過走行で老朽化が早まった車両 [無断転載禁止]©2ch.net
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新幹線0系で最初に作られたのは12年で廃車になったな
特急型車両が過走行になりがちで短命に終わる傾向がある >>92
普通は同数の207を新造だよね?
どうかしてる
まさか当時の酉はJR型の評判が良くなかったためとか? >>125
というか5300形って普通に久里浜入庫運用あるのにわざわざ回送してたの? >>143
お泊りかお昼寝か知らんが出庫までに塗って乾かすのは絶対無理w >>143-144
5月のファミリーフェスタで行けばわかる。1両ずつばらして塗ってるから。 >>145
それを何で俺にレスするのだ
バラさなきゃ塗れないのは自明だわな >>144
回送はせず定期の久里浜出入庫運用で送り込み、
何日か停泊すれば良い話だと思うが。 >>101
東急車輛製造時代に作られた東急の車両達「...」 大阪市営地下鉄の10系もそれほど長く使ってないし第三軌条式の問題もあると思う。 >>103
束は103が故障しまくったことがトラウマになってむやみやたらに置き換えている可能性
この故障前までは、束も一応車両を長く使うつもりではあったようだが・・
(方針転換の結果が予定外の中総209導入、転換前は中総は現231-900の試験結果次第での量産になる予定だった) 初代リンクのエンジン換装車
機関換装と両運転台改良のため、老朽化が早まり、神々のトライフォースを故に廃車された。
最終期では、無理を通して、95km/hほどでの運転が多かったのも災いしたな。 >>87
泉北から南海に譲渡された3000も当初は使い捨て前提で座席の色が泉北時代のままだった
しかし8300が出た辺りに座席が8300仕様の物の交換されたから、使い捨て前提ではなくなったっぽい 中央快速線の201系も過走行で重要部検査を2年に1回実施する有様だった 山形新幹線400系
スーパーあずさE351系
いずれも、平成時代に生まれて平成時代に滅びた。 カシオペアのE26系客車なんかはステンレス製だから、
台車を交換すれば100年でも200年でも使えるのかな。
電車と違って電動機器がないし。 >>155
300系、E1系もあるし
平成の初めの新幹線車両はそんなもんでしょうなあ >>155
小泉今日子が唄ったCMソングの登場車輌、無事なのは房総ビューエクスプレスこと255系だけに。 101系や103系は過走行というよりか首都圏ラッシュによる乗客の重みで台枠が歪んだなんて話もある
台枠が重みで変形を繰り返すことで金属疲労を起こして短命に終わった車両が多数 >>117
自家用モデルのハイ・タク営業用途には無理がある
(営業用は信頼性重視の耐久設計、エンジンはタイミングチェーン仕様が多い)
自家用では廃車まで10〜15万Km程度の走行を想定して設計だから
40万Km運用の営業用は不可能 クモハ84は足回りがもとから古いのと配属場所が過酷。 メガライナー
東京〜つくばなんて短距離路線で使っていたはずが
TX開業後に夜行に転用したばかりに・・・ >>164
長距離運用で酷使されて過走行だったのもあるが兎に角車体が脆弱すぎた
車体が腐食してジャッキアップしたら崩壊したなんて話も
JRに承継されたのは事業用車代用で東日本に2両だけ 新幹線0系はひかり用編成とこだま用編成で老朽化の進み具合が思いっきり違ってたな
ひかり編成が早々にガタが来たのに対しこだま編成は老朽化があまり進んでなく25年くらいとか長寿命の車両があった JR四国2000系
置き換えが始まったが2000系より古いキハ185系は余剰以外で廃車が始まってない キハ283系もキハ281系より新しいのに車体が弱くて廃車が始まってる 会津鉄道に行ったキハ8500
過走行ではなく車両性能と使用環境のミスマッチで寿命を縮めた希少事例
元々120キロ運転を前提に製造されてたのを65キロくらいで各駅停車で運用したため足回りに負担がかかった >>166
特に1・2次車はずっとひかり専用だったこともあってガタが来るのも速かったらしい。
特に博多延伸後はWひかりのロングラン運用に充当されることが多かったのもあって、
劣化が急速に進んだらしい。 国鉄時代全盛期は20年で廃車するのが通例だったが最近は40年以上使ってるの多いな
Hゴムの部分で腐食しやすかった
201系から耐候性高張力鋼板を用いるようになって腐食しにくくなった 耐候性高張力鋼板の採用自体は、国鉄では60年代後半から始まっている。
例えば481・483系から485系へ増備が切り替わる時に採用している。
ただし通勤車への採用はかなり遅れた。
これだけでも格段に鋼体の寿命は延びたが、80年代に入って、
201系(量産車)や185系200番台のタイミングで腐食防止対策が強化された。
主な対策としては、
・外板裾の台枠への連続溶接
・扉周囲の連続溶接
・雨樋・通風器を鉄製→FRP製へ
・冷房機カバーを鉄製塗装→ステンレス製無塗装へ
この他、415系500番台では外板裾部をまるごとステンレス板へ変更している。
ガラス押えのHゴム→ステンレスへの変更もこの時だが、交換周期の延長が
主目的。 対策で書き忘れた。
・屋根のイボ付ビニール布→塗屋根化。
ビニール布は継ぎ目の溶接部分が弱点で、経年による裂け目から雨水が侵入して
腐食の原因となっていたため、寿命が長く裂けないウレタン塗料による塗装へ変更された。
従来は無かった塗料の新製品が開発されたため。 国鉄が労資紛争してた頃はメンテが悪くて
車齢が古いのじゃなく状態がぼろかった
各種初期新型車が寿命短めだったのは 軽量だったのとそういう事情が重なったんだろうか 逆に過少走行で老朽化が遅くなった車両:養老鉄道に行った東急7700系
何か車体だけ見たら80年位使うつもりだとか >>177
181系なんか、職員の手による落書きがされたまま営業運転されていたもんな。
中には良識ある人もいたんだろうけど、ある程度車齢を重ねた車両が
本来受けるべきメンテナンスを受けられていたとは考えにくいよね。
新幹線100系もX編成とV編成が東京〜博多主体でG編成が東京〜新大阪主体で走行距離が多くないG編成の方が長持ちしたとか話あるよな
X編成は短編成化されず編成丸ごと廃車となった 高速バスでははかた号とか超長距離路線で使うやつは7〜8年でダメになる
通常は高速車で10年ほどで一般路線車が15年ほどと乗用車より長い JR北海道ではキハ183が残ってるのにキハ283を、JR四国でもキハ185が残ってるのに2000系が、JR東では351系が廃車に、
これは振り子が嫌われてるのか、それとも過酷な運用なのか?誰か教えて・・・ >>186
e351は全体的に特殊だったからでしょ
システム面では251/253/651は205/211とほぼ同じだったし、
まだ廃車にはなっていないが255も209/e217とほぼ同じだが 新幹線700系は16両編成は東京〜博多をひっきりなしに往復する運用があったりとか使い方が過酷で早々に廃車されたが8両のE編成はまだ廃車が出てない
新大阪〜博多のみで怠けた運用しかしてなくて長持ちしてる >>13
中途半端な高さのせいでタブレット交換が面倒な事に 正しくはこうだったと思う
黄色と黒は勇気の印
24時間戦えますか 新幹線は全般検査サイクルが36ヶ月または120万キロ(0系だけ90万キロ)と規定されてるがこだま編成だと走行距離が少なく36ヶ月が先に到達した?
のぞみやひかり主体だと90万キロか120万キロが先に到達する 681系も置き換えが予定されてるんだな
北陸新幹線大阪開業まで我慢できなかったか >>158
「よーこすかせんにそぉーぶせん〜」がまだ多数残ってる 旧型国電の時代は、製造から15年低緯度で更新修繕、なんてのが当たり前だったが
昭和30〜40年代は輸送力爆発の時代。とにかく低コストで一両でも多くの増備が必要だった。
防錆・耐蝕なぞに構ってられなかったんだろう、と今更。技術の進化もあって20年程度で置き換えてしまったんだろう。 歴代の京阪特急は特急専用にしては長寿だな
旧3000系がちょっと特殊で8000系を輸送力増強用に投入したら8000系に乗客が集中し置き換えが決定したが1編成だけ細々と残ってた 新幹線200系シャークノーズ
スーパーやまびこに重点的に使われてて走行距離過多になって早々に消えた 西鉄2041F
特急での過走行もあるが事故の後遺症で老朽化が早く進んで一足先に廃車された 0系の初期の車両が12〜14年と短命だったのは、過走行に加えて想定外の気密低下が進行してたことも原因。 205系600番台
車両特性と路線特性がミスマッチ
抵抗器が焼けた事がある 0系は最終製造の38次車も短命
1986年製造〜1999年廃車
(一部車両は除籍が2000年にズレ込んだ?)
東海での形式消滅と同時だから、まぁ当然だが >>199
というか事故の時に廃車されてもおかしくないくらいの深傷だったはずだが クハ181-53
度重なる改造の結果元々の車体が無くなってしまったが強度が弱かったせいか変な挙動を示すとかで乗務員に忌み嫌われ真っ先に廃車 全盛期のブルトレは凄かった
東京ー西鹿児島とか凄い運用してたが過走行だったはず 小田急VSE
特急車であるがゆえに過走行だと思われがちだが構造複雑が主因 >>203
100系より後に造られた0系があったんだ? >>195
お前、更新修繕て何のためにやるん
わかって言ってる?
わかっとらんやろ?
邪魔くさいから失せろ! >>208
0系の歴史は編成替えの歴史
度重なる編成替えで新旧混在したから、老朽廃車分だけをバラで造らざるを得なかった
具体的には、11〜12次車の代替で38次車を新製
ただ、緊縮財政の影響をモロに受けて16両しか新製できず
ひかり3編成減で浮いた食堂車を普通車に改造して代替に充てたのもこの時期
あと、100系はまだ試作段階だった 初期0系 長窓
後期0系 小窓
の違いしかわからない
あと、ごく初期のはボンネットの上の蓋視たいのが鋲打ちになっている まん防発令直前に北海道行って283おおぞらのさよなら乗車してきた
まだギリヲタ専用列車化はしてなかったな。 京急1500形で老朽廃車が出てるが過走行だろうな
120キロ運転で酷使されまくってるはず
京成に乗り入れたりとか長距離運用もこなしてて走行距離がかなり過酷 500系新幹線は25年選手だ
多くの鉄道会社はJR西を見習え 山陽・九州専属は怠けた運用しかしてないな
九州新幹線の800系も事故廃車以外で老朽廃車が出てない 自転車も通勤通学で毎日使うと2年でダメになるよな
たまにしか乗らないと長持ちする 御厨で311系が故障したが新快速での酷使でガタ来てたよな
長距離高速走行すると過走行になりがち 路面電車は速度が低いとあって過小走行になりがちで異様に長持ちするよな
戦後直後のやつが未だに現役だったりする
極めつけは広島の被爆電車で戦時中の製造 >>222
過小走行って計画倒れや使い途を間違えた場合の言い方じゃない?
絶対的な速度は低くても車輪やモーターは小径だし、高頻度なゴー&ストップ足周りの仕事量はかなりのものだよ。
長持ちするのはジャッキアップや板金も含めたメンテナンスをマメにできたからじゃないかな。 地下鉄車両や通勤型車両も足回りの負荷大きそうだよな
満員の乗客を乗せてゴーストップを繰り返すと劣化が早まる
地方のローカル線が長持ちする傾向があるみたい >>224
東武6050のお話
浅草から日光鬼怒川方面まで快速運転していたときは良かったが
区間快速に格下げになって東武動物公園から各停運転始めたら
足回りに一気にガタが来たとか。
走行距離よりはストップ&ゴーの回数のほうが重要なのかも 会津鉄道に行ったキハ8500も足回りの寿命縮めたな
あっちは元々120キロ運転前提の高速セッティングなのに65キロ位しか走行せずほぼ9割くらい変速段で走行して油温の異常上昇を招いたようである >>225
221系も新快速全盛期は加速度が2.5km/h/sだったが快速に転用されて2.1km/h/sに下げてる
足回りに負担がかかるのもあるがモーターのRMS電流が大きくなりすぎ過熱の危険性がある >>225
クルマやバイクでもそう。
距離はあまり走っていなくても、配送などで街中を駆けずり回ればブレーキは減るしショックのヘタりは早い。
6050の場合、8000系と台車が同じように見えても、各部の肉厚・軸径やブレーキテコ比とかアレンジが違うのかもね。 阪神も急行系よりジェットカーのほうが寿命が短めじゃないかな、5201とか
5231は台車とモータを5131・5331に転用しているから微妙だけど >>229
5001形は異例の長寿に映る
初代5001や5201などは昇圧や冷房化の煽りを受けてことごとく短命だったが5001形はバブル崩壊や阪神大震災はあったが基本的に安定した時代だったんだな >>229
初期ジェットカーはハイポイドギアの割損が多かったみたい
安定したのは並行カルダンになってから 221系はかつての新快速運用で過走行になってそうだが経年大丈夫か?
同世代の311系は廃車予定だし >>216
今年になって老朽廃車と思われる運用離脱が出てる
のぞみでの酷使で元々過走行だった?
新幹線で経年25年はかなり長寿の部類 富士重工LEカー
バスの設計を流用してて脆弱で10年ちょっとで廃車が多数 早岐客貨車区の14系は日本海で青森まで行くとか無茶苦茶な運用してて過走行に拍車をかけてた?
大雪で車両の手配がつかず運休なんてこともあった >>236
門ハイの車両を日本海で使う、みたいな超広域運用をしていたのは
当時の労組対策もあったんだそうで。
労使関係がややこしい客車区にそんな重要な車両を配置出来ないから
上手くいってるところに配置してた 151系こだま
東京〜大阪を日帰り可能にしたが走行距離も半端じゃないことになって過走行になった
台車に亀裂が入って交換した事もある
それに今みたいに編成ごと検査入場せず検査周期が来たモハを差し替えてた ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています