当時からディーゼルは軽くみられていたらしくて、開発予算は少なくてチェックも甘い。
それをいいことに設計のトップは独裁者となって実用性よりも「ぼくのきぼう」を優先。
先行試作車のキハ91系列の試験は運行予定のない房総や御殿場線でやって「合格」といわれて名古屋に引き渡した。
「つばさ」と同じトラブルは「急行しなの」のころからあったって報告もでたというから何を況やだ。
キハ82系同様に「北海道から九州まで使う」計画があればもっと開発の段階で熟慮したろうに。