'80年代の時点で既に池袋線は有楽町線との直通が決まっていたために3ドア増備とはせず、
'87年まで2000系を池袋線・新宿線兼用車として増備し、
その後'88年からステンレスVVVF車(前面以外は史実6000系的)を標準通勤車として導入でも良かったんでは?
(ただ、池袋線のラッシュは平成初期までは3ドアで対応できていた模様だが)

新2000系は'88年導入ながら鋼製・界磁チョッパという過渡的な仕様で、
同時期の小田急1000形がステンレス・VVVFというのを見ると新2000系は時代遅れに見えるという説も。