【生活】ドケチの幸せ探し【趣味】
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どんな風に日々を楽しんだり、どんな時に幸せを感じているか、ドケチの生活・趣味を語りましょう。
幸せの感じ方は人によって違います。
そして案外近くにあるものです。
【お願い】
正しいドケチというのはありませんし、何がドケチかは人それぞれです。
ドケチの基準も人それぞれです。
それぞれの価値観・感性を尊重しましょう。
長文、短文、OK。 >>135
干し飯何て、戦国時代の人でも食えたもんじゃないって言うくらいの代物やで 映画にはまっていた頃(というより渇いていた)、貪るように何本も見た
とにかく渇いていた
そして何本見ても渇きは癒されない
とにかくいい映画と呼ばれるものを何本でも、できるだけ多く見たいと思った
はまっていたと言ってもさらっと見て、すぐに次の映画を見るという感じだったし、ネットも普及しておらず不特定多数の人の感想に触れることもなかった
今はもう少し吟味した1本の映画を、一つずつ大事に見たいと思う
見終わって良い映画だったならば、愛するように、胸に抱きしめるように、その余韻などを味わいたいと思う 年末年始、テレビ放送の映画で見たいものをチェックした
12/30 teton 山の声
1/2 秒速5センチメートル 星を追う子供(深海誠)
1/3 言の葉の庭 雲の向こう、約束の場所(深海誠)
1/3 アース
1/3 君の名は。(深海誠)
1/5 蠢動-しゅんどう-
深海作品5作は映像も楽しみ
山の声は、「山の声」を聴き「感じて生きる」ことの大切さを心底から語りかける、というキャッチコピーが惹かれて
ネイチャードキュメンタリーのアース、時代劇の蠢動
皆さんは見たい映画とか番組とかありますか? 世の中が浮き足立つ年末年始、相変わらずの質素な生活です。私は今日も元気です。 年末年始、ドケチ的エース級おつまみとしては、トリムネの皮。一口大に切って醤油・酒で揉み込んで低温でじっ〜くり焼く。めっちゃ旨い。酒・ショウガ・ニンニクなんかを混ぜて揉んでもいい。ごはんに乗せても葉野菜で包んでも旨い。 トイレの神様という歌が流行っことがあった
トイレの掃除というのは、大掃除でなくとも心を込めて掃除するべき場所ではあるが、新年という節目を迎える前には納得の行く掃除をしておきたい
トイレは人の汚れを引き受けてくれる場所である
もともと汚れている場所ではなく、汚れているとしたら汚したのはこちらである
雑巾で壁・床を吹き上げる
いつもありがとうと感謝を込めて 近所に85歳位のおばあちゃんがいるとする
独り暮らしで車にも乗らず、畑と家を往復する毎日
野菜や道具やお弁当などを入れる手押し車を押しながらゆっくりと移動する
畑についたらゆっくりと作業する
休み休み、腰を伸ばし、夏も、冬も、秋冬も
趣味はたまのカラオケかな
休みの度に忙しく車であちこち出掛ける若者からしたら、退屈で楽しくなさそうに映ることだろう
なにもない田舎の生活と言うかもしれない
もっと楽しみを見つけなよとアドバイスをしようとするかもしれない
おばあちゃんの心の中に、どれほどの感謝と喜びがあるかは想像はつかないし、知る事はないだろう
外からの刺激を必要とせず、内から湧き出る喜びに日々打たれているとしたら
本当の幸せをおばあちゃんは手に入れていると言えるのではないだろうか クリスマスの音楽の一つとして手に取ったグレゴリアンチャントのCD、もう20年程前になるが、祈りや祝福の静かな声というのは、忙しすぎて騒がしくしている心には物足りなく、あまり聴いてこなかった
忙しく、騒がしく、日々に追われ、悩み、奮闘していた
幸せになるようにと、もっと生活を良くするように、家族のためにと沢山の事を詰め込まざるを得ない(あるいはそう思い込む)
技術が進歩し家電も進歩し、色々なことが簡単に時間がかからなくなっているのに、することは増えている
そしてせっかくの余暇の時間があれば無駄にせず娯楽を楽しむべきだと思ってしまう
詰め込みすぎる
忙しく働き、忙しく遊ぶ
それを美徳とする考えもある
今、心を穏やかに、あれもこれもと詰め込まず、足元の小さな幸せを愛し、静かな気持ちで新年を迎えたい
ココロの休息〜癒しのグレゴリオ聖歌
https://youtu.be/fKLxgRH95Ns 圧倒的な大自然の前では、人は感動し、何かを感じるものだ
夏山、雪山、いずれの季節も登山をすると美しい自然に心を躍らせたり、厳粛な気持ちになったり、徹夜してでも来てよかったと思ったものだ
大自然という舞台装置は日常から離れた非日常である
心を開放するにはもってこいではある
近所の川や、近所の丘、近くの海
日常のすぐ側にある場所でもって、心を開放する者になりたいと願う
おにぎりを持ってふらっと出掛けて、大自然を前に心を打たれる旅人の喜びの如き、静かな落雷に打たれたい 昨夜水に浸しておいたもち米を使いもちをつく
へそ餅、まる餅、あんこ餅と作り、残りを板にのばしてつめる
熱いうちに手に片栗粉をつけて丸める
もち肌というように、つきたての餅の肌は真っ白でとても綺麗
ツヤツヤで、もちもちで、プクプクの柔らかさ
丸めた餅は、すぐに触るとしわが出来るので乾くまで触らない
そっとしておく
そしてつきたての餅で作るあんこ餅はとてもおいしい
とてもおいしい とても久しぶりに障子の部屋で過ごしているのだが、いいものだね
障子ってのは外のわずかな明かりでも障子全体がぼんやり光っていて、なんとも趣がある
外と繋がっている感じがあるね
明日の朝は、明け方のわずかな光でも、朝が近いことを教えてくれるだろうね
布団の中で目を覚まし、明かりをつけずにその様を味わうのもよき いよいよ明日は2017年、大晦日である
一つの節目、である
イエス キリストが生誕したとされる年を紀元元年として、2018年を数えることになる
この人類の歴史は、どこまで続くのだろう
どんな未来が待っているのだろう
技術の進歩は素晴らしいが、個人の感じている幸福感というものは、どれほどの進歩があったのだろう
それほど、個人の内面における幸福という問題は難しい(のかもしれない)
私達は過去から学ぶこともできる
智慧を共有することもできる
「平家物語」の第一巻、祇園精舎の冒頭を振り返ろう
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
沙羅双樹の花というのはとても美しい。
迎えよう、大晦日を、迎えよう、2018年を 多肉植物の生命力ってのはすごいね
朧月(おぼろづき)という品種だが、
葉が一枚ぽろりと土の上に落ちる
そこから増える
たった一枚の葉からね
落ちた葉の付け根にミニチュアの多肉植物がいつのまに生まれている
数ミリサイズ
とてもちっちゃいが、ちゃんと形になっている
そしてとても細い根っこが伸びてきている
母体から離れ落ちた葉は新たな1個の命となる
空に伸ばす細い根がまた可愛らしく、まるで王蟲(オーム)の子が触手を伸ばしているようだ
この朧月が春に咲かせる花はまたとても可憐で可愛らしい
多肉植物はダイソーあたりの100均にも売っているらしい
いろいろ増やしたい気持ちが沸いてくる
天錦章、ヘレイ、子持ち蓮華、パールフォンニュンベルグ、チワワエンシス、仙女盃、グリニー・・・
花に腐肉臭があるものが多く強烈な印象の花をつけることが多いガガイモ科もよい、牛角、ピロサスなど 梅の枝を眺めると、小さな芽がいくつもいくつも花を咲かせる時期をまっているのを見る
なんともよき 特売の新巻鮭を1匹買うことができた
新巻鮭は、大量の塩をまぶして漬けて、水分を抜いた後に水で洗い、しっかりと冬の乾燥した空気で干すことで作ることができる
魚ってのは干すことで旨みが増す
淡白な白身魚なんかも干物だがぐっとうまくなる
そのまま焼いたり、野菜と一緒にホイル焼きにしたり、焼き飯の具にしたり、おにぎりの具にもいいし、鍋や味噌汁の具にもいい
必要に応じて塩抜きをしたり、そのまま使ったりと 障子を開けて外を眺めていると、プランターの受け皿にたまった水をモズが飲みに来ていた
なんともよき
和む
百の舌(百舌)と書いてモズ
他の鳥の鳴きまねがうまいという
枝などに獲物を突き刺すはやにえが有名
宮本武蔵作の水墨画である「枯木鳴鵙図」に描かれている野鳥もモズ
「枯木鳴鵙図」(こぼくめいげきず)
この絵は実に実に素晴らしいね
冬の枯れ枝の先にとまる百舌
400年もの昔に生きた剣豪は、ありふれたこの風景にこれほどの美を見出していた
しみじみと趣深きことだ
ゆっくりと流れる時間の中で、武蔵の見た風景に思いを馳せる喜び 田舎では隣家との境界に生垣として槇の木(イヌマキ)を植えてあるのが一般的かと思う
これをよーく観察すると、違う植物が引っ付いているのに気づく
興味を持って見る人でないとまず気づく事はないだろう
風蘭である
風の蘭と書いて、フウラン
手バサミで槇を剪定している時など気づきやすい
種をまいたわけではなく、気づくといつのまにかそこにいたという感じである
成長は遅いが、古い木にはとても大きな風蘭の群落ができていたりする
木の上に着生している日本の野生種の蘭で、もやしのような太い根が木に張っていて落ちることはない
蘭というと、派手でゴージャスで高価な洋蘭が注目を浴びやすいが、このフウラン、とても味がある
初夏には白く可憐な花をつけ、とても甘い香りを漂わせる
ゆったりとした時を過ごしている状態ならば、姿を見なくともその香りには気づくことだろう
日本、野生、地味、しかし花は可憐、香りはとても甘い、なんとも素敵な要素が揃っている
そこにいてくれたことに気づいたのなら、感謝と共に暖かくその存在を愛でたい 現代の家屋は進歩して、暖かい部屋から窓を通して外を眺められる
網戸だってある
窓を開けても虫の進入も防げる
快適さを得た
しかし得るものがある一方で失っているものもある
網戸越し、窓越しに見るより、思い切って窓も網戸も開けてみると気づく
快適さというのは時に人の感受性を鈍くする
寒さを苦であるのが生存本能とするのならば、それを超えた風情をそこに感じ取る事ができるのが人間の感性の世界である
さっき入れたばかりの暖かいお茶は白い湯気を立たせるが、わずかな時を待たずに冷めていく
冷めるのもまたよし、なのである 聖母マリアの象徴と言えば白ユリ
ウチの庭にも鉄砲ユリが自生しており、夏頃に大きく白い花を咲かせる
白くて美しく存在感がある
鉄砲ユリはキリスト教の祭事にも使われるという
栽培しているならば咲き終えたら球根が消耗せぬよう種をつける前に折り取る
庭の鉄砲ユリは特段に手入れをしている訳ではなく、中には放置しているものもあり、種を実らせてその種を飛ばし、寿命を終えてそのまま立ち枯れる
自然の中でドライフラワーとなる
成長を完全に終え、硬く、温かみのある茶色
花を咲かせていた頃とはまったく別の姿
上向きに何本もの枝を分かち、種をはじいた包皮もまた硬くそのまま時を止めている
しかしその姿も永遠ではなくゆっくりと時間をかけて朽ちて行くのだが、この姿がとても味があり、ドライフラワーにもよい
一本にて抜群の存在感
蓮(れんこん)の実のドライフラワーと肩を並べるほどの存在感である
植物が健康なままに生涯を終え枯れた姿というのは、その生を謳歌していた頃とはまた違った美がある
生き切った生き物の最後の美である
飛ばした種のいくつかが、またどこかで芽を出すことだろう 風呂に入り、今年の汚れを丁寧に落とし、新しい服に着替える
ありがたいありがたい 年越しそばを外食しようかと思っていたが、自宅にて茹でることに
渋滞もない、順番待ちもない
そして結局これが一番うまい 明日、日の出を見ようと思う
世界が祝福に包まれる瞬間を
漆黒が黄金と混じり合い、光の中心がゆっくりとその姿を見せ始める
夜明けだ
朝の光が世界を包み、命在る者も無き者もその全てが光の中で輝く
きらきらと
こんなにも世界は美しいのだと心底思い知らなければならない
海も山も、雲も大地も、人も動物も何もかもが、この暖かい命の光に生かされている
光こそ命の源である
感謝しよう、心から
賛美しよう、この美しさを、奇跡を
人生思い通りに行くも行かぬも関係なく、そこに生の喜びは変わらずに存在する
見ようと思う心さえあれば、誰もが触れられるこの喜び
快楽への執着を捨てれば、それが得られない事に思いわずらう事もない
私達の毎日はきっと喜びで溢れている
感謝し機嫌よくこの喜びを受け取ろう
生命の連続を生み続けるこの世界の不思議に身を委ね、大いなるドラマを見届けよう
祈ろう、安寧を、見届けよう、その美しき新たな夜明けを
暖かい服を来て出かけよう 初日の出を拝む場所として河川敷を考えている
川の西側からである
広大な駐車スペースを考えても混雑はないだろう
いわゆるパワースポットと言えば、屋久島や有名な神社仏閣、様々あるが、地元の川というのも私にとってはパワースポットであると思われる
地元の川
生まれ育った郷土の川
かつての4大文明が川と密接な関係があったことを考えても、この川が私の住む土地を豊かにしてきたことは間違いない
この地に住む者として、川への感謝は忘れてはならない
川の増水にも耐えてきた河川敷の大きな木などに対してもその存在の歴史に敬意を払いたい 地元のお宮さんに挨拶まわり
神社の鳥居をくぐる際には襟を正し、一礼
神の前で穢れ無き心持ちであるようにと意識する
手水で身を清め、二礼二拍手一礼の作法にのっとり参拝する
拍手を打つのは神様を呼ぶためではなく、自分が素手であり、下心の無いことを証明するためのものらしい
日頃のご加護の感謝と新年の抱負を心を込めてお伝えした
人知を超えた大いなる存在を信じて頭を下げるというのは心が落ち着く
参道にひしめく屋台の食べ物は煩悩を刺激されるがドケチとしては買う事はないな 日の出を待つ人々
自転車の中学生、高校生たち、セルカ棒で記念撮影する子たち、ストックを持って歩いている人、家族連れ、大集団、一人でふらりと来た人、ペットを連れた人、スポーツカーのお兄さん、カップル、いろいろな人が初日の出を待っていた
その場に集まったみんながそれぞれに夜明けを待っていた
堤防の上に一際明るくなってくる場所があり、そこから太陽が姿を現すのが分かる
風はあるが、大快晴の日本晴れだった
元旦 大晦日の夜、神様にお供えしておいたありがたいお米を使い、土鍋でごはんを炊く
自分自身に感謝を意識させるための一つの儀式である
土鍋ごはんは水を少し多めにするのがコツ
沸騰したら火力を落として15分
最後に少し強火で10秒程
15分蒸らす
残ったらフタにふきんをかませて置く
少し水加減が多く、かなり柔らかめになってしまったが、おこげも出来てよいごはんになった
ありがたいありがたい 大晦日の夜から元日の朝まで、24時間スーパーのレジでがんばっておられる方、頭が下がる
交通機関や飲食店など他にも働いている人はたくさんいるが、私はスーパーのレジの人の苦労が分かるから、お疲れ様ですと声を掛けたい気持ちがあるが、下手に声を掛けて気分を害されてもいけないと思い、心の中だけにしている 数学と英語の勉強かな。
古本で版落ちの新品同様古書で問題を解く。
図書館やショッピングモールのオープンスペースでやれば光熱費も減らせる。 >>164
どっちもやったことあるが、どちらもすぐ飽きた
もちろん簡単過ぎて飽きたわけじゃないし、難しすぎて飽きたわけでもない
何で今更こんなのを、という気持ちの方が強くて趣味の域まで持っていけなかった 英語の勉強、大人になって何度かやった時期あったけど、動機が弱すぎて続かなかったなぁ
仕事でもプライベートでも特に使うわけではなかったし 部屋のインテリアとかいじりたくなって、これ買いたいって思うインテリア材があるとする
買う事もあるけれど、ドケチ的思考回路では、どうしたらお金をかけずになんとか済ませられないかとか、拾ってきた自然材とかでなんとかならないかとか、自分の今持っている物をもっと愛そうっていう思考に持っていくようにしてる 対人関係においては特に、予想と違うことが起きた時にびっくりしたり、がっかりしたり、腹がたったりする
よくあることだ
思うようにならない事はよくある
アインシュタインの言葉にこういうものがある
「何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。」
そういう事もあるという事を体験し、そこから何を学ぶか
その体験の機会を得たことに感謝することも気持ち次第では可能だ
そして、自分が未熟であるように、相手もまた未熟であり、未熟さの克服というのは自分の体験からも分かっているように、習慣化しているようなことを変えるのはとても難しい
自分に寛容になるように、相手にもある程度の寛容さは必要だ
幸せとは最後まで自分次第の内面的問題であり、心の静けさを失いそうな時は、それに囚われず、自身の心に元の幸せに戻ってくるように声を掛ける
もどっておいでと
過去の恨みや怒りに囚われないよう戻ってくる訓練がうまく行くようになれば、何年も前の出来事を体調が悪い時に思い出して苦しむこともなくなる
悲しみを見つめるよりも、喜びを見つめよう(と思う) 正月は誘惑が多い
安いというだけで買いそうになる
吟味吟味 人間とは愚かなものだ
自分を愚かでないと思っていないだろうか
自分を含め、人間とは愚かなものだという大前提に立てば
自分や他人に腹を立てたり、人を見下したりということも減る(ような気がする) 雨戸を閉めるために窓を開ける
夕暮れのオレンジは相変わらず美しく、吹き込む風に懐かしさを感じる
世界は変わらずそこにある
私の気持ち一つでそれをどう感じるかが変わる
人生には、二つの道しかない。
一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。
アインシュタイン お風呂の楽しみ方などについて
お湯と水の割合を調節して、少し熱めにお湯を貯める
体を洗い、電気を消し、窓を開けて湯船につかる
外の気配を感じる
湯船から窓の外は見えないが、音が聴こえる
風の音、木の揺れる音、街の音・・・
露天風呂気分を味わう
とてもリラックスする
欲しいものは全て手に入っているような気がしてくる
こんな事を言うと、人は呆れて笑うだろう
顔や頭皮から、汗がじんわりと沸いてくる
体の芯が温まったサインだ
お風呂はありがたい
とてもありがたい
その素晴らしさについて、どれほど価値を認めていたと言えるだろうか
マキで湯を沸かし、湯加減どうですかなどと火の番をしてくれる人がいたような時代からしたら、手軽になったものだ
手軽さはありがたみを薄れさせるものだ
登山において、山頂までのロープウェイができた時のように
神社の森の頂上に、大きな駐車場ができた時のように 今夜の月はとても明るい
綺麗な月だ
明日は満月になる
そして明日は1月2日、書き初めの日だ
自宅にて書き初め大会を行う
書初めはその年の恵方を向いて行うのが良いとされ、今年は南南東
ほぼほぼ南である
文字には力がある
書の展覧会などで見ることのできた壁一面を覆うような大きなサイズの書などは、素晴らしい迫力だった
自分の書きたい文字を気迫を込めて心を込めてしたためる
冬休みの宿題でもなく、誰に強制されるわけでもなく、己の意思で書にしたためるのが重要である
うまい下手とか二の次で
心を込めて 好きな文字を
この日のために、書きたい言葉を日々集めておいた
30ほどある
早朝から始めて昼の休憩を挟んで、午後もじっくりと取り組む
競争ではなく、己、そして文字の持つ意味・世界と向き合う ここに書いてる方のように
自分も日常の小さなことに幸せを感じられる感性がほしい。
豊かな感性って、どうやったら育つんだろうか。
澄み渡った青空を見ても、綺麗なはなが咲いていても、深く感動とかできなくて悲しい。
ちょっとした小さな出来事でもイライラしたり、クヨクヨすることは出来るんだけど。。。 にんじんのラペ
人参の色ってさ、常々思うんだけど綺麗だよね
皮をむくと一層鮮やかなオレンジ
人参のラペってのは簡単に言えば、細い千切りにした人参を塩とレモン汁、オリーブオイルでマリネしたものなんだけど、胡椒をちょっとかけて、ベビーチーズ(4個入り・アーモンド入り)を1個こまかくちぎって混ぜたりするとおいしい
1時間ぐらいおくとしんなりして水が出てオイルも馴染んで食べ頃
シャキシャキした歯ごたえ、レモンとチーズの甘み、人参の癖のある香り、アーモンドの風味、ピリッとした胡椒・・・
人参のラペはとってもおいしい
白い器に盛り付けるとオイルで光るオレンジが一層輝く
色も味も最高 菜の花を摘んできて部屋の外に飾った
元気な黄色
とてもいい
黄色は人を元気にする 長いもは土から堀り立ての新鮮なものよりも、ちょっと乾燥させて水分を抜いたほうがおいしい
とろろにする場合は特に
自然薯のような粘りになる
新鮮なものは大き目の千切りにしてわさび醤油であえるのがおいしい
わさびは後乗せではなくて、醤油に溶かしておいてあえるのがいい
隠し味程度
醤油もかけすぎない方がいい インド原産のキョウチクトウ(夾竹桃)
毒がある
庭に生えている
3メートルほどに成長している
この毒性がかなり危険で、花、葉、枝、根、果実、周辺の土にも毒性がある
生木を燃した煙も毒
腐葉土にしても1年間は毒性が残る
枝を割り箸にして中毒したり、串焼きの串にして死亡した例もあるという
皮膚に軽く擦っただけで斑点になって腫れたという話もある
本当に恐ろしい木
その辺の樹木を適当に料理に使うと危険な場合もある
よく分からないものは下手に手をださないのがよい
料理の飾りなどに使うのは知っているものだけにしておくのがいい
笹などは正月のカニの下に引いて盛り付けると雰囲気がいい うどんがうますぎて困る(困っていない)
つるつるでいくらでも食えそうになる
別バラ状態がデフォ
満腹機能がぶっこわれそうになる
俺にとってうますぎて困る(困っていない)という食べ物があるが、うどんはその一つ 墨と筆
真っ白な半紙に文字を書く
白に黒
姿勢を正し、気持ちを正し、心を込めて、集中して
やはり墨というものはよい
下手なりになかなか味のあるものになった
自分で書いた文字ってのは愛着が沸く
乾いたらダンボールに日めくりカレンダーのようにして貼り付けて重ねていく
自分だけの作品集ができた
その日の気分に合わせて好きな文字のページを開いておくことにする 人参は香味野菜と言われるように香りの強い野菜だ
香りの強い食材や香草というのは、料理をとてもよくする
例えば私のお気に入りはオレガノ
水煮トマト缶とシーチキン缶でトマトパスタを作るのが好きなのだが、チューブニンニク少々、オリーブオイル少々、スライスチーズ少々、この辺りまでは節約トマトパスタの定番材料かと思うけれど、そこに乾燥オレガノを少々加える
このオレガノの香り、とてもよい
料理の奥行きが1段上がる
こじゃれたイタリアンレストランの味かと思うような味だ
オレガノはチキンに揉み込んでも焼くのにもいい 炊飯器から勢い良く湯気があがっている
鮭の匂いがキッチン中に漂う
鮭の炊き込みご飯だ
新巻鮭を色々と楽しんでいる
炊き込みご飯には鮭の頭を縦二つに割ってそのまま乗せてごはんを炊く
味付けは何もしない(お酒少々くらい)
鮭の塩気だけでいい
炊き上がる前の香りもご馳走になる
おいしいに決まってるよねという期待感
炊き上がったら鮭を一旦取り出して身をほぐす
カマ、眼肉、脳天、唇、きれいに取れたら混ぜる
頭は小骨がないのもいい
お茶碗によそったら小口切りのネギなどの薬味を乗せるのもさっぱりとしてうまい 174さん
お花は可能なら少しお部屋に持ち帰って飾ると、ぐっと身近になって楽しいと思いますよ >>172
お風呂の電気を消すと、真っ暗闇になる
でも大丈夫
あったか湯船でじっとしていると、だんだん目が慣れてくる
真っ暗闇じゃなかったことに気づく
もっとじっとしていると、月の明かりがとっても明るいことに気づく
お風呂の窓から明かりが差し込んで、優しい光がとっても心地いい
目が慣れてなかっただけなんだ
電気の強い光になれすぎて
強い刺激は優しくてあったかいものを見えなくしてしまう
そんなものはまるで何もないかのようにね
今日は満月
正月の夜空にまんまるお月様がにっこり浮かんでる 夜遅くの人の少ない駅のホームが好きだ
列車の到着を知らせるメロディがたまらなく愛おしくなる
昼と同じメロディでも、夜に聞くそれがまたいい
昼の喧騒も遠い昔の事のように、静寂を取り戻しつつあるホーム
元気一杯という人はほとんどいなくて、ちょっと疲れてたり、お酒の匂いが少し漂ってたり、家路に向かう人々
おやすみなさい、お疲れ様
明日もきっといいことがありますように
駅員さんも電車もホームもみんなみんなお疲れ様でした
おやすみなさい くたくたになって疲れて帰ってきておまけに頭が痛い
片づけをテキパキとすまし、とりあえず風呂に入ることにする
風呂のお湯がたまるまで暖かいお茶を飲む
おちつく・・・
熱々の風呂に我慢して入る
ここで水を入れてはダメだ
熱いのは最初だけ
風呂から上がると特売で買ってきたピノ・ストロベリー味(6個入り)を食べる
たまんねぇなぁ・・・
ファビュラスな時が流れる
熱々の風呂、そして風呂上りのアイス、これが本物のファビュラスってやつさ
(笑ってもいいんだぜって彼は言うけれど、俺は笑わないさ) 部屋の中をランタンを持って移動して遊んでいる
めんどくさい
だが、それがいい
ランタンの光は暖かい
(電池式ランタン) ザルそばを食べることにした
茹で上がりをザルにあげ、冷水でもみ洗いしてぬめりと取り、しっかりとしめる
和皿に巻きすを敷き、へぎそばの要領で丁寧に一口サイズで盛り付けていく
とてもおいしそうに見える
これだけで、はっきり言って味はワンランク上がる
人の味覚なんてそんなもんだ
ネギとわさびも丁寧に小皿に盛り付ける
照明をランタンにして、少し上から柔らかい光が当たるように置く位置を調整する
盛り付けたそばに暖かい光が当たり陰影が生まれ、とてもおいしそうに見える
はっきり言って味はまたワンランク上がった
人の味覚なんてそんなもんだ
Youtubeで和食店のBGMで検索して琴の音楽を流す
なにこれ、雰囲気抜群
はっきり言って、そば、めっちゃうまかった 近場の低山の山歩きへ
山頂を目指さずに湖とを往復する散策コース、頂上を目指す人が多いためこのコースは人気がなく、復路で一人すれ違っただけだった
様々な表情を見せる山、木々の間から差し込んでくる木漏れ日はとても優しい
照葉樹林の葉は光を反射してそれは美しい
一転、曇ると薄暗くうっそうとして不気味さも漂う
稜線に出れば粉砂糖のように薄っすらと雪が残っていてうれしくなる
しかし爆風
暄風(けんぷう)かな
春を運んでくる風かもしれない
木々を見て歩けば、みな、もうしっかりとツボミをつけている
春近し、かな
稜線の風は山全体がうなり声を上げているかのようにすごい音で、滝つぼの下にでもいるかの様だった
巨岩には地層がくっきりと現れているのを見つける
稜線の開けた岩場の上から湖を一望すると、水墨画の深山幽谷の世界のような壮大な岩塊・岸壁が遠くに見える
粉雪が下から吹き上げる風にのって舞い上がってくる、顔が凍りそうだ
空に浮かぶ大きな雲は、見渡す限りの山々に大きな影を映して流れていく
とても美しい風景 休みの朝は去年作ったロケットストーブでお湯を沸かす。
火を見てるだけで癒されるし、庭木の剪定クズを捨てる費用もかからない上にお湯もタダで沸かせて幸せ。
お湯はポットに入れて、その日のお茶、調理用。 あっちこっち遊びながら山を歩く
帰りに迷いそうなポイントがあれば、石を重ねてケルンを作っておく
歩いては止まり、辺りを風景を味わう
山の小さな者達などを見つけては写真を撮る
倒木には3センチくらいの木の赤ちゃん、とてもかわいい
岩肌や木々の色々なコケ
朴葉(ほうば)やモミジの落ち葉
羊歯植物の群落、巨岩から生えていたり岩の隙間に沿って奇妙に根をはった大木
自生のヒイラギが生えているのも見つけた
朴葉は手の平をゆうに超える30センチ以上ある大きなものを見つけうれしくなった(朴葉とは、朴葉味噌焼きで使われるあのほうば)
稜線の吹きっさらしの中の松の木は、松特有のあの干ばつで干上がって地割れした大地のような樹皮はすっかり剥がされきってしまい、風裏にだけその樹皮が残っている
過酷な環境だが、枝を見ればまつぼっくりはついている
ちゃんと生きている
巨岩のゴロゴロしている渓は干上がり、夏には水底になる場所へも降りることができる
持ってきたインスタントラーメン(トムヤンクン味)と少々のキャベツ、シーチキン缶で昼食を食べ下山した 料理ってのは、つくづく、舌だけで食うものじゃないなぁって思います
香り、器、盛り付け、まわりの音(音楽含め)、屋内か屋外か、照明、素材に対する理解・・・etc.
ざるそばも、ざるにあげただけのものを直接つっつくのは味気ないものです(やっちゃうんですが)
どこどこ産の有機栽培とか言われるとなんとなく違う味がしてきたりなんて事もあります
キャンプで作るカレーはおいしいし、焚き火に放り込んで作った焼き芋は本当においしかった
色々と料理は遊べますが、やはり時間と手間がかかる
外食は楽だけどお金がかかるし、例えば焚き火を起こしてから作る焼き芋がお店で食べれないように、そういうものは自分でやるしかないし、自分でやるから面白いし楽しいしおいしい
特に凝ったり遊んだりしていなくても、心を込めて自分が素材をしっかり分かった上で丁寧に料理して丁寧に感謝して頂くものはおいしいですね ロケットストーブいいですねぇ
あこがれます
循環型エネルギー活用でドケチの理想系ですね
灰も肥料になりますしね あの頃食べた揚げたてのコロッケおいしかったなぁ
普通のコロッケ
ソースいっぱいかけて
今でももちろん揚げたてのコロッケはご馳走
思い出の中ではなぜだろう、悲しさや切なさのすぐ隣に幸せがあるような気がする
あんなに有難くて、うれしくて、喜んでいたものが、人はどうして当たり前になっちまうんだろう 俺の子供の頃っていつも腹空かせてたような気がする
んで、腹減ってるとなんでもうまい
今はそこまで腹減るまで我慢しないかな さつまいもをちょっと厚めに2〜3センチの輪切りにしてフライパンでフタをして極弱火でじ〜くりと焼く
じ〜くりとね
できるだけ弱火で時間をかけて火を通す事で甘みが出る
こうして外はカリッと、中はねっとり甘く、極上の焼き芋ができる
これにマーガリンを少し乗せるとまたよい
ファビュラスなティータイムの始まりだ 昔ブロッコリーをただのお湯でそのまま茹でてレモン汁だけをかけて食べるという話を聞いて、健康のために減塩してそんなまずい食べ方をするなんて馬鹿馬鹿しいし、ブロッコリーがもったいないと思った
今はこの食べ方が一番好きになっている
レモン汁だけ
塩はまったく使わない
ブロッコリーの素材の旨みが生きて、一番うまい食べ方とさえ思っている
人の味覚を自分の好みで否定してかかるもんじゃないね
塩茹ですると塩の減りが早いので、今のこの食べ方の方が節約にもなる
もちろん健康にもいい 陽だまりの中を羽虫の群れが飛び交っていた
春が近いのを感じる 朝早い時間に掃除をしてまわると体もあたたまり、気分のよい一日のスタートを切れる
手だけは水で冷え切ってしまうので、掃除後に熱湯でコーヒーを淹れて、マグカップで両手を暖める 畑でなるたけ太く育っている大根さんを探して一本引き抜くと、途中から腐っていた
あらら・・・
上の方をバキッと折ってみると、スが軽く入っているが綺麗で水がじわっと染み出す
野菜をもぐと、じわっと水が染み出す
収穫の喜び
大丈夫、持って帰ろう
おネギさんもウイルス性の病気になったようで、周りが黒く腐ってきている
つらみ・・・
皮をむいて、・・・中は綺麗
大丈夫、持って帰ろう
キンカンさんをなるたけ色がよくなってきたもの一つもいで、袖で軽く拭いて味見
そろそろ少しづつ頂いてよさそうだ 去年から飾っていた落ち葉(落ち葉盛り合わせ)
烏瓜(カラスウリ)の実などを加えたりして、それは少しずつ種類が増えて賑やかになっている
昨日拾ってきた朴葉とモミジの葉は洗って新聞に挟んで乾かしておいた
これをさっそく落ち葉盛り合わせに加えた
一旦全部取り出して、魚の干物が入っていた竹かごに飾る
まずは大きな朴葉を敷き、他の葉っぱや松ぼっくりや蔓性植物などの配置を考えながら丁寧に盛っていく
楽しい
そしてこれが実によい
落ち葉インテリアが完成する
昨日朴葉を拾えたのはうれしかった
もちろんお金は何も必要ない
必要なのはこの葉っぱ綺麗だなと思う気持ちだけである 朝食にホットサンドを作ったが、たまに食べるとやっぱりよい
外はカリッと、中は熱々
特にパンの耳部分がぎゅっと圧縮されてさらにカリっとしていておいしい
カフェっぽい感じも楽しめる
ホットサンドにコーヒーで、楽しい朝食になる
チーズでもハムでもなんでも好きなものを入れてホットサンドメーカーでぎゅっと挟み込んで直火であぶる
焦がさないように弱火で時々上下を返しながら
今日はゆで卵とスライスチーズ、さらに昨夜の残りのポテトサラダを挟んだ、ボリュームのあるホットサンドを作った
私が使っているホットサンドメーカーは、結構昔に買ったものでバウルーのBAWLOOというもの
当時3千円少々だった
内側がテフロン加工された二枚の鉄板でできているシンプルな構造で、パンを挟んで直火であぶるタイプ
真ん中に切れ目が入るように溝がついている
直火であぶるタイプなのでもちろん屋外のキャンプなどでも使える 布団を押入れにしまう際、一宿一飯の恩ではないが、昨夜はありがとうと心の中で思う
お布団さんに毎朝感謝してたたむ 様々な事情でテント生活をしている方々がいるが、楽しそうと思う気持ちがある、浅はかで怒られそうだが
そもそも、望んでやっている人ややめたければやめられる状況のあるなしではまったく違うのだが
自由そうで、シンプルな生活に対する憧れのようなものはある
少々の電力は発電機でまかなうとして、ガスはカセットコンロ、冷暖房は我慢すれば問題ない、水やトイレ・・・がなかなか問題だ、風呂などの衛生面・・・も工夫しないといけないね、安心・・・は一番辛いところだろうか
自分の居ない時に、誰かにいたずらされたりするかもしれない
工夫したり達観すれば、それすらも乗り越えられるだろうか
私たちだって日々不安はある
大小はあるにしろ皆不安と戦ってる
安心して暮らせるというのは、人にとってとてもありがたいことだ
公共インフラ、電気ガス水道に下水
無人島みたいなところで全て無しで自力で生活している人もいるようだ
私は私の足元にあるものに感謝して大切にしていこう お酒は基本的におちょこ一杯に押さえるようにしている
(飲もうと思えばかなり飲めるし、お酒は大好きなのだが)
おちょこ一杯で今日は終わりだよって思えば、結構その一杯のペース配分を考えたり、かなり、かなり大事に飲む、そうせざるを得ない(大好きなのだもの)
当然名残惜しい
最後の一滴まで未練たらしいものである
もう終わりかと思う時もある
欲しがってる自分に気づく
欲しがってんなぁ自分・・・である
また明日飲めるからさ、また明日、楽しみにしていようねと納得させる時もある
もちろんおかわりする日もあるし、食後にゆっくりやるときもある お餅をチンして大根おろしと絡めて、からみ餅
うまい!
ぴりりと辛い大根おろしは、おもちと相性がいい
で、レシピいろいろ見てると、鰹節まぜたり、柑橘果汁まぜたり、キムチや納豆混ぜたり色々あるねぇ お風呂ってのは、いつ入っても気持ちがよい
朝に入れば朝から最高
ゆったりとした一日のスタート
もうちょっと寝たいところを早起きして
だんだん明るくなって鳥の鳴き声を聞きながら入るなんて最高
昼に入ればゆったりと急がずに行こうぜってのんびり最高な気分になる
食事前の夕方に入ればぽっかぽかの体で気分も最高のまま夕食を存分に楽しめる
深夜に入れば回りも静かで心底リラックス
最高の気分のまま布団に直行できる
お風呂ってのは良い、とても 部屋の照明というのは普通は部屋の中心についている
そして上から下を照らす
影ができないのが良い照明である
部屋の電気を消してランタンに切り替える
小さな光は部屋全体を明るくすることはできない
影もできる
窓際に飾ってある木の枝花をランタンで下から照らすと、壁にその影が映る
光の当て方によって影が大きくなる
壁に映る植物の影
いいなぁと思う
陰影により新たな、そして豊かな表情を見せ始めた植物
このお花の魅力のほんの一部しか見てなかったなぁと思う お風呂にお湯を貯める時に、果汁を絞った後のレモンを湯船に一緒に入れておく
お湯のたまり具合を確かめに行くと、レモンのいい匂いがあたりにふんわりと漂っている
果汁を使い終わった柑橘類というのは入浴剤として使える
湯船に浸かり恵に感謝する
寒い季節、暖かい湯船は本当にありがたい
じんわりと体中がその熱さに馴染んでいく
レモンをすくい上げ、鼻先に近づけて匂いを嗅ぐ・・・ファビュラス・・・
唇にそっとレモンを寄せる
手の甲にそっと口づけをするようにそっと
レモン一つでファビュラスお風呂タイム 月日が経つのは早いようで遅いようで、どっちなんだろう
分からない
この年末年始、とても幸せだった
心から、穏やかに、ゆっくりとすごした
幸せになるためには遊びまわったりする必要はないのに気づく
日々の生活の中に喜びがある
部屋から出て風を浴びる時、一日に何度も、生きている事の懐かしさのようなものを感じてうれしくなる
まだ生きている
しかし永遠はない
全てにおいて
終わりを思う事は切ない
しかし、だからこそ、愛おしいし、今を大事にしなければと思う
大事にするとは、時間を一切無駄にせずに何かをする事とは思わない(私の場合は)
何かをなさねばならないとは思わない
ゆったりと日々穏やかに、執着せずに生きられたらと思う
何か思い通りに事が進んだ時もそうでない時も、感謝と共にそういう心の状態を維持する事こそが、今を大事にしているという事の一つの形ような気がする 氷頭(ひず)とは鮭の鼻先の軟骨部分のことで、新巻鮭の氷頭を使ってなますを作った
氷頭なます
薄切りにしてなますにする
氷のように透き通っているので氷頭と呼ばれる
酢洗いもしているので臭みは一切ない
味は特になく、軟骨の食感を楽しむ
コリコリしていて悪くない
珍味なのかなと思ったが、おせち料理として祝い膳にはよく使われるらしい
新たな味を試してみるのはわくわくするし楽しい >209
レモン等の柑橘類は光毒性があるので
お風呂で浸かったらちゃんと洗ってくださいね
日光にあたるとお肌がシミになってしまいます >>212
ありがとうございます
光毒性について知りませんでした 近場の漁港へ食材調達へ
サビキ釣り
奮発して350円のアミコマセも用意して準備万端
が、結局手前に回遊がほとんどなく、投げサビキに変更してコマセはまったく使わず
さらに、準備段階で延べ竿の穂先を折る・・つらみ
釣果は・・・
サッパ大量、コノシロ良型・小ともに数匹、イワシ小を少々、ボラ小1、という感じで海の恵に感謝
漁港のボラは夏場はとても食えたものではないが、冬のボラは臭みはまったくなく、さっぱりとしてうまし
特に熟成も必要なく朝釣ったボラを刺身にして夕食でおいしく食べられる
たくさん持ち帰っても困らない冬のボラ
イワシは丁寧に三枚にしてニンニク・ショウガ醤油で漬けにするとねっとりと非常にうまい
新鮮なイワシの漬けはとても良い
コノシロは塩で〆てから甘酢漬け
酢漬けなら小骨も気にならずとてもうまくなる
少しわさびを入れた押し寿司にするのもうまい
サッパは軽く50匹以上を時間をかけて丁寧におろし、ままかりに
こうした小物系は釣りのターゲットとしては軽く見られがちだが、丁寧に料理すると極上の一品になる 押し寿司はラップで包んで馴染ませてからラップごと切り分けるのもいいし、
パウンドケーキの型などを利用したり、何か面白い型があればそれも楽しい(内側にラップをしいてから好きなネタや酢飯を詰める)
酢漬けは保存食でもあるのでちびちびと長く楽しめるのもいいところ
よく冷えた白ワインや辛口の日本酒が合う 最近すっかりランタンが楽しい(とても楽しい)
ダイソーの100円のボタン電池式キャンドルが欲しくなってきた 漁港というのは、いわばファミリーフィッシングの場で色んな人がいる
初心者も多いし小さな子供もいる
当然、こちらが釣れているとなれば、すぐ横に入りたくなるのが子供である
おまつり(ラインが人と絡むこと)など恐れていないかのようだ
これはいつか来た道、なのである
右に年寄りが強引に入れば快く場所を作ってやる
そうすると文句を言われまいと身構えていたその彼の心も優しくなるのがよく分かる
今度は左に子供
そこで自分は切り上げることにした
昼にはまだ早く、やればまだまだ釣れただろう
が、場所を張り合ってさらに釣って帰ったならば、料理(下処理)も大変になり、魚一匹一匹に対する感謝は薄れ、必ず雑になる
それをしたくないし、執着し過ぎずに手放すことで心の平安が保たれる
損得とは違うが、あえて言うなら結局一番得をする
では、獲物がヒラメ、ブリ、カンパチなどだったらどうか・・・
悩ましい・・・
そういう場所は子供は来ないが、まあ、お互いおまつりしたらごめんね〜である 夕食時、ホテルBGMでYoutube検索し、とても落ち着いた上品なピアノ曲を流しておく
ファビュラスタイム
まじ高級ホテルだわ・・・な気分でディナーをエンジョイ 文字を飾るのはよい
1月2日の書き初めをまとめて作品集()にして好きな文字を飾っているのだが、文字の持つ力を実感する
例えば春芳(しゅんほう)
芳香な春の草のことらしい
作品集()の一枚目にこの言葉が来るようにした
この文字が目に入るだけで、とても幸せな気持ちになる
春の柔らかで暖かい嬉々とした情景が浮かんでくる
春がもうすぐそばまで風にのってやってくるようである
文字がめでたさを漂わせているのを感じる
とてもよい
今日は庭の水仙がついに一輪、花を咲かせたのを確認した
おりしも大安吉日
じつに縁起も良い
いくつかのつぼみの様子からそろそろかと思っていた
これからぞくぞくと花が咲き始め、庭が賑やかになっていく
あまり気づけないけれど、季節はあちこちで変化を見せているんだろうね 鶏胸肉をマヨネーズと味噌で揉み込んで焼く
これが本当にうまい
最近よく作る
鶏胸料理は色々やってきたが、これは間違いないうまさ
ごはんが進む
米との相性が抜群にいい
キューピーマヨの袋に印刷されていたレシピで、鶏胸1枚に対してマヨと味噌を大さじ2ずつ、揉み込んでしばらくおいてから、油を引いたフライパンで焦がさないようにじっくり焼く(焦げやすい)
あらかじめ仕込みをしておいて食事の前に焼くだけにしておくのがいい
マヨのコク、焦げた味噌の香ばしさ、うまみ、甘み、そして柔らかい
焼いてから時間が経っても柔らかくうまい
お好みでここにチューブニンニクを加えるのもいい
ニンニクなどと一緒に15分ほどトースターでじっくりとホイル焼きにしても、これまたうまい(蒸焼き)
ホイルを開けた瞬間、ニンニクの香りがふわっと広がる
お肉が余ったなら翌朝、小さめにカットして少し甘めの卵焼きの具にして巻くのもいい
リーフレタスがあれば、包んで食べるのもいいし、春餅(しゅんぴん)で包むのもいいし、ホットサンドの具にもおにぎりの具にもいい
とにかくうまい 花の香りというのは、強いものもあれば、弱いものもある
色々な花がある
水仙に鼻を近づけてそっと匂いを確かめる
よくよく嗅ぐと、繊細な香りを確かに感じられる
年を取ると香りに鈍感になっていくかな
今こうして香りを楽しめることがうれしい
匂いを表現することは難しい
私が言えるのは、ただ、その香りを自分がどう感じたかという話でしかない、とても主観的な話
1輪の水仙の花は、優しく、幸せな気分にさせてくれる香りだった
今年も花を咲かせてくれてありがとうと思う
そこにそうして居てくれてありがとう、元気で生きていてくれてありがとう
人ってのは大きなことは誰でも感謝する
小さなことにも感謝を忘れないように生きていきたい
忙しく余裕がないときはとても難しくなるけれど モズが遊んでいる
葉を落とした柿の木の枝や、笹藪、蜜柑の木、あちこちを行ったり来たり、しきりに何か鳴いたりしている
遊んでいるのではないのかもしれない
金柑の食べ頃を相談しているのかもしれないし、我が家の水仙の開花を喜んでくれているのかもしれない
遊んでいると見るのは人間の勝手である
鳥たちの鳴き声を美しい歌だと言ってしきりに関心しようと、なにか風流らしき事を感じようと、こちらの勝手である
鳥好きの方々は鳥の鳴き声や習性から鳥の行動の意味がある程度わかったりするのだろうけれど、私はただ、鳥が庭に来てくれているのがうれしい
遊んでいて欲しいと思う 河川敷をジョギングしていると、沢山の美しさを発見できる
樹高10メートルはある大きな木
大木と言える
大きく広げた枝に白い実をいっぱいにつけている
無数のこの白い実
なんという美しさだろうか
遠目にはまるで満開の白梅のようで、光を浴びて輝いている
とてもとても美しい
ナンキンハゼという木
近くに寄るとキジバトが飛び立っていった
河川敷の大樹には、血管のようにその体全体を太いつるで覆いつくされたものもおり、とても迫力のある姿
自生している竹やぶに小道を見つけ、奥へ進んでみる
とても美しく目を引く木がある
見たことのない淡いピンクの実をいくつもつけている
このピンク
淡く、ちょっとかすれて白く見えたりもする
この具合がなんとも美しい
マユミという
かつてマユミの木で弓をつくったことから「真弓」で、割れた身の中からはオレンジの種が見える 竹やぶをさらに奥に進むとぱっと開けて目の前に小さな水の流れが現れる
この秘密の小場所感
自分だけのとっておきの場所感
なんだろうこの素敵さ
胸が高まる
水面は光を反射してきらきらと輝き、緩やかに蛇行した流れはさらさらと心地よい音を立てている
折り畳みリクライニングチェアを持ち込んでどっかりと座り、小一時間ここで眺めていたい
卵のサンドイッチとコーヒーなどの軽食を持ってきて、誰にも邪魔されないお昼の時間をすごしたい
そんな気分にさせてくれる
出発地点に戻り、魔法瓶に入れてきたコーヒーを飲む
外の心地よい風を感じながら、暖かな日差しを浴びながら飲むコーヒーは本当においしい
河川敷のジョギングは、季節の自然の今を感じることが出来る
とてもよい 美しい自然と出会った時、立ったまま見るのはやはり少しせわしない
できれば座り込んで5分、10分は眺めていたい
1分、2分で通り過ぎて、どれだけのものが見れるのだろう
見ている気になっているだけのような気がする
常々思う
この美しさをもっと全身で受け止めたい
そうなったら、もう座り込むのが一番いい
リクライニングチェアがあれば、なおよい
気に入った場所でさっと広げて何分でも疲れることなく、目の前の美しさにどっぷりと浸れる
美しさの感動は見た瞬間がピークとは限らない
ぱっと見て全て理解するなど、玄人の領域である 新しくUPCOINっていう仮想通貨の取引所ができるみたい
登録するだけで500ドル貰えるぞ
念の為捨て垢で登録してみたけど一応500ドル貰えたわ
先着10万名らしいから、捨て垢で登録だけしてみるといいよ
upcoin.com/?ID=3401e368 植物園などもそうである
全て見て周りたいと思うが、全てを時間をかけて集中して見る事はなかなか難しい
であれば、やはり気に入った場所では時間をかけてじっくり、座って見るのが一番いい
気の利いた植物公園では、あちこちにベンチがある
どうぞここでゆっくりと味わってください、本当に綺麗でしょう?というようである
ありがたい
特に気に入った場所ではそこで持参したお弁当を広げたいものだ
いいなぁ、実にいいなぁと感嘆し、お弁当を食べ、また風景を見る
美しいものに包まれながら食事するのは最高の時間である
美しい風景というのは、時間をかけて味わいたい
全身がその中に包み込まれるように、静かな感動に打たれていたい 先日漁港のサビキ釣りで持ち帰ったコノシロ
甘酢でつけておいた
そろそろ食べ頃であるので押し寿司にした
ガラスのテリーヌ型にラップをしき、コノシロを綺麗に並べてから冷ました酢飯をきっちりと詰める
ラップで包み押し固める
これで1本
この型は多少深さがあるので、さらにその上にラップをしいて同じ行程を繰り返し、計2本作った
冷蔵庫で馴染ませておき、晩御飯で頂く
海の恵、田の恵に感謝
包丁を一回ごとに拭き、綺麗に切り、大きな和皿に並べ、余白には笹の葉をあしらう
あしらいには笹の葉はとても馴染み、雰囲気が出る
こうして押し寿司を頂いていると、とても豊かな気持ちになれる
手間はかかるがお金はたいしてかからない
料理のあしらいとしては、笹葉以外の今の時期の身近な植物では、梅の枝、椿の開花前のツボミをつけた葉や、紅葉したナンテンなどがいい感じかもしれない 朝、目を覚ます
布団をのけると非常に寒い
反射的に布団をかけなおす
寒い・・・起きねば・・・しかし寒い
これである
人の習性というか、動物の習性というか
目の前の強い刺激に対して、それにばかり気を取られる
刺激が強ければ強いほど、もうそれしか見えなくなりがちである
寒いという強烈な刺激に対して避けようとする
目が覚めたばかりで精神活動も低下している
これはもう、ある程度は仕方ない
しかし、肉体への刺激に対して抗い、自己をコントロールできるのが人間の凄さである
寒い、冬だからなぁ、さっさと着替えよう・・・ができてしまう
春になるまで寝ていようとはならない
寒い、何か暖かい飲み物でも入れよう、でもいいし、寒い、今朝は外に氷が張っているかもしれないから見に行ってみよう、でもいい
命と共に精神を与えられた人間にはそれができてしまう
寒い朝は暖かい味噌汁、温かいご飯、とてもとてもありがたい
温かさが心に沁みる
ありがたい朝食を機嫌よく頂きたい 人の人生にはそれぞれの味がある
例えば受験がもし思い通りに行かなかったとしても、それがその人の人生の味になっていく
人生の味とは、成功の甘美な味だけではない
第一志望でなくとも、浪人生活をしようと、それもまた楽しき人生の一ページになる
受験当日、やるだけやったら後は運にまかせるしかない、とも言ったりするが、やるだけやるということも実際には難しい
後悔のないように勉強する、後悔のないように生きるなど人間には難しい
それも含めて全てが味となり、それが日々積み重なり、人生の味が深まっていく
色々な人の色々な人生がある
色々な幸せの形がある
くだらない人生などなく
くだらないと決める誰かがいるだけなのだ
人に誉められるための人生ではない
己の命に感謝し、愛し、降り注ぐ世界の光を浴び、のびのびと気持ちのよい空気を吸えばいい
味わい深き命の喜びをに目を向けて、後悔や失敗に囚われずに、くさったり、自分責め過ぎたりせずに、頂いた命に感謝したい(と私は思う) 田んぼの畦の枯れ草を片付けに行った際、梅干の種より少し小さい位の、よく分からないのだが、白い綺麗な種がたくさん落ちていたので拾ってきた。
名前はまだ知らない。
丁寧に洗って乾燥させた。
名前が分かる日が来るかな。 もみじばふうという木、知ってる人いらっしゃるかな
この実がとても特徴的で、面白く、かっこよく、おしゃれで、趣深く、素敵だ
リースの材料に使われたり、稚海老の棲家に使われたりもする
(買うとなるとそこそこの値段がする)
もみじばふうの実を透明なキューブ型に閉じ込めたインテリア商品を見つけた
素敵だ
ここはセンスのいい商品がそろっている
http://usaginonedoko.shop-pro.jp/?pid=89717026
ドケチ的には買わないのだけれど、こういう感動を与えてくれる商品はとてもいいね
植物の種ひとつにしても、その美を再認識させてくれる
今時期、公園に木があるならたくさん落ちていると思う
私の近所の公園にもたくさん落ちている
拾う人は少ないようだ
ありがたく3つばかし拾って帰り、私の落ち葉盛り合わせのカゴに加えておいた 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:fc5433912aa55592f73f2dda4d43bdf8) 車の屋根を叩く雨音にじっと耳を傾けるのはなかなか悪くない
イスを倒して物思いにふける
音の中の静寂っていうのかな
ねぇねぇ、雨ってさ、ほんとうに色んな音がするんだ
テレビを消して、温かいかっこして、窓を開けて、耳を澄ませてごらんよ
土に落ちる音、雨どいを伝う音、コンクリに落ちる音、あちこちで色々な音が聴こえてこないかな
ほら、雨の音ってひとつじゃないよね
こんなに表情豊かに色々な音を奏でている
水の音を楽しむって言えば、最高に風流なのが水琴窟(すいきんくつ)
地中に埋めた瓶などの空洞に水滴を落として音を反響させる仕掛け
日本庭園などに作られることが多い
水琴窟の音はなかなか聞けないけれど、雨の日は雨の音を楽しむのもいいね ベビーチーズ4個入り、安売りなら税込み98円で買える
安いと思う
スナック菓子を一袋買うくらいなら、ベビーチーズを買うほうを私は選ぶ(基本的なスタンスというだけで、お菓子はお菓子の良さがある)
プレミアムベビーチーズなら105円
安いと思う
これがここらでの最安値
色々な味が100円程度で楽しめるベビーチーズの商品ラインナップはなかなか良い
いや、かなり良いんじゃないかな
特にプレミアムの方のラインナップ、とても良い
一番のお気に入りは熟成ゴーダ
とてもコクが強く、チーズの旨みが詰まっている
他のお気に入りはゴルゴンゾーラ入り、アーモンド入り、アンチョビ&オリーブ、カマンベール入り、パルメザン入り、など
ベビーチーズのおかげでお手軽に色々なチーズを楽しめるし、チーズ文化を広げる貢献をしていると思う
100円という価格帯が重要
六甲バター株式会社 ベビーチーズ、4個入りで100円と手軽とは言え、1個一口で食べれるサイズ感
腹が減っていれば4つぐらいあっけなく食べてれてしまう
100円分のチーズがあっという間である
チーズのみで食べるとそうなりがちで、なんだかもったいない
そこで食パン
見切り品の安いのを冷凍しておき、1枚の半分使う
冷凍食パンの半分を軽くトーストして解凍したら、スティック状に1センチ幅くらいに切る
そして再度カリっとトーストする
そこにベビーチーズ1個をそれぞれにちぎってのせる
これだけでとてもおしゃれな雰囲気が出る
カフェっぽい
この食べ方、チーズの風味はしっかり味わえて、それでいてチーズ代は25円程に抑えられる
スティック状でつまみやすいし、爪楊枝を刺してもよい
付け合せに柑橘類(夏みかん、はっさく、みかんなど)の皮を棒状にして砂糖で煮付けた砂糖漬けを冷凍しておくと、こういうときの付け合せにぴったり
これもお金はほとんどかからないが、おしゃれかつ美味しい
パンと一緒にセンス良く綺麗なお皿に盛り付ければ、とても豊かな気分に ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています