「教養教育」が専門コースに分かれてること自体が形容矛盾
教養は「ジェネラリスト」として共通に必要とされるもの
あれこれ選べるものは本来必須教養とは言えない
「21世紀に必要な教養とは何か」をきちんと吟味して
一定の共通メニューに絞り込むところに
教育機関としての腕と覚悟の見せどころがあるはず

そうなってないのはそこまで深く考えてないのと
コースを乱立させてより多くの教員ポスト(食い扶持)を
確保するためじゃないの