【分散電源方式】国鉄12系・14系客車 [転載禁止]©2ch.net
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
蒸気暖房ではなく電気暖房でもなくディーゼルエンジンによる分散電源方式の採用により牽引する機関車がほぼ不問になった
12系急行型客車と14系特急型客車(寝台車/座席車)を語ろうぜ!! 紀勢線の普通客車列車の推移
1984年2月 12系投入(和歌山市〜新宮間、竜華車)
1985年3月 50系投入(亀山〜新宮間、亀山車)
1986年11月 電車化・気動車化で全廃
竜華の50系は和歌山線内の運用(王寺〜和歌山市間、1982年5月〜1984年10月)に限られ、紀勢線では結局使われなかった 紀勢線はEF60になってもMRP増設してたから12系と関係あるんじゃね。
12系というか客車の空気バネ車はBPから供給できからエンジンかけなくても運転出来るし
ドアやバネで空気使いすぎるとブレーキに影響するからMRP増設したり、CPの容量あげたりする
寝台の方は容量あげたんだけどハザはそれやってないから紀勢線では機関車にMRPつけたんだな
>>841
やっぱりオハフにも積んでるよな。最近はもう面倒だから調べる気にも反論する気にもならん >>845
3枚目の後ろの方に、ウグイス色の101系?が写ってるね
この色の101系は初めて見た >>845
1992年4月に発生したこの事故で1号車のスハネフ14-2が廃車
EF66-55は運用に復帰したがその後事故の後遺症と思われる故障が多発し1997年に早期廃車となったんだよな
ttp://redliner.iza-yoi.net/others/accident/suhanefu14-2.jpg
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/88/Ef66-55-Crashed.JPG
当時の報道
ttp://blogs.yahoo.co.jp/ethomeitami9836/7618788.html >>847
101系から改造されたクハ103-2000・2050番台じゃないかな
ウグイス色でJRマーク付きの101系顔は改造103系しかなかった 今更だが10系客車の中で12〜15の数字が空いていたから、
12系と14系形式番号に使われたのかな? >>851
オハネフ12
オハネ12
オハネフ13
オユ12
スユ13
オユ14
スユ15
なんてのがあるけどね
ナハ11、ナハフ11の次だからスハフ12(のそのまた次でオハフ13)、オハ12
オハネフ13の次だからスハネフ14でそれに番号合わせてオハネ14なんだろうね 大昔に急行「きたぐに」に乗りましたが、座席車は12系、寝台車は10系、グリーン車は
スロ62だった記憶があります。
そこで、詳しい方に教えて頂きたいのですが、10系寝台車やスロ62の冷房用の電源は
スハフ12から供給を受けていたのでしょうか?
真夏の10系寝台車に乗りましたが、床下のディーゼル発電機の騒音や振動が全く気に
ならなかったので、そう思った次第です。
そもそも、10系寝台車にあるディーゼル発電機は小型でスハフ12のような物とは全く
違う静かなタイプなのでしょうか?
以上、ご教示の程よろしくお願いします。 >>855
10系寝台やスロ62は1両に1台電源機関がついて個々で完結してる。12系からの電源供給はされてないよ。
騒音に関しては、現役当時はまだ小学生ゆえ知らないなぁ。
キロ28の冷房用機関だと3両給電の4VK機関より単独給電の4DQ機関の方が静かと聞いたような気がするが…それと同じなのかな? >>856 さん
さっそくのレスをありがとうございます。
旧客の冷房用電源は各車両単独で発電機を回して、1両分の電源を確保していた訳ですね。
長年の謎が解けました(感謝です) その10系寝台やスロ62の発電機だけど、軽油を満タンにして時間的にどのくらい回せたのかな? >>858
まさかディーゼルエンジン積んでると思ってるとか? 14系客車は電源車が無い分デッドスペースが無いので客室を有効利用できたがスハネフに当たっちゃうと発電エンジンがうるさかったな
静粛性の観点からだと20系や24系の方が上
キハ52で寝台気動車の実験も騒音問題で上手くいかず実現するのにトワイライトエクスプレス瑞風まで50年以上待たないといけなかった >>858
大昔に東京-西鹿児島間を日豊本線経由で走っていた「急行・高千穂」の所要時間が28時間だった。
それを考えると、連結されていた「オロ11」の冷房用ディーゼル発電機は、満タンで28時間は
確実に動くことになるよね。
途中駅での軽油の給油をしたとか聞いたことがないし、実際はどうだったのか気になるわ。 >>856
キロ28 3両給電用 4VK 排気量4865cc 3000rpm/90ps
キロ28 単独給電用 4DQ-11P 排気量1986cc 3000rpm/43ps
客車単独給電用 4PK-9A 排気量3000cc 1800rpm/35ps 一般に構造上大きな差異が無ければ騒音の酷さと回転数は比例する >>863
回転数から分かるが気動車用は60Hzで駆動させると3600rpmに達してしまい騒音が非常に大きくなるので50Hzで駆動してて冷房能力が落ちてた
4極発電機にしたら回転数が半分になるが直径が大きくなりすぎ床下に収まらなくなる スロ62の越前の記憶だと音の高さは全く気にならなかったが、振動は感じたよ。
客車だけに走り出したらジョイントの振動で消されて感じないね。
電車のCPよりマシ。 >>866
確かに「ブ〜ン〜」って感じの振動はあった気がする。
当時の俺は旧客の床下に冷房用のディーゼル発電機があるなんて知らなかったので、
「旧客の冷房機のコンプレッサーはうるさいんだな」と思っていたよw 694: 名無しでGO! [sage] 2019/07/28(日) 00:45:56 ID:zAUa017l0
津軽83号は案の定荒れてるみたいだね
指定券不所持や18きっぷでの強行乗車
ホームでの撮り鉄罵声大会
車内徘徊、悪臭、気温上昇…
↑ヲタまじでキモいな >>865
正確には、発電機の直径よりも、半分の1800rpmにすると単純に出力も半分になるから、エンジンの出力不足で3000rpmに、発電機も2極にせざるを得なかったわけ。 14系寝台車は発電エンジンがうるさくて眠れないとかクレーム多かっただろうな
キハネフと揶揄された
静粛性の観点からだと24系の方が優れてるが電源車が丸々デッドスペースになるので14系の方が輸送力では有利 >>871
そうでもないぞ
あんた乗ったことないでしょ? >>871
オレは神経質な方だけど、スハネフは眠れないほどうるさくはなかったな。 >>871
1回も乗ったことない輩の定番セリフだな
それでもエンジン直上の下段は繁忙期以外あまり売らないようにしていたね
それ以外は他車とほぼ同じだったけど SL列車やイベント列車でのスハフ12の乗車経験から類推してると
思われる。
あれは確かにうるさい。 寝相によるよ
普通に仰向けに寝る分にはそんなに気にならない
顔を横向きにして片耳が寝台につく寝方だとこれはかなり煩い
でも一般的には許容範囲だと思う
>>875
>それでもエンジン直上の下段は繁忙期以外あまり売らないようにしていたね
ガラガラの北陸でここだった経験はある >>876
あくまで推測だが、スハネフは寝台車ってこともあってある程度の防音対策は講じてるはずでは?単純に比較できないかもね。
>>877
オレはわざわざ機関直上の下段を指定して乗ったもんだ…DMF15HZ-Gのドォ〜とした低音の響きが堪らなくてね。
心地よさに思いのほか早く寝ついてしまい後悔したことも…我ながら奇特だわ。 >>878の訂正
DMF15HZ-Gじゃなく、DMF15HS-Gね。
HZ-Gはスハフ12 100とスハフ14に搭載だわ。
あと、過去のピク誌をみると開発者の松澤氏の話としてスハネフの防音対策として機関直上には手をかなり入れてるみたい。 ID:2roJmb+Xの書き込みに凄い矛盾感じるの俺だけ?
いや、言いたいことは分かるんだけどさw >>880
うん、そうだろうね。オレが変ってことは自覚してるわw 変わりもんと言われるし。 >>881
そうじゃなくてさ
「防音対策」と「DMF15HZ-Gのドォ〜とした低音の響き」に矛盾感じたからさ
でも本当に言いたいことは分かる 60年代にキハ52で寝台気動車の実験しようとしたが振動問題が解決できず実用化されなかった
これのノウハウが14系の発電エンジンに活かされた? >>883
オロネ10が1959年に登場してるからなあ >>883
DT22履いた寝台車だったらブレーキ扱いする度に軸ばねが死ぬあの衝動が発生して
乗り心地たるや一晩中大変だろうね 音振と変速ショックでダメだった
DT31系と特急の固定窓なら可能だったかもしれないものの、581系でも生じたボックス座席の特急を作ってよいかと言うものになる >>14
95年頃だったかふるさとライナー九州号でリゾート客車に自由席として12系が繋がって
いた。
五年越しのレスw 俺、大井川鐵道の12・14系が運用開始されたら結婚するんだ・・・ 大井川の14系
運用開始予定だった2017年から3年経過
4両のうち3両整備したところで残り1両は放置
せっかくきれいに整備した3両も再び傷みが… 昭和47年の北陸トンネルの火災で、「客室床下のディーゼル発電機は危険」て事になったっていうが、
それだったら、特に14系寝台車は、製造じゃなくて使用を中止すべきじゃなかったんだろうか。
特に「北陸」なんて、10km級のトンネルだけで2箇所も通る上に、途中で分割併合もしなかったのに
14系だったのは大いに疑問だ。そりゃ、後年自動消火装置も設置されたんだろうけど。
っていうか、そもそも、分割併合する列車の場合、どのみち機関車増解結の手間がかかるものを
電源車の分だけ省略する事にどれだけメリットがあったのか、個人的にはよく理解できない。
つまり、20系から直接24系に移行してて然るべきだったんじゃないのかって気がしてしょうがないんだけど。 その辺りどんな協議がなされたかは不明だけど、
寝台車の客は就寝中だから、より危険が大きいと考えられたんじゃなかろうか。 今だってビルの耐震診断やって不適合でも空き家にしたりしないだろ 北陸は50.3に特急化された時、20系が使われている(それまで急行で定期は10系寝台+スロ62+スニの13両編成)
これが53.10で14系化している
スハネフへの消火・防火設備設置は53.10までに行われている
53.10から北陸で使われている尾久14系はそれまで早岐に所属していた車両=あの広域運用されていたヤツ
北星(尾久20系特急)とゆうづる(1本だけ。青森24系特急を尾久へ振り替え)も同時に14系化されている
動力分散にしたかったのは、ベッド幅拡大(20系52cm→14系70cm)による定員減(ハネ1両につき6寝台減)を電源車部の寝台転用にてできるだけカバーしたかったため
北陸なら
20系時代 ロネ21*1(28) ハネ(54)*8 ハネフ22*1(48) ハネフ23*1(48) カニ*1(0) ロネ28・ハネ528
14系時代 ロネ*1(28)、ハネ(48)*7、ハネフ(45)*4 ロネ28・ハネ516
あと何かにつけてうるさいマスゴミの新聞ほぼタダ輸送を除去したかったこともある
でも、実際にはカヤ・カニと戻ってしまい、昭和56年度の会計検査院の報告でやっとほぼ駆逐することができたもののほぼその直後に国鉄分割民営化 >>898
>昭和47年の北陸トンネルの火災で、「客室床下のディーゼル発電機は危険」て事になったっていうが、
それ、何処から聞いたの?
当時の国鉄車両設計事務所の方が書いた24系に関する鉄道ファンの記事にはこう書かれてる
それ以来,国鉄は旅客車,なかでも旅客が就寝していて火災の発見がしにくい寝台車の防火対策を抜本的に見直すことになった.
そうなると,寝台車の床下にディーゼル・エンジンを装荷するよりは,当時まだ自動消火装置が開発されていなかったので,20系のように
別個の電源車方式とした方がさらに安全性が高いという見解のもとに,自動消火装置が開発されるまで,20系のように独立した電源車を
連結した固定編成方式の寝台車を新製することになり,24系寝台者が誕生した.
別個の電源車方式とした方が 「さらに安全性が高い」 とは言ってるけど、「客室床下のディーゼル発電機は危険」 だなんて言ってないよ >>903
24系の電源車、最初から自動消火装置ついてるけど 誤字を修正
× 24系寝台者が誕生した.
○ 24系寝台車が誕生した.
そして北陸トンネル列車火災事故の直接原因はオシ17の電気暖房の配線のショートであり、床下のディーゼルエンジンは一切関係なかった
わけで、この事故から14系寝台車の使用停止に至るのは論理の飛躍では? >>904
文脈から床下エンジンの自動消火装置に関する記述と解釈してる >>904
24系の電源車の自動消火装置はエンジンルームに対して炭酸ガスを噴射するもので床下に装備の14系にはそのままでは使えない
>>903の記事の直前にある同じ方が書いた14系寝台車の項にはこのように書かれている
14系寝台車は,営業を開始してからもはや5年を経過している.この間の変遷を辿れば,床下エンジンに対する自動消火装置の設置と
汚物処理装置の整備が主な出来事としてあげられる.前者は寝台車防火対策の一貫として強力に推し進められ,エンジンの過熱を検知
して,自動的に液体消化剤を噴射する自動消火装置が昭和51年度中にスハネフ14形式車全車に整備された.後者は〜(後略)〜
そしてまとめの項にはこのようにも書かれている
また北陸トンネル火災事故以来,世界に類を見ない狩勝・宮古での走行燃焼試験などを通じて,寝台車の防火対策についての検討が
進み,難しいものの一つに数えられえていた床下エンジン用の自動消火装置の開発を終え14系寝台車での装着実績が安定してきた.
したがって,今後は分割・併合が必要な線区に対し,自動消火装置を備えた14系の2段寝台版が登場することになろう. 鉄ヲタは言葉の扱いが雑だからな
誤った認識からは誤った結論しか出てこない >>898
>っていうか、そもそも、分割併合する列車の場合、どのみち機関車増解結の手間がかかるものを
>電源車の分だけ省略する事にどれだけメリットがあったのか、個人的にはよく理解できない。
あらかじめ電源車だけを分割する駅に単独で配置しておく必要があり、車両の追加製造と保守要員の配置が必要
電源車が機関車次位になるとは限らない
途中の駅で列車の前方と後方で別に増解結をするとなると作業時間も要員も余計に必要
給電系統のつなぎ変えも必要
有効長不足などで輸送力が十分でない路線において何両編成であっても必ず1両必要な電源車の連結は定員減に直結
これらのデメリットを上回るメリットが集中電源方式で示せればその通りかもね
>つまり、20系から直接24系に移行してて然るべきだったんじゃないのかって気がしてしょうがないんだけど。
20系最終車落成 1970年9月18日
14系試作車落成 1971年9月16日
北陸トンネル事故 1972年11月6日
時系列上でその主張は成り立ちませんが 分散電源式を選択した1960年代の国鉄の方針決定と、それにより一定の成功をおさめていた12系・14系座席車の存在を無視してはならないよね
むしろ北陸トンネル火災事故があそこまで大惨事になってなかったら14系とその発展形が増備され続けて24系は誕生すらしてなかったのではないかと ほぼ全ての車両が鬼籍に入ってから功罪をつまみ喰いしてあの形式はこうすべきだったとか言い出す感覚が理解できない 12系座席車落成 1969年6月9日 運用開始:1969年7月26日(宮島51号)
20系最終車落成 1970年9月18日
14系寝台車落成 1971年9月16日
14鋭座席車落成 1972年9月30日 運用開始:1972年11月16日(しおじ54号)
北陸トンネル事故 1972年11月6日 宮原と秋田に配置となった14系座席車の1次車は、北陸トンネル事故直後に淡々と運用を開始してたんだな >>917
「あさかぜ」増発用として昭和44年度第4次債務で39両が製造
ナロネ21 142〜147
ナハネ20 344〜364
ナハネフ22 24〜26
ナハネフ23 18〜20
ナシ20 27〜29
カニ21 25〜27
新製配置は下関・広島・品川で、20系はこれにて製造終了
>>918
そういうことになるよね
秋田配置車は1972年12月28日の「つばさ52号」から運用開始 ふと振り返ってみたら14系座席車は数え切れないくらい乗ってたが、寝台車は20系と24系ばかりで14系はオハネ15-1000で1度しか
乗ってなかったことに今気付いたわ… >>920
そんなこと言われてもああそうなんですかと言うしかないな 14系寝台車って14系座席車との併結列車も多かったせいか乗車機会はほとんどなかったな
車種が選択できる区間だったら24系の列車を選んで乗ってた 25形のはやぶさやあさかぜと比べると、14系さくらやみずほの設備って古っぽかった。 >>923
1999年まではカルテット以外個室車の連結もなかったしねえ
スハネフはキハネフとか言われる始末で好んで乗る車種かといえば正直疑問 室内で聞こえる、DMF15HS-Gのド〜〜という音がなんとも素晴らしい!停車中だとラジエターファンの回転数変化で音が時々変わるのもまたよろし。 >>928
オリジナルは20系と同様の青地だがいつの話? >>932
2008年ごろまでは青モケットのままで最高だったんだけど、
リニューアルで赤色に張り替えられてしまったのは少し残念だった。
わたらせの12系は座席が青のままで感動したわ。 そんなんで感動するのか
高崎の12系乗ればいいんじゃね >>934
こちらは関西住みだから、なかなか乗れなくてねぇ・・・
去年、急行津軽の12系を10時打ちで取れた時は、うれしくてうれしくて言葉にできない感動を覚えたよw 関西なら北びわこの12系でも乗ればいいだろ。ほんとヲタは色々言うよな >>933
東武の14系に乗ったら失禁しそうだなお前 >>936
北びわこの12系は青モケットじゃないんで 12系客車を特急に流用した時料金を100円安くしたって聞いた事があるが、
これと、583系の昼間の状態(通常の料金)と、どっちが座り心地良かったんだろう。 >>939
583系の昼間の状態は等級制時代の並ロのボックスシート(オロ40とかサロ85)とほぼ同等だったらしい。
だが12系の座席はシートピッチが若干広くなったとはいえ、所詮はオハ35やスハ43の延長線上だからな。 以前から583のボックスシートを目の敵にしている奴が居るが
そこまで対面座席を嫌がる理由がわからん。 レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。