昭和50年3月〜昭和51年9月にかけて、583系の下り「ゆうづる3号」上り「ゆうづる7号」は
座席の状態で運転されてた。
それで、宮脇俊三氏の「時刻表2万キロ」には、昭和51年7月17日に青森から上野に向かう際、
「『ゆうづる7号』のグリーン車しかなかった」との記載があって、とすると、
この列車の普通車は満席だったって事になる。
夜行列車で、ボックス状態の座席が全て埋まるとは、客はどんな窮屈な状態で一夜を過ごしたのか。
まさか、夜行だからってボックスのうちの1〜2人分しか売らなかった、なんてわけじゃないだろう。