当時の上り新快速、快速は芦屋で鈍行を抜いてから無停車で前が空いていたから大阪駅はそれぞれが3分ほど早着していた。逆に下りは京阪間で快速34分新快速29分が目一杯で大阪駅は遅延ぎみ、それでも尼崎あたりで先行の甲子園口行きにあたってしまうダイヤだった。
新快速は京阪間が29分阪神間が24分だったがそれぞれ30分と23分としたほうが妥当だったと思う