>>270
確かに下り大垣夜行で名古屋に着いたら、583系金星もほぼ同時に到着してたね。

ただ昭和50年代半ばは、ちょっと斜陽化していた感じだった。
しらさぎの485系は前面電気釜が主流だったし、金星間合いの583系は食堂車休止だった。
それらを踏まえると、昭和48年中央西線全線電化から新幹線博多開業前までの名古屋駅は、
181系気動車のしなのも混じっていたし、しらさぎ485系はボンネットが主体だったので、
一番パラダイスだった。
もっとも同時期は、それ以上に大阪や岡山は充実していたが・・