのやりとりを思い出した。

彩華は、土鈴を振り鳴らす。
蝮が、彩華のいる一角を避けていく。

聞こえている音は、彩華のものではなく綾が持っているほうだ。
三つ、三つ、四つ……と、調子をつけて鳴っている。
彩華は、それに合わせて自分の土鈴を鳴らした。



@ @ @
0237『鏡鬼』
垢版 |
2011/12/22(木) 21:03:45.86ID:ijMYiijI

甚五郎は、さらに三角形の各頂点から糸を引き、相対する辺に結びつけようとしている。

「綾、ちっと代わってくれるか。鈴は儂が鳴らしといたる」
「え……どうしたら、ええのん?」
糸の端を渡され、綾は不安そうな顔をした。

「糸の長さをよう見てな、一番短くなるとこで留めるんや」
「???」
綾はますます困った顔になった。

「ええか、こうして斜めにするんと、ここらへんで直角に交わるんとでは、必要な長さが違うやろ。
儂は目で見てそれが分からん、お前が目で見て結んだほうが早いし確実や」

甚五郎の意図するところはなんとなく理解したものの、綾はやはり躊躇った。

今、甚五郎が行なっているのは、この妖かしを破る咒いである。
うまく出来なかったら……という思いが頭から離れない。

甚五郎は、
「左端の角と右側の角、どっちが大きく開いとる?」
と尋ねた。

綾は、辺の両側を見やった。木釘に結び付けられた糸が成す角の大きさを目視で比べ、

「え……右ちゃうん?」
と答えた。

「せやな。計算どおりや」
「なんなん……、またおかしなこと起きたか、思ったやん」

「お前の目はちゃんとあてになる、いうことや。さ、ちゃっちゃとやってくれるか」

綾は、観念したように作業を進めた。


かくして、広間の中には三角形に糸が巡らされ、さらにその中を、血で染めた糸が計六本、張られたわけである。




(図2)
ttp://u6.getuploader.com/sousaku/download/489/%E5%9B%B3%EF%BC%92.jpg

0238 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2011/12/22(木) 21:08:05.95ID:ijMYiijI
↑ここまでです……

今回も図を入れました。見れなかったらご一報くださいませ


本日は冬至ですね。(連載終わらなくて)ネタも書けない……

なんてこった\(^o^)/
0239創る名無しに見る名無し
垢版 |
2011/12/22(木) 21:35:04.40ID:oFc2fY/1
乙です
図は俺の専ブラではみれませんでしたね
URLをブラウザに直接ぶち込んだらいけましたが

弱々しい彩華に悶えたぜ
0240創る名無しに見る名無し
垢版 |
2011/12/23(金) 16:06:29.27ID:ZC3Utcp5
>>239
失礼しました。DL前画面のアドレスを貼ってしまったようです……

改めまして、>>237の図

  (図2)
  ttp://dl7.getuploader.com/g/6%7Csousaku/489/%E5%9B%B3%EF%BC%92.jpg
0241創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/01/30(月) 18:54:03.18ID:7x4WkU/G
目玉気持ち悪w
しかし爺さんが何してるのかわからなくなってきたぜ・・・orz
0242『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/03/03(土) 20:38:16.56ID:dtNaTC2k
【鏡鬼(前篇)】

闇の端から、夥しい数の目玉が襲ってくるような気がする。
畳の上に起き上がり、土鈴を鳴らす。
この鈴の音が、彩華を守ってくれるような気がした。

別の土鈴の音が聞こえている。
綾が持っている、対になっている鈴のもう一方だ。
彩華が鳴らすと、綾の鈴が応える。

顔を上げる。
広間の暗い空間に、金色の細い線が数本、真っ直ぐに走っているのが見えた。

――光……? なんだろう、これは……

怪訝に思ったが、不気味な感じは受けなかった。
強く、神々しさを感じる輝きだった。
彩華はその光線に近づき、手をかざした。



@ @ @
0243『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 20:41:31.34ID:dtNaTC2k

糸を張り終わり、綾は再び土鈴を手に取った。

鳴らしながら、音を聴いている。
目を閉じると、よりはっきりと聴こえる。
土鈴の音が鳴ることで、綾は彩華の存在を確認していた。

「綾、支度せえ。そいから、矢を一本寄越せ」

支度、というのが何を意味するのか、分かるまでややあった。
持ってきていた弓の存在など、先刻まで綺麗さっぱり忘れていた。

装束の上に襷を掛ける間、土鈴を預ける。
甚五郎は、預かった土鈴を糸のひとつにぶら下げた。


綾は胸当てをかけ、紐を背中で結った。
長弓を握る左手は、微かに震えている。

止血のために肩に巻いた手拭いが、微妙に邪魔だった。
しかも、怠いような鈍痛もまだ残っていた。

「爺ちゃん、うち……ちゃんと引けれるか分からへん」
「阿呆言うなや」

不安な様子の綾を、甚五郎は言下に一蹴し、土鈴を糸伝いに滑らせる。
土鈴は交点で引っ掛かり、そこで止まった。

甚五郎は、懐紙を取り出すと神籤(みくじ)のようにして矢に結び付け、綾に渡しながら、言った。

「彩華をこっちに引き戻さな。それには、お前の矢が必要なんや」



@ @ @

0244『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 20:42:35.11ID:dtNaTC2k

綾の土鈴の音が、弦を弾くような音に混じって、身体に直接響くように伝わってきた。

光線は、部屋の奥のほうまで伸びている。

線の周りだけ、蝮の気配が無い。
彩華は再びそれに触れ、光線の向かう先を眺める。

複数の光の線が、集中する一点がある。

聴こえていたもう一つの鈴の音が、その交点へ向かったのが分かった。
近づくと、少しずつ音が大きくなる。

光線から手を離すと音が聴こえにくくなるので、手を触れさせたまま、その集中点へ近づく。

彩華は、その点に手をかざした。

目を閉じ、耳に全神経を集中させる。

鈴の音が、はっきりと聞こえた。それに混じって、張った弦が鳴るような、風を切る音が聞こえた。

そこで、音は止んだ。

――ここに、綾の鈴がある……?

彩華は、わけもなくそう思い、その点に立って、綾の名を呼んでみた。



@ @ @
0245『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 20:45:50.04ID:dtNaTC2k

綾は、緊張した面持ちで、矢を受け取る。

「あの吊るした土鈴を狙って射るんや。あれが、こっちとあっちの世界を通す“道”になる」
「……割れてまわん?」
「心配せんでもええ」

綾は、糸の一方の交点の側に立った。
それぞれの糸が、各辺と垂直に交わるよう張った糸の交点である。

そこから、土鈴が吊られたもう一つの交点を見つめる。

距離はおよそ二間ほどである。

普段の的よりもずっと近いが、なにしろ拳程度の大きさの土鈴だ。
的が小さく、しかも外すことは許されない。

「彩華に当たらへんやろか……」
「鈴の場所からいごかんやったら、当たることはあらへん」
「動いたら……?」

「いたらんこと考えんと、早う射れ! 一刻を争うんやぞ!」

甚五郎が怒鳴り、綾はびくっとした。

そして震える手で、弓を構えた。

――ああ、神様。お勤めちゃんとやりますから、どうかちゃんと引かせたって……

0246『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 20:47:27.83ID:dtNaTC2k

目を閉じた。

耳に、彩華の声が聞こえた。

綾を呼んでいる。
不安そうな、消え入りそうな声。

その姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。


――彩華、待っとってな。いま助けたる!


わずかだが、勇気が湧いた気がした。

弦に手をかけ、力いっぱい引く。
弓がぎりぎりと鳴った。

的を見定める。

土鈴は小さく、広間は薄暗い。
条件は最悪だが、迷いは無かった。

目を閉じると、暗闇にぽっかりと浮かぶ土鈴が見える。

彩華のものと、綾のもの。二つの土鈴は重なっている。

二つの土鈴が、こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ道になる。
そして、矢の向かう先には、彩華を閉じ込めている忌々しい空間をつくり出した、悪い奴がいる。

それを射抜くのが目に見えたところで、綾は、目を閉じたまま、矢を放った。



@ @ @

0247『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 20:57:36.15ID:dtNaTC2k

手に持った土鈴に、鈍器で突くような衝撃が走った。
胸のあたりに持っていたので、一瞬、息が詰まった。

その直後。
背後で、重い金属が割れるような音と、低い唸り声がした。

彩華の周りの闇が、音もなく、瓦礫のように崩れていく。

周囲から暗幕が取り払われたかのように、今までより少し明るい闇が彩華を取り巻いた。
土鈴を握って振り返ると、どす黒い煙のようなものが立ち上っている。


「彩華!」

綾が駆け寄ってくる。

「大丈夫? あんた、どこもおかしいとこあらへん?」

綾は彩華を抱き寄せ、涙を浮かべて言った。

その細い腕に抱かれた時、彩華は、ほっとしたような、胸が締め付けられるような、
なんとも言えない気分になった。


しかし、すぐに、全身の“目玉”を思い出し、身体が強張った。
それを勘違いしたのか、綾は彩華の頭を優しく撫でる。

「彩華、ごめんな。怖かったやろ? もう大丈夫やに」

いつの間にか、結んでいだ髪は解け、毛先が項に垂れているのを感じる。

――ああ、やっぱり髪が邪魔だな。切らなきゃ……

彩華は、こんな時にそんなことを考えている自分が、夢の中にいるような、奇妙な感じがしていた。

ふと、綾の胸元を見ると、鎖骨の下あたりに巻かれた布に血が滲んでいるのが見えた。

「綾、」

そのことを言おうとし、はっと息を飲んだ。


滲んだ血の染みが、目玉のようになり、見開いて彩華を睨んだのだ。

0248『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:02:26.38ID:dtNaTC2k

「!!」
彩華は思わず仰け反って、綾を見た。

綾は、気を失ったようにくずおれた。
その背後から、太い胴体の蝮が這い出し、綾を搦め捕らんとする。

(ナゼ、ナゼナノ……)

誰かの声が、彩華の頭の中に響く。

(ドウシテ、ワタシノコトヲ思イ出シテクレナイノ……)

彩華の胸の中に、今まで感じたことのない感情が渦巻いた。

――動けない。

彩華は、ただ立ち竦むばかりである。

(選バレナカッタ。選ンデ貰エナカッタ)

綾を羽交い絞めにするように、無数の蝮が集まる。
その上に、黒い煙が凝って、大きな蛇の鎌首になった。

(アナタハ、ワタシヲ選バナカッタ……)

彩華の胸いっぱいに、場違いとも言える、突き放されたような、感覚が満ちる。

彼女の持ちうる一番近い感情をそれに当てはめるとすれば、それは「寂しい」という感情だった。


大蛇の、丸太のように太い胴体には、目玉のような模様がびっしりと描かれている。
鎌首をもたげ、彩華を睨めつける。

綾は大蛇の後ろに隠れ、姿が見えなくなっていた。
0249『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:04:34.50ID:dtNaTC2k

(ズット、待ッテイタ。ケレド、アナタハ来ナカッタ)。

寂しい、というには激しすぎる感情だ。

(ワタシヲ置イテ、去ッテシマッタ)

胸を掻き毟るような、という表現が近いのかも知れなかった。

(ワタシハ、コンナニモ……)

彩華は、得体の知れないその感情が、自分の中で嵐のように吹き荒れ始めるのを感じた。


(コンナニモ想ッテイルノニ!!)

大蛇の頭が、大きく口を開いた。
その口の中は、闇の中にあってさらに闇というべき、目が引っこ抜かれそうな、恐るべき暗黒である。

突如動けるようになり、彩華は後方へ跳び、逃げ出した。

が、蛇に背を向けていることに怯え、立ち止まる。
また綾が気がかりで、振り向いた。

しかし、すぐに蛇と相対することに恐れを感じ、咄嗟に顔を伏せる。

左手を探り、脇差を放り出してきたことに気づいた。


――しまった……どうする、どうしたらいい!?


(非道イ。別ノコトニ夢中ニナルナンテ。思イ出シモシナイナンテ。タダノ道具トシテ使ウナンテ)


辺りを見回す。

月の光が差して仄明るいが、その光の照り返しが、どれもあの目玉に思えた。
0250『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:06:47.58ID:dtNaTC2k

彩華はいよいよ、追いつめられた気になる。

視界の端に、先ほど放り出した脇差が抜き身のまま転がっているのが見えた。

それを拾うべく近づいて――


「っい!?」


刀身に、あの目玉が映り込んだ。

彩華は咄嗟に目を逸らし、再び抜き身に目を戻す。
映った目玉が、虚空を無感情に見つめている。


―― 〜〜〜〜〜〜!!


彩華は、傍にあった鞘をひっつかみ、抜き身に被せた。



@ @ @
0251『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:10:04.41ID:dtNaTC2k

(イツモ、思イ出シテクレルト思ッテイタノニ……)


甚五郎は、辺りの気配が明らかに変化したのを感じていた。

辺りに聞き耳を巡らす。
部屋が崩れた、ということだけは把握した。
風が吹き抜け、気温が下がったのを感じた。

屋根が抜けて、おそらく夜暗に月明かりが差している。

月が出ているな、という感覚は、独特のものだ。
これそれ、とは説明できない。“何となく”というのが一番正しい。

――これでは、夜中にあっても光をよく反射するだろう……

そう思って、気を引き締める。
“奴”が手を弄する余地はいくらでもある、ということだ。

甚五郎は、彩華、と呼ぼうとし、声が出ないことに気づく。

――! 小賢しいのう、封じたか。

予測はしていたが、“封じられる”というのは、なんとも癪に障る事態である。


――彩華、気をしっかり持ち。目で見るものなぞ、あてにならんぞ……

祈るように、甚五郎は心の中で呟いた。


――鞘を被せて、光を遮る。
直感的に、彩華が導き出した答えだった。

“鏡鬼”の妖かしは、モノを映すもの、即ち鏡や水面などに現れる。
だったら、反射する光を遮れば良い。

甚五郎の助言が伝わったのか、彩華は図らずも、それをやってのけていたのだ。



@ @ @
0252『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:13:22.12ID:dtNaTC2k

(イツカ、迎エニ来テクレルト言ッテタノニ。捨テルナンテ。忘レルナンテ)


彩華は、何故か胸が苦しくなるのを感じていた。

自分の存在を、軽んじられ、否定されたような感触。

とはいえ、まだ未熟な彼女に、そんな賢いことを考える学は無い。
訳の分からない喪失感に、ともすれば折れそうになる心を、文字通り必死に奮い立たせ、脇差を拾う。


慌てて、鞘に収めた脇差。

先ほど見た、輝く刀身に映り込む無数の目玉を思い出し、嫌悪感でいっぱいになる。

しかし、彩華が扱える唯一の武器は、この脇差しか無いのだ。




彩華の前方から、ゆっくりと蝮が迫っていることが分かる。

まともに目を合わせられない。

見たら、きっと“飲まれる”。


目を閉じる。

目を閉じた闇から、幾つもの鎌首が襲いかかるのを想像する。



しかし、それは襲いかかるその瞬間までだ。

張りぼてのように、それはその先の想像を描かない。

やがて、目を閉じた闇の奥からは何の気配もしなくなる。
代わりに、綾の優しい笑顔が浮かんだ。


――もう、逃げない。
0253『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/03(土) 21:15:36.08ID:dtNaTC2k

彩華は、ゆっくり息を吸った。

心臓が、次第に鼓動を緩める。

脇差に手をかけ、機を窺う。


耳に聞こえる、醜悪な蝮の息吹。
闇の中で蜷局を巻き、目玉の模様をした皮膚を震わせている。


――かかってこい。

少女は、最早たじろがない。

抜き打ち。

機は一瞬である。
抜き身を晒しておくと、危険だと思った。


蝮が、その大きな顎を目一杯に開き、襲いかかったその瞬間、

彩華は脇差を抜き、そのまま振り抜いた。



“重くて柔らかいもの”を斬ったような、嫌な感触。

耳を劈くような、金属の割れる音が聞こえた。


彩華は、そこで気を失った。
0254 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/03/03(土) 21:21:06.66ID:dtNaTC2k
↑ここまでです

ものすっご間をあけてしまい、大変申し訳ありません。
あと1回で終わりです、今月中に必ず投下します。


今日はひな祭り。ですが、ネタはありませんw
0255『鏡鬼』 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/03/20(火) 12:54:30.99ID:Os3vWpJg
【鏡鬼(後篇)】

「なあ、ほんまに切ってまうん……?」
綾が、残念そうに聞く。

「うん。だって邪魔だもん」
彩華は即答し、頭を軽く左右に振った。


後ろ髪の毛先が、項をくすぐる。
頬のあたりにも髪が降りて、ほんの少し暖かさを感じる。

綾は観念したように、彩華の髪に櫛を入れ、躊躇った後、鋏を入れた。


「う゛〜、ごめん、ちゃんと揃わへん……」
鋏の切れ味も悪いらしく、切った毛先はなかなか思うように真直ぐにはならない。

「いいよ、適当で」
彩華は首筋の風の通りが良くなるのを感じ、気分が晴れた。



@ @ @
0256『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 12:56:26.87ID:Os3vWpJg

「かがみおに?」

聞き返す彩華に、甚五郎は頷いた。

「付喪神の一種、とも言えるかも知れんが……まあ、生霊(いきりょう)の類やろな」


彩華が妖かしを退治したことは、甚五郎と神社の宮司だけが知るところとなった。

あの闘いの後、本堂の奥の部屋は大いに崩れた。
結局、普請をする真っ当な口実が出来たと、宮司は苦笑いしたという。

「崩れた跡から、割れた手鏡と壊れた筒鏡が見つかったんや」

蒔絵の美しい装飾が施された手鏡は、つい先ごろまでこの地にいた、遊女の持ち物であった。
遊女は若い絵師と親しくなり、恋仲となったが、とある武家の後妻として水揚げされ、この地を離れた。
心残りのある遊女は、形見として愛用の手鏡を絵師に渡した。


「まあ、ここまではよくある話やけど」
甚五郎は焙じ茶を啜り、ふーっと息をついて続けた。

「絵師は、鞘絵を始めよったんやな」
「鞘絵って、あの手桶の花入れに映して見たやつ?」
綾が、盆を卓袱台に載せて、尋ねる。

甚五郎は頷き、
「はじめは鏡文字――左右逆になっとって、鏡に写すと読めるようになるあれや――、
そういうんをやっとったみたいやな。で、次第に模様、絵……となって、
筒鏡まで手に入れて……というわけや」


綾が置いた皿には、小さな餅を漉し餡で包んだものが載っていた。
表面に三本、筋が引かれている。

「あ、美味しそう」
彩華が手を伸ばそうとすると、

「こら、手で食べたらあかん。お行儀悪いわ。それに柔らこうて摘めへんよ」
綾が窘め、黒文字を差し出す。


小ぶりな餅。餡は上品な甘さで、彩華は満足そうにそれを頬張った。

それを見つめる綾の横で、甚五郎は焙じ茶を啜った。
0257『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 12:58:29.46ID:Os3vWpJg

彩華はちょっと考えて、尋ねた。
「それが、どうしてあんな化け物に?」

甚五郎はニヤリと笑って、
「のう、綾。お前、誰か好きな男は居るんか?」
と訊いた。

突然聞かれて、綾はきょとんとなるが、彩華が、じっと綾を見つめているのに気づき、
「べ、別にそんなもん、居らんわ。なんやのん、いきなり……」
と言いながら顔を赤くした。

甚五郎はニヤニヤ笑いながら、
「女いうんはの、相手の男には自分のことを、いつでも一番に思っとって欲しいもんや。
その女も、何時でも思い出してくれるよう、絵師に自分の手鏡を贈ったんやろな」

「?」
彩華は首を傾げるが、甚五郎は構わず続ける。

「ところが、絵師はその鏡を使って、新たな絵の手法を思いついた。
そればかりか、他の鏡もいろいろ買ってきては試して、果てはそれを使って春画など描いて、
カネを稼ぐようになった」

綾が甚五郎と彩華の茶碗に新しい茶を注ぐ。

「女は、きっと手紙の一つも寄越すだろうと思っていたのかも知れんの。
けれど、絵師の男はそんなことは考えもせんかったんやろ。鞘絵に夢中やったんやから」

「……寂しかったのかな。だから、子供とか他の人を攫ったのかな」
彩華も茶を口にし、ぽつりと言った。

「神隠しは、そういうんやったんかも知れんの。そや、巫女が一人、本堂の隅で気ぃ失っとったげな」
「! それ、お美津さんとちゃう?」
綾が、行方のわからない同僚の名前を尋ねた。

「名前までは聞かんかったのう。怪我は無かった、言うとったが」
「無事やった、いうことやね。良かったわ……」
綾は、ほっとした様子で言った。

甚五郎はその後、指物師の倅と茶屋の娘は、倉に閉じこめられていたという話を続けた。
0258『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 12:59:34.01ID:Os3vWpJg

彩華は、しばし考えてから言った。
「女の人は、絵師の男の人を恨んでいた?」

「そういうこっちゃろう。まあ、これは儂の当てずっぽうやけどな」
そう言って笑い、再び茶を啜る。


「でも爺ちゃん、えらい詳しいやん。そんな話、どこで聞いてきたん?」
綾が聞くと、

「神社の裏手の川で、絵師が死んどるのが見つかったんや。で、火盗改連中が出張ってきての」
甚五郎は答え、彩華に尋ねる。


「それ、どうや?」
「美味しいよ」
彩華は口をモグモグさせながら答える。

甚五郎は笑って、また焙じ茶を啜った。



@ @ @
0259『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 13:02:40.46ID:Os3vWpJg

穏やかな、小春日和である。

姿見の前で、彩華は帯を締め、脇差を腰に差した。

――うん、やっぱりこれが、しっくりくる。

ここへ来た時に着ていた、男物の半着と袴。
女物の着物は帯が幅広で胸近くまでくるために、脇差を差しておくのは具合が悪い。しかも動きにくかった。

両手が空くことを確かめ、それから髪を掻き上げた。

綾に切ってもらったお陰で、髪はいつもどおりの長さになった。
結ぶにはちょっと長さが足りない。
綾は残念がっていたが、彩華はこっちのほうが身軽で良かった。


――さて、と……


「早うせな、綾が帰ってきてまうで」

不意に声がし、びくっとする。

襖が開いて、甚五郎が姿を現した。


しばし無言で相対したのち、甚五郎が口を開く。

「……やっぱり、行くんか」

彩華は答えず、俯いたままだ。

「綾は、寂しがるやろな」

「……ごめん、って言っておいて欲しい」

彩華は、申し訳なさそうに言った。
0260『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 13:04:46.71ID:Os3vWpJg

「ほれ」

甚五郎は、布包みを放り投げる。

「?」

小さな巾着だった。

「土鈴はそれにしまっとき。綾の餞別や、お守りになるやろ」
「……うん!」
彩華は、早速それに土鈴をしまって、首から下げた。

「儂からは、これや」
顔を上げたところに、ばふっと布の塊を投げつけられる。

「!?」

半纏だった。

綿がぎっしり詰まっていて暖かそうだ。袖が無いので、動きを制限することもない。

「これから、もっと寒うなる。西に行くんか北に行くんか知らんが、雪道になるかも知れん。
無理は禁物やぞ」

「あ、ありがとう!」
彩華は満面の笑みで、お礼を言った。



@ @ @
0261『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 13:09:39.16ID:Os3vWpJg

「ただいま」

綾は朝の勤めを終え、昼前に帰ってきて、家の中を見回した。

「爺ちゃん、彩華は?」

縁側に座っている甚五郎に尋ねる。
甚五郎は答えず、座ったままだ。

「……昼、うどんでええ?」

しばしの沈黙の後、綾は言ったものの、なかなか行動が起こせずその場に立ち竦している。


「綾。好きな人は居るんか」

不意の質問に、綾はちょっと驚いた後、俯いた。


「……さあなぁ。居ったかも知れんし、居らんかったのかも。けど、これから探すわ」
そう言って微かに笑い、厨へ立った。



昼餉を食べ終えると、綾は食器を片付け、洗い物をしながら、何故か涙が溢れてきた。

鼻をすすりながら洗い物を済ませ、努めて明るく、声をかける。

「爺ちゃん、茶淹れる?」

甚五郎は首を横に振って、紙切れを差し出した。
0262『鏡鬼』
垢版 |
2012/03/20(火) 13:11:56.75ID:Os3vWpJg

「?」

手紙だった。

「儂は読めへん、後で読んだってな。お前に宛てて書かれたもんやに」

綾は手紙を見つめる。

また涙がこみ上げてきた。

こらえきれず、泣いてしまう。


甚五郎は、その背中を優しくさすって、しばらくしてから言った。

「安心せえ。お前のお守りは渡しといたに」

「……?」

泣き止んだ綾が、不思議そうな顔で見つめる。

甚五郎は綾に背を向けて、
「巫女の“それ”やから、そらー霊験あらたかやろ。いやけどな、まだまだ小娘だと思ってんけど……、
お前も一人前の『女』になっとったんやのう!」

言ったあと、ヒャッヒャッと笑う。

綾は、はっと自分の下腹部に目を落とし、顔がみるみる赤くなる。

すかさず、握り拳を甚五郎の背中に叩きこんだ。

「この、助平爺ぃ!!!」
「いたた! こら、年寄りをいたわらんかい!」
「知らんわ、そんなん!!」

縁側で孫娘が祖父を殴っている軒先で、四十雀(しじゅうから)が楽しげに鳴いている。

冬空は、澄んで晴れ渡っていた。





                了
0263 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/03/20(火) 13:23:07.36ID:Os3vWpJg
↑以上でこのお話は終了でございます

長々と占拠してしまって申し訳ありませんでした……

本作品は、『タイトルだけ考えて発表するスレ』
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/868.html
のレス番34、43、48から着想を得て書きました

ありがとうございました!
0264 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/03/20(火) 13:38:36.58ID:Os3vWpJg
また、今回より土地の言葉で台詞を書くようチャレンジしています
ネイティブの方からすると違和感ありまくりだと思いますが……w
明らかにおかしいものはご指摘下さい
下記のサイトを参考にしています
ttp://www.regionet.ne.jp/mie/miebenmenu.html
ttp://www.mitene.or.jp/~hiro3/word.html

>>217の図は、こちらの本(ttp://www.amazon.co.jp/dp/4061329081/)37頁より引用です

>>240は、数学の世界でおなじみの「オイラー線」です
こちらのサイト(ttp://suugakusuki.seesaa.net/article/91908652.html)から引用です

……まあ、反省すべき点はたくさんあるのでw、
あとがきスレでこれらについても触れようと思います


では、これにて失礼いたします。
読んで下さったかた、ありがとう! & ごめんなさい……orz
0265創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/04/01(日) 21:32:59.57ID:LO4BRCwi
三重方言の「〜に、〜やに」は、基本的には
関西一般の「〜で、〜やで」と交換可能なので
関東一般の「〜ね、〜だね」に置き換えられるならば
構文上の問題は無いと思う。間違ってたらゴメン。
ただし念押し・訂正のニュアンスを含む「やに」も有り、
単純に相互交換できないこともある。

>>181
>「訳わからん模様の絵ばっかし描いとった、ゆう話やから。
> そんな絵、誰も買わん【やに】」
誰も買わない+だね…×  誰も買わない+ね…○
誰も買わん+やで…×   誰も買わん+で…○
誰も買わん+やに…×   誰も買わん+に…○

図形のは、読んでいても情景が浮かんできませんでした。
勉強できる子向けのお話だったと思います。私にはむずかしい。
でもさいかちゃんとあやさんのじゃれあいで楽しんだので、いいんです。
次はどこの國を旅するんでしょうかねぇ…
0266 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/04/15(日) 23:03:39.41ID:SsYDFJA4
>>265
ご指摘、ありがとうございます! 
こういうコメント貰えることがホントに有難いです

なるほど、そう考えたら非常にわかりやすい!
この交換法則は覚えておきます

西のニュアンス、大好きだけれどいまいちモノにできませんw
親戚はしぞーかだしなー

取材(と称する旅行w)に行けたらいいのですけどね・・・
でも、いずれお伊勢さんには行かねばと思ってます

ありがとうございました!
“彼女”の旅は、まだ続きますよん

(今作はいつかリライトしますw)
0267『裏飯屋』
垢版 |
2012/04/18(水) 19:08:02.14ID:gZEGwHFi

街道筋を歩いていると、不意に開けたところに出た。
宿場町だろうか、いきなり街が出現したとも思える、奇妙な集落である。
その中で、どう見ても場違いと思える、豪奢な造りの屋敷があった。

――こんなところに料亭……?

彩華は、訝しんでその屋敷を見た。
佇まいから察するに、庶民では入れないような高級料亭のようである。

ところが、そこに旅人らしき人影が、今まさに入っていかんとしているのが見えた。
二人の男は、どう見ても裕福そうな身形ではない。

「おい見ねぇ、こんなとこに料亭とくらぁ。しかも値段も吃驚するほど安い」
「ほれ、仲居もこんなに美人だし、こりゃ今日はここで決まりよ」

二人連れの男は仲居に連れられ、はしゃぎながら屋敷の中へと入っていく。
しかし彩華は、はっきりと見た。
その仲居の頭からは、狐の耳が飛び出ていたのだ。



生垣から屋敷を覗く。
縁側を時折通り過ぎる連中には、狐の耳やら狸の尻尾やら……
よく見ると、屋敷も張りぼてのようにちゃちな造りだった。


「ぷっ」

彩華は吹き出した。
合点がいったのだ。

――あいつら、狐狸に化かされてる!

もっとよく見てやろうと裏手に回った時、ちょうど路地を出てきた童女と目が合った。

「あ」

おかっぱ頭の童女は、ぽかんとして彩華を見つめている。

その姿は、向こう側が透けているように見え、その声は、頭の内側に直接響いているように聞こえた。
0268『裏飯屋』
垢版 |
2012/04/18(水) 19:10:41.34ID:gZEGwHFi

――! こいつ、人じゃない・・・?

彩華は直感し、身構える。

しかし童女はほんわかとした様子で、
「へぇ、珍しいなぁ。“生身”の人間が、こっちに来るなんて」
と言い、ころころと笑った。

――???

彩華が、その意味をよく飲み込めないでいると、彼女の腹が鳴った。

「あはは、もしかして、お腹減ってる? ならココ、『裏飯屋』! 食べれば極楽、保証付き!」

よく分からないが、どうやら飯屋らしい。
彩華は、童女に案内されて暖簾をくぐった。


     〜     〜     〜


入った途端、がちゃん、と瀬戸物の割れるような音がした。

すぐにドスの利いた怒鳴り声が続く。
「お菊! おめぇ、何枚割りゃ気が済むんでぃ!!」

童女はそれを意に介さず、彩華を席につけると、

「なんにします?」
と聞いて、軽く首を傾げた。

「えっと……」

品書きは無さそうだ。
彩華は周りを見回した。

周りの客と言ったら……
先刻のような狐狸が正体を現した姿や、河童に天狗に……わずかに見える人間は、
いちように青白い顔と虚ろな目をしている。

――う……不気味だけど、すっごくお腹減ってるし。

意を決して、言った。

「お腹が膨れるもの」
「んー。ちょっと聞いてきます!」
童女は、言うが早いか姿を消した。文字通り、煙のように。
0269『裏飯屋』
垢版 |
2012/04/18(水) 19:12:09.56ID:gZEGwHFi

「お菊さーん、すぐ出来るお食事、何があったっけ?」

奥でさっきの童女の声がする。

「えっと、火喰鳥の幽庵焼きと」

がちゃん、と派手な音。

「あぁ〜!!」
「お菊ー!!!」



いきなり目の前にさっきの童女が現れた。

「おまたせしました! 『火喰鳥の幽庵焼き』、『うわさの根っこと尾ひれの炊合せ』、
それに『強欲爺さんの魂の唐揚げ』があります」

「……えー、えっと?」

どれもどんな味なのか想像できない、そもそも食材からして見当がつかない。

「おすすめは……?」
「『魂の唐揚げ』なんか、いいですよ〜。外はゴリゴリ、中はゆるゆる、脂ギトギト、ぼりゅーむ満点!」
「……」

冷や汗が出てきた。

「『幽庵焼き』……」
「かしこまりましたー! お菊さーん、『火喰鳥の幽庵焼き』一つでーす」

また皿の割れる音がした。
0270『裏飯屋』
垢版 |
2012/04/18(水) 19:15:38.90ID:gZEGwHFi

出てきたものは、思っていたよりまともだった。

鶏を出汁に漬けて焼いたようなもので、皿の周りに燐光が瞬いているのを除けば、ごく普通の惣菜だった。
黒米の飯に、絶えず渦が巻いている吸い物。なぜかぷるぷる震えている漬物。
そんなことは些細なことで、気にするまでもない。味はすこぶる良く、空腹の彩華には至福の時だった。

夢中で箸を動かしていると、上方からの視線を感じた。
箸を止め見上げると、彩華を覗き込んでいる女の顔が、そこにあった。

「……!!!」

あやうく噴きそうになるのを堪え、女を見る。

女の頭は、異様に長〜く伸びた首の上につながっている。
胴の部分は見えず、首はこの食堂の奥から伸びてきていた。

「おんやまぁ、“生身”の客かえ。でも、お前さん……普通の“生身”とも、ちょっと違うねぇ」
女は値踏みするように彩華を見、それから店の中をぐるりと見渡した。


「あ、女将さん……」

さきの童女が、いくぶん縮こまって言った。

「張り切って客引きしないと、晩ご飯抜きだよ!」
「はいぃ!!」

追い立てられるように、童女は暖簾の外へ駆けていった。


「お前さん、表の料亭を見たかえ」
「狐の……?」

上目遣いに言うと、首の女はニヤリと笑い、

「やっぱり、見えていたのかえ。ありゃ狐どもの商売、連中のお陰でウチのお客が増えるんだ。
せいぜいがんばってもらわにゃ」
「……?」

意味深な言葉と不気味な笑みを浮かべ、女(の頭と首)は、奥へ引っ込んでいった。

その途中、厨を覗きこんで
「お菊。割った皿代、給金から差っ引くからね」
と冷たく言い放つのを聞いた。
0271『裏飯屋』
垢版 |
2012/04/18(水) 19:19:47.46ID:gZEGwHFi

あらかた食べ終え、漬物に箸を伸ばしていると、もう一皿出てきた。

「これはオマケです」
童女が言う。


「わ……! すごい」
彩華は目を円くした。

ほんのりとした桜色の薄い餅で、折り鶴を象っている。翼のところには桜の葉の塩漬けが飾ってある。
鶴の胴の部分には漉し餡が仕込まれているのが、うっすらと透けて見えた。

桜の香りが、辺りに優しく漂っていた。
とても繊細な『仕事』だと思った。

時季を鑑みてのことだろう、これは意趣を凝らした桜餅だ。食べるのが勿体無いくらいの逸品である。

その可憐さに見惚れ、彩華は思わず尋ねた。

「これ、誰が作ったの」
「ウチの板さんですよ。ほら、あそこ」

厨の近くで、大柄な男が包丁片手に、乱れ髪の女を怒鳴っている。
ところどころ綻びている作務衣から伸びる、太い腕。
禿頭、髭面、その顔には目が三つ。

ギョロっとしたその目を、一瞬彩華に向けた。彩華は思わず身を竦めた。
三つ目入道は、笑ったのか怒ったのかよく分からない顔をして、すぐに厨へ戻っていった。
頬が赤いように見えたのは、気のせいかもしれない。

――あの入道が、この折り鶴を?
信じられない、と思った。

が、すぐに

――もしそうなら、なんて楽しいんだ!

あはは、と笑いがこみ上げてくる。
止めようとしても止められない、春の暖かさのような笑いが、腹の底から沸き上がってくるのだった。

0272 ◆BY8IRunOLE
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2012/04/18(水) 19:22:26.20ID:gZEGwHFi
↑おわり。

某スレでの会話をネタにした番外編です。
オチは無いですよw


こういうのもちょくちょく書けるといいんですけれど
0275創る名無しに見る名無し
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2012/05/22(火) 09:11:41.64ID:162fNhNm
和 それは心地よい空間

和 それは悟りの境地

和 それは我が大和魂
0276創る名無しに見る名無し
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2012/06/17(日) 14:30:36.45ID:VhdnWwaq
わっふー
0277創る名無しに見る名無し
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2012/07/04(水) 11:46:31.04ID:n+3Wnw1H
復活age
0278創る名無しに見る名無し
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2012/08/02(木) 18:34:50.76ID:0NUfuRIY
日本の夏
0280『鎌鼬』
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2012/08/16(木) 00:33:04.38ID:BCr9fDDN

空一面の灰色が、身も心も薄ら寒くさせる。
朝からずっと曇り空で、正午に近いというのに一向に気温は上がってこない。
葉の落ちた木々の間から、その名の通りの木枯らしが吹きつけてくる。

彩華は、峠道を歩いていた。
羽織った蓑の下には綿入りの半纏を着込んではいるが、それでも隙間から冷気が忍びこんでくる。
腹は減っていたが、こんな荒涼とした山道で弁当を使う気にはなれなかった。

獣道のような細い道を、急ぐ。
人影はおろか、狐や狸の類いも、全く見かけない。
無理もない。連中はもう冬支度をして、巣穴なり棲家なりに引っ込んでしまっているのだろう。


その時、さっと強い風が吹き抜けた。

「!」

身を切るような、という表現がぴったりくる冷たい風である。
頬にピリピリした刺激があった。

しばらく歩いていたが、頬の刺激感が消えない。
はじめは、あまりに寒いからだと思っていたが、なにやら頬をくすぐるような、妙な感触がある。
怪訝に思って頬を拭うと、ぬるっとした。

「!?」

拭った手を見ると、真っ赤に汚れている。

「!!?」

頬を斬られたらしい、ということは分かったが、ひとの気配は無かった筈である。
彩華は慌てて腰の脇差に手を掛けた。
0281『鎌鼬』
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2012/08/16(木) 00:36:57.94ID:BCr9fDDN

「――これは、失礼した」

どこからか、男の声が響く。
彩華はあたりを見回した。
木の影から、一人の男が姿を現した。

忍びの者のような出で立ちである。

滅紫(けしむらさき)の装束、腕からは鎖帷子(くさりかたびら)が見えている。
鐵(くろがね)で作られた手甲のようなものを手から外し、男は言った。

「傷つけるつもりはなかったのだ。しかし、顔に怪我をさせたとあっては、償いをせねばなるまい」

鷹揚な物言いではあったが、男は誠意を尽くしているように感じられた。
彩華は、乾き始めていた頬を再び拭って、

「峠を早く降りられる道を知っているなら、教えて欲しい。もう、こんな寒いところを歩くのはごめんだ」
と言った。

「それなら、拙者に従いてくるといい。この近くに知り合いの家がある。暖も取れるだろう」
男はそう言って、さっさと歩き出した。

彩華は一瞬迷ったが、従いていくことに決めた。


          +          +


茂みをかき分けるようにして、男の後ろ姿を追う。
程無く、民家の庭のようなところに出た。

「あら、珍しい。どうなさったのです?」

若い女が出てきて、男に微笑みながら話しかける。

「や、実は……あの童に、怪我をさせてしまったのです。拙者の不手際で……。かたじけないのですが、
手当をするものをお持ちならば、と」

女はひょいと彩華を見ると、優しげに笑い、
「あら、可愛らしい女の子。ダメじゃないですか、女の子をキズモノにしちゃ」
「いや、拙者は……」

女は男を肘で小突く真似をし、彩華の側でしゃがんで頬の傷を覗きこんだ。

「大したことはないみたいだけど、黴菌が入ったら大変だから。こっちへいらっしゃいな。
暖かくして、しばしお休みなさい」

女に言われるままに、彩華は家に上がった。

なぜだか分からないが、警戒する必要はないと感じた。

0282『鎌鼬』
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2012/08/16(木) 00:41:15.57ID:BCr9fDDN

女は彩華を暖めた部屋に通し、濡らした手拭で頬を軽く拭いた後、薬を塗ってくれた。
そればかりか、茶と菓子などを振舞ってもくれたのである。

「どうもありがとう。でもどうしてここまで」

ひと心地ついた後、彩華は尋ねた。

女はおっとりと笑って、

「どうって理由は無いのだけれど。強いて言うなら、あの人に頼まれたから、かしら」

彩華は、さきの忍ふうの男を思い出した。
「あの人は、何者なの」

女は笑って、首を振った。
「さあ……うふふ」
「??」

ますます分からない。
その時、かの男が障子の向こうから声を掛けた。

「すまぬ。ちょっと失礼する」


          +          +


男は部屋に入ってくると、彩華とも女とも等間隔に離れた位置に腰を下ろした。

「怪我を負わせた件は、まことにすまなかった」
そう言って頭を下げる。

「あ、いや、そんな……」

彩華は困惑した。
たかが、一寸にも満たない切り傷だ。斬り合いをしていれば、もっとひどい傷だって負う。
そう言おうとする前に、男が言葉を継いだ。

「我々の間では、一般人に傷を負わすことはご法度なのだ。気をつけていたつもりだったのだが、
拙者の不手際であった」

イッパンジン、というのが何なのか分からなかったが、おそらく関係のない人間、つまり彩華のことを
指しているのだろうと思われた。
0283『鎌鼬』
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2012/08/16(木) 00:46:46.65ID:BCr9fDDN

「ときに」
男が、調子を変えて彩華の脇差に目を遣りながら言った。

「抜刀術を心得ているのだな」
「バットウ……居合のこと?」
男は頷き、彩華の右隣に置かれた脇差を指さす。

「さっき、貴殿はそれを抜こうとして手を止めた。いや、意図せず止まってしまったように見うけられた。
その脇差、何か具合の悪い所でもあるのではないかと心配になったのだ」

彩華は、少し考えた。
手が止まった、というのは本当だ。

峠道で男の声が聞こえたとき、すかさず抜き打ちをするつもりで手を掛けた。
しかし、なにか引っかかった。
気を逸したと思った矢先に男が姿を現したので、その場は抜かずとも済んだのだったが。

彩華は脇差を持ち上げ、その場で引き抜いてみた。
やはり、ザラリとした感触があり、滑らかに抜けない。
刀身には、幾つもの錆が浮いていた。

「……これは、気の毒なくらい立派な“赤鰯”だ」
男は苦笑いするような、憐れむような声で言った。

「赤鰯って、なんですの?」
女が尋ねる。

「錆が浮いてしまった刀を揶揄する言葉なのですよ……ちょっと失礼する」
男は彩華から脇差を受け取り、錆をつぶさに睨んでいる。

彩華はばつが悪かった。
こんなに錆が浮いていようとは、思わなかった。

この峠に入る前、町をあとにした時は、そのような気配は無かったからだ。もっとも、それから今に至るまで、
脇差を抜く機会は無かったので、手入れを怠っていたのも事実だった。


「貴殿、何処かで『人ではないもの』を斬ったかな」

その言葉を聞いて、女がはっとする。肩をこわばらせ、微かに緊張している。

それを横目に見つつ、男を見る。

男は、真っ直ぐに彩華を見つめ、答えを待っている。
殺気も何もなく、ただじっと、佇むように。

彩華は歩いてきた町での出来事を思い出した。

そうした立ち会いは、確かにあったのだ。
あれは『人ではないもの』と呼ぶに足る存在だった。
そのことを話し、尋ねる。

「そのせいなのかな」

男は合点がいったように頷くと、

「怨というのはこういったかたちで出てくることもあるのだ……手入れをしておこう」

と言って鞘に収め、畳の上に置いた。
0284『鎌鼬』
垢版 |
2012/08/16(木) 00:53:17.89ID:BCr9fDDN

「逆手抜刀は、よくされることかな」
「逆手……」
彩華は、曖昧に頷いた。

日本刀のような、ある程度長さのある刃物に力を十分にかけるには、順手(親指側が鍔に当たる)で握るほうが有利だ。
人体の構造上、それを得るには、右手で抜刀するのが通常である。
しかしそれでは、抜刀時に腕を身体の前にもってくることになる。刀は通常、左側の腰に差すものだからだ。

彩華は、さきの峠での立ち会いの際、左頬を斬られたこともあって、敵は左側から来るものと思い込んでいた。
咄嗟に、左手一本で脇差を抜こうとしたのだ。

男は懐から小太刀を出し、彩華に渡した。

「左逆手抜刀は、ときに右手よりも早く抜ける。抜き打ちの威力は劣るが、急場を凌ぐには十分だ」

彩華は、左逆手で小太刀の柄を持ち、ゆっくり抜いてみた。

「しかし、貴殿の脇差。あの差し方では、折角の抜刀術も意味を成さぬ」
「?」
彩華は首を傾げた。

男は、傍らにいる女に尋ねた。

「あいすみませんが、隣の間を使わせていただくことは……?」
「ええ、大丈夫です。どうぞご自由に」
「かたじけない」

男は頷くと、立ち上がって隣の間への襖を開けた。
彩華も、男に促されるままに立ち上がり、続く。



小太刀を腰帯に差し、抜いてみる。
どうも上手くいかない。鞘には手を添えず、左手一本で抜く。

彩華は、この方法を訓練していたわけではなかった。
あの時はたまたま右手で抜く暇が無いと思い、咄嗟にやったことだった。


男は、彩華に柄の握り方や力の入れ方、腕の振り方などを細かく指南する。

「至近距離なら、このまま柄で打突を入れても良いし、少し距離が取れたら順手に持ち替えて一太刀浴びせることも可能だ」

彩華は借りた小太刀で、何度か練習した。

彩華の脇差は一尺五寸程度である。抜く時に上手く腰を切らないと、腕が伸びきってしまう。
片腕、しかも利き手でない方の逆手で振るにはぎりぎりの長さと言えた。

それでも、咄嗟の時にとりうる技を多く知っておくことは、身を助けることになる。
彩華は苦心しながら、左手抜刀を身体に覚え込ませていった。
0285『鎌鼬』
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2012/08/16(木) 00:59:50.29ID:BCr9fDDN

「どうして、こんなことを教えてくれるの?」

“稽古”が一段落し、さきの部屋へ戻る。

女が運んできた梅昆布茶を一口飲むと啜りながら、彩華は尋ねた。
身体を動かした後なので、しょっぱさが心地よく染み渡る。

男はちょっと困った顔をし、答えた。

「貴殿の抜刀術が、まだまだ発展途上にあると思ったからだ」
と言った。
ハッテントジョウ、とはつまり未熟というような意味だろうと思った。

「……『落し差し』は、やくざ者のやることだ」
茶に口をつけながら、小さく言った。

「落し差し?」
「貴殿は、脇差を縦にして腰に差していただろう。あれでは素早く抜くことは出来ぬ。
意味を成さぬ、とはそういうことだ」

彩華は、はっとした。
たしかに、そのように差していた。
脇差を斜めよりも立てるように差すと、身体から出っ張る部分が少なく、狭いところを歩くにも邪魔になりにくい。
そのせいで、いつしか鞘を身体に沿わせるよう縦に近い角度で差すようになってしまっていたのだ。

「刀を素早く抜くためには、侍どもがしているように貫抜差しにすることだ。
重心の位置など、あれはよく考えられた差し方だ」

彩華は頷いた。

「あの、どうしてやくざさんは落し差しなのですか?」
女がお茶を注ぎながら尋ねる。

「拙者にはよく分かりませんが……それが『粋』なのやもしれません。要するに格好つけです」
「まあ」
「もっとも、平和な街なかでは落し差しのほうが悶着が少ないのかも知れません」
ぼそりと言い、梅昆布茶を啜った。

「いろいろ複雑なのですね」
女はふんわりと笑った。

その笑顔は、雨間に雲の切れ目から差す陽の光を思わせた。
0286『鎌鼬』
垢版 |
2012/08/16(木) 01:04:46.03ID:BCr9fDDN

泊まっていきなさいな、という女の言葉にすっかり甘えてしまい、彩華はその屋敷で一晩を過ごした。


明くる朝、井戸の水で顔を洗っていると、昨日の男が彩華の脇差を持ってやってきた。

「出来る限り元の状態に近づけたつもりだ」
そう言って、男は脇差を差し出した。

「あ、ありがとう……」
彩華は受け取り、ゆっくりと抜いてみる。

鞘を滑るように抜けた刀身は、冷たい水で濡らしたように、静謐に輝いていた。
彩華はしばしその輝きに見とれていた。

男は徐に紙切れのようなもの懐から取り出し、宙に放り投げると、自分の腰の両脇に差した小太刀を逆手で素早く抜いてみせた。

さっと風が舞ったかと思うと、目の前に、幾本にも細く斬られた紙が落ちた。

「わ……」
息を呑む。

――まるで、鎌鼬だ……

彩華は、その段違いの素早さを目の当たりにし、呆気にとられていた。


          +          +


屋敷を出ると、冷たい風が身体を引き締めた。
彩華の後に続いて男、それに女が見送りに出てきた。

「どうもありがとう」
「礼には及ばない、此方の不手際なのだ」

「ん……でも、剣のこと、教えてもらったし」
彩華は手入れしてもらった脇差を左手で触れて確かめ、微笑んだ。

男が、呟くように言った。
「どんなに優れた技を持っていようが、きちんと遣えなければ意味が無い」

彩華は男を見る。
目が合った。

「正しい知識と確かな技術が、命を守る。そして――」
言いかけて止め、男は目を逸らした。

「? そして?」
「なんでもない、忘れてくれ。柄にも無いことを言うところだった」

男は照れているのか、顔を逸らし、なにかゴニョゴニョ言っていた。
0287『鎌鼬』
垢版 |
2012/08/16(木) 01:11:27.91ID:BCr9fDDN

「この先の藪を突っ切って行くと、麓に早く出られるだろう」

目の前に見える獣道のようなものを指さし、男は言った。

「ちょっと距離があるが、それでも一番の近道だ。……同行できれば良いのだが、事情があるゆえここで見送らせてもらう」
そう言う男の口調は、ちょっと歯切れが悪かった。

その後ろでなぜか、女はクスっと笑っている。

空は晴れてはいたが、やや風が強かった。

「道中で雪が降るだろう」
「雪? こんなに晴れているのに?」
彩華は怪訝な顔をする。

「『風花(かざはな)』と言うものですよ」
女が言う。

「うむ。しかし心配は無用だ、すぐに止むうえ、さほど気温も下がらない」
男の、妙に確信に満ちた物言いに、彩華はなんだか可笑しくなって、

「わかった。あんた、まるで山の神だね。天気のことなら、なんでも知っていそう」
そう言うと、男はぎょっとしたような顔をし、それから視線を逸らして

「……まぁ、あながち間違ってはいないな」
と嘯(うそぶ)いた。

その姿が可笑しく、彩華は、女とともにまた笑った。


左手に脇差の鞘を握り、右手で藪をかき分けながら、藪の中を歩く。
程なくして、男の言った通り、ちらちらと白いものが舞い始めた。

それが鼻の頭などに落ちると、ひんやりと冷たい。
間違いなく雪だが、頭上には青空が六割がた見えている。
男の言ったのはこれか、と思った。


風花。

簡単に言えば、「天気雪」である。主に春先に見られる現象だ。
空の高い部分で出来た雪が風に煽られ、気温が低いために溶けずに、晴天の地域まで飛んでくる。
彩華は、その風流な名前が、この珍しい現象にぴったりだと思った。

「早く春、来い!」

彩華はひとりごとを口にしつつ、藪の道を急いだ。




                       了
0288創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/08/16(木) 01:18:22.55ID:0PFsskRL
投下乙ですー。まさかのあの二人とは…
0289 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2012/08/16(木) 01:25:14.04ID:BCr9fDDN
↑以上で

今回も小ネタ短編です、ちょっと他所スレ様に一方的コラボを仕掛けましたw
相手様はこちら

【天候擬人化】にっしょくたん 2スレ目
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/l50

◆GAIA///6T. 氏の、かまいたちとてんきゅうさんがとっても良い感じです
ぜひご覧あれ☆


4周年用ネタでした。
長編もぼちぼち書きたいなぁ……orz
0290創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/11/19(月) 16:05:07.70ID:Xi6UIJO/
.
0291創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/10/17(木) 01:17:38.99ID:PBWfgm4V
わふー
0292『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2013/11/30(土) 00:17:05.01ID:2DNdbp9m
【一幕 最悪な出会い】

 しんしんと、雪が降っている。厚い雲を透かして差す鈍い陽の光が、積もった雪に反射してあたりに満ちている。
あらゆる音が雪に吸われ、奇妙なくらいに静まり返っている。さく、さく、と藁沓が雪を踏みしめる音だけが、
いやに大きく響く。

 蓑を着こみ三度笠を目深に被った人影が、雪に覆われた風景の中を歩いている。小柄だが力強い足取りで、
白い息を吐きつつ畑の間の細い道を進んでいる。

 その人影が、歩みを止めた。道の前方に、さらに数人の人影がある。どうやら女と老人を、賊のような連中が
取り囲んでいる様子だった。

 老人の身体が “く” の字に折れ、呻き声とともに崩れ落ちる。無様にも地べたに這いつくばった格好の老人を
足蹴にして、賊の一人が女を睨め回し下卑た笑い声を上げている。
 そこへ、ぴぃっと鋭い指笛が鳴った。


 賊の連中が、揃って音のする方を見た。蓑姿の人影が、連中に向かって歩いてくる。

 賊が、一斉にだんびらを抜く。蓑姿が、一気に距離を詰める。

 彼らが近づき、交叉した瞬間、賊の一人が顔を抑えて仰向けに倒れた。
鼻先から鮮血を雪に散らしながら呻いている。

 今しがた擦れ違った蓑が、身を翻す。

 手には抜き身の脇差。

 そこへ斬りかかる賊。

 ボグッ、と鈍い音がして、賊が倒れた。

 残った一人の賊と蓑が対峙する。
 体格差がありすぎる。まるで大人と子供のようだ。にもかかわらず、小柄の蓑が賊の大男を威圧しているのが
見て取れる。

 蓑姿の人影は、じりじりと間合いを詰める。賊の男はだんびらを構えたまま後ずさり、
終(しまい)には逃げ出したのだった。
0293『勝負は河原で』
垢版 |
2013/11/30(土) 00:21:59.73ID:2DNdbp9m
 蓑姿が、慣れた手つきで脇差を腰に納める。
 斬られた賊は、致命傷ではない。鼻先は血管が集まっているために派手に出血しているが、
命に別条はない様子だ。もう一人は峰打ちである。項を強かに打たれ、気を失ってのびている。

 襲われていた女は、蓑姿の人物に礼を言い、自分の屋敷まで来るよう申し出た。客人として饗すという。
 蓑姿は頷き、老人を扶け起こして、それに従った。


〆 〆 〆


 茶村家と言えば、この辺りでは名家である。今では知る人も少なくなってしまったが、血筋をたどれば
この広大な藩の一帯を執る領主の分家にあたる。行事の際には数々の御役目を引き受け、それなりに
認知されてはいた。

 その茶村家の跡取り息子、清十郎は別の意味で有名だった。

「また、若どのが……」
「ああ、またやったらしいなぁ」

というやり取りは、大人たちの間で日常会話の一部である。
 嘲笑(わら)うか呆れるか嘆くか、それだけが違っていて、その根本にある感情は誰も似たようなものだった。



 屋敷の庭で、子供たちが相撲をとっている。

「今のは手が滑ったんだ。やり直し!」
 今しがた土俵からはじき出された子供が、声高に叫ぶ。

 この子供が、茶村清十郎であった。

「何をゆう、さっきもそうゆうてやり直したやが」
 勝った側の子供が抗議する。この子供は清十郎よりもいくぶん大柄で、並び立つと体格差は歴然としていた。

「やかましい! 狡いのはそっちやぞ。図体がでかいんほやし、そうやな、腕を使わずに勝負しい! さもないと……」
 そう言うと、大抵の子供は従った。

 名家の息子である清十郎に逆らったらどうなるか、子供たちは親に良く言い含められていたのだ。
0294『勝負は河原で』
垢版 |
2013/11/30(土) 00:28:45.60ID:2DNdbp9m
 清十郎は、平たく言えば、我儘な子供である。
 名家の一粒胤は育ちが細く、病気がちであった。さすれば、大事にされようというものだ。
かような経緯があり、幼い頃から身勝手な振る舞いが許されてきた。


「よーし、そこにちんとしとるんやぞ」

 後ろに手を組んで棒立ちの相手に、相撲を取ろうというのである。意気揚々と向かって行こうとしたその時、
何者かにより腕を掴まれた。

「……?」

 振り返ろうとした時、腕を捻られ、身体がふわりと浮いた。

 あっ、と思った瞬間、地面に叩きつけられた。

 その何者かに投げ飛ばされたのだ、ということに気づくまで少しかかった。

「な、何をする! こんなことをして、ただで済むと」

 地面に仰向けになったまま喚く。
 傍らに人が立った。

「誰?」

 見ない顔である。
 大人ではない。子供、清十郎より少し年上くらいだろう。
 光の加減なのか、髪が黄色に光っているように見えた。

 手を差し伸べるでもしゃがみこむでもなく、その者は立ったまま清十郎を見下ろしている。

 その目は冷たく、軽蔑の色さえ見て取れた。
 一瞬怯んだが、清十郎は精一杯虚勢を張って、怒鳴った。

「こんなことして、ただじゃ置かんぞ。うらを誰やと思っとる!」

 その者は動じず、黙って立っているだけである。
 清十郎は、面倒そうに上体を起こし、忌々しげにその者を見た。
0295『勝負は河原で』
垢版 |
2013/11/30(土) 00:32:29.78ID:2DNdbp9m
 髪の色は、光の加減ではなかった。
 清十郎は、菜種の花を思い浮かべた。それくらい鮮やかな黄色の髪だ。

 しかし何より清十郎が驚いたのは、自分を投げ飛ばした無礼者が、少女だったということだ。

 年の頃は、十を越えたばかりだろうか。清十郎よりわずかに年長くらいに見える。
 涼しげな顔立ち、紅みがかった瞳。今はそれが、強く冷たい光を放っている。

「卑怯者」

 やや掠れた声で、そう告げた。


〆 〆 〆


 少女の名は、彩華(さいか)といった。

 生まれや家のことは一切分からない。年の頃は十二くらいと言うことだが、それも確かではないようだ。
 小柄で華奢な成りだが、剣の腕は大人に劣らないほどのものであるようだった。


 雪道で賊に襲われかけたのは、清十郎の母、茶村真子(まさこ)である。
 その賊を鮮やかに倒したのが、彩華だったのだ。
 旅人であった彩華を、屋敷に招き宿を提供しようとしたのには、理由(わけ)があった。

「彩華どの。折り入って頼みとうことがございます」

 真子は、彩華に向かって深々と頭を下げた。


 近いうち、剣術大会が開かれる。
 息子がそこで良い成績を残せるよう、剣を教えてやって欲しい。もちろん優勝などする必要はなく、
努力することの大切さや仲間を大事にする気持ちなどを知ってほしい。

 真子から言われたことは、大凡そのような内容だった。



.
0296 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2013/11/30(土) 00:33:53.52ID:2DNdbp9m
↑ひとまずここまででございます
0297創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/11/30(土) 03:00:28.37ID:ihTgXAGk
おつ
0299『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE
垢版 |
2013/12/01(日) 20:10:43.87ID:j13iMkms
【二幕 いやなやつ】

「清十郎。道場へいらっしゃい」

 真子が、我が子に自ら声をかけることは珍しい。

「えー。面倒くさい」

 反射的に、そう応える。そうすれば、面倒事は去っていく。

 しかし、今般ばかりはそうもいかなかった。
 母親が尚も優しく声をかける間に、彩華はすたすたと近づくと、

「早く行こう。時間が勿体ない」

 清十郎の腕を掴み、乱暴に引き立てた。少女とは思えないくらいの力だ。



 道場に向かい、竹刀を手に相対する。
 屋敷の中では、なぜか彩華のほうが清十郎に手合わせを願いたいと頼んでいる、という運びになっていて、
それは違う、と彩華は言おうとしたが、真子の目配せにより口を噤んだ。


 清十郎はと言えば、
「ほんなにゆうならやってやってもいいけど。でも、結果は分かっとる」

などというようなことを口にし、一向に構えようともしない。のらりくらりと、文句を言うだけである。


 そんな清十郎に対し、彩華は素早く踏み込んで、容赦なく胴を横薙ぎに打った。

「何すんがけ! まだちゃんと構えてないがに打ってくるなん、無礼やぞ!」

 脇を押さえ噎せながら呻く清十郎に、

「なら早く構えを取ればいいのに」
 彩華は取り合わずそっけなく言い放つと、竹刀の鋒を清十郎にぴたりと付け、じっと見つめた。


 清十郎は、不承不承構えを取った。彩華はそのまま出方を窺う。

 やがて、わぁ、という自棄になったような声を上げて、清十郎が打ってきた。
 型もまったく成っていないし、振りも遅い。

 彩華は清十郎の竹刀を巻き上げ、宙に弾き飛ばした。

「あっ」

 呆然としたその面へ、打突を入れる。
 今までに感じたこともない、強い痛みが襲った。


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0300『勝負は河原で』
垢版 |
2013/12/01(日) 20:15:13.01ID:j13iMkms
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 清十郎は結局、一本も打突を入れられず、彩華に打たれるがままとなったのだった。

 顔といわず体といわず、あらゆる箇所が竹刀の痣だらけになった。そこまで手痛い負けを被ったことはなく、
道場にへたり込んで憔悴していた。

 そこへ彩華が来て、冷たく告げた。

「あれでは一生、わたしには勝てないね」



 痛いのは、身体だけではなかった。

 たかが女にそこまで言われ、しかも清十郎の誤魔化しや言い訳を、すべて見抜いているような眼。
屈辱と恥とで、精神的にもボロボロに叩きのめされていた。


 彩華の方は、良心が咎めたので若干手加減した心算(つもり)ではあった。
 それでも我慢ならないところはあったので、結果として手酷くやり込めるかたちとなった。



〆 〆 〆


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0301『勝負は河原で』
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2013/12/01(日) 20:25:42.49ID:j13iMkms
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 茶村真子は、公家の出である。

 奥方様は世間知らず、というのは、勤めて長い者の間では共通の認識であった。

 彼女自身は差し出がましいことは控え、慎ましく暮らしていたので、特に目立った反発もなく、
名家の奥方としては平凡であっただろう。

 しかし、どこの馬の骨とも判らない者をいきなり屋敷に上げて寝泊まりさせるばかりか、
息子の遊び相手につけるという行動は、どこか常軌を逸したものと思われ、それは彼女の
性質によるものと解されていた。

「奥方様は、一体何を考えとるんやろな」
 奉公する丁稚の一人が言うと、もう一人も、

「いよいよ若どのの遊び相手が居らんようなったん違うか」
 そう言って嘲笑う。

 その “客人” であり “遊び相手” でもある彩華はと言えば、よく働いた。

 寒さの厳しい時分にも拘わらず、井戸の水汲みや廊下の雑巾がけ、飯釜の焚きつけなどを率先して行い、
女中や丁稚からは次第に好意的に受け入れられていった。


〆 〆 〆


 清十郎とは、剣の手合わせだけをひたすら繰り返していた。

 初顔合わせの翌日、彩華は
「公平にするために、わたしは片腕だけで勝負しよう。それなら勝てるかもしれない」

 そう清十郎に提案した。

 ひどく侮られた気分だったが、清十郎はそれを呑んだ。

 しかし、片腕の相手にも清十郎は太刀打ちできなかった。
 いつも手酷くやられ、彩華は右手を労うように揉みながら、涼しい顔をしている。清十郎も、意地になった。
片腕の相手に、さらに不利な条件を要求することは出来なかったからだ。



〆 〆 〆


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0302『勝負は河原で』
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2013/12/01(日) 20:32:15.90ID:j13iMkms
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 彩華は、屋敷では清十郎と真子の客人、ということにはなっていたが、無宿者であるということも知れ渡ってはいた。
実際にそうであったので彼女自身は気にも留めなかったが、屋敷の者は当初、彼女をどう扱ったものか戸惑った。

 しかし彩華は、実によく働いたのである。朝早くから起きだして仕事を探し、無言で手伝いに加わる。
決まり文句のように
「置いてもらっているから」
と言うだけで、黙々と仕事をこなした。

 程なく彩華は丁稚奉公連中の間で働き者の客人と評判になり、丁稚や仲居の若者に囲まれ、
ときに冗談を言い合いながら仕事をしていった。

 ある時、雪の重みで立木の枝が折れるのを防ぐために、『雪吊り』というものを施す仕業があった。
 この地方ではよく見られるものであり、大掛かりなので村人が総出で行う、一大行事である。
身軽な者、力のある者が集まる。
 彩華は、年配の世話人の話を聞いて概要を掴むと、するすると木に登り、縄をかけ支柱を立てた。


「身が軽いなぁ、お嬢。鳶の娘けぇ?」

褒められたのだが、彩華は

「『お嬢』って言うな」

きっ、と見返し、啖呵を切った。

 それが余計に親爺連中の歓心を買い、彩華は始終「お嬢」呼ばわりされ、その度に彼女はムキになって言い返した。

 だが実際、彩華の働きは並の若い衆以上であった。
 身のこなしが軽く、高いところへも臆せず登るし、それなりに力もあって大抵の荷を任せられる。
あの華奢な身体の何処にそんな力があるのか、誰もが不思議がった。

 その働きっぷりを眺めていた初老の男、近江守(おうみのかみ)永康(ながやす)も、その一人である。


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0303『勝負は河原で』
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2013/12/01(日) 20:40:50.38ID:j13iMkms
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――力の入れ具合や勘所を、よく心得ている。

 外見に似つかわしくなく力仕事を難なくやってのけるのは、彩華がそういうことに長けているためと
見当をつけた。

――こういうのを『天賦の才』と言うのだろうな。

 永康は、彩華を評してそう思った。



 彩華は早起きする分、よく昼寝をした。

 仕事の合間のごく短い時間、部屋の隅や布団部屋などで、座ったまま寝ているのだ。けれど、彩華を
怠け者と評するものは誰も居ない。

 剣の鍛錬は怠ってはいなかったからだ。勤めが終われば、彩華は素振り用の木刀を片腕で振り続けていた。
 清十郎と稽古する時のために、である。

 片腕だけで日本刀や竹刀を扱うのは、よほど豪腕のもので無い限り、難しいものだ。
 彩華とて例外ではない。清十郎との稽古の時は余裕そうに振舞ってはいるものの、努力なくして
出来ることではない。


 その片腕の少女剣士に毎日やられている清十郎に、変化が生じた。
 彼は今まで、剣の稽古など真面目に取り組んだことは無かったのだが、素振りを始めたのだ。
 
 屋敷の裏庭で、清十郎は自分の竹刀を持ち込み、素振りをしていた。
 屋敷の連中はそれを驚き、また遠巻きに見守っていた。

 彼の手には血豆ができ、それが潰れて柄を汚した。けれど使える竹刀はこれしか無いのだ。
清十郎は一本の竹刀を振り続け、それは大会まで持って行くことになる。


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0304 ◆BY8IRunOLE
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2013/12/01(日) 20:43:31.87ID:j13iMkms
↑ここまででございます
0305創る名無しに見る名無し
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2013/12/01(日) 21:04:54.01ID:Pspq9Yp5
乙です
0307『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE
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2013/12/09(月) 00:45:31.46ID:0rsNcGBH
【 三幕 あいつと組まなきゃ駄目なんですか?】

 剣術大会は、団体戦である。
 建前上は五人だが、五人に満たなくとも構わない。二人以上で、五人以内に収まっていれば良いのだ。
 勝ち抜き制で、相手方を全て倒した方が勝ち。引き分けならば、残っている手勢の多いほうが勝ち。
 そのような申し合わせのもとで、どの輩も手勢を目一杯の五人に揃えてくるのが常だった。

 嫌われ者の清十郎に、自ら手勢に加えて欲しいと願い出る者がある筈もなく、清十郎自身は
こんな大会など、と見下しており、初端(はな)から出場する気など無かった。


「剣術大会に……?」

 今しがた言われたことを上手く理解できずに、清十郎は聞き返す。

「そうです。貴方もやがてはこの家の当主となる身。茶村家の跡取りとして、日頃の鍛錬の成果を発揮する
またとない機会になりましょう」

 清十郎の母、真子は穏やかに、しかし反論を許さない毅然とした様子で言った。

「で、でも。だって」

 手勢が集まらない、とは言いにくかった。
 それは、自らが人望のない人間であると吐露しているようなものだ。

「心配は要りません」
 清十郎の狼狽を意に介さず、真子は続けて言った。

「彩華どのが手勢に加わって下さいます。二人であれば参加は出来ます」

 清十郎の頭の中は、既に真っ暗である。
 普段、自分にさんざ恥をかかせているあの女が、よりによってたった一人の味方になろうとは。

「ちょ、ちょっこ、待って下さい」

 清十郎は、
「どうしても、あいつと組まなきゃ駄目なが?」

さすがに涙は見せなかったが、泣きたい気分であった。


〆 〆 〆

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0308『勝負は河原で』
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2013/12/09(月) 00:49:23.00ID:0rsNcGBH
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 彩華は一応 “客人” の身なので、食事は立派なものを出してもらえる。とは言え、朝は下男連中と一緒に
仕事の合間にささっと済ませてしまう事が多いので、屋敷で食事を出してもらうのは昼と夜である。

 昨晩は鰤を蕪で挟んだ熟鮨(なれずし)を食した。
 脂の乗った寒鰤を蕪でさっぱりと食わせるこの料理に、彩華はいたく感動した。

「これ、すごく美味しい」

 厨で支度を手伝っている最中、姉やが少し摘ませてくれたのだ。
「おいねか。それは良かったがや」

 夕餉にはちゃんとした熟鮨が出され、彩華は喜んで食べた。言葉少なに黙々と
箸を動かす清十郎とは対照的であった。


 剣術大会の出場が決まっても、彩華は特段何をするでもない。いつも通り、屋敷の道場で清十郎と
手合わせするだけだ。

 道場で清十郎を待つ。

 胴着に着替えた清十郎は、彩華に問うた。
「剣術大会に出るそうやが。何を考えとる?」

 彩華は答えない。
 立ち合いの準備を済ませると、短く言った。

「わたしの役目は、きみと一緒に大会に出ることだけ」

右手の竹刀を青眼に付け、清十郎を見据える。

「考えるのは、きみのほうじゃないの?」

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0309『勝負は河原で』
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2013/12/09(月) 00:59:08.69ID:0rsNcGBH
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 立ち合い稽古が始まった。
 彩華は容赦なく、清十郎を打ち込む。

 素振りの成果か、清十郎の竹刀は幾分無駄なく振られていた。しかし彩華の片腕から繰り出される打突が、
圧倒的にそれを上回っている。
 初日の巻き上げのような派手さは流石にないが、清十郎の手を悉く潰して、有効な打突を入れる。


 小手を強かに打たれ、清十郎は竹刀を取り落とす。

「そんな様子じゃ、簡単に負けると思う」
彩華が、そっけなく言う。
 それが余計に惨めさを増幅する。

 清十郎は彩華との稽古を通じて、いかに自分に剣の腕が足りないかを
まざまざと見せつけられる格好となったのだった。


――この、底意地の悪い女め。


 忌々しく彩華を見やる。
 黄金色の髪の少女は、どこにも他人を見下したり自分を誇示したりする気配は無い。
 かと言って心配そうでもなく、ただ無表情に、竹刀を拾う清十郎を見つめているだけである。


〆 〆 〆


 清十郎は素振りを続け、剣の振りが明らかに違ってきていた。
 けれど彩華も、片手での剣の扱いに慣れてきており、二人の実力の差は縮まることはなかった。

――もし、片手の素振りをしていなかったら……

 彩華は考えて、少し背中が冷える思いがした。
 鍛錬を続けるということは、そういうことだ。

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0310『勝負は河原で』
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2013/12/09(月) 01:03:09.33ID:0rsNcGBH
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 清十郎が、面を打たれた。

 いつもの光景、悪態をつきながら蹲る――
そうは、ならなかった。

「まだまだ!」

 痛みに顔を顰めながらも、清十郎は竹刀を離さず、再び構えをとった。
 幾度も萎えそうになる気持ちを必死に奮い立たせる。

――ふふ、そうか。

 彩華はこっそりと笑うと、清十郎が竹刀をようやく構えたところへ、すぐに攻め立てた。

 残心を決して忘れない彩華である、優勢は変わらなかった。
 清十郎が、再び面を打たれる。

「〜〜〜っ、まだだ!」


 打たれても打たれても、清十郎は弱音を吐かず、難癖も言い訳もしない。
 その日の稽古は、いつもより長く続いた。


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0312『勝負は河原で』 ◆BY8IRunOLE
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2013/12/15(日) 21:33:14.44ID:xVXBOKmH
【四幕 大会前夜】

 まだ日がある、と思っていたが、“その日”はあっという間に明日に迫っていた。
 清十郎は床に就き、上体を起こしたままため息を吐いた。

――なぜ、こんなことになってしまったのだろう……。

 剣術大会はもともと藩士の質の向上を目的として始まったものだった。今では、年の瀬の押し迫った頃の
恒例行事となっている。
 剣の腕の、今年の一番を決めて、そのまま道場で宴となる。稽古納めの意味もあった。


 彩華という少女。

 あの、ぶっきらぼうでそっけない態度がとても気に入らないが、剣の腕は本物だと感じた。

 彩華の剣は、無駄がない。
 大仰な掛け声も、大層な型もない。速やかに、かつ確実に、相手の急所を捉える。

 中段正面、青眼につけた竹刀の鋒に相対すると、まるで真剣のような凄みを感じる。
 奇を衒わずあくまで基本に忠実なその構えは、どんな熟練者でも攻めあぐねるであろう隙のないものだった。

 清十郎は、その彩華と打ち合い稽古をしている。
 どう攻めていいか分からず、闇雲に竹刀を振り上げる。その瞬間、胴を強かに打ち込まれて息が止まる。
すぐに二の太刀が脳天に直撃する。この立ち会いが真剣であったなら、清十郎は既にこの世に居ないだろう。

 何度手を合わせても、同じである。それほどまでに、彩華の剣と構えは無瑕なものだったのだ。

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0313『勝負は河原で』
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2013/12/15(日) 21:35:35.77ID:xVXBOKmH
――そう言えば。

 寝床の中で、嫌なことを思い出してしまった。

 稽古の最中、鍔迫り合いになった。力で押した結果でなく、彩華がそう仕向けたのだったが、間近にある彩華の顔が、
一瞬、妖しく微笑んだ。
 次の瞬間、清十郎は肘を掴まれ、捻られ、天地が逆転し、背中に衝撃を感じ、気がついたら道場の床に仰向けになっていた。


――忌々しい、あいつ。

 剣の稽古なのに、いきなり柔の術を繰り出すなんて、卑怯だ。
 投げ飛ばされた清十郎は、猛然と抗議した。

「なに言ってるの? じゃあ戦いの最中に刀を落としたらどうするの。慌てて拾う? 
そんなことしてる間に斬られると思う」

 しれっと言ってのけるその言葉は、なぜか重みがあった。

 彩華の言うことはもっともだ。実戦経験がなくとも、それくらいは想像がつく。

――じゃあ、戦なら砂を掴んで投げつけるとか、やられたフリをして相手を騙すとか、そういう卑怯なこともアリだっていうのか?

 たしか、そんな風に怒鳴ったと思う。

 彩華は、いつも通りあっさりと言った。

「当たり前。そんな小細工が通用しないくらい、此方が強くなれば良いことだし」

 それに対する反論は、何も思いつかなかった。

 清十郎にとってそのやり取りは、悔しさしか残らなかった。


〆 〆 〆

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0314『勝負は河原で』
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2013/12/15(日) 21:43:22.47ID:xVXBOKmH
 夢を見ている。

 どうやら、戦場(いくさば)のようだ。


 彩華が、何十人いる侍を斬って捨て、清十郎のいる方へ歩いてくる。

 清十郎の周りには大勢の侍が居たはずだったが、今や数えるほどしか居ない。
 彩華は誰にも負ける気配を見せず、抜き身の脇差は血塗れであった。


「どうしたの。何時になったら出てくるの」

 冷ややかな彩華の声に、清十郎は、震えているばかりだ。怖ろしい、ただそれだけしか感じなかった。

「これだけ死んでいるんだけど。きみのせいで」

 彩華が背後を振り返る。


 死屍累々とはこのことだ、と思い知らされる。彩華が斬って捨てた連中の身体が、積み藁のごとく
山になっている。

「まだ屍体を増やしたいわけ?」

 その問いは、今まで聞いたことのない残酷さを持っていた。


〆 〆 〆


 床の中で、自分を認識する。

 寝汗がびっしょりと身体にまとわりつき、心臓が早鐘を打っている。


――なんだ、あいつ……。

 布団の上で、溜息をつく。



 まだ、夢の断片が脳裏に残っている。

 自分のせいで、多くの人が死んでいく……考えたくもないことだった。

 けれど、たしかに有り得る話である。

 清十郎はこの時、初めて自分が名家の生まれで優遇されてきた意味を解(わか)ったのだった。同時に、
否応なく抱えざるを得ない責任についても、朧げながら悟り始めていた。

 彼は、将来を選べない立場なのだ。

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0315『勝負は河原で』
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2013/12/15(日) 21:47:17.24ID:xVXBOKmH
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 選べないのなら、覚悟を決めるより他にない。

 どうせ逃げ場は無いし、やる以上は中途半端が一番良くない。

 清十郎が彩華との稽古を通じて思い知ったのは、そういうことだった。



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0316 ◆BY8IRunOLE
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2013/12/15(日) 21:49:40.94ID:xVXBOKmH
↑変な切り方になってしまったけど、今日はここまでで
0317創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/12/16(月) 12:41:27.69ID:lhIuIAOG
乙です
上に立つ人間としても成長する兆し!
この夢が正夢にならなければいいですのう
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