『開けメロス』
メロスは教室を開けた。
必ず、かの邪智暴虐のウイルスを除かなければならぬと決意した。
メロスには医学がわからぬ。メロスは、個人塾の経営者である。ペンを走らせ、生徒に勉強を教えて暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
夕刻メロスは塾を開け、生徒を迎え、数学の問題をかれこれ20問教える暮らしをしていた。

歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、
けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。
のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、
何かあったのか、一月まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。
若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「知事が不要不急の外出の自粛を要請しています。」
「なぜ要請するのだ。」
「若者が新型コロナを流行らせるというのですが、実のところ、ばばあの方が流行らせています。」
「レストランの庭の桜を見ながらか。」
「はい」