小説「張込み」より

  「張込み」は、2人の刑事が、東京目黒で起こった二人組の強盗殺人のうち、まだ捕らわれていない殺害犯を追って、
  列車で九州へ向かうところから、物語が始まる。東京駅から乗車しなかったのは、顔見知りの新聞記者に見つかると
  まずいと思ったからである。当然、汽車は満員である。2人は通路に新聞紙を敷いて、尻を下ろして一夜を明かした。
  京都で下岡がやっと座れ、大阪で、柚木も腰をかけることができた。太陽が上る中、2人とも、欲もトクもなく眠りこけた。
  岡山や尾道の駅名を夢うつつのうちに聞き、はっきり目が覚めたのは、広島あたりであった。
  岩国で駅弁を買い、昼食とも夕食ともつかぬ飯を食った。

物語の冒頭、20数行でこれだけのことが語られ、当時の列車事情がよくわかる。
映画化は、昭和33年1月封切り、松竹映画(橋本忍脚本、野村芳太郎監督、大木実、高峰秀子、田村高広出演)で、これはDVDで観られる。
原作冒頭の列車の旅を、映画でもタイトルが出る前、えんえん12分間にわたって描き、
それだけでも、当時の鉄道事情がうかがえる貴重な資料である。

松竹映画「張込み」 の長〜い導入部  国鉄SLで長旅  渋いね
https://www.youtube.com/watch?v=-7p3OYYH7lA

舞台になった列車は急行「さつま」急行「筑紫」、特急「はやぶさ」の先代にあたる。

1956年11月に「急行筑紫」を改称して誕生した列車である。
東京21:45発、翌日でなく、翌々日の鹿児島5:46が終着という気が遠くなるような超長距離列車だった。
「急行筑紫」は、博多行きとして残った。ロケは、「急行筑紫」の1車両を借り切って、行われたという。
途中の広島、小郡駅では、停車時間中に降りて、弁当を買うシーンなどが撮影された。
昔の停車時間は長かったので、可能だった。
http://ameblo.jp/kyuzho/entry-11709963126.html

昭和33年10月、全車冷暖房完備の20系特急「あさかぜ」が東京⇔博多間を走るまで、
旅は楽しいものでも快適なものでなく、劣悪な環境で苦痛に満ちたものだった。