忘れることの出来ない鉄道車両
あなたにとって一番思い出に残る鉄道車両・可能ならもう一度乗車してみたい鉄道車両について語りましょう。 >>365
社風なんてそんなところから作られるんではないか? 想像だけど、阪急のあの色は、社員から新時代にふさわしい色に変えようと意見がでたが、社長の独断で変えることをしなかった気がする。 いちいち変えたがるのは日本人のサガ
伝統意識あるはずの日本人が、それと両立してるのは
「式年遷宮=新しいものをヨシとする文化」に
由来してるんだろうね まあ、客を飽きさせないのも大事だよね。
阪急電車の上部の白いラインはそれを感じる。 その白いラインはワンランク上を感じさせるものだったけどな。
2代目2300系の先頭車はそうは思えなくて。 >>375
著しい例が、社章。
不祥事あったら言わずもがな、
自分カラー出したいような鼻息荒いタイプが社長に就いたら
気分だけでもあっさり変えられたりとかね
海外ではコカコーラやGEなど
創業時からの伝統的意匠を大事にして変えてない
コロコロ変えてる企業のほうが浮き沈みあるイメージ
(それこそペプシ) スレ番せっかく381になってたのになんで全く違う話題を書くんだ? 383系 展望席を取ったけどガラスがめちゃくちゃ汚なかった 383系付属4連白馬しなの今期は忙しくて乗れん 残念だ。白馬八方温泉行きてーーーーーー。 385系に置き換えられる前に もっと乗っておきたい特急しなの。 相鉄3010系→3000系
子供の頃ガーガーうるさくてライトが丸い電車が、ある日から車のギヤチェンジするような音を出すような電車に変わったってイメージ
一人で出歩ける年齢になった時には、東急9000・7600・7700や小田急1000と初期GTO-VVVF車があちこちに走ってて鉄分が濃くなってしまった 検重車「ケ」
初めて見たときは何をする貨車だかわからなかった
窓のあるワムと組んで使用されるようだった 南海6000系。
子供の頃は当たり前に乗っていた。
暫く関西を離れ老年になり戻ってきた。
そして今でも元気に走っている姿を見た時は号泣してしまった。