地味な特急&地味な急行&地味な快速
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>>850
京都発串本行きの「くまの」もあったね。
途中で紀州とか併桔していた。 >>851
和歌山線経由の急行「しらはま」なんてのも。
京都行きと名古屋行きがあった。 >>849
あやめのグリーン車に乗ったな。小学生のとき親に無理矢理頼み込んで。 新幹線に乗れば速いのに親に頼み込んでわざわざ遅い急行に乗ったこともあったかな 急行草津格上げにより吸収され名前も消えてしまう
一般的知名度、そんな特急しらね(白根) 急行仙山
いまや通勤圏になってしまった区間に急行が… >>832
辰野から豊橋まで86100台に乗せられたが、豊橋で新幹線こだまに乗り換えてホットした。
正直しんどかったが、せめて「ゆきぐに」見たいに86300台にしてて欲しかった。 地味な快速「ゆあみ」は最後まで快速だったのでは?
大阪−姫路−和田山−城崎
スロフ32なんて珍車が連結されていたけれど----- >>860
いや「ゆあみ」は昭和40年代後半に臨時特急だった。 特急こまくさは、イラストマークだけ
やたらおしゃれだった 準急つるぎ、準急雷鳥も北陸本線を走らずにどこ走っていたのやら >>863
「とも」は「鷲羽」「長門」「宮島」と同じく
関西から山陽本線を西に向かう急行群のひとつだったから
決して地味じゃないよ。
同じ時代ならキハ58の「但馬」「みまさか」なんかの方が
地味だったと思う。 快速フギャー 大湊-枕崎 所要時間97時間 1両
特急デレテ 新大久保-東中野 所要時間2時間 12両 悪いがちょっとついて行けない
これはどこがおもしろいのか >>877
前身の「砂丘」がG車や車販付きで、新幹線接続&陰陽連絡という重要な使命もあり
タブレット授受という点でも人気があったから、余計地味に感じたね。 かもしか
分かる範囲で初代は短命
2代目は閑散地域のローカル特急 飯田線のかもしかは
当時雑誌に載ってた模型の塗装改造例で印象的だった気がする サハ165の活用例として注目してた(北陸線のサハ455も) >>883
「特急車両接続」だな
だがしかし懐かし要素がない >>837
なすのは2時間に1本は設定されているが、今ではたにがわが大幅減便、
通勤ライナーのようになってしまった >>887
東海道線の伊豆急下田行き臨時快速
167系で車両は急行同等だったが愛称がなく日陰の存在だった 急行仙山
走行距離短いし,今は通勤圏になってしまった。 快速びわこ
普通に走ってる快速や新快速と何が違ったのか…w 快速との違いは停車駅、新快速とは草津以遠へ行く事、
名鉄管内への乗り入れが違いじゃないか?
G車連結の時もあったし。 飯田線の臨時快速「奥三河」クモハ52編成が使用される事が多かった。 ブルトレ「いなば」は14系座席車連結、浜松区のゴハチが牽引でお召し予備機60号機が入る事もあった。だけど併結の「紀伊」ともども地味。
「紀伊」の名が全国に知れたのは、深夜の名古屋駅構内で暴走機関車に思いっきりぶつけられた事故の時。 名古屋発夏季臨時急行「エメラルド」は、運転初日のみ小さなヘッドマークがついていた。 今から思えば
快速「びわこ」…姫路⇔関ケ原・大垣
快速「近江路」…京都⇔名古屋
存在理由がよくわからない列車だったw 地味な愛称の列車っていうか、なんか「知る人ぞ知るネームドトレイン名鑑」みたいだな。 宗谷本線
旭川〜永山(普通)ながやま
旭川〜名寄(快速)なよろ 快速に愛称を付ける理由は何なんだろう。
指定席とかあったん? 普通、皿の上の鳥唐に一つ一つ名前付けるよね?
んで、次〜XX行きま〜す!!とか言いながら食べる、
世の中そういうもんだ 急行やまのゆなんていかが?
東京も大阪も名古屋も通らない 地方を走る急行快速の中でも知名度の格差が生じるものだね 快速「いぶすき」
キハ52を連結したり二代目らくだを連結したり「なのはな」なんかより趣味的には楽しい列車だった 急行「やたけ」
おおよどやえびのの影武者みたいだった 急行 南越後 松本〜新潟
名古屋発の赤倉が松本以南廃止の上で改称。
のちに急行区間を妙高高原以北として「とがくし」と統合、再び「赤倉」に戻る。
スジは廃止まで存続し、165系最後の定期急行となった。 急行つくばねは、東北本線から水戸線への短絡線を通る唯一の急行であること以外は、地味な存在だったのでは? おくみの(名古屋・北濃)
肝心の越美南線では普通
実質、急行運用は名古屋・美濃太田間だけ。しかものりくらに併結(78年当時) つくばねに限らずあかぎ、わたらせ、はるな、みんな地味だったよな サンダーバードの影に隠れてしまった雷鳥
しらさぎの影に隠れてしまった加越
オーシャアローの影に隠れてしまったくろしお
つばさの影に隠れてしまったやまばと
おおぞらの影に隠れてしまったS十勝…etc… 地味な九州ブルトレ『みずほ』
ひょっとして東京〜熊本&長崎時代は、付属の長崎行きの方が
走行距離は長かった?
いや、その前の東京〜熊本&大分時代も、大分の方が? >>919
「さくら」と「みずほ」は繋いでる寝台同じだし、東京〜名古屋で「さくら」が4駅停車なのに「みずほ」は横浜、静岡のみ停車 ほとんどの列車が停まる肥前山口を通過したり
地味かどうかは別にして「さくら」より格上だった気がするけど 70年代前半、東北線経由の盛岡行き急行「いわて」は、仙台行き「まつしま」の盛岡延長運転のようなもので地味な印象。
「ばんだい」との併結もある。一方、常磐線経由の盛岡行き「もりおか」もある。自分は、「もりおか」に乗って花巻から上野まで行ったことがあるので、こちらの方がなじみがある。
ただ、臨時急行の東北線経由「エコーもりおか」、臨時だから地味に思われるが、大宮ないし宇都宮すっ飛ばし特急に準じる程度の快速運転してたってわけで。 >>919
東京〜熊本&長崎と東京〜熊本&大分の組み合わせがのちに
はやぶささくらとはやぶさ富士で実現するとは >>921
「もりおか」は「ときわ」の一員の印象
まあこう言うと、「みちのく」は「ひたち」の一員で「白鳥」は「雷鳥」の一員になってしまうが なつどまり、そとやま、五葉、はやちね、よねしろ……
地味な列車の基準
名前は聞き覚えがあっても、どこを走ってたのか分からないw >>924
なるほど、言えてるな
はんだ・弓張・あきよし・いぶり・ぬさまい・らいでん・・・・
地域くらいは分かるが、どこ走ってたかすぐには出てこんな >>920
時刻表的にはそうかもしれんが、世間一般ではさくらが格上だったよ
当時を知らなければそう思うのか みずほは常に補完列車と記述されていたね。
小学生向けの本には、「さくらに比べると地味だが」とか、
「ヘッドマークのデザインが分かりづらい」とか書かれてたw
いなほ なんかは「農協のマークみたいで格好悪い」
みたいなかなり酷いことを書かれていたw
いなほとみずほは似てるわね。 本の影響もあるのかな
「みずほ」は終着駅も県庁所在地なのに
「いなほ」は「とき」に比べ停車駅も少なく食堂車連結、また秋田へは「つばさ」より所要時間が短かかったのだが みずほのマイナーイメージはあさかぜ、さくら、はやぶさが
20系の中、旧客で編成された事のイメージも強烈だからか?
もしくは登場時に不定期特急だったからか? >>931
ブルトレブームの最中
他の九州特急の寝台券が完売する中、いつも最後まで残ってたからなあ・・・・ >>932
「はやぶさ」が満席でも、「みずほ」はあっさり取れちゃうんだよなw
二段と三段じゃ雲泥の差だったけど、「地味ずほ」のお陰で何度か救われたよ ヘッドマークも何を図案化したものかよくわからんかった。
遠目に見えにくく、EF65P,EF60、20系バックサインの色使いも
イマイチ。 急行そらち
一旦消滅したのに国鉄末期に再登場
でも案の定すぐに廃止
らいでんもそうやけど天都やぬさまいみたいな超マイナーローカル急行より札幌に出入りするこっちの方が地味に感じます ゆけむり、草津に紛れて尻焼
は地味だった
あと、快速だか165系使用のカッパピア号がGWと長期休暇中運転されてた 中学校のスキーシーズンには快速の越後中里スキー号、越後湯沢スキー号が高崎から、これは115系で運転されてましたね みずほ以外で地味なブルトレとなると
北星、紀伊、いなば、つるぎ、出羽 くらい?
北陸は国鉄時代は地味だったよね?
あと安芸もブルトレ化されて急に地味になったような >>942
ヘッドマークが付いて食堂車も連結する「みずほ」が可哀想な話だな こうやって改めて見てると
ブルトレの地味は昼行の地味特急に比べると結構メジャーだよな 準急操山
いつ走ったのかわからない
どこ走ったのかわからない
どう読むのかわからない
急行あすわ
いつ走ったのかわからない
どこ走ったのかわからない
どう書くのかわからない 指定席を連結しないローカル急行は列車名あっても放送や表示では使わなかったからな 急行はまゆう
JRになってから同じ区間で走った臨時特急鳥羽勝浦 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。