懐かしの寝台列車を語るスレ2
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金属ベルが天下だった時代
発車ベルが鳴ると、寝ぼけているのか、目覚まし時計と勘違いして飛び起き、頭をごツンとぶつける。 3段寝台なら客車の場合は上段が空間広くて好きだった。 つきあい酒での疲労と酔いを抱えたまま乗り込むビジネスマンたちは下段一択。 九州鉄道記念館(北九州市門司区)は開館10周年を記念し、8月3日から、2010年に廃止になった寝台特急「ブルートレイン」の
客車1両を敷地内の屋外に常設展示する。車内に乗ることもでき、鉄道ファンの注目を集めそうだ。同館は「九州に現存するブルー
トレインの客車は少なく、貴重。上京や新婚旅行など懐かしい思い出に浸って」とPRしている。
ブルートレインは九州で「さくら」(東京−長崎・佐世保)や「みずほ」(東京−長崎・熊本)などの名称で親しまれてきた。高速化の波
に押され、09年3月の「富士」(東京−大分)「はやぶさ」(東京−熊本)を最後に、九州での定期運行は終了。その後、臨時列車として
九州各地を走っていたが、10年11月を最後に全て姿を消した。
同館ではブルートレインの人気が依然として強いことから常設を決定。展示するのは熊本車両センター(熊本市西区)に保管されて
いた長さ約21メートル、高さ約4メートルの客車で、1972年から最終運行まで「富士」などとして使用され、二段ベッド15台や車掌室
を備える。現在、小倉総合車両センター(北九州市小倉北区)で補修整備中。
ソース(西日本新聞) http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/25690
写真=九州鉄道記念館で常設展示されるブルートレインの客車
http://www.nishinippon.co.jp/import/national/20130711/201307110001_000.jpg 瀬戸のシンデラは1室おきにぶち抜けることができそうな仕切りがあったような。
車掌氏に頼めば解錠してくれたのかどうか… 海上自衛隊の空母が「いずも」と命名された。
ブルトレ出雲の雄姿を知る者としては何か嬉しい。 2段ハネ登場後のプルマンAの魅力ってなんだったのかなぁ?
B寝台の空席はたっぷりあってもプルマンのA寝台は満席又は残席2、3とかって結構あったよね。
荷物置場はない、上段だと寝る時以外の居場所にも困るorz
下段については機会があれば愛用してたし評価したい。しかし上段に関してはどうなんだろね?
選択基準、評価基準なんて人それぞれだから利用者が満足さえしてればとやかく言うべき事では
ないのだけれどさ…。
ま、宴がない、グループの話声がない、通行人が少ない等々静かな事は確かだよね。 富士号 初めて上京する時に乗った
宮崎から東京は長かったけど
懐かしい青春の思い出 考えてみればB2段、B個、A個乗ったけど
みんな枕木方向のベッドだったな
線路方向ってどうだったんだろうな
加、減速のときは良さそうだけど トワイライトのシングルツインとかサンライズののびのび以外とか
あけぼののソロとかまだまだ線路方向の寝台ありますやん
この板で話されるようになる前に乗ってくればいいじゃない >>21
眠り易かったよ。
特に昼行と同じ速度でかっ飛ばす東北筋の583系は、路盤も良かったこともあって良かった。
ウォータースライダーのような前後Gに周期の長いゆったりした横揺れが個人的に好みだった。 >>23
そうですか
昔、家族を銀河のBに乗せたら
揺れて寝られないと評判悪かった。
連結器関連の「ガックン」が主ですが >>18
荷物棚がないからベッドに旅行バッグやお土産も置くからなぁorz
足の方に置けばそれなりの広さだな。 開放ロネ上段荷物
上級者は妻面フックに荷物を吊り、服を吊るした衣紋掛けは
寝台カーテン中央あたりのカーテンフック直下部へ掛ける。 >>23
プルマン寝台はスーッと眠りに入ってく感じで心地よかった。
「はくつる」の583。速くて快適だった。
3段なのが玉にキズだったけど。 いま思うと、あのカーテンだけで仕切られた狭い三段寝台でよく寝ていたと思う。 鉄道側からすれば、そんなものの提供が許された。
それだけ「乗せてやる」が罷り通ってたって事なんだろう。
>>28
その「はくつる」に1回だけ乗った事あったが、下段を希望したものの叶わず。
地獄の狭苦しさと付き合わされるのかと思ったところ、宛がわれたのはパンタグラフ下の中段。
得したのか損したのか分らなかった。 >>28 10系や20系のB寝台よりは、些かましだと思うぞ。 10系20系はね、転落防止紐を懐と膝に挟んで寝れば最高に寝心地良かったの。
そうすれば転落はまずあり得ないし、カーテンから飛び出した手脚がラジエターの役割を果たして冷暖房の強弱にも左右されずに眠れるし。 小さい頃に、金星?とかにふる里に帰るときに乗ってた
小さかったからあまり覚えてないが、3階とか物凄く狭かった気がする
懐かしいし、もっと寝台車は増えて欲しいよね >>30
そうか?それをいったら座席車の50x100cm四方にも満たない空間に
押し込められて座りっぱなしの方がよほどきついんだが。
交通機関の車中で手足伸ばして眠れる空間を確保できるのはかなりの贅沢だと思う。
正直今の昼行列車でも、選べるならG車に4000円払うより、三段Bに5000円払う方を取る。 >>34
まあ、確かに寝てる間は寝台の広さは余り関係ないから(よっぽど寝相悪くない限り)、
三段でも一応、用は足りたとも言えるだろう。
実際のところ「狭くてもいいから安い三段寝台残して欲しい」
とかいう声があったのかどうかもちょっと気になるが…。 スハネ30や10系ハネなんかは早々にゴロンとシートやノビノビ座席に転用すればよかったのにね。 >>34 10系のB寝台三段の最上段よりは、三列座席のグリーン車の方がマシなんけどな。
最近の夜行バス乗っていてもそう思う。あんな硬くて狭いベッドに寝られるかと。 B寝台三段の中段、上段で、トイレ行くのに梯子使って降りるのがしんどい。上段だと外の夜景がほとんど見えない。
この点でも、ゆったりしたグリーン車座席の方がましだ。 電車寝台のグリーン車は1両しか繋いでなかったが寝台が満床でも売れ残ってることが多かった 583系はくつるのB寝台上段なら1回だけ乗ったけど、寝ちゃえば天井の低さは気にならなかったよ。 たしか、宮脇俊三の作品の中に、
東北夜行の寝台がどれも売り切れだった時に、窓口の職員が、
気を利かせてグリーンを叩いてくれて、でもそれ見ながら、
「出ないでくれ」と願った…ような話、出てこなかったっけ?
「あれで一夜を過ごす事になるのは勘弁願いたいので、
赤ランプが点いて少し安心した」みたいな感じで書いてたような記憶が。
手元に原本がないので、記憶違いだったらスマソ。 >>41
国鉄の大幅値上げ前までは寝台が取れなかったらグリーン車という
長距離客もある程度いた頃の話
青森から上野までグリーン車で帰ったこともあったそうだよ >>37
マシなんけどな
夜行バスの座席はベッドじゃねえ
外の夜景って内の夜景があるのか?
グリーン打ち出せても断りゃいいだけ
お前色々とおかしくねえか? >>36
お前大丈夫?
10系ハネの時代にゴロントシートとか
めちゃくちゃだぞ
脳みそ腐ってるのか? >>41,>>42
最初「津軽1号」(矢島線・角館線・阿仁合線の乗り潰し)、
次に「越前」(富山港線東岩瀬―岩瀬浜・能登線珠洲―蛸島)、
次に「ゆうづる1号」(瀬棚線etc.)、
の寝台券を買おうとしたが全て発売済で、「ゆうづる1号」の時、窓口の係員がグリーン車を試した、というものだった(これも売り切れ)。
ただ、その日は「津軽2号」のグリーン車で出掛けて、今泉線・長井線・赤谷線・魚沼線、に乗ったという。
その後、念願の「津軽1号」に乗って出掛けて、角館・矢島・阿仁合線に乗った帰りに
「ゆうづる7号」のグリーン車を余儀なくされた、って話だった。
尤もこの時の「ゆうづる7号」は、寝台の使用を止めてたから、残りは普通車になるとこだった。 折り返しでベットにできないとか理由だっけ?ハザの583ゆうづる
ゆうづる7往復、十和田5往復くらいあったんだよな。
夜行のロザ、末期まであったけど、なんで繋いでたんだろうな。特ロの呪縛か
それならそれでオロ11を使って貰いたかった。スロ62、ボロすぎだったぞ そんなに三段寝台が心地よいのなら、なぜ、サンライズ出雲・瀬戸に二段式B寝台より安い料金の三段B寝台車を設けなかったのかなあ?
夜行高速バスに比べて料金はかさむが、道路渋滞は関係ない。夜行バスで10時間位乗りっぱなしという遠隔地まで行くのであれば、サンライズの方が早い。
そのメリットを考慮しても、狭苦しいベッドを敬遠する者が多かったということではないのかなあ?
まあ、鉄オタは特殊だけどね。 その辺は料金との兼ね合い次第だろうね。
3段と2段の価格差が約1000円という設定を見る限り、
"JRが提供したい価格水準"では集客不能という判断では。
実際問題、電車化前の出雲3,2号では割引切符用の3段寝台が
最後まで設定されていた訳だし。 >>47
誰も三段寝台自体が快適だと言ってるわけじゃないだろう。
ロザとの比較や、価格との総合での話なんだから、
サンライズの時代に三段寝台が出来なかったから、という理由で
「三段寝台は快適じゃなかった」とか言っても、
否定のための否定っつーか、あまり意味がない話だ。
それに、その論理だと、同じサンライズにおけるノビノビの存在価値も
ついでに否定しちゃう結果になってるよ。
あれこそ、「座席より、手足を伸ばせる空間を」の形を変えた実現だろ。
結局は、価格と設備のバランスが受け入れられれば、客は付くんだよ。 >>48
すまそ。リロードせずに書き込んだら、
価格とのバランス、という趣旨の要点が丸かぶりしてしまいますた。 >>46
全然解ってないな
オロ11って何だ?
軽量客車じゃないのか? 10系だろ?
腐食等劣化が早く43系や35系より廃車が早かった事くらい知ってるだろう? うちの親 昭和30年代に九州から上京するのにさくらの寝台とれなくて
3等座席に乗ってきたらしい。結婚式でごたごたして座席車に一晩揺られて
おまけに新婚旅行で伊豆箱根ひとまわりとかどんだけ若かったんだ?って。
当時から座席車には少しは余裕があったんだね 昔は特急が特別な列車だったというが、昭和30年代既に急行寝台より特急座席という選択だったみたいですね >>53
っていう意味じゃないんじゃない?
昭和30年代だったら、今の時代よりももっと
「列車の格」というものに反応するところがあった。
曰く、故郷に錦を飾るには急行○○の二等寝台(現Aネ)で、とかね。
>>51氏が書いてる話は、ただの旅行ではなく、新婚旅行だろ?
(あるいは、「上京」と書いてるので、長崎で式を挙げて、
そのまま東京に転居みたいな事なのかも知れないが)
そしたら、理想は特急の寝台として、それが取れなかった場合には、
急行の寝台よりも、特急の座席の方がいい、って感覚があったはず。
門出にふさわしい列車はどっち?という価値観。
今は誰も気にしない事かも知れないけど。
けど、仮に用向きが出張だったら、全然違う選択になってたはずだ。
このあたりを、「すでに急行寝台より特急座席という選択だった」みたいに
単純化して書いてしまうのは、ちょいと違うと思う。 >>49 サンライズのノビノビ座席や、あけぼののゴロンとシートという簡易寝台が、他の夜行列車にほとんど普及せず、夜行列車が衰退の一途をたどっていることをどう考えるかだな。
高速夜行バスの座席が窮屈で十分な睡眠が確保できないというのなら、より高い料金を支払ってでも夜行寝台ないし簡易寝台を利用するはず。ダイヤ通りの定刻運行という、バスにない長所もあるし。
特にゴロンとシートは、かなり料金を抑えているわけだが、足を延ばせるのに、他の列車に普及しないというのは、高速夜行バスの座席のアメニティが向上し、列車簡易寝台と差がなくなってきたというのが、一般利用客の感覚だからでは? 特急あけぼののゴロンとシートで上野から秋田まで行く場合と、高速夜行バスをざっと比較してみたが、所要時間は9時間程度で同程度。料金は、あけぼのの方が約3000円高い。
簡易式の二段寝台に比べ、夜行バスの座席が苦痛ならば、3000円位の追加出費は大したことではないだろう。
そして、ゴロンとシート車を何両も連結した夜行列車が、1本だけでなく、時間帯ずらしてもう1本位走り(あけぼの2号復活?)、秋田だけでなく、酒田行きの夜行バスを絶滅状態に追い込んでいてもおかしくない。
しかし、現実はそうなっていない。 >>53
急行『つがる』のネームバリューは大きかったらしいよ。
集団就職して『つがる』に乗って故郷に錦を飾るのが憧れだったと言う。 バスの定員考えれば、あけぼのが定期列車で存続していること自体十分健闘していると思うが。 ムーンライトも鳥海もなくなり、あけぼのもかつては二本走っていたのが、一本だけしか残っていないわけだろ。
まあ、あけぼのが一本だけ定期列車として存続しているのは、新幹線が走っていない、高速道路経由でも秋田や酒田まで行くのに結構時間がかかる、という好条件があったからだろうが。 九州からの上京ついでの新婚旅行だったそう。
関東から見るとなんで近くの伊豆なん?って感じだけど九州から見れば
遠くの贅沢な旅行先という感覚なんやろねえ。
俺から見れば九州のほうが開けてなくて観光地として俗化してなくて
いいやんと思うけど、でも写真見ると昭和30年代の伊豆はまだまだすれて
なくていい感じではある。。なんせそのちょっと前まで下田なんかは
熱海から船でいくとこだったし。
窓口氏が急行の寝台の空きまで調べたかはわからないけど、九州は東北ほど
格式ばらないというかおおらかな気がする。ただ所要時間で急行はそれなりに
特急より時間がかかってたから途中伊豆に寄ることも考えて眼中になかった
かもしれない。式の後にのるんだから早めに指定とっておけよと思うが
なんせ猛烈サラリーマンの時代で 仕事の合間になんとか時間見つけて式あげる
という感じだったから日取りが決まったのは数日前とかそんな感じだったらしい。
オヤジは母親と上京後ただちにまた地方の現場に戻って母親は都内で一週間も
二週間も放ったらかされててそれがそのあとの夫婦仲の悪さに尾を引いている。。 >>ID:SZsUbI4s氏
んー、ちょっと論点散らかり過ぎでは?
そこまで行くと、もう「シートvs身体を伸ばせる設備」という比較じゃないよ。
>>60
なるほどー。 >>61 夜行バスのシート含めたアメニティが向上し、夜行列車は簡易寝台で比較的低料金設定しても対抗するのが難しくなってきたのではないか、ということを言っているのだけど?
もう、今では、10系の三段B寝台レベルなんてお話にならないだろうということ。 >52
新婚カップルが寝台特急の座席車を利用って、大いなる驀進を思い出すよ。
>56
反則だが、583系時代の津軽でシートを勝手に引き出して寝ていくのが一番だったw
車掌も慣れたもので、朝になって客が乗ってきたら元に戻せって言われるだけだったし。 >>62
いや、だからw
元々、2013年の高速夜行バスと20世紀の寝台列車の優劣を考えるスレじゃないのに、
そこまで論点拡げたら散らかりすぎでしょ?って事を言ってるだけなんだけどねぇ。
ここは基本的に「懐かし板」なんだから。
この流れになったひとつのきっかけは、>>34氏が
>正直今の昼行列車でも、選べるならG車に4000円払うより、三段Bに5000円払う方を取る。
って書いた事かなー、と思う。
ただ、それにしても、現実にやれば鉄道がバスに勝てる、などと言ってるのではなくて、
あくまで「同じ列車の中で、もし選べるならそっちがいい」っていう程度の
仮想・理想の話だろう。
(だって純粋な昼行列車で寝台使用なんて、昔でもなかった事例なわけだし)
昼行じゃなく夜行だけど、「はまなす」なんかは、かなりいい座席車が
つながっていても、やっぱりカーペットから売れてる傾向だろ?
同じ区間同じ料金だったら、シートじゃなくて、身体伸ばせる方がありがたい、
っていうのが、普通の感覚じゃないのかなぁ?って話だと思う。
そんなにむずかしい話じゃないと思うんだが…。
「2013年の夜行バス」と「20世紀の寝台列車」を、
どうしてそこまでして同じ土俵に載せなくちゃいかんのか。
そっちの方が、むしろ理解しにくい。 つーか、なんで比較対象の三段寝台が10系前提になってるのかね。
今時点で比較するなら少なくとも70cm幅エアサス完全空調だろう。 ID:SZsUbI4sです。34のレス、及び、その辺のレスから見て、30年も前の三段B寝台の方が今日の夜行バスのシートよりもまし、という鉄オタならではの価値観によるものと受け取ったんですけどね。
マニアの価値観が一般常識だと言いたいかのようなものではないかと感じたわけで。
まあ、ここは懐かしスレだから、現在の夜行バスとの比較するところではないということは理解いたしますので。 新婚さんは寝台だと離ればなれになるから一等車 にするというケースが多かったんだよ。
寝台そのものにアレルギーを持つ人も結構いたし 。
あとは真夜中の停車駅で降りるから寝台を使うほどじゃないけど、ゆったりしたい…そんな人もいた。 >>67
「まあ、鉄オタは特殊だけどね」とか言ってたから、
ちょっと怪しいとは思っていたが、やっぱりか、って感じしかしない。
適当に遊んだ後に、捨て台詞書き逃げするという、こいつのパターン通り。
こういうとこで鉄ヲタ弄りして楽しんでるのは、
よっぽどリアルの世界で認められてない奴だからなんだろうなぁ。
>>68
その一方、規則違反の寝台2人使用をして(もちろん、寝台券は2枚取ってだが)、
列車内で初夜を済ませたという猛者の新婚さんもいたけどね。
真夜中降りる人の場合は、そもそもあまりきっちり寝込みたくないだろ。
(いくら車掌が起こしてくれても)
元の需要が違う。 >>64
きたぐには、583に変わった当時は、その技が使えたけど、途中で座席を引き出せないように鍵をかけてたな。 >>65
>昼行じゃなく夜行だけど、「はまなす」なんかは、かなりいい座席車が
つながっていても、やっぱりカーペットから売れてる傾向だろ?
同じ区間同じ料金だったら、シートじゃなくて、身体伸ばせる方がありがたい、
っていうのが、普通の感覚じゃないのかなぁ?って話だと思う。
オホーツク9号に、よく北海道フリー切符のグリーン車用を使って乗ってたけど
俺はB寝台よりグリーンを選択してたなあ。
6時に着くのに、寝台から起きだして寝癖をドライヤーで直したり
浴衣からスーツに着替えるのは正直、しんどかったから。
夜行バスのシートも快適かどうか疑わしいけどな。
前の人がリクライニングを目いっぱい倒されたら…。
カーテン閉めるのが強制になってて
寝付けないときとか、なんか棺桶の中みたいで個人的には苦手。 懐かしい夜行寝台
サークル旅行帰りはカルテット(ちょうど8人だった)
女の子達が化粧落として、コンタクト外して皆がすっぴんでメガネ掛けて別人になってたなあ >>71
人間狭いところでも十分寝付けるんだってよ 彗星はヘッドマークよりテールサインの方がカッコ良かった 三段寝台が致命的なのは座った姿勢を取れないことだな。
殆んど寝るだけの運行時間帯だったとしても、
着替え、身支度、飲食くらいは座って出来ないと辛い。
二階建て車両みたいに床面下げれば、台車間は
二段寝台の寸法で三段が出来たんじゃないかと思うんだが。 >>75
583系の三段式寝台なら乗ったことある
夜寝て朝起きたら降りるぐらいの時間なら無問題だった >>64 遅レスだけど 大いなる驀進はヒロイン?の女性3人はいずれも
ナハに乗ってたね。寝台に寝てるシーンでは格好がつかないからかな。
東京から長崎まで乗り通しではさぞきつかろう。 急用で乗る人たちばかりだから寝台は取れなかった、って解釈はないかい?
親が危篤の娘、血清を運ぶ看護婦、それに、飛び乗ってしまった列車掛の彼女、でしょ?
どれも前もって寝台が用意出来たとは思えない。 >>77-78
全車寝台ではやはり定期の営業列車としては当時から採算は合いにくかった。
夜行特急でさえ定員の多いハザを連結してまともな利益が出る水準。
まぁ、当時の日本は昼間の特急だけでは旅客需要が捌ききれなかったこともあるが。
現在でも欧米の定期夜行列車に普通座席車が混結されているのはなぜかを考えてみればわかる。 採算は取れるだろ。ただ全車寝台やるだけの需要があるって想定してなかっただけだろ
大阪を深夜にしただけで大英断の時代なんだから 昭和40年代生まれのヤングからすると盆と年末年始のピーク以外は
寝台も空きがあるか少なくとも調整席はあるという感覚だけど
昭和30年代は寝台なんて当日飛び乗ってあるはずないということ
だったんだろうな。 実際うちの親は11月の末というオフシーズンでも
寝台取れなかったわけだし。
本当にオヤジが日程が読めなかったのか、それともちょっと横着で指定券
手配するのが遅れたのかはわからんけど。ただ会社が交通公社に無茶言える
立場でもあったから本当に空席なかったのかもしれん。当時交通公社は
急な出張に備えて企業向けに座席確保してたんだよねえ。 ブルートレインを見て
これに乗れば東京に行けるんだなあと考えていた子供の頃
今は横浜と博多を行き来する生活 逆ですよ逆。
これに乗っていけば九州に行けるんだなあ、だよ。
行く時はドキドキワクワクだけど帰りは不貞腐れて品川過ぎてもまだ
寝てて新橋過ぎてあと一分寝られる、とか。
社会人になって仕事で移動するようになると旅情もなくなりますね。 >>84
そうそうw
旅先から東京に着いてそのまま出勤…、なんてそれほど優雅なもんじゃなかった。
それでも会社があるからラッシュ前に東京に着く第一陣に乗って帰ってくるけど、
そうでなければ「あさかぜ4号」以降の第二陣を利用しましたよ。
横浜到着前、まだ夜も明けきらない冬の朝のハイケンスは嫌だったなぁorz 特急列車を博多駅で見ているだけで時間があったいうまに過ぎてった子供のころ。
ブルートレイン一番手で発車する「あさかぜ4号」をホームで見ていると
食堂車のお姉さんたちが手を振ってくれたのを思い出す。 当時の寝台券の発売開始は1か月前?
どこでも買えた? 俺が覚えているのは一ヶ月前にみどりの窓口がある駅。
他にも入手方法があったのかは知らんけど。 俺が小5の時に一週前発売から一ヶ月前発売になった。 初めて全国版の時刻表買って見た時(1975年1月)、「さくら」なんかが岡山を通過して広島に停車してるのに驚いた。
新幹線のターミナルになってる岡山より広島の方が偉いのかと思って。
一方、関西―九州間の寝台特急には岡山停車・広島通過もあったからますます不思議だった。
当時は中学1年で、「深夜は大都市と雖も客扱いせず、時刻表上は通過の記載」なんて事情を知らなかったから、
「岡山より広島が偉いのか」なんて頓珍漢な感想抱いたが、事の次第を察したのはかなり後の事だったと記憶してる。 >>91
それもちょっと驚きだった。
で、後年東京―下関間がEF66牽引になって若干スピードアップした時、
事によったら大阪通りかかる時間帯が繰り下がって停車するようになるかと思ったけど、
結局廃止されるまで事態は変わらなかった。
あと、「はやぶさ」が糸崎に停まるのを「何で?」って思ったりした。 >>91
上り「みずほ」が大阪に停まってた時代もあるんだけど 本題には関係ないが「事の次第を察した」とか「事態は変わらなかった」とか、
話の内容に対して言葉遣いが大げさすぐるw 夜中に目覚めたあけぼのソロ上段の窓から見えた深山の黒いシルエット
それとは対照的によく晴れた上空に煌々と輝く満月という幻想的光景は忘れられない 上野始発の寝台付列車と言えば地平ホーム出発のイメージが強いが、高架ホームからの出発も
なかなかイイ…。照明の明るさ、ネオンの彩り、次々に発着する電車たち…、旅立ちに胸が躍る。
地平ホームも味はあるが、東北の持つ負のイメージを連想してしまい、心なしか暗い気分になる
のは自分だけだったのだろうか? >>97
高架ホームは電車なイメージ、地平ホームは客車なイメージ。
実際は高崎線や常磐線の客レの発着もあったけど、東北方面の
客レは一貫して地平、しかも13番ホームだった。
13番と言えば長距離旅行の玄関ホームだったなぁ。楽しい時代だった。 客車は推進やるから電車がバンバン走ってる時間帯に高架にいれ難いのと、長距離は荷物あったからな
地平はターレットがガラガラ言ってた いよいよ雑誌等で、待ちに待ったあけぼの特集が組まれるのか(`・ω・´) まぁ不謹慎なとらえ方なんだろうけど、現代のあけぼのには興味が無くて、
奥羽経由時代のが見たいのよね。動画は難しいとしても、
画像祭りになるのではないかと期待してしまうのだ。 >>107
共同通信ソースは継続
毎日ソースは廃止
どっちやねん! カシオペア廃止の一因は、ツアー枠で大量に確保してるせいで、
一般客は10時打ちで1階ツインさえ数駅に頼んでなんとか取れるって状況なのに、
いざ乗車日になったらツアーが売れなくてツアー枠が戻されたのか、
2両分が売れ残ってほぼガラガラな状況で走る…
という結果にした旅行会社だと思う 札幌駅の上りドアトラブル運休とか下りの機関車ATS故障(意図的でないほう)
の報道とか見てると巻き込まれた乗客の人数は定員の9割くらいいたような
上りは不人気、下りは早いとはいえ函館下車分もいるだろうし >>108
こういうときは悪い方の情報を信じた方が良い どうにかならんのか、平日に限って18でも利用可にすれば、18二日分と別途、特急、寝台で元だけ取れると思うが。 もう昔ながらの夜行列車をやる意思がないということだよ >>115
北斗星は盆暮れ正月には走らすという説もある 鉄ヲタでも新幹線や通勤電車にしか興味のないようなヲタがもう大半なんだろう
とくに若い世代は それはしょうがないだろう。寝台も客車もほとんど走ってないんだから
そうやってジジイくせぇこと言うから嫌われるんだよ >>118
心の中や嗜好まですべて現状に合わせないといけない、と言うなら、
懐かし板なんか必要なくなってしまう。
野暮な事は言いなさんな。 そりゃ鉄道に限らずどうにもならないことだな。
好きな野球選手だって力士だってアイドルだって必ず引退するときが来るんだし。 その例え方はおかしいわ。
選手や力士やアイドル個人は、鉄道趣味で言えば車両だろう。
それは、年月を経て引退するのは当たり前。
ただ、寝台列車とか夜行列車というのはジャンルなので、
野球で言えば、たとえば好きだった球団の身売りだとか、選手の質の変化とか、
最後は大リーグに行きたいとみんな思ってる傾向だとか、
アイドルの世界で言えば、人数集めたアイドルグループばかりで、
ピンで成立するアイドルがいなくなったとか、
そういう話の方に近いと思う。
それは、「歳月には抗えない」「どうにもならない」という種類の事じゃなくて、
世の中の流れや趣味嗜好や経営戦略に左右される類の事に属すると思うよ。 鉄道の専門用語では、
ディーゼルや電車の機関車が客車を引っ張るやつ を客車と呼んで、
電車の客車を電車と呼ぶみたいですね
やっと寝台列車廃止の新聞記事の内容が理解できました >>127
他の車両を引っ張る用途で、自らには乗客も貨物も荷物も載せないのが機関車
自らには動力が無いうち、旅客を運ぶのが客車、貨物を運ぶのが貨車、荷物を運ぶのが荷物車
自ら動力を持って旅客、貨物、荷物を運ぶのが電車やディーゼルカー まぁ元々は機関車、客車、貨車が鉄道車両の基本分類だったところに、
異端として電動客車、内燃動車が発生し、
旅客車両はいつの間にかそちらが主流になったために、
客車という言葉が浮いてしまった感じですかね。 客車時代末期の瀬戸のシンデラは、空調が調整できず夏でも寒くて参った。
それ以来、盛夏でも長袖を着て出かけることにしている。 戦後の日本に「虹の架け橋」とも言われたホームランをかっ飛ばし
プロ野球の星、少年たちのヒーローとなった大下弘選手が
西鉄ライオンズを去り、博多を去るときに乗り込んだのが寝台特急「あさかぜ」。
当時、ホームが大混雑し発車時には少年たちの「大下さーん」という涙声が響いたという
西鉄の選手たちが関東に遠征するときの常宿ならぬ「常寝台列車」は
はじめのうち「あさかぜ」、のちに「はやぶさ」に変わったとのことだが
これは時間帯が良かったからか、ほかに理由があるのか
ちなみに関西遠征のときには特急「かもめ」での移動が多かったという 【寝台急行〜それはかつて東京に恋い焦がれた関西人が大勢乗り込んだ、思い出の夜行列車なのである!】
走る!東海道を駆け抜けて(銀河号!)
走る!ココロの中で永遠に(銀河号!)
それが それが それが 銀河号(銀河号!)
死にたいくらいに憧れた街
東へと向かう列車で旅立つ
昇る太陽 拝んだ翌朝(銀河号!)
ガンガンギギーン 銀河号!
ガンガンギギーン 銀河号!
いつかは錦を 飾りたい
ガンガンギギーン 銀河号!
ガンガンギギーン 銀河号!
銀河を貫く伝説の夜行
寝台急行 銀河号 深夜走行で人目に付かないのに、DE10けぼのにヘッドマーク、それも行燈式という
粋な計らいをした新庄運輸区には頭が下がった。 >>134
あのカンがあんどん式というのを初めて知ったんだけど
語句いろいろ変えてググっても触れてる人いないけど本当?
如実に光ってる画像とか、ひとことでも触れてあるサイトとか、おしえてください。 そりゃ深夜だから撮影している人も少ないんでしょ。
本の写真だと反射素材みたいに光っている。
DE10のバッテリーから給電していたのかね? 深夜撮影してる人はいくらでもいるし、
ネット時代になってうぷする人も多いからいろいろ見られる便利な時代だけど
画像を見ても確証に欠ける
あんどん式だという証拠はどこにあるの? 要するにただの反射じゃないの?
本当にカンが電照式なら現時点までで
もっと話題になってて当然だが全く無い
134の思い込みじゃなけりゃ、134が書かれる前に
取り上げてる人が最低1人は居てもおかしくない。 あんどん式と呼ばれていた様な気もするし、
光っていたのは多分、ホントなんじゃなかったっけ。
「懐かし」という程の時代じゃなかったから、
このスレではあまり話題として見かけないのかも知れんね。 ttp://ameblo.jp/smilykaz/entry-11782502030.html
ttp://ameblo.jp/kiha28/entry-10055063633.html
文章なら割と簡単に見つかったが ID:HxPvy4iUじゃないけど、目撃者が反射を誤認した可能性も消えてないよね。
あきらから画像がでてこない限りは。
当時の写真画像を見ても、明確に内部から発している光源を確認しにくい・・・・ 詳しくはJtrainあけぼの特集読んでください
DE10元運転士のインタビューも載っている 北海道新幹線開業後、寝台列車はサンライズ瀬戸・出雲のみとなってしまうようだ。
こんな時代がやってくるとは思わなかったな・・・ >>146
あれは石破のご用達列車だからな
奴のチカラで延命するでしょう 寝台列車は非日常感が味わえ、情緒があって良かったのに。
非日常的だから廃止になってしまったのかも知れないが。 東京駅21時、夜9時丁度発のブルートレイン「出雲3号・紀伊」は、出雲市行きと、紀伊勝浦行きの車両を連結した寝台列車である。
途中、横浜、熱海、沼津、静岡と停車したあと、 名古屋に午前2時04分に到着
しかし、ここは運転手と機関車が交代するだけの、いわゆる運転停車のため乗客の乗り降りは無い。
そして列車は出雲行きの両8と、紀伊勝浦行きの6両に分割される もしかして西村京太郎のブルートレイン殺人事件だっけ? >>148
そうじゃなくて、他の移動インフラが激安になったからね。夜行も昼行も。
それに尽きるのではと そうです。紀伊の最後部は9号車だったんです。あなたはブルートレイン紀伊が名古屋で方向転換していたことを知らなかった。
それで工藤から最後部と聞かされた時、なんの疑いも持たず9号車にコンパクトを落として行った。
翌日、山本真紀のハンドバッグを松阪駅近くに捨て、捜査の目を松阪方面に集中させようと工作した。
だが、たった一つのコンパクトが、全てをぶち壊したというわけです。 「紀伊」の機関車激突事故は間一髪というか
人気列車で満員だったりしたら大惨事になってただろうね 西明石の富士の事故は
ネフの通路側にオフセット衝突したのが幸い
ここに車掌が居なかったのも 当時の富士は、列車線ではなく緩行線を走行していたのですか? その日は列車線が工事のため緩行線に入ることになっていた 半年前の件で恐縮だが
>>52の話だけど
これ単に、寝台か最低でも指定席取りたくて、さくらの座席しか取れなかったってだけの話だろ?
さくらの寝台がいっぱいで雲仙の寝台取れるわけがないよ
ハネ1両か2両しかつないでなかったんだから
急行寝台より特急座席とかそんな話じゃないよこれ バスタブ有りの風呂付寝台って昔あったっけ?
構想倒れで終わったっけ?
西日本のクルーズ列車に、1両1室・風呂付車両が出たから、
もし昔にもあったなら何年ぶりのことだ?と思って。 トワイライトに終止符か
それにしても何処も九州のマネするな でも、各社エリア内完結の周遊タイプとなると、釜牽引であれハイブリッドであれ
ああゆうタイプの列車にならざるを得ない。 だからコンセプトの時点ですでに二番煎じだって言ってんの なら、ああゆうコンセプトの列車は、九州という島地域内だけ走ってればよかった、とでも?
他社は「イケる!」と思っても、、そんな二番煎じがどーのこーのという頓珍漢な批判が嫌だから、
同コンセプトの列車は走らせるべきではない、とでも? クルージング型超豪華寝台列車だけでなく
鉄道博物館もみんなマネしている なるほど、金帯あさかぜ以降のブルトレ個室化改造車や
体質改善B寝台、グレードアップ食堂車は
二番煎じだからよろしくなかったと いや、最初に悔し紛れなのか、本気なのか知らないが「二番煎じ」と書いた奴が一番悪い。 ただ単に今の流れが自分の好みに合わない上に
後に続く会社があるのが更に気に入らないのを
その後に続く会社が悪いみたいな言い方してるだけのようだからねぇ >>172-173
酉関係者が必死w
見苦しいよ。 別に必死になる必要無いんじゃない?
自社エリアを巡るだけなんだし。
別に先輩格の九州に殴りこみかけるわけでもないし。 >>174
では最後出しのJR東はもっともっと必死にならねばらりませんね(ww。
3番煎じとヲタから言われちゃうから。 174-176まで、図らずも透明あぼーんになってる
やっぱりという感じ>>171 トワイライトも間もなく仲間入り
専用スレ立てたけど・・・ 1962年生まれだが北斗星とカシオペアの終焉が鉄道旅行の終焉となる。鉄道自体
の興味はなくならないが、鉄道旅行の楽しみは完全に奪われた。 キモオタが減ってなにより。
って、鉄道会社も安堵するだろうな。 ↑
こういうキモヲタが死んでくれたら鉄道も安泰なわけだがw で、国内寝台が詰み状態だから、「そんじゃあ!」と海外へ目を向けようともしない国内固執鉄。 でも欧州も特に西側は結構詰んでるよね
イタリア発着の国際夜行はThelloとアレグロ以外は壊滅
Thelloの前身のアルテシアやアレグロは何往復もあったのに細々と残るのみ
スペイン発着のパリ・チューリヒ・ミラノ直通国際夜行全廃
そしてスペイン国内夜行の食堂車全廃
ドイツと近隣諸国を結ぶCity Night Lineの食堂車営業全廃
ちなみにフランスは夜行はクシェット主体になって個室寝台が全廃になって久しい ヨーロッパでもユーロナイトによる、6人室の1等コンパートメントを独り占めで夜行移動なんてのは、今や昔なのか?
同室に他人種が居た時の夜のドキドキ感なんて、今じゃ味わえないのかな? 他人種て、ヨーロッパならむしろ日本人あるいは東アジア人と居合わせる方がよっぽど珍しいだろうw アフリカ系のヨーロッパ黒人・チュニジアとかモロッコの北アフリカ系・白人・イタリア系の中に
ポツンと日本人1匹、慣れてない奴だったら泣くぞ(ww 12月の富士の復刻運転の時は東京は混雑しそうですか?
伊東まで行けば撮影できそうですか? 正直、鉄道懐かし板の住人には件のリバイバル「富士」は追いかけて欲しくないなぁ。
と、言うより「追いかけない人」であって欲しいし、「富士」と認めないで欲しい。
あれは「富士」じゃないですから。アトラクションの一種で雰囲気だけを提供するだけですし、「富士」は伊東になんて
行きませんから!昔の「富士」を知っているならば、その思いでを懐かしめばいいのです! リバイバル列車や復刻塗装すれば、マニアがやってくるので関連商品含めて儲けられるという、鉄道会社は算盤弾いてるわけだろ
それに乗るかどうかは個人の自由
わたしゃ、リバイバルものなんて要らね。何の価値も感じない 乗ったことのある奴、経験したことのある奴は個々が思い出を遠い彼方に
仕舞い込んでおけばいいのだ。 ここはそういうスレなんじゃないの?懐かし板なんだし。 >>192-195
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/jnr/1264922394/630-
↑
こっちで少し語ったけど、
9001レに乗った身としては、正直、心が動いたが、
記念的な列車なので、18時前後の発車じゃないんだろうな、と思ったら
急激に醒めた。
これを思うと、過日の「天の川」に、何としても乗ればよかった。
限りなく18:03に近い時刻に、テールに立って65の顔を見ながら、10番線を発つことができた。
2008年春の銀河廃止までのテール展望が追体験できた。
天の川発車の動画をみたら、誰も遠慮したのか、
テールにはヲタが1人くらいしか立ってなかった。 定期で走ってない時点でイベントと思って笑って楽しんで見てりゃ良いじゃん。
いまさらリバイバルやってもしんみりとかしねーよ。
いいように金むしり取られるだけだろ。 鉄屑はケチしかつけないなwww
早く成仏しろよwww 屑ガーの基地害、今では懐かし板でまで暴れてるのかw 寝台じゃないけど、いすみで夜行列車ツアーやるらしいじゃん。
線内2往復半するらしいよ。こっちの方が実際の体験に近いぜ! >>204
昨日、いすみのHPで見たよ。
大原で風呂、晩飯後、1ボックス一人占め、二人占め、ロングシート使用とか色々なプランがあるぜ。
要所要所で撮影タイムもあるようだ。 >>205
何が目的で?
こんな列車乗る人いるのか >>202
負け犬鉄屑ガーうざいよな
相手にされないからって懐かし板に来て板汚すな >>206
目的?乗ること自体が目的になってええやろ >>206
前回好評でまたやるらしい。
自分も興味はある。
千葉支社で確か両国から銚子まで583系使って寝台車ツアーやったでしょ?
それのいすみ鉄道版だと思う。
目的や集客ターゲットは同じなんじゃね?
正直、自分も興味はある。一人じゃ嫌だから上さんでも誘おうかと思ったが、絶対反対されそうだから相談してない。
いいよなぁ、嫁が鉄子の奴はさぁ。 一緒に行くのを反対する嫁が
コッソリ誰かと行ったりしてな >>210
独身時代、乗り鉄やってた時は一人で行くことにこだわっていたのに、なんかダメなんだよねぇなぜかw
>>211
まぁ、それもなくはないかもなw
そこで自分はツルんですよ。
ミステリー列車だと「松本零士先生も来るよ!」、ムーンライト信州なら「すげぇ花火見せてやる」、銀河ん時は「アーバン
ポリスのロケ地連れてってやる」とか。 >>209
>
何それマジ?
家の前を583が走るんなら、乗ってみたかったw
結構前の話なのかな? >583系で両国から銚子
スマン、消えてもうた。
全角アンカーの次に入れたかったのは↑ね。 連レススマソ
ちょっとググったら、すぐに見つかりました。
成田線経由だったのね、総武本線経由なら家の前だったんだがなぁ。
ほんの数年前なのに、全然知らなかった。 瀬戸のシンデラに乗ったときのアメニティセットが出てきた 白いジップロックみたいな形のビニールバッグに青いJRマークのやつだっけ キハ52改の寝台気動車を実用化するつもりだろ鳥ちゃん。 余り聞かないねえ、準急の夜行自体少ないのでは
ソモソモ準急は比較的近距離だし 逆に夜行普通列車は必ずしも各駅停車ではなくて止まらない駅もあったくらいだしな このスレでカートレインの話題出してもいいのか気になる。
発着駅も汐留→恵比寿→浜松町と変わり、自動車の積み込み関係とか複数会社の運行などの理由で廃止にされたのが惜しい 日本にカレーやフォークストンのような基地が造られなかったのが悔やまれる(ww
青函には新幹線しか通さない目論見があったのだろう。 寝台列車は衰退の一途を辿ることを見越していたからでね カートレイン自体も夜行列車衰退の副産物から、
一時的なテコ入れを目指したイベント列車みたいな
印象もあるしなぁ。 積める車体のサイズが話にならない
まぁ車も良くはなったから自走も苦にはならないが 何かカローラクラスの車までしか入らないみたいな
制約があったんだっけ?
思い返すと普通の車運車(ク5000とかそういう奴)を
繋げてりゃ良いじゃん?なんて気もするが、色んな事情もあったんかな。 wikipediaで調べると速度制限とか、
そういう理由があったんやね。自己解決ですスマソ >>230
ワゴン車とかミニバンは入らないのか?
あんなに大きい車体なのに>>ワキ10000 >>232
カートレインでの自動車の積み降ろしは、専用のパレットに自動車を載せて、それをワキの側面からフォークリフトで
行う方式で、ワキ1両に自動車3台積載としたから、寸法制限ができたの。
ワキの屋根の中央は高いけど、側面の開口部は低いでしょ?
後年、北海道でミニバンにも対応できるように、ク5000みたく車端部から自動車自走で積み降ろしできるように
改造されたのができたけど、それまでは高さが1,985mm以下に限定されてた。 ついでに、ワゴン車でもライトエース・タウンエースクラスのノーマルルーフあたりなら寸法的には収まるけど。
乗用車含めて車検証記載の寸法に基づいて積載の可否をしていたので、ルーフキャリアなんかを後付けして
寸法変わってる場合は、それらを外さないと載せてもらえなかったって。
事実は確認してないけど、それをダマで載せてもらって、万が一傷かついても保証してもらえないばかりか、
列車側に損傷が認められたら、修理代を請求されるなんて噂もあった。 カートレインに関してはトレインオントレインに期待してる フェリーの方が面倒なくていい
道内はどうしようもないが 今日は博多あさかぜ・みずほの廃止から20年になる日ですな 寝台列車廃止の報道って、何故か正式な記者リークで発表せず、
いつも「JR関係者への取材で分かった」って所がミソだよな。 すっぱ抜き報道したマスコミと列車名
出雲 地元新聞
彗星 ?
なは・あかつき 朝日?
はやぶさ・富士 読売
北陸 能登 読売
日本海 きたぐに 読売
あけぼの 読売
トワイライト NHK
北斗星 共同通信?
読売がダントツ多いな 時代の流れだから仕方ない
需要もないのに残すことないよね はあ?
需要離れを食い止める努力もせずにそれ言い切るか
それだけでなくJR自らが煙たがってたじゃん 夜行列車なんてもともと17時台とか18時台にぞろぞろ出ていた列車だったわけど
いまじゃ新幹線や路線によっては昼行在来線特急でその時間に出れば日をまたぐことなく
現地についちゃう時代だからね
夜行というのは目的ではなく手段としてやむなくやっていたことにすぎなかったし
車内で夜を過ごすことを目的とした列車は別に作ってるわけだから
努力してないなんて逆恨みもいいとこだ >>248
需要離れを食い止める努力はしてたし
儲かるだけの需要を確保出来なかっただけ こういうスレじゃそういう論調になるのはしょうがないけど
本来夜行ってのは仕方なくすることで
その仕方なくやっている夜行を解消するために努力するのが
交通機関各社が目指すべき努力の方向性だと思うんだがな 今は解消するというより最初から存在しなかったことにしようという感じだがな だったら記念式典のセレモニー列車にブルトレの車両を呼び寄せたりはしないと思うぞ
電気釜しかないけど国鉄特急色の189系か485系で済ませてたんじゃないかな 鉄道ダイヤ情報に、JR貨物がNEXTあさかぜと言った次世代寝台列車走らせる
というフィクションが載っている。
鉄道って自動車と違って旅客輸送には二種免許とか関係ないもんね。
過去に急行ちくまやかいもんがJR貨物の運転士と機関車で牽引していたっけ? >>255
あー、それ何か記憶にあるw
ダイヤ情報とかジャーナルの妄想記事も、
それはそれで読み返すと面白いかもね。 >>255
鉄道の場合クルマで言うところの二種免許に当たるものしか無いからね あとの問題はウテシの腕次第かな
貨物しか運転してないから発車時の衝動激しそう
密自連装備のEF66ならいいけど、EF200やEF210は並自連だし
熱海までは衝動なかったけど、JR東海区間は乗り心地悪かったとかRMの富士・はやぶさ乗車レポートに書いてあった 夜行列車の愛称と時系列
ゆうづる 金星 明星
トワイライトエクスプレス
北斗星 カシオペア 銀河 天の川 彗星
あかつき 明星 金星
あけぼの
サンライズエクスプレス
あさかぜ
夜行列車じゃないけど、にちりん
暁と曙は時間帯が違うんだよな ゆうづる 金星 明星
トワイライトエクスプレス
北斗星 カシオペア 銀河 天の川 彗星 月光
あかつき 明星 金星
あけぼの
サンライズエクスプレス
あさかぜ
夜行列車じゃないけど、にちりん
月光忘れていた・・・ にちりんの夜行としての名前は、ドリームにちりん、だ
あと、ドリームつばめ、もな
時系列としては自然現象ではなく人の営みだけど >>255
それこそ貨物なんだからカートレインやれば面白いのにね。 >>270
今天体の話ちゃうで
ゆうづるやあさかぜのどこが天体やねん? >>270
「海星」は「マリス・ステラ」、すなわち聖母マリア様のことやで。
そんな聖なる名前を、三面拳の一人とはいえ、格闘家の名前に変えてしまうとは。 博多あさかぜに乗って、食堂車から朝日に染まる瀬戸内海を見ながらすするみそ汁がうまかったなぁ。 オハネフ12ギリギリ間に合った世代です。今思えばよくもあんな設備で5000円もとれたなと思うが当時は横になって移動出来るだけマシだったな。 夜行列車が絶滅しかかってる今となってはむしろ「安い」 オハネフ12ギリギリ間に合った世代です。今思えばよくもあんな設備で5000円もとれたなと思うが当時は横になって移動出来るだけマシだったな。 減光のない、向かい合わせの膝がぶつかりそうな、
固定クロス4人掛けの直角シートに一晩中突っ張らかって
尾骶骨の痛みに耐えとりあえず目を閉じてる、
それに比べれば10系3段式B寝台でも天国。 10系の中段は寝そべって窓が見れるのがよかったな。
窮屈だというけど、ガキだったんで全然気にならなかったし。 超本命が大穴
暇つぶしに覗いて見たけど あり得ない女が・・
見返りをもらって損はしなかったww
■をn2ch.netに変えてみて
sn■/s11/532sayo.jpg 飛行機から新幹線・在来線・バス・船への鞍替 4人目
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/airline/1407580760/
エアライン板のこのスレでも話題になったのだが、東京〜大阪は深夜の移動は今は夜行高速バス一択なんだよな。
以前は寝台急行銀河があってそれなりに需要あったんだが、JR東海に機関車運転士がいないせいで廃止。
以後0時〜6時は新幹線の運転がなく、飛行機も飛んでない夜行はバスしか選択肢なくなった。
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/19710316
ここに書いてあるように夜行列車の需要は
1.ビジネス需要
2.安上がり需要
3.想い出需要
なのだが、ビジネス需要は新幹線は飛行機に、安上がり需要は高速バスかLCCに取られて、残るは3の観光需要だけ。
しかしそれすらカシオペアと九州限定のななつ星しかないんだよな。JR東海・西日本が新たに寝台列車投入する話もあったが。 一度だけ乗ったが、天井が低くて圧迫感があって苦痛だった。
二度と乗りたいとは思わない。
窮屈の度合でいえばまだ夜行バスの方がマシ ★★の上段なら禿げしく胴衣w
屋根のカーブで高さは半身分が弧を描いて低くなり、寝返りは不可能。しかも荷物もベッドに置くし、脱いだスーツやコート、
ジャンパーはどうすんだよってw
着替えも不可能で通路に降りて着替える。
“はくつる”“ゆうづる”の上野着30分前はまぁ戦場だゎw
刑務所にしたってもっと好環境だw そうだなぁ、寝ちまえばな。
線路方向に寝れるのは快眠に寄与できるような気がする。
ローリングも心地よかった気がする。
先頭のクハネだとトンネルの出入口で雪の塊が落ちてきて、豪快に屋根の上を転がる音がした記憶がよみがえる。 >>トンネルの出入口で雪の塊が落ちてきて、豪快に屋根の上を転がる音がした記憶
良いなあ… そういう経験してみたかった。 そうか??車高高いくせに高速走行するからやたら揺れるし、当然モーター騒音もうるせえし今のレベルじゃ特急・寝台料金払う価値もないもんだがな。
冬はデッキが雪まみれで旧客かよww 2段ハネは上段のがいい、下段は最初楽だが真ん中が盛り上がってて背骨にくる
あけぼののBソロ上段がヘッドホンのオーディオついてたり曲面ガラスから夜空がいっぱいで良かった そのためか後年下段ハネのクッションが平らなものに交換された車両もあったのお 俺顔を横にして寝るから片方の耳が寝台と密着する訳よ
そうすると床下からの騒音源が増幅して聞こえるんで中上段の方が安眠できたわ 騒音源と言えば通路の足音もなんだけど、客車ハネはなんで通路に頭を向けて寝る作りなんだろうね?
自分はいつも人通りのない窓側に頭を向け、通路側に足を向けて寝ていたが…。
未だもって通路に頭を向けて寝る作りには理解に苦しむわ。 不思議と欧州の寝台も頭は通路側
車掌の便という可能性もあるが 頭は通路側って、何かで決まってるん?
もしかして読書灯が付いてるのって、通路側だったっけ?
数回しか乗ったことないから、記憶薄いけど、
通路側に足を向けて寝た様な記憶があるんだが。 >>296
そっすよ、読書灯が通路側に付いてるっすよ。
通路に足を向ける派だが、これではかなわぬと夜中に足を向ける方向を唯一、窓側にかえた事がある。
真冬の北海道で“大雪”に乗った時、壁際の暖房がメチャクチャ暑くて、脳ミソが沸騰の直前までイッた時だったねw あぁ、読書灯は通路側だったんですね。
それなら、たしかに想定は頭が通路側なんでしょうね。
読書灯つっても、本が読めるほどには明るくもなかったから、
気にしてなかったのかなぁ。
ブルートレインの本とか持ってって、ベッドに揺られながら
車内で読もうと思ってた目論みが崩れたっけw
家族旅行で使って、俺が子どもだったから上段に行かせてもらって、
「落ちるなよ」とか心配されながら、半身を出して窓の景色を眺めたり
したっけなぁ。黒磯の機関車交換見学に親父に付き合ってもらいました。
24系あけぼのの話です。 窓のところの柱から寝台に足から滑り込むって難しくね?
特に52センチ幅自体は 583系ならギリギリ体験した
ちょっとコツが要るけど中段上段に入り込めれば特に問題はなかった 腰の曲がったお年寄りにはやっぱ厳しいかorz。
★や★★★なら上中下で料金変わんないからベッドを替わってやってもいいかなぁ…。
★★の下段だと指定買いしてるから辛いがチョッと勘弁だな。1000円違いで射当てた快適空間だしなぁ。 北斗星も歴史上のピリオドになるわけだけど、感きわまる感じがしないなぁ…。
自分でもわからない、なんでだろか…。 >>303
北斗星自体に、先人たちのような歴史がないからでは?
『北斗星のラストラン』と聞いても、確かに今一つなんだが
『ブルトレの歴史が終わる』と思うと、万感胸に迫るものものがある。 一応北海道連絡列車の継承列車ではあるので歴史が無いというのは言い過ぎだと思うぞ
その辺差っ引いても「紀伊」や「明星」「出羽」「北星」よりは長いんだけどねえ トワイライトにしても北斗星にしても、ラストランというのが「造られたブーム」であるような感じがして仕方がない。
JRに旅行業者、それに鉄オタ相手の売文屋にマスコミ、そういった連中の商魂が透けて見える。
そして、造られたブームに乗せられる鉄オタ。笑っちまいたくなる。 トワイライト、北斗星の編成にも原因があるんじゃないだろうか?
よく議論されることだけど、スシ24が紛れ込んだことでブルトレと認めるか否か…という問題
確かに、黄金期のブルトレ固定編成美に比べると見劣りするわけで、こだわる人にはイマイチなのかも
ちなみに俺は、これまでの実績からブルトレとして十分に認められると思うけどね。
あと、もう一つは直近に引退したブルトレが、日本海、あけぼのだったのもあると思う。
日本海(1968-2012/44年) あけぼの(1970-2014/44年)に対して、 北斗星(1988-2015/27年)
他の短命なブルトレは論外だが、やはり歴代のブルトレに比べると歴史が浅いと言われても止む無しかと 北斗星より長い寿命のもの
あさかぜ 1958-2005 47年
さくら 1959-2004 45年
はやぶさ 1959-2009 50年
富士 1960-2009 49年
みずほ 1961-1994 33年
はくつる 1963-2011 50年※583系の期間あり
ゆうづる 1964-1994 30年
あかつき 1964-2008 44年
彗星 1968-2005 37年
日本海 1968-2013 45年
あけぼの 1970-2013 43年※実質鳥海の期間含む
出雲 1972-2005 33年※サンライズ除く
瀬戸 1972-運転中 43年※サンライズの期間含む
なは 1975-2008 33年※583系の期間含む。明星の期間を含むと40年
北陸 1975-2007 32年
北斗星未満の列車自体、北星とか出羽とかつるぎとか泡沫列車しかないじゃん 「あけぼの」は冬春夏と臨時設定なかったということは、完全廃止認定でいいのかな? 泡沫列車でいいからブルトレ走らせて(●´・ω・)ォネガィ 80年前後のブルトレの車内放送なんだけど
寝台特急って言う人と、特急寝台って言う人がいたよな。
個人的には後者の方が、玄人っぽくて好きだった。 博多駅で、
夕日を浴びながら出発を待つ581系「金星」は、
特別格好良かった。 自分が乗った時は、単に「特別急行、あさかぜ4号東京行きです」と言っていた。 >>319
それだと、特別な寝台急行になってしまう希ガスw。 1970年1月に寝台急行「つるぎ」に母と弟と3人で乗りました。
近年のブルートレイン廃止のニュースを見るたびに子供の時のかすかな当時の記憶が
思い起こされます。
ここで質問なのですが、
当時のこの列車の寝台客車の形式をご存知の方、教えてください。
また、それがわかる資料、書籍がもしあればご教示願います。
よろしくお願いします。 >>327
紹介頂き、ありがとうございました。
サイトを見たところ、
40年以上前の列車ことが時刻表とともに綴られており、とても興味深いです。
客車形式と編成が載っていたので大満足です。 客車は個人サイトでもかなり充実してるのが多いね
誤りも少なく、裏取りがしっかり出来てる rail artは今はブログだけになったけど前は30年分くらいの特急、急行列車の時刻表データをHPで公開してたんだよな
個人でよくあれだけできたわな
サーバー代の負担と意欲がなくなって閉鎖しちゃったけどいいページだったよね 52だけど久しぶりに書き込むけど、その間にもあけぼのや北斗星など確実になくなりましたなあ。
九州人は東北の人みたいに列車の格とかこだわらないみたい。さくら、だってオヤジは列車名よく覚えてないよ。熱海通過だったからしょうがなく静岡で降りた、たしかさくらだったような、みたいな 列車の格に拘らないような人たちなら新幹線さくらの停車駅であんなに揉めないと思うぞ 乗車は博多から。あさかぜは満席だったんだね。昭和36年。オヤジはダム工事の技術者やっていて無茶苦茶忙しかったらしい。だから直前まで指定券とれなかったというのが口実だけど、何かにつけ家庭を二番目におくオヤジの考えはその後いろいろな問題をもたらすのであった。 >>294-296
窓ガラスから頭部を守るための伝統が
(線路や客車がしっかりしてきて以降も)続いてるだけ。 >>304
「ブルトレの歴史」的には
富士はやぶさでひとつの時代が終わった希ガス
それ以降にも国鉄由来の伝統列車(日本海 (日本海、あけぼの)は残ってはいたが、
なんか残滓感が強かった。 >>333
整備新幹線は自治体もお金を出してるから、停車駅に口を出すのは仕方ないんだよ 愛称とヘッドマークでのイメージ
夕暮れ〜薄暮〜薄明 ゆうづる 北陸 トワイライト
宵の口か明け方 金星 明星
夜間〜深夜 月光 ムーンライト 北斗星 カシオペア 彗星 銀河 天の川
薄明〜明け方〜日の出 あかつき あけぼの サンライズ あさかぜ ホ〜ムタウンまで 切符をちょうだい
ちょうど夜明けに 着く汽車の〜
お前はどこのワカメじゃw ブルトレの走っていない時代が来るとはな
慣れるまで、相当時間がかかりそうだ もう慣れたというか、「あったらないいのにな」と思うこともなくなった。
10年程前久々に乗った九州ブルトレ、車内販売はなし、個別で空調調整できない蒸し暑い寝台
時代は変わったと痛感した。
結局それが最後のブルトレとなってしまった もう選択肢ねえだろ
用事作ってサンライズにでも乗ってみ いやあ無理だ
阪九フェリーを格安のネット予約で個室とって
ロビーでミニライヴ見て、タダで露天風呂入ってたら寝台列車に乗る気がしない >>349
ミニライヴって、どんなことやってるの? >>350
素人かプロか不明だがギター弾いたりトークしたり、
他にも風呂上がりに売店でアイス買って大画面のテレビで野球みたり、明石大橋をデッキへでて見上げたりできる
俺は個室をとるが雑魚寝でよければ往復1万円の格安プランもあり、それでも露天風呂やドライヤー、男女別更衣室は無料(タオルは有料)
時間がかかるのと、港迄遠いのが難点、外海と違い瀬戸内海は揺れもほとんどなくまず欠航しない 大阪→九州にしか使えないじゃんw
サインライズはそもそも東京→出雲、高松なのにアホなの? JR東日本はブルートレイン残してるんだっけ?
何年か前に東京〜伊東の「富士」走らせましたよぬよね? 尾久に出雲廃止からもう10年放置プレーのボロボロオロネ、オシと、北斗星のオロハネ、スシ、オハネフの各24系ならまだ残ってるで
どれも検切れで営業運用は不可能だがな
そのうち鉄博に保存予定なんやろ 名古屋発のブルトレってなかったな
名古屋〜九州とか、名古屋〜米原〜新潟〜青森とかあっても需要なかった? 金星で十分だったし東京ブルトレも名古屋でも客を拾ってたからねえ そんなタイミングで東京に北斗星の寝台の部品を使った安宿作るってよ
外国人向けに 鉄道オタではない種族にそれを言っても無駄だろう
俺なんか通知表の記述で、電車に限らなかったから
「列車」と表記したのに、管理職に「電車」と直されたもん。 坂を登る電車を下りというし、車両を取替えるわけでもないのに交換すると言って困惑させたり
客を乗せる日本の新幹線は客車ではないと言ったり 京浜急行の快速は快速ではなく快特で快速特急のことと言ってたので、快速特急というと快速特急と言うのは間違いと妙なこと言うし
保土ヶ谷駅て何線か調べてたら、覗き込んで…
また訳の解らん事言ってた
これだから鉄オタて
もう ね それを言ったらガソリンカーは汽車や電車にあたらないからカーブで速度超過しても
よい─。とか言った鉄道会社レベルになるだろw 一度だけ体験した寝台車乗車。
しかし近くの寝台の客が夜中に飲食を始めた
その食べる音がクチャクチャと不快極まりなく、一睡もできずに翌朝を迎えるハメに。 物は考えようなのだが
最末期の あさかぜ に広島から乗車したら自分の車は誰もいない
車掌に聞いたら、まああること、という
東京まで1人だった
誰もいないと静かというより不気味 それじゃあ廃止になるのも止むを得ない
バカ高い寝台料金+特急券+乗車券で
高速バスとさほど変わらない所要時間だしな
高い安全性と広くて足伸ばせてトイレの心配ないのだけは勝てるけど あさかぜじゃなくてはやぶさだったけど
自分も車両に他に誰もいなくて
心細かったらほかの車両をご案内しますよと
車掌に言われたことがある バスのほうが1人あたりの二酸化炭素排出量ははるかに低いな
環境に優しくない寝台特急 >>370
11月から1月まで、とあるプロジェクトで東京〜広島を何回かあさかぜで往復した時の話
平日なので空気輸送も仕方ないとは思ったが
東京〜広島だと、夜行列車で眠れる人には、宿泊費が浮くし、時間帯も良かった
東京発が30分か1時間くり下がれば最高だったけどね。広島で喫茶店でモーニング食べようにも、開店待つのが長く感じた
あさかぜは車内で車掌からシャワー券買ってサッパリするのも楽しみだった ドキドキしながらあかつき5号彗星3号を
待っているとEF58にヘッドマーク無しで
がっかり。
でも岡山では後続の始発月光と並んだりして
楽しい一夜だった。 あさかぜって倉敷から現サンライズの筋そのままだよな
なぜか三ノ宮無視だが
広島8時ならギリ耐えれるけど下関からは苦痛すぎる
姫路とか大阪から使うのがちょうどいい 俺は東京から広島出張によく往復で使ったが
サンライズの広島行き、やって欲しいな しかし、18分も遅れながら、混雑する朝の東海道線を、かくもスムーズに走行できるのは、どう考えてもおかしい。大昔と違って、普通列車を待避させて先に寝台特急を通すなんてあり得ないはず。いったいどういう仕掛けなのだろう。
朝の横浜駅で7時2分に横浜に到着。朝の会議が無ければ、このまま、終点東京まで行った方が楽なのだが、致し方ない。ホームに降り立りたつ。
ここで、ふと、列車案内に目をやったとき、ピンとくるものがあった。
そうか、これは、今は無き”あさかぜ”のスジだ。18分遅れのサンライズは、あさかぜのスジに乗って、混雑する朝の東海道線を比較的スムーズに走ってきたのだ。
あさかぜが廃止されても、そのスジは、まだ残っているのだろう。 その筋: 明治以来、報道や口語で、直接名を言うのをはばかられる機関や組織を指す
そのスジ: スジとは列車ダイヤで一本の線として表現される列車の運行時刻を指す
今時のマニアはダイヤの読み方知らんのかなあ _________
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│ ┃┃ │
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│ ● │ あさかぜ│ ● │
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|. _┌─┐ l」_[).ロ]_l」 凵 |
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―//――――――――\\― 幼稚園の時に乗った急行「しろやま」
乗った寝台は、最近知ったことだけど、座席車主体の中のわずか3両しかなかったそうな
阿久根を21:30頃に乗ったのに大阪には翌日15:00過ぎ
何とまあ牧歌的だったことか 寝台解体のタイミングや昼間の座席利用客が乗り込んできたかどうか
教えてください 1 2016年11月08日
船橋 11R 単勝 通常 9 100円 的中 530円
2 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→1 100円
3 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→2 100円
4 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→3 100円
5 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→4 100円
6 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→5 100円
7 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→6 100円
8 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→7 100円
9 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→8 100円
10 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→11 100円
11 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→12 100円
12 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→13 100円
13 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→10→14 100円 14 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→1 100円
15 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→2 100円
16 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→3 100円
17 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→4 100円
18 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→5 100円
19 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→6 100円
20 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→7 100円
21 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→8 100円
22 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→10 100円
23 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→11 100円
24 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→12 100円
25 2016年11月08日
船橋 11R 三連単 通常 9→13→14 100円 >>383
時間の感覚が違いますなあ
今はセカセカし過ぎなのかな 子供の頃の寝台列車の記憶。
広島から三ノ宮まで乗った「音戸」か「つくし」
東京行きの「みずほ」が出た後、22時40分頃出て、三ノ宮到着は5時前。
現在なら「のぞみ」で新神戸まで1時間15分、瀬野八の機関車連結省ける
メリットも有ったとおもうが、呉線回って時間稼いでも大阪着は早朝だった。 もう還暦だから・・・
国鉄時代に、54cm3段、70cm3段、70cm2段、電車3段、には何回も乗ったが、今から思えば、よく54cmで寝てたなぁ
しかし、同時代に急行「日南」に発駅着席券で宮崎or都城(記憶があいまい)から神戸まで満員の座席車で帰ってきた
時に較べれば天国だった。 寝台は狭いかどうかはあまり関係ないようだぞ
夜寝て朝起きるぐらいの夜行列車なら
そういう意味では急行新星みたいな中距離全車寝台車って適役だったんだなと >392
熊本に停車中の客車急行が満員で室内に入れず、クソ寒いデッキでガタガタ震えながら座ってると
すぐ横に583系(多分きりしま)がタイフォン鳴らしながら轟音とともに入ってきて、あっという間に出て行った
そのうらやましかったことといったらなかった 1988年の正月、北海道旅行の際に
音威子府から稚内まで天北線回りの
急行天北に乗ったら寝台車のヒルネ扱いだった
乗客は少なく、下段寝台を独り占めにして
正に昼寝状態で稚内まで乗った
天北線はこれが最初で最後の乗車となったが
人里少ない雪深い風景で、やたら頓別という名のつく
駅が多かった印象がある ヤフージャパンブログ社員ダイエットニュース マイナス金利狙い通り「仏」ローーンロンロンローーン
https://www.youtube.com/watch?v=uWLnfkOLmfk京都京野菜ぼったくり取引価格
ダイエットニュース (アリババダイエット40代偽装結婚プロ級世代(ヤフージャパンタイ資金洗浄(40代ブラックバラエティ道路公団談合)
違法改造大好き在日中国人報道中国車リコール発言台湾反日飛行機会社
ヤフーネットダイエットコーヒーニュースタウンワークサービス不足まいちゃりマイカー窃盗犯
安売ドラマ魔界村ビールぼったくり販売員適正価格
適当ビジネスニュース報道プロ級世代新社屋TRUMPTOWER左遷「仏」40代監視カメラ使用コンプライアンス速報駐車場 (★民主党鳩山政権TPP問題★★
トランプジョーカー切り(放送大学消防庁コストカットアイドルマスターアップ株式会社テレビビジネス森友学園パチンコ必勝法オークション販売時代)
NHK中国人用トランプ大統領テレビニュース(ヤフージャパン上院社員特別生活費支給旅行沖縄汚染水スキンケアテレビ東京槍杉ギャンブル依存症顧問職員)
ヤフージャポンマイノリティ社員「日本とロシアは仲良くさせてはいけないーhondasouichirouー」(在日中国人3月決算)
中国建築歌富裕層息子カジノ通い連日連夜オールTRUMPパーティーマスク女問題駅内マスクオンNACNN向け原文ダビンチ月刊(ニッカン)中國春文渋谷区木の葉崩しニュース7億5千万 >>392
夜行の旧客のハザとかで夜通し乗ってる事思えば
54センチの三段ハネでも横になっていられるだけいいだろ? 52センチの蚕棚は今でいう国際線のビジネスクラスのようなもの >>398
それは豪華ですという例えで言っているの?
ではなく、狭いよという例えなの?
だとすれば随分とリッチな感覚ですやねぇ ボックスシートで一晩過ごすことを思えば、52cm3段でも横になれるだけ天国だ
値段も全く違うが… 俺はB 寝台の三段目好きだったけどね。
狭いとこ好きだから。
寝台列車にはよく乗ったよ。
はくつる
ゆうづる
月光
はやぶさ
富士
さくら
復活して欲しいなぁ。 俺は閉所恐怖症一歩出前
なので三段ベッドは無理だった じゅん散歩でやってたけど、馬喰町駅の出口のあるビルに北斗星の内装使った簡易ホテルができてた、トレインホステル北斗星っての >>387>>393
あと、似たような話題のときによく忘れられがちなのが
「直通で(乗り換えナシで)」移動できた、って部分。
「多少窮屈でも」「完全に横になれて」「乗り換えなし」
この3つの項目のみで単純に考えれば、乗車時間が多少長くても
十分に対費用効果のてんびんにかけられる。
当時はまだ寝台料金は安かったというのもある つまり、
「多少窮屈でも」「完全に横になれて」「乗り換えなし」 「安い」
現在、2つめ以外を全て満たすのが、マイカー移動以外で隆盛の「夜行バス」。 夜行バスは乗り場が分かりにくいから
始めてだと不安があるな 富士で博多までA個室を使ったが揺れで全く寝れなくて困った。
帰りにムーンライト京都乗ったら、フェリーできた半島民が網棚の上で寝るほど混んでて立ったまま身動きできなかった思い出 狭いというが棺桶よりちょっと横幅が狭いくらい、
蓋もされないので体も起こせる、寝るには充分だよ。 ブルートレインの定義って何?
国鉄末期の子供向けブルトレ本だと間合昼行の「宗谷」「礼文」も載っていたが
廃止直前の「はまなす」はなぜかブルートレインと呼ばれなかった。
ブルトレブームの時に青い10系寝台車がブルートレインと呼ばれなかった理由を鑑みると
ブルトレ用形式である「トワイライトエクスプレス」と白いホリデーパルの「玄海」は
ブルートレインと認めなければダブルスタンダードではないのか?
前述の子供向けだと「廃止されたブルートレイン」の項目に当時583系だった「はくつる」と
60.3改正で14系座席車オンリーになった「津軽」が載っていたが
14系寝台車の連結が条件なら北海道の気動車夜行もブルートレインになる。 20年前って設定の漫画で、スレ民で寝台特急が語られてるけど、全然分からんわ
【福本伸行】 カイジ 逃亡11日目
https://fate.5ch.net/test/read.cgi/comic/1523278520/ ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と生活保護
を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人全員に支給する、『ベーシックインカム』
の導入は必須です。月額約70000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。♪♪ 【北斗軒休業と今後の北斗星公開について】
突然ではございますが、北斗星広場にある中華料理店「北斗軒」は
明日20日の営業をもって、休業する事となりました。
北斗軒オープンにあたり、北斗市に移住して下さった木村シェフご夫妻のお陰で、
北斗軒週6日営業と北斗星の平日内部公開を実現する事ができました。
絶品の薬膳中華を求めて、列車ファンの皆様のみならず、
多くのリピーターの方々が茂辺地北斗星広場に足を運んで下さるようになりました。
木村シェフご夫妻に、改めて感謝申し上げます。
1年間、本当にありがとうございました。
今後の北斗軒に関しましては、
運営する北斗市茂辺地地区創生会議の皆様との協議をしながら、
進捗状況をご案内させて頂きたいと思っております。
[北斗星車両内部公開について]
5月21日以降は、しばらく北斗星カフェの営業に準じて、
土日祝日に公開させて頂きます。
北斗星車両内部公開
日時:土日祝日(お盆休みは公開予定)
9:30〜15:30
以上、今後とも宜しくお願い申し上げます。
【北斗軒】北斗市の深い闇【閉店】 ・
http://rosie.2ch.net/test/read.cgi/hokkaido/1526791165/ この投稿で我等最後の別れとなるだろう。
妻もオレ【トキ】も同じく目指した北斗の地…
数々の奥義を駆使し、何とかこの地【茂辺地】に健康【愛と活気】を取り戻すべく降り立ったこの地…覇業の夢はついえた✨
死兆星⭐️は誰の頭上に‼️
いずれ又私の奥義を味わう事ができるでしょう。昨日はお馴染みさんばかりでした❗️
ありがとうございました😃
写真は去年来てから昨日迄の軌跡です。
あくまでも北斗です‼️北斗星でも北斗市でもなく北斗軒でもなく北斗の拳です‼️
バカがつくほど好きですので〜✨
その点が本当に残念です。なので一番北斗の拳から遠かった街を出て行き35周年を個人的に、お祝いしていきたいと思います☀️
数は少ないですが北斗者も来て頂きありがとうございました😃
薬膳&北斗の拳のスタイルは変わりません。
その日が来るのを楽しみにして下さい。
では大真面目に北斗の拳が好きで北斗市に来てしまって、妖星⭐️、偽りの天才✴️と闘い消えていく事をお許し下さい。
次回予告〜🎶
「頭の中でトムキャットのタフボーイを流しながら😃」
辺境の地で数々の奥義で愛を取り戻そうとしていた矢先〜〜食医のオーラが爆発するゥ〜✨
北斗は滅せず〜💫食医は新天地を求め又旅立つのだったぁ〜🎶
次回新章突入⚡️お前はもう気になっている…
ホォ〜〜終わッタァ〜✨
食医【トキ】 親が40年程前に福島駅から寝台列車に乗って秋田の男鹿半島へ旅行に
行ったって話なんだけど何て名前の寝台列車か教えて欲しいです 当時福島駅には秋田方面行きの寝台列車は停車していない
座席と寝台連結してた急行津軽で寝台車に乗ったのだろう 当時は既におがは男鹿直通だったな
直通だの乗換どうこうなんてことは覚えてないだろうけど もっとも40年程前ってのがどの範囲かにもよるんだな
1982年11月の改正であけぼのが3往復になった時、新設の一本が停車してるから >>423
何年に男鹿に旅行に行ったのって聞いたら「そんなの覚えてねぇ!」で終わりw
でも推測すると昭和50年から昭和53年の間頃だと思う。
福島駅に到着した寝台列車に何時ごろ乗ったの?て聞いたら
「真夜中に乗って朝方到着した」って。
教えて頂いた急行津軽の時刻に一致しますね バスの運転手なんて激務の割に給料安いからねぇ…。
不況で職がない頃ならともかく今となっては無理もない。運転手どころか整備士も足りないらしいし。 夜行バスなど、人間が乗るモンじゃないわな
乗客も運転手も
床下仮眠室だけでなく、クルマ全体が走る棺桶
昼の高速バスでも、単調な運転操作で眠くなるのに そんなこと言いだしたら寝る間も惜しんで移動に充てることが人間としてどうよと思う バスは周囲から体当たりされるからな
列車でもゼロではないが
それに、列車は信号誤認しても運転士が倒れても、ATSなどで最悪止まる
安全性は比較にならない
だから夜行列車が必要かと言われると、別次元のハナシだが おっ、テレビ東京の番組の心霊写真企画でしょっぱなに出てた写真だ!
たしか南正時先生が広島で撮った作品だ。
時代的には・・・1978年以前しか分からん、ゴメン 寝台特急みずほ号って本当に地味な列車だったなあー。行き先は熊本、長崎だもんな。長崎はさくら号とかぶるし、熊本もはやぶさ号とかぶるし。みずほが存在していた時ははやぶさもまだ西鹿児島まで行ってたが。結局熊本止まりになったけど。 わかる
今の新幹線はさくらとみずほが逆でいいんじゃないかと思う 東北がはやぶさを取らなかったら、みずほははやぶさになってたんだろう
なんではやぶさを東北が持っていくんだよ >>437
中央リニア新幹線の各停タイプをはつかりにする案提案
中央本線に初狩って駅がある 寝台特快で復活すれば、新幹線より安く、地元の通勤電車に抜かれる朝も許せる。 主要都市のビジネスホテルは値上がり著しいから、客の戻りもあるんじゃないかな? サンライズや夜行バスの盛況を見れば夜間移動の需要自体は旺盛なんだよ。
ただ、運行コスト面で見合わないと判断されちゃってる。
パーソナルスペースも広い上、バスと違って渋滞遅延もなく、もし事故等で遅延しても途中駅で降りて乗り換えることもできる鉄道の方が
便利なのは明らかなんだけどね。
個人的には関西在住なんで銀河が復活してくれるとありがたいんだけど東海が許さないだろうね。 >>441
実際鉄道の夜行が選ばれなくてバスが選ばれたんだよ >>442
乗車率自体は低くなくて最末期ですら繁忙期には銀河の増結していたこととか知らない世代かな? いくらパーソナルスペースが広いったって
出したコストの割に得られるスペースがしょぼすぎる
何千円も出しといて漫画喫茶以下しかない >>445
俺は仕事で毎月乗ってたけど毎回半分以上は埋まっていたよ。
それをして「ガラガラ」と言うならもう見解の相違だ。 >>442
なんで乗務員2人で50人しか運べないバスの方が、100人以上運べる寝台列車より安いんだろ。 >>442
なんで2人が夜勤しても50人しか運べないバスの方が、100人以上運べる寝台列車より安いんだろな。納得できない。 夜行バスは普段は値崩れして東京名古屋間が2000円なんてのがあるが、これガラガラ? >>448
鉄道は線路保守から信号機から何から設備維持が全部自腹。
バスは車両と従業員とその他の設備だけ。
運行経費自体も1両のバスと6両の鉄道じゃ段違い。 東京発着の寝台特急は機関車は東京機関区だけど乗務員は静岡運転所、なんて
パターンが多いのね
雑誌なんかのインタビューでは静岡運転所乗務員は喉が渇いた時に
お茶が飲めるようヤカン持ち込んで乗務してたとも 機関助士乗務じゃなく機関士二名乗務の列車ってどのくらいあったんだろ? 初めて乗った寝台列車は仙台→上野の「新星」だった。
旧式の3段寝台(寝台幅52cm)の下段だったが
中学1年だったの狭いとは感じなかった。
クラスメイトが仙台に引っ越したので鉄道好きの友達と2人で
冬休みに遊びに行った。
当時は鉄道に興味はあったが時刻表は見たこともなく
列車選びは友達任せだった。
往路は583系(自分の希望)の「はつかり」だった。
その後、寝台列車は「銀河」「さくら」「あさかぜ」「はやぶさ」
「富士」、「シュプール蔵王」(583系)、「ゆうづる」(583系)、「なは」、
「あけぼの」(ゴロンとシートも)、「サンライズ」、「エキスポドリーム」
等に乗った。 2006年の暮れに中国鉄路哈大線 (はだいせん) で遼寧省の大連
(Dalian) から黒龍江省の哈爾浜 (Harbin) まで夜行寝台を
利用しました。
列車は大連駅を夜8時半ごろ発車しました。軟臥のコンパート
メントで、二段ベッドが向い合わせに並んでいます。片側に私と
相棒が、もう一方には物静かな中国人若者が二人席につきました。
時刻表では列車は途中、瀋陽や長春で一時停車します。車内から
夜の景色を眺めようと思っていましたが、ベッドにもぐりこんだら
すぐ寝込んでしまい、朝、車掌さんのノックで起こされました。
「もうすぐ哈爾浜ですよ」 と。窓の外は一面の雪景色でした。
ところで、2012年12月1日に大連 - 哈爾浜間の高速鉄道が
開通しました。所要時間は3時間半〜4時間半で1日19本走行して
います。寝台列車も4本残っています。所与時間10〜12時間。
https://jp.trip.com/trains/china/dalian-to-haerbin/ 厳密には閉所でも何でもないが
目の前に壁や天井が迫ってくる感覚がもう無理
絶対に乗れない 583の3段寝台の一番上は狭いのは大丈夫だが、階段の降りるときが踏み外して落ちそうなのが嫌だった。
高いとロールも大きいので基本的に寝台は下段が好きですね。あとレール方向にベッドが配置されてて進行方向に足を向けて寝る方が好き。 >>464
一般的にはそう言われてるし自分もそう思ってきた。
でも、実際にプルマン式に乗ると24系でも電車寝台でも、レール方向の寝台で横臥して揺られてると
胃の中の液体がゴロゴロして、逆にしんどい。
鉄道車両の揺れの特性では、個人的には枕木方向の寝台のほうがしんどくない。
これは寝台列車にたくさん乗った自分の感想。もちろん異論はあっていい
いま現役寝台(285系)で枕木方向って、リネン設備がないノビノビ以外では
サツインが唯一だね。 振動に耐えるのは苦業だ
列車移動が普通だった昔の人はエラかった スレチだと思うが、
コロナでリモートワークも
定着していくから、
jrも収入は減るだろう。
一方で、ワーケーションも
進み、普段は地方で暮し、
月に一度、東京や大阪の
オフィスに出社なんて人も
増えるだろう。
そこに寝台列車復活の勝機が
ある気がする。 1970年代のブルトレブーム良かったな
今はほんとつまらん時代になったな そんな言うんなら、儲かる寝台列車の走らせ方を教えてくれよw 当時でも「単に儲かってたから走ってた」わけではない
インフラだったからな 当時は必要とされる社会だったから走っていた訳で、
「一般庶民の生活」というステージで必要なくなった現代に走らせる理由がない。
だから、馬鹿高いリゾートトレインしかないのさ。
あくまでも一般庶民が日常生活の「必要」に応じて使う寝台列車は、
サンライズを最後に無くなる。まかり間違っても増えることはない。 夜行列車が庶民の乗り物だった時代は寝台車なんて高嶺の花だし
寝台車が庶民の手に届くようになったころには
すぐに飛行機も庶民の手に届くようになって
寝台列車そのものが庶民の有用な乗り物だった期間なんてごくわずかよな 寝台バスって、日本でもなんとか実現できないものかな。
列車で実現しようとするから供給過多になって採算がとれなくなるわけで。
バスラマインターナショナル(札幌市営の回)で、中国の寝台バスが紹介されてて、日本でも作って走らせようと思えばできないこともないと思う。 バスがお好みならバス板でどうぞ。いやマジで
鉄ちゃんなら「なんとか現代的な、観光に限定されない実用的汎用的な寝台列車を」考えるだろ 一番需要が旺盛なのは東京大阪間だけど三社に跨る上に両端二社の距離が短いから難しいよな
・新幹線と競合しない。もしくは補完関係を築ける
・単独もしくは二社等距離で完結
・一定以上の乗車率が満たせる需要
・夜行列車が走れるだけの距離
実現するには上記条件をクリアしないといけないけどせめてどれか一つを無視しないと無理だな >>480 昭和30年代に寝台バス走らせてみたが、揺れがひどく悪評で人気なし。短期間で廃止されたとか。 各国の鉄道黄金時代
🇯🇵 2010年代
🇺🇸 2000年代
🇰🇷 1970年代
🇨🇳 1960年代
🇹🇼 1990年代
🇬🇧 1980年代
🇵🇪 1990年代
🇷🇺 1900年代 三段の一番上が好きだった
1. ゆうづる、はくつる、月光
2. さくら、はやぶさ
あの狭い空間に酔いしれたものです 昔京都発着の寝台列車あったと思うんですけど、京都駅は何番ホームに到着して、その後どこで準備して何番ホームから出発したんですか? 北斗星、カシオペア、あけぼの、富士/はやぶさ、なは/あかつき、銀河
あさかぜ、さくら と廃止が続いて、泡食って乗りまくったな。
きたぐに は取り落とした。
あさかぜ、みずほ ついては、なんと乗ったのは20系の頃だ。
出雲 は急行の頃乗った。
サンライズはここ数年体調を崩したまま乗れずにいる。
俺とどっちが先に廃止になるかな?w そんくらいの年齢層なら金持ってんだから
ななつぼし、四季島、瑞風だって乗りまくりだろ 年齢層と金の有無は関係ない
どの世代でも金持ちも貧乏人もいる
そんなこともわからんのか >>495
Aが区分室
Bが開放冷房付き
Cが開放冷房なし
だったかと >>496
乗れたでしょ
本人が寝ないか周りが眠れないかどちらかになるだけ
走行音と違って結構気になるんだよな いびきが規則的に鳴るならまだ我慢できるが、リズミカルの欠片もなく不規則ないびきは気になって仕方ない
たぶんそういう人は歌とダンスが下手と思う >>500
合ったよ
A室B室C室って区分は2等格下げ後だけど
区分室冷房なしは格下げ時に廃車になってるな 北斗星 函館〜上野 B寝台
なは 大阪〜熊本 B個室
結局2回しかブルートレイン乗れなかったなぁ
>>476
大垣夜行は10回くらい乗ったけど銀河は一度も乗ったことなかったなぁ 俺はサンライズしか乗ったことないな。それも東京ー姫路間のみ。 あけぼの
毎年の帰省で乗っていたが、なぜか必ず二段寝台の上段が割り当てられた。
夜中にトイレに行こうとして、階段を踏み外して転落。ドサッと音がした途端、同じ区画(?)の三人がいっせいに顔を出して「大丈夫ですかっ」
びっくりさせちゃって、ごめんね(テヘペロ) 2段寝台が作りつけになったときにフェリーの二等寝台みたく
ハシゴは各寝台に、転落防止もベルトじゃなく衝立みたいにはできなかったんだろうか 上段は荷物置き場が確保できたのと人の足音気にしなくて済むのでむしろ指定して使ってたよ 単純に言葉を知らんのよ
今の連中ハシゴなんか使わんもん はしごの使用範囲が狭くなってるとも思えんけどな
寝台以外に何に使わなくなった? 今、身の回りにそもそも梯子があるかい?
日常で使うのはせいぜい脚立だ それをハシゴって呼んでる人身近にいる?
形を変えたら一々呼び方変える人 >>515
でもはしごとしての用途に使ってるのは事実だしみんな知ってるわな
で、身の回りにはしごがあるかないかなんて昔から変わんないだろ 相変わらずしょうもないことで喧嘩してるな昭和生まれの老害 開放型,個室のそれぞれでどちらが快適だったか気になる
(開放型)
昔の空調付き開放2段寝台車(一等B寝台 オロネ10など)と,
後に作られた客車2段寝台(B寝台 オハネ15や25)
(個室寝台)
昔の個室(ナロネ20)と,最近まであったB寝台の個室
表現が紛らわしいのでスンマセン 韓国では廃止されても諸外国ではまだまだたくさんある。
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