なぜ競輪は衰退してしまったのか3
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10年前と変わらぬ選手たち 新人選手採用を極端に減らし 自分の利益しか考えてない糞選手会 スター選手不在 前スレ なぜ競輪は衰退してしまったのか2 http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/keirin/1310296311/ 江戸川競艇 昼 6000万円/日 500万円/R ミッドナイト競輪 1億500万円/日 1500万円/R 今、東京の競艇場ってここまで収益が悪化しているのか? 船橋オートが廃止に踏み切るのも当然の話。 江戸川競艇 総売上 一日あたりの売上 2002年 43,811,526,600 243,397,370 2003年 36,113,777,500 200,632,097 2004年 32,629,891,500 181,277,175 2005年 32,336,579,500 179,647,664 2006年 33,823,632,000 187,909,067 2007年 31,558,482,300 187,848,109 2008年 -------------非開催------------ 2009年 27,670,593,100 164,705,911 2010年 22,672,192,600・・最低・・134,154,986 2011年 25,813,243,000 136,578,005 2012年 26,379,846,400 146,554,702 2013年 25,770,429,900 143,169,055 2014年 26,463,160,000 147,017,556 解説者連中がダメだね。 ラインの鉄砲玉役やったヤツなんて佐々木昭彦くらいだろう。 やらないヤツほど、若い逃げ屋に犠牲的精神求を求めるからな。 とくに62期コンビがひでえな。 普通はどんな選手でも若い頃は鉄砲玉だし、年食ったらマーク屋になるのは当たり前だろうが 競輪イメージ戦略の失敗点 ・競輪場内をパリのイメージに変える ・競輪場内を床屋のサインポールのようにフランスをイメージして赤・白・青に塗る ・開門後、第一レースの選手紹介の時間まで場内でフレンチイージーリスニングの音楽を流す ・特別・記念競輪ではニコ生などでフランス人アナウンサーによるフランス語実況チャンネルを設ける ・普通競輪でも決勝戦優勝者表彰式にはフランス人司会者を呼んでフランス語で表彰式を行う 客の金かかってること理解してない選手が多すぎるからだろ。 深谷のゴミ競争とか村上の馬の使い捨てとかしてたらそら誰も買わなくなるわ なぜ競輪は廃れてしまったのか?・・・駐車場に駐まっている車を見ればわかる 年代 駐車場に駐まっている車 一日あたりの車券購入額 ----------------------------------------------------------------------------------------- 1980年代後半 クラウン・セドリック・グロリア・マークU・チェイサー・クレスタ・ローレル・スカイライン 5万円 1990年代前半 カムリ・ビスタ・コロナ・カリーナ・ブルーバード・アコード・ギャラン・カペラ 4万円 1990年代後半 カローラ・スプリンター・サニー・パルサー・ファミリア・シビック・ミラージュ 3万円 2000年代前半 スターレット・ヴィッツ・マーチ・デミオ・フィット・コルト 2万円 2000年代後半 アルト・ミラ・ミニカ 1万円 2010年代前半 原付・自転車・無料バス 5千円 ゆるキャラを使って広告を打っても客は来ないことに早く気づくべし。 花月園競輪・・・・・・・ラッキー花月くん 一宮競輪・・・・・・・・・きらりん 大津びわこ競輪・・・ビッシーくん 甲子園競輪・・・・・・キックルくん 西宮競輪・・・・・・・・・ニックルくん 観音寺競輪・・・・・・・銭形くん --------------------------------------------------------------------- バブル崩壊後 メルシャン → キリンビール 協和発酵(サントネージュ) → アサヒビール レナウン → 中国企業傘下 セシール → フジサンケイグループ傘下 ・ファミリーレストランが廃れる・・・フランス料理が廃れる すかいらーく → ガスト ・館内にフレンチレストランが入ったリゾートホテル・シティシティが廃れる・・・ホテルレストランはバイキング化 ・アルペンスキーが廃れる・・・スキー場の閉鎖 フランス文化の衰退・・・競輪の衰退 競輪場が床屋になる日・・・競輪場の穴場はバーバーばかり ・競輪場入場門前に床屋のサインポールを置く ・競輪場駐車場はスペース一台分毎に赤・白・青で塗り分ける ・座席の椅子は列ごとに赤・白・青で統一する ・競輪開催日は入場門にフランス国旗を立てる、競輪場横の歩道に赤・白・青の「のぼり」を立てる 冷静に考えれば賭け事なんて馬鹿らしいって理解できるからでは 賭け事の種類によって度合いは違うけどさ それに、単純に観戦スポーツとしても自転車利用のスポーツとしても微妙だから トラック限定ならば時間か距離の長すぎず短すぎずのレコード勝負でないと さすがにアワーレコードだと超つまらんから却下だが 対人で言えばロードレース、技を見せるならダートジャンプや、複合なら4XやDHのが観戦していて面白いもん オリンピック競技になったのは施設的な問題がクリアし易いってのも大きかったろうし >>713 どこの田舎の話か知らないけど、国産車ばっかりじゃんww 昔はもっとベンツの濃度が高かったぞ。移動電話のアンテナ立てたやつ。 20連勝した奴の後ろに自力自力が並び当たり前に茨栃で四車ラインにし逃げざるをえない状況を生み出す風習 茨城・栃木別れて走れよw 業界全体で盛り上げる気がないんだからしょうがないのかもしれないが… 自転車はあまりにも効率が良すぎる機械 異形の肉体を持つものが勝って、あっという間に結果が出るから、観戦側から勝負の見所や見極めが難しい短距離スプリント系か 超長距離で超長時間を争う冗長で、しかもレギュレーションが超つまらない、ルールやマナーもグレーっぽいチーム耐久系 この両極端な2つは根本的には見ていてあまり面白くない もっとも耐久系は見所を他に作り、根本的な部分をスッポリ覆い隠せるだけのポテンシャルがあるけど、 短距離レースはねぇ・・・・ >なぜ競輪は衰退してしまったのか 勝負服の色でもわかる 現在 昔 --------------------------------- 4番車 水色 青 5番車 山吹色 青/白 6番車 黄緑色 黄 7番車 橙色 黄/黒 8番車 桃色 緑 9番車 紫色 緑/赤 昔の4番車は青色、6番車は黄色(レモンイエロー)、8番車は緑色(濃緑)だった。 4番車、6番車、8番車と並んだ時、非常に鮮やかな配色だった。 それに比べて今の4番車、5番車、6番車の勝負服は鮮やかさに欠ける。 そのため、今の勝負服は非常に判別がしにくい。どうして勝負服をこんな色に変えたのか理解に苦しむ。 ・5番車(山吹色)⇔6番車(黄緑色)との区別がしにくい ・5番車(山吹色)⇔7番車(橙色)との区別がしにくい 要するに勝負服を高齢者が判別しずらい色に変えてしまったんだよ。 2001年の段階でナイター開催が行われていたのだから、4番車の水色、5番車の山吹色、6番車の黄緑色の勝負服がナイター開催時にふさわしくない色ということはわかっていたはず。 勝負服を変更しようとしていた2001年当時、実況担当のアナウンサーや審判から「この色ではレース中に勝負服の色の判別がしづらい」という苦情はなかったのか? 青森・高知・佐世保のミッドナイトを見ていたら、5番車・6番車・7番車の区別ができないんだよな。 だから、レース映像を見ていて「何のことやらさっぱりわからない」ということになってしまうんだよな。 競輪だけに限った話じゃないだろ ギャンブル全体が下火で、更に言えば競輪やオートレースは競馬競艇より見ていてつまんないからじゃね >>721 うまいこと書かれますねぇ 変わった時からバカげてると思ってました 今の勝負服に変わる際に配っていたパンフには「カラフルで面白くなる」 みたいなことがとか書いてあった記憶が。さすがに客を馬鹿にしてんだろと思った。 競輪の6番車を見るとイライラしてくる。 なぜかといえば、自分が持つ緑のイメージとは違うから。 客が遊びに来ているのに、客にストレスを与える色を勝負服に使っちゃダメだろ? 良くなることは結構だが、色がまともになっても大して変わらんだろ・・・・・・w 出走表の色と選手の勝負服が違う。 こんなことは小学校入学前の子どもでもわかること。 子どもを競輪場へ連れて行くと、必ず「お父さん、色が違うね」って言うと思うよ。 要するに、2002年4月以降の競輪はお笑いになったわけだ。→横浜花月○廃止 >>727 じゃあ何色ならいいんだよ? 6番=緑は合ってると思うぞ メロンって揶揄されてるのも笑えるしw 6番車の黄緑色が不自然な理由 ・ジロ・ディタリアで有名なイタリア国旗の緑色は深緑色 ・ポルトガル国旗・ブラジル国旗の緑色も深緑色 ・オリンピックマークの緑色は深緑色・・・五重勝・・・4番-5番-2番-6番-3番 三連単 一着 二着 三着 三連複 ------------------------- -------------------- イタリア 6番 1番 3番 英国 1番=3番=4番 フランス 4番 1番 3番 米国 1番=3番=4番 ドイツ 2番 3番 5番 豪州 1番=3番=4番 オランダ 3番 1番 4番 NZ 1番=3番=4番 ベルギー 2番 5番 3番 ロシア 1番 3番 4番 オランダ国旗(青)とルクセンブルク国旗(水色)は色が違う イタリア国旗を黄緑色に塗ると違和感が生じるのと同じ・・・イタリアンカラーは深緑色が常識 カールズケイリンのヤジ 「この、行かず後家、早く嫁に行け」 「てめぇ、行き遅れたくせにこんな所で売れ残ってるんじゃねーよ」 「この、オールドミス、悔しかったら結婚してみろ」 カールズケイリンのレース観戦中に場内テレビを見ている客は出走表の年齢を見て「ハイミス」「オールドミス」と言って客同士で爆笑しまくっている。 「7番車は行き遅れた」・・・どっと笑いが起こる・・・「そりゃ30過ぎてるからね」・・・また笑いが起こる 「ガールズの車券は全く売れないな」「だから売れ残ってるんだよ」・・・大爆笑 どこの競輪場でも、本命印がついたガールズの2番車を見て「黒い、黒いは何見てわかる。 色が黒くて貰い手なけりゃ山のカラスは後家ばかり。 色が黒くて食いつきたいが、私ゃ入れ歯で歯が立たないよ、と来やがった」と予想屋とファンが言ってるよね。 ガールズケイリンが開催された後の競輪場近くの居酒屋ではガールズ選手の年齢をネタにして盛り上がる。 「この歳では嫁に貰ってくれる男はいないわな」・・・客は大爆笑 廃止前の一宮競輪でガールズが開催されなかった理由 ・「おりもの」の街一宮・・・ユニチャーム・リフレイン(中村あずさ) ・落車したら脚から血が出る・・・ユニチャーム・ソフィ ・毛織王冠・織姫杯・羊毛杯・・・紡績工場に勤める女・・・糸紡ぎ女(spinster) ・カジノ(ルーレット・トランプ)・・・ババ抜き(old maid) 競輪の売上が好調だった時代、客の話題は、 風俗嬢、(娘の)結婚、(勤務先の)ハイミス・・・「寿退社」「お局様」という言葉が残っていた時代 娘の名前は「○子」・・・風俗嬢は「真弓」「若菜」と名乗っていた時代 娘はは24歳までに結婚させる・・・風俗嬢の年齢表記は24歳まで 嫁に行き遅れたハイミスをイビるのが当時のトレンド だから、その頃のトレンドでは女子競輪復活なんか考えられなかった ・競輪場で女を買う・・・男は若い女を買うものであって、30過ぎのハイミスは買わない ・客から「ハイミス」「オールドミス」「売れ残り」「行き遅れ」「行かず後家」と野次が飛ぶ そういった古い価値観が廃れた・・・結婚式場の激減・・・競輪の衰退 ガールズケイリンの出走表に未婚か既婚かを表記すべき・・・「Miss」「Mrs.」 競輪ファンは中学校の英語で「Miss」と「Mrs.」しか習っていない世代が多い。 だから「Ms.」という敬称を知らない。 name age Miss ○○○○ ○○○○○○ 31 ← お笑いネタ 古くからの競輪ファンは女に未婚か既婚かを聞きたがるわけだ。 30を過ぎて未婚だったら格好のお笑いネタにされるわけだ。 31歳の嫁さんをもらう・・・お笑いネタ 昔は24歳以下の嫁さんをもらうのがトレンドだった 競輪場というところは、入場料50円を払えばガールズケイリンのレース中に 「ハイミス」「オールドミス」「売れ残り」「行き遅れ」「行かず後家」と野次を飛ばし放題。 女子選手がヤジにキレるところを見て男性客が大爆笑をするところ。 25歳を過ぎた未婚女性に対して「クソババァにクソババァと言ってどこが悪いんだ」と言って男性客が開き直る。 だから、競輪場には昭和が残っている、とよく言われる。 男性選手のレースの時に「売れ残った」「行き遅れた」「(お嫁に)行けなかった」「後手に回った」→「後家になった」「重大過失走行」→「ハイミス」と言っても全然反応がない。 しかし、ガールズの時には大爆笑が起きる。 男性選手のレースの時と女子選手のレースの時ではヤジの質が違う。ここは要チェック。 競走得点43点の20歳の女子選手よりも、競走得点57点の35歳の女子選手の方が売れる・・・ガールズケイリンはお笑い 昔は20歳の女の子を買うのが当たり前で、35歳のおばさんは相手にしなかった。 要するに、ガールズケイリンというのは世間一般の常識とはかけ離れた世界。 スポーツ紙の風俗欄が読まれていない・・・隣頁の公営競技欄も読まれていない 中央競馬欄はそこそこ読まれるが、ゴルフ欄は読まれていない || 三十路の後家さんの集まりである女子ゴルフが大人気 東京スポーツでも中央競馬欄しか読まれていない・・・三十路の未婚女子アナに萌える若い男が激増 今は29歳の男性将棋棋士が51歳のカルタ女王と結婚する時代だからね。 吉田真里子がオートレースのイメージキャラクターを務めていた頃とは価値観が正反対になっているわけだ。 おまえら娘に興味があってうらやましいな わしなんか もし部屋で美女が裸で寝ててもまたいで通ってネットで競輪見てるぞ カールズケイリン・・・25歳以上の未婚女子選手が出走 ← お笑い カールズケイリンの払戻金は10円単位・・・五円(ご縁)がない ← お笑い 捲りに「行けなかった、行けなかった、嫁に行けなかった」 先行選手についていけず「行き遅れた、行き遅れた、嫁に行き遅れた」 二着に「残った、残った、売れ残った」 女子ゴルフ・・・25歳以上の未婚女子選手が出場 ← お笑い だけど、男子ゴルフよりも人気が高い・・・寅さんに言わせてみれば「女子プロゴルファーは後家ばかり」 だから、今の女子ゴルフファンは「オールドミス」「ハイミス」「売れ残り」「行き遅れ」「行かず後家」という言葉を知らない クリスマスケーキ 12月23日 終日 定価販売 12月24日 午前中 二割引 午後 三割引 夕方 半額 ← 昔はみんな狙っていた クリスマスケーキ半額 ← お笑い 昔はクリスマスケーキの予約販売がなかった。誰もが店頭に並んだクリスマスケーキを購入していた時代。 店側がケーキの発注を間違えると、12月24日の夕方になると店頭に大量のクリスマスケーキが並べられて半額の値札がかけられている。 それを見て「大量に売れ残っている」と言って大爆笑していた時代。 1991年を境に競輪が衰退していったのはこういった背景があるのかもしれない。 こういうのって本人は面白いと思って投稿してるんだろうなぁ フランスが高級などと思っているのは昔の人間の幻想 今や移民だらけの街で犯罪などはあたり前、昔のフランス人は窓の上から バケツに入ったウンコを投げていた。 特に思うのが競輪は勝負できない、負けこんで取り返したいときに競輪ほど固く決まらない、絞れない、ラインで決まらない、もんはないわ。もう少しラインで決まるようにならんもんかな、ならんわな なぜ競輪は衰退してしまったのか 吉原の遊女は数え27(満25歳)で年季明け・・・男が寄り付かなくなる年齢とほぼ一致 女を買うのは数え26(満24歳)まで ガールズケイリンの払戻金が5円単位でない理由・・・ガールズ選手は「ご縁がない」から競輪選手になった 男子競輪 ガールズケイリン 車番 氏名 年齢 100円 100円 1 長田 須磨恵 29 ← 後家 (お笑い) 105円 ← 五円(ご縁)がない 2 垂水 須磨代 32 ← 後家 (お笑い) 110円 110円 3 有馬 須磨穂 31 ← 後家 (お笑い) 115円 ← 五円(ご縁)がない 4 兵庫 須磨香 27 ← 後家 (お笑い) 120円 120円 5 葺合 須磨乃 30 ← 後家 (お笑い) 125円 ← 五円(ご縁)がない 6 生田 須磨美 33 ← 後家 (お笑い) 130円 130円 7 神戸 須磨奈 28 ← 後家 (お笑い) 135円 ← 五円(ご縁)がない 140円 140円 145円 ← 五円(ご縁)がない -------------------------------------------------------------------------------------- 女子プロゴルフ・・・外国人選手もいる 昔の英語の女性の敬称は、MissとMrs.だった。 Ms.という敬称は最近の英語用法だから、古い英語教育を受けた高齢者は知らないケースが多い。 交通費と入場料を払ってまで後家さんを見に来るって一体どういった趣味をしてるんだろうね? ← お笑い マニアック過ぎて、初心者が予想出来る余地がない。 見てるだけで券を買うまでいかないよ。 15歳から25歳までの年齢 今の年齢 1950年 1925年生〜1935年生 90歳〜80歳 1955年 1930年生〜1940年生 85歳〜75歳 1960年 1935年生〜1945年生 80歳〜70歳 都心部の競輪場の廃止が相次ぐ 1965年 1940年生〜1950年生 75歳〜65歳 1970年 1945年生〜1955年生 70歳〜60歳 走れコータロー 1975年 1950年生〜1960年生 65歳〜55歳 ハイセイコーブーム・・・競輪の売上が低迷し始める 1980年 1955年生〜1965年生 60歳〜50歳 1985年 1960年生〜1970年生 55歳〜45歳 1990年 1965年生〜1975年生 50歳〜40歳 オグリキャップブーム・・・中央競馬へ人気がシフト 1995年 1970年生〜1980年生 45歳〜35歳 特別競輪が売り上げを伸ばす一方で 2000年 1975年生〜1985年生 40歳〜30歳 普通競輪の売上が激減する 2005年 1980年生〜1990年生 35歳〜25歳 2010年 1985年生〜1995年生 30歳〜20歳 2015年 1990年生〜 25歳〜 1972年に二十代前半だった世代・・・1947年(68歳)〜1952年(63歳) それ以下の世代は中央競馬ファン・・・1973年にハイセイコー、1976年にトウショウボーイとテンポイントのブームがあったから ハイセイコー 1973年 皐月賞 1着 ダービー 2着 菊花賞 2着 有馬記念 3着 トウショウボーイ テンポイント 1976年 皐月賞 1着 2着 ダービー 2着 7着 菊花賞 3着 2着 有馬記念 1着 2着 1978年にテンポイントがレース中に故障を発生して競走を中止したニュースは有名だった。 なぜ競輪は衰退してしまったのか 1970年12月 シングル発売 エーゲ海の真珠(ポール・モーリア) 1974年4月 ニュースセンター9時放送開始 (キャスター 磯村尚徳) 1975年1月 シングル発売 オリーブの首飾り(ポール・モーリア)・・・手品のBGM 1975年4月 東リパネルクイズ・アタック25放送開始(エールフランス) 1975年5月 中野浩一(35期) 初出走 1977年8月 中野浩一 世界選手権自転車競技大会(ベネズエラ、サン・クリストバル) プロ・スプリント競技で初優勝 1977年10月 クイズダービー 1枠解答者が篠沢秀夫に代わる 40年前の1975年頃はポール・モーリアをはじめとするフレンチ・イージーリスニング全盛期 1992年12月 いすゞ自動車、乗用車生産からの撤退を発表・・・ジェミニはフランスがネタ -------------------------------------------------------------------------- ガールズ・ケイリン・・・湘南乃風・・・レゲエ・・・ホームレス 湘南乃風を好む若者は山谷の乞食 1950年〜1953年 朝鮮戦争の頃は競輪場はどこも満員御礼 あまりの競輪の熱狂的な人気ぶりにファンによる騒擾事件が頻発 終戦直後にもかかわらず、みんな競輪場へ行くだけの金を持ってたんだなぁ 競輪が始まった当初から、投票券は100円単位の発売。 1950年当時、100円といったら今の6千円〜7千円に相当する。 特券(千円券)・・・6万円〜7万円 今、5千円単位で車券を売ってたら金持ちしか競輪場に来れないよね。 2000年2月11日 立川競輪10Rで誤打鐘事件が発生 審判が速やかにレースを中止し再発走しなったことでファンが騒ぎ始める 優勝選手表彰式では怒号と罵声の嵐 立川競輪場で騒擾事件が発生しなかったことから、2000年頃の競輪ファンは既に大人しくなっていた。 それから15年、競輪はすっかり衰退し、昼間のFU戦は一日の売上が500万円前後。 朝鮮戦争の頃に時代が逆戻りしてしまった。 なぜ競輪は衰退してしまったのか 初任給 車券一枚(今の金額に換算) 1950年 3千円 6666円 1955年 5千円 4000円 1960年 1万円 2000円 1965年 2万円 1000円 1970年 4万円 500円 ------------------------- 第一次オイルショック 1975年 7万円 285円 1980年 10万円 200円 1985年 15万円 133円 ------------------------- バブル崩壊 1990年 17万5千円 114円 1995年 18万円 111円 2000年 18万5千円 108円 2005年 19万円 105円 2010年 19万5千円 103円 2015年 20万円 100円 30年ぐらい前は競馬と競輪の客層はたいして変わらなかったが 若者を取り入れた競馬と一気に差がついてしまったな… >>748 最後に客が騒いで騒擾事件が発生したのは松阪の誘導員が出走拒否して開催中止になったやつ? 同じ頃常滑でも女子戦が開催中止になって騒ぎになったね >>749 1995年以降はデフレで 100円の価値は上がってないか? >>750 その若者は大して車券を買わない。若者ではなく知名度で差が付いた >1950(昭25)年5月30日、松江競輪場が開催される(土地:甲子園土地企業、主催:松江市) >第1日目:約2,000人の入場者、118,500円の大穴が出るなどし >第4日目:入場者は4,000人に上り車券の売上高も125万8,300円とまずまずのスタートを切った。 >スタート当初の好調さも、天候やギャンブルへの市民の消極的な性格からかだんだんと衰微し >その後、年10回ほど開催されたが、赤字が膨らみ廃止をも検討され、1953(昭28)7月、 >八百長騒ぎが起き、この事件を契機として競輪廃止の声が高まり、市議会で廃止の決定に至った http://www2.ttcn.ne.jp/kuro/history/keirin/02%20matsue/top.htm わずか3年で廃止に追い込まれた松江競輪場でも最盛期には一日で100万円以上の売上があった。 今、防府競輪場の昼間のFU戦だと電話投票を除けば一日500万円の売上を切るよね。 1910年生 15年生 20年生 25年生 30年生 35年生 40年生 45年生 50年生 55年生 60年生 1945年 35歳 30歳 25歳 20歳 15歳 1950年 ●40歳 ●35歳 ●30歳 ●25歳 ●20歳 ●15歳 1955年 ●45歳 ●40歳 ●35歳 ●30歳 ●25歳 ●20歳 ●15歳 1960年 ○50歳 ○45歳 ○40歳 ○35歳 ○30歳 ○25歳 ○20歳 ○15歳 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1965年 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 25歳 20歳 15歳 1970年 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 25歳 20歳 15歳 1975年 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 25歳 20歳 15歳 1980年 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 25歳 20歳 1985年 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 25歳 1990年 80歳 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 30歳 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1995年 ---- 80歳 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 35歳 2000年 ---- ---- 80歳 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 40歳 2005年 ---- ---- ---- 80歳 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 45歳 2010年 ---- ---- ---- ---- 80歳 75歳 70歳 65歳 60歳 55歳 50歳 2015年 ---- ---- ---- ---- ---- ◇80歳 ◆75歳 ◆70歳 ◆65歳 ◆60歳 55歳 だから、今の競輪場には75歳以上の後期高齢者しかいないのは当然。 熊本競輪 愛のオルゴール 多摩川競艇 ほほえみのバネッサ 園田競馬 夏の日の恋 '76 公営競馬・競艇・競輪、全部廃れてるよね。これらの曲はすべて1970年代後半に流行った曲。 今から40年前がどういった時代だったかを想像すれば、今の競輪場の食堂で出されているメニューはありえない。 1990年 競輪創世記のファンがビジネス引退の年齢を迎えた・・・競輪の売上減少が始まる 2000年 競輪創世記のファンの子ども世代が競輪場に足を運ばなくなった・・・2002年に新番組編成を余儀なくされる 2010年 競輪創世記のファンの孫世代も競輪場へ足を運んでいない・・・ミッドナイト競輪開始 競輪創世記のファン 子ども世代 孫世代 ひ孫世代 1950年 15歳 20歳 25歳 1975年 40歳 45歳 50歳 15歳 20歳 25歳 1990年 55歳 60歳 65歳 30歳 35歳 40歳 5歳 10歳 15歳 2000年 65歳 70歳 75歳 40歳 45歳 50歳 15歳 20歳 25歳 2015年 80歳 ---- ---- 55歳 60歳 65歳 30歳 35歳 40歳 5歳 10歳 15歳 >なぜ競輪は衰退してしまったのか バブル崩壊以降、外国人ファンを取り込む努力をしなかったから。 場内実況が日本語だけ、出走表が日本語だけでは日本人しか来ない。 ・競輪場内案内板・出走表・マークカードに英語表記がない ・英語対応可能な場内案内所・外国人向発売窓口がない ・場内実況に英語放送がない ・英語表記の競輪専門紙がない 要するに、中国人の爆買い需要を逃しているのが今の競輪場。 今、ケイリンライブをkeirin.jp、Ustream、ニコ生の三つで流しているのに、英語放送は一つもないんだよな。 これが、今の競輪界の迷走ぶりを表している。 日本語・・・1億2千万人 英語・・・・・数十億人 1. 中国語・・・・・・・13億7千万人 2. ヒンディー語・・・4億9千万人 2. スペイン語・・・・4億2千万人 4. アラビア語・・・・・2億3千万人 5. ベンガル語・・・・2億2千万人 6. ポルトガル語・・・2億1千万人 7. ロシア語・・・・・・・1億8千万人 今のFU戦だったら、日本人よりも中国人の方が車券を買ってくれるんじゃないのか? 空港やホテルから観光バスを連ねて中国人観光客を来させれば爆買い需要が期待できる。 そういった発想がないのが、今の競輪場を運営する地方自治体。 今、地方自治体は旅行会社と組んで外国人観光客向けに競輪ツアーを組んでないよね。 だから、競輪場内の英語化も進んでいないよね。国際競輪をやっておきながら。 >なぜ競輪は衰退してしまったのか スピードチャンネルの特別・記念競輪中継が 690ch 日本語放送 691ch 英語放送 692ch 主音声・・・中国語 副音声・・・韓国語 でないから。 日本人が来ないから、外国人に車券を買ってもらおうという発想がない。 だから、空港近くに場外車券売場がないんだよね。そのため、関空のある泉佐野は寂れまくってるんだよね。 空港構内に英語で書かれた競輪開催案内の看板や英語の動画広告がなければ外国人は気づかないよね。 空港構内に英語表記の出走表は置いてないよね。 それで、岸和田市役所や和歌山市役所は関空で降りた外国人観光客を岸和田競輪場や和歌山競輪場へ誘致してないんだよね。 だから、今、関空から岸和田競輪場・和歌山競輪場への無料バスを出してないよね。 帰りはホテルのある難波や梅田までの無料バスを出してないよね。 岸和田市役所や和歌山市役所はやる気がないから、競輪場内の英語化が進んでないよね。 岸和田市内や和歌山市内の中学校には英語教師がいるから、そんなことはわかりそうなものだけどね。 >なぜ競輪は衰退してしまったのか 競輪場臨時職員・・・定年退職した中学・高校の英語教員を再雇用 競輪場内での外国人客との対応に当たる。 英語が通じる・・・外国人が来る なぜ競輪は廃れてしまったのか? ● なんば + + + + 春木 ■ 岸和田競輪場・・・中国人観光客が来ていない + + + 関西空港 ●+● 泉佐野 + + + + + 和歌山市 ■ 和歌山競輪場・・・中国人観光客が来ていない 年間開催経費 2400億円 ÷ 開催日 3700日 ≒ 一日あたりの開催経費 6500万円 6500万円 × (0.25÷0.189) ≒ JKA交付金を含んだ一日あたりの開催経費 8500万円 8500万円 × 4倍 ≒3億4000万円 一日の売上目標 3億4000万円 × 6日 ≒ 20億円一ヶ月の売上目標 20億円×12ヶ月≒240億円 年間売上目標 240億円×50場=1兆2000億円・・・2000年度の総売上にほぼ匹敵 競輪事業が黒字だったのは2000年度までで、2001年度以降は赤字に突入 2002年4月からS級・A級の新番組制度・記念競輪の全国発売開始 2000年 240億円 72日 2015年 120億円 36日・・・開催日を減らさないと赤字 FUの売上 一日 1600万円 ÷4 − 開催経費 8500万円 ≒8100万円の赤字 8100万円×3日=2億4千万円 昼間のFUを一回(3日間)開催するだけで2億4千万円の赤字が出る。 昼間のFUを10回開催したら年間で25億円の赤字が出る。 これでは、一年に一回の記念競輪で60億円を売り上げても焼け石に水。 だから、年間売上が200億円を下回った頃から、競輪施行者の撤退が相次いだわけだ。 プロ野球 日本シリーズ デーゲーム 1993年が最後 ↓ 1995年 全日程ナイトゲームに移行 バブル崩壊以降、平日昼間のプロ野球デーゲームに客が入らなくなった ↓ 平日昼間開催の競輪にも客が来なくなった → 函館競輪場でナイター開催開始 バブル崩壊以降、平日昼間のエンターテインメントがダメになっている ↓ 平日の娯楽が夕方以降に集中し始める ↓ ナイター競輪・ミッドナイト競輪 なぜ競輪は衰退してしまったのか 1991年 1兆9500億円 ÷ 50場×72日= 5億4000万円・・・本場のみの発売 | |12年間で1/10に低下 ↓ 2003年 9600億円 ÷ 47場 × 365日 = 5600万円・・・全競輪場でGV発売 2015年 6000億円 ÷ 43場 × 365日 = 3800万円 名目GDPの推移 日本 韓国 中国 1989年 1倍 1倍 1倍 ------------------------------ 1990年 1.08倍 1.21倍 1.08倍 1991年 1.14倍 1.46倍 1.21倍 1992年 1.17倍 1.67倍 1.42倍 1993年 1.18倍 1.90倍 1.66倍 1994年 1.19倍 2.24倍 1.91倍 1995年 1.21倍 2.62倍 2.17倍 1996年 1.23倍 2.94倍 2.43倍 1997年 1.26倍 3.24倍 2.69倍 1998年 1.23倍 3.21倍 2.94倍 1999年 1.21倍 3.53倍 3.21倍 ------------------------------- 2000年 1.22倍 3.88倍 3.56倍 2001年 1.21倍 4.21倍 3.94倍 2002年 1.20倍 4.66倍 4.37倍 2003年 1.20倍 4.96倍 4.90倍 2004年 1.21倍 5.36倍 5.54倍 2005年 1.22倍 5.63倍 6.37倍 2006年 1.22倍 5.91倍 7.39倍 2007年 1.22倍 6.38倍 8.67倍 2008年 1.20倍 6.76倍 9.69倍 2009年 1.13倍 7.04倍 10.66倍 ------------------------------- 2010年 1.16倍 7.74倍 11.93倍 2011年 1.13倍 8.15倍 13.33倍 2012年 1.14倍 8.42倍 14.63倍 2013年 1.15倍 8.74倍 16.01倍 2014年 1.17倍 9.08倍 17.46倍 名目GDP 日本 韓国 中国 1989年 1倍 1倍 1倍 ------------------------------ 1990年 1.08倍 1.21倍 1.10倍 1991年 1.14倍 1.46倍 1.28倍 1992年 1.17倍 1.67倍 1.58倍 1993年 1.18倍 1.90倍 2.08倍 1994年 1.19倍 2.24倍 2.84倍 1995年 1.21倍 2.62倍 3.58倍 1996年 1.23倍 2.94倍 4.19倍 1997年 1.26倍 3.24倍 4.65倍 1998年 1.23倍 3.21倍 4.97倍 1999年 1.21倍 3.53倍 5.28倍 ------------------------------- 2000年 1.22倍 3.88倍 5.84倍 2001年 1.21倍 4.21倍 6.45倍 2002年 1.20倍 4.66倍 7.08倍 2003年 1.20倍 4.96倍 7.99倍 2004年 1.21倍 5.36倍 9.40倍 2005年 1.22倍 5.63倍 10.88倍 2006年 1.22倍 5.91倍 12.74倍 2007年 1.22倍 6.38倍 15.88倍 2008年 1.20倍 6.76倍 18.53倍 2009年 1.13倍 7.04倍 20.23倍 ------------------------------- 2010年 1.16倍 7.74倍 23.93倍 2011年 1.13倍 8.15倍 28.33倍 2012年 1.14倍 8.42倍 31.25倍 2013年 1.15倍 8.74倍 34.41倍 2014年 1.17倍 9.08倍 37.22倍 日本 名目 GDP 割合 1955年 2.0 1956年 2.3 1957年 2.6 1958年 2.8 1959年 3.2 1960年 3.9 1961年 4.7 1962年 5.4 1963年 6.1 1964年 7.2 1965年 8.0 1966年 9.3 1967年 11.0 1968年 12.9 1969年 15.2 1970年 17.9 1971年 19.7 1972年 22.6 1973年 27.4 1974年 32.8 1975年 36.2 1976年 40.6 1977年 45.2 1978年 49.8 1979年 54.0 1980年 58.6 1980年 59.2 1981年 63.7 1982年 66.8 1983年 69.6 1984年 73.9 1985年 79.3 1986年 83.0 1987年 86.3 1988年 92.8 1989年 100 1989年から2014年の25年間のGDP変化率 シンガポール 6.37倍 香港 4.20倍 オーストラリア 4.12倍 台湾 3.99倍 ニュージーランド 3.23倍 英国 3.16倍 米国 3.06倍 カナダ 2.96倍 オランダ 2.71倍 ベルギー 2.57倍 イタリア 2.50倍 ドイツ 2.42倍 フランス 2.13倍 スイス 1.96倍 --------------------- 日本 1.17倍 今、博多港と福岡空港に場外車券売場がないよね。 船や飛行機の待ち時間に外国人に車券を買ってもらおう、という発想はないのか? サテライト中洲は会員制だよね・・・韓国人・中国人観光客の利用を考えていない サテライト新千歳空港 サテライト成田空港 サテライト中部空港 サテライト関西空港 サテライト福岡空港 サテライト博多港 サテライト那覇空港 今。日本人は金がないから車券が買えない・・・中国人は金持ち 無料 飛行機 関西空港着 競輪場到着 釜山 8:30 → 10:00 → 11:00 ソウル 8:00 → 10:05 → 10:05 上海 7:30 → 10:10 → 10:10 北京 6:30 → 10:15 → 11:15 台北 7:30 → 10:20 → 11:20 香港 6:00 → 10:25 → 11:25 だから、今は無料(エア)バスを出す場所が違う。 エアバスA380なら、1機で500人以上運べるからね。 もし、関空が満杯なら神戸空港を使えばいいからね。 3000人×500USD=150万USD 今、岸和田や和歌山のFUは場外と電話投票を含めても一日2000万円未満の売上だからね。 向日町競輪場や奈良競輪場でも京都や奈良に観光に来た外国人にレースを見てもらおうと努力してないよね。 関西空港 → 向日町競輪場 → レース終了後、関西空港まで無料送迎 → レース終了後、ホテルのある京都市内まで無料送迎 関西空港 → 奈良競輪場 → レース終了後、関西空港まで無料送迎 → レース終了後、ホテルのある奈良市内まで無料送迎 市役所がそういったことを思いつかなかったから、西宮・甲子園・大津びわこは廃止になったんだよね。 名目GDP 競輪年間総売上 GDP÷売上 1948年 2億4千万円 1949年 135億円 1950年 330億円 1951年 538億円 ← 今の競輪場本場のみの売上(場外・電投を除く) 1952年 571億円 1953年 605億円 1954年 587億円 1955年 8兆3695億円 572億円 146.3 1956年 9兆4227億円 666億円 141.5 1957年 10兆8583億円 736億円 147.5 1958年 11兆5383億円 761億円 151.6 1959年 13兆1903億円 791億円 166.8 1960年 16兆0097億円 835億円 191.7 1961年 19兆3365億円 1010億円 191.5 1962年 21兆9427億円 1263億円 173.7 1963年 25兆1132億円 1481億円 169.6 1964年 29兆5413億円 1816億円 157.2 1965年 32兆8660億円 2124億円 154.7 1966年 38兆1700億円 2478億円 154.0 1967年 44兆7305億円 3074億円 145.5 1968年 52兆9749億円 3777億円 140.3 1969年 62兆2289億円 4666億円 133.4 ← 日本がGDPで世界第2位になる 1970年 73兆3449億円 5442億円 134.8 1971年 80兆7013億円 6326億円 127.6 ← 今の競輪の売上 1972年 92兆3944億円 7187億円 128.6 1973年 112兆4981億円 9167億円 122.7 1974年 134兆2438億円 1兆0905億円 123.1 1975年 148兆3271億円 1兆0937億円 135.6 名目GDP 競輪年間売上 GDP÷売上 1976年 166兆5733億円 1兆1016億円 151.2 1977年 185兆6220億円 1兆1518億円 161.2 1978年 204兆4041億円 1兆1859億円 172.4 1979年 221兆5466億円 1兆2449億円 178.0 1980年 240兆1759億円 1兆2699億円 189.1 1981年 242兆8387億円 1兆2005億円 202.3 □ 1982年 261兆0682億円 1兆2142億円 215.0 □ 1983年 285兆0583億円 1兆1342億円 251.3 ■ 1984年 302兆9749億円 1兆0968億円 276.2 ■ 1985年 325兆4019億円 1兆1431億円 284.7 ■ 1986年 340兆5595億円 1兆2443億円 273.7 ■ 1987年 354兆1702億円 1兆3377億円 286.2 ■ 1988年 380兆7429億円 1兆4510億円 262.4 ■ 1989年 410兆1222億円 1兆6852億円 243.4 □ ----------------------------------------------------- 1990年 442兆7810億円 1兆8846億円 234.9 □ 1991年 473兆4218億円 1兆9553億円 242.1 □ 1992年 482兆7828億円 1兆8721億円 257.9 ■ 1993年 489兆7118億円 1兆7544億円 279.1 ■ 1994年 495兆7434億円 1兆6444億円 301.5 ■■ 1995年 501兆7069億円 1兆6144億円 316.3 ■■ ← 車番連勝式投票券発売開始 1996年 518兆9348億円 1兆5672億円 331.1 ■■ 1997年 535兆6983億円 1兆5381億円 348.3 ■■ 1998年 533兆4386億円 1兆4497億円 368.0 ■■■ 1999年 504兆9032億円 1兆3553億円 372.5 ■■■ 2000年 509兆8600億円 1兆2371億円 412.1 ■■■■ 2001年 505兆5432億円 1兆1709億円 431.8 ■■■■ 名目GDP 競輪年間売上 GDP÷売上 2002年 499兆1470億円 1兆0464億円 477.0 ■■■■■ 2003年 498兆8547億円 9831億円 507.4 ■■■■■■ 2004年 503兆7254億円 9150億円 550.5 ■■■■■■■ 2005年 503兆9030億円 8774億円 574.3 ■■■■■■■ 2006年 506兆6870億円 8610億円 588.5 ■■■■■■■ 2007年 512兆9752億円 8400億円 610.7 ■■■■■■■■ 2008年 501兆2093億円 7913億円 644.8 ■■■■■■■■ 2009年 471兆1386億円 7275億円 647.6 ■■■■■■■■ 2010年 482兆6769億円 6349億円 760.2 ■■■■■■■■■■■ 2011年 471兆5787億円 6229億円 757.1 ■■■■■■■■■■■ 2012年 475兆3316億円 6091億円 780.4 ■■■■■■■■■■■ 2013年 480兆1305億円 6063億円 791.9 ■■■■■■■■■■■ 2014年 487兆5968億円 6158億円 791.8 ■■■■■■■■■■■ 場間場外発売日数 一場あたりの場外車券発売日数 GT GU GT・GU合計 一場あたりのGT・GU発売日に占める割合 1986年 567日 11.3日 30日 0日 30日 37.8% 1987年 620日 12.4日 30日 0日 30日 41.3% 1988年 774日 15.5日 30日 0日 30日 51.6% 1989年 840日 16.8日 30日 0日 30日 56.0% 1990年 983日 19.7日 30日 6日 36日 54.6% 1991年 1182日 23.7日 30日 9日 39日 61.5% 1992年 1411日 28.2日 30日 9日 39日 72.4% 1993年 1775日 35.5日 30日 9日 39日 91.0% 1994年 2171日 43.4日 34日 12日 46日 94.4% -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 1995年 2501日 50.0日 32日 16日 48日 104.2% 1996年 2596日 51.9日 32日 16日 48日 108.2% 1997年 2848日 57.0日 32日 16日 48日 118.7% 1998年 3218日 64.3日 32日 16日 48日 134.1% 1999年 3687日 71.7日 28日 16日 44日 167.6% 2000年 4238日 84.8日 28日 16日 44日 192.6% 1995年、ほぼすべての競輪場でGT・GUが発売されるようになった。 これ以降、GVの場外発売が行われるようになった。 競馬は不況に強くない JRA54年ぶりの赤字「馬券が複雑すぎる」(2012/5/31) レースを運営する日本中央競馬会(JRA)は勝馬投票券(馬券)の売上げ減少に頭を痛めている。 2011年度の馬券などの事業収益は前年に比べて、約1376億円減の約2兆3062億円。純損失は約63億4400万円と、54年ぶりに赤字に転落した。 売上げはピーク時の半分に JRAによると、11年度は東日本大震災などに伴う特別損失として124億5700万円を計上。 このうち、被災地への義援金で約50億円を拠出したほか、福島競馬場の復旧工事などの震災関連費用として106億円がかかったことが赤字につながった。 では、震災がなかったら赤字にはならなかったのだろうか――。 JRAは「それはなんとも言えません。ただ、震災によって福島競馬が中止になったことが売上げの減少につながったこともありますし、福島競馬場の復旧費用などがかさんだことは事実です」と説明する。 売上げ不振の要因についてJRAは、「売上げの減少については厳しく受け止めています 。ただ(売上げ減少の要因は)諸々あると思います。 可処分所得の減少もその一つで、『レジャー』として競馬を楽しむ人が減ってきたようです」と話す。 景気の後退や給与所得の低迷、少子高齢化なども要因とみている。 とはいえ、これまでJRAは「不況に強い」といわれてきた。 競馬ブームに火をつけた「芦毛の怪物」オグリキャップが引退したのが1990年12月の有馬記念。バブル経済の崩壊はその翌年のことだ。 景気は急激に悪化したが、JRAは「別格」だった。 この年に、1着と2着の馬を当てる「馬連」を投入して、いわゆる万馬券が「量産」されるようになったことで、射幸心を煽られたファンは馬券を買い求め、JRAは売上げを伸ばした。 96年の有馬記念の売上げ875億円は1レースの売上世界一で、ギネスブックにも載っている。 4兆6億円を売上げた97年度は、JRAの絶頂期だった。 2011年度の売上げ、2兆3062億円は、ほぼ半分まで減ったことになる。JRAは、経費節減はもちろんだが、「レースの質を上げる」ことがファン獲得の決め手と考えているようだ。 http://www.j-cast.com/2012/05/31134081.html?p=all 中央競馬 単勝 複勝 電話投票 電話投票の割合 1989年 2.8% 2.2% 2362億円 9.2% 1990年 2.8% 2.2% 2725億円 8.8% 1991年 2.9% 2.3% 2854億円 8.3% 1992年 2.7% 2.3% 3179億円 8.8% 1993年 2.8% 2.5% 3932億円 10.5% 1994年 2.7% 2.6% 4679億円 12.2% 1995年 2.6% 2.6% 5876億円 15.6% 1996年 2.6% 2.6% 7529億円 18.9% 1997年 2.8% 2.8% 9304億円 23.3% 1998年 3.1% 2.9% 1兆0293億円 27.1% 1999年 3.1% 3.0% 1兆1226億円 30.7% 2000年 3.0% 2.4% 1兆0458億円 30.5% 2001年 3.1% 2.4% 1兆1084億円 34.0% 2002年 2.8% 2.4% 1兆1865億円 37.9% 2003年 2.7% 2.5% 1兆2202億円 40.5% 2004年 2.9% 2.7% 1兆2227億円 42.0% 2005年 3.1% 3.3% 1兆2618億円 43.7% ------------------------------------------- 2006年 3.4% 4.0% 1兆3263億円 47.1% 2007年 3.8% 4.2% 1兆3621億円 49.4% 2008年 3.7% 5.1% 1兆4196億円 51.6% 2009年 3.9% 5.9% 1兆3897億円 53.7% 2010年 4.2% 6.4% 1兆3394億円 55.0% 2011年 4.5% 7.2% 1兆3489億円 58.7% 2012年 4.7% 7.6% 1兆4353億円 59.8% 2013年 5.0% 8.3% 1兆4592億円 60.5% 2014年 5.3% 8.6% 1兆5474億円 61.9% 中央競馬は電話投票で単勝・複勝を買う傾向が強い・・・競輪客とは正反対 中央競馬のピーク 競馬場本場 場外発売競馬場 場外馬券売場 1991年 5834億円 1993年 2兆2726億円 1994年 6257億円 ・ ・ ・ 合計 2014年 916億円 2122億円 6474億円 9512億円 -84.3% -66.1% -71.5% 中央競馬は電話投票への移行がスムーズに進んでいるのに対し、 地方競馬・競艇・競輪・オートレースは電話投票への移行がうまくいってない。 中央競馬 競馬場本場・場外発売競馬場・場外馬券売場の合計売上 1993年 3兆3555億円 1994年 3兆3450億円 ・ ・ ・ 2014年 9512億円 -71.7%減 2兆4000億円減 中央競馬 場外→電投への移行が顕著 中央競馬 年間総売上 電話投票を除いた売上 1954年 112億円 1990年 2兆8271億円 1955年 110億円 1991年 3兆1498億円 1956年 138億円 1992年 3兆2980億円 1957年 163億円 1993年 3兆3553億円 ← 売上最高 1958年 187億円 1994年 3兆3450億円 1959年 228億円 1995年 3兆1828億円 1960年 290億円 1996年 3兆7128億円 1961年 377億円 1997年 3兆0857億円 1962年 485億円 1998年 2兆7800億円 1963年 535億円 1999年 2兆5461億円 1964年 654億円 2000年 2兆3940億円 1965年 886億円 2001年 2兆1644億円 1966年 1218億円 2002年 1兆9538億円 1967年 1527億円 2003年 1兆7973億円 1968年 2428億円 2004年 1兆7144億円 1969年 3229億円 2005年 1兆6408億円 1970年 4069億円 2006年 1兆5053億円 1971年 4678億円 2007年 1兆4047億円 1972年 4946億円 2008年 1兆3367億円 1973年 6605億円 2009年 1兆2087億円 1974年 7764億円 2010年 1兆0962億円 1975年 9083億円 ← 今の本場・場外売上 2011年 9502億円 1976年 9927億円 2012年 9647億円 1977年 1兆0991億円 2013年 9526億円 1978年 1兆1364億円 2014年 9722億円 1979年 1兆2638億円 1980年 1兆3607億円 1981年 1兆4040億円 1982年 1兆4184億円 1983年 1兆4401億円 1984年 1兆5089億円 1985年 1兆6458億円 1986年 1兆8013億円 1987年 1兆9731億円 1988年 2兆2067億円 電話投票を除いた売上 1989年 2兆5545億円 2兆3198億円 名目GDP÷中央競馬売上(電投含) 名目GDP÷中央競馬売上(電投除) 1955年 747 1990年 156 1956年 682 1991年 150 1957年 666 1992年 146 1958年 617 1993年 145 ← 中央競馬の人気のピーク 1959年 578 1994年 148 1960年 552 1995年 157 1961年 512 ←今の競馬場・場外の状況 1996年 163 1962年 452 1997年 173 1963年 469 1998年 191 1964年 451 1999年 198 1965年 371 2000年 212 1966年 313 2001年 233 1967年 292 2002年 255 1968年 218 2003年 277 1969年 192 2004年 280 1970年 180 2005年 307 1971年 172 2006年 336 1972年 186 2007年 365 1973年 170 2008年 374 1974年 172 2009年 389 1975年 163 2010年 440 1976年 167 2011年 496 1977年 168 2012年 492 1978年 179 2013年 504 1979年 175 2014年 501 1980年 176 1981年 172 1982年 184 1983年 197 1984年 200 1985年 197 1986年 189 1987年 179 1988年 172 1989年 160 1996年のデータミス・・・再掲 中央競馬 年間総売上 電話投票を除いた売上 1954年 112億円 1990年 2兆8271億円 1955年 110億円 1991年 3兆1498億円 1956年 138億円 1992年 3兆2980億円 1957年 163億円 1993年 3兆3553億円 ← 売上最高 1958年 187億円 1994年 3兆3450億円 1959年 228億円 1995年 3兆1828億円 1960年 290億円 1996年 3兆1728億円 1961年 377億円 ← 今の競馬場・場外の状況 1997年 3兆0857億円 1962年 485億円 1998年 2兆7800億円 1963年 535億円 1999年 2兆5461億円 1964年 654億円 2000年 2兆3940億円 1965年 886億円 2001年 2兆1644億円 1966年 1218億円 2002年 1兆9538億円 1967年 1527億円 2003年 1兆7973億円 1968年 2428億円 2004年 1兆7144億円 1969年 3229億円 2005年 1兆6408億円 1970年 4069億円 2006年 1兆5053億円 1971年 4678億円 2007年 1兆4047億円 1972年 4946億円 2008年 1兆3367億円 1973年 6605億円 2009年 1兆2087億円 1974年 7764億円 2010年 1兆0962億円 1975年 9083億円 ← 今の本場・場外売上 2011年 9502億円 1976年 9927億円 2012年 9647億円 1977年 1兆0991億円 2013年 9526億円 1978年 1兆1364億円 2014年 9722億円 1979年 1兆2638億円 1980年 1兆3607億円 1981年 1兆4040億円 1982年 1兆4184億円 1983年 1兆4401億円 1984年 1兆5089億円 1985年 1兆6458億円 1986年 1兆8013億円 1987年 1兆9731億円 1988年 2兆2067億円 電話投票を除いた売上 1989年 2兆5545億円 2兆3198億円 なぜ競輪は衰退してしまったのか 給与水準 1950年・・・0.2 レジャーに使う金 ↓ 1955年・・・0.4 2015年・・・1千円 ↓ ↑ 1960年・・・0.8 2010年・・・2千円 ↓ ↑ 1965年・・・1.6 2005年・・・4千円 ↓ ↑ 1970年・・・3.6 2000年・・・9千円・・・遊園地・スキー場・ホテルの閉鎖が相次ぐ ↓ ↑ 1975年・・・7.5 | 競輪・競艇がナイター開催を始める ↓ | 1980年・・・12 1995年・・・3万円 ↓ ↑ 1985年・・・16 | ↓ | 1990年・・・20-----------1990年・・・5万円 中央競馬 電話投票を除いた売上 2011年 9502億円 2012年 9647億円 2013年 9526億円 2014年 9522億円 ← 訂正 1993年から2014年までの売上 -71.6%減 一日一場あたりの競馬場本場売上 1991年 5834億円÷288日=20億2569万円 2014年 926億円÷288日=3億2152万円 中央競馬でも場外発売と電話投票がなければ悲惨なことになっている。 なぜ競輪は衰退してしまったのか 初任給 実質初任給 中央競馬本場・場外売上 1993年 19万円 190,000円 3兆3500億円 1994年 | 183,500円 | 1995年 | 177,000円 | 1996年 | 170,500円 | 1997年 | 164,000円 | 1998年 | 157,500円 | 1999年 | 151,000円 | 2000年 | 144,500円 | 2001年 | 138,000円 | 2002年 | 131,500円 |72%減 2003年 | 125,000円 | 2004年 | 118,500円 | 2005年 | 112,000円 | 2006年 | 105,500円 | 2007年 | 99,000円 | 2008年 | 92,500円 | 2009年 | 86,000円 | 2010年 | 79,500円 | 2011年 | 73,000円 | 2012年 | 66,500円 | 2013年 ↓ 60,000円 ↓ 2014年 20万円 53,500円・・・1972年の初任給に匹敵 9500億円 中央競馬 電話投票を除いた売上 1990年 2兆8271億円 1991年 3兆1498億円 1992年 3兆2980億円 1993年 3兆3553億円 1994年 3兆3450億円 旭川競馬ナイター競走開始 1995年 3兆1828億円 川崎競馬ナイター競走開始 1996年 3兆1728億円 1997年 3兆0857億円 1998年 2兆7800億円 公営函館競馬廃止 1999年 2兆5461億円 2000年 2兆3940億円 2001年 2兆1644億円 三条・中津競馬廃止 2002年 1兆9538億円 益田・公営新潟・公営中京競馬廃止 2003年 1兆7973億円 上山・足利競馬廃止 2004年 1兆7144億円 高崎競馬廃止 2005年 1兆6408億円 門別競馬ナイター競走開始 2006年 1兆5053億円 北見・岩見沢・宇都宮競馬廃止 2007年 1兆4047億円 帯広競馬ナイター競走開始 2008年 1兆3367億円 旭川競馬廃止 2009年 1兆2087億円 公営札幌競馬廃止 高知競馬ナイター競走開始 2010年 1兆0962億円 2011年 9502億円 荒尾競馬廃止 2012年 9647億円 園田競馬ナイター競走開始 2013年 9526億円 福山競馬廃止 2014年 9522億円 競馬で人気があるのは中央競馬だけ・・・地方競馬は全く人気がない 中央競馬 電話投票を除いた売上 1990年 2兆8271億円 1991年 3兆1498億円 1992年 3兆2980億円 1993年 3兆3553億円 1994年 3兆3450億円 旭川競馬ナイター競走開始 1995年 3兆1828億円 川崎競馬ナイター競走開始 1996年 3兆1728億円 1997年 3兆0857億円 1998年 2兆7800億円 公営函館競馬廃止 1999年 2兆5461億円 2000年 2兆3940億円 2001年 2兆1644億円 三条・中津競馬廃止 2002年 1兆9538億円 益田・公営新潟・公営中京競馬休止 2003年 1兆7973億円 上山・足利競馬廃止 2004年 1兆7144億円 高崎競馬廃止 2005年 1兆6408億円 2006年 1兆5053億円 北見・岩見沢・宇都宮競馬廃止 2007年 1兆4047億円 帯広競馬ナイター競走開始 2008年 1兆3367億円 旭川競馬廃止 2009年 1兆2087億円 公営札幌競馬休止 高知・門別競馬ナイター競走開始 2010年 1兆0962億円 2011年 9502億円 荒尾競馬廃止 2012年 9647億円 園田競馬ナイター競走開始 2013年 9526億円 福山競馬廃止 2014年 9522億円 2015年 船橋競馬ナイター競走開始 平日昼間通年開催・・・浦和・名古屋・笠松の3場のみ タマに単勝1.1倍でも売ってくれって時があんね 頭鉄板紐がわからんって奴ね だからと言って万張りはせんけど 現場も営業も人数減らされてしまった。 自営業者が減った。 勤め人では毎日は通えない。 >>768 ボートの「オラレセントレア」(中部空港内)を真似てみろ…、と…? 「審査までの待ち時間に、車券を買ってもらおう」という発想ねぇ…、 でも、よしんば、日本国民ならまだしも、外人客が買った所で、 「購入後、気付かず出入国審査に→的中しても払戻できずに出国…、 60日以内の再入国もできず、折角の的中券が時効でパー」なんて事は、 考えていないのかね…?(気になる) しかし、昨年末のGPでも旗振ってた、開催場の閣のマスコットガール・ 「バンクの女神」の15年度メンバー(5期生)の中の「4番車」・片山サキさんが、 「趣味:ゲーム・コスプレ」とあったので、色々調べてたら、 「コミケにコスプレROMでサークル歴も有る」と…。 「コミケの真裏の閣GPで、旗振ってた」のに、>>750 ・>>752 にもあるとおり、 若者の傾向は、「レースよりもコミケ」だからねぇ…。 (…コミケに参加してて正味の熱気は、「GP≧コミケ」のようにも感じた…、が…?) 元選手の人65歳がパートに来てくれてて、よく競輪の話するんだけど 賞金の半分は食費に消えたって言ってた、昔の級分けのA級だったらしいが 趣味も多様化したように、車券や馬券も多様化したのが問題なのでは 自分は45歳だけど、車券や馬券を始めた頃は枠連しかなかったからよく取れた このよく取れるという感覚は、公営ギャンブルには肝心な要素なんだと思う では今でも売ってる枠連を買えばイイと言うが、安い投資で高い上がりを狙える券種があれば、 思わずそっちを買いたい気分もココの人たちは分かるだろ? 一人あたりの購入額が減っているのは、使える小遣いの減少と合わせ、3単券種の登場も大きな要因な気がするんだよな 先行しねーゴミ新人が増えたからだろ 展開は読めねーしスタート直後に落車する馬鹿もいるし大金なんか張れるねーわな ,,-―--、 |:::::::::::::;;;ノ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |::::::::::( 」 < 大金なんか張れるねーわな ノノノ ヽ_l \______________ ,,-┴―┴- 、 ∩_ /,|┌-[]─┐| \ ( ノ / ヽ| | バ | '、/\ / / / `./| | カ | |\ / \ ヽ| lゝ | | \__/ \ |  ̄ ̄ ̄ | ⊂|______| |l_l i l_l | | ┬ | 大金なんか張れるねーわな! ______ ____________ V _____ /::::::::::::::::::::::::::\ _ /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ /  ̄  ̄ \ |:::::::::::::::::|_|_|_|_| /、 ヽ きみはじつにばかだな |;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ |・ |―-、 | |::( 6 ー─◎─◎ ) q -´ 二 ヽ | |ノ (∵∴ ( o o)∴) ノ_ ー | | /| < ∵ 3 ∵> \. ̄` | / ::::::\ ヽ ノ\ O===== | :::::::::::::\_____ノ:::::::::::\ / | パチンコ屋を含めて一番品の無い人が集まるマイナスのイメージが着いている。 強い選手が平気で負けたりで大金を賭けられない。 やると面白いが難しい過ぎ。 よって客と場の減少は、仕方ない。 場外発売の締切時間が早すぎ 競艇は来月から発走1分前になるのに それは衰退した理由じゃないだろう 単なるケチつけのレベル 広島の8Rとかひでーな 2が大本命で6の落車に乗り上げて終了 返金も考えないと客は減る一方だな 記念や特別で大量落車したらその場は廃止だな 現実を見ろよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.4 2024/05/19 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる