結局、桜木町事故で、昭和20年台後半は新たな中段可動三段窓の72系を大量増備と63系の72・73系編入改造に力を注がざるを得ず、70・80系新製にそれなりに影響が出てしまい、以後あちこちで不足気味になった。
とりわけ80系は運用もタイトで、全検周期3年のはずが、多くの車両が2年前後で走行距離がいっぱいになる状態だったという。大多数の車両が傷みも激しく、かと言って1977年に廃車が始まるまで淘汰も出来ず、それで以降一気に大量廃車になったらしい。
72・73系は、1970年ぐらいから少しずつ廃車が進められていったから、徐々に減ったというイメージなのと対照的。