ウィキだと、S48年10月1日(つーことは9月限り)で貨物廃止になっとるね。

電機は何代か入れ替わってるが、モニ5181とともに生え抜きだったのは、デ1型の8と9。
戦後にはデ31が新製配置された事もあったんで、それなりに活況を呈してたんだろう。
デ31が養老線転出、デ9が廃車になるS46〜47年あたりが、終焉サインだな。
それでも一応、S48年には代替にデ63を南大阪線から持ってきたのは、工臨用途かねぇ。
せっかく持ってきたデ63だが、わずか2年後のS50年に南大阪線に戻ってる。
同じ頃デ8も廃車になって、伊賀線から電機は消滅。

ちなみに、鉄道ファン75-2の伊賀線レポート「盆地の主は大正生まれ」の時点では、
8と63がいた事になっとる。時期的には、8の廃車、63の南大阪召還の直前だな。