国鉄101系スレB
あれ、101系の急行って、東京から高尾まで走ってなかったっけ? >>346
秩父鉄道では立派に
有料急行になったぞ >>349 冷房付きというだけで急行料金取ったのか。インドネシア並みじゃん。 >>346
かっての房総夏季臨時急行列車に投入されたんでは?
かっては海水浴客に溢れて、電化前なんか153系をDD13に牽かせた列車もあったくらい無茶苦茶だった。 >>348
それは急行電車
電車の急行列車が出来て快速電車に改称 >>346
キハ35で急行があったよな。
もし101系で急行を設定するなら同じような扱いかと。 電車の場合は113系や115系を急行に入れて、本来113.115系を使う定期列車を101系や103系が代走で穴埋めという感じだったと思う。
特急型以外ほとんどの形式が混結出来る気動車とは事情が違うだろう。 >>354
あれ房総急行が多客で大変な事になって急遽キハ35を併結した所マスコミに叩かれたとか
オールキハ17とか何でもありだった >>344
C-1000の部品の入手が困難になったので、部品の入手が容易なC-2000に交換した可能性も考えられるよ。 あずさアルプス普通特別快速快速緩行、中央線の種別が多い時代ナツカシス
中心だった101系は扉内側も薄青緑だった
たまに車内でタバコ吸ってるアホも乗ってた 個人(法人だったかな)が譲渡を打診したが、秩父は売れない事情があったみたい。
>>327にある税金の関係かも? 101系は編成によってモハの位置がバラバラだったな
4M3Tの7両編成だとMcM'TTTMM'cとMcM'TTMM'TcとTcMM'TTMM'cとTcMM'TMM'Tcの4通り存在してた
極めつけは総武緩行線に3+4+3とかあった
10両貫通編成は交番検査ピットの長さが足りないので組成した事が無かったはず >>362
総武緩行線でもTcMM'TMM'TMM'T'cてのは無理だったんかな? 側面方向幕が取り付けられなかったのはジャンパ栓の信号線が足りずKE76をもう1本取り付ける羽目になるためか?
113系とかKE76×3とか異様に重装備だが 交通科学博物館の101系モックアップはドアエンジンが不調で何か引っかかるように開閉してたな
京都鉄道博物館に移設でスムーズに動くようになるのかどうか
秩父鉄道1000系のパーツ持ってきてスペアとして使えば何とかなるはず
交通博物館のやつは90年代までは通り抜けが出来たが挟まれ事故が多かったのかいつの間にかアクリルカバーが取り付けられて鉄道博物館では非公開となった >>365
今日見た限り幾分スムーズになってた
しかし床下設置のドアエンジンは他にキハ30に採用されただけで広まらなかったな
103系は座席下に置いて片側のみアームがあってベルトで連動する方式で113系は101系と同等のリンク式ながらドア上にドアエンジンボックスがあって威圧感があるためにJR西ではリニューアルで直動式に交換されたの多い 101系試作車で後年雨樋を外付けに改造した理由が謎
量産車のはFRPで出来てて壊れたらすぐ交換できるとか?
雨樋が無いと誤解する人がいるが実際は103系体質改善40N車みたいに埋め込んである
雨樋の下は汚れやすいので雨樋を埋め込んだ方が洗車機で洗浄しやすい >>367
西武鉄道
「701系が801系になる時に実施済み。
101系は最初から埋め込みさ」 >>347
昔、715系の臨時急行が運転された時、ロングシート部分も指定席になってたらしいぞ。 >>367
103系体質改善40Nの雨樋の処理方法は101系試作編成のアイデアを拝借したってことかな? 毎年、夏になると昭和57年の王寺水害を思い出す。
本当にあれは悪夢だった。
「高台に車両を避難させようとしたが間に合わなかった」らしいが、それほど短時間で浸水したのかな? >>371
新幹線鳥飼では本線上に避難させて列車30本と保線機械は全部無事だった(s42.7.9)から、
中心的運営者の日頃の想定と機転と、行動陣容の問題。
s57発生じゃ「良い前例があったのに幹部は何をしてたんだ!」って話だろ。
ほとんど待避してないんでやられたんでしょう。
全列車避難には結構時間が掛かるぞ。「想定外」だったわけだ(w 水没して使えなくなった転轍機等のスペアと応援作業者を
東京から新幹線臨時列車に乗せて鳥飼に送り込んで、
走行距離超過による運休も防いだって齋藤雅男氏が繰り返し書いている。
縦割り耐性の弱点、想定不十分の弱点の表れが王子水害での全滅惨事じゃないかねぇ。
鳥飼じゃ待避の事前訓練はやっていたって書いてるよ。保線機械はその場で待避に含めたが。 >>371
あの水害による廃車の代替車両を首都圏から急遽転属させたというのも国鉄時代だから可能だったろうね。
もし今103系や201系が同じように使用不能になったら新車で置き換えるしかなく所要車両の数はなかなか元に戻らなかったかも。 >>374
相互融通くらいはやるだろ。
3度の大震災復旧で全国から支援動員して脅威の速度で復旧してたから、
あとは金のやり取りと、保安関係の微調整。DN/DK/DXはアホなことをしたもんだ! 節電のためかパンタを降ろしてT車代用として使ってたのあったな
JR西日本のやつがそうだったがサハが足りなかった? >>362
10両貫通編成はツヌに居た。
McM'TTMM'TTMM'c 3.11の時は直流モーターのブラシが不足したんだよね
供給元を絞るとそんなことも起こる >>379
寿命など品質保証にこだわったから原発被爆地になって
製造停止分に替えての他国製を使えなかった。
基幹部品は複数調達にしてリスク分散を図るものだが・・・・・・・・マサカの事態だったんだろねぇ。
後日、ブロックに固めたのは運び出して、他社でブラシに加工したはず。
今は他社製品の試験を終えて正式採用されてない? 車端部のドアはドアエンジンがオフセットして取り付けてあるが左右ずれて開閉するという事は起きてないな
リンク式ドアエンジンは結局構造が複雑で保守が面倒だったのか103系からベルト式に変わった
113系は101系と同様のリンク式だがドアエンジンが鴨居部にあってドア上のボックスが妙に圧迫感を与えるために延命工事車では直動式に交換されたの多い 101系全盛期時代の頃は、現在の車両のように天井には化粧版が用い られ
て居らず、トタン・ブリキ板であったので、車両検査入場時に天井を真っ白に
塗りなおして出てくると、新しいペンキ特有のいいにおいを後日しばらくの間
楽しむことができた。(刺激臭が苦手な人には気の毒だが・・・)そんな
車が来るのがとても楽しみだった。 >>382
南武線の101系で、車号を書きなおすのが面倒だったのか、車内の車号が書かれている部分を
塗り残してある車両があった。クモハ101ー77 だったと思った。
路線バスでも車内を塗りなおしている車両に出くわすことがあったな。 登場時の101系や103系は車両番号がプレートではなく直に書いてたな
津山のキハ58が最後までそうだったどころか天井も塗り天井だった
化粧板に変わったのは特別保全工事施行後から?
101系で更新工事されたのはなく南武支線のやつは吊革が枕木方向三角に取り換えられてたが未更新だった >>384
101・103系で車両番号の直書きを止めたのは1965年辺りの製造分辺りだったような。
101系で1967年辺り以降の最末期ロットのクハ・サハとそれと同時期に製造された103系はアルミ箔に印刷されたステッカーを貼り付ける方式になった。
直書き→プレート式になった1965年製以前の車両もその後の補修でステッカー式になった車両は多いが(特に101系では後期形に分類される1962年製以降)。 103系の量産が始まっても、暫くの間は101系も製造されてたんだな。
そういえば201系の量産が始まっても103系がしぶとく製造されてたっけ。 >>385
車内の車号標記塗色もブドウ色で登場した初期車はずっとブドウ色のまま、後の青色標記で出た車は
またそのまま。気動車の車内車号標記塗色もブドウ色から赤色、青色への遷移があって色々楽しめたよ。。 >>385
直書きは鉄道博物館のクモハ101‐902とリニア・鉄道館のクハ111‐1で見られる
蹴込み板もステンレスに交換されておらず鋼製で黄緑色である
但しクモハ101‐902はステンレスドアに塗ってある 秩父鉄道のやつは半自動に出来たんだな
仙石線の103系や105系500番台や113系は全自動⇔半自動切り替え不可能でドアが重かった そういや来年は101系登場60周年で還暦なんだな
秩父鉄道のやつは還暦まで行かなかった 国分寺の中央鉄道学園にも101系あったよね?
どこかのHPで東京競馬正門前とか北府中って方向幕出してるのを見たけど。 >>390
もう残ってるのは鉄博の試作車1両だけ? >>392
東日本震災で流された中間車とその片割れが野田市にあったが今もあるのか? >>386
151系→181系改造で発生したMT46Bを搭載した車両もあったとか 山手の8連を総武緩行に移した際に10連化のためのサハが生産されてる。パンタ台やモーター点検蓋のないタイプだ。 最初の頃再開閉スイッチが付いてなかったとか
1か所でも戸ばさみがあると全ドア閉め直さなければならず不便だったため後付けされた >>395
?総武の10連化はTc+Tc'を足して7連+3連にしていた。サハ足しじゃなかったよ。無論パンタ台無し。 101系と103系初期型を混同する人が稀にいる
前面窓が若干縦長の印象を受けるのが101系で横幅が拡大されたのが103系
方向幕も101系は小さいが101系用の幕を103系に取り付けて横が余ってしまったなんて事もあった >>399
総武線に初めて新製車が配置されたのが、101形8連6M2Tの20本。それまでは他線のお古ばかりだった。
その10連化に際してTc+Tc’を20組新製して千葉寄りに挟んでMcMTc+TcMMTTMMcにした。
中央快速線10連の7連部にはTTTとサハの3連が挟まってMcMTTTMMcで、ここにパンタ台無しサハが大量投入されている。
それとの混同では?>395
さらに山手に103形投入で、そこの101形が移籍車となって総武に入った。
山手からの移籍車は速度計がまるで時限爆弾みたいな音を出すメカ式の旧型だった。(新製配置車の速度計は電気メーターだったが)
総武線に103形が入ったのは、それより、かなり後の話。
101の側板が歪んでべろべろになってもズ〜〜〜ッと総武で使ってたんで、103と間違えることは無い。 >>400
あの機械式速度計って音まで出んのか?
針の動きは独特だったけど >>401
機械式ってSLみたいだな
JR東のSLはATS-Pに対応できないとかで電気式に交換された 101系は尾灯反射板付けてなかったな
1965年まで尾灯反射板は規定されてたが電車列車は付けなくても大丈夫だったために153系も無かった
151系は例外で高速運転するため前照灯に赤色フィルターを嵌めていて非常時交互点滅可能だった >>402
昔はどこも速度計なんて付いて無くて運転士のカンだけでやってたから過速度事故が絶えなかった。
その近代化で導入されたのが時限爆弾型速度計で、機関車も電車も共通で取り付けられ、
チクタクチクタクチクタク・・・・・・・って盛大に鳴っていた。
その後、s34当たりから、ギヤに磁気式の速度発電機が付いて振幅制限でパルスカウント式にしたから、
10km/h以下の目盛りが非常に詰んだ速度計になった。
山手線101はメカ式だったが、同時期の車両はどの当たりから電気式になったのだろう?
総武新製Mc100−169〜188では電気式(:磁気検出飽和トランス・パルスカウント式)になっていた。
それは京成3000型などで採用されたものと同構造。
151の初期型ではメカ式ではないか?増備型が電気式になってるかどうか?
速度目盛りがリニアになったのは、回転位置センサー式(ロータリーエンコーダ型)になってから。
それがどの車種からだったか、時期だったか、分からん。 キハ20系や73系は扇形速度計だが電気式か機械式か不明 >>405
生産時期から云えば1957就航なので機械式速度計のはずで、
後日、何らかの改造を受けたときに電気式速度計に換装したものが有ったのでは?
扇形メーターというのは私鉄の電気式速度計によく見られた形で、
1958就航の京成旧3000〜、改軌投入3050、3100、3150・・・・・・の方式。
国鉄一斉導入のメカ式速度計表示部は円形で、扇形というのは見たことがないが・・・・・・・。 >>406
電気式は明らかだが、故障だね(w。特に後者は酷い。
磁気式ピックアップで、トランスを介して整流表示するから超低速10km/h以下の目盛りが詰まる。
メカ式でも速度指示が不規則に飛ぶ故障してる速度計は結構見られたもの。 関西の101系は早い時期に電気式速度計に交換されたのかな?
片町線に居たMc26やMc33といった初期グループに属する車両の速度計は電気式だった気がする。 電気式速度計の構造図 3100のもありました!おまけです。
京成電鉄3100型 1960年 速度計結線図
http://www.geocities.jp/jtqsw192/FIG/330kdk/kdk3100s.jpg
過飽和トランス・パルスカウント式速度計
今の鉄道用速度計は、構造が違い、ロータリーエンコーダ式のはずです。 現在の鉄道車両でも10km/hまで間隔狭いのあるな
自動車のアナログメーターでも同様
BVEで速度計作る時はどうしても等間隔速度計になってしまうがグラスコックピットにしない限り誤差は避けられないはず 南武線にJR化後も原型ライトの101系走ってなかった? 101系はあれこれ旧型国電のパーツ引きずってたな
初期車はパンタがPS13だったし貫通幌も旧国と同じの(幌枠上部にV字型のフックがある)使ってた >>415
試作車のパンタがPS13だったのは
PS16の開発が遅れたから。
元々は101系(モハ90系)の設計段階で同時進行で開発していたらしい。
量産初期でもPS13が使われてたのは多分PS13の在庫処分という意味合いがあったのかも。 >>415
2連のジャンパ線も旧型だな
そういやパンタについては秩父鉄道に譲渡された当時、なぜかPS13に換装されたけど
部品供給の関係なのかな 相鉄はパンタグラフの使い回しが常態化してて何故か9000系もPS13付けてた バイクプラモデカール用ではあるがメーターCGを写真から自作した
10Km/hまでの詰まりはそれか 今年101系還暦なんだな
秩父鉄道のやつは流石に還暦まで持たなかったか
鉄道車両で還暦行ったのは電車では希少だな MGが主抵抗器ブロワと繋がってたとか異端な設計だったな
113系とかだと長時間停車時にレバーサを切にすると2分後にブロワがオフになるが101系はブロワを切ると停電してしまう
冷房車はどうだったんだ? 歯車比が6.07だったらどうなっていたか
最高速度が90km/h程度しか出なくなるがT車が多くても加速度を維持できる 南武支線は化石のように残ってたんだな
仙石線の105系転用だと1編成不足だし103系だと先頭車化改造しないといけないため置き換えに踏み切れず21世紀まで生き残ったってスゲーなw
しかも外幌設置や妻窓埋めや吊革三角化は行われていたが特別保全工事や車両更新工事は未施工であった >>426
いや、その7年前まで鶴見線でクモハ12が生き残っていたことに
もっと驚いて欲しい…… Nゲージのkato521系のついでに見つけたtomixの富山港線73系を買って思いついたが
富山港線に73系の代わりに101系を入れるという発想は無かったのかね
1985年当時だと関東も関西も
状態のいい奴はもうしばらく継続使用
余った奴を回そうにもオンボロ
というパターンだったろうが
このあたり微妙に王寺の水害が絡んでいる気も >>428
ドアの半自動化・レールヒーター取り付け・スノープラウ取り付けが必要
2両編成で驚異的な加速になって所要時間短縮にはなるだろうが
103系や113系などの簡易半自動化改造はドアエンジンを空回りさせて手動で開けられるようにしてるがドアが連動したままで重くしかも半自動・全自動の切り替えが不可能
101系のTK6ドアエンジンで半自動化改造やった事例はないな >>427
クモハ42も車齢70年とか驚異的だったが晩年は部品が無くなってクモハ42006を部品取りにしてる有様だった
国鉄・JRの電車で最長寿記録保持してる >>428
あの時期に、短小ローカル線のためにわざわざ専用車を用意するという
発想は無かった。
本線筋の475系でそのままカバーできるなら、多少の使い辛さは甘受できる、
ということだろう。
73系が導入された頃は、北陸本線のローカルは客車列車ばかりだったから、
さすがに共通運用は無理。
475系の両数がもっと逼迫していたら、富山港線はキハ40やキハ58になっていた
可能性がある。 >>431 105系を回すと思ってた。103系1000代改造の方だろうけど。
仙石線に比べても小所帯だから、ここで新たに直流車投入するよりも交流車の使い回しの方が便利だったのだろうけど。 >>429
そういえば仙石線の101系1000番台はドアの半自動改造はされなくて
ラッシュの仙台〜東塩釜限定運用だった いつものように高尾行に乗ると、扇風機のない車両だった。
同心円状の丸い穴だけあいているだけ。
こんな電車もあるんだなーとそのときは思った。
その理由がすっとわからなかったのだが
ネットを始めて、初めて知った。 南武線にかなり遅くまで原型ライトの101系が走ってた
1990年頃まで? 初期車の機械式速度計ってこんなの?
京都鉄道博物館のモックアップを撮影したが
http://imepic.jp/20170409/806020 中央快速線の冷房車は8M2TにするかMT54に交換すれば非冷房車と同じスジに出来たのに
103系は限流値アップで対処できたが101系でやるとモーターが焼けてしまう >>436
その通りだよ。
で、針が動いては止まり動いては止まりを繰り返す動きをしていて、機械式速度計と言う言葉を
しらない頃はカチカチ式速度計と呼んでいたわ。 機械式速度計って蒸気機関車みたいだな
JR東はATS-P対応のために電気式に交換している
73系やキハ20は扇形だったが初期のモハ63は速度計が無かったとか >>438
の仰るとおりだ。仮にノッチオフ、60キロで走行していたとしよう。針は
62キロ 58キロ 62キロ 58キロ と振れながら表示していた。
0から加速するにも、0→5→8→10→13→16と振れながら上がって
いったなァ・・・ >>439
扇形のタイプは針がなめらかに動いていた記憶がある。
それとどこで知ったか思い出せないが、101系の試作車も当初は速度計がなく、
後で扇形の速度計を取り付けたらしい。 >>441
まことにその通り、おおかたの携帯型電流・電圧テスターのような形で、滑ら
かな動きだった。63改のクモハ73、クハ79 クモハ60やクハ55にも
多数ついていた。それも運転席真正面ではなく斜め前の壁面、直につけてあっ
た。クハ111の様に斜め向いていた。サハ57改のクハ55300はクハ1
03のような新型で付け方も103と同じ正面下だった。 ___ _
ヽo,´-'─ 、 ♪
r, "~~~~"ヽ
i. ,'ノレノレ!レ〉 ☆ 衆参の両院のそれぞれで、改憲議員が3分の2を超えております。☆
__ '!从.゚ ヮ゚ノル 総務省の、『憲法改正国民投票法』、でググって見てください。
ゝン〈(つY_i(つ いよいよ日本国憲法改正の、国民投票が実施されます。お願い致します。☆
`,.く,§_,_,ゝ,
~i_ンイノ 南武支線はAU75冷改車だったらどうなっていたか
非冷房のままワンマン化してて後年AU712を搭載した唯一の事例(103系に改造された元101系も含めると101系でAU712は他にサハ103-775しかない)
他にも唯一のワンマン化・唯一の転落防止幌取り付け・唯一の妻窓潰し・唯一のATS-P取り付け・唯一の車外スピーカー取り付け(妻面にラッパ型)と唯一尽くしだったな